幽闇のメルヒェン
●悲劇の舞台は賑やかに
――さあ、物語が始まるよ。そう囁くように軽やかな靴音が響いて、舞台の中央にスポットライトが灯る。
ふわりふわりと、風もないのに浮かび上がるのは深紅のカーテン。色硝子の窓から降り注ぐ月光を浴びて、異形の乙女は仰々しく両手を広げて声なき声を震わせた。
――ああ、ああ! 今宵は魔物が踊る秘密の夜!
透き通るドレスを靡かせながら、乙女は踊り――その周りには何時しか、嗤う南瓜の鬼火が集まってはケタケタと甲高い声を上げる。
――紳士淑女の皆様方、どうぞゆるりとお楽しみあれ!
輪郭の定かではない彼女は、彼岸から紛れ込んだ亡霊そのもので。舞台の背景には、作り物の夜空と金の月が顔を覗かせ、その近くには主を失った古めかしい楽器たちが寂しげに転がっていた。
――此方へおいで。存分に遊んで、愛して、夢見るように殺してあげるから。
きっと、彼女が紡ぐのはそんな言葉だ。愛らしい唇がいびつに歪んで、乙女の指先が指揮者のように空を切ると――忽ち楽器は騒ぎ出し、耳障りな不協和音を奏でていく。
ひとと妖が混じり合う夜は、もう間もなく訪れる。奇妙な熱に浮かれ騒ぐ、賑やかな悪夢のような夜が。
●悲劇を喜劇に変えるため
山間に建てられた、古びた音楽堂に妖が現れるのだと久方 真由美(nCL2000003)は夢見で知った未来を語る。彼らは妖しい楽の音でひとを誘い、戯れのようにその命を奪ってしまうのだと言う。
「……それでも、今から向かえば未来は変えられます。ですから、皆さんの力でどうか救って欲しいのです」
ハロウィンが近い所為で騒ぎ出した、と言う訳ではないだろうが、現れるのは心霊系の妖だ。透き通る乙女の姿をした妖が1体、それとジャック・オー・ランタンのような鬼火の妖が2体居る。それぞれランク2とランク1に分類されると真由美は言った。
「注意して欲しいのが、楽器を操って此方の動きを封じてくる能力ですね。……ですがどうやら、対抗する術があるようです」
それは、此方も音楽で対抗することだ。確りとした旋律にならなくても、持ち寄った楽器を楽しく奏でたり――或いは、ダンスのステップを踏むなどしても効果がある。魔を呼ぶ音楽もあれば、魔を祓う音楽もあると言うことだろう。
「戦いの場となるのは、音楽堂の舞台となります。ですので芝居がかった、演劇でも上演する気持ちで戦っては如何でしょう?」
どうやら妖たちは、仰々しい佇まいで攻撃を行ってくる様子。ならば、意趣返しと言う訳ではないが――此方も思いっきり華麗に、徹底的に役になりきって戦うのも良いかもしれない。
「……成程。そう言うことであれば、衣装や楽器は俺の方で準備をしよう」
其処で、真由美の話を黙って聞いていた『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)がぽつりと呟きを零した。演劇用のものでもハロウィンの仮装でも、思い思いに好きな格好で戦うのも面白いだろう、と微かに相貌を和らげながら。
「折角だから、俺にも手伝わせて欲しい。魔に扮して妖を祓う……そんな戦いも、趣深いだろうからな」
――さあ、物語が始まるよ。そう囁くように軽やかな靴音が響いて、舞台の中央にスポットライトが灯る。
ふわりふわりと、風もないのに浮かび上がるのは深紅のカーテン。色硝子の窓から降り注ぐ月光を浴びて、異形の乙女は仰々しく両手を広げて声なき声を震わせた。
――ああ、ああ! 今宵は魔物が踊る秘密の夜!
透き通るドレスを靡かせながら、乙女は踊り――その周りには何時しか、嗤う南瓜の鬼火が集まってはケタケタと甲高い声を上げる。
――紳士淑女の皆様方、どうぞゆるりとお楽しみあれ!
輪郭の定かではない彼女は、彼岸から紛れ込んだ亡霊そのもので。舞台の背景には、作り物の夜空と金の月が顔を覗かせ、その近くには主を失った古めかしい楽器たちが寂しげに転がっていた。
――此方へおいで。存分に遊んで、愛して、夢見るように殺してあげるから。
きっと、彼女が紡ぐのはそんな言葉だ。愛らしい唇がいびつに歪んで、乙女の指先が指揮者のように空を切ると――忽ち楽器は騒ぎ出し、耳障りな不協和音を奏でていく。
ひとと妖が混じり合う夜は、もう間もなく訪れる。奇妙な熱に浮かれ騒ぐ、賑やかな悪夢のような夜が。
●悲劇を喜劇に変えるため
山間に建てられた、古びた音楽堂に妖が現れるのだと久方 真由美(nCL2000003)は夢見で知った未来を語る。彼らは妖しい楽の音でひとを誘い、戯れのようにその命を奪ってしまうのだと言う。
「……それでも、今から向かえば未来は変えられます。ですから、皆さんの力でどうか救って欲しいのです」
ハロウィンが近い所為で騒ぎ出した、と言う訳ではないだろうが、現れるのは心霊系の妖だ。透き通る乙女の姿をした妖が1体、それとジャック・オー・ランタンのような鬼火の妖が2体居る。それぞれランク2とランク1に分類されると真由美は言った。
「注意して欲しいのが、楽器を操って此方の動きを封じてくる能力ですね。……ですがどうやら、対抗する術があるようです」
それは、此方も音楽で対抗することだ。確りとした旋律にならなくても、持ち寄った楽器を楽しく奏でたり――或いは、ダンスのステップを踏むなどしても効果がある。魔を呼ぶ音楽もあれば、魔を祓う音楽もあると言うことだろう。
「戦いの場となるのは、音楽堂の舞台となります。ですので芝居がかった、演劇でも上演する気持ちで戦っては如何でしょう?」
どうやら妖たちは、仰々しい佇まいで攻撃を行ってくる様子。ならば、意趣返しと言う訳ではないが――此方も思いっきり華麗に、徹底的に役になりきって戦うのも良いかもしれない。
「……成程。そう言うことであれば、衣装や楽器は俺の方で準備をしよう」
其処で、真由美の話を黙って聞いていた『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)がぽつりと呟きを零した。演劇用のものでもハロウィンの仮装でも、思い思いに好きな格好で戦うのも面白いだろう、と微かに相貌を和らげながら。
「折角だから、俺にも手伝わせて欲しい。魔に扮して妖を祓う……そんな戦いも、趣深いだろうからな」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.心霊系妖3体(ランク2×1、ランク1×2)の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
半透明の亡霊のような、ランク2の妖です。心霊系なので物理攻撃は効果が薄いです。女優のような出で立ちで、透明な歌声で此方を追い詰めてきます。騒霊は威力も高く厄介な攻撃ですが、此方が音楽を奏でたり舞を踊ったりして舞台を盛り上げれば、騒霊の攻撃手段を封じることが出来ます。
・冷たい指先(物近単・【凍傷】)
・妖しの歌(特遠列・貫2)
・騒霊(特遠全・【呪い】)
●ジャック・オー・ランタン×2
嗤う南瓜の顔が揺らめく、鬼火の妖です。ランク1の心霊系で、物理攻撃は効果が薄いです。
・纏わりつく(物近単)
・鬼火(特遠単・【火傷】)
●戦場など
時刻は夜、山間の古びた音楽堂です。半ば廃墟のようになっていて訪れる人はそうそう居ないので、迷い人の心配はせずに戦えます。
折角なので、騒霊対策を講じるついでに舞台役者の如く振舞ってみるのも面白いかもしれません。お芝居の人物になりきったり、仮装をしたりなどなど。
●NPC
帯刀 董十郎(nCL2000096)がご一緒します。衣装や楽器の調達など、裏方でサポートします。戦いの際はヴァイオリンを持って、演奏のお手伝いなどをする予定です。
芸術の秋らしく、密やかな夜の音楽会を演出出来たらと思います。戦いも勿論ですが、是非舞台を盛り上げる感じで楽しんで頂ければ。それではよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年10月23日
2015年10月23日
■メイン参加者 8人■

●幻想の音楽隊
人家の灯りも絶えて久しい山間に、ひっそりと佇む音楽堂がある。かろうじて舗装された路が通っているものの、辺りはゆっくりと自然に呑み込まれていっており――冷たさを増した秋の夜風に、ざわざわと木々が不吉な音を立てて枝葉を揺らしていった。
――そんな、人々からも忘れ去られたようなこの場所から、妖しの音色が響いてきて。やがてはひとの命を奪うのだと告げられた時、ああと『月々紅花』環 大和(CL2000477)は奇妙に納得したものだ。
「静かな山の中で、魅力ある音楽が流れてきたならば……心奪われるのは仕方のないこと」
けれど、と彼女はゆっくりとかぶりを振って、深紅の瞳で真っ直ぐに件の音楽堂を見据えた。
「それが事件に繋がるのであれば、止めなければいけないわね」
「だな、日本の平和は俺が守る!」
元気一杯に拳を握りしめた『紅蓮夜叉』天楼院・聖華(CL2000348)は、音楽堂と言う戦舞台に相応しく、ひらひらとした演武に映える着物を着こなしている。
「元は役者さんだったんだろうけれど、人を傷つける幽霊は成敗だぜ」
聖華は事前に、音楽堂に現れると言う妖について調査をしていたのだが、生憎手がかりは得られずに終わったようだ。かつて音楽堂に関わった者ではないか、と思っていたのだが――そう言った存在でもないようで、名前が分からなかったのは少し残念だったが。
「偶然ここを住処にしたと言う訳か……何か惹かれるものがあったのかもしれないが」
腕を組みつつ、険しい表情をしているのは『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)。思いっきり仰々しく戦おうと言う今回の趣向に対し、彼が行った仮装は狼男だ。耳と尻尾は、戌の獣憑である自前のものがあるのだが――衣装をどうするかと悩んだ結果、下は黒のジーンズに上半身は裸と言うワイルドな感じに落ち着いていた。
「それでも、どうせなら折角の機会を楽しんだ方がいいだろうしな」
そろそろ街もハロウィンで賑わう頃、一足早くお祭りを楽しむのも良いと。そう言って野性的な笑みを浮かべるゲイルへ、霧島 有祈(CL2001140)は黒曜石の如き瞳を細めて静かに告げた。
「ハロウィン、万聖節……もとはケルト由来のものだったな……。仮装して悪霊の姿をまねる……今では意識してやっている人間の方が少ないだろうが」
呪術的催しだと思うと頷く有祈も、さりげなく悪魔の角を付けて仮装をしている様子。一方で、音楽堂での戦いに向けてやる気を出す『ママは小学六年生(偽)』迷家・唯音(CL2001093)は、黒のゴスロリドレスでおめかしをして準備万端だ。
「ゆいね音楽の授業大好き! 唄ったり踊ったり演奏したりちょー楽しい! 猛特訓の末リコーダーで、ねこふんじゃった吹けるようになったんだよ、すごくない?」
ぴょんと跳ねて全身で喜びを表現する唯音へ、すごいですねと微笑むのは『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)。中等部で音楽を教えている彼女だからこそ、こうして音楽が好きと言ってくれる生徒が居てくれることは人一倍嬉しい。
「そうですよね、音楽は心から楽しむものなんですから……」
ひとを傷つける手段として音楽を用いる、今回の妖の存在は御菓子にとって見過ごせないものだ。それは『Little Flag』守衛野 鈴鳴(CL2000222)も同じであり――彼女はふんわりとした淡い金の髪を揺らし、慣れた手付きで戦旗を操る。
「音楽は、人を傷つける為の物じゃありません。悲劇を起こさせない為にも、私達で舞台の幕を下ろしましょう!」
音楽は、誰かと誰かを繋ぐ架け橋になれる。そう信じて、そしてその為に行動している鈴鳴のまなざしは何処までも真っ直ぐで。このまま士気を高揚させて音楽堂へ向かおう、と言う所であったが――其処には未だ踏ん切りの付かない者も居たのだった。
(妖対策とは言え、俺が仮装をして歌や踊り等とはな……頭が痛い……)
苦悩する天明 両慈(CL2000603)の表情は微塵も揺らがないが、よくよく見れば微かに瞳の険しさが増しているようだ。今回の己の姿に触れようとする者が居たら、容赦なく睨みつけようと思いながら――両慈はどんな衣装か特に見ようともせず、『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)から己の服を受け取った。
「奴らの攻撃の対策をする為に仕方なく、仕方なく踊らねばならな……え」
さりげなく言い訳をしていた両慈の声が、其処で不意に途切れる。妙にもふっとした感触だな、とは思ったのだが――董十郎が準備していた衣装の中にあったのは、ひよこの着ぐるみだったのだ。で、両慈は見事にそれを引き当ててしまったらしい。
「……いや、誰か着たい者が居るかと思って」
真剣な表情で答える董十郎は、何処まで本気なんだか分からなかったが。ひよこの着ぐるみを選んだ両慈に「ちょーいけてるよ!」と唯音が親指を立てた時点で、ようやく両慈は我に返った。
「誰が着るか。あと別にいけてない、それ以上何も言うな」
結局無難な怪盗姿に落ち着いた彼は、シルクハットを目深に被ってそっぽを向いて。そんなこんなで準備を終えた一行は、マーチングバンドでカラーガードを務める鈴鳴の先導により、堂々とした佇まいで音楽堂に乗り込んだ。
「嗚呼、麗しき薄貌の君よ! 今宵の宴を聞きつけ、幻想の音楽隊が馳せ参じました!」
大仰な鈴鳴の口上は、仲間も妖も煽て盛り上げるように古びた舞台に反響し――軋んだ音を立てて扉が開くと、発光によって神々しい輝きを纏った少女は、鮮やかな青と白の戦旗を掲げて高らかに靴音を響かせた。
――と、その声に応えるように、埃の積もった舞台へスポットライトが落ちて。ふわりと透き通るドレスを靡かせながら、舞台女優の如き乙女の亡霊が姿を現して――彼女はおいで、と手招くように両手を広げる。その周囲に浮かび上がった南瓜の鬼火も、ケタケタと笑いながら客人を歓迎しているようだ。
「楽しい時間が幕を開けるわね、とても楽しみだわ」
楽器の調子を確かめつつ、覚醒した大和は妖艶な紫に変じた瞳をゆっくりと瞬きさせた。これより始まるのは其々が魔に扮し妖と戯れる、一夜限りの特別な舞台。相棒のコルネットを構えた御菓子も、喝采なき音楽堂に佇む妖へ、音楽に携わる者として言葉を投げかける。
「あなたが舞台を望み、観衆の拍手を望み、永劫の名声を望んだとしても……心から音楽を愛し、楽しまない人には手に入れられるものではないのよ」
先ず、奏でるのはコルネットの独奏による変奏曲。絶対音感を持つ彼女は、全ての音色を正確に捉え――その上に精緻な情感を乗せて、聞くものの心を揺さぶるような旋律を紡いでいった。
「……わたしが、本物の音楽というものを聴かせてあげる」
●人と妖の即興曲
舞台に駆け上がった一行は――或る者は曲を演奏し、また或る者は曲に合わせて舞踏を披露して、皆で音楽を作り上げながら戦いを始める。予め決めておいた立ち位置に其々が立つが、隊列が定まっていない者が数名居たのは少し拙かったか。
「とにかく、さっさとこんなものは終わらせたいものだな。……本当にな……」
怪盗のマントを靡かせ、芝居がかった様子で両慈は清風を発動――一気に皆の身体能力を引き上げる。驚異的な動体視力で敵を捉えつつ、大和も英霊の力を引き出して戦いに備えた。
「……特別な舞台、目一杯楽しみましょう」
彼女の奏でる楽器はピッコロで、篠笛に近い音色が出せるのが良いのだとか。その高く鋭い音色は一際存在感を放ち、まるで祭りの中に居るように皆の心を浮き立たせていった。
「成程、良い選択だな」
「きっと董十郎さんのヴァイオリンとも良いセッションができると思うわ」
大和のピッコロに追従して、悪魔の音楽家に扮した董十郎がヴァイオリンの弓を弾く。そんな音の波に上手く乗りながら、二刀の小太刀を手に聖華はとん、と舞台の床を蹴って跳躍した。ひらりと着物の袖を靡かせながら、その刃が狙うのは鬼火の妖――ジャック・オー・ランタン。
「今夜の演目は悲劇の夜? いいや違うさ。だって、俺達が来たんだから」
彼女の紡ぐ言葉は、まるで戯曲の台詞のよう。疾風の如き斬撃は、苛烈でいてまるで剣舞のように優雅で。聖華は同列に並んだ南瓜の鬼火を纏めて斬り捨てたが、やはり物理攻撃は効きが悪い。
「よう、俺も助太刀するぜ」
靴の踵で荒々しいタップを刻みながら、ゲイルの水礫が鬼火に襲い掛かった。神秘の力が込められた水の雫を浴びた妖は、苦悶の表情で身を捩らせたが――直ぐに鬼火を飛ばして反撃を行う。
「これ位で、私達の音楽は止められません!」
その身が炎に包まれようと鈴鳴はカラーガードとして戦旗を振り、時に演奏に合わせて優雅に――時に仲間の踊りを引き立てる為に静かに、くるりくるりと舞って皆の士気を鼓舞していった。その間にも高圧縮した空気の弾丸は妖を狙い、彼らに付け入る隙を与えない。
(……まぁ、このような性格なので賑やかに騒ぐと言うのには向いてはいないが)
そんな思いに浸る有祈の薄氷が鬼火を貫通し、後方の亡霊乙女にも氷刃が突き刺さっていった。氷が欠片となる音さえも旋律に加えて、有祈はヴァイオリンを弾いて御菓子の音楽に彩を加えていく。
「私の演奏でよければお聞かせしよう。他の方の演奏も楽しみながら、な」
「そう、音楽っていうのは演奏する人同士の魂のふれあいだけじゃないの、聞いてくれる人との魂の交流でもあるのよ」
軽快なリズムに乗せて、晴れやかなサウンドを届けたい――御菓子は体中から溢れるリズムを音楽にこめて、コルネットを手に伸びやかなフレーズを紡いでいった。
「それが分からなかった時点で、あなたは奏者じゃなかったのよ」
彼らの見事な即興舞台は、妖さえも見惚れてしまいそうな程で――敵も味方もひっくるめて、皆で一緒になって音楽を楽しもうとする熱意に押され、呪いをもたらす騒霊の力は完全に封じられていた。妖が幾ら指先を使って指揮者の真似事をしようと、主を失った楽器たちは微動だにしない。
「ふふ、今夜のゆいねはかわいい死神役。音楽堂の幽霊を迎えにきたの」
英霊と、そして炎の力で己の力を高めた唯音は、即興で死神の歌を歌いながら元気よく舞台を駆け回る。と、伸ばした彼女の手を両慈が丁寧に取って、そのままふたりは軽やかなダンスを踊り始めた。
「ダンスは初めてで上手くできるか不安だけど、天明さんがエスコートしてくれるなら安心だね!」
「別に俺も特別上手い訳ではないぞ? ……まぁ、それでも良いのなら構わないが」
そうぶっきらぼうに呟く両慈だが、やはり唯音から見ても大人っぽくてハンサムだ。そんな彼と、月夜の音楽堂で寄り添ってワルツを踊るなんて――なんだかちょっとオトナの気分。
「っと、逃げ回ったって無駄無駄、かくれんぼや鬼ごっこなら負けないよ!」
此方の勢いに押され、不安げに揺らめく鬼火たちを、唯音はすばしっこく追いかける。その手に握られたステッキに纏わせた炎は、まるで死神の鎌のように揺らめいていた。
「こうすればほら、死神っぽいでしょ?」
「……あまり無理をするな、張り切り過ぎて怪我等しては元も子もないぞ」
はしゃぐ唯音を召雷で援護する両慈は、子供にはちょっと甘い様子だが――唯音とて立派な覚者だ。皆の術によって虫の息となった鬼火の妖へ、彼女の死神の鎌が一気に振り下ろされた。
「さあさ、死者を弔う鎮魂の舞……とくとご覧あれ!」
――そして鈴鳴が旗先から撃ち出したエアブリットも、もう一体のジャック・オー・ランタンの灯火を、ふっとかき消したのだった。
●楽しむ想いがあればこそ
独りとなった女優の如き妖は、尚も透明な歌声を響かせて此方を追い詰めてくる。要の騒霊は封じたが、これはこれで厄介な攻撃だ。
「呼ぶ時は名前で呼びたいな、って思ってたんだが……名前が分からなかったから『月下の姫君』とでも?」
妖しの歌に心を蝕まれつつも聖華はにやりと笑い、紅に染まった瞳で妖を見据えた。殺し合いとは言え、一緒に踊る仲だし――と彼女は小太刀を翻し、緩急に合わせてステップを踏んで戦いを進めていく。
(……音楽は、皆で楽しみたいなって思うから)
妖が彼女ひとりになったのなら、攻撃は緩めず踊りは妖の歌に合わせたい、と鈴鳴も思っていて。曲に合わせて聖華はリズムを取り、敵の動きを意識した上で一気に烈火の如く攻め込んでいった。
「お、余り無理はするなよ?」
次々に襲い来る妖の歌声にも負けず、ゲイルが癒しの霧を広げて一気に味方を癒す。回復へは更に両慈も加わっていたし、いざと言う時の回復に備えていた者も他に居たので問題はないかに思われたのだが――敵は此方の脆い所を狙って来た。
「そもそも、何? その辛気臭い、面白くなさそうな顔は。わたし達が時間を忘れ、寝食を忘れ、ぶっ倒れるまで音楽に打ち込んでるのは何故なの?」
それは、音楽が絡むとそれ以外は視界に入っていない御菓子だった。彼女は、感情が昂る余り妖に説教を始めたのだが――戦いでどう動くのかと言う、最低限の指針さえ持ち合わせていなかったのだ。その上で敵の注意を悪い意味で引いてしまった所為もあり、自身に狙いを定めた妖の攻撃を、彼女は受け止めきれなかった。
「間に合わ、ない……?」
フォローをしようと大和が回復に動くが、止められない。妖の冷たい指先は御菓子を捉え、彼女は意識を失ってゆっくりと崩れ落ちていく。――魂の叫びを見せて、と言う叫びを発せぬままに。
「……今までは、相手の魂を散らす事で終わりを迎えていたようだけれども。ヒロインが美しく散る方が、観客を感動させる事もあるのよ」
すっと立ち上がった大和は、仲間を守れなかったことを悔やみつつもフィナーレに向けて動き出す。貴方にはわからないかもしれないけれど――そう言った彼女の銀の髪が翻り、手にした術符から雷が奔った。
「あなたが美しく散る姿は、わたし達が目に焼き付けておくわ」
苛烈な攻撃に転じた一行だが、それでも音楽を止めることはしない。喜びも哀しみも、全て歌に変えて――彼らは想いを解き放っていく。
(……人が楽しんでいるのを見ると不思議な心持になる。自分がそこに入る必要などないというのにな……)
そう思いながら水礫を撃ち出す有祈も、既に音楽を形作る欠かせないひとりだ。彼に頷くように董十郎が填気を用い、己の精神力を分け与えていった。
「音楽の先生が言ってたもん、音楽は『音』を『楽しむ』って書くんだよって! ゆいねもそう思う、だから心霊さんも音楽を楽しむ心を思い出して!」
死んでからもこうして唄い続けてるなんて、きっとそれだけ歌が好きだったと思うから。唯音はその想いを伝えながら、張りぼての大道具を足場にして身軽に跳躍した。
「麗しき君よ……どうか私達と舞い踊りましょう!」
鈴鳴も、旗を手に精一杯の想いを舞に乗せ――彼女が仲間の傷を癒す中、唯音は鎌に見立てたステッキに炎を宿し、一気に振り下ろす。
「さあさあ、楽しく行こうぜ。なんてったって、せっかくの舞台なんだから!」
静と動を巧みに使い分け、集中を終えた聖華は両の小太刀に炎を纏わせた。やはり、ここ一番には派手な演出が欲しかったから。
「今夜は勇者と魔物のダンスパーティ。歌って踊って……目指すはハッピーエンド!」
更なる炎が舞台をあかあかと染めて、烈火の斬撃をまともに浴びた月下の姫君はゆっくりと消滅していく。その時、万雷の拍手が聞こえたと思ったのはまぼろしだったのだろうか――消えゆく彼女が少しでも満足して逝けたことを願いながら、今宵の舞台は名残惜しくも幕を閉じた。
●夜の山のアンコール
静寂を取り戻した音楽堂で、皆は暫し戦いの余韻に浸る。幸い御菓子も意識を取り戻し、その後クッキーを摘まんだゲイルは董十郎からヴァイオリンを借りて、鎮魂の音色を響かせていた。
「音楽堂も楽器も、使われなくなって……寂しかったのかな。私も音楽に携わる一人だから……心が苦しいです」
そう呟いた鈴鳴はトロンボーンを手に取り、持って帰っていっぱい練習しよう、と誓う。其処でようやく一息吐いた両慈は、さっさと衣装を脱ごうと顔をしかめた。
「ああ……もう、この事に触れるな」
「ところが、最初にビデオカメラをこっそりセットして、この戦いを撮影しちゃってたりして」
にやり、と悪戯っぽく笑う聖華に、両慈は絶句したようだった。ああ、この黒歴史が永遠に残ると言うのか――。みんなに配るから、と告げた聖華にわいわいと皆が騒ぎつつ音楽堂を出ると、静かな夜の山が彼らを出迎えてくれた。
――今までの賑やかで楽しい時間は、もう終わり。そんな大和がふと耳を澄ますと、何処からか音楽の続きが聞こえてくる。
「夜の山はとても静かになるかと思ったけれど、まだ虫の音が山を優しく包んでくれていたのね」
人家の灯りも絶えて久しい山間に、ひっそりと佇む音楽堂がある。かろうじて舗装された路が通っているものの、辺りはゆっくりと自然に呑み込まれていっており――冷たさを増した秋の夜風に、ざわざわと木々が不吉な音を立てて枝葉を揺らしていった。
――そんな、人々からも忘れ去られたようなこの場所から、妖しの音色が響いてきて。やがてはひとの命を奪うのだと告げられた時、ああと『月々紅花』環 大和(CL2000477)は奇妙に納得したものだ。
「静かな山の中で、魅力ある音楽が流れてきたならば……心奪われるのは仕方のないこと」
けれど、と彼女はゆっくりとかぶりを振って、深紅の瞳で真っ直ぐに件の音楽堂を見据えた。
「それが事件に繋がるのであれば、止めなければいけないわね」
「だな、日本の平和は俺が守る!」
元気一杯に拳を握りしめた『紅蓮夜叉』天楼院・聖華(CL2000348)は、音楽堂と言う戦舞台に相応しく、ひらひらとした演武に映える着物を着こなしている。
「元は役者さんだったんだろうけれど、人を傷つける幽霊は成敗だぜ」
聖華は事前に、音楽堂に現れると言う妖について調査をしていたのだが、生憎手がかりは得られずに終わったようだ。かつて音楽堂に関わった者ではないか、と思っていたのだが――そう言った存在でもないようで、名前が分からなかったのは少し残念だったが。
「偶然ここを住処にしたと言う訳か……何か惹かれるものがあったのかもしれないが」
腕を組みつつ、険しい表情をしているのは『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)。思いっきり仰々しく戦おうと言う今回の趣向に対し、彼が行った仮装は狼男だ。耳と尻尾は、戌の獣憑である自前のものがあるのだが――衣装をどうするかと悩んだ結果、下は黒のジーンズに上半身は裸と言うワイルドな感じに落ち着いていた。
「それでも、どうせなら折角の機会を楽しんだ方がいいだろうしな」
そろそろ街もハロウィンで賑わう頃、一足早くお祭りを楽しむのも良いと。そう言って野性的な笑みを浮かべるゲイルへ、霧島 有祈(CL2001140)は黒曜石の如き瞳を細めて静かに告げた。
「ハロウィン、万聖節……もとはケルト由来のものだったな……。仮装して悪霊の姿をまねる……今では意識してやっている人間の方が少ないだろうが」
呪術的催しだと思うと頷く有祈も、さりげなく悪魔の角を付けて仮装をしている様子。一方で、音楽堂での戦いに向けてやる気を出す『ママは小学六年生(偽)』迷家・唯音(CL2001093)は、黒のゴスロリドレスでおめかしをして準備万端だ。
「ゆいね音楽の授業大好き! 唄ったり踊ったり演奏したりちょー楽しい! 猛特訓の末リコーダーで、ねこふんじゃった吹けるようになったんだよ、すごくない?」
ぴょんと跳ねて全身で喜びを表現する唯音へ、すごいですねと微笑むのは『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)。中等部で音楽を教えている彼女だからこそ、こうして音楽が好きと言ってくれる生徒が居てくれることは人一倍嬉しい。
「そうですよね、音楽は心から楽しむものなんですから……」
ひとを傷つける手段として音楽を用いる、今回の妖の存在は御菓子にとって見過ごせないものだ。それは『Little Flag』守衛野 鈴鳴(CL2000222)も同じであり――彼女はふんわりとした淡い金の髪を揺らし、慣れた手付きで戦旗を操る。
「音楽は、人を傷つける為の物じゃありません。悲劇を起こさせない為にも、私達で舞台の幕を下ろしましょう!」
音楽は、誰かと誰かを繋ぐ架け橋になれる。そう信じて、そしてその為に行動している鈴鳴のまなざしは何処までも真っ直ぐで。このまま士気を高揚させて音楽堂へ向かおう、と言う所であったが――其処には未だ踏ん切りの付かない者も居たのだった。
(妖対策とは言え、俺が仮装をして歌や踊り等とはな……頭が痛い……)
苦悩する天明 両慈(CL2000603)の表情は微塵も揺らがないが、よくよく見れば微かに瞳の険しさが増しているようだ。今回の己の姿に触れようとする者が居たら、容赦なく睨みつけようと思いながら――両慈はどんな衣装か特に見ようともせず、『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)から己の服を受け取った。
「奴らの攻撃の対策をする為に仕方なく、仕方なく踊らねばならな……え」
さりげなく言い訳をしていた両慈の声が、其処で不意に途切れる。妙にもふっとした感触だな、とは思ったのだが――董十郎が準備していた衣装の中にあったのは、ひよこの着ぐるみだったのだ。で、両慈は見事にそれを引き当ててしまったらしい。
「……いや、誰か着たい者が居るかと思って」
真剣な表情で答える董十郎は、何処まで本気なんだか分からなかったが。ひよこの着ぐるみを選んだ両慈に「ちょーいけてるよ!」と唯音が親指を立てた時点で、ようやく両慈は我に返った。
「誰が着るか。あと別にいけてない、それ以上何も言うな」
結局無難な怪盗姿に落ち着いた彼は、シルクハットを目深に被ってそっぽを向いて。そんなこんなで準備を終えた一行は、マーチングバンドでカラーガードを務める鈴鳴の先導により、堂々とした佇まいで音楽堂に乗り込んだ。
「嗚呼、麗しき薄貌の君よ! 今宵の宴を聞きつけ、幻想の音楽隊が馳せ参じました!」
大仰な鈴鳴の口上は、仲間も妖も煽て盛り上げるように古びた舞台に反響し――軋んだ音を立てて扉が開くと、発光によって神々しい輝きを纏った少女は、鮮やかな青と白の戦旗を掲げて高らかに靴音を響かせた。
――と、その声に応えるように、埃の積もった舞台へスポットライトが落ちて。ふわりと透き通るドレスを靡かせながら、舞台女優の如き乙女の亡霊が姿を現して――彼女はおいで、と手招くように両手を広げる。その周囲に浮かび上がった南瓜の鬼火も、ケタケタと笑いながら客人を歓迎しているようだ。
「楽しい時間が幕を開けるわね、とても楽しみだわ」
楽器の調子を確かめつつ、覚醒した大和は妖艶な紫に変じた瞳をゆっくりと瞬きさせた。これより始まるのは其々が魔に扮し妖と戯れる、一夜限りの特別な舞台。相棒のコルネットを構えた御菓子も、喝采なき音楽堂に佇む妖へ、音楽に携わる者として言葉を投げかける。
「あなたが舞台を望み、観衆の拍手を望み、永劫の名声を望んだとしても……心から音楽を愛し、楽しまない人には手に入れられるものではないのよ」
先ず、奏でるのはコルネットの独奏による変奏曲。絶対音感を持つ彼女は、全ての音色を正確に捉え――その上に精緻な情感を乗せて、聞くものの心を揺さぶるような旋律を紡いでいった。
「……わたしが、本物の音楽というものを聴かせてあげる」
●人と妖の即興曲
舞台に駆け上がった一行は――或る者は曲を演奏し、また或る者は曲に合わせて舞踏を披露して、皆で音楽を作り上げながら戦いを始める。予め決めておいた立ち位置に其々が立つが、隊列が定まっていない者が数名居たのは少し拙かったか。
「とにかく、さっさとこんなものは終わらせたいものだな。……本当にな……」
怪盗のマントを靡かせ、芝居がかった様子で両慈は清風を発動――一気に皆の身体能力を引き上げる。驚異的な動体視力で敵を捉えつつ、大和も英霊の力を引き出して戦いに備えた。
「……特別な舞台、目一杯楽しみましょう」
彼女の奏でる楽器はピッコロで、篠笛に近い音色が出せるのが良いのだとか。その高く鋭い音色は一際存在感を放ち、まるで祭りの中に居るように皆の心を浮き立たせていった。
「成程、良い選択だな」
「きっと董十郎さんのヴァイオリンとも良いセッションができると思うわ」
大和のピッコロに追従して、悪魔の音楽家に扮した董十郎がヴァイオリンの弓を弾く。そんな音の波に上手く乗りながら、二刀の小太刀を手に聖華はとん、と舞台の床を蹴って跳躍した。ひらりと着物の袖を靡かせながら、その刃が狙うのは鬼火の妖――ジャック・オー・ランタン。
「今夜の演目は悲劇の夜? いいや違うさ。だって、俺達が来たんだから」
彼女の紡ぐ言葉は、まるで戯曲の台詞のよう。疾風の如き斬撃は、苛烈でいてまるで剣舞のように優雅で。聖華は同列に並んだ南瓜の鬼火を纏めて斬り捨てたが、やはり物理攻撃は効きが悪い。
「よう、俺も助太刀するぜ」
靴の踵で荒々しいタップを刻みながら、ゲイルの水礫が鬼火に襲い掛かった。神秘の力が込められた水の雫を浴びた妖は、苦悶の表情で身を捩らせたが――直ぐに鬼火を飛ばして反撃を行う。
「これ位で、私達の音楽は止められません!」
その身が炎に包まれようと鈴鳴はカラーガードとして戦旗を振り、時に演奏に合わせて優雅に――時に仲間の踊りを引き立てる為に静かに、くるりくるりと舞って皆の士気を鼓舞していった。その間にも高圧縮した空気の弾丸は妖を狙い、彼らに付け入る隙を与えない。
(……まぁ、このような性格なので賑やかに騒ぐと言うのには向いてはいないが)
そんな思いに浸る有祈の薄氷が鬼火を貫通し、後方の亡霊乙女にも氷刃が突き刺さっていった。氷が欠片となる音さえも旋律に加えて、有祈はヴァイオリンを弾いて御菓子の音楽に彩を加えていく。
「私の演奏でよければお聞かせしよう。他の方の演奏も楽しみながら、な」
「そう、音楽っていうのは演奏する人同士の魂のふれあいだけじゃないの、聞いてくれる人との魂の交流でもあるのよ」
軽快なリズムに乗せて、晴れやかなサウンドを届けたい――御菓子は体中から溢れるリズムを音楽にこめて、コルネットを手に伸びやかなフレーズを紡いでいった。
「それが分からなかった時点で、あなたは奏者じゃなかったのよ」
彼らの見事な即興舞台は、妖さえも見惚れてしまいそうな程で――敵も味方もひっくるめて、皆で一緒になって音楽を楽しもうとする熱意に押され、呪いをもたらす騒霊の力は完全に封じられていた。妖が幾ら指先を使って指揮者の真似事をしようと、主を失った楽器たちは微動だにしない。
「ふふ、今夜のゆいねはかわいい死神役。音楽堂の幽霊を迎えにきたの」
英霊と、そして炎の力で己の力を高めた唯音は、即興で死神の歌を歌いながら元気よく舞台を駆け回る。と、伸ばした彼女の手を両慈が丁寧に取って、そのままふたりは軽やかなダンスを踊り始めた。
「ダンスは初めてで上手くできるか不安だけど、天明さんがエスコートしてくれるなら安心だね!」
「別に俺も特別上手い訳ではないぞ? ……まぁ、それでも良いのなら構わないが」
そうぶっきらぼうに呟く両慈だが、やはり唯音から見ても大人っぽくてハンサムだ。そんな彼と、月夜の音楽堂で寄り添ってワルツを踊るなんて――なんだかちょっとオトナの気分。
「っと、逃げ回ったって無駄無駄、かくれんぼや鬼ごっこなら負けないよ!」
此方の勢いに押され、不安げに揺らめく鬼火たちを、唯音はすばしっこく追いかける。その手に握られたステッキに纏わせた炎は、まるで死神の鎌のように揺らめいていた。
「こうすればほら、死神っぽいでしょ?」
「……あまり無理をするな、張り切り過ぎて怪我等しては元も子もないぞ」
はしゃぐ唯音を召雷で援護する両慈は、子供にはちょっと甘い様子だが――唯音とて立派な覚者だ。皆の術によって虫の息となった鬼火の妖へ、彼女の死神の鎌が一気に振り下ろされた。
「さあさ、死者を弔う鎮魂の舞……とくとご覧あれ!」
――そして鈴鳴が旗先から撃ち出したエアブリットも、もう一体のジャック・オー・ランタンの灯火を、ふっとかき消したのだった。
●楽しむ想いがあればこそ
独りとなった女優の如き妖は、尚も透明な歌声を響かせて此方を追い詰めてくる。要の騒霊は封じたが、これはこれで厄介な攻撃だ。
「呼ぶ時は名前で呼びたいな、って思ってたんだが……名前が分からなかったから『月下の姫君』とでも?」
妖しの歌に心を蝕まれつつも聖華はにやりと笑い、紅に染まった瞳で妖を見据えた。殺し合いとは言え、一緒に踊る仲だし――と彼女は小太刀を翻し、緩急に合わせてステップを踏んで戦いを進めていく。
(……音楽は、皆で楽しみたいなって思うから)
妖が彼女ひとりになったのなら、攻撃は緩めず踊りは妖の歌に合わせたい、と鈴鳴も思っていて。曲に合わせて聖華はリズムを取り、敵の動きを意識した上で一気に烈火の如く攻め込んでいった。
「お、余り無理はするなよ?」
次々に襲い来る妖の歌声にも負けず、ゲイルが癒しの霧を広げて一気に味方を癒す。回復へは更に両慈も加わっていたし、いざと言う時の回復に備えていた者も他に居たので問題はないかに思われたのだが――敵は此方の脆い所を狙って来た。
「そもそも、何? その辛気臭い、面白くなさそうな顔は。わたし達が時間を忘れ、寝食を忘れ、ぶっ倒れるまで音楽に打ち込んでるのは何故なの?」
それは、音楽が絡むとそれ以外は視界に入っていない御菓子だった。彼女は、感情が昂る余り妖に説教を始めたのだが――戦いでどう動くのかと言う、最低限の指針さえ持ち合わせていなかったのだ。その上で敵の注意を悪い意味で引いてしまった所為もあり、自身に狙いを定めた妖の攻撃を、彼女は受け止めきれなかった。
「間に合わ、ない……?」
フォローをしようと大和が回復に動くが、止められない。妖の冷たい指先は御菓子を捉え、彼女は意識を失ってゆっくりと崩れ落ちていく。――魂の叫びを見せて、と言う叫びを発せぬままに。
「……今までは、相手の魂を散らす事で終わりを迎えていたようだけれども。ヒロインが美しく散る方が、観客を感動させる事もあるのよ」
すっと立ち上がった大和は、仲間を守れなかったことを悔やみつつもフィナーレに向けて動き出す。貴方にはわからないかもしれないけれど――そう言った彼女の銀の髪が翻り、手にした術符から雷が奔った。
「あなたが美しく散る姿は、わたし達が目に焼き付けておくわ」
苛烈な攻撃に転じた一行だが、それでも音楽を止めることはしない。喜びも哀しみも、全て歌に変えて――彼らは想いを解き放っていく。
(……人が楽しんでいるのを見ると不思議な心持になる。自分がそこに入る必要などないというのにな……)
そう思いながら水礫を撃ち出す有祈も、既に音楽を形作る欠かせないひとりだ。彼に頷くように董十郎が填気を用い、己の精神力を分け与えていった。
「音楽の先生が言ってたもん、音楽は『音』を『楽しむ』って書くんだよって! ゆいねもそう思う、だから心霊さんも音楽を楽しむ心を思い出して!」
死んでからもこうして唄い続けてるなんて、きっとそれだけ歌が好きだったと思うから。唯音はその想いを伝えながら、張りぼての大道具を足場にして身軽に跳躍した。
「麗しき君よ……どうか私達と舞い踊りましょう!」
鈴鳴も、旗を手に精一杯の想いを舞に乗せ――彼女が仲間の傷を癒す中、唯音は鎌に見立てたステッキに炎を宿し、一気に振り下ろす。
「さあさあ、楽しく行こうぜ。なんてったって、せっかくの舞台なんだから!」
静と動を巧みに使い分け、集中を終えた聖華は両の小太刀に炎を纏わせた。やはり、ここ一番には派手な演出が欲しかったから。
「今夜は勇者と魔物のダンスパーティ。歌って踊って……目指すはハッピーエンド!」
更なる炎が舞台をあかあかと染めて、烈火の斬撃をまともに浴びた月下の姫君はゆっくりと消滅していく。その時、万雷の拍手が聞こえたと思ったのはまぼろしだったのだろうか――消えゆく彼女が少しでも満足して逝けたことを願いながら、今宵の舞台は名残惜しくも幕を閉じた。
●夜の山のアンコール
静寂を取り戻した音楽堂で、皆は暫し戦いの余韻に浸る。幸い御菓子も意識を取り戻し、その後クッキーを摘まんだゲイルは董十郎からヴァイオリンを借りて、鎮魂の音色を響かせていた。
「音楽堂も楽器も、使われなくなって……寂しかったのかな。私も音楽に携わる一人だから……心が苦しいです」
そう呟いた鈴鳴はトロンボーンを手に取り、持って帰っていっぱい練習しよう、と誓う。其処でようやく一息吐いた両慈は、さっさと衣装を脱ごうと顔をしかめた。
「ああ……もう、この事に触れるな」
「ところが、最初にビデオカメラをこっそりセットして、この戦いを撮影しちゃってたりして」
にやり、と悪戯っぽく笑う聖華に、両慈は絶句したようだった。ああ、この黒歴史が永遠に残ると言うのか――。みんなに配るから、と告げた聖華にわいわいと皆が騒ぎつつ音楽堂を出ると、静かな夜の山が彼らを出迎えてくれた。
――今までの賑やかで楽しい時間は、もう終わり。そんな大和がふと耳を澄ますと、何処からか音楽の続きが聞こえてくる。
「夜の山はとても静かになるかと思ったけれど、まだ虫の音が山を優しく包んでくれていたのね」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
『歌劇『幻想の音楽隊』』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
