まっくろくろくろくろくろくろくろくろくろくろくろ
●まっくろくろくろくろくろくろくろくろくろくろくろ
「ったぁくよぉ……何で俺が怒られなきゃねーんだよ……」
もうすぐ日付も変わろうかと言う頃、一人の男が人気のない道を歩く。妖が世に出るようになってから四半世紀は経過したが、まだまだ危機意識の足りない者は多い。
奴らはそこに現れる。
「……ん?」
視界の端を小さい何かが通り過ぎた。大きさは片手で握って少しはみ出す程度だろうか。男は鼠か何かだろうと気にせず歩を進める。
―――その瞬間、ソレは現れた。
「うわっ!? な、何だよこれ!?」
それは黒い玉。しかも一つではない。無数の玉、球、魂。それらが男の足元に群がり始める。まるで砂糖を前にした蟻のように。
男は必死にそれを振り払おうとするが、想像以上の重さに振り払う事が出来ない。更に急激に体力が失われていく。
「だれ、か……たす……」
全身が覆われた男の声は、誰にも届かない。
●それは夜船か北窓か
「黒い玉が人に纏わり付き、やがて呼吸ができなくなる……それだけならば妖怪、つまり古妖の『黒玉』に酷似していますが、明確に異なる点が幾つか確認されています」
久方真由美(nCL2000003)はいつもよりやや低いトーンで状況を説明する。古妖、即ち古くからの妖怪は多くの場合において妖よりも強い力を持つ。注意を促すには充分な理由であった。ただし、今回は些か事情が複雑である。
「黒い玉が群れで確認されている事、また屋外で起きている人間が標的となっている事などです。また思考能力が低く、積極的に人を襲う事からF.i.V.E.はこれを古妖に似た特徴を持つ妖と認定。討伐を行う事になりました」
元より妖怪黒玉は人の胸を押さえて苦しめ、呼吸困難に至らせる亡霊とも妖怪とも言える存在。F.i.V.E.の活動である『人に害為す存在への対応』の対象となるのは当然の帰結であった。
「群体であり物理攻撃は効果が薄い事、触れられるだけで体力を奪われる事が判明しています。知性は殆ど感じられませんが非常に厄介な相手です、気を付けて下さい」
「ったぁくよぉ……何で俺が怒られなきゃねーんだよ……」
もうすぐ日付も変わろうかと言う頃、一人の男が人気のない道を歩く。妖が世に出るようになってから四半世紀は経過したが、まだまだ危機意識の足りない者は多い。
奴らはそこに現れる。
「……ん?」
視界の端を小さい何かが通り過ぎた。大きさは片手で握って少しはみ出す程度だろうか。男は鼠か何かだろうと気にせず歩を進める。
―――その瞬間、ソレは現れた。
「うわっ!? な、何だよこれ!?」
それは黒い玉。しかも一つではない。無数の玉、球、魂。それらが男の足元に群がり始める。まるで砂糖を前にした蟻のように。
男は必死にそれを振り払おうとするが、想像以上の重さに振り払う事が出来ない。更に急激に体力が失われていく。
「だれ、か……たす……」
全身が覆われた男の声は、誰にも届かない。
●それは夜船か北窓か
「黒い玉が人に纏わり付き、やがて呼吸ができなくなる……それだけならば妖怪、つまり古妖の『黒玉』に酷似していますが、明確に異なる点が幾つか確認されています」
久方真由美(nCL2000003)はいつもよりやや低いトーンで状況を説明する。古妖、即ち古くからの妖怪は多くの場合において妖よりも強い力を持つ。注意を促すには充分な理由であった。ただし、今回は些か事情が複雑である。
「黒い玉が群れで確認されている事、また屋外で起きている人間が標的となっている事などです。また思考能力が低く、積極的に人を襲う事からF.i.V.E.はこれを古妖に似た特徴を持つ妖と認定。討伐を行う事になりました」
元より妖怪黒玉は人の胸を押さえて苦しめ、呼吸困難に至らせる亡霊とも妖怪とも言える存在。F.i.V.E.の活動である『人に害為す存在への対応』の対象となるのは当然の帰結であった。
「群体であり物理攻撃は効果が薄い事、触れられるだけで体力を奪われる事が判明しています。知性は殆ど感じられませんが非常に厄介な相手です、気を付けて下さい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.黒玉群の撃破
2.男性の救出
3.なし
2.男性の救出
3.なし
・日付の変わる直前、所々に街灯がある薄暗い路地です。闘うのに必要な広さはありますが救助対象である男性の他にも一般人や車が通る可能性があります、注意してください。
●目標
黒玉群:妖・心霊系・ランク2:黒い玉が群れを成しているかのように蠢く妖。常に[浮遊]している。
・群がる:A特近単:相手の体に押し寄せて包み込む。[毒HP吸30]
・纏わりつく:A特近単:相手の体に張り付いて強く苦しめる。[呪いMP吸30]
・バラバラ:A自:散り散りに分かれて攻撃を回避する。[物攻無]
男:一般人:最近残業続きで上司への不満が高まっている隠れアイドルオタク。一声かければ勝手に逃げていきます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年10月12日
2015年10月12日
■メイン参加者 6人■

●
日も暮れると徐々に寒さを感じ始める今日この頃。もう少しすれば日付も変わるだろうという時間に、彼は混乱の極致に居た。
「………。」
「邪魔だ」
「そんなんじゃ伝わらないっての。よう、お兄さん……ケガしたくなきゃ、早くここから逃げな。多分ヤバいヤツがいるぜ」
目の前に居るのは左右の眼の色が違うポニーテールの男、不機嫌そうな深緑の鋭い眼をした男、癖毛の気だるそうな男だ。
一体何を言われているか理解出来なかったが、更に人影が動いているのが解る。ならば近付かない方が良いだろうと彼は帰り道を変える事にした。
来週末は彼の一押しアイドルのミニライブだ。その日までは何事もなく過ごしたい。
「やれやれ、こんな夜中に仕事とは夢見さんも人使い荒いぜ」
「よいしょ、っと」
そんな男三人の後ろでは、「ご迷惑をおかけしております」と書かれた看板を置いている三つ編みの女、その看板が動かないよう土嚢とカラーコーンを置いている多少年配の男が居た。
「ほしたら、結界張っときましょ。こないに暗いくらぁい道でうろうろしてたら、良くない事になりますで。危ないからなぁ」
最後にそう言って人避けの結界を張ったのは、どこかじっとりとした気配を漂わせる少女。準備を終えると彼らは看板の向こう側へと歩を進める。
―――やがて、その先に黒く小さな玉が現れた。ぽつり、ぽつり、と姿を現したそれはやがて群れとなり、人一人を完全に飲み込めるだけの巨大な群体へと姿を変える。
「しかし体力を奪う性質か、馬鹿には丁度いい相手だな。有り余っているのだろう? 精々無駄に多い体力を役立てろ」
「……一応聞くけど、「バカ」って、まさか俺のコトじゃないよなあ? 無駄に、って所は聞かなかったコトにして、体力多いってほめられたコトにしとくわ。
羨ましいか? ゴメンな~、体力はさすがに分けてあげらんねえわ~」
気だるそうに視線を向けてくる赤祢 維摩(CL2000884) の額に四月一日 四月二日(CL2000588) は自らの額を押し当て、そのまま二人はゴリゴリと互いの額で押し相撲をし始めた。
暗がりで接近していると非常に仲良く見えるのだが、それを言っても同時に否定されるだけなのであろう。現に他の面々はそのやり取りを完全にスルーしている。
「なん、でしょうね、これは。あ、でも、これに似たものを、映画か何かかで、見た気が……?」
「おいおい、こいつはアニメのキャラみたいなかわいいもんじゃねぇぜ」
神室・祇澄(CL2000017) がふと零した疑問に寺田 護(CL2001171) が肩を竦める。既にその眼光は鋭く、うぞうぞと動く黒玉群を睨みつけていた。
「……こう言った変わり種との戦闘経験は重要だ」
「せやなぁ……それに、手早く片付けて安全を確保せんとね」
天明 両慈(CL2000603) の低く絞り出したような声に葛葉・かがり(CL2000737) が続く。無口だろうが陰気だろうがやる事は一つ。
眼前の敵を、排除するのみ。
●
真っ先に動いたのは黒玉群であった。密集していた玉が散り散りになり、急激に群体の領域を広げていく。元々空中に浮けるほど質量の軽い存在、これでは物理的な攻撃は意味を為さないだろう。
「黒玉擬きか。古妖なら面白いものを、本物ならば些か時季外れだがな」
維摩はそう言いながら天行壱式「纏霧」を使い、無数に散らばった黒玉群を霧で絡め取る。白く広がった霧と黒い玉の組み合わせは豆大福のようにも見えた。
「しかし群体か纏めて一個体なのか……ふん、弱ったかも判らんか。吹かれては飛ぶ塵のようななりではな」
「何がどうなったらこうなるのかは分からんが、人に害を及ぼす妖である以上、ここで滅させて貰う」
護は自身の眼前に空気を圧縮し、それを撃ち出す。因子の力によって固められた風は青い燐光を放ちながら黒玉群へと突っ込んだ。
エアブリットによって大きく広がった黒玉の幾つかが弾き出され、また別の黒玉や地面、壁等にぶつかって跳ね返る。まるでビリヤードである。
「……まあ、今は、関係ありません、ね。全力で、参りましょう」
まさか心当たりを今の今まで探っていたのか、祇澄は軽く頭を振ってスキルを発動させた。
土行壱式「蒼鋼壁」を使い自身の防御力を上昇させ、更に攻撃に対してどっしりと構える。攻撃の要となる後衛への移動をブロックするつもりのようだ。
「人の世を守り、人の夜を祓う。先祖伝来我が家のつとめ、果たさせて頂きます」
かがりは神具「豊川」を構える。その特徴的な細い銃身から放たれた波動弾、ブロウオブトゥルースは黒玉の幾つかを撃ち抜いた。
強力な一撃により黒玉は多少数を減らすが、まだまだ大量に居る黒玉にかがりは小さく溜息をついた。
「使っておくか……」
そう呟いた両慈は天行壱式「演舞・清風」を使い、仲間の緊張を程よく解す。常に周囲に気を配っていなければできない行動である。
普段からロクに口を開かず、開けばぶっきらぼうな言葉ばかりの両慈であるが、そもそもの根っこが優しい彼は妖と対峙する際は言葉よりも行動で示すタイプなのである。
「小さい黒玉が固まって頑張ってるって思ったら、健気で可愛い感じがしなくもねえけど……人ひとりぶっ殺しちゃうくらいって思うと、全く可愛くねえのな」
そしてそんな気配りを察していた四月二日は一度行動を待ってからその内容を知り、自身に錬覇法をかけて更に能力を高める。
待機中にかけた眼鏡と相俟って普段の享楽的な雰囲気とは一味も二味も違う気配を漂わせ始めた。
「しかしこれは本当に何なのだ? 柔らかいのか固いのか、どこに目がついているのか、どこでものを考えているのか、どうやって精気を吸い取っているのか……一体全体なんなのだ」
疑問を口にしながら護は再びエアブリットを撃つ。演舞・清風によって強化された一撃はやはり幾つかの黒玉に当たって次々と弾けさせた。
しかし護の疑問も尤もであるが、妖は総じて訳が解らない生態をしている事が多い。今更と言えば今更な疑問である。
「あんまり狙わんでも当たりそうな敵ではあるけども……」
かがりはそう言いながらも脇を締め、銃底に左手を添える。肩幅に開いた足から体を固め、一直線に照星を覗き込んだ。理想的な射撃体勢である。
再び波動弾が黒玉の群れに吸い込まれるが、表情も何もない黒い玉相手ではダメージがあるかどうかも本当に怪しく見える。
「ふっ……!」
一方で両慈は淡々と自身の強化を行っていた。自身の演舞・清風に更に錬覇法を重ねて攻撃力を高める。
確かにダメージの有無は確認するべきだが、攻撃を当てるごとに黒玉は幾つか消えている。ならば全て消えるまで攻撃を続ければ良いだけの話だ。
「きゃあっ!?」
流石に何度も攻撃されたのに苛立ったのか――相変わらず表情も何もないが――祇澄へ黒玉が群がる。
とは言え一連の強化や蒼鋼壁によって黒玉群は体力を回復するどころか逆にダメージを負ってしまった。祇澄は若干体から力が抜けたのを感じるが、まだまだ戦えると頭を切り替えた。
「錬覇法!」
維摩が全身に力を籠め、己の内に眠る英霊の力を引き出す。維摩も攻撃力を高めてから一気に叩くつもりなのか、その手順に迷いはない。
「元はなんだ、怨念か? ふん、恨み辛みが形を持ってまでご苦労なことだな」
エネミースキャンで見る限り、黒玉群にロクな知性はない。それは前衛でもより防御を固めていた祇澄に攻撃を加えた事を見ても明らかであった。
「これで、いきます!」
術符を握り込んだ祇澄が土行壱式「琴桜」を発動させる。手の端からはみ出た術符が拳を保護するように手に貼りつくと、柔らかそうな手が途端に硬質な雰囲気を帯びる。
祇澄はその拳を振るい、自身から離れつつある黒玉の一つを破裂させる。叩き落とすように放たれた拳が衝撃による後退すら許さずに黒玉を粉砕したのだ。
「ほら、隙が出来たぞ? 木偶でないなら動け、でかい的と間違えそうになるぞ?」
「でかい的って……性格だけじゃなくて視力まで悪化したのかよ? 安心しろ、誰がキミの攻撃なんざ喰らうか! 召雷!」
祇澄の一撃による隙を見て維摩が四月二日を促す。自分でやれとでも言いたげな四月二日だったが、維摩が行動した直後だと思い出して天行壱式「召雷」を使う。また幾つかの黒玉が宙へと消えていった。
「アニメの中に帰りな! エアブリット!」
三度護が黒玉群にエアブリットを放つ。それに当たって黒玉がまた幾つか消える。しかしその総数はまだ多い。
……本当に減っているのだろうか、という考えが一瞬頭をよぎる。しかしまだまだ氣力も残っている護は一度頭を振り、気合いを入れ直すのだった。
「くぅっ!?」
再び黒玉群が祇澄を狙う。祇澄は先程の攻撃を見て回避できるのではと一瞬思考がブレてしまい、その隙を狙って攻撃を受けてしまう。
反射を受けつつも繰り出される立て続けのダメージに祇澄はその身を揺らすが、まだどうという事は無い範囲だ。
「そら、もう一発だ!」
四月二日が天行壱式「召雷」を黒玉群へ落とす。一度真下へ落ちた雷は地面近くまで達すると左右へ大きく広がった。この「広がり」こそ横へ布陣する一列全てへ攻撃できる所以である。
バラバラになった黒玉群もその多くが雷に舐められ、その多くが消える。よく見ると残った黒玉は徐々にその数を減らしているのが解った。やはり解り辛くとも効いていたのだろう。
「しかしこの黒玉……古い妖その物では無くても、似たような存在いうことなんかなあ」
徐々に密度が下がっている黒玉群の中、まだ幾らか密集している所へかがりのブロウオブトゥルースが飛ぶ。
妖に対して的確な戦術と装備、そして何より頭数が揃っている。そのせいかかがりは相対する妖について考えを巡らせる余裕が生まれてきていた。
「精々足掻いて地に落ちろ。地べたを這いずるのがお似合いだ―――召雷」
維摩は集団ならば纏めて落とせるのではと天行壱式「召雷」を使うが、先程四月二日が同じ攻撃をして落ちなかったのを使ってから思い出す。
とは言え、それをおくびにも出さずに黒玉群を睨みつけた。下手に温存するよりもここで一気に攻勢をかける事を優先したようだ。
「人に仇為す妖よ、消え去りなさい! 祓い給え、清め給え……!」
その波に乗るように祇澄が前へ躍り出る。術符を握った拳が琴桜により固められ、大きく踏み込んだ拳が黒玉の真芯を捉えた。
その幻の右は黒玉群の核とも言うべき個体に当たったのか、群れ全体が仰け反るように下がる。言葉通りの祓い清める一撃(物理)であった。特殊って何だっけ。
「神室さん、下がって……!」
そこに両慈の声が届く。普段から寡黙な両慈が大きな声を出した事に他の面々は驚くも、彼自身は自分が放った天行壱式「召雷」に祇澄が巻き込まれないかの方が大切だった。
とは言え全体的に後ろに傾いていた黒玉群との着弾点は祇澄より離れた箇所であり―――未だ多く残っていた筈の黒玉がその一撃を受けて一度に消え去ってしまった。
断末魔も、物理的に何かを残す訳でも無く。すぅ、と初めから何もなかったかのように。
●
あまりに唐突に訪れた静寂に彼らは困惑し、周囲を油断なく見渡す。しかしやがて気配もなく、先の一撃で完全に妖が消えた事を確信してようやく息をつくのだった。
「ふう……無事に、終わりました、ね」
「しかし、奴は何だったのだろうな……興味深い妖だったので何か情報が欲しいところではあるが……」
攻撃を一手に引き受けていた祇澄の傷を両慈が水行壱式「癒しの霧」で回復させる。彼女が居なければ少なくない被害が出ていただろう。功労者の傷を癒すのも当然の事だった。
「俺の頑張りのお陰でキミの研究もはかどるんだから、感謝しろよな」
「ふん、いっそそれだけはしゃげる体力も吸い取られれば良かったんだ」
「なんだとこの野郎! 俺だって疲れる時は疲れるっての!」
……まあ、戦いの後なのにがっぷり四つに組んで取っ組み合いを始めるいい年こいた大人達も居るのだが。特に維摩は妖のサンプルが取れずに苛立っているのだろう。
「それにしても疲れたな……全く訳のわからない敵だったが、少しは黒玉について分かったのか?」
「どうなんやろ。こう言う路地は今回みたいな存在を生み出し易いんやろか……今後の展開に要注意やね」
一方、護とかがりは人避けにと置いておいた三角コーンやら看板やらの回収を始めていた。使った物は片付ける。何事にも通じる基本である。
「さあ、帰り、ましょう」
何はともあれ、今回も一件落着である。
日も暮れると徐々に寒さを感じ始める今日この頃。もう少しすれば日付も変わるだろうという時間に、彼は混乱の極致に居た。
「………。」
「邪魔だ」
「そんなんじゃ伝わらないっての。よう、お兄さん……ケガしたくなきゃ、早くここから逃げな。多分ヤバいヤツがいるぜ」
目の前に居るのは左右の眼の色が違うポニーテールの男、不機嫌そうな深緑の鋭い眼をした男、癖毛の気だるそうな男だ。
一体何を言われているか理解出来なかったが、更に人影が動いているのが解る。ならば近付かない方が良いだろうと彼は帰り道を変える事にした。
来週末は彼の一押しアイドルのミニライブだ。その日までは何事もなく過ごしたい。
「やれやれ、こんな夜中に仕事とは夢見さんも人使い荒いぜ」
「よいしょ、っと」
そんな男三人の後ろでは、「ご迷惑をおかけしております」と書かれた看板を置いている三つ編みの女、その看板が動かないよう土嚢とカラーコーンを置いている多少年配の男が居た。
「ほしたら、結界張っときましょ。こないに暗いくらぁい道でうろうろしてたら、良くない事になりますで。危ないからなぁ」
最後にそう言って人避けの結界を張ったのは、どこかじっとりとした気配を漂わせる少女。準備を終えると彼らは看板の向こう側へと歩を進める。
―――やがて、その先に黒く小さな玉が現れた。ぽつり、ぽつり、と姿を現したそれはやがて群れとなり、人一人を完全に飲み込めるだけの巨大な群体へと姿を変える。
「しかし体力を奪う性質か、馬鹿には丁度いい相手だな。有り余っているのだろう? 精々無駄に多い体力を役立てろ」
「……一応聞くけど、「バカ」って、まさか俺のコトじゃないよなあ? 無駄に、って所は聞かなかったコトにして、体力多いってほめられたコトにしとくわ。
羨ましいか? ゴメンな~、体力はさすがに分けてあげらんねえわ~」
気だるそうに視線を向けてくる赤祢 維摩(CL2000884) の額に四月一日 四月二日(CL2000588) は自らの額を押し当て、そのまま二人はゴリゴリと互いの額で押し相撲をし始めた。
暗がりで接近していると非常に仲良く見えるのだが、それを言っても同時に否定されるだけなのであろう。現に他の面々はそのやり取りを完全にスルーしている。
「なん、でしょうね、これは。あ、でも、これに似たものを、映画か何かかで、見た気が……?」
「おいおい、こいつはアニメのキャラみたいなかわいいもんじゃねぇぜ」
神室・祇澄(CL2000017) がふと零した疑問に寺田 護(CL2001171) が肩を竦める。既にその眼光は鋭く、うぞうぞと動く黒玉群を睨みつけていた。
「……こう言った変わり種との戦闘経験は重要だ」
「せやなぁ……それに、手早く片付けて安全を確保せんとね」
天明 両慈(CL2000603) の低く絞り出したような声に葛葉・かがり(CL2000737) が続く。無口だろうが陰気だろうがやる事は一つ。
眼前の敵を、排除するのみ。
●
真っ先に動いたのは黒玉群であった。密集していた玉が散り散りになり、急激に群体の領域を広げていく。元々空中に浮けるほど質量の軽い存在、これでは物理的な攻撃は意味を為さないだろう。
「黒玉擬きか。古妖なら面白いものを、本物ならば些か時季外れだがな」
維摩はそう言いながら天行壱式「纏霧」を使い、無数に散らばった黒玉群を霧で絡め取る。白く広がった霧と黒い玉の組み合わせは豆大福のようにも見えた。
「しかし群体か纏めて一個体なのか……ふん、弱ったかも判らんか。吹かれては飛ぶ塵のようななりではな」
「何がどうなったらこうなるのかは分からんが、人に害を及ぼす妖である以上、ここで滅させて貰う」
護は自身の眼前に空気を圧縮し、それを撃ち出す。因子の力によって固められた風は青い燐光を放ちながら黒玉群へと突っ込んだ。
エアブリットによって大きく広がった黒玉の幾つかが弾き出され、また別の黒玉や地面、壁等にぶつかって跳ね返る。まるでビリヤードである。
「……まあ、今は、関係ありません、ね。全力で、参りましょう」
まさか心当たりを今の今まで探っていたのか、祇澄は軽く頭を振ってスキルを発動させた。
土行壱式「蒼鋼壁」を使い自身の防御力を上昇させ、更に攻撃に対してどっしりと構える。攻撃の要となる後衛への移動をブロックするつもりのようだ。
「人の世を守り、人の夜を祓う。先祖伝来我が家のつとめ、果たさせて頂きます」
かがりは神具「豊川」を構える。その特徴的な細い銃身から放たれた波動弾、ブロウオブトゥルースは黒玉の幾つかを撃ち抜いた。
強力な一撃により黒玉は多少数を減らすが、まだまだ大量に居る黒玉にかがりは小さく溜息をついた。
「使っておくか……」
そう呟いた両慈は天行壱式「演舞・清風」を使い、仲間の緊張を程よく解す。常に周囲に気を配っていなければできない行動である。
普段からロクに口を開かず、開けばぶっきらぼうな言葉ばかりの両慈であるが、そもそもの根っこが優しい彼は妖と対峙する際は言葉よりも行動で示すタイプなのである。
「小さい黒玉が固まって頑張ってるって思ったら、健気で可愛い感じがしなくもねえけど……人ひとりぶっ殺しちゃうくらいって思うと、全く可愛くねえのな」
そしてそんな気配りを察していた四月二日は一度行動を待ってからその内容を知り、自身に錬覇法をかけて更に能力を高める。
待機中にかけた眼鏡と相俟って普段の享楽的な雰囲気とは一味も二味も違う気配を漂わせ始めた。
「しかしこれは本当に何なのだ? 柔らかいのか固いのか、どこに目がついているのか、どこでものを考えているのか、どうやって精気を吸い取っているのか……一体全体なんなのだ」
疑問を口にしながら護は再びエアブリットを撃つ。演舞・清風によって強化された一撃はやはり幾つかの黒玉に当たって次々と弾けさせた。
しかし護の疑問も尤もであるが、妖は総じて訳が解らない生態をしている事が多い。今更と言えば今更な疑問である。
「あんまり狙わんでも当たりそうな敵ではあるけども……」
かがりはそう言いながらも脇を締め、銃底に左手を添える。肩幅に開いた足から体を固め、一直線に照星を覗き込んだ。理想的な射撃体勢である。
再び波動弾が黒玉の群れに吸い込まれるが、表情も何もない黒い玉相手ではダメージがあるかどうかも本当に怪しく見える。
「ふっ……!」
一方で両慈は淡々と自身の強化を行っていた。自身の演舞・清風に更に錬覇法を重ねて攻撃力を高める。
確かにダメージの有無は確認するべきだが、攻撃を当てるごとに黒玉は幾つか消えている。ならば全て消えるまで攻撃を続ければ良いだけの話だ。
「きゃあっ!?」
流石に何度も攻撃されたのに苛立ったのか――相変わらず表情も何もないが――祇澄へ黒玉が群がる。
とは言え一連の強化や蒼鋼壁によって黒玉群は体力を回復するどころか逆にダメージを負ってしまった。祇澄は若干体から力が抜けたのを感じるが、まだまだ戦えると頭を切り替えた。
「錬覇法!」
維摩が全身に力を籠め、己の内に眠る英霊の力を引き出す。維摩も攻撃力を高めてから一気に叩くつもりなのか、その手順に迷いはない。
「元はなんだ、怨念か? ふん、恨み辛みが形を持ってまでご苦労なことだな」
エネミースキャンで見る限り、黒玉群にロクな知性はない。それは前衛でもより防御を固めていた祇澄に攻撃を加えた事を見ても明らかであった。
「これで、いきます!」
術符を握り込んだ祇澄が土行壱式「琴桜」を発動させる。手の端からはみ出た術符が拳を保護するように手に貼りつくと、柔らかそうな手が途端に硬質な雰囲気を帯びる。
祇澄はその拳を振るい、自身から離れつつある黒玉の一つを破裂させる。叩き落とすように放たれた拳が衝撃による後退すら許さずに黒玉を粉砕したのだ。
「ほら、隙が出来たぞ? 木偶でないなら動け、でかい的と間違えそうになるぞ?」
「でかい的って……性格だけじゃなくて視力まで悪化したのかよ? 安心しろ、誰がキミの攻撃なんざ喰らうか! 召雷!」
祇澄の一撃による隙を見て維摩が四月二日を促す。自分でやれとでも言いたげな四月二日だったが、維摩が行動した直後だと思い出して天行壱式「召雷」を使う。また幾つかの黒玉が宙へと消えていった。
「アニメの中に帰りな! エアブリット!」
三度護が黒玉群にエアブリットを放つ。それに当たって黒玉がまた幾つか消える。しかしその総数はまだ多い。
……本当に減っているのだろうか、という考えが一瞬頭をよぎる。しかしまだまだ氣力も残っている護は一度頭を振り、気合いを入れ直すのだった。
「くぅっ!?」
再び黒玉群が祇澄を狙う。祇澄は先程の攻撃を見て回避できるのではと一瞬思考がブレてしまい、その隙を狙って攻撃を受けてしまう。
反射を受けつつも繰り出される立て続けのダメージに祇澄はその身を揺らすが、まだどうという事は無い範囲だ。
「そら、もう一発だ!」
四月二日が天行壱式「召雷」を黒玉群へ落とす。一度真下へ落ちた雷は地面近くまで達すると左右へ大きく広がった。この「広がり」こそ横へ布陣する一列全てへ攻撃できる所以である。
バラバラになった黒玉群もその多くが雷に舐められ、その多くが消える。よく見ると残った黒玉は徐々にその数を減らしているのが解った。やはり解り辛くとも効いていたのだろう。
「しかしこの黒玉……古い妖その物では無くても、似たような存在いうことなんかなあ」
徐々に密度が下がっている黒玉群の中、まだ幾らか密集している所へかがりのブロウオブトゥルースが飛ぶ。
妖に対して的確な戦術と装備、そして何より頭数が揃っている。そのせいかかがりは相対する妖について考えを巡らせる余裕が生まれてきていた。
「精々足掻いて地に落ちろ。地べたを這いずるのがお似合いだ―――召雷」
維摩は集団ならば纏めて落とせるのではと天行壱式「召雷」を使うが、先程四月二日が同じ攻撃をして落ちなかったのを使ってから思い出す。
とは言え、それをおくびにも出さずに黒玉群を睨みつけた。下手に温存するよりもここで一気に攻勢をかける事を優先したようだ。
「人に仇為す妖よ、消え去りなさい! 祓い給え、清め給え……!」
その波に乗るように祇澄が前へ躍り出る。術符を握った拳が琴桜により固められ、大きく踏み込んだ拳が黒玉の真芯を捉えた。
その幻の右は黒玉群の核とも言うべき個体に当たったのか、群れ全体が仰け反るように下がる。言葉通りの祓い清める一撃(物理)であった。特殊って何だっけ。
「神室さん、下がって……!」
そこに両慈の声が届く。普段から寡黙な両慈が大きな声を出した事に他の面々は驚くも、彼自身は自分が放った天行壱式「召雷」に祇澄が巻き込まれないかの方が大切だった。
とは言え全体的に後ろに傾いていた黒玉群との着弾点は祇澄より離れた箇所であり―――未だ多く残っていた筈の黒玉がその一撃を受けて一度に消え去ってしまった。
断末魔も、物理的に何かを残す訳でも無く。すぅ、と初めから何もなかったかのように。
●
あまりに唐突に訪れた静寂に彼らは困惑し、周囲を油断なく見渡す。しかしやがて気配もなく、先の一撃で完全に妖が消えた事を確信してようやく息をつくのだった。
「ふう……無事に、終わりました、ね」
「しかし、奴は何だったのだろうな……興味深い妖だったので何か情報が欲しいところではあるが……」
攻撃を一手に引き受けていた祇澄の傷を両慈が水行壱式「癒しの霧」で回復させる。彼女が居なければ少なくない被害が出ていただろう。功労者の傷を癒すのも当然の事だった。
「俺の頑張りのお陰でキミの研究もはかどるんだから、感謝しろよな」
「ふん、いっそそれだけはしゃげる体力も吸い取られれば良かったんだ」
「なんだとこの野郎! 俺だって疲れる時は疲れるっての!」
……まあ、戦いの後なのにがっぷり四つに組んで取っ組み合いを始めるいい年こいた大人達も居るのだが。特に維摩は妖のサンプルが取れずに苛立っているのだろう。
「それにしても疲れたな……全く訳のわからない敵だったが、少しは黒玉について分かったのか?」
「どうなんやろ。こう言う路地は今回みたいな存在を生み出し易いんやろか……今後の展開に要注意やね」
一方、護とかがりは人避けにと置いておいた三角コーンやら看板やらの回収を始めていた。使った物は片付ける。何事にも通じる基本である。
「さあ、帰り、ましょう」
何はともあれ、今回も一件落着である。
