お帰りなさい、あなたの家へ
お帰りなさい、あなたの家へ



 廃屋の廊下を、二人の男が歩く。
 ぎしり、と床がきしんだ。
 二人は、F.i.V.E.の覚者である。この廃屋の調査のために派遣された。
 外見は、没個性的な、二階建ての一軒家である。
「今の所――」
 男が一人、口を開いた。
「妙な感じはないな」
 その言葉に、相方が頷く。
「だが、気を抜くなよ。厄介な相手だそうだ」
「分かってるよ。だが……」
 そう言って、男が、口をつぐんだ。
 ぼんやりと、廊下の奥を見つめている。
「あれ?」
 男が首を傾げた。
「いつの間に……俺は実家に帰ったんだっけ?」
 男が言った。
 その言葉に、相方の男は慌てて男につかみかかった。
「落ち着け! 捕らわれている! ここはお前の家じゃない!」
 身体をゆする。だが、男は焦点の合わない目で、
「ああ、ゴメン……父さんにも挨拶するよ……でも、父さんはおととし死んで……いや、気のせいだった……ごめん」
 呟いて、男は相方の男を突き飛ばした。そのままフラフラと、廊下の奥へと歩いていく。
「やめろ、行くな!」
 ぐらりと。
 相方の男の視界が歪んだ。
 途端。
 相方の男は、見知った場所にいた。
 木製の廊下だったハズの足元は、畳敷きの和室に変化していた。
 懐かしい匂い。ふるさとの匂いが、鼻孔をくすぐった。
 目の前には木製の、古びたテーブルがあって、年老いた女性が、柔和な笑顔で、男を見つめていた。
「おかえり、どうしたの、そんな顔をして」
 女性が、言った。
「かあさん……」
 男が、喘ぐように呟いた。


「理想の家庭の幻を見せる。それがこの妖の厄介な所でなぁ」
 速水 結那(nCL2000114)は覚者達に向けて、言った。
 曰く、この妖――識別名・マヨイガモドキは、家屋の妖なのだそうである。
 侵入者、或いは引き寄せられた人間に「心地よい、理想の家庭の幻を見せる」ことで、人を取り込む。
 捕らわれた被害者は、幸せな夢を見ながら、やがては死に至る。
 外部から攻撃を加えて、建物その物を破壊してしまう事は簡単だろう。ただ、中に囚われている者が居る可能性もあるため、それは最後の手段にしておきたい。
「結局、誘惑に耐えながら中を探索して、この妖の心臓ともいえる『アルバム』を破壊しないといけないんよ」
 アルバム――心臓自体は、簡単に破壊できる。どこにあるのかも、予知は出来てる。
 後は幸せな幻に耐えながら、それを振り切り続けるだけだ。
「難しい……というより、面倒な依頼かもしれへんけど……皆、気をつけてな」
 そう言って、結那は頭を下げた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:洗井 落雲
■成功条件
1.『アルバム』を破壊する
2.なし
3.なし
 お世話になっております。洗井落雲です。
 幸せな夢に浸りたくなりました。

●状況
 屋敷妖『マヨイガモドキ』の内部に侵入し、心臓部である『アルバム』を破壊してもらいます。
 マヨイガモドキは、外見は2階建ての没個性的な一軒家ですが、内部は妖の体内という事もあり、異空間のように広くなっています。
 ですが、夢見による予知により、アルバムがある地点は分かっています。そこに向かってまっすぐ進めば、アルバムのある場所へたどり着くことができます。

 とは言え、問題がないわけではありません。
 この家に入った瞬間から、皆さんは妖からの精神攻撃を受けることになります。
 内容は「自分が理想とする家庭の幻を見せられる」と言うものです。
 愛する人と築いた家庭とか、故郷の家族と過ごす幻等です。
 この幻の誘惑を振り切り、アルバムを破壊してください。

●精神攻撃について
 攻撃は強制的に受けることになります。回避は出来ません。
 幻を振り切るために、『特防』および『運』による判定を行います。
 この判定は、各種非戦スキルや、誘惑を振り切るためのプレイング(例えば、幻に取り込まれたら、思いっきり自分で自分をぶん殴るとか)によって、有利を得ることができます。

 幻を振り切るための判定は、一人につき合計3回行われます。この3回の判定の内に幻を振り切る事が出来れば、そのままアルバムを破壊しに行けます。
 アルバムを破壊する事は非常に簡単なので、誰か一人でも幻を振り切る事が出来れば、大丈夫です。

 幻を振り切るのを諦めて、甘い夢に自らの意思で浸り続けることも可能です。仮に全員脱出できなくても、後日F.i.V.E.が救出してくれるので死にはしません。大丈夫です。

●幻について
 どんな幻を見るのかについては、プレイングに記載していただければ可能な限り反映します。
 ただし、他のプレイヤーさんを登場させたい場合は、
 このシナリオに一緒に参加している
 プレイングに、登場をする事を了承する旨を両者が記載する
 以上の条件が必須です。

 NPCを登場させることは基本出来ませんが、洗井落雲が担当するNPC、
 神林 瑛莉(nCL2000072)
 速水 結那(nCL2000114)
 エリス・レンバート(nCL2000104)
 に関しては、登場させても構いません。

 以上となります。
 皆様の理想の家庭、お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2018年01月31日

■メイン参加者 6人■

『Mr.ライトニング』
水部 稜(CL2001272)
『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『行ってらっしゃい』
西園寺 海(CL2001607)
『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『影を断つ刃』
御影・きせき(CL2001110)

●お帰りなさい、あなたの家へ
 現場に到着した覚者達を迎えたのは、あまりにも平凡で、没個性的な一軒家だった。
「――では、行こうか」
 『Mr.ライトニング』水部 稜(CL2001272)が言った。
「皆、気をつけるように……いや、気をつけた所でどうにもならないのだったな」
 口元に手をやり、ぼやく。
 夢見の話によれば、敵の精神攻撃を防ぐことはできない。
 どうしてもそれを受け、うち破らなければならないのだ。
「幸せな夢……」
 『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)が呟いた。
「人は辛い事には耐えられても、幸福に抗うのは難しい物ですわ」
 夢見によれば、この屋敷妖の精神攻撃を受けたものは、理想とする幸せな家庭の幻を見せられるのだという。
 辛い事ならいくらでもあった。耐える手段を持って居る。
 だが、幸福な夢を見せられた時、自分達はそれを振り切ることができるのだろうか?
 覚者達の誰もが、少しだけ、不安を抱いている。
 だが。
「けれど救いを求める人がいるなら、迷わず進むだけですわ」
 同時に。自分たちの使命も覚えている。
「西園寺は、友達である結那の願いを手伝いたい……」
 西園寺 海(CL2001607)が言う。
 想いはそれぞれあれど、使命は一つ。
「だから、行きましょう。この事件を解決して、皆で無事に帰ります」
 必ずこの妖を討伐し、無事に帰還する。
 覚者達は、その言葉に頷いた。
 稜が、建物の入り口、扉を開いた。
 かび臭い匂いが、覚者達の鼻孔をくすぐった。
 玄関の先には、長い長い、廊下が続いている。玄関も、明らかに外観から見て広すぎる。すでに、妖の体の中……特殊な空間に放り込まれたとみていいだろう。
「……ドアを閉めるぞ」
 稜が言った。覚者達が頷くのを確認して、稜は扉を閉めた。
 バタン。扉が閉まる、その音が聞こえた瞬間。
 覚者達は、酷いめまいを覚えた。
 次に、五感がなくなった。
 すると、まるで強制的に幽体離脱をされたかのような、何者かにここから引きずり出され、別の場所に放り投げられたかのような感覚が、覚者達を襲った。
 それが収まり、めまいが消え、五感が正常に戻った時。
 覚者達は。

●――――。
「海ちゃん? 海ちゃん?」
 誰かの声が聞こえた。
 多分、聞きたかった声。
 多分、聞きたくなかった声。
 ぼんやりとした意識を、全身に巡らせる。
 どうやら、テーブルにうつ伏せで眠っているらしい。
 こうしていると落ち着く。自分の背丈に丁度フィットする椅子とテーブル。ああ、間違いない。ここは自分の部屋で。
「もう、寝とるん?」
 目の前にいるのは、自分の、大切な友達。
 ああ、顔をあげたい。
 ああ、顔をあげたくない。
 友達の顔を見たい。
 友達の顔を見たくない。
 だから/でも、顔をあげなければならない。
 だから/でも、友達の顔を見なければならない。
 これはそういうものなのだから。
 意を決して、海は顔をあげた。
「おはよ。せっかく遊びに来たのに、寝ちゃうなんてひどいなぁ」
 くすくすと笑う、見知った少女の顔。友達の顔。結那の顔。
 そうだった。
 今日は、友達をお家に招いたんだった。
 これは、敵の攻撃であるんだ。
 大切な友人が遊びに来てくれる。それが理想の家庭だったか。
 気を抜けば、喜んで微笑みそうな顔を、しっかりと引き締める。
 心に龍を飼い、必死で耐える――。
「……? どしたん? 海ちゃん」
 きょとんした顔で、友達が尋ねる。
 なんて幸せで。
 なんて嫌な夢だ。
 海は、手にしたリボンを見つめた。

「おかえり、きせき」
 そう呼ばれて、『影を断つ刃』御影・きせき(CL2001110)はハッと顔をあげた。
 どうやら、自分は玄関にいるようだ。そう、玄関。さっきまでいた場所とは違う。記憶に残る、懐かしい場所。そうだ、ここは僕の家の玄関だ。
 どうしてこんな所に居るのだろう、ときせきは思う。そうだ、出かけていたんだった。どこに? いや、何処にだっていいだろう。重要なのは、ここが自分の家で、出迎えてくれたのが、死んだはずのママだ、という事だ。
 ――死んだはず? どうしてそう思ったのだろう。何か、記憶がぼんやりとしているような気がするけれど……でも、どうでもいいのかもしれない。
「どうしたの、ぼんやりして」
 ママが笑う。記憶に残る笑顔。懐かしい笑顔。愛しい笑顔。
「もう、そんな所にいないで、上がってらっしゃい」
 その言葉に促されるままに、きせきは家に上がった。リビングでは、パパが動物ドキュメンタリーのテレビを見ている。そうだったね、今日はパパは、お仕事おやすみだったんだ。
「おお、おかえり、きせき」
 パパが笑いながら、そう言ってくれる。たまらなく嬉しくなる。たまらなく悲しくなる。
 ふと、リビングに、甘い香りが漂ってきた。よく覚えている。ママが作ってくれるクッキー。
「もうすぐ焼きあがるからね」
 ママが言う。
「きせき、隣においで。焼きあがるまでいっしょにテレビを見ようか」
 パパが、ソファの開いた席をぽんぽんと叩いて、僕を呼んでくれる。
「……うん!」
 僕は頷いて、パパの隣に座った。
 大きなパパの身体。大きな手。よく覚えている。パパはわしゃわしゃと、僕の頭を撫でてくれた。
 テレビでは、今度開かれるらしい恐竜展のCMがやっている。
「きせき、今度の休みはこれに行くか。パパは恐竜の事も詳しいから、色々解説してあげよう」
 うん、知ってるよ。パパは大学の先生で、とっても物知りなんだから
「僕だって詳しいよ!」
 でも、僕だって本を読んで……あれから成長して。色んな事を知ったんだ。
 そうだよ。僕、あれからもっともっと大きくなったんだ。
 アレから……あの事故から。

 『刃に炎を、高貴に責務を』天堂・フィオナ(CL2001421)は、英国風の庭にいた。靴が芝生を踏みしめる感触がある。ほんの一瞬前まで、室内にいたはずだ――室内? どこのだ?
「フィオナ? お帰り! いつ戻ってたの!?」
 声が聞こえた。自分によく似た声。よく似た姿。でも、自分でない存在。
 双子の、きょうだい。むかし、行方不明になったはずの――行方不明? そんなはずはない。だって、あの子は、今ここにいるじゃないか。
 あの子が手を振っている。私に向かって駆け寄ってきた。どん、とぶつかって、抱きしめられる。暖かい感覚。幻ではない。いや、幻なのだ。でも、温かい。
 記憶が混濁する。澄んだ水に泥水が少しずつ紛れ行くように、違う色に変色していく。
 だめだ、私。意識をしっかり持て。
「フィオナ? フィオナなの?」
 気が付けば、目の前には立派な邸宅が立っていた。その一階、大きな窓から、母様が驚いたように顔を覗かせる。
 ――ああ、あの子がいなくなってから、すっかり元気がなくなっていたはずなのに、あんなに嬉しそうに、楽しそうに――。
 私を、迎えてくれる。
 大きな窓からは、室内が見えた。大きな椅子に座って、穏やかそうな顔でこちらを見つめる父様。
 いつの間にか、庭が広がっていた。夏薔薇の咲く、大きくて、心地よい空間。爽やかな風が頬を撫でる。
「フィオナ、来てたなら連絡くらいしなさいよ」
 女の子の声がした。ああ、覚えてる。家族ぐるみで付き合いのある、大親友の女の子。
 そうだ、すまない、ちゃんと帰ってきたのだから、連絡をしなくちゃいけなかった。
 こうやって定期的に家族みんなで集まって、アフタヌーンティーを楽しむのが恒例だった。楽しいお茶会。話したいことがたくさんあるんだ。
 そうだった、お茶を入れるのは私の仕事だった。少し待ってて欲しい。すぐにお茶を入れるよ。
 私が、男の人とお付き合いすることになった、と言ったら、皆は驚くかな?
 きっと驚くだろうな。私は、ずっと、友達だった君とべったりだったし……でも、私だって五麟に行って、色々あったんだ。
 そう。五麟に行って。色々あって。だから分かってるんだ。
 ああ、くそっ。なんて、予想通りで。なんて心地よい夢なんだ。

「ふふ、いのりの勝ちですわね」
 何度目かになるかわからない、トランプゲーム。お父様とお母様、弟と一緒に遊ぶ、とても幸せな時間。
「はは、いのりはゲームが強いな」
 お父様が、いのりを褒めてくれています。でも、いのりにだってわかってます。お父様が、少し手加減をしてくれている事。いのりだって、いつまでも子供のままではありませんわ。
「少し休憩しましょう?」
 お母様が、そう言って、お菓子とジュースを用意してくれました。弟は慌てて飛びついて。いのりもお母様のお菓子は楽しみですけれど、いのりはレディですから、おしとやかに――でも、はやる気持ちを抑えられなくて、少しだけ早足になってしまいました。
 お父様もお母様も、いつもお忙しいのに、こうして時間を割いて、いのり達と一緒に時間を過ごしてくれる。嬉しくて幸せで、たまらなくなります。
 いつからこうしているのでしょう。いつまでこうしているのでしょう。
 ――思考に雑音が混じりました。何故、そのような疑問を覚えたのか、いのりにはわかりません。
「いのり、お爺様がいらっしゃいましたよ」
 お母様がそう言うと、沢山のお土産を持って、お爺様が部屋の扉を開けました。
 今日はお爺様も来て下さるなんて、なんてすばらしい日なのでしょう。
 お母様が居て。お父様が居て。弟が居て、お爺様がいる。
 一家だんらんの、幸せな時間。とても懐かしい、悲しい位に懐かしい。
 ――懐かしい? なにが? どうして?
 どうして悲しいのでしょう。どうして懐かしいのでしょう。
 ――本当は、分かっているのでしょう?
 ああ、思考に。雑音が。消えてほしい。忘れてしまいたい。でも。
 ――いのりが首から下げているものは?
 ええ、知っています。分かっています。でも、もう少しだけ、ここでこうして――いいえ、ダメですわね。
 いのりが首から下げた、ロケットペンダント。ロケットを開けば、そこにあるのはお父様とお母様の写真。
 亡くなった、もう無くなった、大切な時間の証。

 理想の家庭。そんなものが自分にあるはずがない。稜はそう思っていた。
 確かに、父は冤罪にあったが、健在であるし……いや、そんな事実はなかったかもしれない。
 子供時代に孤立気味だった……いや、友達もたくさんいた。至って平穏で、平凡で、幸せな生活を過ごしていた――だから、理想の家庭と言われても、困る。
 理想的な人生だった――いや、違う。何か違和感がある。思い出せ、自分が何のためにこの家にいるのか。口にしてみろ。
「婚約者に会うため、だったか」
 ――婚約者? 何を言っているんだ、俺は?
 俺に婚約者がいる? 馬鹿な。そう言う話とは、悪友にからかわれる程度には縁遠くて。
「稜さん?」
 声がする。その方を振り向けば、不思議そうな顔でこちらを見る、ひとりの女性。
 『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)。大切な、大切な――そうだ、彼女が俺の、婚約者。
「そんな、馬鹿な。そんな……いや……」
 頭をふる。違う。いや、違わない。
「澄香、お前が俺の婚約者だったか?」
 疑問形になってしまう。
「えっと……?」
 澄香が困ったような顔になってしまう。
「ああ、すまない。違うんだ。何か寝ぼけてしまって……そんなしゅんとした顔しないでくれ」
 慌てて弁解すると、澄香はくすりと笑った。その笑顔に、たまらない幸せを感じる。
 以前誰かに「大切な相手のことを思っているならちゃんと態度に出せ」と言われてお前と婚約したが……そうして正解だった。
 ――なんだ? 何か違和感を覚える。いや、気のせいだろう。
 澄香との生活は順風満帆で。
 毎日が平和で平穏で。
 覚者が差別されるようなことはなかったし、争いや、妖に怯える必要もない。
 澄香も、覚者だからと襲われる不安も感じる必要もないのが、俺にとって何よりのことだ。
 身内が悲惨な目に遭って、それの為に戦うのは消耗するしな……いや、何のことだ? 誰の身内が悲惨な目に?
 頭がぼんやりする。甘い誘惑が心を奪おうとしている。いや、そんなことはない。
 これが現実で。これが真実だ。
 澄香の両親も健在だ。また挨拶がてら、遊びに行こうと思っている。大切な娘さんを貰うんだ、挨拶はしっかりしないとな。
 何の間違いもない。幸せだ。正しい人生。真実の人生。
 違和感がある。良いのか? 俺は、本当に、これで。良いのか?

「お父さん……お母さん……」
 澄香が、呟いた。六年前に死んだはずの両親が、目の前にいる。
 それは幻のはずだ。でも、たぶん、自分の記憶から作り出されたであろうその幻は、まるで本物のようで――いや、どちらが偽りだったのかもわからなくなってくる。私の記憶。目の前の現実。どちらが正しかったのか。
 ぼんやりとしてくる。はっきりとしてくる。
「無事で……あれ? なにが、私……?」
 違和感がある。でも、それ以上に、嬉しさがこみあげてくる。
 両親が、心配そうに私の顔を覗きこむ。私は、何でもありません、と言うと、
「何か……勘違いしていたみたいです。どうして、1人になっちゃったなんて思ってたんでしょう、私」
 気づいたら、私はリビングに居ました。いえ、最初からリビングに居ました。目の前にはたくさんのごちそうがあって、私は驚いて、どうしたのかと尋ねます。
「何を言ってるんだ。今日は澄香の婚約者が来る日だろう?」
 と、お父さんが言うのです。
 婚約者? 私に?
「どうしたんだ、澄香?」
 その声に振り向くと、私の後ろに立っていたのは、優しそうな笑顔を浮かべた……。
「水部さん?」
 私の言葉に、水部さんは苦笑すると、
「本当に、どうしたんだ? そんな他人行儀な。いつもみたいに名前で呼んでくれないか」
 いつもみたいに? そうだったでしょうか? 私、いつもは稜さんって呼んでました……?
 いえ、そうなのでしょうね。そうでした。私はいつも、あなたの事を。大切なあなたの事を、稜さんと。そう呼んでいました。
 私が、稜さん、と呼ぶと、彼はとても嬉しそうに。その顔を見ただけで、私の心に幸せが満ちてきます。
 そうだ、写真を撮りましょう。大切な人達と。両親と、婚約者である稜さん。とても大切で、とても懐かしく、とても幸せで、とても悲しい、写真を。
 取り出したふわふわ仔猫のカメラポーチ。稜さんからの誕生日プレゼントです。今もはっきりと思いだせます。稜さんったら、笑顔なんてなくてぶっきらぼうに「いらなければ捨てていい」って言って。照れたように眉間に皺を寄せて…………。
 ――ああ、そうだ。
 違う。私は、知らない。こんな風に笑う人を、私は知らない。
 この世界はとても幸せで。とても暖かくて。とても甘くて。
 でも、現実ではない世界。
 私の本当ではない世界。
 だから私は。
「――戻して下さい、私の大切な人がいる場所に……!」

 違う、と誰もが言った。
 幸せな夢を、誰もが拒否した。
 幸せな嘘を、選ばなかった。

 誰もが弱さを持っていて。
 でも、それを振り切れるくらいの強さを持っていた。

 覚者達の間を、風が、吹き抜けた気がした。
 気づけば、そこは、黴臭い一軒家、その一室。書斎であったのだろうか? 四方を本棚に囲まれた部屋に、覚者達はいた。
 一つの文机があった。そこに、一冊の本が開かれていた。
 アルバムである。
 どこの誰ともわからぬ家族の写真が納められた、一冊のアルバムだった。
 それを破壊する事は、あまりにも容易かった。

●行ってらっしゃい、あなたの人生へ
 すべてが終わった後に、いのりは泣いた。大声で泣きだした。
 誰も、声をかけられなかった。
 皆が同じ、幸せな夢を見たから。
 泣きたい気持ちが、皆に分かった。そして、かける言葉などないのだという事を、皆が自覚していた。いのりもきっと、逆の立場になっていたら、かける言葉を持たなかっただろう。
 あまりにも幸せで。
 あまりにも辛い夢だったのだ。
 しばらくして、いのりは泣き止んだ。しゃっくりをしつつ、でも、毅然と。
「は、はしたない所をお見せして、申し訳ありません、わ」
「いいんだぞ。うん。いいんだ。泣きたいときは、思いっきり泣いた方がいい」
 フィオナがそう言った。
「……えいっ」
 澄香が、ふと、稜のほっぺたをつねった。
「いっ? い、いきなりなんだ、澄香」
「稜さん、まだぼぉっとしていたみたいですから」
 と、澄香が言う。
「いや、俺は大丈夫……うん? 今、なんと……?」
 稜の言葉に、澄香は、はっと口元を抑えると、
「な、なんでもありません、水部さん!」
 と、慌てて訂正するので、稜は思わず笑みを浮かべてしまう。
「……ありがとう、皆」
 きせきが、呟いた。手にしたアイテムは、五麟で築き上げてきた、思い出の数々だ。それは、辛いだけではなかった、現実の証。
 自分を助けてくれた、大切な人達とのつながり。
「……行きましょう」
 海の言葉に、覚者達は頷いた。

 夢は終わり。
 現実は続く。
 その先に、何があるのか。まだわからない。
 それでも、きっと覚者達なら、どんなことでも乗り越えて行けるだろうと。

 廃屋を脱出した覚者達の耳に、
「行ってらっしゃい」
 と。
 聞こえた気がした。
 それは皆の大切な人々の声のように聞こえた。
 それは、妖の力の残滓だったのか。それとも、ただの気のせいだったのか。或いは本当に――。
 それは、誰にもわからなかった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『行ってらっしゃい』
取得者:水部 稜(CL2001272)
『行ってらっしゃい』
取得者:天野 澄香(CL2000194)
『行ってらっしゃい』
取得者:西園寺 海(CL2001607)
『行ってらっしゃい』
取得者:秋津洲 いのり(CL2000268)
『行ってらっしゃい』
取得者:御影・きせき(CL2001110)
『行ってらっしゃい』
取得者:天堂・フィオナ(CL2001421)
特殊成果
なし




 
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