●本当の『バロックナイツ』 人では無い。 但し、意志があった。 人では無い。 但し、それ以上の知力があった。力があった。 ――いやぁ、美味かった。 土の中から起こしてくれたアーネンエルベに感謝しなけりゃいけねぇなあ。 高級将校のオカルト・クラブめいたその組織は今は無い。 本来、『彼』には自身を掘り出したそれに従う必要は無かっただろう。 しかして、彼は特別な存在だった。特別な性質を持っていた。 『人ではない彼は人の渇望を糧にするように生まれついた』のだ。 長い地中生活で殆ど力は尽きていた。それでも『彼』は最後に自分の使い手(クリスティナ)を選び、残る力を託す先(リヒャルト)を選択するだけの運命と猶予を持っていた。 『彼』は――渇望の書はクリスティナにどうすれば良いかを教えてきた。 『彼』は誰よりも強い『渇望』を抱いていたリヒャルトを嗅ぎ当て、効率良く力を取り戻す為に死の淵より彼を救い出したのだ。 リヒャルトが死に際に上げた慟哭は最高の食事になった。 今夜は『親衛隊』を繰り続けてきた長い時間の中でも――最高の夜だった。そこかしこに散った彼等の無念は何れも『究極の渇望』だったから。 ――いぇーい! サイコー!!! その甲斐あって最早『彼』は満腹。 溢れる程の魔力を自在に扱う『彼』はクリスティナの手を離れ、自由である。 しかして『彼』は自由意志を持ちながら――自由意志を持つが故に考えた。 ――美人の胸に七十年。たっぷり堪能させて貰ったが―― そうだよなぁ。腹ぁ一杯にしてくれた礼はしてやるのがスジだよなぁ? ……願いを叶えるタイプのアイテムは大抵が悪辣な存在である。 使用者の破滅を願うもの、酷い副作用を伴うものも数知れず。しかし、『彼』は――善悪の区別を持たない、或る意味最悪の形でその身に溜めた『渇望』に忠実なアーティファクト(もの)だった。 ――リヒャルトの望みは第三次世界大戦だっけ? くひひ、それも面白いかも知れないじゃん! 厳密には『違う』。だが、『彼』は願いをそう解釈した。 そして――工場内に散る全ての残骸が、未使用兵器が、渦を巻く『彼』の魔力に引き寄せられた。寄り集まってそれは巨大な球体になる。 空に浮かんだ球体はまさに『親衛隊』の怨念をかき集めた今夜最後、最大の敵だった―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月23日(金)00:45 |
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●ソラに浮かぶ…… ――あー! ホンットーに気分がいいぜぇ! 頭の中心を揺らすような軽薄な『声』を歓迎するものは何処にも居ない。 人間を芯から苛立たせるようなその雰囲気はそれがどういうものだかを嫌と言う程知らしめている。 「『親衛隊』とは、全く異質な風を感じます。まさか、『こんなもの』が潜んでいたなんて……」 柳眉を顰めたファウナが連想したのは言うまでも無く強い忌避のイメージである。 ある種の既視感(デ・ジャ・ビュ)を覚えた者も少なくはなかったに違いない。 暗い夜に浮遊する鉄の球体はまるで戦士達が異世界(ラ・ル・カーナ)の空に見た神の『眼球』にも似ていた。 眼窩の風景全てをねめつけ、威圧する圧倒的な存在感は――格別過ぎると言えるだろう。 さりとてリベリスタ達は嘯くのだ。 「古本が化物風情を気取ってバロックナイツを名乗るなんて……歪夜も人材不足なのかしら」 「クリスティナが黒幕だとは思ってたけど……その後ろにまだいるとは思わなかったなぁ」 「カタが着いたと思ったら次はコレか。自律性のアーティファクトなんて随分と面白い代物もあるんだな」 夜の空を席巻する『鉄の球体(ファントム・レギオン)』を見上げ、皮肉に呟いた海依音、何処か気楽にそう言った灯璃に合わせるような答えを返したのは、呆れと感嘆を半ばに込めた櫻霞だった。 「まさか二回戦とは」 海依音の言う所の『本当のバロックナイツ』と目されるアーティファクト『渇望の書』が造り上げたのは彼が後ろから操作した『親衛隊』の怨念の集合体である。彼等の慟哭を無念を食らい、吸い上げた『それ』は『親衛隊』最後の夜に満腹し、彼等の残した残骸を吸い上げて自身の要塞を造り上げた。 「……醜い。まるで悪意と憎悪が形を持ったような姿だ」 成る程、吐き捨てた黎子の言う通り醜悪な外見である。成る程、その凶悪なる武威は疑う余地も有り得まい。 アーネンエルベが『掘り当ててしまった』それは最早人ですらない、謂わば神秘の結晶である。 「チッ――」 櫻霞の脳裏に過ぎる『無差別の破壊』の記憶は怖気立つ程にそれが現象としての災厄に過ぎぬ事を確信させるもの。 「気に入らないな、ああ気に入らない」 そして――櫻霞がソレを憎むならば、 「私の成すべき事は櫻霞様を護り、二人の未来を共に切り開く事だけ。 櫻霞様が望む限り、私は貴方様の盾にも鉾にもなりましょう――」 常に彼の傍らに在り続ける櫻子の結論も一つであった。傷を負ってこの戦いに臨む彼を何としても守り通す事―― ――さて、最初はリヒャルトの仇討ちかぁ? 人を食ったような球体の声は却ってリベリスタ達の戦意を沸き立たせた。 元より容易くそれを恐れるようなモノはこの場には立つまい。 「……う、ううう……」 「連続でハードな仕事ってどうなの!? 何かあるとは思ったけどおっぱいの隙間に隠すとか分かんねえよ!」 「うううううう……」 「うん、隠せるな!」 「ううううううう!」 中には漸く終わったと思えば新たに出てきた球体に涙目を禁じ得ない美月、クリスティナの抱えていた神秘を揶揄してのものか――そんな彼女の胸にセクハラを働く明奈、 (……まぁ、出来れば危ないのは勘弁して欲しいんだけどねー……) 内心だけで呟いた凍のようなリベリスタも居ない訳ではないのだが、その彼とて『やれる範囲でも力を貸そう』と思ったからこそ戦場にやって来たのだから同じ事である。 「逃げない、逃げない、逃げちゃ駄目だ、逃げる時逃げれば!」 「ここまで来て諦めてたまるか! 毒を食らえば皿まで! バンバンワタシがアイドル支援してやるからアイツ一発ぶん殴って来いよな!」 美月にせよ、明奈にせよ――他のリベリスタにも同じだ。食い止めなければならない邪悪がここにある。 捨て置けば大勢の未来を台無しにしかねないそれが間近の空に浮いている。 「私が渇望するとしたら、平和な世界です。隣にいる人と思い合えるそんな世界を…… 悲しいことが、誰かの辛い事が少しでも減るような…… 究極の渇望なんて無くても、隣の温もりさえあれば何だって叶えられる気がします」 「妾の渇望は、魔道を極めること。そして、崩界を阻止すること。 なによりも、その中で――おぬしと共に生を全うすることだ。 心は既に満ちている。この戦いで受けたあらゆる痛みを癒すほどに。 リヒャルト達が復讐のために捨ててしまった――何事にも恐れぬ、温もりがここにはあるのだから」 辜月とシェリーの指が絡む。夏の気温にお互いの体温を伝え合う。 (確かにリヒャルトは憎い。しかし――) 人間はどうしても感情で動くものだ。 如何な敵だとしてもその死がこのような形で利用されていいはずがない、そう思うのだ。 ならば許さぬ。ならば、リベリスタが為すべきは―― 「『渇望の書』だと? アーティファクトだと? 舐めるなよ! 『道具』風情が! 貴様に意志や知性がある等と――認めてたまるか!」 「いよいよラスボスの登場ってか。燃えて来たぜ! こいつも撃破で世界を救ってやんよ。なんてったって俺は……いや、俺らアークは正義の味方だからな!」 「こっちもボロボロだってのに燃えるクライマックスだなぁオイ。古本風情がナメんじゃねぇええええ!」 「本ごときあたしにかかればポーンとバラバラにしてやるですぅ! 超必殺技『破滅のオランジュミスト』でべたべたでページが開かないようになればいいのですぅ!」 ――ベルカ然り、ラヴィアン然り、隆明、一応マリルも然り。唯、只管の撃破、撃破、撃破ばかりなのである。 「ヒトですら無いあんなモノが、全ての引き金だなんて……滑稽ね。 ねぇ、三千さん……まだ、行けるわよね」 「はい、いけますっ」 自身の言葉に力強く首肯した三千の言葉にミュゼーヌの唇が綻ぶ。 「このふざけた悪夢の続きを……」 「必ず、この『夜』を終わらせます!」 ミュゼーヌは敵を撃ち抜くストライカー。三千はそんな彼女を含め戦線を守るディフェンダーだ。 「圧巻でございますね。規格外のサイズ……大きさも、その下衆さもでございます! この愛に満ちた世界にお前は必要なしでございますよ!」 支援部隊として腕をぶす愛音の覚悟、決意も十二分だ。 「愛無きモノは亡きモノになるべし! くたばれぇー!」 ――さぁて、前菜(きみたち)を軽く蹴散らして主菜(せんそう)を急ぐとしますかねェ! ――圧倒的な存在感が殺意を全面にばら撒いた。 単純な事実は肌を粟立たせる程に明白で、痺れる電撃のように戦陣の人々の間を駆け抜けた。 球体の表層から虫がはばたくように『見たような何か』が浮かび上がった。 黒い空を多数の影が埋め尽くす。それは円盤兵器『ハウニブ』もどきであり、空を守る能力を得た『パンジャンドラム』であり、イマトキエイを思わせるカウルが特徴的な『疾風怒濤改』、『絶対走破改』のようなものであった。 「あら、すっかり動くようになってしまって」 『ハウニブ』がもどきたる所以は元のそれが反射機能のみを有した『物体』に過ぎなかったからだ。 活躍の代償に今夜手痛いダメージを貰ったエナーシアは『すっかり完成したそれ』を剣呑な目で見つめ呟いた。 「……一寸死なない程度に頑張ってくるのだわ」 「えなちゃんは私が守る!」 「私を守るより、桃子さんも無事でいるのだわ」 「合点承知!」 桃子より翼の加護を受け取ったエナーシアが頷いたウラジミールを伴い夜空に飛び出す。 「神秘が理不尽だって事は――よく知ったつもりだったんだけどな」 肩を竦めた晃は何時か見たSF映画の事を思い出した。 展開された空戦部隊は母船を守る迎撃部隊だ。そのリーダー格に武装軍用ヘリ『Sturm wind』――のようなもの――までもが出現すればたまらない。敵は簡単に寄らせる心算はないらしい。 (人の願いを叶える願望器。『そんなもの』の為に、七十年。 彼らは戦い続けてきたというの? だとしたら、私は『コレ』を否定する――) 睨んだ敵を心底から拒絶して、【黒蝶】の乙女(あざか)が傍らのリンシードに呼びかけた。 「行きましょう、リンシード。アイツの死と敗北の意味を取り戻しに行きましょう」 「お姉様、どこまでもついて行きます――」 「――ええ、生きて帰るわよ」 刃を交えて知った『親衛隊』の『妄執』を知る故に。 彼等を許す事は決して出来なくても――彼等が同情するべき相手ではないとしてでもである。 真に唾棄すべき存在が何かは『人間にならば』分かる事である。『人間ならぬアーティファクトには分からなかったとしても』。糾華もリンシードも、リベリスタ達もやはり人間のままだった。 「――お姉様が、納得できる結末を得る為に……」 「さあ、ここが――正念場の始まりです!」 「第三次世界大戦なんて冗談じゃない。それが神秘によって引き起こされるならば尚更です」 京一の指示を受けた支援部隊の面々――ルカが、辜月が、ルーメリアが、周囲の仲間達に次々と翼の加護を施した。 「やぁ、これぞまさに神秘の塊。今夜の終わりに相応しかろう」 惚けた調子の小烏が周囲の仲間に守護の力場を授け、 「LOVE! でございます!」 特徴的な声と共に鬼人を纏った愛音は仲間を守る影人を量産する構えを見せていた。 空に向かってリベリスタ達が昇って行く。希望の輝きで夜を切り裂き、全てを飲み込まんとする絶望の影に抗う為に。 ――長い夜の『終わり』が『始まろうと』していた。 ●空の戦い 「これれが――本当の『鉄十字猟犬』? ……リヒャルト少佐……」 リセリアの漏らした呟きに憐憫の色が覗いたのは恐らくは気のせいなどではないのだろう。 果たして『空の戦い』は当初より激しいものとなっていた。 かつて空の魔王は敗戦の際に述べたという。 「我々は空の戦いに敗れた事は無い。唯、物量に押し潰されただけだ」と―― 「――まずは少し数を減らす必要がありそうね!」 ウーニャの視界の中には球体より蘇った『親衛隊兵器』の迎撃部隊が存在していた。 リベリスタ達にとっては幾らか『予想外』の敵だが、これを看破していた者も存在する。確かに『親衛隊兵器』の中には空戦部隊も存在したのだから、『渇望の書』の魔力があれば乗り手は必ず必要あるまい。 自律的に動く――厳密には『渇望の書』に操作されて動く空戦部隊は宙空での戦闘に些かの難を禁じ得ないリベリスタ達をそれ相応に苦しめている。彼等の最終目標は目前の巨大要塞であり、『渇望の書』である。それの圧倒的戦闘力、耐久力を予測すれば序盤の苦戦が作り出す意味は言わずとも知れているだろう。 「こんなにデカイのは鬼……温羅ぶり、いやそれ以上か。 ……と言うか、アーティファクトも一員とか、凄いなバロックナイツ……」 「戦闘に間に合わないかと思いましたが、このような隠し球……まさに球があるとは」 感嘆して呟いた禅次郎、流水の構えを取るレイの背筋を危険な予感が舐め上げる。 全く敵は――意地が悪い。禍々しい事この上ないではないか。 それでも、レイは却って決意を新たにする。 (微力ながら支援に回らせて頂きます。一撃に掛ければ、私でもそれなりに役立つはず――!) それでも、空のフィールドに飛び出した陽子は苦境を却って『楽しむ』かのようであった。 「これまた近付けば近付くほどドデカイわ。 差し詰め親衛隊の裏ボスか? おもしれー! 今夜最後の大勝負! モチ、勝つのはオレ達だけどな!」 「あれは、明らかに在ってはならない物に見えます。ここで、全てを終わらせましょう――」 己の言葉で己の認識を確信へと変えた要は勝利への軌跡、渇望を討つ光――ラグナロクを紡ぎ出す。 呼びかけに応えた【破軍_空】――ルアとジース――双子のコンビが実に華麗に躍動する。 「あの変な本の好きに何てさせない――永遠に続く戦争なんて起こさせない!」 「前へ、行くぞ! こんな所で止まってはいられねぇんだ!」 素晴らしい加速から連続攻撃を放つルアと裂帛の気合を込めて一撃を振るうジースが目前の迎撃者を強かに叩く。 (ああ、あいつ壊したいなあ。僕らから多くを奪ってきたのは、ああいうモノだから――) 目前を塞ぐ敵と刹那の攻防を交えながら――ロアンの目は冷え冷えと球体を見据えていた。 神秘なんて大嫌い、その強い感情はともすれば己にさえ牙を剥く呪いにもなりかねない。さりとて、今を戦いに生きる彼にとって――その激情は傷付いた己の体を駆り立てる強烈な武器にもなっていた。 苛烈な連戦に挑むリベリスタ達の大半は多かれ少なかれ重い消耗を抱えていた。 浅くない傷を負いながら戦うのはロアンだけでは無く――それでも彼等は使命感に燃えていた。 「わたくしのしごとはひたすらの攻撃です、道を拓くこと! いいたいことも吐きたい弱音もいっぱいあるけど、今はそんなこといってらんない―― みんながみんなで生き残るために! つまり、わたくしはおまえをぶっ壊す!」 吠えるヘルマンの声にどれ程の想いが篭っているかは――『普段の彼』を知る者ならばより分かる。 退けない戦いに出会うのは、或る意味で運命に『愛されてしまった』者の宿命と言えるのだろうか? 「渇望? よくわからないのです。わたし! 戦えればいいのです!」 防御の姿勢を取ったイーリスを敵空戦部隊が次々と襲う。 「わたし! 満足しているのです! なぜならば! それは! おまえが絶対強いからです!」 だが敵の猛攻にも血を流すイーリスは怯まない。 きらきらと目を輝かせ――ある種の逸脱にも似た期待感でこの夜を楽しんでいる。 「言うなればこれも残業、かな」 彼女が引き付けた敵をすかさず与作が己が間合いの内に捉えていた。 「よし、もうひと頑張り――状況を再開・続行しましょうか!」 与作は瞬時に急加速したそのスピードで多重の残影を作り出す。 刹那で数撃繰り出されたK-3R“ACONITUM”がイーリスに集った円盤を、バイクを次々叩く。 「――私の想いは、拳は! こんなふざけた奴には絶対に砕けないんだから!」 更に間合いに飛び込んだ焔の火焔が彼等を薙ぐ。 その名が体を示すような猛烈な炎は味方の影を辛うじて避け、敵複数を炎の中に呑み込んだ。 「渇望? 黒幕だか何だか知らないけど、だから何? 私達は――こんなのに負けないわ!」 「でっかいたまっころに、ドでかい穴をブチ空けてやればいいんだな!? こいつは私向きの仕事だぞ!」 仲間達が作り出した隙を突き、ブリリアントは迎撃の敵をすり抜けた。 「一点目掛けて――全力全開!」 巨大球体の表層をブリリアントの太刀が叩く。 同様に――敵の攻撃さえジャガーノートで受け切って。 「絶対に……絶対にここで仕留めるんだ! 過去の妄念に傷つけられる存在を、これ以上増やしてたまるかっ――!」 我が身に湛えた想いのたけを力に変える風斗の一撃が閃いた。 真夏の夜に湯気さえ上げる風斗の気迫は一線のリベリスタの中でも格別のものである。 触れなば燃え上がらん彼の『怒り』は敢えて月並みな表現をするならば『正義の炎』に違いない。 (ま、だらしない男には妹をやる訳にはいかないしね――) ちらりと彼を確認したロアンのレンズの奥の目が笑う。 悲喜こもごもの人間ドラマは戦場においても同じ事。この瞬間が未来を作るならばむべなるかな。 さりとて――リベリスタ複数の強烈な打ち込みも圧倒的体躯を有するそれを堪えさせたようには見えない。 だが、それが馬鹿馬鹿しい程に頑強である事はリベリスタ達にとって想定済みの話である。 この場のみならずそこかしこで続く空戦、地上よりの砲撃に敵の防御網が緩んでいる。 「壊れなきゃよ――」 獣のような獰猛さで口元を歪めた火車が球体の至近に張り付いた。 「――壊れるまで殴りゃいいんだろ? 腕ぇぶち込む穴開くまで殴る! ぶっ壊す!」 その両腕に炎を纏い、真っ直ぐ撃ち抜けば――夏の空は赤く染まる。 「乳離れ即引き篭もりかよ 岩戸抉じ開けりゃあ良いんだろが! それより何より――人のケンカぁ横から邪魔してんじゃあねぇえっ!」 巨体の一部を炎に包まれた球体を彼に寄り添うように続いた黎子が攻めた。 「違いますよ。違いますよねえ あの人たちもまるで話し合えない人たちでしたけど――銃を向けるのは前にだけ。 あの猟犬達の方が余程人間らしい。余程、理解できるというものです。 裏から気付かれず操ったり掌の上で踊らせたりいいとこ取りをしたり――私はそういう奴が大嫌いなんですよ!」 火車の絶叫を炎だとしたらば、黎子はまるで氷のように。 「答えろ運命! ――今夜最も不幸な者は誰か!」 「夏相応しい大花火! やるじゃん、お前!」 火車が快哉を上げ、黎子が少し目を細める。カジノロワイヤルが望み、選択する今夜の死(はさん)はどうやらクラップスに興じ、爆花に咽ぶ『渇望の書』であるらしい。 赤い独楽がくるりと回転する。 「此方も如何」とばかりに微笑んだ陽子のルージュ・エノアールが戦いに咲いた。 「永遠に続く戦争? ……戦い? そんなの、駄目。彼らの想いがどれだけ強いのか、それは勿論戦って理解してる。 でも、だからって――私たちの想いは彼らにだって負けはしない!」 無数に迸ったルナの火弾が親衛隊兵器と球体を纏めて直撃した。 強く声を発した彼女が『永遠の戦い』なる言葉に何を思ったかは知れない。或いは『生まれ方を間違え、そうする事でしか存在出来なかった弟』を思い出しての事かも知れない。しかし何れにせよ、戦いを知らなかったフュリエは――ルナ・グランツはエル・ハイバリアを纏い前線に立っている。口にするだけの強い想いを隠さずに、重い決意を隠せずに。 「彼の者に対して死を告げる『告死天使』とならんことを――」 茉莉の紡ぐ葬送の魔曲が黒く染まる鎖を自在に『操』る。 「『渇望の書』? 神器だか何か知りませんが、そのようなものは不要。 私たちにはそんなものがなくても立って前へと進むことが出来るのですから――クラリスさん!」 「――お任せ下さい、ですわあ!」 茉莉の黒鎖の射線上を滑るように。黒い翼をはばたかせた少女が槍と共に突き進む。 「紅蓮の月光よ――偽りの黒月を撃ち落とせ!」 威圧的な敵に対峙し、仕掛けの時を待っていたウーニャはその手に抱く赤月の呪力をここで一気に開放した。クラリスとウーニャの二重奏。呪殺の一撃、呪殺の光は敵が責め苦を負う程にその威力を増すものだ。 ――ああ、うっぜー! うるっさい連中だな、おい! 球体にとってはリベリスタ渾身の連続攻撃も猫の甘噛みのようなものなのか。 苛立つそれは状況を己の危機と認識しておらず、唯鬱陶しそうな調子である。 確かに外見を裏切らず絶大なまでの耐久力を誇るそれは単発の攻撃で揺らがす事が出来るような存在ではない。しかし、故に元よりリベリスタ達に求められるのは連携と、粘り強い戦いばかりなのだった。 敵空戦部隊が不慣れな空戦に自由自在に動く事叶わぬリベリスタ達に傷を刻む。 「本当に倒すべきものが本であるとは皮肉以外の何ものでもないな。 真のバロックナイツがこれとは……しかし、引き退がらぬならば、やるべきは一つのみ!」 猛烈なスピードで飛来した『ハウニブ』をウラジミールの巨体が食い止めた。 堅牢なる要塞のロシヤーネは咆哮と共にその膂力を爆発させ、傷尽きながらも円盤を押し返す。 生み出された空隙にすかさずPDWの掃射を試みたエナーシアが皮肉に笑んだ。 「全く――渇望の書と云いながら自分が食べているものを何も理解していないのねぇ――」 彼女のエネミースキャンが看破するのは迎撃部隊に加え球体の保有する『親衛隊兵器』。 成る程、球体表層に次々と伸び上がる砲身は、出現した兵器は今夜リベリスタ達が相対したもの達だ。 「列車砲『ヴルカーン』――!?」 直観に優れたセラフィーナは球体の構えたそれが極めて危険な兵器である事を看破した。 先の戦闘で味わったからこそ分かる脅威は彼女だけのものではない。 「フリッツファング……」 眉を顰めたアリステアの表情の理由は明白過ぎた。 オルドヌング家に伝わるグリーシァン・ブロンズ色の自装式誘導弾はその制御回路を死したルートガー・オルドヌング軍曹の腕に有していた。なればその名の兵器を制御する最良の手法は分かり切っている。球体の表面から『生えた』彼の腕が物語っているではないか。 やや蒼褪めた少女を狙う『疾風怒濤改』。すかさず涼が庇いに入る。 カウルと手にした刃が硬質の音を軋ませ、端正な涼の顔がやや歪む。 「怨念と言うか妄執と言うか……どちらにせよ好きにさせるわけにはいかないな。 俺はサクッと終わらせて――さっさと夏を満喫したいんだよ!」 惚けたようなその台詞は斬撃一閃と共に放たれた。そんな彼の言葉は確かに少女を賦活する。 (怖いけど怖くない! それは――見慣れた背中があるから!) 唇を噛みしめたアリステアが軽く首を振った。 纏わりつく亡霊のおぞましさを払った彼女は力の限りに聖神の息吹で戦線を支えんとした。 「頑張って、涼!」 「いいね、それ。いよいよ力が出る感じ――」 球体が有する兵器は数限りない。 否、有すると言うよりはそれは兵器『そのもの』なのだから当然だ。 「アレに――気をつけるのだ!」 剣を振るう五月(メイ)の警告はメフテルの祀りで合間見えた『トールハンマー』を指している。 「ヤレヤレ、うちもこうしてメイと空を飛べるのは嬉しいっすけど、もう少し場所は選びたいっすね」 共に飛翔し、共に戦う。轡を並べる格好のフラウが軽く苦笑いを浮かべていた。 今夜の空は暑苦しく、ランデブーにはいまいちそぐわない。 「フラウ、今夜は良い夜だね?」 だが、敵から視線を外さないままそれでもメイはそう言った。 「……?」 「それでもオレは――君と空を飛べるなんて夢みたいだから」 「――――」 リベリスタ達は更に攻撃を仕掛け――一方で猛烈な反撃も始まった。 早々と鮮烈な――削り合いの様相を呈した夜空に爆裂の花が咲き乱れている。 「――肉薄しないとねっ!」 その背に翼を得た麗香が気を吐いて危険を掻い潜るように球体へと急接近した。 (御利益がありますように――) 彼女に加護を施したのは神仏よりは頼りになろう桃子・エインズワースその人である。 直観を働かせ、敵の状況を探り、兵器を纏めて攻撃する。麗香は敵の隙を探していた。 始まった激戦は瞬く間にその熱量を増大していた。 夜空に青く運命が瞬き、執念めいたリベリスタ達の攻撃は鉄の亡霊に硬質の悲鳴を上げさせている。 「――敵は強大。だからとて、私達が彼らに負ける理由など何一つありません。 今宵勝利を飾り、明日を掴み取るのは私達です。さぁ、戦場を奏でましょう!」 「仰せのままに。帰りましたらお嬢様の好きな料理をご用意致しますね――」 「――ここで死ぬような事は許しませんよ」 「はい。心得ております――」 此方、戦闘指揮とレイザータクトの能力で前線を指揮するミリィの声に応える【主従】の従――リコルと数十名以上のリベリスタ。彼方はそれを迎え撃たんとする兵器の亡霊と空中要塞。 「単体攻撃しかできない身では分が悪うございますが、関係ございません。 我が身、主人を護る盾にして剣なり。お嬢様に勝利を。一心不乱、唯只管の勝利ばかりを!」 声は高らか。リコルの全身に聖戦を戦い抜く為の――闘衣が包む。 敵の本格的攻勢が始まれば――ルカや辜月、 「七十年の怨讐が行き着く先が渇望の一言で終わらせられるのか。 同情はしないが懈怠な話だとは思うな――自らの善を怠るつーかなんつーかうん。 望めば現実がやってくるみたいな怠惰を感じた。 つまり――ウインナー野郎もパスタ野郎も信用できねえよ。だが無機物に人の情緒が分かってたまるか」 惚けたように言う冥真、 「とんでもなくおぞましいの……飲み込まれそうで怖い…… でもっ! 負ける訳にはいかないの……もう一回、後もう一押しっ、ちょっとだけ全力で頑張るの!」 勇気を振り絞るルーメリア達、空戦を支える支援部隊の動きも忙しくなる。 「長い夜になったなぁ――マジで終わらせないと、全員落ち着いて休息取れないぞこりゃ!」 翔太が転移の如く加速して――目前の敵さえ置き去りに、球体の表面に激しい一撃を打ち込んだ。 「……ってぇな、おい!」 一方で弾丸は容赦なく乙女の柔肌を切り裂いた。 「ボール遊びって歳でもねぇが、読書よりはマシだ。ぶっ潰してやる」 毒吐いた瀬恋はその身を空に翻し、反撃にギルティドライブの『有罪』をお見舞いする。 「まったく、クソ面倒なモノ隠し持ってやがったわね……しかも随分御機嫌で、気に食わないわ! アタシの全身全霊をかけて――アンタを止めて見せるから!」 久嶺が頼みにした麗香等のエネミースキャンでの情報は残念ながら『只管化け物』というある意味至極分かり易い予想通りの結論だった。リベリスタ達はそれでも何とか手に入れた『渇望の書』の位置に従って、球体中央部を中心に攻め立ててはいるのだが、捗るかどうかは全くの別問題である。 それでも、 「アタシが望むはお姉様が望んだ、クソ平和でクソつまらなくて素晴らしい世界! たかが本一冊なんかに飲み込まれて堪るかっ――!」 「命を賭ける心算まではない」と言いながらの瀬恋、「クソつまらない世界」と嘯く久嶺も然り。見得を切り、我が身を削りながら猛烈な攻撃力を発揮するクリミナルスタアの戦いは派手なものになっていた。 「自力の差は歴然、上手くいかないのが現実ですが、心意気の問題――」 球体の猛攻を前にも怯まないアラストールの奮戦はまさにその言葉を証明するものだった。 (魔女の目的がバロックナイツの死から為る何かなら―― 今この場にはその何かが在るのではなかろうか……いえ、余所見をして勝ちは取れませんね。 そも、私はそれほど器用ではない) 吠える。 「人を守り、災いを断つのみ!」 「渇望って何だろう。願望って何だろう。 生きたいと思う事が渇望願望なら、世界はそれで満たされているよ? 解釈の違いで願いが狂うのは仕方ないこと。でも、私は運命を綺麗に混ぜるよ。 だからね、渇望の書さん私は貴方を壊すんだよ。私の願いは皆と平和に平穏と生きていくことだから――」 シャルロッテもまた己が『渇望』を否定する事はない。 (怪我してるんだから無理しちゃダメだよ…… 本当は休んでいて欲しいけど……言っても無理なんだよね……) 瞳を僅かに潤ませる遠子の見る風景には【ジェット団】の――正太郎や透の姿があった。 「ハッ、巨大化した悪党はヒーローに勝てないのが古今東西の決まりごとなんだよ!」 透の言葉は『信頼したくなるお約束』である。 「何か、話で聞いたWP印のヤツと性質が似てるよなあの本。 確かにどうせなら合体変形モノのロボとかで出てきて欲しかったぜ――」 球体に肉薄し、機銃の一つを叩き壊したクロトが彼の言葉に冗句めいた。 「最後の瞬間まで、オレはオレの出来る戦いをやめない! 刀折れ矢尽きようと――盾になれるから『絶対者』ってな!」 吠える正太郎はちらりと遠子に視線を送り「心配すんな」と軽く合図を送った。 ハラハラと戦いを見守る少女の気持ちを知ってか知らずか――少年達の意気は軒昂だ。 迎撃する空戦部隊とやり合い、或いは巨大球体に一矢を報いる。 尽くせる死力がある内に多数が退けば敗戦は自明の理である。 ――それは『どうしても気に入らない結果』に違いない! 「――禍々しさがゾクゾクしますわね。全てを叩き壊して差し上げますわ!」 「無茶しちゃダメ……! いや、させないから!」 それは喜悦じみたその声と共に戦鬼の烈風で夜空を揺らす氷花も、せめて重傷を押してこの場に立つ正太郎や透、仲間達の危険を払わんと尽力する遠子も同じ。 「こんな所で倒れていたら――っ、キース様に笑われてしまいますわ!」 猛攻に仰け反り、意識を飛ばされかけて――それでも力強く前を向く氷花からは意志の力が漲っている。 「そうあらねばならないのではなく、そうありたい。なら、この胸の内にあるこの渇望は、これのモノだ」 惟の言葉はやや謎めいて、しかし確固たる決意を宿していた。 「我が身を盾に願い。我が身をも滅ぼすように呪う。 矛盾が過ぎる『渇望』も、これが生きているからこそのものだ。命無き兵器に負けるわけにはいかんな……ッ!」 片手のエーオ・フォレースで重撃を受け流し、冥界の女王(ペルセフォネ)で呪いを放つ。 惟の全身より噴き出す漆黒は惟の力以上の傷を不沈の球体に刻み込んでいた。 「ああ、やっぱり俺達のやり方は『これ』だろう?」 その攻撃を有効と見た禅次郎が同じように黒光を湛えた業物を球体の表面に突き立てていた。 禅次郎に言わせればリベリスタ達が加えた状態異常は効かぬまでも『乗っている』。『回避能力を持たないデカブツ』こそダークナイトの攻め手――得意の呪殺が最高効力を発揮する相手なのは周知の事実。 研ぎ澄まされた五感を駆使し、撃つべきが何処であるかを予測。 「戦争なんて起こさせるもんかッ!」 「やれやれ……こうもでかいと狙い所しかなくて逆に何処を狙うべきか悩まされるな」 【破軍_地】――地上では魔銃バーニーを構えた『アリアドネの銀弾』――杏樹が心よりの声と弾丸を吐き出した。 完全なる命中演算で敵を支配する碧衣が光の糸で彼我の間合いを貫いた。 落下する1¢硬貨さえ撃ち抜く杏樹の精密射撃、そして肩を竦めた碧衣――あの黄泉ヶ辻京介にも『危険視されたスナイパー』にとってそれは些か『容易すぎる』的である! 杏樹の弾丸は強か球体を叩き、貫通能力を持つ碧衣の気線は空戦部隊の一を撃墜後、球体へと吸い込まれていく。 そして【破軍_地】の攻勢は二人の攻撃に留まらない。貫通攻撃と言えばもう一人―― 「地上と空中で連携を取っての一点集中チームだね。シルバーバレット一本勝負!」 ――気を吐いたウェスティアも負けてはいない。 同じ『破軍』を冠するリベリスタ達のチームはここへ来て地空の連携を見せていた。 「――打って撃って討ちまくるよ!」 銀弾の対空砲火(シルバーバレット)は味方を避けて敵を撃つ。大乱戦になれば通常ならばそう器用に撃ち分けるのも難しかろうが――今夜の敵は別(ひゃくめーとるきゅう)である。 リベリスタ達の狙いは球体の中心部でそれを操作する『渇望の書』へ到達する事である。超巨体を誇る球体の中心部付近に攻撃を束ねたリベリスタ達は『突入』の好機を探しているのだ。突入後の困難、『渇望の書』自体の戦闘力、アシュレイの存在……不確定性要素は多く、成功は約束されていない。しかして今夜を終わらせる為の最後の手段は危険のその向こうに確かに存在しているのだろう。 決死隊とも言うべき突入部隊は空戦の一方で力を相応に温存しながらその好機を狙っている―― 「要は中心部に行く道を作ればいいんだよね? でも、半壊なんてちまちまやってられないよ!」 ――強い言葉で大見得を切った陽菜のアーリースナイプが球体の装甲を引き剥がす。 「先ずは前哨戦、半壊がひとまずの目標だけど――全損させなきゃ。別に全損させてもいいのでしょう?」 空を旋回する敵空戦部隊達を巻き込んで――応えた七海の火矢が夜空を赤い炎で焼く。 (バロックナイツとの戦いに死は付きもの。でも、大切な人や恋人……帰りを待ってる人がいる人達には死んだりしてほしくない。だからせめてアタシに出来る限りの事はしよう……!) 強い言葉とは裏腹に陽菜にも不安がない訳ではない。怖くない訳でもない。でも、それでもである。 「傍迷惑な連中、傍迷惑な連中、傍迷惑な連中!」 滾るような戦意を殺意を全く隠せない、隠さない――虎美が剣呑な視線で空を見上げていた。 「――お前らぶっ飛ばして私はお兄ちゃんと海に行く!」 声も枯れんと叫ぶ彼女は断固とした未来のみを欲して――空に星の軌跡を引いた。 「よしよし――」 『斉射』の指揮を取った麻奈の視線の先では次々と自身に突き刺さるダメージに球体の巨体が僅かに揺れていた。 「――さしずめこの斉射は『御厨麻奈オンステージ』って所やな!」 連続攻撃が効果的にダメージを上げた事に彼女は得意満面の笑みである。 ――チッ、しつけーな、リベリスタッ! 成る程、流石に戦い慣れたリベリスタ達の攻撃である。堪えぬと言えども限度はあるといった所だろう。 唯のフィクサードならば、唯のアーティファクトならば早晩崩壊して当然の大攻勢を受けながら未だ平気の構えを崩さない大球体(ファントム・レギオン)は確かに化け物めいている。さりとてその耐久力が無限でない以上は攻撃の鋭さは『渇望の書』に防御を意識させるに十分だったのだろう。 ――集中攻撃の一部がリベリスタ達に跳ね返された。 「これは――」 息を呑んだリベリスタは誰か。 球体の表面に光の線が走っている。神秘の可視光で球体表層に網目を構成したそれは―― 「――起動防衛網!」 ――まさにクロトの口にした対戦済みの兵器の成れの果てであった。アーティファクト『リーニエイグザーム・リューゲ』改良型――即ち遂に起動された光条防衛網は攻撃反射能力を持つ兵装である。クロトのみならず、直接それを知る黎子、リコル、佳恋、シィン、或いは地上で砲戦を続けるエーデルワイスは『前戦では起動未満に終わった』その装備の厄介さを良く知っていた。 「起動装置の破壊を――」 シィンの声にリベリスタ達が攻め手を変える。 現時点で敵の大火力を抑えるに支援部隊の面々は必死である。 そこに強烈な反射ダメージが加われば状況がどうなるかは言うに及ぶまい。 敵もさるもの。体力を減じたリベリスタ達を強烈な火砲の連射が席巻する。 地上に向けられた爆撃もその苛烈さを増していた。 地空問わず奮闘するリベリスタ達の頑健な抵抗もこれに十分対抗しているが―― ――そろそろ本気で行くぜェ―― ――笑う大怪球は顔も無い癖に酷く人間じみて嗜虐的な『表情』を浮かべているように思えたのだ。 「まるで機械仕掛けの神さんだな、舞台に無理矢理幕引くという」 古代ギリシアならば兎も角、デウス・エクス・マキナは現代には是非御退場願いたい。 それが祟りばかりを此の世にもたらす災厄の塊――悪神ならば尚更か。 「そうそう、もう一つ付け加えるなら」 小烏はあくまで不敵に笑って次の一言を吐き出した。 「どんな神でも時と場合で討っちまうのが多神教の得意で強みだ。日本の組織を相手にしたことを悔やむといいよ」 ●地の戦い ――天に居座る醜き鉄塊。仇なすモノには鎖の罰を! 憎悪よ、強欲よ、嫉妬よ、憤怒よ……忌まわしき哉、この運命よ! 力となれ、鎖と為せ、鉄を蝕め、神を気取るその愚者を天より堕とせ! 血と鉄と炎よ叫べ。追跡する『死』は如何なる者をも逃すまい! エーデルワイスの妄執めいたその願いがのたうつ蛇のように憎悪の鎖を空へ伸ばした。 大田重工埼玉工場―― 最新の設備を有する規律に満ちた軍事工場は元の姿が見る影もない程の混乱と騒乱に満ちていた。 立て続けに連続する爆音が鼓膜を揺らし続けている。 じっとしていても汗ばむ熱帯夜の空気を攪拌するのは運命を分かつ紙一重に顔を覗かせる死神だ。 炸裂する炎の向こう側に慌しい影達が躍っていた。 「しっかりして下さい――!」 声を発したのは汗で髪を額に貼り付けた三千だ。ベビーフェイスのイメージよりは逞しい彼の肩を借りて少し力無く「大丈夫」と微笑んだのは言うまでも無くミュゼーヌである。 「いよいよ傷が痛みますなあ。こんな時は家でカレーでも食べて寝たい所なんですが……仕方ない」 嘯く九十九のその表情は白い仮面に隠されて定かではない。 「あんな物が浮かんでいては、そうもいきませんからのう……」 彼は何処まで本気か少し億劫そうに言ってから幾度目か球体の『泣き所』を撃ち抜いた。 彼が言う『泣き所』とは時間の経過と共に球体の中央部に刻まれた破損箇所の事である。長い戦いはリベリスタ達の余力を激しい勢いで奪っていたが、彼等とてやられているばかりでは無かったという事だ。 「――撃ち貫いてくれる!」 シェリーの作り出した魔方陣が銀の弾丸を宙(そら)に放った。 空戦部隊と地上部隊の認識は何時の頃からか一つに纏まっていた。 『泣き所』の破壊はリベリスタの作戦遂行の第一歩である。彼等が最終的に目論む『突入』の好機を思わせる有効打の実証は絶望にも思えた不沈艦を相手取る戦いを大いに勇気付けたのであった。 さりとて、いよいよ戦いは佳境である。 「っつーか、よォ。これ絶対ェ墜ちて来るだろ! マジで勘弁してくれよ。雑用なんざ俺様の柄じゃねェっての!」 空での戦いに敗退し『墜落』してきた冥真を間一髪――『雷のような』アッシュが受け止めた。 「ったく冗談じゃねぇぜ! 『雷』は空から降るものだろうがよ――」 思わずぼやくアッシュの見上げた空からは雷ならぬ爆弾が降ってくる。時に仲間達も残骸も降ってくる。 「オレの事、キャッパニ言ってればいい人だと思ってるだろ? その通りだよ!」 耳をつんざく爆音と火焔にかぶせるように翔護が声を張った。 (ヴルカーンは一定ダメージで攻撃が緩む筈――まずはそこから) 言葉や態度よりは随分真摯に敵を看破する彼は『列車砲』なるゲテモノを大いに理解していた。 地面に降り注ぐ爆撃の雨が、止まらない砲撃が対空砲火で球体を狙うリベリスタ達を苦しめているのは事実であった。 「今回は地上からお届けします。ほら何ていうかこう、地に足がついてる方が安心するからさ!」 確かに和人の言葉は至言である。 事実、戦闘に影響の無い地上から加えられる攻撃は次々と有効打を生み出してはいたのだが。三次元的に飛び回り、攻撃方向を散らす事が出来る空戦部隊に比すれば地上部隊はやはり苛烈な攻撃の的になる度合いも大きくなっていたのだ。 「……それにしても渇望ねえ。全くねー訳じゃねーけど、引き摺られる程若くもねーわ」 四十路の和人はその彼よりも随分年上で――『時間を止めてしまった』今夜の敵の事を考えた。 「やれやれだ」 広い視野で支援要員のサポートにも気を配る彼もまた消耗していない訳ではなかったのだが。 ――『親衛隊』も苦労する訳だ。だけど、随分勢いが減ってきたんじゃないの!? 「こっちの台詞よ」 地上部隊を中心に支援を続けるレナーテが空中より降り注ぐ嘲笑に呆れた一言をお返しした。 「……往生際が悪いといえばいいのか、いやまあ……そもそも別物か。 何れにせよ……いい加減、決着はここでつけるわよ!」 圧倒的な火力が味方陣内に降り注ぐ。それは折っても折れないレナーテを――アークのリベリスタをそれでも無理にへし折ってやると言わんばかりの悪意に満ちていた。 熱に咽び、火焔に巻かれる。衝撃に叩きのめされ、それでも彼女は立ち上がった。 壊れたヘッドフォンを邪魔そうに払いのけ、格好つけて空に向かった恋人の事を考えた。 ――行ってくる。また、後で―― 「渇望の書だか何だか知らないけれど――わけのわからない本にやられてたまるもんですか!」 対抗心ではないが――心が奮い立つとはこの事を言うのだろう。 少なくとも『彼』がそこに届く為にはまだ『彼女』の力が要る。 戦線が激化し、消耗が露骨になるにつれて支援部隊の戦いもまた本番を迎えていたと言える。 (誰一人として命を失うことが無きよう……) 指揮能力を持つ京一はアクセスファンタズムによる通信を駆使して状況の保全を図っている。 (こんな所で気づかされる。支援行為自体に存在意義を求めてしまう自分は―― ええ、存外、敵は蛇でも鬼でもいいのだ、と――) 自嘲の思いをこの場ではすぐに封印した光介はテテロと共に地上の戦場を縦横無尽に駆けていた。 「さぁ、癒しを!」 「こーすけさんといっしょにみんなをどんどんたすけますっ!」 小さな相棒は光介にとって実に頼りになる相棒になっていた。 「ミミミルノはいっしょーけんめーみなさんをいやしますですっ」 謂わば少女は少年よりは『屈託無い』。二人が揃えば支援の安定は倍以上のそれになる。 「量産型愛音! お味方の盾となれ! 遂行せよでございます!」 「私達は――私達が、先に往く道を得る為に!」 愛音の命令を受けた影達が戦場に躍る。 流麗なる美貌に決意を乗せたファウナが呼吸を乱しながらも決意を発した。 束ねられた『秩序の意志』達は、心は偏にこの夜の終わりを――終わりに続く道を信じていた。 強烈な猛攻は知れている。 破壊力の差を考えればリベリスタ達の『勝ち目』が大きかったとは思えない。 しかしそれでも――七十年の妄執を糧にした真の亡霊とて容易く食い潰せぬだけの光がここにはあった。 「ここまで来て諦めてたまるか! 渇望ならワタシ達の世界平和への想いでも食いやがれ!」 「そうだ! 白石部員! も、もっと言ってやりたまえ!!!」 明奈にせよ、腰が引けてもそれでも彼女の後ろからそんな風に言った美月にせよである。 リベリスタ達は己が最終的勝利を疑わない。 否、勝利を疑わないと言うよりは――結末を託す『突入部隊の仲間達の戦い』を疑ってはいなかった。 「勝つんだよ、俺らは! 亡霊どもの永い夢も、ここで終わりだ!」 果たして隆明は吠える。枯れた声は――しかしこの夜刹那を席巻した。 ――けぇ! マジで穴開けやがるのか、お前等はよ―― 「ここで逃がす訳にはいかないんです。貴方はここで必ず確実に仕留めなければならない敵だ」 事実を確信する光の言葉を『渇望の書』は嘲り笑う。 ――無駄無駄。穴開けたからどうなる? 俺に勝てるか。いや、ここまでお前等が届くのかよ! 「無駄じゃ――ありません!」 突入の構えを取った光の手にしたゆうしゃのつるぎが青く雷を迸らせる。 「御存知ありませんか? 運命や奇跡って勇者と相性抜群なんですよ――」 そう。この時――多数の重傷者、多数の脱落者を生みながらも――球体には遂に風穴が穿たれたのだ。 「――こんなことだろうと思ったよ!」 (小手先の技が通じるとは思わない。ただ目の前の兵器をぶっ飛ばして、渇望の書のもとへ――) 風穴を守るように空戦部隊が、球体内部より伸ばされた機械の触手が展開する。 突入の為のその場所に厳重なる守りが与えられる事を晃は、涼子は最初から読んでいた。 「だいたい、かたく守られている所が一番痛いってことでしょ――」 「違いねぇ――ッ!」 涼子、そして隆明の渾身の暴れ大蛇が宙空で亡霊の残滓を残骸へと変えた。 「内部で長時間戦えるとは思えませんしね。ここまで来れば出し惜しみは無しです――!」 白鳥の羽を思わせる佳恋の白刃が殲滅の闘気を斬撃に乗せた。 (――組織のダメージコントロール等は司令が考えるべき事なのかも知れません。 しかし、私個人の想いとして、突入する皆や、共に戦う皆が欠けるのは許容できません。 理屈だけでなく、ただ、嫌なのです。失わぬ為に不出来な奇跡を望む、それが唯のエゴなのだとしても――!) 佳恋の胸には決意がある。もし誰かが失われんとするならば己が運命を賭けても阻止せんという『矛盾』があった。 「憤懣やるかたないとは、こういった気持ちのことを申すのですな。 彼らの戦いが、勝利への執着が、アーリア人ならざる……人ですらもない只の一冊の破界器によって引き起こされたなどという事実に対し、私めはこの身に未だかつてない怒りを覚えておるのです」 レオポルトの言葉は恐らく――彼がその『気持ち』を少なからず汲める身の上だからなのだろう。 彼は間違った戦争を肯定していない。馬鹿げた人種差別を肯定してはいない。さりとて、自身がそれを厭うていたとしても――彼はドイツ第三帝国の魔術結社ヴリル協会にルーツを持っていた。彼の生まれ落ちた故郷は『大国』の都合で二つに分かたれていた。国粋主義者達の暴論は――彼にとっては『確実な忌避の対象でありながら極僅かだけ眩しい』万華の光を湛えているかのようだったのだ。 「恐らく彼らは世界に取って邪悪であったろう。恐らく彼等は歴史の片隅に埋もれているべきだったのだ。 しかし――それでも彼らには彼らの理想があった。善悪に拠らぬ――超えた理想に、唯殉じたのだ」 些かの感傷を禁じ得ないのは敵を見据える『ドイツ人』――ゲルトも同じだった。 「こう言えば彼らは激昂するかも知れない。だが敢えて言おう。彼らの同胞として、俺は貴様を止めてみせる!」 「親衛隊は悪だよ。だけど彼らには守るべきものがあって、取り戻したいものがあって…… 自分の信じる正義のために戦ってた。理想も手段も間違ってたけれど。きっと私達と同じだったんだよ」 年端も行かず――『世界を守る為』なる漠然とした運命を受け入れたセラフィーナも同じだった。 「だから……こんな本なんかに横槍は入れさせない。アークと親衛隊の戦争はここで終わらせるんだっ!」 嗚呼、人間は度し難い故に『美しい』―― 「クラリス様、皆を、背中をお願いします。自分は――自分は、アレを許せない」 「亘様……」 愛しい黒天使(フロイライン)を振り向かず、亘は強い言葉を漏らした。 「以前親衛隊に放った言葉に嘘はない。相容れない存在であっても、それは確かだった。 しかし、あれは本質が違う……あぁ、腸が煮えくり返そうだ。『親衛隊』は終わらない戦争等決して求めては居なかった!」 歓声に歓声が次ぐ。更なるダメージが積み重ねられれば球の装甲は加速的に崩壊していく。 「ま、我らの盟主殿からのお達しだ、偶には働くぜ――」 この時を待っていた。 「――ブチ潰れろ!」 全ての力をこの局面に集中したランディが墓堀を振り抜けば苛烈な光が間合いを灼く。 究極の一撃と巨体の激突に夜が震えた。 超巨体を誇るそれの戦闘力は一部の損壊では翳り無く、必死の戦いで今この瞬間を生存しなければならないリベリスタ達の現況は変わらなかった。だが、それでも――空洞めいた外壁の奥には遠く遠く怪しい光が灯っていた。 「漸く面見せやがったな、クソ本風情が――」 ランディの声に獰猛な獣の殺意が滲んでいる。 余りにも禍々し過ぎる魔力の光を見誤る者はここにはいない。 遠い光の正体こそが全ての原因となった――『渇望』であるのは最早明らか! 「さあ、始まりだぞ! 諸君!」 抵抗を押し退け『穴』に雪崩れ込まんとするリベリスタ達をベルカの教導(ドクトリン)が強化する。 「――緋月の幻影! いざ参らん!」 「渇望の書だかカツ丼の書だかわからんが全力で破壊してやる!」 玲は踊るように敵領域に斬り込み、震動破砕刀を担いだ御龍は獰猛に笑って一閃を繰り出した。 「にゃははははは! アークには妾がいる事を忘れてないかぇ? ドレッドノートがただの紙切れ位簡単に打ち抜いてみせるわ!」 「上等、上等。劣勢の方が戦は楽しいからな! わけのわからんものに負けるかよ!」 高笑いを上げる玲。 「さあ、ぶちのめせ――!」 敢えて此度は先を進む者の支援の心算で動く――そんな御龍の先を仲間達が行く。 ――ああ、そうかい! 招かれざる客を気取りたい訳ね! 「いいえ違う!」 アラストールは凛と言い切った。 「『招いたのは貴方である筈だ』!」 ――『渇望の書』に現れた極僅かな焦りの影に快哉を上げる戦場の勇者達。 しかし、その一方で一瞬だけ眉根を顰めたリリは『渇望の書』なるものが『この世界の摂理のみにあらざる邪悪』である事を――その魔術知識と直観から『何となく理解』していた。 何者が造ったのか? そも、何者かが造ったのか? 分からぬ。正体は分からぬ。理屈も分からぬ。しかし。 「渇望か、命の無いものでも、そんなものあるんだな。 まあそういう設計なのかもしれないけど、黒い太陽のするような…… バロックナイツって、ひょっとして生贄で、何かのトリガーになってないか? 勿論、自分以外のって事になんだろうけど――」 エアリアルフェザードを展開したとらはアシュレイの動向を考えてそう言いはしたのだが…… 「……」 リリには少なくともそれが『ただのアーティファクト』では無いように感じられていた。確かにとらの言はある意味で正しい。『渇望の書』はウィルモフ・ペリーシュの作品と近しい性質を持っているが、『渇望の書』なる結論成果物は『そもそもの技術体系自体が異なっている』。かの大天才ならば或いは似た作品を作るのも可能ではあるのだろうが――性質は兎も角プロセス自体が全く異なると言えばいいのか。 「いえ――」 リリは呼吸を吐き出し詮無い考えを追い払った。今夜にはまず戦いが要る。それは間違いあるまい。 「――私は渇望する。『お祈り』の続きを。この邪悪の殲滅を。さあ、今一度銃(おしえ)を掲げて――) これ以上の時を待たず。 「フィクサードは存在そのものが罪。裏で糸を引いていたアナタも同罪。貫いて、切り刻んで、焚書にしてあげるね!」 鈴鳴る声で呪いを吐き出す――灯璃の羽が空に散る。 世は諸行無常。兵どもが夢の跡。 一条が一族の歴史は敗者の歴史であった。 南北朝の動乱、戊辰戦争、第二次世界大戦……だからこそ薙刀を構えた当主の永は許せない。 己が祖国を護る為に散った英霊たちの戦いを嘲り笑う事を。 死に物狂いで生き抜いて立ち直ってきた人々の想いを踏み躙る事を! 「吹けよ神風、舞えよ千本桜――世界の興廃、此の一戦に在り!」 嗚呼、決戦のクライマックスがまさに今その火蓋を切って落とそうとしていた―― ●渇望I 「先に行くなら先にいけ。此処で朽ちるつもりなら死力を振り絞れ。ヌルい覚悟で此処を支えきれると思わない事だ!」 怒鳴るように叫んだ弐升が得物を振るい――それから小さく零すように言った。 「全力で行ってなお届かないかもしれない、か。しかし、そんなんばっかだなオイ……」 穴をくぐった先は機械の迷宮であった。混沌迷宮エクスィスを思い出すかのような亡霊の腹の中は多くのリベリスタ達が危惧した通りにまさに激しい危険に満ちていた。 「孤立しないように気をつけて下さい――!」 他人の面倒を見るまでが難しい空間の踏破に己の防御力を生かして同道した支援役のきなこが道中に現れた触手と戦闘を続けるリベリスタ達に警告を飛ばした。突入より暫くの時が経ったが未だ『渇望の書』に届かぬのは恐らくこの空間が『渇望の書』の魔力で歪められた一種の結界内だからなのだろう。 「近づくまでは俺が受け持つ! 何とかアレに――最後は最高の一撃を叩きこんでくれ!」 「ココ、妄執の残骸をツギハギにしてくっつけたような場所に思えるよぅ。 リヒャルトはこんな形で望みを叶えられてどう思ってるんだろうねぃ。 ……ちなみにあたしは、胸クソ悪い!」 快が怒鳴り、迎撃者との攻防に弾き飛ばされたアナスタシアは不機嫌を隠さずにそう言った。 本来ならば『ぽっかりと開く』筈の空間が侵入者達を阻む為の機能を備えた要塞内部と化している。 それがどれ程莫大な魔力を要し、壮絶な技量を要するかは分かり切ってはいるが――リベリスタ達さが『陣地結界』を習得している今、『バロックナイツ』の『陣地創造』は不思議ならぬ技の一つか。 (理不尽な。神秘とはしかし故に、素晴らしい――) 爛々と目を輝かせたイスカリオテの背を強烈な期待感が駆け上がっていた。 そあら、影継、ユーヌ、ランディ、イーゼリット、珍粘、そしてノエル――【神秘探求】の面々を率いてこの場にやってきた『蛇』には実に彼らしく、彼以外には思いつかぬであろう大いなる目標を秘めていた。 さりとて、この場に集う『神秘探求同盟』の各位の思惑は様々だ。 「死に際の兵士達の渇望……さぞやご馳走だったのでしょうね? くすくす……」 やや陰鬱に呟いて迎撃に出現した小球体を破壊したイーゼリットは純粋に『敬愛する神父』の目的の為に力を振るっている。 「渇望、私も好きですよ? 報われない、満たされない、叶わない、手に入らない。 欲しい欲しい欲しい。アハ、素敵じゃないですか。駄々っ子みたいな――そういう感情。 とても美味しそうです。どんな味がするんでしょう? ね? ね?」 暗黒の光を放射状に放ち――恍惚とした表情を浮かべた珍粘は己が嗜虐的な欲求を隠してはいない。 「この世界は無数の世界の最底辺。そこで満足するなよ世界最強! 小せぇよ、世界大戦なんざ生温い!」 「世界線に下克上位望んでみせろ」とまで言い切る影継は唯絶対的な――何者にも劣らぬ力を欲し。 (私はだた知りたたい。未知の感情を知るため愛し合い。非常識を知り常識的な死体に変えるために戦い。ミラーミス全てを滅した世界の法則を見てみたい。だから、世界を守る――) ユーヌの渇望は全知を欲するイスカリオテのそれにも似ていた。 「――読みかけの本を破り捨てられるのは気にくわない」 「おおおおおおおおお――!」 怒りを力に変えて――不出来な運命(せかいのるーる)を破壊せんとするランディ、 (わたくしが望む『世界』にとって、『制御できぬ神秘』は不要。 仮に制御できたとしても……使い手が『信用できぬ者』である場合も同様―― それらは全て『悪』なれば――我が全霊をもってしてここで消滅させる!) 何時の間にか突入したリベリスタ達の内に紛れ込んでいたアシュレイを視線で牽制した銀色の審判(ノエル)については敢えて述べるまでも無いだろう。 (無欲なあたしには渇望は難しい事なのです。でもさおりんの奥さんとして神探の怪しい動きは報告しなければならないのです。さおりん、さおりん、さおりんっ、いちご食べたいです!) 『渇望の書』へ向かうに敢えて同盟員の渇望を望んだイスカリオテは『イスカリオテのユダ』たるそあらのそれも含め――マーブルする『渇望』に満足気な顔を浮かべていた。球体の内部が、壁が時折瞬くのは『食事』の為か。有限の魔力とは言え、今夜使い切れなければ無限と同じ事だ。彼の目的には『渇望の書』の満足が要るのだからそれは僥倖。 「この戦いは連携が命よ。隙を見せたら只では済まない――分かっているわよね?」 雷撃で目前の敵を払い、奥への道を切り開く恵梨香が傍らのアシュレイに釘を刺した。 「抜け駆けは『友人』を裏切る事になる。大きな危険に晒すわよ」 「今は『一時休戦』という事にしておくべきなんでしょうねぇ?」 「競い合いはフェアなルールで楽しみになるものですよ、魔女殿」 肩を竦めたアシュレイに『言葉だけは』柔和なイスカリオテが付け足した。 成る程、状況は予想通りに厳しいものとなっている。リベリスタ陣営の最精鋭とも言えるこの決戦の突入部隊は進撃を続けているが、破竹の勢いも時間と共に鈍くなっている。『渇望の書』の手品が先に尽きるか、リベリスタ達の余力が先に尽きるかは――未だ予断を許さない状況であった。 アシュレイの目的が『バロックナイツ達を仕留める事』ならば、その剣となるアークの敗北は――彼女にとっての問題になる筈だという読みを恵梨香の牽制は含んでいる。それは『友人』の信頼を大きく損ねる事へのデメリットも同様である。 「正直荒事は流儀ではありませんが、これは仕方ありませんからねぇ――」 アシュレイの詠唱で空間が引き歪む。絡みつく茨は通常此の世に有り得ざる青薔薇のそれ。 『捩れた斜塔のラプンツェル』。呪いと呪縛と石化と――その他諸々のエッセンスの込められた魔術式は、彼女の本来の性質からして――状況を食い止める事に特化した恐らくは『逃げの為』の手段である。一面の敵の動きを封じたアシュレイは彼女にしては珍しく冗談抜きで声を張る。 「――ささ、急いで奥へ! こんなもの、気休めにしかなりませんからねぇ!」 どれ位の時間、リベリスタ達は進撃を重ねただろうか。 募る疲労感は運命を足元からすくおうとする絶望の澱である。 されど、泥の中を足掻くリベリスタ達は迷宮の先にある『ゴール』を疑ってはいなかった。 外では戦いが続いている筈だ。仲間達の運命は――きっとまだ繋がっている筈だった。 「化物を倒すのはいつも英雄。命知らずの馬鹿な英雄がたくさん居るじゃないですか。 ならば私は二度目の神の愛を祈りましょう。信仰なんて都合のいい幻想ですもの―― だったら利用しましょう。魔女として英雄を守り抜くために」 海依音はこの状況にも微かな笑みを崩さなかった。 神を嫌う自身が神に縋る様が一周回って面白い。 ヴァルプルギスの夜が――魔女が奏でる『神の愛』が格別の効力を発揮するのが愉快である。 彼女がこの場を共にするのは【鷲】の面々である。 「暴れて騒いで、そろそろ腹具合はどうだ? ……限界なき、形なき衝動。……味わってみたらどうだとな」 集中と防御を重ねる鷲祐をリリが攻勢で、ゲルトが守勢で支援している。 「あら、助かりますね!」 「任せとけって! 年配を敬うのは若輩の役目だって事くらい、ボクだってわあってるって!」 ノアノアは小隊の生命線になる海依音の身を守る役割を負い、 「塔の魔女は愛してるけど、いいようにされるのはちょーっとうんざりだからねー」 「珍しい仲間に誘われちゃった」と本人が言う程には珍しい葬識は乱戦めいた胎の中で『渇望の書』を縛る鍵に成り得る『何か』とアハト・アハトの残骸を探していた。 「まだまだ暴れさせて貰うぜっ! ……行けるよな、二人とも!」 「異世界からの新たなる力、試させて頂きましょう」 「はい。私は――かの書に外せない『用』がありますから……!」 傷付き、運命に縋っても止まらない――勇猛な少年、猛の声に戦いに際してミステランのその技を習得した紫月とリセリア【蒼剣】の二人が応えた。 (リヒャルト少佐。確かに私は理解出来ていた、とは言えません。 貴方の怒りを、貴方の悲しみを、貴方の屈辱を私は決して知り得ない。 私はその全てを肯定する心算も無い。けれど――これだけは言える、言えるのですよ) 紫月のエル・ユートピアを纏った加速して前に出た。 「確かに少佐達は戦争を望んでいたけれど――それは取り戻す為の手段! 彼らが本当に望んだのはその先に得たいと願った物の筈です。 自身に集中した弾丸の雨をものともしない彼女はセインディールの蒼い硬質の煌きを『理想』を汚した敵の胎の中に刻み込んだ。 「永遠の戦争? ――ふざけないで。 手段は目的ではない。上辺だけを浚って彼らの『願い』を語るな渇望……!」 (甘かった。先の戦い、自分は『勝たせてもらった』だけです。 今度は全身全霊全力をかけて仲間を生き残らせ、勝たせましょう――) シィンは力の限りのその声を仲間達に届かせる。 声も枯れよと望みを歌い、敢えて仲間の背を盾に――瞬間瞬間を紡ぎ出している。 「この身の力は追い風に。何も零したくないから。満たされたいから。 ねぇ、渇望の書。自分の望みは――親衛隊のモノに劣っていますか?」 「歪んだ望みに――誰ひとり、奪わせるものか!」 快は吠える。継戦の要となるラグナロクで仲間達を激励し、『幾度と無く望みながら叶えられなかったその言葉を飽きもせず、諦めもしないで信じている』。 (拾え拾え命を拾え。私が届く範囲ならば少しでも、その命を引き延ばす。助けられる命があるのなら少しでも助ける――!) 戦いに命さえ賭す――京子のその覚悟は姉から受け継いだ使命なのかも知れない。 或いは彼女がアイデンティティーに誓って守らなければならない彼女自身の誇りなのかも知れない。 「ここには安全な場所なんてないのかも知れない。でも、それでも――!」 まだ、命は失われていないのだ。失わせてなるものか、今回こそは―― 消耗を仲間がフォローする。傷付いた仲間を別の仲間がまた助く。『渇望の書』が「無駄な事」と嘲った突入が――『彼』の首筋を掠める匕首足り得ているのは愚直な意志の起こした人為の奇跡だっただろう。 「思念が甘美というのであれば絶望的なまでに味わえ――」 赤い髪が炎のように揺れていた。 その名の『焔』をまさに体現した優希は全力の一撃を要塞の奥の鋼の『扉』目掛けて撃ち抜いた。 「――そして、二度と浮かべぬ地に堕ちろ!」 「いぇーい! サイコー!ってか。 そりゃ最高だろうな! 美人さんに抱えられてたらしいし! だが、そのご機嫌もここまでだ! 正直羨ましくて仕方ないが――お前はもう死ね!」 破壊音。破壊の神の如く突き進んだ竜一の一撃に――遂に『扉』は破られた。 そして――リベリスタの進んだ空間が爆ぜ割れる。 薄暗い機械の胎の中から、光に満ちた空間に。 その場所に踏み込んだリベリスタは重力感を失って――戸惑いの中で前を見た。 ――あんだよ。マジで来やがったのかよ―― うんざりしたように呟いた『渇望の書』は前方の空間に浮かんでいる。 目を見開いて仕掛けた鷲祐が激しい力場に跳ね返される。 残るリベリスタ達は即座に戦闘態勢を整えるが――『彼』は「まぁ、そっちは何時でも出来る」とそれを制止した。 善も悪も恐らくは興味がない――本当は空っぽの願望機はリベリスタ達を前に答えを問うたのだ。 ――で、お前達の渇望(のぞみ)は何なのさ? ●渇望II 瑠琵は言った。 「自分は何も要らぬと口にする輩も結局は何かを求めておる。 道理じゃ。人は――少なくとも極少数の例外を除けば何かを欲するから生きているもの。 では、リベリスタ(わらわたち)が渇望して止まぬモノとは何か? 分からぬお主ではないじゃろう。『R-TYPE』と戦い、散って行った者達が求めたモノは何じゃ? それは親衛隊(やつら)の七十年に劣る渇望(モノ)か? 答えは否じゃ」 ――リヒャルトが恨んだ戦争で誰かが死ななかったとでも思ってんの? ま、俺は『R-TYPE』なんてのを直接見た訳じゃないけどねぇ? 『渇望の書』は楽しそうに笑っている。 何かを守ろうとした戦いに、賭けた命に『革醒者もそれ以外も関係ない』と笑っている。 「貴方に用があるんですよ」 口々に答えるリベリスタ達にはもう構わず、そう言ったのはアシュレイだった。 底冷えするような魔人のオーラを漂わせ、彼女はこれまでの彼女らしからぬそんな風情でモノを言う。 「私にはどうしても叶えたい望みがあります。『貴方ならば』分かりますよね?」 ――でも、『口にしたら』殺すってか? おっかないおっぱいちゃんだね、どうも! 「いえいえ、なかなかどうして。最高級の神秘同士の邂逅をこの目で見る事が出来るとは――神秘史に残る戦いの終末を特等席で拝めるとは何たる幸運でしょうかね」 嘯いた恭弥はむしろ『アシュレイの味方』をする心算すらあった。 『渇望の書』とアシュレイは逆十字円卓で『面識』がある。 当時アシュレイは『鉄十字猟犬』の中にある『からくり』に気付いては居なかったが――クリスティナに抱かれていた『渇望の書』の方は別である。『彼』がこの場に『アークの味方としてあるアシュレイ』を『おっかない』と称したのは恐らく額面通り以上――二重の意味があるだろう。 「抵抗するなら焼き払うわよ。『死にたくない』から投降なさい」 アシュレイの造りかけた危険な流れを察した恵梨香の言葉を『渇望の書』が鼻で笑う。 ――『上手くいきゃあ』俺を道連れに何十人も人死に出して、それでハッピーエンドかい? 『上手く行かなかったら』お嬢ちゃん達は、外で戦ってる連中はどうなるのやら。 言っとくけどよ――お嬢ちゃん達を敵じゃねぇ、とは言わねーがまだまだやる程度の力は残ってんだぜ? 正直、勝負はしたくねぇ勝率みてーだけどよ! 「――全く、その通りだ」 パチ、パチという拍手と共に臍を噛む恵梨香に代わったのはイスカリオテである。 「脅迫は彼我のパワーバランスが余程崩れていなければ成立し得ない。 我々も先方も双方が苦境にあるとするならば――求められるのは『交渉』の方に違いありますまい」 【神秘探求】の面々の力を借り、痛烈に望んだこの場に立つ事に成功した彼は恭しいとも言える調子で一礼した。 「お初にお目にかかります。 私、神秘探求同盟なる結社を主宰するイスカリオテ・ディ・カリオストロと申します。 我ら神秘探求同盟、卿の『勧誘』に参りました」 イスカリオテの言葉に驚きが伝播した。 「むぅ……」 監視を強めるそあらを除けば当の同盟員達は涼しい顔をしたままだが、相手の性質を考えればこれは危険な事である。 ――勧誘だってぇ? 予想外の言葉に愉快気な返事が戻る。 「生憎と外も大変、内の余裕も差し迫っております。 失礼を承知で端的に述べさせて頂くならば――我らは神を、世界を喰らう。力を貸せ渇望の書」 ――はっはっは! 笑った『渇望の書』の至近にあの――アハト・アハトが出現した。 ――俺の火力はリヒャルト程は出せねぇけどよ、人間吹き飛ばすには十分だ。 もう一回、言ってみやがれ。青びょうたんのうらなりが! 「何度でも。我がモノになれ、『渇望の書』。元より命が惜しくて貴方を欲する私ではない」 強烈なるエゴイズムは全知を求める蛇の――執念そのものだった。 緊迫の時間が流れ、やがて辺りを満たした鬼気は霧散する。 ――答えはノーだ。お前の渇望(のぞみ)はまだそこの頭のおかしい魔女に届いてねー。 一応、よしみで一つだけ言っといてやるが、その女だけは辞めとけよ。絶対に辞めとけよ。 『ンなくだらねぇ事』の為に『七百年(げんかいいじょう)』も粘ってるなんて人間のやる事じゃねーからよ! 「あっはっは、乙女の秘密を何だと思っているのやら!」 にこやかなアシュレイは悪罵にも平然としたままだ。 『渇望の書』の性質を知ったその時に――彼女は恐らく自分との『相性』を確信していただろう。 ――だがな、うらなり。お前の味もなかなかのもんだ。 後少し――そうだな、二百年も醸造すりゃあどっちにするか考える程度にはよ。 開いた書がページの一枚を自身から切り離した。 浮遊するそれはイスカリオテの手の中に収まる。 記された意味不明な文字は文字なのかどうかすら定かではないが。 ――お前の為じゃねぇ。 今夜のリベリスタ達に愛を込めて、だ。何でも『力』が欲しいそうじゃねえか。 いいぞ、争いは。新たな力で尚、争え。新たな力を尚、奪え。 いやあ、いい夜だった。百何十年振りかのシャバは――まぁ、またおっぱいならそれでいいか! 「壊れていく――」 呟いたのは誰だっただろう。 空間から弾き出されたリベリスタ達が見た光景は崩壊を始め、工場のあちこちに降り注ぎ始めた鉄の残骸だった。 長過ぎた夜は今ようやく終わるのだ。 全てを満たす事は出来ずとも――リベリスタの求めは辛うじて、幾分かは果たされた。 静寂を取り戻す夜は眠るだろう。兵達の夢の跡、戦士の傷と悼みも包んで―― ――Auf Wiedersehen…… |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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