●五月のお祭り 「お祭りやろう」 『戦略司令室長』時村 沙織 (nBNE000500)は『束の間』の平和を満喫するリベリスタにそう切り出した。 「元々この辺りにはちょっと有名な神社があってね。 五月のこの時分には流鏑馬祭りが毎年開催されてたのね。 知っての通り、『この辺りにあったもの』は今殆ど残されていない訳だけど」 「……まぁ、そうなるよな」 ナイトメアダウンの中心地に新設された決戦都市は漂白された伝統の上に立っている。かなり無国籍でかなり自由な三高平の場合、神道も何もあったものではないのだが。 「リベリスタの為の街ならリベリスタの為の祭りをやってもいいかと思ってね。 元々、暫く前から用意って言うか……準備は進めてたんだけど」 元々祭りとは信仰の為であったり、加護を望むものであったり、慰霊や鎮魂の為に行われたりするものである。彼がこのタイミングでそれを提案したのは暗につい先日の戦いで犠牲になった多数のリベリスタの存在を勘案していたかも知れなかった。勿論、クールな彼から真意を覗く事は難しいままなのだが。 「基本的に賑やかにやろう。三高平神社に協力して…… 出店を出して、祭囃子を聞いて。ついでに花火も上げようぜ。 いい気分転換にもなるし、たまには『そういう忙しさ』があってもいいんじゃねぇ?」 沙織の一言にリベリスタは少し表情を緩めた。 実に分かり易くエゴイストなのである。恐らくはしたくない事はしないタイプだ。 彼の『気遣い』は大抵自分の為なのだが、『自分の為』でも悪いものとは限らない―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月19日(日)22:16 |
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●祭囃子 郷愁を誘う音色の中で『それ』は特別と言えるだろう。 遠い幼い日を呼び起こす――『思い出の原風景』。何処かソワソワとせずには居られない、日常の中に在るちょっとした非日常。誰かが浮かれた気持ちを否めなくなるのは特別不思議な事では無い。 「御祭り……か」 ボトム・チャンネルの風習については学習した以上の知識がある訳では無い。 しかして、それをどんなものか体験した事が無いファウナにも今日という日の意味は伝わっていた。 「力強い生命力に溢れた熱気、疲れるけれども快い風――」 ファウナが目を細めた五月の柔らかな風に遠い祭囃子が運ばれてきた。 『新生』という言葉に、意味に彼女が特別なものを感じ取るのは――永遠なる母を思うからなのだろうか。 「室長さんも粋なことするわよね。自分の為であっても、皆の為にもなっているし……素敵な人だわ」 「うむ。我々の上司は中々に裁量がある。休暇のある組織は良い組織だ」 「お祭りなんて子供の頃以来だわ、酒呑さんはどう?」 「祭りの記憶か……自分はアークに来るまで こう言った催しは未知のモノだったな。 昨今、此処での日々は実に新鮮だ 見目麗しい御婦人とならば尚の事」 雷慈慟の言葉にミサは満更でも無かったのか少し艶っぽく微笑んだ。 「……あらあら、ならこれからも色々と連れ出さないとねぇ……うふふ。 まぁ、いつも相手が私だと面白味は無いかも知れないけれど……」 二人のやり取りはまさに今日の事情を伝えている。 ナイトメア・ダウンの以前には近隣で毎年行われていた祭りの復活を期したのは時村沙織であった。 「楽団の犠牲者……アークの戦死者も楽団の構成員も含め、鎮魂の意を表して……ですか」 「流鏑馬祭りがあったんだっけ。まぁ、経験は無いけどね――」 嶺の言葉に義衛郎が頷いた。 三高平に纏わる数々の事情と、沙織以下アークの面々のちょっとした感傷を交えた提案はトントン拍子に形になり――今日という日に到ったのである。少なくともまだかつての祭りには及ばないが、その跡地に新生した芽はやがて根を張り、大きく育つのかも知れない。嶺が神事たる価値を持つ祭りに古来より伝えられていた伝統を再現しようと資料と格闘し、義衛郎が『練習』に努めたのは二人らしいと言えるのだろう。 「馬上の武技ともなれば、我が黙っている訳にはいかぬ故な」 用意された流鏑馬の競技場には隆々たる肉体を正装に包んだ偉丈夫――刃紅郎の姿もあった。 愛馬に跨った彼の威風堂々とした姿たるや格別のものがある。 付け焼刃ならぬ乗馬のいでたちは確かに彼以上にこの任に適した人間がそう居ないであろう事を確信させるものである。 「王様君は……全く目立ちたがりにも程があるわぁ」 「之は改めて皆様に主の『王の威厳』を思い出して頂くまたとない機会。 しかしこれは、伊識君にも『降魔家』の従者である事の自覚を持って頂きませんと……」 「……ま、バイト代出るなら御付でも御供でもするけどね?」 従者の伊識、執事の軍司も含めた【降魔家】の面々は晴れの舞台に存在感を示していた。 「……あたしは元のがどんなのかは良く知らないけど」 慌しい街の空気を楽しむように軽く笑ったエレオノーラが言った。 「こういうのも味があるかしら。カーニバルでもフェスタでも楽しければ良いのだけどね」 「そう思わない?」と水を向けられた狩生もそれに頷く。 「エレーナは日本酒はお好きですか? ええ、少しお酒を嗜むのもいいでしょう? まぁ、私は何時も通り礼儀作法を重んじて出店を回る予定ですが――後でそんな時間も悪くは無いかも知れない」 「いいわね。屋台巡ってお酒飲んだり食べたりお酒飲んだりしましょ」 若い外見に反して長くを生きてきた二人はそれなりに枯れた波長が合う部分もある。 落ち着いた雰囲気の狩生の周辺には『そんなエレオノーラも含めて』若い女子が華やいでいる。 「それから。そうですね、エスコートは私の仕事です、やらせて頂けますね?」 「狩生先生はスタイリッシュに出店を制覇するのよね? 超期待よ!」 「お小遣いの準備はバッチリよ!」と胸を張る月鍵世恋(24)を筆頭に、 「私は当て物等に興味があるのだけれど…… ふむ、少し早いかと思って浴衣は着てこなかったけれど、この雰囲気なら着ても良かったかもしれないね」 「甘いものが食べたくなったの……御一緒出来たら嬉しいのよ」 よもぎや那雪の姿もある。 (何だか懐かしい気が……一年前位かしら……? 前にお祭り、ご一緒させて貰った時もこうやって誘ったような…… あの時は……わたあめ、買ってもらったわね……) 那雪の頬が自然に緩んだのは幸福な思い出を脳裏に浮かべての事だろう―― 「それじゃ、行きましょうか。お姉さま、目指すは全ての出店を制覇ですよっ!」 「わわっ……」 力強く宣誓したミリィが世恋の手を引いて歩き出した。 (お、お姉さまと手を繋いでしまった……!) ミリィの些か複雑な内心はさて置いて。そんな微笑ましい少女の姿に「おやおや」と目を丸くした狩生がふっと微笑んだ。 「……しかしまた、随分と豪華な祭りだこと。普段見られないリベリスタに出会うこともあるのかしら」 三高平神社の広い境内には皆が期待する通り沢山の出店が出ている事だろう。出店を見て回る者あれば、出店を出した者もある。見知った顔に出会うのも、ヴィヴィの言う通りのその逆も。今日の楽しみと言えるだろうか。 賑やかな囃子が神社に向かう面々の耳を楽しませている。 お祭りと言えばお約束に繰り出すのは神輿であり、それを担ぐのも『見た顔』だ。 「ふ、漂白された伝統の上に立つ決戦都市か。改めて言われてみればカッコいい表現ではないか! では、我らは決戦都市の担い手である。そう言う意味も込めて、御神輿を担ぐぞー! ワッショイ!」 景気の良い掛け声を発したのはベルカである。 「ワッショイワッショイ! イヴたんワッショイ! うひょおおお!」 「……竜一、危ない。落ち着かないと危険」 「なにこれ神輿? うおおおおお、あちしも! あちしものせれ!」 更に相も変わらず全く自由に生きている――竜一と保護者のイヴ、キャドラの声が響いてくる。 「後で出店を回ろうか! いいよいいよ、肩車でもしてあげるよ! イヴたんは可愛いから軽いなあ!」 「肩車とか恥ずかしいし……」 「あちしも! あちしも! 美味いもん!」 竜一にドン引くイヴは何時もの事で。 浴衣姿のキャドラはどうやら『履かなくてもいい点』がお気に入りの様子。 「古来、祭の場においてRIKISI達は神に戦いを奉納してきた── ならば、この祭の場において三高平神社に戦いを奉納しない理由があろうか! いやない! つー訳で付き合って貰うぜ、セバスチャン! 斜堂流DOA『火事と喧嘩は祭りの華』エディションで奉納だ!」 「やれやれ、困りましたなぁ……」 影継がセバスチャンに絡んでいる。どうも二年振り三回目の返り討ちを望んでいるらしい。 「く、くふふふ……私だと怪しまれますからね。ここは清廉潔白な桃子様に化けて…… 今日こそこの渾身のパイをメガネのにくいあんちくしょうの顔面へと投擲なのですよ……!」 「ニコニコ」 「はッ!? この気配はまさか桃子様――!」 ……エーデルワイスやら、桃子やら。お子様に見せたくない情緒に悪い光景やら。 騒がしいのは何時もの事で、それがアークのリベリスタらしいという事ならば仕方ない。 (あの時こんな事があったね――って) 一眼レフを片手に光景の一部を切り取るアンジェリカはふと思う。 (恋人さん達の幸せな様子、友達とお祭りに参加する人達の楽しそうな様子、仲間で協力してお店を出店してお祭りを盛り上げようと頑張る様子、元気にお神輿を担いで楽しむ様子、屋台の食べ物を幸せそうに食べ歩く様子、夜空に咲く花火。全部――) 何時か自分が撮った写真を見た誰かが今日の日を語らえたなら、それは素敵な事なのだろうと。 「……ま、軽く楽しんでいきましょ。せっかくのお祭りなんだし――」 疲れるのは嫌いでも――嫌いなヴィヴィさえ誘うお祭りの日はきっと特別な時間になるのだろう。 「お囃子を聞くと、武者震いがしますね! 俺たちもある意味で『かきいれ時』と言いますか……」 「まぁ、俺にとっても重要な時期ですからね。最近は不況で色々大変だし……」 「迷子の案内からルートの警備、喧嘩の仲裁、泥酔者の救護。仕事は盛りだくさんです。 神秘の決戦都市とは言え、人の営みには変わりません。お祭りを楽しんで貰う為にも、頑張りましょう!」 「ええと、今まさに就活中なんで、是非お話きかせてください。今度OB訪問とか行ってもいいですか?」 ……守の仕事と快の就活もきっと特別な時間になるのだろう。 ●三高平神社 「日本のお祭りも素晴らしいものじゃのう! イギリスのボンファイヤー・ナイトとはまた違う熱気に溢れておるわい。 何よりこの屋台の数! これだけ所狭しに様々なお店が並ぶとは……日本恐るべしなのじゃ。 後は……そうじゃな。テリーが居れば言う事は無かったのじゃがのぅ……」 後半は若干尻すぼみな語調。 少し可哀想なレイラインの乙女心(笑)はさて置いて、夜の縁日は何とも言えず風情のあるものである。 「おじさーん、もう一本お願いします。 ……お、おお、いけそうじゃないですか、これいけそうじゃないですか? お、おお……ああー!? ……も、もういっかいおねがいします。 わああー!? い、いいのです。おまけなんて情けは要りません。 慈悲にすがっているようではリベリスタかぎょうはやってられないのですから。 必ず! 必ずやわたくしが最後まで一人で釣り上げて――ああー……」 只管に寂しいヘルマンの只管に侘しいヨーヨー釣りが得たものは永久の孤独ばかりである。 「オイーッス、らっしゃイ。何って金魚すくイ。やってっテヨ。ほら、ちょっと元気すぎて水槽から飛び跳ねるケドサ。ちょっと牙とか生えてるケドサ。え、ピラニア? ハハ、おじょうちゃん冗談うまイネ。オニーサン笑っちゃっタヨ。ほらカレシ、いいとこ見せたゲテ!」 「珍しいもんが見られるのが祭りの醍醐味だよな。折角だし……これ試してみるか?」 ユーニア曰く『どうせ碌でもない店』を出しているのは呼び込みも怪しいヘイゼルである。 カレシ、と呼びかけられたその言葉に律儀に少しやり難そうにしたユーニアが振り返ったのは言わずと知れたエウリスである。当然彼女は『カレシ』なる言葉の意味を解せず、小首をちょこんと傾げていた。 「やってみる!」 やはり、全く頓着せず自然に手を繋いできた彼女に「そうか」と頷いたユーニアはヘイゼルの用意した何とも怪しげな水槽の前で腕をぶす。いい所は見せておくに限る。まぁ、少年の沽券的に考えて。 「うーん、やはり浴衣は大正義なようですね」 「あはは、とっても可愛いですよ」 「こちらも一応デートと言えるのでしょうかね? まぁ、悪い気はしません」 慧架とモニカは手を繋いで縁日を眺めて回っている。 出店を冷やかして買い食いして――緩い時間は実に心地の良いものである。 従者たる事に格別の意識を持つモニカがその主人を『泳がせている』のは案外珍しい事なのだが―― (大体、自分のストライクゾーンに針穴通しのコントロール要求し過ぎなんですよ、あの人) 主人に向けられた再三再四の努力はメイドに嘆息させる程度の意味はあったらしい。『天地がひっくり返る位珍しく』デートの心算で出かけた彩花を預けたのは彼女が『一応信頼出来る』というカテゴライズをした真性の遊び人である。 「……ま、つまらない事は忘れましょう」 「……? どうかしましたか?」 「いいえ、今は店長とお祭りを楽しむのが重要ですよ」 皮肉屋は素直にモノを言うのが得意ではない。 「おじちゃーん!揚げたてからあげ一つ、くーださーいな♪」 「……カラアゲって食べたことあるようなそうでも無い気がするっすけど。 ううん、多分忘れてるっつーか今日が初めてとかそういうことにしとくっす。 ……スキヤキってカラアゲの一種なんっすね」 元気良く――今夜は『外見に相応しい風に』鈴のなるような声で言ったのは灯璃、そんな彼女をぼんやりと眺め、もぐもぐとやりながら手元のメモに何やらを書きつけたのはケイティーである。 「本日のスペシャルゲストは出番が無さそうで暇そうだったクラリスです! ねぇ、クラリス。最近、鶏肉見る度にたわし買わなきゃって思うんだよねぇ。 思うだけで絶対買わないけど、どう思う?」 「……閑古鳥商店にからあげは売っていませんわよ?」 「クラリスってば、イタリアと違って住んでるんだから高級料亭も顔パスだよねっ」 「高級料亭にからあげはありませんわあ!」 ボケと突っ込みの状況を構築する灯璃とクラリスである。 暇人扱いされながら、天風ある限り結構忙しいクラリスであるのは置いといて。 名が体を表すのはそのものズバリ【からあげ団】なる集団を形成した少女達だった。 「カップで頂くもの、串で頂くもの、おろしぽん酢等かけたもの、竜田揚げ…… 皆様で協力し、お祭りで出ている全てのからあげを制覇します。これは私の宿命なのですよ!」 熱くてジューシーなからあげに魂を惹かれる事、幾星霜。 アイデンティティにこれ程深くからあげが食い込んだ女はそう居るものではない。 今夜ばかりは神の子である事を忘れ、欲望の侭に肉を貪る少女の名はリリ・シュヴァイヤー。 「――そ、そういう露骨に誤解を招く表現はやめて下さい!」 そうだね、えっちだから仕方ないね。 「砂っぽいカレー、具の少ないカレー、おろしぽん酢をかけた竜田カレー…… やはり、お祭りはカレーですね。カレー分をもっと足さなければいけませんね」 「これは中の中、凡庸ね」 からあげ団において何故かカレーを追求している小梢や、何となく合流して些か厳しい評価を口にする佐幽も含め和気藹々とした縁日の空気に食欲に進撃する少女達はすっかりと馴染んでいた。 「デミセ!!! ジャパニーズオマツリフェスチボーッ! ボクはオマツリ大好きだぞっ! なにせ食べ物やさんがそこらじゅうにあるのだっ!! これはもう全て食べつくすしかナイのだ!!」 「出店食べ歩きツアー。食べて食べて食べまくる! 焼きそばタコ焼きイカ焼きチョコバナナワタあめリンゴ飴からあげ! とりあえず、あれね、テトラには負けない」 「ボクなのか!?」 駄目聖職者(そらせんせい)と欠食児童(てとら)の好カードが縁日を熱くする。 「いつものメンバーでお祭りだッ! ことゲーム的な物でわれらゲー研が負ける訳にはいかねえな! 屋台荒らしだ! うおー!」 「抜けるときにいきはぬいておけ、というのがリベリスタの知恵です。ふふーふ。 でも、屋台荒らしって何だか不穏当な響きだわね……」 【ゲー研】の面々もここぞと縁日に繰り出していた。 吠えた明奈の気合に軽く笑ったアンナが何とも難しい顔をする。 「寒っ! 凄い寒い!? なんで!? え? 夏用の浴衣着てるからだって? ……あ゛……い、いやだってお祭りって言ったら浴衣だって先入観がさあ!?」 美月はと言えば青くなったり赤くなったり鼻水を垂らしたり相も変わらずコロコロと表情を変え、 「つーかさ、このメンバー、またハーレムじゃね? 楠神君両手どころか三方向に花だよ? ドジっこ巨乳部長! メガネいいんちょ! 明朗快活褐色ガール! ……おお、何か方々から怨嗟の声が聞こえてきそう!」 「おかしなことを言うんじゃない! ハーレムとは恋愛関係にある異性が複数存在する状態だろう? ここにいるのは全員友人関係だから、それには当てはまらん! まったく、失礼なことを言うもんじゃないぞ!」 明奈のからかいを受けた風斗が白々しい(笑)弁明を始めている何時もの光景である。 「先ず射的! 金魚! く、くじ引き……」 「……やるか。型抜き。ふふ、ふふふふ…… こういう単純作業の繰り返し、ダイスキ。 あいむなうえんぷてぃ。あたまからっぽになるまでつづけてくれる」 全敗が見込まれる美月の一方でアンナの眼鏡がキラリと光る。 「俺、俺も! かたぬきやる! 地道な作業大好き! 景品とかいらないの。 おおっぴらにそういうことしてても、ほほえましく流してもらえる空間が好きなの! 針でつついて、キレイに形抜くあれだよ。腕まくりして、目ぇ見開いてやっちゃうよ!」 特定の人種にとってこの手の作業は非常に魅力的に映るらしい。 アンナも然り、小館も然り。手元の細かい作業に瞳を輝かせる小館の手元をフュリエのゼフィが覗き込んだ。 「これってどんな仕組みになっているんでしょうか?」 「これはこう!」 「この世界の工夫は凄いですね……」 「ああ、盛り上がってきた!」 いよいよ楽しそうな小館である。確かにいい反応があれば俄然その気にもなるものだ。 三高平神社の境内には諸々見ての通り、沢山の出店が軒を連ねていた。 「僕のこだわり、一杯一杯ドリップするコーヒーとそれに合う手作りパウンドケーキ。 そしてお祭りといえばアルコール! 故郷から取り寄せたトラピストビールとおつまみにヴァイスヴルスト…これも故郷の白いソーセージなんだけど。ちょっと響きが格好良いと思わない?」 「洒落た調子は良く分からねぇけどよ。ビールが飲めるのは最高だな」 「……料理男子の本懐を果たすのは今なんだけどね」 「分かった。後で聞いてやるから、取り敢えずもっとビールな」 ロアンが用意した『飲み場』に早々と陣取ったのは智親と研究開発室の面々であった。 「はいはいはいー、海依音ちゃんのお酌はいかがですかー?」 「お前の手酌はGP取られそうだからなぁ」 「あら残念。沙織君ならちょっとサインしてくれればOKなのに!」 ほろ酔い気分でジョッキを掲げる海衣音を沙織が軽くかわす。 「まずはお参りしないと」 言った沙織は自らの傍らでじっと待機している恵梨香にちらりと視線をやった。 「……で、いいんだよな?」 「はい。今までの戦いで多くの仲間が命を落としました。 戦いに犠牲は付きものです。我々は彼らの死を嘆き、悲しみに暮れるよりは、彼らの成したかった事、崩界から世界を守る事に全力を注ぐべきです。しかし、この良い機会に彼等に報いるのは意味のある事ですから」 堅苦しく居住まいを正してそう言った恵梨香は心から戦士達の安息を願っている。祭りが鎮魂の意味を持つならば彼女にとってそれは何よりも大切だ。 (もしアタシが任務で死んだら。 今ここで自分が先に逝った彼らを思い起こしているように――室長もアタシの事を思い出してくれますか?) 尋ねれば恐らく『怒られる答え』を恵梨香はきっと勇気と呼ぶ。 「……ま、そんな訳で、俺はアルコールは駄目」 「全く、沙織君は沙織君ですね! そんな事言っても結局結構自由に遊ぶ気でしょう!?」 「絡み酒かよ、お前。ホント疲れたOLだな」 「何処からどう見てもピチピチのシスターですよ! ねぇ、沙織君! 約束あるんでしょう!」 「勿論」 海依音の言葉に応えたのは沙織当人では無く、何時の間にかそこに居た氷璃である。 「人気の無い神社で逢引……何ていうのも悪くは無いわね。 ねぇ、沙織。どうかしら、『前の私』と『今の私』――」 くるりとターンして見せた氷璃を沙織は楽しそうに眺めている。 彼女の背より生える六枚の翼は――つい最近現れた第二の奇跡である。 (例え、深く昏い神秘の水底に堕ちたとしても。こうして貴方を触れ合う事は許されるのかしら?) どう言われるか楽しみで、それから酷く不安。潤んだブルー・サファイアを沙織は唯の一言で一蹴した。 「綺麗だよ」 海依音が「はい、そーですかー」とばかりにジョッキを呷った。 「ね、これですよ! 何時も沙織君はこれですよ! 貴樹さんも沙織君が早く落ち着いて欲しいと思いますでしょ? あ、ワタシでしたらいつでも婚姻届は用意してますんで……貴樹さん!」 「は、は。若い身空で痛飲は控えておく方が良いぞ?」 「うわああああん!」 時村の親子揃っての見事なあしらいに海依音がビールを一気する。 息子の方はと言えば毎度の事ながらあれやこれやと忙しく、年寄りの冷や水を厭わない父親の方も、 「折角の神社デスし一緒にお参りに行きたいなと思ったのデスよ! お祭りの食べ歩きも魅力的デスが……!」 自身の袖を引くシュエシアに毎度同じく付き合う様子を見せていた。 「まぁ、時間はそれなりにあるからな。急かずともいいだろう」 「ハイ!」 「うわあああん!」 相変わらずウザかわいい海衣音たんかわいいよ海依音たん! 「稼ぎ時でござる! 拙者も調理を頑張るでござるよ!」 「全く、こんな忙しい時に夏栖斗は何処へいったのだ……」 飲み場もあれば出張の喫茶店もある。 「所謂かき入れ時なのだ。いろいろな人にうちの味を知って貰いたい」 「カズトはきっとデートでござるな! 稼ぎ時だと言うのに……ぶつぶつ」 でも雷音と二人っきりとか美味しくねぇの? 虎鐵ちゃん。 「は! そうだったでござる! カズトは戻ってこなくていいでござる!!!」 「……何を言っているのだ?」 ヤル気十分の虎鐵をいぶかしむ雷音の頭上にハテナマークが飛んでいる。 「おすすめは、手打ちのおそばとみたらし団子。でも、どれもとてもおいしいのよ」 「……思ってたより忙しいな、ニニは大丈夫か?」 「うん。大変だったら言ってね。わ、私も出来るだけ頑張るから!」 出張の陰ト陽に好対照に和風の茶店を構えるのは相変わらず仲睦まじいニニギアとランディのカップルである。 「味が濃すぎるんじゃないかな。もっと素材の味を活かした方が良いね。それはさて置きおかわり頂戴」 可愛くない反応を見せた外は、 「……いやホラ、違うよ、先輩が頑張ってるからあと一皿くらいは食べていこうかなってだけ」 併せて案外可愛い所も見せてくれる、そんな感じである。 時折、ニニギアがランディの汗を拭いてやり、ランディはランディで『敢えてつまみ食い用の品を用意してやる』。中々息の合った所を見せる二人は次々と顔を出すお客を勢い良く捌いている。 「妾が大量に客を連れてきてやろう」 「すずき店長はヒマしてゆるゆるしたいと言ったがフュリエ客で一杯にしてやるさ」 出張メイド喫茶【新世界】ではメイド服を着たシェリーが呼び込みに忙しい。気合を入れて『ラ・ル・カーナクレープ』を売り出そうとする達哉の想いをいまいち汲まず、 「ご奉仕が欲しくば本店へ来い」 人混みで動くのは面倒臭いとのたまう寿々貴はあくまで緩い。 「店長、食料を調達してまいりました。お納めください」 「くくく……どうせ大して客などくるまい。 祭りの華やぎを程ほどの距離で眺め、休憩スペースでまったり! これぞ勝ち組の祭りえんじょーいスタイルなのさ」 「すずき店長の方針でご奉仕は最低限ですね」 本来は真面目であろうに―― 朱に交わって染まった(?)リッカが差し出した『戦利品』に満悦する寿々貴は満面の笑みであった。 「お前も大変だなぁ」 「こっちは生活かかってるんでな。分かってるなら、後で『専属秘書』と一緒に食べに来てくれ」 基本的にそあら推しの達哉に沙織は軽く肩を竦める。 ……一般的な縁日におけるこういった出店は往々にして割と専門な人達が『縄張り』を持っているのが常ではあるのだが、そこはそれ。三高平の場合、その辺りのしがらみは殆ど無いのはやりやすい。 「出張閑古鳥商店Fだー! 路地裏でたわしを売るだけの女で終わってなるものかよ!」 「……やはりあまり受けが良くないんじゃないか、駄菓子」 「うるさい! 五円玉型のお菓子を十円でさばいてやるわ!」 「……そうか……」 「おいそこのカップルさん知ってるかいたわしは漢字で束子、子を束ねることに通じ古来より縁結びの縁起物にだな……」 (適当な事言い出した。駄目だコイツ早く何とかしないと……) 【閑古鳥商店】の二人――姉は比翼子、弟は黒羽。まるで紹介編であった。 「しっかり売らないと……また閑古鳥商店が潰れるんだ……」 (姉さん……お金が絡む時はわりとまともに見えるな…… しかし……もはや凛々しく聡明だったあの頃の面影もない……) 閑話休題! 「遊園地は、また何れ行くとして……今日は、一通り祭りを回るとするか?」 「キャハハハハハ! お祭りだ! 血祭りにしたーい!!!」 「血祭りは兎も角……マリアもこういう経験はいいでしょう?」 「さて、マリアは何がしたい?何かしたい事があるなら付き合うが」 「マリアね、育ち盛りだからおなかすくの。美味しいものなら歓迎よ!」 小さな子供の手を引くように両側から手を取った拓真と悠月にマリアの目が輝いた。 「おー、マリア楽シソウダナ。菓子食ベルカ? コレ、取レタラナ!」 「それはマリアへの挑戦ね!?」 「あ、落ち着いて……」 まるで夫妻とその子供を思わせるような幸福そうな絵にリュミエールがからかいを入れた。 「出店でも見て回って、何か旨そうな食べ物でも買って……だな……た、高いな。金額が。 ……しかして、これも雰囲気を楽しむと思えば安いものか?」 キョロキョロと辺りを物色するように見回した八雲が「ふむ」と顎に手を当てて思案していた。 焼きそば然り、リンゴ飴然り、わたがし然り。 「時村グループと俺の総力を結集して、キノコ焼きをはじめたぞ! 金の皿、白い皿、虹色の皿! お高いスペシャルからリーズナブル、チャレンジャー仕様まで取り揃えている! さぁ!(財布的に! 味覚的に! ××的に!)死にたい奴からかかってこいッ!」 「……正直、私は余り死にたくないのだが……」 ……露骨に怪しい呼び込み、鷲祐プレゼンツなきのこ屋も然りである。何でもかんでも。古来より縁日の空気は財布の紐を緩ませるものだ。冷静に考えれば随分と割高なのは間違いないのだが、魅力的に見えるのが魔力である。 「さぁさ寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! 見てるだけじゃおなかがすくよねぇ! ボリューム満点、できたてほかほか! どんどん焼くからどんどん食べとくれっ!」 「おお、渡りに船だ。これならば実際問題安いし美味い」 尤も――八雲がポンと手を打った富江の――出張丸富食堂についてはそんな事も無い所。 縁日の魔力も何も無く、パックに山盛りに盛られた焼きそばは問答無用で唯美味い。 「三高平の胃袋はアタシが満たす!」 大見得も説得力が十分だ。 「日本のお祭りは素敵だね。すっごいワクワクしてくるよ」 セラフィーナがくるくると回る綿菓子の機械に楽しそうに目を細めた。 「セラフィーナさん、わたあめのお店出したんですね!」 屋台を全制覇……の意気込みで買い食いに勤しんでいたとよがセラフィーナの出店に顔を出した。 当然と言うべきかとよの後ろには糾華やリンシードの姿もある。 時期柄少し早いが浴衣を着た三人は【黒蝶】の面々である。 「屋台は数あれども、ここは三高平、一筋縄では行くわけ無い。でも、甘いものは別腹よね? 遊びに来たわ。ごきげんよう。困らせる気はないけれど、少し位はサービスを期待しちゃうわ」 「どうせなら、おまけしていただけませんか……?」 クスリと笑った糾華に上目遣いのリンシードが調子を合わせた。 ザラメを機械に入れて割り箸をぐるぐると回したセラフィーナは見知った顔に嬉しそうな顔をした。 「はい、どうぞ。サービスで大きく作っておきました。 えへへ、他の人には内緒ですよ? はい、特大ワタアメ三つです!」 甘くてふわふわのお菓子を作れば心も軽い、少女らしく華やいだセラフィーナは全く可愛らしい。 そしてそれは、 「美味しい……」 「ほんと」 「ふわふわですっ! 幾らでも入ってしまいそう……」 甘い雲と格闘し始めた黒蝶の少女達も同じである。 「あ、射的があるわよ? 折角だからやってみない?」 「射的! 楽しそうです。やりましょう!」 連れ立って歩いていたシュスタイナと壱和が一つの出店を覗き込んで足を止めた。 「いい覚悟だ、リベリスタ」 威風堂々、鉢巻を締めて無駄に大仰にその場に嵌っているのは車椅子の射的屋・逆貫である。 「射的屋とは戦争だ。大体の出店は金銭と商品の交換だが、射的屋は違う。 いいか、リベリスタ。得るか、得ぬか。奪うか、奪われるかの戦いなのだよ。 ……とは言えだな、リベリスタ達が相手では些か分が悪いのは分かっている。 しかし銃に細工はしたくない。例えコルクを飛ばす玩具でも、武器に細工をするのは戦士への侮辱。 なんでまあ、景品は全て巨大ぬいぐるみばかりにしてみた。これならそうそう倒れまい」 無駄に勝ち誇る逆貫に顔を見合わせるシュスタイナと壱和。 「……コツとかあったら、教えてくれるかしら」 「コツはですね。コルクの詰め方とか――」 「――さぁ、リベリスタ共よ。私の牙城を打ち崩せるかな!」 微笑ましい二人のやり取りに空気を読まない逆貫が被せかかる。 「じゃ、早速俺の華麗な銃さばきを見せてやる! 片っ端から撃ち抜いてやるぜー! って……え? 拳銃は駄目なの?」 「流石、元傭兵の運営する射的屋でございますね! 私、命中にはまるっきり自信がございませんが、それより圧倒的な火力不足を確信してございます!」 意気軒昂に挑発的な態度を見せる射的屋の親父(さかぬき)に触発されたのか――興味を示した蓮司やリコルがコルク銃を片手に巨大過ぎる的に狙いを定めていた。 「あ、射的屋さんがあるの。あれやりたいの」 「ああ、射的など楽しそうだ。 じゃあ、あのぬいぐるみが良いな。ハムスターだかモルモットだかよく分からないあれ。 しかしでかいな……落ちるのか、アレ……」 指をしっかりと絡めて胸の高鳴る時間を過ごす――顔を少し赤くした雪佳がひよりの言葉を受けて少し早口でそう言った。 「わたあめのお礼に、かわいいもの取って桃村さんにプレゼントするの!」 「あ、ああ……」 わたあめをもぐもぐとやるひよりの笑顔に思わず息を呑み、それから慌てて視線を引き剥がす。 何ともやり難い雪佳の耳にタイミング良く景気のいい女の声が飛び込んできた。 「射的ならこっちもあるで!」 これぞ組の運営資金の為に陣頭に立つ――椿の細腕繁盛記である。 「あまり組のシノギに顔を出さないのも義理が無く。暇だったからというのは、まあ……」 「しっかり稼がんとな!」 「……あ、はい。でも、これ射的って言うより殆ど射撃場の様相を呈しているような……」 法被に鉢巻、サングラスの彩歌構成員の言う通りこの『射的場』は相当の精密射撃を必要とするものだ。 並の人間には相当難しい逆貫とは別の意味で手厳しい射的はしかし――一部の人間には望む所。 「前にやったのは去年の夏だっけ。あれから時間も経って射撃の腕も上がったし、戦果にゃ期待しても良いかもな!」 「特段欲しいものはない。気楽に射撃を楽しめるなら、それで良いのだ。 しかし……こうも挑発的な射的屋だと、攻略してやりたくなるのは性なのかも知れんな」 スナイパーラヴァーズ――木蓮に龍治は実際この位で『丁度いい』。 (この程度の児戯でも……喜ぶ顔が見られるなら、そう悪くはないしな) 素の命中で210を誇る男にとって――如何なハードモードとは言え、射的は見せ場であるという事だ。 「相手に取って不足なし」 「カッコいいぜ! 龍治!」 「そ、そうか」 「アカン。早速このお客じゃ先が思いやられるわ……」 椿の嘆き節もむべなるかな。 三高平に住む人々が集まる人混みの中をアリステアと涼が行く。 「……ありがとうなのです」 「はぐれたら合流するの大変だしね」 白い頬を赤く染め、口の中でもごもごと呟いたアリステアの言葉に軽く応える涼は成る程――本人が言った通り『エスコートしている』。自らの手を取った小さな手をしっかりと握った彼は彼女の足取りに合わせ、ゆっくりと歩を進めていた。 縁日を楽しむ『カップル』は幾つもある。 「屋台で食道楽。屋台デュエリストK先生に色々習うとするか。 あたしのいた所じゃ見ない食べモンも沢山あるから、楽しいよ。 オススメとか、これは食っとけ! ってのあったら、教えてよ。勿論あんたの奢りだぜ?」 「ああ、任せとけ。それだ! その一番デカイヤツを貰おう!」 悪戯気なプレインフェザーに「任せとけ」と胸を張るのは屋台デュエリストK先生こと喜平である。 (……まぁしかしだ、日本の祭りは人外魔境。 外人さんが思わず躊躇しちゃうかも知れない食い物もある、イカ丸焼きとかな!) 思わず言ってから深刻な顔をしたプレインフェザーに「絶対に美味いから」とプッシュする喜平は全く躊躇うあの娘に面と向かって告白でもするかのような真摯さに満ちていた。 「いや 匂いは確かに良いんだけど。やっぱこうしてみたらどう見てもイカだよな… イカ……あんまこうやって食う事なかったし……ちょっと怖いけど、怖いけど……」 「大丈夫。俺がついてる」 ご馳走様! 更にもう一組、此方は悠里とカルナである。 「結構人が多いなぁ。カルナ、大丈夫?」 「ありがとう。悠里」 理由付けなんてしなくても良いのに、と内心くすくす笑いながらカルナがそっと手を握る。 「懐かしいなぁ。小さい頃は両親に連れてきて貰ってリンゴ飴なんかを買って貰うのが楽しみでね」 ……そこまで言った時、悠里はカルナの生い立ちに思い当たり失言を自覚した。 手を繋いで歩く傍らの少女の表情が一瞬翳りのあるものになった事に気付き、少しだけ後悔する。 しかし、カルナはそんな悠里の反応に――敢えて気付かない振りをして話を意識的に切り替えた。 「あ、悠里あれです、その…… ちょっとたこ焼きという物を食べてみたいなあ、と。 歩きながらは少々はしたないかもしれませんが……」 カルナの視線の先にはたこ焼きの屋台がある。 「焦げてないっ! 香ばしくもない!」 中々繁盛しているようで、何となく成り行きで手伝う事になった桜の忙しさも増すばかりである。 「フフフ、何気に響希先生にたこ焼き作りの手解きを受けたからな、活かさない手はないぜ!」 屋台の主のその名はツァイン・ウォーレス。 作務衣に捻り鉢巻で気合十分。その姿たるや外国人の趣は何処にも無い。 「何だか、仲間がお店を出しているのは少し不思議な感じもいたしますね」 「凄い気合入ってるみたいだね。じゃあ、買ってみようか。すいませーん!」 ――刻み蛸と一欠片の二種類で食感も楽しめる! 外カリ中トロこれ鉄板、カツブシ踊り、マヨがジャスティス! 扇風機で匂いを漂わせるのも忘れない、鰻と粉物は匂いで食わすってな――! 極意を胸に、技はハートで。 「たこ焼きいかがっすか~、出来たてありますよ~!」 「……食べてみる?」 ここで足を止めたのは涼達も同じだった。 悪戯気に笑った涼は爪楊枝に刺したたこ焼きをアリステアに差し出した。 (食べさせて貰うのも恥ずかしいけど……) 余計に恥ずかしくなりそうだったから――口には出さずに頷いた少女がぱくりとたこ焼きを頬張った。 何とも言えずに気恥ずかしく、何とも言えずに悪くない――そんな空気の向こうには、 「はいよターテ、熱いから気をつけてな~」 「ありがとう、ございます」 (ふふ、食いしん坊さんで微笑ましいです) 神妙な顔でたこ焼きを受け取るエスターテを微笑んで見守るなぎさの姿がある。 「……はふ、あついです」 喧騒を本来余り好まない自分がどうしてこの場に惹かれたのか――たこ焼きをふうふうと吹くエスターテには分からなかった。しかし、こうしてなぎさと並んで歩く時間が悪いものでは無いのは確かであった。 「……エスターテさんは夢を見る事が辛くないですか?」 ふと尋ねたなぎさにエスターテは首を横に振る。 遠く見る光景が変えられぬ悲劇ばかりと思っていた頃は確かにそれが怖かった。 しかして、アークのリベリスタはそんな自分の『諦め』さえ変えてくれたのだから―― 「エスターテちゃん! 可愛い! むぎゅ!」 「わ、わ……」 思わず自分を抱きしめたルアの勢いにエスターテは驚いたような顔をした。 「次はね、りんごあめ! わたあめ! 焼きそばも! チョコバナナとチョコイチゴを買って二人で分けっこするの!」 「それから、串焼きも食べたいです」 「うん! 食べよ!」 何とも仲の良い女の子同士のやり取りは微笑ましいものがある。 「そういえば、屋台を回ると言っていたな。何か、面白いものは見つかったろうか?」 「そうですね。こうしているのが――楽しいのかも知れません」 嘆息してエスターテとルアを見つめていたなぎさが声を掛けてきたコーディに応えた。 「そうだな。皆楽しい。私は何も覚えていないからさ。 こういう、雰囲気を味わうだけでも新鮮で興味深く、面白いものなのだよ。 だからさ、敢えて言えばみんなが楽しんでいる姿が見られればそれで楽しいんだ。 ……そうだ。これから一緒に回っても?」 そんな答えは最初から決まっている。 一方で女の子と言うには若干『塔が立っている』のは、 「むぐむぐ」 「大丈夫ですか? デビルフィッシュ。外はパリッ、中はとろふわ、ソース、青海苔、鰹節の風味が香ばしく。今ではB級グルメと呼ぶそうです。意外とワインにも合うのですよ」 「ほーへふは。なふほほ、こへはなはなは……」 アーデルハイトの薦めるままにたこ焼きをもぐつくアシュレイである。海外の人間はタコが苦手と言われる事も多いが――三高平の場合、余りそれは心配しなくてもいいのかも知れない。 「祭りかぁ。夏、って言うには、まだ早いけれど。 何となく思い出してしまうな。思い出すってのも、違うのだろうけど。 嘘吐きの王様と、優しいお姫さまを。王様は、きっと地獄でへらへらしてるだろうし。 お姫様は元気にしてるんだろうが。 そういえば、ちち魔女さんて、何となくあの二人に似てるよね。足して二で割って、三を引いた感じ」 「……褒めてますか? それ」 「褒めてるよ。小生、どちらも大好きだもの。つまり、ちち魔女さんも大好きさ」 臆面無く言ったいりすにアシュレイは明後日を向いて頬を掻いた。 「ちち魔女さんにも、大切なモノってあるの?」 いりすの問い掛けにアシュレイは曖昧に笑って「はい」とだけ答えた。 それ以上を何も尋ねさせぬ、有無を言わせぬ調子である。声色は朗らかで表情は笑顔なのにも関わらず、透き通らぬ水底は――深淵のようにその先を見せる事は無い。 かつて『心を読むな』と釘を刺した魔女は感情をめくられる事を恐らくは何よりも嫌っているのだろう。 「何だ! 元気が無いな!」 そんな微妙な空気を攪拌したのは元気の良い少年の声だった。 「どうした、魔女ともあろうものが、たこ焼きだけで満足なのか? よし、僕も男子だからな、お小遣いの範囲でおごってやろう。これがおとこのかいしょうというものなのだ」 「あはは! 陸駆様は将来素敵な男性になられそうですね!」 「子供だけれど天才だからな!」 唐突にやって来てやはり唐突に胸を張る陸駆の頭をアシュレイが『なでなで』とやっている。 「久しぶり、どう? 日本のお祭りは?」 「楽しんでますよ!」 「はー、なんか今更ながらにほっとしたの実感したよ。アシュレイちゃんも?」 「まぁ――人心地ついて三高平生活を満喫、ですね!」 夏栖斗とたこ焼きを並んでもぐついてアシュレイはリラックスしているようである。 「僕はさ、アシュレイちゃんのこと好きだし信じてるよ」 ――彼女の目的、なる話を切り出すにも切り出し難いのは『そういう空気』ではないからか。「この先もアーティファクトを集めるのか」という問いにニコニコとしたアシュレイは知らない振りをする。 「はじめまして! アシュレイさんですか? 綺麗でスタイルが良くて魔女っぽい服装してる人探せっておとーさんから言われたんですけど!」 「……ふぇ?」 年不相応に発育のいい少女――キンバレイが年不相応に可愛い子ぶった魔女に元気の良い挨拶をした。 「えーっとびーびーえー? って十回ぐらい言ってふぇいと? をゼロにしてもらえだそうです。 そーするとおとーさんお金いっぱいもらえてがちゃたくさん引けるんだそうです!」 「おい、アシュレイ。綿飴もあるぞ。一本奢ってやるからこっちに来い。 丁度いいしな。世話になった借りを返すのも……」 「わぁい!」 出店のお兄さんと化した晃に呼ばれればだらしない三百歳(仮)は一も二も無く飛びついた。 「あ、何か始まるみたいですよ!」 綿飴をもぐもぐしながら彼女が次に目を向けたのは人だかりを作る特設スペースだった。 「レディースアンドジェン豚メン! 良い子悪い子女騎士ご令嬢団地妻、リベリスタもフィクサードもよっといで! 戦火道(ブヒロード)主催『豚撃のバハムートンTCG』第一回公式大会の開催だ! 初心者講習会と物販もあるぞ! 司会はもちろんあっし、三高平の遊びをエンジョイ&エキサイティングにする悪豚P! さあ、最強の戦火者(ブヒリスト)を目指して熱いバトルのスタートだ!」 オークの朗々とした声に「おおー」と歓声が上がる。 三高平は洞穴で実際に購入可能な『豚撃のバハムートン』は人気の定番アイテムである。 「ギャーギギャーギャギャ! ギャギャギャーギャー!」 鷲祐の店から強奪したきのこをムシャムシャとやるリザードマンの向こうでステージの坊主(ブヒリスト)が徳の低いゲームに興じている。 「オレのターン! オレは手札から『てるてる坊主』と『合縁奇縁』を唱漢(しょうかん)! これにより、デッキから『BoZ(ギリギリChocolop)』が唱漢できる! おっと、まだ終わりじゃないぜ! この『BoZ』は追加効果として、デッキから『生還者』、『無銘』を唱漢することができる。 コレにより、今出ている『BoZ』を洞穴に送り、デッキから新たに、『BoZ(救世開始)』を唱漢! このカードが場にある限り、四人のメンバーは『歌』属性以外のダメージでは崩界されない! ここに更に、歌カードをセット……えっ、何? 打ち消し? 『救世開始』を? マジで? マジで!? うおおおあおあおおお!!!」 フツもあちこちで中々大変な立場である。救世も実際楽ではない。 「桃子さん、こんばんはぁ♪」 「こんばんは!」 偶然鉢合わせた旭に元気良い返事を返した桃子は今まさにエナーシアと甘味巡りをしている最中であった。エナーシアの提案で『全制覇』を目指す桃子は彼女の手を引き西に東に移動を続けていたのである。 「い、いざ回ってみると色々ありすぎて目移りしてしまうのだわ…… ふふふ……このくらい全然食べ過ぎじゃないのですよ? 甘いモノは別腹という言葉もあるです、つまりは未だ五分にも満たぬハズ!」 嘯いて余裕を見せてはいるものの、大分お腹が重くなってきたエナーシアが桃子に比べて弱っているのは桃子が専ら彼女に食べさせ続けているからである。理由はもぐもぐするえなちゃんが可愛いから。 えなちゃんかわいいよえなちゃん。 「……うぎぎぎぎぎ……」 「何だか大変そうだけど、ええと、良かったら一緒にお祭り回りませんか!」 旭が余り話した事のない桃子をそんな風に誘ったのには理由があった。 勿論言うまでも無く仲良くなれたら嬉しいな、もう一つはイタリアで出会った彼女の母の事である。 (どんなひとなんだろ? きっとすてきなおかーさんだよねぇ…… イタリアで助けてくれたとき、女神さまみたいだったもん。たぶん桜子さんてかみさまだとおもう) 知りたい、というのも一つの動機。 尤も桃子に言えば「邪神ですよ! あんなもん!」で片付きそうな話ではあるのだが―― 「では、一行は三人になり! 縁日制覇の戦いは続くのであった! 次はチョコバナナを食べるですよ、えなちゃん! 旭さん!」 「おー!」 「でも、桃子さんももっと食べるですよ、私に食べさせてばかりなのです……」 「えな! ちゃん!」 「何故、抱きしめるのですか……」 乙女心も色々大変で―― (ちょっと買い食いばっかしたいから一人できちゃった! 恥ずかしい年頃のおなごだからね!) ――壱也は今日は一人の時間を満喫する構えを見せていた。 買い食いは実に楽しい。諸々気を使わない時間は貴重な息抜きの時間である。モラルがサレンダーしている彼女はある意味でかなり人生を好き放題に生きている気もしないのだがそれは兎も角。 「あー、楽しい!」 壱也は『一人の時間』で羽を伸ばしていたのだが…… 「わぁ~! おいしそう、おっじさーん! りんご飴ちょーだい!」 好事、魔多し。 「やっほー☆ 羽柴ちゃん、ちょおエンジョイしてる?」 「本日も我々三名様でー★」 「……って、あれ? なんで三つ? わたし……ひとrううああああああああああなんでえええええ!?」 その背後からにゅっと現れた二人は彼女にとっての天敵、即ち葬識と甚内のコンビであった。 「おまつりときいたら俺様ちゃんたちのかわいいアイドルとあそばないとねー」 「そうそう。羽柴ちゃんは僕ちゃん達のアイドルだもんねー」 玩具(アイドル)を見つけた二人の目は爛々と輝き壱也は口をパクパクとさせている。 呼ばれなくても参上する二人のナイトは壱也にとって傍迷惑に深い愛情を注いでくれるのだ。 「一人であそぶんなら俺様ちゃんたちも呼んでよ~☆ いつでも電話一本で馳せ参じるよ☆」 「電話なんてしてないもん!」 「食べて食べて大きくなってアークビルより大きく育て★ 胸 ★」 「うわーん!」 葬識と甚内に律儀に応える壱也。決して言う程嫌っては居ないのだが、性質の悪さは確かであった。 「ね、三千さん。あれ、運試しをしてみましょう」 手を繋ぎながら巡った屋台――ふと目に入ったくじ引きを指差したミュゼーヌに三千は頷いた。 「くじ引きは僕も大好きです。どきどきしますよねっ」 「大した物が当たらないって分かっていても、何かやりたくなるのよね」 少しだけ勿体をつけてくじに手を伸ばしたミュゼーヌが引き当てたのは振ればシャボンを作る玩具。 「今度は僕も……っ……」 ほんの少しだけ緊張して三千が引き当てたのは聞き覚えの無い花の種。 「鉢植えで育てられるみたいなので、ミュゼーヌさんの部屋で育ててみましょうっ」 そう言った彼に手元の『剣』を見つめた彼女が笑う。 「……空いている所で、少し遊んでみたいかも。何だか、童心に返ったみたいだわ」 「シャボン玉を作ったりしたら、まるで妖精みたいですね」 「……何だか、恥ずかしいわ」 凛とした美貌が緩む。頬を染め、再び三千の手を引いたミュゼーヌの脳裏にふと親友の今夜が過ぎった。 (そう言えば……あちらは上手く行っているのかしら……?) 良く知る二人は二人共に一筋縄では行かないタイプだ。 エスコート役の腕前は良く知っているが、される側の筋金入りも良く知っている。 果たして幸福な少女がふと思考を巡らせた『難しい方面』も偶にそろそろであった。 「今夜に必要なチケットはこれでよろしかったかしら?」 沙織に向かう彩花の勝気で不敵な視線と、悪戯気な調子は教育係の賜物か。 「ま、もう少し言うなら『チケットは要らない』けどね」 「そう言えばそういう人でした。お誘い頂いた以上は、エスコートの当てぐらいありますよね?」 「こういう場はあまりスマートにエスコートしないのがエスコートになる訳よ」 何せ今夜は縁日である。 「……まあこういう祭りで何処へ行き何をすればいいのか分からない、というのも正直ありますが……」 「たまには緩く過ごすのも悪くないって話だぜ」 鮮やかな赤のあしらわれた浴衣が抜群のプロポーションに良く映える――本人にとっては意識しない部分で『高嶺の花でいてしまう』彩花がデートなる状況に興じるのは中々無いイベントである。 何となく並んで歩き出して賑やかな空気と風景に身を浸す。 御曹司であろうともお嬢様であろうとも――それに慣れていようともいなくとも。祭りの夜は特別だ。 「ブラブラ見て回るのもいいし、遊んでもいいし、買い食いしてもいい。 但し、ナイフとフォークは出ないから――まぁ、その心算でな」 「……室長は私を何だと思っているんですか」 わざとらしいからかい文句に何時に無くたがが緩んだ彩花が少しだけ拗ねたように唇を尖らせている。 鉄壁なる堅牢を誇る彼女にしては大層珍しく――続いて口を突いた言葉もそれは同じであった。 「唐突な話なんですけれど、私って恋愛への憧れはあっても男性への憧れが無いんです」 「それで?」 「大抵の方は少し袖にするだけですぐ寄らなくなりますし……所詮はその程度のものか、と。 何て言うか、簡単にその気になれないと言うか。なるのがいいのかどうかも分かりませんしね」 やり難そうに、罰が悪そうに言う彩花は何となく傍らを歩く沙織の様子を伺った。 「それがいいのにね」と小さく呟いた彼はと言えば相変わらずの自信家をまるで隠す心算も無く、 「つまり、俺はお嬢様のお眼鏡に叶ってる訳だ」 『今現在、君がそこに居るから』の全く簡単な単純証明をしてみせた。 その言葉はかなり不遜である。負けず嫌いな彼女の対抗心を煽るに十分だった。 「……その点で言うと室長はとてもしつこい性格ですから。かなり鬱陶しい性格ですからね」 「まぁ、今日もいい時間を約束するよ」 「『今日は』頑張って下さいね?」 ニッコリ最高の笑顔で毒吐いた彩花はそんな言葉さえ喉で笑って紫煙を燻らせた沙織に小さく嘆息した。 割に掌の上で転がる――子供扱いされるという感覚は全く慣れないものである。 「……まあ、悪い気はしないんですけど」 漏れた――隣の性悪にさえ届かない程の小声は誰かに良く似た調子だった―― ●空の花 「花火! はーなーび――!! と、特等席どこなんですかね! どこが見やすいんですかね!! うおおおおお! 音が! 派手な音が聞こえますよ――!」 やたらにテンションの高いグラスクラフトの声を聞いて五月(メイ)とフラウは顔を見合わせあった。 特等席は『ここ』にある。近くの木をするすると登って枝に座って空を見ていた。 二人で縁日を巡り、たこ焼きは半分こ。 片手は常に開けておく――何時だって手を繋ぐ為の二人のルールである。 縁日をたっぷりと楽しんだその後に二人はこの場所に陣取ったのだ。 「黄色と黄緑色の混ざり合った花火はフラウみたいなのだ!」 瞳を星のように輝かせ、五月(めい)が言う。 「メイはモノを例えるのがホント上手いっすねー。 アッチにも花火……っと、メイの色見つけたっすよ。ほら、アッチ!」 「おお、オレの色なのだ!」 樹上で見上げる空は地上よりも近く感じた。 火薬の爆ぜる独特の音色を引いて今度は紫色に咲いた『花』にメイは屈託の無い歓声を上げていた。 「わぁ、花火おっきいー♪ この時期に花火なんて、何か得したカンジ♪」 「うむ。まだ虫もそれほど居ないから見やすくていいな。買ってきた菓子もまだあるぞ」 「わぁい」 真独楽とユーヌが『少女同士らしい』時間を過ごしている。 自身の手を引く真独楽の姿にユーヌはと言えば珍しいそんなやり取りが満更でもなく。表情が余り顔に出ないタイプではあるのだが、何処となく楽しそうな雰囲気を覗かせていた。 「たーまやーかーぎやー」 ユーヌの『棒読み』が打ち上がる花火を見送る。 三高平神社の――三高平の街のあちこちから臨む夜空は一時、刹那の幻想で人々の目を楽しませていた。 「夏の風物詩と聞いていたから、こんなに早く見る機会が来るなんて思わなかった……」 「こんなに花火って綺麗だったんだね……」 「チキュウはすごいなあ……!」 ラ・ル・カーナ出身のヘンリエッタ、ルナ、エウリス、エフェメラにはその光景は信じられない位のファンタジーにも見えたのかも知れない。 「空にお花が咲いたみたいっていうけど、本当に綺麗っ♪ ボトムの人ってすごいよねー。こんな綺麗なものを作っちゃうんだから! ボトムに来れて本当によかったって思うっ♪ これって……ラ・ル・カーナじゃ作れないのかな?」 首を傾げたエフェメラが思案顔をする。 「凄い! 凄い!」 「あれ、どうなってるのかな? あんなに凄いの、こんなに一杯……」 音に驚き、光に驚き。ルナがはしゃいだように指を差せば、エウリスは感心しきりといった風。 「色々まだ覚えないといけない事が多いわね。でも、今日はお祭りを覚えたわ」 「わ、あ……! また! すごい、おおきいね……!」 ルナ、彼女にコクコクと頷いたエウリスと目を丸くしてじっとそれを見つめる傍らのヘンリエッタ、 「見て、アレ、凄いぞ! キレーだな! すげー! 俺、花火作ってみたい!」 更には年相応に素直にはしゃぐ蒐の姿を見た伊月は微かに笑う。 「こんなのんびり祭りだの楽しんだ事は殆どねぇけど。キレーなもんもたまにはな。 ……楽しい気分、って奴は共有した方が良いだろ?」 普段は少し口の悪い彼の雰囲気もすっかり和らいでいた。 「色んな人と同じ景色を見てるって感動するな!」 「見えないなら言えよ、手くらい貸してやるから――」 「うぐ、まぁ……うん、でもそんな事無いからな!」 蒐の分かり易い反応に伊月が小さく肩を竦めた。 「こんばんは、伊月さん。いい夜ね……そう言えばケントさんは元気?」 「ああ?」 「べ、別に関係無いし。ちょっと聞いてみただけだし……」 「ヘンなヤツだな」 (……そもそも何で気まずいのよ。自分から来ておいて……意味分かんない!) 一団の所へ顔を出したのは以上、殆ど語るに落ちている――『複雑に分かり易い』イーゼリットである。 一方、『単純に分かり易い』彼女の妹はビルの屋上にはいぱー馬です号を運び上げ「なんと! はなびを見るのです!」している頃なのだが、まぁ。あんまりこういうの描写すると癖になるのではいスルー! 「――リベリスタさんたちと一緒に見る花火、素敵ですね!」 重要な事ははいぱー馬です号の是非ではなく、杏里がうるうると瞳を潤ませている方だ。美少女! 「はい、こちら一方通行でーす。お戻りはあちらの通路からお願いします! 花火を見られる方、テラス席は満席です。境内の方はまだ若干のスペースがありまーす!」 「はい、押さないで! 押さないで! 宜しくご協力お願いします!」 快や守の奮戦虚しく、神社はいよいよ人だかりで込み合っている。 「花火が見えそうな場所は人多いんスよね……」 「はぐれないようにしないといけませんからね」 そんな風に言った凛子を振り返ったリルが少しだけ得意気に『男の子らしい所』を見せた。 「はぐれないッスよ。リルが手握ってるッスから!」 「リルさんと一緒に見る花火、何だか楽しみですね」 柔らかく笑って言った凛子に胸を張った少年の顔に朱が差した。 (楽団戦を乗り越えて、守りきったこの街で――こうして祭りを楽しんで、花火を見る事ができている) 神社の片隅に足を伸ばして座る。空を見上げて琥珀は思う。 「……こんな人生、悪くないかもな」 呟いた彼の横に「あの、隣いいですか?」と声を掛けた少女が居た。 少しの驚きを見せた琥珀が視線をやれば、そこには一人を持て余した鏡花が居た。 「綺麗ですよね、とっても」 「……そうだな」 「わぁ……すごい……」 互いの言葉は極自然に漏れたもの。少し面食らった琥珀だったが、これも祭りの夜の一期一会である。 祭りの日のクライマックスに相応しく――怒涛のように上がる花火は色とりどりの光で夜闇を照らしている。 (少しうるさいけど、来てよかったなあ……) 鏡華は賑やかしくも美しい祭りの華に目を細める。 「忙しくても、落ち込んでても、花火の音が聞こえたら見に行かずにはいられないのよね」 「今日は彼は居ないけど」と肩をすくめた祥子がそれでも気を取り直してこの夜に浸っている。 (遠くからのんびり眺めるのもいいけど。やっぱり近くで、下から見上げるのがいいわね。 花火の音が、体にビリビリ響いて心地いい。奥地さんは……あれ、あれはデートかな?) 花火を眺める祥子の視線の先に居る数史(職業・魔法使い)はと言えば…… 「奥地様、本当に素敵なお祭りでございますね?」 「ああ、本当に見事な花火だ」 「僕、こうして隣に居れるだけで幸せでございますから……ね、とても良い夜ですね?」 「あ、ああ……そうだな。こうして優しい人達との縁に恵まれて……俺は幸せ者だと思うぞ」 傍らにぴとっと座って専ら花火より彼の横顔を見つめている永遠にしどろもどろになっているではないか。 「お、やっぱりいたいたー。奥地さーん!」 向こうからブンブンと手を振るユウが近付いてくる。 「お、おお! ユウじゃないか! 奇遇だな!! 一緒にどうだ!!!」 「いやー、全屋台を制覇しようかと思ったんですけど、花火って事ですからねー♪ 初めて見たのは、国に居た時だったか、こっちに来てからだったか。 どかーんと爆発してるトコに飛んで行きたくなりましたよ。楽しそうで!」 「そうだよな! 花火最高!」 これぞ幸い、渡りに船と大仰なオーバーアクションで彼女に応える数史を隣の永遠がクスリと笑う。 ――空を見上げる人々の事情も関係も様々だ。 「貴女の事を――色々知りたいと思っているのです」 「珍しくリードしますのね?」 肩を抱く亘の手を振り払う事はせず、その程度は任せたまま―― 気まぐれな猫のような表情を見せたクラリスに彼はやはり冗談めかして「すみません」と笑った。 「花火も盛り上がってきますし――そちらを楽しみましょうか」 神社の石段に腰掛けて空を見上げるクラリスと亘、 (それにしても宮部乃宮さん、なんだか誘った時の乗り方が素直になってきた気がしますねえ。 着実に好感度上がってきたのでしょうか……それともある種の諦めなのか……) 「…? どうかしたか? 便所でも行きてぇのか?」 「もう! 宮部乃宮さん、デリカシーが足りませんよう!」 鈍い火車と林檎飴を片手に彼に抗議した黎子のような曖昧な『未満』も――それ以上の恋人同士にも。花火を見上げ、花火に見下ろされる今夜は――似合いの時間である。 (私の想いは伝えてある。私の事を好きだという想いも、感じてる。 でも、受け入れてくれない。理由もなんとなくわかっているけれど、納得はできなくて。 そして、どうすれば良いのかわからない……子供だな、私は) 少しの苦味と、少しのやるせなさとを込めて夜鷹の横顔を見つめたレイチェルが噛み付くように彼の頬にキスをした。 「……!?」 驚いた顔を見せた夜鷹は咳払いをしてレイチェルの頭に手を置いた。 「レイ、お、落ち着け……」 「どちらかと言えば夜鷹さんが落ち着くべきだと思いますけど」 至極冷静なレイチェルはしてやったとばかりに舌を出した。 いや、前言を撤回しよう。『至極冷静に努めている』レイチェルの顔は夜闇と褐色の肌に隠れてはいたけれど――赤く染まっている。これは乙女心の回転力からして、冷静からは程遠い。 (……俺、マジで耐えられる自身が無いんだけど。いや、しかし……レイはまだ子供だ) ふと脳裏を過ぎった『本音』は――花火の音が心を揺らしたから零れたものなのだろうか? 「こういう祭りと言ったら、花火だよな。そういえば、去年も一緒に花火見に行ったっけか」 「花火、行きましたね。あれも夜でした……後は河川敷で線香花火、とか」 境内には花火を見るに絶好のロケーションが用意されていた。 用意された席に並んで座るのは猛とリセリアの二人である。 「やっぱ、こういう雰囲気は好きだな。わくわくする、って言うかさ。リセリアは?」 「わくわくします。私も好きです、こういうのは――」 二人がやり取りを重ねる間にもひゅるひゅると音が響き轟音と共に夜空に大きな花が咲く。 何度見ても悪くない――揃って眺めれば格別な光景に二人の口元は自然に緩んでいた。 「これからも宜しくな、リセリア」 「私こそ。宜しくお願いします、猛さん」 肩を抱き寄せられ、自然に体重を預け。少し肌寒い位の気温にはその温もりが心地良い。 一瞬だけ瞑目したリセリアの瞼の裏に弾けた花火の残像が踊っている。 「納涼というには早すぎるけど、何だかこういうのも良いわね。 何だかそっちまで浴衣を着てくれるなんて――ちょっと嬉しい誤算だったし」 「ああ、珍しく積極的に誘って貰ったら、な。 ミメイの浴衣を見れるなら――俺もというのは合理的な要求ではある。 何、着慣れてはいないが構造解析は済んでいる。様になっているだろう?」 「……そうね。いや、言ってみるもんね」 少し気恥ずかしそうにした未明を抱き寄せるオーウェンの手は優しい。 「花火嫌いじゃないなら、今度うちの庭でもやってみよっか――」 寄り添って空を見つめるシルエットの持ち主は素晴らしく長い手足を浴衣に包み一時を満喫していた。 「花火を眺めてると、そうだね。自分に起きた全ての事が夢の様に思える」 空の光に照らされて一瞬浮かび上がったミカサの横顔をじっと眺めて響希は小さく首を傾げた。 「どうして?」と尋ねれば「幸せ過ぎるから」何て言葉が返る。 「このまま『普通』の日が続けば良いのに、なんて。寝ぼけた事を口にしたくなる位に、今日は幸せだ」 二度目、それを口にしたミカサに響希は少し早口で誤魔化すように呟くのだ。 「そんなの、あのね、あたしも――あたしだって、今すごく幸せよ。 こんな風に一緒に出掛けられるのは素敵な事だわ。普通の全部が嬉しくて、その…… ……だからもう少しだけ、ううん、いっぱい。一緒に居て頂戴ね」 花火が次々と打ち上がる。 『しこたま』用意された三高平の大花火大会はまだ終わる気配は無く。 ゆっくりと流れる時間を望んだ相手と過ごす事を望んだそあらはうっとりと体重を傍らに預け、空を眺めていた。 (今年一番初めの花火。素敵な花火の時間はさおりんと二人っきりでロマンチックに…… 何だかふわふわして、何だかとても幸せな気分なのです……) 時折耳元で囁く沙織にそあらは時にむくれ、時に顔を赤くする。 「……神様が見てるですから変な事したらダメなのです。バチが当たるですよ?」 額を軽く小突かれて涙目。 「さおりんに貰った髪飾りどうです? 似合うです?」 浴衣に合わせてつけてきたプレゼントに――沙織は「花火よりは興味ある」と冗句めいた。 「さおりんにぴったりくっついて暖をとるのです。さおりんも暖かいです?」 「ああ」 「花火綺麗ですねぇ」 「……ああ」 「さおりんとこうして一緒に過ごせる時間が幸せなのです――」 光の大輪を見つめるそあらの髪を沙織の指先がくるりと巻いた。 ●お祭りは来年も? 「……やあ、綺麗ですね」 鵺のように掴み所の無いうさぎが至極単純な感想を漏らしていた。 「ファインダー越しの花火も風情がありますか?」 「まーね。取材。これ、三高平便りに載せんの」 「人とワイワイ騒いで喋りつつ見るのも楽しいですけど、ただ見上げて堪能するのも中々贅沢で乙なものです」 何時に無く真面目にカメラを構える七緒を傍目にうさぎは言った。 「……何となく、またぞろどっかの白黒小僧が三方を花に囲まれてハーレムかましてる気がするんですけど、まあ今は気にしないでおきましょう。今は。それにしても、うん、良い物です、花火は」 三高平の街を見下ろす高台は、日頃の駄目っぷりも嘘のように『プロ』の顔を見せる七緒が見つけたロケーションである。撮影に相応しいという事は見るにも最高という事だ。嗅ぎ付けたうさぎの嗅覚も確かに凄い。 「何だか、いいですよねぇ……」 「そーねぇ。浴衣にはちと早い季節なのが、残念っちゃ残念よねぇ。着てる人もいるみたいだけど」 しみじみ言ったうさぎに半分気の無い答えが返る。 「……あー、いい夜だね」 七緒はカメラから一瞬視線を外して、裸眼で赤く散る星を見た。 「いい夜だ」 屈託無く笑った彼女にうさぎが似たような顔で頷いて――祭りの夜は更けていく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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