● さて、どうしたものかな――。 考え込む『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)の前には、神秘の悪戯で革醒してしまった缶ビールが並んでいる。 彼が『万華鏡』で感知し、アーク職員によって回収されたものだ。 当然、一般人の口に入ったら大変なことになるので、ここで処分せねばならない。 いざとなれば、自分一人でも消費できる量である。本来、酒には強い方だ。 これまで酒を断っていたのは、家計の事情と、何より精神的な理由によるところが大きい。 もうそろそろ、自らに対する禁酒令は解いても良い気がする。 有難いことに、アークに来てから旨い酒を呑む機会に何度か恵まれた。今なら、安易に酒に逃げるような真似はしでかさないと思う。 「よし、決めた」 そう口にして、彼は諸々の手配を始める。 どうせなら、酒は大勢で呑んだ方が楽しい筈だ。 ● 「――そんなわけで、皆で呑まないか」 ブリーフィングルームにリベリスタ達を集めた後、数史は話を切り出した。 要は、革醒した缶ビールの処理を口実にした宴会ということらしい。 件の缶ビールだけでは流石に足りないので、定番の酒やおつまみ類などは用意されている。もちろん、持ち込みも歓迎だ。 「未成年に酒は呑ませられないけど、ソフトドリンクとか菓子もあるから飲み食いには困らないと思うよ」 日本全国で『楽団』が猛威を振るい、フィクサード主流七派も何かと不穏な動きを見せている今だからこそ。たまには、酒を呑んで騒ぐことも必要だろう。 「……ま、何だかんだ理由つけて俺が呑みたいだけなんだけどな」 頭を掻きつつ、黒髪黒翼のフォーチュナはリベリスタ達を見る。 「一人で呑むのも味気ないし、付き合ってもらえると有難い。どうかな」 そう言って、彼は笑った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月06日(水)23:00 |
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● 貸し切られた一室は、宴の準備をするリベリスタ達の活気に満ちていた。 革醒した缶ビールの処分を名目に、酒を飲んで騒ごうという趣旨の集まりである。 酒好きにとっては飲み代を経費で落とせるまたとない好機なのだが、この場には『酒を飲んだこともなければ、最近まで存在すら知らなかった』者も少なくない。 先日、アークに加わった上位世界の住人――フュリエたちだ。 「宴会、宴会! なんだか楽しそうだね!」 期待に胸を膨らませるファルティナに、エフェメラが弾んだ口調で声を重ねる。 「おっさけー、おっさけー♪ お酒ってどんな感じなのかなー♪」 生来、フュリエが口にするのは果物と木の実、水くらいだ。 美味だとか、度を越せば毒になるとか、語る者によってまったく別の印象を与える『酒』というものに対し、興味は尽きない。 「何事も経験だよね。新しい事を皆に教えれば喜ぶしさ」 そう言って、カメリアは周囲に視線を巡らせる。 ラ・ル・カーナで戦った高名なリベリスタを何人も見つけ、思わず感嘆の吐息が漏れた。 アークの一員になったからには、自分も頑張らなくては。 今は、彼らと一緒に楽しむのが先だけれど――。 「酒! ビール! 飲むぞオラアアアア!」 全員に飲み物が渡ったタイミングで、隆明が叫ぶ。 既にテンションは最高潮だが、タダ酒と聞いて彼が黙っていられる筈もない。 「乾ッ杯だあああああ!」 歓声とともに、グラスを打ち鳴らす音が響く。 ――さあ、宴の始まりだ。 ● 「日本酒もいいですけど、ビールもいいですね~」 早速ビールで喉を潤しつつ、小夜が表情を綻ばせる。 巫女として神社に勤めているため御神酒を頂く機会は多いものの、ビールや洋酒を口にすることは滅多にない。折角なので、今日は心ゆくまで楽しみたいところだ。 その傍らでは、炙ったスルメを肴にビールを呑む彩歌の姿。 可憐な少女にしか見えない彩歌も、実は安酒飲みという一面があったりする。ビールが無ければ、発泡酒でもそれはそれで良い。 噛めば噛むほどに味が出るスルメの歯ごたえを堪能しながら、しみじみと思う。 ――スルメはいい。ふにゃふにゃしないから。 しばらく皆に肴を振舞っていた与作も、ようやく腰を落ち着けて自分のグラスを手に取った。 「さ、それじゃあ俺も頂こう」 たまには、こうやって贅沢に呑むのも悪くない。 まずは、革醒したビールと普通のビールを飲み比べようか。 風味に違いがあるのかどうか、自分の舌で確かめてみるのも面白いだろう。 「飲むぞぉ―――!」 上機嫌で叫ぶ御龍の前には、共に卓を囲むエナーシアとウラジミール。 酒はもちろん、煙草と灰皿を手元に置いて準備は完璧。 エナーシアが通りがかった幹事に「お招きありがとうね」と告げれば、数史は「楽しんでもらえれば幸い」と笑った。 「同じビールでも随分趣は変わるものよねぇ」 昨年の秋、山梨でドイツビールの祭りに参加したことがあるが、所変われば雰囲気も違って感じられる。 ウラジミールが視線を巡らせると、裏方として忙しく動き回る快が見えた。 宴が落ち着く頃には、彼も交えて酒杯を傾けられるだろうか。 「せっかくだからいつもの持ってきたのだわ」 そう言ってエナーシアが取り出したのは、定番のコロナビールと櫛形に切ったライム。肴は、ライムにも良く合う竜田揚げである。 「自分は故郷のつまみを勧めるとしよう」 卓にキシュカとブリヌイを並べたウラジミールが、ロシアの大手メーカーのビールを添えた。 「これも、自分にとっては懐かしい味というところだ」 ロシヤーネがビールで『酔う』ことは少ないが、決して飲まないわけではない。 このような時期であるから、息抜きとして軽く楽しむのも良いだろう。 「やっぱり宴会はこうでなきゃねぇ」 ずらり揃った酒と肴を眺め、御龍が口の端を持ち上げる。 一人で静かに呑むのも好きだが、大勢で呑む酒はまた別の味わいがある。 「そうだエナさん、何か宴会芸とかしてよぉ!」 ハイペースで酒を胃袋に収めつつ、御龍はけらけらと笑った。 別の一角では、こんな騒動も。 「けちー、いいじゃないのよー」 未成年であることを理由に飲酒を止められた蜜帆が、数史に食ってかかる。 「なによ! せっかく来たってのに! 子供用のビールとかあるでしょ! これだってそういうのじゃないの!?」 「違うの。ジュースで我慢しなさい」 頑として首を縦に振らないフォーチュナに腹を立て、蜜帆はその場にどっかりと座った。 「いいわよいいわよ、隅でスルメでも齧ってろってんでしょ知ってるわよ! こうなったらヤケ食いしてやるわ!」 ソフトドリンクの瓶をひっ掴み、皿に適当な料理を取って食べ始める。 ややあって、彼女の動きが止まった。 「……やだ、このおつまみ美味しい」 絶妙な塩加減は、ついついご飯が欲しくなる。 一方、鷲祐は正しいビールの飲み方を指南。 「いいか、目の前にビールがある。これを……」 ――プシュッ(1.まず缶を開け) ――ごっきゅごっきゅごっきゅ(2.喉越しを楽しみ) ――プハー(3.爽快に一息) 「……繰り返そう。年食った子どもたちよ」 はい、ありがとうございます。 ビールと鷲祐の顔を見比べつつ、チャノが控えめに口を開いた。 「……本当に飲んでも大丈夫なのですか?」 お手本を見せてもらったものの、初めての『酒』にはやはり不安を隠せない。 とにかく飲めば分かると、エフェメラがビールを手に取った。 幼い容姿の彼女だが、ボトム・チャンネルの基準ではれっきとした成人である。 「んっ……」 ビールを口に含み、直後に咳き込む。 「なにこれ、にがーい!! 全然美味しくないよー!」 抗議の声を上げる彼女を見て、快が白ワインのボトルを手に取った。 アークの酒護神・新田酒店は今回も気合を入れての参戦である。 生ビールのサーバーに、清酒「三高平」の生酒。さらには各種カクテルの材料を揃えて即席のバーカウンターとは恐れ入る。まあ、最終的にはアークに請求書が届くわけだが。 ――閑話休題。 「これはどんなのー? 苦くない? 甘い?」 グラスに注がれた白ワインを眺め、そっと一口。 「あっ、これ美味しいっ♪」 口当たりの良さに、エフェメラが表情を輝かせる。 その隣では、勇気を振り絞ったカメリアが快にお勧めを訊いていた。 (……うう、緊張する) 硬い表情の彼女に、快が軽めのカクテルを作って手渡す。 「初めてでも飲みやすいと思うよ」 礼を言った後、カメリアはグラスに恐る恐る口をつけた。 それを見たチャノが、とうとう意を決する。 皆が楽しそうに飲んでいるものが、有害である筈がない。そう信じて。 「ビール、いただきます」 礼儀正しく両手を合わせ、先に見た通りにぐいっとビールを煽る。 こちらの世界について情報交換をしようと言うカメリアと酒杯を傾けるうち、チャノを未知の感覚が襲った。 「う、わ、なんだかくらくらします」 火照る頬に触れ、カメリアに視線を向ける。 カクテルグラスを空にした姉妹もまた、自分と同じ気分に陥っているようで。 「なんかふわふわして、眠くなって、きた……」 ぱたりと突っ伏すカメリアの向こうに、ワインの飲みすぎでよろめくエフェメラが見えた。 「これが……酔っぱらい……!」 感動しつつ、初めて経験する『酔い』を味わう。この不自由な感覚は、エル・レイの衝撃よりも強力かもしれない。 同じ頃、ケイティーは枝豆と向かい合う。 酒に詳しい快がビールのつまみにお勧めだと言うので、皿に取ってみたのだが。 「でも毛ぇ生えてるっすよ、これ食えるんっすか」 怪訝な顔をする彼女に、近くにいたリベリスタが枝豆の食べ方を教える。 食べるのは中身だと聞き、ケイティーもようやく納得。 見よう見まねで枝豆の鞘を押してみると、飛び出した豆が彼女の額をぺちんと直撃した。 「……まじ解せねぇっす」 僅かに眉を寄せ、鮮やかな黄緑色の枝豆としばし格闘。 少し慣れると、リズミカルに口に飛び込む感覚が面白くなった。しかも美味い。 「うめぇ、エダマメうめぇ」 そう言いつつ、枝豆をおかわり。枝豆のつまみがビールといった風情だが、缶は大分軽くなっている。 近くには、宴の喧騒を耳にしながら酒杯を傾けるシビリズの姿もあった。 「……ふむ。これは中々旨いな。実に宜しい」 鷹揚に頷く彼の手には、件の革醒ビール。ドイツ人にとって、ビールは馴染み深い酒だ。 と言っても、祖国ではそこまで頻繁に口にしていたわけでもないのだが――懐かしさとともに、幾許かの縁を感じずにはいられない。 好物のチーズを肴に酒を呑み、談笑する戦友たちを眺める。 微かな笑みが、その面に浮かんだ。 このような宴席では、雰囲気を楽しむことが肝要―― 潰れぬ程度に酒を嗜み、緩やかに、穏やかに過ごすとしよう。 「やあ、初めまして。お邪魔しているよ」 ヘンリエッタに声をかけられ、幹事として動き回っていた数史が足を止める。 楽しんでるか、と言うフォーチュナに、フュリエの少女は頷きを返した。 「この世界にはまだ知らない事が沢山あって、何もかもが興味深い。 20歳にならないと飲めないそうだから、オレはこれだけど」 ソフトドリンクのグラスを掲げる彼女に、「もう暫くの辛抱だな」と数史。 ヘンリエッタの赤い瞳が、宴に盛り上がるリベリスタ達を見た。 「さけの効果は凄いね。みんな楽しそうだ」 眺めているだけで、フュリエばかりか全員の気持ちが伝わるようで。 ついつい、自分も加わりたくなってしまう。 「あと三年経ったら、また付き合ってくれるかい?」 彼女の問いに、数史は笑って答えた。 「――俺で良ければ、喜んで」 その直後、鷲祐の声が響く。 「さぁ、食事の準備だ野郎共!!」 そもそも、本来の目的はタダ飯を食うことだ。 財産の殆どを失った身にとって『アークの経費』という単語は魅力的過ぎる。 二つ名に恥じぬ神速で、寿司屋に電話。 「この、十人前の松? これを70」 待って。経費で落ちるのは『常識の範囲内』って言いましたよね? 10人前×70=700人前ですよ? 「だから俺の常識の範囲で」 やめて! この場の全員が、貴方のように大食漢じゃないのよ!? 「とにかくだ、自分で食う分だけ頼め」 数史にストップをかけられ、渋々引き下がる鷲祐。 大丈夫、この場にも料理人はいる。 腕を錆び付かせまいとおつまみ作りに勤しんでいた桐が、騒ぎを聞きつけやって来た。 「リクエストがあれば作りますよ?」 彼に幾つか料理を注文した後、鷲祐は快のもとへ。 「デュンケルください。支払いは時村へ」 ――これは極端な例としても、今回の催しを有難く思っているのは鷲祐だけではない。 各種取り揃えられた酒類を眺め、さざみが呟いた。 「色々な種類があって、どれにしようか悩むわね……まあ、呑めるなら一緒かしら」 端から手に取り、拘りなく胃袋に収めていく。 瓶を空にするペースは速いが、一向に潰れる気配はない。楽しく呑むのが、彼女のモットーだ。 「空いたお皿、お下げ致しますね」 枝豆を食べ終えて空になった皿を、リコルがすかさず片付ける。 メイドが本職とあって、てきぱきとした動きは見ていて小気味良い。 「はい、これもどうぞ」 完成した料理を配って回っていた桐が、さざみの前に厚焼き卵とシーザーサラダの皿を置いた。 二人に礼を告げ、さざみは届いた料理を味わう。 桐が腕を存分に振るったそれは、文句無しに美味しかった。 「タダで飲んで、食べられるなんて、今日はいい日ね――」 しみじみと言って、酒杯を傾けるさざみ。 その隣では、喜平がタダ酒を満喫しまくっていた。 もぐもぐとおつまみを食しては酒で流し込み、ひたすらその繰り返しである。 「せかいへいわおいしいです」 誰に憚ることなく、ハイパー自堕落モード発動中。たまには良いと思いますよ? 注文が一段落した後、桐はノンアルコールカクテルのグラスを手に席についた。 酒は飲めなくとも、宴の雰囲気は楽しめるだろう。 とはいえ、卓のおつまみの残量をつい気にしてしまうのだが……。 諸々の騒ぎが落ち着いたのを見て、数史がやれやれ、と息を吐く。 そこに、ベルカが缶ビールを手にやって来た。 「お邪魔しております。先だっての雪の日にはお世話になりまして……」 ぺこりと頭を下げる彼女に、「あれから風邪引かなかったか」と笑う数史。彼が酒豪であるとは、人はなかなか読めないものだ。 缶ビールを手渡しつつ、ベルカはそうそう、と話を切り出す。 「私の故国では、こういう場で『何かの為に』乾杯するのだそうですよ」 そう語る彼女の瞳が、ふと遠くを見つめた。祖国のことを伝聞として語るのは、日本暮らしが長いゆえか。 「じゃあ、何で乾杯しようか」 少し考えた後、ベルカは缶ビールを持ち上げる。 「――アークの勝利と、同志奥地の頼れる『目』の為に!」 驚きの表情を浮かべる数史の前で、彼女は乾杯、と声を響かせた。 缶やグラスを打ち鳴らす音が、後に続く。 「っし、カンパーイ!」 宴が始まってから何度目かの乾杯を交わした十夜が、グラスの中身を煽った。 実のところ酒にはさほど明るくないが、こういった集まりは騒ぐ口実に困らないので良い。 それに、初めて会ったメンバーと交友を深めるのも面白いものだ。 缶ビールを直に飲み干したベルカが、快を見て「あ、新田酒店だ♪」と声を弾ませる。 おつまみと酒のお代わりを貰いに行った彼女について、十夜もそこに向かった。 食べ物について選り好みはしないが、美味いに越したことはない。酒の肴は、詳しい者に訊くのが間違いないだろう。 二人を見送った数史が缶ビールを空にした頃、烏が彼に声をかけた。 「――旨い酒を皆と呑む。良いもんだよな」 いつもは戦いの中でも紫煙を絶やさない彼だが、ここでは一本も吸っていない。未成年や非喫煙者に配慮してのことである。 烏が差し入れの日本酒を勧めると、数史は「いただきます」とグラスを手に取った。 「奥地君は今日はありがとね」 「こちらこそ。俺が呑みたかっただけなんで、付き合ってもらって感謝してますよ」 肴は鯖の冷燻に帆立の貝ひも、そしていかわさ。 酒に良く合ういかわさの辛みと旨みに、数史が感嘆の声を漏らす。 「おじさんが呑兵衛に開眼した一品でもあるんでね。 是非、奥地君にも味わって貰いたくて取り寄せたんだわ」 「ご馳走様です。……しかし酒進みますねこれ」 「食に酔い、酒に酔い、友との語らいに酔う。これまさに快なりってな」 「いいですね」 暫く酒を酌み交わしていると、亘が姿を見せた。 「奥地さん、宜しければご一緒していいですか?」 どうぞ、という声を聞き、隣に腰を下ろす。 「あ、グラス空ですね」 亘が酒瓶を手に取ると、数史は恭しくそれを受けた。 「たまには飲みたい時ってありますよね」 ニンニクをきかせたお手製の焼き鳥を振舞いつつ、声をかける。 何度か顔を合わせたことはあるが、こうやって話すのは初めてだ。 「特にこういう時はな。……あ、ジュースでいいか?」 「はい、今日はカロリーなんて知りません!」 十代の少年らしからぬ言葉に、思わず噴き出す数史。 少し空気が和んだところで、亘は彼に問いかけた。 「このお仕事、辛くないですか」 愚痴の一つでも聞いて、何かとストレスを抱えるフォーチュナの気を楽にできたら。 そんな彼に、数史は「そりゃあね」と答える。 「――でも、生きて戻ってくれればそれでいい」 そう言って、黒髪黒翼のフォーチュナは微笑った。 ● 「いやあアーク様々だ、好きなだけ飲めるって良いね」 図書館の面々で同じ卓を囲み、ルヴィアが笑う。 アークの奢りで酒が呑めると聞いて、彼女が足を運ばない理由は無かった。 会場を見渡した櫻霞が、人数が多いな――と呟く。知った顔に加えて、フュリエ達の姿も多く見られる。まあ、たまには大勢で騒ぐのも悪くないだろう。 「赤ワインと、おつまみに野菜スティックを持ってきましたわ♪」 いそいそと酒や料理のセッティングを進めていた櫻子が、はたと手を止めた。 「あ、ルヴィちゃんと杏子は一緒にお酒を飲んだことが無いような……?」 小首を傾げる彼女の前で、杏子が持参したウィスキーで二人分のオン・ザ・ロックを作る。 「どうぞ? 確か、お酒は強かったですよね?」 そのうち一杯をルヴィアに手渡すと、彼女は不敵に笑った。 「伊達に80年は生きてねーさ、この程度なら余裕だね」 姉の視線に気付き、杏子はウィスキーの瓶を手元に寄せる。 「あ……櫻子お姉様はコレ、飲んじゃダメですよ?」 櫻子が自分と櫻霞のグラスにワインを注いだ後、四人で乾杯。 ウィスキーのオン・ザ・ロックを愉しみつつ、杏子はふとルヴィアの尻尾に目を留めた。 真っ白な毛皮に包まれたそれは、意外なほどふっさりしている。 「……あら、結構お手入れなさってるんですねぇ」 「んぁ? ああ、アンタんとこのねーさんにやられたんだわ」 早くもグラスを空けたルヴィアが、ビーフジャーキーを齧りながら答えた。 「別に必要無いって言ってんだけど、聞かなくてなぁ」 「櫻子お姉様、言い出したら聞きませんものね……」 苦笑を返しつつ、杏子はもふもふの手触りをこっそり堪能。 その間にも、ルヴィアはビールだワインだとハイペースで呑んでいた。 対照的にワインをちびちびと味わう櫻子の傍らで、櫻霞がグラスを傾けて呟く。 「……あの調子だ、ザルなんだろうな」 酒の耐性があるに越したことはないが、些か行き過ぎではないだろうか。 いつの間にか櫻子の隣に来ていたルヴィアが、さりげなく彼女の腕を引いた。 「もちっと強くなっとけ、損はねーからよ」 頭を撫でられ、櫻子が手の中のワイングラスを見つめる。 「うーん……じゃあ、一気に~……」 そう言って、彼女は思い切ってワインを喉に流し込み―― 「飲み方を変えないからすぐ酔うのさ」 結果、ふにゃーと酔っ払ってルヴィアに撫で回される事態に。 五杯目のワインを飲み干した櫻霞が、見かねて櫻子を取り戻した。 「……そろそろ返せ、これは俺のだ」 「あらあら、ヤキモチですか?」 杏子がうっすら笑みを零すと、櫻子は櫻霞の腕に頬擦りして。 「ふにゃぅ♪ 櫻子は櫻霞様のですから大丈夫なのですぅ」 その様子に苦笑しながら、櫻霞は彼女の頭をそっと撫でる。 「弱すぎるというの問題だな、毎度の事ながら」 「ふふっ、櫻霞様だーいすきですぅ♪」 輝くような笑顔で、櫻子は恋人に身を委ねた。 至る所で酒が振舞われる中、未だ一滴も口にしていないフュリエが二人。 「お酒ってなんか変わった匂いだよねぇ……」 リリスの言葉に、ルナが頷く。 「でも、皆の飲みっぷりからしたら美味しいのかな? ……って、リリスちゃん大丈夫!?」 隣でリリスが軽くよろけたのを見て、ルナは咄嗟に彼女を支えた。 酒の匂いに当てられたらしいが、一足先に酔っ払ったフュリエ達と同調したのかもしれない。 「まぁ、見てるだけもなんだしぃ……リリスも何か飲んでみようかなぁ……」 立ち直ったリリスの一声で、二人は初めての酒を取りに向かう。 「ふーん、お酒はお酒でも何だか一杯あるんだねー」 缶ビールを選ぶルナの隣で、リリスがワインの瓶を手に取った。葡萄が原料ということで興味を惹かれたらしい。 互いのグラスに酒を注ぎ、周りの作法に倣って乾杯。 「「カンパーイっ!」」 一口飲んだところで、二人の表情が変わった。 「んぐっ、に……苦っ!?」 「~っ!? なんかこれ、リリスの知ってる葡萄じゃない!」 危うく混乱しかけたものの、気を落ち着かせてもう一口。 「んー……こういう味だって思えば飲みやすいかな……?」 リリスが次第に慣れていく一方、ルナはジュースで口直し。 「飲めなくはないけど、コッチの方が私は好き!」 いつの間にか瓶を空にしたリリスが床に転がったのを見て、ルナがあれ、と声を上げる。 「もう、こんなトコで眠ったら風邪引いちゃうのにっ」 心地良さそうに寝息を立てるリリスに、彼女は毛布をかけてやった。 御機嫌よう、の声に振り向けば、夜色の髪の少女。 お菓子の時以来かしら、と微笑む羽衣に、数史は久しぶり、と挨拶を返す。 気のせいか、向かい側にいた烏が遠い目をしたような。 「羽衣、実はお酒が飲める歳なの! だから、お酌? しようと思って。良い?」 いただきます、と数史が頭を下げると、羽衣はふわりと座った。 「えへへ、羽衣はねー、甘いお酒が好きなの。数史はどんなのが好き?」 「割と何でも呑むよ。甘めのも嫌いじゃないし、その時の気分かな」 彼の選んだ酒をグラスに注いだ後、ごそごそと自分の鞄を探る羽衣。 数史が軽く首を傾げた時、祥子がハッピーバースデーの曲を歌い始めた。 シンプルなメロディーを一緒に口ずさみつつ、十夜は遠い記憶に思いを馳せる。 (――懐かしいな) 子供の頃はよく歌ったが、大人になってからはめっきり機会がなかった。 だからといって、この手のものは簡単に忘れはしないが―― 「あれ、誰か誕生日?」 今日は何日だったかと考え、途端にはっとする数史。 さざみが、そこに声を重ねた。 「ハッピーバースデー、フォーチュナさん」 柄ではないが、この場を提供した彼への感謝を兼ねて歌うくらいはしてもいい。 「あ、数史さん誕生日だったの。おめでとう?」 祝いの言葉を口にする彩歌に、数史はいたくバツの悪そうな表情を向ける。 「……いや、その」 突撃した隆明が、彼の肩を叩いた。 「おめでとさん! ……なんだ、自分の誕生日も忘れてたのか?」 ビールを数史のグラスに注いで、陽気に笑う隆明。 「へへへ、たまにゃいいだろ? 存分に呑もうじゃねぇか!」 二人が同時にビールを飲み干すのを見て、蜜帆が酒瓶を軽く持ち上げた。 「プレゼント持ってこなかったけど、お酒くらいはついであげるわよ?」 ありがとう、と言って数史がグラスを差し出した時、エーデルワイスが含み笑いを漏らした。 「仕方ない中年ですねぇ。ホントは祝ってほしいんでしょ? わざわざ遠まわしにアピールしちゃって、このこのー」 「……」 脇腹を突付かれ、数史は困り顔。 本当に忘れていたのだが、うっかり『この日』に宴会を設定してしまった以上、言い訳はできまい。 小ぶりのホールケーキを抱えた祥子が、ゆっくりと歩み寄る。お祝いにハッピーバースデーの曲を歌おうと、皆に提案したのは彼女だった。 覚えたてのメロディに真心を込めて、ヘンリエッタが歌声を重ねる。 歌が終わると、祥子が数史にロウソクを吹き消すよう促した。年齢の数だけ立てるのは流石に無理があるので、十の位の三本。 「宴に紛れてしまっているけど、誕生日がめでたい事はオレでも知っているよ。 数史さん、誕生日おめでとう」 祝辞を述べるヘンリエッタと、祥子を交互に見て、フォーチュナは頭を掻く。 「ありがとう。……何だか照れるな、こういうのは」 彼がロウソクを吹き消すと、終が拍手。 「数史さん! 数史さん! お誕生日おめでとー☆ こっちのケーキにも入刀お願いしまーす☆」 ――へ? 入刀? 視線を向ければ、終が腕によりをかけた果物たっぷりバースデーケーキ。 後で皆に賄う事を前提としているため、もはやウェディングケーキの大きさに近い。 「ささ、どうぞ☆」 可愛くデコったナイフを手渡され、数史がうろたえる。 「……あのさ、一人でやんの、これ?」 独り身でケーキ入刀って、物凄い試練ですよね。 そこのエーデルワイスさんとか、指差して笑ってるし。 「気にしない☆ おめでたい席なんだから無礼講☆」 ああ、終の笑顔が眩しい。 彼の誠意を裏切ってはならぬと、男は覚悟を決める。 「おめでとー☆」 ケーキ入刀。ぱちぱちぱち。 微笑んでそれを見守っていた羽衣が、数史に持参の包みを手渡す。 「はい、プレゼント! 羽衣、マカロンを作ってきたのよ」 中身はチョコにバニラ、そして苺。仕事で疲れた時には、甘いものが一番だから。 後に続いた桐が、グラスを器に作ったワインゼリーに花を一輪添えて差し出す。 「ハッピーバースデイです、お酒を使ったものがいいかなと思いまして」 花は石楠花――2月20日の誕生花。 「お誕生日おめでとう、数史。貴方の一年が、幸せなものでありますように」 「おめでとうございます!」 羽衣の祝辞に、リコルが拍手を重ねる。 この優しく温かな空気こそ、アークという組織を支える根であるのだろう。 それがある限り、箱舟が沈むことなど決して無いと――彼女は強く信じていた。 「……ありがとう」 感極まった様子で俯いた後、一人一人の顔を見て礼を言う数史。 両手いっぱいに料理を抱えたニニギアが、彼に歩み寄った。 「数史さん、お誕生日おめでとう。 ありがとうの気持ちを込めて、おつまみ持ってきたわ」 てんこもり過ぎる量に目を丸くする数史に、ニニギアはにこにこ笑顔。 「お酒は足りてるわね。飲みましょ飲みましょ」 彼女が酒瓶を持ち上げると、エーデルワイスも缶ビールを手に取った。 「それじゃ、オッサンと一緒に呑みますかぁ」 数史の正面に腰を下ろし、ビールを煽るエーデルワイス。 直後、彼女は勢い良くそれを噴き出した。 「実はビール大嫌いなのですよぉ、あっはっはっはははっは」 「なら呑むなよ……付き合ってくれるのは有難いけど」 ビールの毒霧を顔面に浴び、情けない表情でぼやく数史。 対するエーデルワイスはどこ吹く風で、ワインの瓶を手元に寄せる。 「ということで、私はワインを優雅に飲むのですねぇ。うーん、いい香り~♪」 顔を拭いた数史が溜め息をついた時、霧音が彼に声をかけた。 「ごきげんよう、数史。お酌は要る?」 誕生日のお祝い代わりに、と言う彼女に、数史はありがとう、とグラスを差し出す。 「遠慮なんてしなくていいのよ。どんどん呑みましょう?」 いつの間にか近くに居たいりすが、横から口を開いた。 「奥地君、あれか。誕生日に酒に誘うとか、小生酔わせて、如何する気だ。 むしゃむしゃする気か。むしゃむしゃする気だな」 今度は、数史が危うく酒を噴きかける。 「ひっ……人聞き悪いこと言うな! 誰が未成年に飲ますか!」 僅かに顔を寄せ、悪戯っぽく囁くいりす。 「お誕生日ぷれぜんとに、小生がちゅーしてやろうか」 ――!? 「ちょ、おま……よせ、早まるな」 動揺する数史を見て、いりすは「まぁ、冗談だけど」と肩を竦める。 「小生が好きになったヤツは大抵死ぬけど、ちゅーした奴は致死率100%だからな」 それ、洒落になってない。 「奥地君、人気者だしな。喰い殺したりしないよ。多分。めいびー」 とにかく、魅力溢れる19歳のレディ(仮)が言うと刺激が強すぎるので止めたげて。 数史が落ち着いたところで、霧音が再びグラスに酒を注ぐ。 「――誕生日おめでとう、奥地数史」 祝われて喜ぶような年齢でもないかしら、と続ける彼女に、「いや、嬉しいよ」と笑う数史。 イイ一年になるといいね――といりすが言うと、彼はありがとう、と礼を返した。 後日、ごっつい誕生日プレゼントが自宅に届いて驚くことになるのは、また別の話。 宴の席において、祝い事とは絶好の肴だ。 酒瓶を片手に数史のもとを訪れた喜平が、祝辞とともに酌をする。 「フォーチュナさんが居なきゃ、あたしゃ今まで何度死んだ事か…… ありがとう、いつもありがとううぇぇうぇぇぇ……」 いきなり泣き上戸になっていたりもするが、フォーチュナに対する感謝の念は本物。 富永さん落ち着いて、と慌てる数史にも、その気持ちは充分伝わっている。 三十男同士のやり取りを聞いたエーデルワイスが、缶ビールをテーブルに置いた。 「オッサンはビールでも飲んでなさい! ……何、もう飲めない? ビールにコーラ混ぜてあげるです!」 人のグラスを勝手にカクテル化する暴挙に、ニニギアのチョップが炸裂。 「成敗です」 にこにこにこ。心なしか、ツッコミがいつもより容赦ない気がする。 そういえば、彼女も割と呑んでたような……。 そろそろ止めるべきだろうか。この場に彼氏いないし。 数史が思案にくれた時、絶妙のタイミングで与作が通りがかった。 お酌におつまみの補充に動き回る彼は、酔ったメンバーのケアも完璧。『焼肉でひたすら焼き続けるタイプ』とは的を射ている。 「大丈夫? 呑み過ぎてない?」 楽しそうに笑うニニギアと空の酒瓶を交互に眺め、「水持って来るね」と与作。 そこまで切羽詰った状況ではなさそうだが、早めの対策が肝心だろう。 「あ、空き瓶は片付けておくよ」 何から何までありがとうございます。 ほろ酔い気分で酒杯を傾けていた海依音が、そういえば――と数史に話しかける。 「奥地君、にゃんこちゃんと同棲中でしょ? 写真とかないんです?」 「猫の写真? 前に一枚だけ撮った気もするけど……」 携帯電話を取り出し、画像フォルダを探し始める数史。 操作がおぼつかない彼を急かすように、海依音が袖を掴んだ。 「みせてーみーせーてー。見せてくんないと家におーしーかーけーるー」 「え、ちょ、待って」 何それご褒美ですか、と返す機転と度胸は数史に無い。 ちなみに同棲と言われているが、彼の飼い猫はオスである。念のため。 ようやくフォルダから発掘した写真を見せると、海依音は嬌声を上げる。 「ああん可愛い、やだこんなところピンクで! あんっ!」 ――はいはい、肉球肉球。 甘めの缶チューハイを呑んでいた祥子が、横から写真を覗き込んだ。 「ウチのばあちゃんちにも猫がたくさんいたのよ。港町だから、野良猫もけっこういたし」 「そういう所の猫って、野良でも人慣れしてるのかな。うちのも元野良だけど……」 そんなやり取りの傍らで、祥子はふと顔を上げる。 向こう側に恋人の姿を認め、彼女は思わず表情を綻ばせた。 今は、声をかけないでおこうか。いつも一緒なのだし、たまには別行動も悪くない。 「この子は大切にされてるんですね。こんなに幸せそうですもの」 猫の写真をじっと眺め、海依音が呟く。 「明日をも知れないワタシ達とこの子と、どちらが長く生きていられるんでしょうね」 返答に詰まったフォーチュナが視線を落とすのを見て、彼女は悪戯っぽく笑った。 「……ふふ、酔っぱらいの戯言ですのでご容赦を」 それは、少し意地悪な言葉遊び――。 ● 会場の一角では、ソマリに似た猫耳の姉妹が仲良く酒盛りを楽しんでいた。 「カーッ、いいねぇー!」 何本目かのビールを空にして、カインが息を吐く。 これだけ飲んでも、まだまだビールが沢山あるのは嬉しい。 「ビールはいいものだな。割と何でも合うし」 塩のきいた枝豆を摘みながら、ラシャが頷きを返す。 姉妹の前には、皆から貰ったものも含め様々なおつまみが並んでいた。 ラシャお手製の唐揚げと餃子をマイ箸で口に運んだカインが、「絶品~」と表情を綻ばせる。 ちなみに、餃子にニンニクは入っていない。 「お酒飲みながら、だらだらするのもいいなあ」 のんびりグラスを傾け、ラシャがしみじみと呟く。 酒はビールがやや多めだが、こちらも色々な種類が揃っていた。 「新年会みたいで、こういうのもいいねー」 煙管で水煙草を愉しみつつ、カインが頷く。 幹事として再び動き回っていた数史を、ラシャが呼び止めた。 「奥地さん誕生日おめでとう。乾杯ー!」 「そりゃめでたい。カンパーイ!」 乾杯の後、フォーチュナを交えてしばし歓談。 「奥地さんもビールと一緒に餃子を食べるんだ」 「それじゃ遠慮なく。……あ、美味い」 数史がラシャの餃子に舌鼓を打つ中、カインが自家製の梅干を取り出す。 「悪酔いしても、白湯で梅つぶしながら飲めばスッキリさ」 焼酎の瓶を手にカインが言うと、ラシャが早速一粒を口に入れた。 「……すっぱいっ!」 予想を上回る酸味に、思わず声を上げてしまう。 いかにも効きそうなこの梅干があれば、ずっと宴を続けられるかもしれない。 その頃、虎鐵は酒杯を傾けながら渋く一人ごちる。 「タダで酒が飲めるのは素晴らしいと思うのでござる」 持ち込んだ日本酒も大分減っていたが、会場にはアークの酒護神こと新田酒店もいるので呑むものには困らないだろう。 スルメやサラミを肴に、酒を味わう。――ああ、美味い。 「フルーティーなのもいいでござるが、辛口もいいでござるな……」 近くには、炭酸飲料のグラス片手にフツと語らう夏栖斗の姿。 息子の前で潰れるような心配はまず無いだろうが、この機に父親の株を上げておこうか。 酒は呑んでも呑まれるな――父として、酒との正しい付き合い方を背中で息子に示すのだ。 そんな親の思いを知ってか知らずか、夏栖斗はフツと向かい合う。 依頼で同行することは多いが、二人で遊ぶのは初めて。 炭酸飲料を夏栖斗のグラスに注ぎつつ、フツが口を開いた。 「しかし、お互い依頼好きだよな」 「そうそう、ワーカホリック?」 「何でこんな戦い続けてるのかね。御厨は考えたことあるかい?」 数瞬の後、夏栖斗がやっぱさ――と答える。 「知らない誰かでも、一人でも多く助けたいんだよな。『趣味・ヒーロー』みたいな?」 「TVのヒーローは週一回なのに、お前さんは週に二、三回も戦ってるよな」 勤勉で、勇敢で。 自分と相手の血に汚れ、時に無力を叫んで。 どんなに嘆いても、最後には必ず立ち上がる。 目に映る“全て”を、助けるために―― 「……こんなヒーロー、他にいねーよ」 フツの声に、重いものが滲む。 それを聞いた夏栖斗は、あえて軽い調子で言葉を返した。 「でも、ままならないよなあ。フックンはどう?」 三高平で最も徳が高いと言われる彼が『護る』ものを知りたい。 フツは笑って、その問いに答えた。 「オレは欲張りなんだよ」 学校生活を楽しみたい。アークの仲間と遊びたい。彼女といちゃいちゃしたい。 その全てを叶えるためには、世界を守らなければいけないから。 「――だから、戦ってンだな」 意外と俗っぽい理由に、夏栖斗が目を丸くする。 でも、きっとそれは必要なことだ。自分達は、非日常を“普通”にしてはいけない。 「んじゃ、お互いのろけてみる?」 夏栖斗の言葉に続いて、二人の笑い声が響く。 青少年たちが友情を深める裏で、龍治はある種の窮地に陥っていた。 酒が呑めると聞けば、参加せずにいられない性質である。 何かと慌しい昨今、一時でもゆっくり過ごせればと思って出席を決めたのだが。 まさか、妹の真澄が里から出て、アークに所属していたとは。しかも、火縄銃使いとして名を馳せる自分の話を聞きつけて。 誰もが認める超一流の狙撃手はこの時、名が売れることの弊害をしみじみと実感していた。 妹とは20年越しの再会になるが、やはり龍治としては実家のいざこざを思い出してしまう。 さりげなく距離を置こうにも、妹の手が自分の肩をしっかり掴んで離さない。 「ほら、奢りの心配はいらないんだから楽しむんだよ、 お 兄 ち ゃ ん ?」 ぎりぎりぎり。痛い、それ指が食い込んで痛い。 (し、静かに楽しむつもりが……!) こうして、龍治は妹と同席することになったのだが――真澄とて、別に兄を取って食おうというわけではない。 彼女はただ、自分が子供の頃に出て行った龍治の話を聞きたいだけだ。 兄について知っていることといえば、『八咫烏』の二つ名と、もう一つの噂くらいだから。 初めこそ口を閉ざしていた龍治も、充分に酒が入った今はガードが甘くなっている。 訊かれるまま答えを返す兄から一通り聞き出した後、真澄が酒杯を傾けて尋ねた。 「……ところで、25歳年下の彼女が居るってホントかい?」 ニヤニヤと笑う妹の追及を兄がかわせたかどうかは、ご想像にお任せする。 会場の片隅には、喧騒をよそにゆるりと酒を愉しむ雪継の姿。 既に知命を迎えた自分が、わざわざ若者と同じような呑み方をすることもあるまい。 ビールの缶を空け、新たに一本を手に取る。 数史を見かけて、雪継は彼を誘った。 「どうだね、一杯? 誕生日なのだろう?」 祝われて手放しに喜ぶような歳でもないだろうが、これも区切りだ。 いただきます、と言って数史が腰を下ろすと、雪継は荷物から陶杯を取り出した。 安酒をそのまま呑むのでは、彩りが足りぬ。 「少し趣が変わるだけで新鮮だろう?」 「風流ですね」 相好を崩し、杯を受ける数史。 ビールが尽きれば、次は日本酒だ。鰹の塩辛を肴に、雪継は愛用のぐい呑みで一献傾ける。 「うむ……沁みる」 心地良く酒が回ったところに、今度はシェリーがやって来た。 「久しぶりじゃの、飲みに来てやったぞ。――さぁ、酒を飲ませるのじゃ」 またか、と渋い顔をする数史を見て、呵々と笑う。 「妾も飲む気はないがな。おぬしが勧めぬ限り」 「あと七年経ったらね」 「まぁ、少し付き合え。お酌ぐらいはしてやってもよいぞ」 そう言って、シェリーは腰を下ろした。 「……今は、酔いたい気分じゃ」 呟かれた声の重さに、数史が思わず彼女を見る。 「おぬしらフォーチュナも、妾にとっては戦友みたいなものじゃ。 だから問おう。一緒に戦った者が死んだ時、どうすれば良いのじゃ」 ――しばしの沈黙。 ややあって、数史が答えた。 「残された人間が、何か出来るとしたら……忘れないことだと、思う」 彼らの、生きた証を。 シェリーが、僅かに目を伏せる。 「死は、恐れぬが、けれど。この痛みを誰かに残すのは、酷じゃの」 頼むから死ぬなよ――と囁く数史の声が、耳に届いた。 ● 宴が盛り上がる中、ファルティナはビール瓶を手に会場を駆ける。 挨拶がてら色々な人にお酌をして回りながら、彼女は感心したように呟いた。 「アークってこんなところなんだねー」 凄い人達とは思っていたけれど、彼らの息抜きもなかなかに凄い。 ファルティナからお酌を受けた詩人が、「ビール美味しい!」と大きな声を上げる。 驚いた数史が振り向くと、彼はスイマセン、と悪びれず笑った。 挨拶の後、そのままフォーチュナを誘って酒を酌み交わす。 「ハハッ、中々イケる口ですにゃー。そういや、誕生日でしたっけ」 すっかり忘れてたけどね、と苦笑する数史。 「ま、せっかくの記念日です。たまにはハメを外すのもいいと思いますよん?」 そう言って、詩人は煙草に火を点けた。 「嗚呼、煙草が美味いね。……カカッ」 紫煙を吐き出し、しみじみと語りかける。 「平和は長く続かないけど、こんな時が貴重だなって――そう、思うっしょ?」 「……ああ、そうだな」 数史がふと顔を上げれば、翔太と優希の姿。 「せっかくだし、祝ってやろうと思ってな」 「気ぃ遣わなくていいのに。でもありがとな」 翔太の言葉に、数史が笑う。 二人が座った後、改めて乾杯。 「誕生日おめでとうであるな。これからも宜しく頼むぞ」 ウーロン茶のグラスを手に、優希が言う。 戦いに赴けるのも、フォーチュナの助力とこういった息抜きの場があってこそ。 日頃の感謝を述べる優希に、数史は「そこはお互い様だ」と返す。 ジュースを飲んでいた翔太が、ふと口を開いた。 「そういえば、何で禁酒令をしいてたんだ?」 「……これ以上ダメな大人にならないため、かな」 「? ま、あんま飲みすぎんなよ?」 首を傾げつつ、翔太は小声で「あぁ、それとよ――」と続ける。 「俺は今年で19になる。来年は20歳だ。 そん時にでもお勧めの教えてくれよ、約束だぜ?」 数史が「約束する」と笑った後、優希が翔太を小突いた。 「フン、二人で内緒話か、やってくれる」 「優希は再来年だろ? まだダメだ」 「フ、別に構いはせん……」 悔し紛れに、ウーロン茶を一気に煽る優希。 まだ酒は早いと強がってはいるものの、一足先に酒の席につける友が羨ましくもある。 「ちゃんと優希にも教えるってば」 宥めるような翔太の声を聞いて、数史が「本当にいいコンビだな、お前ら」と笑った。 「……ぷぁー! キンキンに冷えたビールのんーまいこと!」 ビールを一息に飲み干し、サイケデリ子は満面の笑みを浮かべる。 お代わりを貰いにいこうと席を立てば、見知った顔を発見。 「ん、鹿毛さんに鳩目さんじゃないですかー。呑んでますー?」 振り返ったロウが、たちまち目尻を下げる。 「これは千賀さん。よろしければご一緒にいかがです?」 彼が空いた席を指すと、サイケデリ子は二つ返事で頷いた。 胡坐をかいてビールをちびちび飲んでいるあばたに軽く挨拶した後、腰を下ろす。 「今日はとことんまで呑みましょーねっ」 それを聞いたロウ、心の中でガッツポーズ。 彼にとって、同じ思想の下に戦うあばたは忠誠を誓う主だが、その関係は主従と言うにはややフランクである。たとえば、気軽にコンビニにパシらされたりとか。 そのため、主との酒盛りは割と日常の延長という感覚だが――そこに綺羅星の如く現れたのがサイケデリ子だ。 彼女とは少し前に知り合ったのだが、実はそれ以前からのファンだったりする。この期に、もっとお近付きになりたいところだ。 「ふっふっふ……両手に花ですよ、奥地さん!」 ここぞとばかり、独り身フォーチュナに自慢しまくるロウ。う、羨ましくなんかないんだからね! 「最近、商売はどうですか」 さきいかを摘みながら、あばたが景気を問う。 サイケデリ子の職業柄、デリケートな話題にもなりやすかったりするのだが、ロウとは気心が知れていることもあって、すっかり女子会のノリである。 時折アレでソレなトーク(※猥談)を交えつつ、缶ビールを空にするあばた。 「それにしても革醒したビールって……何だ。どう理解すればいいんだ」 しばらく放っておいたら手足とか生えるのだろうか。生えるかもしれない。 「……ん、ビールじゃ物足りないですか?」 サイケデリ子が、手提げ鞄から高級ウィスキーの瓶を取り出す。 家から持ってきちゃいましたーと言う彼女に、ロウが手を叩いた。 「水割りで行きます? ハイボールで行きます? それともストレート?」 ――数刻後、べろべろに酔ったサイケデリ子の姿があったとかなかったとか。 さて、両手に花といえば悠里だ。 リンシードが日頃の慰労にと彼を誘ったのだが、どういう流れか糾華も同席。 「設楽悠里に地獄を見せに来ました」 とは糾華の弁だが、目が笑ってないのは気のせいですか。 ともあれ、美少女二人からお酌とはいい身分である。滅びr……いやいや。 二人共よろしくね、と笑う悠里の前で、リンシードが酒瓶を手に取った。 「ではでは……設楽さん、どうぞなのです」 「あ、ありがとう」 リンシードは続いて、箸でおつまみを摘む。 「はい、あーん……」 一瞬うろたえた後、口を開ける悠里。 「えっと、あ、あーん……」 前言撤回。やっぱり滅べ。 その様子を眺めつつ、糾華が「お疲れ様」と二人に告げた。 過日の『楽団』との戦いで、命を落としたメンバーは少なくない。 約束通り生還を果たしたリンシードも、下手をすれば死者の列に加わっていたかもしれなかった。 「私の周囲の人間は、危険に飛び込むのが好きらしくて…… 不安になる事が結構あるのよね」 奪われた“彼女”を思い、糾華は僅かに目を伏せる。 リンシードが、悠里に向けて言った。 「これからも、ですよ……生きて帰ってきてくださいね……? カルナさんだって悲しむし、私も……」 途端に口篭り、「いえ、なんでもありません」と言い直すリンシード。 「二人が飲めるようになるまで、死ぬわけにはいかないかな」 返杯ができないからね――と答えた悠里の声は、いつも以上に力強く響いた。 顔を上げた糾華が、酒瓶を手に取って二人を見る。 「……暗くなっては駄目ね。楽しみましょ」 もっとも、自分達は楽しませる立場だけれど――。 喫煙所という括りはなくとも、時が経てば自然と分煙は進む。 「舌が鈍り香りを損なうと言われるが やはり辞められるモノではないな……」 雷慈慟が酒のあてに煙管を吹かせていると、灰皿を取りに来た伊吹と目が合った。 「先日はお疲れさまだ」 会釈をする姿に既視感を覚えつつ、雷慈慟も挨拶を返す。 「これはどうも……此方こそ世話になりました」 以前にも、こうやって仕事の話をしたことがあった。 その時の相手――何度も戦場を共にした黒翼の銃手は既に鬼籍に入っているが、どこか似た雰囲気を感じる。 「不肖の倅が世話になったな」 伊吹の言葉を聞き、雷慈慟はかの既視感が己の思い込みや勘違いではないことを確信した。 「……そういう事でしたか」 納得した様子の雷慈慟を見て、伊吹もまた懐かしく思う。 内に宿る“息子”の記憶――『あの時』も、彼は酒を手に紫煙を燻らせていた。 そのまま一服するうち、近くを通りがかった数史を見つける。 「誕生日おめでとう、だな」 祝辞を述べる伊吹に、フォーチュナは「どうも」と笑った。 雷慈慟が、ショットグラスにテキーラを注いで数史に振舞う。 「止ん事無く齢を重ねられる素晴らしさに」 「ありがとう」 自らもテキーラを飲み下した後、雷慈慟はおもむろに口を開いた。 「ときに、御二方は女性との逢瀬を如何に過ごされますか」 直後、盛大にむせる数史。もしかして、悪い事を訊いただろうか。 「……女の話か」 相変わらず好きだな、とは言わずに、伊吹は成り行きを見守る。 まあ、こういう話も嫌いではない。たまには、仕事を離れた集まりも良いものだ。 ● ――その頃、お酌に疲れたファルティナは席について小休止。 「あたしも飲んでみよっかな……」 ビールをグラスに注ぎ、くいと一口。苦味に、彼女は思わず眉を寄せた。 もっと甘いお酒はないものかと、別の酒瓶に手を伸ばす。 傍らでは、葬識と数史がビールで乾杯していた。 「奥地ちゃん誕生日おめでとー☆」 殺人鬼が生誕を祝うのも不思議な話だが、彼にとっては『殺す命が増える』のは喜ぶべきこと。何ら矛盾はしていない。 適当におつまみを摘んで、ゆるく雑談。 「それにしても昨今はぶっそうだよねぇ」 来たる『楽団』との決戦に備え、今は英気を養う時期だ。 リベリスタの『目』となるフォーチュナも、また忙しくなるのだろう。 「いっぱいフィクサードを殺せる案件を調べてきてね☆ まってる☆」 至って陽気な口調で、実に彼らしいことを言う葬識に、数史はグラスを持ち上げてみせた。 「微力を尽くして頑張らせてもらうよ」 こちらは、いつもの台詞とともにポーズを決めるSHOGO。 「やぁ、オレSHOGO☆ 金持ってないけどアルコールはパニッシュしたい、そんな年頃さ!」 チャラいようで実際チャラい彼も、1月に誕生日を迎え29歳になった。いい大人である。 だから、ビールから焼酎に切り替えた瞬間に絡み酒を始めたり、酒が足りないと隣に泣きついたり、酔いが回った頃に自分からバク転して気分が悪くなったり、そんなヤンチャは―― ――するよね? だってSHOGOだもの。 自業自得的なアレで今にもリバースしそうな彼に、ニニギアがにっこり微笑んだ。 「具合の悪い人には聖神の息吹しましょうね」 うっかり浄化の炎を召喚しかけた彼女を見て、数史と周囲のリベリスタが慌てて止めに入る。 「それ本当にパニッシュされちゃうから止めたげて!」 「……間違えちゃった」 改めて詠唱を響かせ、癒しの息吹を呼び起こすニニギア。 教訓。聖痕持ちのホーリーメイガスを酔わせてはいけない。 SHOGOが塵になるのを免れた後、魅零が酒瓶片手に数史のもとを訪れた。 「うぃいーっす、魅零たんとあ・しょ・ぼ?」 ――ここから魅零のターン―― 「……あのねぇ、私はねぇ、 普通の女の子なのに、こうやって毎日毎日依頼だのなんだので神秘に触れさせられてさー」 すっかり絡み酒モードの魅零、数史の肩にもたれてマシンガントーク。 「魅零は本当は血とかグロとかだめだし、 人殺したらその晩、お布団のなかでガタガタ震えるし、 私だって怖いものは怖いから逃げ出しちゃいたいわよぅう」 それでも戦わないといけないから、心身に鞭打って武器を取っているのだ。 黙って話を聞いていたフォーチュナは、意外にも迷わず頷きを返す。 「……そりゃそうだろ。リベリスタだって人なんだから」 辛い時もあれば、誰かに愚痴りたい時だってあるだろう。それでいい。 おもむろに手を伸ばした魅零が、数史の耳を引っ張る。 「数史! おまえは人生たのちいかー?」 すったもんだの後、今度はユウが登場。 「奥地ひゃん! 粋な事をするじゃねェですかー!」 あ、もう出来上がってる。どうしよう。 「――にしても、奥地ひゃんがお酒解禁だなんてー。 同じく禁煙キャラとして祝わずにはいられましょーか!」 止める間もなく缶ビールを開け、一息に飲み干すユウ。 今にも潰れるんじゃないかとハラハラする数史をよそに、彼女は「そーそー」と顔を上げた。 「お誕生日なんですよね? これ、猫ちゃんと一緒にどうぞー♪」 そう言ってユウが差し出したのは、猫じゃらしとバレンタインのお菓子。後者は、猫にあげられないけれど。 ありがとう、と数史が受け取ると、ユウは愉快げに笑った。 「いやー、しかし無精ひげも絶好調じゃないですかー! そんなにひげ散らかしてるとじょりじょりしちゃいますよー!?」 「君さ、俺のヒゲをやけに目の仇にするよね……」 剃刀負けするから勘弁して。 ふと視線を巡らせば、周りは死屍累々たる有様に。 「んー……なんだか眠くなって、きまひたよ……?」 ビールに飽きて度数の高い日本酒を飲んでいた小夜が壁に背を預ける一方で、ファルティナは既にテーブルに突っ伏していた。 「えへへ、もっといっぱいのむ~♪」 そんな中、小夜の携帯電話が鳴る。 「んー、メール……?」 こういう時に限って、急を要する案件だったりするから困りものだ。 ぼやけた頭でキーを叩き、ささっと返信。 思い切り日本語が崩壊したメールをネタにからかわれるのは、また後日の話である。 「――人はぁ、シラフではなぁぃ!」 いきなり立ち上がったセレアが、拳を握って演説を始めた。 「テーブルに眠る者達の声を聞け。酔い潰れた者達の声を聞け。 決定的打撃を受けた革醒缶ビールが如何ほど残っていようとも、それは既に形骸である。 ……あえて言おう、タダ酒であると!」 どこかで聞いた内容というか、色々混ざってません? ちなみに、セレアの足元には空になった洋酒の瓶が転がっている。 先程、豪快にラッパ飲みしているところを目撃されていたのだが……まあ、酔ってますよね。間違いなく。 そんな惨状を、呆れ顔で見つめる翔太と優希。 「潰れたの、介抱してやるか?」 「してやらんこともない。暇だしな」 「めんどくさいな、酔っ払いだぞ」 「なに、弐式を叩き付けてやれば良いのだろう?」 物騒な発言だが、ここまで来たら殴った方が早いかもしれない。 思わず同意しかけた翔太に、優希は冗談だ、と声を重ねた。 「穏便に済ませよう。絡まれなければどうということはない」 一方、自重しないセレアさんは。 「うふふ、あはは、男の子がいっぱーい。誰と誰がカップリングできるかなー?」 腐女子全開の視線で、会場の男性陣を見回していた。 ――そこの少年二人逃げて、マジ逃げて。 辛気臭いのは性に合わない。 こんな時だからこそ盛大にと、宵咲の当主と、その一族に連なる少女は酒を手にする。 「献杯ー♪」 「けーんぱーい♪」 日本酒のグラスと缶ビールを掲げ、戦いに散った男に献杯。 「アークの酒護神が手配した酒は美味いのぅ」 一気に酒を飲み干した瑠琵がしみじみと呟けば、空き缶を放り捨てた灯璃が抗議の声を上げた。 「何でねーさまだけ日本酒なのさー! ずるい!」 とか言いつつ、缶ビールお代わり。 会場の様子を見て回る数史の姿を認め、瑠琵が彼を呼び止めた。 「数史も飲むかぇ? 美散の弔い酒じゃよ」 フォーチュナの表情を見て、辛気臭いのは要らぬが香典ならば貰うぞ――と念を押す。 腰を下ろした数史に、灯璃が声をかけた。 「おじさんも美散の知り合い?」 「……少し前に、話したことがあるんだ」 あの雪の日、亡き妹について語った美散の顔を思い出す。 「うちの一族から死人が出たの久々なんだよねー。 今頃、あの世で強敵でも漁ってるんじゃないかな?」 灯璃の言葉に、数史は黙して頷いた。 おそらく、まだ妹には会っていないだろう。そんな気がする。 「生き急ぐ性質だったからのぅ。遅かれ早かれこうなっていたじゃろう」 柿ピーを皿から摘み、瑠琵がおもむろに口を開いた。 「所詮、この世は胡蝶の夢よ」 夢が覚めれば刹那の出来事。ならば、その価値は長さより濃さ――。 缶ビールを傾け、灯璃が相槌を打った。 「まぁ、人生楽しんだ者勝ちなのは間違いないよね。何が楽しいかは人それぞれだけど」 面に残酷さを湛え、少女はうふふ、と笑う。 皿を空にした瑠琵が、数史に向き直って言った。 「……という訳で、締めに豚骨ラーメン食べたいのじゃ。奢るが良い」 それ、アークの経費で落としちゃ駄目ですかね? 別の一角では、糾華が悠里のグラスに酒を注ぎ続ける。 「はい、ビール。はい、日本酒……三高平ですって」 「快の店のお酒かな」 初めは余裕があった悠里も、次第に酒を飲むのに追われ。 「これはワインね。……ぶぃおーでぃーけぃえー? なにかしら?」 おそらくウォッカかと。――というか、その。 「……お、お姉様?」 真っ赤になった悠里を見てリンシードがストップをかけるも、糾華は止まらず。 「もうダメですっ……あ、コラ、お姉様ぁ……!?」 ――結果、泥酔した設楽悠里が一丁上がり。 「あひゃひゃ、らいじょうぶらよ……」 床に伏して目を回す悠里を見て、「あーあ、潰れちゃった」と糾華。 二人で背負って帰るべきかと、リンシードが溜め息をついた。 ● 宴も、そろそろ大詰め。 快が締めの茶漬けを振舞う中、いつの間にか眠り込んでいたエナーシアが目を覚ます。 「……ふぇ」 酒の強さは連れの二人に及ばないものの、今日はビールだけだから大丈夫と踏んでいたのだが、少し甘かったらしい。 「ぜんぜん寝てなんていないのですよ……?」 それを見ていた御龍が、「可愛いよねぇ」と声を上げる。 隣では、ウラジミールが数史と乾杯しつつ彼に祝辞を述べていた。 「33歳だったか。誕生日おめでとう」 「ありがとうございます」 やり取りを耳にして、御龍がしみじみ呟く。 「てか、エナさんも誕生日過ぎたんだよねぇ。うーむ、若いなぁ」 お茶漬けを食べるエナーシアをまじまじと見て、彼女は紫煙を燻らせた。 「どうしたら、そんなに可愛くなれるのかなぁ――?」 もう少ししたら、お開きの宣言だろうか。 その前に一息つこうと腰を下ろした数史のもとに、永遠が歩み寄る。 話しかけるタイミングを窺っていたのだが、これまでチャンスが無かったのだ。 「永遠のトワと申します。こうしてお話しするのは初めてでしょうか」 丁寧に名乗った後、控えめに言葉を紡ぐ。 「奥地様はお誕生日であったと聞き及んでおります。 その、永遠はお祝いしとうございます」 ありがとう、と相好を崩すフォーチュナの隣に腰掛け、グラスに酒を注いで。 そして、永遠は少し泣きそうな顔で彼を見た。 「よろしければ、永遠の友人になって頂けますか?」 少し驚いたように、数史が目を丸くする。 「貴方様が視るなら永遠が救います。頑張ります。 それって、きっと素敵で御座いましょう」 真摯な少女の声に、そうだな――と答える数史。 そう言ってくれる人がいるから、自分は『視る』ことを恐れずにいられる。 運命の残酷に、立ち向かえる。 「――俺で良ければ、喜んで友達になるよ」 数史が微笑うと、永遠は花綻ぶような笑顔を見せた。 「お約束いたします、トワが素敵な未来を永遠に見せます事を」 そして迎えた、後片付けの時間。 「たっぷり飲んだからには、働かんとねー」 妹のラシャと手分けして空き缶をゴミ袋に放り込みつつ、カインが呟く。 厨房では、リコルが洗い物を一手に引き受けていた。 「――宴会っていいわね」 宴の余韻を味わいながら、霧音が一言。 騒がしいのはあまり好まないが、この雰囲気は嫌いではない。 皆、本当に楽しそうで――そして、生き生きしていたように思う。 「また、宴会しましょうよ」 数史を呼び止め、さりげなく提案。 今度は何を口実にしようか、と冗談めかす彼に、霧音は「理由はなんでも構わないわ」と告げた。 まだ暫く酒は呑めないけれど、楽しめればそれで良い。 掃除が終わり、リベリスタ達の殆どが撤収を済ませた頃。 ただ一人残った快に、数史が声をかけた。 「お疲れ。今日は色々ありがとうな、助かったよ」 対する快は、黙って清酒「三高平」の瓶を取り出す。 それは、ごく僅かな量しか造られない鑑評会出品酒――最後に呑もうと決めていた秘蔵の一本だ。 「幹事と、それから今までの禁酒、ご苦労様」 器に酒を注ぎ、二人で乾杯。 ――極上の美酒が、実に心地良く沁みた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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