●おまえら! 「くえ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月06日(月)23:51 |
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●本日、晴天なり! 「しかし、暑い……」 降り注ぐ強い光に目を細めたアーデルハイトは空をぼんやりと見上げてからもう一言を呟いた。 「暑い……」 抜けるようなコバルトブルーの空を見上げれば自己主張の強い八月の太陽が広場に集まった面々を見下ろしていた。 うだるような暑さは例年と変わらず、夏は暑いからこそ良いのだという向きもあろうが――それは概して『もう少し』過ごしやすくなってから語られる事実であろう。現代的なファッションビルが立ち並ぶ三高平の中心に騒がしいセミの合唱は似合わないが、さもありなん。三高平は作られた『スポット』であるから山が近いのは静岡県東部の当然の事実である。 「えー、あー、あー!」 そんな三高平市の夏の一時に――炎天下の午後に。 態々陽炎の揺らめく広場に集まった人間が少なくとも百人位は居る。当然彼等は偶然にここを訪れた訳では無く―― 「あー、あー、マイクのテスト中! うめこはくろいなあいうえお!」 ――理由があっての行動である事は言うまでもない。そしてそれが拡声器を片手に良く分からない発声練習を営む一人の少女に起因する事も。 「本日はお暑い中、こんなに集まってくれてありがとうございます!」 陽炎に揺らめくゾンビの群れの如きオーディエンスに向けてしつらえた簡易な壇上に立った少女が――要するに桃子・エインズワースが声を張った。彼女が唐突に言い出した『かきごおり大食い大会の開催』は電撃のようにリベリスタ達の間に広まったのである。 「超食べるよ! カキ氷の命は氷とシロップだ!」 色気より食い気の分かり易いウェスティアが俄然テンションを上げているその一方で、 「ひゃっほおおおおおおお!!! 雷音とひと夏のアバンチュールでござる!! カキ氷を雷音にあーんしてあげるのが拙者の役目でござる!」 「ボ、ボクはたべさせられるほど、子供じゃない! 来年ボクは高校生になるんだぞ!」 相変わらずやたらにおかしなテンションを娘に向ける虎鐵は食い気より色気であるらしい。その色気が自身の養育する娘に向いているという危険性はさて置いて、それにはにかんだ表情を見せては怒る(?)雷音の可愛らしい抗議が満更でも無さそうに見えるのが何とも言えない事実である。 しかし、何はともあれ暑いのだ。 温度計は三十五度近辺を指し、天気予報によるなら今日は終日日差しの強さが続くという。 エアコンの効いた室内で過ごせば汗を流す事もないのだが、引きこもるのは若干不健康ではある。 折角暑いのだから――と言えば。かき氷が好き、暑気避けをしたかったのも確かであるし、 「――心は常にお兄ちゃんと共にあるっ!」 暑苦しく炎を背負い明後日の空に浮かぶ兄のサムズアップに闘志を燃やす虎美を見れば分かる事。 「去年のカキ氷大会の雪辱戦! マジで行くわよぉお☆」 「ルカはこの大会を制するの。そのために一週間何も食べてないわ」 本気のとらを、茫洋と若干澱んだ目で呟くルカを見れば分かる事である。何だかんだで勝負事はくだらない程良く燃える。 「まあ、こういう役目は僕じゃないとできないしな!」 「結果がどうなるかなんて知れてるけどね……」 やたら張り切る夏栖斗、そんな彼を諦念交じりに眺めて溜息を吐く悠里の言も確かである。 「桃子さんの宥め役じゃないのですよ?」 ……カメラ目線のエナーシアはそう言うが、実際の所、暑さの余り目のハイライトが微妙な事になっていた桃子のガスを抜かないと不安だったという理由も誰それにはあるのだろう。暑さは人をおかしくする。元からおかしい魔王ならばもっとおかしくなれば大被害は知れている。かくてその理由は様々ながら、結果的に見ての通りに多数を集めた今日の日はそれなりの盛況の中で迎えられたという訳であった。 尤も百名近い面々の中には―― 「かき氷大会もピーチもどうでもいいのでさおりんと過ごすのです。さおりんとデート(*´ω`*)」 「折角だし、おじさん胴元でもしてみようかと思うのな。アシュレイ君の予想はどうだね?」 一撃必殺でプレイング本文一行目から本日の趣旨を蹴散らすそあらやら設営されたテントの下で冷却魔術に余念のないアシュレイに問い掛ける烏のようなヤツも居る。緩い休日に各々に与えられた義務は無い。どう楽しむのも自由の内で――どうなるかも決まってはいないのだが。 「『桃子さんが結局全部持っていく』にスーパーさおりくんを賭けよう」 「さおりん!」 「懐かしいな……氷菓か」と一人ごちたベルカの一言に無駄にそあらが反応している。 ミステリーハンター宜しくアカンもんを賭けた彼女の動向はアレとして、ロシア人だから雪にシロップかけて食っていたという事実は無い。こんな時ロシア人はウォトカである。ロシア人だからこそウォトカなのである。酔っ払っても面白くない今日に限っては赤と緑の些か鮮やか過ぎるシロップのお世話になる方が正道であるとは言えるのだが。 「本日のかきごおり大会はアークの協賛で行われておりまーす。 向かって右側のテントを御覧下さい。あちらが疾風怒濤のかきごおり製作、鉄の豪腕・セバスチャンがやらねばだれがやる! オルクス・パラストよりこの為に来て下さいました! セバスチャン・アトキンス(135)さんと、そのお手伝いの皆さんでーす!」 「……どうも」 この為に来た訳じゃない、そう言いたげではあるが流石にセバスチャンは大人である。 彼は巨大フリーザーを背に業務用かき氷機の後ろで桃子のフリーダムな紹介に応えるように軽く会釈する。 フィジカルが一般人よりも圧倒的に優れたリベリスタ達が『本気』で氷をかっ喰らう、疾風迅雷の三時間に対応するのは彼だけでは無い。桃子がそこまで考えていたかどうかは知らないがこの窮地に置かれた『絶対執事』を救出せんと集まったのが実に頼もしい『大会スタッフ』の面々であった。 麦わら帽子、スポーツドリンク入りの水筒、団扇で暑さ対策は万全だ。 後は目ン玉かっ広げて唯全力で腕を回すのみ―― (『オルクス・パラスト』はアーク始動まで日本を守り、今も協力している恩人達と聞いた。 だが、組織の思惑や確執などはあるんだろうが、俺からすればどうでもいい、善意には感謝で応えるまでだ!) ――篤実たる気合を背負う晃の覚悟には余念が無い。 「……なんかずっとぐるぐるカキ氷作るの回しててちょっとかわいそうです……」 「……何か手伝いを募集していたようだったので、顔を出したのだが……うむ、予想以上に盛況だな」 「どの程度必要か知らんが、力一杯やってやるぜ」 リンシード、さもありなんと頷いた拓真の一方ですっかりやる気になっているのは陽気なディートリッヒである。 「市役所相談窓口対応係とは仮の姿。その真の姿は……! こういうアーク絡みの行事に際し、市役所から出されるお手伝い係だよ。窓口対応もやってるけども。 しかし、『流しそうめんとどっち手伝いたい?』って訊かれて、氷に囲まれてるし涼しかろうとこっち選んだんだけど、暑いものは暑いな……」 既にだらだらと流れ落ちる汗を市役所のマークの入ったタオルで拭い、呟いたのは義衛郎だ。 「……セミの鳴き声ってバッドステータス【怒り】か【混乱】を付与できるんじゃないか。それか【虚脱】」 「吸血鬼が真夏の真昼に奉仕など、我ながら愉快でなりません。 ブラム・ストーカー様、シェリダン・レ・ファニュ様、このような物語はいかがでしょうね?」 冗句めいたアーデルハイトは先にも「暑い」と言いながら、ヴィクトリアン・メイドの衣装に着替えているのだから筋金入りである。 「セバスチャン様、皆で競争しませんか? 一番丁寧かつ沢山作った人が勝ちです」 「あっちでも、大食いで競っているんだ。こっちも少しは楽しみたいしな。あんたとは一度勝負したかったしな!」 「いや、これは助かりますな。では意気に感じて一つ腕をぶすといたしますかな?」 淡々と言ったアーデルハイト、「それはいい」と力こぶを作るディートリッヒに顎を軽く撫でたセバスチャンが応じて見せる。 「ふむ……」 積み上がる氷は透き通った輝きを反射していた。アーデルハイトがふと思い出したのは故郷の様子である。真冬のアルプスに凛然と佇む己が城。その威容さえ寂しげに見える程に圧倒的なその姿は…… (……暑い……) ……しかし、何をどうシリアスに考えても高温多湿の日本の夏は外国人にはしんどいものだ。暑いモノは暑いのであった。 「何やら、メイド服を渡されてしまいましたが、もしかしてこれを着て運べということなのでしょうか……」 対照的に妙にひらひらとしたミニスカメイド服の裾を摘んで真琴は複雑な顔をしたが、白面に汗を流すアーデルハイトのその姿を見れば考え直すのも早かった。要するにそう、誰が提案したか分からないその衣装の不本意さは置いておいて涼しいだけ結構マシという事だ。 「兎も角、仕方ないので運びましょうか……」 「左側のテントは救護チームになりまーす。体調を崩された方は死なない程度に無理をしてからあまり迷惑を掛けない範囲でお世話になって下さいね!」 嵐の前の静けさを見せる右側のテントのやり取りの一方で声を張る主催者(?)の桃子の暴論に誰かがゴクリと息を呑んだ。 レポーターから司会、解説、給仕に諸々の仕事を請け負った面々がいるのだがやはり特に重要・必須なのはかきごおり係とこの救護班であろう。 「まあ、こういう時にハメを外すのが、いざって言うときの活力に繋がるって話もあるわよね」 「ハイ! みんな暑い中タイヘンだネ! ワタシはホーリーメイガスらしク、具合ワルイ人の救護スルよ! ダイジョーブ!苦しいのは一瞬!ハーイ喉に指イレマスヨー!」 広場の左側に用意されたテントには『フェイト使用禁止』、『腹パン八分目』、『逸脱行為はジャスティスキャノンだ』等という標語を掲げつつ、些か釈然としない自分に言い聞かせるように頷くアンナややけに陽気に片言気味の日本語を操るおいこら待てな伊丹の姿もある。 「そう言えば、仮設トイレは念のため、手配しておいた方が無難でしょうね……」 当然想定される『混雑』が杞憂ならばいいのだが、しみじみと言う京一は余りそれに期待していないようにも見えた。 「ふははははは、リベリスタの戦い我がしかと見極めてやろう!」 「扇風機の角度はこれでようございますか?」 「む、もうちょっと左……そう、その位でいいぞ!」 『大会スタッフ』もピンキリで中には玉座らしき豪華な椅子にふんぞり返り「我が解説してやる」等とのたまう刃紅郎やそんな彼の世話を焼く軍司のような者の姿もある。 「じー」 騒がしい時間の顛末をハッキリと記録に残すべくエリスのデジカメがズームする。 (きっと……面白い……ハプニングが……起きる……と思うから……) 特に……桃子さん……周辺は……注意。 ともあれ、前置きは既に十分であった。 空の天辺に昇った太陽からの催促は十分で、人の数も手伝ってむわっとするような熱気に包まれた会場広場の居心地は取り敢えずもう最悪である。あれこれと喋る事にも飽きたのかやがて桃子は嵐の時間の始まりを宣言した。 「よし! おまえら――」 待ち侘びた彼女の声は号砲だ。じっとしているだけでやたらに暑いこの時間を涼に染める号砲である。 「――くえ!」 ●大会I リベリスタ達に与えられたルールは単純にして究極であった。 桃子主催のカキ氷大会は午後一時から午後四時まで――制限時間の中多くのカキ氷を食べ切ったものが優勝という適当……アバウト……ファジー……そもそもカキ氷を大食いメニューにするな、じゃかった前衛的なものである。強靭なる肉体とメンタル、限りない可能性を問うこの催しに受けて立ったリベリスタ達の数は総勢二十八名である。黙って静かに食べれば涼も取れ、健康的なこのイベントに敢えて過酷に挑む彼等の姿はまさに勇気ある戦士達の肖像に違いない。 「先日廃車になった軽トラックの修理代必要だし、がんばらないとね」 飄々と入れ込む事も無く嘯いて言ったのはアークの誇る『守護神(笑)』新田快その人である。 「あら、生憎とこの大会ではその修理代は出ませんよ」 (そもそも賞金が出るという快の思考が大いに誤解であるような気もしないでもないのだが)旧知の彼に冗句めいた挑発を飛ばしたのはすらりとしたその姿に長い黒髪を靡かせた彩花(メイドつき)であった。 「出るからには勝つ。やるからには一番。それが私の流儀ですから」 案外乗せやすく乗り易いお嬢様の力強い宣言に傍らのモニカが「ひゅーひゅーすごいおじょうさまかっこいい」と無表情で拍子を合わせる。 こんなナリでも暑いもんは暑いと公言して憚らない彼女はと言えば寒色系のビジュアルを裏切っていつものメイド服を軽装にしている様子。クソ暑い中熱血する趣味の無い彼女はやる気一杯の彩花(しゅじん)をサポートするべくここに在る。 そして抜群のサポート体制で戦うと言えばそれはとらも同じである。 「三十四度と三十度のタイミングで報せて」 「了解。任せとけ」 キリエの言葉にアウラールが頷く。 【card】の二人は今日は大会に参加するとらのサポートに尽力する事となっていた。 「とらがめずらしくやる気だしね」 「……元々こういうのは体が小さい方が不利だからな。ルールは緩いし、出来るサポートはしてやるか」 「脳内嫁、優しい天使の桃子ちゃん♪ とらを励ましてね☆」 ……当のとらはかなり無理な設定で自分を励ます心算のようだが。 (今まで疑問に思っていた――妾は、どこまでやれるのか?) 目を閉じたシェリーは内心で自分に問い掛けた。 おおよそ、己の胃の限界ぐらいは知っている。だがそれは対戦者というプレッシャーのない中での話である。 「燃えてくるではないか。胸の高鳴りが止められん……限界の一つや二つ越えなくてはな!」 たかが大食い、されど大食い。彼女にとって食べるという行為は生きる喜びに他ならず、故にか彼女は真夏のプロミネンスの如く燃え上がる。 「成る程……強敵ばかりです」 ぽんぽんを熱く守る為、格好つける舞姫は既に腹巻を装備していた。 「ふっ、相手にとって不足は無いという事ですね!」 年頃の女子には余りにも残念な装備を厭う事は無くパラソルで優雅に見せかけつつ直射日光の当たるテーブルで余裕めいた彼女は笑む。 「全力でかき氷を味わい、いっぱい! たべます!」 「こ、この大会、ニニギアが参加するのかよ……あの、『喰らい尽くす者』が……」 銀色のスプーンを手にかつんかつんと器を叩くニニギアの姿にフツが戦慄していた。 額より零れた冷たい汗が首筋を流れ落ちる。 へ、へへ……おい、なんだよ、手が、震えてきやがった…… まだ、一口も食べてないんだぜ? それなのに、この寒さときたら、なんだよ…… オレは、真冬のシベリアにでも放り込まれちまったのか? 違う。 俺は完全に『呑まれ』ちまってんだ。 ありとあらゆるかき氷を食べ尽くすって、あの時誓ったこのオレが。 食べる前から、もう呑まれちまってる…… 笑えよ。笑えよ……! ……いや、違うよな。 笑うのは、オレだ。オレ自身だ。 笑う門には腹来るって言うじゃねえか。 福は腹。かき氷も、呑まれてるオレも、全部この腹の中に収めてやろうじゃねえか! 「いただきます」 いただきました。盛り上げてくれて有難う御座います。 「ニニギア相手じゃなあ……どう考えても優勝だろ……」 一方で気楽に溜息を吐くのは翔太であった。どうも彼女の大食いへの定評はかなりのものの様子で周囲の評判も見れば優勝候補の一角なのは間違いない様子であった。 「優勝を目指してくれる!」 「意外と本気だなお前……」 良く知る優希の熱い気合に若干腰が引け気味の翔太である。 リベリスタ達は闘争に燃える生き物だ。やる前から諦める者は無い。 「ふん、大食い大会であればなんであろうと負ける気はしない。食べられるものなら何でも頂くのが信条だ」 少なくとも優希やこのアルトリア、 「クラリスお嬢様! 本来なら優雅にカキ氷を楽しむお嬢様に尽くすのが自分の務め…… しかし、今日はお嬢様の名を広め執事として恥じない漢になる為! あえて大会に参加し優勝します!」 そして、真夏の炎天下に燃え上がる亘の情熱は彼女程の強敵を前にしても些かもゆらぐものではなかったのである! それは決意。男の決意。 愛しい(?)彼女に釣り合う男に成らんが為、男が己に課す試練である。 嗚呼、美しきかな愛の戦い! 例え彼女がカリオストロのパチモンだったとしてもである! しかし周りが見えなくなっている彼は肝心要の彼女が…… 「へいへい、くろリスお嬢さん。夏の焼けつくような日差しの中、あばんちゅろーぜー。 具体的に、お顔なめなめしたり、だきゅむにしたりしようぜーすきんしっぷろーぜー」 「ちょ、ちょっと! 離れてくれませんこと!? あの、ちょっと! りりすさん!?」 「ほら、かき氷とか喰った時の頭痛って、喉が急に冷えたりすると起きるとか言うじゃない。 だから、すきんしっぷをとる事によって、喉の冷えを抑えて、くろリスお嬢さんを頭痛から守ろうという心意気なんだよ。 ひゃくぱーせんと善意だよ。ちゃんと意味があるんだよ。合法だよ。だから僕の胸に飛び込んでおいて喉元といわず全身くまなくあっためてあげるよ! 鮫肌で!」 「まだ食べてませんでしょ――!?」 ……かような危機に陥っている事に気付いては居ない。 兎に角、かような悲喜こもごもと様々な思惑を孕みつつ――戦いのゴングは今鳴ったのだ! 「桃子さあああああん! 奇遇ですねえええええい! 私も桃子っt……おぐふうっ!」 ゴングって言うか、幾度目かリピートするシーンを繰り返したステイシィのお腹が『鳴った』のだ! ●大会II しゃくしゃく。 「ナムも相当に熱かったが最近の日本の夏はまた質が違うの。 ええいアスファルトとビルの照り返しが頭を灼く……ちうわけでかき氷かき氷」 しゃくしゃく、しゃくしゃく。 涼やかな音色と共にふんわりとした氷が溶けていく。 ヤガが手にした銀色のスプーンが雪山に遊べば軽い口当たりがひんやりした夏の醍醐味を届けてくれるのだ。 「……あー、甘い。まさに生き返りよる……」 何時も黒い着流しを着てその辺を歩き回る彼女にとっても猛暑は堪えるという事だろう。 「かきごおりですか……まぁ、暑いですし自分も頂きましょうか」 「さて、かき氷食べ放題らしいですが、何をかけて食べましょうか? 何をかけてもOKということなので、まずはビールでも。 完食したら次はウイスキーでも。そしてその次はブランデーを。三杯もいけば十分ですかね。 冷たいものついでにフローズンダイキリ何かも良いかも知れませんが――」 極々普通にマイペースを崩す事無くしゃくしゃくとやるのはリーゼロットも星龍も同じである。 「ラムネ、コーラ、グレープフルーツ、バナナ、チョコレート、コーヒー、キャラメル……練乳かければ二度美味しいね!」 ガリゴリと氷を削りまくるセバスチャン以下大会スタッフの面々を眺めながらのウェスティアである。 大会に出れば『いい線』まで行きそうな彼女が敢えて『普通に食べる』事を選んだのである。それは勿論、それそのものを楽しむ為に決まっている。 「時間いっぱい食べまくるよ。カキ氷とかいくら食べても太るものでもないしね!」 ほんのり覗く乙女心に蜜の誘惑。 「……暑いのです。あたし暑いの苦手なのです でもくっつくのです。さおりんと過ごせる時間は大事に使いたいのです。さおりんは暑いの平気です?」 尻尾をぱたぱたと動かして暑さにもまるで怯まないのは言わずと知れたそあらであった。 ある種の敢然さを盾に今日も今日とて沙織の周りを走り回る(比喩表現)彼女は暑い中にも何とか涼を取る特設のテントの下でお目当ての彼と緩い時間を過ごしていた。 「まぁ、そんなに得意じゃないけどね。全然駄目って程でもない。夏も――そんなに嫌いじゃないし」 「良かったのです」 嬉しそうなそあらは自分の分と彼の分――二人分のかき氷を早々に用意済みだった。 いちごには並々ならぬ拘りを見せる彼女の場合『無駄に甘ったるいだけの赤いシロップ』はいちごと認めてやらない――その辺りが本音ではあるのだが、沙織との甘ったるい時間ならば胸焼けする程でも構わないのが本音なのである。 「ですから、あーん。食べさせて下さいです」 「あーん」 「あーん」 そあらの可愛らしい口が素直に開き、銀色のスプーンは彼女が口を閉じる寸前にすっと引かれて沙織の口の中に放り込まれた。 「ひどいのです……」 「あーん」 「あーん」 もう一度、素直に開かれたそあらの口に今度こそ冷たい感触が広がった。 「間接キス」 からかう言葉だと分かっていても、分かり易く彼は『そういう人』だけれど。 頬を染める彼女のリクエストは今日も一つ。 「氷を口にした位じゃ焼け石に水なのです。 どこか涼しいところへ連れて行ってほしいのです。 それか気温の暑さを忘れるくらいあたしをとろけさせて下さいです」 「As you like it」 雰囲気を作っていると言えば他にも何組か。 「……あ、あ、あーん……」 「あーんでござる!」 (う……やっぱり恥ずかしいのだ……) 「雷音……拙者は今最高に幸せでござるよ……!」 厳ついおっさんの何とも言えない甘えた声に視線をやれば――そこにはさもありなん。虎鐵のしつこさに負けて折れた雷音が頬を染めて雪山を掬い取ったスプーンを彼の口元に運ぶ『想定された光景』が広がっている。素直ながらに中々照れ屋の雷音である。『こういうの』を彼女は余り好まない。 「お、大袈裟なのだ。いちいち……」 しかし自分の頭に大きな手を置く養父が満足そうなのは娘にとっても嬉しい事実には違いない。 「そう言えば……桃子さんのかき氷の味がどういうものかは気になりますね」 「桃印は気になるッスけど、リアクション見るだけにしておきたいッスね」 白玉つきの宇治金時をのんびりと崩しながらふと呟いた凛子に現実的な答えを返したのはリルだった。 「こっちもおいしいッスよ。どうぞッス」 「ええ……そちらも美味しいですね」 お互いのスプーンを交差させ、食べさせ合う姿は見る人が見れば黒い炎が燃える風景(ワン・シーン)である。 救護班の手伝い兼のんびり係……といった風な二人は今日も仲睦まじくゆっくりと流れる時間を過ごしている様子であった。 その関係は兎も角として『男女の組み合わせ』で涼しげなガラスの容器をつつくのは杏樹と俊介も同じである。 「杏樹たんと遊ぶのって初めてだよな! ていうか食っているだけだけどな!」 「俊介と一緒に遊びに来るのは、そういえば初めてか」 レモン味のシロップのかかった白い山を俊介のスプーンが掬う。相槌を打つ杏樹は氷を含んでそう言って――それから彼女にしては珍しく大きく眉を顰めて目を閉じて、こめかみ辺りを強く抑えていた。 「夏ってなんでこんなに暑いもんかな、カキ氷だって溶けてきちまった。あはは、来た?」 「……来た……」 絞り出すように言う杏樹に俊介は笑いかける。 珍しい組み合わせと言えば珍しい組み合わせだが、だからこそお互いに新鮮な部分もあるのだろうか。 「ところでなんであんじゅたんてシスターしてん?」 問い掛けは何気ないもので、単に相手を『知りたい』と思うが為のものだった。 こめかみから走った『独特の頭痛』を何とかやり過ごし、目を開けた杏樹はやはり何の気なしにその問い掛けに答えを返す。 「ああ、それは――」 「――白と水色の浴衣は涼しげで、ミュゼーヌさんの水色の瞳と同じ色なんですねっ」 思わず口を突いて出た――そんな風情の三千の一言にテーブル越しに向かい合うミュゼーヌの目は丸くなった。 一足早くお目見えした浴衣姿の彼女である。こんなイベントには相応しいかと思って飾ってみて「似合うかしら」と尋ねたのは彼女の方だが――思った以上に真っ直ぐな彼の言葉は彼女をしても面映く、見つめられる程に白い肌には朱色が差す。 「何だかドキドキするみたいで、その、素敵なのですっ。やっぱりミュゼーヌさんはおしゃれです……」 「……三千さんってば、褒めすぎなんだから」 素直な彼の『褒めすぎ』にミュゼーヌは悪い気がしないながらも少し拗ねたように唇を尖らせた。 浴衣を着る彼の姿に『ドキドキ』するのは彼女の方も同じなのだから謂わばこれはおあいことも言えるのだが―― 「……はっ、見とれてばかりいないで、かき氷も食べますっ」 「そ、そうよね」 微妙な時間、微妙な間合いをかき氷の冷たさがクールダウンする。 「ねぇ三千さん。それ、私にも一口ちょうだい。私もあげるから――」 「――ぼ、僕も。あーんしたり、していただいたりできたらうれしいです」 茹るような外の熱気に『内の熱気』が重なれば熱中症は免れないから、それは大切な事である。 この様子では効果があるかは知れないが―― 「夏といえばカキ氷よね。でも、一度に食べると頭が痛くなるのよね、これ」 一方であくまで優雅にたおやかに。『一応』お嬢様らしくテントの日陰でスプーンを運ぶのはティアリアだ。 大会に参加するようなタイプでも無いからのんびりと気楽な調子はその傍らでにこにこ笑う桃子と同じだった。 「何だったかしら、アイスクリーム頭痛?」 「痛くなるような食べ方をする人は愚かなのでした」 「カキ氷はそんなに食べられるものではないですからね。ゆっくりと食べて、尚且つお腹を冷やし過ぎない程度に食べるのが一番です」 桃子の言葉には(乱暴は部分は兎も角として)宇治金時を少しずつ食べる麻衣も同意なようであった。 「大食いなんてする以上、如何に数をこなすか食べる戦略が必要でしょう。 各自の工夫を見つつ、自分はのんびりと食べるのは楽しいですね」 「ふふふふ、これは後でベロが大変なことになりそうだな……」 見目にも涼しい青(ブルーハワイ)を好むのは言葉通り気楽なアルフォンソ。緑色のメロンシロップを見て笑うのはベルカ。 「人は何故死にに逝くのか!」 「……ふふ、自覚が無い事を言うわね? 桃子は。参加者は大変だわ」 一方で口元に手を当てて笑うのは、主催しておいての酷い言い草に却って楽しそうなティアリアである。 氷の山をしんなりと崩すのはイチゴフラッペに練乳がけである。こんな時は『女の子らしい』彼女は目を少し細めて桃子に訊いた。 「――桃子は何味にするの?」 やはり暑い中食べるかき氷は格別なもの。 しかしまぁ、のんびりしている面々と『競技』する面々には随分と隔たりがあるのも事実である。 「歴戦の面々が今日挑むは、この暑苦しい会場を癒し、時にはお腹に、歯にダメージを与える事で定評のある、かき氷だー! アイ スクリーム!!(氷菓) 一番多く食べた方が優勝です! ももこさんから祝福があるそうですよ! いやあ羨ましい!」 主催席の桃子の酷ぇお言葉は兎も角、マイクを握った疾風の司会を従えて参加者達が振るうスプーンの切れはまず上々の滑り出しとなっていた。 「この涼しげな佇まい。スプーンを刺し込んだ時のシャクッという音! そして、そっと口に運んだ時の冷たさと淡く溶け広がっていくシロップの甘さ!! 目に良し、耳に良し、口に良し。もう、堪りませんね! 幾らでも食べられそうです!」 これだけテンションの高い大和も中々見れるものではない……気がする。 一応大会に参加はしてみたものの、彼女は最も純粋にこの時間を楽しんでいる一人なのかも知れなかった。 「この大会、普通の大食いとは違う。敵は満腹じゃなくて、頭痛! つまり、頭痛を制するものが大会を制する! ……はずだよね?」 「連続で冷たいのを食べるからキーンってなるんだってまおは教わりました」 隣のテーブルで真顔で器を手に気合を入れるのはセラフィーナ、もしゃもしゃと口を動かすのはまおである。かき氷を食べたらお茶を飲む。熱さ冷たさのバランスを取る事がまずは彼女達の作戦だった。 「参加するなら優勝を目指したいな。辛い戦いになるだろうけど、私頑張るよ! あ、カキ氷はイチゴ味でお願いします!」 この辺りこだわりを見せたのはセラフィーナである。 「カキ氷を出来るだけ食べればいいんですよね? まずは柑橘系 レモンとかあるかな? 酸味で胃の調子をよくしましょう」 燃え上がる一部の面々よりは随分気楽にそれでも中々のペースで氷をパクつくのは自らの店――紅茶館の制服を身に纏った慧架も同じ。 頭が痛まない程度のペースを長く保つ事が重要と考える彼女は「次はストロベリーとかいいかなぁ」とのんびりと呟いている。 「この様な大会に出る事は昨今無かったが……たまには良いだろう。 自分のようなロートルがどこまで通じるかは解らぬが、簡単に若いものに遅れを取るなど許されはすまい……」 一方で浮かれた場に異彩を放っているのはウラジミールの確かな存在感であった。 たかが氷、されど氷。しかしてこんな時間にもクソ真面目な彼はハイバランサーなリンシードが両手と頭の上に載せて運んでくるカキ氷にかっと目を見開き「ならば……自分は……任務を開始する」と重く厳かに言うのだった。 (かき氷を食す時は最初はできる限り口に含み、一気に食べすないように。 途中で温めの白湯で口をゆすぎ口内の極端な温度低下を防ぐ。戦略無き戦いは無残な屍を積み重ねるだけの愚考に足らず――ッ!) ……物事は理屈ではなく、こめかみに来る時は来るものらしい。 「頭痛の原因は冷たさと痛みを感じる神経が近いからで! 私程の電子戦巧者となれば自身の神経系に電子の妖精使って電子信号を切り離すなど造作も無……いわけなかった……」 新たに取得した冷気無効が虚しいばかり。彩歌は手足をバタバタとさせてかき氷の衝撃に耐えていた。 「というかほら、こっちが、というかリベリスタが身体張って壮絶な出落ち芸を披露してるのだから…… 塔の魔女さんにも一発芸もといカキ氷大食いテクを見せてもらえないかしら?」 「えー?」 旅は道連れとばかりに他人事の顔をして光景を眺めるアシュレイに彩歌が水を向けた。可愛い心算か小首を傾げて間延びした反応を見せる三百歳(仮)はと言えば、 「アシュレイちゃん……お酒とか、お好きでしたよね……えっと、お酒のフラッペをお作りしましたので……どうぞ……♪」 「わぁい!」 「あらまぁ……みんなの気合、すごいの…… あんなに急いで、いっぱい、食べたら…頭、いたくなりそうよ、ね?」 「全くです。私達は楽しく食べましょうね!」 「ん、抹茶のカキ氷……美味しい、わよ? 興味があったら一口、どうぞ……?」 しきりに駄目な彼女の世話を焼きたがるアリスの差し出した器に瞳を輝かせ、差し出された那雪のスプーンに「あーん」と素直に口を開けてみせる。成る程。両手に花(?)と誰ぞをはべらかす魔女は全くこの場を盛り上げる心算は無いようだった。 「やっほ~、今日も暑いねぇ~ブラックモアちゃん。エインズワーズのお姫様は今日も自由だねぇ~」 「暑いですねー」 「あーそうそう、お誕生日、遅くなったけどおめでとう~ 三百年ともう一つ。どう? この一年は? 楽しかった? これまでと比べて濃かった?」 「まー、色々ありましたからねぇ。一番はカレシが死んじゃった事ですかね!」 「あはは。で、誰が勝つと思う? 賭けでもしてみない? 曲者そろいだけど。 っと、あ~、どうせなら…死人がでるかどうかの賭けにしようか?」 アシュレイは彩歌の要請をガンスルーで葬識と完全に物騒な歓談の風である。 「おのれ、魔女! ……っ、ッ……!」 口惜しや、思わず大口で目の前の氷を頬張った彩歌が又座ったまま手足をバタバタとさせている。 「氷のきらめきが、無限大の軌跡を描く…… まー、さりげなく溶かしながら食べてるんですけどね! 地の利と天の時を用いる、これぞ兵法!」 持ち前のスピードを生かした戦いで猛烈に空の器を積み重ねているのは舞姫であった。 彼女とて神経の通う普通の人間である。しかしてリアクション芸人(認定)がここでやらなくて誰がやる! しょうもないイベントが故に張り切る彼女はまさに【熱海プラス復讐の無茶振り編】その名に相応しい戦いを見せていた。 「ちょい待て、何故俺の目の前に再度かき氷が!?」 実際の所、出場はしたが実はやる気が無かった翔太が絶え間なく配られる新たな器に戦慄している。 「まあまあ。皆で楽しみながら食べつつ優勝目指す……そんなのもいいじゃないか」 「うんうん! みんな、がんばろうね! いっぱい食べよう! 競争だよ!」 【MGK】で共に参加したツァインと何時も元気な壱也がそんな翔太に言葉を投げる。 「わたし、甘い物大好きだし! じゃじゃーん! 取り出したのはマイ練乳! これじゃないとだめ!」 見ている方が胸焼けしそうになる位、ドバドバと練乳を振り掛ける壱也は言うに及ばず、 「早くはないが止まらず食べ続ける。持久戦には自信有りだ!」 ガツガツしている……という風では無くてもツァインもやる気が無いという訳でも無いらしい。 「でも、制限時間って……三時間もかき氷食べつづけられる人なんているの!?」 「フッ、為せばなる為さねばならぬ何事も!」 そして祥子の言葉に答えた優希の方はと言えばそれ以上に燃えており、彼は実に戦意たっぷりであった。 「ただ勝てば良いというならば、氷を温め水に戻して飲んでしまえば良い。だがそれではつまらんだろう?」 傲然と言い放つ優希はクソ暑い中、スキーウェアにマフラーを巻き、頭には暖めたカイロを入れたニット帽を被った着だるま状態である。 見るからに暑苦しく、うっかり桃子辺りが殴ってしまいそうなその扮装は湯気が出る程に煮えた優希に万全の備えを与えていた。 問題は彼が熱中症か脱水症状で倒れるのが先か、カキ氷が来るのが先かだったのだから立ち塞がる問題は最早無い。極限まで自らを『冷たいものを欲する状況まで追い込んだ』彼は勢いの良いオーダーを飛ばした。 「――さあ、幾らでも! 山ほどかき氷を持ってくるがいい!」 「フッ……」 その声に笑って応えたのはやはりクソ暑いのに黒尽くめが変わらない斜堂影継(エプロンつけたかき氷係)その人であった。 「セバスチャンのようにタフでジェントルな男になるため、カキ氷作りで奴に挑む! 共にカキ氷を作る中で見習うべき部分はあるだろう──そう思っていたが、見るべきはそこにもあったか」 カクカクと喋る度に中二なポーズをキメまくる彼の頭もやはり暑さで若干茹っているのだろうか? 「ならば見るがいい! 吹き荒れるは烈氷を刻む黒き風──喰らえ、俺のgeschabtes Eis(削られし氷)──!」 がりがりがりがり…… (じ、地味だ。しかも自分じゃ食べらないし……!) 幾らヤケクソ気味に遊んでみても地道な作業が延々と続く切ない現実は変わらない。 「ナイスジェントル!」 「はぁ? ありがとうございます」 この有様に不平の一つも言わず不満の顔もしないで氷を削り続ける豪腕(135)に畏敬の念を抱く影継(16)の夏であった。 (かき氷の制作風景面白い。飽きない……) 機械が止まる度に何か言いたげな視線で彼等を見つめる綺沙羅である。 がりがり。 「じー」 ごりごり。 「じーっ」 時折かき氷を食べながら、終始無言で細かく削られた氷がガラスの器に満たされていく光景を見つめる彼女は珍しく年齢相応の姿を見せていた。 果たして彼女の望みを叶える為なのか、セバスチャンは全く手を止めはしない。がりがりごりごりと無言でかき氷器を回す時間が続く。 「自分でも限りなくアウトに近いアウトだと思うけど、ルールに引っかからないならセーフでしょ!?」 そう言う陽菜は見ればシロップの代わりにお湯をかけては器の(元)氷を飲み干している。 (入れるお湯の分、量が増えるけど塔味とか出ない限りは優勝も狙えるはずだよ!) 水っ腹で膨らむ可憐な君のぽんぽんが宇宙の胃袋に勝てるなら。 とは言え、周りが自分を抜いたなら必殺の練乳より甘い『メープルシロップ』をお見舞いする予定の彼女である。戦意は高い。 「三時間は長丁場ですからね。作戦は名前にあやかって七杯食べたら休憩してを繰り返す、といきましょうか……」 仲間達のペースを横目で見ながら七海がポツリと呟いた。 味はほぼ宇治金時一択、どんな事もあろうかと用意したおしるこ缶が彼の秘密兵器である。 全く誰かが言った通り、ガチで体調を崩しそうなかき氷は大食いに使うような代物では無いのだが…… 「優勝を目指す理由? 折角だからと言うのもありますが まだ失恋したの引きずってんだよ!」 そういう理由じゃ仕方ないよネ! 「ルカは今回は真面目よ。理不尽に不条理に。 ルカは精神力はたりないかもだけど、不屈の闘志はあるの。 でも食べ過ぎちゃって凍死とかあるかもね。やだ、ルカおもしろいこといっちゃったわ」 真面目なのは結構だが、彼女の今日の『真面目』は相当の地雷原をスキップで駆け抜けるが如しである。 ぶつぶつと茫洋に呟きながらスプーンを動かし続けるルカの顔色は相当悪い。 さにあらん、彼女は一週間食事を抜いて来たのだ。衰弱の上、炎天下で氷を急速にかき込めばどうなるか。恐らくはルカルカ・アンダーテイカー以外の大抵の人が理解している通りである。 「確かに俺はド本命のニニさんに張った。しかしなぁ!」 露骨に大会救護班お世話第一号になりそうな彼女の横では目を見開いた狄龍がガシガシとスプーンを突き立てていた。 「俺だって負けちゃいねェ。中国三千年……あれ、四千年だっけ? チャイニーズ・アイシングの妙を見せてやるぜー!」 中国云千年と付ければそれでいいのかという雑な胡散臭さを如何なく発揮する彼だか彼女だかは正体不詳の中国人(?)にある意味では相応しく砂糖水をどかどかとぶちまけてみぞれにした氷をズルズルと啜りまくっている。 「ふっふん。甘いものは別腹! カキ氷は蜂蜜かけて食べますねー!」 予想外の健闘を見せているのはエーデルワイスだった。「大丈夫、わたしはメタルフレームだから!」と言い張る彼女にはプラシーボ効果でも働いているのだろうか。ある意味自分をきちんと騙せる稀有な才能(アホ)を有した彼女はここまで快調に器を重ねていたのだが。 「……あ、あれ? 何か赤い?」 好事魔多し。ここで炸裂するのは皆が待っていた桃味だった。 露骨に危険な刺激臭を漂わせる凶器(フラッペ)を目の前に思わず桃子の方に視線をやるエーデルワイス。 (これ食べないと駄目ですか?) とテレパスを飛ばした彼女に帰って来た言葉は筆舌尽くし難い恐怖の一言であった。 ニコニコしたままサムズアップする桃子の期待を裏切る事は彼女にとって(ガガピピザザー) 「うおぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」 覚悟を決め、気合を入れて見ても。 「あーッ!」 泡を噴くエーデルワイスの有様にごくりと息を飲む出場者達。 心なしか彼等が目立たないように動き始めたのは気のせいだっただろうか? しかし、怯まぬ者も居る。 「口でお願いするよりこの方が速いと思って食べたい順番に書いてきたの!」 あろう事かかき氷を作るテントにオーダーとして――ニニギアが持ち込んだのは山のようにオーダーが並ぶメモならぬ巻物であった。 お前は忍者かというツッコミをするにも出来ず期待に瞳を輝かせるニニギアの暴食を彼等は見つめるばかりであった。 「今、私のファンタジック胃袋が本領を発揮する時!」 最大の見せ場とまさに猛烈な勢いで食べ進むニニギアをちらりと眺め、やはりこちらも食べるには相当の自信があるアルトリアが呟いた。 「奇抜な味は飽きるのだ」 対抗意識の発露は彼女のペースをも引き上げた。戦い序盤から加速するデッドヒート。それは女のプライドとプライドのぶつかり合いである。 「おいしく! 速く! 美しく!」 「突き進む――闇に堕ちしこの力でも、守れる正義はある筈だ!」 オーラとオーラが激突する。それはまるで竜虎相食むその趣き! 上がるテンション、釣られてヒートする会場! 全体のペースも上がりに上がり、ここぞと解説の声を発するのは――エナーシア! 「この大会、その裏ではもう一つの戦場が繰り広げられていた……最解説に 私は成るのだわ!」 解説において競技に詳しいだけでは並なのである。その上を目指すには各選手の情報が必須、それを分析する頭脳も又必須である。 数々の依頼同行で積んだ過去の蓄積と、エネミースキャンによる現在のデータ収集。二つの情報が火を噴けば! 「即ち、私の解説に死角は無いのだわ!」 やけに盛り上げて来るえなちゃんことエナーシア。美学主義にマエストロが実に良く聞いている。あと多分桃色の悪運も。←犯行予告 クリティカルとファンブル、光と闇を同時に抱く三高平市のJAM子ちゃんはくわっと見開いたその目をもって広い戦況さえ見極めていた。 「この大会、一見アイスクリーム頭痛に耐性のある冷気無効が有利に思えるけど……そんな甘いものではないのだわ。 長丁場である以上、より注意すべきは冷えた水分を多量に摂取し続けなければいけないという事。 因みにトイレには罠を仕掛けておいたので嵌れば競技中には戻れないでせう。 なので内臓系のメタルフレームが優位と言えるかしらね!」 解説なのに何故か罠を仕掛けるえなちゃんである。因みに光と闇を同時に抱く彼女は動き出すなり桃色の闇に拿捕されて無意味に抱きしめられてがっくんがっくんされているのだが、それは些細な余談である! 「まったく、歴戦のリベリスタともあろう者達がカキ氷如きに苦しむとは不甲斐ない、ふはははは!」 特製の椅子に座る刃紅郎が無駄に偉そうに高笑いを上げている。 「しかし暑くて溜まらんな……執事、我にもカキ氷を持ってこい!」 「只今」と持ってきた軍司からその器を受け取った彼が、 「美味い! 美味いぞ! のたうつ貴様等を見つつ優雅に喰らうカキ氷のなんと格別な事よ! ふっははは――」←この辺 ……この辺で止まったのはお約束である。 「ほんとにお前っていつでもその時のテンションで動いてるよなあ! もうちょっと僕みたいに落ち着きをもてよ。 中身は三高平男子を恐怖のズンドコに落とす、悪魔でしかないけど 見た目だけは天使じゃん? 羽生えてるし。白いし。詐欺だけど! もう少し可愛げあればさ、彼氏の一人もできると思うぜ?なんなら友達紹介しようか? そろそろさ、桃子も梅子におんぶにだっこでベタベタする年じゃあないと思うんだ! え、何? これ。桃味かき氷? くれるの? いいとこあるじゃん、さすが桃子! 可愛いね!」 そんでもって。 「アッ――――!!!」 夏栖斗(コレ)が動かなくなったのもお約束である。 「僕思うんだよね。なんだかんだで夏栖斗くん、桃子ちゃんの事が好きなんじゃないかって」 しみじみと言うのは彼の骨を拾う為に今日ここにやって来た悠里である。 (でも、夏栖斗が紹介する友達って誰だろ……? 桃子ちゃんは確かにあの荒ぶるピーチイズムがなければモテると思うんだよね。それこそ紹介なんていらない位に) 夏栖斗よりも随分と賢明な悠里はその内心を口には出さない。 ぐったりと動かなくなってきたえなちゃんを振り回し「今だ、そこだ、やっちまえ!」等と会場に野次を送る暴君(タイラント)は手にかけた犠牲者の事等、一秒後には忘れているような有様であった。 「うぎぎ……捕まっていても解説は出来るのです><。」 えなちゃん>< 特設のテントの席では戦況を眺める沙織と京子の姿があった。 「ところで沙織さんどうですか? かきごおり食べてますか? そうですよね、沙織さんはこんな時もモテモテですもんね、他の女の子に付き合ってかきごおり食べてますよね」 控え目に置かれた空の器をちらりと眺めて、 「いいんですよ、私には別に無理して付き合わなくても、かきごおりの食べ過ぎで体調壊されても困りますし」 ……奥歯に何かの挟まった物言いをする京子である。 沙織がそんな京子に返した言葉は唐突なものだった。 「逆だろ、逆」 「へ?」 「俺がお前に付き合うんじゃなくて、お前が俺に付き合うの」 「――――」 言葉は軽く、彼が浮かべる笑みも又軽い。 「……えーと、その、ハイ。……宜しくお願いします」 頬に朱を差して何処と無く畏まって京子。何とも言えないその空気に戸惑った彼女は苦し紛れに会場の方に目を向けた。 「ところで大会出場している戦場ヶ原先輩はすごいなぁ! かきごおりをわんこそばみたいに口に放り込みながら食べるなんて、今までのかきごおり早食いの先を行く食べ方です! しかもシロップに唐辛子使用ですよ! あれは中々真似出来ませんね!」 小さく肩を竦める沙織。彼の視界の中に玉の汗を浮かべて『クソ真面目に』会場を警邏する恵梨香の姿が映っていた。 「そんなのいいから、こっちこっち」 「……は? 円滑なイベントの運営の為には警備とパトロールが」 「かき氷あるからこっちにおいで」 「命令なら従いますけど……」 裏方作業が褒められるならば幸いだ。 しかし、楽しそうに遊ぶ誰かの姿には眩しさを覚えなくも無い彼女である。 自分には似合わないと敬遠する気持ちもあるけれど――誰あろう彼に呼び止められるならば嫌という訳でも無い。むしろその逆である。 「命令」 「じゃあ、はい。そうしますけど……」 少女の顔が少し赤くなったのは強い日差しの所為なのか。 「次、持ってきましょうか? かき氷……」 「三つ、いや四つね。お前の分も」 バランス良くかき氷を運び続けるリンシードにも「休憩したら?」と声を掛ける。まさに息を吐くように何とやら。 騒がしい会場に騒がしいどよめきが起きる。恐らくは『また』何かが起こったのだろう。 頭痛を堪えるように席を立ちかけた恵梨香の腕を沙織が掴む。何かを言いかけた彼女はその先を言わず『難しい』顔で着席した。 「氷の世界! 一度幕を開けたなら、全てを凍りつかせるまで止まる事は無い、まさにそれはアブソリュート・ゼロ! 生きるか。生きたいか。生き残りたいか! 宜しい! ならば教えましょう、この魔窟を越える為の戦いを! そうその術を!」 会場では最早実況なんだか解説なんだか創作なんだか良く分からん薀蓄をマイクを握りに握ったチャイカが飛ばして飛ばして飛ばしている。 (今回供されるかき氷に含まれている多数の謎めいた隠し味的なマテリアルについても存分に解説出来るアンテナとデータベースを備えるチャイカさんならば! このカオス溢れるイヴェントを逐一解説していくという苦行めいた職務も全う出来るはずだ! むしろする! フェイト使ってでも! チャイカがやらねば誰がやる!) 無闇な使命感に駆られた彼女の力説はそれはそれは熱の入ったモノだった。 「漆黒ヒロインの桃味かき氷って一体……エインズワースー、大会に参加してないけどくれる?」 「いいですよ、どうぞ!」 (どうしてだろう。頂戴って言った手前食べ訳にはいかないけど、これは食べてはいけないものの予感がする!) 「はーい、当方調べによりますと今回の『桃味』には――んがんぐ!」 チャイカさん、聞いちゃいけない成分とか結構色々入ってたよ? 嗚呼、犠牲者が――自ら火に飛び込む夏の虫、遥紀がまた一人。 NOBUが呟く。「ロックだね」。 「大食い大会で、かき氷、というのは珍しい気がしますが、やっぱり難しいしょうか?」 スタッフではなく野次馬としてインタビューする綾乃に力強く答えたのは瞳に愛(笑)の炎(大笑)を燃やす虎美であった。 「関係ないよ! そこにどんな困難が待ち受けていたって、私には何時だってお兄ちゃんがついてるから!」 「何か意気込みがあればどうぞ!」 「待っててお兄ちゃん!」 綾乃と虎美の会話が微妙に成立していないのは気にしない。どうせ何時もの事である。 「食うぜー、超食うぜー! キャパ特化の私は謂わば可能性と爆発力の女…… 今こそお兄ちゃんへの愛を爆発させる時!」 うわぁ。 「街中デートで、海の家で、自宅で、お兄ちゃんとかき氷! あーんしたりされたりするのはお約束! お兄ちゃんと一緒だと思えばかき氷の百杯や二百杯いけるいける! 私、この大会で優勝したらお兄ちゃんと夜明けのかき氷食べるんだ…… うふふ、お兄ちゃん。やだもう照れなくって良いってばお兄ちゃんの本音はわかってるんだから! うふふふ……楽しみっ☆ って、誰なの? その女? 彼女なの? 馬鹿なの? ntrrなの? 死ぬの!?」 ……何はともあれ、虎美が妄想の加速に暴れて転がり――場が酷く混沌とし始めたのは確かである! ●大会III 「……あの、すでにお腹がシベリア超特急、なんですけど……」 多分、かき氷を食べ出す前に喰らった余分な一発が深刻な影を落としている。 露骨に顔色の悪いステイシィが医療班のテントを訪れた時――彼女の耳に飛び込んできたのは物騒過ぎる一言だった。 「エーデルワイスさんに続き、夏栖斗さん、遥紀さんの心肺も停止状態です!」 ナース姿の和泉から飛び出した衝撃の一言に「えーと……」と固まるステイシィ。 その場で始まったERばりの救急救命、心臓マッサージに全く所在無い彼女である。 「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」 AA略のアンナさん。 ――全く脈絡の無い命のドラマ(笑)はさて置いて、戦いは徐々に加速し、過熱し、最高潮を迎えようとしていた。 「やれやれ、仕方がない子達ですね」 騒がしさを増す光景に小さな溜息を吐き出したのは永だった。 傍らで氷をつつく貴樹と共にある意味で眩しい――若者達の時間を眺めている。それは羨ましいようであり、粗忽と嗜めるべきなのかと悩むようでもあり。永の柳眉は少し複雑なハの字を描くのであった。 「まぁ、たまには良いのでは無いですかな」 今時の若い者は――という台詞が余りに似合わない、女学生のなりをした年長者に貴樹はそんな言葉を返した。 つつく氷の味付けは二人とも変わらず金時である。ペースはゆるりと――少なくとも暴食に走る面々よりは随分と大人しいものではあるが、二人は二人でこういう時間を満喫している事に違いは無い。 「かき氷をいただくというだけでこの騒ぎ。けしからん事をしている子もいるようですが、不快ではないのです。 不思議ですね。これがアークの強さなのかも知れません。決して一枚岩ではなく、しかし大小様々な石がそれぞれの役割を果たして強固な石垣を築く……」 日差しの所為か眩しそうに瞼を伏せた永は半ば独白するように宙に言葉を遊ばせる。 祭り特有の雰囲気に素直に身を委ねられる程若くは無いけれど、感じているものが決定的に違う訳でもない。 「あっ、いたいた。貴樹ー! 一緒にカキ氷を食べましょう! そっちはどんな味にしましたか? ワタシはみぞれにしました。かかってないように実は見せかけてかかってる、面白いデス!」 「今日も元気が良いなあ」 「それが取り柄なのデス! と、ところで貴樹、これが終わったらあったかいもの食べに行きません?」 元気には元気でも経験少なく『かき氷のとんだ罠』を見事に踏み抜いたのがシュエシアである。 若干涙目の彼女の上目遣いに一も二も無く「良かろう」と頷いた貴樹を見て、永は何とも言えない溜息を二度目吐き出した。 「季節って大事ですね。だってほら――かき氷がこんなにおいしい」 実際に味わってみるまではそんな簡単な事さえ忘れていた。 自分は時間から取り残されている訳ではない、と。動く何かもあるのだと彼女は単純な事実からそれを思う。 「ラヴィアン・サーモグラフアイ!(きゅぴーん!)」 熱感知で参加者達の『冷え具合』を確認するのはラヴィアンである。 「んー、そろそろ皆相当寒くなってきてるみたいだなー。 さっきから見てたら、どの部位がどれ位冷えたら頭痛が起きるのか分かってきたぜ。アイツ何か、もうそろそろ頭痛が来るんじゃねーかな」 「うんうん。翔太さんは平気そうに見えるけどちょっと涙目ね。頭がキーンとしてるに違いないわ」 すっかり試合放棄した祥子も同意する中々的を射た意見である。 「ツァインさんはいったい何と戦っているんだろう?」 「あー?」 「陽菜ちゃんは余裕の食べっぷり。さすがソフトで鍛えてると違うわね」 「んー……」 祥子は仲間達の様子をあれこれ見ているが、ラヴィアンは実況と言いながらも自分のペースでかき氷を楽しむ方に熱心なようであった。 「かき氷うめー。やっぱメロンが最高だよな!え、実況? ああ……かき氷が美味くて美味くて、大会参加者は全員超幸せそうな顔してるよな!」 露骨に適当なアレであった。 会場に目をやれば、かなりいいペースで驀進する彩花Withモニカの姿が否が応無く周りの人間の目を引いた。 バランスの良い能力値で爆発はなくとも堅実に成果を積み重ねる彩花はサポートに徹するモニカの助けも得て、華麗に上位を追走している。 (大食い大会の必勝法は周囲のペースに流されず終始自分のペースをあくまでも貫徹することです。 こう見えても機械産業の関係者、この手の流れ作業の秘訣は分かっています。 無駄な動きを極力無くし、尚且つテンポを守り、安定性重視で決して負荷の掛かる行動はしない。 これさえ厳守すれば自ずとこの大会での結果もついてくる筈、勝機もそこに見える筈なのです――) 嗚呼、ライトニング・フェミーヌ。ソレ行けヤレ行けお嬢様。戦え僕等のお嬢様。 ペースをすっかり手に入れて絶好調の彩花である。 (遊び半分とは言え……偶にはこういうのも悪い気はしませんね。うふふ) 乗ってきた彩花は――全くカエルの子はカエルという言葉を何より正しく証明する――此方に手を振る時村親子の息子の方に一つ器用なウィンクをして見せた。相も変わらず性懲りも無く息を吐くように日課のように何の気なしに多分適当に気が向くから一種の病気で目に付く美人を口説きからかう沙織である。彼女は『それをいちいち真に受けて目を白黒させるようなタイプでは断じて有り得ないが』全く面白くも無いのかと問われればそうでもない。(それ以上がどうこうかは別にして)満更でも無いのかと問われればその程度ならばイエスだろう。『客観的な一般論として』若干の問題点に目を瞑るなら概ね沙織は『いい男』であり、その評価は彩花をしてもそんなに大きく変わらない部分である。長ぇなオイ。 「……」 「……さて、頑張りましょう。どうせなら勝ちたいですからね」 「……………」 「……モニカ?」 ……唯、そんな満更でもない反応を見せる彩花が物凄く面白くない人間が約一名居た。 誰あろう、これまでは彩花の快進撃をサポートしてきたモニカである。 しかして、目が据わった彼女は実に唐突に『何か無性にとってもすんごくムカついていた』。 (遊び半分とは言え、あのお嬢様が色気付いているなんて事実がどうも納得いきません) 生意気。お嬢様の癖に。大人しくお笑いしてればいいんですよ。←かなり酷い 当人の主張は多分恐らくこの辺りなのだが、それが理由の全てなのか――それともずっと幼い時から見守ってきた少女が(ほぼ初めて)そんな風にしたのが衝撃だったのかは――ヒネまくり屈折している割に人間性豊かな当人に聞いても多分あんまり当てにはならず、神ならぬ誰にも分からぬ事である。 「こんなこともあろうかと用意したクサヤ&トウガラシシロップに……あ、桃子様、桃子様。 その『桃味』ってのもこっちに下さい。お嬢様のかき氷に山盛りに掛けますんで!」 「ちょ――モニカ、何を!?」 ……まぁ、でも何れにしても彩花の冒険はここで終わってしまうらしい。 「全く、暑いのなら冷房の効いた部屋に篭れば良いじゃない。 広場でかき氷を口にしたって暑いものは暑いのだから……」 テントの中でも黒い日傘を弄びながら、目の前の光景に笑う沙織に氷璃が言った。 若干拗ねたような口調で彼女がそう言ったのは次の彼の言葉を見越していたからだった。 「でも、出てきたじゃん」 「……何よ、沙織? 文句を言いながら此処に居る事がそんなに可笑しい?」 「ちっとも」 機嫌を損ねた血統書付きの黒猫のそのふんわりとした髪の毛を沙織の指が弄ぶ。 全く『自信過剰』な彼の態度は何となく彼女を複雑な気分にさせるのだが、その辺りには何とも言えないやり取りの妙がある。 「……いいわ。約束したから。冬は暖めて貰ったから、夏は涼しくしてあげるって」 一つ嘆息した氷璃は今日も『少しだけ』諦めた。 どんどん弱くなる――気がする――自分に思う所が無い訳では無いが、そんな感情は表には出しはしない。 「かき氷にはシロップの代わりに角砂糖とabsintheを。 多くの芸術家達を虜にし、堕として行った禁断のお酒よ。 禁止前の品なんて普通なら手に入らないでしょうけど――蛇の道は蛇よね?」 騒がしい場所に比べて随分と落ち着いた時間が流れている。 「成る程、酔っ払うには丁度いいかも」 「同じ熱でも沙織と陽射しでは大違いね」 白い指を伸ばし何となく彼の頬を撫でた氷璃はその先を言わなかった。 ――私は、沙織になら融かされてしまっても構わないけれど―― 代わりの一言だけを添える。 「何だか、腹立たしいわ」 意味を分かっているのかいないのか、沙織は気にした風も無い。 コメディとロマンスが交錯する混沌のスープは夏の暑さにいよいよ煮立っていますです。 「しかしまぁ、次々と……幾つあれば足りるのやら、だな」 ダブルアクションで華麗にかき氷を量産する拓真が「ふぅ」と息を吐き出し額の汗を袖で拭う。 全くかき氷を削りまくるというのもここまで来ればかなりの重労働に違いあるまい。 「体力、技、ともに揃った俺こそが優勝にふさわしい! なにより可能性にあふれた獣ともいえるこの俺こそが――!」 「負けない。俺は――俺は、酒屋の息子の意地にかけて! 脱落した彩花(笑)に代わり猛然とトップグループを追走し始めたのは誰が呼んだか三高平の三(ピピガガ)竜一と快の二人であった。 快の作戦は単純明快、氷に酒をかけて浴びるようにかっ喰らうという意味があるんだか自爆なんだか良く分からん代物だった。しかしてほろ酔い超えて酩酊に。酔い潰れないギリギリのラインを見極める。境界線を見極める感覚は鍛えてきたのが酒屋の息子である。数百数千種の酒に触れ、幾多の飲み会で死線()を超えて。彼は何だか知らんが物凄く頑張っていた。 一方――同じく理屈ではないのが竜一の存在だった。 「氷を食うに当たって気をつけるべきはペース。 一気に食うと、頭がキーンってするから。俺の唯一の弱点ともいえる、メンタル。 だが、それは、イヴたんの応援によってフォローできる!」 そろそろほとぼりも冷めたよね? と思う存分イヴたんペロペロ! なる竜一である。 若干引き気味のフォーチュナも熱烈に頼み込む彼にほだされて、ボンボンを両手に「頑張れ、竜一」と今日ばかりは応援の構えである。 「勝利の栄光をイヴたんにささげるため! 俺は、食い尽くす! さあイヴたん! 俺を応援してー!」 若干引き気味の(二回目)イヴはボンボンを振ってはへたれそうになる竜一を強力に賦活していた。 その威力たるや聖神の息吹を越えるデウス・エクス・マキナの領域である。 「待っててイヴたん! 優勝して君をゲット!」 「……竜一、やっぱ頑張らなくていい……」 「げふあ!?」 ……そして、こっちはマレウス・ステルラ。←アシュレイのヤツ 「ロシヤーネ魂に誓い最後まで戦い抜く!」 「はいはーい、現場からお送りしまーす。 そろそろアイドルという認識が皆に行き渡ったと思っているスーパードラマチックアイドル(候補生)のミサイル・明奈ちゃんです! 決してリングネームではありませーん! おおーっと、ウラジミール選手禁断の大技を持ち出した模様ですよー!」 レポーターのマイクを片手に朗らかさを全開にした明奈が実況する。 ウォッカをざばざばとぶっ掛けて氷を飲み干すその様は軍人の生き様を物語っていた。 既に頭痛にうんうんと唸り、スプーンが止まるもの。腹が冷えてトイレに篭城している者、無理しすぎてテントの中で毛布に包まれている者等死屍累々の有様である。明奈のお仕事はそんなゾンビ共に明るくインタビューしてついでにアイドルアピールする事である! (辛くなったらお嬢様を見る――かっこ悪い姿何見せられない!) 唇を青くしながらガチガチと震え愛(?)の為に戦うのは亘。※お嬢様「私強いですの」とかさめざめ泣いていましたが。 「冷えたら布団と思ったけど、冷える間なんてないわね」 パロックナイツの一角こと『大食い淑女』はまだまだこれから。 「私は――私は負けない――! 優勝の二文字以外は私にはありえないのだからな!」 何故この人がこんなにシリアスなのか書いてる私も良く分からんが! 食い下がりペースを上げるアルトリアもそれは同じくである。 「……きつ、でもこれを食べないと端から人質が殺される……!」 妄想を糧にとらは戦う。設定を守らんとそのスプーンを止めていない。 「フェイト☆いっぱぁぁあつ!」 「――越える! 妾はこの限界を――ッ!」 遂には、シェリーがパージした。厚着を脱ぎ捨てた彼女は水着。 「じー」 エリスが相変わらず撮っている! 最早何が何だか分からない! ●投げっぱなしジャーマン ――結論から言えばこの大会はわやくちゃの末に終了し、結果はハッキリとはしなかった。 それは見物するのに飽きた桃子が拿捕したえなちゃんを戦利品にクーラーの効いた本部へと何時の間にか姿を消してしまっていたからだった。 「賑やかに、屍散らす、夏氷。面白くもあり、恐ろしくもあり、だなぁ」 烏は「ククッ」とハトが鳴くような声で笑みを零し、兵共が夢の跡――広場の惨状に肩を竦めた。 気付けば日は随分と下っている。戦士達が腹痛に苛まれるのはこれから先の出来事だろう―― もういいおわゆ!!! ゆるせ!!! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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