●王、吠える。 蟲共が『鬼ノ城』に群がっておる。 その手に針の如きか弱い刃を携え、その唇に耳障りな雑音を乗せている。 王の居場所を全き性懲りも無く侵している。 一声吠えれば――この身は一層、烈火の如く燃えるのだ。 この怒りは何処より沸いて来るのであろうか。 身を焦がし、胸を引き裂き、脳を掻き混ぜ続けるようなこの怒りを。 果たして唯、怒りと呼んで相応しいものなのかどうか――我は知らぬ。 呪うべきは吉備津めに敗れた己が無力か。 それとも永きに渡る幽閉、その屈辱か。 滅び損ねた戦いの結末か、或いはその全てか。 何もかもが、此の世の全てが、騒然なる動物の気が苛立たしい。 嫌でも鼻につく人の臭いが鬱陶しい。人が不快。鬼が不快。この上なく不快。 我を討たんとする事が不快。我を護らんとする事も又不快也! 知らぬのだ。この日ノ本は。 人は忘れてしまったのだ。温羅の名を。 鬼さえ忘れてしまったのだ。我が力を。我が王威を。 我を謗るか。侮るか。全ては一千年の忘却の遠き向こうと。 愚かな。 愚かな。 愚かな。 ――愚かな! 時が彼方に我を追いやろうとも、温羅は未だ此処に在る。 時が如何に我を呪おうと、温羅は朽ちず――今、蘇ったのだ。 ならば、見せよう。 ならば、思い知るがいい。 王の名を此度こそ――消えぬ痛みで刻みつけん。 我が名は温羅。日ノ本を喰らい、飲み干す者。 かくも死に急ぐならば、それも構わぬ。うぬ等、人間め。この力、眼に焼き付けて塵滅べ! |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月15日(日)00:25 |
||
|
||||
|
●鬼ノ城、本丸 荒れる『鬼ノ城』。 城外で、城門で、御庭で、城内で――繰り返される戦いは血で血を洗う消耗戦に違いなかった。 リベリスタは酷く濃密な血煙の中を運命の灯を手に掻き分ける。 痛み、傷付き、肉体と心を、運命さえ削ぎ落とされながらも一歩一歩。一歩、一歩。 「汝の敵を愛せよ。相手の如くに相手を考えて。 かつての温羅様であれば、惨めな敗北の者共に嘆息の一つもされる事でしょうが」 マイスターは言う。各地での戦いはリベリスタ達の奮闘によって鬼道の不利に推移していた。 城外での戦いで鬼道の脅威は増大していたが、城門、御庭、本丸下部は次々に連破されたのである。 後方の安全が完全に確保出来ていない以上、戦場のリベリスタ達は重い余力の消耗を余儀なくされていた。しかし、鬼ノ城内の敵を次々と駆逐し、押し始めた彼等は『鬼角の大術』を破壊し、進軍のペースを上げる事には成功した。 彼等の戦いは最初から終局を意味する一点のみを目指している。 「漸く首魁のお出ましか。お前が千年の怨みを晴らすのも日ノ本の王を自称するのも別に構わん。 だが、お前をのさばらせておくと後々面倒な事になりそうなんでな。此処で斃させて貰う」 そう。本丸上部に乗り込んだ福松の視線の先には絶対不倒の王が居る。 揺らめく篝火に照らされて――佇む。鬼共がその力を誇り、畏れ、頼みにする王が居た。 玉座に座り、上ってくる彼等を見下ろす鬼の名を『温羅』と云う。 歴史に呑まれ、時間に擦り切れ――その記録は僅かな伝承に残るばかり。 今宵、千年の苦杯を経てリベリスタに相対する王の名を『温羅』と云う。 「うおおおお、大きいでござるです! 大きいで御座るですなぁ! これは倒しがいがあるでござるです!」 (気になるのは禍鬼ッスけど……) 大声を上げた姫乃の一方、計都は思案する。腹に何かを抱える『禍鬼』の動向は読み切れないが―― 大鬼・温羅の撃破は即ち鬼道勢力の終わりを意味している。リベリスタは『吉備津彦』の遺志を、自らの誇りを突き立てなければならない。痛みを越え、屍を越え、絶望を越えて――単一で一軍の如き強靭さを見せるそれを、打ち滅ぼさねばならぬのだ。 戦いに到る時間の前、極僅かな猶予の時間―― 「うふ。デカくてカタくて、とってもツヨそう――」 何処か惚けて陶然と、その長い舌で赤い唇を舐めたのはおろちだった。 「いいわ。何よりその魂。破壊と破滅と暴虐と、死。 見るからにそれを撒き散らそうっていう怒り顔がいいじゃない。そこが一番のチャームポイントね」 本丸を目指す通路を駆け上がったリベリスタ達はそれに出会った。元より覚悟して――出会ってしまった。 「ごきげんよう、温羅」 イーゼリットはさも楽しそうに笑っていた。 「子供でも知っている日本の伝説…… 知らない訳には行かないでしょう? 見ておかない訳には行かないでしょう? 私は神秘探求同盟――『月の座』だから。忘れないように、目に焼き付けてあげる。記録してあげるわ。 だって……くすくす! あはは! だってあなたは、ここで滅ぶんだから!」 「うわ……こんなの相手に恐れず向かっていくんだね、流石リベリスタ。 うん、こんなのと真っ向勝負する位なら、ボクは人生脇役で構わないね」 一方で何処まで本気か全く飄々とした凍が読めない調子の声を上げた。 彼の視線の先で大仰に天を突くのは捩れた二本の黒い角。はち切れんばかりの隆々とした肉体から湯気さえ立てそうな熱気を上げて佇む大鬼は、王の居場所に大挙して雪崩れ込んできた無礼者達を――リベリスタ達をがらんどうのような虚ろの瞳でねめつけている。 「温羅伝説ね。本で読んだことが有るわ。この体で伝説を体感できるなんて、最高にワクワクするわね」 リウビアが言う。 「うぅわマジかよおっかねー…… コレってもう鬼って存在飛び越えてねー? 神とか悪魔みたいじゃーん」 「おー、でけえでけえ」 「まるで怪獣ね。鬼退治と言うより怪獣退治だわ」 呆れたように呟いたのは甚内、瀬恋、答えたのは糾華である。 「圧倒的な威圧感、確かに震えが来そうですね。 でも、幸か不幸か僕は既に体験している……そう、十二年前のあの時に。アイツが現れたあの時に……」 自分に言い聞かせるようにも聞こえる声色で呟いたのはカイである。 糾華の見上げた『鬼ノ王』は圧倒的な多勢に居場所を侵されつつある現況にも全く動じた様子は無いようだった。 「でかくて強い。単純だけど厄介極りない相手ですのう。さて、私の銃が何処まで通用するか分かりませんが……」 「せこせこちっちぇ仕事をしてたアタシが桃太郎さんの真似事とはね。人生何があるかわかったもんじゃないね」 「でも、大きな相手が今までいなかったわけでもないわ。大丈夫。行ける……筈」 『相手が人間ならば』殺傷力には御釣りが来そうなショットガンを手に言う九十九と、気負わない瀬恋に糾華が半ば独白めいた。 「三匹のお供などという控えめな人数ではないが、なりふり構ってはいられない……といった所か」 鉅の口調は何処か皮肉で何処か冗句めいても居た。 「……図体だけ、というわけでもなさそうです。 私一人の力は微々たる物、温羅からすれば虫けらのような物ですが…… アークの、みなさんの力を集結すれば……きっと勝てます」 続いたリンシードの言葉に何を思ったか――鉅は「ああ」と短く応え、頷いた。 どの道、勝つより他に世の混乱を収める術は無い事は知れていた。 勝たなければ平穏は何処にも無い。踏み躙られたこの地に平和が訪れる事等有り得ないのだ。 「流石は鬼の王ってとこか、とんでもなく強そうだな……まぁだからってこっちも負けるつもりはねぇんだけどな」 「唯、単純に強いと言う事は、それだけで人を引き付けるものなんですね。 まるで暗闇に浮かぶ炎のよう。触れれば、その身を焼かれると分かっていても、近付かずにはいられない。 私は誘蛾灯に誘われた哀れな蟲でしょうか。それともその光も蟲に集られて果てるでしょうか。 まあ、その見た目では近付く気も薄れる方も居るかも知れませんけどね。ふふふ……」 「貴方はどうしてそんなに怒るの?」 吹雪、そして口元に手を当て仮面の向こうで艶然と笑う珍粘の一方で、震える依子の唇が声を紡いだ。 城内、城外で響き渡る怒号は――悲鳴は、喧騒は戦いが現在もまだ続いている事を意味している。 元より並び立たぬ両雄である。人と鬼、千と四百年の昔――この国を治めた朝廷が、『吉備津彦』が鬼を、温羅を認めなかったのと同じように。現世のリベリスタ達も彼等の在り様を肯定出来る筈も無い。しかし、何故。 「貴方はどうしてそんなに咆えるの? 貴方はどうしてそんなに傷付けるの――?」 何故。 「お主、日本を征服してどうするつもりなのじゃろうな? 鬼の住処を得るため? それとも己の力を世に知らしめるため? 人敗れればそれも又自然の摂理……とも思えぬ事も無いが。わしが長年住んできた日本を渡すわけにもいかんがの」 ――まこと、何時の世も。うぬ等は詮無きばかりを求めよる。故に今宵も小賢しい―― 依子、礼子の問いに応えた訳でも無かろうが――リベリスタ達の肌をビリビリと震わせ、腹の底をグラグラと揺らす大鬼の声が暴れ始めた。 耳まで裂けた赤い口の奥から、剣のように並ぶ牙の向こうから血濡れた生臭さが鼻を突く。 「フン……てめぇが何者で、過去に何があったか……そんなもん、知らねぇよ。興味もねぇ」 武臣の眉がぴくりと動いた。 「……全てをぶつける。それでてめぇが勝ったなら、てめぇの方が強かった。ただ、それだけでいいだろう?」 喧嘩上等。それが武臣の男道。 死線上等。この現世に咲かせてみしょう、仁義華―― 温羅は特別殺気を放った訳では無かったが、この場に立つ一人前のリベリスタ達はかの存在がどんなものだかを知っていた。 改めて説明されるまでも無く知っていた。ここに来る前より理解していたし、目の当たりにすればそれは尚更であった。 「嫌な気配……私の生存本能が、今すぐ逃げてって、警笛を鳴らしています……」 息を呑んだミミの小さな声は掠れ、何処までも乾き切っていた。 望むにせよ、望まないにせよ。特別『死』に敏感で『生』に執着を見せる少女で無かったとしてもである。 自覚する自覚しないは別にして人には――生命には生物としての原則となる本能が備わっている。 それは生命体が生命体として在るが故の絶対論理である。それは生命体が学習以前に生存し、繁栄する為のメカニズムである。最も原始的にして最も耳を傾けるべきであるその声は、時に総ゆる理屈を一足に飛び越えて――完全無欠なる正解を突きつけてくるものなのだ。 ――一刻も早く、この場を離れたい―― こんな場所に、居たくない。 異能を持ち、高いモラルを備え、決戦に臨む正義の味方とてその『本能』より完全に逃れる事等出来はしない。 例え逃れる心算が毛頭無くとも、戦いに昂揚さえ感じていたとしても。生存本能の警鐘は確かに今、強く打ち鳴らされているのだ。 (ウゴケウゴケ……動け! わらわは一人じゃない! 仲間が共に居るのなら、怖くなんて――無い!) 竦む足、震える膝、一同が描いた死のイメージは本質的にレイラインの抱くそれと大きな差は無いだろう。 耳障りな程に高まる異常な動悸と冷や汗、身体の芯を冷やすような死の予感は余りにも濃密で――戦いに望む彼等は少なからぬ覚悟を持つ事を要求されていた。唯、離れたくない理由がある。否、離れられない理由がある。 「怒れる鬼の王……うん、正直怖くてチビりそうです。でも、まあ……」 「わざわざ異界からやってきて、小さな国の王様気取ってはしゃぐ……強さはともかく、器は知れるな、デカブツ!」 うさぎがちらりと確認した『傍ら』には見上げる程の存在感さえ一言の下に切り伏せる――親友なんだかそれ以上なんだかそれとも別の何かなのだか、全く正しく表現する事が難しい実に微妙な関係の少年――要するに楠神風斗が立っていた。 「……意地の張り甲斐もありますし……ね」 感情の読み難い独特の三白眼は今日も様子を変えてはいないのだが、頬を掻いたうさぎは十分理解している。 臆病者が魂を底から揺らすような怒りの声に正対出来るのは恐らく彼が理由なのだろうと。 「ジャックの時ほどは神経尖んないわね。これだけデカイと、一人で無茶しようって気になる人が少なくなるせいかしら――いや、一人も死なないと良いな。劇的な格好良さなんていらないから。皆で戻れるような戦いになったらいいのに」 「……勝ちにゆかねばな。絶対に、勝たねば」 アンナもアイリも分からない。今夜の結末は誰にも読めない。 「こいつが大ボスかー、負けちゃいられないよね。 辛い戦いになるからこそ、元気だしていこう!」 悟の言う通り。やれるかではない。やるしかない。 「……良し。最後の鬼退治じゃ……行くぞよ!」 引き攣った笑みで言うレイラインの震えはやがて止まっていた。 「お前のせいで何人が死んだのか……絶対に許さないぜ。 日本はお前のモノじゃない。死んで地獄に行きやがれ!」 「必死即生必死即死。 総ゆる覚悟なくば、元より貴様の前に立つ資格なしと心得る……鬼の王、温羅よ」 続くラヴィアン、零二の言葉は不思議と震えを持たなかった。覚悟をしろと言われても、そう簡単に出来るものではない。準備の時間は短く、不完全で、今夜も降って沸いた有り難くない運命は決してリベリスタの望んだものでは無い。乱戦の中を切り抜ける、極度の緊張感に苛まれたこの夜は少なくとも彼に――リベリスタ達の誰にも少なからぬ消耗を与えていたその筈なのに。 「正邪の別なく、強者が弱者を蹂躙する。それは一つの真理だ。 だが、オレは其れに抗おう。運命の全てを賭けて。貴様が小さき針と嗤い、牙と侮るこの『弱き』の全てを以って――」 「必ずや護るべくを護り通し、譲らじを譲る事無く。 この騒動に決着を。誰一人失う事なく、必ず全員で三高平へ凱旋しましょう」 零二は、要は惑わず言い切った。 この夜を『誰の犠牲も無く乗り切る事』等、夢見がちな子供の見る幻想に過ぎない事を知りながら! 昂揚に満ち、死線に真向かうのは彼等のみならず。 「……おいおい、久々の戦場がこれか。全く、勘弁してくれよ」 肩を竦めたイリアスは言葉と裏腹に気力に満ちていた。 「くくく、鬼か。相手にとって不足なし。この外道巫女が存分に暴れ傾いてやろう!」 全身を突き上げるかのような衝動の喜びに黒い笑みを隠す事は無い。御龍の月龍丸が薄闇にぬらりと光を跳ね返す。 「話には聞いてたけど、ホンマごついなこれは。 けど……そこに在る以上は倒せんもんでもないやろ。 琵琶法師でもないけどな。盛者必衰、歌い上げたる!」 愛用の楽器を肩から下げた珠緒が声を張る。 「おー、おー。張り切っちゃってまぁ…… ま、鬼の王様となんざ滅多に喧嘩出来ねえかもしれねえからな。派手に行くか……!」 両手のガントレットをガチンガチンと鳴らしては名の通り勇猛な猛がそれに負けじと気を吐いた。 猛がそう言ったならばこの男が黙っている筈は無い。 「日ノ本の王だと? ハッ、戯言を!」 口の端に薄い笑みを浮かべた優希の全身からは熱い戦気が立ち上っているかのようだ。 「封印か……燻り続ける火の粉のままでは終われんのだろうな」 僅かに唇を綻ばせた殊子がさもありなんと言葉を続ける。 「私は人として、この地で生きる者として――ありのままの運命を翳し鬼ノ王を討ち取ろう。今度こそ、存分に燃え盛るが良い」 「……ったく、どうしてこうも──馬鹿ってのは集まるのかね。 まぁ、俺もその一人じゃあるんだが……良いさ、やってやろう。偶には、格好つけん事には年寄りの面子丸つぶれだからな……!」 狄龍も面々に負けはしない。 「面白ェじゃねェか。ええ、王様よ? お山の大将たァ、まさにお前さんのこった!」 紫煙を燻らせ、小山をねめつけ見得を切る――! 「『鬼ノ王』温羅……ミラーミスの落とし子。 あなたが日ノ本の王であろうとなんであろうと、そんな些事は如何でもいいのです。 好きに名乗れば良い。私は最初から知らない。興味も無い。 ただ――あなたの様なものの存在を捨て置く事は、出来ないのです。 かつてもこの国の――吉備津彦命らがそうであったように」 悠月の双眸が巨大なる鬼のその姿を真っ直ぐに映していた。 「千年の時にも懲りぬ鬼ノ王よ…… あなたが封じられていた間、世界も人も惰眠を貪っていた訳では無いと言う事を知りなさい!」 敵に囲まれつつあっても……温羅はどっかと座ったまま動かない。 恐れる所か、凛と張られた悠月の声応える顔に傲然たる鬼の笑み…… ――囀ったな、人間め! ならばうぬ等、鬼道を阻んでみせるがいい! ごうと逆巻く威圧の風はリベリスタ達との死戦を望んでいるかのようでさえあった。 敵が如何に数で押そうとも、我には全て関係無い――言い切る傲慢こそ、己が力のみを信ずる温羅の矜持であり、同時に力の源泉であるのだろう。 温羅の言葉はある種誇り高き宣誓にも等しかった。 彼は決して逃れぬ。これは吉備津もアークも恐れぬ鬼の。一匹の鬼の、温羅がやり直しを望んだ舞台なのだから。 戦いはリベリスタの意地が王を穿つか、王がその全てを飲み込むか――元より全て、その二択。 「なんて凄まじい覇気……!」 威風堂々と全てを正面から飲み干し、捻じ伏せんとする温羅にニニギアが戦慄した。 その顔に浮かぶのは隠せぬ緊張であり、揺らがぬ決意であり、確かな畏怖でさえあった。 「覚悟やよし、ですね。ああ、本当に馬鹿でかい的。ここで止めておかないと、碌でもない事になりそうですから――」 夢乃が言い、 「成程、これだけ大きければ最初から狙う必要もないな」 「ハッ、でかい図体にいい覚悟だ。こりゃ巨大な的を用意してくれたな。 なあ、トリストラム。コイツぁ倒してしまってもいいんだろう?」 「──倒しても構わんが、死に急がない事だな、ジェラルド」 「誰に言ってる? この現代の世で、鬼とやりあう事になるとはね。ま、なんだっていい、戦が唯――面白ければな!」 トリストラムとジェラルドが丁々発止と掛け合いを見せた。 「全くだ。全くだぜ――」 玉座より巨体をもたげた温羅に獰猛な狂喜を浮かべた影継が叫んだ。 「――いいじゃねぇか、王者を名乗るだけはある。それでこそ、攻略し甲斐があるってもんだぜ!」 禍々しいチェーンソー剣と口径の大きなリボルバーを片手にまさに『壊し屋(ダメージ・ディーラー)』たる彼はこの日の敵に感謝した。 好意的と言ってもいい笑みを動き始めた王に向け、待ち詫びた戦いの刻(とき)に躍動する。 「その腕、貰うぜ!」 瞳をギラギラと輝かせた影継が得物で指すのは二対からなる温羅の怪腕、右上部――人の扱えぬ棍棒を備えたそれである。 誰のものが最初だったか。一体誰が切っ掛けだっただろうか。 呼吸と呼吸が合わさった。剣呑と殺気がざわめく。 「アリが巨象を倒す……となるか否か。ま、やるだけやってみるさ」 クルトの声と戦いの風は一瞬で『本丸』を駆け抜けて――そして死闘は始まった。 ●鬼道喰らわばI 「いいこと――?」 普段は優しげでおっとりとした美貌に折れぬ強気が乗っている。 「――日ノ本の主婦は、鬼より強いのよ!」 豪快な啖呵を切るのは曲者揃いの『三高平団地』を切り盛りする細腕、深町由利子。 「狙撃部隊の皆さんが、射撃に専念できるように……」 支援という行動に滅私で特別な意味を見出すのはレンズの奥の優しい瞳に強い意志を宿らせた三千である。 「相手が強大であれ、力を合わせれば必ず倒せます。 最後まで諦めない。この戦線を維持してみせる。どうかこの戦いに、人の未来に、運命のご加護があらん事を――」 由利子の、三千の、この陽斗の清かな祈り。 「世界の興亡この一戦に在り! いざ、出陣であります!」 まさに勇壮なるラインハルトの力強い号令は戦場を激励し――彼等に等しい『意志』を刻む聖戦の呼び声になる。 「この戦場に戦況を左右する個が無いのは確か、その上で何が出来るかだ――」 「頑張って……!」 「オウ、ここが勝負所だぜ!」 「皆さん、あたいも回復がんばりますから皆で力をあわせてたおすのですよー」 「君達の懸念事項は私が全て排除する。さぁ、全力で戦いたまえ」 「さあ、本番だよ!」 「私は、私に出来ることをするのみです――」 「桜の時期です。この後はゆっくり出来れば良いのですけれど」 「ええ。ここまで繋げた希望なのだから、後はどうにか押し通さなくてはね」 「無論! 鬼とのこの一戦、リベリスタの為のみに非ず。誰あろう人々の為に――例え鬼の王であろうと一歩も退きません!」 「行きましょう。守りましょう、全ては勝利のその為に」 統制の取れた動きで一斉に翼の加護を展開したのは理央、依子、フツ、アゼル、卯月、レイチェル、ルカ、朽葉、水奈、凛子、辜月等といった面々だった。 「うむ、ボクは前にはでれない分みなさんの援護をしっかりしたいと思うのだ」 「絶望的な状態、恐怖が目の前に迫っとる状態の時ほど、希望を持って壁をぶち破る為に前に進むべきや――ってな?」 「うむ。中々いい事を言うな?」 「親愛なる戦友達(とも)に、揺ぎ無き守護を……」 「ぼくはここにいるから、みんなの背中をまもるから」 「全くこんな戦いがこれからも続くとしたら、ウルザや私の戦い方で生き残れるとは思えんな――」 「確かにこれまで見て来たどの敵よりも……恐ろしい。流石は鬼の王といった所でしょうか……」 同様にリベリスタ達の命を守らんと強力な守護を与えんとするのは雷音と彼女の指揮・号令に応えた椿、ユーヌ、冷泉、七瀬、淳、紫月、綺沙羅といった顔である。 温羅を取り囲むリベリスタ達は十重に二十重に実に数百を数える軍団だった。 巨大なる敵に刃を効率良く突き立てるには翼の一つも要るだろう。鬼王の暴威から身を守るには十字の誓いが、守護結界が助けになるだろう。 数百を数える戦力全てに支援を行き渡らせるは並大抵では無い。壮観とも言える一斉の動き出しは否応無く今夜彼等が為すべきは戦闘ではなく戦争なのであると教えてくれた。 (ミラーミスの落とし子・温羅……見る価値は十二分にある) 綺沙羅が仰ぎ見た温羅は単純極まりない暴力装置である。 圧倒的に数に勝るリベリスタ達ではあったが、彼の力の寄る辺が単純なるパワーである以上、そこに搦め手を用いる事が困難なのは明白だった。 元より温羅の得手は全ての技を粉砕し、小細工を飲み込もうとする圧倒である。周到なる罠を仕掛けられれば或いは効力を発揮する可能性も無きにしも非ずといった部分はあろうが――今夜の決戦はリベリスタ側にとっても強いられて始まった形である。 付け焼き刃は通用しまいとあの深春・クェーサーが判断したからにはリベリスタ達の取る戦術も同じく明快であった。 「我闘う、故に我はあり。つまり――これは総力戦……」 無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ)が重力等無いかのように宙を駆け上がった。 その淡々とした表情に今夜は喜色を浮かべ、天乃は生き生きと躍動した。 (鬼の王……相手にするだけで、心が躍る……) 夢に見たあのジャックはこの戦いを何と評するのだろうか。 両の手に死の爆弾を抱き、強靭なる鬼の肉体に爆華を咲かせる自分をどう評価するのだろうか。 答えは返らず、思考は詮無い。しかし間違いなく言える事。天乃の目の前にはその一撃さえ効いた素振りも無い正真正銘の化け物が居る。それは喜び。 リベリスタ側が無敵にも思える大鬼に対して擁する鬼札はかの吉備津彦の残した『逆棘の矢』である。 かつての争奪戦で奪い取った矢が二本。鬼道の大幹部が奪い去ったモノが三本である。仲間を信頼しているのは当然だが、鬼道も又必死である。鬼側の三本が『何時届くか』、それとも『結局届かないのか』をリベリスタ達が決定的に断定する事は出来はしない。しかし確実な切り札になるのはアーク側の二本である。使い手たるレナーテと嵐子を守る部隊を予めリベリスタ達は編成していた。彼女達の仕掛けが戦いの重要な肝になるのは元より確実な事実であった。 「……正直未だに自分がこんな役回りやっていいのかって思う。でも、コイツはきっちりここで倒す……!」 「まーね。アタシの場合、小さな頃からずっと世界を護ってきたんだし。 それが矜持ってやつだから。何を犠牲にしても世界の敵は――撃ち滅ぼす。そういうこと!」 しかし、レナーテにせよ嵐子にせよ状況は等しい。より確実を期す為には、より逆棘の矢を深く突き刺し最大の効果を発揮するには十分な集中が必要と判断した二人は――リベリスタ達は二人を中心とする『廻間隊』と『嵐子隊』を編成していた。 「レナーテおねぇちゃんが矢をちゃんと使えるように後ろから守るよっ!」 「此方もお任せ下さい!」 可愛らしく気合を入れ直したのは『廻間隊』のアリステア、重厚な甲冑に包まれた胸を張るのは『嵐子隊』のきなこである。 アリステアの得手は回復、きなこの得手は回復と防衛である。 『廻間隊』は当のレナーテが普段ならば守られる必要も無い……というよりは守る側と言える防御力を持っている事、レナーテの攻撃手段が直接矢を敵に突き立てるというものであるという点と『嵐子隊』他逆棘の矢を持つリベリスタから目を逸らさせようという狙いもあり、比較的前に出るプランを用意している。一方の『嵐子隊』は矢を使う嵐子が名うてのシューターであり、今日もとびきりの『Dust devil』。逆棘の矢さえ放つ自慢の特注ヘビーボウガンを用意した理由もあり後方より温羅を狙う部隊となっていた。 「ま……大ボスの時ぐらいは普通にしててもいいよな?」 当人としては余り雷音には見せたくない顔であるからか――そんな風に嘯いて虎鐵が言った。 「おおおおおおおおおおお……!」 鬼に負けじと戦場を揺らす咆哮は虎の如き彼の裂帛の気合の迸りであった。 かの温羅に正面より挑むは無謀にも見える。しかし、虎鐵は一人では無い。 「最近色々積み重ねすぎて、背負い過ぎちゃってたかな。 ちょっと私らしくなかったかも? こんな状況だからこそ自分らしく元気に笑いながらいかないとね――!」 虎鐵に意識を向けかけた温羅に次々とウェスティアの黒鎖が直撃する。彼女の魔力をもってしても――直撃を得てもまるで堪えて見えない温羅の強靭さは異常である。しかし構わない。自身のリミットを苛烈に外した彼は自身を苛む名状し難き狂気に抗う事無く鬼影兼久を一閃した。 激しく迸る強烈な威力の余波。されど、当の温羅は並の異能者ならば竦んでしまうような一撃にさえ然したる感慨を見せはしない。 「本当に生物かよ、化け物め……!」 「鬼なんかに、ボク達リベリスタは負けないのだ」 でも、絶対に死なないで欲しい――聞かずとも分かる雷音の声に虎鐵は震えた。これは意気。 「ああ。娘の前で無様な所。晒せねぇだろうがよ……!」 「ふ、ふふふふ……武者ぶるいがしおるわ! TEAM-RTYPEが筆頭! 戦闘要員、石川ブリリアント! 鬼道が王に一太刀献上つかまつる!」 Dreihänderを抜刀し、ブリリアントが続いて仕掛けた。 「無限機関、アクティベート! 戦斗機動……みしるし、頂戴! 知らぬか、王よ。古来より王は傲慢なる故に、兵卒の一刺しが革命の波紋となる事を!」 攻撃の中核を担う事になるであろう二部隊が万全に鬼札を放つまでの時間を稼ぐのは他のリベリスタの至上任務である。 (『矢』も重要な手段であるが、それだけがリベリスタでは無い!) しかして、ブリリアントの考えた事も全く大いに事実である。 元より吉備津彦に頼りきりでは今夜の勝利は望めまい。歴史は温羅を滅ぼしはしなかったのだ。吉備津彦は温羅を封じる事には成功したが、温羅を滅ぼす事は出来なかったのだから。然るに吉備津の遺志を確かに生かし、アークの存在を上乗せする事が望む勝利への絶対条件である。 「さて、鬼の親玉だ。 私がどれだけいけるかはわからないけれど、黙ってやられるほど人間が出来てるわけじゃない。 ならば窮鼠の如く噛み付いてやるまでだよね――!」 無銘の大剣を構えた有紗が言葉と共に温羅を一撃斬り付けた。 すかさずその有紗に攻撃を合わせて放ったのが杏である。 荒れ狂う雷撃の蛇は彼女のギターの音色に応え、彼女の繰り出すピックに応え温羅の巨体に纏わりつく。 「痺れたでしょ?」 「さあ、吉備津彦とは違うけれど。常に鬼を討つ立場となる人間の力、思い知らせてあげるよ鬼の王!」 鬼道を今度こそ終わらせる――『現代の意地』と言うべき大攻撃部隊がこの有紗、ブリリアントや虎鐵の参加する『突撃部隊』、そして彼等を支援した杏、ウェスティア等の参加する『狙撃部隊』の二つである。『突撃部隊』はその名の通り勇気を持って温羅へと肉薄し、注意を引き付け、可能な限りの打撃を与え、受け止めるという役を負っている。 『狙撃部隊』は攻撃性能の高い遠距離攻撃を得手とする後衛達、比較的耐久に優れない前衛達を中心に『突撃部隊』の作り出す隙を狙い、重点的に攻撃を受け持つ役割である。加えて連携する特別攻撃部隊『腕破部隊』と共に温羅の圧倒的攻撃力を支える四本の腕を打ち砕くという狙いも持っていた。 「ええ。間違いなく圧倒的な力を持っているんでしょうね。 だけど、私は絶対的な強さがあれば勝利できる――この世界の設計が斯様に親切だなんて元より信じていないのだわ」 目前の敵には余りに似合いの、扱う小さな体躯には不似合いな対物ライフルを装備したエナーシアが温く笑っていた。 彼女の冷静さは、彼女の両目は的確に状況を見つめている。温羅の変化を探れ、温羅の弱みを知れ、把握しろ、掴み取れ! (最期まで観続けないと観えないモノもあるものだわ――) 静かなるエナーシアの戦い、その開幕の一方で。 果たして始まった総攻撃、集中攻撃は鈍重なる温羅に先んじた。 或いはまずは受け止めてみせるという王威とプライドによるものなのかも知れないが―― 「吉備津彦に殺されていれば、如何程かマシであったろうに…… 名立たる大鬼としての大往生など程遠い。お主はお主の言う蟲共に集られて無様に死ぬのじゃ」 はん、と迷子の口元が歪む。 「……とは言え、御伽話とまみえる奇跡じゃ。心ゆくまで遊ばせて貰うとしようかのう!」 『突撃部隊』が動き出す。 『狙撃部隊』が動き出す。 『腕破部隊』が動き出す。 その他、部隊を組まないリベリスタ達が、個々の小隊を組むリベリスタ達が温羅へ挑む。 長い距離を全力で駆け抜け――少なくとも人間の戦士の――射程の外より飛び込んだリュミエールが一撃する。 「今宵は矢を使う仲間の露払い。さりとて、無為にやられなぞせぬ。力を絞り、力を合わせ。せめて腕の一本程は奪い取ってみせる!」 気を吐いた舞姫が温羅の巨体を駆け上がる。まさにその身体を蹴り上げ、長い金髪を宙に靡かせ、遊ばせて。 閃いた戦太刀は言葉の通り、速く強く鬼の腕に突き刺さる。 「鬼の王が相手だろうと、やる事は変わらねぇ」 続く吾郎が不敵に笑う。 「速度は鷲祐程じゃないし、マリー程に火力は出せない。 それでも俺は俺の出来る限りでパワーとスピードを追及するだけだ――正直、先は長ぇのによ……」 加速する、刃が連なり閃光となる。 「……お前で止まってる暇は無えんだ!」 「……そうだな」 気を吐く吾郎に、ふ――と喜平から笑みが零れた。 「一人の力はあくまで小さい。 きっと俺は倒れるだろう。でも其れを恐れはしない、何せ仲間が大勢居る。 たった一鬼の裸の王様に簡単に敗れない仲間が。お前を溶かしきるだけの熱量を持った仲間が。だから俺は恐れない――!」 小細工は無し。トップスピードに乗った喜平は正面より飛沫を上げるシャンパンのような無数の光芒、刺突を鬼の胸に突き込んだ。 「ああ、ホント私達、蟲みたいだわ」 皮肉と少しの自嘲を混ぜて未明は言った。 「ミラーミスの落とし子……俺がどこまで通用するかやってやる!」 その声色に『珍しい』覇気を纏わせて翔太の身体が飛翔した。 床を蹴り、天井を蹴り、剣を共に華麗に宙を舞う二人の動きはまさに武舞(ソードエアリアル)。 「ならせめて、蜂位にはならなきゃね……ッ!」 未明は言う。針の如き刃でも、急所に刺されば痛みも増そうと。 「全ての鬼を統率する王。コイツを倒せばこの戦いも終わるんだろ!?」 翔太は言う。怒鳴るように、言う。 「オレは、脚でも狙ってみるっすかね――」 二人と同じように空中殺法を駆使し、縦横にLesathを突き刺さんとするのはジェスターであった。 「うん。あたし達の一太刀なんて、コイツにとっては蚊の一刺しに等しいのかも知れない。けど、それでもね」 爆発的な速力を武器にした霧香の斬撃が瀑布の如く繰り出した。 「思い知らせてやるんだ。侮っているのはどっちか。あたし達を侮るとどうなるか――あたし達は、お前が思っている程弱くは無い!」 翼による浮遊では無く、敢えて壁を駆け上がった天斗が全体重を乗せた一撃を温羅の頭部にお見舞いした。 彼の手にする古い木刀に『今』特別な神性等有りはしない。『まだ』伝説が宿る筈も無い。しかし―― 「謂われが無いならこの手で作る! それが鳳のやり方だ! 覚えとけ!」 「君は自称日ノ本の王だそうだな。で、それが何なのかね?」 人を食ったような冷笑を浮かべ、ツヴァイフロント。 「赤髭王は道半ばに斃れ、神話となった。人の命の強さ、見せてやろう」 ソードミラージュ達による攻め手の饗宴はまさにその本領を見せ付けんとばかりに今日も疾風。 さりとて温羅はその肉体に刻まれた幾つもの傷にも痒そうな素振りをするまでだ。 「どんな任務であろうと、命を賭してでも――」 優秀なエージェントとして認められたい。そう思う恵梨香がこの死地に参戦しない理由は無い。 死角に回り込んだ彼女の赤い瞳が敵の探査を開始する。余りに圧倒的な敵の存在感とスキャンするまでもない化け物めいた耐久力は正確に見抜けずとも一端を知った彼女に軽い眩暈を与えたが、それも一瞬。 迸る四色の魔光、その調べは温羅の身体に炎を巻き、毒で染め、効力を発揮するしないに関わらぬ確実な異常を与えていく。 「今日でぜんぶ終わりにするんだって決めてるの。絶対に勝つんだ!」 抱く決意を殊更に口にすれば、恐怖も惑いも晴れる気がした。 (絶対勝って、仲間全員で生きて帰るんだ! ダイスキなパパにも、鬼退治いっぱい自慢するの。だから絶対に死なないんだから!) 真独楽の刃が閃いた。 「一気に行くよ!」 ティオの魔光が光芒を散らす。 「何が王だ! 何が鬼だ!」 叫ぶ朱子の眼前はまさに全く赤く染まっていた。 見開いた目の毛細血管が切れてしまったかのような、身体中で血が煮えて沸き立っているかのような。 赤く染まった世界に、光景に――迸る感情を微塵も隠さない女が吠えた。 「千年前の死に損ないが……お前たちが好きにしていい場所も生命も、人の生きる世には一つも無い!」 紅刃が鬼に突き立つ。何一つ許さない朱子は何にも惑わされぬその『絶対的闘争本能』で王に傷を刻み込む。 「羽音だけは、俺の鎧のサービスな」 「ん……♪」 送り出すのは俊介、送り出されるのは羽音。 俊介の魔力の施した白き浄化の鎧は羽音に特別な勇気を与える加護だった。 (まるで、俊介に抱き締められてるみたい――) 力強い両の鳥脚が膂力を溜めて床を蹴った。飛べない鳥が宙を舞う。 「強大な敵だけど、絶対に負けられない。運命を燃やしても――命を賭けても、この大切な世界を守るんだ!」 あなたいるこのせかいをまもるんだ。 少女を最も奮い立たせるのは余りに単純な事実だった。 電撃の這うラディカル・エンジンが暴獣の如く唸りを上げ、温羅の巨体に傷を刻む。 まるでみっちりと詰まった厚いゴムを相手にしているかのような鈍い手応えは羽音の心に少なからぬ不安の影を落としたが―― 「その調子! 大丈夫、支えてあげるから!」 「うん」 ――俊介の声を受ければそれも霧散。 「あたし達になら、できるよ……!」 巨体に集るリベリスタ達は数多い。 「この威圧感、正に王の風格か。だが、この国の者達はお前を認めていないようだ。 異国人ではあるが、助太刀でお前の侵略を阻ませてもらう。初めての大勝負、調子に乗らせてもらうとしよう!」 闇を抱くハーケインのKatzbalgerが赤く魔力に染まり、血を啜る魔具と化す。 (この世界を鬼達なんかに荒らさせたりはしない。玲、力を貸してくれ――!) 死地に踏み込んだ静の脳裏を過ぎるのは穏やかな恋人のその笑顔。 渾身の力を振り絞り、その鉄槌を振りかぶり、叩きつけられた威力は頑健なる鬼ノ城さえ揺らすかのよう。 「あああ! 怖い怖い怖いので絶対に振り向きませんとにかく前に出ます、遠目に見るからでっかく見えるんです! 近付いちゃえば大きさなんてわかりません! 分からないに決まってるじゃないですか!」 殆ど恐怖に錯乱手前のヘルマンがそれでも温羅の脛を蹴る。態度よりは随分と強靭な彼から繰り出される一撃は相応に重い。 本来ならば掌打で放つ筈の土の属性を利用した一撃も彼にとっては蹴撃なのか―― 「身体の震えが止まらない……でも、武者震いってやつだ。 あたし達だって負けてはいられない、この先の未来の為にも!」 大振りのチェーンソーを振りかぶり、 「鬼野郎! いつまでも、滅びの瞬間まで人間を傲慢に見下しているがいい!」 斬乃が吠える。吠えて天を衝く鬼の角目掛けて闘気を爆発させた一撃を振り下ろす。 翼の加護の可能とする三次元戦闘は四方と言わず、ありとあらゆる角度から巨大な温羅に傷を与えた。 「目指すところは神をバラす事。これはこれでバラし甲斐があるものですね」 呼吸を弾ませ、弐升は嘯く。 「我は吸血鬼。不死の王。我は銀の月。夜闇の道標。我等はリベリスタ。世界の守護者……」 高らかにアーデルハイトが声を張り上げた。 まるでこの夜の敵が強い程――得難い程、歓喜しているかのように。 「さあ、踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで!」 尚も彼を振り回し、翻弄する事を意識するかのように抜群の連携を見せるリベリスタ達である。 肉薄する『突撃部隊』に、攻勢に出る仲間に続けと『狙撃部隊』、『腕破部隊』が攻めかかる。 「まずは右上! いくのですぅ! プリンセス☆ピンポイント~!」 死地においても少女のノリはかなり頑健に崩れない。 千堂の声援の一つも受ければ余計に漲ったのかも知れないがそれはそれとしてロッテである。 「ここは鬼の来るところじゃないのですぅ~! 腕置いて、とっとと帰りなさい!」 「全く……これだけ大きいと外さなくていいが、腕四本とはまた……何もかも、規格外だな」 ロッテに続き、半ば呆れた調子で呟いたのは那雪であった。 彼女達の攻撃は『狙撃部隊』が事前に確認したプランの通り――正確無比に敵の右上腕に突き刺さる。 (恐怖で魂が吹き飛びそう。だけど、負けられない戦いが、ここにあるのです) 可愛らしいその顔を、への字になりかける眉を必死で引き締める。 「猫の手にしかならないけど、あたしも……必ず生きて帰ろう」 ティセの繰り出した蹴撃のかまいたちが間合いを引き裂く。 「人の事は言えないけど――ロートルにも程があるでしょう」 自前の翼をぱっと開き、宙で姿勢を整えたエレオノーラのKOSMOSが光の軌跡を生み出した。 「人に負けた鬼が、また人に勝てるなんて思わない事ね」 『狙撃部隊』でありながら積極的に前に出たエレオノーラの思惑は最初から一つ。 (あたし『なら』避けられる――と、いいなぁ!) 少なくとも攻撃に重点を置く射手達よりは身のこなしに長けている。 少女にしか見えない口調、外見とは裏腹にそれなりの年の功を積んでいる。ある種の狡猾と老獪さを見せるエレオノーラは温羅のその力を比較的正しく察していた。それは即ち彼の攻撃は『まともに受けてはいけないもの』という単純なものであるのだが―― 「これが温羅……こ……怖い……けど……頑張らなくちゃ!」 アリスのありえない魔獣の詩(じゃばをっくのうた)が輝きを放つ。 グリモアールの導いた魔道の弾丸は巨大なる影を穿たんと闇に光の尾を引いて間合いを走る。 「攻撃に怯まぬ姿勢は、天晴れ見事……と言えるかもしれませんが。その侮り、きっと貴方の命取りとなりましょう、温羅よ!」 「虫と侮り続けませ。唯の虫が大黒柱を崩してみせるように――その腕も脚も私達の牙で食み、喰い破って差し上げましょう」 アルバート、凛麗より伸びる光糸が闇を縫い、巨体に向けて襲い掛かる。 「避けないのはプライドか、なら楽で良い。愚かな王よ、喚いて暴れて駄々っ子のようだな?」 辛辣な嘲笑と共に不運の影を放つのはユーヌであった。 「痛みを残して消えていけ。どうせ夜が明ければ忘れる程度の傷跡だ」 「後顧の憂いを断ち切る為。先達への弔いの為。此処で世界の敵を……討つ!」 距離を取り攻撃を展開せんとするリベリスタ達を雷慈慟の声が号令する。 的確な戦術指揮能力を持つ彼はより理想的に効率的に攻撃を束ねる力を持っていた。 「貴君等は元より極めて優秀な存在だ! いつも通り、冷静に……狙い、そして……穿てっ!」 猛撃が始まる。 「冥華は紙そーこーだから……後衛の位置でそげーきに適した場所に陣取ってこどー」 「またトンでもない。まさに暴威の化身と言った感じですが…… まぁ、精々喰らわれる前に喰らいつかせてもらうとしましょう。アークの敵を倒し、アークに利益を」 ユーヌに続き、狙い澄ました冥華、リーゼロットの銃撃が素晴らしい精度で『右上』の腕に突き刺さる。 「まぁ、怖い顔だね。鬼の大将!」 「震えが来るけど倒さないと前回よりもっと多くの人が犠牲になっちゃうからね」 「その面、拝みに来た」と嘯いた燕が、我が身の漆黒を介抱し闇の盾を構えたウィンヘヴンが猛り吠える温羅を見上げた。 リーゼロットと三人のチームを組む二人の役割は主砲たる彼女を防備し、確実にダメージソースを残し続ける事であった。 「鬼の王だか何だか知らないけど、これ以上誰も傷つけさせたりしない」 狙撃手という意味では――ここを仕事場と気を吐くのは杏樹も又同じだった。 「私には、これしかないけど、星乙女の矢は、何者も貫く」 アストライア――乙女座の女神の名を冠した巨大なヘビーボウガンは神父から譲り受けた杏樹の相棒だ。限界まで引き絞られた魔力の弦が力を開放すると共に魔弾を放つ。着弾の早い一撃は寸分の狂いない連携となり、温羅にダメージを積み重ねる。 「今も昔も、人間風情……良く言えたものですよ」 レイチェルの低い声が冷静に冷たい言葉を吐き出した。 温羅は学ぶ機会を持っていたのだ。かつて一度敗れたのだから。 温羅は学ぶべきだったのだ。敗北に怒り狂う位ならば―― 「人間(ひと)の在り様は変わる。変わり、進歩する。貴方にそれが出来ないならば――元より勝ちはありません」 「ああ……」 レイチェルの放つ魔弾が温羅を捉えたのを確認した夜鷹は頷いた。 この戦場には妹分のレイチェルも、実の妹のあひるも居る。守らねば、その想いはいよいよ強くなっていた。 (それが、兄の役目だろ――) 誰かの為に戦う時、人は最も強さを発揮出来るのだろうか。 口にせずとも当然の、口にせずとも伝わるお互いの気持ちと気持ちは双方の戦意を高めあう。 十分な距離を取る狙撃役は与一も同じ。 「何とか、この矢を……」 どうせ当たらぬと自嘲する与一の矢は中々どうして温羅に深く突き刺さる。 狙撃手を気取るのはマリルも同じ。 「にゅっふっふ。ついに鬼の王と対決する時が来たのですぅ! あたしが来たからには絶対負けないのですぅ! ですけれど今日の所は遠くからアーリースナイプでチクチク狙撃するだけで勘弁してやるのですぅ!」 彼女がどれ位頼りになるかはさて置いて…… 気取る、ではなく正真正銘の狙撃手と言えば――アークのスナイパーと言えばまずこの男の名が挙がるのは間違いない。 「フン。的当ては、当て辛いからこそ面白いのだ」 それは即ち精密射撃には一家言持つ雑賀龍治その人である。真実かどうかは分からねど、かつては戦国畿内の戦場に名を轟かせた雑賀の子孫を名乗る彼は『骨董品』とも称されては敵の認識を塗り替える火縄銃(やたがらす)を温羅に向け、今夜も高らかに銃撃の音色を奏でた。 「退屈だ。木蓮――とっとと片付けて帰るぞ」 「おう! やってやるぜ!」 彼と共に狙撃の役割を果たすのは言わずと知れた木蓮である。 名物めいた『スナイパーラヴァーズ』は今日も今日とて高き銃声の嘶きで戦場にその存在感を示している。 「枝葉末節だろうけど、鬼の戯れのお陰で悲しい道を歩む子を見たよ」 熱の篭らない口調で溜息に似た言葉を吐き出したのはミカサだった。 本来の彼ならば、何時もの彼ならば――決戦の場所を無条件に踏んだかは分からない。 「……俺は彼に何も出来なかったから。出来なかったからこそ、根本を潰す手助けに来たんだ」 しかし、ミカサは今夜此処に居た。導かれるかのようにこの運命に収束した。なればこそ、それそのものに意味があろう。 僅かな感傷の苦味を噛み締めて、微力と知りながらも――何を諦める事も無い。彼の光糸も又、避けぬ温羅の肌を穿つ。 『狙撃部隊』の砲撃を従えて、『腕破部隊』が存在感を示していた。 (一分……いえ、十秒持てばその時間で仲間への道が作れるかも知れない。一撃が加わればそれが勝利の一因となるやも知れない) 決意を強めた亘が勇気を絞り、先陣を切って温羅へ仕掛ける。 「危険は百も承知。奇跡が起きても起きなくても、自分に出来る全ては皆の活路を見出す為に!」 「こうして私達は進みましょう。この先に希望があるんだと信じて。 貴方は、そんなものはやっぱりないんだと笑うかもしれないけれど――その笑ったものが何であるかを、私達が教えてあげる――!」 「負けられない……負けない……わたしたちは、絶対に……!」 影(ゲーデ)を従えた冬芽が、翼の加護で飛び込んだ文が、 「オイラの力は、コイツにとっちゃ蚊にも劣るかもしんねぇ。 でも皆の力を合わせりゃきっと倒せる。塵も積もれば山となるってな!」 機煌剣に電光を這わせたモヨタが予定通り――やはり『右上』の腕に接近し、強烈な一撃を叩き込んでいる。 立ち止まらない。少しでも危険を小さく留めるには、いや――勝利する為には手数で温羅を圧倒するしか無い事をリベリスタ達は知っていた。 尚も猛烈に攻め続けるリベリスタ達。彼等の束ねる攻撃は実に数百発にも及ぶ。加えて敵は避けぬのだ。鈍重な巨体に傲慢を携える温羅は碌に防御の姿勢さえ取っていない。必然的に突き刺さる攻撃の数々は、与えたダメージは並の異能者、並のアザーバイドならば何度死ねるレベルのものか分かりはしない。しかし、それでも。 ――温いわ! 生命である以上、傷付き出血している以上――効いていない筈は無いのだが、温羅にとってはこの集中砲火も大したダメージでは無いらしい。 放たれた怒号が物理的破壊力となって纏わりつく――王の場所を侵すリベリスタ達に叩きつけられる。 一声は文字通りの衝撃波となって彼等を吹き飛ばし、床に叩きのめし、或いは壁に叩きつけた。 辛うじて遠距離攻撃の射程の外を意識して立ち回っていた杏樹やマリル、リーゼロットといった面々はこの猛威を外す事に成功するも。 通常の射程内で戦っていたリベリスタ達の多くは痛打に襲われる事となった。 「──これが、温羅か」 衝撃波を手にした対の剣で辛うじて『切り払い』。それでも威力の余波に姿勢を少し崩した拓真である。 支援役で行動を共にする紫月を無意識の内に庇うようにしながら、彼は動き出した王を仰ぎ見た。 温羅の咆哮は味方陣内に大きな影響を与えていた。ショックに動きを落とした者あり、戦慄のその声に身を硬直させた者もあり。仲間達が万全に施した強化(エンチャント)の一部も剥がれ落ちている。それも温羅は動き始めたばかりなのだ。四本の腕に恐るべき武力を携える彼は乱れたリベリスタ達に今、まさに襲いかかろうとしている所。 「成る程、相手にとって不足は無い……!」 少なくとも『素』でもこれだけ強靭なのだ。御庭の大術、『鬼道九方陣』が破られていた事は僥倖であったと安堵する。 拓真が床を蹴って『敢えて』前進する――温羅が怒号に耐え、自身に集るリベリスタ達を叩きのめさんと腕を振る。 安直な死を招く圧倒的な暴力が動き出す。そのサイズから一撃は唯の攻撃であろうとも範囲を領域を薙ぎ払うのだ。 「貴方が如何に強大な存在であろうとも、私達は戦う……!」 簡単にそれを察したリセリアは自身がこの戦場に立つ意味を知っていた。 圧倒的な技量戦、高速戦闘を得手とする少女は我が身のギアをもう一段階引き上げるかのように、背の翼で彼の前を横切りその注意を強烈に引き付けた。 先読み。繰り出された『死』そのものの一撃の軌道を目を見開いたリセリアは直感的に理解した。理解に届いた。 残像すら残す超高速の動きは、背面飛びをするかのように背を反らした彼女の機動は温羅の一撃を避け流す事に成功する! (何度も、何時までも凌げるものでは無い。しかし――!) アークにおける最高レベルの回避技量を持つリセリアである。時間を稼がねばならないのは明白。 自分が――自分達がやらねばならないのは、一つの役割を果たさねばならないのは余りにも明白過ぎた。 「香夏子は最初からクライマックスです」 「やっぱりね、こんなの喰らったら非効率的だわ」 香夏子にせよ、エレオノーラにせよ、その辺りは同じである。 分の悪い命賭けが生み出す砂金よりも価値のあろう僅かな時間を積み重ね、この夜を勝利に導く為に。 ――煩い、羽蟲が! 「ったく、分かり易いヤツだなあ。読む意味もねーぜ」 ノアノアが唇を尖らせて悪態を吐いた。 彼女の解析(スキャン&リーディング)が伝える所は敵が圧倒的に強靭である事と、圧倒的に単純であるという事ばかりである。 「でけぇ、強ぇ、兎に角頑丈。後は怒りと殺意位しかわかんねえや。ぞっとするし……」 しかして、温羅も愚かばかりではない。 その身の周りを縦横無尽に飛び回る彼女達が『鬱陶しい』事は確かだったが、攻め手としてみた場合――温羅にとって真なる脅威となるのは一撃の軽い軽戦士達では無い。彼が真に恐れるべきは守りより攻めに姿勢を置いたダメージディーラー、そして吉備津彦の残した矢を持つリベリスタである。 レナーテはこの一矢で最大の効果を狙っていた。万に一つも失敗等は許されない。彼女の集中はこの瞬間も極限を目指し高められていく。 (だけど……) 本来ならば仲間を守らなければならないレナーテ・イーゲル・廻間が守られる立場に甘んじる――作戦上、今回ばかりは仕方ない事とは言え、それは彼女に忸怩たる想いを抱かせるには十分過ぎる事実だった。温羅が暴れればリベリスタは余りに簡単に叩きのめされるのだ。短い戦いで既に重傷を負った人間も少なくは無い。 「いつも感謝していたよ、君の守りの力に。今度は私が君の力になる番だ」 「……ありがと」 絶妙のタイミングで少し気負ったレナーテを卯月の言葉が解きほぐした。 自分には役目がある――レナーテは自分に言い聞かせた。敵を見る、敵を見ろ。 「ただデカい声でがなるだけのやつに、うちの歌が負けるかい!」 「レナーテが矢を刺すまで、少しでも注意を引き付ける!」 「やらねばならないのダ。平穏な日常を取り戻すためニ!」 珠緒、レイラインに続き、カイが言う。 今日のカイは守り手であり、支援者であり、攻め手でさえある。スタッフを構え直し気合を入れた彼に今度は快が応えた。 「さあ、出番みたいだぜ――」 果たしてレナーテの――『廻間隊』の考えは奏功したと言えるだろうか。 温羅はその直情的な性質の通りに逆棘の矢を持つリベリスタ部隊の内、自らに向かってきた方――即ち快達の方に目標を定めたらしかった。 おおおおおおおおおお……! 猛り、猛る鬼の咆哮。 異常なまでに発達した筋肉が一層盛り上がる。膨張した肉体は彼の力の充実と更なる隆盛を思わせた。 「この戦い、俺は君を守ると誓う」 「……言うわね、快さん。本気?」 シーンが別ならば、ロマンチックにも響いた言葉なのかも知れない。 やや軽口めいたレナーテを背後に庇うように立った快は振り返らずに言った。 「勿論。言ったろ、レナーテさん一人には背負わせないって」 「……ひょっとして、口説いてる?」 「まさか」 リベリスタ達を文字通り蹴散らし始めた温羅。 臭いか本能か逆棘の矢を嗅ぎ分ける温羅の脅威が『廻間隊』を強かに叩く。 「矢を使うまでは、守ってあげる」 惚けた口調でこじりが言った。 鬼ノ城が揺れる。堅牢過ぎる異界の城がその床が王の一撃には砕かれた。 レナーテを叩き潰そうとするような一撃の身代わりになった彼女は見れば唯の一撃でボロボロ、傷付き血を流している。 「……ッ、なん、だかんだ言って、この国、気に入っているのよ」 「ったく時代遅れが……うっとーしぃんだよ!」 「全くだ」 犬歯を剥くようにしたランディが悪態を吐いた火車に応えた。 「……とは言え認めるぜ。こりゃ強ぇ。力勝負も清々だ、おい。 ……っても負ける勝負挑む奴なんざこちとら抱えちゃおりません、ってなぁ?」 「ああ、全くだ」 尚も暴れ狂う温羅に二度頷いたランディは突っかかる。 「そんで、調子はどうだい……?アークの鬼神、益母さんよぉ……!」 「聞く事かよ。俺は敵が強い程、燃えるのよ。 なぁ、鬼の王サマよ。俺もなってみたいのさ、その『鬼神』って奴になあ!」 火車がランディが、軽妙なやり取りとは裏腹に苛烈な攻撃を繰り出した。 強引にその意識を自身に向けようと踏み出してきた足に『墓掘り』と『業炎』による強烈な一撃を叩き込む。 人間ならばのたうち回りかねない脛への全力の一撃も温羅の態勢を即座に崩すまでには到らなかったが、その目がちらりと足元を向いたのをランディは決して見逃さなかった。 「そうだ。それでいい。王サマよ! テメェが日ノ本喰らう前に俺がテメェを喰らい尽くす!」 「聖なるかな、聖なるかな。無明のこの夜に、神の息吹を――!」 レイチェルの詠唱が余りに深く傷付いた仲間達に賦活の奇跡を齎した。 聖神の息吹は恐怖を払い、傷を癒し、失われた体力を賦活する。 「レナーテは死守する! させてもらう!」 「ええ。騎士として守ると決めた、なれば私は必ず守る――」 翳したアラストールの剣が光を放つ。未だ完全とは言えない仲間達の態勢を大きく取り戻した。 「異界の鬼がこの世界、この国の王を名乗るとは。王であるなら、己が世界で王を名乗れ。それとも卿は己が領土を追われた落ち武者か」 アラストールは鮮烈とその一言を言い切った。 「己の民を守らず、導かず、疎む者が王を名乗るは片腹痛いわ!」 激戦を最大の働き場とするホーリーメイガス達は無論レイチェルだけでは無い。 「弱そうな奴いねが~! 累積してそーなへタレた面の奴を優先でかいふくなのじゃ」 「フリーで動く事により、思わぬダメージ多い日も安心って役回りを目指すのじゃ」とはメアリの言。 「天使の歌ァ! しょぼくれんじゃねーぞ! ヒャッハーァ!」 些か柄は悪いながらも彼女なりの激励は勢い良く傷んだ面々を勇気付けた。 (ちょっと怖いけれどあたしにはさおりんがついてるから大丈夫……) 荒れに荒れ狂う大鬼の肌を突き刺すような殺気に心なしかその犬耳が垂れている。 それでもそあらは戦場に歌を灯すのだ。柔らかな息吹を吹かすのだ。 「頑張ってくるですからご褒美デートは奮発して下さいです――」 「ここは何とか……!」 そあらのみならずきなこが、水奈が、冥真が尽力する。 第一に嵐子のフォローを目的にする『嵐子隊』の支援人員も混乱を始めた戦場に楔を打ち込まんと動き出した。 「俺以外の誰か、手が届く誰かが死ぬってんなら運命ですら潰してやる。命くらい賭けてやる。誰も死なせやしねえ――!」 吐き気がするような運命を強い言葉で吐き捨てる。己が心に差す影を唾棄するように冥真が吠えた。 飄々とした皮肉屋――毒舌家を気取る彼の吐き出した『本心』は唯素直に『全員で迎える朝』を望んでいるのだろうか。 そうしている間にもリベリスタ達は次々と傷付けられ、また温羅を傷付けている。 支援を役割とするリベリスタ達は数多かったが、それさえ間に合わぬ一撃二撃で倒されてしまえば余力は徐々に削られるのだ。 放たれる怒号は暴風だ。薙ぎ払う剣は災害だ。温羅そのものがまさに災厄に違いない。 力。 力。 力。 唯の暴力装置。 最も原始的な単純論理は単純過ぎるが故にこそ御し難い。 「大した暴威。呆れる存在の強さだわ」 本人としては大いに不本意な作法ながら――片膝を床に突くフランツィスカの柳眉が僅かに歪んだ。 「それでもね……どれほどの脅威でも、私にとって……貴方はただの試金石。 貴方に殺される程度の運命なら、私は元より届かない。私の目的には届きそうにないもの。 死ぬか生きるかの戦い? クス、冗談。祖国の誇りを思い出せば少し悲しい気持ちになるけれど――ビスマルクの最後をご存知かしら?」 皮肉な言葉を漂わせた彼女の唇から血が一滴。ぽたりと床に赤が散る。 運命は次々と青白く燃え盛り、無明に咲く仇花のように夜を照らす華になる。 温羅の猛威を許さじとリベリスタ達が今一度攻撃を束ねかけた。 「大和もビスマルクも、航空機による攻撃で致命傷を受けたと聞きます。 いかに強大な鬼道の王であろうと、蜂の一刺しを受け続ければ……」 ユウが呟く。かのビスマルクが轟沈したように、大和が藻屑と消えたように。 叩いて、叩いて、叩いて、叩く他は無い。 「……ったくロートルが今更でてこなくっていいっつーの。けどまぁ、こういうのは燃えるのも確かだけどな!」 逆棘の矢を所持する嵐子を狙ってか徐々に接近してきた温羅を飛び出した夏栖斗が迎撃した。 彼の得手は如何に肉体を鍛え上げたとしても防げない気の掌打、内部より敵を破壊する土の武技である。 「日本はお前らみたいなのに自由にされていい国じゃねぇんだ! さっさとくたばりやがれ!」 鋭い呼気と共に伸ばされた腕に破壊的な気を叩き込んだ夏栖斗が挑発するようにそう言った。 少しでもダメージを、少しでも矢を使う彼女達の助けになるように――真面目な顔をすれば中々絵になる少年である。 「所持者を攻撃など、させませんわ! ……さ、今の内にお下がりを……!」 夏栖斗が攻撃を加えたその隙に核になる嵐子を庇うようにミルフィが前に出た。 「ごめん!」 「何、気にする事は無いで御座るよ」 全ての気を集中し、敵を見つめ――その時を待つ嵐子。自分の為に戦う仲間達に思わず詫びた彼女の言葉を軽く笑い飛ばしたのは幸成だ。 「嵐子殿はその矢を温羅に突き立てることだけに集中して下され――その為の時間は必ず作ってみせる故!」 「ま、さくっと終わらせてさっさと帰ろうぜっと」 美峰が笑った。 彼女の高度な符術が作り出す式符・影人は温羅より仲間を守る為の有効な戦術として機能していた。 彼女は作った影人をバラして配置しては上手く使う。並のリベリスタ等、一撃の元に打ち破る化け物が相手なのだ。このインスタントチャージで美峰の力を継ぎ足せる仲間が居る以上は――撹乱する為のデコイをばら撒く彼女の仕事も燃費を気にせず仕掛けられるというものだ。 「ああ、全く最高だぜ」 鋼児が呟く。 「……前の俺ならよ。温羅みてぇな化物見たらビビッてたと思う。 でも今は違ぇ。喧嘩するだけのクソガキじゃねぇ、世界の秩序を守るクソガキになったんだ」 再び襲い掛かる怒号の衝撃波から水奈を庇う、受け止めるように前に立つ。 強かに全身を打ち抜いた衝撃に膝が笑う。傷んだ身体が悲鳴を上げている。だがそれでも鋼児は言った。 「全然、怖くねぇ。んなとこでいちいちビビッてられっかよ!」 ホーリーメイガス達の戦いも予断を許さず続いていく。 三千が、依子が翼を失った仲間をフォローする。ニニギアが声も枯れよと天使の歌を響かせる。 「すぐに痛いの、なくすからね……! 皆、頑張って行きましょ……っ!」 引き攣りそうになる顔に気丈な笑みを浮かべてあひるが強い激励を与えた。 「大丈夫だから、きっと――」 「おうともよ」 あひるの必死な声に応えたのはゼルマである。 「よく働けよ者共。妾は機嫌が悪い。このような戦いは疾く終わりにし、喉を潤したいものじゃ」 暴れまくる温羅を厭うように見上げた彼女は何処まで本気か「千年の時の怪物、期待しておったがこのようなザマでは何の面白みもないわ」と退屈そうに吐き捨てる。 (少しでも効率良く、これが勝負所なのですから――) 混乱する戦場を見渡し、回復効率を意識しながら動く雪菜。彼女の視界に倒れたリベリスタの姿が映る。 「しっかりするのだ。傷は浅いぞ!」 「そこで寝ると死ぬ。いや、死ぬな」 救援に動きかけた彼女に代わり彼等を後方へ移動させたのは千里眼で傷持つ者を探す咲逢子であり、飛び回る夜見であった。 「悪いね鬼の王様。一身上の都合により一寸邪魔させて貰うよ」 蓮が定めた彼の今夜の戦いは、犠牲者を一人でも減らしてみせるというものだ。 「運命は時に非情……されど諦めたら其処迄でございます…… 私も含め何方も倒れないように……私は私の最善を尽くしましょう」 倒させない、殺させない、死なせない――シエルのみならず何人のリベリスタが口にした、胸に秘める想いだろうか。 口にするのは簡単で、全て叶えるには余りに重い。自分を騙せない嘘に意味は無いと言うが、彼女はそれでも自身の言葉を信じていた。それを嘘を思う心算はまるで無かったのだ。 「一人で何か出来る訳でもなし……しかし、大河は、数多くの支流により出ずるもの。 私でも、諦めなければ見事な大河の一滴くらいにはなれましょう……!」 癒し、救うという意味においてもこの戦場はやはり特別だという事だ。 普段よりずっと血が匂う。死が匂う。何か一つの間違いを犯せば決壊して、取り返しのつかない事態が起きそうな……そんな夜である。 僕はここから奏でる 君たちの背中に聖なる歌を だから思う存分戦って 傷ついたら、疲れたら 僕の声に耳を澄ませて 諦めないで、忘れないで 僕はここに居る 君たちの背中は僕が守る 迫り来る結末に押し付けられる運命に愚直に抗う声の主は七瀬だった。 「呑気に惰眠でも貪っててくれれば良いのにと思う人が居るんですよ。これ以上、変な夢を増やさないで頂きたい」 惚けたように言って朽葉は力を振るうのだ。 「ネズミの一差し受けてみるッス!」 十分な観察から弱きを狙い、好機を伺い――マスターテレパスで周囲に情報を拡散したリルのブラックジャックが温羅を叩く。 「人間を舐めるなよ、人外め」 一寸の虫にも五分の魂と言うでは無いか。ましてや櫻霞は人間だ。 少なくとも暴力ばかりに訴えるこの鬼とは『違う』誇りを持っているとは自認している。 鋭い身のこなしから放たれたピンポイントが温羅の肉体に小穴を穿つ。 「……チッ……!」 振り回された大腕の直撃を彼は幸運にも避けたがその威力は余波ばかりでも彼の体力を根こそぎ奪うに十分過ぎた。 「櫻霞様の傷は櫻子が癒します、大丈夫……」 「……感謝する」 温羅が動き出した時――櫻霞が咄嗟に庇う動きをみせた対象は櫻子だった。 天使の吐息で傷を癒した櫻霞が運命を失いながらも再び敵に向かうのを見て櫻子は僅かにもたげる不安感にその表情を曇らせている。 「そんな顔をするな」 「……はい」 だが、それも一瞬。 「無事に帰ると約束したんだ。約束は違えるものじゃない」 「えぇ、二人で無事に必ず……」 加速する展開は僅かな時間、幾つかの攻防の内にも常に激変を見せ続けていた。 動き出した小山の如き温羅を阻む術は無い。『突撃部隊』の陣は乱れ、『狙撃部隊』の位置取りもあっさりと崩壊する。必然的に乱戦になった戦場は更なる血を望み、より濃密になる死の予感は攪拌され、誰の元に舞い降りるかを品定めしているようであった。 猛撃に傷みながらも幾度目か――温羅に執拗な集中攻撃を加え始めるリベリスタ達。 「帰ぇんな大将、お前ぇみたいなのに出てこられちゃ……あっしの商売あがったりなンだよ!」 嘯くオーク。 「あちきは他の皆に比べたらやっぱりよえーからお。皆と力を合わせて戦うんだお」 「ターゲット、オールロック。フルファイア! 鬼の王よ、今日ここがあなたの墓場となります!」 ガッツリ、エーデルワイスの神速の抜き撃ちが温羅を襲う。 「不吉の月。今は、皆を護る力……」 一瞬だけ瞑目したフィネの唇が小さな声を零していた。 彼女が抱くのはおわりのしるし――バッドムーンフォークロア。 「決戦に臨むにあたって、心残りを作ってきました。 袖を通さないままの真新しい中等部制服。帰ったらそれを着て、初めて学校に通うのです」 フィネは見る。仲間を見る。戦場を見る。敵を見る。己を見る。 「変わらぬ明日を生きていたい――」 細い肩を小さく震わせたのはアンジェリカだった。 (初めての感情――これが『怖い』って事なのかな?) 内心で呟いて、それから「それでも守りたい物が、人があるんだ」と胸に誓う。 フィネの、アンジェリカの、そして香夏子の描く赤い月が二百余名のリベリスタ達の仕掛けた攻撃を最大限に生かし逃れ得ぬ痛打を加えた。 呪殺の力を扱うのは彼女等ばかりでは無い。 この戦いに於いて予想以上の、実力以上の力を発揮したのは新たにアークの剣として日本での活動に参戦したダークナイト達だった。 「ふふ、とんだ大物が相手だわ」 流麗な長い髪を逆巻く鬼の暴威の風に遊ばせて。 「あっさりと落とされて退場もつまらないし、少しでも長く楽しめるように頑張らないといけないわね」 傷んだ刻がペインキラーで痛みを刻む。因果応報をお返しする。 「あなたのけがれきった罪……ロズがいただきます!」 「連戦とかほんとにアークって人使い荒い~! お山の大将ってこういうのいうんだろうねぇ~。俺様ちゃんは臆病だしみんなと一緒に攻撃>< ああ、仲間って素晴らしい!」 ロズベールと共に魂の痛打(ソウルバーン)を突き刺し、へらへらと葬識が笑う。 「労災とかだしてほしいよね。特別給与とか…… これを倒したらゆっくりフィクサードが狩れるなら、その前菜……というにはちょっと胃もたれしそうだけど、まぁいいか」 小さく溜息。 「温羅なんていう昔話しにでてくるようなもんが相手とあっちゃ、こっちも常識など捨てやしょう。 唯、この気持ち戦いに向け、殺す事ばかりにこの心血を注ぎやしょう。 嗚呼、人間の力が小さいなどとは知っていやす。嫌と言う程、知ってやす。 力が小さいからこそ油断無く、力が無いからこそ束ねて使う。 後が無いと知る鼠めの――人間の力を舐めちゃぁいけやせん。このじじいも分の悪い賭けは嫌いじゃあありやさねんからね!」 カラカラと玄弥が笑う。 「じゃんじゃかいくでぇ!」 景気良く剛毅に洒落た彼の爪が魔光を繰り、強かに温羅に突き刺した。 「攻撃を避けない敵、とね。成る程、確かに私達の出番に違いない」 その身の漆黒を開放したユーキは闇の武具を纏い、告死の呪いを帯びた剣で温羅の巨体を一撃する。 「かつて、かの王と戦った吉備津彦はどのような気分だったのだろうな。このような強大なアザーバイドを前にして」 「私一人では届くまいがな――!」 「俺、これが終わったら、クェーサーちゃんナンパするんだ……」 「要は矢を刺せば良いのだろう? それまでの梅雨払いはしてやるさ。何度でもこの力の続く限り――!」 同じく惟、バゼット、二二、そして禅次郎が格別の呪いを得物に乗せ、温羅の腕へと突き刺した。 「奢り高ぶるならそれも結構。幾度とでもその隙を突かせて貰おう」 「鬼王は、団結の力を知るがいい!」 「フラグ立てても帰ってこれる男なんだよ!」 「まだまだこれから!」 長い黒髪が戦に靡く。 「貴様の身に受けたその呪いの数々、それを力にする方法はある――!」 正攻法ならばまだ非力なベアトリクスの双槍が温羅に痛打をもたらす方法は無かっただろう。 しかして、温羅には多数のリベリスタ達が決死の覚悟しかけた攻撃の残滓が残されていた。その多くが直接的な効力を発揮する事は無かったとしても状態異常(バッドステータス)はナイトクリークの、ダークナイト達の刻む呪殺の礎にはなろう。 「まさか、あの小さかったベアトが……感慨深いと言えば不本意に思うかも知れんがな」 共に戦場に立ち、彼女を守るように戦うゲルトが感心したような――賞賛の声を上げた。 戦いにしなやかなその身を翻すベアトリクスはそんなゲルトに幾らか面映い様子を見せてはいたが…… 「まだ未熟な娘だが、力の使い方というものを知っている。非力と侮るなよ? 鬼の王!」 尊敬する叔父からの高い評価は彼女の気力を一層漲らせたのは確かであった。 おおおおおおおお……! 堅牢なる温羅も流石にこの凶悪な波状攻撃には傷んだか。 怒りの声は漸くリベリスタ達の集中攻撃が意味を為し始めた事実を表していた。 あの魔人ジャック・ザ・リッパーは触れさせない脅威だった。この温羅は堪えない脅威だったのである。その堪えない脅威が多少なりとも堪え始めた――その事実はリベリスタ達の士気を大いに押し上げる。 俄然勢いを増すリベリスタ達。特に『腕破部隊』はこれを好機と傷んだ右上腕を殺(と)りに仕掛ける。 「祭りも最高潮だよ、あのでっかいのぶった切って拍手喝采と行こうぜ、アンタレスー!」 一人では無いと嘯いた岬が跳ぶ。『相棒』を力一杯振りかぶり、全力を以って振り下ろす。 大火の名を冠する禍々しい黒のハルバードは中央の眼で敵を睨み、揺らめく炎の如き刃でこれを切り裂く。 「武器の伝説を使うんじゃねー、使って伝説を作るんだろ。 アンタレスは日ノ本程度じゃない――世界さえ、喰らうんだ!」 相棒より向けられた『信仰』に応えるかのように、その一撃は最高の切れ味を『糧』となる鬼へ叩き込む。 「The Book of Dawn! 第三章二節、大鎌招来! 割いて裂かせて狂い咲けー!」 リウビアの魔術が黒き収穫の大鎌を生み出した。 「大丈夫」 自分に言い聞かせるようにルアの薄い唇が呟いた。 この戦場の何処かで今も戦う恋人の顔を脳裏に描き、無限の勇気を武器に大鬼へと立ち向かう。 「Dragon Rush!」 一声、凛と叫んだのは彼女の弟――ジースだった。 繰り出された気合の一撃――飛翔する斬撃は姉をサポートする一手となる。 「行け、ルア――」 「――ええ、ジース」 以心伝心。双子の阿吽は崩れない。 花風を纏ったOtto VeritaとNemophilaを振るい戦場に舞う。 閃光は白く速く遠き高みへ――L'area bianca/白の領域。 「流石でかいだけあって喰い出が有りそうじゃねェか。だがよォ、図体が幾らでかかろうとンな小せェ気概で国が背負えるか――!」 雷帝の名に恥じず、雷の如きスピードでルアと――共に戦う亘とリンシードと見事な連携を取ったのはアッシュだった。 「私が鬼ならコロっといったかもしれないんですけどね、その体」 「残念ですけど食事が合いそうにないので」――冗句めいたセルマの鉄槌が強かに温羅の腕に叩きつけられた。 「一気に行くよ。あたしも、見下されるのに苛立つし、人を羽虫か何かにしか思ってない奴にいい顔されるわけにも行かないし。 まずはその腕ぶった切ってその不細工顔を更に阿呆にしてやるって、そう言ってるのよ!」 苛烈に叫んだ守羅の一撃が激しく温羅の肉を切り裂く。 「うぉぉ、叫び声こえぇー、顔こぇー! ちょっと、ちびったけど、アタイはまけねぇぇぇー!」 何故なら鬼に魔法の弾を放つ、六花はヒーローなのだから。 「数は力って授業で誰かが言ってましたけど、それって時は金なりみたいな物ですよね」 両手から放たれた桜のナイフが正確無比に腕に刺さる。 「貴方にはきっと、『皆』の意味が分からないんでしょうね」 遠近様々、技も様々、得物も様々。 数百発にも及ぶ集中攻撃が次々と温羅に吸い込まれていく。無論攻勢を強めるのは彼等だけではなく『突撃部隊』も『狙撃部隊』も同じ事。 「悪いがこちとら凡人だ。無双の強力も無尽蔵の体力も無敵の肉体もねえ。手数を重ね研ぎ澄ませなけりゃ届かねえ。だがな――」 好機は一瞬。十分な集中を重ね、狙い澄まして飛び込んだ凍夜の渾身の二撃が閃光のように速く切り裂く。 「――涓滴岩を穿つってな言葉もあるんだぜ! 日ノ出ル国に闇夜の住人の住むべき場所無し。日ノ本の主。ここで下克上と行かせて貰う!」 「――その腕貰ったぁぁぁっ!」 殆ど絶叫にも似た裂帛の気合を吐き出して、危険を掻い潜り間合いを詰めたイーシェが大きく得物を振りかぶった。 破滅的な一撃が振り下ろされた。確かな手応え、温羅の絶叫。転がり落ちる右上腕。 「鬼の腕取ったッス!」 イーシェの声にリベリスタ達から歓声が上がる。 逆棘の矢に頼る事無く――繰り返された攻撃は温羅に痛恨を与えたのだ。 ――よくも、よくも我が腕を……! ごうごうと鬼の口が怨嗟の風を巻き起こした。 その顔を一層の憤怒に染めた温羅だったが――この時、リベリスタ達の攻勢はそこまでで止まるものでは無かったのである! 「待たせたわね――」 逆棘の矢を手にしたレナーテが走る。冷静さを欠いた温羅の隙を突き、仲間達に守られ、肉薄する。 今日ばかりは守り手としてではなく最高の攻撃力として戦場に立つ彼女の集中力は極限と言えるレベルにまで高められていた。 「アンタはきっちりここで倒す。そうしなきゃ、またどれだけの人が死ぬか。そんなの御免よ――」 跳ぶ。その背の小さな羽を広げて飛ぶ。 「――その為なら、運命だって捻じ伏せて――従えてやるんだから!」 吠える温羅。最大の宿敵の遺志を目の前に目を見開き、レナーテを叩き落とさんと三本になった腕を持ち上げるがこれが遅い。 彼が次の動作を取るよりも先に、レナーテの矢が温羅の身体に触れた。その鏃が発達した胸部に――抵抗さえ感じさせず深くぞぶりと潜り込む。 効果は、劇的。 ごああああああああああああああああッ! これまでとはまるで異なる苦悶の声を上げたのはまさに目前の鬼の王。 「――――ッ!」 至近距離から迸った閃光に目を閉じたレナーテは咄嗟に後退した。 短く強烈な白光が晴れたその後には胸にクレーターのような大穴を開けた温羅が立っていた。 おのれ、おのれ、おのれ、おのれェ――! 温羅は激痛と喪失に頭を振り乱し、滅茶苦茶に暴れ出す。 その内の一撃が近距離のレナーテにぶち当たる。 衝撃に外れる。床に叩きつけられ、砕け散るヘッドホン。 落下した彼女の運命をヘッドホンと違えさせたのはこれを受け止めた快だった。 「おかえり」 「……ただいま。あと、ナイスキャッチ……ね」 一撃の直撃に深手を負うも踏み止まったレナーテはちらりと後方に視線を投げた。 「寝て……られ、ないわよ。だって、これからが本番でしょう?」 彼女の視線の先には嵐子が居る。 自身と同じように十分な集中を積み重ね、一気呵成と王を討つ――もう一本の切り札が存在していた。 (この一撃はみんなから託されたもの。託された想い、アタシの覚悟や想いや運命も、この矢に篭めて――全部込めて) 指先は震えない。どんな緊張を背負っても、どれ程の責任を背負っても。 完全なるコンセントレーションとも言える領域に到達した『シューター』は超直観で暴れる温羅の動きを見切る。 「今度は伝承通りの一撃じゃない――伝承を超える、伝説となる一撃を――!」 びん、と弦が音色を奏で魂の一矢が風を切る。Dust devilより放たれた執念の魔弾は唸りを上げて態勢を乱した温羅を目指す。 着弾。走る閃光。仰け反る巨体。 ぐるああああああああああああああああ――! そして――此の世のものとも思えない化け物の絶叫。 矢の刺さった周囲は塵のように消し飛ばされている。奇妙な形で窪んだ温羅の肉体は止め処なくボトボトと赤黒い血肉を流れ落としていた。 殺す、コロス……! 「あら、怖い怖い。 図体の大きな割に喚き散らして当り散らすだけかしら。 そんな事は子供にでも出来るわ……ああ、そういえば、本当に落とし子なのだったわね?」 鈴が鳴るような声で、場違いさえ感じさせる調子で――真名の声が嘲った。 彼女は最初からこの時を待っていた。深手を負った温羅の様子を好機と捉え、苛烈に一撃をお見舞いした。 されど、温羅。それは温羅。 こと耐久という面において彼は全ての常識を無視するレベル――異常そのものと言い切れよう。 吉備津彦が五本の矢を遺したのは十全に破るには五本の矢が要るからに違いあるまい。 大腕の一本を落とされ、凄絶なる破壊力を発揮した逆棘の矢の二本までをも突き立てられながらも――それは健在。その動きの精彩が若干毀れてはいるものの、到底致命に届く様子には見受けられない。 「攻撃に備えて――!」 反撃を直感した陽菜の警告は悲鳴にも似た声色だった。 果たして、尋常でないダメージにも未だ苛烈なる温羅は痺れる程の覇気絶叫を辺り一体に撒き散らしたのである! かあああああああああ――! 疾しる衝撃。幾度目か強烈過ぎる消耗と打撃を受けるリベリスタ陣。 ……如何な加護を持ち得ても避け得ぬ事実はある。 ……………如何な最善を尽くしたとしても避け得ぬ運命はあるのだろう。 それがこの――リベリスタ達が戦いに希望を見出した瞬間に起きたのは、訪れたのは――果たして『偶然』だったのだろうか? それとも皮肉な運命の女神がとびきりの悪意を抱いて囁いた『必然』だったのだろうか? 手負いの巨獣の吐き出した怒号に動きを奪われた刹那。床さえ踏み抜こうかという勢いで踏み込んだ温羅の足を茫と見上げる他無い者が居た。 「あぶな――」 叫んだのは複数だった。警告の声は半ばまで飛んだが、その時アルジェントは頭上より降ってくる運命に抗し得る術を持っては居なかった。 「――――」 悲鳴さえ轟音に飲み込まれ、大鬼が踏み込んだその先に赤色が広がった。 ――全て、全て飲み干してくれる。日ノ本も、うぬ等人間(ひと)も。 ごうごう、ごうごうと音が鳴る。誰もが夢見た幻想はやはり幻想でしか無く。 ――一つとて逃さず砕き、血祭り、殺してくれる……! ごうごう、ごうごうと音が鳴る。死力を尽くしても届かなかった『理想』は唇を噛むリベリスタ達を苛んだ。 ――うぬ等、人間(ひと)の身で我を屠れると奢るな、侮るな―― 「日ノ本だか味の素だか知らないっすけどね。王様やりたきゃ元の世界に帰れば良いんすよ」 「全く。果たして愚か者はどちらかのぅ」 刹姫が鼻で笑い、失望の色を隠さない瑠琵が退屈そうにそう言った。 「るびにゃん、いっちょやってやるっす」 「お主如きが日ノ本の王とは片腹痛いわ。鬼ノ王、温羅。潔くその首寄越すが良い」 刹姫の支援を受け影人を従える瑠琵は、砲撃の如く魔術を放つ音羽は、支援する奏音、アゼルは怖気増す戦場の空気も厭わない。 「皆が戦い続ける限り支え続けます!」 凛子が言った。 「まだまだですよ」 カイが言った。彼等『獄兎』の面々は今夜の戦いの意味を知っている。 「絵に描いた様な暴君だな。コレだから『強いだけ』のヤツはツマラない」 リッパーズエッジを構え直し、再び温羅に挑むりりす。 「何、決戦だ。これでこそ、死地。戦場よ……!」 その手に禍月穿った深紅の槍を携えて宵咲の戦闘狂――ギラギラと鬼気放つ美散が続いた。 「今こそ御伽噺の最後の頁を捲る時――鬼が忘却の彼方へ向かう“時”が来たのだ!」 「……そうね」 ビスクドールのような冷たい美貌に僅かな呆れを含ませて、氷璃は猪武者のような戦闘狂(ランサー)の背中に嘆息する。 「私が倒したい敵はミラーミスそのもの。崩界を滅ぼす為の最善で最悪の手段。 実を言えば貴方にはもう興味の欠片も無いけれど。どうせ放置が出来ないならば、この私が今度こそ完全に、滅ぼしてあげるわ――」 箱庭を騙る檻が紡ぎ出すのはのたうつ蛇、黒い鎖、蒼白な彼女のその肌色は血を失えば一層透き通るかのようだ。 「おおーっ! 一気にいくっすよ!」 刹姫の声が飛ぶ。凛子が奏音がアゼルが支援。瑠琵が乱し、カイがりりすが喰らいつく。 音羽の魔曲と『溶けない氷』の奏でる皮肉な葬送の調べに乗り、その瞳を爛々と輝かせた槍使いがおぞましくも『美』しく血の華を『散』らす。 戦いは続く。 未だ終わりの気配さえ見せず、まだ見ぬ『痛み』を孕んで続く。 そこに確信的な予感があろうとも続く。 纏わりつく不吉を否定したとしても――指を差して笑う『運命』に中指を立ててやったとしてもやはり続く、 踏み込んでしまった以上、どうあれこの時間は決着を望んでいるのだ。 温羅は退かぬ。リベリスタ達も又、退けぬ。 「……堪えないヤツね」 幾度目か火を噴いた01AESR。呟くアシュリーの頬を濡れた感触が流れ落ちる。 「ナイトメアダウンの時は間に合わなかったけど、今回は間に合った。 戦う力を持っている以上――この場に居る以上、温羅、あんたの好きにさせる訳にはいかないんだよ」 「命賭けとか嫌なんですけど、のう」 付喪の声に九十九が応える。『百舌鳥家』の二人。 「あんたよりヤバい相手がこの国に現れた時もあったんだ。先達が命を賭けて世界を守ってくれたんだ。 今、ここに生きている私達が借りを返さない訳にもいかないだろう?」 どれ程の困難が相手でも、どんな犠牲があったとしても。術式を組み上げ、銃撃する二人は温羅に挑む。 言葉は軽口のように言いながら。宿す決意はそれより重く。 何をどうしたいとしても、全ては勝利の後の話。嘆くも、悼むも、振り向くも。 何をどうするにせよ、全ては勝利せねば、意味が無い。勝利せねば、無駄になってしまうのだから。 ●鬼道喰らわばII 「僕の全てで、お前に一撃を叩き込む――!」 疲労と痛みに苛まれた重い身体に開戦当初と何一つ変わらぬ――否、開戦当初よりも鋭い刃の切っ先のような魂が輝いていた。 「これ以上は、この先は踏み込ませない! 僕を……リベリスタを。いや、人間を。舐めるな、温羅ぁぁぁああああ!」 悠里は絶叫と共に己が全力を傲然たる鬼ノ王に叩き込む。 乱れ咲く雷華の鮮烈さに負けじと戦いを展開するのはまさに『境界線』を自認する戦士達も同じであった。 「いい加減眠れよ、それも永遠にな!」 影を従えたレンの放った道化のカードが温羅の肉体に突き刺さる。 「温羅! はいぱーつよいのです! でも! ゆーしゃたるもの絶対! 倒すのです!」 何処までも単純化した論理。ある種の見解に於いて『壊れている』かのようなイーリスは全力全開の武闘を振るう。 人の心は力に変わる――言い切ったレンの言葉は『境界線』を号令するラインハルトの凛とした眼差しが証明する! 「まだ手足がある、鼓動が動く、立って誰かを護る事が出来る」 キルシュ・ブリューテが戦いの風にはためく。 「痛い、辛い、恐い、苦しい、それでも」 鮮やかな桜花が戦場に舞い遊ぶ。 「私は退かない。境界線は退かない。父が、祖父が、皆が護り続けたこの国は、渡さない!」 「私達を、世界を、舐めるな――!」 日頃は穏やかで冷静なリセリアが喉も裂けよと絶叫した。 「皆、とらのために頑張ってね~♪」 とらの聖神の息吹が傷付く仲間達を強力にサポートした。 「貴方は吉備津彦への憎悪の檻でもがく、ただの惨めな囚人だ」 全力で戦線を支えるとらを支えるのはキリエのインスタントチャージだった。城外の戦況は悪い。必然的に消耗を余儀なくされたリベリスタ達の余力は否が応無く長くなる決戦に急速に失われつつあった。 (神は気まぐれな数学者。それでも誰かを救ってくれると言うのなら。 私にはもう欲しいものは何もないから、誰か私以外の正しい者が願いを叶えるための力を……) だが抗う者こそ、キリエである。 抗う者達こそ『境界線』と連携するこの『桜』の面々である。 「その汚い手で、彼女に触るんじゃねーぜ!」 暴虐と死の如き薙ぎ払いより英美を庇う形を取り、力強く吠えたのはアウラール。 「直情型のプッツン野郎め、暴れるだけで勝てると思うな!」 一撃に容易く叩きのめされ、運命に縋るを余儀なくされても彼は全く怯まない。 弓を構える凛とした少女も彼にとって絶対に守らなければならない『境界線』の一つであった。 「アウラさん……」 約束した相手が居る。自分がこの英美を託された――そう思うのは思い込みに過ぎないのかも知れない。 しかし、それでもアウラールは彼女だけには触れさせない。彼女だけは倒させない。そう心から『 』に――誓っている。 (あなたは私の帰る場所。何があっても護るわ、必ず――) そしてその想いは英美も又同じであった。絞られた木花咲耶がキリキリと小さな音を立てる。 愛しい恋人が作り出したこの時間を彼女は決して無駄にはしない。彼は盾、彼女は剣。揃って初めて二人は完全に成る―― 「あなたになど、私達の大切なものを……何一つくれてやるものですか! 伝説の再現、過去へと消えなさい温羅!」 放たれた矢が温羅の分厚い瞼に刺さる。眼球すら強弓の一撃に破れない恐るべき鬼ではあったが、多少の有効打になったのは間違いない。 「先輩達の想いは後輩が引き継がなきゃね☆ 絶対倒して、みんなで帰るよ!」 無茶をしがちな舞姫の様子に注意を払い、サポートするように戦いを展開するのは終である。 (いつもの皆と一緒に居るから。ああ、守りたいものがあるんだなぁって思えるんだ。 おねぇは私にどうしても守りたいものの為なら全力で行っちゃえって言ってくれる――) 京子が轡を並べる終は、援護する舞姫は紛れなく『大切な人達』である。彼女の胸の片隅に微かに残る姉の記憶がざわめく。否、彼女自身の想いが今まさに彼女の身体を突き動かしている。素早い動作で運命喰いを連射して、京子は鬼の姿を見た。それから『今ここには居ない大切な人』を脳裏に描いた。 (ねぇ沙織さん、忙しいでしょうけど――桜を見ましょうよ。もっと沢山景色を見たら、私達の守ってる世界をきっと実感出来ますから!) 銃声が立て続けに泣き叫び、戦う舞姫を援護する。 激闘を続けるのは『なのはな荘』の面々も又同じであった。 「日本の平和を取り戻すの! ハッピーエンド迎えるよ!」 力を貸して――そう願ったルーメリアの声に応え、集まった面々はまさに粘り強く最前線での戦いを展開していた。 部隊の核にして要となる彼女は死力を尽くして回復支援を続けていた。一瞬毎に迫る死の影にも一歩も退かず、敢然と。 「……負けられない戦いだもんね。わたしもできる限りの事しなくっちゃ……!」 そう言ったアーリィは部隊の継戦能力を担うもう一人の要である。 「ヘクスが護ります。ヘクスが庇います。この絶対鉄壁が守ります。 さぁ、砕いて見せて下さい。ねじ伏せて見せて下さい。そして、絶望するがいいです。ヘクスの硬さに。何が何でも勝ちますよ!」 鉄壁を自称するへクスはここが働き場と気を吐いた。 「……っ、段々、キツくなってきましたけどね」 自身に完全なる守りを施し、幾度因果応報に痛みを跳ね返したか。肩で息をする小梢も何だかんだで粘り強い。 「いやはや、難儀な事でござるが……ここでやらねば女の子が沢山傷つくでござるからなぁ。やれやれでござる」 久嶺にぴたりと張り付き守る腕鍛が大きく息を吐き出した。 「別にアタシは日本がどうなろうと…… 誰が死のうと、アタシが消えようと、別にどうだっていいのよ」 当の久嶺は些か不穏当な言葉と共に鬼を睨み付ける。 「唯、アンタを放置すれば、アンタはアタシのお姉さまの平穏をぶち壊す――それだけは絶対に許さないわ」 「及ばずながら何発でも――ぶちかましてやろうじゃない」 理由はどうあれ強い想いは力になる。防御の方は全て腕鍛に任せ、敢えて回復されない道を選ぶ――最高効率で痛みを力に変えるギルティドライブをぶっ放ちまくるこの久嶺と、ルーメリアに「支援だけは信頼しているけどね」と皮肉に告げたマーガレット、相変わらず呪殺で攻める香夏子等といった面々は部隊の攻め手として機能していた。 「あたしのお嬢に何してくれてるんじゃあああああああ!」 「……ってか美鳥あんま興奮して叫ぶとバレるっスよ……」 ……ルーメリアを影ながら守り、支援する美鳥や呼太郎の姿もある。 「確かに俺のやれることは少ない。だが敵に致命的な一撃を与えること。 無視できない鋭い一撃を繰り出し注意をひくこと――自信が無い訳じゃあ無い」 破壊の戦気を身に纏い、破滅の一撃を繰り出す零児の火力はひとかどのもの。 「――この一撃がきっと仲間の役に立つと信じて!」 「脅威は矢だけでは……吉備津彦だけではないと教えてさしあげなければ、ね」 彼に続き、自慢の威力で競演するかのように――『銀騎士』ノエルの繰り出した白銀の騎士槍は素晴らしい精度で温羅を穿つ。 「ワタシが護るということは地球に護られているということだ! 安心して突き進むといい!」 この上なく頼もしい激励を飛ばすキャプテンの一言に仁太が「おぅ、そりゃ頼もしいわ」と喝采を上げた。 「全く、大切になるんはここにいる一人一人の仲間なんや。繋がることが、合わさることが、わっしらの力やろ――!」 放たれたバウンティショットが連続して温羅の右腕――その二本目に突き刺さる。 「トップスピード乗せていくぜ! うおおおおおおおおおおおおおお、ソニックキィィィィィィィィィィィィィック!」 全力全開で飛び込む郷のヘビーレガースが風を巻き込み唸りを上げる。 血で血を洗い、運命のチップで運命を購う――戦いはまさに凄絶さを増していた。 前のめりに攻め続けるリベリスタ達は長い戦いの中で更に死力を絞りに絞り、温羅の体力を削り続けてはいるのだが……こと耐久するという点においては温羅は正真正銘の化け物である。ここまでの彼は生命体が一般に致命傷と呼ぶそれを受けても脅威を減じさせていない。 ……とは言えリベリスタの必死の努力で成し遂げた右上腕の破壊は彼の攻撃力の減少をもたらし、突き立てた二本の矢は無限にも思われた彼の生命力を大きく削いでいるのは確かなのだが。バロックナイトにアークの対峙した魔人は対峙するものを凍りつかせるような技量で熱い時間を凍らせた。今夜の敵は全ての手段が徒労に終わるのではないか――そんな不安を煽る……何れにせよ悪い夢には違いない。 「人間は……鬼より弱くても、貴方を倒す技も心もあるんです!」 「……このっ、しぶといなんてもんじゃないんだよぅ!」 圧倒的な体格差に怯まず、慧架がアナスタシアが果敢に攻めるが簡単に止まる温羅では無い。 鬼道の多くがそうである通りに――それ以上に。暴力を司る王はリベリスタ達に手酷い試練を強いていた。 「何とか……戦線を……!」 体力、異常の回復に攻撃までをこなす七花が八面六臂、器用な立ち回りを見せている。 一方で広い視野を発揮し、敵の後背に回り込まんとするフライエンジェの二人が居る。 一撃の軽さを集中で補い、温羅の視界から外れるように動き続けるのはユーフォリア。 敵の弱きを探し、隙と好機を探る『観測者』の戦いを見せるのはヴィンセント。 「これで――」 その背の翼で飛翔したユーフォリアは死角より強襲し、 「この戦いに、必ず勝利を――」 ヴィンセントは十分な射程を如何無く発揮し――一方的に狙撃する。 「蘇ったからなんですか。日ノ本を飲み干すからなんですか。 消えぬ痛みなど、既に抱えた者がいくらでもいます。貴方達が与えた者もいるでしょう」 戦うかるたの瞳には義憤の炎が燃えていた。 「王とは統べるもの。ただ威を振るうものにあらず。 それすら分からぬものに、屈する事など有り得ない。 この身が砕けようと。塵と化して滅びようと。想いは消えない。暴力などでは砕けない。 私ひとりの意志すら砕けない者に……負けを認める道理は無い!」 「この鉄の盾を易く超えられると思うな!」 平素の姿からは考えられない位に凛と夢乃の双眸が巨鬼を射抜く。 「これだけの相手を鉄砲で相手してどうするんですか。それぞれの大砲で惜しみなく撃ち合いましょう」 「戦いの意味の大きさはわかってる。退かないわ――」 そう言う七海はまさに休む暇も無く、消耗を深めるリベリスタ達に戦う力を注ぎ続けている。 ニニギアは迫る巨影にも後退せずに戦線を支え続けている。 アーク最大規模の作戦はアークの運用し得るほぼ最高の精鋭達によって形を成している。 数多くとも、個々の肩に掛かる責任は重く。死力を尽くす戦いは未だ収束の気配さえ見せなかった。 「封印が少しでも残る今こそ最大の好機。如何な手段を払おうとも、その首獲るまで!」 「ええ。必要だって言うなら、何度でも打ち込んであげるわよ?」 弾丸放つ源一郎の鋼のような精神は唯一点のみを目指している。 倣う翠華も又同じ。戦いの中で割れたトレードマークの色つきグラスを放り投げ、「上等よ」と戦場に笑む。 (かつて同じように日本を守っていた人たちに敬意を表する。そして続く人たちのための未来を作る。ただそれだけです――) 茉莉の詠唱が漆黒なる魔力の大鎌を呼ぶ。突き刺さる、切り裂く、連なり、抉る――! 「支配する前に封印されたんでしょ? よく日ノ本の王なんて名乗れるよね」 お次は魔力ならぬ物理のデスサイズが唸りを上げた。挑発めいた都斗が大鎌で繰り出した烈風で鬼の巨体を突き上げる。 風喰らう鬼の怒りの咆哮に皮肉気に唇を歪めた都斗はもう一言を付け足した。 「そもそもいまどき日ノ本の王なんてちいさいちいさい。 せめて、世界の王なのるくらいの気概もないんじゃまだまだぜんぜん小物でしょ――」 「フン、厄介な……!」 敵が己に噛み合うかと言えば実に大いに噛み合わぬ。 ゲリラ戦めいた動きを展開する『Dr.Tricks』オーウェンは戦いに彼一流のやり方と美学を持っている。 張り巡らせた蜘蛛の糸も、その罠も力尽くで踏み潰すそんな鬼には幾ばくか辟易しようというものである。英語で何事かを呟いた彼は温羅の注意を引くように光糸を繰り出した。 「暴力が支配する鬼、デスガいけないデスネ。 暴虐と刻み愛殺し愛は違うモノ。都市伝説は愛故に殺しあうのデス。ただの暴力はここらで退場して貰わないとデス」 肉斬り包丁を両手に備える『ベジタリアン』。少女の姿の『都市伝説』にして『殺人鬼』。 光と影、可憐に陰惨に。山程矛盾を抱える歪崎行方の最大の『食い違い』は或いは正義の味方としてこの戦場を踏んだ事なのかも知れなかった。 「過去の伝説は現代においては不要。今は都市伝説の世界なのデスヨ。アハハハハ!」 彼女に言わせれば、ジャック程リスペクトに値すれば現代の怪奇に相応しいというものなのだろうが―― 「鬼の、王様。吸血鬼で、殺人鬼な、罪姫さんの王様でもあるのかしら? だとしたら、罪姫さんは貴方を愛してあげなくちゃ。 解体(バラ)すには大き過ぎて、殺(アイ)すには種族の壁ってものがあるわ。 罪姫さんには――殺(アイ)し切れないかもしれないけれど。でも良いのよね、王様だもの。 その位、笑って許す度量の深さを期待しているわ――」 余りに刹那的な『愛』を発揮したのは行方と同じ殺人鬼系の罪姫であった。 「この、全身全霊の『愛』、どうか受け止めて下さいな」 ころころと笑う罪姫の愛はいよいよ重い。一撃に賭けていた彼女は大きく温羅の返り血を浴びて、陶然と微笑んだ。 「僕は壊した分以上に多くのものを創る! 命を、物を、叶う全てを――!」 『迷い』を振り切った達哉が奮闘する。 「血がなんだって言うのよ。生まれがえらければえらいの? 信じられない! 最近そんなの流行ってないよ!」 壱也が繰り出した全力の一撃が華奢な身体からは信じられない程の『粉砕者』の威力を発揮した。 「わたしだって、やるときはやるのよ。その覚悟は決めたんだから!」 「小さな一撃でも積み重ねれば岩をも穿つ筈――」 彩の全力の蹴撃が空気を斬り、温羅の肉を切り裂いた。 そう、事実――腕の一本は落ちたのだ。胸に穴は開いたのだ。 倒せない相手では無い。決して、決して、決して――信じ抜く事こそ時に力となる。 否、信じ抜かねば泥のように足元より這い上がる絶望は容易にその身体を絡め取ってしまうだろう。 「ミラーミスの落とし子、鬼道を統べるもの、どんな強敵が相手でも負けるわけにはいかないのです!」 されど、温羅。その在り方は決意と勇気を謳う少女の言葉を嘲笑うかのようですらあった。 『たかが』ミラーミスの落とし子は、それそのものですら無いのに――人間には想像さえ出来ぬ領域に存在するとでも言うのであろうか? ――脆い、弱い。うぬ等、それで鬼道を喰らえるか! 「――うあっ!」 浅くは無い傷を負いながら――攻めても砕いても削っても未だ衰えぬ王の闘志はリベリスタの一団を纏めて叩きのめした。 「やら、せないわ、絶対に……!」 乱れた戦場に安全地帯は無い。温羅の攻撃の一部を浴び、意識を失った三千を庇うようにして、抱えるようにしてミュゼーヌが吠えた。 「やらせないわ――恐怖と暴力で支配される国に、未来などあり得ないのよ!」 流麗な彼女の美貌さえ汗に埃に汚れ、血に濡れて。肌寒い気温にも関わらず張り付いた前髪、呼吸の度に苦しげな美貌を見れば万全に無いのは余りににも明らか過ぎた。だが、それでも――腕の中に彼が居る以上、彼女はまだまだ戦える。血風吹き荒れる戦地。アクセスファンタズムに揺れる『チョコろっぷ』のストラップ。チョコレート色のうさぎのゆるキャラは戦場にも彼女にも不似合いなデザインだったのかも知れないが――背中に背負う愛する人と共に、必ず生きて帰るという決意の証明は彼女に無限の気力を沸き立たせる『トリガー』に十分だ。 「戦う武士、舞う桜。此の現世は、諸行無常が刻に在り」 永の唇が微かな音で歌を詠む。 彼女が一族の流祖、一条永時は南北朝の動乱において南朝に属しこの世の地獄を見たという。吉野の桜に諸行無常の理を見たという。 「この国は私の大好きな人達が眠る国だ……」 ぽつりと言った。 「私の大事な仲間達が生きる国だ」 ぽつり零れた。 「私の大切な子供達が暮らす国だ!」 声はもう微かなものでは有り得ない。 「――お前なんかに食い荒らされてたまるものかあああああああああああッ!」 斯様なまでに声を荒げる永を見た人間が一体何人居るだろう。 吠える絶叫と共に繰り出された彼女の一閃に雷光が迸る。 (日本を護るため。世界を護るため――この手で護れる命を護るため) この場所で『勇者』の為さねばならぬ事等、元より数える程も無い。 多くを考えるまでもなく光は奮戦を続けていた。ゆうしゃのつるぎを振るい、時に癒しの力を紡ぎ。 少女は自身が求める高みの為に、唯只管に戦っていた。 「この墓のようなこの世界。ポット出の鬼なんかに自由にさせないわ」 独特の感覚で世界を表現したルカルカが、幾度目か温羅を強襲した。 「今度は殺すのよ。え? 昔からいたの? そう……」 罪の帳が行き着く最果て、時の迷路の邂逅点は超高速の織り成す無数の乱撃となりて、要塞の如き鬼を脅かす。 彼女の技量は高い。今も旺盛な戦意で温羅に相対している。 しかし、仲間達をしぶとく庇わんとしたアンリエッタが暴威に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。 彼女だけでは無い。タイト・ロープの上を渡る戦いを長く続けてきたリベリスタ達が次々と脱落していく。 防御能力に劣る者から倒されている。運の悪い者から倒されている。健在の数が減っている。 軍団による対決に活路を見出してきたリベリスタ達の戦力は今や櫛のように抜けていた。人が減る程に弾幕の如き手数と支援は薄くなり、攻撃に晒される危険は増える。確実な戦力の低下である。 しかし、リベリスタはあくまで濁流に抗い続ける。 「確かに、畏怖するよ、お前の存在には」 減った前衛の代わりにならんと竜一が前に出た。 「怖いよ。俺はそもそも一般人で小市民だったんだ。 こんな相手とかしてられるかよ。ジャックのときだって、ジャックからは逃げたしな。それでも――」 それでも。 「それじゃ、きっとダメなんだ……!」 真正面から王に挑む。壁を乗り越えて仕掛ける竜一の革命だ。 「それでこそ、お兄ちゃんなんだよ!」 命賭けの竜一を助けんと虎美が銃撃で支援する。 (たった一発でいい。大好きなお兄ちゃんを助ける為の一発が欲しい。それがあれば他になにもいらない) 誰が為の力? 大いに愚問。彼女の求めるは唯只管に――愛しい兄の為のその力。 「――ついでにショタから戻ってくれれば最高!」 「……わたしを殺せる奴なんて、どこにでもいるだろうさ。その中の一体が目の前にいるからって、だからどうした!」 同じく涼子は必死に確かな意地を張る。 おじけるな、目を開け この拳と、この弾を届かせろ ぜんぶ捨ててみせろ、ぜんぶ この、糞みたいな――なにもかも 「――くたばれ糞野郎」 単発銃が轟音を吐き出した。 「まだまだぁっ!」 流されさえ塞き止めんとした守夜が声を張る。 ごうごうと渦巻く鬼の息に負けぬと倒されたかに見えた彼だったが、運命の淵に留まり、氷気を帯びた拳を強かに繰り出した。 「殺さば殺せ。しかし、せめて腕の一本や二本は貰っていかねば割には合わぬ」 無骨にして漆黒なる炎の羅生丸を構え直す陣兵衛も同じく気を吐く。 「儂は退かぬ。此処より、元より一歩もな!」 一度戦場に置けば獰猛たる彼女の気性はこんな夜だからこそ烈火の如く燃えるのだ。 幾度の傷を刻んだか、幾度の痛みを受け止めたか。 感覚を酷く侵す消耗と疲労にも爛々と輝く彼女の目は曇ってはいない。未だその闘志は僅かばかりも翳りはしない。 「誰が何処の王だって? ふざけないで。愚かなのはどっちなのよ」 普段は中々見せない七の必死なその姿は、その言葉は彼女の本質を示していた。 「何度蹴散らされたってめげないよ。普段だらだらしてる分、こんな時くらい頑張らなくっちゃね。 諦めてなんてあげない。絶対に止めてみせるんだから――!」 「ああ。我が身可愛さの戦いで倒せるほど、鬼の王は弱くねーかんな!」 ブレスが渾身のギガクラッシュを叩き込む。 何度踏まれようが何度殴られようが 骨が折れようが肉がえぐれようが 腕が取れようが動けなくなろうが あと一度、踏み止め堪えろ 「唯、強がれよ。勝つって言えよ……! 他人(ひと)を殺され、仲間を殺され、関係ねーとは言わせねーぞ! この戦場に関係無いヤツなんか一人も居ねぇ!」 ……瞑の視界の中、動き始めた戦況は確実にリベリスタ達の不利を表していた。鬼ノ城各所も混乱しているのだろう。矢は未だ届かない。 ●鬼道喰らわばIII 温羅こそ、鬼道。それそのもの。他の鬼全てが敗れ去ったとしても――元より痛痒とも思っておらぬ。 筆舌尽くしがたい傲慢とその力は、勇気と団結を剣にして敢闘するリベリスタ達さえ飲み込みつつあったのだ。 「流石は伝説の鬼、この国の王を自称するだけの事はあるね! でもこれならジャックのほうが強かったな!そうだろみんな!? 彼にだって勝てたオレ達だから、今回だって勝てる! ――もう、ひと踏ん張りだ!」 翼が開く。高く舞う。重圧の加速する戦場にそう信じたいウルザの空元気にも似た声が響いた。 圧倒的に攻勢を得手とする少年はそれでも猛る鬼の意識を自らに引き付けようと考えた。 挑発する。仲間から意識を逸らし、チャンスを生み、最終的な勝利を掴む為に―― 「……っ!」 ごうごう、ごうごうと風が鳴る。 目前の大鬼が吸い吐き出す息はそれだけで不快な風を作り出す。 弱き光がその顔を叩いても、敗れざる者はその大腕を『愚か者』に伸ばすばかり―― まるでそれは永遠にも似た一瞬だった。目を見開いたウルザは我が身に迫る死の腕をまるでスローモーションのように眺めていた。確信めいた直感は未だ見ぬ光景を彼の頭の中に強くイメージさせる。大きな手が自分の身体を何事も無いかのように握り潰す…… 果たして。果たしてそれは単なる『イメージ』と呼べたのか。呼ぶべきだったのだろうか。 (――――な!?) ウルザは訪れなかったその『結末』に大きく目を見開いた。 それは一瞬の出来事。それは有り得ざる奇跡の顕現だった。 (なんで――) 気付けば自分が居るべきその場所に、黒いマントとフードの男が居た。 確実な死に彩られた光景に気付けば淳が入れ替わっていた。温羅の手が淳の体を捕まえた。 それは一瞬の出来事。何が起きたのかも理解せずにウルザは一声を上げた。 「父さん――」 「チェスではキャスリングと呼ぶのだったな。いや、チェックの後のキャスリングは反則か。 生かして帰すは兎も角、生きて帰る――は、成る程。些か難しい」 『入れ替わり』は単なる物理的位置の変更だけでは無い。因果律の中で確実に『定まった死の決定』を、現実が追いつくより前に摩り替えた。歪曲された運命は些か非効率で、些か不器用ながら――淳の願いを、最大の願いだけは聞き届けた。 鮮やかなフェイク。神さえ謀るコン・ゲーム。 「生きろ、ウルザ」 向けられた赤い瞳が気負うなと告げていた。血色の悪い唇がこの期に及んでも人の悪い笑みを作る。 刹那後には温羅の手は強く握られ。淳という名の人間は、人間から肉の破片に――永遠に機能を停止した。 慟哭。 声に出さない、それでも平静を装おうとするウルザの慟哭。 放たれた一撃が温羅を抉る。その威力は何時に無く敵を深く貫いた。 「温羅を倒すまで――くじけるな。くじけてはならぬぞ!」 戦場をウラジミールの激励が駆け抜けた。 温羅の一撃に木っ端の如く薙ぎ倒される仲間達。誰かの――誰のものとも知れない悲鳴が耳を突く。 もし、勝利を望むならば――『一人でも多く』生かそうとするならば、個の取り得る手段等最早一つしか存在しては居なかった。 故にそれは偶然ではなく必然だったのだろう。 悼みを嘲る戦場に大輪の運命の花が咲く。 我が身朽ちたとしても勝利を望む勇者が――雪崩を打つように難攻不落を突き破らんと最後のチップを積み上げる! 「良くやった、後は任せろ」 短く、端的な言葉は今夜も何一つ変わらなかった。 愛想の一つも無く、迷いの一つさえ無く――少しの可愛気さえ無く。 獅子心王の銘を持ち、二頭の獅子頭を持つ銀色の棍を構えたマリーは無造作に前に出る。 人間は己がどれ程の運命を握っているのかを知らない。知り得ない。 己がどれ程の人間であるかを正しく理解出来る人間等、存在しない。 故にマリーのその行動は彼女にとって余りにも当たり前過ぎる選択だった。 「こんな奴を一人で倒したのか、吉備津とやらは」 強くあろうとする――強くあるもの好むマリーのその声は呆れと幾らかの羨望を含んでいた。 「それともあのジャックであればコイツとでも殺り合えるのだろうか?」 マリーの言葉には僅かな嫉妬さえ滲んでいる。 少女の全身を青い炎が巻く。暗闇に燦然と浮かび上がる影はそのまま激しく温羅に肉薄した。 「追いつく為にも此処で死ぬわけにはいかんな――」 言葉とは裏腹に急速に抜け落ちていくマリーの運命は彼女の最期を決めていた。この一時ばかりは、彼女が口に並べた『大物』達にも近付こうかという存在感を発揮した彼女は、繰り出された大鬼の一撃をあろう事か振るった一撃で受け止める。 「……成る程。大したパワーだ」 気付けば彼女を覆う青い炎が消えていた。 革醒者であるが故、リベリスタであるが故、彼女は『自分自身に最早一欠けらの運命も残されていない』という事実を正確に理解していた。 身体の底から沸き立つような力の奔流。それは彼女が一瞬前までの彼女では無い、化け物に成り下がった事を意味している。 マリーに魅せられた――あの火吹は地獄で笑っているのだろうか? 「運命は寵愛か。それとも、枷だったのであろうか――」 不出来な奇跡は彼女の運命を奪いながらも、彼女の戦う力は奪わなかった。 黙示録に増幅された彼女の力が、ノーフェイスに変わった事で更に増幅される。 激しい打ち合いを始めた彼女は宣言通り、温羅の猛威をこの時間食い止めている。 戦いは続く。続く。続く。続く――! (平穏に生きる選択はあった筈だ。それでも……お前は、幼い子供である前に戦士だった。女である前に戦士だった。 我の背中を追っていた小さき影は――今、我の威風すら及ばぬ程に……こんなにも輝いている……!) その身を赤く血に染め、『爪牙』たる獅子王の煌きを振るい続ける。刃紅郎は刃紅郎であるが故に、共に戦場に立つクリス・ハーシェルを良く知るが故に……その時の訪れを知っていた。或いは知っていてもそれをそう思いたくなかったのかも知れないが―― 鼓膜を揺らす温羅の声。雑然とした戦場のノイズは酷く耳障りだ。しかし、不思議とクリスの声は良く通る。 「ここで温羅を倒せなければ、多くの戦友達が散るだろう。私はそれを黙って見過ごすなんて出来ない」 凛然と言う少女に刃紅郎は「うむ」と鷹揚に――少なくとも鷹揚に見える威厳を残す程度には気を張って頷いた。 「何があろうとも、私は大切な人々を守る。それこそが、私がリベリスタになった理由なのだから……」 戦いが加速して終焉に近付いているのは分かっていた。 温羅の暴威を食い止め、敗北の流れを押し返すのに何が必要かを彼女も、彼も知っていた。 「……うむ」 血が滲む程に拳を握り。最後の砂粒が零れ落ちる最後の猶予にクリスが自身の横顔を見つめている事に気付いていても――刃紅郎はその視線をピタリと前の大敵に据えたまま、逸らす事は無かった。一度視線を剥がしてしまえば、再び敵に向かう事が出来なくなるようなそんな気がしていた。格別の覚悟を唇に乗せ、自分の一声を求める少女に『望まぬ言葉』を言ってしまうような、そんな気がしていた。 (馬鹿な……ッ!) 刃紅郎は他ならぬ己に惰弱な逃げを寛容出来る程、器用な男では無い。 それなのに恐れてしまう。恐れを知らない獅子であるが故に、この一時――クリスの顔が直視出来ない。 「隣に刃紅郎が居たから。お前が居たから、私は何時でも立ち向かえる。今日もこの場に立っていられたんだ」 告白めいた少女の声を広い背中で聞く。刃紅郎は『震えぬ』声で言うクリスに自身が何を求められているかを今一度思い知る。 残酷で、苛烈で、胸を衝くような――その言葉を。 乾いた言葉は微か。戦いの風に猛獣のように気力を漲らせる刃紅郎の姿はそこには無い。 「我らに勝利を奉げるのだ。その為に――己が命を捨てよ」 初めての命令は何より最後に彼女が望み、彼が応えた運命の転換点だった。 「――――」 寄り添うように歩み寄った刃紅郎の服の襟を強くクリスが引っ張った。 長身の彼に対して伸び上がるように身を寄せた彼女はそっと触れる程度――最初で最後のキスをする。 「行こう、最高の戦友よ」 最早語るべき言葉は無く、吠えた刃紅郎が温羅を激しく一撃する。 「――温羅! 刺し違えてでも貴様を倒す!」 彼が加えた猛撃に続き、霊刀を携えたクリスがまさに――『存在し得ぬ第六の矢』と変わる。 第三より第五の矢に先んじて、この夜に飛翔する。 がああああああああああああああ――! 直撃、そして肌を震わせる大絶叫。 凄絶な一撃は防御しようとした温羅の腕さえ引き千切り、その肉体を抉り抜いた。 温羅の肉体が吹き飛んだ。閃光となって弾けたクリスの姿はその瞬間、この世界の何処にも無い。 脇腹から肉をごっそりと削られた彼の姿勢が大きく崩れた。絶叫と共に暴れ回る彼の残る二本の腕が堅牢なる鬼ノ城の壁さえ、天井さえを破壊した。瓦礫が次々とばら撒かれ、流れ込んできた夜風が血臭に塗れた戦場を攪拌する。 頭上より淡い光が降り注ぐ。 卯月の名月に照らされて温羅は吠える。天を衝くような、二対の角を振り回して。 その瞬間、決戦の地の全てが彼に注目していた。 リベリスタ達は温羅を見た。 生き残る鬼道の全てが温羅を見ていた。 これ程、戦い続けられた事は奇跡と言えるのだろう。全員が死力を尽くし、追い詰めた温羅である。 そして、機は満ちる。混乱の中、激戦の中――破れた本丸に彼を倒す為の意思が届けられた。 「この刀の名に恥じぬよう。この夜に恥じぬよう。いえ、それ以上の戦いを今ここに――」 その得物は二尺五寸八分の太刀。天下五剣の鬼丸国綱から名を取った逸品である。 今は愛刀に加え鬼を討つ為の逆棘の矢を備えた冴が真っ直ぐに大敵を睨み付けた。 「例え、刀折れ矢尽きようとも……心が折れる事は無かったでしょう。 故にここに矢があるのです。この矢は尽きず、届いたのです。 先達の残した希望、貴方を討つ為の概念、それそのものである武装――」 冴と同様に止水を備えた大和が言った。敵の血に、仲間の血に濡れた矢に万感を抱いて。 「――いいえ、私達こそが『逆棘の矢』となりましょう。この一矢、貴方に受けきれますか!」 邪なる風を破り、鬼道の大術士を破った二人がその手に今夜を終わらせる為の意志を携えここに参じる! ――我は、敗れぬ。我は王。この日ノ本を飲み干す王ぞ――! 怒号が轟く。 幾度と無く温羅の暴威を食い止め続けてきたマリーが遂に叩き潰された。 腕二本となったそれは当初程の戦力を備えては居なかったが――バランスの悪くなった身体を前のめりに突き出して、決着の時に再び戦意を強くしたリベリスタ達を薙ぎ払う。 「集え、今こそ勝機。今こそ、正念場だ――!」 高らかに号令したのはアルトリアの一声だった。 その細剣を高く翳し、朽ち逝く大鬼を指し示した。 傷付き、疲れ果てた仲間達は最後の力を振り絞り、動き出した冴を大和(きぼう)に集う。全てを終わらせるべく、今集った。 「待ち侘びたわよ」 戦況にも何処か余裕めいた微笑は変わらない。 その白い頬にこびりついた血を赤い舌でぺろりと舐めて――冗句めいたティアリアは清かに歌う。 「恐怖が目の前に迫っとる状態の時ほど、希望を持って壁をぶち破る…… 友情、努力、勝利がこんな時の鉄則やな!」 「それにしてもひどい凶相よね。 よく見るとちょっと愛嬌あるから私は嫌いじゃなかったけど」 二人に添うように敵に向かう。椿が、ボロボロのウーニャが『逆棘の矢』に合流し、少しの茶目っ気と共にウィンクを飛ばす。 「これ以上、絶対に殺させない」 「今まで築いた護りの技術、精神をここで全て出し切る! 『絶対に』君達には触れさせ無いさ」 綾兎が「俺みたいなのでも、多少は盾にはなれるでしょ?」と惚けて見せ――この時を待っていた理央が強く言い切る。 「そういう事。私にだって守りたいものの一つや二つ位あるのよ。 こんな事態が何度も何度も起こると、流石に黙ってみてるだけって訳には……いかないでしょ?」 何時に無い真顔を見せたソラは、 「鬼は怖いけれど……ここで退いたらおしまいだ! ワタシは全力で挑んでやる! そして、日常を――取り戻すっ!」 致命的な一撃の暴威に吹き飛ばされ壁に叩きつけられながらも何度でも起き上がり敵の前に立ちはだからんとする明奈を見ていた。 「……こ、怖くない。怖くない。怖くない。 ひいいい!? うわあわわわわあわわわ……! ……っ……ぃ……うわあああああ! お、オークさんが守ってくれたし、まも……うわあああああああん!」 人目憚る事無く号泣し、膝を震わせ、それでもこの場から逃げない美月を見ていた。 「生徒が頑張ってるのよ……! 私は、出来る先生なの!」 帰りを待つだけの時間は御終い。 何もせず何かを失う事になったら――悔やんでも悔やみ切れない。 幼い顔に歳相応の決意と覚悟を示したソラは残る力を振り絞り、得物を構える。魔力の弾丸を撃ち放つ! 「君達の道は私が照らそう。その執念、遠慮なく彼の鬼に叩き込むといい!」 その名とは裏腹に無明の勇気は闇夜を照らす光となる。 「全道を踏み進むと誓った身としては――鬼道を統べるその程度で歩みを止める訳にも行くまい。 私の道の、探求の障害になるのであれば、その悉く打ち倒す。唯必要な神秘(ばしょ)に辿り着く為に」 「流石です。ヴァルテッラ卿」 『審判の座』ヴァルテッラの言葉にその盟主は薄く笑む。 「戦いの意義など勝利以外には有り得ない。真打は最後まで隠しておく物ですよ、鬼の王」 時代に本気で抗う温羅に、今まさに突き刺さらんとする逆棘の矢は吉備津彦のみならぬ全てのリベリスタのまさに執念そのものであると言えた。 それは無論――この蛇も。誰よりも真摯に神秘を探究し、誰よりも利己的に真理を追い求める――イスカリオテであっても例外では無い。 「く、おおおおおおおっ!」 接近を阻まんとする一撃をまともに受けた正道の巨体が木っ端のように弾き飛ばされる。 (さて、頼みますぞ――) 「意外そうな顔をするな」 『抜かず』のイセリアが剣を抜いていた。 最も危険な大敵の猛威に正面から立ち向かい、己が力も省みず――その身を挺して盾になる。 (私は死なんよ。去るのみだ。今だ、行け――!) 床に叩きつけられ、バウンドして。薄れる意識の向こうでイセリアは見た。 彼女にはその光景を夢か現かを判断する術は無かったけれど――遂に逆棘が温羅を射程に捉えた。大和が跳んだ。冴が跳んだ。 「この矢を終に。全ての終わりに――」 「私の全てをこの一撃に賭ける! その首頂戴する、鬼の王!」 食い止める事叶わず、眼前の温羅には大きな隙。 「鬼道、喰らわば……」 「チェストォォォオオオオオ!」 大和は全ての想いを静かに込めて、冴は薬丸自顕流を思わせる凄絶な一声と共に。二人が二本の矢を突き立てた! 奔(はし)る閃光、最早声にならない鬼の絶叫。 「人は温羅を忘れちゃいねぇ。敬い崇め伝説が残されているんだよ」 肩で息をする烏が言った。 「お前さんは最初から忘れられてなんて居なかった」 「……ええ。それに私は忘れませんよ。 この心身に刻まれた貴方の力を、恐怖を。だから形は喪えど記憶として、傍に潜むと宜しい 朽ちても果てても忘れません。ずっと、恐れ怖がります。貴方を。鬼を」 鳥の、うさぎの視線の先で不倒の巨体がずん、と膝を突き本丸を揺らす。 ――口惜や。我、今一度人間(ひと)に敗るるか…… 「ああ、だがお前。割といいセン行ってたぜ――」 ぜえはあと荒い呼吸の影継が笑った。 ――口惜しや。うぬ等、せめてこの後敗れるな。冥土にて再びまみえるその時までは―― 奇妙な、エール。 胡乱と空を見上げた温羅は……この期に及び、己が最期を自覚していた。 声は千年の時を積み重ねる、無念と怨念を滲ませた。 しかしてそこにある種の満足を感じたのは――果たして戦士達の気のせいだっただろうか? 「さあ、行くぜ! 『主人公』!」 「仕方ねぇ。今日だけは譲ってやるとするか……!」 「今日だけなんて冗談だろ!」 「チッ、封印なんて甘っちょろい、さあ行けよ! 行ってみせろ!」 最期の時を告げるのは、五本目の矢を備えるモノマと彼を温羅の頭上に運んだ零六。 温羅が見上げた終の空より一条の雷が降ってくる。 付喪モノマという雷撃が降ってくる―― 「雷光閃……撃ッ!」 ――果断なる気合は温羅の左目より夜を破る白光の奔流を吐き出した。 塵逝く温羅。矢ばかりでは決して足らず。届かせたのはリベリスタ。 地響きを立て鬼ノ城が揺れ始めた。鬼道の二つの象徴が、悪い夢が崩れていく。 「南無阿弥陀仏」 ――拝んだフツの静か声。 穏やかな彼の念仏が、伝承の終わりと今夜の勝者を告げていた―― |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|