●STAGE I 人間(ひと)を強く駆り立てるモノは何か――そんなものは分かり切っている愚問である。 強靭にして崇高なる誓い、何者にも阻めぬ燃え上がる情熱、尽きぬ克己心に譲れぬ矜持。 人に不可能を越えさせ、人に安直な『奇跡』を理解させる材料は――昔も今も変わらない。 事実は小説より奇なりとは言うが、世の中に溢れる三文芝居の数々はそれを思い知らせるには十分だ。 何の事は無い。矮小な人間には決して語り尽くせぬ人間の可能性とは、一言で言えば気力と根性の類なのだから。 やってやれない事は無い。 だから、僕らは扉を開ける―― ――数百人規模からなるフィクサードの決起―― アーク本部に驚愕の情報がもたらされたのは僅か数時間前の出来事である。 フィクサードの狙いは此の世を呪い、強力なエリューションを生み出す事。 数百人の規模からなる儀式が『闇』を産み落とせばどれ程の混乱が起きるかは想像するに難くない。 実戦が待ってくれるものではないのは道理だが、この危険な情報に態勢を整える暇もなく緊急召集を受けたリベリスタ達は可能な限りの戦力を編成し、この決戦の地・千葉県浦安市へと降り立ったのであった。 しかし、この世界を善悪等という二元論で切り捨てようとする事は人の傲慢に違いない。 「……しろ」 人は何故――見果てぬ空を目指したのだろうか。 「……発しろ……」 人は何故――傷付くと知りながら愛さずには居られないのだろう? 「爆発しろ……」 人は何故――敵わぬと知りながら目の前に広がる圧倒的な絶望に挑む事が出来るのだろうか―― 「バレンタイン爆発しろ――」 風峰 刀子(BNE001106)の重苦しい怨嗟の声はまさに正真正銘、一言のみに集約された地獄の呻きのようだった。思いの丈を唯の一行に尖らせたかのようなその言葉は今夜の始まりを端的に告げる号砲として格別の意味を持っていた。 それは即ち、今夜の矜持を表す言葉そのものである。 「バレンタイン中止だとぅ? 誰に断ってやっとんじゃい! わしが壊滅さす前に中途半端なんぞ百年早い。わしが『バカップル壊滅』の手本を見せてくれるわ!」 えーと、アッサムード・アールグ(BNE000580)は見ないフリ。 此方、フィクサードの凶行を止めんと集結した数百人のリベリスタ。 ……バレンタイン中止じゃぁ……! 一揆じゃ、一揆! 打ち壊せ! 敵は水っぽいテーマパークにあり! 目にもの見せてくれるわッ! くぉら、そこんリベリスタいてこますぞわれぇー! 彼方、口々に悪罵を叫びながら血走った目で己の敵(リベリスタ)を見据える数百人のフィクサード。 「わわわ! バレンタインが中止なんてだめです! 今の時期美味しいチョコが売ってるのでそれを楽しみにしてたんですから! あと、バレンタインができなくなったら友チョコもできないじゃないですか!」 ノエル・ベルベリア(BNE001022)が顔色を変える一方で、 「儀式やるにしても、バレンタインを中止にするために呼ばれるエリューションって一体……」 「厄介でござるなー。哀れでござるなー。 西洋菓子一つの受け渡しで随分と騒がしいことでござる。 例え中止したとしても、リア充になれるわけでもないでござろうに……」 不動峰 杏樹(BNE000062)、十七代目・サシミ(BNE001469)がしみじみと言う。 「騒げば騒ぐほど虚しくなる……だけなのになぁ。 しかもあえて千葉のあの場所に集まるなんてさ。究極の自虐プレイじゃないか……」 「何だかよく分からん状況だな……別にバレンタインが嫌なら気にしなきゃいいだけなのによ」 天風・亘(BNE001105)や祭 義弘(BNE000763)の呟きは正論だったが、正論で事態が解決するならば最初からこんな馬鹿馬鹿しい状況には成り得ない。 「無くなると娘からもらえなくなるので困るでござるよ……」 「なんかよくわからないけど、お祭りっぽいのじゃー! 同じ阿呆なら踊らない方が損なのじゃー!」 新田 頼義(BNE000641)は少し相好を崩し、神喰 しぐれ(BNE001394)は楽しそうに拳を突き上げる。 「バレンタイン中止なんて許せんお! もしバレンタインが無くなったらどうなると思ってるんだお! エロゲーからバレンタインイベントが無くなってことなんだお! 全世界のエロゲーとエロゲー好きな紳士たちのために戦うんだお!」←内藤 アンドレ(BNE000773) え、えーと…… ――邪魔するならてめーらも的だこのやろー! ――そうだ、てめぇ! このやろー! 「何か、この世の終わりみたいな顔してるっすね。その割には盛り上がってるっすけど」 ジェスター・ラスール(BNE000355)の言う通り、まるで子供の騒ぎである。男とは何時までも子供みたいなものなのだ。(ドヤッ) 「まぁま、バレンタインを阻止する悪の手! なんてこと!」 口元に手を当て綿雪・スピカ(BNE001104)が目を丸くした。 彼女としては唯のんびりとお菓子が食べられれば何の問題も無いのだが…… 『バレンタイン中止』、『天誅』、『正義は我に在り』、『滅殺』、『盛るカップルに死を!』etc……かけたタスキに、締めた鉢巻に澱みが濁る。手にした呪いの藁人形を振り上げ、拡声器を口に当て見事にやかましいブーイングをもって敵を威嚇する姿は追い詰められた手負いの獣を思わせた。 見境も分別も見るからになさそうで、とても放置しておける状態では無い。 まぁ、何とかしてフィクサードの動きを止める……それはリベリスタの通常任務と変わらないのだが。 事態を些かややこしくしている幾つかの材料がある。 「アベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろアベック爆発しろ……」 「バレンタインが中止になったって? じゃあ、参戦しねぇとな。 何としてでもバレンタインを再開させるわけにはいかねぇぜ! ……っと本音が」 「ほわ?千葉のテーマパークで大暴れするのですかぁ? にゅふふ、チャンスなのです。みなさんが戦闘に夢中になってる間にチョコレートを頂くのです」←浅はか 急造りの部隊の一部、ラシャ・セシリア・アーノルド(BNE000576)、ラキ・レヴィナス(BNE000216)、マリル・フロート(BNE001309)等の獅子身中の虫もさる事ながら、 「今宵の剣は糖分に飢えている……」 最大の問題は意気を上げる敵陣に『闇色の覆面の何か変なの』他多数、見知ったような連中が混ざっている事だった。 「あれ、シャドウサンですよネ」 「……斜堂さんですね……」 黒覆面を見た歪崎 行方(BNE001422)や風宮 悠月(BNE001450)の突っ込みは心無い。 「そんなに辛かったなら言ってくれれば……」 「安易な情けはかえって彼を傷つけるのデス。アハ」 「俺はそのような名前では無い! 俺は! バレンタインを滅ぼす為に闇から生まれたシャドウブレイダー!」 ![]() 斜堂・影継(BNE000955)(14)、リア厨なりに必死である。 彼だけではなくより具体的に自らの立ち位置を示した一部のリベリスタは現時点で何故だか敵色に染まってしまっている。 今夜ばかりはと敵陣に身を投じたリベリスタが事件解決の更なる障害となるのは必至である。 そして燃えるフィクサード達の士気を更に煽るのは恐ろしく冴え冴えと通る魔性を秘めた美声だった。 ――この国の若者達は聖ヴァレンティヌスの命日と言う厳粛なる日に 不純にも異性に自らを売り込み、番い、繁殖する事しか考えていない―― Yes! Yes! Yes! ――この軽薄に彩られた町並はどうだ! 大衆は愚鈍なる豚である! 故に我々文化人類こそが神に代わり彼らを粛清しなくてはならない! いぇあ! いぇあ! いぇあ! ――神聖を失ったバレンタインに鉄槌を! 慎みを無くした愚民共に鉄の接吻を! ジークハイル、ジークハイル・ヴィクトーリア! ジークハイル! ジークハイル! ジークハイル! 「神父ですネ、アハ」 「……言わないで下さい」 行方は楽しそうに小首を傾げ、悠月はこめかみを軽く押さえた。 何かと苦労の多い 『神秘探求同盟』である。 尤も、 「俺は! シャドウ! ブレイダー! 影より! 此の世に現れた!」 機敏にポーズを取っている中学生と違い、後方で演説する扇動者――イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)は面白がっているだけである。 一方で、 「……よぉ、リベリスタ……! いいや違うなリア充共! バレン何とかなんざ吹っ飛んじまえ! 吹っ飛ばす! さあ、同志共! 一緒にコイツらを片付けようぜ!」 十凪・創太(BNE000002)に到ってはフィクサードを十年来の戦友であるかのように背中を預けている。 「感動した! 最高だ! その志や良し! レイ・マクガイアは今この拳を武器にバレンタインを中止させてみせよう……おおおおおお!?」 間抜けにもリベリスタ陣営でうっかり口走り羽交い絞めにされているレイ・マクガイア(BNE001078)も居る。 「バレンタイン・イズ・デェェェェェッド!(バレンタインさんは死にました)」 ……うわぁ…… ……………余りにも酷い御覧の有様はさて置いて! ……天下分け目の決戦よろしく、テーマパークまで後数キロ――時村家の封鎖した道路で数十メートルの距離を挟んで向かい合うのは並び立たぬ両雄だ。決起の理由が如何にしょうもなかろうと現実にここまでイデオロギーが対立すればそれは避け得ぬ戦いの時である。 「まぁ、なんだ。妬んだり嫉んだりする気持ちもわからなくはないけれど……」 「えーマジチョコ貰ったこと無いの! チョコ貰ったこと無いのが許されるのは小学生までだよね!」 丁度ネタが合い二人組で挑発するようにけらけらと笑った雪城 紗夜(BNE001622)、枕部・悠里(BNE001293)に味方陣営からも不穏な気配が立ち上る。 徐々に満ちる鬼気と殺気。 二大勢力を隔てる数十メートルの距離は徐々に縮まろうとしていた。 今にも始まらんとするこの最も無益な戦いを前に渡井 アンリ(BNE000895)は声を絞る。 「おめぇらに恨みもヘチマもねえ…… けどよ、あそこに居るのはカップルだけじゃねえからよ。 バレンタインつのはてめぇの大事な人に贈り物する日だ。それは恋人だけじゃねえ、家族もそうだしダチもそうだろ?」 困った顔をして頬を掻き、説得を試みる彼に、 ――リア充は皆そう言うんだ! フィクサードは絶叫をもって応えた。 「……なるほど……」 確かにさもありなん、色恋沙汰は兎も角として充実していない気もしないアンリは一瞬返答に困る。 それみた事かと後ろ向きなドヤ顔をしたフィクサード陣営から更に、 ――第一、友達なんて居る訳ねぇだろ! 「えーと……」 ――家族と上手くやれるなら魔法使……じゃねえフィクサードなんてやってねぇよ!1! ……ひどく、痛ましい声がした。 「わー! バレンタインだって、縁くん! さっさと倒しちゃって、一緒にジェットコースター乗ろぉ えへへ!」 「……ああ、父さん。そんなにはしゃいで……」 楽しそうな蘇芳 菊之助(BNE001941)、蘇芳 縁(BNE001942)がすかさず彼等の孤独を煽る。 カップルであろうとなかろうと最早何にも関係ねぇ。 さめざめと野太い嗚咽が聞こえてくるのは何かもう、酷い。 「他人を妬む者、己も何も得られず。たかがチョコレートの有無程度で本気になれるなんて羨ましいわ」 顔――左目辺り――を抑えるようにした何時ものポーズで河西 清音(BNE000363)が厨二を飛ばす。 「チョコの怨念は凄まじいものなのですね…… あっ、チョコ渡したら満足して成仏? とかしてくれませんかね?」 「さあ……バレンタインが恋人達の風習というのは日本独自なので…… 妬む気持ちがわたしにはよく解りませんけど……でも、彼らの為にも止めないと」 天王寺 唯乃(BNE000208)の呟きにエステル・エルフィールド(BNE001898)が応えた。 とは言え、問題は止める手段の方である。 「チョコレートの多寡に然程の意味が有るとも思えないな。 糖分を摂取するならもっと他にも色々在るだろう。 儀式とやらには興味が無いでもないが……それ以上に僕は、かの『ヴォイニッチ手稿』の年代が特定されたと言うこの良き日を騒がそうという不届き者が理解出来ない」 焼き尽くす事を誓おう――と『女性の』函南 ソラト(BNE000048)が言う。 (バレンタインを、無くす……? いっぱいのチョコレートで街が染まる素敵な日を? チョレートがいっぱい安く手に入る私の楽しみを奪うの――?) 心中で呟いた砦ヶ崎 玖子(BNE000957)にとって彼等は最早完全なる敵である。 「奴さん、楽しそうにやってるオレ達が気に入らない オレはソレを邪魔するヤツらが気に入らない……って事はケンカだケンカ! トコトンやるぞぉ!」 戦い方、単純簡単コレ一つ――全力で殴り続けるだけってな宮部乃宮 火車(BNE001845)がぐるんぐるんと腕をぶす。 言って分からないならぶちのめす、実に分かり易い思考回路であるがその分全くロスが無い。 貴方は盛り上がる周囲に釣られてテンションを上げてしまった事はないだろうか? 熱情(フィーバー)とは感染するものでもある。 穏やかなエステル等はまだ理性的にモノを考える比重が大きかったが、多勢のリベリスタも事ここに到ればやる気十分。 元々相手は敵なのだから。戦意旺盛なフィクサードに釣られてすっかりやる気を整えていた。 「にゃははははは! リアじゅーとか何だかは妾にはよくわからんが…… 別に倒してしまってもかまわんのだろう? 気兼ねなく戦ってやるのじゃー!」 瀬伊庭 玲(BNE000094)が高く笑う。 「――水っぽいテーマパークのほうが国っぽいテーマパークより凄いのか?」 日向・影踏(BNE000951)さん、それはだめ。あぶないから。 たたかいが、はじまるのだ。 血沸き、肉踊る戦いが。 互いの尊厳と命運を賭けた――悲しくも壮絶なる戦いが。 「恋人達の憩いの日を邪魔させるわけには参りませんわ。 この大御堂 彩花(BNE000609)、たとえ恋人がおらずとも! バレンタインデーは守って見せます! 見せましょう! ……恋人などおらずとも。……本当に!」 ああ、もう……おぜうさまはかわいいなぁ♪ シリアス、キリッ! ![]() ![]() ![]() ![]() |