<ヒノマル陸軍>ファイヴー、喧嘩しよーぜー!
<ヒノマル陸軍>ファイヴー、喧嘩しよーぜー!


●戦争のための戦争
 七星剣幹部、暴力坂乱暴。
 彼の率いる戦争組織『ヒノマル陸軍』は来たるべき第三次世界大戦のために七十年前の終戦時より脈々備えられた地下兵力組織である。
「我々の目的は米帝の圧制から日本国家を開放し、アジア全土を統一! 大日本帝国再建を目指すものである!」
 頭部が巨大なカメラとなった覚者、御牧が旧帝国旗を背に演説していた。
 彼は京都作戦における大将格として隠匿時代のファイヴと戦っていたが……。
 今の彼が前にしているのは、御牧以上の実力をもつ猛者たちだ。それが何十人といる。
「今の日本は腐っている! 妖や因子に苛まれておきながら、その防衛力を民間に頼り切る! 国外領土を手に入れれば民の安全を守れると知っておきながら海外交渉のひとつもしている気配がない! 一方で隣国は領土をよこすどころか自滅を待つかのように傍観している始末! いまこそ眠りを覚まし、立ち上がる時である!」
 平和とは、次の戦争への準備期間。
 町工場レベルですら兵器製造に長け、一千万規模の国民が達人クラスの戦闘技術を身につけつつある今。今こそが好機なのだ。
 延滞期間は終わったのだ。そのツケは大きくなるぞと、知らしめねばなるまい。
「我々は皇居および国会を制圧。政権を手に入れる。そして国外への宣戦布告と共にプロパガンダの波をもて、次なる国家へ帆を立てるのだ!」
 戦争で重要なことは、『手に入れる』ことである。日本を手に入れるには、最重要戦力だけを最短かつ最小の戦いで手に入れねばならないのだ。
「国外に出れば因子も妖もない。だが案ずるな。これまで幾度となく死線をくぐり抜けた我々はもはや生身で人域を超えている! ゆえに今のままでも充分に――」
「いや、充分じゃねえな」
 横に座って聞いていた男。暴力坂乱暴が立ち上がる。
「今の規模でもまあ、一国くらいは相手にできんだろ。兵器技術もバカ高けえし、全線に達人級の兵士を百人規模でぶち込める。けどそれだけじゃあ『勝つ』だけだ。維持が出来ねえ。あと百人ほど、達人級が欲しい」
「……暴力坂殿、それはまだ彼らに伝えるには早いのでは」
「バカヤロウ。引っ込んでろ!」
 御牧を壇上から蹴り落とすと、暴力坂は机の上へと飛び乗った。

「ファイヴっつー組織がある。今や達人級が百人規模で育ちつつある気合いの入った連中だ」
 どよめきが広がった。
 ファイヴの名前は日本に広まりつつあるが、彼らの思想がヒノマル陸軍ひいては七星剣に強く敵対するものだからだ。
「奴らは『人々を守るため』となれば命を張れる。そいつは国外だろうと宇宙だろうと変わらねえだろう。それを俺はこの身で確かめてきた。でもって――見ろ」
 背後の巨大スクリーンに映し出したのは……淀、高槻、伏見といった京都作戦の大将格が破綻者となってファイヴと戦っている写真や映像である。
「ほう……」
 『十傑』と呼ばれる男たちのひとりが、その映像を見て目を細めた。
 破綻者化した淀たちと同等かそれ以上の個体戦闘力をもつ彼らをして、ファイヴの覚者たちの強さは輝いて見えたのだ。
 戦闘力だけではない。心の強さである。
「分かったかバカヤロウども! 最後にモノを言うのはハートだ! ガッツだ! スピリットだ! こいつらにはソレがある。だから俺は……こいつらを味方につけてから戦争を始めることにした!」
 どよめきが更に広まった。
「奴らだっていい加減分かってる筈だ。安全な土地の必要性だって理解してる」
「暴力坂。俺は納得できねえな」
 巨大な体躯であぐらをかいていた男が声を上げた。
「たまたま覚醒して力をつけた連中ってのは、大体国内に留まりたがるもんだ。力にしがみついて保守的になる。奴らにそんなガッツが本当にあるのか?」
「あるだろ。なに、心配すんな」
 暴力坂はぎらりと笑った。
「俺がいって確かめてきてやる」

●訪問、暴力坂
 ということで。
『ファイヴー、喧嘩しよーぜー!』
 小型の宣伝カーの上で、拡声器を持って呼びかける暴力坂。
 ここは五麟市のすぐ手前。覚者たちが集まり、何事かと構えている。
 当然、中 恭介(nCL2000002)や久方 真由美(nCL2000003)たちは大慌てだ。
「どういうことだ。接近を察知できなかったのか!?」
「すみません。普通に車一台でやってくる夢を見たんですが流石にただの夢だと思って報告遅延が……」
「取り囲んで戦えば、拘束くらいはできるんじゃないのか!?」
「あのクラスを取り押さえるのは不可能かと。町の被害が大きくなりすぎますし、今首魁を倒すと配下の組織が爆発的に動き出します。そうなったら私たちでも手がつけられなくなってしまうでしょう」
 いわば、暴力坂は歩く戦術核のような存在である。
 下手な手出しは危険なのだ。
「話だけでも聞く必要があるか……」

「自己紹介だ。俺は暴力坂乱暴、七星剣直系組織・ヒノマル陸軍の総帥だ。
 目的は第三次世界大戦。夢は世界征服。好きな食べ物は硬いあずきアイス。好きなAV女優は……えっ、なに、まけ? うるっせえバカヤロウ!
 あー、次なる目的として国政権を手に入れようと思う。それにあたって、まずファイヴ! お前が欲しい!
 ファイヴの人民のためなら命張るっつー覚悟が、次の戦争には必要だ!
 ということで、俺らと全面的にぶつかってもらいたい。
 余計なコストは払いたくねえ。好きでもねえ虐殺ムービーで挑発すんのもしたくねえ。できれば全員まるごと生きたまま頂きたい。
 交渉なんて挟める余地はねえ、勧誘もしねえ!
 俺らが勝てばお前らを一部でも頂く。お前らが勝てば俺の首と技術力をくれてやろうじゃねえか。
 というわけで――戦争だファイヴ。俺は宣戦布告にやってきた。
 と同時に、お前たちに全力で戦うだけの価値があるっつーことを、部下たちに知らしめにやってきた。
 つーわけで。

 俺は覚醒ナシで相手してやる。8人選抜してかかってこい!」


■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:普通
担当ST:八重紅友禅
■成功条件
1.暴力坂と8人だけで戦闘をする
2.なし
3.なし
●成功条件の補足
 暴力坂乱暴はファイヴのガッツを部下たちに見せつけるためにストリートファイトを申し込んできました。
 条件は『暴力坂は覚醒しないこと』『ファイヴ側は8人だけで当たること』です。
 ファイヴ側の勝利条件は『暴力坂に本気を出させる』もしくは『非覚醒状態の暴力坂を倒すこと』です。
 逆に敗北条件は8人を超える人数で挑みかかったり、この勝負自体を何かしらの方法で台無しにすることです。
 敗北すればファイヴをスルーしてかなり大規模なテロが起きてしまいます。どう頑張っても被害が甚大になるのは目に見えているので、『ファイヴと無駄なく戦ってから』というヒノマル陸軍の考えには乗っておくのが得策でしょう。

●暴力坂乱暴の素体戦闘力について
 推定年齢100余歳。
 第二次世界大戦を現役で戦い、それからも鍛錬を怠らず、因子に発現してからは『死んで覚えるメソッド』を繰り返してアホほど戦闘経験を積んでしまった彼のパワーは超達人級です。
 覚醒する前から一騎当千の戦闘力があります。
 使用体術は事前に宣言した『飛燕』『白夜』『十六夜』『鎧通し』『四方投げ』『爆式戦車砲』で構成されています。すべて体術です。
 ほぼ中級体術だけで占められているのはファイヴに対するフェイバリット精神と、今回の目的に際して未知の探求とか余計なこと考えて欲しくないという意味があります。

 爆式戦車砲は京都作戦で使用したオリジナル体術の一つで、物近列[貫2][貫:100%,50%]【ノックバック】の性能があります。要するに重突・改のグレードアップ版です。
 今回戦う前に紙に絵で書いて(頼んでもいないのに)説明してきました。

 基本は素手。加えて軍刀と拳銃を装備できます。
 ちなみに覚醒すると30代のいわゆるWW2現役バージョンになります。
 ついでにですが、技能スキルに『戦闘の達人』という、覚醒しなくても戦闘に精通しているというかなりフレーバー的な技能がついています。

●戦闘後について
 仮に勝負が台無しにならずに終了した場合、
 ファイヴとの戦闘記録を撮影したら、暴力坂はフツーに帰って行きます。
 なんなら飲みに誘って頂いても構いませんが、(目的はファイヴの獲得なので)これ以上の戦いをするつもりがありません。

 加えてメタ的な補足。
 思いっきり敵の首魁が来ているので質問ぜめにしたい気持ちもあろうかと思いますが、バトルの後にとって置いてください。激しい戦闘を説明口調で長々喋りながら行なうのは不自然ですし、十中八九後にしろと言われます。
 その上で、説明を求めれば求めるほど自分に割り当てるべき描写量がガリガリ減っていくことにもご注意ください。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(5モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年11月05日

■メイン参加者 8人■

『豪炎の龍』
華神 悠乃(CL2000231)
『白焔凶刃』
諏訪 刀嗣(CL2000002)
『想い重ねて』
蘇我島 燐花(CL2000695)
『想い重ねて』
蘇我島 恭司(CL2001015)
『研究所職員』
紅崎・誡女(CL2000750)

●暴力坂乱暴という男
 京都廃棄エリア。
 暴力坂との戦闘において選択された場所である。
 以前暴力坂率いるヒノマル陸軍の襲撃で派手に破壊された京都は、ファイヴの復興運動によって大部分を取り戻していたが、ダミー組織化していたソウメイの拠点や老朽化しすぎた上に崩壊したビルなどはエリアごと破棄され、結果としてこじんまりとした無人のエリアが存在していた。
 皮肉にも、暴力坂の破壊活動によって生まれた場所が、最も安全な戦闘区域になったのである。
「うーん……」
 ストレッチをしながら暴力坂を見つめる『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)。
 その様子を、妙にチャラチャラした少女がカメラで撮影していた。
 先の京都決戦における最上階攻略戦を覚えておられようか。この中で捕虜のふりをしてファイヴの青年たちにだまし討ちを仕掛けた田丸という女である。
 『バカの振りをした利口者』だ。こういう奴が一番恐ろしい。
 対して、暴力坂は直立不動のまま微動だにしてない。
 微動だにだ。
 荒っぽい喧嘩馬鹿のふりをして、常在戦場の人間兵器というわけか。
「ま、そうだよね」
 軍人とは本来、人間の形をした兵器だ。全人類がそうならなくていいように、人間性をかなぐり捨てた者たちだ。暴力坂も、そのうちの一人ということだろう。
 軍人と言えば……。
 『狗吠』時任・千陽(CL2000014)も直立不動で暴力坂に張っていた。
「名乗るのも馬鹿馬鹿しいのですがそちらが名乗った以上は礼儀として。時任千陽特務少尉、『上層』から貴様を止めろと命令を受けています」
「おう、ナキリのボスによろしくな。あそこ、今も民間軍事組織か?」
「……」
 応えるつもりは無い。もしくは、敵と会話するつもりがない。
 千陽はハナから暴力坂たちを差別的に蔑視していた。彼の目を曇らせなければよいが、と思う。
 名乗りに乗じて、まるでチンピラのようにミエをきる『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。期待してるぜ。乱暴坂暴力!」
「おうよ、お宅の師範には戦時中世話ンなったからよ。よろしく言ってくれや。で、今何代目だ?」
「あ? そりゃあ……」
「おいおい、喋りすぎだって。大体なんでそんなこと知ってるんだよ」
 手をばたばたやって遮る『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)。
「すげー昔の話だろ。俺のじーちゃんよりじーちゃんだから無理もねーけど……」
「そっちは巖心流な。まだアレやれてんのか? 弾丸斬るやつ」
「えっ」
 悠乃はこの時点で警戒を最大まで高めた。
 いくら歩く格闘技大辞典といえど、刀嗣や飛馬の扱うマニアックな剣術を知っているのはマレなことだし、なにより知り合い感覚で接する人間はヤバイ。
 核兵器の製法を知ってる人間と、核兵器を作ったことがある人間の違いくらいにヤバい。
「化け物かよ……」
「化け物なんだろーなー。ま、そいつが最小限の戦いってやつをやろうってんだから、受けるほかないやろ」
 『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)は首をこきりと鳴らしながら、自分の中での折り合いをつけている。
『大将の首を取り合うゲームの前哨戦、ですか』
 『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)はそう言って、ふと思った。
 暴力坂が、将棋で言うところの王将だとする。
 ではファイヴ側の王将は? 中(アタリ)は違う。中間管理職だ。その周りにいる面々も違う。夢見も違うし、恐らくAAA上層部だって違うだろう。彼らを失ってもファイヴがファイヴでなくなることがない。
 強いて言うならファイヴの中枢設備と人員を押さえるか消すかした後で、ファイヴの人員を大雑把に引き抜いたり投獄したり散らせたりというきわめて難しい手順を踏むことになる。
 そして恐らく、暴力坂はそのことを承知している。でなければ『アタリと話し合わせてください』と言いに来るはずだ。
(圧倒的に不利な戦いを、自ら選んでいる……?)
 そんな彼らに対して、『迷い猫』柳 燐花(CL2000695)と『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)はいつも通りだった。
「お相手しないという選択肢が既に握りつぶされている以上、戦わざるをえませんね」
「全くだねえ。秋探しの散歩中に、とんでもないことに巻き込まれちゃったねえ」
「散歩していると思わぬものと遭遇するものですよね。後日改めて、紅葉でも眺めに行きましょうか」
 会話をすることが二人にとってのウォームアップ、なのかもしれない。
 さておき。
 全員の準備は整った。
 暴力坂は腕組みをして、顎を少しだけ上げて、こう言った。
「お前らをナメてるわけじゃねえが、部下への『見せつけ』も兼ねてる。先手をやるから、まずは全力で来い」

●暴力坂という兵器
「『戦闘開始、フィールド展開――!』」
 誡女の放った清爽の支援効果に加え、迷霧による暴力坂への虚弱効果を展開していく。
 既に戦闘配置についてはいるが、ジャックと恭司が扇状に展開し、可能な限り避けにくいようにそれぞれの術を発動させた。
「やるからには派手にやろうぜ!」
 氷の刃と空気の針が生まれ、暴力坂へと乱射される。
 着弾を確認。
「今だときちか!」
 無言で応えた千陽が暴力坂に飛びかかり、ナイフによる切りつけで鈍化効果を付与していく。
 更にプレッシャーを通した銃を零距離で連射する。
「どいてっ」
 背後から悠乃の声。素早く飛び退いた千陽と入れ替わるように、悠乃の蹴りが暴力坂に直撃した。
 吹き飛ぶ暴力坂。
 空中を回る彼を迎え撃つように、刀嗣と飛馬が飛びかかり、刀を連続で叩き込む。
 手応えは充分。
 着地した刀嗣と飛馬は、それぞれ目配せをした。
「諏訪ぁ! 最初にぶっ倒れたら思いっきり笑ってやるからな!」
「うるせえ黒兎。テメェこそ足引っ張るんじゃねえぞ」
 会話の横で、飛馬が呼びかける。
「燐花、つなげ!」
「お言葉に甘えて」
 燐花が霧の中で残像を作った。
「折角の機会ですし。自分の力がどれだけ通用するのか試させて頂きます」
 着地寸前の暴力坂を自分の残像で取り囲むと、連続で切りつけて離脱した。
「おお、それが激鱗かあ! 紫雨の技なんだよな!」
「はい……なかなかの威力です」
 ブレーキをかける燐花。
「が」
 顔を上げる。
 霧がはれる。
 暴力坂は、腕組み姿勢で立っていた。
「殆ど弾かれました」
「え、ちょ……」
 暴力坂と燐花を見比べてきょろきょろとするジャック。
 一方で誡女は、暴力坂の底知れなさに驚いていた。
 今回は誡女、悠乃、千陽の三人がかりでエネミースキャンをかけているが、一向に相手の強さが分からない。
 人間の形をしていて、胸もむき出しにしているというのに、刃物や銃でギッタギタにしてもかすり傷程度のダメージしか残していない。
 まるでご都合主義のアクション映画だ。彼はムービーワールドのシュワルツネッガーだとでもいうのか。
 その感想は恭司にとっても同じだった。
 ファイヴの中でもトップクラスの戦闘力を持つ八人。千景の迅速で確実な断固とした攻撃、刀嗣やジャックの圧倒的破壊力、きわめてまれなスピードアタッカーという方面に特価した燐花のハイスピードアタック。遊馬の防御もかなりのものだ。
 勿論彼らを意図的に取り上げただけで、悠乃も恭司も誡女も、ファイヴ内で一流の戦闘力があるはずだ。
 しかし、その集中攻撃が全く致命打を与えていない。格上なのだ、あまりに。
 一方で悠乃は別の視点で物を見ていた。
 (エネミースキャン効果とは関係ないと断わっておくが)悠乃の見立てでは暴力坂の格闘センスはあまりに人外的だった。
 天狗に剣術を教わった牛若丸だとか、仙人のもとで修行したカンフーマスターだとか、戦闘民族の星から来た王子だとか、そういったフィクションの中に出てくるような動き方を地で行っている。
 細々した動きはカラテや柔道、合気道や剣道に似ていなくも無いが、混合しすぎて何が何とカテゴライズすることができなかった。
「ああ、これは暴力坂乱闘流……」
 肌で理解した。彼は達人中の達人なのだ。
「うん、うん……よし。大体分かった」
 暴力坂は何度か頷いた後、千景や刀嗣、特に悠乃をさして言った。
「お前ら、もう達人級だぞ。神具だの因子だの関係ねえ。インドネシアに行ったって、軍人の群れ相手に無双できるぜ」
「世迷い言を」
「嘘じゃねーって。中国の歴史に一騎当千の武将とかいたろ? アレだよアレ。今が戦国時代だったオマエ、世界が変わるレベルだぜ。そろそろ自覚もっとこうぜ、もうお前ら、一般人じゃねえ――ってことで」
 暴力坂は上着を脱ぎ捨てた。
 傷跡だらけの、しかし恐ろしく屈強なボディだ。
「俺からも行くぜ」
 突撃――してくると思って身構えた飛馬は、背後に気配を感じた。
「後ろだ飛馬!」
「なっ――!」
 振り返って刀を繰り出す。
 暴力坂の拳と刀がぶつかり合い、飛馬はその場から大きく吹き飛ばされた。
 手首を振る暴力坂。
 強引に距離を詰め、首を狙って刀を繰り出す刀嗣――の刀身が指でつままれ、停止した。
 押しも引きもできぬ刀。歯を食いしばる刀嗣の腹を、暴力坂は蹴飛ばした。
 地面と水平に飛び、ビルの壁を突き破って転がっていく刀嗣。
 が、蹴りの瞬間に燐花は再び残像を作り、暴力坂を囲んでいた。
 その全てで攻撃する……のではなく、集合した一人のたった一打に全てのスピードをのせた。
 加速に加速に加速を加えた斬撃である。
 体当たりだけで鉄パイプを切断できようかというソニックムーブと共にクナイが繰り出される。
 衝突。
 暴力坂の拳がクナイとぶつかり合い、余った衝撃が周囲の地面を軽く粉砕した。
 燐花の顔面を鷲づかみにして、放り投げる。
 遠投のフォームだが、空めがけて飛ばされた燐花はそのままビルの壁や窓を破壊して反対側から転がり出た。
 落下してきた燐花をスライディングで受け止める恭司。
 一方で、ビルのフロアを転がっていた刀嗣をジャックが抱え起こしていた。
「こっちは大丈夫! そっちは!?」
「平気だよ」
 恭司は燐花の頬についた灰だかホコリだかをハンカチでぬぐってから、地面に優しく立たせた。
「いける?」
「はい」
 最低限の会話だが、二人のはこれで充分なようだ。
「畳みかけます。いいですね」
 千陽は誡女と悠乃にそう告げると、銃の狙いをぴったりと暴力坂の脳天にあわせた。
 このまま体術を封じる。封じた上で攻撃を畳みかけ、戦闘不能に追い込む作戦だ。
 こと、ここに至るまでにおいて。
 彼らは今回の戦闘における、表の意図は理解していた。
 暴力坂が戦闘を仕掛けにきていて、それを受けなければならない。勝利条件は彼を倒すこと、ないしは本気を出させること。
 敗北条件は戦闘を台無しにすること。
 裏の意図については、特に考えてはいない。というより、急な話で考える余裕は無かった。
 暴力坂とて馬鹿ではない。
 いかに自分が強いからといって、ファイヴをナメてかかり、スーパーパワーで全員ボコボコにして高笑いをしながら帰る……ような、中学生めいた妄想で挑んではいない。そんな人間ならとっくの昔に死んでいる。
 負ける可能性を視野に入れている。
 が、勝つ可能性も同時に視野に入っているのだ。
 敗北条件に『ファイヴ側チームの全滅』が含まれていないことが、ここで絡んでくるのだが……さておき。
「今です」
 千陽の放った銃弾が暴力坂に命中。
 動きを殺した所で、悠乃が追撃をはかった。
 ジグザグ機動から急速なムーンサルトジャンプをかけ、死角をついての攻撃である。向き直って対処せざるをえないような、いやらしい配置だ。それを、暴力坂は握り込んでいた弾頭を投げることで牽制。
 一瞬の隙をついてバックスウェーをかける。
 悠乃の攻撃が空振りする。
 暴力坂の全身に力が漲る。
「前に見せたっきりだったな華神悠乃。もっぺん、よく見ていけ。爆式――」
 目に見えて輝く黄金のオーラが暴力坂を包んだ。
「防御を!」
 咄嗟に叫んだ誡女が回復術を発動させる。
 悠乃は身体を丸め、両腕両足しっぽまで含めてガードに回す。
「戦車砲!」
 悠乃に力撃したパンチが、凄まじい衝撃となって駆け抜けた。
 地面ごとひっぺがされ、吹き飛んでいく悠乃たち。
 拳を突き出したまま、暴力坂は熱い息を吐いた。
「いい連携だ。的確な射撃。相手を本能的にやべーと思わせる打撃。タイミングを見計らった回復。いいチームワークだ。やっぱ欲しい……めちゃくちゃ欲しい……! もっと見せてくれや、お前らの『本当の強さ』ってやつをよお!」
 暴力坂は守護使役から銃を引き抜くと、突撃してくる飛馬に向けて発砲。
 飛馬は走りながら銃弾を真っ二つにした。
 更に暴力坂は連射。
 ふた振りの刀を縦横無尽に操り、弾丸の軌道をズラして致命傷を逃れていく。
 最後に放たれた弾は、刀で僅かに一度軌道を反らし、もう一本の刀で更に軌道を反らすことではねのけた。
「じゃあ、こういうのはどうだ!」
 暴力坂のパンチが繰り出される。
 防御が追いつく威力とは思えない。
 飛馬は防御姿勢のまま吹き飛ばされ、ガードレールをぶち破り、道路標識をへし折り、自動販売機を爆砕して転がる――が、即座に立ち上がって再び突撃をしかけた。
「よし……」
 人は圧倒的な暴力を前に、恐怖が先に立つ。
 例えばこんな子供を見たことがあるだろうか。
 難易度の高いテレビゲームをプレイして、何度もゲームオーバーになったからといってコントローラーを放り投げ、ゲームが悪いと言う子供。
 それでよかろう。娯楽のためのゲームである。クリアできて楽しいのだからクリアできる難易度にするべきだ。
 が、現実はそうではない。
 頑張った分は報われない。出来ないことはできない。『ぼくはメジャーリーガーになりたいです』と言った大人が何人実現できただろうか。
 ひるがえって、戦争は現実の集合体だ。
 敵が強大すぎた時、どんな対応をする人間か。
 暴力坂が求めていたのは、まさにそこだった。
「一撃一撃が重いな。けど、気持ちだけでも負けるわけにはいかねーよ!」
 突撃を続ける飛馬。
 暴力坂のパンチで再び吹き飛ぶも、突撃を決して辞めない。
「俺には華はねーけどよ、忍耐力に関しちゃずっとずっと鍛えてきたんだ。簡単には倒れねーぞ!」

 時間がずいぶんと経った。
「諏訪ァ、俺たちはさあ、勝利をもぎ取るまで倒れるわけにはいかねェんだよ、そうだろ!」
「うるせえクソが……!」
 肩を抱き合い、ふらふらと立ち上がるジャックと刀嗣。
「殺してでも奪い取れ。戦いは嫌だし、嫌いだけど、仲間を勝たせるためなら……」
 ジャックが刀嗣の背中を蹴り出した。
「奴に傷跡つけてやれ! 諏訪ァ!」
「傷跡だぁ!? どころじゃねえよ、ぶった斬る!」
 刀嗣の繰り出した刀が、暴力坂の刀とぶつかり合った。
 鍔迫り合いのまま互いに走る。
 高速で繰り出す刀嗣の剣を、暴力坂が次々に弾いていく。
 進路上にあった自動車が八つ裂きにされ、空の銀行ATMが爆砕し、カフェがすりつぶされた。
 傾いて沈んでいく建物を背に、刀嗣は突きを繰り出した。
「今の俺様じゃお前に勝てねえ。だけど、負けねえ!」
 刀を素手で握って受け止める暴力坂。
「おんなじことを言ったぜ、70年前、高槻がよお。で、今のお前はどうする」
「うるせえ! 見りゃわかんだろ!」
「はっは! おめぇさては、クソ真面目だな!?」
 今負けても次に勝つ。次に負けてもその次に勝つ。いつか勝って、勝って勝って勝っていけば、いずれ最強とやらになれるはずだ。
 理論が破綻していようと関係ない。彼にとってはそれが真実だった。
「俺の想いは、世界最強なんだよお!」

 千陽のナイフが繰り出される。ナイフの間に挟まれる射撃が相手の動きを制限し、更にナイフで追い詰める。必ず殺す、必殺の格闘術。
「国民は安寧を求めている! 戦争など馬鹿しいことを、誰も求めていない! 貴様の思い上がりになど、誰が賛同するものか!」
「そうだ! もっと言うことはねえかあ!?」
「猿山の大将風情が、政治家気取りとは笑わせる!」
「その程度か? もっと言うことあるんじゃねえのかあ!?」
 顔を掴み、振り上げ、地面に叩き付けられる。
 骨と内臓が派手に混ざり合った感覚に血を吐くが、千陽は血を吐きながらも唱えた。
「貴様を絶対に止めてやる。貴様は浅ましいテロリストだ」
「いいぞ!」
 暴力坂のスタンピングが、大地ごとぶち抜いていく。

「ああ、そうか。価値があるんだ……『あっち』にも」
「うん?」
 悠乃の傷を手当てしながら、恭司は顔を上げた。
「いや、なんか……『ばかげてる』って思いませんでした? 最初。完全に敵対してる組織に単身やってきて話をつけましょうなんて。馬鹿にしてるんじゃないかって」
「そこまでは思わなかったけど、どうだろうねえ。そう考える人も居るかも知れないね」
 悠乃は立ち上がり、一部始終を録画している暴力坂の部下を見やった。
 恐らくカメラはあれ一つではないだろう。どこか遠くから見ている筈だ。
「『戦争のための戦争』……」
 仮にヒノマル陸軍がファイヴに勝ったとして。全員が『くっ、殺せ!』とかいって味方にならなかったとして。というか、その方が確率が高い。味方になったとして一割いるかどうかだろう。
 が、ファイヴという『本当の意味で強い』集団と戦うことで、ヒノマル陸軍の若手連中はは本当の意味で戦争を知ることが出来る。
 幸い、日本国内で彼らは何度か死んでも大丈夫と来ている。
 因子発現ごときでチョーシこいてるだけのガキどもが、本物の兵士になるのだ。
 それはどこか、道ばたで拳銃を拾っただけの子供がやがて軍隊に加わる様に似ている。
 ファイヴとの戦争は、ヒノマル陸軍にとって最高の実戦経験になるのだ。
「あの人、本当に戦争をするつもりなんだ」
 恭司の回復を終え、悠乃が立ち上がる。燐花も準備を終え、暴力坂へと立ち向かう所だ。
 まるで戦車に投石をする子供のように。
 ああ、そういえばそんな写真が有名になった頃があった。
 ……と、恭司は薄く笑った。
「さて、残りは四人……ってとこか。どうする? 逃げるかい?」
 燐花はクナイを握り、大地を踏む。
「逃げると思いますか?」
「はっはー」
 肩をすくめて笑う暴力坂に全速力で突っ込む。
 正面から受けるのは容易。しかし悠乃がサポートするのは分かっている。
 どこから来るかと思えば、思い切り背後からの襲撃だった。
 あからさまだが避けづらい。しかし避けてしまえば同士討ちもあり得るような思い切った手だ。
 この期に及んで博打をはれる、精神性。
「それでこそ!」
 暴力坂は大きく振りかぶった。
「爆式戦車砲!」
 パンチが燐花に直撃する。
 吹き飛んでいく燐花。それを受け止めつつも同じように吹き飛ばされる恭司。
 一方で悠乃は完全に背後をとり……同時に、誡女が頭上をとっていた。
「おっと」
 悠乃の回し蹴りと誡女の踵落としがそれぞれ炸裂し、暴力坂は派手に転倒した。
「いてて、首が……バカヤロウ直撃じゃねーか」
 悠乃はガード姿勢をとった。
 気配でわかる。
 ずっと前に、肌で感じていた。
「そろそろですか?」
「そろそろですな」
 暴力坂は、その場でみるみると若返り、30代の精強な戦士へと変貌した。
「一発だけヤらせてくれ」
「死にませんか」
「死ぬかもしれんが、一発、さきっちょだけでいいから!」
「しょーがないですねー……」
 ガード姿勢を解く。
 目を見開いた暴力坂が拳を引き、悠乃が目を見開いて拳を引き。
 お互いの拳が激突した。

 その日、廃棄エリアが更地になった。
 復興がだいぶ楽になったという。

●暴力坂の金で焼き肉を食う
「えー……」
 遊馬は唖然とした。
 戦闘を終えた途端『よし! 肉食うぞ肉!』と言い出した暴力坂に連れられて入った店は、遊馬の知ってるお肉焼くお店ではなかった。
 なんかもう、入るだけで一万円くらい取られるようなお店だった。俗に言う会員制高級焼き肉店というやつである。
「適当に見繕ってくれ。あとお前ら好きなもん喰え。俺の財布を殺すつもりで喰え」
「やったー!」
 メンバーはあの場にいた全員。
 つまり田丸もいる。もっというと千景もいる。ジャックが嫌がる彼を無理矢理連れてきたのだ。敵に奢られるのは絶対に嫌だといって自腹を求める千陽に暴力坂は『じゃあ三千円』と言ったが、遊馬は絶対嘘だと思っている。千景がこういう店に疎くて助かった。
 飛馬的には戦争するって言い出す人の対応ではないが、歴史をひもとくと結構よくある風景である。
 ぶっちゃけ数十万単位の貸し借りなどあってないようなものなのだ。戦闘機一台すら買えない価格だし。
 『敵と飲み会なんて』と思いもするが、国によっては戦争したあとは敵と飲み会するのが通例みたいなところもある。そう言った意味でも戦争は『最低限の戦い』なのだ。
 さておき。
「暴力坂さん、『国内』の定義ってご存じですか?」
「知っ……あっやべ」
 暴力坂が骨付きカルビをむしゃついていた口を押さえた。
「しらない」
「今知ってるって言いかけませんでした?」
「しらないしわからない」
 ふと見ると、田丸がやたら必死にハンドジェスチャーをしていた。
 意味はわからないが、これ以上聞いてはいけないらしい。
「でも、あの、なんだ、仮にだぞ? 外側に拠点を置いて戦えば、妖をかなり効率的にトバせるよな」
「そーすーい」
 手でタイムのジェスチャーをする田丸。
「わかったわかった。知らん、すまん、もう聞かないでくれ」
「はい……」
「話は終わったか? おい暴力坂てめぇ、俺様が勝ったらヒノマル全部貰う。全員貰う。それがコーヘーな勝負ってもんだろ、あ?」
 骨のついたチキンを手づかみで食べつつ、刀嗣が詰め寄っていた。
「バカヤロウお前、そりゃお前の努力次第だろうが。敵を全員爆破して工場も資源も灰にすればそりゃ一番ラクチンな勝利だよ。でもよ、敵の発言力だの支柱だのを効率的に最小限に攻撃して攻略すればだ、欲しいもんが手に入る。それが戦争ってやつよ」
「あ? よこすのかよこさねーのか――!」
「ごめんこの人いま下げるから……!」
 ジャックが羽交い締めにして刀嗣を連れて行った。
 代わりに隣の席に座る恭司。
「戦争をやるんだよね、ちょっと聞きたいんだけど……『どうやって』やるの? やっぱり、飛行機と戦車とミサイルで?」
「そりゃそうだろ。いくら達人級つっても生身で戦車はキツいぜ」
「ふうん……」
 暴力坂はどうやら、海外戦における覚者としてのアドバンテージを全くアテにしていないようだ。というより、覚者とかどーでもいーと思っているフシすらある。
「けど、日本が攻撃すれば他国から攻め込まれる口実になるんじゃない?」
「もっと前から攻め込む口実はできてるだろ。妖出てんだぜー。人類の敵だぜー? 日本ごとツブしたらなんて正論を盾に領土を増やそうとしてる国がいくつ思いつく?」
「あー、ロシア中国韓国北……あっとありすぎるかな」
「それができねーのは?」
「日本が日本じゃなくなったから、かな」
 日本国憲法。いわば戦後からの法律はアメリカの主導によって定められた。当時は極秘機密だったが、今ではテレビで放送するくらい有名な事実だ。
 それによって日本はかなり兵力を持ちづらくされているが、今の日本は『それどころ』ではない。けれど攻め込まないのは、日本という国の不可思議さがゆえ……と恭司は思っている。
 科学信仰で栄えた各国が、オカルトが現実化した日本に攻め入るにはあまりに無知すぎるのだ。
 多大なコストをかけて攻め入ったところで横っ面を殴ってくる国もある。結局は国どうしがにらみ合い、手を出せない状態なのだ……と。あくまで推測だが。
「じゃあ、核も」
「つかえんわな」
 撃ったら最後他からも撃たれる。それが核抑止力だ。それに万一、この閉ざされた日本という国で同様の兵器が作られていたらと考えると、例え世界の警察ことアメリカ大統領でも核ミサイルのボタンを押せないのだ。こうなってくると自爆ボタンにも等しい。
「それに各国の連中は科学信仰にのめり込みすぎて古妖の存在を認めてねえ。『見ただけで死ぬ』なんつー妖怪や、コンテナ一個で万単位の兵隊を輸送できるタヌキがいるなんて思っちゃいねえし、唱えた奴はクビにされる。おっぴらにやれるウチにアドバンテージがあんのよ」
「ふうん……なるほど、ね」
 ビールジョッキを傾ける恭司。
 言われてみると、確かに勝てる気がしてくる。
 少なくとも、『おれたちサイキョーだから戦車だってワンパンだよー』とか言う馬鹿ではない。
 実際問題、戦車の砲弾をお手玉できるくらい腕力のある兵隊が扱う戦車なれば、敵の戦車を打ち負かすことも可能だろう。市街地での白兵戦など言わずもがなだ。
「なあおっさん! なんで総帥やってん? 過去とか語ってよー」
 ジャックが酔ったテンションでからんできた。年齢的にも酒は飲んで居ないはずなのに、場酔いだろうか。
「バカヤロウそんなに時間ねーよ。兵隊やって、ガテン系で働いて、コネ伸ばして今に至るだよ。どこにでも居んだろこんなのはよう」
「え、ガテン系で働いたの?」
「日本に原子力発電所いくつかあるだろ? あれ建設関わったぞ」
「まじで」
「なんもない牧場の片隅にコンテナハウス平積みされて、そこで半年生活するんだぜ。すげーぞそこは、馬鹿ばっかだから。材料もねーのに湯豆腐作れとか言われてよー。しかもデリヘル呼んだら……」
「その話長い?」
 振り返ると田丸が時計を指さすジェスチャーをしていた。
 あちゃあと言って額を叩くジャック。
「よしときちか言ってやれ! あれ?」
 千景がグラスをテーブルに叩き付けた。
「そうですね、脳どころか精神性まで70年前のままの筋肉じゃないんですか? この国は危ういバランスでギリギリの均衡を保っている。貴様の独善(テロリズム)でそのバランスを壊されてたまるか。陛下に牙を剥いておいて日本人とは片腹痛いにも程があります。部下は反対しているのに貴様はなぜ、そこまでファイヴに固執する? 俺達が本当に味方になるとでも思っているのか? お前が求める世界は守るべき一般市民を蔑ろにしている。もし世界大戦が始まったら、力なき我が国の国民はどうなる」
「…………」
 暴力坂は反論も訂正もしなかった。
 焼き肉を焼く音だけがする。
 誡女はこの沈黙の中で、千陽の言葉を冷静に分析していた。
 暗示論法で言えば『笑い者と悪者』『知性への脅し』『感情が充填された語』『多重質問』『反語』。誤謬で言えば『個人攻撃』『論点のすり替え』『早まった一般化』『分割合成』『疑似相関』。
 誤謬とレトリックのオンパレードである。
 これが詭弁(つまり意識的に誤謬を用いている行為)だとは考えにくい。千陽は純粋で真面目な男だ。
 さておき、この沈黙によって誡女は暴力坂の性質を理解した。
 意識的に誤謬を用いる目的は大きく分けて三つある。
 根拠の無い主張をごり押しするため。
 『黙ったら負け』だと思い込ませて雑多な情報を引き出すため。
 暴力に訴えさせて『先に手を出した』証拠をでっち上げるため。
 この三つを理解した時、人間は詭弁に対して黙るのだ。
 暴力坂は狡猾で、高い知性と強い自制心を持った人間であることが、反応から推察できた。
 ちなみに、誤謬やレトリックに混ぜてした主張や質問は、先程全く同じことを恭司が聞いているので、議論の重複になる。
 以上、ここまでの思考でコンマ五秒。
 田丸がニヤニヤと笑いながら言った。
「はー? そんなことも分からないお馬鹿さんなんですかー? ナキリさんも馬鹿をやとってかわいそうで――」
「黙れ」
 田丸の後頭部を掴んだ暴力坂が、彼女の顔面を肉焼き器に押しつけた。
 悲鳴をあげて暴れるが、無表情で押しつけている。
「悪いな。部下の教育は苦手なんだわ」
「……」
「お前いい軍人だよ。マジで部下に欲しいと思う」
「誰が」
「分かってる、皆まで言うな」
 途端ジャックがウーロン茶を派手にこぼした。
「あっ、ごめん。ぞーきん持ってきてぞーきん!」
 誡女たちがウーロン茶をふく中、燐花が空気をかえるように会話をしかけた。
 普段の鍛錬方法を聞いたが、何のことはない筋トレの繰り返しだそうな。
「強いて言うなら、訓練の後必ず飲み会するかな」
「ああ、命数を……」
 話がまとまりかけている。時間も頃合いだ。
 札束を置いて店を後にしようとする暴力坂に、誡女が声をかけた。
「『私たちは、おもしろかったですか?』」
 暴力坂は振り返り。
「過去形にすんなバカヤロウ」
 笑って言った。 

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

贈答

時任・千陽 殿

貴殿にこれを贈る。

暴力坂 乱暴




 
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