≪雷帝君臨≫龍はつとめて死を運ぶ
≪雷帝君臨≫龍はつとめて死を運ぶ



 暮れる逢魔が時を飲み込みし地平に雷鳴落つる。
 天に舞う、堂々巡る影の正体とは不明。
 嘲笑いし鳥の声と重なるは、死と慟哭に等しい絶望の讃歌。
 荒れ狂う大地と人の群れに、成す術は無し。

 『猿虎蛇』の、再臨である。


 ――栃木県山中。

 其の日の天気は、晴れ。降水確率は0%。
 まさに、快晴と呼べる日――ではあったのだが、午後16時過ぎより黒に近い暗雲が爆発していくように膨張していくのが確認された。
 雲の眼下では、七星剣幹部『逢魔ヶ時紫雨』が空を見上げて大笑していた。
 それはほんの、出来心。彼にとってはお遊びと興味の一種。
 悪意こそあれど、新しい玩具を見つけたのなら使ってみる他は無かった。
 紫雨が行った事はたった一つ、古の封印を解き放つ為、その封印を壊した。
 厄災を招く、古妖の復活を。
 それがどれ程の脅威かは知らず。
 それがどれ程の犠牲を産むかも知らず。
 封印具の一つは剣。一つは矢。
 この二つを、紫雨は力任せに抜き取った。
 瞬間から、封印の崩壊は秒的速度で進行していく。


 ――そこで、かさりと木々が音を立てる。
 それは小鳥が飛び立つほどに小さな音。しかしながら、紫雨が逃さなかった。音を発生した場所へと飛びつき、彼はその主の前へと飛び出す。
「よォ、霧山じゃねェか」
「……紫雨か、奇遇だね」
 それは、同じく七星剣の幹部、『濃霧』霧山・譲だった。彼は観念したように動くのを止め、紫雨の出方を探る。
「それで、僕に何のようだい」
 探り探り霧山は問う。すると、紫雨が何かを投げ飛ばしたのを、霧山が受け取る。
「いいものを見つけたんで、てめェにやるよ!」
 もちろん、それを鵜呑みにするわけでもないが。霧山もそれに興味を持つ。彼もまた手広く仕事に手をつける人間だ。それが金になるものなら、利用も考えるのだが……。
 これをどう利用すべきか。元に戻すべきか、横流しすべきか。どちらが特かを彼は考える。
(黒霧に探らせてみるか……)
 しかし、彼は知らなかった。封印の崩壊はこのときも進んでいたことを。


「頼む!! 封印が壊れるのを阻止してくれ!!」
 久方相馬は、必死の声色で言う。
「逢魔ヶ時紫雨が、『猿虎蛇』っていう凶悪で凶暴な古妖の封印具を盗んだんだ!! あれがないと、封印が崩壊して猿虎蛇が放たれちまう!! 封印されている古妖は、都ひとつ簡単に葬れる力を秘めているみたいなんだ。だから、その前に止める。
 皆は、封印具を奪い返して、封印を元に戻してくれ!!
 ただ……紫雨は、途中で封印具のひとつを別の幹部に渡したんだ。その幹部は別の部隊がなんとかしてくれると思う! だから皆は! 紫雨を追ってくれ!
 紫雨の居場所は大体検討がつく。幹部相手に、大変だろうが……宜しくな。悪い、俺も一緒に戦えたらよかったんだけど。
 とはいえ、紫雨は戦い好きだ。もしかしたらこの事件も、俺たちを呼ぶ口実かもしれない。なんとか、あいつを止めてみてくれ。
 紫雨は、『剣』の封印媒体を持ってる。
 それを取り返したら、然るべき場所へ返してくれ。できれば、日が、逢魔が時が、終わるまでに」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:工藤狂斎
■成功条件
1.封印具を取り戻し、日没までに元に戻す
2.もうひとつの依頼の成功
3.なし
 なちゅいSTとの連動依頼です

●注意!
・≪雷帝君臨≫と名前のついた依頼は同時刻に発生する事件です。
 その為、≪雷帝君臨≫と名前のついた依頼を重複して参加することはできません。
 重複して参加した場合は、両方の依頼の参加を剥奪し、LP返却は行われませんので注意して下さい。

●状況
・ある古妖の封印具が盗まれた。
 ひとつは紫雨が持っている。それを取り戻し、あるべき場所へと返せ。

●封印具
・封印具は、『矢』と『剣』があります。
 『矢』は霧山譲が。
 『剣』は逢魔ヶ時紫雨が所持しています。
 こちらの班は『』を奪取する班となっております。

・封印具を奪取した場合、然るべき場所へと返すことが必須です。
 山の中、開けた場所に動物も虫も近寄らない場所があります。
 そこで、楕円型の岩にしめ縄が巻かれているものがあり、その左右の台座に矢と剣をはめ込む形で完了です。

・また封印は日没までに戻してください。それ以降は例え奪取していたとしても、手遅れとなります。

●『紅蓮轟龍』逢魔ヶ時紫雨(おうまがとき・しぐれ)
・七星剣幹部

 隔者、基本行動派、好奇心の塊、好戦家
 記憶共有の二重人格。もう一人は小垣斗真(nCL2000135)、大体無力な斗真

 獣憑×火行
 武器は双刀(清光×血吸い)

 体術スキル 轟龍壱式・激鱗 物近単 威力は物攻+(速度1/2)BS致命流血
       地烈、飛燕、念弾

 技能スキル 龍心・ハイバランサー

●場所:栃木県山中
・戦闘は山の中、封印の場所は上記の通りです

 それではご縁がありましたら、宜しくお願いします
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年10月03日

■メイン参加者 8人■



 物事は唐突に始まる。
 側面の物陰より『迷い猫』柳 燐花(CL2000695)は『敵』を確認し、揺れる尾、赤い瞳、長い爪、石造りのような封印具を順番に確認した。
「……よぉ」
 燐花が瞬きした刹那であった。
 声は横から聞こえる。
 声の主は――逢魔ヶ時紫雨。
 獣憑の本能が燐花を木の上、枝に足をつけさせ距離を取ろうとしたが、声は今度は後ろから聞こえた。
「鬼ごっこでもするか? 手加減してやるからちゃーんと逃げなァ?」
「……私のこと覚えてらっしゃいますか?」
「ああ、ただの『子猫』だ」
 時には木々の側面を蹴り、時には岩を砕き、時には土を荒らし、二つの炎――ひとつは蒼銀、ひとつは紅――が森を分断するように暫く駆けまわっていた―――のも束の間。
 紫雨が燐花の腕を掴む一歩手前で、
「初めましてでしょうか? 清光ください」
 深緋・久作(CL2001453)が飛び込む形となった紫雨の服を掴み、側面の木へと叩きつける。
 紫雨の両腕にあるのは、目前まで無かったはずの両刀。刹那、斬られていたことを忘れていた久作の胸がぱっくりと開き、鮮血が噴き出て雨のように地を濡らしていく。
「初めましてで堂々過ぎんだろォー」
 しかし好印象だ。そういうのは大好きだと、紫雨は久作を勝手に評価している。
「よォ、FiVE! 会いたかったぜえ、震えるくらいになァ!!」
 納屋 タヱ子(CL2000019)は中衛以降を隠すように立ち、そして、
「こんにちは。こうして相見えるのは何度目でしょうか」
「知らねェ、一一数えてねェよ! 3、4度目くらいじゃねェの?」
 FiVEを認識した紫雨の瞳が平行移動していく。数を数えて、ざっと八人。見知った顔から初顔まで見やり、唇を舐めた。
 『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)は時間が無いと、誰よりも危惧していた。故に、彼の足が止まっている今、フィオナは踏み出す。
 距離を詰め、そしてカラティーンの剣先が紫雨の胸前の服を少しばかり押した瞬間、横から彼の尾がフィオナの起動を直角に横へズラして弾く。
 地面を大きく削り取る軌跡を描くも、フィオナは踏み止まった。やはり幹部格ではそうそう上手く攻撃は通らないものか。
「紫雨」
 竜巻か、極小の嵐が吹き荒れた。紫雨の頬に一筋の傷を残し、三島 椿(CL2000061)は大きな羽を畳む。
「要件は分かっているでしょう?」
「ハッ、言うまでもねェ、これだろ?」
 『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)の瞳は細く鋭く変わっていく。目に映るのは、石造りのような、けして切る為に作られた訳では無い剣だ。
 それが、恐らく封印具であり。紫雨が盗んだものであることは間違いは無い。
「雷雲雷鳴――鵺、ですか?」
 遠くで、雷鳴一つ。
「お察しの通り。楽しそうだろ? 封印なんて何時か破られる為にあるもんさ、この俺様みたいなのにな」
「……よくそんなものを見つけましたね」
「この日本、こういう類の封印だのは全国津々浦々だ」
 紫雨は封印具を、腰ベルトへと差し込んだ。妙に簡易な管理法だが、そう簡単にその尻尾を取らせてはくれないだろう。
 子供から大人の姿へ切り替わる『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)。
「一応聞くけどさ、それ、どっちの方から持ってきた? おとなしく返してくれね?」
「ああ! いいぜ! ――てのは期待してねェだろ。お兄ちゃんはそんな優しくねェぞ」
 翔的にはこの返答も、夢見では無いが予測はしていただろう。妙に納得しながらも、そうだよなあと苦笑いひとつ。対して紫雨は満面の笑み。
 『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)は全身より放電しながら、今すぐにでも飛び込むような気迫を理性で抑え込んでいた。
「……刀を奪って再封印したら僕達の勝ち、で良いですか?」
「ハハッ、やーなこった」


 ならば本気の一手を思う存分、叩き込んでいくまで、
 翔の指がタッチパネルの上で何かを入力、そして出力。出現した猫程に小さな虎が、空中を跳ね、そして紫雨の下へ到達する頃には巨大な虎獅子へと変わり彼の喉へ噛みついた。
 できたら戦いたくはない、紫雨と。翔はその思いを正義という言葉で踏み切った。それを紫雨は恨むことは無いが、これまでの縁が縁なだけに、愛憎が螺旋のように絡みつく。
 ただ、解ることは。
「――紫雨、お前を止めるからには全力でいくからな!!」
 紫雨は虎獅子を片手で貫き消滅させ、地面を蹴る。
「全力で来なかったらぶっ殺すぞこの野郎!!」
 後衛から狙いたい紫雨の手前に、小唄は壁のように立ち、飛ぶ。磁石のように相反する方向からくっつくようにぶつかり、だが紫雨のほうが明らかに早い。
 すれ違い、抜かされる事だけは止めねばならぬ小唄は紫雨の尾を掴み、引っ張り、そのまま地面へと叩きつけた。
 柔らかい土さえ、今は凶器ともなりえる小唄の腕力に紫雨は高笑いひとつ。
「は~? てめぇ、小唄。前とは違って、随分面白くねぇ顔だな?」
「猿虎蛇が復活したらどうなるのかわかってるんですか!」
「理解すれども、俺様にゃ関係ねェ!!」
 尻尾を振り今度は小唄が地面へ叩きつけられ、しかし小唄は寸前で尾を離し着地する。
「止めて見せます! 絶対に!」
「反吐が出る正義感だ、くッだらねェ」
 ふと二人の頭上、影がかかる。
 影の主は――冬佳であり、天使のように静かに舞い落りた位置は小唄と紫雨の間。
「狙いは……古妖か、それともその剣か。どうする心算です」
「特定の使用法をしなければ使えねえインテリアに興味はねぇ」
 冬佳は体勢を低く保ったまま切り上げるように狙う。白銀の軌跡を描いた弧の着地点は、紫雨の清光の刃部だ。剣先から氷の結晶が舞い落ちれども、紫雨の熱にやられてすぐに溶けていく。
 重なり合った刃と刃の間で火花が散った。そのままの体勢を保たせる為、小唄は紫雨のもう片方の腕を掴んで止めた。
「ああ……?」
「大人しく、していて下さい!!」
 冬佳の力が最後籠った。
「無駄に人が死ぬんですよ! そんなの、僕は絶対に許せない!」
 紫雨背後へフィオナは手を伸ばし、腰の剣へと。
 これさえあれば、多くは救われる。もう一つの班が、負けると信じてはいないのだから――。
「あぁ、ははぁ? ……随分と、俺様も舐められたワケね?」
 小唄の掴む腕を同じく掴み返し、冬佳も掴む。小唄・冬佳ごと紫雨は跳ねた。
 紫雨が膝を冬佳へ叩き込む前に、察した彼は紫雨を押し退け中衛へ後退。追いかけようとした紫雨だが、翔が「いけ!」と叫び、雷獣が駆ける。
 放電しながら駆け抜くそれは、翔が指示した通りに仲間を守りながら、紫雨へと噛みついた。
「テメェ、こら、翔」
「今日ばかりは、容赦しねえからな!!」
「何時も容赦してねェだろォが!!」
 爆風ひとつに翔の視界で雷獣はかき消えた。次の指示をスマートフォンに乗せつつ、雷獣は翔を護るように出現した。
「焦る気持ちは解るが、楽しくやろうぜ? なあに、お前等が失敗しても数千人が死ぬだけじゃーん?」
 刹那、青い羽が紫雨の頬を抉りながら飛んでいく。椿は、様々な感情をごちゃ混ぜにした瞳で、彼を見ていたのだ。
「怒るなよ。……暁は無事だぜェ? 神祝がぁ!! って泣いていたけどなァ」
「そうじゃない、そうじゃないわ」
 椿は和弓を握りしめる。どうすれば戦闘は終わるのか、どうすれば彼は変わってくれるのか――。
 ただ、椿は止めると言った。背中には数千人分の命がかかりながら、その重圧に負けぬように。


 タヱ子は念弾は受け止めた。相変わらずタヱ子の防御を以てしてでも、他の一般隔者のそれよりは重い一撃ではあるものだ。
 紫雨は『解っていた』くらいに悟っていた。思った以上の予想通りに。
「タヱ子ちゃん……お前との付き合いなげえから、アレだけどよ。いやほんと、タヱ子ちゃん邪魔だよな、褒めてるんだぜ?」
「護るのが私の使命です。今日は三式は無いのですね?」
「カーッ! タヱ子がいるときは三式でもいいが、あれは俺様もイテェんだよ」
 タヱ子は予想していた。後衛が攻撃できないのであれば、前衛へと目が向くことを。守れるのは一人、故にタヱ子は前衛のどちらかを選ばなければならない。
 紫雨の刃がくるんと廻る、廻れば前衛に線が引かれた。
 その時タヱ子の手番は遅かった故に、前衛二人、久作とフィオナは剣風の波に飲まれていく。特に重傷を負ったフィオナが顔を歪めたのは一瞬で、後ろの燐花が彼女を受け止めて衝撃を抑えてから走る。
 と、同時に椿が詠唱を開始した。守るべきものを、護るために。椿の詠唱は、紫雨からしてみれば耳煩く囀っていただろう。
 燐花は飛び出す。しかし彼女は期待しているものが一つあった。うってこい――何度も、そう思っていたが彼は一度もまだその技を魅せてはいない。
 燐花の苦無の乱舞を紫雨は片手で返していく。対角線上、久作が傷を舐めてからジキルハイドを振り落とす。燐花とは別の手で刃を返し、だが久作は諦めぬ。そこへ小唄は三連撃を重ねていく、反動は大きい。だが今小唄にとって己の傷なんて気にしている場合ではないのだ。いつもの愛くるしい笑みさえかき消して、一人の戦士として立つのだ。
 しつこく、しつこく、三人は紫雨を追いかけては剣・拳技を見舞うのだ。
 そこで一つ、小唄の一撃が紫雨の腹部に直撃した。胃液を吐いた紫雨が、やり返さんと刃を握ったが違和感一つ、身体が思うように動かない。
 負荷は大いに征していた。小唄は届いたそれを、もう一撃見舞い紫雨を吹き飛ばしていく。
「小唄ァ……強くなったじゃーん! でも今日はなンだろうな、お前とヤっても楽しくねェ」
 その間、久作はひとつ話をしようと。
「都市並の被害なら七星剣にダメージが出るのでは?」
「百鬼(俺様)にゃ関係ねえ」
「面子を潰された幹部がいれば、八神様とて何時までもグレ助様だけを放任という訳にはいかないと思いますが」
「……八神は幹部同士の仲悪さなんざ眼中にねェよ」
「グレ助様『は』切れないでしょうけど。面子と力の差を見せるため、何か『言いがかり』をつけられて拒否できますか? 百鬼の方、殆ど行動していませんが。組織に不要なのでは?」
 燐花と久作、そして小唄は本能で離れた。
「なんか、ぶちぃて音しましたよ!」
 小唄はそう言いながら、狐の毛を逆立てる。
 紫雨は、ぽかんとしていた。それから唇を血が出る程噛みしめて、ここでやっと殺意というものを魅せた。
「ああ、そうだ……その結果が、霧山だろォ……思考してみろ、なんでこんな場所に運良く二人も、幹部が転がってる?」
 椿は言う。
「……確かに、どうしてこんな場所に霧山はいたの?」
 椿は思う、これは予想に過ぎないが――紫雨は監視されているのか、と。
 ボ、と飛び込んだ紫雨は久作の服を掴んで殴る。だが久作は彼の腕を掴んで止めた。力の攻防の手前、久作はこれが彼の本心だろうことは十分に理解できるだろう。
「八神は俺様に目ェつけてんなァア! 裏切る? この俺様が? ばっかじゃねェの、最初から仲間なンて可愛いもんじゃねえ、黙れ、黙れよ俺様の上にケツ乗せやがって、ぶっ殺す、八神ィィ絶対ぶっ殺してやる!!!」
 久作は紫雨を殴り、彼の身体は吹き飛びながら、木の側面へ着地。
「怒らせて悪かったがの、餓鬼じゃの」
 しかし紫雨の殺意は一切ファイヴには向いてはいない。
「うるせえ、今は猫被ってでも生き残ってやる。力が欲しい、もっと、だからもっと強いやつが欲しい」
 しかし子供の遊びに付き合うのもまた、大人の役目であると久作は言う。
「つまり狙いは、古妖を解放し――あわよくば勝ちたいと」
 冬佳は結果を突き出した。
 結局の所、そこである。
「楽しそうじゃん? 鵺とか」
「ただの馬鹿かよ」
 翔は重い溜息を吐く。
 それもまた、紫雨の本心で。
 よし!、と。パシィ、と音をたてて両頬を叩いた椿。
 私にできることを、私が全力で行う。前は、紫雨は友人という甘えを持ってしまったけれど――今日は、その関係さえ払拭して、敵として迎えるしか無い。
 上空へ放つ気力の矢は雨となり、周囲を濡らした。特に損傷の酷い久作とフィオナを癒しながら、そして椿は雨を蒸発させていく紫雨へ言うのだ。
「紫雨、暁。貴方達のした事に怒っているけど、ぐーぱんは今回は難しそうだけど、いつか絶対に全力でするから」
 いつか必ず、手を取ってもらう為に強くなると――。
「もういい、分かってる。椿、だがな、理想論は所詮理想だ」


 そこからは、暫くの間一切の言葉が消えた。
 燐花を最速として、攻撃の連打は放たれていく。
 燐花は模索しながら、ついに迎えた好機に目を凝らした。唾を飲み込み、欲しがっていたのはこの光景だ。
 息をするごとに炎が口から漏れ出す紫雨は、構えを取る。力を溜めて繰り出すのは激麟と呼ばれた、速度を打撃力へと変換するその技。
 燐花以外には見えただろうか、同じ速度を長けるからこそ、目を凝らして瞬きさえしなかった。文字では無く画像として理解する燐花は、こうか? こうだろうか? と苦無を持ち直しながら、紫雨では無く大切な何かで頭をいっぱいにしていた。
 激麟はタヱ子が庇っていない久作を貫いた。治らぬ傷に、久作の身体は後方へと倒れていく。だが終わった訳では無い。
 久作は命で立ち上がる。そして椿がその傷を一生懸命に埋めていく。だが足りない、故に、動いたのは翔だ。
 目線で頷き合った二人は、回復の祝詞を唱えていく。そして二人がかり。
 冬佳はそのまま前へと出て、二度の攻撃を放つ。空を裂き、刃は紫雨の胸を抉った。血が二人の間を染め上げ、そして確かな手応えに冬佳は、彼の速度へ届いたことを知る。
 再び、地を刻む一撃は放たれ、二度目、タヱ子の胸前に傷は大きく深く。そこへ叩き込まれた激麟が、タヱ子の回復を許さずとしつつ大きくえぐられた。
 小唄が蹴り飛ばす紫雨。
 笑いながら地面を滑る彼を追いかけたのは翔の雷獣だ。同じく追った、燐花はこうでもない、ああでもない、そうじゃない、どうすれば、とぶつぶつ呟きながら苦無を動かしていく。
 雷獣を受けながらも燐花を蹴り、追いかけてきた冬佳へと当てた。受け止めた冬佳は、そのまま紫雨へと迫り刃を落とし、擦れる爆音が響く。
 久作は立ち上がり、フィオナは前へと出た。この時点でタヱ子は損傷の激しい久作のほうを護る。フィオナは走り、そして幾度か剣舞が交差したとき――紫雨は刀の柄で思い切りフィオナの眉間を殴った。
 フィオナの身体は大きく仰け反り、頭が下に、足が上に後方回転して頭から危険な着地を決め込むその、経過。
 スローモーションで。
 額から漏れる赤色の雫が。
 視界の上でゆったりと舞った。
 とても赤く。
 夕焼けの空に灯る太陽よりも朱く。
 前世か過去か『あの時』もこんな逢魔時。
 こんな圧倒的で理不尽な力に踏み躙られて。
 今も、もし封印が解けたら。

 ――解けたら?

 見開いたフィオナの瞳が青から赤へ浸食として飲み込まれていく。
 後方回転していた体が頭から地に落ちることは無かった。代わりに両手で地面を蹴り、跳ねて態勢を戻し、歯と唇でガラティーンの刃部を噛み、四足の獣のように地面を滑る。
「お前……」
 紫雨が、またか、と。
 言葉とは裏腹に紫雨は涎を垂らして欲しがるように、衝突を、今か今かと。

「逢魔ヶ時紫雨! 私は、諦めないぞ――!」

「胸躍っちまってる、鎮めてくれるンだろうなァ、蒼炎の騎士ィィイ!!」
 もうそれだけで十分だ。
 冬佳はこの隙を見逃さない、彼の背後へと廻り込み、剣を抜かんと手を伸ばした。
 紫雨は冬佳へ気を向けたが、完全に体まで向ければ、フィオナが黙ってはいないだろう。詰みだ。冬佳は剣を抜く、投げる、回転して飛んでいく剣を翔が受け止め、椿へと渡す。椿は、受け止め走りながら、そして地面を蹴り翼を広げる。どこへ行くかは、椿は理解している。見つけるのだ、翔のていさつに引っかかっていた場所へと。
 螺旋のように蒼炎を噴出させるフィオナの足元。限界までそれが溜まった刹那。爆音とともにフィオナと紫雨は衝突した。
 嵐のようなそれ、木々を薙ぎ倒しながら青い炎は紅を押していく。これが続けば紫雨もタダでは済まなかっただろう――だが、数秒後、フィオナは紫雨の刃を腹部に受けて止まった――。
 しかし紫雨も肩を揺らして、荒い息を吐いていた。

 なのに。
 
「轟龍一式―――」

 燐花は、苦無を構えた。
 遂に、彼女は紫雨に追いついた。
「くはは……おいおいおい、冗談、だろ?」
 振り向きながら、紫雨は苦笑いをした。
 彼女はまるで紫雨の写し鏡。故にそれは賞賛に値する。
「イイなぁ、お前ら、最高にイイなあ!! 気に入った!!」

 燐花は、紫雨は、ぐぐ、と足を折り畳み正面へ飛び込む力を溜め―――そして、同時に言霊を乗せる。

「「激麟」」
                         
 再び蒼を紅がぶつかり合い、白銀の爆発が起こった。

 ――
 ――――
 ――――――


「よォ、楽しかったかよ?」
「そちらは、存分に楽しんだようだね」
「ああ! 思わぬ好待遇だったぜ?」
 木の上でご機嫌に尻尾を振りながら座っていた紫雨を、見上げもせずに語る譲は重い溜息を吐いた。
「さァて、これからあいつらがどう動くか、見物だろ?」
「……そうだね、まだ利用価値はありそうだ」
 夕闇は消え、夜が舞い降りた。
 未だ、FiVEの本当の夜明けは遠い――。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

ラーニング成功!

取得キャラクター:柳 燐花(CL2000695)
取得スキル:激鱗




 
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