おいでませお化け盆踊り
●
「今年のお盆祭りはどうなることやら……」
胃の辺りを押さえている柔和な印象の中年男性は、年経た古妖猫又を『お猫様』として祀る神社の神主である。
この神社では毎年お盆祭りを行っているのだが、今年はいつもと違う趣向で準備が進められていた。
『お化けになって一緒に盆踊りしませんか!』とおどろおどろしい文字が躍るチラシは神主一族の中でもイラストが得意な者が描いたのだが……。
中央の櫓には大きな猫又がのっかり、太鼓を叩いているのは二足歩行の狸である。提燈には目玉や舌が付いた物が混ざっているし、櫓の周りで踊っているのは化生のお面を被った人や化生そのもの。
「今年はちょっと変わった事をしませんか?」
お盆祭りの打ち合わせでそんな言葉が出たのが始まりだった。
曰く、最近の若者や子供は様々な刺激に慣れていて飽きやすく「盆踊りとかださい」と嫌がる者もいる。
曰く、お猫様だけでなく子分の化け狸やひょんな事から付喪神になった掃除道具と神社には古妖が増えて地元民に目撃された事もある。変な騒ぎになる前に慣れてもらった方がいいのではないか。
そこでハロウィンのようにお化けの仮装をして楽しんでもらい、お祭り騒ぎで無礼講な雰囲気の中お猫様達を交えて慣れてもらおう。と、言う方針が決まったのだ。
元々昔から住んでいる住民の中には「小さい頃お猫様に遊んでもらった」「神社で大きな猫を見た」「祭りに行くと何かいる」と言うのがごく自然に受け入れられている。ああやっぱりいたんだ。とさらっと受け入れられそうな気もする。
「お猫様方には静かにお過ごし頂きたいのだが……いや、下手に危険視されるよりは友好的に受け入れてもらえるようにするべきか」
何しろこのお猫様、最近やたらとトラブルを起こしたり巻き込まれたりと大変な目に遭っている。ついでに側近く仕えている神主一族もとばっちりを受けている。
その度に助けてもらっているわけだが……。
「おおそうだ、F.i.V.Eの皆様にも参加して頂けないだろうか」
少々妙な要素が入ってしまったが、盆祭りには当然ながら盆踊りもするし夜店も並ぶ。境内の周囲は林になっており夜になるとそれなりに涼しい。
この暑い中危険な任務に励むF.i.V.Eの人達に心地良い一夜を過ごしてもらいたい。
そうと決まれば善は急げと神主は足を早めた。
●
「お盆の時期は帰省している人も多いでしょうが、もし良かったら神社のお盆祭りに参加しませんか?」
掲示板に貼られたチラシを見て集まって来た覚者達に桧倉 愛深(nCL2000130)がとある神社で行われるお盆祭りの話をする。
これまで何度かF.i.V.Eと関わった事があるその神社では祀られている「お猫様」に化け狸、付喪神と言った古妖が棲んでおり、今年のお盆祭りは彼等と地元民が親しめるようにとちょっと変わったお盆祭りになっている。
「和風のハロウィンと言えばいいでしょうか? お盆祭りを行う境内もお化け屋敷風にして、神主様達もお化けの格好をするそうですよ」
仮装は強制ではないので普段着でも問題はない。仮装も種類も指定されてはいないので、それこそハロウィン感覚で何かのコスプレでもいい。
「古妖はお盆祭りで手伝いや賑やかし役をするそうです。人に対して友好的なのでまず問題は起きないでしょう。チラシを持って来た神主さんも純粋に皆さんに楽しんでほしいんだと思います」
お盆祭りには夜店も出るので食べ歩きするもよし、盆踊りに参加するもよし、神社の境内は林に囲まれているためか夜は涼しいので連日の猛暑や暑苦しい夜に疲れた体を涼ませてのんびり過ごすのもいいだろう。
「忘れる所でした。参加される皆さんに絶対に守ってもらいたい注意事項があるそうです」
マタタビ、またはそれを使ったペット用品や食品類の持ち込みは絶対禁止との事だ。
「今年のお盆祭りはどうなることやら……」
胃の辺りを押さえている柔和な印象の中年男性は、年経た古妖猫又を『お猫様』として祀る神社の神主である。
この神社では毎年お盆祭りを行っているのだが、今年はいつもと違う趣向で準備が進められていた。
『お化けになって一緒に盆踊りしませんか!』とおどろおどろしい文字が躍るチラシは神主一族の中でもイラストが得意な者が描いたのだが……。
中央の櫓には大きな猫又がのっかり、太鼓を叩いているのは二足歩行の狸である。提燈には目玉や舌が付いた物が混ざっているし、櫓の周りで踊っているのは化生のお面を被った人や化生そのもの。
「今年はちょっと変わった事をしませんか?」
お盆祭りの打ち合わせでそんな言葉が出たのが始まりだった。
曰く、最近の若者や子供は様々な刺激に慣れていて飽きやすく「盆踊りとかださい」と嫌がる者もいる。
曰く、お猫様だけでなく子分の化け狸やひょんな事から付喪神になった掃除道具と神社には古妖が増えて地元民に目撃された事もある。変な騒ぎになる前に慣れてもらった方がいいのではないか。
そこでハロウィンのようにお化けの仮装をして楽しんでもらい、お祭り騒ぎで無礼講な雰囲気の中お猫様達を交えて慣れてもらおう。と、言う方針が決まったのだ。
元々昔から住んでいる住民の中には「小さい頃お猫様に遊んでもらった」「神社で大きな猫を見た」「祭りに行くと何かいる」と言うのがごく自然に受け入れられている。ああやっぱりいたんだ。とさらっと受け入れられそうな気もする。
「お猫様方には静かにお過ごし頂きたいのだが……いや、下手に危険視されるよりは友好的に受け入れてもらえるようにするべきか」
何しろこのお猫様、最近やたらとトラブルを起こしたり巻き込まれたりと大変な目に遭っている。ついでに側近く仕えている神主一族もとばっちりを受けている。
その度に助けてもらっているわけだが……。
「おおそうだ、F.i.V.Eの皆様にも参加して頂けないだろうか」
少々妙な要素が入ってしまったが、盆祭りには当然ながら盆踊りもするし夜店も並ぶ。境内の周囲は林になっており夜になるとそれなりに涼しい。
この暑い中危険な任務に励むF.i.V.Eの人達に心地良い一夜を過ごしてもらいたい。
そうと決まれば善は急げと神主は足を早めた。
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「お盆の時期は帰省している人も多いでしょうが、もし良かったら神社のお盆祭りに参加しませんか?」
掲示板に貼られたチラシを見て集まって来た覚者達に桧倉 愛深(nCL2000130)がとある神社で行われるお盆祭りの話をする。
これまで何度かF.i.V.Eと関わった事があるその神社では祀られている「お猫様」に化け狸、付喪神と言った古妖が棲んでおり、今年のお盆祭りは彼等と地元民が親しめるようにとちょっと変わったお盆祭りになっている。
「和風のハロウィンと言えばいいでしょうか? お盆祭りを行う境内もお化け屋敷風にして、神主様達もお化けの格好をするそうですよ」
仮装は強制ではないので普段着でも問題はない。仮装も種類も指定されてはいないので、それこそハロウィン感覚で何かのコスプレでもいい。
「古妖はお盆祭りで手伝いや賑やかし役をするそうです。人に対して友好的なのでまず問題は起きないでしょう。チラシを持って来た神主さんも純粋に皆さんに楽しんでほしいんだと思います」
お盆祭りには夜店も出るので食べ歩きするもよし、盆踊りに参加するもよし、神社の境内は林に囲まれているためか夜は涼しいので連日の猛暑や暑苦しい夜に疲れた体を涼ませてのんびり過ごすのもいいだろう。
「忘れる所でした。参加される皆さんに絶対に守ってもらいたい注意事項があるそうです」
マタタビ、またはそれを使ったペット用品や食品類の持ち込みは絶対禁止との事だ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.お盆祭りを楽しむ
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
毎日暑いですがお盆祭りのお誘いです。
少々珍妙なお祭りになりそうですが、皆様お気軽にご参加下さい。
●場所
某所にある神社の境内で行われます。
周囲は雑木林に囲まれており、夜は涼しい風が吹きます。外から境内の様子は見えずまた境内からも外は見えませんので外界から切り離された一夜となるでしょう。
雑木林を通る道を抜け、門をくぐれば神社の境内。奥の方に拝殿があり、拝殿前がお祭り会場です。
●補足
仮装は強制ではありませんのでご安心ください。普段着や浴衣など、服装は自由です。
神社のすぐ近くに着替えできる場所が設置されていますのでご利用ください。
また地元民に古妖の存在を~などとありますが、あくまで祭りがメインです。その辺りの事は難しく考えず、気楽にお祭りに参加して下さい。
ちなみにこの神社のお盆祭りは雰囲気につられて色々寄って来たりしますが、年経た古妖の「お猫様」や神主一族がいるので悪い事はまずありません。もし気付いてもそっとしてあげましょう。
●お祭り概要
神社が主催していますが、地元の人との交流会でもありますので畏まった儀式などは行いません。
・境内の櫓の周りで踊る
基本的には盆踊りですが、中にはヒップホップを踊ったりよさこい踊りになっていたりと皆さん結構好き勝手に踊っています
・夜店を回る
食べ物の屋台から昔ながらの射的、輪投げのお店などがあります。
夜店の内容は相当妙な物や規約に違反する物でない限り描写できると思いますので、好きな夜店を楽しんで下さい
また境内の一角に座って飲食できるスペースが設けられています。夜店の人に頼めばお手伝いの古妖や神主一族がそこまでもって来てくれます。
・古妖と遊ぶ
今回は地元民に古妖に慣れてもらおうと言う思惑もあるので、神社に棲んでいる猫又、化け狸、掃除道具の付喪神がいます。
一緒に手伝ったり遊びに誘ったりすることも可能です。
ただし、マタタビやマタタビを使った食品類、玩具類の使用は禁止です。
出すと神主一族が回収して行きます。
・祭りの手伝いをする
夜店を出したり休憩スペースで配膳をしたり演奏に加わったりと運営側で参加する事も可能です。
夜店は規約に違反する物でなければ問題ありませんが、演奏の方は周りに合わせた内容でお願いします。楽器の貸し出しもできます。
●人物
・神主とその一族/一般人
神主は柔和な中年男性。一族は老若男女が集まって演奏したり夜店を出したり手伝いをしたりとあちこち動き回っています。
神主は地元の人と古妖との間を取り持つために境内を歩き回っています。
・お猫様/古妖
二メートル級の巨体を持つ三毛の猫又。しめ縄を首に付け二股に分かれた尾の先に鈴と榊を持っています。人の言葉を話す事はできませんが、理解はできます。
普段は姿を消していますが、今回は拝殿の濡れ縁に陣取り祭りを眺めています。
・化け狸/古妖
見た目は普通の狸と変わりませんが、二足歩行したりお猫様と同じくらい巨大化したり、道具を使っての作業や文字を書くなど色々小技を持っています。
こちらも人の言葉を話す事はできませんが、必要なら文字を書いて伝える事ができます。主に飲食スペースで配膳など手伝いをしています。
・付喪神/古妖
塵取り三体、竹箒三体、木製の四メートル梯子が二体の計八体。人の言葉は話せませんが理解する事ができ、なかなかアクロバティックな動きもできます。
夜店の手伝いにあちこち動き回っています。
情報は以上となります
皆様のご参加お待ちしております
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
30/30
30/30
公開日
2016年08月26日
2016年08月26日
■メイン参加者 30人■

●
夏の夜風に乗って雑木林の向こう側から楽し気な声と音楽が聞こえて来る。
雑木林に囲まれた『猫神様』を祀る少々風変わりな神社で毎年行われているお盆祭りである。
境内には演奏を行う楽団を乗せた櫓が組まれて夜店も並ぶ。地元民にも親しまれた祭りの賑わいは『お化けの仮装』と言う突拍子もない要素が加わっても、いやそれを逆に面白がって参加しに来た人々も加わって、化生と人間が祭りを楽しむ一夜だけの百鬼夜行となっていた。
「ぷっ……三島サン、よう似合っとるで」
込み上げる笑いを抑える瑛月・秋葉(CL2000181)と一緒に祭りに来た三島 柾(CL2001148)は、普段のスーツで整えた姿とは似ても似つかぬ鼠小僧。
「お互い様だが、また変わったのを選んだよな」
柾が指摘した秋葉の方はと言うと、こちらも容姿に似合わぬ子泣き爺である。
「似合ってるやろ?」
秋葉は胸を張るが、二人ともそれなりに身長がある上にすらりと伸びた手足の持ち主であるために衣装との落差が激しい。
「古妖ちゃん達ともお祭り楽しみたいなあ。三島サン、はよ行こう!」
「それならおぶさるな、重い」
正に子泣き爺の如く背にのしかかって来た秋葉に重いと言いつつ、柾の顔は笑っていた。
「さっきのお二人さん変わった仮装してたなあ。時雨ぴょんは微笑ましいし可愛いよねぇ」
大の男二人でじゃれ合いながら歩いて行った柾と秋葉を見送った楠瀬 ことこ(CL2000498)は浴衣は浴衣でもミニスカートのように仕立てたミニ浴衣を着ていた。
背中の翼を出したままでいる以外、特に仮装はしていない。
自分の服装にはこだわらなかったことこだったが、連れの榊原 時雨(CL2000418)の仮装姿はしっかり写真に収めている。
「写真撮るのはええけど……距離近ない?」
入り口近くにあったチョコバナナと綿菓子を早速食べながら歩く二人の距離はお互いの肩が触れ合う程だ。
「食べながら歩いてて人にぶつかったりすると迷惑だからね」
だからもうちょっとこっちと引かれる袖に従って、時雨は子供みたいとちょっと不満を覚えつつ歩く。
仲の良い者同士で連れ立っている者もいればふと興味が湧いて一人立ち寄る者もいる。
切裂 ジャック(CL2001403)もそんな一人だったが、そこで見知った顔を見付けた。
「よお、フィオナちゃん!」
「ジャックか、お祭りに来てたんだな!」
互いに軽く挨拶を交わした所で、ジャックがフィオナと一緒にいる椿 那由多(CL2001442)に気付いた。
「私の友達の那由多だ。那由多、こっちはジャックだ」
フィオナがお互いに紹介すると、ジャックと那由多も初めましての挨拶を交わす。
少し緊張した那由多も、フィオナと友達だと言うジャックの友好的な態度にほぐれたのか、懐からある物を取り出した。
「二人とも、これ付けて猫気分味わってみやん?」
取り出されたのは猫耳だった。予備用や色が選べるようにいくつか持って来たらしい。
「ん? 猫耳かあ。でも男がつけても……まあいいかっ」
「……え、私も猫耳を!?」
軽いのりで受け取って頭に付けたジャックに対してフィオナは少しばかり抵抗を見せた。
しかし猫耳を差し出して待つ那由多とごく自然に付けたジャックを見て、ならばと装着する。
「これで私も獣憑だ!」
びしっと獣憑固有の技である猛の一撃を真似る様子を見る限り、まんざらでもないらしい。
三人から三匹の猫になって境内の中に入って行く。
境内は夜店の灯りの他にも櫓からいくつもつり下げられた提燈や元々境内にあった灯篭の灯りなどで夜であってもかなり明るいが、やはり昼間の太陽の明るさとは趣が違っている。
淡い色の灯りの中でも鮮やかな赤い浴衣。ちょっと着るのを躊躇う人もいるだろうが、柳 燐花(CL2000695)にはよく似合う。
「赤は十年ぶりくらい、でしょうか。お爺様は華やかな色を嫌いましたから」
そう言って少しおずおずと出て来た燐花に、シンプルな青地に縦縞の浴衣を着た蘇我島 恭司(CL2001015)が歓声を上げた。
「いやぁ、浴衣も綺麗だけど、うん、燐ちゃん良く似合ってるよ!」
太鼓判を押す恭司と燐花はお揃いの狐面を頭に着けていた。
お互いに面を着けた時の滅多に見ないサングラス越しではない目と同じ目線を思い出し、燐花は桜色に染めた唇で微笑む。
夏の夜に春のような雰囲気を醸す二人に対し、微妙な距離の二人連れがいた。
水部 稜(CL2001272)と天野 澄香(CL2000194)はとある事があって以来、いつも通りに接しようとしてもどこかぎこちない関係が続いている。
「……俺も浴衣着た方がよかっただろうか」
紺桔梗に染め抜きの花が咲く浴衣を着た澄香を見て、ジーパンとシャツと言うラフな服装の稜がぽそりと言う。
「そんな、いいんですよ。好きな服装でいいと思います」
実は大人っぽい物をと選んで来た澄香だったが、慌てて首を横に振る。
そうかと言った稜との間にはまた微妙な空気が流れるが、今日はその空気を変えるために来たのだと澄香と稜は賑やかな境内を歩く。
夜店の賑わいと境内の祭り独特の雰囲気が、少しずつ二人の空気も緩めて行く。
●
祭りの雰囲気に釣られて緩むのはもう一つ、財布の紐である。
ましてそれが元気一杯の少女が切り盛りしている夜店とあれば、つい一つ買ってみようかと誘われるらしい。
「よってらっしゃいみてらっしゃいっ! 幼女もにっこりクレープ屋さんですよっ!」
「お客さんクレープおしいよ~ほっぺたおちちゃうよ~とろけちゃうよ~」
威勢の良い掛け声で客寄せする月歌 浅葱(CL2000915)と、動く猫耳尻尾につまみ食いしたクリームまでつけた迷家・唯音(CL2001093)。
主催者側の許可と審査を通れば誰でも夜店が出せると聞いた生徒会メンバーはクレープ屋台を出していた。
「我輩の華麗な鉄板捌き、とくと御覧じろ!」
びしっとレ―ドルを構えた神野 美咲(CL2001379)が気合い一発生地の入ったボウルにレードルを、そっと沈めて中身をすくい手早くかつ丁寧に丸く薄く生地を伸ばして行く。
「さあさあ一枚っ二枚っ三枚っと綺麗に焼けちゃいますよっ!」
「ふふん、我輩の鉄板捌きに掛かればクレープなど朝飯前よ!」
内心鉄板捌き関係ない? と気付いた美咲だったが、浅葱の煽りに合わせてどんどん焼いて行く。
「追加のクリームもできたわ。唯音、ちょっと味見お願いできる?」
盛り付けを担当している姫神 桃(CL2001376)もなかなか忙しい。
忙しく動き回る度に浴衣の上からつけたエプロンもひらひら動く。
「ん~、あまくておいしい! あっ、バナナとイチゴがもうなくなるよ!」
味見時々つまみ食い。
盛り付けをしながら味を確かめていた唯音が出されている果物の減りに気付いた。
「ちょっと待ってくれ」
言われて材料の確認をする宮神 羽琉(CL2001381)。
クレープ作りや客寄せに張り切る彼女達のクレープ屋台の裏方を一手に引き受けていた。
材料、金銭、機材の管理確認など地味ながら大事な仕事である。
「羽琉、ありがとうね。おかげで助かってるわ」
ふうと一息ついた所で桃から差し出されたクレープを受け取る。
「うむ。いくら売れても、材料が無ければ商売にはならないからな!」
「どういたしまして」
と軽く応えた羽流にとっても、忙しくも楽しそうな彼女達のサポートは楽しいものだった。
「って、浅葱?! 肩車なら普通上下逆じゃないの?!」
「これなら二倍の背丈の背丈で目立ちますよっ」
肩車で宣伝し出した浅葱と桃に、羽流は気を付けろよと一言だけ行ってまた裏方仕事に取り掛かる。
周りが楽しそうにしていれば何となく見ている方も楽しくなってくる。
それが大事な連れであるなら尚の事。
「ヤマト、生徒会の人達がクレープ出してるわ。次あっちに行きましょう!」
「クレープもいいけど、まず両手塞がってるからどっちか食べないとな」
右手にイカ焼き、左手に串焼きステーキを持った鈴駆・ありす(CL2001269)を宥めながらも、黒崎 ヤマト(CL2001083)は笑っている。
いつもはヤマトの方がありすを引っ張る方なのだが、この祭りではありすが積極的にヤマトを連れ回していた。
入り口近くにあったかき氷から始まって食べ物屋台を攻略して行き、食べ盛りの食欲を大いに発揮している。
「そう言えば食べてばかりもなんだし、何か体を動かすのもいいわよね」
ヤマトと二人イカ焼きを頬張りながら周りを見回すと、金魚すくいの屋台が目に入った。
そこでは三人の鬼が肩を寄せ合って盛り上がっている。
「……意外と、難しいな」」
縞地の紺の浴衣を着た黒桐 夕樹(CL2000163)が穴の開いたポイをぶら下げている。
赤のメッシュが入った黒髪に鬼の角を生やした姿だが、元気の良い金魚に顔近くまで跳ねられ驚いていては形無しである。
「ハルくんの分もオレが掬うからな!」
紺の甚平を着た赤羽根 大和(CL2001396)がいざ! とポイを構えるが、一直線に泳ぐ金魚を追いかけたポイは見事に破けた。
「ああー!」
ポイの大穴に叫ぶ有様は頭に強面の鬼の面を付けていても子鬼と言った風情である。
「なかなか上手くいかないね」
白地の浴衣に被衣を合わせた白鬼の白枝 遥(CL2000500)も、穴の開いたポイを片手に苦笑している。
「金魚すくいッス! 次はあれッスね!」
もう一回やるか別の夜店に行くか迷う三人の後ろで葛城 舞子(CL2001275)のやる気満々な声が上がった。
思わず振り返った三人は、暗がりからすっと出て来た白い影に思わずびくりと固まってしまう。
「そんなに驚かずともよかろう」
白い影はよく見れば白い浴衣に天冠で仮装した由比 久永(CL2000540)だった。
同じ白でまとまっているのは遥も同じだが、久永が纏うどこか浮世離れした雰囲気が裏目に出た結果か。
「ほらやっぱり! 久永さん、全身白いから本物のお化けに見えるッス!」
自分も久永の仮装を見た時驚いて逃げかけた舞子の方は猫耳尻尾はかわいらしく、顔に描いた猫ヒゲがちょっと笑いを誘う猫娘である。
舞子と久永はすでに戦利品と思われる物をあちこちにぶら提げており、三人は目を見張る。
「それは全部夜店の景品?」
「すげえ……」
夕樹と大和の視線を受けた舞子が当然ッス! と胸を張る。
「これでも昔は夜の蝶と呼ばれたものッス! 目指すは全店制覇ッス!」
意味が違う。
誰もがそう思ったが、一番突っ込みを入れそうな久永は金魚を見ていた。
「余は金魚すくいがしたい。店主、一つ頼む」
「なら勝負ッスね!」
二人の勝負を見た幼馴染三人も闘志に火が着く。
そして五人の様子に釣られた人々も足を止めてポイを手に取った。
今年の金魚すくいは盛況である。
「やー、これはちょっと勝負待たなあかんなあ」
近くまで来た時雨は人だかりを見て残念そうに呟く。
金魚すくい勝負をしよう! と気合いを入れて来たのだが、人が多くては仕方ない。
「なんでことこと勝負なの? ことこが勝ちでいいじゃん?」
「いや勝負せずに何に勝っとるんやそれ」
勝負にはあまり興味がないらしいことこに突っ込みを入れ、時間つぶしも兼ねて買って来たたこ焼きをつつく。
「時雨ぴょん、もっとこっちおいで。ことこのお膝に乗って食べればいいよ!」
「なんでやねん!」
カモン! とく誘うことこに二度目の突っ込み。
じゃれ合いながら金魚すくいの順番を待つ。
「そうだ時雨ぴょん、すくった金魚はちゃんと一緒に面倒見ようね? いっしょにね」
「ん、せやな一緒に面倒みよなー……って、なんか顔怖ない?」
●
今シーズン一番の賑わいを見せる金魚すくいの屋台から少し離れた場所で、二人の少年が盛り上がっている。
「きせきくん、射的の屋台あったよー!」
薄緑の甚平と紺の甚平。色違いの甚平を着た御白 小唄(CL2001173)と御影・きせき(CL2001110)の二人は目当ての夜店があるようで、あっちの屋台こっちの屋台と誘惑されながらも目的のものを発見した。
棚に置かれた大小様な景品に、店の前の台にあるのはコルクを詰めて撃つ特製の鉄砲。
「大きい物取った方が勝ちだからね!」
「ぼくガンシューティングとか得意だもん、射的だってきっと上手くできるよー!」
「僕は射的が好きだから前からやってるし、負けないよ!」
二人一緒にコルクの弾込めを終えると目標の物に狙いを定める。
きせきは小物から狙って感触を掴み、小唄は最初から大物狙いで行く。
ぽんっぽんっと音を立ててコルク弾が飛んで行く。
「あっ、外れたー!」
「うーん……もうちょっとかなあ」
狙ったよりも弾が飛ばず外れたり、当たったと思っても重心があまり動かず倒れなかったり、最初は二人とも苦戦していた。
しかし弾切れになって二人が我に返ると、結果は歴然としていた。
「全然当たらなかったんですけど!? 一発も当たらないなんてあるー!?」
頭を抱えた小唄に、屋台の店主が残念だったねえと笑いながら残念賞のキャラメルを渡す。
「勝負はぼくの勝ちだね!」
むっつりとキャラメルを食べる小唄の前にどんと出されたのは大きなすねこすりのぬいぐるみだった。
きせきの手には先に取った小さなマスコットもある。
悔しがる小唄は次の夜店に行こうとしたが、射的を気に入ったらしいきせきが止める。
「コツとか教えてあげるからもう一回やろうよー!」
「よーし、次は負けないもんね!」
二人の勝負はまだまだ続く。
「燐ちゃん、何か欲しい物はあるかな?」
盛り上がる二人の隣では恭司が弾込めしながら燐花に聞いていた。
「貯金箱。取れたら小銭貯めて、貯まったら美味しいもの食べましょうか」
「それ良いねえ……よし、あの貯金箱だよね」
燐花が指したのは棚ではなく下に置かれた大きさは大豚な子豚貯金箱。
それなりに重い割れ物のため、棚の上の方にある「子豚貯金箱」と書かれた置物を落とせばいいらしい。
恭司が撃ったコルクの弾は見事置物に当たったが、弾かれてあさっての方向に飛んで行く。
「あー……」
と残念そうな声が漏れたその瞬間、飛んだ弾が別の所に置いてあった置物を倒した。
それで当たったのは子豚貯金箱と違って何の飾り気もないプラスチックの円筒形。
「でも、これも貯金箱ですよ」
燐花にそう言われ、恭司は喜んでもらえたならいいかと思った。
こうした遊びができる夜店も定番だが、様々な食べ物屋台も定番でありその香りは妙に誘われるものになっている。
「うぅ、こんなにたくさんお店があると何を食べようか迷ってしまいます」
焼き物の香ばしい香りや甘い香りに、猫屋敷 真央(CL2000247)は獣因子の証である白い猫耳尻尾を揺らしながら誘われっぱなしである。
「お猫様……お魚、好き、かな……?」
明石 ミュエル(CL2000172)は若紫の袖に撫子色のレースを合わせ現代風にアレンジした浴衣を着ている。レースと同じ撫子色のリボンと花飾りを編み込んだ髪型がかわいらしい。
その目が鮎の塩焼きの屋台で止まった。
「お猫様への、差し入れ……」
「いいですね。お土産に買って行きましょう! あ、でもイカ焼きはだめです、腰を抜かしてしまいます」
「腰……抜かす、の……?」
「いやいや! 私が出はなくお猫様がですよ?」
二人は厳選したお土産を手に、このお盆祭りに参加していると言う古妖達に会いに行く。
わいわいと賑やかな境内の一角に、ひとつ妙に静かな夜店があった。
「ふむ、型抜きか。懐かしい」
人の祭りに妖も混ざると言う話を聞いて立ち寄った八重霞 頼蔵(CL2000693)は懐かしさに思わず足を止めた。
硬い板状の菓子に描かれた絵をくり抜くと言う遊びなのだが、きれいにくり抜くのは意外と難しい。
「どれ店主、一枚もらおう」
懐かしさから頼蔵も軽い気持ちで型抜きを手に取った。
そして……。
「兄ちゃん頑張れ! あとちょっと!」
すでに十枚ほどの型が犠牲になった。
それでも諦めず挑戦し続ける頼蔵を周囲が固唾を飲んで見守っている。
時に大胆に、時に慎重に、型を削り出して行く。
そしてついに最後のひと削り。
頼蔵が勝利を確信する。
「私の、か……」
ぱきん。
「……もう一枚もらおう」
この後十四枚目の激闘の末、ついに頼蔵はチューリップを完成させる。
ちなみに犠牲になった型は頼蔵と皆でおいしくいただきました。
「いろんな遊び方があるんですね……」
その様子を目撃してしまった藤 壱縷(CL2001386)は神妙な顔で頷く。
頭につけた白い猫耳がつられて揺れた。
慣れない祭りの雰囲気に戸惑いながら周りの様子を見ていた彼女は、先程盆踊りを終えたばかり。
「ふふ、上手く踊れなくてもこの雰囲気で凄く楽しくなりますね!」
踊れば祭りの雰囲気にも馴染んだらしく、夜店を見て回る表情は明るい。
「皆さんもお祭りは楽しいですか?」
壱縷が自分の足元に向かって問いかける。
そこには踊りを終えて夜店に向かった時に鉢合わせした掃除道具の付喪神の内、竹箒と塵取りと、彼等(?)と一緒に夜店の手伝いに回っていた一匹の化け狸がいた。
人の言葉は喋れないが理解できる化け狸と付喪神は壱縷が夜店とは何かよく分かっていない事を察し、案内しているのだ。
林檎飴にクレープ、綿菓子にカステラ等々、壱縷が甘いもの好きであると言った途端、甘味屋台を網羅しようとする。
「そんなに食べれませんよ!」
そう言いながらも、壱縷の顔はずっと笑顔のままだった。
●
「付喪神さん、ゴミは重くないですか?」
周りが祭りを楽しんでいる中、神社の神主一族から借りた巫女服を来た菊坂 結鹿(CL2000432)は掃除道具とゴミ袋を手に境内を巡回していた。
結鹿の足元には動くゴミ袋を載せてすいーっと進む塵取りと、穂先を動かして歩く竹箒が一組。
結鹿はお盆祭りを楽しむよりも掃除道具としての使命を果たす付喪神にお礼をと手伝いを申し出たのだった。
「付喪神さん達はいつもこうして境内をきれいにしているんですね」
今日は人が多い事もあって梯子の付喪神は櫓での立ち仕事に徹していたが、それが終われば後片付けに忙しくなるだろう。
とは言え、今はまだ祭りの真っ最中。結鹿は付喪神と一緒に夜店や周辺から出るゴミを片付けに回る。
「皆よう頑張っとるなあ」
秋葉と柾が焼きそばや串焼きを脇に置き、もふもふと化け狸を撫でていた。厚手の耳と少し硬質だが柔らかに手が沈む感触を楽しむ。
壱縷の案内を終えて飲食スペースの手伝いをしている化け狸は、秋葉と柾が注文したビールを運んできた所だった。
「この古妖みたいな奴ばかりなら誰も争わずに済むのになぁ」
ぽつりと言った秋葉に、柾もそうだなと思う。
お盆祭りに来た人々は驚きはしても、愛想がよい古妖を概ね好意的に受け入れている。
今も化け狸が配膳の御褒美だと地元民らしい男女の手でお菓子を食べさせてもらっていた。
「柾サン、俺も俺も」
見ていて真似したくなったのか、秋葉と柾でお互いが注文した串焼きを食べさせ合う。
その軽いやりとりでふと柾が思ったのは秋葉と共通の知り合いである弟分だ。
「秋葉、こんな事言うのも変だが……あいつの事、よろしくな」
「なんやいきなり」
きょとんとする秋葉にいや別にと誤魔化す様にビールを一気に煽る。
涼しい夜風が心地よい。
見回すと夜店を回るのに疲れたのか、テーブルと椅子が置いてある飲食スペースにも人が増えて来た。
「夜は涼しいって聞いたけど、気持ちいい風だなー」
「うん……」
飲食スペースは休憩所も兼ねている。
ヤマトとありすも夜店の戦利品と食べ物をテーブルに置いて一休みしていたのだが、ありすの様子がおかしかった。
「……ごめんなさい、何だかアタシ一人だけはしゃいでいるみたい」
一休みして自分の行動を振り返ったありすがそう言うと、ヤマトはそんな事ないと笑顔で否定した。
ありすが自分を楽しませようと張り切っていたのは分かっているし、その気持ちが嬉しいのだ。
だから一緒に回れて楽しかったと笑顔で礼を言う。
「それとさ……口元にソースついてるぞ」
「そう言うのは先に言いなさいよバカ!」
からかうように言ってしまうヤマトと、顔を赤くして噛み付くありす。
「もう……あっ! ヤマト、あの子が前に放した化け狸よ」
赤くなった顔を逸らした所で、ありすは空いたテーブルを拭く化け狸を見付けた。
いいところにと駆け寄って、ハヤトに紹介して二人で撫でる。
「うわあ! すごいな!」
丁度その頃、金魚すくいを堪能した幼馴染の鬼三人組は境内の掃除に回っていた付喪神に遭遇していた。
袋から飛び出したゴミを竹箒がトス、塵取りがレシーブし、仕上げにもう一度竹箒がゴミ袋の中にスパイクで入れると言う無駄にアグレッシブなゴミ入れだ。
その動きを見た大和が歓声を上げて付喪神に突撃。夕樹は苦笑し、遥は楽しそうにカメラで写しながら追いかけた。
「やっくん楽しそう」
「こっちに来る前古妖と遊ぶとか言ってたからね」
付喪神の動きを真似しようとしたり、穂先は汚れているからと柄の方を出し出した箒を握手代わりに握ってみたり、はしゃぐ大和を見守る様子はまるで保護者だった。
「……まあ、今年の夏も、悪くはないね」
夕樹の小さな呟きは拝殿の方から響いた歓声に紛れたが、他の二人に聞かれても気恥ずかしいのか言い直しはしない。
さて拝殿から聞こえた歓声は何事かと言うと、そこにどっしりと香箱座りをしている大きな猫又、この神社に祀られた『お猫様』が原因だった。
「うおおお初めましてッス! 葛城舞子ッス! 今は猫娘ッス!」
白地に橙と黒の班がある大きな三毛猫に舞子のテンションが急上昇する。
「可愛いッス! モフモフッス!」
「騒がしくてすまんのう」
写真を撮りまくる舞子の分まで大量の戦利品を抱えた久永が、それをお猫様の前に広げて見せる。
お供え物替わりに好きに受け取ってくれと言うと、やはり猫ゆえか興味を示したのは小さな金魚が入った袋だった。
「金魚は育てば大きくなるらしいぞ。いずれ塩焼にでも……」
金魚の袋を差し出そうとした久永だったが、ひとしきり写真を撮って落ち着いたらしい舞子が慌てて止めた。
「大きくても食べちゃダメッスよ! そもそも食べる魚じゃないッス!」
「あなや……」
舞子の言葉に衝撃を受ける久永。
結局お供え物は焼き鳥になった。
「お猫様さん! 私達からもお土産です!」
そこに到着した真央とミュエルからは鮎の塩焼きと牛串焼きが供えられた。
迷っている間に自分達の分も買っていたらしく、二人からちょっと美味しそうな匂いがする。
それを感じたのか、ミュエルは自分達に鼻を寄せて来たお猫様を撫でる。
「マタタビは、入ってないから……お猫様も真央さんも、安心して、ね……?」
「私も別にマタタビでふにゃふにゃになったりしませんよ!」
即座に否定した真央だったが、ミュエルだけでなく近くで聞いていた久永までもが疑わし気に見詰めて来た。
「なっ、なんですか。私は酔いませんよ、本当ですよ!」
いたたまれず狸や神主に挨拶をすると去って行く真央にミュエルもついて行く。
「おお、本当に大きいな……」
次に来たのは三匹の猫になったジャック、那由多、フィオナの三人組だった。
ジャックがお猫様を見た瞬間突撃するハプニングはあったものの、その程度で驚くお猫様ではなかった。
「私はフィオナ。この娘は那由多で、彼はジャックだ! 勿論、両方とも私の友達だ!」
こほんと咳払いしてから、フィオナが騎士の礼を取って名乗った。
一緒に祭りを楽しめるような友人ができたのが嬉しいのだろう。「友達」の部分に力が入っている。
「手触りとっても気持ちええんね」
那由多がもふもふと撫でれば、フィオナもなにやら神妙な顔をして手を伸ばす。
「うん、素晴らしいもふり応えだ。このノーブルな毛並み……」
突然もふり具合について解説を始めたフィオナと、くすくす笑いながらも止めない那由多。
その時二人の猫耳が不意に撫でられた。
「猫もいいけどなんか二人の頭撫でたくなって」
悪びれもなくにかっと笑われ、那由多もフィオナもまあいいかと撫でられるままにしておいた。
那由多はひっそり心の中で、こんな風にまた三人で遊べたらと思いながらお猫様の毛並みを撫でる。
三人とお猫様の間の時間はゆったりと流れ、気が付くと三人は結構な時間そこで過ごす事になった。
●
お盆祭りも終わりに近付き周囲が少し落ち着いて着た頃、稜と澄香が花火を持ってお猫様の所にやって来た。
「火が怖くなければ一緒にどうだ? 綺麗だぞ?」
「ふふ、私も一緒に遊びたいなと思ったので、花火を買って来たのですよ」
考える事はいっしょだと笑う澄香と稜の微妙だった空気も大分解れてきていた。
二人で買って来た花火の量はそれなりに多く、丁度手が空いて休憩しに来た神主一族や他の古妖もそれに加わる。
「花火、綺麗ですね」
「そうだな。……実は化学が好きなんだがな、こういう花火を見てると、うまく計算されて作られていて美しさや感心を覚えるもんさ」
色とりどりに踊る火花を見ていると、いつの間にか二人の間にあったぎこちなさは消えていた。
帰り際、稜がじっと見ていたからと飴細工をプレゼントすると、澄香はいつも通りの笑顔で礼を言った。
夜は更けて行き、祭りを堪能した人々が一人また一人と帰って行く。
「あなた方とご一緒に廻れて、とても楽しかったです!」
壱縷は帰る前に夜店を案内してくれた古妖に礼を言って回った。
楽しみ過ぎて少しお腹が苦しいが、鼻歌を歌いながら帰る様子は実に嬉しそうだった。
「また挑戦してみるか……」
ある意味で型抜きを全力で楽しんだ頼蔵も帰路に着く。
その懐には激闘の末勝ち取ったチューリップが大事そうにしまわれていた。
客が少なくなれば夜店も店じまい。
準備の時も忙しいが、片付けもまた忙しい。
「今日はお疲れ様でしたー!」
クレープ屋台を出していた生徒会のメンバーも店じまいにとりかかる。
「この後は無礼講ね!」
「うむ、まだまだ焼けるぞ!」
疲れは感じていたが、それ以上に皆で屋台をやって気分が高揚している。
余った材料などはこの後の打ち上げで使いきる予定だ。
「付喪神さん手伝ってくれるの?」
「ありがとう。助かるよ」
主催者側の神主一族だけでなく、付喪神と化け狸も精力的に片付けを行っている。
祭り中は体の大きさのため動き回るのを控えていたお猫様と櫓の梯子に徹していた梯子の付喪神も加わって会場の掃除と後片付けに精を出す。
「付喪神さん、今日もお疲れ様でした」
結鹿は最後の一仕事と掃除道具の付喪神を丁寧に洗っていた。
一緒に働いた分情が湧いたのか、一体一体に出来る限りの手入れも施して行く。
日はとっぷりと暮れて祭りの賑やかさが嘘のように静まり返っている。
お盆が過ぎれば夏も終わりに近付く。
気の早い虫の鳴き声が、どこかから聞こえた来た。
夏の夜風に乗って雑木林の向こう側から楽し気な声と音楽が聞こえて来る。
雑木林に囲まれた『猫神様』を祀る少々風変わりな神社で毎年行われているお盆祭りである。
境内には演奏を行う楽団を乗せた櫓が組まれて夜店も並ぶ。地元民にも親しまれた祭りの賑わいは『お化けの仮装』と言う突拍子もない要素が加わっても、いやそれを逆に面白がって参加しに来た人々も加わって、化生と人間が祭りを楽しむ一夜だけの百鬼夜行となっていた。
「ぷっ……三島サン、よう似合っとるで」
込み上げる笑いを抑える瑛月・秋葉(CL2000181)と一緒に祭りに来た三島 柾(CL2001148)は、普段のスーツで整えた姿とは似ても似つかぬ鼠小僧。
「お互い様だが、また変わったのを選んだよな」
柾が指摘した秋葉の方はと言うと、こちらも容姿に似合わぬ子泣き爺である。
「似合ってるやろ?」
秋葉は胸を張るが、二人ともそれなりに身長がある上にすらりと伸びた手足の持ち主であるために衣装との落差が激しい。
「古妖ちゃん達ともお祭り楽しみたいなあ。三島サン、はよ行こう!」
「それならおぶさるな、重い」
正に子泣き爺の如く背にのしかかって来た秋葉に重いと言いつつ、柾の顔は笑っていた。
「さっきのお二人さん変わった仮装してたなあ。時雨ぴょんは微笑ましいし可愛いよねぇ」
大の男二人でじゃれ合いながら歩いて行った柾と秋葉を見送った楠瀬 ことこ(CL2000498)は浴衣は浴衣でもミニスカートのように仕立てたミニ浴衣を着ていた。
背中の翼を出したままでいる以外、特に仮装はしていない。
自分の服装にはこだわらなかったことこだったが、連れの榊原 時雨(CL2000418)の仮装姿はしっかり写真に収めている。
「写真撮るのはええけど……距離近ない?」
入り口近くにあったチョコバナナと綿菓子を早速食べながら歩く二人の距離はお互いの肩が触れ合う程だ。
「食べながら歩いてて人にぶつかったりすると迷惑だからね」
だからもうちょっとこっちと引かれる袖に従って、時雨は子供みたいとちょっと不満を覚えつつ歩く。
仲の良い者同士で連れ立っている者もいればふと興味が湧いて一人立ち寄る者もいる。
切裂 ジャック(CL2001403)もそんな一人だったが、そこで見知った顔を見付けた。
「よお、フィオナちゃん!」
「ジャックか、お祭りに来てたんだな!」
互いに軽く挨拶を交わした所で、ジャックがフィオナと一緒にいる椿 那由多(CL2001442)に気付いた。
「私の友達の那由多だ。那由多、こっちはジャックだ」
フィオナがお互いに紹介すると、ジャックと那由多も初めましての挨拶を交わす。
少し緊張した那由多も、フィオナと友達だと言うジャックの友好的な態度にほぐれたのか、懐からある物を取り出した。
「二人とも、これ付けて猫気分味わってみやん?」
取り出されたのは猫耳だった。予備用や色が選べるようにいくつか持って来たらしい。
「ん? 猫耳かあ。でも男がつけても……まあいいかっ」
「……え、私も猫耳を!?」
軽いのりで受け取って頭に付けたジャックに対してフィオナは少しばかり抵抗を見せた。
しかし猫耳を差し出して待つ那由多とごく自然に付けたジャックを見て、ならばと装着する。
「これで私も獣憑だ!」
びしっと獣憑固有の技である猛の一撃を真似る様子を見る限り、まんざらでもないらしい。
三人から三匹の猫になって境内の中に入って行く。
境内は夜店の灯りの他にも櫓からいくつもつり下げられた提燈や元々境内にあった灯篭の灯りなどで夜であってもかなり明るいが、やはり昼間の太陽の明るさとは趣が違っている。
淡い色の灯りの中でも鮮やかな赤い浴衣。ちょっと着るのを躊躇う人もいるだろうが、柳 燐花(CL2000695)にはよく似合う。
「赤は十年ぶりくらい、でしょうか。お爺様は華やかな色を嫌いましたから」
そう言って少しおずおずと出て来た燐花に、シンプルな青地に縦縞の浴衣を着た蘇我島 恭司(CL2001015)が歓声を上げた。
「いやぁ、浴衣も綺麗だけど、うん、燐ちゃん良く似合ってるよ!」
太鼓判を押す恭司と燐花はお揃いの狐面を頭に着けていた。
お互いに面を着けた時の滅多に見ないサングラス越しではない目と同じ目線を思い出し、燐花は桜色に染めた唇で微笑む。
夏の夜に春のような雰囲気を醸す二人に対し、微妙な距離の二人連れがいた。
水部 稜(CL2001272)と天野 澄香(CL2000194)はとある事があって以来、いつも通りに接しようとしてもどこかぎこちない関係が続いている。
「……俺も浴衣着た方がよかっただろうか」
紺桔梗に染め抜きの花が咲く浴衣を着た澄香を見て、ジーパンとシャツと言うラフな服装の稜がぽそりと言う。
「そんな、いいんですよ。好きな服装でいいと思います」
実は大人っぽい物をと選んで来た澄香だったが、慌てて首を横に振る。
そうかと言った稜との間にはまた微妙な空気が流れるが、今日はその空気を変えるために来たのだと澄香と稜は賑やかな境内を歩く。
夜店の賑わいと境内の祭り独特の雰囲気が、少しずつ二人の空気も緩めて行く。
●
祭りの雰囲気に釣られて緩むのはもう一つ、財布の紐である。
ましてそれが元気一杯の少女が切り盛りしている夜店とあれば、つい一つ買ってみようかと誘われるらしい。
「よってらっしゃいみてらっしゃいっ! 幼女もにっこりクレープ屋さんですよっ!」
「お客さんクレープおしいよ~ほっぺたおちちゃうよ~とろけちゃうよ~」
威勢の良い掛け声で客寄せする月歌 浅葱(CL2000915)と、動く猫耳尻尾につまみ食いしたクリームまでつけた迷家・唯音(CL2001093)。
主催者側の許可と審査を通れば誰でも夜店が出せると聞いた生徒会メンバーはクレープ屋台を出していた。
「我輩の華麗な鉄板捌き、とくと御覧じろ!」
びしっとレ―ドルを構えた神野 美咲(CL2001379)が気合い一発生地の入ったボウルにレードルを、そっと沈めて中身をすくい手早くかつ丁寧に丸く薄く生地を伸ばして行く。
「さあさあ一枚っ二枚っ三枚っと綺麗に焼けちゃいますよっ!」
「ふふん、我輩の鉄板捌きに掛かればクレープなど朝飯前よ!」
内心鉄板捌き関係ない? と気付いた美咲だったが、浅葱の煽りに合わせてどんどん焼いて行く。
「追加のクリームもできたわ。唯音、ちょっと味見お願いできる?」
盛り付けを担当している姫神 桃(CL2001376)もなかなか忙しい。
忙しく動き回る度に浴衣の上からつけたエプロンもひらひら動く。
「ん~、あまくておいしい! あっ、バナナとイチゴがもうなくなるよ!」
味見時々つまみ食い。
盛り付けをしながら味を確かめていた唯音が出されている果物の減りに気付いた。
「ちょっと待ってくれ」
言われて材料の確認をする宮神 羽琉(CL2001381)。
クレープ作りや客寄せに張り切る彼女達のクレープ屋台の裏方を一手に引き受けていた。
材料、金銭、機材の管理確認など地味ながら大事な仕事である。
「羽琉、ありがとうね。おかげで助かってるわ」
ふうと一息ついた所で桃から差し出されたクレープを受け取る。
「うむ。いくら売れても、材料が無ければ商売にはならないからな!」
「どういたしまして」
と軽く応えた羽流にとっても、忙しくも楽しそうな彼女達のサポートは楽しいものだった。
「って、浅葱?! 肩車なら普通上下逆じゃないの?!」
「これなら二倍の背丈の背丈で目立ちますよっ」
肩車で宣伝し出した浅葱と桃に、羽流は気を付けろよと一言だけ行ってまた裏方仕事に取り掛かる。
周りが楽しそうにしていれば何となく見ている方も楽しくなってくる。
それが大事な連れであるなら尚の事。
「ヤマト、生徒会の人達がクレープ出してるわ。次あっちに行きましょう!」
「クレープもいいけど、まず両手塞がってるからどっちか食べないとな」
右手にイカ焼き、左手に串焼きステーキを持った鈴駆・ありす(CL2001269)を宥めながらも、黒崎 ヤマト(CL2001083)は笑っている。
いつもはヤマトの方がありすを引っ張る方なのだが、この祭りではありすが積極的にヤマトを連れ回していた。
入り口近くにあったかき氷から始まって食べ物屋台を攻略して行き、食べ盛りの食欲を大いに発揮している。
「そう言えば食べてばかりもなんだし、何か体を動かすのもいいわよね」
ヤマトと二人イカ焼きを頬張りながら周りを見回すと、金魚すくいの屋台が目に入った。
そこでは三人の鬼が肩を寄せ合って盛り上がっている。
「……意外と、難しいな」」
縞地の紺の浴衣を着た黒桐 夕樹(CL2000163)が穴の開いたポイをぶら下げている。
赤のメッシュが入った黒髪に鬼の角を生やした姿だが、元気の良い金魚に顔近くまで跳ねられ驚いていては形無しである。
「ハルくんの分もオレが掬うからな!」
紺の甚平を着た赤羽根 大和(CL2001396)がいざ! とポイを構えるが、一直線に泳ぐ金魚を追いかけたポイは見事に破けた。
「ああー!」
ポイの大穴に叫ぶ有様は頭に強面の鬼の面を付けていても子鬼と言った風情である。
「なかなか上手くいかないね」
白地の浴衣に被衣を合わせた白鬼の白枝 遥(CL2000500)も、穴の開いたポイを片手に苦笑している。
「金魚すくいッス! 次はあれッスね!」
もう一回やるか別の夜店に行くか迷う三人の後ろで葛城 舞子(CL2001275)のやる気満々な声が上がった。
思わず振り返った三人は、暗がりからすっと出て来た白い影に思わずびくりと固まってしまう。
「そんなに驚かずともよかろう」
白い影はよく見れば白い浴衣に天冠で仮装した由比 久永(CL2000540)だった。
同じ白でまとまっているのは遥も同じだが、久永が纏うどこか浮世離れした雰囲気が裏目に出た結果か。
「ほらやっぱり! 久永さん、全身白いから本物のお化けに見えるッス!」
自分も久永の仮装を見た時驚いて逃げかけた舞子の方は猫耳尻尾はかわいらしく、顔に描いた猫ヒゲがちょっと笑いを誘う猫娘である。
舞子と久永はすでに戦利品と思われる物をあちこちにぶら提げており、三人は目を見張る。
「それは全部夜店の景品?」
「すげえ……」
夕樹と大和の視線を受けた舞子が当然ッス! と胸を張る。
「これでも昔は夜の蝶と呼ばれたものッス! 目指すは全店制覇ッス!」
意味が違う。
誰もがそう思ったが、一番突っ込みを入れそうな久永は金魚を見ていた。
「余は金魚すくいがしたい。店主、一つ頼む」
「なら勝負ッスね!」
二人の勝負を見た幼馴染三人も闘志に火が着く。
そして五人の様子に釣られた人々も足を止めてポイを手に取った。
今年の金魚すくいは盛況である。
「やー、これはちょっと勝負待たなあかんなあ」
近くまで来た時雨は人だかりを見て残念そうに呟く。
金魚すくい勝負をしよう! と気合いを入れて来たのだが、人が多くては仕方ない。
「なんでことこと勝負なの? ことこが勝ちでいいじゃん?」
「いや勝負せずに何に勝っとるんやそれ」
勝負にはあまり興味がないらしいことこに突っ込みを入れ、時間つぶしも兼ねて買って来たたこ焼きをつつく。
「時雨ぴょん、もっとこっちおいで。ことこのお膝に乗って食べればいいよ!」
「なんでやねん!」
カモン! とく誘うことこに二度目の突っ込み。
じゃれ合いながら金魚すくいの順番を待つ。
「そうだ時雨ぴょん、すくった金魚はちゃんと一緒に面倒見ようね? いっしょにね」
「ん、せやな一緒に面倒みよなー……って、なんか顔怖ない?」
●
今シーズン一番の賑わいを見せる金魚すくいの屋台から少し離れた場所で、二人の少年が盛り上がっている。
「きせきくん、射的の屋台あったよー!」
薄緑の甚平と紺の甚平。色違いの甚平を着た御白 小唄(CL2001173)と御影・きせき(CL2001110)の二人は目当ての夜店があるようで、あっちの屋台こっちの屋台と誘惑されながらも目的のものを発見した。
棚に置かれた大小様な景品に、店の前の台にあるのはコルクを詰めて撃つ特製の鉄砲。
「大きい物取った方が勝ちだからね!」
「ぼくガンシューティングとか得意だもん、射的だってきっと上手くできるよー!」
「僕は射的が好きだから前からやってるし、負けないよ!」
二人一緒にコルクの弾込めを終えると目標の物に狙いを定める。
きせきは小物から狙って感触を掴み、小唄は最初から大物狙いで行く。
ぽんっぽんっと音を立ててコルク弾が飛んで行く。
「あっ、外れたー!」
「うーん……もうちょっとかなあ」
狙ったよりも弾が飛ばず外れたり、当たったと思っても重心があまり動かず倒れなかったり、最初は二人とも苦戦していた。
しかし弾切れになって二人が我に返ると、結果は歴然としていた。
「全然当たらなかったんですけど!? 一発も当たらないなんてあるー!?」
頭を抱えた小唄に、屋台の店主が残念だったねえと笑いながら残念賞のキャラメルを渡す。
「勝負はぼくの勝ちだね!」
むっつりとキャラメルを食べる小唄の前にどんと出されたのは大きなすねこすりのぬいぐるみだった。
きせきの手には先に取った小さなマスコットもある。
悔しがる小唄は次の夜店に行こうとしたが、射的を気に入ったらしいきせきが止める。
「コツとか教えてあげるからもう一回やろうよー!」
「よーし、次は負けないもんね!」
二人の勝負はまだまだ続く。
「燐ちゃん、何か欲しい物はあるかな?」
盛り上がる二人の隣では恭司が弾込めしながら燐花に聞いていた。
「貯金箱。取れたら小銭貯めて、貯まったら美味しいもの食べましょうか」
「それ良いねえ……よし、あの貯金箱だよね」
燐花が指したのは棚ではなく下に置かれた大きさは大豚な子豚貯金箱。
それなりに重い割れ物のため、棚の上の方にある「子豚貯金箱」と書かれた置物を落とせばいいらしい。
恭司が撃ったコルクの弾は見事置物に当たったが、弾かれてあさっての方向に飛んで行く。
「あー……」
と残念そうな声が漏れたその瞬間、飛んだ弾が別の所に置いてあった置物を倒した。
それで当たったのは子豚貯金箱と違って何の飾り気もないプラスチックの円筒形。
「でも、これも貯金箱ですよ」
燐花にそう言われ、恭司は喜んでもらえたならいいかと思った。
こうした遊びができる夜店も定番だが、様々な食べ物屋台も定番でありその香りは妙に誘われるものになっている。
「うぅ、こんなにたくさんお店があると何を食べようか迷ってしまいます」
焼き物の香ばしい香りや甘い香りに、猫屋敷 真央(CL2000247)は獣因子の証である白い猫耳尻尾を揺らしながら誘われっぱなしである。
「お猫様……お魚、好き、かな……?」
明石 ミュエル(CL2000172)は若紫の袖に撫子色のレースを合わせ現代風にアレンジした浴衣を着ている。レースと同じ撫子色のリボンと花飾りを編み込んだ髪型がかわいらしい。
その目が鮎の塩焼きの屋台で止まった。
「お猫様への、差し入れ……」
「いいですね。お土産に買って行きましょう! あ、でもイカ焼きはだめです、腰を抜かしてしまいます」
「腰……抜かす、の……?」
「いやいや! 私が出はなくお猫様がですよ?」
二人は厳選したお土産を手に、このお盆祭りに参加していると言う古妖達に会いに行く。
わいわいと賑やかな境内の一角に、ひとつ妙に静かな夜店があった。
「ふむ、型抜きか。懐かしい」
人の祭りに妖も混ざると言う話を聞いて立ち寄った八重霞 頼蔵(CL2000693)は懐かしさに思わず足を止めた。
硬い板状の菓子に描かれた絵をくり抜くと言う遊びなのだが、きれいにくり抜くのは意外と難しい。
「どれ店主、一枚もらおう」
懐かしさから頼蔵も軽い気持ちで型抜きを手に取った。
そして……。
「兄ちゃん頑張れ! あとちょっと!」
すでに十枚ほどの型が犠牲になった。
それでも諦めず挑戦し続ける頼蔵を周囲が固唾を飲んで見守っている。
時に大胆に、時に慎重に、型を削り出して行く。
そしてついに最後のひと削り。
頼蔵が勝利を確信する。
「私の、か……」
ぱきん。
「……もう一枚もらおう」
この後十四枚目の激闘の末、ついに頼蔵はチューリップを完成させる。
ちなみに犠牲になった型は頼蔵と皆でおいしくいただきました。
「いろんな遊び方があるんですね……」
その様子を目撃してしまった藤 壱縷(CL2001386)は神妙な顔で頷く。
頭につけた白い猫耳がつられて揺れた。
慣れない祭りの雰囲気に戸惑いながら周りの様子を見ていた彼女は、先程盆踊りを終えたばかり。
「ふふ、上手く踊れなくてもこの雰囲気で凄く楽しくなりますね!」
踊れば祭りの雰囲気にも馴染んだらしく、夜店を見て回る表情は明るい。
「皆さんもお祭りは楽しいですか?」
壱縷が自分の足元に向かって問いかける。
そこには踊りを終えて夜店に向かった時に鉢合わせした掃除道具の付喪神の内、竹箒と塵取りと、彼等(?)と一緒に夜店の手伝いに回っていた一匹の化け狸がいた。
人の言葉は喋れないが理解できる化け狸と付喪神は壱縷が夜店とは何かよく分かっていない事を察し、案内しているのだ。
林檎飴にクレープ、綿菓子にカステラ等々、壱縷が甘いもの好きであると言った途端、甘味屋台を網羅しようとする。
「そんなに食べれませんよ!」
そう言いながらも、壱縷の顔はずっと笑顔のままだった。
●
「付喪神さん、ゴミは重くないですか?」
周りが祭りを楽しんでいる中、神社の神主一族から借りた巫女服を来た菊坂 結鹿(CL2000432)は掃除道具とゴミ袋を手に境内を巡回していた。
結鹿の足元には動くゴミ袋を載せてすいーっと進む塵取りと、穂先を動かして歩く竹箒が一組。
結鹿はお盆祭りを楽しむよりも掃除道具としての使命を果たす付喪神にお礼をと手伝いを申し出たのだった。
「付喪神さん達はいつもこうして境内をきれいにしているんですね」
今日は人が多い事もあって梯子の付喪神は櫓での立ち仕事に徹していたが、それが終われば後片付けに忙しくなるだろう。
とは言え、今はまだ祭りの真っ最中。結鹿は付喪神と一緒に夜店や周辺から出るゴミを片付けに回る。
「皆よう頑張っとるなあ」
秋葉と柾が焼きそばや串焼きを脇に置き、もふもふと化け狸を撫でていた。厚手の耳と少し硬質だが柔らかに手が沈む感触を楽しむ。
壱縷の案内を終えて飲食スペースの手伝いをしている化け狸は、秋葉と柾が注文したビールを運んできた所だった。
「この古妖みたいな奴ばかりなら誰も争わずに済むのになぁ」
ぽつりと言った秋葉に、柾もそうだなと思う。
お盆祭りに来た人々は驚きはしても、愛想がよい古妖を概ね好意的に受け入れている。
今も化け狸が配膳の御褒美だと地元民らしい男女の手でお菓子を食べさせてもらっていた。
「柾サン、俺も俺も」
見ていて真似したくなったのか、秋葉と柾でお互いが注文した串焼きを食べさせ合う。
その軽いやりとりでふと柾が思ったのは秋葉と共通の知り合いである弟分だ。
「秋葉、こんな事言うのも変だが……あいつの事、よろしくな」
「なんやいきなり」
きょとんとする秋葉にいや別にと誤魔化す様にビールを一気に煽る。
涼しい夜風が心地よい。
見回すと夜店を回るのに疲れたのか、テーブルと椅子が置いてある飲食スペースにも人が増えて来た。
「夜は涼しいって聞いたけど、気持ちいい風だなー」
「うん……」
飲食スペースは休憩所も兼ねている。
ヤマトとありすも夜店の戦利品と食べ物をテーブルに置いて一休みしていたのだが、ありすの様子がおかしかった。
「……ごめんなさい、何だかアタシ一人だけはしゃいでいるみたい」
一休みして自分の行動を振り返ったありすがそう言うと、ヤマトはそんな事ないと笑顔で否定した。
ありすが自分を楽しませようと張り切っていたのは分かっているし、その気持ちが嬉しいのだ。
だから一緒に回れて楽しかったと笑顔で礼を言う。
「それとさ……口元にソースついてるぞ」
「そう言うのは先に言いなさいよバカ!」
からかうように言ってしまうヤマトと、顔を赤くして噛み付くありす。
「もう……あっ! ヤマト、あの子が前に放した化け狸よ」
赤くなった顔を逸らした所で、ありすは空いたテーブルを拭く化け狸を見付けた。
いいところにと駆け寄って、ハヤトに紹介して二人で撫でる。
「うわあ! すごいな!」
丁度その頃、金魚すくいを堪能した幼馴染の鬼三人組は境内の掃除に回っていた付喪神に遭遇していた。
袋から飛び出したゴミを竹箒がトス、塵取りがレシーブし、仕上げにもう一度竹箒がゴミ袋の中にスパイクで入れると言う無駄にアグレッシブなゴミ入れだ。
その動きを見た大和が歓声を上げて付喪神に突撃。夕樹は苦笑し、遥は楽しそうにカメラで写しながら追いかけた。
「やっくん楽しそう」
「こっちに来る前古妖と遊ぶとか言ってたからね」
付喪神の動きを真似しようとしたり、穂先は汚れているからと柄の方を出し出した箒を握手代わりに握ってみたり、はしゃぐ大和を見守る様子はまるで保護者だった。
「……まあ、今年の夏も、悪くはないね」
夕樹の小さな呟きは拝殿の方から響いた歓声に紛れたが、他の二人に聞かれても気恥ずかしいのか言い直しはしない。
さて拝殿から聞こえた歓声は何事かと言うと、そこにどっしりと香箱座りをしている大きな猫又、この神社に祀られた『お猫様』が原因だった。
「うおおお初めましてッス! 葛城舞子ッス! 今は猫娘ッス!」
白地に橙と黒の班がある大きな三毛猫に舞子のテンションが急上昇する。
「可愛いッス! モフモフッス!」
「騒がしくてすまんのう」
写真を撮りまくる舞子の分まで大量の戦利品を抱えた久永が、それをお猫様の前に広げて見せる。
お供え物替わりに好きに受け取ってくれと言うと、やはり猫ゆえか興味を示したのは小さな金魚が入った袋だった。
「金魚は育てば大きくなるらしいぞ。いずれ塩焼にでも……」
金魚の袋を差し出そうとした久永だったが、ひとしきり写真を撮って落ち着いたらしい舞子が慌てて止めた。
「大きくても食べちゃダメッスよ! そもそも食べる魚じゃないッス!」
「あなや……」
舞子の言葉に衝撃を受ける久永。
結局お供え物は焼き鳥になった。
「お猫様さん! 私達からもお土産です!」
そこに到着した真央とミュエルからは鮎の塩焼きと牛串焼きが供えられた。
迷っている間に自分達の分も買っていたらしく、二人からちょっと美味しそうな匂いがする。
それを感じたのか、ミュエルは自分達に鼻を寄せて来たお猫様を撫でる。
「マタタビは、入ってないから……お猫様も真央さんも、安心して、ね……?」
「私も別にマタタビでふにゃふにゃになったりしませんよ!」
即座に否定した真央だったが、ミュエルだけでなく近くで聞いていた久永までもが疑わし気に見詰めて来た。
「なっ、なんですか。私は酔いませんよ、本当ですよ!」
いたたまれず狸や神主に挨拶をすると去って行く真央にミュエルもついて行く。
「おお、本当に大きいな……」
次に来たのは三匹の猫になったジャック、那由多、フィオナの三人組だった。
ジャックがお猫様を見た瞬間突撃するハプニングはあったものの、その程度で驚くお猫様ではなかった。
「私はフィオナ。この娘は那由多で、彼はジャックだ! 勿論、両方とも私の友達だ!」
こほんと咳払いしてから、フィオナが騎士の礼を取って名乗った。
一緒に祭りを楽しめるような友人ができたのが嬉しいのだろう。「友達」の部分に力が入っている。
「手触りとっても気持ちええんね」
那由多がもふもふと撫でれば、フィオナもなにやら神妙な顔をして手を伸ばす。
「うん、素晴らしいもふり応えだ。このノーブルな毛並み……」
突然もふり具合について解説を始めたフィオナと、くすくす笑いながらも止めない那由多。
その時二人の猫耳が不意に撫でられた。
「猫もいいけどなんか二人の頭撫でたくなって」
悪びれもなくにかっと笑われ、那由多もフィオナもまあいいかと撫でられるままにしておいた。
那由多はひっそり心の中で、こんな風にまた三人で遊べたらと思いながらお猫様の毛並みを撫でる。
三人とお猫様の間の時間はゆったりと流れ、気が付くと三人は結構な時間そこで過ごす事になった。
●
お盆祭りも終わりに近付き周囲が少し落ち着いて着た頃、稜と澄香が花火を持ってお猫様の所にやって来た。
「火が怖くなければ一緒にどうだ? 綺麗だぞ?」
「ふふ、私も一緒に遊びたいなと思ったので、花火を買って来たのですよ」
考える事はいっしょだと笑う澄香と稜の微妙だった空気も大分解れてきていた。
二人で買って来た花火の量はそれなりに多く、丁度手が空いて休憩しに来た神主一族や他の古妖もそれに加わる。
「花火、綺麗ですね」
「そうだな。……実は化学が好きなんだがな、こういう花火を見てると、うまく計算されて作られていて美しさや感心を覚えるもんさ」
色とりどりに踊る火花を見ていると、いつの間にか二人の間にあったぎこちなさは消えていた。
帰り際、稜がじっと見ていたからと飴細工をプレゼントすると、澄香はいつも通りの笑顔で礼を言った。
夜は更けて行き、祭りを堪能した人々が一人また一人と帰って行く。
「あなた方とご一緒に廻れて、とても楽しかったです!」
壱縷は帰る前に夜店を案内してくれた古妖に礼を言って回った。
楽しみ過ぎて少しお腹が苦しいが、鼻歌を歌いながら帰る様子は実に嬉しそうだった。
「また挑戦してみるか……」
ある意味で型抜きを全力で楽しんだ頼蔵も帰路に着く。
その懐には激闘の末勝ち取ったチューリップが大事そうにしまわれていた。
客が少なくなれば夜店も店じまい。
準備の時も忙しいが、片付けもまた忙しい。
「今日はお疲れ様でしたー!」
クレープ屋台を出していた生徒会のメンバーも店じまいにとりかかる。
「この後は無礼講ね!」
「うむ、まだまだ焼けるぞ!」
疲れは感じていたが、それ以上に皆で屋台をやって気分が高揚している。
余った材料などはこの後の打ち上げで使いきる予定だ。
「付喪神さん手伝ってくれるの?」
「ありがとう。助かるよ」
主催者側の神主一族だけでなく、付喪神と化け狸も精力的に片付けを行っている。
祭り中は体の大きさのため動き回るのを控えていたお猫様と櫓の梯子に徹していた梯子の付喪神も加わって会場の掃除と後片付けに精を出す。
「付喪神さん、今日もお疲れ様でした」
結鹿は最後の一仕事と掃除道具の付喪神を丁寧に洗っていた。
一緒に働いた分情が湧いたのか、一体一体に出来る限りの手入れも施して行く。
日はとっぷりと暮れて祭りの賑やかさが嘘のように静まり返っている。
お盆が過ぎれば夏も終わりに近付く。
気の早い虫の鳴き声が、どこかから聞こえた来た。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
