好きあった二人静かに手を結ぶ
好きあった二人静かに手を結ぶ


●木原和久と江原理恵子
 それは何というか、ベッタベタな幼馴染カップルの話。
 家は隣同士。家族ぐるみの付き合いもあり、小学校から高校まで同じ学校。互いに兄弟姉妹はなく、それ故にお互い兄弟姉妹の感覚で思春期を過ごす。やがて互いを意識し始めるようになり、しかし今までの距離感と恥ずかしさから恋仲に踏み込めない。手を握る程度が限界で、口づけにはまだ遠い。
 そんな二人の名前は木原和久と江原理恵子。
 だが彼らにはこの時代特有のある問題がありました。それは――因子発現。なんと理恵子は翼人の因子に目覚めてしまったのです。
 それを見て最初は驚いた和久ですが、特に偏見なく彼女を受け入れました。ですが周りはそうはいきません。
 覚者に対する恐れ、不安、そして偏見。解明されていない事象に対し、人々が抱く感情はいつの時代も同じです。絶え間ない悪意。それは少しずつ加速していきます。
『俺の財布がなくなった! 覚者のせいだ!』
『私の下着が盗まれた! 覚者のせいよ!』
 何かあれば根拠なく疑われ、罵倒され、そして時には暴力に及びます。無論、理恵子は何もしていません。ですが覚者であるという事だけで……否、『自分達とは違う』という事だけで人はここまで残酷になれるのです。
 ですが理恵子にも味方はいました。家族と、そして和久。何があっても味方でいてくれる人がいるから、理恵子は耐えることができました。
 そう、家族と和久がいる限りは。
 悪意の矛先が、理恵子を守る和久に向かなければ――
「もう……もうやめてくれ。理恵子は何も悪くないだろ!」
「おい、マジになるなって。わたし達はこの鳥女を『飼育』しているだけで……いい加減離れろっ!」
「うわっ……!」
 理恵子を責める人達に怒りの声をあげて掴み掛かる和久。その必死の形相につい力を入れすぎて大きく突き飛ばされて、和久はそのまま動かなくなります。
「かず……ひさ……?」
 愛する幼馴染を抱きかかえる理恵子。あまりのことに理恵子を責めていた者たちもざわめき立ちます。
『俺が悪いんじゃない……こいつが突っかかってきて!』
『覚者の味方をするから悪いんだ! そうだよこれは天罰だ!』
 この時自分の保身だけを考えてパニックを起こさず、冷静に応急処置や救急車を呼ぶなりの対処ができれば、もしかしたら今後の被害が防げたのかもしれません。ですが、すべては遅すぎました。
 ぴくり、と和久の体が動いたのです。
「……和久……生きて――え?」
 突如目覚めた和久の手が、理恵子の胸を貫きました。突然のことに何もできず、崩れ落ちる理恵子。和久はそのまま理恵子の血を舐めとると、次は周りの人達に襲い掛かります。
『妖だ! 死体が妖になったぞ!』
『AAAに連絡だ! 妖が一体……いや、二体現れた!?』
 命を失った理恵子は和久に寄り添うように立ち上がる。手を握り、和久に口づけする理恵子。
 この日、二人は一六年の歳月を経て、初めて結ばれた。

●FiVE
「――生物系妖、二体の討伐です」
 久方 真由美(nCL2000003)は静かに告げる。
 もうどうしようもない事実を。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:簡単
担当ST:どくどく
■成功条件
1.妖二体の討伐
2.『生徒達』の生存
3.なし
 どくどくです。
 死人は蘇りません。妖は討たねばなりません。
 ただそれだけが事実です。

●敵情報
・妖(×2)
『木原和久』
 生物系妖。ランク1。人間の死体が妖になりました。
 それほど強くはありませんが、相方がいると力が増すようです。

攻撃方法
引っ掻く 物近単 引っ掻いて、毒を流し込んできます。〔毒〕
叫ぶ   特遠単 耳障りな音を上げて、集中を乱します。[Mアタック20]
二人    P  『江原恵理子』が戦闘可能な限り、物防、特防UP

『江原理恵子』
 生物系妖。ランク1。翼人の死体が妖になりました。
 それほど強くはありませんが、相方がいると力が増すようです。

攻撃方法
腐った風 特遠単 翼人の『エアブリット』……のような攻撃です。
拳    物近単 理不尽に耐えるように強く握りしめた拳で殴ってきます。
二人    P  『木原和久』が戦闘可能な限り、物攻、特攻UP

●NPC
 生徒達(20人ぐらい)
 妖を退治してくれるFiVE覚者の登場に喜んでいます。覚者の味方です。二十人纏めて一つのキャラクターです。
 離れた場所から物を投げて援護射撃をしてくれます。戦場に居る限り、妖両方に毎ターン10点のダメージを妖に与えてくれます。

●場所情報
 とある学校の校舎裏。二十人ぐらいの人間が一人の人間に暴行を加えることができる程度に広いです。その為、戦闘に支障はありません。
 戦闘開始時、『木原和久』『江原理恵子』は前衛でひと固まりになっています。『生徒達』との距離は十メートルほど。
 事前付与は可能ですが、それだけ時間はかかります。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年04月27日

■メイン参加者 8人■

『落涙朱華』
志賀 行成(CL2000352)
『花守人』
三島 柾(CL2001148)
『天使の卵』
栗落花 渚(CL2001360)
『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『感情探究の道化師』
葛野 泰葉(CL2001242)
『彼が為の夢』
菴・煌(CL2001357)


「FiVEだ! あのFiVEが来たって!」
「早くあいつらを倒してくれ!」
 FiVEの登場に喜ぶ生徒達。夢見を多く有し、悲劇が起きる前に駆けつけた覚者達。英雄の登場に生徒たちは喜びの声をあげる。
(覚者だからと言うだけであの子を差別した結果こうなったのに。今度はその覚者である私達を見て喜び、妖を倒せと言う。何て自分勝手)
 天野 澄香(CL2000194)は歓声を受けながら、しかしその心は暗澹としたものだった。常に笑顔を絶やさないように努める澄香だが、今それを維持するのは難しかった。
(すぐに処置すれば、あるいは生きていたのかもしれない……)
『生命の盾持ち』栗落花 渚(CL2001360)は、その事実を聞いてずしり、と重い物を感じていた。渚は一度生死の境をさまよっている所を救われた。適切な処置を行えば、助かったかもしれない命。たったそれだけの、だけど大きな違い。
(やるせないな。こういう事態は)
 心の中で溜息をつきながら『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)は神具を装着する。覚者だから攻められる。力在る者を恐れるのは仕方ないだろう。だが、これはあまりにもひどすぎた。もうどうしようもない事態。それが目の前にある。
(……妖は討たねばならない。だが……)
『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)は手を繋ぐ二体の妖を見る。彼らは妖だ。それを討たなくてはいけないのは事実だ。妖は人を襲う。故に妖は討たねばならない。簡単な話だ。ただそれだけの話。
(……君達に同情してるのかもしれないね、俺は)
 哀しみを示す道化の仮面をつけながら『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)も妖を見ていた。理不尽に耐えた覚者の娘。彼女を守ろうとして命を失った少年。それを自分自身に重ねていた。いつの世も、人間は変わらない者なのか。
「外に目を向ければ、これが良くある現状ちゅー事だ」
 どこか達観したように深緋・幽霊男(CL2001229)は口を開く。FiVE……と言うよりは五麟学園が特殊なだけで、覚者と一般人の軋轢は何処にでもある。元隔者である幽霊男からすれば、それが日常なのだ。
「そうね。よくある話よ」
『浄火』七十里・夏南(CL2000006)は眼鏡を押し上げながら冷静に言い放つ。後ろで歓声をあげる生徒達に眉根を寄せながら、妖を見る。『清潔』を信条とする夏南から見れば、その『死体』はどう写っただろうか? その心中は、誰にもわからない。
「はーい、清く正しく格好良くが信条の能力者ですよ」
 周りにアピールしながら菴・煌(CL2001357)が妖に向かって進む。妖化した二人や、騒ぐ生徒達に思うことは特にない。いつの世も人間と言うのは愚かなのだな、と再認識しただけだ。やるべきことは、変わらない。
 妖は覚者達を確認し、ゆっくり迫ってくる。生前の記憶などあるはずがない。ただ目の前にあるから襲う。その程度の動き。
 それぞれの思いを胸に秘め、覚者達は戦いに挑む。


「生きてる間に妖になったなら兎も角。死んだのであれば、この二人できる事など何もない」
 最初に動いたのは幽霊男だった。フリントロック付きカトラスを手にゆらりと妖に迫る。狙うは覚者が妖化した方。その経緯から庇いあうと思ったが、そんなことはなかった。二人は死んでいる。その証左ということか。
 硬く握られた拳を神具で受け止める。衝撃を真正面から受けとめ、その上でさらに前に進む幽霊男。それは幽霊男の生き様の如く。踏み込んで横なぎに払い、そして翻ってさらに一閃。ただ速度に、ただ力に。自らを鍛え上げた幽霊男の一撃が妖を穿つ。
「再殺と任務をこなすのみ。早く終わらせて帰るとしよう」
「妖になってやっと結ばれたのか。なら、二人一緒に倒す」
 両手の拳を握りしめ、柾が俯きながら呟く。死人は蘇らない。妖は討たねばならない。ならばできることはない。せめて二人一緒に倒すことで、彼らが結ばれた事実を作ってやろう。それしかできることはないのだから。
 自らの肉体を熱く燃え上がらせる。怒り、悲しさ、そういった感情の爆発を火種に体内の熱を爆発的に上昇させる。そのエネルギーを用いて体を動かし、男の生物系妖の方に迫る。増幅された肉体が穿つ一撃が、妖の体を歪ませた。
「せめて安らかに。お前達を俺達が殺したという事実は忘れない」
「そうだ! 妖なんか殺してしま――」
「お黙りなさい!」
 罵倒する生徒を一喝する澄香。生徒達に背中を向け、その顔がどのようになっているかはわからない。だが、その一喝に生徒たちの動きが止まる。
「死にたくなければ、この場から立ち去りなさい」
「何だよ……? 俺達も妖を退治しようとしてるんだぜ」
「あなた達にはこの二人を倒せと言う権利も、物を投げる権利もありません!」
 背を向けたまま、強く生徒達に向かって告げる澄香。生徒達は訳が分からないという顔をしながらも、澄香の指示に従い戦闘圏から離れていく。自分のしたことを理解していない者達だが、それを守りながら澄香も下がっていく。
(こんな人達の為に、あの二人の手を汚させるわけにはいかないんです)
「亡くなって妖になった二人なんかよりも――」
 渚は生徒達の様子を見ながら、ぼそりと口を開く。妖が人間の敵であることには違いない。あの二人とて放置すれば人を殺すし、ランクが上がればその形も変異するかもしれない。それでも、そうと分かっていても思ってしまうことがある。
 背筋を伸ばし、呼吸を整える。自分の『生命』を強く意識し、呼吸と共にその存在を増幅させていく。手のひらに集まった暖かい何か。それを仲間にそっと渡すように掌を押し付けた。渡された『生命』が仲魔の傷を癒す。
「あの人達の方がずっと醜く見えちゃうよ……」
「あれも人間の一面よ。結託して弱い相手を攻撃して。自分が正しいと酔えるのよ」
 生徒たちを見ず妖を見ながら、夏南が冷静に分析する。口で言ったところで生徒達は納得はしないだろう。なら骨でも折った方がいいか、と真剣に考えていた。だが彼らに責務を負わせるのは司法の仕事だ。私達は私達の仕事をしよう。
 源素の炎で体内を活性化させて、神具を構える。妖の羽が生む風の中、目を細めながら横なぎに神具を振るった。地面を走る炎の柱。それが二体の妖を同時に焼き払う。それでも離さぬ互いの手。それを見て、夏南は変わらぬ口調で言葉をかける。
「ご愁傷様とでも……いや、死人に言うには不似合いね」
「しかしまあ、彼らが忌み嫌い排除したかった覚者に守られるとは皮肉だね」
 自分の背中側に居る生徒達を意識しながら菴が言う。妖達に対して思うことは、何もない。だが、後ろの生徒達に対して思うことはあるようだ。二対の神具を重ね合わせて大バサミの形にして、視線を妖に戻す。
 妖から距離を取り、水の源素を練り上げる菴。水道の蛇口をひねるように、水の力が流れ出す。必要なのはほんのわずか。指先ほどの水滴を弾丸と化して、妖に向けて投擲する。鋭く研ぎ澄ました水の弾丸が、妖の肩を貫く。
「まぁそんなの僕には興味も無いんだけど」
「そうだな。今はそれを言うべきではない」
 薙刀を構えて行成は真っ直ぐに妖の方を見る。今やらなければならないのは、妖の駆除だ。それ以外の事は考えても意味はない。……いや、考えたくはなかった。妖退治に没頭することで、この事件の背景を深く考えたくなかった。
 自分の前世との繋がりを深め、その武技を降ろす行成。手にした薙刀を握る力。足運び。そして振るうタイミング。その全てが長年使っているかのように理解できる。滑るように前に出て、静香に薙刀を振るう。流れるような一撃が、妖を切り裂く。
(恭華……。私は今、君に顔向けできる人間なのだろうか……)
「ああ、君達の『愛する者を想う』……素晴らしい感情。俺は君達に敬意を表する。死してなおそう思い続けられる君達に」
 泰葉は妖化する前の二人を思い、そんな感想を抱く。共に思い、共に愛し、そして共に死んだ。時代が許せば彼らは幸せだったのだろうか? 周りの人がもう少し優しければ死なずに済んだのだろうか? ……仮定に意味がないと知っていながら、思わざるを得まい。
 神具を両手に構え、二体の妖に迫る。手のひらに炎の源素を集中させて、神具に纏わせた。彼らに罪はない。だが討たねばならない。泰葉の悲しみの仮面はその心中を察していた。理不尽に振り回され、殺され、そして再度殺されようとする二人に対して。
「……ああ、これが哀しさか」
 覚者達の声に従ったのか、生徒たちは手を出しては来ない。だが妖を追い詰める覚者の攻めに、色めいているのはわかる。正しき覚者ここにあり。FiVEはやはり正義の味方なのだ。
 だがその期待が強まるにつれ、覚者達の心は暗澹としたものになっていく。

 片方は元は覚者とはいえ目覚めたての妖二体。対し戦い慣れした八人の覚者。
 戦力は圧倒的に覚者が勝っていた。遠距離攻撃を行う元覚者の妖が倒れれば、もはや妖に勝機はない。一撃の火力は妖の方が高くとも、それを補うだけの回復が覚者にはある。
 結果、大きな怪我をすることなく覚者は妖二体を駆逐できた。


「やったー!」
「流石FiVEだ!」
 歓声を上げる生徒達。自分達の命が助かったことに喜びの声をあげる。
 ――事の原因が、なんであるかを忘れたかのように。
「ひとまずは守れてよかったけど、自分たちの罪を忘れてないよね」
 口火を切ったのは渚だった。生徒達の自分勝手な言動と態度に耐えきれなくなった。彼らを守れてよかったのは事実だ。その言葉に偽りはない。だけど、彼らのしたことを許すつもりはなかった。その罪を、彼ら達がしたことを。
「罪? なんだよ、俺達は妖に襲われた被害者だぜ」
「殺人罪……立派な犯罪だよ。あの子を殺したのは、貴方達でしょう」
 倒れた妖の一体を指さし、激昂する渚。言葉こそ静かだが、その声には確かに怒りが含まれていた。
「殺した……? いや、あれは事故で」
「そうだよ。木原の方から突っかかってきたんだよ」
「カシツチシってやつ? ジコボーエイだよ」
 口々に『自分は悪くない』を連呼する生徒達。
「確かに状況は過失致死だろうな」
 柾は夢見から得た情報を鑑みて、そう結論付ける。木原和久単体を見れば、そう思われても仕方ない。だが、
「彼は江原理恵子を助けようとした。どちらが正当防衛と言うなら、彼女に暴力をふるっていた君たちに非がある。そうなると、単純な過失致死とも言い切れなくなる」
 ここに来る前に柾はFiVEを通じて警察に連絡をしていた。もうすぐやってくるはずだ、と生徒達に告げる。その言葉に動揺する生徒達。
「故意ではなくても、お前たちが二人の人間を殺した事実を忘れるな」
「殺し……!?」
「そうだ。だって覚者は悪いってアイツが……!」
「待てよ、俺じゃなくてお前が言い出したんだろうが!」
「誰が言い出したかっていうのは問題じゃない。それを聞いて何をしたかが問題だ」
 ざわめく生徒達に向けて菴が口を挟む。誰が発端かと言うのは、もはや特定はできないだろう。そんな水掛け論に意味はない。重要なのはそれを聞いてどう思い、何をしたかだ。それを彼らに自覚させる。
「人を殺した気分はどうだい?」
「…………」
「これから彼らのご家族に恨まれ、殺意を向けら続ける覚悟はあるんだろう?」
「殺すつもりはなかった――」
「命の重さと覚悟を知らない餓鬼が、粋がってんじゃねぇぞ」
「……っ。覚悟って何だよ。俺達はまだ子供なんだぜ」
「そうだよ。俺達は力のない子供なんだ。守られて当然だろうが!」
「……何とも醜い。これなら憤怒者の方がマシだ」
 いつの間にか仮面を付け替えていた泰葉がため息交じりに大きく息を吐き出す。呆れと、怒りと、両方を混ぜた息。憤怒者は確かに社会的に許しがたいが、それでも自分の意志で悪に身を染めている。だが彼らは何だ? 悪いことをしている自覚すらない。
「今回の事件、君達の彼女への差別的いじめが事の発端で……彼を殺したのも君達だって」
「何よ……私達が悪いっていうの?」
「よく覚えておくがいい、屑共。今回は助けた。だが、次はない。精々取り返しがつかない事をした自分達の浅慮さを恨むがいい」
「……俺達が江原を攻めるのだって、仕方なかったんだよ」
「江原は翼が生えてて邪魔だったのよ。人間じゃなかったのよ!」
 騒ぎ出す生徒達を遮るように、澄香は覚醒状態のまま大きく翼を広げる。その所作に生徒達は押し黙った。
「私は、あなた達が理不尽な事をした理恵子ちゃんと同じ翼人です。私にも攻撃しますか?」
 神具を持たずただ翼を広げる澄香は、格好の的と言える。物を投げれば、おそらく当たるだろう。だけど彼女に物を投げる者は誰もいなかった。それは澄香の戦いを見ていることもある。強い相手には逆らえない。そういう思いがあったのも事実だ。
 だが、真っ直ぐに自分達を見つめる目に罪悪感を動かされたのは事実だ。それは澄香だけではない。今まで自分達を避難してきた覚者達。その言い分は心のどこかで認めている。だけどそれを口にする勇気はない。
「覚者の力を持ってる彼女が何故あなた達に攻撃しなかったのか。考えた事はないのですか?」
 その質問には誰も答えない。答えられるはずがない。それを考えてしまえば、自分達がどれだけの事をしてきたかを否応なしに直視することなる。自分達は悪くない。悪いのは自分以外の何かだ。……それが彼らの逃げ道だ。
 奇妙な力を持つ江原が悪い。そんな江原を庇った木原が悪い。覚者を生む世界が悪い。そうだ、自分は悪くない。
 必死に言い訳する生徒達。その心中は、容易に知れた。
「君たちにとって、私たちは妖を討伐しに来た者。ある程度の強さを持った者、だろう」
 沈黙する生徒達に向けて、行成が言葉を投げかける。どこか問うように。どこか答えを求めるように。
「そうでなければ……この子と同じように拒絶したか? 妖をもし討伐できなかった場合、さげずんだか?」
「それは……」
「日本にいる限り、誰でも因子発現の可能性はある。覚者であることは罪か?」
 それは江原恵理子が皆に暴力を振るわれていた理由。
「幸せとは言い難くとも、寄り添い生きる事すら許されぬ存在というのか? なぁ、誰か答えてくれ。
 ……答えろよ」
 沈黙する生徒達に向けて、行成が言葉を投げかける。どこか問うように。どこか答えを求めるように。
 答える者はいない。答えがある者などいない。居るはずがなかった。その答えが自身の中にあるのなら、彼らは『誰か』の言葉に踊らされて行動するはずがないのだから。
「……ま、それぐらいにしとけ」
 生徒達を攻め立てる覚者を押さえたのは、幽霊男だった。無知を攻めるのは、神秘を研究するFiVEの仕事ではない。神秘を解明し、こういった事件を防ぐことこそが自分達の役目なのだ、と。
「すまんね餓鬼共。詫びておくよ。だが人が二人死んだ事と、発現に限らず明日は我が身だって事は色々と考えてほしい。一人一人が起きた事の意味をな」
 今起きたこと。これから起きる可能性があること。幽霊男はそれを示唆する。次に羊になる人間がいるかもしれないという事を。
「刑事事件を裁くのは私達のする事じゃないからね。通報はしてあるみたいだし、私の仕事はこれでお終い」
 夏南はFiVEの後処理班に連絡したあとで、生徒達に告げる。既に覚醒状態は解除してあり、彼らにこれ以上何も言うことはない、と背を向けた。そのまま帰路につきながら、背中越しに彼らに言葉を投げかける。
「下らない言い訳は警察か担任にでも聞いてもらうといいわ」
 パトカーのサイレンが聞こえてきたのは、このタイミングだった。


 生徒達は警察に渡される。未成年とはいえ明確に命を奪っている彼らがどうなるかは、司法に委ねられることになった。
「学校側も対外的に手を打たざるをえないだろう。資料とかあるので、必要ならつかってくれ」
 幽霊男は『源素の基礎知識』などの覚者に対する資料を学校側に渡す。FiVEで今まで分かっていることの基礎知識だ。覚者に対する知識があれば、覚者へ対応できる人がいれば、今回の事件は起きなかったかもしれない。
(好きとか嫌いとかなんて、生き死に程度で変わるものでもない。立場の違う人間二人が死んでから結ばれたなんて、陳腐でも結構素敵な話じゃない)
 妖となった二人に対し、心の中でそう思う夏南。お幸せに、と祝福して。
「……二人仲良く逝ってくれ。君達の旅立ちに幸あれ」
 霊に語り掛ける術で泰葉は二人の魂に祈りを捧げる。感情がない、と自ら称する泰葉。だがその行為の原動力は、確かに人が持つ感情だった。
「せめて天国で二人一緒に幸せに……」
 両手を合わせ、二人の冥福を祈る澄香。閉じた瞳から、一筋の液体が頬を伝う。
(このまま拒絶され、ただ消え逝くは悲しすぎる。せめて、存在した証をここに)
 行成は死してなお手を結ぶ妖を見る。その覚悟、その思い。それを忘れぬようにしっかりと心に刻み込む。二体の妖には、確かに人間と同じ絆があった。それを忘れない。

 これは日本のどこにでもある、ありふれた事件だ。
 神秘が解明され、覚者に対する偏見がなくならない限り、ずっと続く事件。
 FiVEが神秘を解明すれば、あるいはこういった事件はなくなるかもしれない――


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■


 どくどくです。
 たまにはこういうのも。忘れられがちなこの世界の一面を出してみました。

 妖二体を、ただの『敵』と見て冷徹に潰すこともできました。
 その場合はリプレイの内容は、もう少し変わったことになったでしょう。
 このリプレイは皆様の心情の表れです。そこに何を感じるかは、皆様次第です。
 願わくば、皆様の心に残りますように。
 
 ともあれお疲れ様です。次の戦いに向けて、ゆっくり体を癒してください。
 それではまた、五麟市で。

ラーニング成功!!

取得キャラクター:志賀 行成(CL2000352)
取得スキル:二人




 
ここはミラーサイトです