血ノ雨ノ夜・弐の陣
●
馬鹿が、俺様なんていう若輩者の掌に転がされちゃってさ!!
だが俺が転がされているのが気に入らねぇ。
どうせ俺が動いてんのも、八神は承知で放置プレイだろ!
必ずあの八神を殺す。
その為に、こいつが欲しい、あれも欲しい。
この日本、全てが欲しい!!
さァ、餓鬼のゲームに付き合えよ新興組織!
ゲームオーバーも気にすんな!
なーに、ちょいと京都が滅びるだけだぜ、大丈夫大丈夫!
今宵、俺様か、お前等か、勝者を決めようぜ!!
●
「視えた―――ッ!!」
久方相馬(nCL2000004)は大声を上げて飛び上がる。
あの厄災を直接視る事はできなかったが、次に血雨と化した場所が予知できた。
今はまだ、その場所で血雨が発生した一報を受けていない。
ならば。
今宵初めて、血雨の発生を食い止められた、初の組織になる為に。
「血雨の討伐を依頼する!!」
相馬は集まった覚者達へ説明を開始した。
「けど、あの厄災だ!! 十分に警戒はしていくつもりだぜ。
あれは、血雨は、逢魔ヶ時智雨っていう破綻者(ランク4)と八尺っていう呪具の融合体だ。
片方だけでも厄介だけどさ、両方一緒だと今の俺達じゃキツイ。だから、3班編成でなんとかする!!」
相馬が示した作戦はこうだ。
まず、壱の陣が血雨とぶつかり、壱の陣が負傷したら後退、次の弐の陣が血雨と戦い、負傷したら後退、次に参の陣が血雨に接触する。その間、出ていない班は回復と、入れ替わる時の支援を務め、ローテーションで戦う事となった。
「もちろんだけど、いけると思ったら総攻撃を仕掛けても良いんだぜ。ただ、相手も滅茶苦茶強いから、根気よく、な!
なら、最初から総攻撃すれば……っていうのはそうなんだが、血雨の能力がなかなか厄介なんだ。範囲的に攻撃してくる可能性が高いし、なによりあいつは八尺にはえてる目でも視界を補助してくる。死角が無いのはそうだけど、攻撃も360度から行って来るから、気を付けてくれ。
そんでもって、異常性と呼べる程に、一撃一撃が重い。
ほんと、それは気を付けて……俺も、手伝えるのがここまでで、ごめんな。
でもローテーション以外でも、作戦があればそっちを優先して行動してくれてもいいんだぜ、あくまでローテーションなのは、俺が考えた最良の作戦!! ってやつだし……皆の方が現場の経験も長いしさ。
でも、大丈夫なのか、逢魔ヶ時紫雨っていう二重人格者も一緒みたいだけど」
●
太陽が山の奥に飲み込まれるとき。
「よっ、新興組織! 俺は血雨に近づけねえ、勘弁してな!」
隔者組織七星剣幹部、逢魔ヶ時紫雨は立ち上がる。
「さーて、始めるかァ。上手く行き過ぎて、一生分の運使い果たした気がすっけど!!」
もう笑ってもいい頃だろう。
奇声を上げながら笑う、大笑する。
「なぁ、智雨ェ……今日で死の? 俺様、姉ちゃんの事一生忘れないわーーー、さ、楽になれ死ね死ね死ね死ね、今日から俺様がその役割果たしてやるから死のうぜぇぇ!! あははははははははは!!!」
紫雨は両手に刃を持つ。龍は鳴く、そしてFiVEの長い壱日は始まった。
●
逢魔ヶ時智雨は、弟を護る為に呪具『八尺』を手に取った。
だが八尺を智雨が操る事は不可能だった。
力に飲まれ、八尺の一部と化した逢魔ヶ時智雨は、人の血肉を喰らう化け物と化す。
肉体を飲み込み血を撒き散らす厄災は、人々に血雨と呼ばれて恐れられた。
そして今、その厄災は京都を脅かす。
破綻者×呪具の、最悪の協奏曲は響き渡る。
(2016.2.19追加)
●
「ヘイ! 鬼火ちゃん、出番だっぜ!!」
紫雨が指を鳴らす刹那、血雨と数十人のFiVE覚者達の周囲を大きく囲う様にして炎が舞い上がった。
冬という時期を感じさせぬ、夏よりも灼熱の小さな世界。
それはまるで煉獄の炎よりも深紅に染まる檻である。まるで此処から逃がさないと言わんばかりの。
「楽しくやろうぜッ! 俺様とお前等は暫くこの閉鎖された空間で、ランデブー。なぁーんちゃって!!
……ま、教えてやる義理はねぇが。教えてやった方が、楽しそうだから特別サービス。
俺様がFiVEを内側から破壊できると言ったのは、既に百鬼を潜り込ませてあるからで。
お前等とした約束通り、『血雨も。俺様も。五麟に襲撃しなかった』ぜ?
あとは察しろよ。 ギャハハハハハハハ!!
そう怒んなよ、血雨を倒したらきちんと解放してやるから安心しなよ。ね、可愛いFiVEちゃん?」
馬鹿が、俺様なんていう若輩者の掌に転がされちゃってさ!!
だが俺が転がされているのが気に入らねぇ。
どうせ俺が動いてんのも、八神は承知で放置プレイだろ!
必ずあの八神を殺す。
その為に、こいつが欲しい、あれも欲しい。
この日本、全てが欲しい!!
さァ、餓鬼のゲームに付き合えよ新興組織!
ゲームオーバーも気にすんな!
なーに、ちょいと京都が滅びるだけだぜ、大丈夫大丈夫!
今宵、俺様か、お前等か、勝者を決めようぜ!!
●
「視えた―――ッ!!」
久方相馬(nCL2000004)は大声を上げて飛び上がる。
あの厄災を直接視る事はできなかったが、次に血雨と化した場所が予知できた。
今はまだ、その場所で血雨が発生した一報を受けていない。
ならば。
今宵初めて、血雨の発生を食い止められた、初の組織になる為に。
「血雨の討伐を依頼する!!」
相馬は集まった覚者達へ説明を開始した。
「けど、あの厄災だ!! 十分に警戒はしていくつもりだぜ。
あれは、血雨は、逢魔ヶ時智雨っていう破綻者(ランク4)と八尺っていう呪具の融合体だ。
片方だけでも厄介だけどさ、両方一緒だと今の俺達じゃキツイ。だから、3班編成でなんとかする!!」
相馬が示した作戦はこうだ。
まず、壱の陣が血雨とぶつかり、壱の陣が負傷したら後退、次の弐の陣が血雨と戦い、負傷したら後退、次に参の陣が血雨に接触する。その間、出ていない班は回復と、入れ替わる時の支援を務め、ローテーションで戦う事となった。
「もちろんだけど、いけると思ったら総攻撃を仕掛けても良いんだぜ。ただ、相手も滅茶苦茶強いから、根気よく、な!
なら、最初から総攻撃すれば……っていうのはそうなんだが、血雨の能力がなかなか厄介なんだ。範囲的に攻撃してくる可能性が高いし、なによりあいつは八尺にはえてる目でも視界を補助してくる。死角が無いのはそうだけど、攻撃も360度から行って来るから、気を付けてくれ。
そんでもって、異常性と呼べる程に、一撃一撃が重い。
ほんと、それは気を付けて……俺も、手伝えるのがここまでで、ごめんな。
でもローテーション以外でも、作戦があればそっちを優先して行動してくれてもいいんだぜ、あくまでローテーションなのは、俺が考えた最良の作戦!! ってやつだし……皆の方が現場の経験も長いしさ。
でも、大丈夫なのか、逢魔ヶ時紫雨っていう二重人格者も一緒みたいだけど」
●
太陽が山の奥に飲み込まれるとき。
「よっ、新興組織! 俺は血雨に近づけねえ、勘弁してな!」
隔者組織七星剣幹部、逢魔ヶ時紫雨は立ち上がる。
「さーて、始めるかァ。上手く行き過ぎて、一生分の運使い果たした気がすっけど!!」
もう笑ってもいい頃だろう。
奇声を上げながら笑う、大笑する。
「なぁ、智雨ェ……今日で死の? 俺様、姉ちゃんの事一生忘れないわーーー、さ、楽になれ死ね死ね死ね死ね、今日から俺様がその役割果たしてやるから死のうぜぇぇ!! あははははははははは!!!」
紫雨は両手に刃を持つ。龍は鳴く、そしてFiVEの長い壱日は始まった。
●
逢魔ヶ時智雨は、弟を護る為に呪具『八尺』を手に取った。
だが八尺を智雨が操る事は不可能だった。
力に飲まれ、八尺の一部と化した逢魔ヶ時智雨は、人の血肉を喰らう化け物と化す。
肉体を飲み込み血を撒き散らす厄災は、人々に血雨と呼ばれて恐れられた。
そして今、その厄災は京都を脅かす。
破綻者×呪具の、最悪の協奏曲は響き渡る。
(2016.2.19追加)
●
「ヘイ! 鬼火ちゃん、出番だっぜ!!」
紫雨が指を鳴らす刹那、血雨と数十人のFiVE覚者達の周囲を大きく囲う様にして炎が舞い上がった。
冬という時期を感じさせぬ、夏よりも灼熱の小さな世界。
それはまるで煉獄の炎よりも深紅に染まる檻である。まるで此処から逃がさないと言わんばかりの。
「楽しくやろうぜッ! 俺様とお前等は暫くこの閉鎖された空間で、ランデブー。なぁーんちゃって!!
……ま、教えてやる義理はねぇが。教えてやった方が、楽しそうだから特別サービス。
俺様がFiVEを内側から破壊できると言ったのは、既に百鬼を潜り込ませてあるからで。
お前等とした約束通り、『血雨も。俺様も。五麟に襲撃しなかった』ぜ?
あとは察しろよ。 ギャハハハハハハハ!!
そう怒んなよ、血雨を倒したらきちんと解放してやるから安心しなよ。ね、可愛いFiVEちゃん?」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.血雨の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●状況
ついにあの厄災が姿を現した。
場所は京都、事前に発見できた今、一般人避難は全終了している
破綻者と呪具の合わせ技になっている厄災を今、この場で倒すのだ
●特殊ルール
壱の陣→弐の陣(当依頼)→参の陣→再び壱の陣→弐の陣→参の陣
上記の形で血雨を討伐作戦を開始する
血雨とぶつかっていない班は、血雨より40m以上範囲外にいるとする。範囲外にいる時はファイヴNPCがHPMP回復をかけてくれます。回復の度合いはターン数に比例します。このNPCは戦闘には参加しない支援型のモブNPCとなります
班交代の際、逃げ遅れるPCが発生する場合もあります
また、30人規模が入り乱れる可能性がある為、回復や支援スキルは基本的に自分の依頼の参加者に優先的に使用されるというルールを課します。切羽詰まった状況だと、例外はあります。そこらへん意地悪はしないので大丈夫です
描写は基本的に自身の参加した依頼の参加者が主ですが、情況により他の陣の参加者名が出る事もあります
●血雨
一晩にして、村を巨大な血だまりに変えたり、人を行方不明にしたりと恐れられる厄災。
正体は、破綻者と呪具の融合体。今までのどんな敵よりも強い為、注意
逢魔ヶ時智雨(破綻者)と、八尺は移動のみを同じくする別個体です
その為、智雨の攻撃手番と、八尺の攻撃手番は別であり、BSスキルや体力計算も、個体別計算になります
・逢魔ヶ時智雨
破綻者(ランク4)、覚者の際は火行×彩でした
特攻撃威力が高い為、注意
灼熱化のようなもの
双撃のようなもの
火柱のようなもの
豪炎撃のようなものを主に使用します
智雨の手番にて、10m以内を自由に瞬間移動します
またこれにはブロックや移動妨害などに捕らわれる事はありません
・八尺
人の命をたらふく食った呪具、自由に変型し、無数の目と、ひとつ大きな口があります
食べれば食べる程強さを増し、PCを戦闘不能にした場合は倍の数強化します
出血を伴うダメージを与えた場合、与えたダメージ総数の二分の一を、八尺は回復します
物理攻撃威力が高い為、注意
攻撃は、斬撃、槌、捕食等等ありますが、基本的に列貫通スキルが多彩です
特に、捕食は防御を貫通し、PCに与えたダメージだけ回復します
シネルトオモウナヨ……(八尺の特殊能力。智雨に体力を分け与えます)
ニゲラレルトオモウナヨ……(八尺の特殊能力。手番開始にて、八尺から10m~20m範囲に適用。BS麻痺封印を付与します)
●黒札
当依頼には黒札というアイテムが使用可能です
枚数は全部で12枚あり、参加者の誰もが使用できますが、同じ条件下での使用においては過去の依頼にて取得に関わったPCが優先されます
また、壱~参通して12枚となります。(なお、一枚は紫雨が所有している為、彼から貰わない限りFiVEが使用できるのは11枚までです)
使用する場合、プレイングもしくはEXプレイングに黒札使用の四文字を下さい(ですが、必ず使用できる訳ではありません、血雨は必ず妨害します)
使用するには、八尺の近接にて、八尺に直に貼りつける事
黒札使用時点での、残っている気力(MP)の量に比例して、八尺の動きが鈍って行きます。使用者は使用時点で気力(MP)が完全に無くなる為注意してください
黒札を使う、使わないで紫雨の行動が分岐します
●逢魔ヶ時紫雨
七星剣幹部、禍時の百鬼を率いる隔者、記憶共有の二重人格
唯一血雨に狙われないようで、智雨討伐に関しては超協力的。智雨は、紫雨が敵に回っていても紫雨に攻撃する事は絶対にありません
紫雨は、味方ではありません、何かしら機を伺っているふしはあります
また、紫雨がFiVEの敵になる可能性も高いです
血雨の能力により、本来の力が発揮できない状態となっております
配置は中衛、本来前衛
獣憑×火行
武器は刀、二刀流。速度特化、速度を威力に変える神具持ち
その他神具二種、眼鏡(正体不明)とピアス(影法師)
体術スキル ???
技能スキル 龍心 (鉄心の上位版のような効果)
●場所
・京都市街、時刻は逢魔時。視界へのペナルティ無し
一般人無し
●注意
・血ノ雨ノ夜は壱~参の陣まで全て同時刻、同じ場所で行われる依頼です。
その為、PCが同タグに参加できるのはひとつだけとなっております。重複して参加した場合は、両方の参加資格を剥奪し、LP返却は行われないので注意してください。
それではご縁がありましたら、宜しくお願いします
(2016.2.19追加)
●追加情報
・『血ノ雨ノ夜』参加者は『緊急依頼』には参加できません。
・FiVE覚者たちを大きく囲う炎の檻が発生しました。これを超えて離脱する場合、かなりの重傷を負う事となります。唯一、飛行離脱は認められます。
また、炎に近づかなければ戦場でのペナルティはありません。
鬼火の本体は紫雨の持つランタンの中に存在しております。倒せない事は無いです。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2016年03月04日
2016年03月04日
■メイン参加者 10人■

●弐/壱
弐陣開幕前ですが。
今しがた千陽と蕾花が盛大に投げ飛ばされて、弐陣と参陣の間をバウンドしながら飛んでいった。
『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)が飴玉の包みを開き、中身を口の中で転がしながら『それ』を見送りながら言う。
「無茶苦茶な敵がいるもんだ」
どびゅん。
すると数秒もしない内に、飛んでいった二人が戦場に戻っていく。
「元気ですねえ、頑張って下さい」
納屋 タヱ子(CL2000019)が二人の背中にエールを送った。ふと、タヱ子は。
「深度不明……3、もしくは4の破綻者と戦った事があります。二人が魂を賭けても倒せませんでした」
もし、あの時と同じなら――。
それから三十秒後が開幕である。
「時間ですわ、参りましょう」
『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)を中心に、十人の覚者が横一列に整列していた。
各々の武器を手に、前へと向け――そして、スタートダッシュを切った。
「交代だよ、お疲れ様」
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328) が血雨の手前まで一気に距離を詰め、前陣の十人の離脱を促した。
「ありがとう、ございます……そして、すいません黒札は――」
奏空の声に、亮平は頷きながら瞳を凝らして確認した。そうか、黒札は一枚も貼れなかったか。
黒札は、戦闘をより効率的に動かす手段である。
それを使わないとしても、血雨を攻略する手立ては十分に存在するのだ。
いのりは、紫雨を見上げた。
「だから、絶対に絶望などしませんわ」
「帰る場所を失っても?」
「FiVEは、そんな事で負けたり致しませんわ」
「そうかい」
背中で一陣が退いていくのを感じ取りつつ、深呼吸してから、『水の祝福』神城 アニス(CL2000023) は紫雨の背中に手で触れた。
裏切られ、そしてこれからも彼は少女を裏切り続けていくことだろう。積み重ねていく罪の数だけ、紫雨では無く、アニスの心の方が軋み、悲鳴を上げていた。
「紫雨さん……それでも私は信じます……まだ、貴方を解放できると」
振り返った紫雨は紅く鋭い瞳に彼女の姿を捕える。
酷く淀んだ瞳があった。
「アニスちゃんさ、あと何回傷つければ諦めてくれる?」
吐き捨てるような返事が、突き刺さる。
「んもー! 弐號!! めんどくさいことしちゃって!」
シリアスを叩き壊した『紅戀』酒々井 数多(CL2000149) の明るい声が戦場いっぱいに響いた。
「聞いてるの、弐號ー!」
ダッシュから両手を地面につけ、腕の力だけで飛び。揃えた両足が弐號――もとい、紫雨の顔面を蹴り飛ばす。紫雨は漫画みたいにくるくる回りながら地面をバウンドして、
「あぎゃらーーーー!!?」
面白い叫び声をあげながら両目をぐるぐるさせつつ、地面に伏せった。
「何寝てるの、弐號! 立ちなさい!!」
「七星剣でも頭級の頭たる幹部様を両足で蹴るたぁ……無謀通り過ぎてんぞ」
「うっさいわね、ファンなら許容しなさいよ。器が小さい男ね!」
手始めに、八尺は真隣のビルを切った。ビルの端から端、斜め一直線に入った切れ目がずれ落ちていく。
天へ高く身を舞う深緋・幽霊男(CL2001229)は呪具八尺の怒号を無視しながら智雨の前へと着地。
「僕の物は僕の物。グレ助の物も僕の物。つまりグレ助も僕の物だ。全ていただく」
ジキルハイドで智雨を裂く。成程、彼女が八尺を庇い続けているのは明白か。
それはそれとし。
「わーすごいぐれすけぜんぜんきがつかなかったー」
「心がこもってなああい!! もっと愛とか込めて!!」
紫雨が幽霊男を揺らす。
「ぐれすけは、不器用じゃよな」
「だからかな。俺様に足りないのは生きている時間って奴なんだ、俺様が八神の齢なら絶対に日本最強だと思う」
「フーン」
「興味無さそう!!」
大体予測はできた事かもしれない。思えば、あのタイミングであまりにも挙動不審な組織で極まっていた。
「どうやらあんたに嵌められた状況です?」
槐が紫雨のまわりを一周した。
「嵌められただなんて人聞きの悪い! 誘導した、が正しいぜ」
「どっちにしろ。同じようなものじゃない」
ゆらり。
眼玉だらけの刀身が、熱風に揺れる陽炎を従える。
右に持ち上げられていた八尺が、何時の間にか左側へ振り切られている。刹那、真空波が覚者を襲った。
目に見えぬ刃――早過ぎて見えなかった刃を受けた『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352) の身体が左側のビルの支柱をへし折り、ビルが目に見えて崩壊を始めていく。まるで世界の終焉のような光景に、行成は無意識でピアスに手を振れた。
瓦礫が落ち、ヒビが入る壁面。地響きと共に、まるでドミノ崩し程度には簡単に崩れていく建築。
街の中心、道路の中央。タヱ子は八尺の一撃を正面から受けて地に足をつけていた。
どこまで通じるのだろうか。タヱ子という存在は。
どこまで耐えられるのだろうか。タヱ子という少女は。
己が興味本位に、仲間を助けたい一心を背負い。タヱ子は―――、右腕が空中で吹き飛び回転しながら落ちた。
「前もこんな事無かったか?」
行成は言った。
瓦礫と瓦礫の間を飛び跳ねつつ、行成は埃が湧き上がるビル内部から槍を投げる。
埃と空気を蹴散らす槍は智雨の腕を射抜いて、地面に縫い止めた。最早道路と呼べない歩道に突き刺さる槍の上に、御白 小唄(CL2001173)が降り立った。
「さあ、ちょっと遊んでもらおうか!」
トン。
音を残して、小唄の身体は智雨の胴体へ潜り込む。まずは左手の一撃、電撃が迸る腕を前へ。これを智雨はまともに受け首が左へと向く。更に小唄は右手を出す。風を纏いし腕が腹部を狙い、智雨の身体をくの字に曲げた。
満足そうに笑う小唄は最早、数週間前まで一般人であった少年という身分はとうに消えている。
ふんわりとした狐の尾を見て、紫雨は目を細めた。
「狐……?」
ギクッ。
小唄が首を横に振る。
「お、狼だよ!」
「無理あるだろぉ」
最早隠し切れないか。
槐の装甲が突破され、槍のように鋭く尖った八尺が彼女の身体を串刺した。
口の中の鉄の味を感じてから、消して無傷での生還は難しいだろうと覚悟はしていたが。こうも、ごっそり体力を持っていかれるものなのか。
防御に秀でる己の身でさえ、衝撃と振動に内臓がシャッフルされた気分だ。
紫雨は言う。
「どんだけ傷つけようとも傷さえつかない君達の為に、お家を火事にしておいた俺様のイカした演出は気に入ってくれた??」
「演出が過ぎると、むしろ薄っぺらく見えてくるぞ」
葦原 赤貴(CL2001019) がピシャリと反論。
「ガーン!」
本気で落ち込んだ紫雨は刃を仕舞いながら、一回欠伸した。半ば、紫雨はピクニック気分だ。
全く。七星剣は狂人の集まりか、赤貴は苛立ちながらも剣を取る。さあ、始めようか、赤貴による今宵、盛大なパーティを。
「釣りはいらんぞ、丸ごと持っていけ……!」
紫雨は飴玉を舐め始める。
「また『それ』か。お前等はいつもそれがお家芸だ」
刹那、赤貴の周囲の空気が色濃く変わる。
命の最後の一滴だろうと燃やし尽くす力の変動。破壊にも似た希望を抱き、そして赤貴は駆けた。一歩踏みしめるごとに地面にヒビを入れ、そして黒札を――。
紫雨が飴玉を噛み砕く。
結果、赤貴の行動は智雨の身体に貼られただけで終わる。黒札は、八尺本体に貼らなければ意味は無い。故に、黒札は智雨に影響を与えずに溶けて消えた。
打って変わって、勇気づけるような声色で数多は声を張り上げる。
「智雨さん、声がきこえるなら弐號にそれを奪わせたらだめってわかる? 貴方を助けることはできなくても弐號がその八尺に食われないようには、したいのよ!」
奈落に小石を落として、底を探す程。破綻者として成立した智雨に声を届けるのは無謀を極めていた。
数多は諦めない。唸る八尺と刀が交差する。激しい金属音に声が負けそうになった。
でも。
喩え一寸の光が無い場所でも、前へ進む覚悟がある少女だ。無視されようが、暴力で返ってこようが、数年寝ざめぬ大切な人を待ち続けた地獄よりは、楽園だ。
「貴方も八尺から解放したげる! ファンがやることの責任とるのが今風アイドルってもんだからねっ!」
いのりは腹をくくり、噛みしめていた唇を解放した。かなりキツく噛みしめていたようで、口内は血の味に滲む。
ふと、背後に気配。
智雨だ。
開いた口からいのりの黒札が腕ごと消えていく。痛みに、恐怖に、揺れるいのりだが。逆の腕で新たに刻んだ術式が回復を施していく。
槍の牽制、「任せろ」と行成はいのりを背に隠した。
たった一人の少女を助けられずに、何が覚者であるか。行成は水のベールを纏わせた矛先で突く。
晴れやかに輝いていた行成の金髪は今、赤く染まる事さえ厭わない。
まだ温かい血を被りながら更に奥へ奥へと突き刺す槍に、血雨の歯奥がぎりぎりと鳴り響いた。
「第二波、来ます!!」
タヱ子が仲間に呼びかけた。目の前から消え、背後にまわった八尺の先制。
上から下、槌の如く落とされた八尺は黒札を持っていた者、いのりを狙った。身体を挟み込み、片腕失くした小さな身体で八尺を受け止める。
口が開き、異臭がする。瞳がタヱ子を覗き込んでいた。
「負けない」
今度は反対の腕が消えている。だがこの攻撃は貫通、背後のいのりさえ身体がおかしく抉れていた。
アニスといのりの身体を両腕で担いだ槐が、血雨の背後に着地。攻撃の衝撃と直撃から逃れたものの、いや、逃れていない。槐の片足がごっそり消えていた。
「ちょっと。自慢の足を。どうしてくれるのです」
見切った幽霊男が身体を翻して八尺の口を回避。
ただでさえギリギリで羽織る着物を戻そうとする素振りさえ見せず、幽霊男は息をせずに次の行動へと移った。
赤貴の大剣が深々と智雨を抉って、抜く。その断面が糸のように合わさっては再び智雨の切断部位は治った。
一瞬の隙を見逃すな。
まだ、八尺が模した人間という想像像には智雨の意識というものが生きている。だが、それを戻すのはかなりの至難な業だ。現に、彼女の意識は生きていても、身体は破綻者なのだから。
バクンと口が伸びて小唄の尻尾の先が綺麗にカットされていた。
「流石に、格が違うね。でも!」
小唄は空中で回転、眩しい程に煌めく金髪が、いよいよ顔を出し始めた星々に煌めく。
厄災たる智雨を目の前にして、笑顔で軽く身をこなす小唄。そして智雨まで距離を詰めた時、蒼めいた瞳が光る。足を揃えて、地面を蹴れば衝撃が智雨の胴体を瓦礫の山の中へと倒す。
突風を纏った若い狐は、へへんと笑いながら耳を動かした。
「狐」
「狼!!」
「はは、強いな。楽しく戦う奴は、俺様は好きだ」
「え、うん」
行き成りの紫雨の言葉に、小唄はきょとんとしたが。彼も人並みに、人を好く事があるのだろう。
●弐/弐
弐周目に入る。
「――は」
亮平の瞳が開眼した。どうやら真っ直ぐに空。つまり自分は寝ている。
激痛。
下半身というものが無くなっていた。あ、これ結構やばいんじゃないか、今後の車椅子生活を考えると店の切り盛りとか大変で云々と考えていた矢先、下半身が生えた。
「紫雨さんっ」
泣き出しそうな。
「斗真、さんっ」
声色で、嗚咽を漏らし。
手元は一切緩めず回復に徹するアニスが立っていた。
この時までも、どうやれば彼を助けられるか、アニスは答えに到達していない。
心情がぐるぐる廻る、凄まじい魔力を正確に練り上げながらも、ぐるぐる廻る。
「斗真、さん」
「ぅ、ぐぎぎい!!? い、いてえぇ、畜生、寝てろ!!」
紫雨が頭を抑えた。
「まだ私は貴方『たち』の事……何も知らないんです。知る為に……まずはお助けします」
「『たち』だぁ?」
紫雨は頭を抑えたまま、言った。
「なんでだ!? なんで、アニスちゃんは、俺様まで助けようとしてんだ!!? 普通、俺様を殺して暁を奪い返すっていう爆笑シナリオ、オンエアだろ!! なのに、」
相容れない、相容れないだろう。
違う、相容れないのでは無い。
紫雨は確実に、アニスへ恐怖していた。人は意味不明な事象に恐れを成す事がある。紫雨にとってアニスはそれであった。
ヘイトを買い。
多くの命を奪い。
多くの悲しみを生産する。
理由は面白いから。
覚者にとって、非生産的で無価値で厄介で愚かで自己中心的な生き物である七星剣の幹部を助ける――だと。
ここでひとつの疑問が生じた。俺様は、どうすれば救われるんだ?
「は、はは」
笑ったのは紫雨の、アニスへの賞賛。
「まいったな」
片足失くした数多が地面を滑りながら紫雨の前で止まった。紫雨はあえてスルーして距離を取ったが何時の間にかに足を掴まれている。
「俺様、アイドルちゃんがいまいち掴めない」
「心外ね。ところで弐號。その龍心っていうのと黒札効果で八尺に心を食われて、智雨さんみたく取り込まれないようにするの?」
「ああ、そうだな」
「おもしろそう、その龍心教えてよ!」
「無邪気か!!」
横薙ぎの一閃。
狙いは亮平――彼が持つ黒札だ。タヱ子は通信の要である彼を庇う一心で刃を腕に装着されたシールドで受け止めた。
ヒビの入るシールド、両腕の骨が軋み、悲鳴を上げている。だがまだこれから受け止め切れるはずだ。防御としても、FiVEの中で群を抜く彼女が、だが――。
形を変えた八尺が口を開き貫通していく。
殺さなきゃ。
タヱ子は願うように想った。
殺さなきゃ。
血雨に。仲間が、五麟が、これから喰われゆく人々がいるかもしれない。
不屈の精神で、砂の様に零れては削られていく体力で。窮地に立たされる局面で、タヱ子は言う。
「殺さなきゃ!!」
「だから、殺す。死ぬまで、殺す」
一瞬であった。赤貴の身体が血雨の横を通り抜け、時間差で智雨の頭から下まで一気に裂けていく。
生き抜くためだ。生きる為に食べる、寝る、程度の当たり前の事だ。
例え限界を超えて、全身の筋肉がはち切れても、この意志がある限り赤貴は剣を振るう事は止めない。見詰めるのは、血雨に透かした紫雨だ。震えたつ怒りに、仲間へ彼が行った暴挙を重ねれば。
紫雨もまた、赤貴にとって排除すべき敵である。
亮平のナイフが、いよいよ顔を出してきた月明りに照らされる。
「君の筋書き通りには、させない」
「今日は、それのオンパレードでいい加減聞き飽きたぜ」
紫雨に一言置き土産を言い放ち、かんばせに憂いの色を魅せた。
背中で視線を感じながら、亮平のナイフは彼の手の中で自由に動く。喩え、背後に立たれようともすぐに反応も可能だろう。
思い通り、智雨は彼の背を取った。振り向く亮平、そして智雨の首にナイフが刺さり、鮮血が彼の顔面を赤く化粧した。
濃霧を生み出し、其の中へと雷を放ついのり。
智雨の感電に叫び声を聞いた刹那、いのりの心がズキと揺れた。本当は、破綻者から彼女をヒトへと戻したい。けれどそれは叶わぬ夢である。
八尺を倒す為に、まず智雨が障壁となっている今。いや――それでも、いのりは心を強く持ち、潤んだ瞳から雫を零さないようにした。
「大丈夫だよ! きっと、なんとかなる!!」
小唄が励ますように声を張った。その言葉には根拠と言うものは一切合切無かった。ただ、元気で快気な少年は、そうあり続ける事で編成の空気を和ませるのだ。
ナックルをはめた両手で智雨を穿つ。だが代わりに小唄は首から上が食われた。それでも、即座に命数をチップに欠損を取り戻す。
「今ちょっと死んだかと思ったけど、大丈夫!!」
片足一本で、槐は立つ。
車椅子で無いだけ、片足あれば槐にとって十分だ。休む暇など与えられない、次撃。見極めるのだ、奴は黒札を狙っている。
智雨の力で中衛前まで乗り込めた彼女が、いのりの黒札を狙い口を開いた。いのりの瞳に見える、食された者達の無念と執念と嘆きのパーティ。まるであの中は、虚ろにして地獄。
だがそのいのりの身体は槐が押した。ふわりと香る、槐のにおい。いのりが、手を伸ばした瞬間。
槐の身体が縦に引き裂かれて半分が消えた。連戦により体力が響く槐の身体にも、ついに限界が来たことを示していた。命数を使って、逆再生のように治っていく彼女の身体だが、いのりの足下は血雨同様、赤い水溜りが広がる。
まずは、全員が生きて帰るのだ。
槐は言う。
「だから、私は大丈夫なのです」
薄い感情を高ぶらせて、まるで女王のように高貴に、上品に血雨を見下した槐。
血雨、紫雨、百鬼、そりゃあ全部が全部一度に消え去るのならハッピーエンドこの上無いだろう。しかしそれには、誰一人欠けてはいけないのだ。
随分、重い役目である。庇う者というのは。
応えるように、いのりは杖を掲げた。彼女の修復を、彼女の治癒を、彼女の命をこの世界に繋ぎ止める為に。
ビルの残骸が今更降り注いだ。傾きかけているビルから、隕石のように破片が。そして一際大きいものが数多の頭に直撃。
「あったま来た!! 櫻火真陰流、酒々井数多。本気で往くわよ。散華なさい!!」
頭部直上から血を流しながら、愛対生理論の感触を確かめてから上空に振り翳すように薙いだ。血雨の腹部が割れ、鮮血の全身を染める。
血雨の背後に回った行成。亮平と合わせて、刃を向けた。八尺に、そして智雨ごと突き通せばいいのだが、生憎智雨の妨害は手厚い。
食事を求めて蠢いた八尺が、くつくつと笑った。行成を飲み込むようにして食い散らかしていく。圧倒的で、一瞬の出来事であった。彼はせめてピアスだけは譲れないと、肩口を消されただけで済んだのだが命が燃えた。
瓦礫の世界、その中で。幽霊男は、地に足をつけて立っている。
右を見て、左を見る。
「ふむ……そろそろ、じゃとおもうのだがな。これ以上は、こっちがジリ貧からの転覆じゃぞ」
疲労蓄積、命数の使用多発。八尺も十分に肥えているだろうし、相応に強化も進んでいるはず。
こっちは削られるのに、あっちは強化だなんて。なら。
「一斉、攻撃を」
●総攻撃
「総攻撃、開始するよ」
亮平の声が響く。
紫雨はここで初めて、二刀の刃を抜いた。
「そっちが本気で来るのなら、こっちも本気出して頑張らないと、ネ!」
「よおぉし、皆!! もうちょっとだからがんばろう!!」
小唄が再度叫んだ。己も、欠損しては再生を繰り返し、果ては根性まで使い果たした。限界を超えてなお、小唄は希望を模索していたのだ。
其の光輝く姿に、誰が挫けようとするものか。
直前まで血雨に攻撃していた弐陣は、回復もまともに行き届いておらず、各々が崩壊寸前である。
まるで絵に描いたように、訪れた崩壊。八尺が一度、風を起こせば檄が地面を抉りながら飛んでくる。数多も、小唄も、槐も、赤貴も、タヱ子も、上半身を失くした状態で地面に膝をついた。
「お手製の武器、食ってんじゃないです」
槐がやり返しのカウンター。片足を持ち上げ八尺のどでかい瞳に叩きこんだ。
「靴が汚れたら、責任取ってくれるんです? もう、汚れたんで訴えますけど」
金切声をあげながら後退する血雨。
しかし先の攻撃で倒れた者は一人もいなかった。根性と、命数を使い分けて。前へと踏み出す勇気がある者たちは早々簡単に倒れやしない。
たった一人、アニスだけは。
紫雨がアニスを抱えて被弾を回避させる。唯一攻撃されない少年の、近くは切り取られた安全な世界だ。
蛇に喰われた時、一度だけ助けられた。だから、一度だけ助けた。
「でも。なんで、倒れねえんだよ」
紫雨は言う。
「なんで、死なねえんだよ!! いくら不死身の覚者だろうが、限界はあンだろう!?」
「みーえた☆」
数多の声が響いた。紫雨は一瞬、きょとんと表情を馬鹿に浮かべてから、もう一度数多を見た。
意外や、意外。
紫雨の中だけにしか無かったものが。数多の心の奥深く底で目を覚ました。
『鉄よりも柔軟性があって、龍のように頑丈なもの』。
奪い取った数多が、無邪気に笑いながら桃色の髪を撫でる。
「私を、誰だと思っているの弐號」
「な、なんでだあああああああああああ!!?」
「参る!!」
数多は刃の背を指でなぞった。数多として非常に腹が立つが、同じ櫻火流として目の前には刀嗣がいる。
一切の口や音声での打ち合わせは無いが、先に攻撃を行った刀嗣が裂けた断面から瞳で合図を送ってきた。
「ぬかるなよ、ピンク」
ぶちぃ!! 数多の頭の中で音が響いた。
「うっさいわね、次それで呼んだらそっちから昇天させるわよ」
「……? オマエ」
「あ、気づいちゃった?」
刀嗣は龍心がある数多に酷く驚いた。
そして、音も無く、横に薙いだ刃は智雨の背骨をへし折りながら、切り裂いていく。何も感じない、誰かを切るという事に。破綻者だからこそかもしれない、けれどこれが人であったとしても濃霧の湖畔に小石を投げて反応を見るようなものだ。
小唄が血雨に抱き付いた。一瞬の静止、そして赤貴の追撃。
まるで怒り高ぶる獣の瞳で、大剣を手足のように扱いこなす。生きたいのなら、相手を殺せと。世界の為なら、殺せと。完璧に不屈に割り切れる少年の、迷い無き太刀筋は正確緻密。
「……狂人と変わらない? 何を今更。同じ世界に生きているんだ、大した差などあるわけがない」
してやったりと笑う小唄は拳を交換に刃を腹部に貫通させて吐血。
「ここで、絶対に終わらせるんだ!! まだ、まだ……ここからなんだ!!!」
小唄の想いに、参陣の攻撃が重なっていくとき――。
「守ると決めたら、最後まで守らんか。たわけ。独りで無理だというなら手伝ってやろう。女は根性じゃぞ?」
幽霊男が八尺に干渉した。神話級の神具、成程。ならば魂を使えば或いは――!!
しでかそうとする幽霊男に八尺が絡まんとした。だがさせない。タヱ子が八尺を両手で抑えて、地面に落す。
ごめんなさい。あたなは救えない。
世界の為だと救えないものを割り切る覚悟がタヱ子にはある。抑え込んだ八尺を両手だけでひっかき傷を残した。暴れて形を変える八尺はすぐにタヱ子の手を掠めてしまうが、そのときには遅い。
幽霊男が干渉するのは物理的でもあるが精神的にもだ。智雨の意識を、智雨の心を、呼び戻す。そして、願わくば八尺とのリンクさえ切ってしまえ。
「ふざけんなよ」
紫雨の表情が怒りで歪んだ。
「ふざけんなふざけんな、ふっっざけんな!!! てめぇらはいつもそうだ、奇跡か? 命か? そんなものに頼って、逆境かましやがらぁぁ!!」
「耳障りだ、少し、黙っていろー―!!」
赤貴が紫雨に飛び込み、大剣では無く本物の拳で彼を吹き飛ばした。
全く。こんなやつを救いたいなどと言いだすのはどこのこんこんちきだか。赤貴の知覚の外で行われる、生存戦略は理解し難いものだ。
幽霊男の得物が八尺と智雨の繋げる腕を狙う。鼓動する触手に刃を、精神に言葉を。嗚呼、あの時と同じだ。神話級とはよく言ったもの、伝説級の八尺に対しては脳内が激痛と悲鳴に目が廻る。
送り込み、逆流する意識の波の中。
そして手元が確かな手応えを感じる――ぶつん。
『――――きゃあああああああああああ!!』
突如叫び声をあげたのは智雨だ。頭を押さえ、目が白目になるほど上向き。
彼女は『破綻者』である。
そこに既に、逢魔ヶ時智雨としての意識も、思考も、あるはずが無い。君臨するのは、ただ暴力という名前の力だけ。身体は制御を失い、暴れ出した。
もし、智雨の意識があるとすればそれは八尺の中に未だ留まっている。
「亮平さん!!」
「ああ!!」
椿の声が戦場に響いた。亮平と、椿。二人が魂を燃やす。
狙いは、ただひとつ――八尺。椿が矢を放ち、そしてそれに合わせて亮平の身体が矢と共に地面を滑っていく。
更にここで行成が魂を発動させた。
もしかしたら、君のもとへ近づくかもれない――恭華。許してくれるだろうか。耳元のピアスが、熱を持つ。
「冷たく燃え上がれ、我が魂……一瞬の好機の為に、この一時を支配させてもらう」
地を揺るがし、そして願うのは。全ての攻撃を己へと課す事。
彼が思惑した通り、八尺の矛先は行成へと向いた。消して目立つような奇跡では無かったが、使い所を見極めれば確実に有効な一手である。
「征け。俺の事は、気にするな。厄災を、滅ぼす事だけを考えろ。頼む―――倍で返してやれ!!」
行成の身体が爆ぜる程の攻撃の波。誰が見ても彼の戦闘不能は明白である程の。
彼がしていたピアスが血塗れで空中を飛んだ。
――失敗は、許されないだろう。
亮平の獲物が到達したのは――八尺の下。幽霊男の干渉により、智雨は混乱を強いられている、嫌、己を取り戻しながら情報収集に躍起になる智雨という破綻者は今、庇うと言う行動を強いられていない。
故に、椿と亮平の攻撃は八尺へ到達した。だが、たったそれだけで、壊れる程八尺は、そう八尺は。
「アハハハハハハハハハハハハハ!!」
紫雨が両刃構える。
「ゲームオーバーだ、覚者共」
「寝言は寝て言え」
蕾花が魂を燃やした。
「燥ぐのは実際に事を為し終えてからにした方が良いのですよ、三下」
槐は紫雨へナイフを突き立てる。その長い尾を二つに裂かんと突き立てたナイフ。
どうせこんな、チンケな攻撃に紫雨が倒れるはずは無い。精々怒りを買って、せめて一瞬だろうと彼の足を縫い止められれば――良い。
「てめぇぇぇ、殺す!!」
瓦礫の中央から衝撃が放たれた。槐の身体が空を舞い、力無く倒れる。
その間、時雨は八尺を確保する。命を、魂を燃やし、八尺の制御をものとしようとするが。
「遥か、多くの命でも満足しねえ八尺に、ひとつの魂で言う事聞くと思った根性はいいがよ。やめとけ、破綻するぞ」
血塗れた蕾花を引きずった紫雨が瓦礫の上に立った。
祈り手を作ったいのり。
「貴方が何故血雨となったのか、いのりは知りました。
貴方はただ弟を、皆を守りたかった、それだけなのですね。
いのりは信じています。例え八尺に支配されようと本当の貴方は、貴方の魂はまだ死んでいないと。
八尺なんかに負けないでくださいまし!」
魂を削る。いのりの想いは届くのか、淀んだ紫雨の瞳が頭をガリガリ掻き始めた。
『――――』
ゆらり、揺らめく智雨の身体。
だが彼女のランクは4である。意識は最早消え、八尺の制御が無くなった今。ただの、力と化した彼女に今更意識など。
精々、その魂は空振り三振。智雨は所詮、殺すしかない。そう終わる――はずだったのだが、僅かに、智雨は数歩歩いてから、言ったのだ。
「――殺して」
「ああ」
それは、静かな終わりであった。
いのりは、抱きしめられていた。
透明で、透けていて、誰かさえ分からない。けれど。
ありがとうって。言われて、消えていった儚く優しい女性の声。
「アアアアアアアアアアアア!!!!」
紫雨は髪の毛をばりばりばりばりばり掻いてから、後ろへ倒れる。
「やーっちゃったよ……君達、ほんと……殺しちゃうとはね……、ふ、ふふふっアーーーーーーーーアハハハハハハハ!!!」
「あなたは、かわいそうです。救えないし、救われることもない」
タヱ子が睨む相手、紫雨は笑いながら空を見上げた。思い描いた逢魔ヶ時だ。
智雨が消えた結果、紫雨は本来の力を取り戻した。こめかみを抑えながら、笑う。
「ここらへんの頭痛が消えた!! なら、それ、帰して貰おうか」
紫雨は進軍する、数多が立ちはだかり刃を向けた。そればかりは、八尺の強奪だけは、許されない。
「流石に、ここから先は付き合ってやれねえよ、酒々井数多」
「でも、止めないとにーさまが危ないわ」
「ああ、そうだな。仲良く殺してやるから、安心しろ―――な?」
「お主は与えるばかりでは、ダメになるからの」
「幽霊男ちゃんも、そんなボロ雑巾になってまで俺様と遊びたい?」
「俺は殺したい」
「やだなあ赤貴くん。それじゃあさ」
なら、全員でかかってきな。
そうして紫雨は八尺を握った。
炎が消える。最早この戦場に意味は成さなくなった。
新たな、厄災を残して。
片腕から零れ落ちる血を抑えながら、アニスは足を引きずって紫雨へと近づく。
「斗真はどこですか……? まだ貴方の中にいるのですか?」
去りゆく背中をアニスは掴んだ。まだ逃がせぬ、まだ見失えない。目的がある。
「もし……貴方が少しでもあの場所を大切だと思っているのであれば」
「黙れよ」
「お願い」
「黙れ!!」
「止めてください!」
アニスの首を、龍の白い腕が掴んだ。
怒りに任せて首を握り潰す事は容易かったはずだが、反抗している力があるのか圧迫程度で収まっている。
「くだらねえ、愛だの、友情だの、いかにも正義臭くて鼻がもげる伏線バラ撒きやがって、そんなんで俺様の目的が崩されたらたまんねぇ。
余程、お前の口は斗真が欲しいみてぇだが、そんなら全部終わらした後に家畜みたいに愛してやるからお気に入りの首輪でも探しとけ!!」
アニスの身体を拒絶し、飛ばすとき。
――パシィン。
亮平の平手打ちで、紫雨はぶたれた後――――暫く、動かない。
静寂が訪れた。
紫雨の口端が切れ、血が零れる。点、点、と地面が赤く染まる。
亮平も思った以上に力が籠り、打った手が赤くなり、じんじんと痛みを発していく。
「俺も君と同じように仲間に危害を加えられたら怒るよ……。紫雨も斗真君も……血雨の役割を変わって罪を背負おうとするな」
気まぐれで、終焉なんて起こしてたまるものか。
「ふ、ぅ、うっく、ううっ、ふ、あは、あは、あははははははは――――いてえじゃねえか、死ね」
紫雨の八尺が亮平に直撃し、後方奥深くまでふき飛ばされた。骨という骨が折れ曲がり、意識を手放すほんの一瞬。
「なんで、泣いたの」
ぷつんと途切れた亮平の意識。
壁を作る炎、合間に見える紫雨の背中が消える一瞬の手前。
「待ってるね、五麟で」
一瞬だったけれど、優しい声が響いた。
弐陣開幕前ですが。
今しがた千陽と蕾花が盛大に投げ飛ばされて、弐陣と参陣の間をバウンドしながら飛んでいった。
『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)が飴玉の包みを開き、中身を口の中で転がしながら『それ』を見送りながら言う。
「無茶苦茶な敵がいるもんだ」
どびゅん。
すると数秒もしない内に、飛んでいった二人が戦場に戻っていく。
「元気ですねえ、頑張って下さい」
納屋 タヱ子(CL2000019)が二人の背中にエールを送った。ふと、タヱ子は。
「深度不明……3、もしくは4の破綻者と戦った事があります。二人が魂を賭けても倒せませんでした」
もし、あの時と同じなら――。
それから三十秒後が開幕である。
「時間ですわ、参りましょう」
『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)を中心に、十人の覚者が横一列に整列していた。
各々の武器を手に、前へと向け――そして、スタートダッシュを切った。
「交代だよ、お疲れ様」
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328) が血雨の手前まで一気に距離を詰め、前陣の十人の離脱を促した。
「ありがとう、ございます……そして、すいません黒札は――」
奏空の声に、亮平は頷きながら瞳を凝らして確認した。そうか、黒札は一枚も貼れなかったか。
黒札は、戦闘をより効率的に動かす手段である。
それを使わないとしても、血雨を攻略する手立ては十分に存在するのだ。
いのりは、紫雨を見上げた。
「だから、絶対に絶望などしませんわ」
「帰る場所を失っても?」
「FiVEは、そんな事で負けたり致しませんわ」
「そうかい」
背中で一陣が退いていくのを感じ取りつつ、深呼吸してから、『水の祝福』神城 アニス(CL2000023) は紫雨の背中に手で触れた。
裏切られ、そしてこれからも彼は少女を裏切り続けていくことだろう。積み重ねていく罪の数だけ、紫雨では無く、アニスの心の方が軋み、悲鳴を上げていた。
「紫雨さん……それでも私は信じます……まだ、貴方を解放できると」
振り返った紫雨は紅く鋭い瞳に彼女の姿を捕える。
酷く淀んだ瞳があった。
「アニスちゃんさ、あと何回傷つければ諦めてくれる?」
吐き捨てるような返事が、突き刺さる。
「んもー! 弐號!! めんどくさいことしちゃって!」
シリアスを叩き壊した『紅戀』酒々井 数多(CL2000149) の明るい声が戦場いっぱいに響いた。
「聞いてるの、弐號ー!」
ダッシュから両手を地面につけ、腕の力だけで飛び。揃えた両足が弐號――もとい、紫雨の顔面を蹴り飛ばす。紫雨は漫画みたいにくるくる回りながら地面をバウンドして、
「あぎゃらーーーー!!?」
面白い叫び声をあげながら両目をぐるぐるさせつつ、地面に伏せった。
「何寝てるの、弐號! 立ちなさい!!」
「七星剣でも頭級の頭たる幹部様を両足で蹴るたぁ……無謀通り過ぎてんぞ」
「うっさいわね、ファンなら許容しなさいよ。器が小さい男ね!」
手始めに、八尺は真隣のビルを切った。ビルの端から端、斜め一直線に入った切れ目がずれ落ちていく。
天へ高く身を舞う深緋・幽霊男(CL2001229)は呪具八尺の怒号を無視しながら智雨の前へと着地。
「僕の物は僕の物。グレ助の物も僕の物。つまりグレ助も僕の物だ。全ていただく」
ジキルハイドで智雨を裂く。成程、彼女が八尺を庇い続けているのは明白か。
それはそれとし。
「わーすごいぐれすけぜんぜんきがつかなかったー」
「心がこもってなああい!! もっと愛とか込めて!!」
紫雨が幽霊男を揺らす。
「ぐれすけは、不器用じゃよな」
「だからかな。俺様に足りないのは生きている時間って奴なんだ、俺様が八神の齢なら絶対に日本最強だと思う」
「フーン」
「興味無さそう!!」
大体予測はできた事かもしれない。思えば、あのタイミングであまりにも挙動不審な組織で極まっていた。
「どうやらあんたに嵌められた状況です?」
槐が紫雨のまわりを一周した。
「嵌められただなんて人聞きの悪い! 誘導した、が正しいぜ」
「どっちにしろ。同じようなものじゃない」
ゆらり。
眼玉だらけの刀身が、熱風に揺れる陽炎を従える。
右に持ち上げられていた八尺が、何時の間にか左側へ振り切られている。刹那、真空波が覚者を襲った。
目に見えぬ刃――早過ぎて見えなかった刃を受けた『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352) の身体が左側のビルの支柱をへし折り、ビルが目に見えて崩壊を始めていく。まるで世界の終焉のような光景に、行成は無意識でピアスに手を振れた。
瓦礫が落ち、ヒビが入る壁面。地響きと共に、まるでドミノ崩し程度には簡単に崩れていく建築。
街の中心、道路の中央。タヱ子は八尺の一撃を正面から受けて地に足をつけていた。
どこまで通じるのだろうか。タヱ子という存在は。
どこまで耐えられるのだろうか。タヱ子という少女は。
己が興味本位に、仲間を助けたい一心を背負い。タヱ子は―――、右腕が空中で吹き飛び回転しながら落ちた。
「前もこんな事無かったか?」
行成は言った。
瓦礫と瓦礫の間を飛び跳ねつつ、行成は埃が湧き上がるビル内部から槍を投げる。
埃と空気を蹴散らす槍は智雨の腕を射抜いて、地面に縫い止めた。最早道路と呼べない歩道に突き刺さる槍の上に、御白 小唄(CL2001173)が降り立った。
「さあ、ちょっと遊んでもらおうか!」
トン。
音を残して、小唄の身体は智雨の胴体へ潜り込む。まずは左手の一撃、電撃が迸る腕を前へ。これを智雨はまともに受け首が左へと向く。更に小唄は右手を出す。風を纏いし腕が腹部を狙い、智雨の身体をくの字に曲げた。
満足そうに笑う小唄は最早、数週間前まで一般人であった少年という身分はとうに消えている。
ふんわりとした狐の尾を見て、紫雨は目を細めた。
「狐……?」
ギクッ。
小唄が首を横に振る。
「お、狼だよ!」
「無理あるだろぉ」
最早隠し切れないか。
槐の装甲が突破され、槍のように鋭く尖った八尺が彼女の身体を串刺した。
口の中の鉄の味を感じてから、消して無傷での生還は難しいだろうと覚悟はしていたが。こうも、ごっそり体力を持っていかれるものなのか。
防御に秀でる己の身でさえ、衝撃と振動に内臓がシャッフルされた気分だ。
紫雨は言う。
「どんだけ傷つけようとも傷さえつかない君達の為に、お家を火事にしておいた俺様のイカした演出は気に入ってくれた??」
「演出が過ぎると、むしろ薄っぺらく見えてくるぞ」
葦原 赤貴(CL2001019) がピシャリと反論。
「ガーン!」
本気で落ち込んだ紫雨は刃を仕舞いながら、一回欠伸した。半ば、紫雨はピクニック気分だ。
全く。七星剣は狂人の集まりか、赤貴は苛立ちながらも剣を取る。さあ、始めようか、赤貴による今宵、盛大なパーティを。
「釣りはいらんぞ、丸ごと持っていけ……!」
紫雨は飴玉を舐め始める。
「また『それ』か。お前等はいつもそれがお家芸だ」
刹那、赤貴の周囲の空気が色濃く変わる。
命の最後の一滴だろうと燃やし尽くす力の変動。破壊にも似た希望を抱き、そして赤貴は駆けた。一歩踏みしめるごとに地面にヒビを入れ、そして黒札を――。
紫雨が飴玉を噛み砕く。
結果、赤貴の行動は智雨の身体に貼られただけで終わる。黒札は、八尺本体に貼らなければ意味は無い。故に、黒札は智雨に影響を与えずに溶けて消えた。
打って変わって、勇気づけるような声色で数多は声を張り上げる。
「智雨さん、声がきこえるなら弐號にそれを奪わせたらだめってわかる? 貴方を助けることはできなくても弐號がその八尺に食われないようには、したいのよ!」
奈落に小石を落として、底を探す程。破綻者として成立した智雨に声を届けるのは無謀を極めていた。
数多は諦めない。唸る八尺と刀が交差する。激しい金属音に声が負けそうになった。
でも。
喩え一寸の光が無い場所でも、前へ進む覚悟がある少女だ。無視されようが、暴力で返ってこようが、数年寝ざめぬ大切な人を待ち続けた地獄よりは、楽園だ。
「貴方も八尺から解放したげる! ファンがやることの責任とるのが今風アイドルってもんだからねっ!」
いのりは腹をくくり、噛みしめていた唇を解放した。かなりキツく噛みしめていたようで、口内は血の味に滲む。
ふと、背後に気配。
智雨だ。
開いた口からいのりの黒札が腕ごと消えていく。痛みに、恐怖に、揺れるいのりだが。逆の腕で新たに刻んだ術式が回復を施していく。
槍の牽制、「任せろ」と行成はいのりを背に隠した。
たった一人の少女を助けられずに、何が覚者であるか。行成は水のベールを纏わせた矛先で突く。
晴れやかに輝いていた行成の金髪は今、赤く染まる事さえ厭わない。
まだ温かい血を被りながら更に奥へ奥へと突き刺す槍に、血雨の歯奥がぎりぎりと鳴り響いた。
「第二波、来ます!!」
タヱ子が仲間に呼びかけた。目の前から消え、背後にまわった八尺の先制。
上から下、槌の如く落とされた八尺は黒札を持っていた者、いのりを狙った。身体を挟み込み、片腕失くした小さな身体で八尺を受け止める。
口が開き、異臭がする。瞳がタヱ子を覗き込んでいた。
「負けない」
今度は反対の腕が消えている。だがこの攻撃は貫通、背後のいのりさえ身体がおかしく抉れていた。
アニスといのりの身体を両腕で担いだ槐が、血雨の背後に着地。攻撃の衝撃と直撃から逃れたものの、いや、逃れていない。槐の片足がごっそり消えていた。
「ちょっと。自慢の足を。どうしてくれるのです」
見切った幽霊男が身体を翻して八尺の口を回避。
ただでさえギリギリで羽織る着物を戻そうとする素振りさえ見せず、幽霊男は息をせずに次の行動へと移った。
赤貴の大剣が深々と智雨を抉って、抜く。その断面が糸のように合わさっては再び智雨の切断部位は治った。
一瞬の隙を見逃すな。
まだ、八尺が模した人間という想像像には智雨の意識というものが生きている。だが、それを戻すのはかなりの至難な業だ。現に、彼女の意識は生きていても、身体は破綻者なのだから。
バクンと口が伸びて小唄の尻尾の先が綺麗にカットされていた。
「流石に、格が違うね。でも!」
小唄は空中で回転、眩しい程に煌めく金髪が、いよいよ顔を出し始めた星々に煌めく。
厄災たる智雨を目の前にして、笑顔で軽く身をこなす小唄。そして智雨まで距離を詰めた時、蒼めいた瞳が光る。足を揃えて、地面を蹴れば衝撃が智雨の胴体を瓦礫の山の中へと倒す。
突風を纏った若い狐は、へへんと笑いながら耳を動かした。
「狐」
「狼!!」
「はは、強いな。楽しく戦う奴は、俺様は好きだ」
「え、うん」
行き成りの紫雨の言葉に、小唄はきょとんとしたが。彼も人並みに、人を好く事があるのだろう。
●弐/弐
弐周目に入る。
「――は」
亮平の瞳が開眼した。どうやら真っ直ぐに空。つまり自分は寝ている。
激痛。
下半身というものが無くなっていた。あ、これ結構やばいんじゃないか、今後の車椅子生活を考えると店の切り盛りとか大変で云々と考えていた矢先、下半身が生えた。
「紫雨さんっ」
泣き出しそうな。
「斗真、さんっ」
声色で、嗚咽を漏らし。
手元は一切緩めず回復に徹するアニスが立っていた。
この時までも、どうやれば彼を助けられるか、アニスは答えに到達していない。
心情がぐるぐる廻る、凄まじい魔力を正確に練り上げながらも、ぐるぐる廻る。
「斗真、さん」
「ぅ、ぐぎぎい!!? い、いてえぇ、畜生、寝てろ!!」
紫雨が頭を抑えた。
「まだ私は貴方『たち』の事……何も知らないんです。知る為に……まずはお助けします」
「『たち』だぁ?」
紫雨は頭を抑えたまま、言った。
「なんでだ!? なんで、アニスちゃんは、俺様まで助けようとしてんだ!!? 普通、俺様を殺して暁を奪い返すっていう爆笑シナリオ、オンエアだろ!! なのに、」
相容れない、相容れないだろう。
違う、相容れないのでは無い。
紫雨は確実に、アニスへ恐怖していた。人は意味不明な事象に恐れを成す事がある。紫雨にとってアニスはそれであった。
ヘイトを買い。
多くの命を奪い。
多くの悲しみを生産する。
理由は面白いから。
覚者にとって、非生産的で無価値で厄介で愚かで自己中心的な生き物である七星剣の幹部を助ける――だと。
ここでひとつの疑問が生じた。俺様は、どうすれば救われるんだ?
「は、はは」
笑ったのは紫雨の、アニスへの賞賛。
「まいったな」
片足失くした数多が地面を滑りながら紫雨の前で止まった。紫雨はあえてスルーして距離を取ったが何時の間にかに足を掴まれている。
「俺様、アイドルちゃんがいまいち掴めない」
「心外ね。ところで弐號。その龍心っていうのと黒札効果で八尺に心を食われて、智雨さんみたく取り込まれないようにするの?」
「ああ、そうだな」
「おもしろそう、その龍心教えてよ!」
「無邪気か!!」
横薙ぎの一閃。
狙いは亮平――彼が持つ黒札だ。タヱ子は通信の要である彼を庇う一心で刃を腕に装着されたシールドで受け止めた。
ヒビの入るシールド、両腕の骨が軋み、悲鳴を上げている。だがまだこれから受け止め切れるはずだ。防御としても、FiVEの中で群を抜く彼女が、だが――。
形を変えた八尺が口を開き貫通していく。
殺さなきゃ。
タヱ子は願うように想った。
殺さなきゃ。
血雨に。仲間が、五麟が、これから喰われゆく人々がいるかもしれない。
不屈の精神で、砂の様に零れては削られていく体力で。窮地に立たされる局面で、タヱ子は言う。
「殺さなきゃ!!」
「だから、殺す。死ぬまで、殺す」
一瞬であった。赤貴の身体が血雨の横を通り抜け、時間差で智雨の頭から下まで一気に裂けていく。
生き抜くためだ。生きる為に食べる、寝る、程度の当たり前の事だ。
例え限界を超えて、全身の筋肉がはち切れても、この意志がある限り赤貴は剣を振るう事は止めない。見詰めるのは、血雨に透かした紫雨だ。震えたつ怒りに、仲間へ彼が行った暴挙を重ねれば。
紫雨もまた、赤貴にとって排除すべき敵である。
亮平のナイフが、いよいよ顔を出してきた月明りに照らされる。
「君の筋書き通りには、させない」
「今日は、それのオンパレードでいい加減聞き飽きたぜ」
紫雨に一言置き土産を言い放ち、かんばせに憂いの色を魅せた。
背中で視線を感じながら、亮平のナイフは彼の手の中で自由に動く。喩え、背後に立たれようともすぐに反応も可能だろう。
思い通り、智雨は彼の背を取った。振り向く亮平、そして智雨の首にナイフが刺さり、鮮血が彼の顔面を赤く化粧した。
濃霧を生み出し、其の中へと雷を放ついのり。
智雨の感電に叫び声を聞いた刹那、いのりの心がズキと揺れた。本当は、破綻者から彼女をヒトへと戻したい。けれどそれは叶わぬ夢である。
八尺を倒す為に、まず智雨が障壁となっている今。いや――それでも、いのりは心を強く持ち、潤んだ瞳から雫を零さないようにした。
「大丈夫だよ! きっと、なんとかなる!!」
小唄が励ますように声を張った。その言葉には根拠と言うものは一切合切無かった。ただ、元気で快気な少年は、そうあり続ける事で編成の空気を和ませるのだ。
ナックルをはめた両手で智雨を穿つ。だが代わりに小唄は首から上が食われた。それでも、即座に命数をチップに欠損を取り戻す。
「今ちょっと死んだかと思ったけど、大丈夫!!」
片足一本で、槐は立つ。
車椅子で無いだけ、片足あれば槐にとって十分だ。休む暇など与えられない、次撃。見極めるのだ、奴は黒札を狙っている。
智雨の力で中衛前まで乗り込めた彼女が、いのりの黒札を狙い口を開いた。いのりの瞳に見える、食された者達の無念と執念と嘆きのパーティ。まるであの中は、虚ろにして地獄。
だがそのいのりの身体は槐が押した。ふわりと香る、槐のにおい。いのりが、手を伸ばした瞬間。
槐の身体が縦に引き裂かれて半分が消えた。連戦により体力が響く槐の身体にも、ついに限界が来たことを示していた。命数を使って、逆再生のように治っていく彼女の身体だが、いのりの足下は血雨同様、赤い水溜りが広がる。
まずは、全員が生きて帰るのだ。
槐は言う。
「だから、私は大丈夫なのです」
薄い感情を高ぶらせて、まるで女王のように高貴に、上品に血雨を見下した槐。
血雨、紫雨、百鬼、そりゃあ全部が全部一度に消え去るのならハッピーエンドこの上無いだろう。しかしそれには、誰一人欠けてはいけないのだ。
随分、重い役目である。庇う者というのは。
応えるように、いのりは杖を掲げた。彼女の修復を、彼女の治癒を、彼女の命をこの世界に繋ぎ止める為に。
ビルの残骸が今更降り注いだ。傾きかけているビルから、隕石のように破片が。そして一際大きいものが数多の頭に直撃。
「あったま来た!! 櫻火真陰流、酒々井数多。本気で往くわよ。散華なさい!!」
頭部直上から血を流しながら、愛対生理論の感触を確かめてから上空に振り翳すように薙いだ。血雨の腹部が割れ、鮮血の全身を染める。
血雨の背後に回った行成。亮平と合わせて、刃を向けた。八尺に、そして智雨ごと突き通せばいいのだが、生憎智雨の妨害は手厚い。
食事を求めて蠢いた八尺が、くつくつと笑った。行成を飲み込むようにして食い散らかしていく。圧倒的で、一瞬の出来事であった。彼はせめてピアスだけは譲れないと、肩口を消されただけで済んだのだが命が燃えた。
瓦礫の世界、その中で。幽霊男は、地に足をつけて立っている。
右を見て、左を見る。
「ふむ……そろそろ、じゃとおもうのだがな。これ以上は、こっちがジリ貧からの転覆じゃぞ」
疲労蓄積、命数の使用多発。八尺も十分に肥えているだろうし、相応に強化も進んでいるはず。
こっちは削られるのに、あっちは強化だなんて。なら。
「一斉、攻撃を」
●総攻撃
「総攻撃、開始するよ」
亮平の声が響く。
紫雨はここで初めて、二刀の刃を抜いた。
「そっちが本気で来るのなら、こっちも本気出して頑張らないと、ネ!」
「よおぉし、皆!! もうちょっとだからがんばろう!!」
小唄が再度叫んだ。己も、欠損しては再生を繰り返し、果ては根性まで使い果たした。限界を超えてなお、小唄は希望を模索していたのだ。
其の光輝く姿に、誰が挫けようとするものか。
直前まで血雨に攻撃していた弐陣は、回復もまともに行き届いておらず、各々が崩壊寸前である。
まるで絵に描いたように、訪れた崩壊。八尺が一度、風を起こせば檄が地面を抉りながら飛んでくる。数多も、小唄も、槐も、赤貴も、タヱ子も、上半身を失くした状態で地面に膝をついた。
「お手製の武器、食ってんじゃないです」
槐がやり返しのカウンター。片足を持ち上げ八尺のどでかい瞳に叩きこんだ。
「靴が汚れたら、責任取ってくれるんです? もう、汚れたんで訴えますけど」
金切声をあげながら後退する血雨。
しかし先の攻撃で倒れた者は一人もいなかった。根性と、命数を使い分けて。前へと踏み出す勇気がある者たちは早々簡単に倒れやしない。
たった一人、アニスだけは。
紫雨がアニスを抱えて被弾を回避させる。唯一攻撃されない少年の、近くは切り取られた安全な世界だ。
蛇に喰われた時、一度だけ助けられた。だから、一度だけ助けた。
「でも。なんで、倒れねえんだよ」
紫雨は言う。
「なんで、死なねえんだよ!! いくら不死身の覚者だろうが、限界はあンだろう!?」
「みーえた☆」
数多の声が響いた。紫雨は一瞬、きょとんと表情を馬鹿に浮かべてから、もう一度数多を見た。
意外や、意外。
紫雨の中だけにしか無かったものが。数多の心の奥深く底で目を覚ました。
『鉄よりも柔軟性があって、龍のように頑丈なもの』。
奪い取った数多が、無邪気に笑いながら桃色の髪を撫でる。
「私を、誰だと思っているの弐號」
「な、なんでだあああああああああああ!!?」
「参る!!」
数多は刃の背を指でなぞった。数多として非常に腹が立つが、同じ櫻火流として目の前には刀嗣がいる。
一切の口や音声での打ち合わせは無いが、先に攻撃を行った刀嗣が裂けた断面から瞳で合図を送ってきた。
「ぬかるなよ、ピンク」
ぶちぃ!! 数多の頭の中で音が響いた。
「うっさいわね、次それで呼んだらそっちから昇天させるわよ」
「……? オマエ」
「あ、気づいちゃった?」
刀嗣は龍心がある数多に酷く驚いた。
そして、音も無く、横に薙いだ刃は智雨の背骨をへし折りながら、切り裂いていく。何も感じない、誰かを切るという事に。破綻者だからこそかもしれない、けれどこれが人であったとしても濃霧の湖畔に小石を投げて反応を見るようなものだ。
小唄が血雨に抱き付いた。一瞬の静止、そして赤貴の追撃。
まるで怒り高ぶる獣の瞳で、大剣を手足のように扱いこなす。生きたいのなら、相手を殺せと。世界の為なら、殺せと。完璧に不屈に割り切れる少年の、迷い無き太刀筋は正確緻密。
「……狂人と変わらない? 何を今更。同じ世界に生きているんだ、大した差などあるわけがない」
してやったりと笑う小唄は拳を交換に刃を腹部に貫通させて吐血。
「ここで、絶対に終わらせるんだ!! まだ、まだ……ここからなんだ!!!」
小唄の想いに、参陣の攻撃が重なっていくとき――。
「守ると決めたら、最後まで守らんか。たわけ。独りで無理だというなら手伝ってやろう。女は根性じゃぞ?」
幽霊男が八尺に干渉した。神話級の神具、成程。ならば魂を使えば或いは――!!
しでかそうとする幽霊男に八尺が絡まんとした。だがさせない。タヱ子が八尺を両手で抑えて、地面に落す。
ごめんなさい。あたなは救えない。
世界の為だと救えないものを割り切る覚悟がタヱ子にはある。抑え込んだ八尺を両手だけでひっかき傷を残した。暴れて形を変える八尺はすぐにタヱ子の手を掠めてしまうが、そのときには遅い。
幽霊男が干渉するのは物理的でもあるが精神的にもだ。智雨の意識を、智雨の心を、呼び戻す。そして、願わくば八尺とのリンクさえ切ってしまえ。
「ふざけんなよ」
紫雨の表情が怒りで歪んだ。
「ふざけんなふざけんな、ふっっざけんな!!! てめぇらはいつもそうだ、奇跡か? 命か? そんなものに頼って、逆境かましやがらぁぁ!!」
「耳障りだ、少し、黙っていろー―!!」
赤貴が紫雨に飛び込み、大剣では無く本物の拳で彼を吹き飛ばした。
全く。こんなやつを救いたいなどと言いだすのはどこのこんこんちきだか。赤貴の知覚の外で行われる、生存戦略は理解し難いものだ。
幽霊男の得物が八尺と智雨の繋げる腕を狙う。鼓動する触手に刃を、精神に言葉を。嗚呼、あの時と同じだ。神話級とはよく言ったもの、伝説級の八尺に対しては脳内が激痛と悲鳴に目が廻る。
送り込み、逆流する意識の波の中。
そして手元が確かな手応えを感じる――ぶつん。
『――――きゃあああああああああああ!!』
突如叫び声をあげたのは智雨だ。頭を押さえ、目が白目になるほど上向き。
彼女は『破綻者』である。
そこに既に、逢魔ヶ時智雨としての意識も、思考も、あるはずが無い。君臨するのは、ただ暴力という名前の力だけ。身体は制御を失い、暴れ出した。
もし、智雨の意識があるとすればそれは八尺の中に未だ留まっている。
「亮平さん!!」
「ああ!!」
椿の声が戦場に響いた。亮平と、椿。二人が魂を燃やす。
狙いは、ただひとつ――八尺。椿が矢を放ち、そしてそれに合わせて亮平の身体が矢と共に地面を滑っていく。
更にここで行成が魂を発動させた。
もしかしたら、君のもとへ近づくかもれない――恭華。許してくれるだろうか。耳元のピアスが、熱を持つ。
「冷たく燃え上がれ、我が魂……一瞬の好機の為に、この一時を支配させてもらう」
地を揺るがし、そして願うのは。全ての攻撃を己へと課す事。
彼が思惑した通り、八尺の矛先は行成へと向いた。消して目立つような奇跡では無かったが、使い所を見極めれば確実に有効な一手である。
「征け。俺の事は、気にするな。厄災を、滅ぼす事だけを考えろ。頼む―――倍で返してやれ!!」
行成の身体が爆ぜる程の攻撃の波。誰が見ても彼の戦闘不能は明白である程の。
彼がしていたピアスが血塗れで空中を飛んだ。
――失敗は、許されないだろう。
亮平の獲物が到達したのは――八尺の下。幽霊男の干渉により、智雨は混乱を強いられている、嫌、己を取り戻しながら情報収集に躍起になる智雨という破綻者は今、庇うと言う行動を強いられていない。
故に、椿と亮平の攻撃は八尺へ到達した。だが、たったそれだけで、壊れる程八尺は、そう八尺は。
「アハハハハハハハハハハハハハ!!」
紫雨が両刃構える。
「ゲームオーバーだ、覚者共」
「寝言は寝て言え」
蕾花が魂を燃やした。
「燥ぐのは実際に事を為し終えてからにした方が良いのですよ、三下」
槐は紫雨へナイフを突き立てる。その長い尾を二つに裂かんと突き立てたナイフ。
どうせこんな、チンケな攻撃に紫雨が倒れるはずは無い。精々怒りを買って、せめて一瞬だろうと彼の足を縫い止められれば――良い。
「てめぇぇぇ、殺す!!」
瓦礫の中央から衝撃が放たれた。槐の身体が空を舞い、力無く倒れる。
その間、時雨は八尺を確保する。命を、魂を燃やし、八尺の制御をものとしようとするが。
「遥か、多くの命でも満足しねえ八尺に、ひとつの魂で言う事聞くと思った根性はいいがよ。やめとけ、破綻するぞ」
血塗れた蕾花を引きずった紫雨が瓦礫の上に立った。
祈り手を作ったいのり。
「貴方が何故血雨となったのか、いのりは知りました。
貴方はただ弟を、皆を守りたかった、それだけなのですね。
いのりは信じています。例え八尺に支配されようと本当の貴方は、貴方の魂はまだ死んでいないと。
八尺なんかに負けないでくださいまし!」
魂を削る。いのりの想いは届くのか、淀んだ紫雨の瞳が頭をガリガリ掻き始めた。
『――――』
ゆらり、揺らめく智雨の身体。
だが彼女のランクは4である。意識は最早消え、八尺の制御が無くなった今。ただの、力と化した彼女に今更意識など。
精々、その魂は空振り三振。智雨は所詮、殺すしかない。そう終わる――はずだったのだが、僅かに、智雨は数歩歩いてから、言ったのだ。
「――殺して」
「ああ」
それは、静かな終わりであった。
いのりは、抱きしめられていた。
透明で、透けていて、誰かさえ分からない。けれど。
ありがとうって。言われて、消えていった儚く優しい女性の声。
「アアアアアアアアアアアア!!!!」
紫雨は髪の毛をばりばりばりばりばり掻いてから、後ろへ倒れる。
「やーっちゃったよ……君達、ほんと……殺しちゃうとはね……、ふ、ふふふっアーーーーーーーーアハハハハハハハ!!!」
「あなたは、かわいそうです。救えないし、救われることもない」
タヱ子が睨む相手、紫雨は笑いながら空を見上げた。思い描いた逢魔ヶ時だ。
智雨が消えた結果、紫雨は本来の力を取り戻した。こめかみを抑えながら、笑う。
「ここらへんの頭痛が消えた!! なら、それ、帰して貰おうか」
紫雨は進軍する、数多が立ちはだかり刃を向けた。そればかりは、八尺の強奪だけは、許されない。
「流石に、ここから先は付き合ってやれねえよ、酒々井数多」
「でも、止めないとにーさまが危ないわ」
「ああ、そうだな。仲良く殺してやるから、安心しろ―――な?」
「お主は与えるばかりでは、ダメになるからの」
「幽霊男ちゃんも、そんなボロ雑巾になってまで俺様と遊びたい?」
「俺は殺したい」
「やだなあ赤貴くん。それじゃあさ」
なら、全員でかかってきな。
そうして紫雨は八尺を握った。
炎が消える。最早この戦場に意味は成さなくなった。
新たな、厄災を残して。
片腕から零れ落ちる血を抑えながら、アニスは足を引きずって紫雨へと近づく。
「斗真はどこですか……? まだ貴方の中にいるのですか?」
去りゆく背中をアニスは掴んだ。まだ逃がせぬ、まだ見失えない。目的がある。
「もし……貴方が少しでもあの場所を大切だと思っているのであれば」
「黙れよ」
「お願い」
「黙れ!!」
「止めてください!」
アニスの首を、龍の白い腕が掴んだ。
怒りに任せて首を握り潰す事は容易かったはずだが、反抗している力があるのか圧迫程度で収まっている。
「くだらねえ、愛だの、友情だの、いかにも正義臭くて鼻がもげる伏線バラ撒きやがって、そんなんで俺様の目的が崩されたらたまんねぇ。
余程、お前の口は斗真が欲しいみてぇだが、そんなら全部終わらした後に家畜みたいに愛してやるからお気に入りの首輪でも探しとけ!!」
アニスの身体を拒絶し、飛ばすとき。
――パシィン。
亮平の平手打ちで、紫雨はぶたれた後――――暫く、動かない。
静寂が訪れた。
紫雨の口端が切れ、血が零れる。点、点、と地面が赤く染まる。
亮平も思った以上に力が籠り、打った手が赤くなり、じんじんと痛みを発していく。
「俺も君と同じように仲間に危害を加えられたら怒るよ……。紫雨も斗真君も……血雨の役割を変わって罪を背負おうとするな」
気まぐれで、終焉なんて起こしてたまるものか。
「ふ、ぅ、うっく、ううっ、ふ、あは、あは、あははははははは――――いてえじゃねえか、死ね」
紫雨の八尺が亮平に直撃し、後方奥深くまでふき飛ばされた。骨という骨が折れ曲がり、意識を手放すほんの一瞬。
「なんで、泣いたの」
ぷつんと途切れた亮平の意識。
壁を作る炎、合間に見える紫雨の背中が消える一瞬の手前。
「待ってるね、五麟で」
一瞬だったけれど、優しい声が響いた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
ラーニング成功!!
取得者:酒々井 数多(CL2000149)
取得技:龍心
取得者:酒々井 数多(CL2000149)
取得技:龍心
