≪Vt2016≫甘い夢見るVALENTINE
●
――指先が冷たいの。
彼の吐息が指先に絡めば、熱を持つのは顔の方だ。
そんな溜息のような吐息で、指先が温まると思わないで。
もっと近くで、抱きしめて。
そのくちづけで、身体の芯までとろかして。
今日くらいは、一緒に朝まで感じさせて。
でも、あんまり温めると溶けてしまう。
貴方の為のチョコレート。
指先に貼られた絆創膏は、努力賞だって早く気づいて、お願い。
――指先が冷たいの。
彼の吐息が指先に絡めば、熱を持つのは顔の方だ。
そんな溜息のような吐息で、指先が温まると思わないで。
もっと近くで、抱きしめて。
そのくちづけで、身体の芯までとろかして。
今日くらいは、一緒に朝まで感じさせて。
でも、あんまり温めると溶けてしまう。
貴方の為のチョコレート。
指先に貼られた絆創膏は、努力賞だって早く気づいて、お願い。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.VALENTINEしよう
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
リア充がぁっ、目がァ、目がぁああ! いいぞぉ、愛を育みやがれこの野郎ォォ
素敵な夜を過ごしたいお前等へぇぇ
工藤狂斎がぁっ、誰がぁ、やっでも同じがもじれないげどぉぉ
頑張っでえ、ロマンチックチックもう止められなぃぃみたいなリプレイ書きだぐでぇ
いちゃこらしろぉぉ! いちゃいちゃがぁぁ書きたいぞぉ、頼むぅぅ!
●状況
かなりフリーダム
●場所:五麟市内
特に指定無ければ、かなり勝手に五麟の夜景が見える的な場所。何故だか、何故だか知らないが通行人も少ない。
昼はいつもの賑やかな世界。
夜空には満天の星と、輝く月、寒いけどそれもまた風情があって良し。
なお、空は雨が降った後みたいな澄み切った夜空で、いつもとは違う艶やかな世界。
ついでに言えば逢魔ヶ時とか東小路とかもいない平和な日。
●時間帯:昼~夜中
●対象年齢:全年齢
●イベントシナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼難易度普通の33%です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】というタグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
・NPCの場合も同様となりますがIDとフルネームは必要なく、名前のみでOKです。
・イベントシナリオでは参加キャラクター全員の描写が行なわれない可能性があります。
・内容を絞ったほうが良い描写が行われる可能性が高くなります。
ご縁がございましたら、宜しくお願い致します
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
35/∞
35/∞
公開日
2016年02月27日
2016年02月27日
■メイン参加者 35人■

●
「世間はバレンタインデーなの」
瀬織津・鈴鹿は、悲しみに満ちた表情を浮かべていた。
「勿論、幸せそうな人は祝福するの……だけどこの日はモテない可哀想な人達がうじゃうじゃ居て哀しみに満ちた日なの」
鈴鹿の両親は言っていた。
「人に優しくなれる人になりなさい」
「悲しんでる人が居たら助けてあげなさい」
と。
つまり、行うのは善行。モテない可哀想な人々へチョコを渡して、悲しみを笑顔に変えるのだ。
「ねぇ、喜んでくれたかな? 私の愛は貴方に届いてる? クスクス……それでは良いバレンタインデーを、なの♪」
鈴鹿はカメラ目線、笑顔で手を振った。
●
月歌浅葱と、守護野鈴鳴は夕焼けに染まる空を見上げながら、見慣れた道を辿っている。ふと、浅葱が鈴鳴の袖をくいくいと引っ張り、足を止めた。
「ホットチョコレート売ってるのですよっ、飲みませんかっ」
「暗くなってくるとやっぱり寒いですものね。じゃあ少し、寄って行きましょう」
「じゃあ、買って来ますねっ」
「ありがとうございます」
二人で並んでベンチに腰かけ、お揃いのホットチョコレートで一息。
湯気さえとろける甘い香りが、冷め切った身体に浸透していく。
「ふぅ、あったまりますねっ」
「あつっ……ふふ、甘くて、温かくて、美味しいです」
「ふふふっ、これも友チョコな感じですねっ。友と分け合うチョコみたいなっ」
「確かに。これも立派なバレンタインですね」
手元はチョコレートで温かいのだが、外は気温一桁台と中々の寒さだ。凍える風が通り抜け、冷めないようにチョコレートを両手で抱える鈴鳴。
それを察してか、浅葱は。
「ちょっと冷えますねっ」
ロングマフラーを鈴鳴の首にも巻いて。まるで二人は恋人同士のような形に収まったけれど。
「確かにこれならあったかいです」
「これで寒さもへっちゃらですっ」
「日向みたいな鈴鳴さんぽかぽかですしねっ」
「私がぽかぽか日向だったら、浅葱ちゃんは燦々としたお日様でしょうか」
「私がお日様なら鈴鳴さん温めないとですねっ。ほっこり素敵な笑顔になるまで温めちゃいますよっ」
「一緒にいると元気になれて、いっぱい笑顔が貰えますから」
クー・ルルーヴは御城小唄と共に、買い物に来ていた。模擬戦の罰ゲームだかで、小唄は本日、クーの付き添い。
沢山買い物をした荷物を、小唄は両手で持ち。時折ぷるぷるしている小唄であれど、頑張っている姿を見てしまえばクーも半分持ちましょうかとは言えなくて。
気を利かせたクーが、公園で一休みしましょうと。
「ホットチョコレートをどうぞ。温まりますよ」
冷たい小唄の頬に、程よく温かみ帯びた器を当てた。
「わ、甘くておいしい♪ ちょっと肌寒いから、今日にぴったりですね!」
「あ……」
その時、クーは一瞬だけ。ちょっぴり唇を噛んで、無表情の中にも感情を魅せた。それには気づかず、小唄は笑顔でホットチョコレートを飲み干していく。
少し考えて、クーは言った。あえて言わない事もできたがやっぱり気づいて欲しくて――。
「紅茶でも良かったのですが、せっかくのバレンタインですからね」
やけにバレンタインの部分を強調したクー。
「ぶっ」
口をつけていた器を離し、小唄は胸のあたりを叩きながら喉の奥のチョコレートを押し込んだ。
「……え? あ、これチョコレート! えへへ、ありがとうございます」
「我ながら、やることが子供染みているでしょうか」
「そんな事ないよ!?」
クーは耳をぴこぴこと動かして、小唄は尻尾を嬉しそうにぶんぶん振っていた。
小さなクーの口がチョコを飲み干す。豪快に飲み込んでいく彼女を見ながら、小唄は頬を掻き。
「ありがとうございます」
ともう一度言った。
●糖質カット、塩分控えめ
「流石社長だ。俺達庶民には計り知れない広さの住居を、『狭い家だけど遠慮無く』と言うもんだ」
「ギ、ギブゥ」
風祭・誘輔は三島 柾の頭を小脇に抱えるヘッドロックを仕掛けていた。
「三島サン家……豪華やな」
「そこらへんの家具を壊したら一体、幾ら請求させられるんだか」
瑛月・秋葉と真庭 冬月も、圧倒的な家に口を開けながら暫くぽかんとしたとか。
って、話しはそこじゃなくて。
「けど、なんでや! なんで、バレンタインに男が四人もタムロして、贅沢な空間で何時も通りの酒を煽ってんねん!!」
乾杯! してから開口一番。秋葉は両目から涙を流したように、腕で目元を拭った。
彼等四人も数か月前までは、バレンタインには妙齢の女性からチョコを貰いながらあわよくば――という夢物語を考えていたに違いない。
だが現実はどうだ。
「楽しいので良いでは無いですか。あ、僕、チョコレートリキュール持ってきたんですよ」
最年少の冬月に宥められる状態に陥っていた。750mlのリキュールがポンと置かれ、柾は奥からグラスを持ってくる。
「チョコレートリキュールかあ、果たして甘いお酒はつまみに合うんだろうか。むしろ、お菓子を用意すべきだった?」
「いやいや三島サン。ほら、甘いものの後には塩っけのあるものを食べたくなるっていうやん」
だから問題ありまへん、と言いながら秋葉はリキュールの口を開ける。
「結局風祭君もぼっちなんやろ~。だから僕がそんな可哀想な君の誘いにも乗ってやったんやで。感謝しぃや、崇めてつつ、泣いて笑え」
「俺? お前らと一緒にすんな。暇を潰せる女なら五、六人キープしてっけど気分がのらなかっただけだ」
「んまっ、奥様聞きました? 五、六人キープやって! 風祭君が悪い女に引っかかってないか精査したるさかい、全員のプロフィールと住所と出会った切っ掛けと顔写真を要求する!!」
「個人情報保護法というものがあるんだが説明が必要か?」
「今から日本政府叩いて来るわ」
「よせ」
秋葉が冬月にもたれ掛かりながら、からかい。
「あはは、じゃあ僕にも一人くらい紹介して欲しい限りです」
柔らかい微笑で場を和ませた冬月に。
「お前等彼女はいないのか」
溜息を吐いた柾であった。そして柾はまた付け加える。
「因みに、今年のバレンタインの次の日は月曜日だ」
その場の誰もが視線を逸らした。
酔いが回り、ひとしきり手持ちの話題というカードを出しきった時。
「一番早く酔い潰れた奴は強制女装な、今からそういうゲームを始める」
「え、ええっ。でも可愛い子が着た方が可愛いような、そういう服は……」
冬月がぐらぐら頭を前後に動かして、酔いを証明しながら言ったが。
「俺がやると言えば、やるわけだ」
誘輔が缶ビールを握りつぶしながら提案した。秋葉と冬月が一瞬眉間に皺を寄せて、明らかに嫌そうな気配を醸し出していた。
冬月が片手を大きく伸ばした。
「質問だ、風祭ぃぃ」
「おいコラ、冬月。おめえ、さっきまで誘輔さんって呼んでたのに一体全体何がどうしてそうなってんだよ、酒か?! 酒のせいか!?」
狂暴化した冬月は、親指で後方で日本酒の瓶を抱えて寝ている柾を指さした。
「既に寝ている存在がいるけど、ギルティっすか? ギルティっすよね?」
「いけ、冬月。君に決めた」
「うぃっす」
冬月は器用に片手で柾を起こし、口元にチョコレートリキュールの口を押し込んだ。
「オラァ、寝てんじゃねえよ、呑め」
「ごぼぼぼぼぼ!!」
「美味しいだろ? 俺のチョコレートリキュールは」
「ごぼぼ! ごぼぼぼ!」
飛び起きた柾の身体が痙攣しながら焦っているのを横目に、秋葉は。
「なあ、風祭君。その女装させるアイテムってまさか、三島君の妹さんの部屋から拝借したりせーへんよな」
「……」
「……」
「……まさかな!」
「まさかねえ」
ふと、秋葉の眼に映った写真。柾ともう一人、知らない女性が微笑んでいた。
これは……、今まさに命数復活しかける窒息手前の柾と視線が合致したが、あえて何も聞かずに逸らした。
こんな日だからこそ、柾は思う。誰かと一緒に馬鹿騒ぎをしていたほうが、心が楽なのだと。それを察した友人達が集まってくれた日に違いない――と。
●
「斗真さん……紫雨さん」
神城 アニスは、手作りで作ったチョコレートの包みをふたつ、小さな紙袋に入れて胸の前に大事そうに抱えていた。
本当に渡したい人にあげる事ができるのか。十四日に渡せ無くてもいいけれど、でも矢張り特別な日にあげたいやきもき。
それよりも……彼を助ける事ができるのか。不安と悲しみの渦は色濃い。
冷たい風が容赦無く吹く公園のベンチの上で、溜息をついたアニスは帰路を辿ろうとしたとき。
「アニス? 悩み事? 僕、アニスが悲しい顔してるのやだなぁ」
隣で斗真が瞬きしながらアニスを覗き込んでいた。
「…………、きゃあ!!」
「わああ!!?」
「斗真さん!?」
「はいい!!?」
アニスは無意識に斗真へ紙袋を押し付けていた。
「あ、今日はバレンタインだもんね。ありがとう、手作り?」
「は、はい……お口に合うかどうか。紫雨さんの分も」
「そっか、きっと紫雨も喜ぶよ。それに手作りが美味しくないわけないよ! ありがとう、アニス。僕はー、今何か持ってたかなあ……」
ポケットごそごそし始めた斗真。
「そんなお返しだなんて――あ」
アニスが瞬きをした瞬間、そこは家のリビングであった。なんだ、只の夢か……けれど、作っておいたチョコレートは行方不明に。
代わりに、赤い包装紙の飴玉が落ちていた。
「あの夢を……現実のものにしたくありません。絶対に……助けて見せます、絶対に」
飴玉を握り締めて胸元で抱きしめた。遥か、悪の道を行く彼を引き戻せるか――決意を込めて。
●
榊原 時雨は隠しもせず困っているオーラを発していた。
練習用で本命チョコを作ってみたものの、毎年あげている父親には会えず、プレゼント不可能。
本命用だから学校で配るのも変だし、かといって自分で食べるのもなんだか物悲しいものがある。重い溜息が吐き出された時。横からぴょこんと顔が飛び出した。
「ねぇねぇどこ行くの? おひとり様ならことこと遊ぼ?」
「あれ、ことこさんやないの。んー……まぁ、遊ぶんはえぇけど」
時雨は無意識にチョコをちらちらと見せた。
「もしかしてそれチョコかな。渡し行くとかならお邪魔かなぁ」
「え、いや、コレは」
時雨は口を片手で塞ぎ、ことこは頭のてっぺんで「?」マークを出した。ちょっと考えて、ことこの「?」マークは電球に切り替わった。
「彼氏ができるかどうかの瀬戸際なんでしょ? ふぁいとだよっ☆」
ことこ自身、さっきまで若い人はいいなあ、バレンタインいいなーなんて思っていた所だから、時雨の明らかバレンタインイベントに乗った風貌には敏感だ。
けれどもけれども、時雨からは反応が返ってこない。
五分後。
「どったの? 固まって」
ことこは時雨の顔の前で手を振ってみる。虚ろな目をした時雨だったが。彼女は思う。そうだ、この世には友チョコというものが存在している。
「あ!」
「あ!? 今なんか思い出したみたいな?」
「そうや、はい、ことこさん、ハッピーバレンタイン!」
時雨はことこにチョコを渡し、いつも通りの笑顔を晒した。
「へ?」
一瞬、本命にあげるものを貰って良いのか。冗談では無いのか、思考がぐるぐるしたが、どうやら時雨の行動に嘘はないようだ。嘘は、ないようだ(あえて二回言った)。
ことこは両手を、火照った頬に押し当てた。まさか、本命って――そんな、やだっ、照れちゃう。
「あ……ありが、とう?」
「これからもよろしくな!」
時雨のまっすぐな思い(友チョコ)に、ことこは更に表情を嬉し気に歪めながら、恥ずかしくて時雨の顔を直視する事ができない。
そんなに嬉しいんかーと思った時雨の罪深さは言うまでもない、か?
向日葵 御菓子はバレンタイン当日、実家のお店でコンサートを開いていた。
大々的にコンサートよりは、小さなものであるが。それでもお客さんは満員御礼。
彼女の旧友の演奏家と共に奏でる戦慄に、誘われた樹神枢も終始楽しんでいた事だろう。
教壇に立って教える音楽も、御菓子は好きであるが。規模関係なく、お客さんに聞いてもらえる演奏というのは、高揚感は臨場感、そして空気の共有があり楽しめる。
まずは自分が楽しまなければ、お客さんにも伝わらないだろう。そう説く彼女の演奏はまさに彼女自身を映し出していた。
菊坂 結鹿も客席に混じり(さっきまでお店のお手伝いをしていたので、お店の制服ではあるが)枢の隣で演奏を聴く。
「そういえば、枢ちゃんはお姉ちゃんの本格的な演奏って初めて聞く」
「うむ。確かそうなのだ。彼女のソロコンサートとかは見たことがあるのだが、こういった、演奏家と一緒なのは初めてなのだ」
「えへへ、いい経験になるかな」
「うむ。今日は誘ってくれてありがとうなのだ」
演奏が終了してから、三人は紅茶とケーキを囲んで、女の子の会話を楽しんでいた。
その中で、御菓子と結鹿は枢の為に作ったチョコレートを出す。思いの籠ったチョコレートで、枢も満面の笑みで喜んでいた。
「嬉しいのだ! こういうのはお返ししなくてはだな!」
枢から後日また、お返しをと。再び女子会は盛り上がりを魅せるのであった。
三島 椿は七海 灯の家へ泊まりに来ていた。
こういったお泊りは胸が高鳴ると、椿が照れ気味に言っていた頃。
ハッ……。昼に大掃除したときに使ったぞうきんがそのままである事に気づいた灯が、マッハでそれを窓の外へと投げて証拠隠滅した。
灯が椿に料理を教えて貰う時、包丁に苦戦して灯の指が切れてしまった。
そこに丁寧に絆創膏を貼り付けて。本当は力を使って癒してもいいけれど、こういうのもいいよねと。二人の世界はより、親密なものへと変化していく。
クッションを胸に抱き、寝る前には女子会の醍醐味とも言える恋バナに花を咲かせた。
同じベッドの上で、ふわりと、椿のシャンプーの残り香が灯の心を優しく刺激する。同性なのに……何故だか高ぶってしまった鼓動が、椿には聞こえないようにと願うばかり。
「バレンタインに、いつか本命チョコを渡せる相手が出来るといいんだけれど」
「今は……いらっしゃらないのですね。好きな人ですか……まだ、私には早いと思いますが」
「灯は可愛いから、必ずいつかできると思うわ」
「そ、そうですか? 格好良くて一緒にいると楽しくて、守ったり守られたりして信頼できる人」
その時、椿の微笑が灯の脳裏に焼きついた。今言った言葉を一つ一つ当て嵌めて、まるでそれって目の前の――。
「男の人! 男の人が!! 好きです!! 私は男好きです!!」
勢いよく起き上った灯が、突然カミングアウトしながら瞳をぐるぐるさせていた。
一瞬、呆気に取られた椿であったが、肩を揺らして笑う。
「そうなったら、寂しいわね」
「へ?! あ。あぅ。椿さんは、いるんですか? 好きな人」
「そうねえ……」
椿は瞳を閉じて、その中に思い浮かべる。数数の男性と繋がりと持ってきたけれど――まさか、ね。
●
明石ミュエルとリーネ・ブルンツェンスカはお互いにチョコを持ち寄り、お互いを見る。
頷いて、何か共通の企てにエールを送りながら、微笑んだ。
「アタシが、渡しに行く相手は、同じ学年の人で……一緒に、お昼ごはん食べたり……たまに、二人で遊んだり。
一緒にいる時間、長いけど……やっぱり、ちゃんと告白するのって、勇気いるっていうか……。だから……リーネさんに、話聞いてもらえて……ちょっと、心強いよ」
消してミュエルが弱い女の子という訳では無いけれど、告白とか恋愛とか、そういうものに対しては緊張と照れ臭さと少しの不安と期待で心がいっぱいっぱい。
夢の中ならいくらでも好きと言える相手なのに、勇気という小さな魔法は中々効いてくれない意地悪である。
「大丈夫デスヨ! 一緒に居る時間が長イト言う事ハ、お相手の方もミュエルちゃんと長く一緒に居たい筈デスカラネ。
それにミュエルちゃんは女の私から見ても可愛らしいデスカラ、絶対成功シマスヨ!」
大らかに語るリーネも半ば、手の平には冷や汗が。
二人ともこれから、思い思いの人にチョコレートを渡しに行くのだ。
渡した結果を不安に思わずに、いつも友達みたいにありがとうって言いながら渡せればそれでいいのに。
相手を思えば思う程、今日じゃなくても……なんて考えてしまったりもする。
「リーネさんが、好きな人は……どんな人、なの……?」
「私の愛しの彼ハ、カッコイイのは当然デスガ、普段無愛想に見えて本当に私が困った時は必ず一緒に居て優しくしてくれる素敵な人ナノデス!
私はコレカラその人に渡して来マスネ! お互い頑張りマショウ!」
ミュエルも思う。きっとこういう時、励ましてくれるいつも明るいリーネさんだから。きっと大丈夫だって。
「両慈ー♪ 私の愛、受け取ってクダサーイ♪」
おもむろに通りかかった天明 両慈を発見したリーネは、速やかに彼のもとへと走って行った。
「やれやれ……世の中はすっかりバレンタインか……この空気は苦手だ」
歩く度に声をかけられては前へ進めぬ両慈。既に両手に抱えたチョコレートの甘い臭い。
「ん? あの女子……何処かで見た事ある様な。あの雰囲気……確か依頼等で………!? あれは……お前、工藤奏空か!?
お前、何故あんなに女装が似合……いや、それより何故女装して男デートしているのだ?」
という所で両慈の視界の中に、リーネが飛び込んで来た。
「受け取ってクダサーイ!」
リーネからチョコが渡される。ということは、これは告白に等しいものであるが。
「リーネ……気持ちは嬉しい、お前は人としては好きだが、すまないが恋愛対象には見ていない」
両慈の速攻返事からリーネは崩れ落ちていく。
「……だから、これで許せ」
ふと、彼の唇はリーネの額に当てられた。彼の言葉ひとつで、笑ったり、泣いたり、嬉しくなったり。単純な感情の行き来も彼の支配されていると思うと。
案外両慈も、天然罪作りマシーンである。
「ひい! 何やらおぎゃおぎゃって不気味な声が聞こえる!」
これはきっとよくないものだ。工藤・奏空はFiVEとしての役目に誇りを持つ覚者である。胸の前に拳を抱き、決意を込めた。
一方、坂上懐良は。
「恐らくは、バレンタインを亡きものにしようとする「妖怪いちゃこら爆発」の仕業だろう。なんて悪い奴だ、いくぞ、奏空!」
「はい!」
という形で、二人は今、奏空が女性姿で懐良の腕に絡みつきながら歩いている。
「……―――何故こうなった!!!」
少し遅いツッコミが奏空自身から放たれた。
「カップルを狙う敵だから、囮の意味も込めてこうなった。つまり、奏空の女子力も試される。あざとい程良い」
「なるほど」
既に奏空の思考は、何かに侵されているようだが誰も救える者がいないのが嘆かれる。
話題のドウテイをコロス服(白ブラウスに黒のハイウエストスカート)で、懐良の目の前で一周ひらりと舞った。ふわりとスカートが舞い、中が見えないギリギリの所のチラりずむに、懐良は深く頷いた。
「ボーイッシュなところがコケティッシュかつフェティッシュでフィニッシュだ!」
あとは懐良が愛情込めて奏空を愛すれば完璧である。
後ろから彼、いや、彼女を抱きしめ首筋に顔を埋める。強く抱きしめられた事に、奏空はくすぐったさを感じ微笑んだ。
今日の朝、奏空はシャワーを浴びて来た。その香りが懐良の服へと浸透する。今や、二人の世界は満たされつつあるのだ。
「ところでドーテイって何ですか!? 坂上さん!」
「ドーテイは……大人になれない道半ば、って意味さ……おっぱいに挟まれっ子なお前には縁のなさそうな話だ、ペッ!」
突然DV系男に代わった懐良。奏空が妖怪なんていなかったと気づくまであと少し。そう全て妖怪のせいなのねそうなのね。
●
「なかなか面白かったね、前評判通り流れは王道だったけれど」
「とても新鮮でした。ああいうのを王道って言うんですね」
酒々井・千歳と、水瀬 冬佳は、現実から少し離れて映画の世界を共有し、未だその納まらない熱を語り合いながら帰路についていた。
映画を見慣れた千歳にしてしまえば、王道を辿れば終わりは予想ができる。けれど、その流れの完璧さと胸を高ぶらせる構成は王道ならではの面白味があるものだ。
逆に映画というものにあまり親しみが無かった冬佳が、とても楽しんでくれている事に、千歳は嬉しさを覚えていた。
ふと、道中。夜景の見える場所へと差し掛かり、足を止めれば。歩みを合わせていた冬佳も足を止めた。
「冬佳さん。此処からだと景色がずっと綺麗だよ」
「……冷たく澄んだ空気。こうして見ると本当に違って見えますね……綺麗」
帰るだけで後は何も無いと思っていたが、これは思わぬ収獲であった。夜であるからこそ妖艶な世界、輝く星空と合わせて呼吸するネオンの地表。
「そうだ。忘れてた」
千歳は鞄からラッピングされたチョコレートを出して、
「別れ際にでも渡そうと思ってたんだけど、せっかくだから」
「私に……ですか?」
本当はお店で出す分であったが、――それ以上は何も言わずに千歳は苦笑した。
「ありがとうございます、酒々井君。今日は……楽しかったです」
夜景はずっと見ていられる程美しい世界だが、冷え切った彼女の手に触れてしまえば。
千歳は彼女の手を包むように握ってから、引く。車道の方を千歳が歩き、少し後ろから冬佳はついて歩むのだった。
「寒いけど、星も月もキレーだ。街中甘い匂いに満ちた夜――」
が、しかし。
四月一日 四月二日はチラりと横に視界を移動させた。
「ふん、燃料ついでにそのまま酔いつぶれてろよ」
赤祢 維摩は舌打ちをしてから、ブランデーの大量注入ホットチョコレートを、彼から受け取りつつ、口に運ぶ。
嗚呼。四月二日は顔を両手で覆い。負のオーラを全身から醸し出した。
「最悪な絵面だコレ!!」
「それを自ら自作するとはな。チョコの食いすぎで頭が緩くなったのか? ああ、元からカカオ0%チョコ並みの甘さで御目出度かったか」
「カカオ0%……それ最早チョコか? 100%が何言ってんだ。キミ普段の態度ビターすぎるから、こんな虚しいバレンタイン過ごすハメになんだよ?」
二人は言い合いながらも、並走していく。
「ふん、ビター以外に男に甘い顔されて嬉しいのか?」
「男に甘い顔……ねえわ! ごめん俺胸の小さい女の子の方が好きだから!」
四月二日が身長100cmあたりをアピールするように手を振ると、維摩は他人のふりをするように彼から離れていく。だが四月二日はそれを追いかけた。
「道端でロリ好きカミングアウトするとは、マゾか?」
「まあMは否定しねえけど、ロリよかそこそこの年齢のが……」
「まあ、凍える趣味はない。喚くだけなら置いていくぞ」
「あ! 待って。イイ店あってさ」
……繋がるトークに地の文を挟む場所が行方不明だ。
四月二日は、足早に消えていく維摩の後ろを着いて走り、追いかけて行った。
「枢ちゃんて、好きな男の子とかいるの?」
野武 七雅は、枢の顔をじ……と真剣な表情で覗き込んだ。
「ううん……そういうのは縁が無くてな! 七雅殿はどうなのだ?」
「なつねは、初恋もまだなの」
「ふむ。でも僕も初恋はまだなのだ。そいうのは、憧れるがな」
「いつかチョコレートを渡したいって思える男の子に出会いたいの」
けれど今はいないから。代わりに友チョコに乗っ取って、七雅は枢にチョコレートを渡した。
「おお。七雅殿は、僕よりもじょしりょくとやらが高いのだ」
けれど七雅の表情は暗い。
「チョコレートって溶かして固めるだけって思ってたのに、むつかしかったの! 失敗したの! だから今年はお店で買ったチョコレートなんだけど貰ってくれると嬉しいの」
「うむ。それでもいいと思うのだ。こういうのは、あげたいという気持ちが大切なのだから」
「一緒に食べてくれる?」
「もちろんだ」
共に食べるフラワーチョコは何時も食べるチョコとは違った美味しさがあった。
作るとき変な油が出たというあのチョコから、来年はきちんと形にするため。七雅は枢の隣で、来年こそ! と決心した。
●
「そこの諏訪刀嗣!! ここで会ったが百年目!!」
「あぁ? いきなりご挨拶だな」
激しい金属音が擦れた刹那、剣筋が横にいなされ地面に転がされた鳴神零。
「なによ!! 最近面白い玩具みつけた子供みたいな顔しておいて! こっちは無視なの!?」
地面に座りながら両手をバタつかせて猛抗議する零を完全無視して歩いていく刀嗣。納刀しながら、嗚呼、と呟いた。
「お気に入りの玩具、か。そりゃ上手い表現だな、玩具っていうにはちぃとばかし危ねえ相手だがな」
「こっちとら玩具が無くて寂し、さびっ、さび、んん!?」
零は口を両手で抑えてから、頬を朱に染め、顔を横に振った。足を止めた刀嗣は、意地悪い笑みを浮かべつつ。
「何だお前? 構って欲しかったのか? 頭でも撫でてやろうか? ん?」
刀嗣は片手で撫でる真似をして見せた。
「寂しくなんかないわ!! 違うんだから!! ムキーッ!! 触んないでよ! かぶれるでしょ!」
「俺は漆か」
その頃、零は立ち上がり砂を祓うと刀嗣の目の前まで歩いて来た。
大太刀を仕舞いつつ、代わりに出されたのは
「ん」
簡易に包装されたチョコレート。
「チョコ? あぁ、バレンタインね。どういう風の吹き回しだ?」
「勘違いしないでよ!! 貰ってなくて、可哀想な変態男を哀れんであげるだけだし! ただし、お返しは、百倍で。変なモン寄越したら承知しないぞ!!」
「百倍返し? あぁ、構わねえぜ。天国にイッちまうぐれぇのお返しをしてやるよ。ベッドの中でな」
右手ではチョコレートを弄び、もう片方の手で零の腕を掴もうとした刀嗣。
ひい! と両腕を上げた彼女を掴む事はできなかったが、足早に退散した姿を見送って。
「帰ったら食べるか」
と一人ごちた。
養護施設「ともしび」というものがある。その中、キッチン内。
飛騨・沙織は、日頃の感謝を伝える為に施設内の皆用へとチョコを作っていた。まずは湯せんで溶かして、よいしょよいしょ。
(皆私の大切な家族……みたいなものだから)。
沙織は集中しながら作っていたからか、獅子神・玲が隣から覗き込んでいた事に大層驚いた。
「今日はバレンタインデー……チョコが食い放題の日だよね?」
「玲……本気で言ってるの? いくら食欲が強いからってその認識はちょっと」
「んー……冗談だよ、沙織。日頃の感謝の気持ちを伝える為に形ある物で贈り物をする。それがバレンタインデーだよね」
「あなたの冗談、偶に本気の発言に聞こえるのよ……」
「沙織は偉いね、皆の分を作るなんて。僕なんて甘い誘惑に負けて作ったチョコ殆ど食べてしまったよ」
「本当にあなたは、仕方ない子なんだから」
溶かしたチョコレートを型に入れる。その作業をしながら、玲は再び沙織を見つめていた。
「僕が今ここに居られるのは……沙織のお陰。破綻者として暴走して、あのままなら討伐されていた僕を救ってくれた恩人。沙織が言ったんだよ? 「貴方は一人じゃない。私が友達になる」って」
「ん」
沙織は言葉としてそれに応える事は無かったが、心の中では独り言として呟いていた。
(それは私も一緒。暴走する貴方と対峙して、孤独と怒りと……そして何より自身への罰を求める貴方を見て……他人事と思えなかった)
思えば恐ろしい世界である。かといって絶望し切るにはまだ早い。
改めて沙織は、玲が大事である事を確信しながら。強張った表情を、微笑みに戻した。
一連を見ていた玲は、テーブルの上にチョコレートを差し出す。
「ありがとう、僕の親友。これは感謝のしるしだよ」
沙織の葛藤を全て見ていたからこそ、玲は思いを込めたプレゼントをしたに違いない。
相手がいない自分にとって、今年のバレンタインはごく普通の日曜日。
宮沢・恵太は。だからといって、バレンタインという日が嫌いな訳では無い。
この時期ならでは、と言った方が良いだろう。ショーケースに並ぶチョコレートを睨めっこをしている女の子や、一からチョコレートを作る為に本屋で御菓子作りの本を読みこんでいる少女。
街はチョコレート会社の陰謀により、チョコレートの宣伝や、ヤケに目につく2/14の文字。
「バレンタインだなあ」
惠太は街中をぶらつきながら、バレンタイン独特の空気を感じつつ見晴らしのいい高台へ。
ここでもカップルや、カップル寸前の人々が二人の世界を楽しんでいる。それを邪魔しない僅かな隙間で、景色を眺めながら。
遠くの母と姉、妹が送ってくれたチョコを食べて、思いを馳せる。
「みんな幸せになれますよーに♪」
「チョコはいらんかねー」
倶鞍 静は惠太へとチョコをプレゼントした。
成瀬 翔と、天野 澄香は高台に来ていた。その前に買い物を一緒にし、澄香は翔へチョコをプレゼントしていたのだが……。
翔は不審に思う。自分に渡されたチョコがひとつ。明らかに澄香はもう一つ別のチョコを持っていた。
怪しい。
そーっと翔は澄香に近づいてからさり気なくチョコの経緯を聞いてみる。と。
「ええ?! それマジかよ!! オレとこんなとこ来てる場合じゃねーじゃん!!」
「ちょっ、翔君どこに!!」
覚醒してから全力ダッシュした翔。どこかに公衆電話は無いかひとしきり見てから、無かったので、優しそうなおばあちゃんのお家で電話を貸してもらった。
『稜さん! 今高台にいるんだけどさ、澄香姉ちゃんが! 早く来てくれ!! 速やかに!! マッハで!! うわあ妖がああ!』
『どういう事だ、ちゃんと説明し……オイ!? もしもし、もしもし!?』
あまりの必死の声に、水部 稜もすっとんで出掛ける準備さえ整えぬままに家を出たとかなんたら。
「ふう」
一仕事終えた翔が額の汗を拭いながら、澄香のもとへ帰ってきた。
「ど、どこに行ってたんですか」
「いやあ、夕焼けが綺麗だぜー!」
「どこに電話してきたんですかっ」
「寒くない!? 大丈夫!?」
「翔君、もうっ」
話をへし折りまくる翔はかなり怪しい。澄香の目線も半目になっていく頃。
「澄香ー!! 澄香がどうした!! 翔!!」
水部 稜が必死の表情で駆けて来た。
「え、えー? 翔君ってば変な気を遣わなくってもいいのに……」
澄香は笑う翔の両肩を持って、がくがく前後に振った。
「……何もないじゃないか。慌てて自分が恥ずかしい……まあいい。無事ならいいんだ」
ほっとしきった稜。一瞬、稜は翔をキッと睨んだが、翔はサムズアップして笑っていた。
澄香は、そっと稜の手前に立ち。もじもじしながら、視線をいろんな場所へ移動させながら。そして、思い切って奮発したチョコレートを彼の前に出した。
「あ、あの、これっ」
「バレンタインプレゼント、か? 別に今日こんな所で特別渡さなくても、俺はそう構わんのだが……」
「ええぅ」
「いや、要らないという訳じゃあない。澄香から貰えるならそう特別なことをしなくても嬉しいという意味だ。有難く受け取ろう」
チョコレートを受け取った時、翔は、
「じゃあ邪魔者はこれでー!!」
と叫びながら夕焼け目指してまたどこかへ走って行った。
「翔!! ……ま、まあ、特別こうしてもらった礼はしなくちゃならんな。来月、3月14日の予定を空けておいてくれ。ホワイトデーだろう?」
「え、お返し……? はい、空けておきます」
稜の一言で、胸の奥が温かく色づいた澄香。頬に熱を持ち、矢張り彼の顔を直視する事はできなかったが、また来月の楽しみに心が躍る。
「少しここら辺を歩くか? 折角の夜景だ。見なけりゃ勿体ないだろう?」
だが、今日という日はまだ続くのであった。
「世間はバレンタインデーなの」
瀬織津・鈴鹿は、悲しみに満ちた表情を浮かべていた。
「勿論、幸せそうな人は祝福するの……だけどこの日はモテない可哀想な人達がうじゃうじゃ居て哀しみに満ちた日なの」
鈴鹿の両親は言っていた。
「人に優しくなれる人になりなさい」
「悲しんでる人が居たら助けてあげなさい」
と。
つまり、行うのは善行。モテない可哀想な人々へチョコを渡して、悲しみを笑顔に変えるのだ。
「ねぇ、喜んでくれたかな? 私の愛は貴方に届いてる? クスクス……それでは良いバレンタインデーを、なの♪」
鈴鹿はカメラ目線、笑顔で手を振った。
●
月歌浅葱と、守護野鈴鳴は夕焼けに染まる空を見上げながら、見慣れた道を辿っている。ふと、浅葱が鈴鳴の袖をくいくいと引っ張り、足を止めた。
「ホットチョコレート売ってるのですよっ、飲みませんかっ」
「暗くなってくるとやっぱり寒いですものね。じゃあ少し、寄って行きましょう」
「じゃあ、買って来ますねっ」
「ありがとうございます」
二人で並んでベンチに腰かけ、お揃いのホットチョコレートで一息。
湯気さえとろける甘い香りが、冷め切った身体に浸透していく。
「ふぅ、あったまりますねっ」
「あつっ……ふふ、甘くて、温かくて、美味しいです」
「ふふふっ、これも友チョコな感じですねっ。友と分け合うチョコみたいなっ」
「確かに。これも立派なバレンタインですね」
手元はチョコレートで温かいのだが、外は気温一桁台と中々の寒さだ。凍える風が通り抜け、冷めないようにチョコレートを両手で抱える鈴鳴。
それを察してか、浅葱は。
「ちょっと冷えますねっ」
ロングマフラーを鈴鳴の首にも巻いて。まるで二人は恋人同士のような形に収まったけれど。
「確かにこれならあったかいです」
「これで寒さもへっちゃらですっ」
「日向みたいな鈴鳴さんぽかぽかですしねっ」
「私がぽかぽか日向だったら、浅葱ちゃんは燦々としたお日様でしょうか」
「私がお日様なら鈴鳴さん温めないとですねっ。ほっこり素敵な笑顔になるまで温めちゃいますよっ」
「一緒にいると元気になれて、いっぱい笑顔が貰えますから」
クー・ルルーヴは御城小唄と共に、買い物に来ていた。模擬戦の罰ゲームだかで、小唄は本日、クーの付き添い。
沢山買い物をした荷物を、小唄は両手で持ち。時折ぷるぷるしている小唄であれど、頑張っている姿を見てしまえばクーも半分持ちましょうかとは言えなくて。
気を利かせたクーが、公園で一休みしましょうと。
「ホットチョコレートをどうぞ。温まりますよ」
冷たい小唄の頬に、程よく温かみ帯びた器を当てた。
「わ、甘くておいしい♪ ちょっと肌寒いから、今日にぴったりですね!」
「あ……」
その時、クーは一瞬だけ。ちょっぴり唇を噛んで、無表情の中にも感情を魅せた。それには気づかず、小唄は笑顔でホットチョコレートを飲み干していく。
少し考えて、クーは言った。あえて言わない事もできたがやっぱり気づいて欲しくて――。
「紅茶でも良かったのですが、せっかくのバレンタインですからね」
やけにバレンタインの部分を強調したクー。
「ぶっ」
口をつけていた器を離し、小唄は胸のあたりを叩きながら喉の奥のチョコレートを押し込んだ。
「……え? あ、これチョコレート! えへへ、ありがとうございます」
「我ながら、やることが子供染みているでしょうか」
「そんな事ないよ!?」
クーは耳をぴこぴこと動かして、小唄は尻尾を嬉しそうにぶんぶん振っていた。
小さなクーの口がチョコを飲み干す。豪快に飲み込んでいく彼女を見ながら、小唄は頬を掻き。
「ありがとうございます」
ともう一度言った。
●糖質カット、塩分控えめ
「流石社長だ。俺達庶民には計り知れない広さの住居を、『狭い家だけど遠慮無く』と言うもんだ」
「ギ、ギブゥ」
風祭・誘輔は三島 柾の頭を小脇に抱えるヘッドロックを仕掛けていた。
「三島サン家……豪華やな」
「そこらへんの家具を壊したら一体、幾ら請求させられるんだか」
瑛月・秋葉と真庭 冬月も、圧倒的な家に口を開けながら暫くぽかんとしたとか。
って、話しはそこじゃなくて。
「けど、なんでや! なんで、バレンタインに男が四人もタムロして、贅沢な空間で何時も通りの酒を煽ってんねん!!」
乾杯! してから開口一番。秋葉は両目から涙を流したように、腕で目元を拭った。
彼等四人も数か月前までは、バレンタインには妙齢の女性からチョコを貰いながらあわよくば――という夢物語を考えていたに違いない。
だが現実はどうだ。
「楽しいので良いでは無いですか。あ、僕、チョコレートリキュール持ってきたんですよ」
最年少の冬月に宥められる状態に陥っていた。750mlのリキュールがポンと置かれ、柾は奥からグラスを持ってくる。
「チョコレートリキュールかあ、果たして甘いお酒はつまみに合うんだろうか。むしろ、お菓子を用意すべきだった?」
「いやいや三島サン。ほら、甘いものの後には塩っけのあるものを食べたくなるっていうやん」
だから問題ありまへん、と言いながら秋葉はリキュールの口を開ける。
「結局風祭君もぼっちなんやろ~。だから僕がそんな可哀想な君の誘いにも乗ってやったんやで。感謝しぃや、崇めてつつ、泣いて笑え」
「俺? お前らと一緒にすんな。暇を潰せる女なら五、六人キープしてっけど気分がのらなかっただけだ」
「んまっ、奥様聞きました? 五、六人キープやって! 風祭君が悪い女に引っかかってないか精査したるさかい、全員のプロフィールと住所と出会った切っ掛けと顔写真を要求する!!」
「個人情報保護法というものがあるんだが説明が必要か?」
「今から日本政府叩いて来るわ」
「よせ」
秋葉が冬月にもたれ掛かりながら、からかい。
「あはは、じゃあ僕にも一人くらい紹介して欲しい限りです」
柔らかい微笑で場を和ませた冬月に。
「お前等彼女はいないのか」
溜息を吐いた柾であった。そして柾はまた付け加える。
「因みに、今年のバレンタインの次の日は月曜日だ」
その場の誰もが視線を逸らした。
酔いが回り、ひとしきり手持ちの話題というカードを出しきった時。
「一番早く酔い潰れた奴は強制女装な、今からそういうゲームを始める」
「え、ええっ。でも可愛い子が着た方が可愛いような、そういう服は……」
冬月がぐらぐら頭を前後に動かして、酔いを証明しながら言ったが。
「俺がやると言えば、やるわけだ」
誘輔が缶ビールを握りつぶしながら提案した。秋葉と冬月が一瞬眉間に皺を寄せて、明らかに嫌そうな気配を醸し出していた。
冬月が片手を大きく伸ばした。
「質問だ、風祭ぃぃ」
「おいコラ、冬月。おめえ、さっきまで誘輔さんって呼んでたのに一体全体何がどうしてそうなってんだよ、酒か?! 酒のせいか!?」
狂暴化した冬月は、親指で後方で日本酒の瓶を抱えて寝ている柾を指さした。
「既に寝ている存在がいるけど、ギルティっすか? ギルティっすよね?」
「いけ、冬月。君に決めた」
「うぃっす」
冬月は器用に片手で柾を起こし、口元にチョコレートリキュールの口を押し込んだ。
「オラァ、寝てんじゃねえよ、呑め」
「ごぼぼぼぼぼ!!」
「美味しいだろ? 俺のチョコレートリキュールは」
「ごぼぼ! ごぼぼぼ!」
飛び起きた柾の身体が痙攣しながら焦っているのを横目に、秋葉は。
「なあ、風祭君。その女装させるアイテムってまさか、三島君の妹さんの部屋から拝借したりせーへんよな」
「……」
「……」
「……まさかな!」
「まさかねえ」
ふと、秋葉の眼に映った写真。柾ともう一人、知らない女性が微笑んでいた。
これは……、今まさに命数復活しかける窒息手前の柾と視線が合致したが、あえて何も聞かずに逸らした。
こんな日だからこそ、柾は思う。誰かと一緒に馬鹿騒ぎをしていたほうが、心が楽なのだと。それを察した友人達が集まってくれた日に違いない――と。
●
「斗真さん……紫雨さん」
神城 アニスは、手作りで作ったチョコレートの包みをふたつ、小さな紙袋に入れて胸の前に大事そうに抱えていた。
本当に渡したい人にあげる事ができるのか。十四日に渡せ無くてもいいけれど、でも矢張り特別な日にあげたいやきもき。
それよりも……彼を助ける事ができるのか。不安と悲しみの渦は色濃い。
冷たい風が容赦無く吹く公園のベンチの上で、溜息をついたアニスは帰路を辿ろうとしたとき。
「アニス? 悩み事? 僕、アニスが悲しい顔してるのやだなぁ」
隣で斗真が瞬きしながらアニスを覗き込んでいた。
「…………、きゃあ!!」
「わああ!!?」
「斗真さん!?」
「はいい!!?」
アニスは無意識に斗真へ紙袋を押し付けていた。
「あ、今日はバレンタインだもんね。ありがとう、手作り?」
「は、はい……お口に合うかどうか。紫雨さんの分も」
「そっか、きっと紫雨も喜ぶよ。それに手作りが美味しくないわけないよ! ありがとう、アニス。僕はー、今何か持ってたかなあ……」
ポケットごそごそし始めた斗真。
「そんなお返しだなんて――あ」
アニスが瞬きをした瞬間、そこは家のリビングであった。なんだ、只の夢か……けれど、作っておいたチョコレートは行方不明に。
代わりに、赤い包装紙の飴玉が落ちていた。
「あの夢を……現実のものにしたくありません。絶対に……助けて見せます、絶対に」
飴玉を握り締めて胸元で抱きしめた。遥か、悪の道を行く彼を引き戻せるか――決意を込めて。
●
榊原 時雨は隠しもせず困っているオーラを発していた。
練習用で本命チョコを作ってみたものの、毎年あげている父親には会えず、プレゼント不可能。
本命用だから学校で配るのも変だし、かといって自分で食べるのもなんだか物悲しいものがある。重い溜息が吐き出された時。横からぴょこんと顔が飛び出した。
「ねぇねぇどこ行くの? おひとり様ならことこと遊ぼ?」
「あれ、ことこさんやないの。んー……まぁ、遊ぶんはえぇけど」
時雨は無意識にチョコをちらちらと見せた。
「もしかしてそれチョコかな。渡し行くとかならお邪魔かなぁ」
「え、いや、コレは」
時雨は口を片手で塞ぎ、ことこは頭のてっぺんで「?」マークを出した。ちょっと考えて、ことこの「?」マークは電球に切り替わった。
「彼氏ができるかどうかの瀬戸際なんでしょ? ふぁいとだよっ☆」
ことこ自身、さっきまで若い人はいいなあ、バレンタインいいなーなんて思っていた所だから、時雨の明らかバレンタインイベントに乗った風貌には敏感だ。
けれどもけれども、時雨からは反応が返ってこない。
五分後。
「どったの? 固まって」
ことこは時雨の顔の前で手を振ってみる。虚ろな目をした時雨だったが。彼女は思う。そうだ、この世には友チョコというものが存在している。
「あ!」
「あ!? 今なんか思い出したみたいな?」
「そうや、はい、ことこさん、ハッピーバレンタイン!」
時雨はことこにチョコを渡し、いつも通りの笑顔を晒した。
「へ?」
一瞬、本命にあげるものを貰って良いのか。冗談では無いのか、思考がぐるぐるしたが、どうやら時雨の行動に嘘はないようだ。嘘は、ないようだ(あえて二回言った)。
ことこは両手を、火照った頬に押し当てた。まさか、本命って――そんな、やだっ、照れちゃう。
「あ……ありが、とう?」
「これからもよろしくな!」
時雨のまっすぐな思い(友チョコ)に、ことこは更に表情を嬉し気に歪めながら、恥ずかしくて時雨の顔を直視する事ができない。
そんなに嬉しいんかーと思った時雨の罪深さは言うまでもない、か?
向日葵 御菓子はバレンタイン当日、実家のお店でコンサートを開いていた。
大々的にコンサートよりは、小さなものであるが。それでもお客さんは満員御礼。
彼女の旧友の演奏家と共に奏でる戦慄に、誘われた樹神枢も終始楽しんでいた事だろう。
教壇に立って教える音楽も、御菓子は好きであるが。規模関係なく、お客さんに聞いてもらえる演奏というのは、高揚感は臨場感、そして空気の共有があり楽しめる。
まずは自分が楽しまなければ、お客さんにも伝わらないだろう。そう説く彼女の演奏はまさに彼女自身を映し出していた。
菊坂 結鹿も客席に混じり(さっきまでお店のお手伝いをしていたので、お店の制服ではあるが)枢の隣で演奏を聴く。
「そういえば、枢ちゃんはお姉ちゃんの本格的な演奏って初めて聞く」
「うむ。確かそうなのだ。彼女のソロコンサートとかは見たことがあるのだが、こういった、演奏家と一緒なのは初めてなのだ」
「えへへ、いい経験になるかな」
「うむ。今日は誘ってくれてありがとうなのだ」
演奏が終了してから、三人は紅茶とケーキを囲んで、女の子の会話を楽しんでいた。
その中で、御菓子と結鹿は枢の為に作ったチョコレートを出す。思いの籠ったチョコレートで、枢も満面の笑みで喜んでいた。
「嬉しいのだ! こういうのはお返ししなくてはだな!」
枢から後日また、お返しをと。再び女子会は盛り上がりを魅せるのであった。
三島 椿は七海 灯の家へ泊まりに来ていた。
こういったお泊りは胸が高鳴ると、椿が照れ気味に言っていた頃。
ハッ……。昼に大掃除したときに使ったぞうきんがそのままである事に気づいた灯が、マッハでそれを窓の外へと投げて証拠隠滅した。
灯が椿に料理を教えて貰う時、包丁に苦戦して灯の指が切れてしまった。
そこに丁寧に絆創膏を貼り付けて。本当は力を使って癒してもいいけれど、こういうのもいいよねと。二人の世界はより、親密なものへと変化していく。
クッションを胸に抱き、寝る前には女子会の醍醐味とも言える恋バナに花を咲かせた。
同じベッドの上で、ふわりと、椿のシャンプーの残り香が灯の心を優しく刺激する。同性なのに……何故だか高ぶってしまった鼓動が、椿には聞こえないようにと願うばかり。
「バレンタインに、いつか本命チョコを渡せる相手が出来るといいんだけれど」
「今は……いらっしゃらないのですね。好きな人ですか……まだ、私には早いと思いますが」
「灯は可愛いから、必ずいつかできると思うわ」
「そ、そうですか? 格好良くて一緒にいると楽しくて、守ったり守られたりして信頼できる人」
その時、椿の微笑が灯の脳裏に焼きついた。今言った言葉を一つ一つ当て嵌めて、まるでそれって目の前の――。
「男の人! 男の人が!! 好きです!! 私は男好きです!!」
勢いよく起き上った灯が、突然カミングアウトしながら瞳をぐるぐるさせていた。
一瞬、呆気に取られた椿であったが、肩を揺らして笑う。
「そうなったら、寂しいわね」
「へ?! あ。あぅ。椿さんは、いるんですか? 好きな人」
「そうねえ……」
椿は瞳を閉じて、その中に思い浮かべる。数数の男性と繋がりと持ってきたけれど――まさか、ね。
●
明石ミュエルとリーネ・ブルンツェンスカはお互いにチョコを持ち寄り、お互いを見る。
頷いて、何か共通の企てにエールを送りながら、微笑んだ。
「アタシが、渡しに行く相手は、同じ学年の人で……一緒に、お昼ごはん食べたり……たまに、二人で遊んだり。
一緒にいる時間、長いけど……やっぱり、ちゃんと告白するのって、勇気いるっていうか……。だから……リーネさんに、話聞いてもらえて……ちょっと、心強いよ」
消してミュエルが弱い女の子という訳では無いけれど、告白とか恋愛とか、そういうものに対しては緊張と照れ臭さと少しの不安と期待で心がいっぱいっぱい。
夢の中ならいくらでも好きと言える相手なのに、勇気という小さな魔法は中々効いてくれない意地悪である。
「大丈夫デスヨ! 一緒に居る時間が長イト言う事ハ、お相手の方もミュエルちゃんと長く一緒に居たい筈デスカラネ。
それにミュエルちゃんは女の私から見ても可愛らしいデスカラ、絶対成功シマスヨ!」
大らかに語るリーネも半ば、手の平には冷や汗が。
二人ともこれから、思い思いの人にチョコレートを渡しに行くのだ。
渡した結果を不安に思わずに、いつも友達みたいにありがとうって言いながら渡せればそれでいいのに。
相手を思えば思う程、今日じゃなくても……なんて考えてしまったりもする。
「リーネさんが、好きな人は……どんな人、なの……?」
「私の愛しの彼ハ、カッコイイのは当然デスガ、普段無愛想に見えて本当に私が困った時は必ず一緒に居て優しくしてくれる素敵な人ナノデス!
私はコレカラその人に渡して来マスネ! お互い頑張りマショウ!」
ミュエルも思う。きっとこういう時、励ましてくれるいつも明るいリーネさんだから。きっと大丈夫だって。
「両慈ー♪ 私の愛、受け取ってクダサーイ♪」
おもむろに通りかかった天明 両慈を発見したリーネは、速やかに彼のもとへと走って行った。
「やれやれ……世の中はすっかりバレンタインか……この空気は苦手だ」
歩く度に声をかけられては前へ進めぬ両慈。既に両手に抱えたチョコレートの甘い臭い。
「ん? あの女子……何処かで見た事ある様な。あの雰囲気……確か依頼等で………!? あれは……お前、工藤奏空か!?
お前、何故あんなに女装が似合……いや、それより何故女装して男デートしているのだ?」
という所で両慈の視界の中に、リーネが飛び込んで来た。
「受け取ってクダサーイ!」
リーネからチョコが渡される。ということは、これは告白に等しいものであるが。
「リーネ……気持ちは嬉しい、お前は人としては好きだが、すまないが恋愛対象には見ていない」
両慈の速攻返事からリーネは崩れ落ちていく。
「……だから、これで許せ」
ふと、彼の唇はリーネの額に当てられた。彼の言葉ひとつで、笑ったり、泣いたり、嬉しくなったり。単純な感情の行き来も彼の支配されていると思うと。
案外両慈も、天然罪作りマシーンである。
「ひい! 何やらおぎゃおぎゃって不気味な声が聞こえる!」
これはきっとよくないものだ。工藤・奏空はFiVEとしての役目に誇りを持つ覚者である。胸の前に拳を抱き、決意を込めた。
一方、坂上懐良は。
「恐らくは、バレンタインを亡きものにしようとする「妖怪いちゃこら爆発」の仕業だろう。なんて悪い奴だ、いくぞ、奏空!」
「はい!」
という形で、二人は今、奏空が女性姿で懐良の腕に絡みつきながら歩いている。
「……―――何故こうなった!!!」
少し遅いツッコミが奏空自身から放たれた。
「カップルを狙う敵だから、囮の意味も込めてこうなった。つまり、奏空の女子力も試される。あざとい程良い」
「なるほど」
既に奏空の思考は、何かに侵されているようだが誰も救える者がいないのが嘆かれる。
話題のドウテイをコロス服(白ブラウスに黒のハイウエストスカート)で、懐良の目の前で一周ひらりと舞った。ふわりとスカートが舞い、中が見えないギリギリの所のチラりずむに、懐良は深く頷いた。
「ボーイッシュなところがコケティッシュかつフェティッシュでフィニッシュだ!」
あとは懐良が愛情込めて奏空を愛すれば完璧である。
後ろから彼、いや、彼女を抱きしめ首筋に顔を埋める。強く抱きしめられた事に、奏空はくすぐったさを感じ微笑んだ。
今日の朝、奏空はシャワーを浴びて来た。その香りが懐良の服へと浸透する。今や、二人の世界は満たされつつあるのだ。
「ところでドーテイって何ですか!? 坂上さん!」
「ドーテイは……大人になれない道半ば、って意味さ……おっぱいに挟まれっ子なお前には縁のなさそうな話だ、ペッ!」
突然DV系男に代わった懐良。奏空が妖怪なんていなかったと気づくまであと少し。そう全て妖怪のせいなのねそうなのね。
●
「なかなか面白かったね、前評判通り流れは王道だったけれど」
「とても新鮮でした。ああいうのを王道って言うんですね」
酒々井・千歳と、水瀬 冬佳は、現実から少し離れて映画の世界を共有し、未だその納まらない熱を語り合いながら帰路についていた。
映画を見慣れた千歳にしてしまえば、王道を辿れば終わりは予想ができる。けれど、その流れの完璧さと胸を高ぶらせる構成は王道ならではの面白味があるものだ。
逆に映画というものにあまり親しみが無かった冬佳が、とても楽しんでくれている事に、千歳は嬉しさを覚えていた。
ふと、道中。夜景の見える場所へと差し掛かり、足を止めれば。歩みを合わせていた冬佳も足を止めた。
「冬佳さん。此処からだと景色がずっと綺麗だよ」
「……冷たく澄んだ空気。こうして見ると本当に違って見えますね……綺麗」
帰るだけで後は何も無いと思っていたが、これは思わぬ収獲であった。夜であるからこそ妖艶な世界、輝く星空と合わせて呼吸するネオンの地表。
「そうだ。忘れてた」
千歳は鞄からラッピングされたチョコレートを出して、
「別れ際にでも渡そうと思ってたんだけど、せっかくだから」
「私に……ですか?」
本当はお店で出す分であったが、――それ以上は何も言わずに千歳は苦笑した。
「ありがとうございます、酒々井君。今日は……楽しかったです」
夜景はずっと見ていられる程美しい世界だが、冷え切った彼女の手に触れてしまえば。
千歳は彼女の手を包むように握ってから、引く。車道の方を千歳が歩き、少し後ろから冬佳はついて歩むのだった。
「寒いけど、星も月もキレーだ。街中甘い匂いに満ちた夜――」
が、しかし。
四月一日 四月二日はチラりと横に視界を移動させた。
「ふん、燃料ついでにそのまま酔いつぶれてろよ」
赤祢 維摩は舌打ちをしてから、ブランデーの大量注入ホットチョコレートを、彼から受け取りつつ、口に運ぶ。
嗚呼。四月二日は顔を両手で覆い。負のオーラを全身から醸し出した。
「最悪な絵面だコレ!!」
「それを自ら自作するとはな。チョコの食いすぎで頭が緩くなったのか? ああ、元からカカオ0%チョコ並みの甘さで御目出度かったか」
「カカオ0%……それ最早チョコか? 100%が何言ってんだ。キミ普段の態度ビターすぎるから、こんな虚しいバレンタイン過ごすハメになんだよ?」
二人は言い合いながらも、並走していく。
「ふん、ビター以外に男に甘い顔されて嬉しいのか?」
「男に甘い顔……ねえわ! ごめん俺胸の小さい女の子の方が好きだから!」
四月二日が身長100cmあたりをアピールするように手を振ると、維摩は他人のふりをするように彼から離れていく。だが四月二日はそれを追いかけた。
「道端でロリ好きカミングアウトするとは、マゾか?」
「まあMは否定しねえけど、ロリよかそこそこの年齢のが……」
「まあ、凍える趣味はない。喚くだけなら置いていくぞ」
「あ! 待って。イイ店あってさ」
……繋がるトークに地の文を挟む場所が行方不明だ。
四月二日は、足早に消えていく維摩の後ろを着いて走り、追いかけて行った。
「枢ちゃんて、好きな男の子とかいるの?」
野武 七雅は、枢の顔をじ……と真剣な表情で覗き込んだ。
「ううん……そういうのは縁が無くてな! 七雅殿はどうなのだ?」
「なつねは、初恋もまだなの」
「ふむ。でも僕も初恋はまだなのだ。そいうのは、憧れるがな」
「いつかチョコレートを渡したいって思える男の子に出会いたいの」
けれど今はいないから。代わりに友チョコに乗っ取って、七雅は枢にチョコレートを渡した。
「おお。七雅殿は、僕よりもじょしりょくとやらが高いのだ」
けれど七雅の表情は暗い。
「チョコレートって溶かして固めるだけって思ってたのに、むつかしかったの! 失敗したの! だから今年はお店で買ったチョコレートなんだけど貰ってくれると嬉しいの」
「うむ。それでもいいと思うのだ。こういうのは、あげたいという気持ちが大切なのだから」
「一緒に食べてくれる?」
「もちろんだ」
共に食べるフラワーチョコは何時も食べるチョコとは違った美味しさがあった。
作るとき変な油が出たというあのチョコから、来年はきちんと形にするため。七雅は枢の隣で、来年こそ! と決心した。
●
「そこの諏訪刀嗣!! ここで会ったが百年目!!」
「あぁ? いきなりご挨拶だな」
激しい金属音が擦れた刹那、剣筋が横にいなされ地面に転がされた鳴神零。
「なによ!! 最近面白い玩具みつけた子供みたいな顔しておいて! こっちは無視なの!?」
地面に座りながら両手をバタつかせて猛抗議する零を完全無視して歩いていく刀嗣。納刀しながら、嗚呼、と呟いた。
「お気に入りの玩具、か。そりゃ上手い表現だな、玩具っていうにはちぃとばかし危ねえ相手だがな」
「こっちとら玩具が無くて寂し、さびっ、さび、んん!?」
零は口を両手で抑えてから、頬を朱に染め、顔を横に振った。足を止めた刀嗣は、意地悪い笑みを浮かべつつ。
「何だお前? 構って欲しかったのか? 頭でも撫でてやろうか? ん?」
刀嗣は片手で撫でる真似をして見せた。
「寂しくなんかないわ!! 違うんだから!! ムキーッ!! 触んないでよ! かぶれるでしょ!」
「俺は漆か」
その頃、零は立ち上がり砂を祓うと刀嗣の目の前まで歩いて来た。
大太刀を仕舞いつつ、代わりに出されたのは
「ん」
簡易に包装されたチョコレート。
「チョコ? あぁ、バレンタインね。どういう風の吹き回しだ?」
「勘違いしないでよ!! 貰ってなくて、可哀想な変態男を哀れんであげるだけだし! ただし、お返しは、百倍で。変なモン寄越したら承知しないぞ!!」
「百倍返し? あぁ、構わねえぜ。天国にイッちまうぐれぇのお返しをしてやるよ。ベッドの中でな」
右手ではチョコレートを弄び、もう片方の手で零の腕を掴もうとした刀嗣。
ひい! と両腕を上げた彼女を掴む事はできなかったが、足早に退散した姿を見送って。
「帰ったら食べるか」
と一人ごちた。
養護施設「ともしび」というものがある。その中、キッチン内。
飛騨・沙織は、日頃の感謝を伝える為に施設内の皆用へとチョコを作っていた。まずは湯せんで溶かして、よいしょよいしょ。
(皆私の大切な家族……みたいなものだから)。
沙織は集中しながら作っていたからか、獅子神・玲が隣から覗き込んでいた事に大層驚いた。
「今日はバレンタインデー……チョコが食い放題の日だよね?」
「玲……本気で言ってるの? いくら食欲が強いからってその認識はちょっと」
「んー……冗談だよ、沙織。日頃の感謝の気持ちを伝える為に形ある物で贈り物をする。それがバレンタインデーだよね」
「あなたの冗談、偶に本気の発言に聞こえるのよ……」
「沙織は偉いね、皆の分を作るなんて。僕なんて甘い誘惑に負けて作ったチョコ殆ど食べてしまったよ」
「本当にあなたは、仕方ない子なんだから」
溶かしたチョコレートを型に入れる。その作業をしながら、玲は再び沙織を見つめていた。
「僕が今ここに居られるのは……沙織のお陰。破綻者として暴走して、あのままなら討伐されていた僕を救ってくれた恩人。沙織が言ったんだよ? 「貴方は一人じゃない。私が友達になる」って」
「ん」
沙織は言葉としてそれに応える事は無かったが、心の中では独り言として呟いていた。
(それは私も一緒。暴走する貴方と対峙して、孤独と怒りと……そして何より自身への罰を求める貴方を見て……他人事と思えなかった)
思えば恐ろしい世界である。かといって絶望し切るにはまだ早い。
改めて沙織は、玲が大事である事を確信しながら。強張った表情を、微笑みに戻した。
一連を見ていた玲は、テーブルの上にチョコレートを差し出す。
「ありがとう、僕の親友。これは感謝のしるしだよ」
沙織の葛藤を全て見ていたからこそ、玲は思いを込めたプレゼントをしたに違いない。
相手がいない自分にとって、今年のバレンタインはごく普通の日曜日。
宮沢・恵太は。だからといって、バレンタインという日が嫌いな訳では無い。
この時期ならでは、と言った方が良いだろう。ショーケースに並ぶチョコレートを睨めっこをしている女の子や、一からチョコレートを作る為に本屋で御菓子作りの本を読みこんでいる少女。
街はチョコレート会社の陰謀により、チョコレートの宣伝や、ヤケに目につく2/14の文字。
「バレンタインだなあ」
惠太は街中をぶらつきながら、バレンタイン独特の空気を感じつつ見晴らしのいい高台へ。
ここでもカップルや、カップル寸前の人々が二人の世界を楽しんでいる。それを邪魔しない僅かな隙間で、景色を眺めながら。
遠くの母と姉、妹が送ってくれたチョコを食べて、思いを馳せる。
「みんな幸せになれますよーに♪」
「チョコはいらんかねー」
倶鞍 静は惠太へとチョコをプレゼントした。
成瀬 翔と、天野 澄香は高台に来ていた。その前に買い物を一緒にし、澄香は翔へチョコをプレゼントしていたのだが……。
翔は不審に思う。自分に渡されたチョコがひとつ。明らかに澄香はもう一つ別のチョコを持っていた。
怪しい。
そーっと翔は澄香に近づいてからさり気なくチョコの経緯を聞いてみる。と。
「ええ?! それマジかよ!! オレとこんなとこ来てる場合じゃねーじゃん!!」
「ちょっ、翔君どこに!!」
覚醒してから全力ダッシュした翔。どこかに公衆電話は無いかひとしきり見てから、無かったので、優しそうなおばあちゃんのお家で電話を貸してもらった。
『稜さん! 今高台にいるんだけどさ、澄香姉ちゃんが! 早く来てくれ!! 速やかに!! マッハで!! うわあ妖がああ!』
『どういう事だ、ちゃんと説明し……オイ!? もしもし、もしもし!?』
あまりの必死の声に、水部 稜もすっとんで出掛ける準備さえ整えぬままに家を出たとかなんたら。
「ふう」
一仕事終えた翔が額の汗を拭いながら、澄香のもとへ帰ってきた。
「ど、どこに行ってたんですか」
「いやあ、夕焼けが綺麗だぜー!」
「どこに電話してきたんですかっ」
「寒くない!? 大丈夫!?」
「翔君、もうっ」
話をへし折りまくる翔はかなり怪しい。澄香の目線も半目になっていく頃。
「澄香ー!! 澄香がどうした!! 翔!!」
水部 稜が必死の表情で駆けて来た。
「え、えー? 翔君ってば変な気を遣わなくってもいいのに……」
澄香は笑う翔の両肩を持って、がくがく前後に振った。
「……何もないじゃないか。慌てて自分が恥ずかしい……まあいい。無事ならいいんだ」
ほっとしきった稜。一瞬、稜は翔をキッと睨んだが、翔はサムズアップして笑っていた。
澄香は、そっと稜の手前に立ち。もじもじしながら、視線をいろんな場所へ移動させながら。そして、思い切って奮発したチョコレートを彼の前に出した。
「あ、あの、これっ」
「バレンタインプレゼント、か? 別に今日こんな所で特別渡さなくても、俺はそう構わんのだが……」
「ええぅ」
「いや、要らないという訳じゃあない。澄香から貰えるならそう特別なことをしなくても嬉しいという意味だ。有難く受け取ろう」
チョコレートを受け取った時、翔は、
「じゃあ邪魔者はこれでー!!」
と叫びながら夕焼け目指してまたどこかへ走って行った。
「翔!! ……ま、まあ、特別こうしてもらった礼はしなくちゃならんな。来月、3月14日の予定を空けておいてくれ。ホワイトデーだろう?」
「え、お返し……? はい、空けておきます」
稜の一言で、胸の奥が温かく色づいた澄香。頬に熱を持ち、矢張り彼の顔を直視する事はできなかったが、また来月の楽しみに心が躍る。
「少しここら辺を歩くか? 折角の夜景だ。見なけりゃ勿体ないだろう?」
だが、今日という日はまだ続くのであった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
