獣の目覚め。或いは、新たなる可能性。
獣の目覚め。或いは、新たなる可能性。


●新たなる可能性
 会議室のドアを開け、跳び込んできたのは久方 万里(nCL2000005)だ。陽気な笑顔と、軽快な足取りから、彼女が興奮していることが見て取れる。
 スキップ、スキップ。そのままモニターの前まで駆けて行って、彼女は一言。
「だいはっぴょーう!」
 と、叫んだのだった。

「あーんど、だいはっけーん!」
 くるり、と身体を一回転。リモコンを操作し、モニターを映す。
 モニターに映ったのは、とある任務にて確認されたある戦闘のワンカット。白衣の女性が大上段から振り下ろした剣が、一人の覚者の身体を深く切りつける場面であった。
 飛び散る鮮血に濡れ、女性の手にした剣が赤く染まる。
「今の一撃、獣の因子の技に似ていることが判明したの。それで、因子技を強化できないかな? と思って皆に集まって貰ったのね」
 獣の因子技の中で、処刑人の剣に近いものは、動物の有する野生の本能を得る事で、野生の猛々しさを発揮する一撃だろう。
 先の映像に映っていた女性は、覚者への復讐心に心を囚われた憤怒者だ。その身は人でありながら、明確な殺意と、一撃で獲物を仕留めるという意識は獣に近かったのかもしれない。
 現在はF.i.V.E.に捕らえられているが、彼女自身にも自分の使っていた技の詳細は理解できていないという。処刑人の剣、という首切りに特化した形状の剣を手にし、復讐心と殺意に任せて剣を振るっていただけだ、と彼女は語った。
「ってわけで、ね。ちゃんと因子技を強化するには、もっとよく調べないといけないの。BS自体は獣の因子との融和性が高いことが判明しているんだけどね。一応、効果を受けた人の体感では“治癒スキルの効果が効かなくなった気がする”ってことだけど」
 詳しい効果が分からないことには、実戦にて投入はできそうにない。
 そこで、今回の任務、と相なったわけだ。
「皆にやってもらうのは模擬戦ね。獣の因子技を強化するから最低1人は獣の因子持ちが必要となるかな」
 要は、覚者同士で戦って、今あるスキルを強化しよう、というわけだ。
「場所はこっちで用意したよ。獣の因子を活かせそうな森の中。川もあるし、岩が露出した場所もある、草原や、開けた空間もあるから好きな場所で戦闘してみて」
 ちゃんと報告するよーに。
 そう言い残して、万里は会議室を後にした。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:病み月
■成功条件
1.新効果の判明
2.なし
3.なし
先日公開されたリプレイ、『断罪の剣。或いは、おやすみ赤ちゃん』にて新しいBS増えていますが詳しく調査した所、獣の因子のと融和性が高いことが判明。
もしかすると因子技を強化できるかもしれないと結論。
新効果を獣の因子の因子技に追加するシナリオとなります。
獣の因子を持つ参加者が、最低1人いないと新効果の判明は成りません。

●場所
F.i.V.E.の用意した訓練場。森の中。
川もあるし、岩が露出した場所もある、草原や、開けた空間もある。
森の入口近くには仮説テントが設置されていて、OPで公開された戦闘シーンを再確認することもできる。

●ターゲット
他の参加者
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年01月30日

■メイン参加者 8人■

『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『豪炎の龍』
華神 悠乃(CL2000231)
『RISE AGAIN』
美錠 紅(CL2000176)
『Queue』
クー・ルルーヴ(CL2000403)
『感情探究の道化師』
葛野 泰葉(CL2001242)
『怪盗ラビットナイト』
稲葉 アリス(CL2000100)

●模擬戦、開幕
 F.i.V.E.の用意した、森の中の訓練場。
 先日判明した、新効果を、獣の因子技に追加できるかもしれない、と発表がありそれを確かめるために、、現在この森には8人の男女が集まっていた。
 ある者たちは、森の中で向かい合い小さな小さな賭けを交わした。
 ある者たちは、森の入口で新効果の分析を進める。
 ある者たちは、適当な対戦相手を求め森の中を彷徨い歩く。
 それぞれが、それぞれの方法で、新たな可能性を模索していた。

「よろしくお願いします! へへ、楽しみですね!」
 森の中、木漏れ日の差し込む開けた土地で向かいあい御白 小唄(CL2001173)と『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は言葉を交わす。
「せっかくですから、少し賭けでもしましょうか。模擬戦に勝ったら、負けた方は何か一つ願いを聞くなど、どうでしょう」
「いいですよ! じゃあ僕が勝ったらお買い物付き合ってください!」
「了解です。クーは……料理の試作のお手伝いをお願いしたいですね」
 小さな、小さな賭けを交わして。
 迎え撃つク―はトンファーを構え……。
 小唄は、地面を蹴って跳び出した。

 一方その頃、森の入口に設営された仮設テントの中では4人の男女が顔を寄せ合って、モニターを注視している。
「あたりまえのことだけど。相手を良く知らないと、模倣はできないよね」
 華神 悠乃(CL2000231)がそう言うと、隣に居た『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)が無言で頷き同意を示す。
 ゲイルはモニターの映像をストップさせ、数十秒ほど巻き戻した。
 ある女性憤怒者が処刑人の剣と呼ばれる首切り用の武器で、覚者に切りつける。切りつけられた覚者は血の滴を滴らせながら戦線を離脱する。仲間が治療を施すが、傷が治る気配はない。
 何度、或いは何十度その光景をリプレイし続けただろうか。
「映像を見る限り、あの屑が使った時は強い殺意と単純なまでに突き詰めた意識……つまり感情による“無我の境地”みたいな技なのかもしれないね」
 そう言って、自己の見解を述べるのは『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)である。
 モニターの映像から、泰葉なりに何かを感じ、分析したのだろう。
 それから更に2、3度映像を見直した所で、ゲイルは泰葉を伴いテントを出て行く。
「あとは、実戦で試しながらやってみるしかあるまい」
「これは面白そうな依頼だね、俺としても気になる所だよ……。でも、俺はあえて相手を決めない。全員敵だと思って行動する事にしよう」
 そう言って、泰葉とゲイルはテントの前で別れ、それぞれ森の中へと足を進める。
 それを見送り、さて、と悠乃は呟いた。
「獣の因子のと融和性が高いといっても、考えなしに暴れて届くわけもない。模索しながら戦ってみようか」
「全て受け止めてみせます。回復技もありますから、遠慮はいりません。どうぞ!」
 悠乃の模擬選の相手は納屋 タヱ子(CL2000019)だ。力強く拳を握り、床に置いていた盾を持ち上げた。
 彼女はひたすら、悠乃の攻撃を受け、新スキル解明の手助けをする心算であった。決して倒れないと心に決めて、自身の身体を土の鎧で覆い隠す。

 森の中、木々の揺れに紛れ駆け抜ける影が1つ。
 桃色の髪を揺らし、シルクハットを片手で押さえ木の枝から木の枝へと跳び移る。シルクハットから飛び出した兎の耳が、ぴくぴくと動いて周囲の音を拾い上げる。
 彼女の名は『怪盗ラビットナイト』稲葉 アリス(CL2000100)。巷を騒がせる、怪盗だ。
「私の行動はひとーつ……」
 くるり、と空中で音もなく宙返り。木の葉の中に身を隠し、取り出した杖を地上へと向けた。杖の先に、黒雲が生まれ、ゴロゴロと電気を溜めていく。
 杖を向けた先には、武骨な大剣を肩に担いだ『RISE AGAIN』美錠 紅(CL2000176)の姿がある。
「奇襲」
 
 落雷。
 空気の弾ける音。周囲一帯を、閃光が包む。衝撃は、後から遅れてやってきた。
 黒焦げになった地面を見て、紅は口元を歪ませる。笑おうとして、失敗した。そんな表情だ。
「いやまぁ、警戒しないわけじゃないんだけど。稲葉さん……あー、怪盗ラビットナイトだっけ
どんな手でも使うって言ってたしさ」
 予め、奇襲に備えて警戒していれば落雷の1つ程度ならどうにか回避できる。
 もっとも、ラビットナイトもといアリスの姿は閃光と共に消えているので、このまま反撃、とはいかないのが悔しい所だ。剣を大上段に掲げ、紅は周囲に視線を走らせた。
 アリスはきっと、どこかで自分を見ているだろう。
 何故か、そんな気がしていた。
 ガサ、と頭上で音がして、木の葉が数枚舞い落ちる。視線を上げると、そこに居たのは笑みを浮かべたアリスであった。まずは相手を自分の土俵へと引き摺り込むのが最善か。
 掲げた剣を、まっすぐ木の幹へと叩きつける。
 衝撃が、反動となった身体を貫く。
 木の幹は木端と化して粉砕。倒れる木から、アリスが素早く駆けおりた。

●獣の因子。
 空気を切り裂き、小唄の拳がク―を襲う。ク―はそれを、トンファーでいなし、カウンターで小唄の腕を打ち据えた。
 気迫を込めた視線を小唄へ向ける。プレッシャーに気押された小唄は、飛び退るように数歩後退。それを追って、ク―は駆ける。姿勢は低く最短距離で。それは、肉食の獣が獲物を襲う様に似ている。
「来るっ……!」
 クーの突撃を、小唄は真っ向から迎え撃つ。腕を突き出し、獣のように牙を剥き、本能に任せ拳を打ち出した。
 ク―の尻尾がパタパタと揺れ動く。高速で回転するトンファーを、小唄の拳へ向けて放った。
 鋼同士が激突する激しい音。
「こうして真剣に組み合うのも、いいものですね」
 本人は気付いていないだろうが、その時、ク―の口元は笑っていた。
 相対する小唄も笑っている。それが嬉しくてたまらない。全身を充たす高揚感と緊張感が、最高潮に達した時、2人は同時に動いていた。
 小唄が駆ける。
 迎え撃つ為、ク―は素早くトンファーを掲げる。
 限界まで引き付け、カウンターの一撃を叩き込むため、眼前の小唄へ意識を集中させた。
 小唄もまた、その視界に映るのはク―だけだ。目の前に佇む美しい獣へ、一直線に駆けて行く。足場などハイバランサーのおかげで気にもならない。
 今の自分は最速で、そしてきっとかっこいい。
 思い描くは肉食獣。疾く疾く、そして強い。力を込めるのは、ク―へと攻撃を仕掛ける一瞬だけで構わない。無駄に力めば疾走の妨げとなる。
 いつまでも続けばいい、と思うほどの高揚感。しかし、間合いは一瞬で0になる。振り上げた拳を、真っすぐク―へと叩きつける。
 ク―のトンファーが、胸と脇を打ち据えた。息が詰まる。しかし動きは止まらない。ク―の多彩な攻撃に、自分が返せるものはなんだろう。
 それはきっと、本気の一撃。
 振り下ろした小唄の拳が、ク―の肩を捉えた。ク―の身体に衝撃が走る。思わずその場に膝を付き、しかしトンファーの動きは止めない。
 小唄の腕を下から弾く。
 開いた胴へと、全力の一撃を叩きつける。
「これなら、どうですか!」
 思い描くは、かつて見た光景。処刑人の剣が、振り下ろされるその瞬間。狂気に身を任せ、理性の鎖を引きちぎる、そんな一撃だった。
 トンファーが、小唄の胴を打った瞬間、捉えたと、彼女の直感がそう告げた。
「へへ……! 楽しいですね、先輩!!」
 肩に置かれた小唄の手が、そっとク―の頬を撫でる。
 ガクリ、と小唄は膝を折る。意識を失ったのだろう。彼はそのまま地面に倒れて、目を閉じた。
 
 背後から迫る強烈なプレッシャーを全身に浴びながら、アリスは森を駆け抜ける。
 アリスを追いかけるのは、紅である。大上段に剣を構え、補足した獲物を逃すまいと、全速力で追いかけてくるのだ。
 そんな紅から逃亡しながら、アリスは思考を巡らせる。
 獣の因子技の覚醒に、必要なものはなんだろう。
「何が必要ピョン? 獣らしい事、獣の魂。獣とは何か? 襲うもの? 逃げるもの?」
 答えは出ない。
「動物の持つ機能美。鷹の翼や虎の牙。生命を支えるために持ち合わせたシンプルで美しい能力。それが亡くなれば死んでもいいと思うかもしれないピョン」
 思考回路を埋め尽くす、野生の獣の美しさと荒々しさ。獣がもっとも、獣らしさを発揮するのはいつだろう。獲物を狩るとき? 命のやりとり? 強者から命を賭けて、逃げる時?
 何度考えても、答えは出ない。
出ないけど、視線の隅にゲイルの姿を確認し、アリスは一旦思考のループを断ち切った。
隙だらけの獲物。千載一遇のチャンス。
 杖を一振り。ゲイルの頭上に黒雲を呼び出し、落雷を浴びせる。
「ぐおっ!!??」
 突然の奇襲に戸惑うゲイル。地面を滑るようにして、アリスは急停止。背後から追ってくる紅を引き連れたまま、ゲイルへと疾走し、その背中へと猛の一撃を浴びせかけた。
 この瞬間、彼女の思考と直感は獣のそれへと近づいていた。
 
 落雷を浴びて、全身が痺れている。背後からの攻撃を、咄嗟に引き抜いた刀で防げたのは軌跡に近い。獣の本能がそうさせたのか。今の一撃を、まともに浴びては危ないと、ゲイルの本能が叫んだのだ。
 自分を襲った相手が、アリスだと理解する。理解したと同時に、アリスの姿は草むらの中へと消えていた。最後に一言「目いっぱい得意分野で遊ぶピョン☆」と言っていた気がする。
 アリスを追って来た紅と視線が交差。互いの剣を構え、振り抜いたのは同時。
 刃物と刃物が激突する、激しい音。速度では自分が勝っていた。重さは紅の剣の方が上だ。
 紅はにやりと牙を剥いて笑う。紅が、剣の柄からさらにもう1本、細い剣を引き抜いた。獣の本能も剥き出しに、敵意と殺意の籠った斬撃。
 それを紙一重で回避し、返す刀で切りつける。浅い。これでは駄目だと直感が告げる。
 最短距離で最速を意識。円の動きに身体を預ける。肉体に無理を強いることなく、それでいて最大限の力を発揮する動作。獣の狩りには無駄がない。
「本能の赴くままに。獲物を仕留めるように」
 両手で握った刀が、紅を切りつけるその瞬間。
「背中がガラ空きだよ」
 ゲイルの背中に衝撃が走る。
 
 拳による2連撃。泰葉はくっくと笑みを零して、そのまま後退。ヒット&アウェイの戦法で、相手の怒りを誘発させるのが彼の狙いだ。
 草むらの中へと逃げこんだ泰葉は、そこでピタリと動きを止めた。
 すぐ隣に、こっそりゲイルと紅の戦闘を観察していたアリスが居た。視線が交差したのは一瞬。アリスは跳び退き、泰葉は地面に身を沈める。
 それはふとした思い付き。
「俺の左手の爪は相手を一撃で仕留められると……トランスしてみよう」
 泰葉の直感がそう告げている。ナックルを装備した左腕は、獣の腕だ。獲物の動きを抑え込み、その命を刈り取る武器だ。自分自身に暗示をかけて、拳を高く振り上げる。地面を蹴って跳び出した。無意識のうちに選んだ動作。アリスが戸惑いの表情を浮かべたその一瞬、今が好機と本能が知らせてくれたのだ。
 アリスの懐に潜り込み、猛の一撃を叩きつける。反動で、体の自由が効かなくなった。
 だが、今の一撃は確かに効いた。致命傷に足る威力だったと確信する。アリスが咄嗟に後退したおかげで、直撃こそしなかったものの、この時泰葉は、猛の一撃の新たな可能性、その一端に触れた気がした。

 草むらから、目を回したアリスが転がり出てくるのが見える。彼女の頬を一筋の汗が伝う。額にはびっしりと玉の汗が噴き出しているのが確認できる。よほど恐ろしい目に遭ったのか、余裕があれば後で聞いてみようとそう決めて、しかし紅は動けない。
 じりじりと、両手に持った剣と、目の前のゲイルに意識を集中させる。
 野生の獣と向かい合った際、これと似た焦燥を感じたことがある。逃げても、立ち向かっても、そのまま何もしなくても、きっと自分は襲われる。そんな危機感。
 綱渡り染みた、緊張感が身体を震わせる。
 襲われる前に、仕留めるしかない。獣の因子がそう囁いた。相手の動きを一撃で奪う力強さを。相手の反撃を受けないための素早さを。
「さあ、やってやろうじゃん!」
 地を這うように駆け出して、両手の剣に意識を向けた。一撃でいい。それで仕留める。
 下段から、駆ける勢いを乗せて放った斬撃が、ゲイルの胸を切り裂いた。
「っぐ」
 仕留めた、と思ったその瞬間、肩から胸にかけて激痛が走る。擦れ違い様にゲイルの放った斬撃が、自分の身体を切り裂いたのだと理解する。
 その時、全身を駆け抜けた恐怖を彼女はこの先、忘れることはないだろう。
 このまま、自分は息絶える。傷が癒えることはなく、痛みの中で死んでいく。獲物を狩る、或いは狩られる。野生とはそう言う者だ。強者だけが生き残れる世界。
 反動なぞ、気にしてどうする。一撃で致命傷を与えてしまえば、後はどうにでもなるではないか。
 それはなんて、獣らしい発想だろう。

 遠くで聞こえる落雷の音。それから、鋼の打ち合う激しい音。ビリビリと空気を震わせるような闘争の気配。それら全て意にも介さず、悠乃とタヱ子は向かい合う。土の鎧と、防御シールド、更には両手に盾を持ち、全力防御の姿勢をとったタヱ子に隙はない。
「受け役としてはちょっとだけ自信があります。わたしでよければどんどん因子技を打ち込んでください」
 そう言って、タヱ子は盾を掲げて見せた。
 悠乃は、トントンとその場で小さく跳びはねながら、タイミングを計る。何度も何度も、脳内ではシミュレーションを繰り返していた。
 モニター越しにみた映像と、自分の思考をリンクさせる。
「えぇと、確か……「『確実に命を取りに来てるみたいな』。そう。ここ。この精神状態に近づかないと」
 目の前のタヱ子へ視線を向ける。展開されたシールド。土の鎧。分厚い盾。易々とは喰い破れない、噛み砕けない、と心の奥で何かが告げた。
 だからこそ、硬く守られたそのなかにあるものへ、この手を、爪を届かせるにはどうすればいいか。
 そう考えたその瞬間、闘争本能に意識が支配される感覚。
 気付けば悠乃は駆け出していた。

「喰らい尽くすッ! 猛の一撃!」
 月光にも似た銀の籠手が、陽光を反射しきらりと光る。鋭い爪が空気を切り裂く。竜の尾をくねらせ、悠乃が迫る。展開させていたシールドが、無音のまま砕け散った。降り注ぐシールドの欠片を浴びながら、悠乃はその長身を跳躍させた。
 重力に任せ、爪を振り下ろす。竜の顎が、獲物の肉を食いちぎる。タヱ子をよぎるイメージ。背筋が凍る思いを、必死で飲み込み、盾を掲げた。全身全霊を込めて、悠乃の攻撃を受け止めるために、視線はまっすぐ悠乃を見据えている。
 獣に喰われる瞬間、餌となった獲物はきっとこんな気分だろう、とそう思う。
 その刹那。 
悠乃の爪が、盾を打つ。
 盾を伝って、衝撃が体を貫いた。土の鎧に罅が走る。
 直撃を受けては不味いと、タヱ子の本能が警報を鳴らした。
「今の攻撃が、腕に響きました。再現性……もう一度放てますか?」
 着地し、荒い呼吸を繰り返す悠乃に向かって、興奮した様子のタヱ子はそう告げた。

●日が暮れて
 ゲイルの周囲に、淡い燐光を放つ霧が立ち込めた。傷ついた仲間と自分を治療するため癒しの霧を使用したのだ。
 しかし、どうしたことだろう。
 アリスの受けた傷は、癒えた。直撃を避け、かすり傷だったからだろうか。
 自分と、紅の傷は癒えない。
 仕方なく2人は、地面に寝転がって空を見上げる。傷は痛むが、幸いにもすぐに息絶えるほどの重傷ではない。致命傷であるのは確かだが、これがBSによるものならば、時間が経てば解除され、治療が可能になるとそう判断したのだ。
 荒い呼吸を繰り返し、地面に倒れた2人の姿を、アリスと泰葉は興味深そうに眺めている。
「お疲れ様です、皆さん。よろしければクッキーでもいかがかな?」
 泰葉の言葉に、ゲイルと紅は、乾いた笑いで答えを返した。
 
 いつの間にか、空が赤く染まっている。
 そのことに気付いた悠乃は、大きな溜め息と共にその場に座り込んだ。タヱ子も、土の鎧を解除し、悠乃の傍に腰を降ろす。
「う、受け切りました」
 そう言ってタヱ子は、土と汗に塗れた身体を地面に横たえる。傍らに投げ捨てられた盾には、無数の傷が刻まれていた。本能のままに襲いかかる悠乃の猛攻を、全て受け切ったのだ。
 喰い破れなかった……。そう呟いて、悠乃はそっと、タヱ子の頬を撫でたのだった。

 小唄が目を覚ますと、そこには優しく微笑むク―の顔があった。
 どうやら、ク―の膝に頭を預け、眠っていたようだ。
「どうかな、役に立てました?」
 そう問いかけた小唄に対し、ク―は小さな笑い声を零す。
「えぇ。どうやら新効果は、受けたダメージの回復を阻害する類のもののようですね」
 それ故、戦闘時においてその傷は致命的なそれと成り得る。
 もうじき、日が暮れて、夜が来るだろう。森の各所で繰り広げられていた模擬戦は、全て集結していることは、気配で分かった。
 これで、今回の任務は終了だろう。
「ところで御白さん。お弁当を用意して来たんですけど、一緒にどうでしょう?」
 せっかく森へ来ているのだ。
 最後に少し、ピクニック気分を味わうのも、悪くない。 

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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