少年は光放って戦わん
【古妖狩人】少年は光放って戦わん


●大蝦蟇と少年覚者
 この地方には大蝦蟇の古妖の伝承がある。
 身の丈八尺(二メートル半ほど)の巨大な蛙で、槍を手にした暴れ者。虹色の毒素を吐き、この地方で散々乱暴を働いていたという。だが子供の涙で暴力の無意味さを悟り、今では池の中で静かに眠っている。そんな伝承。
 そしてそれを聞きつけた者たちがいる。
 古妖を狩り、自らに隷従させて覚者に襲わせようとする『古妖狩人』と呼ばれる憤怒者達。彼らは伝承の池に毒を撒き、油をまいて炎を燃やし、鋭い鉄線の網で相手を押さえて、様々な武装で身を固め一斉に攻撃を仕掛ける。だが――
「だめだ! 手に負えん!」
「くそ……撤退だ!」
 暴れる大蝦蟇の槍と毒素に憤怒者たちは撤退する。これで一件落着となれば何の問題もなかったのだが、
「人間! あの時の涙は嘘だったのかぁぁぁぁぁ!」
 信じた人間に裏切られたと思い込んだ蝦蟇は怒り狂い、近くにある人間の集落に向かう。受けた痛みを百倍にして返してくれよう。口にせずとも伝わる激しい怒り。
 だが、その蝦蟇の前に人影が現れ、ゆく手を阻む。その傍らに立つ守護使役から神具を受け取り、土の加護を身に纏った一人の少年。
「やめるんだ、河内! あの人間と町の人間は違う!」
「うるさいうるさいうるさい! おまえもおれをだますつもりだなぁぁぁ!」
 河内と呼ばれた怒り狂う大蝦蟇は、少年の言葉に耳を傾けることなく槍を構える。苦渋の思いで少年は神具を振るいその槍を弾いた。説得は通じそうにない。回復の手立てのない少年が取れる手段は、力ずくで抑え込むしかない状況だ。だけど――
(僕一人だけでは永くは持たない……)
 絶望的な思いで少年は戦いに挑む。今の彼に仲間はいない。このままではあっさり倒されて、後は人間の町で大蝦蟇が暴れるだろう。人間の町に多くの被害を出し、その後に人間の反撃を受けて大蝦蟇は殺される。夢見でなくとも、見える結果だ。
 古妖を襲い誘拐する者たちに対抗する事を第一義とするなら、撤退して身の安全を確保するのが一番だ。それでも少年は退くつもりはなかった。
 古妖をみすみす見殺しにはできなかった。

●FiVE
「みんな、集まってくれてありがとう!」
 集まった覚者を久方 万里(nCL2000005)が元気よく迎える。軽快な口調で説明するが、その内容は決して軽いものではなかった。
「『古妖狩人』っていう憤怒者達がおっきいカエルさんを怒らせたの。そのカエルさんが街を襲うみたい」
 万里の説明を詳しく聞くと、このところ古妖を襲っている『古妖狩人』という憤怒者チームがいるという。彼らは古妖を暴力で屈服させたり人質を取るなどして言うことを聞かせて、覚者に襲わせるらしい。戦闘に使用できない古妖は、人間にはとても行えない実験に使用するという。
 その憤怒者が自らの戦力にしようと巨大な蝦蟇を襲う。だが憤怒者の手に負えず、その攻撃で人間に怒りを覚えたのか近くの町に襲い掛かるつもりだ。
「で、このカエルさんを止めようと覚者の少年が頑張るんだけど……少し変なの?」
「変?」
「よくわからない攻撃をするの。びーむっ! って感じで」
 びー、と叫ぶ万里を前に首をひねる覚者達。万里の説明を聞く限り、今のFiVEの知りうる攻撃方法で該当するものはない。
「あと覚醒した姿もよくわからないの。額に何か出たかなー、ぐらいで?」
 夢見の見る予知夢は、不鮮明なことも多い。少なくとも翼人や獣憑のような変化部位がはっきりしているものではないようだ。
「謎の少年覚者か……。どうあれそれが暴れる古妖を押さえているわけだな」 
 聞けばその少年は、憤怒者組織『古妖狩人』と対立しているようだ。接触すれば何か詳しい話が聞けるかもしれない。だがその為にはある程度の信用を得ないといけないだろう。言葉なく乱入すれば、敵と間違えられる可能性がある。
「とりあえずカエルさんを止めてきて! 力ずくで抑え込むか、傷を癒してあげないと!」



■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:どくどく
■成功条件
1.大蝦蟇の体力を0にする。もしくは完全に回復させる。
2.少年覚者と接触する。
3.なし
 どくどくです。
 このシナリオはシリーズシナリオになっています。今回参加された方が次回シナリオに予約された時、参加優先権が付与されます。
 全二回のシリーズシナリオとなっておりますので、よろしくお願いします。

●敵情報
 大蝦蟇『河内』
 身の丈八尺(二メートル半ほど)の巨大な蛙の古妖です。手に巨大な槍を持ち、口から毒を吐き、長い舌で舐めつけてきます。
 元々人間を信じていたのですが、裏切られたと思い込んで人間への不信感から大暴れしています。ですが裏を返せばまだ人間を信じており、頭に上った血が収まるか傷が癒えれば説得も可能でしょう。
 かなりの強さを持っている古妖(妖でいえばランク3程度)ですが、古妖狩人との抗争でかなりのダメージを受けています。その傷が癒えていない状態のため、難易度相応の古妖です。
 戦闘開始時点で体力が半分以下。〔猛毒〕〔流血〕〔炎傷〕を受けています。

 攻撃方法
 河内の槍 物近貫3 巨大な槍で突いてきます。後ろの相手ほどダメージは減少します。〔貫:100%,60%,30%〕
 虹色の毒 特遠列 相手を弱らせる毒を吐き出します。〔毒〕〔弱体〕
 長い毒舌 物遠単 長い舌で舐めて、直接毒を塗りつけます。〔猛毒〕〔痺れ〕
 蝦蟇の油  自  毒性の強い油を汗腺から出して、毒の皮膜を纏います。〔反射〕
 巨体    P  八尺の巨体は簡単には押さえられません。ブロックに三人必要です。
 
・少年覚者
 見た目は一二歳ぐらいの男性。蜘蛛の巣の意匠を施した服を着て、刀型の神具を持っています。土の源素を使うことと、謎の攻撃をするらしいことがわかっています。『古妖狩人』と敵対しており、古妖を彼らから守るために戦っているようです。
 FiVEの覚者のことは知る由もなく、対応を誤れば『古妖狩人』の仲間と勘違いする可能性があります。源素を使うから憤怒者じゃない、と言っても彼は古妖狩人が一般人集団であることを知らない(古妖を狩る集団以上のことは知らない)ので無意味です。
 
・古妖狩人
 憤怒者組織『イレブン』の一派。古妖を狩って隷従させ、覚者に対する力にしようとします。その為に大蝦蟇の住む池に毒を流し、様々な兵器で攻撃を仕掛けました。ですが古妖に敗れ、全員撤退しています。

●場所情報
 某県山中。近くに巨大な池があります。時刻は昼。明かりも足場も広さも戦闘行為を行うのに支障はなし。
 戦闘開始時、『河内』と『少年覚者』が接近している状態です。FiVEの覚者は『少年覚者』の後方二十メートル地点からスタート。
 急いで現場に向かう為、事前付与は不可能です。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年11月18日

■メイン参加者 8人■

『天衣無縫』
神楽坂 椿花(CL2000059)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)
『水の祝福』
神城 アニス(CL2000023)
『白い人』
由比 久永(CL2000540)
『落涙朱華』
志賀 行成(CL2000352)


 大蝦蟇と覚者の少年の戦いは、どう見ても少年の方が押されていた。背中越しでもわかる少年の疲弊。
 だがそれ以上に大蝦蟇は傷ついていた。それは少年の手によるものではない。憤怒者『古妖狩人』によるものだ。
「ひどいです……こんなひどい傷。治してさしあげませんと!」
 大蝦蟇の受けた傷を見て『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)は憤怒者に対する怒りを露にする。同時に彼らに傷つけられた古妖を癒さねばならないと決意を固める。この古妖は被害者だ。早く治してあげないと。
「人間に裏切られた……か。人間も色々な奴がいるからな」
 肩をすくめながら、寺田 護(CL2001171)が覚醒して大きくなった羽を広げる。人づきあいが苦手な護だが、それでも様々な人間を見てきた。気のいい奴、悪い奴。そして私欲のために他人を傷つける奴。本当に様々だ。
「憤怒者全員が同類とは思ってはいけないが、酷い事をする輩がいるものだ……」
『浅葱色の想い』志賀 行成(CL2000352)は大蝦蟇の傷を見ながら薙刀を握りしめる。憤怒者もそれなりの人生があってああなったのだろう。だが、他者を傷つけていい理由にはならない。大蝦蟇への間合いを詰めながら、刃を返し防御の構えを取る。
「五麟市の大池はダメみたいですっ。市の許可が降りそうにないみたいですっ」
『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)は事前に五麟市の大池に大蝦蟇を済ませることができないか、とお願いして見た。だが、流石に市内の池に古妖を呼ぶのは、FiVEの一存ではどうにもならないようだ。
「仕方ありません。再発防止は後回しにして、今は場を収める事に集中しましょう」
 仕込み杖を握り、『教授』新田・成(CL2000538)が頷いた。古妖を狩る憤怒者たち。彼らが再びやってくる可能性を考えると、何らかの策は必要だろう。それを為すためにも、まずは暴れる大蝦蟇を押さえなくては。
「頭に血が上った状態では、何を言っても無駄だろう」
 暴れる大蝦蟇を見ながら『白い人』由比 久永(CL2000540)は日傘をたたんで、フードをかぶる。伝承を聞く限りでは、情に弱い所もあるが暴れ者な部分もある。ならば暴れさせてすべて吐き出させるのもいいだろう。
「椿花。前に出るのは仕方ないが、無理すんなよ?」
「大丈夫なんだぞ! 椿花は椿花が出来る事を頑張るだけなんだぞ!」
 大蝦蟇に向かう途中で足を止めた香月 凜音(CL2000495)が、自分を追い抜く『天衣無縫』神楽坂 椿花(CL2000059)に向けて言う。帰ってきた言葉はいつも通りの元気いっぱいの椿花の声。
 椿花にはあまり傷ついてほしくないと思う凜音だが、状況はそれを許さない。そして大丈夫といった椿花も、自分の返した言葉に罪悪感のようなものを感じていた。倒れるまで前に立つつもりの椿花。自分では無理をしていないつもりだが、凜音はそれをどう思うか?
「……っ!? まさかあいつ等が戻ってきたのか!」
 振り向く少年覚者に、違うと声をかけようとしたFiVEの覚者は少年の姿に驚き、一瞬声が止まった。
 覚醒した少年の姿は前世持ちでもない、精霊顕現でもない、獣憑でもない、翼人でもない、付喪でもない、変化でもない。そのどれにも当てはまらない特徴が、額に浮かんでいた。
「額に瞳、ですか」
 最初に落ち着きを取り戻した成が、少年の特徴を口にする。眉間のやや上あたりに開く第三の目。他の目と同じように動くそれが、FiVEの覚者たちを見ていた。


 少年の姿には驚いたが、それも一瞬。覚者達は暴れる大蝦蟇を前に展開する。
「我々は覚者組織の者です。状況を夢見が予知し駆けつけました」
 仕込み杖を構え、成が少年に告げる。全速力で大蝦蟇の元に走りこみ、大蝦蟇の気を引くように立ち塞がる。杖から刃を抜くことなく、大蝦蟇の槍に合わせるように杖を動かす。攻めるつもりはない。相手を傷つけることなく、場を納めるのだ。
 呼吸を整え、足に意識を州流する。大地の加護を身に纏い、迫る大蝦蟇の槍に杖を合わせる。まともに受ければ重量差で潰される。杖を斜めに構え、ベクトルを逸らすようにして受け流す。
「大蝦蟇に回復を施し落ち着かせます。ご協力させていただけますか?」
「え? ……味方なのか?」
「詳しい説明は後だ。そなたは大蝦蟇を助けたいのだろう?」
 扇で空気を払い、久永が少年に告げる。自己紹介をしている余裕はない。夢見の見立てでも、この大蝦蟇はかなりの戦闘力を有している。自分たちが突破されれば悲劇が生まれるのだ。
 霊鳥の羽を用いて作られたと言われる羽扇。それを手にして久永は心を静める。羽扇をひとたび扇げば、涼やかな風が大蝦蟇を包み込む。それは透明な湖畔にそよぐ風の如く。水の源素を乗せた風は、大蝦蟇の火傷や出血を癒していく。
「なら手を貸そう。共に戦ってくれるのであれば、蛙への声掛けを頼む」
「あ、椿花達は蛙さんを助けに来たんだぞ!」
 自分自身が隠れるほど大きな盾を持ち、椿花が大蝦蟇の元に迫る。いつも使っている身の丈ほどの刀は今は使わない。傷つけるつもりはない、という意思表示で盾を手にしているのだが、怒りに身を任せる大蝦蟇には通じなかったようだ。
 椿花は両手で盾を構えて、大蝦蟇の槍を受け止める。足をしっかり踏ん張って、その衝撃を真正面から受け止めた。無理はしない。だけど無理をしない止められない。小さな体に強い意志を込めて、出来るだけ元気に言葉をつづけた。
「蛙さんが話を聞いてくれるまでずっと止め続けるんだぞ!」
「お前らの仲間にもいろんな考え方の奴がいるだろう? 俺達も同じだ」
 説得は苦手なんだよな……と頭を掻きながら凜音が言う。言葉だけで止まる相手ではないだろう。それは夢見の情報だけではなく、目の当たりにして理解できる。だから行動で示すのみだ。
 経典を開き、前世との繋がりを強く意識する。流れ込む漠然としたビジョンが、凜音の力を増していく。源素の力を含んだ霧が広がり、大蝦蟇や味方の傷を癒していく。前に出れば持たないことはわかっている。だから後ろから皆を支えるのだ。
「癒してやるさ。それが俺の仕事だからな」
「傷を癒す私達の覚悟を受け取ってくれ」
 薙刀を構え、行成が歩を進める。覚悟。それは大蝦蟇を傷つけることなく戦闘を納める覚悟。私たちは古妖狩人のような暴力は使わない。傷を癒し、壊れた信頼を修復するためにここにいるのだ。
 大蝦蟇の槍の間合いを目測で測る。比率こそ違えど、それが武器であるなら見るべきは穂先ではなく持ち主の動き。長柄の武器は行成もよく理解している。踏み込み、腰の動き、そして手の動き。それを刹那で察し、そして受け流す。
「信じるのは難しい、だから……改めて信じてもらうには体を張らねば」
「百の言葉を費やすより、行動で示しましょうっ」
 白のマフラーをはためかせて、浅葱が大蝦蟇に向かって叫ぶ。言葉だけが説得の術ではない。助けたいと思う心を行動で示すこと。浅葱は迷わない。確固たる『正義』が己の中にあるからだ。
 大蝦蟇の体に触れ、掌に意識を集中させる。体温、血の流れ、呼吸音……大蝦蟇の身体の情報が手の平から伝わってくる。浅葱は大蝦蟇の呼吸に合わせるように呼吸し、生命の波長を合わせていく。重なった波長から流れる生命の力。
「助けたいから助けるのですっ」
「問答無用で加勢させて貰うぜ」
 飛苦無を手にして護が少年に語り掛ける。灰色の羽を広げ、暴れる大蝦蟇を見た。興奮のあまり話ができない状態の古妖。それを何とか話ができる段階までもっていかなくてはいけない。話はそれからだ。
 手にした飛苦無の切っ先を大蝦蟇に向けず、祈りを捧げるように両手で握りしめる。溢れ出る『天』の源素が淡い光となって仲間に注がれた。自らの精神力を他人に転化する癒しの光。回復を行う仲間を支えるのが護の役割。
「まずは河内を話が出来る状態まで持っていくぞ」
「河内様をここまで抑えてくださりありがとうございます。私たちが絶対お助け致します」
 水の守りを仲間に付与しながら、アニスは少年に一礼する。問いたいことは山ほどあるが、今は大蝦蟇の怒りを押さえるのが先だ。水の源素を展開し、大蝦蟇の殻の傷を一つずつ癒していく。
 妖に襲われて大怪我がをした経験を持つアニス。だからこそ、理不尽に傷つけられることの恐怖と悔しさが理解できる。癒すのは体だけではなく心も。大蝦蟇の血の匂いで吐きそうになるのを堪えながら、必死に癒し続ける。
「私は全てを救いたい……だから回復に全てをかけます!」
「わかった。今は貴方達を信じる」
 FiVE覚者の行為に少年が応えた。土の鎧を身にまとい、大蝦蟇の槍を受けるべく前に立つ。
 こちらを攻撃してくる相手を癒すという特殊な状況の中、覚者達の鬨の声が山中に響き渡る。


 覚者はふんだんな回復力を持つ構成だが、その癒しは主に大蝦蟇の方に向けられる。
「おまえら、おいらをいやして……いいや、だまされるものかぁ!」
 その献身に心揺らぐ大蝦蟇だが、不信感を拭うにはまだ足りないようだ。少年の声も届かぬほど、憤怒していた。その槍と毒が覚者に襲い掛かる。
「未だ倒れないんだぞ!」
「流石ですね。夢見の見立ては間違っていないようです」
「この程度で……諦めたりはしません!」
 大蝦蟇の槍で、 椿花と成とアニスが膝をつきそうになる。己の命数を削り、なんとか意識を保つ。
「椿花……無理をするな……よ」
「ち……ここまで、か……」
 毒の吐息を受けて、凜音と護が力尽きた。やれることはすべてやり切った。あとは仲間に託し、意識を手放す。
 大蝦蟇を押さえるのは椿花と浅葱と成と行成、それと少年の五人。そして大蝦蟇を癒すのは浅葱とアニスと久永と行成だ。
「無理をするな。息が上がっているぞ」
 少年の疲弊を察した行成が、大蝦蟇の攻撃から庇うように前に立つ。少年を守るため回復の数が減るが、前衛を突破されないことの方が重要だ。後ろで暴れられれば、回復を行う仲間が瓦解し、作戦が崩壊してしまう。
「蛙さんに傷付いて欲しく無いから……もう一度だけ、椿花達を信じて欲しいんだぞ!」
 肩で息をしながら椿花が叫ぶ。元より椿花は持久力があるほうではない。一気に敵を倒すタイプだ。だが今は大蝦蟇と、後ろにある街の人の為に必死に耐えていた。こんなことで命を失うなど、あっていいはずがない。
「問題ありません。あと少しです」
 戦況を把握する成。知識と経験から導き出される勝利への道筋。火力で敵を圧倒するだけが戦いではない。正しい知識により組み立てられる作戦。成の言葉に希望を見出し、覚者達は奮起する。
「貴方たちは必ず癒します……それが私の水の祝福ですから」
 アニスは『ディグナーブヴァッサー』と書かれた本を手に水の力を解き放っていた。静かな湖面に落ちる清らかな雫。それを強くイメージし、癒しの力を放つ。湖面に波紋が広がるように、仲間に癒しが届いていく。
「裏切りへの怒りは尤も。ならば裏切る人間像を裏切りましょうかっ」
 自らの生命力を転化し、大蝦蟇に与え続ける浅葱。その結果、倒れることになっても構わない。そうなったとしても、仲間が状況を解決すると信じている。共に戦った仲間を信じ、裏切られたと暴れる大蝦蟇を信じ。
「これが本物のガマの油……文献には蟾酥(せんそ)とあったが」
 大蝦蟇が身にまとう毒の油を見ながら久永が唸る。そのまま使えば毒薬だが、煎じて使えば薬となる。さて古妖のそれはどうなのやら。事が落ち着けば試してみるか、と思いながら大蝦蟇を回復する。
「……え?」
 まるで時間が止まったような感覚の中、アニスは小さく声をあげた。アニスの心に飛び込んでくるなにか。それは大蝦蟇が身に纏う皮膜の術。似た術式を活性化しており、何よりも高い水の親和性を持っている。相手が水の古妖という事もあるのだろう。そうであるのが当然のように、すんなりと胸に収まった。
「この程度ではまけませんっ」
 浅葱が息を切らしながら、命数を削る。かなり疲弊しているが、これで終わりと笑みを浮かべた。両手を突き出し、大蝦蟇のお腹に触れる。
「古妖お助け、完了ですっ!」
 注がれる浅葱の生命力。それは手の平を通じて大蝦蟇に送られ。その温かい熱は回復の術式の熱。だけど込められた思いは術式だけではない。愚かな人間の起こしたことの謝罪と、その被害者を助けたいという強い正義(おもい)。
「わああああああん。ごめんよおおおお!」
 大蝦蟇の目から流れる涙。その叫びは、もはや怒りに捕らわれた声ではなかった。


「此度の件、まことに申し訳ない。同じ人間として心から謝罪したい」
 戦闘終了後、久永が大蝦蟇に謝罪する。厳密に言えばFiVEの覚者は関係ないが、それでも同じ人間として恥ずべき行為だと思っている。謝って許されることではないが、それでも謝罪を欠いていいものではない。
「こっちもすまねぇええ。あたまにちがのぼっちまってぇえ」
「色々と俺達の勝手な都合ばかりですまねぇ。あいつらは……」
 謝罪しつつ護が古妖狩人の事を説明する。自分たちとは異なる考えを持つ存在。古妖を捕らえて、他の古妖や覚者を襲わせる非道な連中。こちらも対応に手を焼いており、また似たようなことが起きるであろうことも。
「……うん。僕もその噂は聞いている」
「おまえさんは、どうしてあの蛙を助けたいと思ったんだ?」
 痛む体を押さえながら凜音が少年に問いかける。思えばこの少年は謎が多い。少年自身が隠しているつもりはないのだが、FiVEからすれば分からないことだらけだ。そして確認しなければならないのは、その動機だ。
「え? 困ってる仲間がいれば助けるだろう?」
「なるほど道理ですねっ。……って人魂?」
 少年の行動理念に納得する浅葱。古妖と人間という枠組みを無視すれば、それは浅葱からすれば納得できる理由だ。おそらく自分たちより深く古妖と関わっているのだろう。そして覚醒を解除した少年のそばに浮かぶ人魂に首をかしげた。なにそれ?
「……? 貴方達にはないのですか?」
「すごぉい! 本当にふわふわ浮いてるんだぞ!」
 少年の傍らを漂う人魂。それを見て椿花は驚きの声をあげる。守護使役とは別の、覚者に寄り添う存在。改めて、この覚者が自分たちの知らない存在であることを思わせる。当の少年もFiVEの覚者の方を興味深そうに見ている。
「私たちの知らない因子……なのだろうな」
 獣憑の部分獣化や精霊顕現の紋様のようなものか、と行成は推測する。各因子による特徴の一つ。それが人魂であり、第三の瞳なのだろう。そして会話から察するに、この少年は他因子の覚者を知らないようだ。
「もしよろしければ、その力を見せてもらえませんか? こちらの力もお見せしますので」
 夢見が見た光。成はそれを思い出し少年にお願いする。承諾した少年は再度覚醒し、第三の目を地面に向ける。瞳に光が集い、貫くような光線が発射された。顎に手を当て頷く成。これは……。
「どうやらこの少年の因子による技のようだ。ありがとうございます」
「僕も始めてみました。皆さんのような人がいることは知っているのですが……」
 翼人や変化の覚醒を見て、驚く少年。異なる因子を持つ者同士、その絆は結ばれつつあった。
 
 とはいえ、これで終わりというわけにもいかない。古妖狩人は健在で、その尻尾もつかめていない状態なのだ。
「もし古妖様にネットワークがあるのであれば、古妖狩人の存在を伝えていただけませんか?」
「ねっとわーく? れんらくなら……」
 アニスの提案に少年を指さす大蝦蟇。少年は頷き、
「古妖同士の連絡は僕が行っている。それはみんなに伝えよう」
「お前さんが連絡を取り合うのなら、俺が伝承の池の周りで見張りをしようか?」
 護の言葉に首を振ったのは大蝦蟇だ。しばらく別の池に移り住むという。
「あそこはすめたものじゃねえし」
「確かに。古妖狩人が毒を撒いていましたからね」
「この古妖の強さを考えれば、不意を突かれない限りは大丈夫じゃろう」
 かくして、大蝦蟇が別の池に移動することでとりあえずの防護策となった。
「……連中が残した手がかりになればいいけどな」
 護は池の水を瓶に詰める。古妖狩人のそれ以外の遺留品は見つかりそうになかった。
 そして少年は、
「僕は他の古妖の所に連絡をしてから、村に帰る」
「村?」
 聞けば、その村を拠点として彼は活動している。そこには彼のような覚者が住んでおり、逆にFiVEにいる覚者は一人もいないという。彼の因子の詳細な情報は、そこにあるのかもしれない。連絡先を交換し別れを告げる。その前に――
 一番知らなければならないことを、まだ聞いていないことに気づいた。
「少年、名前は何という?」

「――安土八起(あづち・やおき)」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

ラーニング成功!!

取得者:神城 アニス(CL2000023)
取得技:河内の毒衣




 
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