幸薄の少年
●
子供は口々に揃えてこう言った。
『紫雨がなくと、血雨が降る』
だから紫雨はなかせたらいけないんだ。
紫雨が鳴いたら、沢山雨が降る。
真っ赤な、真っ赤な、大雨が。
降るという事象を悟らせず、降った結果だけを残す大雨が。
●
鍵の壊された玄関――玄関に黒い影が座っている――を入り、フローリングの目に沿って進み、台所――荒れた台所、四人分の席のひとつに黒い影が座る――を入る手前で右へと曲ってから二つ目の扉――一つ目の扉の奥から子供の笑い声が聞こえる――へ入り、畳臭い部屋の押し入れの中。
がちがちがちがちがちがちがち。
がたがたがたがたがたがたがた。
「どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど」
どうしようと言いたいらしい。
声の主は、赤眼を隠す様な大きなぐるぐる眼鏡に、白髪を隠すフードを被り、体育座りをしながら、真っ暗な押し入れの中で震えていた。腰についた大きな尻尾も微動し、絶えず壁を小刻みに叩く。
「ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ」
夢見。……が、この村には居たはずであった。
だがしかし、来てみたら全てが『血雨』になっていた。人も、動物も、虫さえも、同じ液体に浸かって時雨に流されていく。土に吸い込まれていく。山とひとつになっていく。
恐ろしくなってこの民家に侵入して隠れたが、なんだ、この家の人々は自分が死んだ事にさえ気づいていないのか。
さておき、この村が『紫雨』とやらをなかせてしまったのだろう。が、今や便利なスキルも持ち合わせておらず、知る術も無し……か。
「ぼぼぼぼぼぼぼ僕……、僕!! お家、かっ、帰れる……かなぁ……? どう思う、カグチヨ」
カグチヨと呼ばれた猫の守護使役が頭を傾げた事に命の危機を感じる事この上なく。
既に村は果て、半透明な黒い影が無数に揺れ動く。皆、死を認識している者は恨み辛み悲しみ憎悪を口にしながら、揺れ、揺れ、揺れながら村を徘徊する。消えた己の身体を探して。
「き、きっと、組織の皆が僕が帰らないって探しに、き、来てくれるっはず!! だよね……」
といった所で黒い影が押し入れの戸を開いた。
「あぁぁぎゃっぱああああああああーー!!!」
面白い声を出しながら、声の主は口から自分の魂を吐き出した状態で気絶した。
●
「依頼……なんだがなあ」
久方 相馬(nCL2000004)が口を窄めて険しいかんばせを見せた。
「血雨が……降った……訳で」
ああ、例の?
とある都市伝説的逸話である。神隠しのように突然人が、村が、血溜まりになっているという。
『紫雨がないたら、血雨が降る』。
そう言われるもの。
七星剣には逢魔ヶ時紫雨という人物がいて、それが関わっているのだが目下調査中。で、これが発生したという事で。その血雨の『原因』とやらと『逢魔ヶ時紫雨らしき人物』は現場にはいないと推測する。
「でもその村の、一部の人達の残留思念が、妖化したんだ。数も多い……けど、頑張れば倒せると思う」
とはいえ村全体にまばらに散った妖だ。一匹たりとも逃げしてはいけない。妖は妖を呼ぶのだ、取り逃がした一体が更に別の個体を呼んでしまっては意味がない。村の近くにはまた別な村がある。安全の為にも、全部駆逐するのだ。
「あと一六歳くらいの男が気絶してんだ……。
一応、助けてやってくれよ。夢で見た感じだと、めちゃくちゃ怖がりみたいなんだ。尻尾があったから、獣憑かな? 隔者だとは……思えないんだが、万が一もあるから俺達の情報は内緒だからな!できれば、彼等の情報とか持って帰ってくれると助かる。
それじゃ、宜しく頼んだぜ!」
子供は口々に揃えてこう言った。
『紫雨がなくと、血雨が降る』
だから紫雨はなかせたらいけないんだ。
紫雨が鳴いたら、沢山雨が降る。
真っ赤な、真っ赤な、大雨が。
降るという事象を悟らせず、降った結果だけを残す大雨が。
●
鍵の壊された玄関――玄関に黒い影が座っている――を入り、フローリングの目に沿って進み、台所――荒れた台所、四人分の席のひとつに黒い影が座る――を入る手前で右へと曲ってから二つ目の扉――一つ目の扉の奥から子供の笑い声が聞こえる――へ入り、畳臭い部屋の押し入れの中。
がちがちがちがちがちがちがち。
がたがたがたがたがたがたがた。
「どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど」
どうしようと言いたいらしい。
声の主は、赤眼を隠す様な大きなぐるぐる眼鏡に、白髪を隠すフードを被り、体育座りをしながら、真っ暗な押し入れの中で震えていた。腰についた大きな尻尾も微動し、絶えず壁を小刻みに叩く。
「ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ」
夢見。……が、この村には居たはずであった。
だがしかし、来てみたら全てが『血雨』になっていた。人も、動物も、虫さえも、同じ液体に浸かって時雨に流されていく。土に吸い込まれていく。山とひとつになっていく。
恐ろしくなってこの民家に侵入して隠れたが、なんだ、この家の人々は自分が死んだ事にさえ気づいていないのか。
さておき、この村が『紫雨』とやらをなかせてしまったのだろう。が、今や便利なスキルも持ち合わせておらず、知る術も無し……か。
「ぼぼぼぼぼぼぼ僕……、僕!! お家、かっ、帰れる……かなぁ……? どう思う、カグチヨ」
カグチヨと呼ばれた猫の守護使役が頭を傾げた事に命の危機を感じる事この上なく。
既に村は果て、半透明な黒い影が無数に揺れ動く。皆、死を認識している者は恨み辛み悲しみ憎悪を口にしながら、揺れ、揺れ、揺れながら村を徘徊する。消えた己の身体を探して。
「き、きっと、組織の皆が僕が帰らないって探しに、き、来てくれるっはず!! だよね……」
といった所で黒い影が押し入れの戸を開いた。
「あぁぁぎゃっぱああああああああーー!!!」
面白い声を出しながら、声の主は口から自分の魂を吐き出した状態で気絶した。
●
「依頼……なんだがなあ」
久方 相馬(nCL2000004)が口を窄めて険しいかんばせを見せた。
「血雨が……降った……訳で」
ああ、例の?
とある都市伝説的逸話である。神隠しのように突然人が、村が、血溜まりになっているという。
『紫雨がないたら、血雨が降る』。
そう言われるもの。
七星剣には逢魔ヶ時紫雨という人物がいて、それが関わっているのだが目下調査中。で、これが発生したという事で。その血雨の『原因』とやらと『逢魔ヶ時紫雨らしき人物』は現場にはいないと推測する。
「でもその村の、一部の人達の残留思念が、妖化したんだ。数も多い……けど、頑張れば倒せると思う」
とはいえ村全体にまばらに散った妖だ。一匹たりとも逃げしてはいけない。妖は妖を呼ぶのだ、取り逃がした一体が更に別の個体を呼んでしまっては意味がない。村の近くにはまた別な村がある。安全の為にも、全部駆逐するのだ。
「あと一六歳くらいの男が気絶してんだ……。
一応、助けてやってくれよ。夢で見た感じだと、めちゃくちゃ怖がりみたいなんだ。尻尾があったから、獣憑かな? 隔者だとは……思えないんだが、万が一もあるから俺達の情報は内緒だからな!できれば、彼等の情報とか持って帰ってくれると助かる。
それじゃ、宜しく頼んだぜ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.全妖の討伐
2.???の情報をなんでもいいからひとつ以上手に入れる
3.なし
2.???の情報をなんでもいいからひとつ以上手に入れる
3.なし
●失敗条件
ファイヴ関係の暴露をした瞬間失敗とします(名前、チーム名含め)
●状況
・『血雨』が、降った。いや、降ってしまった。
多くの人の命が失われたが、これが全て妖となってしまった。数も多いが、麓の街まで降りて来るのだけは止めなければならない。覚者の出動だ!
……少年が一人、助けを求めているようだ。覚者であるようだが、正体が不明だ。組織があることをチラつかせる言動をしている為、接触には気をつけるように
●血雨(チサメ)とは
昨今、実しやかに流れる逸話『紫雨が鳴くと血雨が降る』の血雨である。
雨は降らずとも、雨が降ったかのように全てが真っ赤に染まり、時には人が血雨になり、時には小規模な村が血雨になる。あまりの残虐性故に、ありとあらゆる考察が行われているが未だ不明。
唯一、逢魔ヶ時紫雨が関わっていることだけは解っている。
●敵
・妖(心霊系)×10体
場所はまばら
生きている人間を見かけると集まってくる死を認識したものもいれば、普段通り日常を送っている死を認識してない個体も
総勢、ランク1ですが数に襲われると一気にダメージ蓄積します、質より量
蹴る、殴るなど物理中心。BSは特に無い
●謎の少年『???』
・執拗かつ大袈裟な程に怖がり&小心者&戦いたがらない&よく泣く&よく腰が抜ける&魂も吐く(ネタ)
廃屋化した民家で気絶していますが、その内起き上って接触してきます
早く行けば気絶中に接触可能
何かしらの組織の一員のようだ
●場所:村
・血雨と化した村、それなりに広いです
民家がかろうじて数軒、そのままの形で残っているだけで、後は全て血溜まりに沈んでいる
足下はよく滑る(血だまりで)
時刻は夜である、真っ暗である
ご縁がありましたら、宜しくお願いします
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年10月10日
2015年10月10日
■メイン参加者 8人■

●
天空へ昇りながら蜷局を巻く群雲に隠れた月は、赤く染まった大地と同じ赤色をしていた。
車さえ、それこそ人さえ寄せ付けないような、うっそうとした山の中を進んで行く。するとぽっかり口を開けた、大きな大きな水溜りが出来上がっていた。
こびり付く様な錆びの臭いが鼻を虐め、瞳にさえ軽い刺激が発生する。暗い中で見える液体は、赤色というよりは、酸化して限りなく黒い色に変貌していたが。
「全部、血ですね……」
『女子高生訓練中』神城 アニス(CL2000023)は、こみ上がる吐き気を口内でストップさせるので精一杯だ。
月の光に当てられて、仲間の姿でさえ淡い赤と黒で色が構成されていた。ともしびのお蔭で、ほんの少し色が判別できるくらいだ。
アニスが何かを踏んだ感触があり、恐る恐る見てみる。小さな懐中時計であった。硝子蓋が割れ、時計の針は一定の時刻で止まっていた。これも真っ赤に染まっていたのだが、辛うじて読める針の位置は。
「午後17時27分。逢魔が時に、一体何があったっていうんだ。これも逢魔ヶ時紫雨の仕業だっていうのかよ」
トール・T・シュミット(CL2000025)は割れた懐中時計をポケットに押し込んでから歩き出した。
歩くたびに小さな波紋が広がり、すぐに消えて行く。
泡沫の波紋は列を成し、群と成りて進んでいく。
しかし歩いてみれば、おかしい事に気づいたのだ。
「本当に、血……いえ、液体だけじゃないですか?」
三島 椿(CL2000061)は乗らない気分で、地面の液体を足でかき分けてみた。だが刹那に見えたものといえば、黒く染まった土が顔を出した程度だ。もっとこう、何かにぶつかる感触を期待したのだが、いや期待したくもなかったが。
「こんくらい派手にヤったんなら。肉片や骨、死体が転がっていたとしてもおかしくねぇ」
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)も同じく、液体をかき分けてみた。唯一、見つかったものは。
「……人間の、耳だな」
刀嗣の手平の、三分の一の大きさにも満たない小さな耳であった。
「ぉぇっ」
「大丈夫じゃないじゃん、あっちいこ」
アニスは遂に吐き気を催し、崩れた民家の端へと走った。『狂気の憤怒を制圧せし者』鳴海 蕾花(CL2001006)が彼女の後ろをついていき、介抱する。
思考して指を顎へと当てた『教授』新田・成(CL2000538)。拾われた耳を見てみれば、もみあげに繋がる皮から頭皮がだらりと着いて、血が滴る。
「斬った、とは思えない傷口ですね。乱暴に引き千切られたような……いや、食い千切られたような」
「ほう。食われた?と。なら隔者の仕業では無いという事かの」
『運命殺し』深緋・恋呪郎(CL2000237)は首を傾げながら、言う。
「それはわかんないけどさ。少なくとも、この惨状は一人の人間ができる範疇は超えてるよな」
トールも同じく地面をかき分けてみるも、それ以外は何も出てこなかった。あとは木端の木片や、何かしらの家具の残骸程度が出てくるだけ。
「人間技を超えている事を、逢魔ヶ時紫雨がやるのかの……奴は隔者で、儂らの前に現れたはずだ、あれは本当に逢魔ヶ時紫雨だったのかの」
「それもわかんないけど……正体不明が正体なのなら、誰だって騙れば逢魔ヶ時紫雨になれるんじゃね?」
ついては議論しても、答えを持った人物が姿を隠す達人ならば。答えもまた、闇の奥に隠れているだけである。
寂しげな秋の風が血臭を流していくとき、蕾花は上空を見上げた。
「おかえり」
つくねと呼ばれた守護使役が戻ってきて、彼女の腕に止まる。
「誰かが出た形跡は、血ばっかりで何も。足跡とかも特に視えない。血濡れた衣服も無いし」
「まー、もし相手が隔者だったとしても翼で飛んだり、浮遊系で歩かなくてよかったりとか色々されそうだしねー」
八百万 円(CL2000681)は涙混じりに、鋭敏な嗅覚を誇る鼻を抑えつつ。指さした。
「あのおうちかなー? とりあえず、行ってみよー」
「いんやその前に……」
トールは奥を指差した。
「良かったなァ、俺等。村人の大歓迎を受けれるってとこらしいぜ?」
刀嗣は抜刀、切っ先を蠢く影へと向けた。
●
「二体ですか、ならばそんな時間はかかりませんね」
眼鏡の中央部分を中指で押した成。この時彼は覚醒を果たしていたのだが見目は変わらず。変わったものといえば、にこりを微笑んでいた糸目ががっつり開いたくらいである。
「手筈通りに、先にお行きなさい」
「よろしくね~」
両手を振りながらばいばいする円と共に、恋呪郎とアニスが駆けていくのを背中で感じつつ、成は仕込み杖を横に引いた。
迫りくる霊は小さな声で言葉を連ねる。長い髪で顔を隠して、俯きながら近づき、一歩一歩は遅かったのだが――消え、突如成の眼前に出現したと思えば、低音で痛みを語る。
対して憐憫でも語ればいいのか。否、今はそうじゃない。
「何があったのか知りませんが、ここに留まるべきではありませんよ」
獣の如く口を開いて噛みついて来るそれを後退して避け、カウンターで刃で空を斬る。打ち放った真空が霊に直撃、後方から四つん這いで迫る霊にも直撃。
静寂に断末魔が響き、椿が両耳を塞いだ。
「どうして、こんな……酷い」
だが直ぐに両腕を離して水丸に語り掛け弓を構える。
「痛みはあと少しで消えるから」
限界まで引いた弓を解放した。水気帯びた矢が先頭の霊の右目を貫通。右目は血の涙を流し、残った左目が黒眼も白目も真っ黒で、呪い帯びた表情で椿を映した。
「何があったんだ。なあ、何が!!」
蕾花は問う。だが返事は『チサメが』『チサメが』と並べるだけ。
「クソッ、血雨は分ってるんだよ……そうじゃなく! あんたらの身体はどこに消えたんだっての!」
蕾花が貫通した矢を更に押し込む形で顔面を蹴れば、一瞬にして霊は風に流されて消えていった。残り一体、手と足を器用に使って水面を俊敏に動きながら、駆け、飛び、蕾花に飛びかかる直前で、
「ま、無理だろうな」
刀嗣が斬る。霊が飛びかかってきた勢いを利用して切れば、綺麗に頭が二つに割れた。不安定な頭でも未だそれは蠢いた。最早断末魔を上げる声帯さえ無いものの、痛みにのたうち回る姿は――まるで、血雨が降った時の絶望を物語っていた。
死にたくなかった。
殺されたくなかった。
痛い、痛い。
そう言っている様だ。
「もう、いいから」
そっと瞳を閉じたトール。彼の術符は既に陣を完成している。せめてこの攻撃が、彼等の癒しになるように。永遠の眠りが救いとなる事を願って。
「おやすみな」
波動の弾を飛ばした。瞬間、ありがとう――と言われた気がした。
不気味な程のスルーである。死を悟っていないもの達はまるで、覚者が見えていないかのような。見事に普通の生活しているぶりであった。
「だもんでここまでこれちゃったねー」
「うむ、本来なら襲って来ても良いのだがな」
「これはこれで、好都合なんでしょうか……」
「で、問題はこの子だよねー」
「うむ、見事に気絶しとるの」
「これもこれで、好都合なんでしょうか……」
うつ伏せで倒れている少年を引っ張り、まずは押し入れの中から出した。
恋呪郎はフードを取り、眼鏡を取ってから全身を激写。円は円で、少年の手に「ぼくの」と落書きをするフリーダムぶりである。
「なんだか悪い事をしてるような気分です」
アニスは部屋から顔を出したり出さなかったりしつつ、影がこちらに敵意を向けて来ないか注視していた。今はまだ大丈夫、テーブルに座ったままの影が、何も刺さっていない花瓶を見つめているのはなんでか怖い。ごくりとツバを飲み込んだアニスは、扉から顔を引っ込めた。
「今はまだ問題無さそうですが、できれば早く外に行きませんか……?」
そのうちカメラを仕舞った恋呪郎が少年の腕を掴む。「ぼくの」と書いてあるのはさておいて。アホ面で寝ているのとは裏腹に、よく鍛錬されている肉付きの良い腕をしていた。手は、剣や刀を持つ者特有の硬さが出来上がっている。
「成程の」
ぱち。
そこで少年の瞳が全開。
「起きた~、よーし君をでんでん丸と名付けよー」
「あ、良かったです。こんばんは、あの」
少し間があいて、少年は三人を交互に見てから。
「う、うあっ、うぁぁっ」
叫び声は天高く響いた。
●
なんだかんだで八人集合。
壁に背を張り付けて大量の冷や汗を流し続ける少年を囲んでいると、何故だかカツアゲでもしてるような異様な雰囲気になっている。
「お怪我はございませんか? 生きている方がいらっしゃってよかったです……今お治し致します」
「ひぇぇ!」
アニスが、血が出ている少年の頬を甘いにおいのするハンカチで拭いた。特に不愉快そうでも無く治療を受けているものの、それでも少年はだんまりを決め込んでいた。
ついに大声で泣き始めた。
それもそうか、何処の何とも知れない人間が血雨の中を普通に歩いて来たのだ。普通なら血雨を見つけた途端両手をあげて逃げていくものだろう、警戒しないのもおかしい。
対して刀嗣も同じ事を考えていた。
血雨を見つけてその腹の中に飛び込んで停滞を続ける彼になんの意味があるのだろうか。まるで待っていたようなものだ――誰を? 俺達を。
静寂を破り、成は少年の近くに座る。
「妖退治の仕事を引き受けて来ましたが、まだこの村に生存者がいたとは驚きですね――血雨を生き延びたのですか?」
「ち、ちがっ! 血雨なんか起きたら誰も生き残れるもんかっ!」
「ねー君この村の子ー?」
全力で首を横に振った。
「お外いつもこんなまっかっかなのー?」
横に振った。
「君もなんかしにきたのー?」
「ゆ、……う」
選手交代、蕾花の質問のターン。
「この村は何があったんだよ……」
「さあ……紫雨でも、なかせたんじゃ」
「紫雨って、逢魔ヶ時?」
「うん。七星剣の、正体不明の都市伝説」
「いつからこの村にいる?」
「血雨、降った後…だよ」
「組織の者なら助けは来てくれるのか?」
「なにこれ、尋問!? ……どうして、僕が組織の者だって、分かるの?! 妖退治、依頼されただけの君達が、どうして!?」
「あたし達は、その」
おっと少し地雷を踏んだか。
円はそこで間を持たせようと動く。彼の耳を齧ろうとしたのだが、大きな尻尾で払われた。代わりに尻尾を噛んだ、白くて大きい『竜』の尻尾。
「あーんやめてよぉ! この子お腹空いてるの? やめさせてぇっ」
半べそで尻尾を振る少年から、トールが円を羽交い絞めにして引き剥がした。
「悪い悪い! 円、お前ほんと自由だな」
「おいしそうな尻尾でー」
「食べないでぇぇ」
さてどうしたものか。
少年の信頼を勝ち取るには。成は「彼に嘘をついても仕方が無いだろう」と、リップサービスしてから応える。
「村の妖退治を依頼してきた方が夢見だったんですよ、希少な能力ですね」
「さ、最近夢見が消えていくんだっ、あ、君達!? 君達がやってるの!?」
「おや。そう言いますと?」
「……でも君達怪しいから。僕のこと、拷問して色々言わせたり最終的には殺すんでしょ!!」
「致しませんよ」
「あれ……、悪い能力者さんたちじゃないの……?」
「ええ、違いますよ」
「これ食べる―? お菓子ー」
「この子なんなのぉっ」
円はどこまでもフリーダムだった。上げたお菓子を一緒に食べる、何故だか少しだけ雰囲気が和んだ。少年がよしよしと、円を撫でる程だ。
選手交代、椿。
「貴方はこんな所でどうして一人なの」
「……」
「誰か迎えに来てくれる人はいる?」
「ぅ、うん……」
「そう、良かった。どういった人達がくるのかしら?」
「……黎明の、ひとたち」
「黎明?」
「うん、僕、組織にここの夢見さんを入れたくてここにきたんだけど……紫雨に先を超されたみたい。ううん、紫雨も予想してなかったんじゃないかな」
「どうしてそう思う?」
「だって、血雨って……」
少年は立ち上がった。蕾花は彼の近くに寄り、あの日見えたガスマスクの男の身長を思い出してみる。このくらいだっただろうか、いや、あの時は然程彼の近くにいなかったから不明だ。
「お願い、していい? 僕を安全にここから出して欲しいかな……」
「話しは終わりだ。そろそろ行くぞ……あー、名前なんつった?」
「暁。僕は、暁」
その時、暁と名乗る少年は刀嗣の顔を見て怪訝そうに顔を傾けた。
「なんだ」
「君達を、どこかで見たことあるような気がする……どこだったか、思い出せない」
暁も気づかないヒントを言われた気がした。
●
「あわわわわわわわわ」
「大丈夫かよ」
「死んじゃううう」
「まだ攻撃されてもいないだろうがっ」
暁は玄関で尻もちついて、ガタガタ震えながらトールに縋っていた。そうじゃないだろうと言いたげな恋呪郎は、
「のう、お主、剣くらい触れるのでは無いか」
問う。
「そそそそりゃ僕だって能力者で組織いるから戦う術くらいは叩きこまれているけど、身体と心は別ですぅぅ!!」
単純に幽霊が怖いのか、血雨が怖いのか。
さておき家の周囲は五体の影が集まっていた。暁にかけた時間の中で寄ってきたと思えば不自然でも無いだろう。
一番に飛び出した蕾花が影の中央に位置する一体の首を狩る。ごろんと落ちた頭を探す様に両腕を虚空に揺らすそれ。だが次の時には三体が蕾花を囲んで一斉に食い千切らんと迫った。
恋呪郎が走る勢いのままにタックルして一体を飛ばした後、ウルカヌスを手の中に出現させ首無い霊の上から下までを斬る。
半分になった霊を更に横に分割した成。四つの影が地面に落ちる手前で消えていくのだが、更に後ろから成へ飛びかかる霊が異常に伸びた爪で彼の背を掻いた。
「おやおや油断しましたね」
「今治す!」
トールとアニスが同時に同じ動きをした。水気帯びた周囲、纏う水は誰とも知れぬ人の血であったが。流れゆく気は仲間の傷を埋めていく。
霊が爪を剥いてから腕をフルスイングしたと同時に、滑って転ぶ形で回避した円。全身が真っ赤に染まれどなんのその。
うつ伏せに転んだ彼女に乗りかかる霊。それを刀嗣が断頭、頭がころがり胴体は円の身体の上で果てた。
ゴミ掃除はつまらねど心は踊る。暁なるものが逢魔ヶ時紫雨であるようにも思えるが、今は確信が無い。彼は刀を使うようだが、暁が武器を出す素振りさえ見せない。
家の玄関前に子供大の影が立っていた。
「ふぎゃあ!」
「どうした、暁!」
トールが術符を向けた時、子供の影は笑いながら頭が地面に転がった。
「あ、れ……俺まだ何もしてないんだけど」
トールが一瞬の違和感を感じたとき、家の奥より影が出て来る。
「後ろ!」
暁を狙う大きな影。トールが、椿が、波動を投げ、矢を射れば消えていく。アニスが暁の腕を掴んで引いて、影から遠ざけながら。
「あ……ありがとうございま……ぷっ」
暁は、笑う。
「どう、致しました?」
「あはっ、あはははは!! おかしくて、くっ、ふふ」
まるで狂ったような笑い方だ。三白眼の瞳をフルにこじ開けて大袈裟過ぎる程に笑っていた。絶望しているような、絶望し切って既にそれさえ楽しんでいる様な。
「暁……さん?」
「おかしいよね、一回死んでるのにさ、また死んじゃってるよあいつら、ははは!! あはははは!!」
刀嗣の口端が笑う。
(『二重人格』なら、おもしれえよな……!)
「僕も死ぬんだ、『黎明』は潰されちゃうんだ!!」
両腕が椿を掴み、引き寄せた。椿の全身の毛が逆毛立つような、彼の懇願の表情が近い。
「助けてよお姉さん。僕達、殺されちゃう。七星剣に殺されちゃう。血雨の情報あげるから、僕達を救って欲しい。血雨を、倒して欲しいんだ!!」
何が嘘で何が本当か。見極められるか。
●
帰りの輸送車に揺られながら、トールは足を組んだ。成と刀嗣を前に。
「で、暁とやらをつけてみた結果は?」
「駄目ですね、普通でした」
「黎明組織は本当に存在してる。山を下りたあたりで黎明の奴等があいつを迎えに来てた」
「ほー、会話は?」
「『なにがあったんだ』『血雨がうわああん!』『血雨が、降ったか』『僕達死んじゃうのかな』『早く、安全な所に』ですね」
「車は追えねえよ」
「そりゃそうだ」
蕾花は口を開く。
「あいつらは味方なのか? あいつが紫雨なんじゃないの?」
「儂もあやつが紫雨だと思うておるよ、二重人格の本を読んだ故」
「それか紫雨の手先の末端とかだ。奴も気づいてねえ内に利用されているとか」
「じゃー黎明ってなんだろうねー」
「それに、どうしてこの村が狙われたんだよ」
「降霊術も駄目、霊も何も情報足りえるものは無かった。あったとすれば、暁が言っていた夢見と、紫雨をなかせたて所か」
「血雨を倒すって、なんじゃろうな」
「それはもうー紫雨にー直接聞かないと駄目なんじゃー」
静寂が続いてから、椿が口を開く。
「血雨は、時雨という人の技?」
「それは無いかと思います。私達ができる技しか彼等にもできないでしょうし」
「じゃあ人間じゃないとか」
「そうなると私達の目の前にいた逢魔ヶ時紫雨って誰?」
誰でしょう。
「ねー僕等ー気づかない内に何か大きな事に巻き込まれてなーいー?」
「否めませんね。七星剣に狙われる黎明……彼等は一体、逢魔ヶ時紫雨とどう関係するのでしょうね」
「報告事項として持って帰ろうぜ」
「逢魔ヶ時に、暁。会えるのを楽しみにしてるぜ逢魔。近々、会える気がしてならねえぜ――」
闇は色濃く、こちらに手を伸ばしているのだけは本当の話であった
天空へ昇りながら蜷局を巻く群雲に隠れた月は、赤く染まった大地と同じ赤色をしていた。
車さえ、それこそ人さえ寄せ付けないような、うっそうとした山の中を進んで行く。するとぽっかり口を開けた、大きな大きな水溜りが出来上がっていた。
こびり付く様な錆びの臭いが鼻を虐め、瞳にさえ軽い刺激が発生する。暗い中で見える液体は、赤色というよりは、酸化して限りなく黒い色に変貌していたが。
「全部、血ですね……」
『女子高生訓練中』神城 アニス(CL2000023)は、こみ上がる吐き気を口内でストップさせるので精一杯だ。
月の光に当てられて、仲間の姿でさえ淡い赤と黒で色が構成されていた。ともしびのお蔭で、ほんの少し色が判別できるくらいだ。
アニスが何かを踏んだ感触があり、恐る恐る見てみる。小さな懐中時計であった。硝子蓋が割れ、時計の針は一定の時刻で止まっていた。これも真っ赤に染まっていたのだが、辛うじて読める針の位置は。
「午後17時27分。逢魔が時に、一体何があったっていうんだ。これも逢魔ヶ時紫雨の仕業だっていうのかよ」
トール・T・シュミット(CL2000025)は割れた懐中時計をポケットに押し込んでから歩き出した。
歩くたびに小さな波紋が広がり、すぐに消えて行く。
泡沫の波紋は列を成し、群と成りて進んでいく。
しかし歩いてみれば、おかしい事に気づいたのだ。
「本当に、血……いえ、液体だけじゃないですか?」
三島 椿(CL2000061)は乗らない気分で、地面の液体を足でかき分けてみた。だが刹那に見えたものといえば、黒く染まった土が顔を出した程度だ。もっとこう、何かにぶつかる感触を期待したのだが、いや期待したくもなかったが。
「こんくらい派手にヤったんなら。肉片や骨、死体が転がっていたとしてもおかしくねぇ」
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)も同じく、液体をかき分けてみた。唯一、見つかったものは。
「……人間の、耳だな」
刀嗣の手平の、三分の一の大きさにも満たない小さな耳であった。
「ぉぇっ」
「大丈夫じゃないじゃん、あっちいこ」
アニスは遂に吐き気を催し、崩れた民家の端へと走った。『狂気の憤怒を制圧せし者』鳴海 蕾花(CL2001006)が彼女の後ろをついていき、介抱する。
思考して指を顎へと当てた『教授』新田・成(CL2000538)。拾われた耳を見てみれば、もみあげに繋がる皮から頭皮がだらりと着いて、血が滴る。
「斬った、とは思えない傷口ですね。乱暴に引き千切られたような……いや、食い千切られたような」
「ほう。食われた?と。なら隔者の仕業では無いという事かの」
『運命殺し』深緋・恋呪郎(CL2000237)は首を傾げながら、言う。
「それはわかんないけどさ。少なくとも、この惨状は一人の人間ができる範疇は超えてるよな」
トールも同じく地面をかき分けてみるも、それ以外は何も出てこなかった。あとは木端の木片や、何かしらの家具の残骸程度が出てくるだけ。
「人間技を超えている事を、逢魔ヶ時紫雨がやるのかの……奴は隔者で、儂らの前に現れたはずだ、あれは本当に逢魔ヶ時紫雨だったのかの」
「それもわかんないけど……正体不明が正体なのなら、誰だって騙れば逢魔ヶ時紫雨になれるんじゃね?」
ついては議論しても、答えを持った人物が姿を隠す達人ならば。答えもまた、闇の奥に隠れているだけである。
寂しげな秋の風が血臭を流していくとき、蕾花は上空を見上げた。
「おかえり」
つくねと呼ばれた守護使役が戻ってきて、彼女の腕に止まる。
「誰かが出た形跡は、血ばっかりで何も。足跡とかも特に視えない。血濡れた衣服も無いし」
「まー、もし相手が隔者だったとしても翼で飛んだり、浮遊系で歩かなくてよかったりとか色々されそうだしねー」
八百万 円(CL2000681)は涙混じりに、鋭敏な嗅覚を誇る鼻を抑えつつ。指さした。
「あのおうちかなー? とりあえず、行ってみよー」
「いんやその前に……」
トールは奥を指差した。
「良かったなァ、俺等。村人の大歓迎を受けれるってとこらしいぜ?」
刀嗣は抜刀、切っ先を蠢く影へと向けた。
●
「二体ですか、ならばそんな時間はかかりませんね」
眼鏡の中央部分を中指で押した成。この時彼は覚醒を果たしていたのだが見目は変わらず。変わったものといえば、にこりを微笑んでいた糸目ががっつり開いたくらいである。
「手筈通りに、先にお行きなさい」
「よろしくね~」
両手を振りながらばいばいする円と共に、恋呪郎とアニスが駆けていくのを背中で感じつつ、成は仕込み杖を横に引いた。
迫りくる霊は小さな声で言葉を連ねる。長い髪で顔を隠して、俯きながら近づき、一歩一歩は遅かったのだが――消え、突如成の眼前に出現したと思えば、低音で痛みを語る。
対して憐憫でも語ればいいのか。否、今はそうじゃない。
「何があったのか知りませんが、ここに留まるべきではありませんよ」
獣の如く口を開いて噛みついて来るそれを後退して避け、カウンターで刃で空を斬る。打ち放った真空が霊に直撃、後方から四つん這いで迫る霊にも直撃。
静寂に断末魔が響き、椿が両耳を塞いだ。
「どうして、こんな……酷い」
だが直ぐに両腕を離して水丸に語り掛け弓を構える。
「痛みはあと少しで消えるから」
限界まで引いた弓を解放した。水気帯びた矢が先頭の霊の右目を貫通。右目は血の涙を流し、残った左目が黒眼も白目も真っ黒で、呪い帯びた表情で椿を映した。
「何があったんだ。なあ、何が!!」
蕾花は問う。だが返事は『チサメが』『チサメが』と並べるだけ。
「クソッ、血雨は分ってるんだよ……そうじゃなく! あんたらの身体はどこに消えたんだっての!」
蕾花が貫通した矢を更に押し込む形で顔面を蹴れば、一瞬にして霊は風に流されて消えていった。残り一体、手と足を器用に使って水面を俊敏に動きながら、駆け、飛び、蕾花に飛びかかる直前で、
「ま、無理だろうな」
刀嗣が斬る。霊が飛びかかってきた勢いを利用して切れば、綺麗に頭が二つに割れた。不安定な頭でも未だそれは蠢いた。最早断末魔を上げる声帯さえ無いものの、痛みにのたうち回る姿は――まるで、血雨が降った時の絶望を物語っていた。
死にたくなかった。
殺されたくなかった。
痛い、痛い。
そう言っている様だ。
「もう、いいから」
そっと瞳を閉じたトール。彼の術符は既に陣を完成している。せめてこの攻撃が、彼等の癒しになるように。永遠の眠りが救いとなる事を願って。
「おやすみな」
波動の弾を飛ばした。瞬間、ありがとう――と言われた気がした。
不気味な程のスルーである。死を悟っていないもの達はまるで、覚者が見えていないかのような。見事に普通の生活しているぶりであった。
「だもんでここまでこれちゃったねー」
「うむ、本来なら襲って来ても良いのだがな」
「これはこれで、好都合なんでしょうか……」
「で、問題はこの子だよねー」
「うむ、見事に気絶しとるの」
「これもこれで、好都合なんでしょうか……」
うつ伏せで倒れている少年を引っ張り、まずは押し入れの中から出した。
恋呪郎はフードを取り、眼鏡を取ってから全身を激写。円は円で、少年の手に「ぼくの」と落書きをするフリーダムぶりである。
「なんだか悪い事をしてるような気分です」
アニスは部屋から顔を出したり出さなかったりしつつ、影がこちらに敵意を向けて来ないか注視していた。今はまだ大丈夫、テーブルに座ったままの影が、何も刺さっていない花瓶を見つめているのはなんでか怖い。ごくりとツバを飲み込んだアニスは、扉から顔を引っ込めた。
「今はまだ問題無さそうですが、できれば早く外に行きませんか……?」
そのうちカメラを仕舞った恋呪郎が少年の腕を掴む。「ぼくの」と書いてあるのはさておいて。アホ面で寝ているのとは裏腹に、よく鍛錬されている肉付きの良い腕をしていた。手は、剣や刀を持つ者特有の硬さが出来上がっている。
「成程の」
ぱち。
そこで少年の瞳が全開。
「起きた~、よーし君をでんでん丸と名付けよー」
「あ、良かったです。こんばんは、あの」
少し間があいて、少年は三人を交互に見てから。
「う、うあっ、うぁぁっ」
叫び声は天高く響いた。
●
なんだかんだで八人集合。
壁に背を張り付けて大量の冷や汗を流し続ける少年を囲んでいると、何故だかカツアゲでもしてるような異様な雰囲気になっている。
「お怪我はございませんか? 生きている方がいらっしゃってよかったです……今お治し致します」
「ひぇぇ!」
アニスが、血が出ている少年の頬を甘いにおいのするハンカチで拭いた。特に不愉快そうでも無く治療を受けているものの、それでも少年はだんまりを決め込んでいた。
ついに大声で泣き始めた。
それもそうか、何処の何とも知れない人間が血雨の中を普通に歩いて来たのだ。普通なら血雨を見つけた途端両手をあげて逃げていくものだろう、警戒しないのもおかしい。
対して刀嗣も同じ事を考えていた。
血雨を見つけてその腹の中に飛び込んで停滞を続ける彼になんの意味があるのだろうか。まるで待っていたようなものだ――誰を? 俺達を。
静寂を破り、成は少年の近くに座る。
「妖退治の仕事を引き受けて来ましたが、まだこの村に生存者がいたとは驚きですね――血雨を生き延びたのですか?」
「ち、ちがっ! 血雨なんか起きたら誰も生き残れるもんかっ!」
「ねー君この村の子ー?」
全力で首を横に振った。
「お外いつもこんなまっかっかなのー?」
横に振った。
「君もなんかしにきたのー?」
「ゆ、……う」
選手交代、蕾花の質問のターン。
「この村は何があったんだよ……」
「さあ……紫雨でも、なかせたんじゃ」
「紫雨って、逢魔ヶ時?」
「うん。七星剣の、正体不明の都市伝説」
「いつからこの村にいる?」
「血雨、降った後…だよ」
「組織の者なら助けは来てくれるのか?」
「なにこれ、尋問!? ……どうして、僕が組織の者だって、分かるの?! 妖退治、依頼されただけの君達が、どうして!?」
「あたし達は、その」
おっと少し地雷を踏んだか。
円はそこで間を持たせようと動く。彼の耳を齧ろうとしたのだが、大きな尻尾で払われた。代わりに尻尾を噛んだ、白くて大きい『竜』の尻尾。
「あーんやめてよぉ! この子お腹空いてるの? やめさせてぇっ」
半べそで尻尾を振る少年から、トールが円を羽交い絞めにして引き剥がした。
「悪い悪い! 円、お前ほんと自由だな」
「おいしそうな尻尾でー」
「食べないでぇぇ」
さてどうしたものか。
少年の信頼を勝ち取るには。成は「彼に嘘をついても仕方が無いだろう」と、リップサービスしてから応える。
「村の妖退治を依頼してきた方が夢見だったんですよ、希少な能力ですね」
「さ、最近夢見が消えていくんだっ、あ、君達!? 君達がやってるの!?」
「おや。そう言いますと?」
「……でも君達怪しいから。僕のこと、拷問して色々言わせたり最終的には殺すんでしょ!!」
「致しませんよ」
「あれ……、悪い能力者さんたちじゃないの……?」
「ええ、違いますよ」
「これ食べる―? お菓子ー」
「この子なんなのぉっ」
円はどこまでもフリーダムだった。上げたお菓子を一緒に食べる、何故だか少しだけ雰囲気が和んだ。少年がよしよしと、円を撫でる程だ。
選手交代、椿。
「貴方はこんな所でどうして一人なの」
「……」
「誰か迎えに来てくれる人はいる?」
「ぅ、うん……」
「そう、良かった。どういった人達がくるのかしら?」
「……黎明の、ひとたち」
「黎明?」
「うん、僕、組織にここの夢見さんを入れたくてここにきたんだけど……紫雨に先を超されたみたい。ううん、紫雨も予想してなかったんじゃないかな」
「どうしてそう思う?」
「だって、血雨って……」
少年は立ち上がった。蕾花は彼の近くに寄り、あの日見えたガスマスクの男の身長を思い出してみる。このくらいだっただろうか、いや、あの時は然程彼の近くにいなかったから不明だ。
「お願い、していい? 僕を安全にここから出して欲しいかな……」
「話しは終わりだ。そろそろ行くぞ……あー、名前なんつった?」
「暁。僕は、暁」
その時、暁と名乗る少年は刀嗣の顔を見て怪訝そうに顔を傾けた。
「なんだ」
「君達を、どこかで見たことあるような気がする……どこだったか、思い出せない」
暁も気づかないヒントを言われた気がした。
●
「あわわわわわわわわ」
「大丈夫かよ」
「死んじゃううう」
「まだ攻撃されてもいないだろうがっ」
暁は玄関で尻もちついて、ガタガタ震えながらトールに縋っていた。そうじゃないだろうと言いたげな恋呪郎は、
「のう、お主、剣くらい触れるのでは無いか」
問う。
「そそそそりゃ僕だって能力者で組織いるから戦う術くらいは叩きこまれているけど、身体と心は別ですぅぅ!!」
単純に幽霊が怖いのか、血雨が怖いのか。
さておき家の周囲は五体の影が集まっていた。暁にかけた時間の中で寄ってきたと思えば不自然でも無いだろう。
一番に飛び出した蕾花が影の中央に位置する一体の首を狩る。ごろんと落ちた頭を探す様に両腕を虚空に揺らすそれ。だが次の時には三体が蕾花を囲んで一斉に食い千切らんと迫った。
恋呪郎が走る勢いのままにタックルして一体を飛ばした後、ウルカヌスを手の中に出現させ首無い霊の上から下までを斬る。
半分になった霊を更に横に分割した成。四つの影が地面に落ちる手前で消えていくのだが、更に後ろから成へ飛びかかる霊が異常に伸びた爪で彼の背を掻いた。
「おやおや油断しましたね」
「今治す!」
トールとアニスが同時に同じ動きをした。水気帯びた周囲、纏う水は誰とも知れぬ人の血であったが。流れゆく気は仲間の傷を埋めていく。
霊が爪を剥いてから腕をフルスイングしたと同時に、滑って転ぶ形で回避した円。全身が真っ赤に染まれどなんのその。
うつ伏せに転んだ彼女に乗りかかる霊。それを刀嗣が断頭、頭がころがり胴体は円の身体の上で果てた。
ゴミ掃除はつまらねど心は踊る。暁なるものが逢魔ヶ時紫雨であるようにも思えるが、今は確信が無い。彼は刀を使うようだが、暁が武器を出す素振りさえ見せない。
家の玄関前に子供大の影が立っていた。
「ふぎゃあ!」
「どうした、暁!」
トールが術符を向けた時、子供の影は笑いながら頭が地面に転がった。
「あ、れ……俺まだ何もしてないんだけど」
トールが一瞬の違和感を感じたとき、家の奥より影が出て来る。
「後ろ!」
暁を狙う大きな影。トールが、椿が、波動を投げ、矢を射れば消えていく。アニスが暁の腕を掴んで引いて、影から遠ざけながら。
「あ……ありがとうございま……ぷっ」
暁は、笑う。
「どう、致しました?」
「あはっ、あはははは!! おかしくて、くっ、ふふ」
まるで狂ったような笑い方だ。三白眼の瞳をフルにこじ開けて大袈裟過ぎる程に笑っていた。絶望しているような、絶望し切って既にそれさえ楽しんでいる様な。
「暁……さん?」
「おかしいよね、一回死んでるのにさ、また死んじゃってるよあいつら、ははは!! あはははは!!」
刀嗣の口端が笑う。
(『二重人格』なら、おもしれえよな……!)
「僕も死ぬんだ、『黎明』は潰されちゃうんだ!!」
両腕が椿を掴み、引き寄せた。椿の全身の毛が逆毛立つような、彼の懇願の表情が近い。
「助けてよお姉さん。僕達、殺されちゃう。七星剣に殺されちゃう。血雨の情報あげるから、僕達を救って欲しい。血雨を、倒して欲しいんだ!!」
何が嘘で何が本当か。見極められるか。
●
帰りの輸送車に揺られながら、トールは足を組んだ。成と刀嗣を前に。
「で、暁とやらをつけてみた結果は?」
「駄目ですね、普通でした」
「黎明組織は本当に存在してる。山を下りたあたりで黎明の奴等があいつを迎えに来てた」
「ほー、会話は?」
「『なにがあったんだ』『血雨がうわああん!』『血雨が、降ったか』『僕達死んじゃうのかな』『早く、安全な所に』ですね」
「車は追えねえよ」
「そりゃそうだ」
蕾花は口を開く。
「あいつらは味方なのか? あいつが紫雨なんじゃないの?」
「儂もあやつが紫雨だと思うておるよ、二重人格の本を読んだ故」
「それか紫雨の手先の末端とかだ。奴も気づいてねえ内に利用されているとか」
「じゃー黎明ってなんだろうねー」
「それに、どうしてこの村が狙われたんだよ」
「降霊術も駄目、霊も何も情報足りえるものは無かった。あったとすれば、暁が言っていた夢見と、紫雨をなかせたて所か」
「血雨を倒すって、なんじゃろうな」
「それはもうー紫雨にー直接聞かないと駄目なんじゃー」
静寂が続いてから、椿が口を開く。
「血雨は、時雨という人の技?」
「それは無いかと思います。私達ができる技しか彼等にもできないでしょうし」
「じゃあ人間じゃないとか」
「そうなると私達の目の前にいた逢魔ヶ時紫雨って誰?」
誰でしょう。
「ねー僕等ー気づかない内に何か大きな事に巻き込まれてなーいー?」
「否めませんね。七星剣に狙われる黎明……彼等は一体、逢魔ヶ時紫雨とどう関係するのでしょうね」
「報告事項として持って帰ろうぜ」
「逢魔ヶ時に、暁。会えるのを楽しみにしてるぜ逢魔。近々、会える気がしてならねえぜ――」
闇は色濃く、こちらに手を伸ばしているのだけは本当の話であった
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
