暴虐のカリスマ
●
頑張れよ。
あの人は、そう言って僕の頭を撫でてくれた。微笑みながら。
ただの気まぐれだろう、と僕は思う。
あの御方が、そんな事をするのは珍しい。劉さんも、そう言っていた。
人間が、道端の犬か猫を気まぐれに構ってみたりするのと同じだ。
あの人にとって僕は、たまたま視界に入った野良犬か野良猫でしかない。今頃あの人は、僕の事なんか覚えてもいないだろう。
覚えてもらうのは、これからだ。
僕は、あの人のために働く。あの人のために戦う。
そして、あの人のために死ぬ。
七星剣の、戦士として。
そのための試験を今、僕たちは受けている。
「あっ、あぁああうっ、うわぁあぁあああああッ!」
名前は知らない。とにかく僕と一緒に連れられて来た女の子が、叫びながら殴りかかって行く。柱に縛り付けられた、太り気味の中年サラリーマンに。
僕と同じ、小学校高学年くらいの女の子だ。
その華奢な拳が、中年男の肥えた腹部に突き刺さる。成人男性の大きな胴体を、引き裂いてゆく。
身の毛もよだつ悲鳴が、廃ビルの中に響き渡った。
続いて、楽しげな声。
「お見事! いいですよぉ〜貴女、実に」
勅使河原さんが、手を叩いている。
「隔者、すなわち人と隔絶し神へと至る者! 貴女には、その素晴らしい素質がある。芽吹かせようではありませんか、因子という素晴らしい種を私たちと共に。そして貴女の存在を認めなかった世の愚か者どもに、血の色をした大輪の花を見せつけようではありませんか!」
「はい……!」
女の子は、何か吹っ切れてしまったようだ。
血まみれの小さな拳が、淡く輝いている。発光する刺青、のような紋章が、手の甲に描かれていた。
それを見て、勅使河原さんはニコニコと笑っている。
劉さんは、黙って腕組みをしている。
七星剣の試験官2人が、僕1人に視線を注いできた。
「さあ、次は君の番ですよぉ江崎君。なぁに難しい事はありません、目を開けば良いだけです……君の額で閉ざされている、その目をね」
「は、はい……」
僕の目の前でも1人、大人の男が柱に縛り付けられていた。
「ひぃ……た、助けて……」
大の大人が、小便と涙を垂れ流している。化け物を見る目を、僕に向けながら。
お父さんもお母さんも先生も、こんな目で僕を見ていたものだ。
だからと言って、この見知らぬ人を……僕は、殺さなければいけないのか。
「おや、どうしました江崎君。このままでは試験に合格出来ませんよ? 不合格者が一体どうなるのかは、教えてあげたはずですが」
言いつつ僕に迫り寄って来ようとする勅使河原さんを、劉さんが手を上げて止めた。
そして、言う。
「思い出せ江崎……八神大人の、お言葉を」
頑張れよ。
あの人はそう言って、微笑んでくれた。
お父さんも、お母さんも、誰も笑顔を向けてくれなくなった。そんな僕に、微笑みかけてくれたのだ。
何でも出来る。僕は、そう思った。
あの人の笑顔のためなら、何でも出来る。
そう思うだけで、僕の額では第3の目が開いていった。
開いた目から、光が走り出す。
縛られたまま喚き続ける男の口に、その光が突き刺さった。
耳障りな悲鳴が、永遠に止まった。
「それでいい……お前たちは、合格だ」
隆さんが言った。
「今日は休め。明日は街に出て……動いている標的を、狙ってみようか」
●
久方相馬(nCL2000004)が、重い口調で説明をした。
「因子が発現して苛められてた子供たちを、七星剣が上手いこと引っ張り込んで……入団試験みたいなもんを、やらせてる。これに受かれば七星剣の一員、隔者デビューってわけだ。
どんな試験なのかは、まあ想像がつくと思う。そう、人を殺させるのさ。やってる事は、どっかのテロリストなんかと変わりはしねえ。
このクソッタレな試験を、奴らいろんな所でやっている。
俺が夢に見たのは東京、区内の廃ビルだ。彩と怪の発現した小学生2人が、七星剣の連中に人殺しをやらされてる。
これを、止めて欲しい。
試験官は隔者2人。火行の暦と木行の怪で、こいつらが7人の護衛を引き連れてる。
全員をぶちのめして、子供2人を助けて欲しいんだ。もちろん、この2人に殺されかけてる人たちも。
許せねえよ……子供に、人殺しさせるなんて」
頑張れよ。
あの人は、そう言って僕の頭を撫でてくれた。微笑みながら。
ただの気まぐれだろう、と僕は思う。
あの御方が、そんな事をするのは珍しい。劉さんも、そう言っていた。
人間が、道端の犬か猫を気まぐれに構ってみたりするのと同じだ。
あの人にとって僕は、たまたま視界に入った野良犬か野良猫でしかない。今頃あの人は、僕の事なんか覚えてもいないだろう。
覚えてもらうのは、これからだ。
僕は、あの人のために働く。あの人のために戦う。
そして、あの人のために死ぬ。
七星剣の、戦士として。
そのための試験を今、僕たちは受けている。
「あっ、あぁああうっ、うわぁあぁあああああッ!」
名前は知らない。とにかく僕と一緒に連れられて来た女の子が、叫びながら殴りかかって行く。柱に縛り付けられた、太り気味の中年サラリーマンに。
僕と同じ、小学校高学年くらいの女の子だ。
その華奢な拳が、中年男の肥えた腹部に突き刺さる。成人男性の大きな胴体を、引き裂いてゆく。
身の毛もよだつ悲鳴が、廃ビルの中に響き渡った。
続いて、楽しげな声。
「お見事! いいですよぉ〜貴女、実に」
勅使河原さんが、手を叩いている。
「隔者、すなわち人と隔絶し神へと至る者! 貴女には、その素晴らしい素質がある。芽吹かせようではありませんか、因子という素晴らしい種を私たちと共に。そして貴女の存在を認めなかった世の愚か者どもに、血の色をした大輪の花を見せつけようではありませんか!」
「はい……!」
女の子は、何か吹っ切れてしまったようだ。
血まみれの小さな拳が、淡く輝いている。発光する刺青、のような紋章が、手の甲に描かれていた。
それを見て、勅使河原さんはニコニコと笑っている。
劉さんは、黙って腕組みをしている。
七星剣の試験官2人が、僕1人に視線を注いできた。
「さあ、次は君の番ですよぉ江崎君。なぁに難しい事はありません、目を開けば良いだけです……君の額で閉ざされている、その目をね」
「は、はい……」
僕の目の前でも1人、大人の男が柱に縛り付けられていた。
「ひぃ……た、助けて……」
大の大人が、小便と涙を垂れ流している。化け物を見る目を、僕に向けながら。
お父さんもお母さんも先生も、こんな目で僕を見ていたものだ。
だからと言って、この見知らぬ人を……僕は、殺さなければいけないのか。
「おや、どうしました江崎君。このままでは試験に合格出来ませんよ? 不合格者が一体どうなるのかは、教えてあげたはずですが」
言いつつ僕に迫り寄って来ようとする勅使河原さんを、劉さんが手を上げて止めた。
そして、言う。
「思い出せ江崎……八神大人の、お言葉を」
頑張れよ。
あの人はそう言って、微笑んでくれた。
お父さんも、お母さんも、誰も笑顔を向けてくれなくなった。そんな僕に、微笑みかけてくれたのだ。
何でも出来る。僕は、そう思った。
あの人の笑顔のためなら、何でも出来る。
そう思うだけで、僕の額では第3の目が開いていった。
開いた目から、光が走り出す。
縛られたまま喚き続ける男の口に、その光が突き刺さった。
耳障りな悲鳴が、永遠に止まった。
「それでいい……お前たちは、合格だ」
隆さんが言った。
「今日は休め。明日は街に出て……動いている標的を、狙ってみようか」
●
久方相馬(nCL2000004)が、重い口調で説明をした。
「因子が発現して苛められてた子供たちを、七星剣が上手いこと引っ張り込んで……入団試験みたいなもんを、やらせてる。これに受かれば七星剣の一員、隔者デビューってわけだ。
どんな試験なのかは、まあ想像がつくと思う。そう、人を殺させるのさ。やってる事は、どっかのテロリストなんかと変わりはしねえ。
このクソッタレな試験を、奴らいろんな所でやっている。
俺が夢に見たのは東京、区内の廃ビルだ。彩と怪の発現した小学生2人が、七星剣の連中に人殺しをやらされてる。
これを、止めて欲しい。
試験官は隔者2人。火行の暦と木行の怪で、こいつらが7人の護衛を引き連れてる。
全員をぶちのめして、子供2人を助けて欲しいんだ。もちろん、この2人に殺されかけてる人たちも。
許せねえよ……子供に、人殺しさせるなんて」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者9名の撃破
2.要救助者4名の生存
3.なし
2.要救助者4名の生存
3.なし
今回の敵は七星剣の隔者、総勢9名で内訳は以下の通り。
前衛
勅使河原 圭
火行暦で26歳、男性。武器は日本刀で、使用スキルは練覇法、醒の炎、豪炎撃、炎柱。
この男が、獣憑の辰(武器は青龍刀、使用スキルは猛の一撃)を2人、従えています。
中衛
劉 信親
木行怪で28歳、男性。武器は三節棍で、使用スキルは破眼光、深緑鋭鞭、棘散舞。
この男が、怪(使用スキルは破眼光)を2人、引き連れています。
後衛
械(使用スキルは機化硬、召雷)3人。
敵の他、捕われて柱に縛り付けられた一般人男性2名と、彼らを殺害する試験を課せられた小学生の発現者2人がいます。
この小学生男女2名(男、江崎祐一、怪。女、藤川すみれ、彩)が、今まさに試験を開始せんとしているところが状況開始となります。
七星剣の隔者9人を撃破し、この4名を救助して下さい。
江崎と藤川の両名は、七星剣に……と言うより首魁である八神勇雄個人に心酔しておりますが、戦闘に介入してくる事はありません。ただし言葉による説得に耳を貸す事もありません。戦闘後は、拉致に等しい形で身柄を確保する事になるでしょう。
時間帯は深夜。場所は廃ビルの1階、エントランスホール内で、戦闘には充分な広さがあります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年05月26日
2017年05月26日
■メイン参加者 6人■

●
やったのは俺だよ。お姉さんは、ちょっと手伝ってくれただけ。気にする事ないから。人殺しは、俺だから。
とどめの攻撃を一緒に繰り出した覚者は、そう言ってくれた。
彼1人に汚れ役を押し付けて、自分は綺麗事を言う。
そんな事をするくらいなら、と『ホワイトガーベラ』明石ミュエル(CL2000172)は思う。
(アタシは、人殺し……それでいいから……)
そう、何度も自分に言い聞かせなければならなかった。
「気にする事ねえぜ、ミュエルさん」
声をかけてきたのは『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)である。
「気が滅入るのは最初の1人目だけ、だからさ」
「直斗さん……」
妙に明るい。直斗の、口調も表情も。
「ごきげんよう、テロリストの皆さん。今日も元気に悪事を働いていますか?」
同じくらい明るく声を張り上げながら『継承者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)が、堂々と敵に近付いて行く。
「赤ちゃんは泣くのが仕事、資産家は土地・お金を転がすのが仕事。貴方がた隔者は悪事が仕事。そしてワタシたちは、それを取り締まるのが仕事です。よろしく、お付き合い下さいませね」
敵……七星剣の隔者9名が一斉に、こちらを向いている。
「……来ましたね、ファイヴ」
9名のうち、特に注意を要するのは2名……勅使河原圭と、劉信親。それは聞いている。
喋りながら剣を抜き、練覇法を発動させているのは、勅使河原だ。
「邪魔はさせませんよ。さあ江崎君に藤川さん、試験は一時中断です。その2人を、人質に取りなさい!」
「そうはいくか……!」
すでに『真のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)が、隔者9名と要救助者4名の間に割って入っている。
その4名が、殺す側・殺される側に分けられているのだ。
前者は、因子が発現してしまった小学生の男女……江崎祐一と、藤川すみれ。
後者は、その2人によって今まさに殺されようとしているサラリーマン風の男性2名。柱に縛り付けられ、泣き喚いている。
その1人に、すみれが小さな拳を突きつける。
「人質って……こう? 動くな、こいつを殺しちゃうぞ!」
「……しなくていいんだよ、そんな事」
すみれの眼前に立ったのは『託された光』工藤奏空(CL2000955)である。
「試験は一時中断、じゃあない。永遠に中止だ」
シャーロットが大声で口上を述べ、隔者9名の注意を引き付けてくれている間。
翔と奏空に続いてミュエルも、直斗も、隔者と要救助者の間に割り込んでいた。
「なあガキども。こいつだけは、よぉく覚えときな」
小学生2人を背後に庇う格好で妖刀を構えつつ、直斗は言った。
「……人殺しが出来たってな、偉くも何ともねえんだぜ」
「飛騨直斗」
劉信親が、言葉を発した。
「仲間割れで自滅した隔者の集団が、かつていたと聞いている」
「七星剣に比べりゃ、チンピラみてえな連中さ」
「その仲間割れを生き延びた、1人の少年……有望な隔者として、調べはついている。我らと共に来い、そして戦え。八神大人の御ために」
「……その台詞、あの頃に聞いてりゃな」
などと応える直斗の尻尾を、いつの間にかそこにいた桂木日那乃(CL2000941)が掴んでいる。
「……駄目」
「わかってるって。大丈夫、行かねえよ……それより人の尻尾、むやみに触ったり掴んだりしちゃ駄目だぜ?」
直斗の口調は明るい。
暗いものを包み隠す明るさだ、とミュエルは感じた。
●
奏空の『魔訶瑠璃光』及びミュエルの『清廉珀香』が、覚者6人の身体を包み込む。
薬師如来の加護と癒しの香気が全身に満ちてゆくのを感じながら、翔は敵を見据えた。
隔者9人。うち前衛の獣憑2名が青龍刀を振りかざし、踏み込んで来る。中衛の怪2名が第三の目を開き、破眼光の構えに入る。後衛の械3人は砲台の役に徹し、召雷を放とうとしている。
その時には、翔はすでに印を結び、叫んでいた。
「雷龍の舞……カクセイサンダー・ドラゴンストォオムッ!」
電光で組成された龍が、隔者たちを襲う。
続いて、花が咲いた。直斗の『仇華浸香』だった。
「ぐっ……こ、これしき……」
前衛の獣憑2名もろとも電光に灼かれ、毒香に絡まれた勅使河原が、防御の形に剣を構えたまま後退りをする。
そこへ、シャーロットが踏み込んだ。
「安心して下さい、殺しはしません」
言葉と同時の『地烈』が、敵の前衛を薙ぎ払う。
2人の獣憑が、微量の血飛沫を噴いて倒れ、起き上がらなくなる。
勅使河原だけは、その地烈を辛うじて防御しつつも後方へよろめく。
そこへシャーロットは、銘刀・蓮華を突きつけた。
「それが今回の方針……ですが、あまり無駄な抵抗をなさるようでは、こちらもうっかり手元が狂ってしまうかも知れませんよ」
「な、何をしているのです2人とも!」
小学生2人に向かって、勅使河原が命令を叫ぶ。
「戦いに参加しなさい! この者どもを背後から攻撃! あるいは、そこで縛られている2名を人質に取る! その程度の事も出来ないようでは到底、七星剣の戦士など務まりは」
ビシッ! と衝撃が弾けた。
シャーロットが鮮血をしぶかせ、よろめいて呻く。
「くっ……!」
「喚くな、勅使河原」
劉が、深緑鋭鞭を振るったのだ。
「七星剣の未来を担う子供たち、まだ無理をさせるわけにはいかん。それに人質など、見殺しにされてしまえばそれまでの事……江崎に藤川、今は見学の時間とする。何もせず、そこで見ているがいい。隔者と覚者の殺し合い、実戦というものをな」
鞭の音に合わせるかの如く、光が走っていた。
劉の左右に控えた怪2名が、破眼光を。後衛の械3人が、召雷を。
それぞれ、放ったところである。
翔は血を吐いた。破眼光が、身体のどこかを穿っていた。
直斗が、同じく破眼光をまともに受け、倒れている。
奏空とミュエルは、電光に絡まれ灼かれながら膝をつく。
日那乃の小さな身体が、雷撃を喰らって吹っ飛んだ。
「子供たちを……心配する、気持ち……本当に、あるんならよ……」
血を吐きながら、翔はどうにか言葉を発した。
「……こんな事……してんじゃ、ねえよ……!」
「理解ある人々が、お前の周囲には大勢いたようだな」
劉は言った。
「だが江崎も藤川も、そうではなかったのだよ」
「……オレは、ただ運が良かった。それはわかる」
家族も友達も、覚者である翔を受け入れてくれた。
「そんなオレが、言っていい事じゃあねえのかもな……だけど言うぜ祐一、すみれ。お前らの事だって、わかってくれる人は絶対いる!」
「私は、いないと思う。そこはまあ見解の相違という事で良かろう」
言いつつ劉が、三節棍を振るい構える。
「隔者と覚者の、見解の相違……殺し合いで解決するしかあるまい」
「……1度だけ、はっきり言っておく」
言葉と共に、奏空は錬覇法を使ったようだ。まとわりついていた電光が、ちぎれて失せた。
「俺は、殺し合いなんてする気はないよ」
「では大人しく殺されていただきましょうか!」
勅使河原が剣を振るう。
炎柱が生じ、翔を、直斗を、シャーロットを焼き払った。
「ぐぅッ……!」
火傷の痛みと、水の癒しを、翔はほぼ同時に感じていた。
日那乃が、翼を広げて空中に佇み、潤しの雨を降らせている。
「大妖一夜……知ってる?」
負傷した覚者6名に治癒をもたらしながら、日那乃は言った。
「AAA、潰されちゃった。ファイヴも、七星剣も、他人事じゃない……わかって、る?」
「大妖どもは、貴様たちが撃退したのだろう?」
劉の言葉に、翔は応えた。
「あいつら、ほとんど遊びだったからな。もし本気だったら今頃……AAAだけじゃねえ、ファイヴも潰されてる。その次は七星剣だぞ、わかってんのか」
「悪い事やめて、ファイヴに協力」
空中で、天使が何かを告げるが如く、日那乃は言った。
「してくれないと……勝てない、絶対。大妖には」
「覚者と隔者が、殺し合いなんてやってる場合じゃねえんだよ」
翔は語った。
「バカな事やめて……頼むよ、オレたちに力を貸してくれ。あんた方が手伝ってくれれば、大妖にだって負けない。妖に襲われてる人たちを今の2倍、助けられる! だから」
「江崎や藤川に石を投げ、罵詈雑言をぶつけるような輩が今の2倍、生き残ってしまうという事だろう」
劉が、翔の言葉を断ち切った。
「世迷言はそこまでにして、心置きなくあの世へ行け。大妖どもは我ら七星剣が片付けておくゆえ」
「……わかってないんだな。大妖ってのが、どういう連中なのか」
奏空の口調には、悲哀に近いものが宿っている。
日那乃も、微かに溜め息をついたようだ。
「七星剣……やっぱり、わからず屋。直斗さん絶対、行っちゃ駄目」
「わかってるって日那乃さん。止めてくれて、ありがとなー」
直斗の口調は、やはり明る過ぎる。
「なあ翔、わかったろ? 隔者って連中と会話するくれえなら」
その明るさの下にあるものが少しずつ、露わになってゆく。
「……妖と手ぇ結んでクソ隔者ども皆殺しにした方がなあ、話早ぇって事よ」
●
妖刀ノ楔、それに地烈。
直斗の斬撃が、勅使河原を吹っ飛ばしていた。
「何だぁ貴様? 全然、大した事ねえな。あの猪・牛兄弟の方が、ずっと強かったぜ」
「ち、力だけが取り柄の鉄砲玉と同列に扱われては困ります。私の役目は、もっと知的な」
「いるんだよ、チンピラの分際で妙にインテリぶってる奴」
明るく笑いながら、直斗は牙を剥いていた。
「思い出しちまうなァー、てめえを見てるとよお。いや俺の昔の、先輩っつうか上司っつうか」
「ひっ……!」
怯えながらも勅使河原はどうにか立ち上がり、弱々しく剣を構える。
(殺すなよ、直斗……)
思いを念じながら、奏空は双刀を跳ね上げた。地烈。
劉の左右にいた怪2名が、鮮血を噴いて倒れた。死んではいない。
劉自身は三節棍を振るい、地烈の一閃を受け流していた。
彼を援護すべく、後衛の械3人が召雷を放とうとする。が、その時には花が咲いていた。
ミュエルの仇華浸香だった。
毒花の香気が嵐の如く吹き荒れる中、3人の械が倒れ伏し、動かなくなる。
「安心して、死にはしない……アナタたち相手でも、命を奪うと……どんな気分になるか、よくわかったから……」
「話にならんな。殺人罪が、それほど恐いのか」
劉が、嘲笑う。
「仇華浸香や雷獣による殺人が、法廷で証明出来るわけでもあるまい。もっと思うさま殺してみてはどうなのだ」
「……お話にならないのは、あんたたちの方だよ」
言いつつ奏空は、三節棍の一撃を後方に跳んでかわした。いくらか間合いが開いた。
劉が、左手を掲げた。
その掌で、植物の種が割れた。大量の荊が溢れ出して伸び、奏空を襲う。棘散舞。
だが同時に、翔の雷獣が迸っていた。
電光が、蠢く荊の群れを灼きちぎり、粉砕して蹴散らしながら、劉を直撃する。
「うっ……ぬッ!」
「駄目だぜ、そんなんじゃあ……大妖に勝つなんて、とてもとても」
翔が言い、そして日那乃が空中でふわりと羽ばたく。
「大妖を、片付ける……なんて、言わないで。軽々しく」
ふわりと軽やかな羽ばたきが、凄まじい暴風を巻き起こした。
「あの戦い、経験した、わたしたちの前で」
暴風が、そのまま巨大なエアブリットとなり、劉の身体に激突する。
電光に灼かれ、暴風に切り裂かれて血飛沫を煙らせながら、劉はしかし立っている。よろよろと、三節棍を構えている。
「七星剣の……八神大人の、御名にかけて……ッ!」
「死ぬ気になったみたいだけど、そうはさせない……シャーロットさん!」
呼びかけながら、奏空は踏み込んだ。シャーロットが並んだ。
「殺さないよう戦闘不能にする……人道的とどめ、という事で?」
「……頼みます!」
激鱗。
奏空の放ったその一撃に、シャーロットが飛燕を連携させる。
三節棍が、砕け散った。
その破片と共に、劉の身体から鮮血の濃霧がしぶき出る。
致命傷、の半歩手前でとどまった、その手応えを奏空は握り締めた。
劉は倒れ、起き上がらない。
一方、勅使河原は倒れずに尻餅をついていた。
直斗の放った『猛の一撃』が、彼の剣を叩き折ったところである。
「ひぃ……ま、待って待ちなさい、早まってはいけませんよ……」
怯える勅使河原に、直斗が妖刀を突きつける。
「私が、私がお前たちを八神様に推挙して差し上げます。で、でででですから命だけは」
「ガキども、よぉく見とけ」
直斗の表情が、にっこりと歪む。
「お前らもな、七星剣に入っちまったら最後はこうなる……覚えとけ」
「た……たすけて……命だけは……」
勅使河原は泣き、直斗は笑う。
「俺が首狩りをやるのはな、一瞬で楽にしてやるため……そして俺が殺した相手を忘れねえためだ。けどなぁ、てめえらにそんな価値はねえ……ただ殺す。生き様後悔しながらよ、死に様ぁ晒すがいいぜ。ぶちまけられた生ゴミみてえになああ!」
「……そこまでだ、直斗」
奏空は言った。
「俺には、今のお前も『殺人を強要されている子供』にしか見えないんだよ」
「すみれと祐一が、見てるんだぞ……」
翔も言った。
「踏みとどまれ、直斗。踏みとどまるとこ、この2人に見せてやれ!」
「……戦うよ、直斗さん」
ミュエルが、直斗の眼前に進み出る。
「そこから先を、やろうとするなら……アタシ、貴方と戦うよ……」
「…………」
直斗は何も言わない。真紅の瞳を、じっとミュエルに向けるだけだ。
見つめ合う、あるいは睨み合う両者の間に、奏空は割って入った。
「翔……ミュエルさん……それに奏空よぉ……」
直斗の口調からも表情からも、作り物の明るさはもはや消え失せていた。
「隔者ってのが、生かしとくと何やらかす連中なのか……わかってんだろうな? おい」
何が正しいのかは、奏空にはわからない。
隔者の、首を狩る。命を奪う。
それを否定するという事は、ある意味、直斗の過去を、これまでの人生を……飛騨直斗という存在そのものを否定するに等しい。
ならば奏空も、自分の何かを否定しなければならない。何かを、代償として差し出さなければならない。
「……俺の、首を」
奏空は言った。
その瞬間、直斗の妖刀が一閃し、奏空の喉元で止まった。
一瞬、時間が止まった。その一瞬の間、奏空は直斗と睨み合っていた。
やがて直斗は、妖刀を鞘に収めながら奏空に背を向けた。
そして劉に、勅使河原に、辛うじて生きている隔者たち全員に、声を投げる。
「これから先、奏空を裏切るような事しやがったら貴様ら……生ゴミみてえな死に様、程度じゃ済まねえからな」
●
「え……翔って、中坊だったの?」
「……こないだ制服着てたろうがよ」
「そうだっけ。翔がなあ、俺と同じ中学生……うーん」
「直斗はそもそも学校行ってんのかよ! ちゃんと」
「い、行ってるよ! 行ってる……かなぁ」
直斗が、困ったように頭を掻いている。
こちらが飛騨直斗という少年の、本来の姿なのだろう。
これからの戦いでは、しかしまた、あの明るく笑う殺人鬼が現れてしまうかも知れない。
そんな事を思いながら、日那乃は声をかけた。
「わたしも気付かなかった。翔が、中学生だって……制服着ても背、伸びるわけじゃないから」
「ひーなーのー!」
翔が、泣きそうな声を上げた。
戦いは、ひとまず終わった。
半死半生の隔者9人は、縛り上げてある。中には連絡済みだ。身柄の拘束等、手配はしてくれるはずである。
試験として殺されるところであった一般人男性2名は、日那乃の眼前で、まだ立ち上がれずにいる。
「私たちを拉致したのは、かくしゃ、という連中だった……私たちを助けてくれたのも、かくしゃ、だ」
彼らは言った。
「我々は……あなた方を一体、どのように見ればいいのだろうか……?」
「見ていて。それしか、言えない」
答えつつ日那乃は、ちらりと視線を動かした。
ミュエルが、奏空を睨んでいる。
「……感心しない……」
そんな事を、言いながらだ。
「自分の命、投げ出せばいいなんて……死刑になった後で悪い事してた、あの殺人犯と同じだよ……?」
「……だろうね」
「もし本当に、奏空さんの首……斬っちゃってたら……直斗さん、どうなってたと思うの……」
明るく笑う殺人鬼のまま、もはや後戻りが出来なくなっていただろう。
その直斗が、言った。
「おい奏空……お前、姉さんがいるんだろ」
姉。その単語が、直斗の口から出た。
「さっきの言葉……その姉さんが聞いたら、どう思う」
「俺……ボコボコにぶん殴られる、くらいじゃ済まないかもな」
「ボコボコにぶん殴りたいですねえ、本当に」
シャーロットが言った。
江崎祐一と藤川すみれ……小学生2名を、左右の強靭な細腕で捕え抱えながら。
「格好つけて死んでしまって、もう2度と会えない……そんな人は、本当に許せません」
「ちょっと放して、放しなさいよ! あたしは八神様のために戦って、いつか八神様のお嫁さんになるのォ!」
「助けてくれるさ……いつか、八神様が……」
すみれは泣き喚き、祐一は呟いている。
無理だろう、と日那乃は思った。
この2人の心を、言葉で救う事は出来ない。言葉は、綺麗事にしかならない。
「この子たちには……時間が、必要ですね」
シャーロットが言った。
誰かが、腹の虫を鳴かせた。
日那乃ではない。奏空か、直斗か、案外ミュエルか。最も疑わしいのは翔なのだが。
「……とりあえず、御飯でも食べに行きましょうか。皆で、この子たちも一緒に」
シャーロットが微笑んだ。実は彼女かも知れなかった。
やったのは俺だよ。お姉さんは、ちょっと手伝ってくれただけ。気にする事ないから。人殺しは、俺だから。
とどめの攻撃を一緒に繰り出した覚者は、そう言ってくれた。
彼1人に汚れ役を押し付けて、自分は綺麗事を言う。
そんな事をするくらいなら、と『ホワイトガーベラ』明石ミュエル(CL2000172)は思う。
(アタシは、人殺し……それでいいから……)
そう、何度も自分に言い聞かせなければならなかった。
「気にする事ねえぜ、ミュエルさん」
声をかけてきたのは『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)である。
「気が滅入るのは最初の1人目だけ、だからさ」
「直斗さん……」
妙に明るい。直斗の、口調も表情も。
「ごきげんよう、テロリストの皆さん。今日も元気に悪事を働いていますか?」
同じくらい明るく声を張り上げながら『継承者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)が、堂々と敵に近付いて行く。
「赤ちゃんは泣くのが仕事、資産家は土地・お金を転がすのが仕事。貴方がた隔者は悪事が仕事。そしてワタシたちは、それを取り締まるのが仕事です。よろしく、お付き合い下さいませね」
敵……七星剣の隔者9名が一斉に、こちらを向いている。
「……来ましたね、ファイヴ」
9名のうち、特に注意を要するのは2名……勅使河原圭と、劉信親。それは聞いている。
喋りながら剣を抜き、練覇法を発動させているのは、勅使河原だ。
「邪魔はさせませんよ。さあ江崎君に藤川さん、試験は一時中断です。その2人を、人質に取りなさい!」
「そうはいくか……!」
すでに『真のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)が、隔者9名と要救助者4名の間に割って入っている。
その4名が、殺す側・殺される側に分けられているのだ。
前者は、因子が発現してしまった小学生の男女……江崎祐一と、藤川すみれ。
後者は、その2人によって今まさに殺されようとしているサラリーマン風の男性2名。柱に縛り付けられ、泣き喚いている。
その1人に、すみれが小さな拳を突きつける。
「人質って……こう? 動くな、こいつを殺しちゃうぞ!」
「……しなくていいんだよ、そんな事」
すみれの眼前に立ったのは『託された光』工藤奏空(CL2000955)である。
「試験は一時中断、じゃあない。永遠に中止だ」
シャーロットが大声で口上を述べ、隔者9名の注意を引き付けてくれている間。
翔と奏空に続いてミュエルも、直斗も、隔者と要救助者の間に割り込んでいた。
「なあガキども。こいつだけは、よぉく覚えときな」
小学生2人を背後に庇う格好で妖刀を構えつつ、直斗は言った。
「……人殺しが出来たってな、偉くも何ともねえんだぜ」
「飛騨直斗」
劉信親が、言葉を発した。
「仲間割れで自滅した隔者の集団が、かつていたと聞いている」
「七星剣に比べりゃ、チンピラみてえな連中さ」
「その仲間割れを生き延びた、1人の少年……有望な隔者として、調べはついている。我らと共に来い、そして戦え。八神大人の御ために」
「……その台詞、あの頃に聞いてりゃな」
などと応える直斗の尻尾を、いつの間にかそこにいた桂木日那乃(CL2000941)が掴んでいる。
「……駄目」
「わかってるって。大丈夫、行かねえよ……それより人の尻尾、むやみに触ったり掴んだりしちゃ駄目だぜ?」
直斗の口調は明るい。
暗いものを包み隠す明るさだ、とミュエルは感じた。
●
奏空の『魔訶瑠璃光』及びミュエルの『清廉珀香』が、覚者6人の身体を包み込む。
薬師如来の加護と癒しの香気が全身に満ちてゆくのを感じながら、翔は敵を見据えた。
隔者9人。うち前衛の獣憑2名が青龍刀を振りかざし、踏み込んで来る。中衛の怪2名が第三の目を開き、破眼光の構えに入る。後衛の械3人は砲台の役に徹し、召雷を放とうとしている。
その時には、翔はすでに印を結び、叫んでいた。
「雷龍の舞……カクセイサンダー・ドラゴンストォオムッ!」
電光で組成された龍が、隔者たちを襲う。
続いて、花が咲いた。直斗の『仇華浸香』だった。
「ぐっ……こ、これしき……」
前衛の獣憑2名もろとも電光に灼かれ、毒香に絡まれた勅使河原が、防御の形に剣を構えたまま後退りをする。
そこへ、シャーロットが踏み込んだ。
「安心して下さい、殺しはしません」
言葉と同時の『地烈』が、敵の前衛を薙ぎ払う。
2人の獣憑が、微量の血飛沫を噴いて倒れ、起き上がらなくなる。
勅使河原だけは、その地烈を辛うじて防御しつつも後方へよろめく。
そこへシャーロットは、銘刀・蓮華を突きつけた。
「それが今回の方針……ですが、あまり無駄な抵抗をなさるようでは、こちらもうっかり手元が狂ってしまうかも知れませんよ」
「な、何をしているのです2人とも!」
小学生2人に向かって、勅使河原が命令を叫ぶ。
「戦いに参加しなさい! この者どもを背後から攻撃! あるいは、そこで縛られている2名を人質に取る! その程度の事も出来ないようでは到底、七星剣の戦士など務まりは」
ビシッ! と衝撃が弾けた。
シャーロットが鮮血をしぶかせ、よろめいて呻く。
「くっ……!」
「喚くな、勅使河原」
劉が、深緑鋭鞭を振るったのだ。
「七星剣の未来を担う子供たち、まだ無理をさせるわけにはいかん。それに人質など、見殺しにされてしまえばそれまでの事……江崎に藤川、今は見学の時間とする。何もせず、そこで見ているがいい。隔者と覚者の殺し合い、実戦というものをな」
鞭の音に合わせるかの如く、光が走っていた。
劉の左右に控えた怪2名が、破眼光を。後衛の械3人が、召雷を。
それぞれ、放ったところである。
翔は血を吐いた。破眼光が、身体のどこかを穿っていた。
直斗が、同じく破眼光をまともに受け、倒れている。
奏空とミュエルは、電光に絡まれ灼かれながら膝をつく。
日那乃の小さな身体が、雷撃を喰らって吹っ飛んだ。
「子供たちを……心配する、気持ち……本当に、あるんならよ……」
血を吐きながら、翔はどうにか言葉を発した。
「……こんな事……してんじゃ、ねえよ……!」
「理解ある人々が、お前の周囲には大勢いたようだな」
劉は言った。
「だが江崎も藤川も、そうではなかったのだよ」
「……オレは、ただ運が良かった。それはわかる」
家族も友達も、覚者である翔を受け入れてくれた。
「そんなオレが、言っていい事じゃあねえのかもな……だけど言うぜ祐一、すみれ。お前らの事だって、わかってくれる人は絶対いる!」
「私は、いないと思う。そこはまあ見解の相違という事で良かろう」
言いつつ劉が、三節棍を振るい構える。
「隔者と覚者の、見解の相違……殺し合いで解決するしかあるまい」
「……1度だけ、はっきり言っておく」
言葉と共に、奏空は錬覇法を使ったようだ。まとわりついていた電光が、ちぎれて失せた。
「俺は、殺し合いなんてする気はないよ」
「では大人しく殺されていただきましょうか!」
勅使河原が剣を振るう。
炎柱が生じ、翔を、直斗を、シャーロットを焼き払った。
「ぐぅッ……!」
火傷の痛みと、水の癒しを、翔はほぼ同時に感じていた。
日那乃が、翼を広げて空中に佇み、潤しの雨を降らせている。
「大妖一夜……知ってる?」
負傷した覚者6名に治癒をもたらしながら、日那乃は言った。
「AAA、潰されちゃった。ファイヴも、七星剣も、他人事じゃない……わかって、る?」
「大妖どもは、貴様たちが撃退したのだろう?」
劉の言葉に、翔は応えた。
「あいつら、ほとんど遊びだったからな。もし本気だったら今頃……AAAだけじゃねえ、ファイヴも潰されてる。その次は七星剣だぞ、わかってんのか」
「悪い事やめて、ファイヴに協力」
空中で、天使が何かを告げるが如く、日那乃は言った。
「してくれないと……勝てない、絶対。大妖には」
「覚者と隔者が、殺し合いなんてやってる場合じゃねえんだよ」
翔は語った。
「バカな事やめて……頼むよ、オレたちに力を貸してくれ。あんた方が手伝ってくれれば、大妖にだって負けない。妖に襲われてる人たちを今の2倍、助けられる! だから」
「江崎や藤川に石を投げ、罵詈雑言をぶつけるような輩が今の2倍、生き残ってしまうという事だろう」
劉が、翔の言葉を断ち切った。
「世迷言はそこまでにして、心置きなくあの世へ行け。大妖どもは我ら七星剣が片付けておくゆえ」
「……わかってないんだな。大妖ってのが、どういう連中なのか」
奏空の口調には、悲哀に近いものが宿っている。
日那乃も、微かに溜め息をついたようだ。
「七星剣……やっぱり、わからず屋。直斗さん絶対、行っちゃ駄目」
「わかってるって日那乃さん。止めてくれて、ありがとなー」
直斗の口調は、やはり明る過ぎる。
「なあ翔、わかったろ? 隔者って連中と会話するくれえなら」
その明るさの下にあるものが少しずつ、露わになってゆく。
「……妖と手ぇ結んでクソ隔者ども皆殺しにした方がなあ、話早ぇって事よ」
●
妖刀ノ楔、それに地烈。
直斗の斬撃が、勅使河原を吹っ飛ばしていた。
「何だぁ貴様? 全然、大した事ねえな。あの猪・牛兄弟の方が、ずっと強かったぜ」
「ち、力だけが取り柄の鉄砲玉と同列に扱われては困ります。私の役目は、もっと知的な」
「いるんだよ、チンピラの分際で妙にインテリぶってる奴」
明るく笑いながら、直斗は牙を剥いていた。
「思い出しちまうなァー、てめえを見てるとよお。いや俺の昔の、先輩っつうか上司っつうか」
「ひっ……!」
怯えながらも勅使河原はどうにか立ち上がり、弱々しく剣を構える。
(殺すなよ、直斗……)
思いを念じながら、奏空は双刀を跳ね上げた。地烈。
劉の左右にいた怪2名が、鮮血を噴いて倒れた。死んではいない。
劉自身は三節棍を振るい、地烈の一閃を受け流していた。
彼を援護すべく、後衛の械3人が召雷を放とうとする。が、その時には花が咲いていた。
ミュエルの仇華浸香だった。
毒花の香気が嵐の如く吹き荒れる中、3人の械が倒れ伏し、動かなくなる。
「安心して、死にはしない……アナタたち相手でも、命を奪うと……どんな気分になるか、よくわかったから……」
「話にならんな。殺人罪が、それほど恐いのか」
劉が、嘲笑う。
「仇華浸香や雷獣による殺人が、法廷で証明出来るわけでもあるまい。もっと思うさま殺してみてはどうなのだ」
「……お話にならないのは、あんたたちの方だよ」
言いつつ奏空は、三節棍の一撃を後方に跳んでかわした。いくらか間合いが開いた。
劉が、左手を掲げた。
その掌で、植物の種が割れた。大量の荊が溢れ出して伸び、奏空を襲う。棘散舞。
だが同時に、翔の雷獣が迸っていた。
電光が、蠢く荊の群れを灼きちぎり、粉砕して蹴散らしながら、劉を直撃する。
「うっ……ぬッ!」
「駄目だぜ、そんなんじゃあ……大妖に勝つなんて、とてもとても」
翔が言い、そして日那乃が空中でふわりと羽ばたく。
「大妖を、片付ける……なんて、言わないで。軽々しく」
ふわりと軽やかな羽ばたきが、凄まじい暴風を巻き起こした。
「あの戦い、経験した、わたしたちの前で」
暴風が、そのまま巨大なエアブリットとなり、劉の身体に激突する。
電光に灼かれ、暴風に切り裂かれて血飛沫を煙らせながら、劉はしかし立っている。よろよろと、三節棍を構えている。
「七星剣の……八神大人の、御名にかけて……ッ!」
「死ぬ気になったみたいだけど、そうはさせない……シャーロットさん!」
呼びかけながら、奏空は踏み込んだ。シャーロットが並んだ。
「殺さないよう戦闘不能にする……人道的とどめ、という事で?」
「……頼みます!」
激鱗。
奏空の放ったその一撃に、シャーロットが飛燕を連携させる。
三節棍が、砕け散った。
その破片と共に、劉の身体から鮮血の濃霧がしぶき出る。
致命傷、の半歩手前でとどまった、その手応えを奏空は握り締めた。
劉は倒れ、起き上がらない。
一方、勅使河原は倒れずに尻餅をついていた。
直斗の放った『猛の一撃』が、彼の剣を叩き折ったところである。
「ひぃ……ま、待って待ちなさい、早まってはいけませんよ……」
怯える勅使河原に、直斗が妖刀を突きつける。
「私が、私がお前たちを八神様に推挙して差し上げます。で、でででですから命だけは」
「ガキども、よぉく見とけ」
直斗の表情が、にっこりと歪む。
「お前らもな、七星剣に入っちまったら最後はこうなる……覚えとけ」
「た……たすけて……命だけは……」
勅使河原は泣き、直斗は笑う。
「俺が首狩りをやるのはな、一瞬で楽にしてやるため……そして俺が殺した相手を忘れねえためだ。けどなぁ、てめえらにそんな価値はねえ……ただ殺す。生き様後悔しながらよ、死に様ぁ晒すがいいぜ。ぶちまけられた生ゴミみてえになああ!」
「……そこまでだ、直斗」
奏空は言った。
「俺には、今のお前も『殺人を強要されている子供』にしか見えないんだよ」
「すみれと祐一が、見てるんだぞ……」
翔も言った。
「踏みとどまれ、直斗。踏みとどまるとこ、この2人に見せてやれ!」
「……戦うよ、直斗さん」
ミュエルが、直斗の眼前に進み出る。
「そこから先を、やろうとするなら……アタシ、貴方と戦うよ……」
「…………」
直斗は何も言わない。真紅の瞳を、じっとミュエルに向けるだけだ。
見つめ合う、あるいは睨み合う両者の間に、奏空は割って入った。
「翔……ミュエルさん……それに奏空よぉ……」
直斗の口調からも表情からも、作り物の明るさはもはや消え失せていた。
「隔者ってのが、生かしとくと何やらかす連中なのか……わかってんだろうな? おい」
何が正しいのかは、奏空にはわからない。
隔者の、首を狩る。命を奪う。
それを否定するという事は、ある意味、直斗の過去を、これまでの人生を……飛騨直斗という存在そのものを否定するに等しい。
ならば奏空も、自分の何かを否定しなければならない。何かを、代償として差し出さなければならない。
「……俺の、首を」
奏空は言った。
その瞬間、直斗の妖刀が一閃し、奏空の喉元で止まった。
一瞬、時間が止まった。その一瞬の間、奏空は直斗と睨み合っていた。
やがて直斗は、妖刀を鞘に収めながら奏空に背を向けた。
そして劉に、勅使河原に、辛うじて生きている隔者たち全員に、声を投げる。
「これから先、奏空を裏切るような事しやがったら貴様ら……生ゴミみてえな死に様、程度じゃ済まねえからな」
●
「え……翔って、中坊だったの?」
「……こないだ制服着てたろうがよ」
「そうだっけ。翔がなあ、俺と同じ中学生……うーん」
「直斗はそもそも学校行ってんのかよ! ちゃんと」
「い、行ってるよ! 行ってる……かなぁ」
直斗が、困ったように頭を掻いている。
こちらが飛騨直斗という少年の、本来の姿なのだろう。
これからの戦いでは、しかしまた、あの明るく笑う殺人鬼が現れてしまうかも知れない。
そんな事を思いながら、日那乃は声をかけた。
「わたしも気付かなかった。翔が、中学生だって……制服着ても背、伸びるわけじゃないから」
「ひーなーのー!」
翔が、泣きそうな声を上げた。
戦いは、ひとまず終わった。
半死半生の隔者9人は、縛り上げてある。中には連絡済みだ。身柄の拘束等、手配はしてくれるはずである。
試験として殺されるところであった一般人男性2名は、日那乃の眼前で、まだ立ち上がれずにいる。
「私たちを拉致したのは、かくしゃ、という連中だった……私たちを助けてくれたのも、かくしゃ、だ」
彼らは言った。
「我々は……あなた方を一体、どのように見ればいいのだろうか……?」
「見ていて。それしか、言えない」
答えつつ日那乃は、ちらりと視線を動かした。
ミュエルが、奏空を睨んでいる。
「……感心しない……」
そんな事を、言いながらだ。
「自分の命、投げ出せばいいなんて……死刑になった後で悪い事してた、あの殺人犯と同じだよ……?」
「……だろうね」
「もし本当に、奏空さんの首……斬っちゃってたら……直斗さん、どうなってたと思うの……」
明るく笑う殺人鬼のまま、もはや後戻りが出来なくなっていただろう。
その直斗が、言った。
「おい奏空……お前、姉さんがいるんだろ」
姉。その単語が、直斗の口から出た。
「さっきの言葉……その姉さんが聞いたら、どう思う」
「俺……ボコボコにぶん殴られる、くらいじゃ済まないかもな」
「ボコボコにぶん殴りたいですねえ、本当に」
シャーロットが言った。
江崎祐一と藤川すみれ……小学生2名を、左右の強靭な細腕で捕え抱えながら。
「格好つけて死んでしまって、もう2度と会えない……そんな人は、本当に許せません」
「ちょっと放して、放しなさいよ! あたしは八神様のために戦って、いつか八神様のお嫁さんになるのォ!」
「助けてくれるさ……いつか、八神様が……」
すみれは泣き喚き、祐一は呟いている。
無理だろう、と日那乃は思った。
この2人の心を、言葉で救う事は出来ない。言葉は、綺麗事にしかならない。
「この子たちには……時間が、必要ですね」
シャーロットが言った。
誰かが、腹の虫を鳴かせた。
日那乃ではない。奏空か、直斗か、案外ミュエルか。最も疑わしいのは翔なのだが。
「……とりあえず、御飯でも食べに行きましょうか。皆で、この子たちも一緒に」
シャーロットが微笑んだ。実は彼女かも知れなかった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
