≪悪意の拡散≫3つの概念
≪悪意の拡散≫3つの概念


●男と魔物
 ――ノイズが、聞こえた。悪夢だと、分かった。今度はあの『男』の視点なのだと悟った。

 覚者が発する電磁波を増幅させる増幅器。それを携帯電話に内蔵させ、普及させたら。そのアイデアを魔物から聞いても、男は特に驚きはしなかった。
「事実この国では通信機器があまり普及していない。安い携帯電話を売った方が人々の為でもあるよ」
 売ることも作ることもとりあえず外部のそれ相応の会社が請け負うことに決まったらしい。相変わらず行動も思考も速い。
「あまり無理はなさらないように。……あなたはこの組織の幹部なのですから」
「それはお互い様」
 魔物の言葉に、男は目を見開いた。魔物はクスクスと楽しそうに笑ってから、
「差別と偏見と区別ってあるじゃないか」
 ぽつりと一言。意図が分からず「は?」とだけ言うと、魔物は返した。
「それぞれ全然違う言葉だって分かる?」
「差別と偏見は似ていて……区別とそれらとは全然違うイメージはありますが」
「だよね。でもさ、偏見は無くても差別する人はいるし、差別しなくても偏見だけある人もいる。例えば前者は『カクシャが発する電磁波は害悪だ』と鵜呑みせずに、でも『カクシャに不利益を強いる』のがそれ。後者は『カクシャが発する電磁波は害悪だ』と信じてるけれど、『不利益を強いない』人もいる」
「偏見はあっても差別されない……ですか?」
「僕はそんな目によく遭った」
「あ……」
「気にしないで。僕が勝手に言ったことだから。第一本題はそれじゃない」
「では、何故その話を?」
「僕はカクシャに偏見は抱いていないし、差別もしていない。その事実を君に伝えたかった」
「…………」
「僕のカクシャへの態度は『区別』だってこと。……それが僕と他のイレブン幹部との違い」
 眼鏡越しのその赤みがかった魔物の瞳が、こちらの黒い目を見据えている。最初会った時は底を覗かれるような気がして怖かったが……今では全く恐くなかった。
「気を付けた方がいいよ。偏見も差別もすべきじゃない。彼等と対峙するなら最大限の『敬意』を持って……つまり同等と思って戦うべきだ」
 溜息一つ。この魔物はそういう人物だ。忠告はハッキリ告げる。それが誠実な態度だと思っているらしい。
「所で……何故それを知っていながらこんなデマを広めようと?」
 目の前の魔物は黒革の椅子に座ってぐるぐると回っていたが、その問いに椅子を止め、そして子供のように笑った。
「考えない人間を、淘汰するためだよ」

●翻訳者
 覚者と一般人との間で、武力衝突が起きる。その予測に対処すべくやって来た男は、視界の端に見えた一人の人物に小さく息を吐いた。
 隔者だ。相当なお尋ね者。携わった犯罪は数知れず。
 『魔物』からデータは受け取っている。土行彩。近接戦を得意とする物理・特攻アタッカー。
(最大限の『敬意』か……)
 要するに一切相手を見下さず、過小評価もせず対処しろ、ということか。
 複数の毒入り破裂弾を手に忍ばせ、男は隔者を見据えた――。

●三つ巴
「菊本准教授が予知した悪夢について対処してもらう」
 集まったメンバーを見回し、中 恭介(nCL2000002)はそう切り出した。
「覚者と一般人の間で武力衝突が起きる件については知っているかもしれん。そこで覚者側が隔者を雇っていてな。AAAが長い事追っていたお尋ね者なんだが。……そいつが一人の憤怒者に殺される」
 発現していない人間が、札付きのお尋ね者を殺す。その事実に覚者の一部は驚きを隠せなかったようだ。ざわめきが起きた。
「憤怒者のことは知っている者もいるかもしれん。菊本准教授が以前言っていた通称『隊長』だ。
 軽装備だが……相当な手練れだ。いや、軽装備だからこそ、隔者がやられたのかもしれん。上手く隙を突いた形だ」
 夢見の予知だと『覚者に効く毒』を上手く扱い、弱った所を刃物で手足の腱を切断。動けなくなった所でとどめを刺した。当然、『隊長』は傷一つナシだったらしい。
「君達には隔者の撃破と身柄の保護を頼みたい。『隊長』との交戦については判断を委ねるが……三つ巴の状況は複雑だ。その上彼が何を考えているかは分かりかねる。不用意に交戦するぐらいなら撤退するのは愚かな選択ではない」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:品部 啓
■成功条件
1.隔者・山本の撃破
2.隔者の身柄を生きたまま確保すること
3.なし
【注意】このシナリオは『≪悪意の拡散≫2人の思想』と重複して参加することはできません。
重複して参加した場合は全ての依頼の参加権利を剥奪し、LP返却は行われないのでご了承ください。

そうすけSTさんとのゆるーい連動シナリオ。言い出しっぺはもう言わずもがな。

隔者戦です。隔者戦。ええ隔者戦なんですって。初の隔者戦ですよ。
『隊長』と戦う訳じゃないです。
隔者っていうと……STとはいえPLさんより場数少ない訳ですから、スキル編成的な意味でこれ果たしてどうなるかなぁってヒヤヒヤなんですが。

隊長とはプレイングによっては戦えますが、その場合難易度が相応にかなり跳ね上がるもんだと思ってください。
尚シリーズものではないので『二つの予知』の内容を全く知らなくても特に問題は無いです。
『隊長って誰?』でも全然大丈夫だと思います。

尚このシナリオは同時公開の『≪悪意の拡散≫2人の思想』と同一時間軸のシナリオです。連動してます。
なので場合によってはこっちのエネミーの姿が向こうのシナリオにちらっと出てきたリする可能性があります。(あくまでシナリオの判定には関わらない程度で、ですが)

§状況
昼間2時頃。天気は曇り。雨が降りそうな感じですが降っても小雨でしょう。
『2人の思想』側の広場から200m程離れた小さな公園。人通りはあまりないです。
公園とはいえだだっ広い広場。後衛から術式打てる程度には広いと思ってください。
雑草とか木とか生えていますが、これと言って有利不利に働くものは無いと思って頂いて全く構いません。
遊具は砂場が置いてある程度です。
拘束具は支給されますので、技能スキル『土蜘蛛の糸』が無くても隔者の身柄を確保できるものだと思ってください。

尚、今回突入タイミングを2種類選ぶことができます

1.隊長が山本に襲い掛かる前
2.隊長が山本に襲撃した直後

1の方ならば手早く倒してしまえば隊長との交戦は回避できます。ですがそれ相応に作戦を練る必要があります(そして交戦せずとも隊長と接触することは可能です)
2ならば山本に複数のBSが付与されている可能性があるので山本を撃破しやすいですが、隊長が襲撃している直後の上に彼はFiVEの覚者にいい感情は抱いていないでしょうから隊長から何らかの妨害を受ける可能性は高いです。ただ、隊長は頑迷で聞き訳がないという訳ではない(むしろ頭は回る人物です)ので、交戦するデメリットがメリットを上回るなどの判断をさせれば大人しく引き下がる可能性はあります。

1と2、どちらを選ぶかは相談の上、プレイングに【1】とか【2】などと明記しておいてください。

§隔者データ
山本
土行彩。紙耐久の物理・特殊アタッカー。
覚者と憤怒者間の武力衝突の為に覚者に雇われたらしい(尚覚者側は山本が隔者だとは全く知らなかった模様)
使用スキルは
・五織の彩
・大震
・鉄甲掌・還
・脣星落霜
・十六夜
・裂空波
・鉄指穿
・潤しの滴
の計8つ。
技能スキルは
・痛覚遮断
・生執着
を活性化しています。
血の気が多く乱暴で、犯した罪は数知れず。七星剣との繋がりも噂されていますが不明です。
まあ汚い言い方をしてしまえば『チンピラ風情』と言った所。
隊長のターゲットは現段階ではあくまでこの山本であり、ハッキリ言って『今回の件で憤怒者側、一般人側に危害を及ぼす可能性が高いから殺しておく』ぐらいの理由で殺すので、内容によっては大人しく引き下がります。

§憤怒者データ
隊長(本名不明)
『二つの予知』で登場した男。年齢は20代後半~30代前半程度。身長は180cm弱。
武器は拳銃、ナイフ(両方とも対覚者用の代物)
閃光弾(命中率低下)
『覚者にだけ効く毒』が入った炸裂弾を持っています。(命中した場合どのBSが付与されるかは不明)

耐久はお世辞でも高くないですが、その身軽さが幸いし反応速度や回避力が大幅に高く、対峙した場合は大幅に攪乱される可能性が高いです。
今後の敵の状況を知りたいのは彼も同様でしょうから交戦すれば彼に手の内の一部を明かすことにもなります。
更に弱点を的確に突いて味方陣営を崩してくる可能性があります。
ワーズワース・結界無効。説得が上手く行くかどうかは内容次第です。
彼と本気で戦い、撃破しようものなら相当綿密に組んだ作戦を練らないと重傷判定は簡単に出します。場合によってはシナリオ自体が失敗します。そして成功条件には『隊長の撃破』は含まれていません。倒さなくても戦わなくても隊長とは接触可能ですので。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/7
公開日
2017年04月08日

■メイン参加者 7人■

『天からの贈り物』
新堂・明日香(CL2001534)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)
『凡庸な男』
成瀬 基(CL2001216)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『影を断つ刃』
御影・きせき(CL2001110)

●覚
 空は、曇っていた。男が一人公園にいた。
「おーお。やってるねぇ」
 煙の上る煙草を加え、男――山本はどう見ても不真面目に一言。そんな彼の背後から、風切り音と共に。
「がっ!?」
 『黒き影の英雄』成瀬 基(CL2001216)の不意打ちに近い一撃だった。
「て、め……!」
 一撃の威力は低いものの痺れと火傷を与え、確実に彼の痛手になった所に、降り注いだのは『不屈のヒーロー』成瀬 翔(CL2000063)の雷鳴だ。
「お前等何者だ!?」
「オレ達は、ヒーローだ!」
 翔がそう言い放った所に、山本が剛腕の一撃を繰り出す……が。納屋 タヱ子(CL2000019)が割って入り、容易く弾かれた。
 彼女の真っ直ぐな眼が、山本のその目を鋭く凛と見据える。
「この程度、耐えられます」
 あれほどの一撃を平然と耐え凌いだ彼女に戦慄する一方で、男の足元に巻き付いたのは青々とした植物のツル。
「こ・ん・の……!」
 『新緑の剣士』御影・きせき(CL2001110)は微笑みを浮かべ、山本を見据えた。
「これでやりやすいよねっ」
「きせき、ナイス!」
 翔が思わず歓喜の声を上げるのを聞いて、山本の低い沸点は一気に突破した。
 だが、その攻撃の前に立ちはだかったのが、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)の強烈なプレッシャーと共に放たれた一撃だ。『予測への抵抗者』新堂・明日香(CL2001534)の支援を受けて威力の上がったそれに、山本の動きが更に鈍る。
「……早急に、投降して頂きましょうか」
 千陽が山本を見据える。その次の瞬間、足元の地面が大きく揺れた。あまりの地響きに吹き飛ばされる覚者達。ひょろりとした体形の『慧眼の癒し手』香月 凜音(CL2000495)も例外ではなかったが……それ以上に。
 揺れた陣形の中、必死に地面を踏みしめていたタヱ子に、容赦ない指の鋭い突きが刺さった。
「かはっ……!」
「おい!」
 即座に凜音が回復に回るが、その一撃は回復をも許さないものだったようだ。
「私は、大丈夫です」
 それでも立ち続けるタヱ子を見て、凜音は錬丹書のページをめくった。次の瞬間大気の水が凝縮し、山本目掛けて貫いた。
 そこに今度は明日香の放った雷が降り注ぐ。
 いくら相手が隔者とはいえ、こちらは7人。山本の血の気が多いこともあり、次々に攻撃を仕掛けられてターゲットを絞ることができていない。いくらタヱ子が致命の攻撃を受けようとも元々の耐久が高い上にいずれ回復する。そこで凜音が治癒に回ればいいだけの話だ。
 千陽が空間を切り裂く一撃を放った瞬間、気を取られた所で今度は基の妨害が入った上、強烈なカウンターが山本を抉る。
 更に動きが鈍くなった所に、素早いきせきの二連撃が。しかも二度入る。
「ふふっ」
 きせきは笑い、山本はそれに怒りを覚えるばかり。しかしもう、山本が覚者達の動きに追いつける様子は一切ない。
「お前ら……!」
 満身創痍で地獄の底から出てくるような声を上げるが、一方的な状況下ではあまり覇気は無い。
 次の瞬間、彼等の頭上から光が降り注いだが、一部は基の周囲を覆うシールドにはじき返され。
 ……しかも。
「そっちがそう来るならオレが本物を見せてやるぜ!!」
 翔の心に火をつけた。
 紫電と共に山本の周囲を、無数の龍が舞った。
 もう立つことも出来ない山本に、凜音がぴしゃりと言い放つ。
「アンタは暴れすぎたんだよ。……ここが年貢の納め時だと思っとけ」
 直後、水の弾丸が再び山本の身体を抉り。そこを追撃するように千陽の弾丸が彼の身体を貫いた。

 ……そこで山本は完全に黙り、地に伏せた。


●隔
 いくら能力が攻撃型とはいえ、隔者だけあってまあ身体は頑丈なようだ。一応、生きてはいる。死なない程度に辛うじて傷を手当てして、拘束にあたることに。
「この人、真面目に護衛するつもりあったのかな?」
 気を失って倒れた山本を見て、きせきがそうぽつり。先程の様子だと単に暴れただけで終わってたかもしれない。慣れた手つきで山本の拘束を進める基は沈んだ瞳のまま、ぼそりと言った。
「まあ、こいつ殺そうとする隊長の気持ちも分からなくはないかもねー」
「え……?」
 あまりの発言に翔が硬直するのをよそに、凜音は溜息一つ。
「憤怒者が隔者殺すのは流石に見過ごせねーだろ……」
「やっぱり生きて捕えなきゃダメじゃないかな……」
 明日香の言葉と
「AAAのお尋ね者とはいえ人ですから」
 タヱ子のやんわりとした指摘に基はぼそりともう一言。
「ま、死んだら死んだで手続きめんどそうだしねー」
「何か叔父さん黒くね……?」
 いつもと違う様子の基に後ずさる翔。
「どっちにしてもさ、この人僕達に感謝すべきじゃないかな? そうじゃなかったらこの人怖い隊長に殺されてたんだし」
 きせきの指摘に頷く一同。その傍らで、警報空間を展開していた千陽が何かを感知した。
「どうやら来たようですね」

 突如聞こえた拍手。彼等が音の方を振り向くと、一人の男が立っていた。
 全身黒ずくめの男。身長は180cm弱。年齢は30を過ぎていないぐらい。

 間違いなく『隊長』だ。黒い服に揺れる赤い石のペンダントが、妙に目を惹いた。

 武器を手に持っている様子は一切ない。だが、間違いなく携帯はしているだろうし……何よりも。『予知の中で山本を殺害した』という事実が覚者達を警戒させた。
「こいつが……隊長かよ……」
 隙を突き、強力な武器を用いたとはいえ、この非発現者が7人がかりで撃破した隔者を殺したのだ。迂闊な隙を見せればこちらが殺される。翔はそう思いながら男を見据えた。

 どうやら、男は状況を把握している様子だ。自分の正体が憤怒者だとばれていることも分かっている風だった。その様子にある種の気味の悪さや『やっぱり』という感情を抱いた者はいただろう。
 それを見て真っ先に武装を解除したのがタヱ子だ。
「……驚いた」
 表情は一切変わらないが、声は僅かに驚きを表していた。
「覚者は全身が武器に成りえますので」
「なるほど」
「それと」
 タヱ子の言葉に、男は後ろをちらりと見た。
「ご存知でしょうが、覚者は私達だけではありません。AAAのバックアップ班も直に来るかと」
「脅しか?」
 そうは言いつつも男の顔には焦りは一切見えない。淡々としている。逃走ルートは確保しているのかもしれない。
「そのつもりは、ありませんでしたが」
「……まあいい。こちらも積極的に事を構える理由がない」
 溜息一つ。静かに告げた。
「何がしてーんだよ」
 憤怒者と覚者。本来なら一触即発の筈だが、全く戦意の無い男の様子に翔が言う。
「私達には私達の正義がある。それに反するものは忌避すべきだ」
「正義……」

「私はそうではありませんが、他の方々が聞きたいことがあるようですので。……しばらくお付き合い願えますか」
「……手短になら構わない」
 タヱ子の言葉に特にいらだちも何も見せず、男はそう返した。

「悪い隔者は必ずAAAに引き渡すから安心して」
「そのようだな」
 きせきが男の前に出て、言う。しかし男は特に驚きもせず、むしろ。
「純粋に賞賛に値する」
 その口から出てきたのは褒め言葉だった。きせきは目を丸くする。
「本音だ。素直に喜んでおけ」
「何が、言いたいの?」
 丸くなった目をのぞき込む男の眼は、ありとあらゆる色を無秩序に混ぜ込んだ結果出来たような、酷くくすんだ黒だった。
「カクシャはカクシャ同士で戦ってくれればそれでいい」
「覚者? それとも隔者?」
 きせきの言葉に、男は薄く笑った。
「ついでだ。良い事を教えてやろう」
「え?」
「覚者(トゥルーサー)と隔者(リジェクター)は酷く差別的な言葉だ。相対的に非発現者を貶め、差別を促す」
「え……」
「『真実』を知らない人間の生きる世界は偽りで愚かしい物なのか? ……それなら、障がい者を差別する構造と大して変わらない。そして隔たりの理由はなんだ? 犯罪にも能力の悪用にも理由があるだろう。十把ひとからげにして拒絶(リジェクト)か?」
「僕は差別なんかしないよ!」
「だろうな。だから言っている。そして言う。お前達は、所詮優越感に踊らされているだけだ」
「え……」
「あとは考えろ」

「きせきにそこまで言うってことはやっぱ馬鹿じゃねーよな」
 今度は翔が口を開いた。
「アンタ、電磁波被害なんて信じてるのかよ?」
 とてもではないがあんなデマを妄信するような人物には見えない。翔の言葉に男は笑った。
「まさか。電磁波が発見されて130年近く経ち、相応に研究も進んでいる。危険な筈がない」
「じゃ、何がやりてーんだ? 何にもならないだろ?」
「何もならないことはない。現に馬鹿が騒いでいるだろう」
「ユカイ犯かよ」
 翔の言葉も、男は気にしない。
「まさか。これはあくまで選別だ。……淘汰の為のな」
「山本もトウタの為に殺すつもりだったのかよ」
「……だとしたら俺はそのカクシャを何としてでも殺していたが」
 翔は男の目をじっと見た。酷く深く、暗い。
 何というか……敢えて、何かを押し殺している。そういうふうにも見える眼差しだ。
「……アンタの正義って何なんだよ」
 この男は恐らく憤怒者組織の幹部だ。憤怒者は正義の名を掲げ、活動していると聞くが……。
 男は淀んだ目のまま、一言言った。
「……小僧の好きそうな言葉で言えば『悪い奴をやっつける』だろうがな」
「オレは小僧じゃねー! ヒーローだ!!」
 翔の言葉にどこか面倒くさそうに、ハイハイと一言言って、男は両手を挙げた。
「ならそういうことにしてやろうか。ヒーロー」


「めんどくせー話に付き合ってる暇はねーんだけど」
 今度問いかけたのは凜音だ。彼の言葉に男は引っ掛かりを覚えたようだが、凜音はいつもの様子で男を見た。
「アンタ、覚者に効く毒についてはどこまで知っているんだ?」
「百聞は一見に如かず、と言ってな……」
 男は懐から炸裂弾を取り出すと、凜音に見せた。流石に周囲が凍り付く。
「……食らうのはごめんだが」
「だろうな。こちらも余計な争いをやると後始末が面倒だ」
 暫しの沈黙。男は炸裂弾をしまって一言。
「……知って何がしたい?」
 意図が分からず凜音は目を見開いたが、溜息一つ。
「めんどくせー話だがな。生憎、覚者にだけ効く毒を俺にほっとけって言う方が無理なんだよ」
「……矜持か」
 男はその点を評価したらしい。
「なら言う。術式で治癒出来るだけマシだと思え」
「は?」
「公害や化学兵器、テロの後遺症で苦しむ人々は今尚いる。そしてその治療は基本対処療法で根治は難しい。解毒剤が存在する毒の方が少数だ。今後解毒剤が見つかる可能性はゼロに等しいだろう」
「そういう理屈はいらねー」
「なら更に言う。それは所詮当事者意識だ」
「仮にそうだとして何が悪い」
「問題は、当事者でなければその疑問を持ったかだ」
 男の言葉に凜音は疲れた顔をして
「最近小難しい奴にばっかり遭って疲れるんだが」
 そうぽつり。男は表情一つ変えなかった。
「それはお前が面倒くさがりだからだろう」

「貴方は何故ここに来たのですか。我々と会話を楽しんでいるとは思えない」
 今度は千陽が問いかけた。その瞬間、男は薄く笑った。
「そのまさかかもしれないだろう」
「これも予測していたのですか」
「まさか。買い被りだ」
「憤怒者らしく覚者に対してのデマを流しておくだけならまだわかります」
「…………」
「しかし事実として隔者がここに来ることまでは想像もつかない筈ですが」
「なら偶然でいいだろう」
「それは無いでしょう」
 千陽の追及に、男は呆れ気味に笑った後、空を見て一言。
「ならカナリアのさえずりが綺麗だったから、とでもしておこうか?」
 どうやらごまかすつもりらしい。結果的にFiVEがこの男を出し抜いた形である。『間抜け』を演じた方が賢いと考えたのかもしれない。
「カナリア……誰のことですか?」
「それぐらい分かるだろう。カナリアはカナリアだ。小鳥だ」
 だが、それを聞いても千陽は納得しなかった。彼はこの背後にいる人物を探ろうとしていたのだ。
 男は笑ったまま。そして一言。
「……陰謀妄想的だな」
「は?」
「……好きそうな答えを言ってやろう」
 千陽は目を見開いた。
「カナリアは超高性能のAI。俺はそれの奴隷」
 黙る千陽に、男は一言。
「どうだ? 質問には答えた。満足しただろう?」
 何と思われようと男は気にしない様子だ。

「じゃあ、そのAIに伝えてよ」
 今度口を開いたのは、明日香だった。
「何もかも思い通りに、予測通りに行くと思わないで」
 彼女は許せなかった。覚者の電磁波が有害だとデマを言いふらす憤怒者を。怒りは、夢見が肩代わりしてくれた。
 なら、この男と繋がっているであろうその言いふらす奴――AIとやらに言ってやろうと。
 男は黒い目で彼女をじっと見るだけ。
「あたしは、認められない。何もかもお見通しで、カミサマ気取って、まるで何かの実験みたいに惨事を起こそうとする誰かを。
 ……いつか必ず、あたしじゃなくても誰かがぶん殴りに行くって」
 明日香のその目に男はその沈んだ黒い瞳を向け、そして次の瞬間。
「はははははは!」
 大笑いした。予想外の反応に、彼女は身体を震わせた。
「凡庸だ。……予想以上にな」
「何?」
「その言葉、そっくりそのまま返ると気づかないか? 『私達は、お前達なんだ』
 人がカクシャを見るように、お前達の目からすれば私達は超越的に見えるだけ。人類が自然を克服し、環境を変えて生きてきたように、私達は変革を行っているだけ」
「そんなの……!」
「お前は表面的な不都合さをよく考えもせず害悪と断言し、正当な理由を付け啖呵を切りたいだけ。あの電磁波で騒いでる連中と同類だ」
「それはそっちのことでしょ!」
 明日香は男を見据えた。だが、男の目は黒い闇を湛えたまま。
「ああそうだ。だから言っている」
「え……」
 今度は明日香が硬直した。
「己の凡庸さを、その凡庸な悪を認めろ。そしてその上で言う。
『何もかも思い通りに行くと思うな。俺は、認めない。まるで何かの実験のように惨事を起こす我々を。いつか必ず、俺ではなくとも私達は我々を殴りに行く』」
「え……?」
「お前達カクシャは所詮、聞こえのいい正義の名の下に使い捨てされる道具でしかない」
「何を……」
「第一……何もかも思い通りに行っていたら俺はこの世に存在さえしていなかった」
 男の沈んだ黒い瞳に、光が灯った。その鋭く射貫くような光は、憎悪と怒りによるものだとはっきり分かる。

「ごめんね。僕等君を怒らせる気は一切ないんだ。許してやってよ」
 憎悪を向けられ硬直する彼女の前に立ったのは基だ。男をやんわりと見据える藍の瞳には、先ほどまでの冷たい視線は無い。
「それにさ、さっきの話だけど。僕、凡庸なだけにグサリと来た」
「……それは申し訳ない」
「僕等いい友達になれると思ったのに」
「白々しい」
 にこにこしつつも語る基の言葉は確かに表面的で、白々しい。だが男の表情にも悪意は見て取れない。基も笑った。
「僕、本気で共感したんだよ?」
 それは基の本音だった。彼も、考えていない人間は大嫌いだ。それを淘汰するというのはむしろ共感や好意を覚える。……手段は問われるべきだろうが。
「だから君の区別の基準を教えてよ。発現者か、あるいは無思慮か」
「……どこが凡庸だ」
 そうは言いつつもその顔には笑みが浮かんでいる。
「もう少し会うのが早かったら友人になってもよかったな」
「そう言わずに仲良くしようよ。ついでにデマ撤回してさ。ぶっちゃけ電磁波問題は色々と迷惑」
「デマは俺が手を出すまでもない」
「やっぱそういうもん?」

 男は基の言葉に笑った後、踵を返そうとした。どうやらここから撤収するつもりらしい。
 だが。
「待って!」
 明日香に呼び止められた。
「……何だ。俺は暇人じゃない」
「そうじゃない」
 彼女はその黒い瞳を見据えて言い放つ。
「あたしは、新堂明日香。名前を教えて」
 明日香の言葉に、男は溜息を吐いた後
「……イグノラムス」
 ぼそりと言った。
「イグノ、ラムス……」
 間違いなく本名ではない。何かの通称だろう。
「新堂と言ったな。……覚えておく」
 男――イグノラムスはそれだけ言うと、今度こそその場から消え去った。

「イグノラムス?」
 男の姿が見えなくなった後、きせきが首を傾げた。
「んー。ラテン語で『我々は知らない』だったと思うよ? 確か英語で無知とか無学者とかいう意味もあった筈」
「知らねーって言う割に色々知ってたよな?」
 博覧強記で解説する基に翔はそう一言。
「……無関心、って訳でもねーよな。むしろめんどくせー奴だ」
「何かを知っている様子ではありましたが、あれ以上語るつもりはないでしょうね」
 凜音がさっきのやり取りを思い出して溜息を吐く傍らで、タヱ子は男が消えた先を真っすぐ見据えた。
「そこまでして何かを隠したい、ということでしょうか」
 隠したいものとは、一体何なのか。単に黒幕の存在か、それとも――。いや、そもそもあの男を動かす『黒幕』など、本当に存在するのだろうか。

 そんな中、明日香がぽつりと一言。
「思い通りに、いかないから……」
 隠したいものがあるのと同時に、あの男は何かを伝えたかったのだろうが。それは一体、何なのだろうか。

 音も無く小ぬか雨が、降り出した。空は酷く鉛色で、日が顔を出す様子は一切なかった。


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『不可知の鏡』
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『癒しの矜持』
取得者:香月 凜音(CL2000495)
『凡庸な男』
取得者:成瀬 基(CL2001216)
『深淵を視る者』
取得者:時任・千陽(CL2000014)
『善を貫くヒーロー』
取得者:成瀬 翔(CL2000063)
『護りの策』
取得者:納屋 タヱ子(CL2000019)
『隔たりを知る者』
取得者:御影・きせき(CL2001110)
特殊成果
なし



■あとがき■

皆様お疲れ様でした。山本については素晴らしいチームプレイと火力の前に簡単に倒された形です。
プレイングの結果イグノラムス(隊長)が案外おしゃべりになりましたが、彼のことです。自身が不利になることは一切喋っていない可能性は高いです。
彼が現場を去った後については同時納品予定の「2人の思想」側で少し明らかになると思います。




 
ここはミラーサイトです