ある夢見の記録File1-Page2
●『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)のその後
ぱちん、と。将棋の駒が置かれる音が澄んで響く。
「どうですか? 新しい生活には慣れましたか?」
私、菊本正美はFiVE指令、中 恭介(nCL2000002)と一局、将棋をやっていた。
ぱちん、とまた音が一つ。金を取って駒を進める。
「……ああ、まあそうですね……まあぼちぼち」
対局中に聞かれたことに、私は曖昧に言葉を返す。
いや、ハッキリ言いたかったのだが、現状がそれを許さなかった。
何せこの指令、かなり強い。
私は将棋が強いとは決して言わない。かと言って弱いと一蹴されはしない程度の自信はあった。
お互いの強さが分からないので平手で勝負を挑んだが、相当鋭い手を打ってくる。こちらは防戦一方だ。(守りの硬い将棋の方が好きなのだが、それとこれとは話が別だと付け加えておく)
というか対局中にこういうこと聞いてくる時点でかなり余裕あるだろこの人……!
「王手」
「え、えっ!?」
若干の焦りを見抜かれたように、また音が一つ。慌てて盤上を見てみれば、確かに。
私は取った駒と今の状況を改めて見直した。槍を進めるべきか。銀を動かす……いや、この方向には動けない。じゃあ桂馬? いやいや、置いた所で結局玉が取られてしまう。じゃあ、そうなると手持ちの歩を……。
そこまで考えて歩を取った瞬間、中さんと目が合った。目が、笑っている。
「へ……?」
「准教授、それ、二歩ですよ?」
それを言われて私のCPUは数秒間、機能を停止した。
そこまで読まれてるか……!!
……およそ2年前軽くやり込めたのを、今回10倍ぐらいで返された気分である。本当に完膚なきまでに叩きのめされた。
「あー! もう!!」
数秒後、思考が戻ってきたところで私は思わず椅子にのけぞり、駒を派手に盤上に転がした。目の前の27歳の青年は声を上げて笑っている。
「参りました……」
かくして私は約2年越しの仕返しを食らい、頭を垂れるしかなかった。
……ディベートだったら間違いなく勝っていた。うん。
●目的
将棋は今回の目的の一部ではあったが、本当にしたいことがあって私は彼のもとを訪れたのだ。
「覚者の話を聞きたいのですか?」
「ええ」
私の目的はそれだった。
「こうやってFiVEにお世話になる訳ですし、皆さんと顔見知りになっておきたいなと思いまして。在野にいる間のカバーと言うか、埋め合わせと言うか……そういうことをしておきたくて」
それは私の本心だった。
以前彼の誘いを断ったのは、FiVEという組織に対する不信感があったからだ。新興の自警団程度にしか見えず、危機感を覚えたのだ。
強権は法によって適切に管理されるべきだ。だから、FiVEの在り方が恐ろしかった。
だが今は違う。電波障害を解決し、七星剣幹部、暴力坂乱暴を撃破し、その勢いはAAAをもしのぐ。まさに破竹の勢いという言葉がふさわしい。まだ疑問に思うことも多いが、その事実は信頼たりうる。
この組織は本当にいい覚者に恵まれたのだ。
だが知名度が上がるごとに、私の懸念していた事柄も表面化するかもしれない。
そのためには、覚者一人一人が考えないといけない。この組織は個々の判断が全てを握る。戦うことだけを考えていれば、確実に足元を掬われる。
しかしオタクのモヤシみたいな青年がそんなこと相手を知らずに伝えた所で、反感を買われるだけだ。
教職に就く人間が全て人格者たれとは私は思わないが(現に私も相当なトラブルメーカーだという自覚はある)、ある程度の信用が必要なのと一緒だ。
中さんは私の言葉に「ふむ」と一度言葉を発した後、少し考えてから口を開いた。
「分かりました。それならば」
●結局
という訳で、私はいつものワープロソフトを立ち上げている。何だかこうやって文章を打っていると、結局いつもの日々に戻った気分だ。
もっとも、学園の敷地内にさえいればいいので教授職や研究については許可された。コンピューターさえあれば出来る研究内容で良かったとつくづく思う。
……とにかく。
とりあえずそれらしい夢を見るまで私は記録に徹することにする。
このFiVEに所属する覚者達がどういう人達なのかを見極めるために、色んな事を見聞きしたい。
ある日は学園内の敷地で彼等に会うだろうし、またある日は噂を聞きつけて彼等の方から私の研究室を訪れるだろう。
さて、今日はどんな覚者に会うのだろうか。
ぱちん、と。将棋の駒が置かれる音が澄んで響く。
「どうですか? 新しい生活には慣れましたか?」
私、菊本正美はFiVE指令、中 恭介(nCL2000002)と一局、将棋をやっていた。
ぱちん、とまた音が一つ。金を取って駒を進める。
「……ああ、まあそうですね……まあぼちぼち」
対局中に聞かれたことに、私は曖昧に言葉を返す。
いや、ハッキリ言いたかったのだが、現状がそれを許さなかった。
何せこの指令、かなり強い。
私は将棋が強いとは決して言わない。かと言って弱いと一蹴されはしない程度の自信はあった。
お互いの強さが分からないので平手で勝負を挑んだが、相当鋭い手を打ってくる。こちらは防戦一方だ。(守りの硬い将棋の方が好きなのだが、それとこれとは話が別だと付け加えておく)
というか対局中にこういうこと聞いてくる時点でかなり余裕あるだろこの人……!
「王手」
「え、えっ!?」
若干の焦りを見抜かれたように、また音が一つ。慌てて盤上を見てみれば、確かに。
私は取った駒と今の状況を改めて見直した。槍を進めるべきか。銀を動かす……いや、この方向には動けない。じゃあ桂馬? いやいや、置いた所で結局玉が取られてしまう。じゃあ、そうなると手持ちの歩を……。
そこまで考えて歩を取った瞬間、中さんと目が合った。目が、笑っている。
「へ……?」
「准教授、それ、二歩ですよ?」
それを言われて私のCPUは数秒間、機能を停止した。
そこまで読まれてるか……!!
……およそ2年前軽くやり込めたのを、今回10倍ぐらいで返された気分である。本当に完膚なきまでに叩きのめされた。
「あー! もう!!」
数秒後、思考が戻ってきたところで私は思わず椅子にのけぞり、駒を派手に盤上に転がした。目の前の27歳の青年は声を上げて笑っている。
「参りました……」
かくして私は約2年越しの仕返しを食らい、頭を垂れるしかなかった。
……ディベートだったら間違いなく勝っていた。うん。
●目的
将棋は今回の目的の一部ではあったが、本当にしたいことがあって私は彼のもとを訪れたのだ。
「覚者の話を聞きたいのですか?」
「ええ」
私の目的はそれだった。
「こうやってFiVEにお世話になる訳ですし、皆さんと顔見知りになっておきたいなと思いまして。在野にいる間のカバーと言うか、埋め合わせと言うか……そういうことをしておきたくて」
それは私の本心だった。
以前彼の誘いを断ったのは、FiVEという組織に対する不信感があったからだ。新興の自警団程度にしか見えず、危機感を覚えたのだ。
強権は法によって適切に管理されるべきだ。だから、FiVEの在り方が恐ろしかった。
だが今は違う。電波障害を解決し、七星剣幹部、暴力坂乱暴を撃破し、その勢いはAAAをもしのぐ。まさに破竹の勢いという言葉がふさわしい。まだ疑問に思うことも多いが、その事実は信頼たりうる。
この組織は本当にいい覚者に恵まれたのだ。
だが知名度が上がるごとに、私の懸念していた事柄も表面化するかもしれない。
そのためには、覚者一人一人が考えないといけない。この組織は個々の判断が全てを握る。戦うことだけを考えていれば、確実に足元を掬われる。
しかしオタクのモヤシみたいな青年がそんなこと相手を知らずに伝えた所で、反感を買われるだけだ。
教職に就く人間が全て人格者たれとは私は思わないが(現に私も相当なトラブルメーカーだという自覚はある)、ある程度の信用が必要なのと一緒だ。
中さんは私の言葉に「ふむ」と一度言葉を発した後、少し考えてから口を開いた。
「分かりました。それならば」
●結局
という訳で、私はいつものワープロソフトを立ち上げている。何だかこうやって文章を打っていると、結局いつもの日々に戻った気分だ。
もっとも、学園の敷地内にさえいればいいので教授職や研究については許可された。コンピューターさえあれば出来る研究内容で良かったとつくづく思う。
……とにかく。
とりあえずそれらしい夢を見るまで私は記録に徹することにする。
このFiVEに所属する覚者達がどういう人達なのかを見極めるために、色んな事を見聞きしたい。
ある日は学園内の敷地で彼等に会うだろうし、またある日は噂を聞きつけて彼等の方から私の研究室を訪れるだろう。
さて、今日はどんな覚者に会うのだろうか。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.菊本准教授と話をする
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
重複して参加した場合は全ての依頼の参加権利を剥奪し、LP返却は行われないのでご了承ください。
~前回までのあらすじ(ストーリーの内容ではない)~
A指令「FiVE来てくださいよ准教授」
K准教授「やだ」
S部「OP作った身で言うのもなんだけど、こんな理系オタクに関わりたいPLさんいるの……? いないよね普通……」
↓
倍率2倍超え
↓
S部「えっ」
まーさみちゃん! あーそーぼ!!
今回の話は端的に言えば『PCさん語りを品部に書かせて』って話なんだ。
でもって手持ちのNPCでそういう役割が相応しかったのがこいつだけだったって話なんだ。別なキャラがいたらそいつを使ってたんだ。
そしてタイミングとして今しかなかったんだ。
さて、今回もOPで字数を超えた品部です。
中指令の名誉挽回は大事です。スーパー公務員ですから沽券がかかってる(実は中指令をやり込めたシーンはちょっとかわいそうだと思っていました)のでちょっと准教授をヒネってもらいました。
21年の沈黙を破った菊本准教授ですが、まあ彼にも責任感というものがある訳で。
信頼を築くためにも、FiVEに属する覚者達と話がしたくなったようです。
簡単に言うと先日の拙作「菊本准教授の最期」で予約者多数になったからアレの戦闘抜きバージョンをやるしかないと決意したまでです。
イベントシナリオにしようと思ったんですけど、お前はフェルマーかって言うぐらいそれを書くには余白が狭すぎる。
なので2本全く同じシナリオです。多分締切ギリギリまでお時間頂くかもですが、それでも皆さんが書きたい。
流れてもいい。ただ、できるだけ皆さんを書きたいだけなんだ。
人気があったらまた同じのやりたいからFileってタイトルについてるんだ。
さて本題に参りましょう。今回はほぼ個別描写シナリオです。ほぼ。
何でほぼなのかと言えばPLさんの選択によって個別じゃなくてもいいからです。
友達誘って准教授と遊んでもいいのですよ……。
§概要
学園内で正美の質問に答えて下さいって話です。
指令から話聞いて研究室にお邪魔してもいいですし。
基本的に自分の研究室にいますが大学のキャンパス内とかこもれびとかでも会話に応じます(プレイングで指定してください。無ければ無いでこちらで決めますが)
・正美からの質問
『貴方は何故FiVEに入ったのですか。FiVEに入った理由が無いのであれば、貴方は何故今FiVEにいるのかをお聞かせください』
質問の回答については正美が品部と一緒に誠実にかみ砕いてできるだけ誠実にコメント及びリアクションさせて頂きます。
質問に答えたら逆に彼に質問したりとか、将棋やったり研究室にあるニュートンのゆりかご眺めててもいいですよ。
悩み相談とかもしていいです。おバカな品部の中身が露出しない程度にはがんばります。
准教授に「何でそんなにロン毛なの」とか聞いてもいいです。セクハラとか嫌がらせじゃない限りはマスタリングせずに答えます。
NPC(空野旦太と大柴智子)は呼ばれれば研究室あたりにひょっこり顔出します。遊んだげてもいいのよ。
とにかく字数の許す限り埋めて下さい。
字数はキャラクターの再現度に正比例するって准教授が言ってた(嘘)
とにかく品部も字数の許す限り拾いにかかります。がんばります。
一応断っておきますが、NPCも人間なのでPCさんが彼を怒らせたり挑発的なことをすればそれ相応の態度を取ります。基本寛容な人なので、後々許しはしますが。
逆にちょっと叱られたいとか、矛盾指摘されたいとか、悩ませて苦しめたいとか、うちの子を千尋の谷に突き落としたいのをご希望の方はExプレイングかプレイングの隅っこに【殴られ希望】と書いておいてください。(※超重要。ホント重要)
品部が責任をもって准教授でジェントルに殴らせて頂きます。ちゃんとジェントルに飴も提供します(需要あるのかこれ)
ただし准教授、議論での反論は出来るけど基本は内向的なオタクなので殴る蹴るとか言葉責めとかはできませんからね……!?
§NPCデータ
菊本正美
FiVEに所属する夢見では珍しい中年男性の夢見。見た目は院生。
賢い馬鹿の准教授。だが意外と常識人。社会常識上不可解な事に会うと結構困惑する。
研究室は数学とか物理に関するおもちゃだらけでカオス。
酒煙草恋愛沙汰には無限遠に離れている所にいる。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
5日
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年02月21日
2017年02月21日
■メイン参加者 8人■

●Case07プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
突如、そいつは歌と一緒に背後からやってきた。
「王子が学校行く歌」
歌・作詞:余
冬の学び舎に(余だよ!)
コハルビヨリに(余だよ?)
貴公のうしろに(余だよ。)
王子がやってきたよ(ワッフーゥ)
泣いてる民と歌おうよ
へこんだ民と踊ろうよ
あとごめん千円貸してくれませんか
なんか昨日の夜から記憶がいや一軒目まではね(帰ると血を見るぞ)
椅子から転げ落ちた正美は彼を見上げる。
グレイブル卿。別名アホ面の王子。見た目は確かに王子様だ。
「で? チェックの民は歌うの? 踊るの?」
「音楽も体育も5段階評価で1だったので……」
口から出たのはずれた返答だった。
彼の答えは意外と深刻なものだった。
「ガイジンだから自由に動ける所が他にないのさ」
国交も結んでいない国の王族だ。発現して外務省からは腫物扱い、AAAに受け皿は無し。そこで成り行き上。でも不満はなさそうだ。
「余にはここにいて2ついい事がある。1つは民を助けるのに手続きがいらない事」
「あ……」
「もう1つは、どんな民でも困ってるなら助けに行ける事さ」
「……」
「2つめはヤクザの民もあんまり許してくれないしね」
超法規的な組織であるからこそ、迅速かつ柔軟に動ける。その事実は完全に盲点だった。自分の視野の狭さを知る。
「余の本来の目的は国交の締結だよ」
「第二王子でらっしゃる訳ですしね」
正規の国交プロセスは休止されている。だが、彼は2つの国の扉が開かれると信じてここに『ニポンの民の友』で居続けるつもりらしい。
……この人、馬鹿演じてるだけで本当は賢いんじゃないか?
「で、どうする?」
「はい?」
「やっぱハイランドダンス?」
「チェックだからですか?」
王子は腹が立つ程に爽やかな笑みを浮かべて一言。
「どうだろうね?」
……何かは得た。しかし代償に言葉が失われた。
●Case08『調和の翼』天野 澄香(CL2000194)
天野澄香。以前正美は彼女にこの研究室で会ったことがある。それに、以前会ったあの少年の従姉らしい。
「先日は慌ただしくて失礼しました」
「私こそ論文で……」
お互い畏まって頭を下げ、澄香が淹れてくれた紅茶を飲みながら話をすることに。
FiVEに入ったのは、力の解明をしたかったかららしい。
「でも戦う事になるとは思っていませんでした、ね」
そう言いながらも笑う彼女の顔は、どこか暗い。
「戦うって怖いよね」
「ええ。相手を傷付けることが」
思わず言葉を失った。
力の解明と、戦いを何で同列に置いているんだ。彼は何度も感じた疑問を紅茶と一緒に飲み下す。彼女は小さな両手で紙コップを持っていた。
「他にも理由があるんだね?」
「……はい」
彼女が発現したのは中学生の時。奇異の目で見られることもあったが、両親が守ってくれた。その後18で両親共に亡くなるが、信頼できる人物が必ず彼女の傍にいた。
「少しずつ、私もそんな風に誰かの力や心の支えになれたらと思うようになって」
独りでないことは、強い。そう思った。覚者と非覚者、その心に差はない。だから誰であれ支えは必要なのだ。
「貰った優しさを分け与えているんだね」
どうか彼女が立ち続けられるように、その支えがいてくれればと願う。
そこで机の上のガトーショコラが目に入った。彼女が作ってくれたものだ。
彼女の夢は多くの人に自分の料理を食べてもらうことだそうだ。
非覚者と覚者の垣根を崩したいから、美味しいものの前では人は変わらないからと。
難しいのも知っている。だが理想に突き進む人の姿を知っているから自分も頑張らねばと言った。その顔は明るく笑っていた。
「これは旦太君と、智子ちゃんと、私とで頂くね」
正美は箱を持って笑った。
覚者と、非覚者と、夢見。3人とも違うが間違いなく異口同音に言うだろう。
「おいしい」と。
『垣根』を、また一つ崩せるだろうか。
●Case10『そして彼女は救いを知る』新堂・明日香(CL2001534)
「こんにちは!」
「その節は」
新堂明日香。『彼』と同い年の大学生。雪ちゃんも元気そうで何よりだ。
「実は大した理由無いんですよ」
彼女はそう言った。
きっかけは神社にあった。彼女は神社や仏閣をめぐるのが趣味だそうだ。そこで、ある神社に来たらビビッと来たらしい。
「カミサマの声が聞こえたんです」
――トロッコを素手で止めろって、カミサマに言われたから。
「あれってそういう……」
「先生もカミサマ信じてるんですか?」
「キリスト教的。しかも方程式の文字扱い」
明日香に首を傾げられたので続きを促す。
「それで発現して、どうしよってなった時にスカウト受けて。うち、貧乏だし。衣食住マシになるかなって」
「そういう人結構いるね」
面白味のない理由だと言ったが、正美はそれに手を振った。理由さえ聞ければいいのだ。
「でも、今いる理由は、ちゃんと」
彼女の目が少し輝きを増した気がした。
彼女の初めての仕事は、あの事件だった。空野旦太が彼女と出会った、あの。
「自分と家族の事で一杯一杯だった自分が、誰かを助けられた事が凄く嬉しくて」
「そうか」
「でも。その後の事件で辛いことがあって」
「え?」
「妖になった女の子を、殺す仕事です」
書類は、読んだ。FiVEに入っていくつか事件が閲覧できたので、偶然見かけたのだ。あの灰色の髪の少年もこの事件に関わっていた。
助けられる命ではなかった。その事実に悲嘆していた明日香を、少女は逆に救おうとした。
ありがとうと、言って。
「助けたいと思った筈なのに、助けられちゃった。今のあたしの原動力は、きっとそれです」
「そういう人結構いるよ」
さっきと似たような台詞に、明日香は目を丸くした。
「現に私がそれ。信頼築こうと思って話聞いてるけど……私の方が信頼して色々学んでる」
何かを与えるつもりが、逆に自分も満たされる感覚。それがあることは彼もよく知っていたが、こうやって感じると温かい。
「あたしのことも信頼してくださいね」
「もちろん。でも無理や無茶はしないこと。助けた相手を悲しませるからね。例えば……」
彼の脳裏をよぎったのは、鳶色の羽。彼女の視線が突き刺さる。
「何だろ?」
しらばっくれることに。
「そこまで言っておいて!?」
詰め寄る彼女の頭の上に、彼は自分の守護使役を掴んでポンと置く。
「この子撫でて落ち着こう。みかんもあげる」
「落ち着けません! みかんは食べますけど! その子も撫でますけど!」
●Case11『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)
「はーかせー」
「マーサミちゃん、あーそぼー」
麻弓紡。彼女も以前この研究室で会った。今回は大柴智子を引き連れてここに遊びに来たようだ。
彼女が差し出したのは、駒の動きを簡略化したどうぶつの将棋。彼もよく知っている。
彼は智子と紡の対局を見守る。紡が先手を取った時点で勝負が見えてしまったが、渡された数字チョコと一緒にその言葉は口の中に入れた。
「相棒にさ、質問の話聞いてさ?」
「彼か」
ぽてり、と智子の小さな手が駒を動かすのを見て、紡は嬉しそうだった。
きっかけは成り行きだった。ここにいる理由もあまりない。彼女はそう断言した。
「神秘も興味はないよ。翼があるのがボクには普通のこと」
――普通。そういう見方こそが当たり前か。
「力なんてタカが知れてる。でもさ」
「でも?」
ぽてり、と。また駒が動く。
「でも、ここにいるのはさ、こーゆーなんでもない日が好きだから、とかそんな感じで、家に帰ればアホ面の王子とか可愛い姫君がとか相棒とか親友や……大好きで大切な子がいて、慕ってくれる子達もいて……」
「つまり平穏の為か」
「うん。でもって、ボクはそんな子達の『何でもない日』を守れる青い鳥に……」
紡の言葉が止まった。思わず正美は噴き出す。
「ボク、詰んでない?」
「これ、実は後攻が有利なんだ」
彼はそれを知っていた。何せこれに関する論文を読んでいたからだ。ミスしない限り、最大78手で後攻が勝つと。
「え。先に言ってよ」
「そりゃ未来を教えるようなものだ」
「それ、正美ちゃんの仕事じゃない?」
朗らかに笑いだす正美に、紡は頬を膨らませた。
「……分かってるよ」
覚悟はできている。彼はこの青い鳥の力になるつもりだ。
「でもさっきのってキレイゴトじゃない?」
彼は笑顔を返した。
「理想が無かったら、世界は永遠に貧しいままだ」
●Case12『刃に炎を、高貴に責務を』天堂・フィオナ(CL2001421)
「正美! FiVEにようこそ!」
天堂フィオナ。本人曰く多分高等部1年。どうやら彼女は智子とも知り合いだったようだ。
「フィオナー!」
「元気だったか智子!」
なんだか仲が良さそうで微笑ましい。フィオナが用意してくれたお茶とお菓子を頂きながら話をすることに。
前世は騎士だという彼女がここにいる理由は。
「ノブレス・オブリージュの為だ!」
「高貴は強制する、か」
「そう! FiVEには恩もあるし、善行にはここがいいんだ!」
「守る、ね……」
「そう! 騎士だから!」
騎士。それが耳に付いた。
――『私』は騎士だから。
――守りたかった人は、もう居ないのに?
――いや、そうじゃなくて……。
い な い から……。
智子がこっちを見ていることに気づいた彼は、席を立つ。
「場所、変えようか」
研究室から場所を変え、こもれびの一角へ。この時間帯は人がいないので話がしやすい。
フィオナは、憔悴していた。
「ごめん……」
「むしろこっちが悪かった。そもそも前世って……『どこ』を指しているんだろうって思って、つい」
「え……」
「君の場合、君が君じゃなかったときのことを前世って言ってる気がして」
そこで彼女は黙った。気の毒になって、正美は目を逸らす。
だが。
「そうだ!」
すぐに彼女は復活した。いきなり掴みかかる勢いで何事かと思えば。
「数学を教えてもらいたくて!」
聞けば彼女、以前の市民向け講義のビデオを見たらしく、それに興味を持ったらしい。苦手なものに興味を持ってくれるとは。教育者冥利に尽きる。
「よし。今度お詫びに教える。いつでも私の所へ来るといい」
そんな約束をした帰りのこと。
「天堂さん」
正美は彼女を引き留めた。最後に言いたいことがあったのだ。
「無理に答えなくていい。ただ、今からの問いを覚えて」
「う、うん……?」
「君は、騎士だから守るの? それとも守る為に騎士に?」
●Case13葦原 赤貴(CL2001019)
葦原赤貴。小学部……? 少年の貫禄じゃない。
「当初の理由は『生き残るためだ』」
発した言葉も容姿に不釣り合いだ。だが。
「断言するが、現在日本の社会は狂っている。紛争地域と張り合える危険度でありながら、大半が理解していない。妖という共通脅威から目を逸らし、差別・迫害と同族殺しを蔓延させている」
その言葉に、危機感を覚えた。
彼は生き残るために後ろ盾を求めた。両親から教育と訓練を受け、家族の書面上の繋がりさえ断絶し、名前さえ抹消し。弱点を全て消してここにやって来た。
だが、赤貴はヒトとして生きる為には幸福が必要だと知っていた。逢魔化以前の一般的な生活こそが幸福であると考えたらしい。現実的に不可能だとも即理解した。
それでも理想を求めて、考えたそうだ。妖には対処療法的にしか対応できない。ならば社会の歪みを正すべきだと。
「で、最初の懸念を解消したいと」
「手段としては我欲と我執に拘泥する不要物の排除だ」
……論文でさえ使う機会のない単語が出てきたぞ。
「本思想の実現に要する戦力の試算を頼めるだろうか」
正美はカレンダーを見た。大丈夫。1968年ではない。
彼の姿勢は評価する。だから。
「私の専門は自然科学の領域だ。その上でコメントする」
「ああ」
「問題。静止している質点に力を与えずに速さを時速100kmにする方法を述べよ」
「問いの意図は何だ」
「答えは自分がその速さで移動すること」
「何が言いたい」
彼の声は平静を装っている。もう答えが分かったか。
正美は箱からボールを一個取り出すと、その手に持った。
「観測者の視点で物の振る舞いは全然違う。このボールだってそう。手に持って静止させたつもりで月から見たら運動している。それで絶対的な座標を探しはしたけれど、無い方が辻褄が合うと知って今に至る。森羅万象を把握する物理学でさえボール一個に対する態度は今の所それだ」
刃物のような視線が、刺すように見ていた。
「社会を動かしたいなら、まず視点を変えようか? 話はそれから」
人の視野は簡単に狭まる。それはあの王子から改めて教わったことだ。
●Case14『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)
明石ミュエル。大学部2年。彼女は以前学校行事で自分を見かけたことがあるらしい。有名人なんだなと驚きだ。
だがそれ以上に、その容姿に似つかわしくない不安が気になった。
彼女がここに来た理由。それは
「地元を出たい気持ちが、強かったのかも……?」
彼女の地元は辺鄙な田舎。フランス人の父親と彼女は目立つ存在だった。当然、彼女は学校で浮いていた。唯一の親友が引っ越してからはずっと孤立していたらしい。
「親友?」
視線がおどおどと揺れた。正美は話題を変えることにする。
勉強も中の下、友人と将来の話をする機会も無く不安な所にスカウトが来て、そのままの流れで。両親も転校には賛成してくれた。
だが、妖退治が主な仕事だとは言えない。その上これがベストな進路かは分かっていない。だが、自分の役目が無くなったら、不安しかない。今は過去の自分や道を違えた自分と戦っている気持ちなのだという。
正美は今までの違和感の正体を知ってぽつり。
「親友も自分のせいで転校したと思ってない?」
彼女の身体がびくりと震えた。
「最初は客観的だと思った。それなら不安に対して何らかの解決策を見出す筈。でもそれは特にない。なら何かに囚われて動けないと考えるべき。つまり君は何かにつけて『気にしい』なんだ。自己卑下は処世術。低く見積もっておけば誰もガッカリしない」
「そ、それは……」
彼女は怯えているようにさえ見えた。でも、彼は言葉を止めなかった。
「楽観的な意味で言う。君が思う程、他人は君を見ていない。そしてあらゆることは色んな意味で無力だ。だから欠点だ失敗だと思ってもそうでもなかったりする。
だから強くなれとは私は言わない。
でも、まずは何よりも幸運を誇ろう。その綺麗な容姿も、FiVEにいることも。そして、なりふり構わないで。歩むだけでいい。まずはそこから」
気にすることは悪い事ではない。自信さえつけば、彼女は化ける筈だ。
●Case15『弟をたずねて』風織 紡(CL2000764)
風織紡。OL。
「理由なんてねーですよ」
その言葉におおっとと思った。もちろんいい意味で。彼の地元でこういう喋りの人をよく見た。
「でも、後味悪い事件をいい方向に出来るってのはあたしらの役目ですしね」
正美は周囲を見回す。見た目がほわほわした女性にこの男所帯の研究室は不釣り合いだ。何かバレンタインのチョコレートまで貰っちゃって、喋りはちゃきちゃきでもやっぱり女の子だなーとか。
その時に。
「将棋やるんですか?」
駒が目に入ったらしい。
「ああ。君は?」
「あたしはやらねぇです。でも将棋ってずっと先見通すことができるんですよね」
「……」
「あたしはダメです。目の前の一瞬、叩き潰すことしかできなくて」
正美はしばらく黙っていたが
「教授さんはファイヴとどうしたいですか?」
「私?」
そう聞かれてきょとんとした。
「黒い本音でもいいですよ」
「えー……?」
「ほれほれ」
思わずくすぐったく笑う。
「君はどうなの?」
反則だが質問を返した。
「あたしは、未来を救いたいと思います」
その言葉に、正美は驚いた。
「そうすれば弟は危ないことせずに済みます。あたしだけ傷つけばいいんです。あの子は大切な大切な弟ですから」
「そりゃそうだけど……君自身の夢は?」
「カフェ開業ですね。貯金して、貯金して、貯金して。料理も勉強してます」
「OLさんは大変でしょ?」
「上司がセクハラパワハラのクソハゲですね」
「わかる。大学も一緒。教授陣はモラハラ。この髪とやかく言ってくる奴はハゲ」
「ここで言っていいんですか?」
「大学名は、言ってない」
そこで二人は笑った。
「……だから」
正美が笑い過ぎで涙を拭った時。紡はポツリ。
「大切な未来があるんで、救ってくださいね。あたしも手伝います」
彼女の理由は、未来を救うためか。明るいな。
正美は黙って手を差し出した。握り返された手の力は、強い。
「頼もしいね」
研究室の中、西日が差し始めていた。そろそろ日が傾く頃か。
「じゃ、あたしそろそろ帰るんで。今日のことはご内密に」
そう言った紡を、正美は引き留めた。
「ああ、そうだ」
「はい?」
「将棋ってさ、パターンを無数に覚えて出来る芸当なんだ。当然何万回とミスをしてようやく先を見通せる。科学も数学も本当の天才は百年に1人とかその程度。実はどれも相当泥臭い世界だ」
「それって……」
「その世界を支えているのは『目の前の一瞬、いくつもの仮説を叩き潰す人』なんだ。彼等のお陰でミスが分かって真実や未来が見える」
紡の目が開いたように、正美には見えた。
「君の姿勢は、羨ましいぐらいに格好いい」
――どうか、そんな君の未来が、幸多い物になるように。
私は、夢見として――
突如、そいつは歌と一緒に背後からやってきた。
「王子が学校行く歌」
歌・作詞:余
冬の学び舎に(余だよ!)
コハルビヨリに(余だよ?)
貴公のうしろに(余だよ。)
王子がやってきたよ(ワッフーゥ)
泣いてる民と歌おうよ
へこんだ民と踊ろうよ
あとごめん千円貸してくれませんか
なんか昨日の夜から記憶がいや一軒目まではね(帰ると血を見るぞ)
椅子から転げ落ちた正美は彼を見上げる。
グレイブル卿。別名アホ面の王子。見た目は確かに王子様だ。
「で? チェックの民は歌うの? 踊るの?」
「音楽も体育も5段階評価で1だったので……」
口から出たのはずれた返答だった。
彼の答えは意外と深刻なものだった。
「ガイジンだから自由に動ける所が他にないのさ」
国交も結んでいない国の王族だ。発現して外務省からは腫物扱い、AAAに受け皿は無し。そこで成り行き上。でも不満はなさそうだ。
「余にはここにいて2ついい事がある。1つは民を助けるのに手続きがいらない事」
「あ……」
「もう1つは、どんな民でも困ってるなら助けに行ける事さ」
「……」
「2つめはヤクザの民もあんまり許してくれないしね」
超法規的な組織であるからこそ、迅速かつ柔軟に動ける。その事実は完全に盲点だった。自分の視野の狭さを知る。
「余の本来の目的は国交の締結だよ」
「第二王子でらっしゃる訳ですしね」
正規の国交プロセスは休止されている。だが、彼は2つの国の扉が開かれると信じてここに『ニポンの民の友』で居続けるつもりらしい。
……この人、馬鹿演じてるだけで本当は賢いんじゃないか?
「で、どうする?」
「はい?」
「やっぱハイランドダンス?」
「チェックだからですか?」
王子は腹が立つ程に爽やかな笑みを浮かべて一言。
「どうだろうね?」
……何かは得た。しかし代償に言葉が失われた。
●Case08『調和の翼』天野 澄香(CL2000194)
天野澄香。以前正美は彼女にこの研究室で会ったことがある。それに、以前会ったあの少年の従姉らしい。
「先日は慌ただしくて失礼しました」
「私こそ論文で……」
お互い畏まって頭を下げ、澄香が淹れてくれた紅茶を飲みながら話をすることに。
FiVEに入ったのは、力の解明をしたかったかららしい。
「でも戦う事になるとは思っていませんでした、ね」
そう言いながらも笑う彼女の顔は、どこか暗い。
「戦うって怖いよね」
「ええ。相手を傷付けることが」
思わず言葉を失った。
力の解明と、戦いを何で同列に置いているんだ。彼は何度も感じた疑問を紅茶と一緒に飲み下す。彼女は小さな両手で紙コップを持っていた。
「他にも理由があるんだね?」
「……はい」
彼女が発現したのは中学生の時。奇異の目で見られることもあったが、両親が守ってくれた。その後18で両親共に亡くなるが、信頼できる人物が必ず彼女の傍にいた。
「少しずつ、私もそんな風に誰かの力や心の支えになれたらと思うようになって」
独りでないことは、強い。そう思った。覚者と非覚者、その心に差はない。だから誰であれ支えは必要なのだ。
「貰った優しさを分け与えているんだね」
どうか彼女が立ち続けられるように、その支えがいてくれればと願う。
そこで机の上のガトーショコラが目に入った。彼女が作ってくれたものだ。
彼女の夢は多くの人に自分の料理を食べてもらうことだそうだ。
非覚者と覚者の垣根を崩したいから、美味しいものの前では人は変わらないからと。
難しいのも知っている。だが理想に突き進む人の姿を知っているから自分も頑張らねばと言った。その顔は明るく笑っていた。
「これは旦太君と、智子ちゃんと、私とで頂くね」
正美は箱を持って笑った。
覚者と、非覚者と、夢見。3人とも違うが間違いなく異口同音に言うだろう。
「おいしい」と。
『垣根』を、また一つ崩せるだろうか。
●Case10『そして彼女は救いを知る』新堂・明日香(CL2001534)
「こんにちは!」
「その節は」
新堂明日香。『彼』と同い年の大学生。雪ちゃんも元気そうで何よりだ。
「実は大した理由無いんですよ」
彼女はそう言った。
きっかけは神社にあった。彼女は神社や仏閣をめぐるのが趣味だそうだ。そこで、ある神社に来たらビビッと来たらしい。
「カミサマの声が聞こえたんです」
――トロッコを素手で止めろって、カミサマに言われたから。
「あれってそういう……」
「先生もカミサマ信じてるんですか?」
「キリスト教的。しかも方程式の文字扱い」
明日香に首を傾げられたので続きを促す。
「それで発現して、どうしよってなった時にスカウト受けて。うち、貧乏だし。衣食住マシになるかなって」
「そういう人結構いるね」
面白味のない理由だと言ったが、正美はそれに手を振った。理由さえ聞ければいいのだ。
「でも、今いる理由は、ちゃんと」
彼女の目が少し輝きを増した気がした。
彼女の初めての仕事は、あの事件だった。空野旦太が彼女と出会った、あの。
「自分と家族の事で一杯一杯だった自分が、誰かを助けられた事が凄く嬉しくて」
「そうか」
「でも。その後の事件で辛いことがあって」
「え?」
「妖になった女の子を、殺す仕事です」
書類は、読んだ。FiVEに入っていくつか事件が閲覧できたので、偶然見かけたのだ。あの灰色の髪の少年もこの事件に関わっていた。
助けられる命ではなかった。その事実に悲嘆していた明日香を、少女は逆に救おうとした。
ありがとうと、言って。
「助けたいと思った筈なのに、助けられちゃった。今のあたしの原動力は、きっとそれです」
「そういう人結構いるよ」
さっきと似たような台詞に、明日香は目を丸くした。
「現に私がそれ。信頼築こうと思って話聞いてるけど……私の方が信頼して色々学んでる」
何かを与えるつもりが、逆に自分も満たされる感覚。それがあることは彼もよく知っていたが、こうやって感じると温かい。
「あたしのことも信頼してくださいね」
「もちろん。でも無理や無茶はしないこと。助けた相手を悲しませるからね。例えば……」
彼の脳裏をよぎったのは、鳶色の羽。彼女の視線が突き刺さる。
「何だろ?」
しらばっくれることに。
「そこまで言っておいて!?」
詰め寄る彼女の頭の上に、彼は自分の守護使役を掴んでポンと置く。
「この子撫でて落ち着こう。みかんもあげる」
「落ち着けません! みかんは食べますけど! その子も撫でますけど!」
●Case11『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)
「はーかせー」
「マーサミちゃん、あーそぼー」
麻弓紡。彼女も以前この研究室で会った。今回は大柴智子を引き連れてここに遊びに来たようだ。
彼女が差し出したのは、駒の動きを簡略化したどうぶつの将棋。彼もよく知っている。
彼は智子と紡の対局を見守る。紡が先手を取った時点で勝負が見えてしまったが、渡された数字チョコと一緒にその言葉は口の中に入れた。
「相棒にさ、質問の話聞いてさ?」
「彼か」
ぽてり、と智子の小さな手が駒を動かすのを見て、紡は嬉しそうだった。
きっかけは成り行きだった。ここにいる理由もあまりない。彼女はそう断言した。
「神秘も興味はないよ。翼があるのがボクには普通のこと」
――普通。そういう見方こそが当たり前か。
「力なんてタカが知れてる。でもさ」
「でも?」
ぽてり、と。また駒が動く。
「でも、ここにいるのはさ、こーゆーなんでもない日が好きだから、とかそんな感じで、家に帰ればアホ面の王子とか可愛い姫君がとか相棒とか親友や……大好きで大切な子がいて、慕ってくれる子達もいて……」
「つまり平穏の為か」
「うん。でもって、ボクはそんな子達の『何でもない日』を守れる青い鳥に……」
紡の言葉が止まった。思わず正美は噴き出す。
「ボク、詰んでない?」
「これ、実は後攻が有利なんだ」
彼はそれを知っていた。何せこれに関する論文を読んでいたからだ。ミスしない限り、最大78手で後攻が勝つと。
「え。先に言ってよ」
「そりゃ未来を教えるようなものだ」
「それ、正美ちゃんの仕事じゃない?」
朗らかに笑いだす正美に、紡は頬を膨らませた。
「……分かってるよ」
覚悟はできている。彼はこの青い鳥の力になるつもりだ。
「でもさっきのってキレイゴトじゃない?」
彼は笑顔を返した。
「理想が無かったら、世界は永遠に貧しいままだ」
●Case12『刃に炎を、高貴に責務を』天堂・フィオナ(CL2001421)
「正美! FiVEにようこそ!」
天堂フィオナ。本人曰く多分高等部1年。どうやら彼女は智子とも知り合いだったようだ。
「フィオナー!」
「元気だったか智子!」
なんだか仲が良さそうで微笑ましい。フィオナが用意してくれたお茶とお菓子を頂きながら話をすることに。
前世は騎士だという彼女がここにいる理由は。
「ノブレス・オブリージュの為だ!」
「高貴は強制する、か」
「そう! FiVEには恩もあるし、善行にはここがいいんだ!」
「守る、ね……」
「そう! 騎士だから!」
騎士。それが耳に付いた。
――『私』は騎士だから。
――守りたかった人は、もう居ないのに?
――いや、そうじゃなくて……。
い な い から……。
智子がこっちを見ていることに気づいた彼は、席を立つ。
「場所、変えようか」
研究室から場所を変え、こもれびの一角へ。この時間帯は人がいないので話がしやすい。
フィオナは、憔悴していた。
「ごめん……」
「むしろこっちが悪かった。そもそも前世って……『どこ』を指しているんだろうって思って、つい」
「え……」
「君の場合、君が君じゃなかったときのことを前世って言ってる気がして」
そこで彼女は黙った。気の毒になって、正美は目を逸らす。
だが。
「そうだ!」
すぐに彼女は復活した。いきなり掴みかかる勢いで何事かと思えば。
「数学を教えてもらいたくて!」
聞けば彼女、以前の市民向け講義のビデオを見たらしく、それに興味を持ったらしい。苦手なものに興味を持ってくれるとは。教育者冥利に尽きる。
「よし。今度お詫びに教える。いつでも私の所へ来るといい」
そんな約束をした帰りのこと。
「天堂さん」
正美は彼女を引き留めた。最後に言いたいことがあったのだ。
「無理に答えなくていい。ただ、今からの問いを覚えて」
「う、うん……?」
「君は、騎士だから守るの? それとも守る為に騎士に?」
●Case13葦原 赤貴(CL2001019)
葦原赤貴。小学部……? 少年の貫禄じゃない。
「当初の理由は『生き残るためだ』」
発した言葉も容姿に不釣り合いだ。だが。
「断言するが、現在日本の社会は狂っている。紛争地域と張り合える危険度でありながら、大半が理解していない。妖という共通脅威から目を逸らし、差別・迫害と同族殺しを蔓延させている」
その言葉に、危機感を覚えた。
彼は生き残るために後ろ盾を求めた。両親から教育と訓練を受け、家族の書面上の繋がりさえ断絶し、名前さえ抹消し。弱点を全て消してここにやって来た。
だが、赤貴はヒトとして生きる為には幸福が必要だと知っていた。逢魔化以前の一般的な生活こそが幸福であると考えたらしい。現実的に不可能だとも即理解した。
それでも理想を求めて、考えたそうだ。妖には対処療法的にしか対応できない。ならば社会の歪みを正すべきだと。
「で、最初の懸念を解消したいと」
「手段としては我欲と我執に拘泥する不要物の排除だ」
……論文でさえ使う機会のない単語が出てきたぞ。
「本思想の実現に要する戦力の試算を頼めるだろうか」
正美はカレンダーを見た。大丈夫。1968年ではない。
彼の姿勢は評価する。だから。
「私の専門は自然科学の領域だ。その上でコメントする」
「ああ」
「問題。静止している質点に力を与えずに速さを時速100kmにする方法を述べよ」
「問いの意図は何だ」
「答えは自分がその速さで移動すること」
「何が言いたい」
彼の声は平静を装っている。もう答えが分かったか。
正美は箱からボールを一個取り出すと、その手に持った。
「観測者の視点で物の振る舞いは全然違う。このボールだってそう。手に持って静止させたつもりで月から見たら運動している。それで絶対的な座標を探しはしたけれど、無い方が辻褄が合うと知って今に至る。森羅万象を把握する物理学でさえボール一個に対する態度は今の所それだ」
刃物のような視線が、刺すように見ていた。
「社会を動かしたいなら、まず視点を変えようか? 話はそれから」
人の視野は簡単に狭まる。それはあの王子から改めて教わったことだ。
●Case14『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)
明石ミュエル。大学部2年。彼女は以前学校行事で自分を見かけたことがあるらしい。有名人なんだなと驚きだ。
だがそれ以上に、その容姿に似つかわしくない不安が気になった。
彼女がここに来た理由。それは
「地元を出たい気持ちが、強かったのかも……?」
彼女の地元は辺鄙な田舎。フランス人の父親と彼女は目立つ存在だった。当然、彼女は学校で浮いていた。唯一の親友が引っ越してからはずっと孤立していたらしい。
「親友?」
視線がおどおどと揺れた。正美は話題を変えることにする。
勉強も中の下、友人と将来の話をする機会も無く不安な所にスカウトが来て、そのままの流れで。両親も転校には賛成してくれた。
だが、妖退治が主な仕事だとは言えない。その上これがベストな進路かは分かっていない。だが、自分の役目が無くなったら、不安しかない。今は過去の自分や道を違えた自分と戦っている気持ちなのだという。
正美は今までの違和感の正体を知ってぽつり。
「親友も自分のせいで転校したと思ってない?」
彼女の身体がびくりと震えた。
「最初は客観的だと思った。それなら不安に対して何らかの解決策を見出す筈。でもそれは特にない。なら何かに囚われて動けないと考えるべき。つまり君は何かにつけて『気にしい』なんだ。自己卑下は処世術。低く見積もっておけば誰もガッカリしない」
「そ、それは……」
彼女は怯えているようにさえ見えた。でも、彼は言葉を止めなかった。
「楽観的な意味で言う。君が思う程、他人は君を見ていない。そしてあらゆることは色んな意味で無力だ。だから欠点だ失敗だと思ってもそうでもなかったりする。
だから強くなれとは私は言わない。
でも、まずは何よりも幸運を誇ろう。その綺麗な容姿も、FiVEにいることも。そして、なりふり構わないで。歩むだけでいい。まずはそこから」
気にすることは悪い事ではない。自信さえつけば、彼女は化ける筈だ。
●Case15『弟をたずねて』風織 紡(CL2000764)
風織紡。OL。
「理由なんてねーですよ」
その言葉におおっとと思った。もちろんいい意味で。彼の地元でこういう喋りの人をよく見た。
「でも、後味悪い事件をいい方向に出来るってのはあたしらの役目ですしね」
正美は周囲を見回す。見た目がほわほわした女性にこの男所帯の研究室は不釣り合いだ。何かバレンタインのチョコレートまで貰っちゃって、喋りはちゃきちゃきでもやっぱり女の子だなーとか。
その時に。
「将棋やるんですか?」
駒が目に入ったらしい。
「ああ。君は?」
「あたしはやらねぇです。でも将棋ってずっと先見通すことができるんですよね」
「……」
「あたしはダメです。目の前の一瞬、叩き潰すことしかできなくて」
正美はしばらく黙っていたが
「教授さんはファイヴとどうしたいですか?」
「私?」
そう聞かれてきょとんとした。
「黒い本音でもいいですよ」
「えー……?」
「ほれほれ」
思わずくすぐったく笑う。
「君はどうなの?」
反則だが質問を返した。
「あたしは、未来を救いたいと思います」
その言葉に、正美は驚いた。
「そうすれば弟は危ないことせずに済みます。あたしだけ傷つけばいいんです。あの子は大切な大切な弟ですから」
「そりゃそうだけど……君自身の夢は?」
「カフェ開業ですね。貯金して、貯金して、貯金して。料理も勉強してます」
「OLさんは大変でしょ?」
「上司がセクハラパワハラのクソハゲですね」
「わかる。大学も一緒。教授陣はモラハラ。この髪とやかく言ってくる奴はハゲ」
「ここで言っていいんですか?」
「大学名は、言ってない」
そこで二人は笑った。
「……だから」
正美が笑い過ぎで涙を拭った時。紡はポツリ。
「大切な未来があるんで、救ってくださいね。あたしも手伝います」
彼女の理由は、未来を救うためか。明るいな。
正美は黙って手を差し出した。握り返された手の力は、強い。
「頼もしいね」
研究室の中、西日が差し始めていた。そろそろ日が傾く頃か。
「じゃ、あたしそろそろ帰るんで。今日のことはご内密に」
そう言った紡を、正美は引き留めた。
「ああ、そうだ」
「はい?」
「将棋ってさ、パターンを無数に覚えて出来る芸当なんだ。当然何万回とミスをしてようやく先を見通せる。科学も数学も本当の天才は百年に1人とかその程度。実はどれも相当泥臭い世界だ」
「それって……」
「その世界を支えているのは『目の前の一瞬、いくつもの仮説を叩き潰す人』なんだ。彼等のお陰でミスが分かって真実や未来が見える」
紡の目が開いたように、正美には見えた。
「君の姿勢は、羨ましいぐらいに格好いい」
――どうか、そんな君の未来が、幸多い物になるように。
私は、夢見として――
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『執着は強制する』
取得者:天堂・フィオナ(CL2001421)
『幸福を分かち合う羽』
取得者:天野 澄香(CL2000194)
『戸惑いの檻』
取得者:明石 ミュエル(CL2000172)
『歪を見る眼』
取得者:葦原 赤貴(CL2001019)
『風に舞う花』
取得者:風織 紡(CL2000764)
『カミサマの声』
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『儚の青い鳥』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『ニポンの民の友』
取得者:プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
取得者:天堂・フィオナ(CL2001421)
『幸福を分かち合う羽』
取得者:天野 澄香(CL2000194)
『戸惑いの檻』
取得者:明石 ミュエル(CL2000172)
『歪を見る眼』
取得者:葦原 赤貴(CL2001019)
『風に舞う花』
取得者:風織 紡(CL2000764)
『カミサマの声』
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『儚の青い鳥』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『ニポンの民の友』
取得者:プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
特殊成果
なし

■あとがき■
字数上限が二倍にならないかなと思うぐらい楽しい執筆でした。皆様も楽しんで頂ければ幸いです。
尚この拙作は同時納品予定のPage1と同一時間軸の話であり、章タイトルのナンバリングは時系列に彼が記録していったことを表しています。
なので最後中途半端な終わり方かと思われますが、彼が皆様と出会って何を感じたかはPage1でちょっと分かるかと思います。
それでは、また彼共々お会いすることがあれば。
尚この拙作は同時納品予定のPage1と同一時間軸の話であり、章タイトルのナンバリングは時系列に彼が記録していったことを表しています。
なので最後中途半端な終わり方かと思われますが、彼が皆様と出会って何を感じたかはPage1でちょっと分かるかと思います。
それでは、また彼共々お会いすることがあれば。
