雨の降る街
●
「あら……」
ぽつぽつという音にエミコが窓の外を見やれば、ぱらぱらと降ってきた雨粒がコンクリートを打つ。
「テレビで、今日は降らないって言ってたんだけどな」
キリは折り畳み傘すら持ってきていない。通学鞄に入れっぱなしだ。エミコにも持っているか聞いてはみるが、同じく通学鞄に入っているとのことだった。
「止むまでここにいる?」
「そうしましょうか」
雨はそう勢いがあるわけではないが、キリの提案にエミコは頷いた。
2人がいるのは駅の近くにある喫茶店。
休日に買い物に出かけた2人だが、この有り様。
コンビニで買ったビニール傘をさして歩く人。
世間は休日でも、仕事があるからと働く人。
はたまた休日だからと、前日から友達の家に泊まったまま遊んで過ごす人。
あなたはどう過ごしますか?
「あら……」
ぽつぽつという音にエミコが窓の外を見やれば、ぱらぱらと降ってきた雨粒がコンクリートを打つ。
「テレビで、今日は降らないって言ってたんだけどな」
キリは折り畳み傘すら持ってきていない。通学鞄に入れっぱなしだ。エミコにも持っているか聞いてはみるが、同じく通学鞄に入っているとのことだった。
「止むまでここにいる?」
「そうしましょうか」
雨はそう勢いがあるわけではないが、キリの提案にエミコは頷いた。
2人がいるのは駅の近くにある喫茶店。
休日に買い物に出かけた2人だが、この有り様。
コンビニで買ったビニール傘をさして歩く人。
世間は休日でも、仕事があるからと働く人。
はたまた休日だからと、前日から友達の家に泊まったまま遊んで過ごす人。
あなたはどう過ごしますか?

■シナリオ詳細
■成功条件
1.休日を過ごす
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
雨の降る街で休日を過ごしましょう。
拙作に登場したキャラは、希望があれば登場は可能です。
ただ白猿だけは出てきません。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
6日
6日
参加費
50LP
50LP
参加人数
23/50
23/50
公開日
2017年01月20日
2017年01月20日
■メイン参加者 23人■

●
ぱらぱらと降り出した雨に、思わず空を仰いだ。そして灰色の雲を視界に入れると、御影・きせき(CL2001110)は、鞄の中から折り畳み傘を取り出した。
が、いざ開いてみれば、骨が3本折れている。
「うーん、どーしよー……」
いつ壊れたんだろうかと落胆しつつ、ないよりはましかな、と壊れた傘を差そうと思った直後。
「御影くん、だったよね?」
背中から投げられた聞き覚えのある声に振りむけば、傘を差した青年が立っていた。
「あ、戒都お兄さんだ!」
「どうしたのって……って、傘が壊れちゃったの?」
たれ目が印象的な片桐・戒都(CL2001498)の姿に、きせきが笑みを浮かべる。
2人は、F.i.V.E.の依頼で武術家の妖を相手に共闘したのだ。
きせきは戒都に手招きされて、傘へと入れてもらう。
戒都は、実の弟を溺愛しているブラコンだ。きせきに弟の姿を重ねてしまい、ついつい世話を焼きたくなってしまう。
けれど、弟は家出してしまったから、世話を焼きたくても焼けないのだ。だから尚更、弟に出来なかった世話を焼きたくなる。
「濡れたままだと風邪ひいちゃうよ?」
ハンカチを取り出すと、拭いてあげようかと逡巡するも、ぐっと堪えてハンカチを差し出すだけに留める。
ありがとう、と返して髪を拭くきせきを眺めながら、きせきに雨粒が落ちないよう、屈むようにして傘を傾けた。身長差があるから、そうしてあげないと濡れてしまうのだ。
その気遣いにきせきが嬉しそうに戒都へ笑顔を向ける。さらに、駅まで入れてってもらえたら嬉しいな、なんて口にするものだから、嬉しくなって、つい二つ返事で頷いてしまうのだ。
「これこれ、一回やってみたかったんだよね! 弟と!!」
ブラコンの戒都は弟と相合傘をやってみたかったから、弟を思い出させるきせきとそういう状況になっている今が幸せだ。
「戒都お兄さんには、弟さんがいるんだね」
きせきの表情が、ぱあっと明るくなる。
「弟さん、いいなー。そんなに構ってもらえて。僕は一人っ子だから弟さんが羨ましい。
そう口にするきせきだが、甘えられる人がいることが羨ましいのだ。
「うーん、俺はあんまり良いお兄ちゃんじゃなかったけどねー」
そうなの? と、きせきが首を傾げた頃、目的の駅へと到着してしまった。
傘から出て戒都に向き直る。
「またお話できたら嬉しいなー! 今度はちゃんと約束して遊ぼー!」
「もちろんだよ。今度は美味しい紅茶を、ご馳走させてね?」
戒都の言葉に頷くと、きせきは踵を返して改札へと向かった。
「何処かに行こうと思ってたけど、この雨じゃ延期だね」
炬燵に入りながら窓の外を眺めて、酒々井・千歳(CL2000407)はそう口にした。
「仕方ないですね。雪にはならないでしょうけど……」
千歳が自宅として借り受けている喫茶店、茂美路メトロの千歳の部屋。
肩を並べるようにして炬燵に入った水瀬 冬佳(CL2000762)が、同じように窓の外を眺めた。
せっかくの定休日だから何処かに出かけよう。そう約束していたはいいものの天気はご覧の有り様で。
「……雨の音を聞きながら過ごす静かな時間、実は結構好きだったりします」
「偶にはこうやってのんびりするのも悪くはないよね」
なんて言いながら千歳はお茶を一口すする。
「みかんでも食べるかい?」
「あ、はい。いただきます」
千歳は、まだ店長が出先から送って来た奴が段ボールに残ってるんだよねえ、とつぶやくと炬燵の中央に置かれているみかんに手を伸ばす。
そして皮を剥いたかと思うと。
「はい、冬佳さん。あーん」
みかんを一房指で摘まんでそれを冬佳の口元へと差し出す千歳。
「酒々井君……えっと……?」
笑顔のままの千歳と、それを見つめる冬佳。
冬佳は逡巡するものの、観念して差し出されたそれを口にする。
「ふふ、冬佳さんは可愛いねえ」
言って、冬佳の肩を抱き寄せる。
「……炬燵も暖かいけど、俺はこっちの方が好きだな」
「……もう」
気恥ずかしさに頬を染める冬佳だが、抱き寄せられるまま身を寄せる。
「……暖かい」
出かけることはさして重要ではない。2人でいるから良いのだ。
雨の日は、好きでもない……わけでもない。
これが向日葵 御菓子(CL2000429)の正直な思いだった。
特に楽器を扱う御菓子にとって、楽器に対しての雨はデリケートな問題で。音の響きやメンテナンスに普段以上の気を遣う厄介な話だった。
ただ、それはそれとして、雨に濡れる土の匂いや、雨音を聴きながら音楽に思いを馳せることは好きだった。
好きなものと、そうでないもの。雨の日はそれが共存しているのだ。
「お姉ちゃん、入るよ?」
「うん、いいよ結鹿ちゃん」
自室のドアをノックする音と、それに次いで投げかけられた声は、妹である菊坂 結鹿(CL2000432)のものだ。
雨の日の結鹿は、買い物にも行かずに、家で過ごす事が多い。濡れて洗濯物を増やしたくないからだ。
この日も例外ではなく、結鹿は一通りの家事を終えて、姉の部屋を訪れた。
結鹿が部屋に入ってまず見たのは、窓の外にコップを並べる御菓子の姿。
「何してるの?」
「まぁ、見てて」
言われて、御菓子のベッドにちょこん、と座る結鹿。
御菓子がコップを並べ終えたかと思うと、机の引き出しからまっさらな楽譜とペンを取り出した。
とん、とん、と空のコップの底を叩くような、雨水の落ちる音。
椅子に腰かけながら、御菓子はその音を楽譜に書き入れていく。
結鹿はその様子を見て、表情を緩ませた。
こんな雨の日でも、御菓子の部屋に来れば楽しいことがある。
退屈しなくていいという気持ちと、好きな姉と一緒にいられる心地よさ。
御菓子が楽譜を書き終えた頃、次第に雨水が溜まってきたコップが、ぴちゃん、ぴちゃん、と音を変える。
そして御菓子は部屋に置いてあるバイオリンを手にしたかと思えば、楽譜に合わせて弾きはじめ、その曲に合わせて結鹿が歌を口ずさむ。
いつしか結鹿は踊り出し、御菓子もバイオリンを置くと、結鹿に合わせるようにして踊りはじめた。
決して広すぎない部屋で、2人でステップを踏む。視線を交わせばお互いに笑ってしまったりして。こういう時間が楽しいのだ。
だから雨の日は、好きでもない……わけでもないのだ。
●
「雨が降るなんて聞いてない~っ」
聞いてないも何も、そもそも天気予報をチェックしていないのだが。
ともあれ、降り出した雨に工藤・奏空(CL2000955)は慌てて駆け出し、適当なお店へと飛び込んだ。
「はぁー」
安堵のため息をひとつ。
店内を見回せば、こじんまりとしていて、お客さんもぽつぽつとしかいない。おそらくは個人経営の喫茶店だろう。カントリー調の内装が落ち着いた印象を与えていた。
「へぇ……こんなところにこんなお店あったんだ」
おそらくマスターの奥さんであろう女性に案内され、窓際のテーブル席に着く奏空。
メニューを眺めるものの、おなかが空いて入ったわけではないし、食べ物のページを飛ばす。
「あ、ココアください」
注文すると、ほどなくして乳白色のマグカップに注がれたココアがテーブルに運ばれてきた。
カップにそっと口をつけてすする。身体にじんわりと温かさが広がってくる。
「んー……たまにはこんな風に何もなくこうしているのもいいかもね……」
覚者としてはそれなりに忙しい日々を過ごしている。のんびりするのも悪くない。
窓ガラスの向こう、雨の音に耳を傾けてみる。
時間が穏やかに流れていくような店の雰囲気がそうさせたのか。窓際に身体を寄せて、いつの間にかうとうとと眠ってしまって。
あどけない寝顔、無防備な姿。本当にそれは、何度も戦場に赴いた歴戦の戦士には見えない。
まるで、覚者でもなんでもない、普通の少年のよう。
「天気予報、外れちゃいましたね」
「今日は晴れだって聞いてたんだけれどねぇ……」
いつもの買い物帰り。今日は何を食べようか、なんて話をしながらスーパーを見て回り、買い物を終えて店を出たとたんに降り始めた雨。
慌てた2人は足早に帰途に就くものの、次第に勢いを増してきた雨に、これは雨宿りをするしかないかと結論付けて。
柳 燐花(CL2000695)と蘇我島 恭司(CL2001015)は、手近な店の軒先で雨があがるのを待つことにしたのだった。
「……まぁ、そんなに長くは降らないかな?」
手近な店とはいっても、それは臨時休業の電気屋さん。せめて営業していれば中へ入れるのだが、そういうわけにもいかず。かといって辺りは住宅街、マンションばかり。喫茶店でもあればありがたいのだが、この辺りにはそういった類の店がないのが残念だった。
「お互い、結構濡れてしまいましたね」
鳶色のスカートのポケットから取り出した薄手のハンカチで、恭司の服を拭いていく燐花。
「おっと……ありがとう、燐ちゃん!」
つま先立ちになって肩や髪を拭こうとする燐花に対して、屈んでくれる恭司。
その気遣いが嬉しくて、燐花は思わず柔らかく微笑む。それは、他の人には見せないような無防備な微笑み。
「自分で拭いても良いけれど、折角だからね」
(燐ちゃんに拭いてもらえるのは、少し恥ずかしいけれど嬉しい事だし)
微笑む燐花の目を見ながら、恭司が心の中でだけその言葉に続ける。
と、ふいに恭司が燐花の手を取った。
ただ、手を取った恭司がわずかながら目を丸くした。取った行動に自らが驚いたのだ。
「燐ちゃん、手が冷たくなっちゃってるね」
だから、その驚きを悟られないように、そう口にした。
「そこまで冷えては……」
ないです、と口にしたかったけれど、かすれるように声が消えた。こんな時どうしたらいいのかが分からなかったのだ。
ただ、普通の女の子であればもう少し可愛げのある反応が出来るのだろうかと思った。
(ちゃんと温めてあげないといけないから……仕方ないよね?)
恭司のその言い訳は、燐花に対してのものか、自分に対してのものか。なんにせよ、恭司には“誰かに対しての言い訳が必要”だった。
伝わる熱はとても優しい。
だから。
「雨、もう少し降っていてもいいかもしれませんね」
だから、その優しさがもう少しこの手に重なっていてもいいのではないかと思った。
「……そうだねぇ」
燐花の投げた言葉に曖昧に返す恭司。
好き合う関係ではない、なんと言えば分からないような曖昧な関係。
その曖昧な距離感のまま、恭司は雨があがるまで燐花の手を温めた。
髪の先からからポタポタと雫が滴り落ちた。
突然の雨に降られて、ひとまず道端で雨宿りをすることにしたものの、雨がじりじりと体温を奪っていく。
そうこうしているうちに、番傘を差した見慣れた顔が近づいてくる。親友の十夜 八重(CL2000122)だ。
「あれ? ……八重さん」
「ふふ、急な雨は困っちゃいますね?」
「傘の用意をしてへんかったからこの有様で。……っくしゅん! お恥ずかしいです」
椿 那由多(CL2001442)がくしゃみをすると、ふぁさぁ、とタオルがかけられる。
「風邪引いちゃいますよ?」
言いながら、かけたタオルで優しく拭いていく八重。
されるがままになっている那由多だが、その表情は柔らかく。
「ふふ、お家まで送りますよ?」
「うちは、ここで雨宿りしますから」
傘を差したまま那由多に寄り添おうとする八重だが、那由多はというと、遠慮して距離を置いてしまう。
「遠慮して離れちゃうと、私がはみ出て濡れちゃいますよ?」
「あかん、八重さんが濡れてしまう」
「じゃあ、傘へ入りましょう?」
「いえ、うちは大丈夫ですから」
何度か同じようなやりとりを交わし、最後には那由多が折れて送ってもらう流れになった。
「……ほな、遠慮なしに入れて貰いますね
「はい」
微笑みかける八重。」
それから2人で並んで、那由多の家へと向かって歩きはじめる。
「この雨の匂い、うち、好きなんです」
「雨の日は独特の匂いがしますよね」
草の匂い、土の匂い、それにコンクリートの匂いだって、雨の匂いの中にふわりと薫る。
その色々な匂いが、どうにも普段よりも近くに感じる。
「なんだか、世界が縮まった感じがしちゃいますね?」
言葉を交わしながら、親友と呼べる相手と2人で歩く。
雨に濡れないように寄り添うこの距離が。普段よりも縮まった距離が。お互いに口には出さないが、どうしようもなく嬉しいのだ。
●
天乃 カナタ(CL2001451)は雨が嫌いだ。
孤児院で育ったカナタは、自分が捨てられていた日のことを聞いたことがあるのだ。
雨の日に捨てられていたのだ、と。
「ここまで来たのはイイけどさ、どうやって帰ろうか」
何とはなしに街に繰り出したものの、今ではこの空模様だ。降り出した雨が髪を濡らしている。
ビニール傘を買うのもダルい、だからといって走って帰る気にもならない。
雨宿りなどは、それ以上に嫌だった。
「いっそ、ずぶ濡れになって帰ってやろうか」
などとつぶやき、ほくそ笑む。
カナタは分かりやすく言えばひねくれ者だ。
だからその方が、自分には合っている気がするのだ。
休日の雨の日など、昔の事ばかり思い出す。そのいずれもが嫌な記憶だったから、戦場に身を置いている方が気が楽だと言えた。
ふと雨の空を見上げる。
「いーや……このまま濡れて帰ろ」
そうして、施設の奴を困らせてやろう、と思った。
カナタの帰りを出迎えた人たちが、バタバタと慌てる場面を想像して、それが段々と面白くなってきたから、意地悪そうな笑みを浮かべながら歩くのだ。
ジメジメして嫌いだという者もいれば、雨の日にテンションが上がる者もいる。
傘も差さずに、もっと降れー! と思いながら道端を走っている少年。
それが切裂 ジャック(CL2001403)だ。
だだーっと勢いよく走っていたかと思えば、唐突にピタッと走るのをやめる。
「よくよく考えたら寒ぃわ」
と、それなりに雨に濡れてきたジャックの視界に入る、ポニーテールの女の子、鐡之蔵 禊(CL2000029)。
「そこのねーちゃん! 傘いれて!」
大声で呼びかけつつ、禊へ向かって走る。
「ちょっと!? なんでそんなところで雨に濡れてるのかな!?」
「いやあ、うっかり傘なくて。ていうか傘自体持ってねーっていうか!」
「風邪ひいちゃうよ?」
言って、雨がかからないように傘をジャックの頭上へ持っていく。
「雨好きだし、水行だし、ヘーキ!」
水行であること自体はとりあえず関係ないのだが。
まったく平気そうに見えなかったので、ジャックを手近な飲食店の軒先へ連れて行くと、傘を閉じる。
そしてバッグからタオルを取り出すとジャックの髪を拭きはじめる。
「拭いてくれるん……?」
「うん。ちょっとそのままでいてね」
「あ、俺女性に触られるの――」
「うん?」
禊の手が止まり、ジャックの髪から目へ視線を移して首を傾げる。
「まあ、いいか。なんでもない」
普段は女性に触れられるのを忌避しているジャックだが、好意は受け取ってこそと思い、言葉を飲み込む。
髪を拭き終えたら、次は顔を。それが終われば服を拭きはじめる。
「すまんなあ、でもなんか、嬉しい」
「どういたしまして」
嬉しい、と感謝の言葉をもらえば、禊も悪い気はしない。
ただ、問題が1つ解決していない。
(うーん。せっかく拭いたのに雨に濡れられるのも……)
そう、結局禊がここでお別れ、としてしまえばジャックはまた雨に濡れるのだろう。
おとなしくここで雨宿りしてくれそうか考えたが、どうにもそういう性格には見えない。そもそもそういう性格であればこの状況になるまで濡れてはいなかっただろう。
(ここは相合傘、かなぁ)
などと考えた直後、恥ずかしさで禊の顔が赤くなる。
でも緊急事態だし! と自分を納得させてジャックに聞いてみることにする。
「ああもぅ。家につくまで、傘に入っていく?」
「え、家まで送ってくれるん!? マジかよすげえ」
そこまで親切にしてくれるのか、と。これには感謝よりは驚きが勝る。
「代わりに! 私の方が身長低いから、ちゃんと持ってね!」
「勿論俺が傘を持つよ、いやあ感謝感謝」
ほんの少しの身長差だが、それを理由に傘を渡す禊。うつむき気味なその顔はまだほんのり赤い。
2人が雨の中を歩き出してしばらくした頃、ジャックがおもむろに口を開いた。
「なんかさ」
そして何を思ったか。
「恋人、みたいやねっ」
「な――っ」
ばばばっ、と音を立てて今すぐ距離を取りたい衝動に駆られるも、雨に濡れるわけにもいかない。
すれ違った人からもそういう風に見えていただろうか、なんて思ったら、なおさら恥ずかしくなってきた。
そうやって、ジャックが禊をからかっているうちに、ジャックの家に到着する。
ありがとな、と言って傘を渡すジャックだが、からかいたい気持ちを抑えられない。そもそも抑える気はないのだろうが。
「このまま家にあがってく? あ、でも食べられちゃうかもね、俺に!」
言って、悪戯っぽく禊に笑いかける。
「あ、あがらないっ!」
じゃあね! と言って傘を広げながら小走りに去っていく禊だった。
●
研究者である赤祢 維摩(CL2000884)は、この日も研究室に引きこもっていた。
パソコンモニターに向き合い、いつものように妖のデータをファイルに打ち込んでいく。最近府内に出現した妖の、分類、生息地、行動パターン、特徴、などなど。主な研究対象は妖だからだ。報告書を読み漁りながら、流れる動きでキーを叩いていく。
「雨か、鬱陶しいな」
先ほどまで、まばらに降っていた雨だが、だんだん勢いが強くなってきた。
このまま降り続けば、ジメジメとしてくる事は想像に難くない。そのことに少し機嫌を悪くして、ふん、と鼻を鳴らした。
「しかし、雨ならば来客がなくていい」
人間嫌いである維摩は、人が来ないのであればそれに越したことはないと思っていた。
「特に、新年早々元気が有り余る馬鹿程、度し難いものはない」
ドッタンドッタン。
その研究室に、明らかに人間の足音が響く。
「想像以上の馬鹿だったか」
人間の歩き方には癖がある。慣れてくれば足音だけで誰なのかを判別することは出来る。
「濡れた~……赤祢くんいるー?」
慣れ親しんだ声と足音。想像以上の馬鹿呼ばわりされたそれは、四月一日 四月二日(CL2000588)のものだ。
いや、四月二日はともかく、維摩が親しんで接したことは記憶にないが。
そして四月二日は部屋に向かうと、バーン、と勢いよくドアを開けた。
「ふん、濡れて三割増しに湿気た面だな」
顔を合わせるなり、維摩はこれだ。
「……湿気た面て。失礼だな、水も滴るイイ男に嫉妬ですかあ?」
「いい男? 馬鹿か、精々が船幽霊だろう。いや、ワカメの妖に見えるかもしれんな」
勢いの強くなった雨にやられ、ワカメの妖――もとい、四月二日はここへ雨宿りにきたのだった。
「ワカメ……天パいじり結構傷つくんだけど?」
そう言って身震いひとつ。
「酒買いに出たら急に降ってきてさあ。雨止むまで場所貸してよ、服乾かしてってイイ? あ、服は貸してくんなくてイイから。丈とか絶対足んねえし」
矢継ぎ早に口にした。
「ふん、騒いで水を撒き散らすな鬱陶しい」
と、棚からタオルを1枚引っ張り出して、四月二日へと投げた。
「タオルにしては痛……って石鹸入ってるし! 何、頭脳プレー?」
軽く髪を拭き、次いで、丁度いいからとそのままシャワーを貸りようとする四月二日。
「あ、そうだ。前に俺が買っといたビール残ってるよな?」
買ってきたかと思えば、勝手に冷蔵庫に入れていったものがあるのだ。自分の家でもないのに。
「ああ、あのビールか。さっさと飲んで全部始末してろよ、邪魔くさい。いい加減飽きてくる」
「……飽きてくるって……飲んでんのかよ! シャワー出たら飲みながら雨宿りな、付き合えよ?」
維摩の返答を待たぬまま、四月二日はシャワー室へ向かうのだった。
勢いを増して降り出した雨に、通常通りの営業ができるわけもなかったが、来るかもしれないお客さんのために店は開けておく。
フラワーカフェ『vengan todos』の店長、田場 義高(CL2001151)は、有り体に言って暇だった。
花に水をやり、手入れをしてしまえば、他にすることもない。
ただ、ぼんやりとした時間が過ぎていく。
雨の音に混じって聞こえるのは、カチッカチッという壁にかけられた時計の針の音だけ。
どれだけの時間が経過したか。
義高が時計を見れば、やることがなくなってからまだ30分も経っていない。
いっそ今日は店仕舞いでもいいか、と思い始めた頃、店の電話が鳴り出した。
「はい、フラワーカフェ――」
「おう、俺だ」
受話器を取って応対すれば、いやに聞き慣れた声。それは常連客で酒屋を営んでいる男からだ。
「お茶持ってこい」
「おいおい、ここは花屋だっての」
何か月かに1回、このやりとりをする。
つまり、このやりとりには意味がある。秘密の暗号というやつだ。
珍しい酒が入ったから飲まないか、という誘いなのだ。そして『おいおい、ここは花屋だっての』は、今から行くという意味だった。
「しょうがねぇな……」
と、わざとらしくぼやき、受話器を下ろす。
そして店の奥、生活スペースになっている居間へと顔を出すと、義高の奥さんにちょっくら出かけてくる、と告げる。
まさか酒を飲むために仕事を放って出かける、などと正直なことは言えない。
が、奥さんは笑顔で義高の耳を引っ張ると、また酒屋さんにいくのかい? なんて言うのだ。
それはそうだ。
何か月かに1回、同じやりとりがあれば、勘繰りもする。
勘ぐる状況が生まれれば、真実にもたどり着こうというものだ。それは、お客さんから聞き集めた話か、近所の人とした世間話から手にした情報か。
いずれにせよ、そんなことが許してもらえるわけもなく。
この日、田場家には雷が落ちた。
●
閑静な立地に、四葩庵というシェアハウスがある。
その、こんな雨の日にとてもよく馴染む名前の家に、麻弓 紡(CL2000623)は住んでいた。
そこへ、傘を差した賀茂 たまき(CL2000994)が訪れた。
「こんにちは。いらっしゃい」
「お邪魔しますね」
雨降りの昼下がり。
縁側でランチでも、と思っていたけれど、それは当然中止になり。
結果、四葩庵のリビングで室内ピクニックをしよう、という話になったのだった。
椅子に並んで腰かける2人。
まだ、それ程お料理が得意とは言えないので、と前置きをしながら、鞄からバスケットを取り出す。
開けば、ハムとレタスのサンドイッチに玉子のサンドイッチ、ポテトサラダに唐揚げに小さなおむすびが姿を見せる。
「わ、美味しそうっ」
「どうぞ、召し上がってください」
サンドイッチを手に取って口へ運ぶ紡と、緊張した様子でそれを見るたまき。
ひと口食べると、たまきの様子にくすりと笑って。
「美味しいよ、たまちゃん」
「あ、ありがとうございますっ」
「たまちゃんも食べよ?」
言われて、たまきも唐揚げをひとつ口にする。練習しはじめた頃より美味しく感じるそれは、友達と一緒に食べるからなのだろうか。今日はなおさら美味しく感じた。
そして2人は、話をしながら全部食べ終えて。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
片づけ始めたたまきに、ふいに紡が笑顔で言った。
「良いお嫁さんになりそうだね」
そう言われた瞬間、たまきは1人の男の子の姿を浮かべてしまい。
「い、いえ、お嫁さんなんてまだまだ……」
いじわるをしたつもりはまったく無くて。紡の素直な感想だった。
それから2人は、お互いのおすすめの本を交換して読み始めた。
たまきの手には、ファンタジー小説。奴隷だった少女と、美しい魔物の王様の、恋物語。
紡の手には、普段は読まない少女漫画。
読み終えた頃、2人ともが結構気に入ってしまって。紡は、続きや別のもあったら借りたいなぁー、なんて言うものだから、たまきも嬉しくなって今度持ってきますね、と返すのだ。
2人の傍らには、温かい緑茶に花びら餅、甘く煮たゴボウと白味噌餡の新年に食べる和菓子。読書の途中で紡の用意してくれたものだ。
優しい空気に満たされたリビング。雨の日の寒さも気にならないような、のんびりと流れる温かな時間。
軒先で雨宿りをしながら、困り顔で空を見上げている、黒いスーツの男がいた。
予想していたよりも幾分か降り始めが早い。
そして、少々の外出と油断したか。と、ひとりごちた。
如何したものか、と思考を巡らせはじめた頃、明朗快活な声が、スーツの男の名を呼んだ。
「頼蔵!」
声の主、天堂・フィオナ(CL2001421)は、傘を差したまま八重霞 頼蔵(CL2000693)に駆け寄ると、先ほどのように明るく話しかける。
「今日は寒いな! お仕事中かな?」
「そんな所だよ」
頼蔵は私立探偵だ。
だから、そう肯定されてしまえば、たしかにそう見えるものではあるが。
だがフィオナは、ひょっとして、と思い問いかけてみる。
「傘……お持ちでないのか?」
「……」
無言の肯定。
「大変だ! この寒さの上、雨にも濡れたら風邪まっしぐらだぞ!」
「この程度で病魔に冒される程、やわではないが」
「これ! 使ってくれ!」
逡巡すらせず、今まで差していた傘を差し出すフィオナ。
「傘はまた今度、別の日に返して貰えれば問題な――」
「何を言っているのかね、君は」
全部言い切る前に、頼蔵が言葉を発する。
かと思えば、はぁ、とため息をひとつ。
「善行は結構だが、君はどうする気だ」
言いながら傘を受け取り広げ、フィオナに翳してやる。
「行くぞ。この雨のあしは、待ってやるには長すぎる。」
「え!? ちょっと待って」
頼蔵を追うように、傘の中に飛び込んだフィオナ。
貸し出す気だったのに、結局2人で歩き出してしまった。
「身体を冷やして、また寝込まれても困るからな」
「……そういえば、そんな事もあったな……」
身体を冷やしてくしゃみをしていた過去の出来事に、恥ずかしくて俯くフィオナだが、せっかくのご厚意だからと甘えておくことにした。
「ありがとう」
左に並ぶフィオナからの感謝の言葉に、特に言葉を返すこともないのだが。
スーツの右肩が雨に濡れていることが、頼蔵の気持ちの現れだった。
●
窓の外の雨の音を聞きながら、いつもどおりに愛銃を分解し、掃除してまた組み立てる。
常に戦場でのことを考えているつもりはないが、普段の整備が戦場での安心と信用に繋がるのだ。
だから、時任・千陽(CL2000014)の日常は、全部が全部安穏とはしていない。
というよりは、そんな世界を築いていくための行為だ。
そして愛銃を丁寧にしまうと、もう1丁の銃を取り出した。
“南部大型自動拳銃・改二”
細身の銃把と、何度かの改造で大型化した銃身。色褪せた黒い色のそれは、ずしりという重さを手に伝える。
七星剣の軍人、その総帥から譲り受けたもの。
故にその重さは、単純に重量だけの話でもなかった。
「……こんなもの、使うつもりはないのですが」
それも当然だ。
『貴様は浅ましいテロリストだ』
これを譲り受けた相手に、千陽はそう言い放ったのだ。そしてその後、詫びと敬意という意味合いで贈られた。
複雑な経緯にため息をついた。
それから一呼吸の間を置いて、これの整備もしはじめた。
使うつもりがなくとも、整備すらないがしろにする気にはならなかったのだ。
普段使っているものではなく、かつ何度かの改造を施されたものだ。整備は予想以上に手間取った。
そして、やっと整備が終わらせるとこれをしまい、次いで読みかけの小説を棚から取ると、そのページをめくった。
レ・ミゼラブル。
いつか、愛とは何かと問われたことがあった。
友愛や、敬愛や、親愛。
千陽は誰かのそれらを護るために戦っているつもりだった。
だが、自分の愛とは何か。それをイメージしようとして、そして明確なビジョンを浮かべることができない。
その空虚さに再びため息をついた。
けれどそれを知るだけの時間はある。愛を記した小説へ視線を落とすと、話の続きを読み始めた。
雨音は嫌いではない。
むしろ心が落ち着くが故に、好みであった。
その心地よい雨音を耳にしながら、西荻 つばめ(CL2001243)は本棚に並んだ小説の中から、江戸川乱歩の本が並ぶ1画から、1冊を手に取る。
雨の日は、読書をすることにしているのだ。
木製の椅子に腰かけて、同じく木製の机に向かう。本を開けば、古い紙の香り。
読書に没頭してから、長い時間が経った。
顔を上げて窓を見やれば、未だ上がらぬ雨。
「外にも出掛けてみましょうか」
けれど、つばめは栞をはさみ、本を閉じる。
流れる動作で立ち上がり、本棚にそれを戻すと玄関へ向かった。
愛用の黒い編み上げブーツを履いて、玄関を開ける。
桜色の着物に、茜色の番傘。
まるで大正時代から現れたような少女の姿。
それは映画の1シーンのようでもある。
つばめは番傘を開くと、雨の中を歩き出す。ぽつぽつと降り続ける雨が、傘にはじかれる音すらも情緒がある。
「こうやって雨の中を歩くのも良いですわね」
誰に言うでもなく、視線を空にやり、雨空を見つめる。
こうやって傘を差して歩けば、新しい発見があるのだと思っている。
普段の晴れた日とは世界の見え方が違うのだ。ならば感じ方も違うはずだから。
そして今まで知らなかったものを見つけ出せた時は、無性に嬉しくなってしまうのだ。
「あら、雨が少し弱まってきたようですわ」
そして、しばらく歩いた頃、雨足が弱まってきた。
それからいくらもしないうちに、雨があがる。
傘を閉じて遠くの空へ目をやれば、そこには七色の橋が架かっている。
「虹の下には宝物が有ると言いますものね」
街を歩いたつばめは、いつしか街を軽く見下ろせる坂の上にいた。
だから、雲間から覗く陽光に照らされた虹の下へと視線を移す。
「ふふふ、ここから見る景色からは、彼処と彼処に宝物がある様ですわね」
まるで宝探しをする子供のような楽しそうな笑みを浮かべて、宝物のありそうな場所を夢想した。
これから少しずつ普段の景色が戻ってくる。
けれど、虹が架かっているのだ。
雨が上がったばかりの街。まだ普段の景色が返ってくるまでの時間、虹が消えるまでの長くはない時間だけでも、と。
つばめはもう少しだけ歩いてみることにした。
ぱらぱらと降り出した雨に、思わず空を仰いだ。そして灰色の雲を視界に入れると、御影・きせき(CL2001110)は、鞄の中から折り畳み傘を取り出した。
が、いざ開いてみれば、骨が3本折れている。
「うーん、どーしよー……」
いつ壊れたんだろうかと落胆しつつ、ないよりはましかな、と壊れた傘を差そうと思った直後。
「御影くん、だったよね?」
背中から投げられた聞き覚えのある声に振りむけば、傘を差した青年が立っていた。
「あ、戒都お兄さんだ!」
「どうしたのって……って、傘が壊れちゃったの?」
たれ目が印象的な片桐・戒都(CL2001498)の姿に、きせきが笑みを浮かべる。
2人は、F.i.V.E.の依頼で武術家の妖を相手に共闘したのだ。
きせきは戒都に手招きされて、傘へと入れてもらう。
戒都は、実の弟を溺愛しているブラコンだ。きせきに弟の姿を重ねてしまい、ついつい世話を焼きたくなってしまう。
けれど、弟は家出してしまったから、世話を焼きたくても焼けないのだ。だから尚更、弟に出来なかった世話を焼きたくなる。
「濡れたままだと風邪ひいちゃうよ?」
ハンカチを取り出すと、拭いてあげようかと逡巡するも、ぐっと堪えてハンカチを差し出すだけに留める。
ありがとう、と返して髪を拭くきせきを眺めながら、きせきに雨粒が落ちないよう、屈むようにして傘を傾けた。身長差があるから、そうしてあげないと濡れてしまうのだ。
その気遣いにきせきが嬉しそうに戒都へ笑顔を向ける。さらに、駅まで入れてってもらえたら嬉しいな、なんて口にするものだから、嬉しくなって、つい二つ返事で頷いてしまうのだ。
「これこれ、一回やってみたかったんだよね! 弟と!!」
ブラコンの戒都は弟と相合傘をやってみたかったから、弟を思い出させるきせきとそういう状況になっている今が幸せだ。
「戒都お兄さんには、弟さんがいるんだね」
きせきの表情が、ぱあっと明るくなる。
「弟さん、いいなー。そんなに構ってもらえて。僕は一人っ子だから弟さんが羨ましい。
そう口にするきせきだが、甘えられる人がいることが羨ましいのだ。
「うーん、俺はあんまり良いお兄ちゃんじゃなかったけどねー」
そうなの? と、きせきが首を傾げた頃、目的の駅へと到着してしまった。
傘から出て戒都に向き直る。
「またお話できたら嬉しいなー! 今度はちゃんと約束して遊ぼー!」
「もちろんだよ。今度は美味しい紅茶を、ご馳走させてね?」
戒都の言葉に頷くと、きせきは踵を返して改札へと向かった。
「何処かに行こうと思ってたけど、この雨じゃ延期だね」
炬燵に入りながら窓の外を眺めて、酒々井・千歳(CL2000407)はそう口にした。
「仕方ないですね。雪にはならないでしょうけど……」
千歳が自宅として借り受けている喫茶店、茂美路メトロの千歳の部屋。
肩を並べるようにして炬燵に入った水瀬 冬佳(CL2000762)が、同じように窓の外を眺めた。
せっかくの定休日だから何処かに出かけよう。そう約束していたはいいものの天気はご覧の有り様で。
「……雨の音を聞きながら過ごす静かな時間、実は結構好きだったりします」
「偶にはこうやってのんびりするのも悪くはないよね」
なんて言いながら千歳はお茶を一口すする。
「みかんでも食べるかい?」
「あ、はい。いただきます」
千歳は、まだ店長が出先から送って来た奴が段ボールに残ってるんだよねえ、とつぶやくと炬燵の中央に置かれているみかんに手を伸ばす。
そして皮を剥いたかと思うと。
「はい、冬佳さん。あーん」
みかんを一房指で摘まんでそれを冬佳の口元へと差し出す千歳。
「酒々井君……えっと……?」
笑顔のままの千歳と、それを見つめる冬佳。
冬佳は逡巡するものの、観念して差し出されたそれを口にする。
「ふふ、冬佳さんは可愛いねえ」
言って、冬佳の肩を抱き寄せる。
「……炬燵も暖かいけど、俺はこっちの方が好きだな」
「……もう」
気恥ずかしさに頬を染める冬佳だが、抱き寄せられるまま身を寄せる。
「……暖かい」
出かけることはさして重要ではない。2人でいるから良いのだ。
雨の日は、好きでもない……わけでもない。
これが向日葵 御菓子(CL2000429)の正直な思いだった。
特に楽器を扱う御菓子にとって、楽器に対しての雨はデリケートな問題で。音の響きやメンテナンスに普段以上の気を遣う厄介な話だった。
ただ、それはそれとして、雨に濡れる土の匂いや、雨音を聴きながら音楽に思いを馳せることは好きだった。
好きなものと、そうでないもの。雨の日はそれが共存しているのだ。
「お姉ちゃん、入るよ?」
「うん、いいよ結鹿ちゃん」
自室のドアをノックする音と、それに次いで投げかけられた声は、妹である菊坂 結鹿(CL2000432)のものだ。
雨の日の結鹿は、買い物にも行かずに、家で過ごす事が多い。濡れて洗濯物を増やしたくないからだ。
この日も例外ではなく、結鹿は一通りの家事を終えて、姉の部屋を訪れた。
結鹿が部屋に入ってまず見たのは、窓の外にコップを並べる御菓子の姿。
「何してるの?」
「まぁ、見てて」
言われて、御菓子のベッドにちょこん、と座る結鹿。
御菓子がコップを並べ終えたかと思うと、机の引き出しからまっさらな楽譜とペンを取り出した。
とん、とん、と空のコップの底を叩くような、雨水の落ちる音。
椅子に腰かけながら、御菓子はその音を楽譜に書き入れていく。
結鹿はその様子を見て、表情を緩ませた。
こんな雨の日でも、御菓子の部屋に来れば楽しいことがある。
退屈しなくていいという気持ちと、好きな姉と一緒にいられる心地よさ。
御菓子が楽譜を書き終えた頃、次第に雨水が溜まってきたコップが、ぴちゃん、ぴちゃん、と音を変える。
そして御菓子は部屋に置いてあるバイオリンを手にしたかと思えば、楽譜に合わせて弾きはじめ、その曲に合わせて結鹿が歌を口ずさむ。
いつしか結鹿は踊り出し、御菓子もバイオリンを置くと、結鹿に合わせるようにして踊りはじめた。
決して広すぎない部屋で、2人でステップを踏む。視線を交わせばお互いに笑ってしまったりして。こういう時間が楽しいのだ。
だから雨の日は、好きでもない……わけでもないのだ。
●
「雨が降るなんて聞いてない~っ」
聞いてないも何も、そもそも天気予報をチェックしていないのだが。
ともあれ、降り出した雨に工藤・奏空(CL2000955)は慌てて駆け出し、適当なお店へと飛び込んだ。
「はぁー」
安堵のため息をひとつ。
店内を見回せば、こじんまりとしていて、お客さんもぽつぽつとしかいない。おそらくは個人経営の喫茶店だろう。カントリー調の内装が落ち着いた印象を与えていた。
「へぇ……こんなところにこんなお店あったんだ」
おそらくマスターの奥さんであろう女性に案内され、窓際のテーブル席に着く奏空。
メニューを眺めるものの、おなかが空いて入ったわけではないし、食べ物のページを飛ばす。
「あ、ココアください」
注文すると、ほどなくして乳白色のマグカップに注がれたココアがテーブルに運ばれてきた。
カップにそっと口をつけてすする。身体にじんわりと温かさが広がってくる。
「んー……たまにはこんな風に何もなくこうしているのもいいかもね……」
覚者としてはそれなりに忙しい日々を過ごしている。のんびりするのも悪くない。
窓ガラスの向こう、雨の音に耳を傾けてみる。
時間が穏やかに流れていくような店の雰囲気がそうさせたのか。窓際に身体を寄せて、いつの間にかうとうとと眠ってしまって。
あどけない寝顔、無防備な姿。本当にそれは、何度も戦場に赴いた歴戦の戦士には見えない。
まるで、覚者でもなんでもない、普通の少年のよう。
「天気予報、外れちゃいましたね」
「今日は晴れだって聞いてたんだけれどねぇ……」
いつもの買い物帰り。今日は何を食べようか、なんて話をしながらスーパーを見て回り、買い物を終えて店を出たとたんに降り始めた雨。
慌てた2人は足早に帰途に就くものの、次第に勢いを増してきた雨に、これは雨宿りをするしかないかと結論付けて。
柳 燐花(CL2000695)と蘇我島 恭司(CL2001015)は、手近な店の軒先で雨があがるのを待つことにしたのだった。
「……まぁ、そんなに長くは降らないかな?」
手近な店とはいっても、それは臨時休業の電気屋さん。せめて営業していれば中へ入れるのだが、そういうわけにもいかず。かといって辺りは住宅街、マンションばかり。喫茶店でもあればありがたいのだが、この辺りにはそういった類の店がないのが残念だった。
「お互い、結構濡れてしまいましたね」
鳶色のスカートのポケットから取り出した薄手のハンカチで、恭司の服を拭いていく燐花。
「おっと……ありがとう、燐ちゃん!」
つま先立ちになって肩や髪を拭こうとする燐花に対して、屈んでくれる恭司。
その気遣いが嬉しくて、燐花は思わず柔らかく微笑む。それは、他の人には見せないような無防備な微笑み。
「自分で拭いても良いけれど、折角だからね」
(燐ちゃんに拭いてもらえるのは、少し恥ずかしいけれど嬉しい事だし)
微笑む燐花の目を見ながら、恭司が心の中でだけその言葉に続ける。
と、ふいに恭司が燐花の手を取った。
ただ、手を取った恭司がわずかながら目を丸くした。取った行動に自らが驚いたのだ。
「燐ちゃん、手が冷たくなっちゃってるね」
だから、その驚きを悟られないように、そう口にした。
「そこまで冷えては……」
ないです、と口にしたかったけれど、かすれるように声が消えた。こんな時どうしたらいいのかが分からなかったのだ。
ただ、普通の女の子であればもう少し可愛げのある反応が出来るのだろうかと思った。
(ちゃんと温めてあげないといけないから……仕方ないよね?)
恭司のその言い訳は、燐花に対してのものか、自分に対してのものか。なんにせよ、恭司には“誰かに対しての言い訳が必要”だった。
伝わる熱はとても優しい。
だから。
「雨、もう少し降っていてもいいかもしれませんね」
だから、その優しさがもう少しこの手に重なっていてもいいのではないかと思った。
「……そうだねぇ」
燐花の投げた言葉に曖昧に返す恭司。
好き合う関係ではない、なんと言えば分からないような曖昧な関係。
その曖昧な距離感のまま、恭司は雨があがるまで燐花の手を温めた。
髪の先からからポタポタと雫が滴り落ちた。
突然の雨に降られて、ひとまず道端で雨宿りをすることにしたものの、雨がじりじりと体温を奪っていく。
そうこうしているうちに、番傘を差した見慣れた顔が近づいてくる。親友の十夜 八重(CL2000122)だ。
「あれ? ……八重さん」
「ふふ、急な雨は困っちゃいますね?」
「傘の用意をしてへんかったからこの有様で。……っくしゅん! お恥ずかしいです」
椿 那由多(CL2001442)がくしゃみをすると、ふぁさぁ、とタオルがかけられる。
「風邪引いちゃいますよ?」
言いながら、かけたタオルで優しく拭いていく八重。
されるがままになっている那由多だが、その表情は柔らかく。
「ふふ、お家まで送りますよ?」
「うちは、ここで雨宿りしますから」
傘を差したまま那由多に寄り添おうとする八重だが、那由多はというと、遠慮して距離を置いてしまう。
「遠慮して離れちゃうと、私がはみ出て濡れちゃいますよ?」
「あかん、八重さんが濡れてしまう」
「じゃあ、傘へ入りましょう?」
「いえ、うちは大丈夫ですから」
何度か同じようなやりとりを交わし、最後には那由多が折れて送ってもらう流れになった。
「……ほな、遠慮なしに入れて貰いますね
「はい」
微笑みかける八重。」
それから2人で並んで、那由多の家へと向かって歩きはじめる。
「この雨の匂い、うち、好きなんです」
「雨の日は独特の匂いがしますよね」
草の匂い、土の匂い、それにコンクリートの匂いだって、雨の匂いの中にふわりと薫る。
その色々な匂いが、どうにも普段よりも近くに感じる。
「なんだか、世界が縮まった感じがしちゃいますね?」
言葉を交わしながら、親友と呼べる相手と2人で歩く。
雨に濡れないように寄り添うこの距離が。普段よりも縮まった距離が。お互いに口には出さないが、どうしようもなく嬉しいのだ。
●
天乃 カナタ(CL2001451)は雨が嫌いだ。
孤児院で育ったカナタは、自分が捨てられていた日のことを聞いたことがあるのだ。
雨の日に捨てられていたのだ、と。
「ここまで来たのはイイけどさ、どうやって帰ろうか」
何とはなしに街に繰り出したものの、今ではこの空模様だ。降り出した雨が髪を濡らしている。
ビニール傘を買うのもダルい、だからといって走って帰る気にもならない。
雨宿りなどは、それ以上に嫌だった。
「いっそ、ずぶ濡れになって帰ってやろうか」
などとつぶやき、ほくそ笑む。
カナタは分かりやすく言えばひねくれ者だ。
だからその方が、自分には合っている気がするのだ。
休日の雨の日など、昔の事ばかり思い出す。そのいずれもが嫌な記憶だったから、戦場に身を置いている方が気が楽だと言えた。
ふと雨の空を見上げる。
「いーや……このまま濡れて帰ろ」
そうして、施設の奴を困らせてやろう、と思った。
カナタの帰りを出迎えた人たちが、バタバタと慌てる場面を想像して、それが段々と面白くなってきたから、意地悪そうな笑みを浮かべながら歩くのだ。
ジメジメして嫌いだという者もいれば、雨の日にテンションが上がる者もいる。
傘も差さずに、もっと降れー! と思いながら道端を走っている少年。
それが切裂 ジャック(CL2001403)だ。
だだーっと勢いよく走っていたかと思えば、唐突にピタッと走るのをやめる。
「よくよく考えたら寒ぃわ」
と、それなりに雨に濡れてきたジャックの視界に入る、ポニーテールの女の子、鐡之蔵 禊(CL2000029)。
「そこのねーちゃん! 傘いれて!」
大声で呼びかけつつ、禊へ向かって走る。
「ちょっと!? なんでそんなところで雨に濡れてるのかな!?」
「いやあ、うっかり傘なくて。ていうか傘自体持ってねーっていうか!」
「風邪ひいちゃうよ?」
言って、雨がかからないように傘をジャックの頭上へ持っていく。
「雨好きだし、水行だし、ヘーキ!」
水行であること自体はとりあえず関係ないのだが。
まったく平気そうに見えなかったので、ジャックを手近な飲食店の軒先へ連れて行くと、傘を閉じる。
そしてバッグからタオルを取り出すとジャックの髪を拭きはじめる。
「拭いてくれるん……?」
「うん。ちょっとそのままでいてね」
「あ、俺女性に触られるの――」
「うん?」
禊の手が止まり、ジャックの髪から目へ視線を移して首を傾げる。
「まあ、いいか。なんでもない」
普段は女性に触れられるのを忌避しているジャックだが、好意は受け取ってこそと思い、言葉を飲み込む。
髪を拭き終えたら、次は顔を。それが終われば服を拭きはじめる。
「すまんなあ、でもなんか、嬉しい」
「どういたしまして」
嬉しい、と感謝の言葉をもらえば、禊も悪い気はしない。
ただ、問題が1つ解決していない。
(うーん。せっかく拭いたのに雨に濡れられるのも……)
そう、結局禊がここでお別れ、としてしまえばジャックはまた雨に濡れるのだろう。
おとなしくここで雨宿りしてくれそうか考えたが、どうにもそういう性格には見えない。そもそもそういう性格であればこの状況になるまで濡れてはいなかっただろう。
(ここは相合傘、かなぁ)
などと考えた直後、恥ずかしさで禊の顔が赤くなる。
でも緊急事態だし! と自分を納得させてジャックに聞いてみることにする。
「ああもぅ。家につくまで、傘に入っていく?」
「え、家まで送ってくれるん!? マジかよすげえ」
そこまで親切にしてくれるのか、と。これには感謝よりは驚きが勝る。
「代わりに! 私の方が身長低いから、ちゃんと持ってね!」
「勿論俺が傘を持つよ、いやあ感謝感謝」
ほんの少しの身長差だが、それを理由に傘を渡す禊。うつむき気味なその顔はまだほんのり赤い。
2人が雨の中を歩き出してしばらくした頃、ジャックがおもむろに口を開いた。
「なんかさ」
そして何を思ったか。
「恋人、みたいやねっ」
「な――っ」
ばばばっ、と音を立てて今すぐ距離を取りたい衝動に駆られるも、雨に濡れるわけにもいかない。
すれ違った人からもそういう風に見えていただろうか、なんて思ったら、なおさら恥ずかしくなってきた。
そうやって、ジャックが禊をからかっているうちに、ジャックの家に到着する。
ありがとな、と言って傘を渡すジャックだが、からかいたい気持ちを抑えられない。そもそも抑える気はないのだろうが。
「このまま家にあがってく? あ、でも食べられちゃうかもね、俺に!」
言って、悪戯っぽく禊に笑いかける。
「あ、あがらないっ!」
じゃあね! と言って傘を広げながら小走りに去っていく禊だった。
●
研究者である赤祢 維摩(CL2000884)は、この日も研究室に引きこもっていた。
パソコンモニターに向き合い、いつものように妖のデータをファイルに打ち込んでいく。最近府内に出現した妖の、分類、生息地、行動パターン、特徴、などなど。主な研究対象は妖だからだ。報告書を読み漁りながら、流れる動きでキーを叩いていく。
「雨か、鬱陶しいな」
先ほどまで、まばらに降っていた雨だが、だんだん勢いが強くなってきた。
このまま降り続けば、ジメジメとしてくる事は想像に難くない。そのことに少し機嫌を悪くして、ふん、と鼻を鳴らした。
「しかし、雨ならば来客がなくていい」
人間嫌いである維摩は、人が来ないのであればそれに越したことはないと思っていた。
「特に、新年早々元気が有り余る馬鹿程、度し難いものはない」
ドッタンドッタン。
その研究室に、明らかに人間の足音が響く。
「想像以上の馬鹿だったか」
人間の歩き方には癖がある。慣れてくれば足音だけで誰なのかを判別することは出来る。
「濡れた~……赤祢くんいるー?」
慣れ親しんだ声と足音。想像以上の馬鹿呼ばわりされたそれは、四月一日 四月二日(CL2000588)のものだ。
いや、四月二日はともかく、維摩が親しんで接したことは記憶にないが。
そして四月二日は部屋に向かうと、バーン、と勢いよくドアを開けた。
「ふん、濡れて三割増しに湿気た面だな」
顔を合わせるなり、維摩はこれだ。
「……湿気た面て。失礼だな、水も滴るイイ男に嫉妬ですかあ?」
「いい男? 馬鹿か、精々が船幽霊だろう。いや、ワカメの妖に見えるかもしれんな」
勢いの強くなった雨にやられ、ワカメの妖――もとい、四月二日はここへ雨宿りにきたのだった。
「ワカメ……天パいじり結構傷つくんだけど?」
そう言って身震いひとつ。
「酒買いに出たら急に降ってきてさあ。雨止むまで場所貸してよ、服乾かしてってイイ? あ、服は貸してくんなくてイイから。丈とか絶対足んねえし」
矢継ぎ早に口にした。
「ふん、騒いで水を撒き散らすな鬱陶しい」
と、棚からタオルを1枚引っ張り出して、四月二日へと投げた。
「タオルにしては痛……って石鹸入ってるし! 何、頭脳プレー?」
軽く髪を拭き、次いで、丁度いいからとそのままシャワーを貸りようとする四月二日。
「あ、そうだ。前に俺が買っといたビール残ってるよな?」
買ってきたかと思えば、勝手に冷蔵庫に入れていったものがあるのだ。自分の家でもないのに。
「ああ、あのビールか。さっさと飲んで全部始末してろよ、邪魔くさい。いい加減飽きてくる」
「……飽きてくるって……飲んでんのかよ! シャワー出たら飲みながら雨宿りな、付き合えよ?」
維摩の返答を待たぬまま、四月二日はシャワー室へ向かうのだった。
勢いを増して降り出した雨に、通常通りの営業ができるわけもなかったが、来るかもしれないお客さんのために店は開けておく。
フラワーカフェ『vengan todos』の店長、田場 義高(CL2001151)は、有り体に言って暇だった。
花に水をやり、手入れをしてしまえば、他にすることもない。
ただ、ぼんやりとした時間が過ぎていく。
雨の音に混じって聞こえるのは、カチッカチッという壁にかけられた時計の針の音だけ。
どれだけの時間が経過したか。
義高が時計を見れば、やることがなくなってからまだ30分も経っていない。
いっそ今日は店仕舞いでもいいか、と思い始めた頃、店の電話が鳴り出した。
「はい、フラワーカフェ――」
「おう、俺だ」
受話器を取って応対すれば、いやに聞き慣れた声。それは常連客で酒屋を営んでいる男からだ。
「お茶持ってこい」
「おいおい、ここは花屋だっての」
何か月かに1回、このやりとりをする。
つまり、このやりとりには意味がある。秘密の暗号というやつだ。
珍しい酒が入ったから飲まないか、という誘いなのだ。そして『おいおい、ここは花屋だっての』は、今から行くという意味だった。
「しょうがねぇな……」
と、わざとらしくぼやき、受話器を下ろす。
そして店の奥、生活スペースになっている居間へと顔を出すと、義高の奥さんにちょっくら出かけてくる、と告げる。
まさか酒を飲むために仕事を放って出かける、などと正直なことは言えない。
が、奥さんは笑顔で義高の耳を引っ張ると、また酒屋さんにいくのかい? なんて言うのだ。
それはそうだ。
何か月かに1回、同じやりとりがあれば、勘繰りもする。
勘ぐる状況が生まれれば、真実にもたどり着こうというものだ。それは、お客さんから聞き集めた話か、近所の人とした世間話から手にした情報か。
いずれにせよ、そんなことが許してもらえるわけもなく。
この日、田場家には雷が落ちた。
●
閑静な立地に、四葩庵というシェアハウスがある。
その、こんな雨の日にとてもよく馴染む名前の家に、麻弓 紡(CL2000623)は住んでいた。
そこへ、傘を差した賀茂 たまき(CL2000994)が訪れた。
「こんにちは。いらっしゃい」
「お邪魔しますね」
雨降りの昼下がり。
縁側でランチでも、と思っていたけれど、それは当然中止になり。
結果、四葩庵のリビングで室内ピクニックをしよう、という話になったのだった。
椅子に並んで腰かける2人。
まだ、それ程お料理が得意とは言えないので、と前置きをしながら、鞄からバスケットを取り出す。
開けば、ハムとレタスのサンドイッチに玉子のサンドイッチ、ポテトサラダに唐揚げに小さなおむすびが姿を見せる。
「わ、美味しそうっ」
「どうぞ、召し上がってください」
サンドイッチを手に取って口へ運ぶ紡と、緊張した様子でそれを見るたまき。
ひと口食べると、たまきの様子にくすりと笑って。
「美味しいよ、たまちゃん」
「あ、ありがとうございますっ」
「たまちゃんも食べよ?」
言われて、たまきも唐揚げをひとつ口にする。練習しはじめた頃より美味しく感じるそれは、友達と一緒に食べるからなのだろうか。今日はなおさら美味しく感じた。
そして2人は、話をしながら全部食べ終えて。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
片づけ始めたたまきに、ふいに紡が笑顔で言った。
「良いお嫁さんになりそうだね」
そう言われた瞬間、たまきは1人の男の子の姿を浮かべてしまい。
「い、いえ、お嫁さんなんてまだまだ……」
いじわるをしたつもりはまったく無くて。紡の素直な感想だった。
それから2人は、お互いのおすすめの本を交換して読み始めた。
たまきの手には、ファンタジー小説。奴隷だった少女と、美しい魔物の王様の、恋物語。
紡の手には、普段は読まない少女漫画。
読み終えた頃、2人ともが結構気に入ってしまって。紡は、続きや別のもあったら借りたいなぁー、なんて言うものだから、たまきも嬉しくなって今度持ってきますね、と返すのだ。
2人の傍らには、温かい緑茶に花びら餅、甘く煮たゴボウと白味噌餡の新年に食べる和菓子。読書の途中で紡の用意してくれたものだ。
優しい空気に満たされたリビング。雨の日の寒さも気にならないような、のんびりと流れる温かな時間。
軒先で雨宿りをしながら、困り顔で空を見上げている、黒いスーツの男がいた。
予想していたよりも幾分か降り始めが早い。
そして、少々の外出と油断したか。と、ひとりごちた。
如何したものか、と思考を巡らせはじめた頃、明朗快活な声が、スーツの男の名を呼んだ。
「頼蔵!」
声の主、天堂・フィオナ(CL2001421)は、傘を差したまま八重霞 頼蔵(CL2000693)に駆け寄ると、先ほどのように明るく話しかける。
「今日は寒いな! お仕事中かな?」
「そんな所だよ」
頼蔵は私立探偵だ。
だから、そう肯定されてしまえば、たしかにそう見えるものではあるが。
だがフィオナは、ひょっとして、と思い問いかけてみる。
「傘……お持ちでないのか?」
「……」
無言の肯定。
「大変だ! この寒さの上、雨にも濡れたら風邪まっしぐらだぞ!」
「この程度で病魔に冒される程、やわではないが」
「これ! 使ってくれ!」
逡巡すらせず、今まで差していた傘を差し出すフィオナ。
「傘はまた今度、別の日に返して貰えれば問題な――」
「何を言っているのかね、君は」
全部言い切る前に、頼蔵が言葉を発する。
かと思えば、はぁ、とため息をひとつ。
「善行は結構だが、君はどうする気だ」
言いながら傘を受け取り広げ、フィオナに翳してやる。
「行くぞ。この雨のあしは、待ってやるには長すぎる。」
「え!? ちょっと待って」
頼蔵を追うように、傘の中に飛び込んだフィオナ。
貸し出す気だったのに、結局2人で歩き出してしまった。
「身体を冷やして、また寝込まれても困るからな」
「……そういえば、そんな事もあったな……」
身体を冷やしてくしゃみをしていた過去の出来事に、恥ずかしくて俯くフィオナだが、せっかくのご厚意だからと甘えておくことにした。
「ありがとう」
左に並ぶフィオナからの感謝の言葉に、特に言葉を返すこともないのだが。
スーツの右肩が雨に濡れていることが、頼蔵の気持ちの現れだった。
●
窓の外の雨の音を聞きながら、いつもどおりに愛銃を分解し、掃除してまた組み立てる。
常に戦場でのことを考えているつもりはないが、普段の整備が戦場での安心と信用に繋がるのだ。
だから、時任・千陽(CL2000014)の日常は、全部が全部安穏とはしていない。
というよりは、そんな世界を築いていくための行為だ。
そして愛銃を丁寧にしまうと、もう1丁の銃を取り出した。
“南部大型自動拳銃・改二”
細身の銃把と、何度かの改造で大型化した銃身。色褪せた黒い色のそれは、ずしりという重さを手に伝える。
七星剣の軍人、その総帥から譲り受けたもの。
故にその重さは、単純に重量だけの話でもなかった。
「……こんなもの、使うつもりはないのですが」
それも当然だ。
『貴様は浅ましいテロリストだ』
これを譲り受けた相手に、千陽はそう言い放ったのだ。そしてその後、詫びと敬意という意味合いで贈られた。
複雑な経緯にため息をついた。
それから一呼吸の間を置いて、これの整備もしはじめた。
使うつもりがなくとも、整備すらないがしろにする気にはならなかったのだ。
普段使っているものではなく、かつ何度かの改造を施されたものだ。整備は予想以上に手間取った。
そして、やっと整備が終わらせるとこれをしまい、次いで読みかけの小説を棚から取ると、そのページをめくった。
レ・ミゼラブル。
いつか、愛とは何かと問われたことがあった。
友愛や、敬愛や、親愛。
千陽は誰かのそれらを護るために戦っているつもりだった。
だが、自分の愛とは何か。それをイメージしようとして、そして明確なビジョンを浮かべることができない。
その空虚さに再びため息をついた。
けれどそれを知るだけの時間はある。愛を記した小説へ視線を落とすと、話の続きを読み始めた。
雨音は嫌いではない。
むしろ心が落ち着くが故に、好みであった。
その心地よい雨音を耳にしながら、西荻 つばめ(CL2001243)は本棚に並んだ小説の中から、江戸川乱歩の本が並ぶ1画から、1冊を手に取る。
雨の日は、読書をすることにしているのだ。
木製の椅子に腰かけて、同じく木製の机に向かう。本を開けば、古い紙の香り。
読書に没頭してから、長い時間が経った。
顔を上げて窓を見やれば、未だ上がらぬ雨。
「外にも出掛けてみましょうか」
けれど、つばめは栞をはさみ、本を閉じる。
流れる動作で立ち上がり、本棚にそれを戻すと玄関へ向かった。
愛用の黒い編み上げブーツを履いて、玄関を開ける。
桜色の着物に、茜色の番傘。
まるで大正時代から現れたような少女の姿。
それは映画の1シーンのようでもある。
つばめは番傘を開くと、雨の中を歩き出す。ぽつぽつと降り続ける雨が、傘にはじかれる音すらも情緒がある。
「こうやって雨の中を歩くのも良いですわね」
誰に言うでもなく、視線を空にやり、雨空を見つめる。
こうやって傘を差して歩けば、新しい発見があるのだと思っている。
普段の晴れた日とは世界の見え方が違うのだ。ならば感じ方も違うはずだから。
そして今まで知らなかったものを見つけ出せた時は、無性に嬉しくなってしまうのだ。
「あら、雨が少し弱まってきたようですわ」
そして、しばらく歩いた頃、雨足が弱まってきた。
それからいくらもしないうちに、雨があがる。
傘を閉じて遠くの空へ目をやれば、そこには七色の橋が架かっている。
「虹の下には宝物が有ると言いますものね」
街を歩いたつばめは、いつしか街を軽く見下ろせる坂の上にいた。
だから、雲間から覗く陽光に照らされた虹の下へと視線を移す。
「ふふふ、ここから見る景色からは、彼処と彼処に宝物がある様ですわね」
まるで宝探しをする子供のような楽しそうな笑みを浮かべて、宝物のありそうな場所を夢想した。
これから少しずつ普段の景色が戻ってくる。
けれど、虹が架かっているのだ。
雨が上がったばかりの街。まだ普段の景色が返ってくるまでの時間、虹が消えるまでの長くはない時間だけでも、と。
つばめはもう少しだけ歩いてみることにした。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし
