名も知れぬ男が戦を求めてる
名も知れぬ男が戦を求めてる


●戦場に立つ『男』
 今は昔、戦国と呼ばれた乱世の時代。
 甲冑を着た人間が武装して襲い掛かってくる戦場において、無双を誇った男がいた。
 武家ではないその男は最低限の具足のみで戦場に放り出され、徒手空拳で敵を葬ったという。
 破竹の勢いで戦場を勝ち進むその男の命を絶ったのは、皮肉にも背中から放たれた矢だった。活躍に嫉妬した味方か、武家でない者が勲功をあげるのが望ましくないという判断か。ともあれその男は歴史に名を遺すことなく、そしてその技術も誰にも伝えることなく朽ち果てた。
「無念。だがこれも戦場の理か」
 男は潰える瞬間、そう呟いたと言う。

 そして時は流れ、現在。
 かつて戦場だった場所に、一体の心霊系妖が現れる――

●FiVE
「お察しの通り、この心霊系妖はその『男』の霊だ」
 久方 相馬(nCL2000004)は集まった覚者の前で説明を開始する。歴史にも残らなかった男の来歴を知れたのは、夢見の能力所以か。
「『男』の記憶や人格はそこにはない。当時の体術を持ったまま、妖の強さを得ている」
 武器を持たないとはいえ、相手は妖だ。油断はできない。多人数が入り乱れる戦場での武技を駆使し、隙あらば一撃必殺の拳を叩き込んでくる。
「幸運な事と言えば、相手は一体だ。連携だって戦えば負けることはないさ」
 相馬は肩の息を抜くように覚者達に言う。猪のように突撃する兵士と、妖退治のために連携を取る覚者は質が違う。何よりも『男』には戦闘経験と呼ばれる物がない。ただ我武者羅に近くにいる者に攻撃をするだけの存在だ。
 覚者達は顔を見合わせ、会議室を出た。



■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:どくどく
■成功条件
1.『男』の打破
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 年の瀬に純戦を。

●敵情報
『男』(×1)
 心霊系妖。ランク2。物理系に強く、特殊系に弱い構成。
 歴史に埋もれた格闘家です。名前すらわかりません。年齢はおそらく二十に届くか否かぐらい。胸と手足を守る具足をつけた男です。背中に矢が刺さっており、鬼気迫る表情で攻撃してきます。

 攻撃方法
 風車 物近単  高速の背負い投げです。呼吸を乱し、意識を刈り取ります〔致命〕〔痺れ〕〔格闘〕
 六車 物近列  流れるような連打で周囲の敵を打ちます。〔格闘〕
 寝車 物近単  相手に倒れ込み、急所を肘で突いてとどめを刺します。〔必殺〕〔格闘〕

●場所情報
 開けた草原。周囲には建物もありません。時刻は昼。足場や広さなどは戦闘に影響なし。
 戦闘開始時の距離は十メートルとします。事前付与は一度だけ可能。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年12月20日

■メイン参加者 8人■

『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『影を断つ刃』
御影・きせき(CL2001110)
『豪炎の龍』
華神 悠乃(CL2000231)
『残念な男』
片桐・戒都(CL2001498)


「戦国か。オレの前世とやらは、もう少し遡りそうな気もするが……」
 目の前の妖を見ながら『侵掠如火』坂上 懐良(CL2000523)は思考に耽る。戦場で己を鍛えた武術家。それは戦場を経て積み上げられた兵法と等しいものがある。共に戦いを重ねて築き上げられたモノ。
「戦国時代の武術家! 現代に蘇った甲冑組討術! これはもう、現代の武術家への挑戦状だな!」
 手のひらを拳で叩き、『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)は気合を入れた。戦う事が大好きな遥は、武術に強い興味がある。『男』本人ではない妖だが、それは気にする要因ではなかった。強い相手がいる。それで十分だ。
「こういう相手にはほんとに胸が躍りますね」
 腰を落として『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)が神具を構える。小唄もまた強い相手と戦えることに喜びを感じていた。私欲のために背中から撃たれたのは、実にもったいない。
「色々欠けてるとはいえ、歴史に埋もれたもののふと対戦できるなんてね」
『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)は柔軟体操をしながら笑みを浮かべる。自分達の身長よりも一回り小さな男。構えは現代の格闘技で言えば柔術に近いものだ。夢見から聞いてはいたが、実際に目にすると情報は鮮明になる。
「生前に会えてたら、1対1で勝負とかしてみたかったなー」
 双刀を手にして『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)が笑みを浮かべる。『男』が覚者であったかどうかはわからないが、それでも楽しい戦いはできただろう。そしてこれから始まるバトルに、きせきは心躍らせていた。
「男ならタイマン勝負とか憧れるよね! ……まぁ、人には向き不向きっていうのがあるけどね」
 視線をそらして『残念な男』片桐・戒都(CL2001498)が頬を書く。医療を学ぶ戒都は殴ったりするのは苦手だ。タイマンバトルは不向きと言えよう。だが男らしさは理解できる。そして男らしい兄は頼られる。そう思うとやってみたくもあった。
「正面から思いっきり相手してやれば、このにーちゃんの無念を少しでも晴らしてやれるかな?」
 背に刺さった矢を見ながら『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)はそんなことを口にする。味方の矢によって殺された『男』。妖になったのは、それなりの無念があったからだろうか。それを晴らすことが出来るのは、やはり戦いによってのみだ。
「そうですね。彼に取って必要なのは、彼を倒せるほどの『敵』であること。それだけでしょう」
 静かに『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)が言う。元となった『男』の無念。それがこの妖を引き起こしたというのなら、やはり武術家として死なせてあげるのが礼儀なのだろう。
『男』が動く。何も喋らないのはランク2だからか、元からそういった性格だからか。覚者達を『敵』と見なし、腰を低くして迫ってくる。
 覚者達は神具を構え、戦場に挑む。


「先手はもらうぜ」
 真っ先に動いたのは懐良だ。拙速は巧遅に如かず。あらゆる兵法において『先手』というのはそれなりの意味がある。相手が戦略を組み立てるよりも早く主導権を手にする。兵法家にとって、戦いとはその段階から始まっているのだ。
 カウンターの構えを取り、刀を構える懐良。源素の炎を放つ術式と、二連の斬撃。どちらが効率よく攻められるかを調べるために。敵に合わせて戦い方を変えるのが兵法。『男』とてそれを卑怯と罵りはしないだろう。武術も兵法も、勝つことが目的なのだから。
「成程。刀で攻めた方がよさそうだ」
「だよねー。体術の方が防御力が高いのは確かだけど」
 きせきは妖の防御力を調べながら、うんうんと頷いた。心霊系妖は物理攻撃に強い。刀などの攻撃にある程度の防御力があるが、覚者の攻撃はそれを上回る。術式が苦手なきせきなら、刀で攻める方がいい。
 両手に『世界刀・奈落』を握りしめ、妖と距離を取って攻める。どこかリラックスしているのは、戦いを楽しんでいるからか、あるいは戦いをゲームのように見ているからか。間合に入った妖に左右の刀で回転するように切りかかる。
「すごいすごい! 今の攻撃は自信があったのに!」
「名乗りは要らないよね! 目一杯戦おう!」
 拳を構え、小唄が妖に迫る。心霊系妖に物理的な打撃が効きづらいことは承知している。それでもこの妖には拳で挑みたい。相手は自分よりも少し大きいぐらいの体格だが、何処から攻めても受け止められそうだ。そんな錯覚を覚えた。
 小唄は意識を戦いに集中する。相手の動きに集中しながら、間合いを詰めていく。自分の拳が届く範囲は理解している。その間合に相手が入ったのを感知した瞬間に拳を突き出した。一撃では終わらない。流れるように繰り出される二撃目が妖を打つ。
「全力で相手します!」
「そうね。現代の格闘家として負けてられないわ」
 悠乃は闘志を燃やしながら、相手の観察を怠らない。柔道は乱戦に適さない。相手を『掴む』という動作は隙を生み、寝技に至っては与している相手以外に背中を晒すことになる。だがそれでも無敗だったという事は、根本が柔道と違うという事だ。それを見なくては。
『幻想発現・人中驪竜』に炎を纏わせ、打撃を加えていく悠乃。基本はボクシング。隙あらばグラップリング。源素の炎を体内で燃やし、その力を格闘術に乗せて妖に挑む。投げに来た妖に振り下ろすように拳を叩きつける。確かな感触が神具を通じて伝わってきた。
「転倒した時の受け身も現代のと違う。『転がる』ことで衝撃を逃がしてるんだ」
「実戦向きってやつだな!」
 悠乃の解析に笑みを浮かべる遥。妖の動きは戦場で培われた格闘術だ。効率よくダメージを減らす。その為の動きなのだ。空手にはない動きに、握っている拳に力がこもる。自分の力がどれだけ通用するか。一秒でも早く試してみたい。
 遥の握った拳からかすかな光が漏れる。それは精霊顕現の紋様の光。そこに源素を集め、構えを取った。呼吸。姿勢。力の入れ具合。空手の動きは体に染みついている。闘争心のままに相手に迫り、ただ真っ直ぐに源素を乗せた拳を振るう。
「小唄や悠乃さんにも負けらんねえ。空手代表として、気合入れてくぜ!」
「私は武術家ではありませんが、貴方の敵です」
 黄金のトンファーブレイドを構え、クーが迫る。クーの格闘スタイルは我流だ。両方の手にトンファーブレイドを手にし、脚技を加えて効率よく相手を追い詰める。きちんとした流派の武術ではない。故に武の誉れは分からない。
 妖の手を刃で弾きながら、しかし逃げることなく全力で相手に挑む。武術家の誉れは知らない。だがこの『男』が散るなら背後からの矢ではなく武技で。それは武に対する礼。この一撃は『男』への手向け。誉は知らずとも、礼はそこにあった。
「二度と目覚めることのないよう、全力でお相手します」
「さあ、来い。正面から受け止めてやる」
 飛馬は妖の真正面に立ち、二本の刀を構える。水の加護と、戦巫女の恩恵、海を守り続けた古妖と巫女の炎の加護。そして何よりも巖心流の名。飛馬が持つそれら全てをもって、妖を真正面から受け止める。
 迫る妖を刀で迎撃する飛馬。だが身を低くして刀を避けた妖に懐に入るのを許してしまう。投げられる。思うより先に体は動いていた。刀の柄で妖の顎をはね上げ、そのまま押し返す。祖父の教えがなければ、あのまま投げられていただろう。
「あぶねー。でも、防いだぜ!」
「俺は皆のサポートをするよー!」
 傷ついている仲間を見ながら戒都は術式を練る。妖の攻撃は全身打撲や肘による急所の殴打。医学的に見れば、急所とは『筋肉や骨などの防御が薄い場所』『重要器官に近い場所』になる。その知識があるからこそ、仲間の痛みが想像できた。
 投げられた仲間を見て、慌てて水の源素を集める戒都。医学の知識と源素を組み合わせ、仲間を癒していく。時には一人に力を集中して注ぎ、時には水を霧状にして広く仲間を癒したり。殴り合うわけではないが、これも一つの闘い。
「ほんと痛そう。直ぐに治すからまっててね!」
 攻撃に防御に回復に。それぞれの役割を果たしながら、覚者達は妖にダメージを重ねていく。それは一つの群体にして軍。相手を打破するために一致団結する集団。
 しかし『男』はそんな集団を相手してきた。その技を模す妖もまた、覚者の集団にダメージを重ねていく。
 覚者と妖の闘いは、少しずつ過熱していく。


 球技の専門用語に『お見合い』というのがある。簡単に言えば複数の選手間において意思疎通が止まって行動を躊躇し、ミスを犯すというものだ。
『男』の投げ技はこの連係ミスの一瞬をついて行われる。隙とさえ言えないチーム間の齟齬。それを嗅覚のようなもので悟り、そこに滑り込むように入って投げ飛ばす。
「交代だ!」
「了解!」
 積み重なるダメージに前衛の飛馬と遥が後ろに下がり、小唄ときせきが前に出る。下がった飛馬と遥は戒都の術を受けて傷を回復させていく。
「無理は厳禁だよー? ほらほら、こっちにおいで?」
 前衛のすぐ後ろで仲間の傷を癒している戒都。医学の知識もあって、無理の線引きがハッキリしていた。弟のことを口にしなければ、彼は知的な回復要員なのだ。回復を施しながら、しっかりと戦いを見る。休んでいる余裕はなかった。
「柔道ベースというよりは、戦っているうちに自然と柔道に近づいて言った感じかな。これは」
 戦いながら妖の動きを観察していた悠乃は、『男』の格闘術をそう結論付けた。武器すら満足に持たせてもらえなかった小柄な『男』が勲功をあげるには、鎧を着ている相手にダメージを与える投げ技や関節技と言った方向に移行するしかなかったのだろう。
「自分の弱さを認識し、最善の技を選択する。立派なものだな」
 妖から目を離さずに懐良が頷く。世界は不平等だ。覚者とそうでない者、背の高い者低い者、生まれながらの病……人間には必ず『差』がある。しかしそれを受け入れ、その上で戦っているのだ。歴史に埋もれたのは惜しいことだ。
「こんな人が歴史に名を残せず、仲間に殺されるなんてすごく勿体ない!」
 拳を交わしながら、小唄は震えるような喜びを感じていた。もしこの技が形を残して、現在まで引き継がれていればどうなっていたか。それを夢想してしまう。故にこの一瞬を逃さぬようにと、一撃一撃を心に刻みながら戦っていた。
「『戦いたい者同士が出会った』。それだけで、最高の戦いになるのは決まったようなもんだろ!」
 遥は妖に向かい拳を突き出した。『男』と妖は異なる。『男』の無念を影のように真似したのが妖だ。だがそんなことはどうでもよかった。戦場の技と現代の格闘家。それが出会ったことが重要なのだ。邪念なく、純粋な気持ちで拳を振るう。
「僕も戦いたいけど……しかたないなー!」
 きせきは覚者達へ積み重なるダメージを見て、回復に移行する。心の底から戦いが好きなきせきだが、仲間が深く傷ついているのを無視はできない。うずうずしながら木の源素を用いて、仲間の傷を癒していく。
「連携、来ます」
 クーは繋がるような妖の技の動きを察して、警戒を促す。乱打からの倒れ込み肘鉄。急所を的確につく肘を受ければ、命数を削られるほどの傷を負うのは必至だった。その流れを絶つように『妖剣・Queue』を振るう。
「やっぱ正面切って戦うのはいいよな。そう思うだろ?」
 相手の技を受けながら飛馬は妖に語り掛ける。正確には妖の元になった『男』の無念へと。それは背後から撃たれた『男』に対する弔いの言葉でもあり、そして飛馬自身の本心でもあった。鍛え上げた武技をぶつけ合う。全身が歓喜で震えていた。
 妖は何も答えない。ただ真っ直ぐに我武者羅に戦いに挑む。
 妖は独特の歩法で前衛に迫る。小唄の足を引っかけてバランスを崩し、肘を突き出し相手に倒れ込む。呼吸と共に意識まで飛びそうになった小唄を支えたのは、戒都の回復術だった。小唄は笑みを浮かべて、跳ね除けるように拳を振るう。
 妖よりも身を低くした小唄は下から跳ね上げるように拳を振るった。跳ね上がる妖の顎。脳が存在すれば脳震盪を起こしていただろう。そうでなくても、隙は生まれた。その一撃を予期していたようにクーのトンファーブレイドが振るわれる。
 とっさに手の甲を見せるようにガードする妖。刃に対して動脈を隠すような構えを取るのは、妖にはない経験則からか。クーの刃が妖を刻んでいく。手は抜かない。全力の武技こそ、この『男』への礼儀だからだ。
 クーの攻撃に合わせて、今なら攻撃できるときせきが刀を握る。二本の刀をまるで自分の一部のように扱うきせき。時に交互に、時に同時に、時に防御に、時に牽制に。型に嵌らない動きは戦いを楽しんでいるがゆえ。喜びのままに刀は乱舞する。
 そして遥も喜びのままに拳を振るっていた。培った空手の動きを相手にぶつけるように。『男』の時代にはまだ空手は日本にはなかった。故にそれを伝達するように。自らのとっておきを拳に乗せて、力強く打つ。
 懐良は刀を手にして、妖を攻めていた。兵法的には男の命を奪ったように背後からの攻撃が良作だ。だが、敢えてそれはしない。懐良は戦国の武の見学料と言うが、相手に対する敬意があったのは確かだ。相手の殺気を受けながら、刀を振るう。
 始終相手の攻撃を受けていた飛馬は、手がしびれてきた。相手は素手なのに、受ける緊張が半端なく大きかった。気を抜けば寝車が来る。そのプレッシャーを受けても心はひるまない。むしろ仲間を護れる使命感に満ちていた。
 いける。悠乃は勝利を確信し、妖に突撃する。腰を低くしてのタックル。投げ技主体の妖だが、『掴む』動作の間に悠乃は足を取ってバランスを崩す。そのまま腰回りを両腕でつかんで、後方にブリッジするように投げ込んだ。フロントスープレックス。妖は地面に叩きつけられ、源素の炎に包まれる。
「これが現代に生きる格闘家よ」
 立ち上がり、勝利を先制するように拳を突き上げる悠乃。
 ――地に伏した妖は、心なしか笑みを浮かべている様に見えた。


 戦いが終わり、妖だったものが消える。戦場を浄化するように、静かに風が吹いた。
「戦場で、まさしく武術家として散るなら本望でしょう」
 妖がいた場所に目を向け、クーが告げる。背中から味方に殺されたのではなく、戦いの中で潰える。それは『男』にとって望んだ死ではないのだろうか。手向けの花はない。だが手向けの心は確かにあった。
「そうだな。無念は晴れたと思うぜ」
 刀を納め、礼をする飛馬。首を垂れ、感謝の意を示す。妖は仲間を傷つけようとしたモノだ。それに対する礼ではない。この礼は『男』へのもの。戦場で培った技とその健闘を称えて。時代に残ることはなかったが、戦いは確かに心に残った。
「間違いなく強敵でした。こんな強い相手と戦えて僕は嬉しいです!」
 戦いを振り返り、小唄は拳を握りしめる。時間にすれば三分にも満たない時間だったが、それは濃密な時間だった。妖の脅威はなく、純粋に戦いのみを楽しめた。この戦いを糧として、誰かを護る拳をさらに鍛え上げていく。
「他にもいるのかな? 歴史に残らなかった格闘家」
 覚醒状態を解いて茶色の髪に戻ったきせきが首をかしげる。おそらくはいるのだろう。多くの武術家が戦いの果てに潰えたのだから。妖となって人を襲うのは勘弁だが、そういった人と戦えるのならまた戦ってみたい。
「そうだな……兵を率いた将も妖化するかもしれないな」
 もしそうなれば、珍しい兵法を学べるかもしれない。懐良はそんなことを想像する。知性ある妖となれば高ランクだが、存在するのなら見てみたくもあった。もちろん、兵法家として負けるつもりはない。
「もし次があるなら、今度はサシで勝負しような!」
 丹田に力を込めて、大声で遥が叫ぶ。その声は消えてしまった妖には届かず、すでに死んでいる『男』にも届かない。だからこそ大声を出して、思いを伝えた。その思いが通じるかどうかは、未来を見る夢見さえもわからない未来だ。
「色々欠けていなければ、もしかしたらもっと強かったかもね」
 戦いが終わって一息ついた悠乃がそんな事を思う。力や技だけでは勝利は掴めない。勝利の道筋を思考し、戦いの中で活路を見出す。それもまた格闘家の強さなのだ。それがあったからこそ、『男』は戦場で無双できたのだろう。
「俺もこれを機にちょっとは身体を鍛えてみようかなぁ? え、似合ってない?」
 戦いに触発された戒都がそんなことを言う。強くなりたいという欲求は誰もが抱く事である。それが肉体的であれ、精神的なものであれ。体を鍛えることで心を鍛えることもできる。そんな思いを抱き、気分が高揚していた。

 FiVEへの報告を澄まし、それぞれの思いを抱きながら帰路につく覚者達。
『男』は歴史に埋もれ、消えて去った。
 だが『男』が培った武技は覚者の胸に残り、新たな形となって培われていく。
 それもまた、武術の在り方なのだ。

 戦場に静かな風が吹く。
 無念に倒れた『男』は、もういない。


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

 どくどくです。
 最後は文字数との戦いでした。

 歴史に消えて埋もれたモノはたくさんあります。
 それを皆様が拾い上げてくれたのなら、『男』もおそらく満足できたのではないでしょうか。
 この戦いが皆様の糧となり、新たな一歩のエネルギーとなれば幸いです。

 ともあれお疲れさまでした。ゆっくりと傷を癒してください。
 それではまた、五麟市で。




 
ここはミラーサイトです