選ばれなかった者
●愚者の誤算
深夜。とあるゴーストタウンと化した街。
廃墟が立ち並ぶその一角の崩れかけた教会で、その恐ろしい儀式は執り行われていた。
「―――、――――」
七色の声に彩られ、黒いローブを着た誰かが歌う。
「―――、―――――」
その声に続く様に、もう一人の黒ローブの声が重なった。
「力を」
「力を」
「「力を」」
響く歌声に混じり、彼らの願望が響く。その声は幾重にも反響し、彼らの並び立つ中央へと注がれる。
「……」
そこには一本の剣が突き立っていた。
どこからそれを手に入れたのか、その剣は神具であった。それも、特殊な。
資格持った者に大いなる力を授けるという神剣。そう彼らは記憶している。
今、彼らが執り行っている儀式とは、まさしくこの神具から力を授かるための物だった。
「―――、―――――!!」
「―――、―――――、―――!!!」
彼らの詠唱は最高潮を迎え、新たなる力が呼び覚まされる。
剣が輝き、そして。
「おお!」
誰かが歓喜の声をあげた。
剣は独りでに宙へと舞い、虹色の輝きを放ち始める。圧倒的な力を彼らはひしひしと感じた。
だが、剣は彼らを選ばなかった。
「!?!?」
次の瞬間、剣は強烈な光と共に散り散りに砕け消失する。
そして愚かなる儀式を行った者達には罰が与えられた。
「グ、ギ……!」
「ギガッ! ぐるじ……!」
「ガアアアアアアアアア!!!」
過ぎたる力を求めた者達は、力に飲まれ破綻者へとその姿を変質させていくのだった。
●人は人
「廃墟、知らない場所で……力があばれてる」
要請を受け会議室に集合した覚者達を前に、夢見の能力者『紫水晶』神塚・蛍(nCL2000140)は自らの視た夢について説明を始めた。
「あばれる力、おさえられない力、破綻者って、いうの?」
彼女は用意して貰った資料を覚者へ配っていく。紙には夢見で視た場所の解析結果と、暴走している破綻者達の特性を纏めた物が書かれていた。
「力が欲しくて、でも、ダメだった人達が……なった。いたい、くるしいって、言ってる」
彼女の視た情報から、破綻者となったのは隔者としてAAAにマークされていた者達だったらしい。更なる力を求め行なった儀式は、過ぎたることを咎めるように彼らに暴走という罰を与えた。
「皆であばれて、あばれて、あばれて……お互いをたたいて、たたいて、たたいたら……動かなくなるの」
蛍は自らの視た夢を語る。力に溺れ暴走した者の末路は、死であった。
「でも、今なら。助けられる……かも」
紫の瞳が覚者達を捉える。その目は不安と、期待に揺れ、微かに潤んでいるようだった。
確かに破綻者は軽度の発症であれば治療する方法が確立されており、今なら間に合う可能性は十分にある。
だが、恐らく蛍は知らないだろう紙の資料には、破綻者の生存の有無は条件に書かれていなかった。
「皆がそこに居たら、きっと……危ない目に遭う。でも」
しかし彼女は望んでいた。迫りくる悲劇をひっくり返してくれる奇跡を。
「大人しくさせたら、サポートの人……がんばるって、言ってた」
必要なのは、暴走をねじ伏せる強い力。打ち負けない力。
「お願い……」
無垢の少女は望む。覚者の挑戦を。
深夜。とあるゴーストタウンと化した街。
廃墟が立ち並ぶその一角の崩れかけた教会で、その恐ろしい儀式は執り行われていた。
「―――、――――」
七色の声に彩られ、黒いローブを着た誰かが歌う。
「―――、―――――」
その声に続く様に、もう一人の黒ローブの声が重なった。
「力を」
「力を」
「「力を」」
響く歌声に混じり、彼らの願望が響く。その声は幾重にも反響し、彼らの並び立つ中央へと注がれる。
「……」
そこには一本の剣が突き立っていた。
どこからそれを手に入れたのか、その剣は神具であった。それも、特殊な。
資格持った者に大いなる力を授けるという神剣。そう彼らは記憶している。
今、彼らが執り行っている儀式とは、まさしくこの神具から力を授かるための物だった。
「―――、―――――!!」
「―――、―――――、―――!!!」
彼らの詠唱は最高潮を迎え、新たなる力が呼び覚まされる。
剣が輝き、そして。
「おお!」
誰かが歓喜の声をあげた。
剣は独りでに宙へと舞い、虹色の輝きを放ち始める。圧倒的な力を彼らはひしひしと感じた。
だが、剣は彼らを選ばなかった。
「!?!?」
次の瞬間、剣は強烈な光と共に散り散りに砕け消失する。
そして愚かなる儀式を行った者達には罰が与えられた。
「グ、ギ……!」
「ギガッ! ぐるじ……!」
「ガアアアアアアアアア!!!」
過ぎたる力を求めた者達は、力に飲まれ破綻者へとその姿を変質させていくのだった。
●人は人
「廃墟、知らない場所で……力があばれてる」
要請を受け会議室に集合した覚者達を前に、夢見の能力者『紫水晶』神塚・蛍(nCL2000140)は自らの視た夢について説明を始めた。
「あばれる力、おさえられない力、破綻者って、いうの?」
彼女は用意して貰った資料を覚者へ配っていく。紙には夢見で視た場所の解析結果と、暴走している破綻者達の特性を纏めた物が書かれていた。
「力が欲しくて、でも、ダメだった人達が……なった。いたい、くるしいって、言ってる」
彼女の視た情報から、破綻者となったのは隔者としてAAAにマークされていた者達だったらしい。更なる力を求め行なった儀式は、過ぎたることを咎めるように彼らに暴走という罰を与えた。
「皆であばれて、あばれて、あばれて……お互いをたたいて、たたいて、たたいたら……動かなくなるの」
蛍は自らの視た夢を語る。力に溺れ暴走した者の末路は、死であった。
「でも、今なら。助けられる……かも」
紫の瞳が覚者達を捉える。その目は不安と、期待に揺れ、微かに潤んでいるようだった。
確かに破綻者は軽度の発症であれば治療する方法が確立されており、今なら間に合う可能性は十分にある。
だが、恐らく蛍は知らないだろう紙の資料には、破綻者の生存の有無は条件に書かれていなかった。
「皆がそこに居たら、きっと……危ない目に遭う。でも」
しかし彼女は望んでいた。迫りくる悲劇をひっくり返してくれる奇跡を。
「大人しくさせたら、サポートの人……がんばるって、言ってた」
必要なのは、暴走をねじ伏せる強い力。打ち負けない力。
「お願い……」
無垢の少女は望む。覚者の挑戦を。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.破綻者を倒す。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
みちびきいなりと申します。
今回は暴走する破綻者を倒す任務です。そして、依頼の達成自体はとても簡単です。
スタンスによってはダーティーな展開もありえるかもしれません。
●舞台
とあるゴーストタウンにある教会が舞台です。かなりの人数が収容できるのか、戦場としては十分です。
時刻は深夜、灯りはそこかしこに設置されたろうそくの火が明度を保っています。
廃墟の中なのでそこ以外の環境的な光源は夜空の薄明かり以外ないでしょう。
●敵について
破綻者となってしまった隔者二名が相手です。症状の深度はどちらも2となっています。
元々AAAにマークされていた隔者で、名前は大原・礼治と松本・次郎という30代の男性です。
力の暴走を制御できず、残った僅かな理性と共に痛みや苦しみを訴え暴れています。
二名共に彩の因子を持ち、礼治は火行、次郎は天行。破綻者となったため通常より強い力を発揮しています。
力をぶつける先を求めてお互いで殺し合おうとしていますが、発散先が見つかればそちらを狙い始めます。
そこに連携はありませんが、敵味方の識別はあるでしょう。
今回は見届けるだけでもいい。
助けようとするならば戦い傷つく覚悟が必要です。簡単ではありません。
選択は覚者達へ委ねられます。
如何にして勝つか。覚者の皆様、どうかよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年12月15日
2016年12月15日
■メイン参加者 6人■

●愚者は踊る
隔者の片割れ、松本次郎は後悔していた。
「グ、ガ……!」
自らの体を内側から引き裂くような痛みに。
「ぐ、ガギ……」
隣で自分と同じようなうめき声をあげている相棒の苦悶の表情に。
(俺達程度の人間が、手を出すべき物じゃ……なかったんだ……!)
力を授ける神剣。
そんな眉唾物の噂話を信じて、たまたま自分達の手元にそれはやってきた。
何か大きな努力をしたとか、代償を払ったわけではない。
ただ勝ちたくて、負けたくなくて、求めて、手に入れた。
今思えば全てが上手くいきすぎていたのだ。
「う、ウガアアア!!」
遂に痛みに耐えかねて、礼治が咆哮をあげる。
理性が千切れ飛んだ合図だろう。次郎にはそれがよく分かっていた。
(俺も、もう……何も、考えられ……)
思考が歪み、痛みから、苦しみから逃れたくて、しかし本能は戦えと体を突き動かす。
(戦う? ……誰、と…………)
破壊できるものはどこだ?
壊せる物はどこだ?
ランプ? 長椅子? 蝋燭台? そんなものではこの渇きは満たされない。
暴れる力をぶつけるのは……もっと壊し甲斐のある物でなければ。
「が、ガアアアアアアア!!」
叫ぶ。力の限り叫んで、全てを忘れた。
あとはもう、手頃なものを壊すだけ。
(近ク……ノ……)
破綻者となった次郎の視線が、相棒だった礼治へゆるりと向けられる。
その直前にそれらは現れた。
「天が知る地が知る人知れずっ! 求めて得れぬ苦しみを止めるお時間ですっ!」
爆光を背負い現れたのは幼い少女。
「二人で殺し合うなんて事は、させないよ」
「聞きたい事があるんでね。おっさん君らには大人しくして貰いたいさね」
光の向こうから現れる背格好のバラバラな若者達。
「みんと、よろしく。……気持ちはわからないではないですが、でも、力におぼれちゃいけませんね」
「この拳に込めた想い、受け止めて貰うよ」
「……やっぱり皆、助けるつもりなのね。うふふ」
その数、総勢六名。
「グ、ギ……」
「が、ガガ……」
共食いを始めようとしていた破綻者は、獲物の登場に己の向きを変えた。
修羅となった彼らが求めるのは闘争。だが、今ならまだ、救いの目がある。
「さぁ、おいでなすった」
「絶対に助けますよ!」
破綻者に向き合う六人の男女――FiVEの覚者達は一斉に教会内へと踏み込んでいった。
●加減知らず
「ガアアッ!」
最初に動いたのは暴走する礼治だ。叫びは彼の身を更に熱く焦がし痛みを伴う活性化を行なう。
「……ん、よし!」
その叫びを前にして、『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)は冷静に足場を確かめていた。しっかりとした造りの床だと確信した所で、彼の足はステップを踏み始める。
「念の為、ね」
仲間を鼓舞する舞を踊り始めた小唄の動きに『”狂気”に応ずる者』春野 桜(CL2000257)の木気を込めた香りが乗り、覚者達の身体能力と治癒力が高まっていく。
「防御は任せて欲しい」
「お任せしますっ」
後衛に立った鈴白 秋人(CL2000565)の展開した水気の衣を纏えば、派手な登場を見せた少女『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が前衛として飛び出していく。
彼女の狙いはまだ動きを見せていない次郎の方だ。
「ふっ、殴られて治療を受けるか、治療を受けて怒られるか選ばせてあげますよっ!」
「ゴアアアアッ!」
「……なんて、お返事は決まってますねっ!」
明らかに迎え撃つ構えをとった次郎に強気な笑みを向けて、浅葱は身を低くして相手の懐深くに潜り込む。
「はっ」
大振りの右フック。次郎は本能でそれを危険と判断し、左手でそれをいなす。が、
「本命はこっちですっ!」
「!? ガッ……!」
右フックがいなされると同時に、彼女の瞬撃の左が次郎の右肩を強く打っていた。
大きく体をのけぞらせる次郎はいなした左手を前に突き出し、反撃とばかりに痺れを伴う雷撃を浅葱へと放つ。
「ッッ!」
バチリと閃光を伴って電撃が浅葱の体を駆け抜けた。彼女の体の動きが鈍る。
「支援は……大丈夫そうかね?」
「大丈夫。いけるよ」
緒形 逝(CL2000156)の呼びかけに応えながら、丹羽 志穂(CL2001533)は土気を展開し周囲の崩れて出来た土塊を鎧のように纏っていく。
「上等上等。おっさん今回は補助だから、遠慮なく行っといで」
逝もより高位の力で辺りの瓦礫すら土の鎧へと変容させ、戦う仲間を見守る。
自然と疼く変異した己の腕を抑えながら、暴走する男達の様子をヘルメット越しに見やる。
感情探査。強い感情を察知しその質を見抜く能力を使用したのだ。
(少しでも情報が手に入れば御の字って……ッ!?)
力が暴走し修羅に堕ちた破綻者の強い感情が来ることは予想していた。だが、彼が感じた強烈な感情は二つに留まらなかった。
(な、はぁ?)
逝の視線は男達から、自分の隣に立つ女性、桜へと向けられる。
「考えなしに前に出て来てくれて、感謝よ?」
濃い毒を持つ植物のそれを更に濃縮した液体、非薬を冠する木気の劇物を、彼女は迷うことなく破綻者達へと塗りつける。
それは確かな痛みと共に、破綻者達の体を蝕む毒の力を十二分に発揮していく。
「!!」
「あ、ギャッ!」
悶えの声の響く中即座に中陣へ戻る彼女は、痛みに暴れる破綻者達の攻撃に晒されることはない。
「桜先輩、助かります! さあ、気合い入れていきますよ!」
彼女の支援で攻めっ気を削がれた相手に、畳み掛けるように小唄が踏み込む。彼の流れる様な連撃は、破綻者達に強烈な一打となった。
「……」
桜は微笑み、その様子を眺めている。次は相手を弱らせる香を使おうと、木気を練り上げながら。
一見すればそれは仲間のための献身的な支援だった。しかし、
(いやあ、参ったねこれは)
その微笑みの裏側にある感情に気づいたのは、否、気づけたのは。
(この濃度は、ちょっと想像以上だねえ)
逝だけだ。
(ええ、そう)
桜は笑う。
(殺しましょう殺しましょう。殺して殺して止めましょう)
今対峙しているのは自らの憎むべき簒奪者達だ。絶対に許してはいけない存在達だ。
全てを奪う隔者など、殺して殺して然るべきだ。
(クズは殺す殺すわ殺しましょう)
狂信的なまでに練り上げた殺意が、彼女の中では渦巻いている。
(でも、そうね)
その中で微かに彼女の思考を乱したのは、助けを求めた少女の顔だった。
(お願いに免じて戦いを生き延びるなら、手を出さないようにしましょうか)
だが、それでも。
(私は精々殺せるように戦いましょう)
(これ、どうしたもんかね)
彼女の危ういバランスは、どす黒い淀みは、隣に立つ逝をして震え上がらせるほどの感情だった。
そんな狂気すら内包する戦場で、想いをぶつける戦いは激化してく。
●心を込めて
「ゴアアアアッ!」
「ふんっ!」
礼治の拳と、浅葱の拳が正面から激突する。
ぶつかった拳は弾かれお互いにバランスを崩しながらも、双方全く引く気なく力を込め直す。
「ふっ、ただ暴れるだけなら獣と同じで対処しやすいものですよっ! 次は取りますっ!」
「待った、月歌さん」
すぐさますっ飛んで行きそうだった浅葱を手で制し、秋人が練り上げた水気を力を宿した深層水に変成させて与える。
「これで痺れは取れたはず」
「ありがとうなのですっ!」
先程まで自らの邪魔をしていた痺れが抜けた浅葱は、さらに元気に敵へと飛んで行き、
「柔よく剛を制すのですよっ!」
再び殴りつけてきた礼治の腕を取り、捻り上げるまま派手に投げ飛ばす。
「グガッ!?」
転がされるだに吹き飛ばされて、礼治は木製の長椅子をいくつも破壊した。
「今は痛いだろうけど、我慢して欲しい」
苦しみ悶える礼治を見やりながら、秋人は自らの拳を強く握る。
(仲間が殺し合うなんて事は、させないよ。だから俺達で止める。止めて、止めてから……)
苦しんでいるなら助けたい。自分達に出来ることが、今こうして打ちのめすことだけだと分かっていても。
(俺は、それ以上を望みたいんだ)
秋人は可能性を信じて余力を溜めていた。
「この拳、受け止めてみせてよ」
その隣、仲間達の支援を受け、志穂は堂々と正面切って次郎と相対する。
(強くなりたいって想いは、誰だって一度は感じると思うから……でも、それを成すのは道具の力じゃない。ボク自身の力で辿り着かないと、意味がないんだ。だから)
思いを拳に乗せて、真っ直ぐに打ち抜く。
(君達を超えて、ボクは強くなりに行くよ)
放たれた拳は正確に次郎の腹を打ち、相手を浮かせた。
「!?」
「とことん付き合うよ。キミの身体が力を扱う術を覚えるまで、何度でも」
絶対に死なせはしない。暴走を止めるため、彼女の拳は何度でも力をねじ伏せに掛かる。
「志穂先輩!」
「分かったよ」
小唄が志穂と位置をスイッチし次郎の前へと躍り出る。
「あああああああ!!」
追い込まれた次郎が甲高い声をあげて天の気をますます暴走させていく。
「ガアアアアアア!!」
「くぅぅっ!」
放たれた雷撃を正面から受けて、小唄の狐尾が逆立った。
放電が散るのと同時に自らの掛けていた舞の加護が無くなっていったのを理解し、それでも
「押し通る!」
無理矢理雷撃の中を突っ切って次郎へと接敵する。
目の前に立ちはだかる理性を失った破綻者を前にして、小唄は小さく息を吐いた。
(だいたい、過ぎたる力はトラブルの元です。時間をかけて自分を高める以外、強くなる方法はないと思うんです)
接敵を嫌がった次郎の拳が小唄に向けられる。が、それを小唄はあっさりとかわしてみせた。
浅葱の言った通り、理性なき暴力は獣のそれと同じ、身の内の獣を律してきた自分にとってそれは尚の事実感がある。
(楽して強くなる道なんてないんです)
最小限の動作でかわした今の動きこそ、小唄の想いの証明、培ってきた経験のなせる業だ。
「でも、間違っていたからといって助けられる命を諦める必要なんてない!」
カウンター気味に放たれた小唄のショットガントレットが正確に次郎の体を捉える。
一撃では終わらない。一瞬の内に放たれる連撃。それが彼の習得した体術、飛燕だ。
(命あってこそ全ての意味があるんです。死んでしまったら終わりなんです!)
想いを込めて、二撃目を放つ。
「絶対に助ける! それが、僕が背負った使命だ!」
「!!」
二撃目は一撃目以上の鋭さで次郎を捉え、その体を浮かせ、弾き飛ばす。
「ぐ、がっ!?」
投げ飛ばされた礼治と同じ様に、次郎もまた木製の椅子を破壊し床を転がり、こちらはそのまま動かなくなった。
「イ、ダイ! イダイイ゛!!」
次郎が倒されたのとほぼ同じタイミング。
もがくように礼治が起き上がり、再び覚者達へと襲い掛かった。
与えられる痛みと身の内から沸き上がる痛みに耐えかねた、限界に目を見開いた苦悶が顔に張り付いていた。
「挑んでくるなら、何度でもっ!」
そんな礼治を最前線で待ち受けたのは、白くはためくマフラーだ。
「力に飲まれた悲劇ならっ!」
相手の力を利用して、小柄な体はするりと懐へとまた潜り込む。
「力任せのちゃぶ台返し!」
相手の手首を掴み、少女は―――浅葱は力強く大地を踏む。
「まるっと助けてみましょうかっ!」
後は掴んだ手を一捻り、相手の向かう先をちょっと方向転換させるだけ。
「ひとーつっ!」
二度目の四方投げは正しく地面へと礼治を投げ倒す。
「ガッ!? あ……」
背中から落ち激しく頭を揺さぶられたか、礼治は一気に消耗した様子で呻き声をあげた。
が、投げ倒した浅葱の手はまだ礼治を放していない。
「ぜぇっ!」
そのまま体重を乗せ更に押し込む。
「ぐっぶぶっ!?」
覚者が習得している四方投げはただの合気の技ではない。崩し、会心の一撃を加える大技なのだ。
あと一息で礼治も落ちる。
「っと、後は見守ってればいいわよー? 春野ちゃん?」
「! ええ、そうね……」
一歩前に出ようとしていた桜を逝は腕を出して制した。桜の足はそれでぴたりと止まった。
(深緑鋭鞭じゃなく仇華浸香? まさか巻き込むつもりじゃなかったよねえ?)
(巻き込めない倒せない殺せない……邪魔が入っちゃったわ)
制した腕を引いて、逝は視線を極力桜に向けないようにしながら戦局を見守る。
「………………………………………………」
じっとりと、それでいて非常に重い視線をヒシヒシと感じながら。
相棒が、悪食が反応しているように感じるのも気のせいだということにしながら。
「これでお終い、ですっ!」
無防備を晒した礼治に浅葱のとどめの一撃が放たれたのは、その少し後のことだった。
●奇跡の痕跡
「……良かった、手加減出来てたみたいだ」
意識を失った二人の無事を確かめて、小唄はホッと一息ついた。
「ちょっとおっさん失礼するぞー」
逝が男達のローブを裂いてからより上げ、即席の紐を作って手を縛り上げる。無事ということは万が一また暴れ出す可能性を見越しての措置だ。
結び終えるのを待ってから、秋人と志穂がそれぞれを肩を貸すように抱え上げ立ち上がる。
「月歌、待機してる回収……救護班に連絡してくれないか?」
「いいですよっ! おまかせなのですっ!」
志穂に頼まれた浅葱が先行し、秋人と志穂は小唄、桜、逝を残して気を失った礼治達を運び出す。
「ああ……いや、行ってらっしゃい」
「?」
直接話を聞こうとしていた逝は、しかし聞ける状態でないと思い直し首を振った。
(まあ、生きて残せたから話を聞く機会はあるさね)
そうして残った三人は、それぞれに教会を、儀式の跡を調べ始める。
「……望む者の力を高める神具、か」
暴れ回り散らかった木材をどけながら、小唄は神具のかけらでもないかと目を皿のようにして探す。
「これは……」
しばらくして、小唄は小さな金属の破片を見つけた。
恐らく件の願いを叶える神具の一部だったのだと思えば、それをしっかりと回収する。
「なるほどね」
「桜先輩、何か見つけましたか?」
小唄の発見に続くように上がった桜の声に視線が集まる。彼女はその手にボロボロになったレポート用紙を持っていた。
「儀式の手順、が書かれた紙、だと思うわ」
「どれどれー?」
逝が内容を改めれば、確かに夢見の内容にも合致する儀式の流れが説明された文言が見て取れた。だが、
「これが儀式、ねえ?」
「よねぇ?」
桜と逝の意見が一致する。そこに書かれていた儀式の内容は、
「図のように陣を描き、剣を掲げ、以下の呪文を詠唱し続ける」
あまりにもシンプルだった。
儀式に込められた呪術的な意図も書かれず、陣だと称される図の絵も陳腐ともいえるほどに単純だった。
「さ、流石にこんなにお手軽に力が得られるなんて……」
「担がれたか、未熟だったか……」
「どちらにしても、クズにはお似合いの結果だったわね」
「え? 桜先輩?」
「なーんでもないわ、うふふ」
「……とりあえず、後は本人の証言と、御白ちゃんの拾った小片を解析してみないと分からないさね」
「ですね」
これ以上は出来ないだろうと、三人は調査を切り上げ教会を後にする。
神秘の解明、FiVEの大きな目的にこれが貢献する可能性があるというのならしっかりと回収するのも重要な仕事だった。
「……どうなることやら」
逝はハッキリとしない結末にため息を吐いた。彼の手にある直刀・悪食が残された蝋燭の火に鈍く赤を受け止めていた。
「依頼完遂、ありがとうございます。後は可能なら私達に同行して護送を……」
「もちろん、そうさせてくれ」
「ボク達で最後まで責任を持つよ」
「私の医療知識も役立てるなら、道中協力するのですっ!」
「助かります!」
破綻者を治療施設へ輸送するために待機していたスタッフに無事二人を届けた浅葱達三人は、ようやく一息吐いていた。
担架に乗せられ改めて拘束された礼治と次郎と共に、救護車の中へと乗り込む。
と、その時だった。
「う、ぐ……ぐぁ……」
次郎が呻き声をあげた。それは暴走した怒りの声ではなく、純粋に痛みと苦しみを訴える身悶えだった。
「いけない。俺に任せて」
秋人は即座に次郎の傍に立ち、自分に残された気力で水気を練りあげる。
「俺に出来ることを……その為に俺は、自分の力を使う」
そうして作り上げた深想水は、静かに次郎の体に染み込み、溶け消えた。
「ぐ……う……む……」
ゆっくりと、乱れていた呼吸が落ち着いていく。
「どうやら毒気が残ってたようだね」
「ふぅ……なんとか一命は取り留めた、かな?」
彼の力は、確かに命を守った。
落ち着いた寝顔を見つめながら、どうかこの穏やかな顔が治療の間も続くようにと秋人は願う。
「ふふっ、ハッピーエンドを願んだ少女の依頼ですから、こうでなくてはなのですっ!」
「だね」
自らの完全勝利を確信し、浅葱が、志穂が笑った。
正義の味方は求められた願いを叶えるのみ、死なせないし殺させない。その誓いは確かに果たされた。
覚者達と、救われた隔者を載せた二台の車がゴーストタウンを後にする。
妖の出現から変わってしまった世界は、それでも変わらぬ綺麗な月を空に掲げていた。
隔者の片割れ、松本次郎は後悔していた。
「グ、ガ……!」
自らの体を内側から引き裂くような痛みに。
「ぐ、ガギ……」
隣で自分と同じようなうめき声をあげている相棒の苦悶の表情に。
(俺達程度の人間が、手を出すべき物じゃ……なかったんだ……!)
力を授ける神剣。
そんな眉唾物の噂話を信じて、たまたま自分達の手元にそれはやってきた。
何か大きな努力をしたとか、代償を払ったわけではない。
ただ勝ちたくて、負けたくなくて、求めて、手に入れた。
今思えば全てが上手くいきすぎていたのだ。
「う、ウガアアア!!」
遂に痛みに耐えかねて、礼治が咆哮をあげる。
理性が千切れ飛んだ合図だろう。次郎にはそれがよく分かっていた。
(俺も、もう……何も、考えられ……)
思考が歪み、痛みから、苦しみから逃れたくて、しかし本能は戦えと体を突き動かす。
(戦う? ……誰、と…………)
破壊できるものはどこだ?
壊せる物はどこだ?
ランプ? 長椅子? 蝋燭台? そんなものではこの渇きは満たされない。
暴れる力をぶつけるのは……もっと壊し甲斐のある物でなければ。
「が、ガアアアアアアア!!」
叫ぶ。力の限り叫んで、全てを忘れた。
あとはもう、手頃なものを壊すだけ。
(近ク……ノ……)
破綻者となった次郎の視線が、相棒だった礼治へゆるりと向けられる。
その直前にそれらは現れた。
「天が知る地が知る人知れずっ! 求めて得れぬ苦しみを止めるお時間ですっ!」
爆光を背負い現れたのは幼い少女。
「二人で殺し合うなんて事は、させないよ」
「聞きたい事があるんでね。おっさん君らには大人しくして貰いたいさね」
光の向こうから現れる背格好のバラバラな若者達。
「みんと、よろしく。……気持ちはわからないではないですが、でも、力におぼれちゃいけませんね」
「この拳に込めた想い、受け止めて貰うよ」
「……やっぱり皆、助けるつもりなのね。うふふ」
その数、総勢六名。
「グ、ギ……」
「が、ガガ……」
共食いを始めようとしていた破綻者は、獲物の登場に己の向きを変えた。
修羅となった彼らが求めるのは闘争。だが、今ならまだ、救いの目がある。
「さぁ、おいでなすった」
「絶対に助けますよ!」
破綻者に向き合う六人の男女――FiVEの覚者達は一斉に教会内へと踏み込んでいった。
●加減知らず
「ガアアッ!」
最初に動いたのは暴走する礼治だ。叫びは彼の身を更に熱く焦がし痛みを伴う活性化を行なう。
「……ん、よし!」
その叫びを前にして、『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)は冷静に足場を確かめていた。しっかりとした造りの床だと確信した所で、彼の足はステップを踏み始める。
「念の為、ね」
仲間を鼓舞する舞を踊り始めた小唄の動きに『”狂気”に応ずる者』春野 桜(CL2000257)の木気を込めた香りが乗り、覚者達の身体能力と治癒力が高まっていく。
「防御は任せて欲しい」
「お任せしますっ」
後衛に立った鈴白 秋人(CL2000565)の展開した水気の衣を纏えば、派手な登場を見せた少女『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が前衛として飛び出していく。
彼女の狙いはまだ動きを見せていない次郎の方だ。
「ふっ、殴られて治療を受けるか、治療を受けて怒られるか選ばせてあげますよっ!」
「ゴアアアアッ!」
「……なんて、お返事は決まってますねっ!」
明らかに迎え撃つ構えをとった次郎に強気な笑みを向けて、浅葱は身を低くして相手の懐深くに潜り込む。
「はっ」
大振りの右フック。次郎は本能でそれを危険と判断し、左手でそれをいなす。が、
「本命はこっちですっ!」
「!? ガッ……!」
右フックがいなされると同時に、彼女の瞬撃の左が次郎の右肩を強く打っていた。
大きく体をのけぞらせる次郎はいなした左手を前に突き出し、反撃とばかりに痺れを伴う雷撃を浅葱へと放つ。
「ッッ!」
バチリと閃光を伴って電撃が浅葱の体を駆け抜けた。彼女の体の動きが鈍る。
「支援は……大丈夫そうかね?」
「大丈夫。いけるよ」
緒形 逝(CL2000156)の呼びかけに応えながら、丹羽 志穂(CL2001533)は土気を展開し周囲の崩れて出来た土塊を鎧のように纏っていく。
「上等上等。おっさん今回は補助だから、遠慮なく行っといで」
逝もより高位の力で辺りの瓦礫すら土の鎧へと変容させ、戦う仲間を見守る。
自然と疼く変異した己の腕を抑えながら、暴走する男達の様子をヘルメット越しに見やる。
感情探査。強い感情を察知しその質を見抜く能力を使用したのだ。
(少しでも情報が手に入れば御の字って……ッ!?)
力が暴走し修羅に堕ちた破綻者の強い感情が来ることは予想していた。だが、彼が感じた強烈な感情は二つに留まらなかった。
(な、はぁ?)
逝の視線は男達から、自分の隣に立つ女性、桜へと向けられる。
「考えなしに前に出て来てくれて、感謝よ?」
濃い毒を持つ植物のそれを更に濃縮した液体、非薬を冠する木気の劇物を、彼女は迷うことなく破綻者達へと塗りつける。
それは確かな痛みと共に、破綻者達の体を蝕む毒の力を十二分に発揮していく。
「!!」
「あ、ギャッ!」
悶えの声の響く中即座に中陣へ戻る彼女は、痛みに暴れる破綻者達の攻撃に晒されることはない。
「桜先輩、助かります! さあ、気合い入れていきますよ!」
彼女の支援で攻めっ気を削がれた相手に、畳み掛けるように小唄が踏み込む。彼の流れる様な連撃は、破綻者達に強烈な一打となった。
「……」
桜は微笑み、その様子を眺めている。次は相手を弱らせる香を使おうと、木気を練り上げながら。
一見すればそれは仲間のための献身的な支援だった。しかし、
(いやあ、参ったねこれは)
その微笑みの裏側にある感情に気づいたのは、否、気づけたのは。
(この濃度は、ちょっと想像以上だねえ)
逝だけだ。
(ええ、そう)
桜は笑う。
(殺しましょう殺しましょう。殺して殺して止めましょう)
今対峙しているのは自らの憎むべき簒奪者達だ。絶対に許してはいけない存在達だ。
全てを奪う隔者など、殺して殺して然るべきだ。
(クズは殺す殺すわ殺しましょう)
狂信的なまでに練り上げた殺意が、彼女の中では渦巻いている。
(でも、そうね)
その中で微かに彼女の思考を乱したのは、助けを求めた少女の顔だった。
(お願いに免じて戦いを生き延びるなら、手を出さないようにしましょうか)
だが、それでも。
(私は精々殺せるように戦いましょう)
(これ、どうしたもんかね)
彼女の危ういバランスは、どす黒い淀みは、隣に立つ逝をして震え上がらせるほどの感情だった。
そんな狂気すら内包する戦場で、想いをぶつける戦いは激化してく。
●心を込めて
「ゴアアアアッ!」
「ふんっ!」
礼治の拳と、浅葱の拳が正面から激突する。
ぶつかった拳は弾かれお互いにバランスを崩しながらも、双方全く引く気なく力を込め直す。
「ふっ、ただ暴れるだけなら獣と同じで対処しやすいものですよっ! 次は取りますっ!」
「待った、月歌さん」
すぐさますっ飛んで行きそうだった浅葱を手で制し、秋人が練り上げた水気を力を宿した深層水に変成させて与える。
「これで痺れは取れたはず」
「ありがとうなのですっ!」
先程まで自らの邪魔をしていた痺れが抜けた浅葱は、さらに元気に敵へと飛んで行き、
「柔よく剛を制すのですよっ!」
再び殴りつけてきた礼治の腕を取り、捻り上げるまま派手に投げ飛ばす。
「グガッ!?」
転がされるだに吹き飛ばされて、礼治は木製の長椅子をいくつも破壊した。
「今は痛いだろうけど、我慢して欲しい」
苦しみ悶える礼治を見やりながら、秋人は自らの拳を強く握る。
(仲間が殺し合うなんて事は、させないよ。だから俺達で止める。止めて、止めてから……)
苦しんでいるなら助けたい。自分達に出来ることが、今こうして打ちのめすことだけだと分かっていても。
(俺は、それ以上を望みたいんだ)
秋人は可能性を信じて余力を溜めていた。
「この拳、受け止めてみせてよ」
その隣、仲間達の支援を受け、志穂は堂々と正面切って次郎と相対する。
(強くなりたいって想いは、誰だって一度は感じると思うから……でも、それを成すのは道具の力じゃない。ボク自身の力で辿り着かないと、意味がないんだ。だから)
思いを拳に乗せて、真っ直ぐに打ち抜く。
(君達を超えて、ボクは強くなりに行くよ)
放たれた拳は正確に次郎の腹を打ち、相手を浮かせた。
「!?」
「とことん付き合うよ。キミの身体が力を扱う術を覚えるまで、何度でも」
絶対に死なせはしない。暴走を止めるため、彼女の拳は何度でも力をねじ伏せに掛かる。
「志穂先輩!」
「分かったよ」
小唄が志穂と位置をスイッチし次郎の前へと躍り出る。
「あああああああ!!」
追い込まれた次郎が甲高い声をあげて天の気をますます暴走させていく。
「ガアアアアアア!!」
「くぅぅっ!」
放たれた雷撃を正面から受けて、小唄の狐尾が逆立った。
放電が散るのと同時に自らの掛けていた舞の加護が無くなっていったのを理解し、それでも
「押し通る!」
無理矢理雷撃の中を突っ切って次郎へと接敵する。
目の前に立ちはだかる理性を失った破綻者を前にして、小唄は小さく息を吐いた。
(だいたい、過ぎたる力はトラブルの元です。時間をかけて自分を高める以外、強くなる方法はないと思うんです)
接敵を嫌がった次郎の拳が小唄に向けられる。が、それを小唄はあっさりとかわしてみせた。
浅葱の言った通り、理性なき暴力は獣のそれと同じ、身の内の獣を律してきた自分にとってそれは尚の事実感がある。
(楽して強くなる道なんてないんです)
最小限の動作でかわした今の動きこそ、小唄の想いの証明、培ってきた経験のなせる業だ。
「でも、間違っていたからといって助けられる命を諦める必要なんてない!」
カウンター気味に放たれた小唄のショットガントレットが正確に次郎の体を捉える。
一撃では終わらない。一瞬の内に放たれる連撃。それが彼の習得した体術、飛燕だ。
(命あってこそ全ての意味があるんです。死んでしまったら終わりなんです!)
想いを込めて、二撃目を放つ。
「絶対に助ける! それが、僕が背負った使命だ!」
「!!」
二撃目は一撃目以上の鋭さで次郎を捉え、その体を浮かせ、弾き飛ばす。
「ぐ、がっ!?」
投げ飛ばされた礼治と同じ様に、次郎もまた木製の椅子を破壊し床を転がり、こちらはそのまま動かなくなった。
「イ、ダイ! イダイイ゛!!」
次郎が倒されたのとほぼ同じタイミング。
もがくように礼治が起き上がり、再び覚者達へと襲い掛かった。
与えられる痛みと身の内から沸き上がる痛みに耐えかねた、限界に目を見開いた苦悶が顔に張り付いていた。
「挑んでくるなら、何度でもっ!」
そんな礼治を最前線で待ち受けたのは、白くはためくマフラーだ。
「力に飲まれた悲劇ならっ!」
相手の力を利用して、小柄な体はするりと懐へとまた潜り込む。
「力任せのちゃぶ台返し!」
相手の手首を掴み、少女は―――浅葱は力強く大地を踏む。
「まるっと助けてみましょうかっ!」
後は掴んだ手を一捻り、相手の向かう先をちょっと方向転換させるだけ。
「ひとーつっ!」
二度目の四方投げは正しく地面へと礼治を投げ倒す。
「ガッ!? あ……」
背中から落ち激しく頭を揺さぶられたか、礼治は一気に消耗した様子で呻き声をあげた。
が、投げ倒した浅葱の手はまだ礼治を放していない。
「ぜぇっ!」
そのまま体重を乗せ更に押し込む。
「ぐっぶぶっ!?」
覚者が習得している四方投げはただの合気の技ではない。崩し、会心の一撃を加える大技なのだ。
あと一息で礼治も落ちる。
「っと、後は見守ってればいいわよー? 春野ちゃん?」
「! ええ、そうね……」
一歩前に出ようとしていた桜を逝は腕を出して制した。桜の足はそれでぴたりと止まった。
(深緑鋭鞭じゃなく仇華浸香? まさか巻き込むつもりじゃなかったよねえ?)
(巻き込めない倒せない殺せない……邪魔が入っちゃったわ)
制した腕を引いて、逝は視線を極力桜に向けないようにしながら戦局を見守る。
「………………………………………………」
じっとりと、それでいて非常に重い視線をヒシヒシと感じながら。
相棒が、悪食が反応しているように感じるのも気のせいだということにしながら。
「これでお終い、ですっ!」
無防備を晒した礼治に浅葱のとどめの一撃が放たれたのは、その少し後のことだった。
●奇跡の痕跡
「……良かった、手加減出来てたみたいだ」
意識を失った二人の無事を確かめて、小唄はホッと一息ついた。
「ちょっとおっさん失礼するぞー」
逝が男達のローブを裂いてからより上げ、即席の紐を作って手を縛り上げる。無事ということは万が一また暴れ出す可能性を見越しての措置だ。
結び終えるのを待ってから、秋人と志穂がそれぞれを肩を貸すように抱え上げ立ち上がる。
「月歌、待機してる回収……救護班に連絡してくれないか?」
「いいですよっ! おまかせなのですっ!」
志穂に頼まれた浅葱が先行し、秋人と志穂は小唄、桜、逝を残して気を失った礼治達を運び出す。
「ああ……いや、行ってらっしゃい」
「?」
直接話を聞こうとしていた逝は、しかし聞ける状態でないと思い直し首を振った。
(まあ、生きて残せたから話を聞く機会はあるさね)
そうして残った三人は、それぞれに教会を、儀式の跡を調べ始める。
「……望む者の力を高める神具、か」
暴れ回り散らかった木材をどけながら、小唄は神具のかけらでもないかと目を皿のようにして探す。
「これは……」
しばらくして、小唄は小さな金属の破片を見つけた。
恐らく件の願いを叶える神具の一部だったのだと思えば、それをしっかりと回収する。
「なるほどね」
「桜先輩、何か見つけましたか?」
小唄の発見に続くように上がった桜の声に視線が集まる。彼女はその手にボロボロになったレポート用紙を持っていた。
「儀式の手順、が書かれた紙、だと思うわ」
「どれどれー?」
逝が内容を改めれば、確かに夢見の内容にも合致する儀式の流れが説明された文言が見て取れた。だが、
「これが儀式、ねえ?」
「よねぇ?」
桜と逝の意見が一致する。そこに書かれていた儀式の内容は、
「図のように陣を描き、剣を掲げ、以下の呪文を詠唱し続ける」
あまりにもシンプルだった。
儀式に込められた呪術的な意図も書かれず、陣だと称される図の絵も陳腐ともいえるほどに単純だった。
「さ、流石にこんなにお手軽に力が得られるなんて……」
「担がれたか、未熟だったか……」
「どちらにしても、クズにはお似合いの結果だったわね」
「え? 桜先輩?」
「なーんでもないわ、うふふ」
「……とりあえず、後は本人の証言と、御白ちゃんの拾った小片を解析してみないと分からないさね」
「ですね」
これ以上は出来ないだろうと、三人は調査を切り上げ教会を後にする。
神秘の解明、FiVEの大きな目的にこれが貢献する可能性があるというのならしっかりと回収するのも重要な仕事だった。
「……どうなることやら」
逝はハッキリとしない結末にため息を吐いた。彼の手にある直刀・悪食が残された蝋燭の火に鈍く赤を受け止めていた。
「依頼完遂、ありがとうございます。後は可能なら私達に同行して護送を……」
「もちろん、そうさせてくれ」
「ボク達で最後まで責任を持つよ」
「私の医療知識も役立てるなら、道中協力するのですっ!」
「助かります!」
破綻者を治療施設へ輸送するために待機していたスタッフに無事二人を届けた浅葱達三人は、ようやく一息吐いていた。
担架に乗せられ改めて拘束された礼治と次郎と共に、救護車の中へと乗り込む。
と、その時だった。
「う、ぐ……ぐぁ……」
次郎が呻き声をあげた。それは暴走した怒りの声ではなく、純粋に痛みと苦しみを訴える身悶えだった。
「いけない。俺に任せて」
秋人は即座に次郎の傍に立ち、自分に残された気力で水気を練りあげる。
「俺に出来ることを……その為に俺は、自分の力を使う」
そうして作り上げた深想水は、静かに次郎の体に染み込み、溶け消えた。
「ぐ……う……む……」
ゆっくりと、乱れていた呼吸が落ち着いていく。
「どうやら毒気が残ってたようだね」
「ふぅ……なんとか一命は取り留めた、かな?」
彼の力は、確かに命を守った。
落ち着いた寝顔を見つめながら、どうかこの穏やかな顔が治療の間も続くようにと秋人は願う。
「ふふっ、ハッピーエンドを願んだ少女の依頼ですから、こうでなくてはなのですっ!」
「だね」
自らの完全勝利を確信し、浅葱が、志穂が笑った。
正義の味方は求められた願いを叶えるのみ、死なせないし殺させない。その誓いは確かに果たされた。
覚者達と、救われた隔者を載せた二台の車がゴーストタウンを後にする。
妖の出現から変わってしまった世界は、それでも変わらぬ綺麗な月を空に掲げていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
依頼終了。覚者の皆様はお疲れ様でした。
命を落とす運命にあった男達はその生を長らえ、治療の道に入ります。
力を与える神具、その謎は未だ闇の中ですが、
そうした多くの出来事を蓄積していき、FiVEは神秘を解明していきます。
そして新たな物語が生まれる時、それが再び活躍の場となるでしょう。
楽しんでいただけましたら幸いです。
またの機会ございましたらよろしくお願いします。
命を落とす運命にあった男達はその生を長らえ、治療の道に入ります。
力を与える神具、その謎は未だ闇の中ですが、
そうした多くの出来事を蓄積していき、FiVEは神秘を解明していきます。
そして新たな物語が生まれる時、それが再び活躍の場となるでしょう。
楽しんでいただけましたら幸いです。
またの機会ございましたらよろしくお願いします。
