ころころとすねこすり住む秋の山
●すねこすり
二〇一五年七月中旬、近畿に大量発生した『すねこすり』は、その発生数にもかかわらず大きな被害もなく収まった。
FiVEの覚者が近畿を走り回り、懸命に回収した結果である。
さて、集めたすねこすりは一旦研究所内に集められ、『研究所所長』御崎 衣緒(nCL2000001)が研究のためにと調べることになる。
その後、すねこすりはどうなったかというと――
●榊原の誘い
「温泉に行かんか?」
あごひげをさすりながら『気炎万丈』榊原・源蔵(nCL2000050)がFiVEの覚者を旅行に誘う。好色爺、温泉、湯煙。その単語に若干引き気味になる覚者を制して、
「まあ待て。純粋に慰安じゃよ。戦い疲れてる者もおるから、ここで一息つかんとな。
この前捕まえた、すねこすりの様子見もあるんじゃが」
思わぬ単語に足を止める覚者。それを確認して、榊原は説明をつづける。
「古妖が女将をやっている宿があってのぅ。その近くの山にすねこすりを放したんじゃ。もともとおとなしい古妖じゃ。人が来なければ足を滑らせることもあるまいて」
すねこすりは人の足の間を通過して、すっころばせる程度の古妖だ。町中で大量発生しない限りは、害はない。だが、放逐してそのまま放置は無責任と言えよう。確かに様子を見に行ったほうがいい。
「で、古妖が女将といったな。どんな古妖なんだ?」
「座敷童じゃよ。これが別嬪さんでなぁ」
この好色爺が。覚者の冷たい視線が突き刺さる。
だが様子見は必要だし、たまには羽を伸ばすのも悪くない。古妖と接触するのもいいだろう。
秋も近づく山の宿。そこには何が待っているのだろうか?
二〇一五年七月中旬、近畿に大量発生した『すねこすり』は、その発生数にもかかわらず大きな被害もなく収まった。
FiVEの覚者が近畿を走り回り、懸命に回収した結果である。
さて、集めたすねこすりは一旦研究所内に集められ、『研究所所長』御崎 衣緒(nCL2000001)が研究のためにと調べることになる。
その後、すねこすりはどうなったかというと――
●榊原の誘い
「温泉に行かんか?」
あごひげをさすりながら『気炎万丈』榊原・源蔵(nCL2000050)がFiVEの覚者を旅行に誘う。好色爺、温泉、湯煙。その単語に若干引き気味になる覚者を制して、
「まあ待て。純粋に慰安じゃよ。戦い疲れてる者もおるから、ここで一息つかんとな。
この前捕まえた、すねこすりの様子見もあるんじゃが」
思わぬ単語に足を止める覚者。それを確認して、榊原は説明をつづける。
「古妖が女将をやっている宿があってのぅ。その近くの山にすねこすりを放したんじゃ。もともとおとなしい古妖じゃ。人が来なければ足を滑らせることもあるまいて」
すねこすりは人の足の間を通過して、すっころばせる程度の古妖だ。町中で大量発生しない限りは、害はない。だが、放逐してそのまま放置は無責任と言えよう。確かに様子を見に行ったほうがいい。
「で、古妖が女将といったな。どんな古妖なんだ?」
「座敷童じゃよ。これが別嬪さんでなぁ」
この好色爺が。覚者の冷たい視線が突き刺さる。
だが様子見は必要だし、たまには羽を伸ばすのも悪くない。古妖と接触するのもいいだろう。
秋も近づく山の宿。そこには何が待っているのだろうか?

■シナリオ詳細
■成功条件
1.山の宿を楽しむ。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
決して温泉が好きとかそういうことはないんだからねっ!
●場所情報
岡山県にある山の中腹。近くの集落から離れ、宿のほかには自然しかない。そんな宿。
古めかしい木造の宿は古妖が経営しています。いろいろあってFiVEのことは知っており、皆様の正体を隠す必要はありません。
予定は一泊二日。昼到着で、次の日の昼に宿を出るスケジュールです。
行動は主に四種類です。その他があれば【5】でお願いしますプレイングの頭か、EXプレイングに番号を付けてください。
【1】山の中を散策する:山道を歩きます。すねこすりに会いたい方はこちらに。
【2】宿でゆっくり:静かに宿で生気を養います。古妖とお話ししたい方はこちらに。
【3】温泉でほっこり:巨大な混浴温泉で体を温めます。強制的に着ているものは水着になります(装備の必要はありません)。
【4】宴会:宴会場で飲み会します。メインは山の幸を中心とした天ぷらです。
未成年(実年齢。現の因子で変化してもだめ)の飲酒喫煙や過剰な破壊行為等、常識に照らし合わせて不適切と判断した行為はマスタリング対象になりますのでご注意ください。
●NPC
榊原・源蔵
スケベな爺です。皆に止められて【4】で不貞腐れてお酒飲んでます。でも呼ばれればどこにでも行きます。
羽澄
古妖。座敷童。見た目は一五歳の和服を着た少女です。一人で数十名の客を切り盛りできる高い接客能力を有しています。
豆狸(×30)
古妖。化け狸。三十センチほどの小さな狸。羽澄のサポートをしています。食事を運んだり、掃除をしたり。
●イベントシナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼難易度普通の33%です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】という タグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
・NPCの場合も同様となりますがIDとフルネームは必要なく、名前のみでOKです。
・イベントシナリオでは参加キャラクター全員の描写が行なわれない可能性があります。
・内容を絞ったほうが良い描写が行われる可能性が高くなります。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
62/∞
62/∞
公開日
2015年09月19日
2015年09月19日
■メイン参加者 62人■

●すねこすり住む山の中
空は秋晴れ、風も穏やかな山の中。
見渡す限りの緑の中、覚者達はそれぞれの思いを持ち散策していた。かつて大量発生した古妖『すねこすり』の様子見である。彼らがこの山でどう過ごしているか。それを調べる……というのが目的である。
さて、すねこすりはもふもふである。もとい、毛の長い動物型の古妖である。その形状をどの動物に例えると近いといわれれば、おそらくウサギだろう。丸々とした体型とさらさらとした毛並み。互いをなめ愛想の毛並みを整え、人のすねをこすって転がす。
そんな彼らを見て覚者は――
「お、いたいた! あいかわらずころっころのもこもこだなぁ!」
百は山の中を歩き、すねこすりを発見する。元々否かで育ったこともあり、山を歩くのは慣れていた。前に街中で見かけたときのようにパンを手にして近づいていく。寄ってくるすねこすりにくすったそうな声をあげる百。
「うお、すげぇ寄ってきた! あはは、くすぐったいぜ!」
人間を警戒していないのか、食い意地か。ともあれたくさん寄ってくるすねこすりに埋もれる百。最初はうまく生活できるか心配だったが、心配なさそうだと安心した。体中に抱き着いてくるすねこすり。
「誰か背中のやつ取ってくれー!」
「人に怯えると思っていたが、そうでもないらしいな」
ゲイルは百の背中に抱き着いたすねこすりを取り、じっと見つめる。先の回収事件の時は捕まえるのに必死だったが、今は違う。ゆっくりもふもふできる時間があるのだ。この機会を逃すつもりはない。ゆっくりとすねこすりの毛を手で梳く。
「おお、これは……」
すねこすりの毛並みは、触るたびに手にさらさらした触感を与える。なぞった毛がふわりと元に戻っていくのを見て、不思議と心が和むゲイル。撫でているうちにこちらに気を許したすねこすりを着流しの中に入れる。
「すねこすりぐるみって、本当にすねこすりさんにそっくりなんだね!」
きせきはゲイルの懐や山の中で見かけるすねこすりをみて、感動するように飛び跳ねていた。つい先日まで入院していたきせきは町中でのすねこすり発生事件を知らない。すねこすりのぬいぐるみは知っているが、本物を見るのは初めてだ。
「お菓子あげる! 食べるかな?」
しゃがみ込み、すねこすりにクッキー系のお菓子を差し出す。最初は匂いを嗅いでいたすねこすりは、きせきの持つお菓子をかじり始める。もぐもぐと食べるすねこすり。きせきはその姿に思わず抱きしめたくなった。
「そうか食べるんだ……よし!」
禊は餌付けされているすねこすりを見て準備していたお弁当を開ける。山の中で食べるように用意したものだが、堪らなくなっただろう。近くにいるすねこすりの近くに差し出す。寄ってくる数匹のすねこすり。
(ああ、可愛い! 抱きしめたい……抱きしめる!)
可愛いもの好きな禊は我慢できなくなったのか、すねこすりの一匹を抱きしめる。元々人のすねをこする古妖だ。人との接触など嫌がるものではない。もふもふした毛皮と、柔らかく温かな肉体。それを堪能する禊。
「もふもふもふもふ……!」
鼓虎もまたすねこすりの抱き心地を堪能していた。すねをこすって転ばしてきたすねこすりを抱きしめ、その毛並みの感触を味わっている。撫でればなでるほど整っていく茶色の毛皮。その触感が手に残り、なんともいえぬ感動を与える。
「ぬいぐるみで我慢してたけど、やっぱり本物の魅力言うもんがあるよね」
ぬいぐるみと違い本物はそこに『生きている』ことが実感できることであろう。撫でるたびに力を抜いて鼓虎に身を寄せるようになってくる。心通った事に、感動を覚える鼓虎。
「よかったわぁ。すねこすりぬいぐるみが出た時はあらぬ想像もしてしもたけど」
「そうね。しかるべき処置を取られたという話を聞いた時にはビックリしたけど」
近くの岩に腰掛けてすねこすりを撫でながら、蕾花は鼓虎の言葉に応じる。町中で発生した古妖。それを捕らえてどうしたかの詳細は、その時は教えてもらえなかった。非人道的なことをされたのではないかと心配もしたのだが。
「よーしよし。よかったね、おまえたち」
膝の上でおとなしく撫でられるすねこすり。対応が遅れれば『町中で人を転ばす悪い古妖』として処罰されていたかもしれないのだ。そうならなくて本当によかったと蕾花は改めて思う。この一時だけは、蕾花は年齢相応の少女の顔をしていた。
●『やまびこ』
山の中にある『やまびこ』と名付けられた宿。そこを経営する座敷童の羽澄。
そんな古妖を見るひとりの覚者がいた。超越だ。圧倒的強者の雰囲気を纏わせ、睨みの効いた恐ろしい顔で物陰から羽澄を見ていた。
「…………」
自然な動きを装ってマッサージチェアに座る超越。くつろいでいるふりをして羽澄の動きを追うように視線が動く。古妖の動きを一挙手一投足見逃すことなく見ていた。背骨を幹とした見事な立ち様。うなじ、小さな手、まだ成長しきっていない肉体……。
「…………っ!」
羽澄と目が合う。微笑みかけられて、そっと目を伏せた。問題ない。自然な動きだ。見惚れていたなど気づかれてていないはず。うむ。
「あなたがこのお宿の女将さんでしょうか? 初めまして、片桐と申します。甘いものは、お好きでしょうか?」
そんな座敷童に話しかける美久。挨拶し五麟市で買ってきたおはぎを渡す。ほほに手を当てて受け取る座敷童。その様子を見て無駄にならずに済んだと美久は安堵する。
「これだけの人数のお世話をするには、いくら女将さんが有能とはいえ大変でしょう? ぜひ、僕にもお手伝いさせてください」
「まあまあ、うれしい申し出ですね。でしたらお座敷の準備をお願いしようかしら?」
口に手を当てて宴会の準備を頼む座敷童。美久は頷き宴会場に向かう。
「ん……めんどくさい」
旅行って移動とかも大変だよね。温泉も、美味しい物食べるのも悪くないけどいろいろ手間だよね。そのすべてを込めて祝はつぶやいた。そんなわけで祝はロビーで呆然としていた。とりあえず思うことは、
「……すねこすりたち……ちゃんとここでの生活やっていけてるのかな……?」
ここに来た本来の目的はそれである。だが山を歩くのも億劫だ。結構の数の覚者が山に行ったのだから、その人たちの話を聞こう。そう思い、宿に視線を戻した。動き回る座敷童と豆狸。
(……豆狸も……可愛い……ん?)
祝がみていた豆狸をひょいと抱える雪緒。浴衣に着替え、宿を満喫している様子だった。
「僕のお茶に少しだけ付き合ってくれないかい?」
言って豆狸を部屋に連れ込む雪緒。特に抵抗することなく豆狸は雪緒の勧めるままに座布団に座る。
「僕は、働き者の君たちとお話がしたいなと思っていたんだ。最近何か変わりはないだろうか?」
すねこすり大量発生の事例もある。古妖に何かあるのではないかと雪緒は推測していた。折角発現して得た力だ。できるだけいい方向に世界を変えていきたい。
「あともし良ければ少しこう……もふもふっと撫でさせてはくれないか?」
それはそれとして、もふもふしたい雪緒だった。
「ふふふ! こんなに沢山の狸さんとご一緒出来て、私、とっても幸せですね!」
そしてたまきもまた、豆狸と一緒に入れて嬉しさ一杯だった。
「豆狸さん達がお忙しい様でしたら、私もお手伝い致しますね!」
と言って宿の手伝いをするたまき。その頑張りもあって豆狸たちの仕事を早く終わらせることができた。そして生まれた豆狸の休憩時間。たまきはその時間豆狸たちと遊ぶことになった。
「かわいい! ふわふわ! ぽんぽこたぬきさんですね♪」
豆狸のもふもふ具合を堪能するたまき。そして彼らの話を聞くことができた。毎日の山での生活や、時折やってくる人間との交流。それがとても楽しみなのだと。
「うーん、しかし座敷童子と豆狸って不思議な組み合わせ。何がどうなったんだろう?」
「元々人間が経営していたんですが……その、お亡くなりになって。そこを拝借している形です。豆狸さんは面白そうだからと手伝ってくれて」
笹雪は豆狸を抱きながら座敷童に話を聞いていた。家に宿る座敷童と、山に生息する豆狸。如何なる物語があってこのような宿になったのか。興味は尽きない。それに、
「古妖のお宿なら他の古妖がお客さんで来たりしないのかな?」
「ええ、来ますよ。この前は一つ目小僧さんが泊まってました」
「うわぁ、夢が広がる。本当にマヨイガ的なんだ」
はー、と感激したかのようにため息をつく笹雪。自身の家系のせいか。古妖への興味は尽きない。
そんな座敷童を見る柾と誘輔。
「なあ先輩、あの女将ちょっとだけ百合さんに似てるな」
「ばーか。百合はもっと美人だったろ」
言って誘輔の頭を撫でる柾。二人の関係はバイトの先輩後輩で、百合という女性を愛した者同士だ。柾と百合が婚約者同士で、誘輔はそんな百合に淡い恋心を抱いていた。そん関係は百合が妖に殺されるという悲劇で幕を閉じる。
「まだ忘れられねーのか、あの人の事」
「……未だに忘れられないな、俺もお前も」
誘輔の言葉に深くため息をついて答える柾。否定はしない。否定はできない。どこまで時間がたっても、喪失の穴を完全に埋めることはできない。人はその空虚を抱えたまま生きていくしかないのだ。
しばらく沈黙が流れ、柾が口を開く。
「歳ばっかりくうな、俺もお前も」
「三島サン、今や社長だからな。遊ぶ暇ねーだろ」
「そっちこそ大変じゃないのか? あそこの記者は危険な記事を扱うって聞いてるぞ」
柾は心配するように言う。輔柾の職業はスポーツ新聞の記者である。しかも妖事件などを取り扱う類のものだ。先輩として心配にもなる。
「まあ、それなりに。おおっと、取材取材。折角古妖の経営する宿にいるんだから」
誤魔化すように言って立ち上がる輔柾。そのままメモを取り出し座敷童に近づいていく。
(ついでに口説いてみるか)
どことなく初恋の人に似ている古妖を前に、そんな気分になる輔柾だった。
●再び山の中
「豆狸も気にはなったけれど……」
動物好きの大和は宿で動いている豆狸に心惹かれながらも、それを振り切って山に足を運んだ。自分がかかわったすねこすりがどうなっているのか、そちらへの興味が勝った形だ。どういう生態で、どういう生活をしているのか。
「おいでおいで」
すねこすりを見つけ、しゃがんで呼び寄せる。手の内に収まったすねこすりから、温かい体温が伝わってくる。柔らかい毛が体に触れ、触れた部分を優しく刺激してくる。毛並みはぬいぐるみと同じぐらいかしら。もしかしてぬいぐるみはこの毛を剥いで……。
「断言はできないわね。今日の所はこの感触を楽しみましょう」
「ん……」
大和のそばで一心不乱にすねこすりを撫でる悠。言葉少ないのはその方がすねこすりが落ち着くのではないかという配慮からか。平和に過ごすすねこすりをみて、安堵する。あの日、一生懸命に捕まえた甲斐があったものだ。
(……すねこすり……かわいい、な……)
悠は深緑の瞳ですねこすりを見ながらその毛並みを堪能していた。悠が手を動かせば、茶色の毛は指と指の間を流れるように梳かれていく。そしてふわりと毛は戻り、かすかにすねこすりの匂いが鼻孔をくすぐった。
「いい山だ……心が洗われるようだな」
静護はゆっくりと山の中を歩き、自然を深く感じていた。木々の間から指す木漏れ日、土の匂いを含んだそよ風、落ち葉を踏むかさりとした音。それらを身に染みらせるように感じながら、すねこすりを探す。すぐに一匹を捕まえ、近くの木に背を預ける。
「そう、これだ……! 僕の望んでいたのはっ……。最高だ」
普段のクールなイメージはどこへ行ったのやら。顔に笑みを浮かべ、静護はすねこすりをもふりはじめる。このまま持って帰りたい。すねこすりに囲まれて寝たい。そう思うほどの触り心地だ。
「雨の日によく現れると聞いていましたが……どうやら天候ではなく日照が条件のようですね!」
事前に調べたすねこすりの情報。それと今の状況を照らし合わせて美剣はそう結論付けた。そして隙を窺うように迫ってくるすねこすり。だがいるとわかれば捕まえることは難しくない。ひょい、と拾い上げる美剣。
「捕縛作戦でももふりましたけど、あれだけだと足りませんっ」
普段は凛としている美剣だが、可愛いものやもふもふした物は大好きだ。誰憚ることなく声を出し、すねこすりを撫で始める。柔らかな毛は美剣の手の中でふわりと流れ、わずかな弾力で元に戻る。何度撫でても帰ってくるすねこすりの毛。
「そうですよね~。かわいいですよね~」
その隣ですねこすりを撫でているミラ。すねこすり捕縛からひそかに増えていたすねこすりブーム。それにあやかりミラの店でもすねこすりのぬいぐるみを作って大ヒットしたのだ。主目的はそのお礼……だが、
「なでなでです~。もふもふです~」
一心不乱にすねこすりを撫でるミラ。人から逃げることもせず、むしろその腕の中でおとなしくなるすねこすり。それを感じ取りミラはすねこすりを撫で続ける。手のひらを通じて、すねこすりの体温が伝わってくる。
「わーい! すねこすりさん達がたくさんいます!」
真央はすねこすりを発見し、飛びあねる。猫じゃらしをもって振りながら近づいていく。すねこすりの瞳が猫じゃらしを追うように左右に揺れる。しばらくそれを続け……我慢できなくなった真央が飛びついた。しばらくして我に返る真央。
「はじめまして、猫屋敷真央です! 今日はいっぱい遊んでくださいねっ!」
改めて挨拶し、すねこすりに挨拶をする真央。捕縛作戦の時は任務優先ですねこすりと遊ぶ余裕がなかった。だが今日は違う。山の中の散歩や追いかけっこ。自然の中で遊ぶ時間はたくさんある。ネコミミを振りながら、山の中を一緒に入りまわろう。
「そうか……。猫じゃらしなしでもいけるのねっ!」
真央のやり方を見ていた唯音が頷き、すねこすりに近づいていく。人間を見ても逃げようとしないすねこすりにおそるおそる手を伸ばす唯音。こわいくないよーいじめないよーと言いながらその手に抱きしめることに成功する。
「やーんっ、かわいい~。お持ち帰りしたい! おかーさんにナイショで飼えないかな?」
抱きしめたすねこすりの感触に喜びながら唯音が叫ぶ。だけどそれがダメなことは唯音もよくわかっている。だからここは笑顔で別れよう。でもその前にこの感触を心行くまで堪能するのだ。さみしくない。きっとまた会えるから。
「すねすねこーすりー、でておいでー」
ハイテンションで山道を歩く千晶。頭の上に守護使役の『聖』を乗せて、古妖を求めて山を歩く。千晶はすねこすりのぬいぐるみは何度か見たことあるが、本物を見たことはない。やがて木の影から、こちらを転ばそうと近づいてくるすね子瑠璃を見つける。
「すねこすり、ゲットだぜ!」
千晶は近寄ってきたすねこすりを拾い上げ、抱きしめる。そのまま空いた手ですねこすりの毛を撫で始めた。何度も優しく撫でればすねこすりも信頼を寄せてきたのか、千晶に体重を預けて眠るように脱力する。
「白く……はないけど可愛いもふもふ!」
御菓子はまだ見たことのないすねこすりの姿を想像し、色以外は違わぬ事実に感激する。すねこすりに脛をこすられて転びながら、その姿を認めて手を伸ばす。地面を回転しながら手を伸ばし、すねこすりを捕まえた。
「その感触、その声、その香り、その全てを堪能する」
にやける顔を隠すことなく立ち上がり、すねこすりを抱きしめる。抱きかかえてすりすりと頬擦りすれば、やわらかい毛が頬を撫でる。御菓子の喜びのボルテージがあがれば、すねこすりのお腹に顔をモフモフさせて、心地よい暖かさに包まれていた。
「可愛いオレがカワイイ格好をするのは当然!」
と豪語して女装までする冬月だが、その根幹は二つ名にあるように『可愛いものが好き』である。ファンシーグッズで働くほど可愛いものが好きな冬月が、すねこすりを可愛がる機会を逃すはずがなかった。店を休んでまでやってきたのだ。
「すねこすり、小さくて可愛い! 可愛い!」
冬月は鳥類のグッズが好みだが、すねこすりのような小さい毛玉のような生き物も好みだった。否、可愛いものに境界はない。可愛いものはなんでも愛でるべきなのだ。抱きしめたすねこすりを撫でながら、冬月はそんな真理に目覚めていた。
「来なさい。俺を転ばせる事は出来ませんよ?」
山の中で出会ったすねこすりを前に秋人は不敵な笑みを浮かべる。すねを転がそうとするすねこすりを第六感使用で感じ取り、避けていた。普段のミステリアスな雰囲気はどこへ行ったのやら。すねこすりと楽しそうに遊んでいる。
「この俺についてこれるかな!」
そして『ほらほら、捕まえてご覧♪』的に逃げる秋人とそれを追いかけるすねこすり。韋駄天足を使うあたり秋人の全力さがうかがえる。必死にそれを追いかけるすねこすり。日が暮れるまで秋人はすねこすりと遊び続けるのであった。
●混浴温泉
扉を開ければ白い湯気が体を包む。
岩と竹で作られた天然の温泉浴場。男女を分けない混浴形式なのは田舎ゆえか、あるいは榊原が頼んだせいか。ともあれ巨大な温泉をFiVE覚者が貸切る形となった。
「うっしゃ。男前参上!」
元気よく扉を開ける華多那。赤青黄緑の原色ばりばりの迷彩柄のサーフパンツは湯気の中でも目立つ。妹から拝借したバレットを使って髪を留め、器用に長髪を洗った後で湯船につかった。
「一杯どうだ?」
盆の上に載ったコップとジュース。一緒に飲まないかと華多那は来る人を誘う。お酒が飲める年齢ではないのでノンアルコールなのは仕方ないが、それでも何人かの人間がジュースを手に取り、体を冷やしていく。
「温泉、気持ち良さそうね。混浴なのがちょっと恥ずかしいけど」
聖子は言いながら湯船に紛れるようにそそくさと端っこの方に移動する。そういう態度が乙女らしく、逆に見る方は恥じらいを覚えるのだがそれはともかく。因子発現して変化した右腕を気にしながら、身を湯船にうずめる。
「日々の疲れをここで癒しましょう。明日からはまた頑張らないといけないんだから」
肩まで湯船につかれば、お湯の温もりが染み入ってくる。FiVEの生活は忙しい。この休養が終われば、あわただしい日々が待っているのだ。だが今日だけはゆっくりしていいだろう。
「あぁ……やはり温泉は良いものですね」
聖子と同じく混浴を気にしながら恵は湯船につかる。依頼に研究に、日々FiVEで動き回ってる恵だが、たまには休養も必要だとばかりに参加したのだ。適度なリフレッシュを取ることも、長期的に仕事を続けていくためには必要な――
「……ハッ! ……すねこすり……動向を探るのを頼まれていたのでしたよね」
忘れてた、とばかりに我に返る恵。五秒程思考し、脱力する。たくさんの人たちがすねこすりを見に行ったのだ。彼らから話を聞けばいい。今日はゆっくりしようと、恵は湯で顔を洗った。そういえば、卓球台があったっけ?
(家に居ないで済むのは願ったり叶ったりです)
家庭の事情がややこしい牡丹は湯船に浸って空を見上げていた。山に日が落ちるまでもう少し。こうしてゆっくりとした時間を過ごすのはいつぶりだろうか。自然がこんなに美しいと思ったのは、何年振りか。
「せめて今日だけは、幸せな時間というものを過ごしてみるのもいいかも」
ややこしいごたごたが解決したわけではないが、常に気を張り詰めていれば緊張で倒れてしまう。今日だけはこうしてゆっくりと山間を見ながら時を過ごすのも悪くない。ゆだる前に部屋に戻って、ゆっくり眠るのもいいだろう。
「依頼での疲れが癒されるわ」
「誘ってくれてあんがとね椿ちゃん」
椿と雷鳥が二人で湯船につかっていた。依頼で一緒になったことがきっかけで知り合い、それが縁で今日は一緒に温泉に入ることになった。ゆっくりと暖まりながら自然を眺める。それだけで今までの疲れが消えていくようだ。
「……それにしても椿ちゃんの羽、似てるわね」
「似てる?」
「おっとごめん、ついじろじろ見すぎちゃってたか」
椿の羽を見て思い出に浸る雷鳥。それを不思議に思って訪ねる椿に、雷鳥は頭を掻いて、
「私、娘がいてさ。血は繋がってないんだけど、凄くかわいーの。丁度椿ちゃんみたいな青い羽はやしててね。
だからつい思い出しちゃって……今は、どこにいるかわかんないんだけどさ」
まあ、と驚きで口を丸くする椿。雷鳥の口調は軽いが、親しいものがいなくなる辛さは、椿も理解できる。椿の親はもう戻らないが雷鳥の娘はまだ生きている可能性がある。
「いつか……いつか会えると良いですね」
「うん、ありがとう、もし会えたら仲良くしてやってよ」
雷鳥の言葉に、ええ、と笑顔で返す椿。その日が来ることを、心待ちにしていた。
「えへへ、友達と温泉旅行だなんて初めて! 思いっきり楽しまなくちゃっ♪」
(んふふ、いばらちゃんと温泉旅行! ぐふふ、こんな可愛い女の子と一緒だなんて嬉しい死んじゃう)
いばらと零はそれぞれの思いを込めて温泉に入る。互いに微笑みながら、まあいろいろ口にはできないこととかを思いながら。いばらが体を洗うためにブラシを手にする。獣憑の体を洗う用のブラシだ
「へー、そんなのあるんだ……いばらちゃん、洗ってあげるね。その尻尾、一人でやるのは大変でしょ?」
「えっ、いいんですか? えへへ、助かりますっ!」
いばらは零にブラシを渡して、背中を向ける。鱗がたくさんある爬虫類のしっぽを手に、零がブラシを立てた。最初は悪戦苦闘しながら、しかし少しずつ手馴れていく。
「尻尾の付け根……トゲトゲの裏っかわ……尻尾の先……」
「尻尾を誰かに洗ってもらうなんて、初めてだなぁ……何だか、気持ちいいかも~♪」
ブラッシングされて心地よい気分になるいばら。いい気分になり、お返しにとタオルを泡立てて振り返る。
「お礼に私も洗ってあげます! さぁさぁ、つま先から頭の天辺まで、バッチリ綺麗にして差し上げますよ~っ!」
「な、鳴神は洗わなくていいよ! あっ、だからだいじょぶだって、なんかくすぐっ……たっ!? こら、駄目だってそんなとこ、い、ばらちゃっ、んもうっ……」
予期せぬいばらの反撃に後手後手に回る零であった。
「そういえばコンテストにでたんだよね? 見に行けばよかったなあ」
「水着コンテストは弟に無理やり参加させられたんだけど……いい経験にはなったかな」
たまきと繭は湯で暖まりながら、水着の話で盛り上がっていた。おニューの水着を買ったけど、水着コンテストには出なかったたまき。これが初披露となる。
「今度はたまきも出よう。たまきはすらっとしてるし、コンテスト映えしそう」
「私は静かな会場にいたんだけど、そしたら恋人たちがきてね。ちょうどあんなふうに……って、金髪の外人とイケメンのカップル?」
たまきの指さす方をみれば、そこには両慈とリーネが一緒に湯船につかっていた。
「ついに来ましタ! 愛しの両慈と一泊二日の温泉旅行! さぁ両慈! 一緒に裸の付き合いをして親交を深めまショウ♪」
「落ち着け。湯船では静かにしろ」
愛しい人と一緒に温泉に入って喜び勇むリーネを、犬を落ち着かせるようになだめる両慈。傍目にはそれなりに仲のいい恋人同士に見える。
「金髪外人とイケメンのカップルね」
「オー! そこの人、嬉しい事言ってくれマスネー!」
繭の率直な感想が聞こえたのか、リーネはそちらの方に近づいていく。
「これも何かの縁というヤツデスネ! 一緒に親交を深めまショウ! 私はリーネ・ブルツェンスカ、リーネで結構デスヨ♪」
自己紹介するリーネにたまきと繭も自己紹介する。リーネに気おされる形だが、こういう形での交友は旅ならではなのかもしれない。
「天明両慈だ。一応言っておくが、俺はコレの恋人では無いぞ。そんな事を言うとコレが舞い上がるから勘弁してくれ」
「コレ扱いされました……ちょっとしょんぼりデース……」
両慈の一言に落ち込むリーネ。そんな様子を見て、たまきと繭は首をひねった。互いに恋は未知の流域だ。
「天明さんは嫌がっている、のかな?」
「お二人は恋人ではないのですか……? 誤解してすみません。恋愛ごとには疎いもので……」
たまきも繭もまだ高校生。あるいはもう高校生。色恋に疎く、そして興味がある年頃だ。察するに恋愛に至る相手がいなかったのだろう。
「俺は恋愛と言う物に興味は無いが」
そう前置きして……主にリーネに言い含めるように言って、両慈はたまきと繭の方を見た。
「お前達の容姿は整っている。その気になれば彼氏の一人くらい簡単に出来るだろう。恋愛の経験など、すぐにやってくる」
「御二人もきっと素敵な殿方にお会い出来マスヨー! 私も頑張って両慈を落としますから御二人もファイト、デスヨー!」
そんな未来はない、と拒否をする両慈。懲りずに抱き着くリーネ。
そんな二人を見ながら繭とたまきは微笑み、
「素敵な人が現れたら私も少しは積極的になるのかな……想像つかないけど」
「あたしも恋してみたいな。彼氏ができたら真っ先に教えてよ、繭。約束だからね」
そしてまだ見ぬ恋愛を夢想していた。
「温泉と言えば、日本酒だと思うの」
「椿姫、君は何処でも変わりませんね」
という椿姫の言葉に、アーレスは呆れることなく付き合う付き合うことにした。徳利やお猪口などの道具は椿姫が用意していた。ともあれ椿姫とアーレスは温泉で日本酒としゃれこむことにした。……水着で。
「美しい景色に温泉に美味しいお酒に隣に恋人って、良い環境だよねぇ」
(水着とはいえ、こうしてくっついてお酒を飲むと、ちょっと邪な気分になりますね)
二人より添って温泉で酒を飲む。日本酒が効いているのか二人の愛が効いているのか、互いの鼓動は少しずつ早くなっていく。温泉の熱か、二人の愛か、互いの体は少しずつ熱くなっていく。
「くらくらするから、ぎゅっとしても良いですかぁ……」
「……っ!?」
言葉とともに抱き着く椿。思わずあせるアーレス。だがすぐに落ち着いて、アーレスは椿姫を抱き返す。互いの心臓の音が聞こえてくる。
「椿姫、気が早いですが、こういう間柄になったからには君のご両親に挨拶させて欲しい。それと、今夜は寝かしませんよ?」
言ってアーレスは椿姫の首に手をかけて引き寄せる。互いの呼吸が感じ取れるぐらいに顔を近づけ、二人同時に目を閉じて――
「……嬉しいです、アーレス」
たっぷり一二秒後、いとおしさを乗せた声で椿姫が唇を動かした。
●三度、山の中
「すねこすりさんの捕獲に参加した身としては、その後が凄く気になっていたので…会いにいきたいと思います!」
「うむ、ではこのゴッドが付添おう」
そんな会話があったかなかったか。ウィチェとゴッド……こと轟斗が山の中を歩いていた。轟斗はウィチェからすねこすりぬいぐるみを受け取り、その触り心地を堪能していた。
「ゴッドさんはすねこすりにお会いした事ないんですよね、ワタシが持ってるぬいぐるみが、そのすねこすりさんですよ」
「この手触りは確かにグッド。エンジェルの言う通り、会った事はないが善きアニマルなのであろうな。
ところで、エンジェル。ゴッドの脛がむず痒いのだが? これがすねこすりかね?」
轟斗の足をこするすねこすり。それを見てエンジェル……ことウィチェは喜びの声をあげる。
「はい! ねこすりさんのぬいぐるみが神具庫に現れた時、ほんとに、どんな目にあわされたのかと不安を覚えたものです。でも、山に解放してもらえたんですね。良かったです!
すねこすりさんの無事が分かるのであれば、いくらでも脛を擦ってもらって構いませ……あああああ~!」
「エンジェール! 待っていろエンジェル、今ゴッドが助ける! とう!」
すねこすりにすっ転ばされ、山を滑り落ちるウィチェ。それを追う轟斗。
「ああ、ありがとうございます、ゴッド!」
「小動物と戯れる少女と言うものも世界にシャイニングをもたらすに違いない。ゴッドが守るべきはそういった光景なのだよ」
「向こうは騒がしいなぁ……」
瑠璃はそんな騒ぎを聞きながら山道を進む。すねこすり捕縛に関わった者として、あいつらがどうなったかは気になるらしい。そうして歩いていると、先客を見つける。
「およ? おにーさんこんにちは。ボクは棚橋悠ですよー」
「え……? ああ、六道瑠璃」
突然話しかけられ、自己紹介されて瑠璃は戸惑いながら適当に名前を返した。
「瑠璃くんもすねこすりさんの様子見ー? 一緒だね!
あ、お菓子あげる。すねこすりさん好きなんだよ?」
「ああ、うん」
相槌を打ちながら瑠璃は悠に苦手意識を持っていた。なんだこの人、なんというか苦手なタイプ……。
そんな瑠璃に意を介さず、悠はすねこすりの一匹を捕まえ話を続けていた、。
「この子は白玉で、クズキリにみずまんじゅう! 可愛いでしょー?」
「ああ、うん。そうだね」
瑠璃が気の抜けた言葉を返していると、膝の上に何かを乗せられる。悠が瑠璃の膝の上にすねこすりを乗せていた。そして自分の頭の上にすねこすりを乗せる。
(……なぜ膝に乗せるのかわからない……頭の上に乗せるのも……)
「見て見て瑠璃くん! 三匹! 三匹行けたよー!」
満面の笑みですねこすりを頭の上に乗せる悠を、何とも言えない表情で瑠璃は見ていた。
「自然が多い場所って落ち着きますね。土の上を歩くのは久しぶりです」
「燐ちゃんに来てもらったは良いけれど、つまらなかったらどうしようかと思ってたからね。少しでも喜んでもらえる要素があって良かったよ」
燐花と恭司が山道を歩く。二人の目的は山の中を歩くことと、写真撮影だ。カメラマンの恭司は被写体を探す目的と同時に、燐花のリフレッシュがあった。久しぶりの土の感覚に、昔を思い出す燐花。
「私の方こそ、お仕事のお邪魔になっていなければと」
「気にしなくていいよ。……ところで燐ちゃん、その子何時の間に拾ったの?」
「先ほど上から降ってきました。可愛い、のでしょうか」
「へえ、ケセランパサランみたいな子だね」
木から落ちてきたすねこすりを抱く燐花。その姿に思わずシャッターを切る恭司。
「あぁ、ごめんね。いや、良い光景だと思って、つい」
「私を撮ってもお仕事にはならないですよ?」
撮られること自体は構わないのですが、と思いながら言葉を返す燐花。
「あぁ、ごめんね。いや、良い光景だと思って、つい。
そうそう、ケセランパサランは幸せを運ぶ古妖って言われててね、捕まえると幸せになれるって言われてるんだよ」
「こじつけですが、この子にもそういう力がある事にしましょう。今の私は幸せですから」
恭司の言葉に微笑み返す燐花。今の燐花二は帰る場所泊まっている人がいる。それがどれだけ幸せか。燐花は知っている。
「ふむ、古妖が経営している温泉宿か。話では聞いた事はあったが実際に赴くのは初めてだ」
「ええ、私も話だけで実際に目の当たりにするのは初めてなのだけれど。古妖の全てが人と敵対的というわけではないのね」
晃と慈雨は山の中を歩きながら、泊まる宿の話をしていた。正確にはそこに住む古妖のことを。古妖という一括りで見れば、人間とは違う存在だ。人と相容れがたい存在なのが一般的な見解だろう。
「さて、話を聞けばこの辺りの山道を歩いていればすねこすりが見つかるという事だったが……。
大丈夫だとは思うが、躓かない様に気をつけるんだぞ。慈雨」
「晃ったら心配性なのね。でも私が転びそうになったら、貴方が助けてくれるでしょう?」
慈雨の微笑みに、言うまでもないと視線で返す晃。そして晃の脛に何かが通り過ぎる感覚。見ればもふもふした毛をしたすねこすりがいた。
「ね、ね、見て晃! すごく可愛いし、毛並みふわふわなの!」
「あぁ、ふかふかだ。中々癖になるな、これは」
すねこすりを拾い上げ、慈雨と晃はその毛並みを堪能していた。触るだけで癒される。
「ふふ、どちらも愛らしい物だ」
「うん、本当にかわい……りょう、ほう……?」
優しく微笑み慈雨に視線を送る晃。その視線に気づき、顔を赤らめる慈雨。
「あの時に捕まえたやつらか。捕獲後の処遇が気になってはいたが、こういう場なら安心だな」
「すねこすり出るゆうて来たけど別の動物も出るんちゃう? 狐とか熊とか」
「初めて出会った時もそうだけど、可愛すぎるだろこんないきもの」
行成、秋葉、亮平の【Malt】三人はすねこすりを求めて山の中を歩いていた。秋葉の言うように途中山の動物――さすがに熊はないが――と遭遇することもあったが、無事すねこすりと遭遇することができた。すねをこするウサギっぽい毛玉を捕まえ、もふもふする男三人。
「わー、本物のすねこすりやー! もふ。むっちゃかわいいー。もふ」
秋葉はその抱き心地を堪能するようにモフる。途中、守護使役も含めて抱き、両方の感覚を楽しんでいた。そういえばすねこすりって何か食べるんかな、と持っていたお菓子を近づけたりしている。
「あぁ……本物のすねこすりは最高に可愛くて触り心地も抜群だな……」
亮平は最初から全力で抱きしめていた。すねこすりぬいいぐるみが出た時に我先にと買いに走った自分の可愛いもの好きが恨めしい。だが人間はその本賞には逆らえない、可愛いものを愛でて何が悪いのか。
「沢山の人が愛でているようだな、この可愛さなら当然といえるが……っ! 大丈夫だ……」
行成は冷静にすねこすりを撫でながら、近くの枝に頭をぶつけてしまう。撫でることに夢中で、目の前にある枝に気づかずぶつかったのだ。前方不注意である。意外と冷静ではないのかもしれない。
「そうだな……この子は『スーたん』と名付けよう」
「お、志賀君名前つけてるん? ええネーミングセンスや」
すねこすりに名前を付ける行成。指を立ててそのセンスを褒める秋葉。そして首をひねる亮平。
「もしかして名前をつけるのが好きなのか…?
そういえば、俺の守護使役も通りすがりに誰かが呟いた名前で決めたんだよな……。まさか……?」
「あぁ、気づいてなかったのか。ぴよーて三世は私が名づけた」
「なん……だと……?」
行成の言葉に驚く亮平。自分の守護使役の名付け親が、行成だったとは……。すねこすりを抱きながら、呆然としていた。
「お、シャッターチャンスや」
そんな亮平をカメラに収める秋葉であった。
「あぁ、ほら逸れると危ねぇし。手ェ繋ぐぞ」
(山道を歩くのは初めてで不安……でも先輩と一緒なら怖くないよ、ね)
【極道とお嬢様】こと枢紋とひさめが山道を歩く。枢紋がひさめの手を取り、起伏の激しい山道を先導する。慣れない山道は不安だが、つないだ手のぬくもりがその不安をかき消していく。
「あ、あの……あ、ありがとうございます」
「気にするなって。ほら、あそこにいたぞ」
枢紋が指さす先に数匹のすねこすり。二人が近づくよりも前にすねこすりの方が二人に近づいてくる。やってくるすねこすりを捕まえる枢紋。
「おー可愛いなぁ! ふはっ、くすぐってぇよ」
(あ……うらやましいな……)
すねこすりを撫でる様子をみて、ひさめは何とも言えない表情をしていた。何かを言いたそうで、だけど言っていいのか迷っている顔。そんな顔を見て枢紋はひさめに振り返る。
「ん? 水無月、何かあったか? ゆっくりで良いから言ってみ?」
まっすぐに見つめられ、思わず呼吸が乱れるひさめ。言うべきことを頭の中で纏めようとして言葉にならず、ただ思うままに口を開いていた。
「……私も先輩に頭撫でてもらいたい、です……っ」
言って赤面するひさめ。そんなひさめをみて、彼女の頭に手を伸ばす枢紋。
「なんだ、そんなんいつでもやってやるよ。
だから笑ってろ。お前は笑顔が似合ってるからな」
「あ……」
頭を撫でる感覚にさらに赤面が増すひさめ。だが願いかなったのか、その顔は枢紋の望み通り笑顔に変わっていた。
「ま、危険は無い、と」
ともやはすねこすりの危険度をレポートしていた。すねこすりは危険性の高い古妖ではない。だがそれを信用しない者もいる。そういった人用の体験レポートだ。転ばそうとする行為はじゃれているだけ。そうしめて、宿に戻ろうとする。
「……ここどこ……帰り方分かんなくなった……」
帰路に就くともやの耳にそんな声が聞こえてくる。声のする方に行ってみれば不安そうに道を歩く奏空の姿があった。初めて見る顔だが、FiVEの覚者なのは確かだろう。山奥に向かいそうになる奏空に声をかけようとして、
「あ、待って!」
急に振り向く奏空。みれば足元を通り過ぎたすねこすりを追いかけようとしていた。そのまますねこすりを追いかけ、ともやのまえまでやってくる。
「どうした? 道に迷ったのか?」
「あ……はい。『やまびこ』までの道、わかりますか?」
泣きそうになるのを必死にこらえ、奏空はともやに道を尋ねる。
「ああ。知ってる。じゃあ一緒に宿に帰ろうぜ」
ともやは奏空を安心させるように明るく振舞う。その明るさに引っ張られるように奏空も笑みを浮かべた。ともやの脛にいるすねこすりを抱き上げ、
「ありがとう」
キミがいなかったら、ともやに気づかなかった。その礼をして帰路につく二人。
宴の音が、少しずつ二人の耳に聞こえてくる。
●宴だ騒げ
『ちょっと! 体内の50%の血液が失われたって覚者でしょ! 根性復活とかできないわけ? 判定ハリハリー!』
『はいはい……根性判定失敗ね』
「命数使用を要求する!」
がばっ! とよくわからない夢から覚める数多。目を覚ますとここは宴会場。数多の叫び声は宴の喧騒に紛れて消えた。そして目の前には、
「……にーさま」
「ん、あぁ、起きたかい? 数多」
数多は千歳の膝に頭を預けて眠っていた。世にいう膝枕である。
「にににーさま!? 私はいったい……!」
数多はぼんやりする頭で何が起きたかを思い出そうとする。そう、温泉で千歳と一緒に入る間際、一六歳の乙女さながらの兄への妄想を行い、鼻血を出して倒れたのだ。
そんな妹をそのまま放置することなどできず、介抱する千歳。彼は数多が起きるまで膝枕で涼めていたのだ。
「大丈夫だとは思うけど、急に起き上がる事も無いよ。もう少し休んでなさい」
「ごめんなさい、にーさま、ちょっと調子にのっちゃった」
あおむけの状態で千歳の顔を見上げる数多。若干熱が上がってくるのは、まあいつものことだ。
「これくらいは何時もの事じゃないか。別に気にしてないよ。可愛い妹の面倒をみるくらい、わけないさ」
(はー、にーさま、らぶ)
さりげない千歳の一言に、数多の心が癒される。温泉は残念だったけど、来てよかったと本当に思う。
「さ、もう少ししたら俺達も美味しい食事にでもありつこうか」
取れたての山の幸が二人を待っている。数多は千歳の言葉に頷き、宴の方に耳を傾けた。楽しそうな声が聞こえてくる。
「やはりこういった場で良いことと云うのは、ただ飯ただ酒なのですよ」
経費はFiVEもち。ただ飯ただ酒素晴らしき。槐はそんな事を臆面もなく言い放ち、車いすから座椅子に座らせてもらう。キノコとレンコンを中心としたとれたて山の幸と地方の地酒。質素に見えるが口に運ぶと、流石とれたてと思わせる味だ。
「……お酒を運んでくる豆狸が影分身をしているのです」
つい最近お酒が飲める年齢に達した槐。しばらく飲んでいるうちに豆狸を凝視して頭を揺らしていた。お酒はペースを保って飲みましょう。忍者汚い、と言いながら豆狸をじっと見ていた。そして更にお酒を一杯。
「久々の飲み会〜♪」
宇宙人は杯片手に山の幸を楽しんでいた。揚げたての天ぷらと少し辛めの酒。サクサクした歯ごたえと広がる味わい。めったに食べない山の幸に舌鼓を打ちながら、お酒をお替りしていた。
「そういえばどこかのじーさんが不貞腐れてるとか聞いたけど……まあいいや。今日は雰囲気に任せて静かに飲むか」
宴の喧騒も心地よいと思えば涼風の如く。ちびちびと酒を口にしながら騒ぐ仲間たちを宇宙人は見る。この素晴らしい時に乾杯を。レンコンのてんぷらを一つ箸でつかみ、口に放り込んだ。綽綽した歯ごたえが、心地よい。
「山だ! 温泉だ! 宴会だ! ってわけで酒飲むぞー!」
そんな騒ぐメンツに絢雨がいた。騒いでいるというよりは、酒をたくさん飲んでいるが正しい。キノコのてんぷらをアテにして、一番合うと教えてもらった酒を飲む。絡んできた相手と飲み比べをして、今まさに勝利したところだ。
「ビールに日本酒、焼酎にウィスキーになんでもござれ。そうそう簡単に酔いつぶれたりしねーって。あんたもやるかい?」
そして再び始まる酒飲み大会。宴はまだまだ終わらない。
「今日は純粋にのんびりと羽を伸ばしちゃおうかしらん♪」
言ってのんびり宿で休んでいた輪廻だが、宴になればそんなおしとやかな雰囲気を刎ね貸すほどの健啖ぶりを見せていた。着物の帯が緩いのは、おなかの中により多くの食べ物を入れる為かとさえ思う。
「お酒もちょっと頂いちゃおうかしらねん♪ でも流石にお酒を飲むとなると一人はちょっと寂しいわねぇ……ちょいとそこのおじいさん、ちょっと御酌してくれないかしらん?」
着物の肩をはだけ、弱弱しくしなを作って輪廻は榊原にお猪口を寄せる。綺麗な花には棘がある。だが酔った榊原はあっさりその花に近づいていく。
「おーおー、お酌で避ければいくらでもするぞい」
「いやん、入れすぎよ。酔わせてどうするつもりかしら?」
まだまだ酔うつもりはないが、酔ったふりをする輪廻。これもまた酒宴の一幕。
「榊原氏はお盛んですなぁ」
そんな榊原を見ながら夜司は酒を口にする。隠居した老人同士、古い話に盛り上がる……かと思いきや。
「時に榊原氏よ 貴殿はどんなおなごが好みじゃ?」
「愚問じゃな、木暮坂の。ワシは女性全てが好みじゃ」
「はっはっは、流石じゃ。美しい花は愛でるに限る。それが世の理じゃよ」
そんな話で盛り上がっていた。
「儂は今でも死んだ婆さん一筋なんじゃが……名は朝路というての。一輪の桔梗の如く可憐な早乙女じゃった」
じゃった。過去形。長く生きれば連れ添いと死に別れることもある。それを察し、榊原は夜司の盃に酒を注ぐ、
「そいつは一度口説いてみたかったのぅ」
「まったくお盛んだ。これは負けてはおられませんな」
杯を重ね、同時に酒を飲む夜司と榊原。
「榊原のじいさん元気か! 滾るもの持ってきてやったぞ!」
榊原の背後から楓が肩を叩く。数冊の本を渡し、二人同時に親指を立てた。ジジイ二人がいろいろ滾ってきたらしい。アラタナルは全年齢。
「滾ってきたか。じゃあ一緒に女湯覗きに行こうぜ! この情熱は止められるもんじゃねえだろ?」
「うむ、行くぞ、脇森の!」
伝楓と榊原は立ち上がり浴場に向かって走っていき……数分後に浴場で大騒ぎが起きた。あれだけ堂々と『覗く!』と叫べば、そりゃーばれる。
「ふぅ。【しのびあし】がなければ即死だったぜ。頑張れじいさん」
「う、うらぎりものぉー!」
そんな声が聞こえてきたとか。
●そして日常へ
そして翌日。朝日とともに帰宅の準備をして、昼前に宿を発つ。
一泊二日の小旅行。目的を果たした者、新たな出会いを迎えた者、絆を深めた者、短い期間で得た物は様々だ。
「また来てくださいね」
座敷童の送りの言葉に手を振って、覚者達は五麟学園への帰路についた。
空は秋晴れ、風も穏やかな山の中。
見渡す限りの緑の中、覚者達はそれぞれの思いを持ち散策していた。かつて大量発生した古妖『すねこすり』の様子見である。彼らがこの山でどう過ごしているか。それを調べる……というのが目的である。
さて、すねこすりはもふもふである。もとい、毛の長い動物型の古妖である。その形状をどの動物に例えると近いといわれれば、おそらくウサギだろう。丸々とした体型とさらさらとした毛並み。互いをなめ愛想の毛並みを整え、人のすねをこすって転がす。
そんな彼らを見て覚者は――
「お、いたいた! あいかわらずころっころのもこもこだなぁ!」
百は山の中を歩き、すねこすりを発見する。元々否かで育ったこともあり、山を歩くのは慣れていた。前に街中で見かけたときのようにパンを手にして近づいていく。寄ってくるすねこすりにくすったそうな声をあげる百。
「うお、すげぇ寄ってきた! あはは、くすぐったいぜ!」
人間を警戒していないのか、食い意地か。ともあれたくさん寄ってくるすねこすりに埋もれる百。最初はうまく生活できるか心配だったが、心配なさそうだと安心した。体中に抱き着いてくるすねこすり。
「誰か背中のやつ取ってくれー!」
「人に怯えると思っていたが、そうでもないらしいな」
ゲイルは百の背中に抱き着いたすねこすりを取り、じっと見つめる。先の回収事件の時は捕まえるのに必死だったが、今は違う。ゆっくりもふもふできる時間があるのだ。この機会を逃すつもりはない。ゆっくりとすねこすりの毛を手で梳く。
「おお、これは……」
すねこすりの毛並みは、触るたびに手にさらさらした触感を与える。なぞった毛がふわりと元に戻っていくのを見て、不思議と心が和むゲイル。撫でているうちにこちらに気を許したすねこすりを着流しの中に入れる。
「すねこすりぐるみって、本当にすねこすりさんにそっくりなんだね!」
きせきはゲイルの懐や山の中で見かけるすねこすりをみて、感動するように飛び跳ねていた。つい先日まで入院していたきせきは町中でのすねこすり発生事件を知らない。すねこすりのぬいぐるみは知っているが、本物を見るのは初めてだ。
「お菓子あげる! 食べるかな?」
しゃがみ込み、すねこすりにクッキー系のお菓子を差し出す。最初は匂いを嗅いでいたすねこすりは、きせきの持つお菓子をかじり始める。もぐもぐと食べるすねこすり。きせきはその姿に思わず抱きしめたくなった。
「そうか食べるんだ……よし!」
禊は餌付けされているすねこすりを見て準備していたお弁当を開ける。山の中で食べるように用意したものだが、堪らなくなっただろう。近くにいるすねこすりの近くに差し出す。寄ってくる数匹のすねこすり。
(ああ、可愛い! 抱きしめたい……抱きしめる!)
可愛いもの好きな禊は我慢できなくなったのか、すねこすりの一匹を抱きしめる。元々人のすねをこする古妖だ。人との接触など嫌がるものではない。もふもふした毛皮と、柔らかく温かな肉体。それを堪能する禊。
「もふもふもふもふ……!」
鼓虎もまたすねこすりの抱き心地を堪能していた。すねをこすって転ばしてきたすねこすりを抱きしめ、その毛並みの感触を味わっている。撫でればなでるほど整っていく茶色の毛皮。その触感が手に残り、なんともいえぬ感動を与える。
「ぬいぐるみで我慢してたけど、やっぱり本物の魅力言うもんがあるよね」
ぬいぐるみと違い本物はそこに『生きている』ことが実感できることであろう。撫でるたびに力を抜いて鼓虎に身を寄せるようになってくる。心通った事に、感動を覚える鼓虎。
「よかったわぁ。すねこすりぬいぐるみが出た時はあらぬ想像もしてしもたけど」
「そうね。しかるべき処置を取られたという話を聞いた時にはビックリしたけど」
近くの岩に腰掛けてすねこすりを撫でながら、蕾花は鼓虎の言葉に応じる。町中で発生した古妖。それを捕らえてどうしたかの詳細は、その時は教えてもらえなかった。非人道的なことをされたのではないかと心配もしたのだが。
「よーしよし。よかったね、おまえたち」
膝の上でおとなしく撫でられるすねこすり。対応が遅れれば『町中で人を転ばす悪い古妖』として処罰されていたかもしれないのだ。そうならなくて本当によかったと蕾花は改めて思う。この一時だけは、蕾花は年齢相応の少女の顔をしていた。
●『やまびこ』
山の中にある『やまびこ』と名付けられた宿。そこを経営する座敷童の羽澄。
そんな古妖を見るひとりの覚者がいた。超越だ。圧倒的強者の雰囲気を纏わせ、睨みの効いた恐ろしい顔で物陰から羽澄を見ていた。
「…………」
自然な動きを装ってマッサージチェアに座る超越。くつろいでいるふりをして羽澄の動きを追うように視線が動く。古妖の動きを一挙手一投足見逃すことなく見ていた。背骨を幹とした見事な立ち様。うなじ、小さな手、まだ成長しきっていない肉体……。
「…………っ!」
羽澄と目が合う。微笑みかけられて、そっと目を伏せた。問題ない。自然な動きだ。見惚れていたなど気づかれてていないはず。うむ。
「あなたがこのお宿の女将さんでしょうか? 初めまして、片桐と申します。甘いものは、お好きでしょうか?」
そんな座敷童に話しかける美久。挨拶し五麟市で買ってきたおはぎを渡す。ほほに手を当てて受け取る座敷童。その様子を見て無駄にならずに済んだと美久は安堵する。
「これだけの人数のお世話をするには、いくら女将さんが有能とはいえ大変でしょう? ぜひ、僕にもお手伝いさせてください」
「まあまあ、うれしい申し出ですね。でしたらお座敷の準備をお願いしようかしら?」
口に手を当てて宴会の準備を頼む座敷童。美久は頷き宴会場に向かう。
「ん……めんどくさい」
旅行って移動とかも大変だよね。温泉も、美味しい物食べるのも悪くないけどいろいろ手間だよね。そのすべてを込めて祝はつぶやいた。そんなわけで祝はロビーで呆然としていた。とりあえず思うことは、
「……すねこすりたち……ちゃんとここでの生活やっていけてるのかな……?」
ここに来た本来の目的はそれである。だが山を歩くのも億劫だ。結構の数の覚者が山に行ったのだから、その人たちの話を聞こう。そう思い、宿に視線を戻した。動き回る座敷童と豆狸。
(……豆狸も……可愛い……ん?)
祝がみていた豆狸をひょいと抱える雪緒。浴衣に着替え、宿を満喫している様子だった。
「僕のお茶に少しだけ付き合ってくれないかい?」
言って豆狸を部屋に連れ込む雪緒。特に抵抗することなく豆狸は雪緒の勧めるままに座布団に座る。
「僕は、働き者の君たちとお話がしたいなと思っていたんだ。最近何か変わりはないだろうか?」
すねこすり大量発生の事例もある。古妖に何かあるのではないかと雪緒は推測していた。折角発現して得た力だ。できるだけいい方向に世界を変えていきたい。
「あともし良ければ少しこう……もふもふっと撫でさせてはくれないか?」
それはそれとして、もふもふしたい雪緒だった。
「ふふふ! こんなに沢山の狸さんとご一緒出来て、私、とっても幸せですね!」
そしてたまきもまた、豆狸と一緒に入れて嬉しさ一杯だった。
「豆狸さん達がお忙しい様でしたら、私もお手伝い致しますね!」
と言って宿の手伝いをするたまき。その頑張りもあって豆狸たちの仕事を早く終わらせることができた。そして生まれた豆狸の休憩時間。たまきはその時間豆狸たちと遊ぶことになった。
「かわいい! ふわふわ! ぽんぽこたぬきさんですね♪」
豆狸のもふもふ具合を堪能するたまき。そして彼らの話を聞くことができた。毎日の山での生活や、時折やってくる人間との交流。それがとても楽しみなのだと。
「うーん、しかし座敷童子と豆狸って不思議な組み合わせ。何がどうなったんだろう?」
「元々人間が経営していたんですが……その、お亡くなりになって。そこを拝借している形です。豆狸さんは面白そうだからと手伝ってくれて」
笹雪は豆狸を抱きながら座敷童に話を聞いていた。家に宿る座敷童と、山に生息する豆狸。如何なる物語があってこのような宿になったのか。興味は尽きない。それに、
「古妖のお宿なら他の古妖がお客さんで来たりしないのかな?」
「ええ、来ますよ。この前は一つ目小僧さんが泊まってました」
「うわぁ、夢が広がる。本当にマヨイガ的なんだ」
はー、と感激したかのようにため息をつく笹雪。自身の家系のせいか。古妖への興味は尽きない。
そんな座敷童を見る柾と誘輔。
「なあ先輩、あの女将ちょっとだけ百合さんに似てるな」
「ばーか。百合はもっと美人だったろ」
言って誘輔の頭を撫でる柾。二人の関係はバイトの先輩後輩で、百合という女性を愛した者同士だ。柾と百合が婚約者同士で、誘輔はそんな百合に淡い恋心を抱いていた。そん関係は百合が妖に殺されるという悲劇で幕を閉じる。
「まだ忘れられねーのか、あの人の事」
「……未だに忘れられないな、俺もお前も」
誘輔の言葉に深くため息をついて答える柾。否定はしない。否定はできない。どこまで時間がたっても、喪失の穴を完全に埋めることはできない。人はその空虚を抱えたまま生きていくしかないのだ。
しばらく沈黙が流れ、柾が口を開く。
「歳ばっかりくうな、俺もお前も」
「三島サン、今や社長だからな。遊ぶ暇ねーだろ」
「そっちこそ大変じゃないのか? あそこの記者は危険な記事を扱うって聞いてるぞ」
柾は心配するように言う。輔柾の職業はスポーツ新聞の記者である。しかも妖事件などを取り扱う類のものだ。先輩として心配にもなる。
「まあ、それなりに。おおっと、取材取材。折角古妖の経営する宿にいるんだから」
誤魔化すように言って立ち上がる輔柾。そのままメモを取り出し座敷童に近づいていく。
(ついでに口説いてみるか)
どことなく初恋の人に似ている古妖を前に、そんな気分になる輔柾だった。
●再び山の中
「豆狸も気にはなったけれど……」
動物好きの大和は宿で動いている豆狸に心惹かれながらも、それを振り切って山に足を運んだ。自分がかかわったすねこすりがどうなっているのか、そちらへの興味が勝った形だ。どういう生態で、どういう生活をしているのか。
「おいでおいで」
すねこすりを見つけ、しゃがんで呼び寄せる。手の内に収まったすねこすりから、温かい体温が伝わってくる。柔らかい毛が体に触れ、触れた部分を優しく刺激してくる。毛並みはぬいぐるみと同じぐらいかしら。もしかしてぬいぐるみはこの毛を剥いで……。
「断言はできないわね。今日の所はこの感触を楽しみましょう」
「ん……」
大和のそばで一心不乱にすねこすりを撫でる悠。言葉少ないのはその方がすねこすりが落ち着くのではないかという配慮からか。平和に過ごすすねこすりをみて、安堵する。あの日、一生懸命に捕まえた甲斐があったものだ。
(……すねこすり……かわいい、な……)
悠は深緑の瞳ですねこすりを見ながらその毛並みを堪能していた。悠が手を動かせば、茶色の毛は指と指の間を流れるように梳かれていく。そしてふわりと毛は戻り、かすかにすねこすりの匂いが鼻孔をくすぐった。
「いい山だ……心が洗われるようだな」
静護はゆっくりと山の中を歩き、自然を深く感じていた。木々の間から指す木漏れ日、土の匂いを含んだそよ風、落ち葉を踏むかさりとした音。それらを身に染みらせるように感じながら、すねこすりを探す。すぐに一匹を捕まえ、近くの木に背を預ける。
「そう、これだ……! 僕の望んでいたのはっ……。最高だ」
普段のクールなイメージはどこへ行ったのやら。顔に笑みを浮かべ、静護はすねこすりをもふりはじめる。このまま持って帰りたい。すねこすりに囲まれて寝たい。そう思うほどの触り心地だ。
「雨の日によく現れると聞いていましたが……どうやら天候ではなく日照が条件のようですね!」
事前に調べたすねこすりの情報。それと今の状況を照らし合わせて美剣はそう結論付けた。そして隙を窺うように迫ってくるすねこすり。だがいるとわかれば捕まえることは難しくない。ひょい、と拾い上げる美剣。
「捕縛作戦でももふりましたけど、あれだけだと足りませんっ」
普段は凛としている美剣だが、可愛いものやもふもふした物は大好きだ。誰憚ることなく声を出し、すねこすりを撫で始める。柔らかな毛は美剣の手の中でふわりと流れ、わずかな弾力で元に戻る。何度撫でても帰ってくるすねこすりの毛。
「そうですよね~。かわいいですよね~」
その隣ですねこすりを撫でているミラ。すねこすり捕縛からひそかに増えていたすねこすりブーム。それにあやかりミラの店でもすねこすりのぬいぐるみを作って大ヒットしたのだ。主目的はそのお礼……だが、
「なでなでです~。もふもふです~」
一心不乱にすねこすりを撫でるミラ。人から逃げることもせず、むしろその腕の中でおとなしくなるすねこすり。それを感じ取りミラはすねこすりを撫で続ける。手のひらを通じて、すねこすりの体温が伝わってくる。
「わーい! すねこすりさん達がたくさんいます!」
真央はすねこすりを発見し、飛びあねる。猫じゃらしをもって振りながら近づいていく。すねこすりの瞳が猫じゃらしを追うように左右に揺れる。しばらくそれを続け……我慢できなくなった真央が飛びついた。しばらくして我に返る真央。
「はじめまして、猫屋敷真央です! 今日はいっぱい遊んでくださいねっ!」
改めて挨拶し、すねこすりに挨拶をする真央。捕縛作戦の時は任務優先ですねこすりと遊ぶ余裕がなかった。だが今日は違う。山の中の散歩や追いかけっこ。自然の中で遊ぶ時間はたくさんある。ネコミミを振りながら、山の中を一緒に入りまわろう。
「そうか……。猫じゃらしなしでもいけるのねっ!」
真央のやり方を見ていた唯音が頷き、すねこすりに近づいていく。人間を見ても逃げようとしないすねこすりにおそるおそる手を伸ばす唯音。こわいくないよーいじめないよーと言いながらその手に抱きしめることに成功する。
「やーんっ、かわいい~。お持ち帰りしたい! おかーさんにナイショで飼えないかな?」
抱きしめたすねこすりの感触に喜びながら唯音が叫ぶ。だけどそれがダメなことは唯音もよくわかっている。だからここは笑顔で別れよう。でもその前にこの感触を心行くまで堪能するのだ。さみしくない。きっとまた会えるから。
「すねすねこーすりー、でておいでー」
ハイテンションで山道を歩く千晶。頭の上に守護使役の『聖』を乗せて、古妖を求めて山を歩く。千晶はすねこすりのぬいぐるみは何度か見たことあるが、本物を見たことはない。やがて木の影から、こちらを転ばそうと近づいてくるすね子瑠璃を見つける。
「すねこすり、ゲットだぜ!」
千晶は近寄ってきたすねこすりを拾い上げ、抱きしめる。そのまま空いた手ですねこすりの毛を撫で始めた。何度も優しく撫でればすねこすりも信頼を寄せてきたのか、千晶に体重を預けて眠るように脱力する。
「白く……はないけど可愛いもふもふ!」
御菓子はまだ見たことのないすねこすりの姿を想像し、色以外は違わぬ事実に感激する。すねこすりに脛をこすられて転びながら、その姿を認めて手を伸ばす。地面を回転しながら手を伸ばし、すねこすりを捕まえた。
「その感触、その声、その香り、その全てを堪能する」
にやける顔を隠すことなく立ち上がり、すねこすりを抱きしめる。抱きかかえてすりすりと頬擦りすれば、やわらかい毛が頬を撫でる。御菓子の喜びのボルテージがあがれば、すねこすりのお腹に顔をモフモフさせて、心地よい暖かさに包まれていた。
「可愛いオレがカワイイ格好をするのは当然!」
と豪語して女装までする冬月だが、その根幹は二つ名にあるように『可愛いものが好き』である。ファンシーグッズで働くほど可愛いものが好きな冬月が、すねこすりを可愛がる機会を逃すはずがなかった。店を休んでまでやってきたのだ。
「すねこすり、小さくて可愛い! 可愛い!」
冬月は鳥類のグッズが好みだが、すねこすりのような小さい毛玉のような生き物も好みだった。否、可愛いものに境界はない。可愛いものはなんでも愛でるべきなのだ。抱きしめたすねこすりを撫でながら、冬月はそんな真理に目覚めていた。
「来なさい。俺を転ばせる事は出来ませんよ?」
山の中で出会ったすねこすりを前に秋人は不敵な笑みを浮かべる。すねを転がそうとするすねこすりを第六感使用で感じ取り、避けていた。普段のミステリアスな雰囲気はどこへ行ったのやら。すねこすりと楽しそうに遊んでいる。
「この俺についてこれるかな!」
そして『ほらほら、捕まえてご覧♪』的に逃げる秋人とそれを追いかけるすねこすり。韋駄天足を使うあたり秋人の全力さがうかがえる。必死にそれを追いかけるすねこすり。日が暮れるまで秋人はすねこすりと遊び続けるのであった。
●混浴温泉
扉を開ければ白い湯気が体を包む。
岩と竹で作られた天然の温泉浴場。男女を分けない混浴形式なのは田舎ゆえか、あるいは榊原が頼んだせいか。ともあれ巨大な温泉をFiVE覚者が貸切る形となった。
「うっしゃ。男前参上!」
元気よく扉を開ける華多那。赤青黄緑の原色ばりばりの迷彩柄のサーフパンツは湯気の中でも目立つ。妹から拝借したバレットを使って髪を留め、器用に長髪を洗った後で湯船につかった。
「一杯どうだ?」
盆の上に載ったコップとジュース。一緒に飲まないかと華多那は来る人を誘う。お酒が飲める年齢ではないのでノンアルコールなのは仕方ないが、それでも何人かの人間がジュースを手に取り、体を冷やしていく。
「温泉、気持ち良さそうね。混浴なのがちょっと恥ずかしいけど」
聖子は言いながら湯船に紛れるようにそそくさと端っこの方に移動する。そういう態度が乙女らしく、逆に見る方は恥じらいを覚えるのだがそれはともかく。因子発現して変化した右腕を気にしながら、身を湯船にうずめる。
「日々の疲れをここで癒しましょう。明日からはまた頑張らないといけないんだから」
肩まで湯船につかれば、お湯の温もりが染み入ってくる。FiVEの生活は忙しい。この休養が終われば、あわただしい日々が待っているのだ。だが今日だけはゆっくりしていいだろう。
「あぁ……やはり温泉は良いものですね」
聖子と同じく混浴を気にしながら恵は湯船につかる。依頼に研究に、日々FiVEで動き回ってる恵だが、たまには休養も必要だとばかりに参加したのだ。適度なリフレッシュを取ることも、長期的に仕事を続けていくためには必要な――
「……ハッ! ……すねこすり……動向を探るのを頼まれていたのでしたよね」
忘れてた、とばかりに我に返る恵。五秒程思考し、脱力する。たくさんの人たちがすねこすりを見に行ったのだ。彼らから話を聞けばいい。今日はゆっくりしようと、恵は湯で顔を洗った。そういえば、卓球台があったっけ?
(家に居ないで済むのは願ったり叶ったりです)
家庭の事情がややこしい牡丹は湯船に浸って空を見上げていた。山に日が落ちるまでもう少し。こうしてゆっくりとした時間を過ごすのはいつぶりだろうか。自然がこんなに美しいと思ったのは、何年振りか。
「せめて今日だけは、幸せな時間というものを過ごしてみるのもいいかも」
ややこしいごたごたが解決したわけではないが、常に気を張り詰めていれば緊張で倒れてしまう。今日だけはこうしてゆっくりと山間を見ながら時を過ごすのも悪くない。ゆだる前に部屋に戻って、ゆっくり眠るのもいいだろう。
「依頼での疲れが癒されるわ」
「誘ってくれてあんがとね椿ちゃん」
椿と雷鳥が二人で湯船につかっていた。依頼で一緒になったことがきっかけで知り合い、それが縁で今日は一緒に温泉に入ることになった。ゆっくりと暖まりながら自然を眺める。それだけで今までの疲れが消えていくようだ。
「……それにしても椿ちゃんの羽、似てるわね」
「似てる?」
「おっとごめん、ついじろじろ見すぎちゃってたか」
椿の羽を見て思い出に浸る雷鳥。それを不思議に思って訪ねる椿に、雷鳥は頭を掻いて、
「私、娘がいてさ。血は繋がってないんだけど、凄くかわいーの。丁度椿ちゃんみたいな青い羽はやしててね。
だからつい思い出しちゃって……今は、どこにいるかわかんないんだけどさ」
まあ、と驚きで口を丸くする椿。雷鳥の口調は軽いが、親しいものがいなくなる辛さは、椿も理解できる。椿の親はもう戻らないが雷鳥の娘はまだ生きている可能性がある。
「いつか……いつか会えると良いですね」
「うん、ありがとう、もし会えたら仲良くしてやってよ」
雷鳥の言葉に、ええ、と笑顔で返す椿。その日が来ることを、心待ちにしていた。
「えへへ、友達と温泉旅行だなんて初めて! 思いっきり楽しまなくちゃっ♪」
(んふふ、いばらちゃんと温泉旅行! ぐふふ、こんな可愛い女の子と一緒だなんて嬉しい死んじゃう)
いばらと零はそれぞれの思いを込めて温泉に入る。互いに微笑みながら、まあいろいろ口にはできないこととかを思いながら。いばらが体を洗うためにブラシを手にする。獣憑の体を洗う用のブラシだ
「へー、そんなのあるんだ……いばらちゃん、洗ってあげるね。その尻尾、一人でやるのは大変でしょ?」
「えっ、いいんですか? えへへ、助かりますっ!」
いばらは零にブラシを渡して、背中を向ける。鱗がたくさんある爬虫類のしっぽを手に、零がブラシを立てた。最初は悪戦苦闘しながら、しかし少しずつ手馴れていく。
「尻尾の付け根……トゲトゲの裏っかわ……尻尾の先……」
「尻尾を誰かに洗ってもらうなんて、初めてだなぁ……何だか、気持ちいいかも~♪」
ブラッシングされて心地よい気分になるいばら。いい気分になり、お返しにとタオルを泡立てて振り返る。
「お礼に私も洗ってあげます! さぁさぁ、つま先から頭の天辺まで、バッチリ綺麗にして差し上げますよ~っ!」
「な、鳴神は洗わなくていいよ! あっ、だからだいじょぶだって、なんかくすぐっ……たっ!? こら、駄目だってそんなとこ、い、ばらちゃっ、んもうっ……」
予期せぬいばらの反撃に後手後手に回る零であった。
「そういえばコンテストにでたんだよね? 見に行けばよかったなあ」
「水着コンテストは弟に無理やり参加させられたんだけど……いい経験にはなったかな」
たまきと繭は湯で暖まりながら、水着の話で盛り上がっていた。おニューの水着を買ったけど、水着コンテストには出なかったたまき。これが初披露となる。
「今度はたまきも出よう。たまきはすらっとしてるし、コンテスト映えしそう」
「私は静かな会場にいたんだけど、そしたら恋人たちがきてね。ちょうどあんなふうに……って、金髪の外人とイケメンのカップル?」
たまきの指さす方をみれば、そこには両慈とリーネが一緒に湯船につかっていた。
「ついに来ましタ! 愛しの両慈と一泊二日の温泉旅行! さぁ両慈! 一緒に裸の付き合いをして親交を深めまショウ♪」
「落ち着け。湯船では静かにしろ」
愛しい人と一緒に温泉に入って喜び勇むリーネを、犬を落ち着かせるようになだめる両慈。傍目にはそれなりに仲のいい恋人同士に見える。
「金髪外人とイケメンのカップルね」
「オー! そこの人、嬉しい事言ってくれマスネー!」
繭の率直な感想が聞こえたのか、リーネはそちらの方に近づいていく。
「これも何かの縁というヤツデスネ! 一緒に親交を深めまショウ! 私はリーネ・ブルツェンスカ、リーネで結構デスヨ♪」
自己紹介するリーネにたまきと繭も自己紹介する。リーネに気おされる形だが、こういう形での交友は旅ならではなのかもしれない。
「天明両慈だ。一応言っておくが、俺はコレの恋人では無いぞ。そんな事を言うとコレが舞い上がるから勘弁してくれ」
「コレ扱いされました……ちょっとしょんぼりデース……」
両慈の一言に落ち込むリーネ。そんな様子を見て、たまきと繭は首をひねった。互いに恋は未知の流域だ。
「天明さんは嫌がっている、のかな?」
「お二人は恋人ではないのですか……? 誤解してすみません。恋愛ごとには疎いもので……」
たまきも繭もまだ高校生。あるいはもう高校生。色恋に疎く、そして興味がある年頃だ。察するに恋愛に至る相手がいなかったのだろう。
「俺は恋愛と言う物に興味は無いが」
そう前置きして……主にリーネに言い含めるように言って、両慈はたまきと繭の方を見た。
「お前達の容姿は整っている。その気になれば彼氏の一人くらい簡単に出来るだろう。恋愛の経験など、すぐにやってくる」
「御二人もきっと素敵な殿方にお会い出来マスヨー! 私も頑張って両慈を落としますから御二人もファイト、デスヨー!」
そんな未来はない、と拒否をする両慈。懲りずに抱き着くリーネ。
そんな二人を見ながら繭とたまきは微笑み、
「素敵な人が現れたら私も少しは積極的になるのかな……想像つかないけど」
「あたしも恋してみたいな。彼氏ができたら真っ先に教えてよ、繭。約束だからね」
そしてまだ見ぬ恋愛を夢想していた。
「温泉と言えば、日本酒だと思うの」
「椿姫、君は何処でも変わりませんね」
という椿姫の言葉に、アーレスは呆れることなく付き合う付き合うことにした。徳利やお猪口などの道具は椿姫が用意していた。ともあれ椿姫とアーレスは温泉で日本酒としゃれこむことにした。……水着で。
「美しい景色に温泉に美味しいお酒に隣に恋人って、良い環境だよねぇ」
(水着とはいえ、こうしてくっついてお酒を飲むと、ちょっと邪な気分になりますね)
二人より添って温泉で酒を飲む。日本酒が効いているのか二人の愛が効いているのか、互いの鼓動は少しずつ早くなっていく。温泉の熱か、二人の愛か、互いの体は少しずつ熱くなっていく。
「くらくらするから、ぎゅっとしても良いですかぁ……」
「……っ!?」
言葉とともに抱き着く椿。思わずあせるアーレス。だがすぐに落ち着いて、アーレスは椿姫を抱き返す。互いの心臓の音が聞こえてくる。
「椿姫、気が早いですが、こういう間柄になったからには君のご両親に挨拶させて欲しい。それと、今夜は寝かしませんよ?」
言ってアーレスは椿姫の首に手をかけて引き寄せる。互いの呼吸が感じ取れるぐらいに顔を近づけ、二人同時に目を閉じて――
「……嬉しいです、アーレス」
たっぷり一二秒後、いとおしさを乗せた声で椿姫が唇を動かした。
●三度、山の中
「すねこすりさんの捕獲に参加した身としては、その後が凄く気になっていたので…会いにいきたいと思います!」
「うむ、ではこのゴッドが付添おう」
そんな会話があったかなかったか。ウィチェとゴッド……こと轟斗が山の中を歩いていた。轟斗はウィチェからすねこすりぬいぐるみを受け取り、その触り心地を堪能していた。
「ゴッドさんはすねこすりにお会いした事ないんですよね、ワタシが持ってるぬいぐるみが、そのすねこすりさんですよ」
「この手触りは確かにグッド。エンジェルの言う通り、会った事はないが善きアニマルなのであろうな。
ところで、エンジェル。ゴッドの脛がむず痒いのだが? これがすねこすりかね?」
轟斗の足をこするすねこすり。それを見てエンジェル……ことウィチェは喜びの声をあげる。
「はい! ねこすりさんのぬいぐるみが神具庫に現れた時、ほんとに、どんな目にあわされたのかと不安を覚えたものです。でも、山に解放してもらえたんですね。良かったです!
すねこすりさんの無事が分かるのであれば、いくらでも脛を擦ってもらって構いませ……あああああ~!」
「エンジェール! 待っていろエンジェル、今ゴッドが助ける! とう!」
すねこすりにすっ転ばされ、山を滑り落ちるウィチェ。それを追う轟斗。
「ああ、ありがとうございます、ゴッド!」
「小動物と戯れる少女と言うものも世界にシャイニングをもたらすに違いない。ゴッドが守るべきはそういった光景なのだよ」
「向こうは騒がしいなぁ……」
瑠璃はそんな騒ぎを聞きながら山道を進む。すねこすり捕縛に関わった者として、あいつらがどうなったかは気になるらしい。そうして歩いていると、先客を見つける。
「およ? おにーさんこんにちは。ボクは棚橋悠ですよー」
「え……? ああ、六道瑠璃」
突然話しかけられ、自己紹介されて瑠璃は戸惑いながら適当に名前を返した。
「瑠璃くんもすねこすりさんの様子見ー? 一緒だね!
あ、お菓子あげる。すねこすりさん好きなんだよ?」
「ああ、うん」
相槌を打ちながら瑠璃は悠に苦手意識を持っていた。なんだこの人、なんというか苦手なタイプ……。
そんな瑠璃に意を介さず、悠はすねこすりの一匹を捕まえ話を続けていた、。
「この子は白玉で、クズキリにみずまんじゅう! 可愛いでしょー?」
「ああ、うん。そうだね」
瑠璃が気の抜けた言葉を返していると、膝の上に何かを乗せられる。悠が瑠璃の膝の上にすねこすりを乗せていた。そして自分の頭の上にすねこすりを乗せる。
(……なぜ膝に乗せるのかわからない……頭の上に乗せるのも……)
「見て見て瑠璃くん! 三匹! 三匹行けたよー!」
満面の笑みですねこすりを頭の上に乗せる悠を、何とも言えない表情で瑠璃は見ていた。
「自然が多い場所って落ち着きますね。土の上を歩くのは久しぶりです」
「燐ちゃんに来てもらったは良いけれど、つまらなかったらどうしようかと思ってたからね。少しでも喜んでもらえる要素があって良かったよ」
燐花と恭司が山道を歩く。二人の目的は山の中を歩くことと、写真撮影だ。カメラマンの恭司は被写体を探す目的と同時に、燐花のリフレッシュがあった。久しぶりの土の感覚に、昔を思い出す燐花。
「私の方こそ、お仕事のお邪魔になっていなければと」
「気にしなくていいよ。……ところで燐ちゃん、その子何時の間に拾ったの?」
「先ほど上から降ってきました。可愛い、のでしょうか」
「へえ、ケセランパサランみたいな子だね」
木から落ちてきたすねこすりを抱く燐花。その姿に思わずシャッターを切る恭司。
「あぁ、ごめんね。いや、良い光景だと思って、つい」
「私を撮ってもお仕事にはならないですよ?」
撮られること自体は構わないのですが、と思いながら言葉を返す燐花。
「あぁ、ごめんね。いや、良い光景だと思って、つい。
そうそう、ケセランパサランは幸せを運ぶ古妖って言われててね、捕まえると幸せになれるって言われてるんだよ」
「こじつけですが、この子にもそういう力がある事にしましょう。今の私は幸せですから」
恭司の言葉に微笑み返す燐花。今の燐花二は帰る場所泊まっている人がいる。それがどれだけ幸せか。燐花は知っている。
「ふむ、古妖が経営している温泉宿か。話では聞いた事はあったが実際に赴くのは初めてだ」
「ええ、私も話だけで実際に目の当たりにするのは初めてなのだけれど。古妖の全てが人と敵対的というわけではないのね」
晃と慈雨は山の中を歩きながら、泊まる宿の話をしていた。正確にはそこに住む古妖のことを。古妖という一括りで見れば、人間とは違う存在だ。人と相容れがたい存在なのが一般的な見解だろう。
「さて、話を聞けばこの辺りの山道を歩いていればすねこすりが見つかるという事だったが……。
大丈夫だとは思うが、躓かない様に気をつけるんだぞ。慈雨」
「晃ったら心配性なのね。でも私が転びそうになったら、貴方が助けてくれるでしょう?」
慈雨の微笑みに、言うまでもないと視線で返す晃。そして晃の脛に何かが通り過ぎる感覚。見ればもふもふした毛をしたすねこすりがいた。
「ね、ね、見て晃! すごく可愛いし、毛並みふわふわなの!」
「あぁ、ふかふかだ。中々癖になるな、これは」
すねこすりを拾い上げ、慈雨と晃はその毛並みを堪能していた。触るだけで癒される。
「ふふ、どちらも愛らしい物だ」
「うん、本当にかわい……りょう、ほう……?」
優しく微笑み慈雨に視線を送る晃。その視線に気づき、顔を赤らめる慈雨。
「あの時に捕まえたやつらか。捕獲後の処遇が気になってはいたが、こういう場なら安心だな」
「すねこすり出るゆうて来たけど別の動物も出るんちゃう? 狐とか熊とか」
「初めて出会った時もそうだけど、可愛すぎるだろこんないきもの」
行成、秋葉、亮平の【Malt】三人はすねこすりを求めて山の中を歩いていた。秋葉の言うように途中山の動物――さすがに熊はないが――と遭遇することもあったが、無事すねこすりと遭遇することができた。すねをこするウサギっぽい毛玉を捕まえ、もふもふする男三人。
「わー、本物のすねこすりやー! もふ。むっちゃかわいいー。もふ」
秋葉はその抱き心地を堪能するようにモフる。途中、守護使役も含めて抱き、両方の感覚を楽しんでいた。そういえばすねこすりって何か食べるんかな、と持っていたお菓子を近づけたりしている。
「あぁ……本物のすねこすりは最高に可愛くて触り心地も抜群だな……」
亮平は最初から全力で抱きしめていた。すねこすりぬいいぐるみが出た時に我先にと買いに走った自分の可愛いもの好きが恨めしい。だが人間はその本賞には逆らえない、可愛いものを愛でて何が悪いのか。
「沢山の人が愛でているようだな、この可愛さなら当然といえるが……っ! 大丈夫だ……」
行成は冷静にすねこすりを撫でながら、近くの枝に頭をぶつけてしまう。撫でることに夢中で、目の前にある枝に気づかずぶつかったのだ。前方不注意である。意外と冷静ではないのかもしれない。
「そうだな……この子は『スーたん』と名付けよう」
「お、志賀君名前つけてるん? ええネーミングセンスや」
すねこすりに名前を付ける行成。指を立ててそのセンスを褒める秋葉。そして首をひねる亮平。
「もしかして名前をつけるのが好きなのか…?
そういえば、俺の守護使役も通りすがりに誰かが呟いた名前で決めたんだよな……。まさか……?」
「あぁ、気づいてなかったのか。ぴよーて三世は私が名づけた」
「なん……だと……?」
行成の言葉に驚く亮平。自分の守護使役の名付け親が、行成だったとは……。すねこすりを抱きながら、呆然としていた。
「お、シャッターチャンスや」
そんな亮平をカメラに収める秋葉であった。
「あぁ、ほら逸れると危ねぇし。手ェ繋ぐぞ」
(山道を歩くのは初めてで不安……でも先輩と一緒なら怖くないよ、ね)
【極道とお嬢様】こと枢紋とひさめが山道を歩く。枢紋がひさめの手を取り、起伏の激しい山道を先導する。慣れない山道は不安だが、つないだ手のぬくもりがその不安をかき消していく。
「あ、あの……あ、ありがとうございます」
「気にするなって。ほら、あそこにいたぞ」
枢紋が指さす先に数匹のすねこすり。二人が近づくよりも前にすねこすりの方が二人に近づいてくる。やってくるすねこすりを捕まえる枢紋。
「おー可愛いなぁ! ふはっ、くすぐってぇよ」
(あ……うらやましいな……)
すねこすりを撫でる様子をみて、ひさめは何とも言えない表情をしていた。何かを言いたそうで、だけど言っていいのか迷っている顔。そんな顔を見て枢紋はひさめに振り返る。
「ん? 水無月、何かあったか? ゆっくりで良いから言ってみ?」
まっすぐに見つめられ、思わず呼吸が乱れるひさめ。言うべきことを頭の中で纏めようとして言葉にならず、ただ思うままに口を開いていた。
「……私も先輩に頭撫でてもらいたい、です……っ」
言って赤面するひさめ。そんなひさめをみて、彼女の頭に手を伸ばす枢紋。
「なんだ、そんなんいつでもやってやるよ。
だから笑ってろ。お前は笑顔が似合ってるからな」
「あ……」
頭を撫でる感覚にさらに赤面が増すひさめ。だが願いかなったのか、その顔は枢紋の望み通り笑顔に変わっていた。
「ま、危険は無い、と」
ともやはすねこすりの危険度をレポートしていた。すねこすりは危険性の高い古妖ではない。だがそれを信用しない者もいる。そういった人用の体験レポートだ。転ばそうとする行為はじゃれているだけ。そうしめて、宿に戻ろうとする。
「……ここどこ……帰り方分かんなくなった……」
帰路に就くともやの耳にそんな声が聞こえてくる。声のする方に行ってみれば不安そうに道を歩く奏空の姿があった。初めて見る顔だが、FiVEの覚者なのは確かだろう。山奥に向かいそうになる奏空に声をかけようとして、
「あ、待って!」
急に振り向く奏空。みれば足元を通り過ぎたすねこすりを追いかけようとしていた。そのまますねこすりを追いかけ、ともやのまえまでやってくる。
「どうした? 道に迷ったのか?」
「あ……はい。『やまびこ』までの道、わかりますか?」
泣きそうになるのを必死にこらえ、奏空はともやに道を尋ねる。
「ああ。知ってる。じゃあ一緒に宿に帰ろうぜ」
ともやは奏空を安心させるように明るく振舞う。その明るさに引っ張られるように奏空も笑みを浮かべた。ともやの脛にいるすねこすりを抱き上げ、
「ありがとう」
キミがいなかったら、ともやに気づかなかった。その礼をして帰路につく二人。
宴の音が、少しずつ二人の耳に聞こえてくる。
●宴だ騒げ
『ちょっと! 体内の50%の血液が失われたって覚者でしょ! 根性復活とかできないわけ? 判定ハリハリー!』
『はいはい……根性判定失敗ね』
「命数使用を要求する!」
がばっ! とよくわからない夢から覚める数多。目を覚ますとここは宴会場。数多の叫び声は宴の喧騒に紛れて消えた。そして目の前には、
「……にーさま」
「ん、あぁ、起きたかい? 数多」
数多は千歳の膝に頭を預けて眠っていた。世にいう膝枕である。
「にににーさま!? 私はいったい……!」
数多はぼんやりする頭で何が起きたかを思い出そうとする。そう、温泉で千歳と一緒に入る間際、一六歳の乙女さながらの兄への妄想を行い、鼻血を出して倒れたのだ。
そんな妹をそのまま放置することなどできず、介抱する千歳。彼は数多が起きるまで膝枕で涼めていたのだ。
「大丈夫だとは思うけど、急に起き上がる事も無いよ。もう少し休んでなさい」
「ごめんなさい、にーさま、ちょっと調子にのっちゃった」
あおむけの状態で千歳の顔を見上げる数多。若干熱が上がってくるのは、まあいつものことだ。
「これくらいは何時もの事じゃないか。別に気にしてないよ。可愛い妹の面倒をみるくらい、わけないさ」
(はー、にーさま、らぶ)
さりげない千歳の一言に、数多の心が癒される。温泉は残念だったけど、来てよかったと本当に思う。
「さ、もう少ししたら俺達も美味しい食事にでもありつこうか」
取れたての山の幸が二人を待っている。数多は千歳の言葉に頷き、宴の方に耳を傾けた。楽しそうな声が聞こえてくる。
「やはりこういった場で良いことと云うのは、ただ飯ただ酒なのですよ」
経費はFiVEもち。ただ飯ただ酒素晴らしき。槐はそんな事を臆面もなく言い放ち、車いすから座椅子に座らせてもらう。キノコとレンコンを中心としたとれたて山の幸と地方の地酒。質素に見えるが口に運ぶと、流石とれたてと思わせる味だ。
「……お酒を運んでくる豆狸が影分身をしているのです」
つい最近お酒が飲める年齢に達した槐。しばらく飲んでいるうちに豆狸を凝視して頭を揺らしていた。お酒はペースを保って飲みましょう。忍者汚い、と言いながら豆狸をじっと見ていた。そして更にお酒を一杯。
「久々の飲み会〜♪」
宇宙人は杯片手に山の幸を楽しんでいた。揚げたての天ぷらと少し辛めの酒。サクサクした歯ごたえと広がる味わい。めったに食べない山の幸に舌鼓を打ちながら、お酒をお替りしていた。
「そういえばどこかのじーさんが不貞腐れてるとか聞いたけど……まあいいや。今日は雰囲気に任せて静かに飲むか」
宴の喧騒も心地よいと思えば涼風の如く。ちびちびと酒を口にしながら騒ぐ仲間たちを宇宙人は見る。この素晴らしい時に乾杯を。レンコンのてんぷらを一つ箸でつかみ、口に放り込んだ。綽綽した歯ごたえが、心地よい。
「山だ! 温泉だ! 宴会だ! ってわけで酒飲むぞー!」
そんな騒ぐメンツに絢雨がいた。騒いでいるというよりは、酒をたくさん飲んでいるが正しい。キノコのてんぷらをアテにして、一番合うと教えてもらった酒を飲む。絡んできた相手と飲み比べをして、今まさに勝利したところだ。
「ビールに日本酒、焼酎にウィスキーになんでもござれ。そうそう簡単に酔いつぶれたりしねーって。あんたもやるかい?」
そして再び始まる酒飲み大会。宴はまだまだ終わらない。
「今日は純粋にのんびりと羽を伸ばしちゃおうかしらん♪」
言ってのんびり宿で休んでいた輪廻だが、宴になればそんなおしとやかな雰囲気を刎ね貸すほどの健啖ぶりを見せていた。着物の帯が緩いのは、おなかの中により多くの食べ物を入れる為かとさえ思う。
「お酒もちょっと頂いちゃおうかしらねん♪ でも流石にお酒を飲むとなると一人はちょっと寂しいわねぇ……ちょいとそこのおじいさん、ちょっと御酌してくれないかしらん?」
着物の肩をはだけ、弱弱しくしなを作って輪廻は榊原にお猪口を寄せる。綺麗な花には棘がある。だが酔った榊原はあっさりその花に近づいていく。
「おーおー、お酌で避ければいくらでもするぞい」
「いやん、入れすぎよ。酔わせてどうするつもりかしら?」
まだまだ酔うつもりはないが、酔ったふりをする輪廻。これもまた酒宴の一幕。
「榊原氏はお盛んですなぁ」
そんな榊原を見ながら夜司は酒を口にする。隠居した老人同士、古い話に盛り上がる……かと思いきや。
「時に榊原氏よ 貴殿はどんなおなごが好みじゃ?」
「愚問じゃな、木暮坂の。ワシは女性全てが好みじゃ」
「はっはっは、流石じゃ。美しい花は愛でるに限る。それが世の理じゃよ」
そんな話で盛り上がっていた。
「儂は今でも死んだ婆さん一筋なんじゃが……名は朝路というての。一輪の桔梗の如く可憐な早乙女じゃった」
じゃった。過去形。長く生きれば連れ添いと死に別れることもある。それを察し、榊原は夜司の盃に酒を注ぐ、
「そいつは一度口説いてみたかったのぅ」
「まったくお盛んだ。これは負けてはおられませんな」
杯を重ね、同時に酒を飲む夜司と榊原。
「榊原のじいさん元気か! 滾るもの持ってきてやったぞ!」
榊原の背後から楓が肩を叩く。数冊の本を渡し、二人同時に親指を立てた。ジジイ二人がいろいろ滾ってきたらしい。アラタナルは全年齢。
「滾ってきたか。じゃあ一緒に女湯覗きに行こうぜ! この情熱は止められるもんじゃねえだろ?」
「うむ、行くぞ、脇森の!」
伝楓と榊原は立ち上がり浴場に向かって走っていき……数分後に浴場で大騒ぎが起きた。あれだけ堂々と『覗く!』と叫べば、そりゃーばれる。
「ふぅ。【しのびあし】がなければ即死だったぜ。頑張れじいさん」
「う、うらぎりものぉー!」
そんな声が聞こえてきたとか。
●そして日常へ
そして翌日。朝日とともに帰宅の準備をして、昼前に宿を発つ。
一泊二日の小旅行。目的を果たした者、新たな出会いを迎えた者、絆を深めた者、短い期間で得た物は様々だ。
「また来てくださいね」
座敷童の送りの言葉に手を振って、覚者達は五麟学園への帰路についた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
お疲れ様です。まさかのもふもふ者数で驚きました。
全員描写したつもりです。漏れなどがあればファンレターでご一報ください。
よき思い出ができたのなら、書き手として冥利に尽きます。
それではまた、五麟市で。
全員描写したつもりです。漏れなどがあればファンレターでご一報ください。
よき思い出ができたのなら、書き手として冥利に尽きます。
それではまた、五麟市で。
