<雷獣結界>或いは、ゴミの山に悪意は溜まる。
<雷獣結界>或いは、ゴミの山に悪意は溜まる。


●器物の怪
 チャリン、と金属の擦れる音がする。
 黒い僧服に、伸ばしっぱなしの総髪という世捨て人然とした様相のその男は、埋立地に山と積まれたゴミを見上げて、頬を引きつらせる。
 額から伸びる赤黒い角から、絶えずバチバチと電気を迸らせながら、手にした杓杖をきつく握り締める。
 僧服の男(雷獣)は、幾年もの間このゴミの山に結界を敷いてきた。人間が海を埋め立て、この場をゴミ捨て場と定めてからずっと。
 僧服の雷獣が封じている妖の名前は(器物の怪)。元来は、人や獣に取りつき、厄災を振りまく類の古妖であったが、長年このゴミ山に封じられたことにより、今はそれらに取りついている。
 器物の怪を世間へ解き放つわけにはいかない。
 およそ20体と、多いといえば多いが、驚くほどに多勢というわけでもない。厄介なのは、世間に解き放ったその後である。
 器物の怪。今でこそ、粗大ごみに取りついて、そのように呼ばれているが、憑依の対象は物であれ生物であれ問わないのである。また、その特性として、厄災をばら撒けばばら撒くほどに強化され、その数をネズミ算式に増していく、という特性も持っている。
 つまり、1体でも逃してしまえば、そこから世間に広がって、災厄を巻き起こすと共に数を増していくのである。
「本当に、これを滅してくれるのか……」
 異形の僧侶は、結界の中で蠢いている器物の怪を見つめながら、そんなことを呟いた。

●雷獣の要求
「雷獣からの結界解除の条件は1つ。心霊系の妖(器物の怪)の完全消滅だけ♪ 依頼難易度は(普通)って所かな?」
久方 万里(nCL2000005)は、会議室に集まった仲間達へ視線を向けて、今回の依頼についての説明をはじめた。
 この国を覆う電波障害。その原因が、雷獣と呼ばれる妖怪の張った結界によるものだと判明したのである。20年以上の永きに渡り結界を張り続けた雷獣は疲弊し、それを維持するのもそろそろ限界を迎えようとしている。
「結界に閉じ込めている妖が、世に放たれる危険がなくなるのなら結界を解除してもいい、ってことみたい。皆には、結界の中に立ち入って、妖を殲滅してもらいたいのね♪」
 モニターに映る映像は、見渡す限りのゴミの山、ゴミの海。粗大ごみや車の残骸、家屋の残骸、ありとあらゆる人の手で作り出したゴミが視界を埋め尽くしている。
 そのゴミの山の中に、ゴトゴトと飛び跳ねるように移動する“何か”が見えた。
 いくつかの粗大ゴミが集まったものに、虫のような脚が生えているのが見て取れる。
 ガサガサと、思いの外素早い動作で、ゴミ山を這いまわっていた。
「見た目は気持ち悪いけど、1体1体はそう強い妖じゃないね。っていうか、雷獣の結界で弱まっているのかな……? 見た目、物質系の妖っぽいけど、心霊系だよ。逃がしたら人に取りつく恐れもあるから、注意してね」
 一見して、粗大ゴミに手足が生えているようにしか見えないが、よくよく観察すれば分かるだろうか。粗大ゴミの周囲を、黒い霞みのようなものが覆っているのだ。
 恐らくその霞みこそが、器物の怪の正体なのだろう。
「攻撃は、遠距離から糸のようなものを射出してくるみたいね。糸には2種類あって(毒)の糸と(鈍化)の糸だよ♪」
 数が多いから注意してね、とそう言って。
「雷獣さんを助けてあげよう♪」
 万里は仲間達を送り出した。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:病み月
■成功条件
1.妖(器物の怪)の殲滅
2.なし
3.なし
●場所
埋立地のゴミ捨て場。
足場は悪く、見通しも効かない。
ゴミ山の中に、全部で20体ほどの妖が彷徨っている。
雷獣が結界を張っているため、妖がゴミ山から外に出ることはない。
器物の怪は、ゴミ山の地理に詳しいため、逃走、奇襲に注意が必要かもしれない。

●ターゲット
心霊系・妖(器物の怪)×20
ランク1
一見して物質系の妖に見えるが心霊系。何かに取りつかないと存在できない弱い存在であり、悪意が妖化したもの。
世間に放たれてしまえば、際限なく厄災をばら撒くだろう、ということで雷獣が結界に閉じこめていた。
ゴミの塊に、虫の脚が生えたような外見をしている。
弱っている得物に集団で襲いかかる習性を持つ。
【毒糸】→特遠単[毒]
触れた者を毒状態にする糸。
【纏糸】→物近単[鈍化]
触れた者に絡みつく粘度の高い糸。
※どちらかのスキルを所有している。

●協力者
雷獣
黒い僧服を着ている。額には放電する角が生えている。
普段は結界を維持しながら、ゴミ山に捨てられた車の中で生活しているようだ。
今回、結界を維持するため戦闘には参加しないが、ゴミ山の地理や器物の怪の行動について詳しいので、話してみれば何かしらの情報が得られるかもしれない。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
公開日
2016年12月10日

■メイン参加者 6人■


●雷獣結界
「はじめまして。わたし、大辻・想良といいます。まずは今まで結界を保ってくれていたことに対するお礼を」
 堆くゴミの摘まれた埋め立て地。僧服姿の雷獣の前に、6人の男女が現れた。まず口を開いたのは大辻・想良(CL2001476)であった。青と金のオッドアイに見つめられ、雷獣は「ほぅ」と瞳を細める。
『………君達が、器物の怪共の掃討を?』
「あぁ、早速だが聞かせてもらいたい。奴らの特性や、潜んでいそうな場所など心当たりはないか?」
 そう問いかけたのは斎 義弘(CL2001487)である。雷獣の背後に展開された結界の影響か、ビリビリとした波動のようなものを全身に感じている。
「たくさんいる妖は封印する前はどんな動きをしていましたかっ」
 離宮院・さよ(CL2000870)が身を乗り出して叫ぶようにそう言った。雷獣は、ちらと背後を振り返る。結界の中で、ゴミの山が僅かに蠢いた。粗大ゴミの塊から、影のような無数の脚が伸びた歪な怪異が、ゴトリゴトリとその身を引き摺るようにしてゴミ山の上を歩いている。
『特性か……。ゴミに取りついていなければ存在できない弱い存在だ。だが、人に取りつきその悪意を糧に再現なく成長する。結界の外に出せば、この国は修羅の巷となるだろうな。弱い得物を優先して集団で襲う性質上、物影に隠れていることが多い。隙を見せれば集団攻撃を受けるぞ。ゴミ山の奥に、ある程度開けた空間がある。囲まれる恐れこそあるが、そこでなら足場も安定しているし器物怪共の隠れ場所も少ないだろうな。あとは……そうだな。大きな鉄塔の残骸が転がっていた筈だ』
 これでいいか、と雷獣は溜め息を零す。疲労の色が濃く張り付いたその顔と、掠れた声から雷獣の体力気力共に既に限界近いことが窺える。
 雷獣から聞いた情報をメモに取りながら、『空虚な器』片科 狭霧(CL2001504)は、ゴミ山を這う器物怪を見つめて、頬を引きつらせている。
「信じがたい現象も、実際に目の当たりにするとそんな事言ってられなくなるものね」
 任務に参加するのは、これがほぼ初めてである狭霧は、決意も新たに腰に括った鞭を握った。
 そんな狭霧の傍らで、ユディウ・オムニス(CL2001365)は興味津津といった様子でゴミ山を見上げて瞳をキラキラと輝かせている。
「ワぁ、凄いね。これ全部ゴミ? あれハ車かな、隣リは……何だろう、ハコや袋がタクさんツんデアるこういうノこの国デは『タカラのヤマ』ッて言うんだヨネ? 面白くテ私たち、好きダよお」
 はしゃぐユディウを嗜めて、『教授』新田・成(CL2000538)は億劫だとでも言うように、ゆったりとした歩調で結界へと近づいて行った。
 残る5名の仲間達もそれに続く。
『行くのか?』
 雷獣は結界に小さな穴を開け、一行をゴミ山の結界内へと通した。『頼む』と、そう呟いた雷獣の声は誰の耳にも届かない。
 届かないが、それで構わない。
「言葉通りの『ゴミ掃除』ですな」
 仕込み杖から刃を引き抜き、成は笑う。
 しゃらん、と。
 静かな刃鳴りが、ゴミの山に響き渡った。

●蠢くゴミ山
 がたりがたりと、鈍い音。視界の隅で蠢くのは、長さも太さも不揃いな、歪な脚を持ったゴミの塊。器物の怪は、ゴミ山の中に隠れて、移動する一行に付いてきている。
 攻撃の機会を窺っているのか。時折牽制気味に糸を吐き出してくる。
「見てとれる範囲には5体。偵察に出てもらった天が、先の方に2体発見していますね」
「警戒して進もう。奴らは災厄を振りまく古妖。どんなにいやらしい攻撃を仕掛けてくるか分からないからな」
 想良の報告を受けて、義弘は機硬化で自身を強化する。真横から射出された糸をメイスで弾き、眉間に皺を寄せた。メイスに絡まった黒い糸はじゅうじゅうと煙を上げ、不快な臭気を放っていた。
 そのまま、暫く進んで行くうちに雷獣から教えられた空き地が見えて来た。
 山と積まれたゴミ山の中にあって、その一角のみ地肌が剥き出しになっている。
 さらに先には、傾いた鉄塔の影が見えていた。恐らく、廃棄された電波塔の一部であろう。
 空き地の中央で、先頭を歩いていた義弘は足を止める。
「……。囲まれましたな。自分と斎、大辻の三名で周辺を固めます。残りの皆さんは下がってください」
 腰溜めに仕込み杖を構え、成は数歩、前へと踏み出す。
 ガタガタとゴミ山が揺れた。隠れていた器物怪が、ゴミの中から姿を現す。敵の数が、自分達よりも少ないと見て、攻勢に打って出ることにしたのだろう。
「スヴェート、チョッと頑張ッてポーってしてテね」 
 ユディウは、自身の守護使役に指示を下し、周囲を明るく照らしつつ纏霧を展開。濃霧が、接近してくる器物怪を包み、その動きを鈍らせる。
 潜んでいた器物怪も合わせると、彼らを取り囲む器物怪は10を超える。
 近づいてくる器物怪が半分、遠方から様子を窺う器物怪が半分といった所だろうか。
「囲まれていますが、これだけ広ければ戦いやすいですね」
 相良の放った雷獣が、器物怪目がけ駆け抜ける。空気の爆ぜる雷音と共に、器物怪を炭へと変える。足元に転がって来た溶けたタイヤを一瞥した相良は、タイヤから伸びた1本の脚を確認した。
 しまった、と思った時にはもう遅い。
 タイヤの器物怪が粘度の高い糸を吐き出すのと、想良の放った空気弾が器物怪を撃ち抜いたのは同時。
「しまった……。油断しました」
 身動きの取れなくなった想良に向け、遠くから毒糸が数本吐き出される。
 皮膚に触れた毒糸が、想良の肌を焼く。毒に侵された想良の肌が紫に変色した。
「回復はおまかせください、ですっ!」
 さよの手から、無数の呪符が周囲に飛び散る。呪符を中心とし、降り注ぐ淡い燐光が、傷を負った仲間達を癒していく。
 器物怪の猛攻は止まらない。
 破壊され、数を減らしながらも次々と襲い掛かってくる。
 頭上や足元を飛び交う無数の糸を、跳ねるように回避しながらさよは何度も回復術を使用した。前衛が突破されては、作戦が崩れるのだ。回復の手を途切れさせるわけにはいかない。
 けれど、猛攻の前で陣形を維持し続けるのは至難を極めた。糸を回避し続けるうちに、義弘は仲間達の陣から分断されていた。
 空き地の端にまで追い詰められた義弘の元に数体の器物怪が迫る。
「群がってきたな。好都合だ」
 義弘は、頭上に振り上げたメイスを力任せに地面へと叩きつける。
 剥き出しの地肌がひび割れ、そこから火炎が吹き出した。業火と熱風が吹き荒れ、義弘の元に集まった器物怪を焼き尽くす。後に残るは、塵ばかり。それさえも炎に焼かれ、熱風に吹かれ消えていった。
「攻撃の際は敵の数を減らすことを重視、既にダメージを受けている敵へ攻撃を集めるようにすると効果的ですよ?」
 背後から、ユディウに向かって襲い掛かる器物怪を抜剣の衝撃波で斬り捨てた成がそう声をかけると、振り向きざまにユディウは雷を、さよは水の弾丸を、真二つに切れた器物怪へと撃ち込んだ。断末魔の悲鳴を上げ器物怪は消滅。
 数の有利は、戦術と連携の前に崩れ去った。残る数体の器物怪は、一目散に退避を計る。
「何かの物体を借りないと存在できないなど…。ずいぶんと可愛らしい悪意なのね」
 がちゃり、と。
 ゴミ山に埋もれた車のドアを開け、狭霧が姿を現した。戦闘開始からこっち、足手まといにならないようにと姿を隠していた狭霧は、目の前を逃げていく器物怪へ向け、雷を落とす。
 召雷。
 逃げまどう器物怪を、落雷が貫いた。身動きの止まった器物怪を狭霧は鞭で打ち据え、殲滅。
 残りの数体も、遠距離から放たれた仲間達の攻撃により、倒されていく。
 敵の全滅を確認し、想良は「半分は消したかな?」と、そう呟いた。
 その直後。
「えっ!? 嘘?」
 頭上を見上げた想良は、口元を引きつらせ目を見開く。守護使役の天が、想良の頭上を旋回しながら警戒を告げていた。想良の視界に映るのは、四方に摘まれたゴミ山が、器物怪達によって崩されていく光景であった。
 地面が揺れる。限界を超えたゴミ山が、重力に引かれ崩れはじめた。 
 高い所から低い所へ。一行の集う、空き地目がけてゴミ山の雪崩が襲いかかる。
「逃げましょう。奥……鉄塔へ!」
 狭霧の頭上に落ちて来たドラム缶を、抜剣の衝撃波で弾き飛ばし、成は仲間へ避難を指示する。
「ちっ……。襲って来た連中は囮か」
 機硬化で身体を強化した義弘を先頭に、降り注ぐゴミの中を駆け抜ける6名。殿を務める成を一瞥し、それにしても、と狭霧は思う。
『お年を召していらしても、あれだけ動けるのは尊敬するわね……』
 鞭を振って、頭上に迫るテレビモニターを撃ち砕く。降り注ぐプラスチック片の中を、一目散に駆け抜けた。

「うわっ!! なンダ、コレ!?」
 鉄塔手前、後方を走っていたユディウが足をもつれさせ地面に倒れた。見れば、その両脚には粘度の高い糸が絡みついている。ゴミ山から、2体の器物怪が現れた。
「わわっ! 今助けます!」
 足を止めたさよが、ユディウを助けるために引き返す。追いついて来た狭霧と成は武器を構え、器物怪へと狙いを定めた。
「待ッテ! 先に行っテテ」
 それを制止したのは、ユディウであった。戸惑いの表情を浮かべるさよに、にこにこと笑ってみせて「ダイジョウブ」と言葉を投げる。
「では、お任せします」
「先に行くわ」
 成と狭霧は、戸惑うさよを連れて先頭集団の元へと駆けて行く。3人が遠ざかったのを確認し、ユディウは笑う。
「いっぱイ居るから召炎波デ、ごおーッて焼いチャウ。逃げナイデね虫サん」
 ユディウが両手を左右へ広げる。ひらりはらりと、折り紙が舞う。
 風に揺られながら地面に落ちた折紙は、ごぅと一気に燃え上がり、見る間に業火の津波と化した。
 付近に居た2体を飲み込むと、追走してくる器物怪へ業火は迫る。器物怪は四方へ散って、業火を回避。ユディウの脚を地面に縫い付けていた糸も、業火によって焼き切られている。
 炎の壁の向こうに、器物怪の姿が見える。
 これなら少しは時間が稼げそうだ、とユディウは笑い、踵を返す。
 仲間達の背を追って、ユディウは駆け出したのだった。 

 残る器物怪は、5体ほどだろうか。
 鉄塔を半ばまで昇った所で、義弘と想良は足を止める。
 2人の背後にはユディウ、さよ、狭霧の3人。鉄塔傍に積みあげられた廃車の上には成が立っている。ハイバランサーを持つ成は、足場の悪い廃車の上でも危なげなく立位を保っていた。
 じわじわと、鉄塔の周囲に器物怪が迫ってくる。お互いの攻撃が届かないギリギリの距離だ。
 器物怪にとって、一行は得物でしかない。本来なら人に取りつく妖なのだ。であれば、依り代となる彼らを逃がすわけにはいかないのであろう。
「決戦に備えるのです。回復は任せてください、ですっ」
 仲間のダメージと気力を回復させるべくさよは呪符をばら撒いた。淡い燐光を放つ癒しの雫が、仲間達へと降り注ぎ、その身に負った傷を癒していく。
「あぁっ! 来ました!」
 光に群がる虫のように、とでも言うべきか。
 さよの回復術が放つ淡い燐光に呼び寄せられるように、器物怪達が蠢き、疾走を開始した。

●悪意の果て
 鉄塔の脚に糸が絡みつく。じゅうじゅうと煙を上げながら、鉄塔が腐食していく。錆が浮き、金属片が零れ落ちる。ざりざりと、少しずつだが確実に、鉄塔は毒に蝕まれ朽ちていく。
 歪な脚を、しきりに動かしながら器物怪は鉄塔を昇る。
 遠距離から、衝撃波による攻撃を仕掛けようとしていた成は、小さな呻き声と共にその手を止めた。衝撃波による攻撃では、朽ちかけた鉄塔を破壊しかねない。そうなった場合、鉄塔の中ほどにいる仲間達はどうなるだろうか、と考え攻撃の手を止めたのだ。
 恐らく、彼らの身体能力なら大きな怪我もせずに地面に着地することだろう。
 けれど、そこを器物怪に襲われる、となればどうか。器物怪はゴミ山を自在に動きまわる。地の利は器物怪にあると考えれば、不用意な賭けに出るべきではないのではないか。
 僅かな不安が成の感覚を鈍らせた。
「む? これは……」
 足場にしていた廃車が大きく揺れる。錆の浮いた車体から、歪な脚が伸びている。器物怪のうち1体が、依り代を廃車に乗り換えたのだ。咄嗟に車体から飛び降りた成の脚に、糸が巻きつく。じゅう、と肌の焼ける音。着地と同時に、糸の巻きついた足に激痛が走る。
 地面に膝をついた成の頭上から、廃車に取りついた器物怪が迫る。
 だが……。
「片膝でも蟲を斬るのに支障はありませんな。いっそ寝転んで見せた方がよろしかったでしょうか」
 片膝立ちの姿勢から、真上に向けて仕込み杖を抜く。鞘の鳴る音が、斬撃から一瞬遅れて響く。切断された器物怪と共に、廃車の山が崩れ落ちる。
 成の姿は、廃車の雪崩に飲まれて消えた。

 傾いた鉄塔の脚の上、不安定な足場に集う5人の前に器物怪が迫る。
 残る悪意は4体。うち1体は、ガソリンの詰まったドラム缶、1体は包丁や鋸など刃物の集合体、残る2体は鉄屑やガラス、木材などの塊であった。メイスを振り上げた姿勢のまま、義弘は奥歯を噛みしめた。
 義弘の火炎による攻撃は、ガソリンの詰まったドラム缶相手には相性が悪かった。包丁や鋸の塊を殴りつけても、同様だろう。飛び散った破片が、仲間達を傷つけないとも限らない。
 戦闘不能になった自分や仲間が、器物怪の依り代にされる可能性も考えると、迂闊な攻撃はできないでいた。
「ここで奴らを逃がせば、被害は大きくなる。確実に、徹底的に仕留めていくぞ」
 吐き出された糸をメイスで弾き、義弘は一歩、前へと踏み出す。
「前に来るのは、ドラム缶と刃物の器物怪。なるほど、悪意に満ちていますね。撃破したとしても、およそ無傷とはいかないでしょうか」
 ましてや、足場も少ない鉄塔の上。完全回避とはいかないだろう。否、地上であったとしてもそれは同様か。ゴミ山のせいで想うように動けないだろう。
 相良は、義弘の隣に並ぶと術符を構える。
 鉄塔の足元に器物怪は2体。鉄塔を昇ってくるのは、2体のみ。
「さぁ、一つ気合いをいれていこうぜ」
「えぇ、お付き合いします」
 左右に展開し、義弘と想良は同時に駆け出す。それを合図としたように、器物怪も不揃いな脚を動かし迫る。滅茶苦茶に吐き出された糸の間を掻い潜り、ユディウは2人に続いて鉄塔を駆けおりていく。
「おぉぉっ!」
「1体だけなら、これで十分」
 腕や頬を毒の糸で焼かれながら、義弘はドラム缶へと肉薄。火炎を纏ったメイスの一撃で、その依り代ごとドラム缶を叩きつぶす。
 巻き散らかされたガソリンに火炎が引火。爆発し、業火と熱風を撒き散らす。義弘の姿が炎に飲まれた。炎の壁を撃ち抜いて、空気の弾丸が疾駆する。想良の放ったエアブリッドが刃物の塊に取りついた器物怪を粉砕した。
 火炎の中から、火傷を負った義弘と想良が姿を現す。
 2人の攻撃と同時に鉄塔を駆け下りていたユディウが、着地と同時に、傍にいた器物怪へと視線を向ける。
「あと2匹だっケ、ムシさんの数。ちゃんトぼく数えてタヨ」
 ユディウの額に、3つ目の瞳が現れる。都合3つの眼差しが、器物怪を捉えた。
 と、同時。
 額の瞳から放たれた光線が、器物怪を貫いた。
 
「あと、1体……さて?」
 瓦礫の中から這い出した成は、鉄塔を見上げそう呟いた。鉄塔の上には義弘と想良。鉄塔の足元には、ユディウの姿。見渡せど、最後に残った器物怪の姿が見えない。
 首を傾げる成の頭上で、さよが翼を羽ばたかせた。

 爆発。吹き上がる業火。吹き荒れる爆風。音と熱と風に煽られ、さよは悲鳴をあげる。バランスを大きく崩しながら、狭霧を運んで飛んで行く。
「いました! 見つけました!」
「追いついて!」
 視線の先には、状況を不利と見て逃走を計る器物怪。
 翼を広げ、さよは高度を下げる。爆風に飛び散った刃物の破片がさよの肩を切り裂いた。
 飛び散る血の雫に頬を濡らし、狭霧は笑う。傍に浮いた人魂が揺れた。酷薄な笑みを浮かべた狭霧を、さよは器物怪に向けて放り投げる。
 落下してくる狭霧目がけて、器物怪は糸を吐き出す。狭霧の身体に絡まった糸が、じゅうじゅうとその白い肌を焼く。
「不快だわ」
 受け身も取れず、狭霧はゴミ山に叩きつけられた。狭霧は、ゴミ山の中を転がりながら片腕を頭上へと掲げる。手の甲に現れた第3の瞳から、光線が放たれる。
 吐き出される糸を焼き、光線はまっすぐ器物怪の身体を貫いた。
『------------------!!』
 耳触りな金切り音。器物怪の悲鳴だろうか。
 痣と擦り傷を全身に負い、額から血を流す狭霧はゴミ山の頂きから空を見上げる。
「早く帰って、湯を浴びて安酒を飲みながら眠りたいわ……。そのまま目覚めなくてもいいのだけれど、敵わないでしょうねぇ」
 ポツリと呟くその声は、風に吹かれて何処かへ消えた。

 ゴミ山の片隅で、燃える鉄塔を見つめている人影が1つ。僧服を纏った雷獣であった。
『終わったようだな。これで、結界も必要なくなったわけだ』
 長い間、結界を維持し続けていた雷獣は、そう呟いて口元をほころばせる。
 そういえば……。
「笑うのは、いつ以来だろうか」
 結界を解いた雷獣は、そのままふらりと地面に倒れた。
 気絶した雷獣の口元には、清々しいまでの笑みが浮かんでいた。


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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