<雷獣結界>悲恋の塚
●最も猛る想い
ある者は想い人を奪われ、失意の内にこの世を去った。
ある者は略奪愛の末、奪われた側の女に殺された。
ある者は愛を知ることもないまま、不慮の事故によって死んだ。
いつしかそこは、恋愛に強い執着を持った霊の吹き溜まりとなっていた。そして、彼女らは互いの胸の内のどす黒いものを夜な夜な語り合い……その恨みをより純粋にして強いものへと昇華させていき……遂に、妖と化していった。
だが、行くところまで行っても、彼女らは止まらない。最果ての存在となった後も、その場には強烈な負のエネルギーが充満したままだった。
もはや、単純に退治したところで、彼女らを完全に倒し切ることなどできない。そう判断した雷獣は、その負の想いごと結界の中に封じ込める。そして、長い年月を経て今、再びそれが解放される。
――結界が開かれたのは二十年ぶりのことだが、そこに封じられていた霊の怨念はその何倍もの時の中にあって、消えはしなかった。だが、今こそ……その想いに決着を付けさせるべき時なのだろう。
自らも女性として生まれながらも、樹海に住まう古妖ゆえに恋も愛も知らなかった雷獣は、覚者たちを怨嗟の巣窟へと招き入れる。
●愛も恋もよくわからない!
「ねぇ、これって何かのいやがらせ――!?」
宮藤 恵美(nCL2000125)は普段からよく通る声を、より一層強く張り上げて言った。
「こほん、ごめん。えっと、あたしが夢で見た結界に封じ込められた妖というのは、簡単に言えば心霊系の妖。数はたぶん、十八ぐらい? ともかく、めちゃくちゃ多いんだけど、なんというか、それ以上に色々と強烈みたいで……」
恵美は目に見えてテンションを落として、伏目がちになりながら続ける。
「能力自体は高くないんだけど、その成り立ちがきっついんだよ。みんながみんな、恋愛絡みの無念を残しながら死んでいった女の人の霊みたいで、雷獣すら圧倒されちゃうぐらい、強烈な負のオーラをまとってるみたい。だから当然、みんなみたいに生きた人間が退治しに行けば、すさまじい恨みパワーをぶつけられちゃう訳で……特にモテる人とか、同じ女の子とかは、めちゃくちゃヘイトを集めそうで……肉体的というよりは、ものすごく精神的に参っちゃいそうな戦いになると思うんだけど、お願いできるかな?」
今までもそんな戦いは乗り越えてきた、と大きく頷く覚者たちを見て、恵美は安心したように息をついて、笑顔を見せる。
だが、すぐに遠くを見るような顔になって。
「あたし、誰かと付き合ったりとかってしたことないんだけど、やっぱりそこまでになっちゃうようなことなのかな……。でもまあ、妖に同情するんじゃなくて、倒してもらうのが目的だから。深くは考えず、あんまり真剣には恨み言も聞かず、がんばって来ちゃって!」
●怨嗟と向き合う者へ
樹海の奥深く。恵美が夢で見た通りの場所へ覚者が足を踏み入れると、木々の間から大型の虎――のような古妖、雷獣が現れる。人語を話すそれは、すぐに気配で覚者だと認めると、黙って背中を見せた。ついて来い、ということだ。
「これより先は、恨み、妬み、嫉み……女のあらゆる負の感情が渦巻く場。ワシも女とはいえ、それは理解できんが……その想いの強さは理解できる。気の弱い者であれば、正面からその怨嗟の声を浴びるだけで、平静を失ってしまうかもしれぬ。その点で、ヌシらは大丈夫だろうが……用心して行くことだ。ワシはただ、やつらを封じることしかできぬ。ヌシらが討てねば、ワシは再びやつらを封じ直すしかないのでな……」
唐突に立ち止まった雷獣は、背中を向けたままそう忠告して、道を譲った。
ある者は想い人を奪われ、失意の内にこの世を去った。
ある者は略奪愛の末、奪われた側の女に殺された。
ある者は愛を知ることもないまま、不慮の事故によって死んだ。
いつしかそこは、恋愛に強い執着を持った霊の吹き溜まりとなっていた。そして、彼女らは互いの胸の内のどす黒いものを夜な夜な語り合い……その恨みをより純粋にして強いものへと昇華させていき……遂に、妖と化していった。
だが、行くところまで行っても、彼女らは止まらない。最果ての存在となった後も、その場には強烈な負のエネルギーが充満したままだった。
もはや、単純に退治したところで、彼女らを完全に倒し切ることなどできない。そう判断した雷獣は、その負の想いごと結界の中に封じ込める。そして、長い年月を経て今、再びそれが解放される。
――結界が開かれたのは二十年ぶりのことだが、そこに封じられていた霊の怨念はその何倍もの時の中にあって、消えはしなかった。だが、今こそ……その想いに決着を付けさせるべき時なのだろう。
自らも女性として生まれながらも、樹海に住まう古妖ゆえに恋も愛も知らなかった雷獣は、覚者たちを怨嗟の巣窟へと招き入れる。
●愛も恋もよくわからない!
「ねぇ、これって何かのいやがらせ――!?」
宮藤 恵美(nCL2000125)は普段からよく通る声を、より一層強く張り上げて言った。
「こほん、ごめん。えっと、あたしが夢で見た結界に封じ込められた妖というのは、簡単に言えば心霊系の妖。数はたぶん、十八ぐらい? ともかく、めちゃくちゃ多いんだけど、なんというか、それ以上に色々と強烈みたいで……」
恵美は目に見えてテンションを落として、伏目がちになりながら続ける。
「能力自体は高くないんだけど、その成り立ちがきっついんだよ。みんながみんな、恋愛絡みの無念を残しながら死んでいった女の人の霊みたいで、雷獣すら圧倒されちゃうぐらい、強烈な負のオーラをまとってるみたい。だから当然、みんなみたいに生きた人間が退治しに行けば、すさまじい恨みパワーをぶつけられちゃう訳で……特にモテる人とか、同じ女の子とかは、めちゃくちゃヘイトを集めそうで……肉体的というよりは、ものすごく精神的に参っちゃいそうな戦いになると思うんだけど、お願いできるかな?」
今までもそんな戦いは乗り越えてきた、と大きく頷く覚者たちを見て、恵美は安心したように息をついて、笑顔を見せる。
だが、すぐに遠くを見るような顔になって。
「あたし、誰かと付き合ったりとかってしたことないんだけど、やっぱりそこまでになっちゃうようなことなのかな……。でもまあ、妖に同情するんじゃなくて、倒してもらうのが目的だから。深くは考えず、あんまり真剣には恨み言も聞かず、がんばって来ちゃって!」
●怨嗟と向き合う者へ
樹海の奥深く。恵美が夢で見た通りの場所へ覚者が足を踏み入れると、木々の間から大型の虎――のような古妖、雷獣が現れる。人語を話すそれは、すぐに気配で覚者だと認めると、黙って背中を見せた。ついて来い、ということだ。
「これより先は、恨み、妬み、嫉み……女のあらゆる負の感情が渦巻く場。ワシも女とはいえ、それは理解できんが……その想いの強さは理解できる。気の弱い者であれば、正面からその怨嗟の声を浴びるだけで、平静を失ってしまうかもしれぬ。その点で、ヌシらは大丈夫だろうが……用心して行くことだ。ワシはただ、やつらを封じることしかできぬ。ヌシらが討てねば、ワシは再びやつらを封じ直すしかないのでな……」
唐突に立ち止まった雷獣は、背中を向けたままそう忠告して、道を譲った。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.全ての妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回の依頼は、雷獣が封じていた心霊系の妖を討伐するというものです。
●討伐対象:怨霊(心霊系・ランク1)×18
樹海の奥深く、不思議と開けた区画に集まった女性の怨霊です。服装などは生前のままですが、全てが般若の面のように恐ろしい顔をしており、生者と見るや襲いかかってきます。それぞれに抱えている恨みは異なるようですが、全体として嫉妬の感情が非常に強く、低ランクゆえにか人との会話はできず、ただ一方的に恨み言をぶちまけようとするだけです。
使用スキル
・生者への嫉妬(A:特遠単・ダメ0・呪い)……生きていて、恋をする自由のある人間への嫉妬から、負の感情をぶつけます。ダメージはありませんが、呪いを受けます。
・不幸語り(A:特遠列・ダメ0・不運)……頼まれてもいないのに、生前の不幸を語り散らします。聞く者の運気も落としてしまうようです。
心霊系のため、物理攻撃は効きづらいですが、体力は低めです。また、スキルはダメージを与えず、バッドステータスを与えるものしかないため、ダメージは通常攻撃でしか受けませんが、モテる(妖基準)男女は集中攻撃を受けやすいため、注意が必要です。
なお、装身具としてアクセサリー系を所持していると、それも「チャラついたやつだ」ということで、優先攻撃目標となるようです。……もはや嫉妬どころか、完全にただの逆恨みとなっている気がしますが、妖ですのであまり理屈的に正しい行動はしません。
●NPC:雷獣
大きな虎の姿をした古妖です。人間の言葉を話しますが、人間の感情については疎く、あまり理解できない模様。ただ、今回の妖たちの強すぎる怨念を危険視し、結界に封じ込めていました。むしろ逆効果で、結界に閉じ込められ続けた妖の怨念は更に強まっていったようですが……。
戦闘には参加せず、覚者を後方から見守ります。覚者たちの戦況が明らかに不利だと判断すれば、再び結界の中に妖を封じ込めるつもりでいます。
●持ち込み品や事前準備、その他OPで出ていない情報など
舞台となるのは樹海の中、開けた区画のため、戦闘において木々が邪魔になるようなことはありません。足場も安定しています。
ただし、樹海への到着は夜間になるため、守護使役や装身具による対策があるといいでしょう。なお、雷獣の体も、自身が操る雷によってほんのりと発光しており、暗闇でもよく姿が見えます。
樹海の入り口まではファイヴが用意する車で移動可能で、樹海の中も雷獣が案内してくれるため、特に地図などを求める必要はありません。
戦闘時間があまりに長くなってしまうと、雷獣が業を煮やして結界を張り直してしまい、失敗となります。それに付随して、最初の戦闘で妖の数をある程度減らした後、一度撤退して態勢を立て直し、再び挑み直す……というようなことはできません。その間に妖が逃げ出してしまう危険性も高いですし、雷獣が許しません。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年12月10日
2016年12月10日
■メイン参加者 8人■

●女子会(負)、開幕
覚者たちは雷獣によって導かれ、森の奥へ奥へと分け入っていく。さすがに雷獣の案内は完璧ではあるが、これから負の感情をこじらせた妖と戦いに行くのだから、どことなく覚者たちの足取りは重い。……というほどでもなかった。
「恋に敗れたまま命を落とした霊たち、か」
思うところのあるらしい『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)は、神妙な面持ちで先頭を歩いている。先陣を切るというのは彼女の“使命”を考えれば当然のことではあるが、どうやらそう単純な理由からではないらしい。
「封印しなきゃいけないくらいの恨みぱわーって凄いよねぇ。それで発電とかできたらいいのにーっ、ね、時雨ぴょん?」
楠瀬 ことこ(CL2000498)は明るく言って、傍らの友人に賛同を求める。
「いやまぁ、そんな便利な事できたらえぇんやけどなぁ……」
『烏山椒』榊原 時雨(CL2000418)はやや呆れながらも、実際に恨みの力がために有力な古妖すら持て余した妖が相手なのだから、そう強くは否定できないらしい。とはいえ、まだ幼いと言えるほどに年若い二人に恋愛というものは、まだ縁遠く感じている概念らしい。
「さて、案内するのはここまでだ。これより先へ進めば、向こうから近づいてくるじゃろう……しかし、ワシの感性が妖の感性と合致するとも限らんが、美人どころが集まったものじゃな……一人は色男もいるようじゃし、誰に攻撃が飛んできたものかわからん。用心することじゃ」
「あらん、本当のこと言ってくれるトラちゃんねん。よしよしー」
「う、うむ……」
雷獣が歩みを止めたかと思えば、確かにそこだけ鬱蒼と茂っていた木々が大きな手でむんず、と引き抜かれた後のように開けている。
いわば恨みの最終処理場を前にして、改めて覚者たちを振り返って言った雷獣の頭を『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)が撫で、微妙な表情をさせて戦闘態勢へと入る。つい先ほどまでの笑顔も、すぐに凛々しさを含んだものへと変じる。
「いやはや、この歳にもなってそう呼ばれてしまうとは、少し照れてしまいますね。貴女も非常に気高く、魅力的なお姿をされているように思いますよ。雷獣殿」
「う、うむ……」
唯一の男性にして最高齢、『教授』新田・成(CL2000538)が杖を構えながら前へと出る。雷獣も古妖として相当な高齢であるはずだが、今回の覚者一行の大人たちには押され気味なようで、意外にも豊かなその表情には戸惑いと、わずかな不安。そしてこういう人間こそやってくれるものなのだろうか、という期待が見て取れる。
「ウチらも大人のお二人には負けていられないっす! どかーんっと、元気にいくっすよ!」
水端 時雨(CL2000345)も元気ハツラツといった調子で飛び出し、成と共に守護使役で周囲の明かりを確保する。
それによって人間の接近に気づいたのか、闇の奥深くで無数の影が揺らめいたかと思えば、ぞろぞろとそれらが近づいてくる。夢見の情報通りの、見た目だけで言えば一昔前の一般的な女性のそれ――のようには見えるが、その顔は幽鬼のように。あるいは悪鬼のように変質してしまっており、生はないはずなのに瞳は妖しく輝いている。口はぶつぶつとわからない言葉をつぶやき続け、負の感情の成れの果てというものは醜さと共に、ある一定の哀憐の気持ちすら起こさせる。
「悲しい相手だけど……このままにしているのは、もっと可哀想だから……」
相手がその恨みをぶつけるという異常攻撃に秀でているということはわかっている。『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は囮を務める覚者たちの後ろから清廉珀香を発揮し、それに備える。はっきりとはわからないが、妖たちの中にも彼女ぐらいの年齢の女性はいる。他人事のようには思えないからこそ、強い気持ちで対峙するしかない。
「よーし、あたしもっ。はいはい、みなさんごちゅうもくー。あたしね、高校時代にはこれでも結構モテてねー」
もう一人の同年代、『翼に笑顔を与えた者』新堂・明日香(CL2001534)も前衛へと布陣して、わざと妖たちの注目を集めるようなことを口にする。実際「モテる」その言葉が出た瞬間、数体の妖がずずい、と身を乗り出して来た。これに反応するということは、恋愛それ自体を経験することもなく生を終えた者たちなのだろうか。
「まあ、そういう訳だからいっぱい告白もされたんだけど、全部断って――うぎゃあっ!?」
そこで、モテ話に食い付いた妖以外も一斉に明日香に注目したかと思うと、露骨に彼女へと群がってくる。恋愛感情を向けられておきながら、それを断ったのが相当な地雷だったらしい。
「くっ、明日香に敵が集まり過ぎている、助太刀するぞ!」
フィオナが剣を唸らせ、輝く髪を宙に泳がせながら疾風双斬を放つ。二重に重なる斬撃は妖の体を裂き、確かなダメージを与える……が、その時、覚者たちが用意した光が、フィオナの髪留めをはっきりと映し出した。数体の妖の視線がそれに釘付けになる。
「なっ、この髪留めか? 確かに大切なものだが――」
『男からのプレゼントなんてもらえなかった……』
『私の方から渡してばっかり……』
『外国の変な置物押し付けられた……めっちゃ白目剥いたサルみたいなの』
妖たちは口々にプレゼントにまつわる生前の恨み言を口にしながら、フィオナに向かってくる。彼女の反応から、即座に髪留めが大切な贈り物であると判断したらしい。
「結果的に明日香から敵を引き離せたのはいいが……沸点が低すぎないか!?」
こじらせにこじらせた妖なのだから、それもまた仕方ないことなのである。
「うわぁーっ、思ったよりきょうれつかも? ことこの歌で明るい気持ちになってねー!」
ひとまずは妖たちの攻撃が前衛に向かっているのを確認して、ことこがギターをかき鳴らす。底抜けなほどに明るいサウンドが樹海に反響して、妖たちの中には耳を抑えてうずくまるものが出てきた。
「もっとちゃんときいてよー! ……もしかして、騒音になってないよね?」
数十年前と今とでは、音楽に関する流行りも大きく違うのだろう。とはいえ、効いてはいるらしい。
「あらん、ここに絶世の美女がいるのに、お姉さんのことは無視かしらん?」
それぞれの囮作戦や攻撃が有効に働いている中、輪廻もまたはだけた着物でその肢体を晒してアピールをする。これも世代格差なのか、妖たちの体格は全体的にスマートなものが多い。ならば、彼女のその日本人離れした体に嫉妬を抱かないはずもなく。
『告白した瞬間に「俺、巨乳派だから」って言われたー……』
『そもそも日本人に興味ないから、とか言われた……ちなみに相手はイタリア人』
『別れ話をされた理由が、もっと大きい彼女ができたから、だった……』
十二分に妖たちに効いたようで、負の感情を剥き出しにして襲ってくる。
「あらあら、ごめんなさいねん。 ――で、それだけなの?」
一瞬、彼女の手元が閃いたかと思えば、既に三連撃で妖が切り裂かれている。流れるような白夜が妖の一体に致命傷を与え、地に這いつくばったそれを輪廻は表情の消えた目で見下ろしていた。
「……苦しいのは、自分達だけだと思ってるんじゃないわよ」
戦いの最中ではあるが、自身に視線が集まろうとしているのに気づいて、再び輪廻は笑みを取り戻す。「さて、まだまだたくさんいるのだから、がんばらないとねん♪」と取り繕って。
「もー、さっきからぐちぐち言うのが聞こえてたっすけど、みんな暗いっすねー。女の子はもっと自分に自信を持って、可愛さを磨くものっす!」
普段通りの調子で水端時雨が明るく振る舞うと、妖にはそれすらも眩しく、恨めしく映るようで、文字通りに鬼の形相で襲いかかってくる。
「おー、こわっす! でも、いくっすよー、金の時雨ちゃんの新技! 回復ばっかりだと思ってたら、痛い目見るっす!」
今までは積極的な攻撃には参加していなかった時雨が、集まってきた敵集団に向かって伊邪波をぶつける。物理攻撃の効きづらい相手も、この攻撃には大きなダメージを受けたが、濡れてしまったことでよりホラー感の増した見た目になってしまっている。「どっ、どざえもん的なアトモスフィアっすね……」
「みんな、大丈夫……? アタシは、あんまり人と触れ合うこと自体なくって、恋愛なんてまだまだだから、本当の意味で気持ちはわからないけど……けど、やっぱりこのままだと何にも変わらないと思うから……」
ミュエルは前衛たちの消耗具合を確認しながら、仇華浸香を敵集団に向けて使用する。妖たちの中には自身の容姿にコンプレックスを持つ者も少なくはないようだが、その気持ちの共有は彼女にとってもできる。だからという訳でもないが、主に輪廻が対峙する相手を狙い、その浄化に努めた。
「自分の境遇を嘆く前に、自分でも努力をしないと、だね……うん」
前向きな覚者たちの言葉はミュエルにも響いているのか、しっかりと頷き、前を向いて妖へと立ち向かっている。
「なんていうか、みんなさすがっていうか、やっぱり色々あるんやなぁ。うちはまだ無縁やけど、この見た目になってる頃にはめちゃモテなんやから!」
覚醒時の見た目と普段にギャップのある榊原時雨は、まだきちんとした恋愛観は語れないが、前線に出て妖に対する。ただ、他の覚者よりは妬まれ具合が足りないらしく、あまり攻撃は寄ってこない。
「榊原君は日常時とのギャップが印象的ですが、天真爛漫な明るさも人気者の素質ですね。傍にいるだけで楽しい気持ちになれますね」
「ほんま!? 成さん!!」
「ええ。じきにボーイフレンドの一人や二人、できることでしょう」
成が太鼓判を押すと、ずずいと妖たちが寄ってくる。そして、妖たちはなぜか、成と時雨を交互に見た上で、時雨に攻撃を集中させた。
「もしかして、うちが成さんに褒められたのが気に食わへんの!?」
分け目も振らずに襲いかかってくる相手を、地烈で吹き飛ばす。
「でもねー、ことこはー。ちんまい時雨ぴょんがすきなんだよー」
「ちんまい言うな! 後、もう囮は十分やから、これ以上煽ったら、うちに攻撃が集中し過ぎるんやって!」
ことこが後ろからラブコール(?)をすると、それに反応して更に妖が集まり出す。男女はあまり関係がないらしい。というよりは、単純に友人に恵まれなかった、あるいは友人に恋人を取られたというような者もいるのか。
「元はと言えば私が撒いた種。お手伝いしますよ」
時雨の攻撃を受けて弱った妖に向かって、成が抜剣する。すると、衝撃波B.O.T.が発生して、霊体の体を切り裂いて消滅させた。
「ふーっ、とりあえず、ちょっとは落ち着いたかな。ありがとうね、天堂さん」
いきなり集中攻撃を受けてしまった明日香だが、いくらかの敵を引き受けてくれたフィオナや、他の前衛たちに戦之祝詞をかけて強化した後、自身も攻勢に出る。
「もう、女の嫉妬は! 見苦しいぞーーっ!」
「それは確か、男の嫉妬ではなかっただろうか……?」
召雷を敵の頭上に落とし、そのまま昇天させる。微妙な間違いには、また明日香が囲まれてしまわないように気を配っていたフィオナがしっかり突っ込んでいた。
当初の敵の数は多かったが、上手い具合に前衛一人に対して数体ずつが分散し、異常攻撃にも治癒が間に合うことでかなり戦いやすい場を作り出せていた。
ただ、さすがに積もりに積もった怨念が相手のためか、敵も数体がやられた態度では怯むこともなく、どんどん向かってくる。……長く封印されていたため、生きた人間に会うのを嬉しがっているのではないか、と思うほどに。
●想いへの終止符
「単純に構って欲しかっただけ説ありますっけど、その辺、どうなんすかね?」
「いや、それをワシに聞かれてもな……確かに、こじらせにこじらせたこやつらを閉じ込めるのは、彼女らも元は血の通った人間であったことを考えれば、酷いことだったような気もしてきたが」
「そうっすねぇ」
戦いも順調に進み、少し余裕が出てきた辺りで、水端時雨が後ろにいた雷獣に声をかける。とりあえずは覚者有利に進んでいることで、彼女も安心しているようだ。やけに時雨らがフレンドリー過ぎるのは、最近の人間はこういうものなのか、とジェネレーションギャップを感じているが。
「でも、雷獣さんたちに倒されなくて、せめて私たちで倒す機会がやってきたというのは……よかったと思います」
妖たちの、もはや恋をした相手を恨んでいるのか、自分より魅力的な他人を全て恨んでいるのか、はたまた弱かった自分自身を恨んでいるのか。対象のはっきりとしない恨みは、同じ人間でも理解するのは困難、というよりは初めからできそうにない。しかし、共感できないまでも、いくらかは間違いなく人の心に響く。それは反面教師としてであったり、あるいは自身の中になる暗い記憶と重なり合うものだったり。形は様々だが、人の怨念は人が絶ってこそ、という雷獣の思惑は少なくとも失敗ではなかったようだ。
『誰もが強い訳じゃないのに、だからあんたたちなんかに私の気持ちはわからない――』
『勇気を持てなかったのは、そんなに悪いこと? あんな女よりも私の方がずっとあの人を愛していたし、幸せにもできたはずなのに。ああ、あの女が。私を選ばなかったあの男が。私を手助けしてくれなかった友達が。失恋の後、私に愛をくれなかった人間全てが――恨めしい』
覚者たちの放つ輝きが眩けば眩いほど、妖たちの負の気持ちもより鮮明に浮き上がってくる。当初は判然としなかった恨みも、よりはっきりとしたものとなっていて、それはもう個人の体験というよりは“失恋”という概念そのものの象徴のようにもなっていた。
「今まで抱えていたものを打ち明けて、少しは気が楽になったか? でも、いくら暗い気持ちをぶつけられても“私”は“私”であり続けたい。――そう思う。だから、その気持ちに飲み込まれはしない――!」
フィオナの燃え盛る炎撃が妖を討ち、炎が消えた後にはもう怨嗟の声も消え失せ、静寂が残る。
「残った恨み言は地獄まで飲み込んでおきなさい。いずれ私が堕ちた時、じっくり聞いてあげるわよん」
輪廻の刀が妖を切り伏せ、その気配も完全に消えると、笑みを浮かべながらも奥底では張り詰めていた彼女の緊張も、ふっと緩んでまた柔和な美人の笑顔が戻ってくる。
「いつまでも暗い顔してんやなくて、女は笑顔やないとな!」
「だよねー。だから、明るい歌を歌うよっ!」
「ここは、もうちょっとしんみり締めていいとこやったと思うんやけどなぁ」
榊原時雨と、ことこが協力して妖を倒した後、やはりいつも通りの明るく楽しいやりとりが続く。
「未練が断ち切れて、その後は新たな恋を始めてもらいたいものですね」
妖を衝撃波で消滅させ、仕込み杖を収めた後、成が目を瞑りながらそう呟く。彼女らにも、次の世というものはあるのだろうか。
「生まれ変わって、幸せになってくれたらいいよねー、雪ちゃん」
当初は妖たちに目の敵にされていた明日香だったが、他の覚者の助けもあって無事に撃退し、守護使役を抱き締めながら妖たちの消えた空間を見つめている。
妖がたむろしていた時は手狭に感じられたこの空間だったが、全てが終わってみると、だだっ広い気がして寂しげに見える。
「ご苦労じゃったな」
改めて雷獣が覚者たちの元へとやってきて、その労をねぎらう。
「ヌシら人間が、ここまで強く、大きな存在となっていたことをワシらは全く知らんかった。長生きもしてみるもんじゃ」
「じゃあ――」
誰ともなく、覚者が聞く。
「うむ。少なくともこの場所の結界は必要なくなった。他の結界はどうか知らんが――ヌシらの仲間であれば、心配はなかろう。さあ、妖がいなくなったとはいえ、この森を抜けるのは難儀する。最後まで案内しよう」
覚者たちは他の場所で戦う仲間たちの健闘を祈りつつ、まずは自分たちの作戦の成功を喜び、称え合いながら帰路へと就いた。
覚者たちは雷獣によって導かれ、森の奥へ奥へと分け入っていく。さすがに雷獣の案内は完璧ではあるが、これから負の感情をこじらせた妖と戦いに行くのだから、どことなく覚者たちの足取りは重い。……というほどでもなかった。
「恋に敗れたまま命を落とした霊たち、か」
思うところのあるらしい『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)は、神妙な面持ちで先頭を歩いている。先陣を切るというのは彼女の“使命”を考えれば当然のことではあるが、どうやらそう単純な理由からではないらしい。
「封印しなきゃいけないくらいの恨みぱわーって凄いよねぇ。それで発電とかできたらいいのにーっ、ね、時雨ぴょん?」
楠瀬 ことこ(CL2000498)は明るく言って、傍らの友人に賛同を求める。
「いやまぁ、そんな便利な事できたらえぇんやけどなぁ……」
『烏山椒』榊原 時雨(CL2000418)はやや呆れながらも、実際に恨みの力がために有力な古妖すら持て余した妖が相手なのだから、そう強くは否定できないらしい。とはいえ、まだ幼いと言えるほどに年若い二人に恋愛というものは、まだ縁遠く感じている概念らしい。
「さて、案内するのはここまでだ。これより先へ進めば、向こうから近づいてくるじゃろう……しかし、ワシの感性が妖の感性と合致するとも限らんが、美人どころが集まったものじゃな……一人は色男もいるようじゃし、誰に攻撃が飛んできたものかわからん。用心することじゃ」
「あらん、本当のこと言ってくれるトラちゃんねん。よしよしー」
「う、うむ……」
雷獣が歩みを止めたかと思えば、確かにそこだけ鬱蒼と茂っていた木々が大きな手でむんず、と引き抜かれた後のように開けている。
いわば恨みの最終処理場を前にして、改めて覚者たちを振り返って言った雷獣の頭を『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)が撫で、微妙な表情をさせて戦闘態勢へと入る。つい先ほどまでの笑顔も、すぐに凛々しさを含んだものへと変じる。
「いやはや、この歳にもなってそう呼ばれてしまうとは、少し照れてしまいますね。貴女も非常に気高く、魅力的なお姿をされているように思いますよ。雷獣殿」
「う、うむ……」
唯一の男性にして最高齢、『教授』新田・成(CL2000538)が杖を構えながら前へと出る。雷獣も古妖として相当な高齢であるはずだが、今回の覚者一行の大人たちには押され気味なようで、意外にも豊かなその表情には戸惑いと、わずかな不安。そしてこういう人間こそやってくれるものなのだろうか、という期待が見て取れる。
「ウチらも大人のお二人には負けていられないっす! どかーんっと、元気にいくっすよ!」
水端 時雨(CL2000345)も元気ハツラツといった調子で飛び出し、成と共に守護使役で周囲の明かりを確保する。
それによって人間の接近に気づいたのか、闇の奥深くで無数の影が揺らめいたかと思えば、ぞろぞろとそれらが近づいてくる。夢見の情報通りの、見た目だけで言えば一昔前の一般的な女性のそれ――のようには見えるが、その顔は幽鬼のように。あるいは悪鬼のように変質してしまっており、生はないはずなのに瞳は妖しく輝いている。口はぶつぶつとわからない言葉をつぶやき続け、負の感情の成れの果てというものは醜さと共に、ある一定の哀憐の気持ちすら起こさせる。
「悲しい相手だけど……このままにしているのは、もっと可哀想だから……」
相手がその恨みをぶつけるという異常攻撃に秀でているということはわかっている。『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は囮を務める覚者たちの後ろから清廉珀香を発揮し、それに備える。はっきりとはわからないが、妖たちの中にも彼女ぐらいの年齢の女性はいる。他人事のようには思えないからこそ、強い気持ちで対峙するしかない。
「よーし、あたしもっ。はいはい、みなさんごちゅうもくー。あたしね、高校時代にはこれでも結構モテてねー」
もう一人の同年代、『翼に笑顔を与えた者』新堂・明日香(CL2001534)も前衛へと布陣して、わざと妖たちの注目を集めるようなことを口にする。実際「モテる」その言葉が出た瞬間、数体の妖がずずい、と身を乗り出して来た。これに反応するということは、恋愛それ自体を経験することもなく生を終えた者たちなのだろうか。
「まあ、そういう訳だからいっぱい告白もされたんだけど、全部断って――うぎゃあっ!?」
そこで、モテ話に食い付いた妖以外も一斉に明日香に注目したかと思うと、露骨に彼女へと群がってくる。恋愛感情を向けられておきながら、それを断ったのが相当な地雷だったらしい。
「くっ、明日香に敵が集まり過ぎている、助太刀するぞ!」
フィオナが剣を唸らせ、輝く髪を宙に泳がせながら疾風双斬を放つ。二重に重なる斬撃は妖の体を裂き、確かなダメージを与える……が、その時、覚者たちが用意した光が、フィオナの髪留めをはっきりと映し出した。数体の妖の視線がそれに釘付けになる。
「なっ、この髪留めか? 確かに大切なものだが――」
『男からのプレゼントなんてもらえなかった……』
『私の方から渡してばっかり……』
『外国の変な置物押し付けられた……めっちゃ白目剥いたサルみたいなの』
妖たちは口々にプレゼントにまつわる生前の恨み言を口にしながら、フィオナに向かってくる。彼女の反応から、即座に髪留めが大切な贈り物であると判断したらしい。
「結果的に明日香から敵を引き離せたのはいいが……沸点が低すぎないか!?」
こじらせにこじらせた妖なのだから、それもまた仕方ないことなのである。
「うわぁーっ、思ったよりきょうれつかも? ことこの歌で明るい気持ちになってねー!」
ひとまずは妖たちの攻撃が前衛に向かっているのを確認して、ことこがギターをかき鳴らす。底抜けなほどに明るいサウンドが樹海に反響して、妖たちの中には耳を抑えてうずくまるものが出てきた。
「もっとちゃんときいてよー! ……もしかして、騒音になってないよね?」
数十年前と今とでは、音楽に関する流行りも大きく違うのだろう。とはいえ、効いてはいるらしい。
「あらん、ここに絶世の美女がいるのに、お姉さんのことは無視かしらん?」
それぞれの囮作戦や攻撃が有効に働いている中、輪廻もまたはだけた着物でその肢体を晒してアピールをする。これも世代格差なのか、妖たちの体格は全体的にスマートなものが多い。ならば、彼女のその日本人離れした体に嫉妬を抱かないはずもなく。
『告白した瞬間に「俺、巨乳派だから」って言われたー……』
『そもそも日本人に興味ないから、とか言われた……ちなみに相手はイタリア人』
『別れ話をされた理由が、もっと大きい彼女ができたから、だった……』
十二分に妖たちに効いたようで、負の感情を剥き出しにして襲ってくる。
「あらあら、ごめんなさいねん。 ――で、それだけなの?」
一瞬、彼女の手元が閃いたかと思えば、既に三連撃で妖が切り裂かれている。流れるような白夜が妖の一体に致命傷を与え、地に這いつくばったそれを輪廻は表情の消えた目で見下ろしていた。
「……苦しいのは、自分達だけだと思ってるんじゃないわよ」
戦いの最中ではあるが、自身に視線が集まろうとしているのに気づいて、再び輪廻は笑みを取り戻す。「さて、まだまだたくさんいるのだから、がんばらないとねん♪」と取り繕って。
「もー、さっきからぐちぐち言うのが聞こえてたっすけど、みんな暗いっすねー。女の子はもっと自分に自信を持って、可愛さを磨くものっす!」
普段通りの調子で水端時雨が明るく振る舞うと、妖にはそれすらも眩しく、恨めしく映るようで、文字通りに鬼の形相で襲いかかってくる。
「おー、こわっす! でも、いくっすよー、金の時雨ちゃんの新技! 回復ばっかりだと思ってたら、痛い目見るっす!」
今までは積極的な攻撃には参加していなかった時雨が、集まってきた敵集団に向かって伊邪波をぶつける。物理攻撃の効きづらい相手も、この攻撃には大きなダメージを受けたが、濡れてしまったことでよりホラー感の増した見た目になってしまっている。「どっ、どざえもん的なアトモスフィアっすね……」
「みんな、大丈夫……? アタシは、あんまり人と触れ合うこと自体なくって、恋愛なんてまだまだだから、本当の意味で気持ちはわからないけど……けど、やっぱりこのままだと何にも変わらないと思うから……」
ミュエルは前衛たちの消耗具合を確認しながら、仇華浸香を敵集団に向けて使用する。妖たちの中には自身の容姿にコンプレックスを持つ者も少なくはないようだが、その気持ちの共有は彼女にとってもできる。だからという訳でもないが、主に輪廻が対峙する相手を狙い、その浄化に努めた。
「自分の境遇を嘆く前に、自分でも努力をしないと、だね……うん」
前向きな覚者たちの言葉はミュエルにも響いているのか、しっかりと頷き、前を向いて妖へと立ち向かっている。
「なんていうか、みんなさすがっていうか、やっぱり色々あるんやなぁ。うちはまだ無縁やけど、この見た目になってる頃にはめちゃモテなんやから!」
覚醒時の見た目と普段にギャップのある榊原時雨は、まだきちんとした恋愛観は語れないが、前線に出て妖に対する。ただ、他の覚者よりは妬まれ具合が足りないらしく、あまり攻撃は寄ってこない。
「榊原君は日常時とのギャップが印象的ですが、天真爛漫な明るさも人気者の素質ですね。傍にいるだけで楽しい気持ちになれますね」
「ほんま!? 成さん!!」
「ええ。じきにボーイフレンドの一人や二人、できることでしょう」
成が太鼓判を押すと、ずずいと妖たちが寄ってくる。そして、妖たちはなぜか、成と時雨を交互に見た上で、時雨に攻撃を集中させた。
「もしかして、うちが成さんに褒められたのが気に食わへんの!?」
分け目も振らずに襲いかかってくる相手を、地烈で吹き飛ばす。
「でもねー、ことこはー。ちんまい時雨ぴょんがすきなんだよー」
「ちんまい言うな! 後、もう囮は十分やから、これ以上煽ったら、うちに攻撃が集中し過ぎるんやって!」
ことこが後ろからラブコール(?)をすると、それに反応して更に妖が集まり出す。男女はあまり関係がないらしい。というよりは、単純に友人に恵まれなかった、あるいは友人に恋人を取られたというような者もいるのか。
「元はと言えば私が撒いた種。お手伝いしますよ」
時雨の攻撃を受けて弱った妖に向かって、成が抜剣する。すると、衝撃波B.O.T.が発生して、霊体の体を切り裂いて消滅させた。
「ふーっ、とりあえず、ちょっとは落ち着いたかな。ありがとうね、天堂さん」
いきなり集中攻撃を受けてしまった明日香だが、いくらかの敵を引き受けてくれたフィオナや、他の前衛たちに戦之祝詞をかけて強化した後、自身も攻勢に出る。
「もう、女の嫉妬は! 見苦しいぞーーっ!」
「それは確か、男の嫉妬ではなかっただろうか……?」
召雷を敵の頭上に落とし、そのまま昇天させる。微妙な間違いには、また明日香が囲まれてしまわないように気を配っていたフィオナがしっかり突っ込んでいた。
当初の敵の数は多かったが、上手い具合に前衛一人に対して数体ずつが分散し、異常攻撃にも治癒が間に合うことでかなり戦いやすい場を作り出せていた。
ただ、さすがに積もりに積もった怨念が相手のためか、敵も数体がやられた態度では怯むこともなく、どんどん向かってくる。……長く封印されていたため、生きた人間に会うのを嬉しがっているのではないか、と思うほどに。
●想いへの終止符
「単純に構って欲しかっただけ説ありますっけど、その辺、どうなんすかね?」
「いや、それをワシに聞かれてもな……確かに、こじらせにこじらせたこやつらを閉じ込めるのは、彼女らも元は血の通った人間であったことを考えれば、酷いことだったような気もしてきたが」
「そうっすねぇ」
戦いも順調に進み、少し余裕が出てきた辺りで、水端時雨が後ろにいた雷獣に声をかける。とりあえずは覚者有利に進んでいることで、彼女も安心しているようだ。やけに時雨らがフレンドリー過ぎるのは、最近の人間はこういうものなのか、とジェネレーションギャップを感じているが。
「でも、雷獣さんたちに倒されなくて、せめて私たちで倒す機会がやってきたというのは……よかったと思います」
妖たちの、もはや恋をした相手を恨んでいるのか、自分より魅力的な他人を全て恨んでいるのか、はたまた弱かった自分自身を恨んでいるのか。対象のはっきりとしない恨みは、同じ人間でも理解するのは困難、というよりは初めからできそうにない。しかし、共感できないまでも、いくらかは間違いなく人の心に響く。それは反面教師としてであったり、あるいは自身の中になる暗い記憶と重なり合うものだったり。形は様々だが、人の怨念は人が絶ってこそ、という雷獣の思惑は少なくとも失敗ではなかったようだ。
『誰もが強い訳じゃないのに、だからあんたたちなんかに私の気持ちはわからない――』
『勇気を持てなかったのは、そんなに悪いこと? あんな女よりも私の方がずっとあの人を愛していたし、幸せにもできたはずなのに。ああ、あの女が。私を選ばなかったあの男が。私を手助けしてくれなかった友達が。失恋の後、私に愛をくれなかった人間全てが――恨めしい』
覚者たちの放つ輝きが眩けば眩いほど、妖たちの負の気持ちもより鮮明に浮き上がってくる。当初は判然としなかった恨みも、よりはっきりとしたものとなっていて、それはもう個人の体験というよりは“失恋”という概念そのものの象徴のようにもなっていた。
「今まで抱えていたものを打ち明けて、少しは気が楽になったか? でも、いくら暗い気持ちをぶつけられても“私”は“私”であり続けたい。――そう思う。だから、その気持ちに飲み込まれはしない――!」
フィオナの燃え盛る炎撃が妖を討ち、炎が消えた後にはもう怨嗟の声も消え失せ、静寂が残る。
「残った恨み言は地獄まで飲み込んでおきなさい。いずれ私が堕ちた時、じっくり聞いてあげるわよん」
輪廻の刀が妖を切り伏せ、その気配も完全に消えると、笑みを浮かべながらも奥底では張り詰めていた彼女の緊張も、ふっと緩んでまた柔和な美人の笑顔が戻ってくる。
「いつまでも暗い顔してんやなくて、女は笑顔やないとな!」
「だよねー。だから、明るい歌を歌うよっ!」
「ここは、もうちょっとしんみり締めていいとこやったと思うんやけどなぁ」
榊原時雨と、ことこが協力して妖を倒した後、やはりいつも通りの明るく楽しいやりとりが続く。
「未練が断ち切れて、その後は新たな恋を始めてもらいたいものですね」
妖を衝撃波で消滅させ、仕込み杖を収めた後、成が目を瞑りながらそう呟く。彼女らにも、次の世というものはあるのだろうか。
「生まれ変わって、幸せになってくれたらいいよねー、雪ちゃん」
当初は妖たちに目の敵にされていた明日香だったが、他の覚者の助けもあって無事に撃退し、守護使役を抱き締めながら妖たちの消えた空間を見つめている。
妖がたむろしていた時は手狭に感じられたこの空間だったが、全てが終わってみると、だだっ広い気がして寂しげに見える。
「ご苦労じゃったな」
改めて雷獣が覚者たちの元へとやってきて、その労をねぎらう。
「ヌシら人間が、ここまで強く、大きな存在となっていたことをワシらは全く知らんかった。長生きもしてみるもんじゃ」
「じゃあ――」
誰ともなく、覚者が聞く。
「うむ。少なくともこの場所の結界は必要なくなった。他の結界はどうか知らんが――ヌシらの仲間であれば、心配はなかろう。さあ、妖がいなくなったとはいえ、この森を抜けるのは難儀する。最後まで案内しよう」
覚者たちは他の場所で戦う仲間たちの健闘を祈りつつ、まずは自分たちの作戦の成功を喜び、称え合いながら帰路へと就いた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
