<雷獣結界>封印は紐解かれる
四半世紀近くの間、日本で発生していた原因不明の電波障害。
それは全国に存在する雷獣と呼ばれる古妖が原因であった。
彼ら雷獣が妖を封じる為に作り出した結界が期せずして電波障害を生じさせていたのだ。
そして今。
二十年以上にわたり妖を封じ続けた雷獣結界も限界を迎えようとしていた。
結界が破られれば、世に強力な妖が放たれる事になる。
雷獣たちは言った。
「封じた妖を退治できるのであれば結界を解こう」
電波障害の解決のため。
疲弊した雷獣たちを救うため。
そして、妖から人々を守るため。
FiVEは全国各地の雷獣結界内の妖を討つ作戦を発動するのであった。
●
「話は聞いている。よく来てくれた」
群馬県の山中に雷獣の結界がある。その情報を元に現地へと向かった覚者たちを出迎えたのは、子犬によく似た外見の古妖であった。
雷獣。
明治時代以前の日本においては意外と知られていた存在で、その目撃談も多くの文献に残されている。地域によって差異は大きいものの、目の前の古妖のように、子犬に似た容貌をしているとした目撃談も多い。
「こっちだ」
結界のある場所へと、獣道を行く雷獣の後に覚者たちが続く。
その道すがら、雷獣は結界内の妖についてぽつりぽつり話を始める。
「妖は猪が変化・巨大化したものだ。知性は低いが、強靭で力も強い」
「戦って勝てる相手では無かったので封印した」
ふと、雷獣が立ち止まる。
その先は何ら変哲の無い開けた荒地が広がっていたが、何と無く不気味な感じがあった。
「ここに封印した。封印を解けば妖が現れる」
封印そのものは目に見えるようなものでは無いようだ。FiVEの研究者が電磁波の一種を利用したものでは無いかと仮説を立てていたのを思い出す。
後ろへと振り返った雷獣が、改めて覚者たちを見上げる。
「封印から20年、妖も消耗しているだろう」
雷獣のつぶらな瞳が覚者たちを見定めるように、その姿を映し出す。
「よろしく頼む。お前たちならば倒せるはずだ」
それは全国に存在する雷獣と呼ばれる古妖が原因であった。
彼ら雷獣が妖を封じる為に作り出した結界が期せずして電波障害を生じさせていたのだ。
そして今。
二十年以上にわたり妖を封じ続けた雷獣結界も限界を迎えようとしていた。
結界が破られれば、世に強力な妖が放たれる事になる。
雷獣たちは言った。
「封じた妖を退治できるのであれば結界を解こう」
電波障害の解決のため。
疲弊した雷獣たちを救うため。
そして、妖から人々を守るため。
FiVEは全国各地の雷獣結界内の妖を討つ作戦を発動するのであった。
●
「話は聞いている。よく来てくれた」
群馬県の山中に雷獣の結界がある。その情報を元に現地へと向かった覚者たちを出迎えたのは、子犬によく似た外見の古妖であった。
雷獣。
明治時代以前の日本においては意外と知られていた存在で、その目撃談も多くの文献に残されている。地域によって差異は大きいものの、目の前の古妖のように、子犬に似た容貌をしているとした目撃談も多い。
「こっちだ」
結界のある場所へと、獣道を行く雷獣の後に覚者たちが続く。
その道すがら、雷獣は結界内の妖についてぽつりぽつり話を始める。
「妖は猪が変化・巨大化したものだ。知性は低いが、強靭で力も強い」
「戦って勝てる相手では無かったので封印した」
ふと、雷獣が立ち止まる。
その先は何ら変哲の無い開けた荒地が広がっていたが、何と無く不気味な感じがあった。
「ここに封印した。封印を解けば妖が現れる」
封印そのものは目に見えるようなものでは無いようだ。FiVEの研究者が電磁波の一種を利用したものでは無いかと仮説を立てていたのを思い出す。
後ろへと振り返った雷獣が、改めて覚者たちを見上げる。
「封印から20年、妖も消耗しているだろう」
雷獣のつぶらな瞳が覚者たちを見定めるように、その姿を映し出す。
「よろしく頼む。お前たちならば倒せるはずだ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.封印されていた妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回のシナリオは雷獣により封印された妖を退治し、電波障害を解決することが目的となります。
・状況
時刻は昼過ぎ、山中の開けた荒地で、戦闘に支障の無い広さがあります。
雷獣が封印を解除すると同時に妖が出現し戦闘開始となります。
雷獣自身は戦闘に参加しません。
・敵
妖 1体
ランク3相当の妖になりますが、封印の影響で多少の弱体化が予想されます。
全長3m程の巨大な猪の妖です。
高いHPと攻撃力を持っており、一撃一撃が重いです。
鋭い牙による突撃を繰り出してきます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年12月10日
2016年12月10日
■メイン参加者 6人■

●目覚め
妖は驚きを隠せなかった。
自身をこの場所へ縛り付けていた結界が突然消えたのだ。
混乱、困惑、そして疑念。
だが、それが何だというのだ。
封印は紐解かれた。もはや我が身を縛るモノは無い。
だから妖はその理由を考えることをやめた。
見れば目の前にニンゲンがいた。
なぜここに? とは、思わなかった。
丁度良いと、思った。
溜まった鬱憤をニンゲンにぶつけてやろう。
その血と肉を喰らい渇いた喉と空っぽの腹を満たそう。
妖は嗜虐にみちた獰猛な唸り声を上げた。
「その目。言葉が通じなくても考えてる事は分かるぜ」
『ブラッドオレンジ』渡慶次 駆(CL2000350)の目と鼻の先に巨大な猪の顔と牙が迫っていた。
結界が解けるや姿を現した妖は巨体に似合わない俊敏な動きで駆へと突撃を繰り出してきたのだ。
駆の精悍な顔に不敵な笑みが浮かんだ。
長い柄のついた大ナタを片手で器用に振るう。二十代前半と思える駆の引き締まった肉体がしなやかに躍動した。
「お前は強いんだろうさ。だがよ、俺たちは『こういうの』は得意なんでな!」
妖の牙と大ナタがかち合う音が山中へと響いた。
●山中にて
さて、話は妖が現れるよりも少し前へとさかのぼる。
一行は雷獣の案内で結界のある場所へと向かっていた。
「やっぱり山はいいな。若い頃を思い出すぜ」
先頭を行く駆が昔に比べて少し弛んだお腹をポンと叩き、仲間たちへと振り返った。
「ナナンもピクニックみたいで楽しいのだぁ!」
『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)が元気に答えた。
奈南は私立五麟学園中等部の3年生。
来年には高校生なのだが、小柄な体格と言動のせいか年齢よりも幼く見られる事が多い。
「おいおい、こんな寒い冬の山奥に好き好んでくる物好きはそうそういねーって」
『慧眼の癒し手』香月 凜音(CL2000495)が楽しそうな駆と奈南を見て呆れたように肩をすくめた。
改めて辺りを見渡せば、冬枯れした木々と地面に点在する枯れ草といった殺風景な風景が広がっていた。
防寒対策はしてきたのだが、12月の群馬の山中は日中といえど身を切るような寒さだった。
と、凜音の目の端に宮神 羽琉(CL2001381)の姿が見えた。
羽琉は青ざめた顔で両腕を擦り合わせて震えていた。
「寒いのか?」
「ひぇッ!? だ、大丈夫です!」
凜音が声をかけると羽琉は驚いたように飛び上がった。
羽琉の意外な反応に怪訝な顔になる凜音。
「……こんな山の中って、首吊り死体とか見つかりそうじゃないですか」
羽琉の震え声。本気で怖がっているようだった。
その様子に凜音は心の中で苦笑してしまう。
凜音は羽琉を線の細い少年だと感じていた。
中性的な容姿だけの話でなく、むしろ心の方がだ。
弱腰で心配性、そして極度の怖がり。
今回のような荒事に関わる事の多いF.i.V.E.の覚者としては珍しいタイプといえた。
だからだろうか、羽琉の事を気にかけてしまう。
一見ぶっきらぼうな凜音だが結構なお節介焼きだった。
「それに今回の妖は強いんですよね? 倒し損ねたら黒っぽくなって呪いを振りまいたりするかも……怖っ!?」
今度は妖の事をあれこれ想像し羽琉の顔は更に青くなる。
「映画でもあるまいし。戦う前からあれこれ考え過ぎて萎縮してしまっては元も子もないぞ」
『花守人』三島 柾(CL2001148)がそういって羽琉を落ち着かせると、今度は妖を封じた張本人の方へと顔を向けた。
「とはいえ、何か知っていたら教えて貰えないだろうか?」
「? ナナンは猪ちゃんの事は知らないよぉ」
柾に顔を向けられ、奈南が目をパチクリさせる。
「奈南さん、奈南さん。柾さんはですね~、奈南さんの頭の上にいらっしゃる雷獣さんに聞いているのですよ~」
奈南の後ろに現れた阿久津 ほのか(CL2001276)がいった。
ほのかの言葉通り、奈南の頭の上に雷獣がいた。
奈南は雷獣に遭遇するや「ナナンとお友達になってほしいのだぁ」と握手を求めた。
そして雷獣がそれを快諾すると「雷獣ちゃんは小っちゃいからナナンがはこんであげるねぇ」と自分の頭の上を差し出したのだった。
「そっかぁっ、雷獣ちゃん何か知ってるの?」
奈南が目線を上げて頭上の雷獣に目を向けようと頑張っていると、ほのかが両腕を雷獣へと差し出す。
その腕へと移動する雷獣。優しく抱きかかえるほのか。
「妖にそういった能力は無いはずだ」
雷獣が端的に答えた。
「ほむほむ、それはひと安心です~」
ほのかはすかさず雷獣の背中を撫でさすった。
少し硬めの毛皮の感触が心地かった。
(なんとも気さくな古妖もいたものだな)
雷獣が少女2人にマスコット扱いされている光景に柾が苦笑する。それはここに来る前に想像していた雷獣の姿とは随分とかけ離れていた。
「おまえさんは土地の守護者みたいなものなんだろ? もっと気難しくて、いかついモンかと思ってたんだがな」
凜音が雷獣へと尋ねる。
長い間、人知れず妖から日本を守ってくれていた存在。
柾も凜音と同じようなイメージを雷獣に持っていた。
「そんな大それたものでは無い。生活する土地を失うわけにはいかなかった、敵が強かった、封印するしか手立てが無かった。ただそれだけだ」
他の雷獣の事情は分からないが、私はそれだけだ。
そう雷獣は答え、言葉を続けた。
「むしろお前たちがやろうとしている事の方が不思議でならない。たとえこの地で妖が暴れたとしても、お前たちが困る事など無いはずだ。何か理由があるのか?」
――それは電波障害の解決のために。
そう答えようとした柾が言葉に詰まる。
ここに来る時の事だった。
年若い仲間たちが電波障害が解消した後の生活について話をしていた。
――想像がつかない、と。
彼らは生まれた時から電波障害が当たり前の生活だった。
それが解消されれば、生活が便利になると言われても何ら実感が無いのだ。
そんな若者たちが電波障害の解消のためだけに、死と隣り合わせの任務に志願するだろうか。
「ナナンは困ってる雷獣ちゃんを助けに来たんだよぉ」
奈南の明るい声。
「ですです~、退治が済んだらゆっくり休んでくださいね」
ほのかの笑顔。
「めんどくせー話だが、聞いちまったらしゃーねよな」
ぶっらぼうだがどこか優しい凜音の物言い。
日本の電波障害が諸外国との競争において大きな課題であると論じる専門家は多い。
しかし『そんなこと』は大人が考えれば良いことだろう。
若者たちを見る柾の口元に柔らかい笑みが浮かんだ。
「……感謝する」
かすれた雷獣の声。
その小さな身体の震えがほのかの腕へと伝わってくる。
ほのかが優しく背中を撫でてやると雷獣は気持ちよさそうに目を細めた。
「そうだ、妖を退治した後で頼みたい事があるのだが――」
今思いついたように柾がいった。
●戦端は開かれる
「うわぁッ!?」
妖の突進に吹き飛ぶ駆を見て羽琉が声をあげた。
「なんでおまえが叫ぶんだよ……安心しろ、オッサンならすんでのところで上手く攻撃をいなしたぜ」
駆が吹き飛ぶ直前。凜音の目は、駆が自ら後方に跳んで衝撃を和らげたのを捉えていた。
すぐに立ち上がった駆が妖へと向き直る。
それを確認した凜音が今度は妖へと意識を集中する。
「情報があまりない分、相手がどう動くか読みづらい。何か分かれば御の字、てところか?」
結界が解かれる直前に各自の自己強化は済ませてある。
雷獣から得た情報も併せて、妖の分析を開始する。
「特殊な力は無いようだな。単にスゲェ強いだけだ」
凜音の予測は確信へと変わった。
「それって結局、すごく怖いって事じゃないですかぁ!」
羽琉の叫び声。
同時に妖の身体の一部がぐにゃりと歪んで見えた。
それは羽琉の術式による高密度高粘度の霧によるものだ。
それを皮切りに仲間も次々と妖へと攻撃を加えていった。
柾が妖の側面から接敵。
素早く両腕を妖の胴に叩き込む。
撃ち込まれた両腕には先端に銃口のようなものがある奇妙なガントレットがはめられていた。
「燃えろッ」
ガントレットの先端の銃口から盛大な炎が噴出された。
超至近距離から放たれた炎が瞬く間に妖の巨体を包む。
巨大な火の玉と化した妖は火を消そうと、その場に倒れ込み身体を地面に擦り付けた。
血の混じった肉の焼ける生臭い匂いが周囲に立ち込める。
炎は消えたが、妖の全身には大きな火傷が残った。
「猪さん、美味しそうですね~」
低い唸り声を上げる妖の正面に立ったほのか。
左手の甲の『第三の目』を妖へと掲げてみせた。
「でも私はレアよりウェルダンの方が好きなんですよ~」
ほのかの口調は軽い。
しかし第三の目から放たれたプレッシャーは本物だ。
無意識のうちに妖の動きを萎縮させる。
「猪ちゃん、いくよぉ!」
妖の頭上から奈南の声が聞こえた。
見れば、いつの間にか空中に跳んだ奈南の姿があった。
そして奈南の身体が落下していく。
真下にあるのは無防備な妖の背中だ。
「どっかーんっ!」
小さな身体を丸め、両手で抱え込むように持った『ホッケースティック改造くん』の先端が妖の背中に撃ち込まれた。
「いいか! 全員、声を出していけよな」
駆が大ナタを構え、妖との間合いをじりじりと測る。
仲間の攻撃は妖の身体の所々に痛々しい傷を残していた。
とはいえ、それらは致命傷にはなっていない。
妖の強靭な生命力のほんの一部を削ったに過ぎないのだ。
妖が低い唸り声を上げ、再び駆へと突撃を開始する。
敵が『強い』事など始めから承知している。
そして『強い』だけの相手なら幾らでもやりようがある。
接近する妖。
その突進を真正面から受けた駆の口元には、やはり先ほどと同じ不敵な笑みが浮かんでいた。
「そんなに焦るなよ――「のんびり」行こうぜ!」
●声
「タイミングを合わせてくれ」
「ほむほむ、任せてください~」
柾の声にほのかが答える。
直後、妖の突撃により柾の身体が宙に舞った。
たがそれは計算の内だった。
柾は痛みをこらえ空中で反転し体勢を整えると、反撃の踵落としを妖の背中へと叩き込む。
その直後、ほのかの鉄拳が妖の下腹部に撃ち込まれた。
鉄拳の衝撃は妖の胴体を突き抜け背を大きく波立たせる。
そして、その反動で柾の身体が再び宙に跳ね上がった。
「連撃だッ!」
空中でムーンサルトをきめる柾。
再度の踵落としが妖を直撃した。
上下からの見事なワン、ツー、スリーに妖の巨体がグラリと大きくゆらぐ。
「大成功ですです~♪」
と、ほのかが喜びの声を上げた瞬間、体勢を立て直した妖が身をよじり、その牙がほのかを直撃する。
「凜音さんッ!」
「分かってる、回復は任せろ」
羽琉が凜音へと振り向く。
凜音が即座に地面に倒れたほのかへと癒しの術を施した。
「羽琉は――」
「妖の追撃を防ぎますッ!」
凜音がいうより早く、羽琉が牽制の空気弾を妖へと放つ。
その隙に柾がほのかの側へと走り寄る。
「大丈夫か?」
立ち上がろうとしていたほのかに手を貸し助け起こす。
「ありがとうございます、まだまだ平気です~。凜音くんと、それから羽琉くんもありがとうですよ~♪」
完全に癒えたわけでは無いし傷は少し痛む。でも、自分1人だったらきっと立ち上がれていないとほのかは思った。
こうして無事でいられるのは、頼もしいみんなのおかげだと仲間に感謝する。
駆が大ナタを振るって妖と大立ち回りを演じていた。
仲間が態勢を立て直す時間を稼いでいたのだ。
強力な妖相手に採った作戦はバッドステータスを搦め手にした長期戦であった。
それは確かに有効な戦術だが、実行するには全員の連携と意思疎通が必要不可欠であった。
攻撃、回復のタイミング、そしてお互いのサポート。
強力な攻撃を繰り出す相手に対して、一手の違いが致命的な状況を招き兼ねない極限の戦場である。
「まだいけるか! いけるよな!」
戦線に復帰した仲間に駆は大声を張り上げる。
その声こそが仲間全員の生命線なのだ。
「ブンブン、カッキーン!」
妖の死角に潜んでいた奈南が『改造くん』の一撃を加えるとまた距離をとる。
見事なピット&アウェイを繰り広げていた。
●苛立ち、そして
妖は目の前の光景が理解できなかった。
それは妖にとって結界が消滅したことよりも、ずっと信じがたい出来事であった。
非力なニンゲンが。脆弱なニンゲンが。
何度、跳ね飛ばしても起き上がってくるのだ。
我が身をチクチクチクチクと傷つけるのだ。
「仕掛ける!」
「ナナンもいくよぉ!」
煩瑣い。
「大丈夫ですか!?」
「応ッ、無理はすんなよ」
五月蝿い。
「そっちいったぞ、気をつけろよ!」
「了解です~♪」
煩瑣い、五月蝿い、うるさい、ウルサイッ!!
妖は思った。
ニンゲンたちの発する声に呪いが仕掛けてあるのだと。
妖は激怒した。
そして1番大きな声を上げるニンゲンに狙いを向けた。
「ふぅ、さすがに今の一撃を喰らったらヤバかったぜ」
大きく息を吐いた駆の眼前には朦朧とした妖がいた。
「か、間一髪でしたぁ!!」
地面にへたり込んだ羽琉の声は悲鳴に近かった。
駆に対して渾身の突撃を仕掛けようとした妖に羽琉の眠りを誘う術式が効果を現したのだ。
「妖はすぐに意識を取り戻す。今のうちに立て直すぞ」
「ナナンの元気も分けてあげるねぇ!」
凜音と奈南が傷ついた前衛陣の治療を行っていく。
「羽琉、済まないが――」
「気力の回復ですね、すぐに準備します」
凜音の声に羽琉がすっくと立ち上がった。
(こいつは怖がりだが、決して心は弱く無いな)
共に後衛として羽琉の働きを見ていた凜音には分かった。
刻一刻と変わる戦況に即した行動が後衛には求められる。
だから戦場全体を見る目と冷静さが必要なのだ。
凜音にだって戦いへの恐怖はある。その恐怖を抑え込む心の強さが無くては戦場で冷静でなどいられないのだ。
そして羽琉は口では怖い怖いと言いながらも、凜音と同じように冷静に次の手を探っていた。
「? あの僕、何かやらかしちゃいました」
凜音がじっと自分を見ていた事に羽琉が不安になる。
「いや、あと少しで決着だ。よろしく頼むぜ」
凜音が『怖がり』だが『頼もしい』仲間に笑顔を見せた。
後方で妖と一行の戦いを雷獣はじっと見守っていた。
「これが彼らの強さか」
自分よりも数段は強い妖を圧倒し始めた人間たち。
「仲間……か。羨ましいものだ」
雷獣のつぶらな瞳が瞬いた。
●決着、繋がる絆と未来
「これで――トドメだッ!」
柾の渾身のストレートが妖を絶命へと追い込む。
強靭な肉体は力無く地面へと倒れ伏し、そして動かなくなった。
「全員生きて帰れそうで何よりだ」
息を荒げた駆がその場にしゃがみ込む。
他の仲間も緊張の糸が切れて疲労が限界に達したのか、その場から動けないようだった。
誰ひとり倒れる事はなかったが、体力も気力もギリギリの所だった。あと少し妖に粘られていたら地面に倒れていたのは駆たちの方だったろう。
「お疲れ様です」
「大丈夫かよ、オッサン」
いち早く回復した羽琉と凜音が駆の側へとやってきた。
「お前らのお陰で何とか無事さ。ただ腹がへったな……帰りに牡丹鍋でも食べていこうぜ」
妖の死体を見てニヤリと笑った。
「お前たちのお陰でこれからも生きていける。ありがとう」
雷獣が一人一人に丁寧に頭を下げて回っていた。
「礼を言われるまでもないさ、お前さんもお疲れ様」
「ですです~、お疲れ様ですよ~」
柾とほのかが笑顔で答える。
「キミも流石は阿久津君の妹さんだな。見事な戦いぶりだったぞ」
「いやいや~、自分なんてまだまだっスよ~」
照れ隠しなのか、ほのかが妙な口調でおどけてみせた。
「そういえば柾さん。雷獣さんにお願いがあったんじゃ?」
ほのかに言われて柾が雷獣へと向き直った。
「ありがとう、全部お前たちのおかげだ」
「もう、雷獣ちゃん。これで5回目だよぉ」
何度も頭を下げる雷獣に奈南が困ったような顔を見せた。
奈南の小さな指がツンと雷獣のおでこをつつく。
「ナナンたちと雷獣ちゃんはもうお友達なんだからね。助けるのは当然なんだよ」
「ところで柾さんのお願いって……」
ほのかが柾を見て苦笑する。
柾の膝の上で雷獣が丸くなっていた。
そして一心不乱に雷獣を撫でる柾の姿があった。
と、柾が何かに気づきその手を止めた。
「そうだ、お前さんには名前があるのか?」
雷獣と別れ、一行は人里へと続く山道を下っていた。
「ほむほむ、帰ったら雷獣さんにピッタリの名前を考えてあげないといけませんね~」
ほのかがやるぞとばかりに天に腕を突きだした。
あの雷獣の名前は特にないという事だった。
他の古妖との交流も少なく困る事はなかったという。
だから今度あった時までに名前を考えておくといって雷獣と別れたのだった。
「これで電波障害は解消するんだろ? これからどうなるんだろうなー」
「外出先でも電話やメールが気軽に使えるようになるって話ですよね?」
凜音の呟きに、どこかで聞いた事を話す羽琉。
「すごぉい! 外でも電話でお話できるんだぁ!」
奈南が雷獣の山の方を振り返る。
「じゃあ雷獣ちゃんとも、今日はこんな事があったんだよぉって、毎日お話したりできるのかなぁ?」
どこか遠くの空を見て奈南が微笑んだ。
妖は驚きを隠せなかった。
自身をこの場所へ縛り付けていた結界が突然消えたのだ。
混乱、困惑、そして疑念。
だが、それが何だというのだ。
封印は紐解かれた。もはや我が身を縛るモノは無い。
だから妖はその理由を考えることをやめた。
見れば目の前にニンゲンがいた。
なぜここに? とは、思わなかった。
丁度良いと、思った。
溜まった鬱憤をニンゲンにぶつけてやろう。
その血と肉を喰らい渇いた喉と空っぽの腹を満たそう。
妖は嗜虐にみちた獰猛な唸り声を上げた。
「その目。言葉が通じなくても考えてる事は分かるぜ」
『ブラッドオレンジ』渡慶次 駆(CL2000350)の目と鼻の先に巨大な猪の顔と牙が迫っていた。
結界が解けるや姿を現した妖は巨体に似合わない俊敏な動きで駆へと突撃を繰り出してきたのだ。
駆の精悍な顔に不敵な笑みが浮かんだ。
長い柄のついた大ナタを片手で器用に振るう。二十代前半と思える駆の引き締まった肉体がしなやかに躍動した。
「お前は強いんだろうさ。だがよ、俺たちは『こういうの』は得意なんでな!」
妖の牙と大ナタがかち合う音が山中へと響いた。
●山中にて
さて、話は妖が現れるよりも少し前へとさかのぼる。
一行は雷獣の案内で結界のある場所へと向かっていた。
「やっぱり山はいいな。若い頃を思い出すぜ」
先頭を行く駆が昔に比べて少し弛んだお腹をポンと叩き、仲間たちへと振り返った。
「ナナンもピクニックみたいで楽しいのだぁ!」
『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)が元気に答えた。
奈南は私立五麟学園中等部の3年生。
来年には高校生なのだが、小柄な体格と言動のせいか年齢よりも幼く見られる事が多い。
「おいおい、こんな寒い冬の山奥に好き好んでくる物好きはそうそういねーって」
『慧眼の癒し手』香月 凜音(CL2000495)が楽しそうな駆と奈南を見て呆れたように肩をすくめた。
改めて辺りを見渡せば、冬枯れした木々と地面に点在する枯れ草といった殺風景な風景が広がっていた。
防寒対策はしてきたのだが、12月の群馬の山中は日中といえど身を切るような寒さだった。
と、凜音の目の端に宮神 羽琉(CL2001381)の姿が見えた。
羽琉は青ざめた顔で両腕を擦り合わせて震えていた。
「寒いのか?」
「ひぇッ!? だ、大丈夫です!」
凜音が声をかけると羽琉は驚いたように飛び上がった。
羽琉の意外な反応に怪訝な顔になる凜音。
「……こんな山の中って、首吊り死体とか見つかりそうじゃないですか」
羽琉の震え声。本気で怖がっているようだった。
その様子に凜音は心の中で苦笑してしまう。
凜音は羽琉を線の細い少年だと感じていた。
中性的な容姿だけの話でなく、むしろ心の方がだ。
弱腰で心配性、そして極度の怖がり。
今回のような荒事に関わる事の多いF.i.V.E.の覚者としては珍しいタイプといえた。
だからだろうか、羽琉の事を気にかけてしまう。
一見ぶっきらぼうな凜音だが結構なお節介焼きだった。
「それに今回の妖は強いんですよね? 倒し損ねたら黒っぽくなって呪いを振りまいたりするかも……怖っ!?」
今度は妖の事をあれこれ想像し羽琉の顔は更に青くなる。
「映画でもあるまいし。戦う前からあれこれ考え過ぎて萎縮してしまっては元も子もないぞ」
『花守人』三島 柾(CL2001148)がそういって羽琉を落ち着かせると、今度は妖を封じた張本人の方へと顔を向けた。
「とはいえ、何か知っていたら教えて貰えないだろうか?」
「? ナナンは猪ちゃんの事は知らないよぉ」
柾に顔を向けられ、奈南が目をパチクリさせる。
「奈南さん、奈南さん。柾さんはですね~、奈南さんの頭の上にいらっしゃる雷獣さんに聞いているのですよ~」
奈南の後ろに現れた阿久津 ほのか(CL2001276)がいった。
ほのかの言葉通り、奈南の頭の上に雷獣がいた。
奈南は雷獣に遭遇するや「ナナンとお友達になってほしいのだぁ」と握手を求めた。
そして雷獣がそれを快諾すると「雷獣ちゃんは小っちゃいからナナンがはこんであげるねぇ」と自分の頭の上を差し出したのだった。
「そっかぁっ、雷獣ちゃん何か知ってるの?」
奈南が目線を上げて頭上の雷獣に目を向けようと頑張っていると、ほのかが両腕を雷獣へと差し出す。
その腕へと移動する雷獣。優しく抱きかかえるほのか。
「妖にそういった能力は無いはずだ」
雷獣が端的に答えた。
「ほむほむ、それはひと安心です~」
ほのかはすかさず雷獣の背中を撫でさすった。
少し硬めの毛皮の感触が心地かった。
(なんとも気さくな古妖もいたものだな)
雷獣が少女2人にマスコット扱いされている光景に柾が苦笑する。それはここに来る前に想像していた雷獣の姿とは随分とかけ離れていた。
「おまえさんは土地の守護者みたいなものなんだろ? もっと気難しくて、いかついモンかと思ってたんだがな」
凜音が雷獣へと尋ねる。
長い間、人知れず妖から日本を守ってくれていた存在。
柾も凜音と同じようなイメージを雷獣に持っていた。
「そんな大それたものでは無い。生活する土地を失うわけにはいかなかった、敵が強かった、封印するしか手立てが無かった。ただそれだけだ」
他の雷獣の事情は分からないが、私はそれだけだ。
そう雷獣は答え、言葉を続けた。
「むしろお前たちがやろうとしている事の方が不思議でならない。たとえこの地で妖が暴れたとしても、お前たちが困る事など無いはずだ。何か理由があるのか?」
――それは電波障害の解決のために。
そう答えようとした柾が言葉に詰まる。
ここに来る時の事だった。
年若い仲間たちが電波障害が解消した後の生活について話をしていた。
――想像がつかない、と。
彼らは生まれた時から電波障害が当たり前の生活だった。
それが解消されれば、生活が便利になると言われても何ら実感が無いのだ。
そんな若者たちが電波障害の解消のためだけに、死と隣り合わせの任務に志願するだろうか。
「ナナンは困ってる雷獣ちゃんを助けに来たんだよぉ」
奈南の明るい声。
「ですです~、退治が済んだらゆっくり休んでくださいね」
ほのかの笑顔。
「めんどくせー話だが、聞いちまったらしゃーねよな」
ぶっらぼうだがどこか優しい凜音の物言い。
日本の電波障害が諸外国との競争において大きな課題であると論じる専門家は多い。
しかし『そんなこと』は大人が考えれば良いことだろう。
若者たちを見る柾の口元に柔らかい笑みが浮かんだ。
「……感謝する」
かすれた雷獣の声。
その小さな身体の震えがほのかの腕へと伝わってくる。
ほのかが優しく背中を撫でてやると雷獣は気持ちよさそうに目を細めた。
「そうだ、妖を退治した後で頼みたい事があるのだが――」
今思いついたように柾がいった。
●戦端は開かれる
「うわぁッ!?」
妖の突進に吹き飛ぶ駆を見て羽琉が声をあげた。
「なんでおまえが叫ぶんだよ……安心しろ、オッサンならすんでのところで上手く攻撃をいなしたぜ」
駆が吹き飛ぶ直前。凜音の目は、駆が自ら後方に跳んで衝撃を和らげたのを捉えていた。
すぐに立ち上がった駆が妖へと向き直る。
それを確認した凜音が今度は妖へと意識を集中する。
「情報があまりない分、相手がどう動くか読みづらい。何か分かれば御の字、てところか?」
結界が解かれる直前に各自の自己強化は済ませてある。
雷獣から得た情報も併せて、妖の分析を開始する。
「特殊な力は無いようだな。単にスゲェ強いだけだ」
凜音の予測は確信へと変わった。
「それって結局、すごく怖いって事じゃないですかぁ!」
羽琉の叫び声。
同時に妖の身体の一部がぐにゃりと歪んで見えた。
それは羽琉の術式による高密度高粘度の霧によるものだ。
それを皮切りに仲間も次々と妖へと攻撃を加えていった。
柾が妖の側面から接敵。
素早く両腕を妖の胴に叩き込む。
撃ち込まれた両腕には先端に銃口のようなものがある奇妙なガントレットがはめられていた。
「燃えろッ」
ガントレットの先端の銃口から盛大な炎が噴出された。
超至近距離から放たれた炎が瞬く間に妖の巨体を包む。
巨大な火の玉と化した妖は火を消そうと、その場に倒れ込み身体を地面に擦り付けた。
血の混じった肉の焼ける生臭い匂いが周囲に立ち込める。
炎は消えたが、妖の全身には大きな火傷が残った。
「猪さん、美味しそうですね~」
低い唸り声を上げる妖の正面に立ったほのか。
左手の甲の『第三の目』を妖へと掲げてみせた。
「でも私はレアよりウェルダンの方が好きなんですよ~」
ほのかの口調は軽い。
しかし第三の目から放たれたプレッシャーは本物だ。
無意識のうちに妖の動きを萎縮させる。
「猪ちゃん、いくよぉ!」
妖の頭上から奈南の声が聞こえた。
見れば、いつの間にか空中に跳んだ奈南の姿があった。
そして奈南の身体が落下していく。
真下にあるのは無防備な妖の背中だ。
「どっかーんっ!」
小さな身体を丸め、両手で抱え込むように持った『ホッケースティック改造くん』の先端が妖の背中に撃ち込まれた。
「いいか! 全員、声を出していけよな」
駆が大ナタを構え、妖との間合いをじりじりと測る。
仲間の攻撃は妖の身体の所々に痛々しい傷を残していた。
とはいえ、それらは致命傷にはなっていない。
妖の強靭な生命力のほんの一部を削ったに過ぎないのだ。
妖が低い唸り声を上げ、再び駆へと突撃を開始する。
敵が『強い』事など始めから承知している。
そして『強い』だけの相手なら幾らでもやりようがある。
接近する妖。
その突進を真正面から受けた駆の口元には、やはり先ほどと同じ不敵な笑みが浮かんでいた。
「そんなに焦るなよ――「のんびり」行こうぜ!」
●声
「タイミングを合わせてくれ」
「ほむほむ、任せてください~」
柾の声にほのかが答える。
直後、妖の突撃により柾の身体が宙に舞った。
たがそれは計算の内だった。
柾は痛みをこらえ空中で反転し体勢を整えると、反撃の踵落としを妖の背中へと叩き込む。
その直後、ほのかの鉄拳が妖の下腹部に撃ち込まれた。
鉄拳の衝撃は妖の胴体を突き抜け背を大きく波立たせる。
そして、その反動で柾の身体が再び宙に跳ね上がった。
「連撃だッ!」
空中でムーンサルトをきめる柾。
再度の踵落としが妖を直撃した。
上下からの見事なワン、ツー、スリーに妖の巨体がグラリと大きくゆらぐ。
「大成功ですです~♪」
と、ほのかが喜びの声を上げた瞬間、体勢を立て直した妖が身をよじり、その牙がほのかを直撃する。
「凜音さんッ!」
「分かってる、回復は任せろ」
羽琉が凜音へと振り向く。
凜音が即座に地面に倒れたほのかへと癒しの術を施した。
「羽琉は――」
「妖の追撃を防ぎますッ!」
凜音がいうより早く、羽琉が牽制の空気弾を妖へと放つ。
その隙に柾がほのかの側へと走り寄る。
「大丈夫か?」
立ち上がろうとしていたほのかに手を貸し助け起こす。
「ありがとうございます、まだまだ平気です~。凜音くんと、それから羽琉くんもありがとうですよ~♪」
完全に癒えたわけでは無いし傷は少し痛む。でも、自分1人だったらきっと立ち上がれていないとほのかは思った。
こうして無事でいられるのは、頼もしいみんなのおかげだと仲間に感謝する。
駆が大ナタを振るって妖と大立ち回りを演じていた。
仲間が態勢を立て直す時間を稼いでいたのだ。
強力な妖相手に採った作戦はバッドステータスを搦め手にした長期戦であった。
それは確かに有効な戦術だが、実行するには全員の連携と意思疎通が必要不可欠であった。
攻撃、回復のタイミング、そしてお互いのサポート。
強力な攻撃を繰り出す相手に対して、一手の違いが致命的な状況を招き兼ねない極限の戦場である。
「まだいけるか! いけるよな!」
戦線に復帰した仲間に駆は大声を張り上げる。
その声こそが仲間全員の生命線なのだ。
「ブンブン、カッキーン!」
妖の死角に潜んでいた奈南が『改造くん』の一撃を加えるとまた距離をとる。
見事なピット&アウェイを繰り広げていた。
●苛立ち、そして
妖は目の前の光景が理解できなかった。
それは妖にとって結界が消滅したことよりも、ずっと信じがたい出来事であった。
非力なニンゲンが。脆弱なニンゲンが。
何度、跳ね飛ばしても起き上がってくるのだ。
我が身をチクチクチクチクと傷つけるのだ。
「仕掛ける!」
「ナナンもいくよぉ!」
煩瑣い。
「大丈夫ですか!?」
「応ッ、無理はすんなよ」
五月蝿い。
「そっちいったぞ、気をつけろよ!」
「了解です~♪」
煩瑣い、五月蝿い、うるさい、ウルサイッ!!
妖は思った。
ニンゲンたちの発する声に呪いが仕掛けてあるのだと。
妖は激怒した。
そして1番大きな声を上げるニンゲンに狙いを向けた。
「ふぅ、さすがに今の一撃を喰らったらヤバかったぜ」
大きく息を吐いた駆の眼前には朦朧とした妖がいた。
「か、間一髪でしたぁ!!」
地面にへたり込んだ羽琉の声は悲鳴に近かった。
駆に対して渾身の突撃を仕掛けようとした妖に羽琉の眠りを誘う術式が効果を現したのだ。
「妖はすぐに意識を取り戻す。今のうちに立て直すぞ」
「ナナンの元気も分けてあげるねぇ!」
凜音と奈南が傷ついた前衛陣の治療を行っていく。
「羽琉、済まないが――」
「気力の回復ですね、すぐに準備します」
凜音の声に羽琉がすっくと立ち上がった。
(こいつは怖がりだが、決して心は弱く無いな)
共に後衛として羽琉の働きを見ていた凜音には分かった。
刻一刻と変わる戦況に即した行動が後衛には求められる。
だから戦場全体を見る目と冷静さが必要なのだ。
凜音にだって戦いへの恐怖はある。その恐怖を抑え込む心の強さが無くては戦場で冷静でなどいられないのだ。
そして羽琉は口では怖い怖いと言いながらも、凜音と同じように冷静に次の手を探っていた。
「? あの僕、何かやらかしちゃいました」
凜音がじっと自分を見ていた事に羽琉が不安になる。
「いや、あと少しで決着だ。よろしく頼むぜ」
凜音が『怖がり』だが『頼もしい』仲間に笑顔を見せた。
後方で妖と一行の戦いを雷獣はじっと見守っていた。
「これが彼らの強さか」
自分よりも数段は強い妖を圧倒し始めた人間たち。
「仲間……か。羨ましいものだ」
雷獣のつぶらな瞳が瞬いた。
●決着、繋がる絆と未来
「これで――トドメだッ!」
柾の渾身のストレートが妖を絶命へと追い込む。
強靭な肉体は力無く地面へと倒れ伏し、そして動かなくなった。
「全員生きて帰れそうで何よりだ」
息を荒げた駆がその場にしゃがみ込む。
他の仲間も緊張の糸が切れて疲労が限界に達したのか、その場から動けないようだった。
誰ひとり倒れる事はなかったが、体力も気力もギリギリの所だった。あと少し妖に粘られていたら地面に倒れていたのは駆たちの方だったろう。
「お疲れ様です」
「大丈夫かよ、オッサン」
いち早く回復した羽琉と凜音が駆の側へとやってきた。
「お前らのお陰で何とか無事さ。ただ腹がへったな……帰りに牡丹鍋でも食べていこうぜ」
妖の死体を見てニヤリと笑った。
「お前たちのお陰でこれからも生きていける。ありがとう」
雷獣が一人一人に丁寧に頭を下げて回っていた。
「礼を言われるまでもないさ、お前さんもお疲れ様」
「ですです~、お疲れ様ですよ~」
柾とほのかが笑顔で答える。
「キミも流石は阿久津君の妹さんだな。見事な戦いぶりだったぞ」
「いやいや~、自分なんてまだまだっスよ~」
照れ隠しなのか、ほのかが妙な口調でおどけてみせた。
「そういえば柾さん。雷獣さんにお願いがあったんじゃ?」
ほのかに言われて柾が雷獣へと向き直った。
「ありがとう、全部お前たちのおかげだ」
「もう、雷獣ちゃん。これで5回目だよぉ」
何度も頭を下げる雷獣に奈南が困ったような顔を見せた。
奈南の小さな指がツンと雷獣のおでこをつつく。
「ナナンたちと雷獣ちゃんはもうお友達なんだからね。助けるのは当然なんだよ」
「ところで柾さんのお願いって……」
ほのかが柾を見て苦笑する。
柾の膝の上で雷獣が丸くなっていた。
そして一心不乱に雷獣を撫でる柾の姿があった。
と、柾が何かに気づきその手を止めた。
「そうだ、お前さんには名前があるのか?」
雷獣と別れ、一行は人里へと続く山道を下っていた。
「ほむほむ、帰ったら雷獣さんにピッタリの名前を考えてあげないといけませんね~」
ほのかがやるぞとばかりに天に腕を突きだした。
あの雷獣の名前は特にないという事だった。
他の古妖との交流も少なく困る事はなかったという。
だから今度あった時までに名前を考えておくといって雷獣と別れたのだった。
「これで電波障害は解消するんだろ? これからどうなるんだろうなー」
「外出先でも電話やメールが気軽に使えるようになるって話ですよね?」
凜音の呟きに、どこかで聞いた事を話す羽琉。
「すごぉい! 外でも電話でお話できるんだぁ!」
奈南が雷獣の山の方を振り返る。
「じゃあ雷獣ちゃんとも、今日はこんな事があったんだよぉって、毎日お話したりできるのかなぁ?」
どこか遠くの空を見て奈南が微笑んだ。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし

■あとがき■
PCのみなさん、依頼へのご参加ありがとうございました。
とても書いていて楽しかったです。
また機会があればご参加をお待ちしております。
とても書いていて楽しかったです。
また機会があればご参加をお待ちしております。
