死への誘い
●夢見
「そんな辛い思いして仕事する必要なんてないよ。ねぇ、楽になろうよ」
黒い綿帽子の奥で、彼女が微笑む。
疲れきった顔をした男は「そうだな」とぼんやりと呟き、差し延べられた柔らかな手をとった。
「あれからもう、20年も経つのに……。君は何も変わらないな、サワちゃん……」
案内してくれ、と胸へと抱き留めた。
「なぁ、最近自殺が多いのって知ってる?」
久方 相馬(nCL2000004)の言葉に、覚者達は視線を向ける。
「夢見でみたんだけどさ、どうやら死魔って古妖の仕業みたいなんだ。こいつに魅入られると『衝動的に自殺したくなる』って話だけど……」
その死魔は、黒い綿帽子に黒無垢。そして顔には『童子』の面を被っている。
まるで黒衣の花嫁といった様子なのだが、全身が黒で綿帽子がフードにも見える事から、『死神』とでも言えそうな風貌だ、と相馬は言った。
「面を取った時点で、目の前にいる人間は魅入られる。その人間が『この人が誘うなら自殺してもいい』と思う相手の顔になっているそうだ。甘く誘ったりして、自殺したくなるよう仕向ける」
顔が見えぬ状態の者が出るのなら魅入られぬようにしながら戦えばいいのではないか、という話なのだが、これには問題があるのだと言う。
まず、古妖・死魔が滅茶苦茶強いという事。
そして、通りにいる一般人、魅入られた者達に被害が出るかもしれないという事。
「死魔は町を歩きながら、後ろに魅入られた者達を従えている。まずはその人達を引き離さなくちゃいけない。で、死魔が歩いている通りには、脇に入る路地がある。路地に入って幾つかの角を曲がらせる事が出来れば、その先にある空き地に死魔を誘い込む事が出来る。空き地で身を潜めて待機するAAA隊員達と共に、一気に囲んでくれ」
今回何よりも優先して欲しいのは、魅入られた一般人達の救出。
「死魔なら、魅入られた状態を解除出来る筈だ」
相馬の言葉に頷き、覚者達は立ち上がった。
●死魔
この古妖が目を付けるのは、自殺に誘い易い人間だろう。
少なくとも、『この人が誘うなら自殺してもいい』と思える相手がいる人間だ。
通りの脇に立つ宮下 刹那(nCL2000153)の前で、黒無垢姿の古妖が立ち止まる。
童子の面を取ったその顔に、刹那は思わず動揺した。
目の前に立った『青年』は、黒い綿帽子の奥で緋色の瞳を細める。
「宮下刹那――いや、灰音。お前が今、死ぬのなら。璃架の命は助けてやる。お前以外の奴に『執着しない』と誓ってやるよ。お前が己で命を絶てたなら、俺も死んでやる。俺が、お前を地獄まで案内してやるよ。だから灰音、先に死んで、俺を待て」
目を閉じて、それが本当なら、と思う。
(死んでもいい。永久の為になら、この命くらい、幾らでもくれてやる)
それでこの、隔者組織のリーダーが、死ぬのなら――。
けれど。
目を開けて、残忍に微笑む顔を見返した。
両手を伸べて、青年の頬に触れる。と同時に、手に隠し持っていたナイフを相手の首へと押し当てた。
「……とても魅力的なお誘いだが、聖羅以外の者に言われてもな」
首へとナイフを押し当てたまま、路地の方へと男を追い込んでゆく。
「聖羅なら、俺をその手で殺す筈だ。問答無用でな。自殺するのを、悠長に待ってはいない」
薙いだナイフを、死魔はヒラリとかわす。
おいおい、と緋の瞳を細めて笑った。
「単なるお遊びじゃないか。そんな真剣になるなよ、灰音」
目を剥き、ズイ、と足を踏み出した刹那に、男は身を翻す。
「争いは、好きじゃないんだ」
童子の面を被り、路地の奥へと駆け出した。
「待って――」
魅入られた者達が後を追おうとするのを、刹那が阻む。
5人の男女の身柄を、即座にAAA隊員達が確保した。
「魅入られた状態を解くには、彼等に任せるしかないな」
刹那はそう言って路地の中、配置に付いている覚者達へと後を任せ、他の道から空き地へと向かった。
「そんな辛い思いして仕事する必要なんてないよ。ねぇ、楽になろうよ」
黒い綿帽子の奥で、彼女が微笑む。
疲れきった顔をした男は「そうだな」とぼんやりと呟き、差し延べられた柔らかな手をとった。
「あれからもう、20年も経つのに……。君は何も変わらないな、サワちゃん……」
案内してくれ、と胸へと抱き留めた。
「なぁ、最近自殺が多いのって知ってる?」
久方 相馬(nCL2000004)の言葉に、覚者達は視線を向ける。
「夢見でみたんだけどさ、どうやら死魔って古妖の仕業みたいなんだ。こいつに魅入られると『衝動的に自殺したくなる』って話だけど……」
その死魔は、黒い綿帽子に黒無垢。そして顔には『童子』の面を被っている。
まるで黒衣の花嫁といった様子なのだが、全身が黒で綿帽子がフードにも見える事から、『死神』とでも言えそうな風貌だ、と相馬は言った。
「面を取った時点で、目の前にいる人間は魅入られる。その人間が『この人が誘うなら自殺してもいい』と思う相手の顔になっているそうだ。甘く誘ったりして、自殺したくなるよう仕向ける」
顔が見えぬ状態の者が出るのなら魅入られぬようにしながら戦えばいいのではないか、という話なのだが、これには問題があるのだと言う。
まず、古妖・死魔が滅茶苦茶強いという事。
そして、通りにいる一般人、魅入られた者達に被害が出るかもしれないという事。
「死魔は町を歩きながら、後ろに魅入られた者達を従えている。まずはその人達を引き離さなくちゃいけない。で、死魔が歩いている通りには、脇に入る路地がある。路地に入って幾つかの角を曲がらせる事が出来れば、その先にある空き地に死魔を誘い込む事が出来る。空き地で身を潜めて待機するAAA隊員達と共に、一気に囲んでくれ」
今回何よりも優先して欲しいのは、魅入られた一般人達の救出。
「死魔なら、魅入られた状態を解除出来る筈だ」
相馬の言葉に頷き、覚者達は立ち上がった。
●死魔
この古妖が目を付けるのは、自殺に誘い易い人間だろう。
少なくとも、『この人が誘うなら自殺してもいい』と思える相手がいる人間だ。
通りの脇に立つ宮下 刹那(nCL2000153)の前で、黒無垢姿の古妖が立ち止まる。
童子の面を取ったその顔に、刹那は思わず動揺した。
目の前に立った『青年』は、黒い綿帽子の奥で緋色の瞳を細める。
「宮下刹那――いや、灰音。お前が今、死ぬのなら。璃架の命は助けてやる。お前以外の奴に『執着しない』と誓ってやるよ。お前が己で命を絶てたなら、俺も死んでやる。俺が、お前を地獄まで案内してやるよ。だから灰音、先に死んで、俺を待て」
目を閉じて、それが本当なら、と思う。
(死んでもいい。永久の為になら、この命くらい、幾らでもくれてやる)
それでこの、隔者組織のリーダーが、死ぬのなら――。
けれど。
目を開けて、残忍に微笑む顔を見返した。
両手を伸べて、青年の頬に触れる。と同時に、手に隠し持っていたナイフを相手の首へと押し当てた。
「……とても魅力的なお誘いだが、聖羅以外の者に言われてもな」
首へとナイフを押し当てたまま、路地の方へと男を追い込んでゆく。
「聖羅なら、俺をその手で殺す筈だ。問答無用でな。自殺するのを、悠長に待ってはいない」
薙いだナイフを、死魔はヒラリとかわす。
おいおい、と緋の瞳を細めて笑った。
「単なるお遊びじゃないか。そんな真剣になるなよ、灰音」
目を剥き、ズイ、と足を踏み出した刹那に、男は身を翻す。
「争いは、好きじゃないんだ」
童子の面を被り、路地の奥へと駆け出した。
「待って――」
魅入られた者達が後を追おうとするのを、刹那が阻む。
5人の男女の身柄を、即座にAAA隊員達が確保した。
「魅入られた状態を解くには、彼等に任せるしかないな」
刹那はそう言って路地の中、配置に付いている覚者達へと後を任せ、他の道から空き地へと向かった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖『死魔』に魅入られた一般人を救う
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回は古妖に魅入られた人々を救って頂きます。
相談期間が短くなっております。宜しくお願いします。
●現場
人が2人擦れ違える幅の路地。
空き地へと導く為には、脇に折れさせなくてはいけない角が幾つかあり(参加人数と同数)、各箇所に1人ずつ立って死魔と対峙して頂きます。
魅入られた状態から上手く抜け出し、死魔を空き地に続く路地の方へと誘導して下さい。
時間帯は夜。(街灯がある為、灯りの心配はいりません)
●死魔(古妖)
魅入られた者は、衝動的に自殺したくなります。
黒い綿帽子に黒無垢の姿で、顔には『童子』の面を被っています。
面を取った顔は、見た者が『この人が誘うなら自殺してもいい』と思う相手の顔です。優しく誘惑したり、泣き落としをしたり、1番効果的な方法で誘い、自殺させます。
争いが好きではない為、路地で囲み説得を成功させれば、魅入られた人々の状態を解除させる事が出来ます。
※路地では、死魔とは1対1での対峙、となります。
覚者達であっても、必ず最初は魅入られます。けれども今回は死魔の仕業という事前情報があり、死魔自身も逃げる事を優先している為、どこかしらに『本物ではない』と見抜ける箇所があるでしょう。
●プレイングに書いて頂きたい事
・『自殺しても良い』と思う相手の名前と関係(恋人・家族・親友等)、相手の口調、性格や特徴を簡単に。
・相手が言ってくるだろう内容。
(相手の台詞を直接書いて頂いても構いませんが、その通りにはならない場合がございます。ご了承下さい)
・相手に返す言葉。
・相手への想い。
・本物の相手と違う処。
(刹那のように相手が言う内容であったり、仕草であったり。いずれにしても、些細な事となります)
・魅入られた状態から抜け出せるか否か。
(抜け出せない場合、自分で自分を傷付ける事になります。軽傷・重傷が在り得ます。その場合でも、倒れる方法など工夫し、死魔を誘導出来れば『成功』となります)
・死魔を囲んだ時に、魅入られた状態の一般人達を解放するよう死魔に言うキメ台詞。
※マスタリング判定により、プレイングで希望した結果にならない場合もあります。ご了承下さい。
※万が一白紙であった場合、相手は自分自身と致します。他の参加者のうちで1番重い傷を負った方と同様の傷を負う事になります。ご注意下さい。
●宮下 刹那
隔者組織『死の導師』の元一員で、FiVEに保護された青年。組織内での呼び名は灰音。組織で活動していた時の事は憶えておらず、組織のリーダーは妹の永久(組織内での呼び名は璃架)を誘拐し、監禁した相手と思っています。
死魔が刹那に見せた相手は、『死の導師』のリーダー・聖羅です。
皆様とは、空き地で合流します。
以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
4日
4日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2016年12月01日
2016年12月01日
■メイン参加者 5人■

●
自殺願望や感覚はよく分からない。けれども見逃せない!
その思いで、『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)は死魔へと挑む。
速足の足音が聞こえ、フィオナは近付いて来る黒衣の相手を見つめた。
――ノブレス・オブリージュを果たそう!
いつもの戦いと変わらない決意のままで。死魔へと一歩を踏み出した。
死魔は足を止め、童子の面を取る。
金髪が、黒い綿帽子からふわり前へと零れた――途端、フィオナは魅了された。
緑色の瞳を僅かに細め、無邪気に笑う。それは自分と、同じ年頃の女の子。
(ああ……)
遠くに行ってしまって、2度と『会えなかった』私の大切な友達だ。
「やっと、会えたね」
明るく笑う子に、思わず自分も笑顔を浮かべ、相手の名を呼ぼうと口を開く。
しかし僅かに震えただけの唇は、相手の名を紡いではくれなかった。
フィオナは、泣き笑いのような表情で笑う。
「どうしたの? 〝――〟?」
「今、なんて……」
彼女は今、確かに自分の名を呼んだ。
けれども、何故だろう。よく、聞こえない。
「〝――〟。ねぇ、いつも一緒だったよね」
うん、そうだったね。
「英国から越してきた君と話したくて、 英語を必死に覚えたんだっけ」
肩を竦めるようにして瞼を閉じたフィオナに、少女もクスクスと笑う。
そうして――。
「……痛かった、怖かった、苦しかった」
声音が変わった事に、フィオナはビクリと瞼を開ける。
空色の瞳が、笑顔を消した少女を映していた。
「私1人だけ、あの時――ねえ、独りは寂しいよ……」
縋るような瞳に、誘うような言葉に、チクリと胸が痛む。
『会えなくなった時』に、君に何かあったのか?
「…………ッ!」
一瞬、何かが見えた気がした。
(窓の外の、沈んでいく夕陽?)
それは、とても眩しくて……。
胸を締め付けた。
ああ、もしかしたら……。
「あの時、私は君を守れなかったのか?」
何故なら今も、この胸に――。
守れなかった後悔だけが、ずっとあって……。
知らず、零れ落ちた滴に少女は「ううん。もういいの」と首を振る。
「ねぇ〝――〟、こっちに来て? いつも通り、一緒に行こう?」
どうすればいいのかは、分かるよね?
手を差し伸べた笑顔に、コクリと頷いて。
フィオナはガラティーン・改の刃を握る。逆手に握る掌から鮮血が滴るのも、構わずに。
強く握ったままで深く、深く――己の胸を貫いた。
血を吐き倒れたフィオナが、命数を使い立ち上がる。
ふらつきながら、足を踏み出した。
「……もしかして、君は友達が欲しいだけなのか?」
話しかけながら、フィオナは手を伸ばし空地へと続く路地の方へと『彼女』を引っ張る。
引っ張って行きながら、顔を伏せ笑った。
――本当は。これは死魔の仕業だって、分かってる……。
優しい彼女が、私の死を望む訳ないんだ。
ちゃんと頭では分かってる……けど……。
「もう、2度と会えないんじゃないかと思ってたから……」
だから――。
きっと今自分にあるのは、寂しさと、逢いたさと……罪悪感。
「あのな、君が誰かを連れて行っちゃうと悲しむ人が居る。そんな事しなくても一緒にお茶とか、もっと色々出来るんだぞ?」
それは、乱暴そうには見えない死魔へと伝えた言葉。
空地に続く路地に立たせて微笑むと、再び刃を己に向けた。
「……寂しかったよな。ごめん」
今、私もそっちに行――。
深く強く、己を突き刺す刃が、血を散らせた。
優しく、誰かが指先で頬を撫でている。
薄っすら瞼を開けたフィオナの顔を覗き込んで、『彼女』が微笑んでいた。
「ありがとう。これでもう、寂しくない」
遠ざかる足音が、空地へと向かったのを、確かめて。
「……良、かっ……」
フィオナの意識は血の海の中、そっと闇へと沈んでいった。
●
(魅入ると共に相手の想いを投影する……興味深い相手よね)
『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)は、死魔を待ちながら思う。
「わかりあいたいな」
そう、ぽつりと呟いた。
駆けて来た死魔が、悠乃を見て足を止める。
童子の面の下、笑ったのが判った。
面を外せば、現れたのは自分と同年代の女性。
「ミキさん……」
数年前の格闘技の試合で、思い出深い勝負をした相手。
そしてその試合で、選手の道が断たれてしまった相手……。
「格闘技で勝負はもうできなくなってしまったので、今回はこれで勝負しよう」
黒無垢の袖から取り出したのは、リボルバー。
シリンダーを指先が高速回転させ、カチャリとセットした。
ロシアンルーレット。
恨み言ではなく、あくまで勝負を持ち掛けて来るのが、彼女らしかった。
「うん、いいよ」
二つ返事で受けて立った悠乃に、相手は微笑んで。
拳銃を渡す前に尋ねた。
「入ってるのは、本物の銃弾だよ?」
構わない、と頷いて掌を差し出す。
自殺そのものではなく、結果として自殺になるようなものであるならば……。 気に入っている相手との相対としてなら行っても構わない――そう考えていた。
人間的にも選手としても、彼女をとても尊敬していたから。
試合当日は共に笑って終えられた。だがその後を考えると、もう少し何かできたのではと思ってしまう。
それが、彼女にとって良いか悪いかは……別として。
掌に乗せられた拳銃の銃口を、こめかみにあてる。
死を軽く見ているのではないが、結局茶飯事となった今では踏み込む事に躊躇いはない。
だが――。
「数年来会っていないのに、変わらないね。……だけど。変わらな過ぎなんだよ、ミキさん。『記憶のままの姿で』現れている事が――私の完全に記憶どおりの姿でいる事が、逆にあり得ないんだよね」
指摘し、驚くミキを見つめたまま、引き金を引いた。
路地に銃声が響く。
「……ありがとう。違うと気付きながらも引き金を引いてくれて。……ゆっくり休んで?」
今回は私の勝ち、と背を向けた『ミキ』が、不意に足を止める。信じられない、というように振り返った。
見開いた瞳の先にあるのは、命数を使い立ち上がった悠乃の姿。
「じゃ、次はそっちの番でー」
にこやかに、発砲した。
発射された弾を、死魔がひらりと躱す。
「ちょっと。勘弁してくれない? 勝負は1度きりだよ?」
ニヤリとミキの顔で笑った死魔に、悠乃も笑顔を返した。
「そうだね。でもそれは、弾がちゃんと一発しか入ってなかったらの話だよね」
再び発射された弾を、クスクスと笑った死魔が避ける。
当たる必要はない。そして弾は確実に、死魔を空地に続く路地へと誘い込んだ。
「もう少し遊んでいたいけど、今夜は急ぎなの」
死魔は童子の仮面をつけて、背を向ける。
駆けて行く背中が、悠乃から遠ざかって行った。
●
駆けて来た相手を迎える華神 刹那(CL2001250)は、穏やかな微笑のままで相手を見つめる。
童子の面を取って現れた顔にも、微笑を崩さなかった。
けれど。
「シャーロット……」
呟くように名を呼んで、4~5歳程自分より年下の少女を見つめた。
海外を旅していた頃に護衛を務めた資産家の令嬢。お嬢様である彼女が、どうしてこんな所にいるのかと思う。
「刹那、私全てをかけて追ってきたのよ。父の事は実力で黙らせたわ。だから私のもとに戻ってきて」
手を差し伸べてきた彼女に、思わず笑う。
「はは、相変わらず無茶をいう。折角来たのだし、聞いてやりたくはあるが……」
その先の言葉を続けてくれない刹那に、胸へと飛び込んできた。
「だが結局は、自身のやりたいことを最優先に考えてしまう拙では、泣かせるだけで終わってしまうのではないかなー」
「それでもいいの。お願いよ、刹那。どうしても添い遂げられないのなら、どうかせめて、この場で私と共に終わって……」
全てを終わらせよう、と誘うようにナイフを差し出した。
穏やかな少女の、それ程までの情熱。
ナイフをじっと見つめて、刹那はそっと溜息を零す。
最初は、戯れ半分で手を出した。
そしたらマジ惚れされてしまって、結局雇い主である父親に知られてクビになった。
「あ、どっちもイケるわ」
なんて。そんなふうに気付かせてくれた相手。
――けれど。
結構本気で想ってはいるのだ。
雇い主であった父親に追い出されなければ、日本に戻って来なかったかもしれない――それ程の相手。
だから、気付いた。
護衛の合間に教えた日本語。それ自体が話せる事も、勉強して語彙が増したのも納得出来る。
だが。
気に入っていた、「刹那」と呼ぶ時の発音が違う。正しい日本語とは少しズレていた、彼女の言い方とは違っていた。
それを指摘すれば、『シャーロット』は顔を上げ、「勉強したもの」と、そう言いながらも後退っていく。
「それにの。本物なら、拙が人を斬るのはこいつでだけと知っとるはずであるのよ」
拙自身の事も含めてな、と日本刀を抜く。
――これは拙の一部である故に。銘も拙である――
『刹那』と銘の付いた刀。
「それすらも忘れたのかの? シャーロット」
カチャリ、と真っ直ぐに相手を見据え、刹那を構える。
すると彼女は、クスクスと笑いだした。
「残念よ、刹那。ナイフでも……その刀でも。鋭い刃はきっと、あなたを鮮やかな死に導いてくれるのに。……ねぇ、死は怖い?」
細めた瞳で問いかけてきた彼女に、刹那はゆるりと首を横に振る。
死に忌避感はない。――だが、やりたいことが出来なくなるので避けたい処ではあった。
「まあ、いいわ」
死魔は再び童子の面を被る。刹那の刃を避けられる路地へと、駆けて行った。
●
「後は……古妖が来るのを待つダケ! 簡単デスガここからが大変ソウデスネ!」
『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は、折れさせる路地の角で死魔を待ちながらも、心は恋しい相手へと馳せる。
(自殺を誘う古妖……大丈夫。私なら、誰が誘って来るかは、大体予想はついてマスネ)
彼が、現れるなら――。
(抗うノハ……難しいカモデスガ)
強く本物を思い浮かべる事に決めた。
駆けて来る足音に顔を向ければ、相手も足を止める。
童子の面を取った綿帽子の奥、最初に見えたのは、射貫くような赤と緑の瞳。
手負いの獣のように警戒の色だけを含んでいた視線が、リーネに気付くとその色を変えた。
「なんだ、お前か」
不愛想な口調。けれども取り巻く雰囲気が少し和らいだ気がして、リーネの鼓動が揺れる。
「ケガ……してるデスカ?」
体を庇っているように見えて尋ねれば、相手は驚いたように目を見開き僅かに頷いた。
「お前に嘘は、つけないか。……そうだな。俺はもうじき、死ぬだろう……」
前のめりに崩れてくる体を支えて、「そんなのイヤデス!」と声を震わせる。すまない、とリーネの耳元で声を落とし、相手は苦しげに体を起こした。
「だが最後はせめて、俺の事を常に真っ直ぐ見ていてくれた……お前と共に逝きたい」
駄目か? と。リーネの恋心を知っていてのその台詞は、彼女の胸を締め付ける。
「この命は、両慈に2度拾われたモノ……。両慈と共に逝けて、天国で一緒になれるなら、喜んでご一緒シマスネ。……でも、その前に……最後にキス、してくれマスカ?」
彼に恋人が居ても、結婚はしていないから諦めてはいなかった。まだチャンスはあると、ずっと思っていた。
「なら俺が最後に見るのは、お前の笑顔にしてくれ」
囁いた相手の顔が、僅かに笑んで近付いてくる。
恋しさに身を震わせたリーネが、唇に触れてくる寸前に、ドンッ! と彼を押す。両手にラージシールドを構え、きつい瞳で睨みつけた。
「両慈は仲間に死ねなんて言いマセンネ、だって私を2回も助けてくれた素敵な人デスヨ? それに両慈は……私がせがんでもキスなんかしてくれマセンネ!」
なぜ自分でこんな事を告白しなければいけないのか。
ワーン!! と号泣したリーネに、死魔は両耳に指を入れて「あー泣くな泣くな」と息を吐く。
「叶わぬ恋か。気の毒に。……まあ、死にたくなったら言ってくれ」
ニヤリと彼の顔のまま笑って、童子の面をつけた。両手に盾を持ったまま道を譲ってくれないリーネを横目に、路地を曲がって行った。
本当は。キスなら、された事がある。
けれどもそれは、唇ではなくて――。
「…………」
死魔の背中を見送りながら、リーネは己の額に、そっと指先で触れていた。
●
路地を進んでいた死魔は、『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)に足を止める。
微かな溜息を吐くと、童子の仮面を取った。
長い白髪に、赤い瞳。
鈴鹿の前には、黒無垢に身を包んだ己自身が立っていた。
「こんな所で何してるの? お母さんとお父さん、向こうで待ってるよ」
「……向こう、って?」
微笑む己へと問いかければ、もう1人の自分は事も無げに答える。
「死んだら、行けるところ」
ずっと捜してたじゃない。やっと、見つかったんだよ。
お母さん達を捜すのやめちゃったの? そう言って、もう1人の鈴鹿が首を傾げた。
「やめてなんかいないよね? お母さん、変わらず優しかったよ。お父さんも、『わたし』を待ってくれてるって」
「でも……どうしてお母さん達……」
死んで行く場所なんかに居るの?
「えっ? だって――」
知ってるでしょ? と言いたげなもう1人の自分に、何かを思い出しそうになる。
「お母さんとお父さんね、言ったんだよ。『わたし』が来なきゃ、安らぐ場所に行けないって……苦しんでる。なのに、どうして悩むの?」
相手の言葉に、両耳の黒角と赤角のイヤリングへと指で触れる。
「嫌、なの……お父さんとお母さんが苦しんでるの……」
「わたしも嫌よ。だから――」
判るよね、と鈴鹿の夫婦刀『祓刀・大蓮小蓮』を指差した。
コクリ、頷いて。
「私もお父さんとお母さんが最愛、だから……」
待ってて――。
両手の刃が、己を思い切り突き貫く。
鮮血が、死魔の黒無垢へと吸い込まれていった。
●
路地を抜けた死魔は、ハハッと笑いを零しながら軽やかに足を進める。
空地の中頃に来た途端に、四方から飛び出した覚者達とAAA隊員達に囲まれた。
「チェックメイト、デスネ。負けを素直に認めナイト、恰好悪い、デスヨ」
笑顔で宣言したリーネに、「負け?」と死魔が笑う。
「あなたは『そういうもの』だから、ひとを死に誘うのだろうけど。その人が深く思っている相手を投影できるのであれば、その想いの強さも分かるはず。……分かった後の踏み込み方さえ変えられれば、ずっと素敵な関係を作れると思うの」
「素敵な関係……今でも充分、素敵なんだが?」
悠乃の言葉には、嘲るような声が返った。
「争いを嫌うならば、この場だけでもやめておけ」
背後から放たれた刹那の声には、童子の面が顔だけで振り返る。
「嬉々として武器を振り上げ邪魔するものがおるでな」
スッ……と、鞘から抜いた刹那を上段で構えた。
肩を揺らし笑って、死魔は「どうしろと?」と問う。
「魅入られた者達の解放」
静かに囲む者達を見回して、「仕方ないな」と肩を竦めた。
パチン、パチン、と指を鳴らしながら、己の前に指音の円を描く。
円を描き終えると、「はいよ、完了」と指を鳴らした。
AAA隊員が確保していた者達の意識が正常に戻った事を確認し、死魔への道が開かれる。
「面白かったから、またご縁があれば」
優雅にお辞儀してみせて、死魔は静々と闇へと消えて行った。
倒れている鈴鹿は、悠乃と刹那、リーネがゆっくりとAAA隊員達の用意した担架へと乗せる。
傷に響かぬよう、静かに運んでくれるようにと頼んだ。
フィオナの事は、宮下 刹那(nCL2000153)が見下ろしていた。
「……こんな所で倒れていたら、誰も護れないだろうに」
騎士だろう君は、と呟いて屈む。
抱き上げて、AAA隊員達には「俺が運ぶ」と伝えた。そうしてふっと笑いを零す。
「お姫様抱っこなんて嫌がるだろうが、嫌なら2度と、倒れない事だ」
気を失っているフィオナに告げて、路地を進んで行った。
自殺願望や感覚はよく分からない。けれども見逃せない!
その思いで、『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)は死魔へと挑む。
速足の足音が聞こえ、フィオナは近付いて来る黒衣の相手を見つめた。
――ノブレス・オブリージュを果たそう!
いつもの戦いと変わらない決意のままで。死魔へと一歩を踏み出した。
死魔は足を止め、童子の面を取る。
金髪が、黒い綿帽子からふわり前へと零れた――途端、フィオナは魅了された。
緑色の瞳を僅かに細め、無邪気に笑う。それは自分と、同じ年頃の女の子。
(ああ……)
遠くに行ってしまって、2度と『会えなかった』私の大切な友達だ。
「やっと、会えたね」
明るく笑う子に、思わず自分も笑顔を浮かべ、相手の名を呼ぼうと口を開く。
しかし僅かに震えただけの唇は、相手の名を紡いではくれなかった。
フィオナは、泣き笑いのような表情で笑う。
「どうしたの? 〝――〟?」
「今、なんて……」
彼女は今、確かに自分の名を呼んだ。
けれども、何故だろう。よく、聞こえない。
「〝――〟。ねぇ、いつも一緒だったよね」
うん、そうだったね。
「英国から越してきた君と話したくて、 英語を必死に覚えたんだっけ」
肩を竦めるようにして瞼を閉じたフィオナに、少女もクスクスと笑う。
そうして――。
「……痛かった、怖かった、苦しかった」
声音が変わった事に、フィオナはビクリと瞼を開ける。
空色の瞳が、笑顔を消した少女を映していた。
「私1人だけ、あの時――ねえ、独りは寂しいよ……」
縋るような瞳に、誘うような言葉に、チクリと胸が痛む。
『会えなくなった時』に、君に何かあったのか?
「…………ッ!」
一瞬、何かが見えた気がした。
(窓の外の、沈んでいく夕陽?)
それは、とても眩しくて……。
胸を締め付けた。
ああ、もしかしたら……。
「あの時、私は君を守れなかったのか?」
何故なら今も、この胸に――。
守れなかった後悔だけが、ずっとあって……。
知らず、零れ落ちた滴に少女は「ううん。もういいの」と首を振る。
「ねぇ〝――〟、こっちに来て? いつも通り、一緒に行こう?」
どうすればいいのかは、分かるよね?
手を差し伸べた笑顔に、コクリと頷いて。
フィオナはガラティーン・改の刃を握る。逆手に握る掌から鮮血が滴るのも、構わずに。
強く握ったままで深く、深く――己の胸を貫いた。
血を吐き倒れたフィオナが、命数を使い立ち上がる。
ふらつきながら、足を踏み出した。
「……もしかして、君は友達が欲しいだけなのか?」
話しかけながら、フィオナは手を伸ばし空地へと続く路地の方へと『彼女』を引っ張る。
引っ張って行きながら、顔を伏せ笑った。
――本当は。これは死魔の仕業だって、分かってる……。
優しい彼女が、私の死を望む訳ないんだ。
ちゃんと頭では分かってる……けど……。
「もう、2度と会えないんじゃないかと思ってたから……」
だから――。
きっと今自分にあるのは、寂しさと、逢いたさと……罪悪感。
「あのな、君が誰かを連れて行っちゃうと悲しむ人が居る。そんな事しなくても一緒にお茶とか、もっと色々出来るんだぞ?」
それは、乱暴そうには見えない死魔へと伝えた言葉。
空地に続く路地に立たせて微笑むと、再び刃を己に向けた。
「……寂しかったよな。ごめん」
今、私もそっちに行――。
深く強く、己を突き刺す刃が、血を散らせた。
優しく、誰かが指先で頬を撫でている。
薄っすら瞼を開けたフィオナの顔を覗き込んで、『彼女』が微笑んでいた。
「ありがとう。これでもう、寂しくない」
遠ざかる足音が、空地へと向かったのを、確かめて。
「……良、かっ……」
フィオナの意識は血の海の中、そっと闇へと沈んでいった。
●
(魅入ると共に相手の想いを投影する……興味深い相手よね)
『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)は、死魔を待ちながら思う。
「わかりあいたいな」
そう、ぽつりと呟いた。
駆けて来た死魔が、悠乃を見て足を止める。
童子の面の下、笑ったのが判った。
面を外せば、現れたのは自分と同年代の女性。
「ミキさん……」
数年前の格闘技の試合で、思い出深い勝負をした相手。
そしてその試合で、選手の道が断たれてしまった相手……。
「格闘技で勝負はもうできなくなってしまったので、今回はこれで勝負しよう」
黒無垢の袖から取り出したのは、リボルバー。
シリンダーを指先が高速回転させ、カチャリとセットした。
ロシアンルーレット。
恨み言ではなく、あくまで勝負を持ち掛けて来るのが、彼女らしかった。
「うん、いいよ」
二つ返事で受けて立った悠乃に、相手は微笑んで。
拳銃を渡す前に尋ねた。
「入ってるのは、本物の銃弾だよ?」
構わない、と頷いて掌を差し出す。
自殺そのものではなく、結果として自殺になるようなものであるならば……。 気に入っている相手との相対としてなら行っても構わない――そう考えていた。
人間的にも選手としても、彼女をとても尊敬していたから。
試合当日は共に笑って終えられた。だがその後を考えると、もう少し何かできたのではと思ってしまう。
それが、彼女にとって良いか悪いかは……別として。
掌に乗せられた拳銃の銃口を、こめかみにあてる。
死を軽く見ているのではないが、結局茶飯事となった今では踏み込む事に躊躇いはない。
だが――。
「数年来会っていないのに、変わらないね。……だけど。変わらな過ぎなんだよ、ミキさん。『記憶のままの姿で』現れている事が――私の完全に記憶どおりの姿でいる事が、逆にあり得ないんだよね」
指摘し、驚くミキを見つめたまま、引き金を引いた。
路地に銃声が響く。
「……ありがとう。違うと気付きながらも引き金を引いてくれて。……ゆっくり休んで?」
今回は私の勝ち、と背を向けた『ミキ』が、不意に足を止める。信じられない、というように振り返った。
見開いた瞳の先にあるのは、命数を使い立ち上がった悠乃の姿。
「じゃ、次はそっちの番でー」
にこやかに、発砲した。
発射された弾を、死魔がひらりと躱す。
「ちょっと。勘弁してくれない? 勝負は1度きりだよ?」
ニヤリとミキの顔で笑った死魔に、悠乃も笑顔を返した。
「そうだね。でもそれは、弾がちゃんと一発しか入ってなかったらの話だよね」
再び発射された弾を、クスクスと笑った死魔が避ける。
当たる必要はない。そして弾は確実に、死魔を空地に続く路地へと誘い込んだ。
「もう少し遊んでいたいけど、今夜は急ぎなの」
死魔は童子の仮面をつけて、背を向ける。
駆けて行く背中が、悠乃から遠ざかって行った。
●
駆けて来た相手を迎える華神 刹那(CL2001250)は、穏やかな微笑のままで相手を見つめる。
童子の面を取って現れた顔にも、微笑を崩さなかった。
けれど。
「シャーロット……」
呟くように名を呼んで、4~5歳程自分より年下の少女を見つめた。
海外を旅していた頃に護衛を務めた資産家の令嬢。お嬢様である彼女が、どうしてこんな所にいるのかと思う。
「刹那、私全てをかけて追ってきたのよ。父の事は実力で黙らせたわ。だから私のもとに戻ってきて」
手を差し伸べてきた彼女に、思わず笑う。
「はは、相変わらず無茶をいう。折角来たのだし、聞いてやりたくはあるが……」
その先の言葉を続けてくれない刹那に、胸へと飛び込んできた。
「だが結局は、自身のやりたいことを最優先に考えてしまう拙では、泣かせるだけで終わってしまうのではないかなー」
「それでもいいの。お願いよ、刹那。どうしても添い遂げられないのなら、どうかせめて、この場で私と共に終わって……」
全てを終わらせよう、と誘うようにナイフを差し出した。
穏やかな少女の、それ程までの情熱。
ナイフをじっと見つめて、刹那はそっと溜息を零す。
最初は、戯れ半分で手を出した。
そしたらマジ惚れされてしまって、結局雇い主である父親に知られてクビになった。
「あ、どっちもイケるわ」
なんて。そんなふうに気付かせてくれた相手。
――けれど。
結構本気で想ってはいるのだ。
雇い主であった父親に追い出されなければ、日本に戻って来なかったかもしれない――それ程の相手。
だから、気付いた。
護衛の合間に教えた日本語。それ自体が話せる事も、勉強して語彙が増したのも納得出来る。
だが。
気に入っていた、「刹那」と呼ぶ時の発音が違う。正しい日本語とは少しズレていた、彼女の言い方とは違っていた。
それを指摘すれば、『シャーロット』は顔を上げ、「勉強したもの」と、そう言いながらも後退っていく。
「それにの。本物なら、拙が人を斬るのはこいつでだけと知っとるはずであるのよ」
拙自身の事も含めてな、と日本刀を抜く。
――これは拙の一部である故に。銘も拙である――
『刹那』と銘の付いた刀。
「それすらも忘れたのかの? シャーロット」
カチャリ、と真っ直ぐに相手を見据え、刹那を構える。
すると彼女は、クスクスと笑いだした。
「残念よ、刹那。ナイフでも……その刀でも。鋭い刃はきっと、あなたを鮮やかな死に導いてくれるのに。……ねぇ、死は怖い?」
細めた瞳で問いかけてきた彼女に、刹那はゆるりと首を横に振る。
死に忌避感はない。――だが、やりたいことが出来なくなるので避けたい処ではあった。
「まあ、いいわ」
死魔は再び童子の面を被る。刹那の刃を避けられる路地へと、駆けて行った。
●
「後は……古妖が来るのを待つダケ! 簡単デスガここからが大変ソウデスネ!」
『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は、折れさせる路地の角で死魔を待ちながらも、心は恋しい相手へと馳せる。
(自殺を誘う古妖……大丈夫。私なら、誰が誘って来るかは、大体予想はついてマスネ)
彼が、現れるなら――。
(抗うノハ……難しいカモデスガ)
強く本物を思い浮かべる事に決めた。
駆けて来る足音に顔を向ければ、相手も足を止める。
童子の面を取った綿帽子の奥、最初に見えたのは、射貫くような赤と緑の瞳。
手負いの獣のように警戒の色だけを含んでいた視線が、リーネに気付くとその色を変えた。
「なんだ、お前か」
不愛想な口調。けれども取り巻く雰囲気が少し和らいだ気がして、リーネの鼓動が揺れる。
「ケガ……してるデスカ?」
体を庇っているように見えて尋ねれば、相手は驚いたように目を見開き僅かに頷いた。
「お前に嘘は、つけないか。……そうだな。俺はもうじき、死ぬだろう……」
前のめりに崩れてくる体を支えて、「そんなのイヤデス!」と声を震わせる。すまない、とリーネの耳元で声を落とし、相手は苦しげに体を起こした。
「だが最後はせめて、俺の事を常に真っ直ぐ見ていてくれた……お前と共に逝きたい」
駄目か? と。リーネの恋心を知っていてのその台詞は、彼女の胸を締め付ける。
「この命は、両慈に2度拾われたモノ……。両慈と共に逝けて、天国で一緒になれるなら、喜んでご一緒シマスネ。……でも、その前に……最後にキス、してくれマスカ?」
彼に恋人が居ても、結婚はしていないから諦めてはいなかった。まだチャンスはあると、ずっと思っていた。
「なら俺が最後に見るのは、お前の笑顔にしてくれ」
囁いた相手の顔が、僅かに笑んで近付いてくる。
恋しさに身を震わせたリーネが、唇に触れてくる寸前に、ドンッ! と彼を押す。両手にラージシールドを構え、きつい瞳で睨みつけた。
「両慈は仲間に死ねなんて言いマセンネ、だって私を2回も助けてくれた素敵な人デスヨ? それに両慈は……私がせがんでもキスなんかしてくれマセンネ!」
なぜ自分でこんな事を告白しなければいけないのか。
ワーン!! と号泣したリーネに、死魔は両耳に指を入れて「あー泣くな泣くな」と息を吐く。
「叶わぬ恋か。気の毒に。……まあ、死にたくなったら言ってくれ」
ニヤリと彼の顔のまま笑って、童子の面をつけた。両手に盾を持ったまま道を譲ってくれないリーネを横目に、路地を曲がって行った。
本当は。キスなら、された事がある。
けれどもそれは、唇ではなくて――。
「…………」
死魔の背中を見送りながら、リーネは己の額に、そっと指先で触れていた。
●
路地を進んでいた死魔は、『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)に足を止める。
微かな溜息を吐くと、童子の仮面を取った。
長い白髪に、赤い瞳。
鈴鹿の前には、黒無垢に身を包んだ己自身が立っていた。
「こんな所で何してるの? お母さんとお父さん、向こうで待ってるよ」
「……向こう、って?」
微笑む己へと問いかければ、もう1人の自分は事も無げに答える。
「死んだら、行けるところ」
ずっと捜してたじゃない。やっと、見つかったんだよ。
お母さん達を捜すのやめちゃったの? そう言って、もう1人の鈴鹿が首を傾げた。
「やめてなんかいないよね? お母さん、変わらず優しかったよ。お父さんも、『わたし』を待ってくれてるって」
「でも……どうしてお母さん達……」
死んで行く場所なんかに居るの?
「えっ? だって――」
知ってるでしょ? と言いたげなもう1人の自分に、何かを思い出しそうになる。
「お母さんとお父さんね、言ったんだよ。『わたし』が来なきゃ、安らぐ場所に行けないって……苦しんでる。なのに、どうして悩むの?」
相手の言葉に、両耳の黒角と赤角のイヤリングへと指で触れる。
「嫌、なの……お父さんとお母さんが苦しんでるの……」
「わたしも嫌よ。だから――」
判るよね、と鈴鹿の夫婦刀『祓刀・大蓮小蓮』を指差した。
コクリ、頷いて。
「私もお父さんとお母さんが最愛、だから……」
待ってて――。
両手の刃が、己を思い切り突き貫く。
鮮血が、死魔の黒無垢へと吸い込まれていった。
●
路地を抜けた死魔は、ハハッと笑いを零しながら軽やかに足を進める。
空地の中頃に来た途端に、四方から飛び出した覚者達とAAA隊員達に囲まれた。
「チェックメイト、デスネ。負けを素直に認めナイト、恰好悪い、デスヨ」
笑顔で宣言したリーネに、「負け?」と死魔が笑う。
「あなたは『そういうもの』だから、ひとを死に誘うのだろうけど。その人が深く思っている相手を投影できるのであれば、その想いの強さも分かるはず。……分かった後の踏み込み方さえ変えられれば、ずっと素敵な関係を作れると思うの」
「素敵な関係……今でも充分、素敵なんだが?」
悠乃の言葉には、嘲るような声が返った。
「争いを嫌うならば、この場だけでもやめておけ」
背後から放たれた刹那の声には、童子の面が顔だけで振り返る。
「嬉々として武器を振り上げ邪魔するものがおるでな」
スッ……と、鞘から抜いた刹那を上段で構えた。
肩を揺らし笑って、死魔は「どうしろと?」と問う。
「魅入られた者達の解放」
静かに囲む者達を見回して、「仕方ないな」と肩を竦めた。
パチン、パチン、と指を鳴らしながら、己の前に指音の円を描く。
円を描き終えると、「はいよ、完了」と指を鳴らした。
AAA隊員が確保していた者達の意識が正常に戻った事を確認し、死魔への道が開かれる。
「面白かったから、またご縁があれば」
優雅にお辞儀してみせて、死魔は静々と闇へと消えて行った。
倒れている鈴鹿は、悠乃と刹那、リーネがゆっくりとAAA隊員達の用意した担架へと乗せる。
傷に響かぬよう、静かに運んでくれるようにと頼んだ。
フィオナの事は、宮下 刹那(nCL2000153)が見下ろしていた。
「……こんな所で倒れていたら、誰も護れないだろうに」
騎士だろう君は、と呟いて屈む。
抱き上げて、AAA隊員達には「俺が運ぶ」と伝えた。そうしてふっと笑いを零す。
「お姫様抱っこなんて嫌がるだろうが、嫌なら2度と、倒れない事だ」
気を失っているフィオナに告げて、路地を進んで行った。

■あとがき■
ご参加、誠に有難うございました。
MVPは、相手への深い想いで、死魔を空地に続く路地へと誘導されたフィオナさんに。
そして死魔と友好的に別れる事が出来たのは、皆様が書かれていた台詞のお陰でございました。
お疲れ様でした。
MVPは、相手への深い想いで、死魔を空地に続く路地へと誘導されたフィオナさんに。
そして死魔と友好的に別れる事が出来たのは、皆様が書かれていた台詞のお陰でございました。
お疲れ様でした。
