クリアブラック
●
久方 相馬(nCL2000004)は資料を配りながら言う。
「急ぎの仕事だ! すぐに向かって欲しい。あっ、でも俺たちの組織のこと絶対に知られたらいけないからな!! 相手は、」
七星剣だ。
「孤児院がある、でもそこの神父が破綻者になったんだ。
ランクは2、まだ孤児院の子供を襲ったりはしてないんだが……ここの孤児院、七星剣がバックにあったんだ。
だから、七星剣が来る。証拠隠滅で、神父の懲罰で、子供の回収をしに」
つまりこういうことだ。
集まった覚者の一人が言った。
「七星剣に子供を殺させず、回収させずをしながら、神父を討伐しろ、と」
「つまるところ、そうなる」
「無茶苦茶な」
「だが……孤児を金の道具にさせる訳にもいかないし、それによって七星剣を強化させる訳にはいかないんだ。すっげえ危険な任務なのは分かってるけど……頼む」
●
弟が、生きていく為には何でもしようと思った。
幾ら綺麗事を並べた所で、私という存在は弟というものが一番大切であるらしい。
弟の為なら、人だって殺せるし、物だって盗めるし、家に火だって点けれる。
それくらい弟に入れ込んでいた。
だって、私の弟は『夢見』という力があるんだから。
特別なのだ。
この世界、能力持ちであるだけで特別だが、私の弟は更に格別だ。
だからよく、知らない奴らが家に入ってきて弟を奪おうとしたし、何より両親が弟を売り飛ばそうとしていたのは悲しかった。
だから全部殺した。
守らなければ、弟を。この私が守らなければ、弟を。
「で? 今度は、何?」
生活感の無い質素な家に、入ってきたのは黒服の男達である。
そんな何人も揃えなくたって、いいのに。まるで次の敵が予想外のものが来るような……そんなこと、あるわけないじゃない。
先頭に立った大男が、ノイズ混じりの声がする携帯を私の耳に押し付けた。自信満々の、声がする。
『もしも……し、俺、俺様。元気??』
「……聞こえないわ。電話、遠いんじゃないかしら?」
雑音が多すぎて、よく聞き取れない。なんとか単語を繋げて、話している内容がやっと理解できるくらいには。
『……こっちだって、聞こえねえよ。最早オマエが女か男かもわかんねーくらいの音だしよ』
「轟龍様、いいから。何か、用事なの?」
『……んでそんな上から……んだよ、俺、オマエの上司、わかる? 次間違えたら、弟の右目、箱につめてリボン巻いて発送すっからな』
「申し訳ございませんでした。何を、すればいいの」
『孤児院ひとつ、ぶっ潰しつつ、子供のお守り。
七星剣にも色々いてさ。あらゆる方法でお金をいっぱーい稼ぐんだけど、孤児院とか作って、孤児を集めて、育てながら洗脳して。
兵にするか、使えないならお体バラして売り飛ばすか、はたまた能力者だったらラッキー! ていう美味しいヤり方がありまして。
ですがぁ、阿呆が馬鹿してて、孤児院要らないな! ってなっちゃったので、その腐れクズごと全部無かったことにしろくださーい』
「裏切った、ってこと?」
『察しが良くて助かっちゃうぜぇ。
孤児が可愛いくて、可愛くて、でも金のなる木として扱うのはストレスだったようで遂に、破綻者っスわ、自我もうねぇし。
だもんで、俺様が懲罰部隊として動いてんの。他幹部の尻拭い、酷いと思わない?』
「わかったわ、やりやすい任務で助かるわ」
『俺様、ホワイト企業目指してるんで。さてと、これからアンタの弟くんを学校に送らないとだし、俺様も学校行かないと。
あ、そうそう。携帯はあるな?
もしかしたら『子供のお守りを……狼が狙っているかも』しれないから、逢魔ヶ時までに連絡くれると助かるな』
遠くの遠く。
『わか……たわ、やりやす……務でたす……るわ』
「――逢魔ヶ時までに連絡くれると助かるな」
四角形の部屋の中、薄暗く顔の全貌が見えない。携帯の、僅かな光が足元に転がった。
「……たく、この国じゃ使いもんになんねえな」
とんとん。刀の反りの部分で肩を叩きながら。足元に転がった携帯を踏み潰して、忌々しげに擦り潰す。
「行かれるのですか?」
「おう。連絡待ってられるかっての」
「狼がいるかもしれませんのに」
「はは。で、そいつらは強いのか? 魅力ある奴がいるのなら……俺が頂く。八神より、先にな」
●
相馬は最後にこう言った。
「もし、もし……破綻者一人と、七星剣の四人の他に誰かが来たら。すぐに、」
すぐに、撤退しろ。
多分、あれは―――まだ、関わったらいけない。
久方 相馬(nCL2000004)は資料を配りながら言う。
「急ぎの仕事だ! すぐに向かって欲しい。あっ、でも俺たちの組織のこと絶対に知られたらいけないからな!! 相手は、」
七星剣だ。
「孤児院がある、でもそこの神父が破綻者になったんだ。
ランクは2、まだ孤児院の子供を襲ったりはしてないんだが……ここの孤児院、七星剣がバックにあったんだ。
だから、七星剣が来る。証拠隠滅で、神父の懲罰で、子供の回収をしに」
つまりこういうことだ。
集まった覚者の一人が言った。
「七星剣に子供を殺させず、回収させずをしながら、神父を討伐しろ、と」
「つまるところ、そうなる」
「無茶苦茶な」
「だが……孤児を金の道具にさせる訳にもいかないし、それによって七星剣を強化させる訳にはいかないんだ。すっげえ危険な任務なのは分かってるけど……頼む」
●
弟が、生きていく為には何でもしようと思った。
幾ら綺麗事を並べた所で、私という存在は弟というものが一番大切であるらしい。
弟の為なら、人だって殺せるし、物だって盗めるし、家に火だって点けれる。
それくらい弟に入れ込んでいた。
だって、私の弟は『夢見』という力があるんだから。
特別なのだ。
この世界、能力持ちであるだけで特別だが、私の弟は更に格別だ。
だからよく、知らない奴らが家に入ってきて弟を奪おうとしたし、何より両親が弟を売り飛ばそうとしていたのは悲しかった。
だから全部殺した。
守らなければ、弟を。この私が守らなければ、弟を。
「で? 今度は、何?」
生活感の無い質素な家に、入ってきたのは黒服の男達である。
そんな何人も揃えなくたって、いいのに。まるで次の敵が予想外のものが来るような……そんなこと、あるわけないじゃない。
先頭に立った大男が、ノイズ混じりの声がする携帯を私の耳に押し付けた。自信満々の、声がする。
『もしも……し、俺、俺様。元気??』
「……聞こえないわ。電話、遠いんじゃないかしら?」
雑音が多すぎて、よく聞き取れない。なんとか単語を繋げて、話している内容がやっと理解できるくらいには。
『……こっちだって、聞こえねえよ。最早オマエが女か男かもわかんねーくらいの音だしよ』
「轟龍様、いいから。何か、用事なの?」
『……んでそんな上から……んだよ、俺、オマエの上司、わかる? 次間違えたら、弟の右目、箱につめてリボン巻いて発送すっからな』
「申し訳ございませんでした。何を、すればいいの」
『孤児院ひとつ、ぶっ潰しつつ、子供のお守り。
七星剣にも色々いてさ。あらゆる方法でお金をいっぱーい稼ぐんだけど、孤児院とか作って、孤児を集めて、育てながら洗脳して。
兵にするか、使えないならお体バラして売り飛ばすか、はたまた能力者だったらラッキー! ていう美味しいヤり方がありまして。
ですがぁ、阿呆が馬鹿してて、孤児院要らないな! ってなっちゃったので、その腐れクズごと全部無かったことにしろくださーい』
「裏切った、ってこと?」
『察しが良くて助かっちゃうぜぇ。
孤児が可愛いくて、可愛くて、でも金のなる木として扱うのはストレスだったようで遂に、破綻者っスわ、自我もうねぇし。
だもんで、俺様が懲罰部隊として動いてんの。他幹部の尻拭い、酷いと思わない?』
「わかったわ、やりやすい任務で助かるわ」
『俺様、ホワイト企業目指してるんで。さてと、これからアンタの弟くんを学校に送らないとだし、俺様も学校行かないと。
あ、そうそう。携帯はあるな?
もしかしたら『子供のお守りを……狼が狙っているかも』しれないから、逢魔ヶ時までに連絡くれると助かるな』
遠くの遠く。
『わか……たわ、やりやす……務でたす……るわ』
「――逢魔ヶ時までに連絡くれると助かるな」
四角形の部屋の中、薄暗く顔の全貌が見えない。携帯の、僅かな光が足元に転がった。
「……たく、この国じゃ使いもんになんねえな」
とんとん。刀の反りの部分で肩を叩きながら。足元に転がった携帯を踏み潰して、忌々しげに擦り潰す。
「行かれるのですか?」
「おう。連絡待ってられるかっての」
「狼がいるかもしれませんのに」
「はは。で、そいつらは強いのか? 魅力ある奴がいるのなら……俺が頂く。八神より、先にな」
●
相馬は最後にこう言った。
「もし、もし……破綻者一人と、七星剣の四人の他に誰かが来たら。すぐに、」
すぐに、撤退しろ。
多分、あれは―――まだ、関わったらいけない。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.破綻者の討伐
2.子供半数以上の確保
3.七星剣に組織の存在を知られない
2.子供半数以上の確保
3.七星剣に組織の存在を知られない
●成功条件について
・子供半数以上確保ということは、子供が半数以上殺されても失敗となります
●状況
・とある孤児院の神父が破綻者化した。
使えなくなった孤児院を潰し、子供を回収しに七星剣の隔者が派遣されるようだ。
隔者より多くの子供を確保し、破綻者を討伐せよ。
ファイヴが到着したときには既に中で、戦闘が始まっている
●敵情報
・破綻者:神父
・子供を育てている内に、子供の情がわき、心優しすぎた故に堕ちた存在
・深度は2、基本的に隔者覚者を狙います。自我が薄く、子供を守る闘争本能のままに動きます
獣×炎(鉤爪)
★七星剣
・『愛狂い』神無木咲(かんなぎ・さく)
械×土 薙刀を使用します
現在のファイブ平均PCレベルより高く、体術を得意とします
主なスキルは、飛燕、蒼鋼壁、土行初期術式、面接着
・他、部下×3人、PCレベルと同じ程度の敵です
現×木(剣)、暦×土(大鎚)、翼×水(杖)
・電話の人
一定時間かかると来ます。
●子供×15人(内、6人が覚者)
・戦闘はできません、ホールのあちらこちらで逃げ回っています
●場所:孤児院
・孤児院内、全ての扉には鍵がかかっており、強制的に破壊することは可能
・出入り口は表と、裏。戦闘が行われているのは、孤児院内部にあるホール
表から入ったほうが、早くホールにたどり着けるが、裏からいくと七星剣の背後を取れる
が、時間と共に隊列は変わるため、必ずしも背後を取れるとは限らない
ご縁がありましたら、よろしくお願いします
(20150909追記)
OPの携帯電話の使用において誤解を生みかねない表現がありましたので修正を行いました。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2015年09月20日
2015年09月20日
■メイン参加者 10人■

●
狼が子を奪いに来たのは真の事である。
本来ならば神父を殺し、子供を抱え、『あの人』が喜ぶだろう炎で何もかも消して帰るつもりであった。目下、神無木咲の薙刀が、神父を断頭せんと空を切り裂いていく。
八百万 円(CL2000681)が走りながら二つの剣を抜き放ち、足元に精神力を打ちこむ。咲の立つ地面が隆起し、彼女の身体を挟み込むも薙刀が横に一閃。全ての土の槍を二つに斬り、砂煙が舞った。
「乱入者!!」
咲は、一本の土槍を足場に宙へ身を投じる。
目掛けたのは、それでも神父だ。円は剣を交差させ神父の前に滑り込み、大上段から落とされる薙刀を受けた。
「やーほー。わるもの退治にきたよー」
「おひとり様じゃ、なさそうね!」
円と薙刀の間には水の膜。
絶えず雫を弾き飛ばし円を護る。
「私には少しの力しかないですが……、それでも何かを守る事はできます」
『女子高生訓練中』神城 アニス(CL2000023)が周囲に水を纏わせ、凛と立つ。お前の仕業かと睨む咲の瞳に、アニスの身体が上下した。
「邪魔をするなああ!!」
「うっ」
猛烈な波動を受けた様だ。咆哮に、アニスの片足が一歩後ろへと向いた。しかしすぐに戻し、顔を横に振ってから強気に瞳を細め。
「いや、ですっ」
大鎚が地面に落とされれば床は木端に、土煙が舞う。この威力で殴られた鳴海 蕾花(CL2001006)が、横に二回、三回と回転しながら血を飛ばす。
「ッてぇな!」
蕾花の顔半分が完全に血で真っ赤に染まり、自分が何を考えていたか記憶が一瞬吹っ飛んだ程だ。蕾花は理解した、大鎚の彼奴は脅威である。
ぬくもりが身体に絡んだ。彼女の身体を『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は支え、倒れるのを許さず。いやそれでいい、倒れたら立ち上がる力が出ない。
「すまない、遅れた」
「遅いっての」
ゲイルは裏口から来た為、通常よりは時間がかかる。その間、蕾花が一人で大鎚を相手。
「遅れた分、取り返せよ。この状況、一言で説明すれば最悪だ」
覚者たちは『事前準備』に時間を取られすぎていた。流動的に状況が変化していく所で、ていさつを行い、裏口に回り、警報空間を敷き、全員で足並み揃えて突入する。
その間。子供は覚者を優先に、五名程裏口側に気絶させられ固められている。
ゲイルは鎚を糸で絡め取る。相手の力を相応で、糸を抑えるゲイルの手から、赤いものが垂れた。
「無理すんな獣のにーちゃんよ!」
「ふ、敵から心配されるとはな……俺の縛りから抜けられると思うなよ」
ゲイルと蕾花のすれすれを水の弾丸と、雷の槍が交差した。
弾丸は『月々紅花』環 大和(CL2000477)へ、槍は後衛にいた敵の身体へ、それぞれ蜂の巣を空けていく。
「待ちなさい!」
と言って待つ敵はいない。
大和とトール・T・シュミット(CL2000025)は後衛である水行に接敵していなかった。
故に、自由に動けていた水行は子供を一人抱き抱える。最悪の盾だ。攻撃してくるなと言いたげな男の目線に、大和は返す言葉を持ち合わせていなかったのだが、冷静に次の手に思考を巡らす。
「落ち着いて、落ち着きなさい私」
さてどうする。
相手も子供は欲しいはずだ。下手に殺しはしないだろうが、どう子供を解放させればいいものか。
覚醒し、小さくなった両腕を手前に出し、期待値零の静止を求めたのはトールだ。
「落ち着け。な? 子供達、そっちも欲しいなら殺したら、な?」
「うるせぇ! まずはそこのじじい、妙な動きしたら子供が……分かんだろ??」
『教授』新田・成(CL2000538)は表情を変えないまま、両手を上にあげた。足に、悲愴で濡れた顔を押し付けてくる子供を……今や撫でる事さえ挑発と見做されるであろう。
「僕達、死んじゃうの?」
「……」
「僕達、死んじゃうの」
ワーズワースも声が出なければ、身動きできなければ、扇動できなければ意味は成さない。
成の瞳は、指崎 まこと(CL2000087)を向いた。彼も状況は解っている、突き動かされる衝動のまま苦無を逆手に走り出す。一種の賭けであっただろう、これで子供が傷つくかもしれない。
その頃、『神具狩り』深緋・恋呪郎(CL2000237)と『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は、木行の男を刃で轢いた。
「まずかったの」
「カスがッ!! 暇潰しの相手にもなんねェじゃねえか!!」
剣ごと木行を断ち切った傷跡の数は、全部で八。
血達磨で地面をバウンドしていく木行に瞳を向ける事も無く、刀嗣は、まことと並走し、水行へと向かった。
「そんな事、僕らに効くと思ったのかい?」
「テメェはもっとカスな匂いぷんぷんしやがんな!!」
まことが武器を抑え、刀嗣が斬る。一瞬の視界交差で打ち合わせ終了したものの、
「そっちいったぞ!!」
「二人!! 後ろよ、後ろ!!」
戦場をよく見渡せる位置に居たトールと大和の声に振り向けば、仰向けブリッジの異常な速さで駆けて来る破綻者の姿――。
●
「始めまして、私は神城アニス……フリーの覚者です。以後お見知りおきを」
「フリー? フリーが寄って集って的確に事件発生を察知するなんておかしな話」
咲の薙刀が器用に回転し、円の腹部と左腕が斬れる。ガチンと音がする程、歯を噛んだ円の小太刀が咲の喉元を切り裂いた。
傷を埋め、血液の流出を止め、降り注ぐ癒し。アニスのそれ、回復が途絶えた時が、円の危険の始まり。いや、そうではない。
「弱いのは、罪よ」
喰らい迸る薙刀は、遂に円の心臓を射抜く。と同時、アニスは気づけばもう、駆け出していた。
円が少しだけ後ろを見れば、涙も流し尽くした少女が茫然と立っている。
嗚呼。
「わかるー。いきなり知らない奴が来て連れてくしたら怖いよねー。お願いしてみなよ。ボクら強いんだぜ」
「何を、この状況で。子供も全部殺してしまおうかしら」
咲が刃を抜けば円は地面に崩れる。
横から、蕾花の声が乱入した。
「おまえ、それでも人間かよ」
「……何よ、私には、私には弟しかいないのよこの気持ちもわからないくせに!!」
アニスが駆け寄り、円に覆い被さり血を両手で止めながら咲を見上げた。もう二人は動けないだろう、そう勝手に判断したか。
歩き出す咲。
「貴方を……」
アニスはずぶ濡れの赤い手で彼女の足を掴んだ。最早込み上げる吐き気なんぞアドレナリンがかき消している。
「行かせる訳にはいきませんので!!」
舌打ちが聞こえた、だがアニスの耳には別の音が聞こえた。
「たす、けて、ひつじの、おねえちゃ」
突き動かされた。アニスは咲を止めながら円に回復を与える。正直手いっぱいだった、一切の余裕も無い。
円の指先がぴくりと動き、刃群ひとつを握り直した。
貫通力のある氷弾に子供、神父、向かっていたまことに突き刺さってからの後。細く鋭い神父の五指は、水行の胸を突き刺してから細切れと化すまで切り裂いた。
冷静であったトールは無我夢中に走り出す。遠距離同士とは遠かった、氷弾が撃たれる時に彼はスタートを切っていたものの間に合わなかった。
胸に風穴空けて微動する子供を抱きかかえ、死ぬなと念じながら癒しを請う。純粋にも欲深き癒しへの渇望は、優秀な回復である。
だが生憎。
神父のゆらり奇妙な影が爪を伸ばして振りかぶっていた。
「子供はわたし達が安全な所へ移動させるから安心して」
大和が言っても伝わる確率は、この個体に関しては遥かに低い。
故に爪はトールを切り裂き命を潰―――す前に、まことがトールに覆い被さり、業を引き受ける。
「僕達は、決してあの子供達を辛い目にあわせたりはしない。そのボケた頭に少しでも理性が残っているなら、暴れてないで子供を護りやがれ!!」
七星の内輪揉め如きに。やりきれない思いを叫んだ彼の身体は傷つくばかり。
「……」
それを面白くなさそうに恋呪郎はウルカヌスを構えた。
「先程の質問ですが、大丈夫ですよ。全員助けます。いえ、助かります」
成は言う。
もしかしたらそれは嘘かもしれない。
「お父さんは……?」
「……あとから、きっと追いつきますから。さあ、ここは危ない」
これはもう嘘であった。
水行の敵が爆散死した事をきっかけに、成は自由を得る。気になるのは、神父であるが……上手く、まことが抑えている。
神父は子を襲わない。
だが子に触れる何人は全て殺害対象のようだ。
けれど七星がいる限り争奪は終わらない。
あの咲という女がいつ解き放たれるか、電話の人間がいるくるのか。
歩けない子は歩ける子におぶさって、泣いてる子は泣き止むまで撫でる。唯一気絶していない覚者の子は。
「君には力が有る筈です。皆と一緒に行ってあげてください」
「……うん」
彼は裏口で横たわる少女を見ていた事に、成は気づいた。
「好きなのですね」
「うん。妹なんだ、僕の唯一の家族」
狂い無い無垢な暴力である鎚の回転を、髪の毛が掠める位置で避けた蕾花。カウンター、重量武器の相手は攻撃が終わった時こそ隙がでかい。
瞳の白眼が真っ赤に染まっている蕾花が噛みつき貪り尽くす勢いで苦無を振る。
「あわせろよ!!」
「ああ!!」
ゲイルの指はそれぞれ一本一本が生きているかの如く細やかに動いた。マリオネットでも操作するのか、霊力の淡い光の細糸は鎚を絡めとり四肢から胴体まで蜷局を巻いて自由を奪う。
細すぎる糸の圧力に負け、鎚の男が叫びながらボンレスハムから、血飛沫を。だが相手もここぞとばかりに踏ん張ってきた。力ずくで糸を千切り、死に物狂いの一打をゲイルの頭へ落し、彼の頭が字面とぶつかった。
ニィィと笑った鎚である。察知した大和が雷撃で牽制した瞬間、笑っていた敵の表情が一気にぎろりと大和を剥いた。そうだ、それでいい、こっちにくればゲイルにトドメを刺されずに済む。
「新田教授、子供達のことよろしくお願いします」
呟いてから、前へ出た。だが……大和は途中で歩むの止めた。
「あら、大丈夫そうね」
蕾花が吼えた。
「寝るなよ!!」
「さっきからオーダーがきっついな」
両腕に鞭打ち起き上ったゲイル。顔面血だらけなのは、蕾花もゲイルも同じく。息切れし、肩を揺らす敵。
「なんで」
蕾花が苦無を構え、ゲイルが鎚を封じる。
「なんで」
苦無が胸目掛けて差し込まれた、同時に糸が首に絡んで巻き付いてもう、逃げられない!!
「なんで倒れないんだよおおおおおおお!!」
●
コツ。
「あ」
トールの六感が反応した。
か細く息をする少年の手前、まことがそろそろ限界を迎えそうではある。プラス恋呪郎が加勢したのは心強い。
「面白くないの」
血眼で子を奪おうとする神父に恋呪郎は呟く。誰にも聞こえない音量で。何か心に引っかかるのは恋呪郎だからこそ感じていたものでは無いだろう。どうにかして打開したいこの状況。
大和と成は裏口のほうへと急いだ。大和は子供を揺さぶった、正直焦っていた。
「起きて、お願い! こんな傷ついた状態で無理をいってるのは承知なのだけれど」
成が他の子についていてと、お願いした少年が成と大和の服を掴んだ。泣きそうな顔で、妹を見つめる少年。
「では、君にこの子たちをお願いしましょうかね」
「うん!」
水行、癒しの風が舞う。
子供を起こし、避難を促さなければならない。間に合うか。
いや、間に合わない。
先までの穏やかな瞳はどこへ消えたのか。
「な!?」
円は子供の方へ行こうとする咲の服を掴んで引き戻し、自由なもう一方の刃が咲の腹を貫通させた。
一瞬の出来事に目を丸くさせた咲、更にはアニスが経典の角で頭を精一杯の力でぶん殴る。
「言いましたからね、ここから先は通行止めですって!!」
後ろへよたりと後退する咲。更に大和の雷が咲を襲った。髪の毛が燃え、先っぽが散り散りになったところで額に怒りマークがついた。
「女どもめぇがあぁぁあ!!」
「あら、美容は気にしていたのかしら」
覚者が体勢を立て直した訳ではない。最早円こそ一発でも喰らえば崩れ落ちる必至。そう、これは限界を超えてなお立っている戦士であるのだ。
更に円の後方から跳躍した影。漆黒よりも暗い髪の間から覗く赤い瞳。咲を実践演習のただの通過点と認識したか。
「この際てめぇで我慢してやるから、ちったぁ楽しませろよクソ女ァ!!」
咲を裂く直前、彼女の鼻先の手前で贋作虎徹は時を止め制止した。咲の瞳がゆっくり後ろを向く、同じく刀嗣も奥を見た――瞬間走り出した。
「待ちなさい!! これは過ぎたもの!!」
成は声をあげるも、彼が止まる事は無い。
――裏口が開く。成が杖を抜き、大和が子供を背に隠した。
「まだ、終ってねぇの?」
電話の男は酷く滑稽な姿をしていた。ガスマスクにおおきめのローブ。手にはランタンを持っており中で何かが蠢いている。
大和は、問う。
「貴方、が……黒幕ですか?」
「黒幕? 人聞き悪いねェ。そうそう、お姉さん可愛いね好み」
仕込み刀の切っ先をガスマスクへと向けた成。
その間に、大和が持てるだけの子供を持ち、手伝ってくれた少年も友達を引きずり、後退する。表を目指す。足並みを揃えて、男を刺激しないように。
トールが癒す子を奪われると思われているのか。
「聞く耳も、人間の言葉も忘れた……なんて、言わせない」
まことの瞳が諦める事を知らないように燦然と輝いていた。突く形で飛んできた腕を両腕で掴み、更に爪を口で噛んで頭が貫通するのは防ぐ。だが逆の腕はまことの胸を貫いた。気を許せばただの肉と液体になってしまった水行と同じ運命だろうか。
「よし、もう大丈夫だ。振り向かず走れ!! 絶対戻ってくるな!!」
「わかった」
トールが癒し終えた少年が出口へ向かって走っていく。
ほらあっちへ走って、早く逃げて――。トールは計算した、もうほぼほぼ精神力も使い果たし、体力も少ない味方達。神父を倒すには、力を消費し過ぎたのだ。玉砕覚悟で戦えば、いや、電話の男が危険すぎる。
膝から崩れたまことのすぐ後ろに、恋呪郎が、笑いながら立っていた。
神父の顎が恋呪郎の肩を歯型そのままに齧り取り、咀嚼。
恋呪郎の表情はぴくりとも動かない。
「その『牙』は何のためにある」
爪が恋呪郎の胸に刺さる。
「己の『牙』で、それを傷つけるような真似をするな」
大和に抱えられる子供の一人が。
「帰る場所があるモンが、何時までも逃げてるでない」
神父に両手を伸ばして言う。
「お父……さん」
まだ私達にはお父さんが必要だよ。
「ナリは大きくともヌシも餓鬼じゃな。あまり手間を掛けさせるな」
「嫌な臭いがすんなあ」
ガスマスクの男が首を傾げながら恋呪郎を見た。
走り込んで恋呪郎を切ってしまえば、その発動を止める事も可能である。何より、神父が自分の下に戻るはずも無い、その運命の強制梃入れによって男がなんらかの不利益を被る事は必至。気だるげに『止めるか』と一歩進んだ瞬間。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣だ。ちょっと遊んでいけよ」
「……逢魔ヶ時紫雨」
ここで彼が名乗ったのは、簡単に死ぬだろうと思ったからであった。
刀嗣は迷うこと無く到達、交差し、すれ違う。
抜刀し、男の首を切り抜けたはずだった。だが、男は平然と霧のように抜け、恋呪郎へと向かった。
「無視してんじゃ、ねぇよ」
男は振り返り、刀嗣の背後を指さした。
後ろを振り向く、そこには刀嗣の手首と刀が転がっている。気づいた瞬間、手首から暖かな液体が流れ出ている事に気づく。
「もう斬った」
刹那、腕から胸前までに一直線の傷が開き、血が噴出する。白目を剥いた刀嗣はそのまま前方に倒れた。完全な理不尽な暴力として男は君臨していた、が、その一瞬の猶予で男は奇跡を止める事はできなかった。
愛を忘れる前に。
だが全てが手遅れであった。
子は助かるが父は助からぬ。
それが本来の運命である。
「運命? そんなの変えてやるでな」
中指を立てた。
地響きに地面が揺れる、地震では無く精神の干渉で。恋呪郎を中心に淡く、黒く、透明な光が舞う。自然ではあり得ない風が恋呪郎を中心に蜷局を巻く。
神が描く必然に中指立てる所業。恋呪郎が神父の腕を掴んだ刹那、全て眩い光に包まれた。
●
「私は一体、何をしていた?」
すっかり元の姿を取り戻した神父が居た。彼の手前で恋呪郎は力を使い果たして倒れている。ぽかんと、へたり込むトールを始め、その場にいた全員が何が起こったか理解がすぐにはできない。
「え、なにこれ奇跡?」
「トールさん、恋呪郎さんに回復早く!」
「ああ! 大和さん撤退を!」
「わかってるわ、けど」
とは言え、まだ脅威が去った訳ではない。
咲が後退し、ガスマクスの男の手前で膝ついて頭を下げた。
「も、申し訳……」
「あーあー、収獲はあったしな。伸びてる部下を連れて下がんな」
瀕死のまことが立ち上がり、苦無を逆手に持ち戦意を示した。ここで彼を斬ったとて、また次の壁が立ちはだかるだけであろう。こちらもあちらも一つずつ、霞がかった真相のまだ見えない情報交換した次第だ、プライマイゼロだろう。
代わりに、持っていたランタンを投げつけ斬った。
「古妖、鬼火」
解放された炎が周囲を飲み込む。地面を導火線如く、敵と味方で境界線を引き、辿り、壁を登り天井を燃やしていく。
あっという間に炎の海に飲まれゆく場内で、覚者は子供を抱え、神父に肩を貸しながら避難していく。
よう、新興組織とやら。
逢魔ヶ時は訪れた。
お前等の夜明けは遠い。覚悟しな。
狼が子を奪いに来たのは真の事である。
本来ならば神父を殺し、子供を抱え、『あの人』が喜ぶだろう炎で何もかも消して帰るつもりであった。目下、神無木咲の薙刀が、神父を断頭せんと空を切り裂いていく。
八百万 円(CL2000681)が走りながら二つの剣を抜き放ち、足元に精神力を打ちこむ。咲の立つ地面が隆起し、彼女の身体を挟み込むも薙刀が横に一閃。全ての土の槍を二つに斬り、砂煙が舞った。
「乱入者!!」
咲は、一本の土槍を足場に宙へ身を投じる。
目掛けたのは、それでも神父だ。円は剣を交差させ神父の前に滑り込み、大上段から落とされる薙刀を受けた。
「やーほー。わるもの退治にきたよー」
「おひとり様じゃ、なさそうね!」
円と薙刀の間には水の膜。
絶えず雫を弾き飛ばし円を護る。
「私には少しの力しかないですが……、それでも何かを守る事はできます」
『女子高生訓練中』神城 アニス(CL2000023)が周囲に水を纏わせ、凛と立つ。お前の仕業かと睨む咲の瞳に、アニスの身体が上下した。
「邪魔をするなああ!!」
「うっ」
猛烈な波動を受けた様だ。咆哮に、アニスの片足が一歩後ろへと向いた。しかしすぐに戻し、顔を横に振ってから強気に瞳を細め。
「いや、ですっ」
大鎚が地面に落とされれば床は木端に、土煙が舞う。この威力で殴られた鳴海 蕾花(CL2001006)が、横に二回、三回と回転しながら血を飛ばす。
「ッてぇな!」
蕾花の顔半分が完全に血で真っ赤に染まり、自分が何を考えていたか記憶が一瞬吹っ飛んだ程だ。蕾花は理解した、大鎚の彼奴は脅威である。
ぬくもりが身体に絡んだ。彼女の身体を『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は支え、倒れるのを許さず。いやそれでいい、倒れたら立ち上がる力が出ない。
「すまない、遅れた」
「遅いっての」
ゲイルは裏口から来た為、通常よりは時間がかかる。その間、蕾花が一人で大鎚を相手。
「遅れた分、取り返せよ。この状況、一言で説明すれば最悪だ」
覚者たちは『事前準備』に時間を取られすぎていた。流動的に状況が変化していく所で、ていさつを行い、裏口に回り、警報空間を敷き、全員で足並み揃えて突入する。
その間。子供は覚者を優先に、五名程裏口側に気絶させられ固められている。
ゲイルは鎚を糸で絡め取る。相手の力を相応で、糸を抑えるゲイルの手から、赤いものが垂れた。
「無理すんな獣のにーちゃんよ!」
「ふ、敵から心配されるとはな……俺の縛りから抜けられると思うなよ」
ゲイルと蕾花のすれすれを水の弾丸と、雷の槍が交差した。
弾丸は『月々紅花』環 大和(CL2000477)へ、槍は後衛にいた敵の身体へ、それぞれ蜂の巣を空けていく。
「待ちなさい!」
と言って待つ敵はいない。
大和とトール・T・シュミット(CL2000025)は後衛である水行に接敵していなかった。
故に、自由に動けていた水行は子供を一人抱き抱える。最悪の盾だ。攻撃してくるなと言いたげな男の目線に、大和は返す言葉を持ち合わせていなかったのだが、冷静に次の手に思考を巡らす。
「落ち着いて、落ち着きなさい私」
さてどうする。
相手も子供は欲しいはずだ。下手に殺しはしないだろうが、どう子供を解放させればいいものか。
覚醒し、小さくなった両腕を手前に出し、期待値零の静止を求めたのはトールだ。
「落ち着け。な? 子供達、そっちも欲しいなら殺したら、な?」
「うるせぇ! まずはそこのじじい、妙な動きしたら子供が……分かんだろ??」
『教授』新田・成(CL2000538)は表情を変えないまま、両手を上にあげた。足に、悲愴で濡れた顔を押し付けてくる子供を……今や撫でる事さえ挑発と見做されるであろう。
「僕達、死んじゃうの?」
「……」
「僕達、死んじゃうの」
ワーズワースも声が出なければ、身動きできなければ、扇動できなければ意味は成さない。
成の瞳は、指崎 まこと(CL2000087)を向いた。彼も状況は解っている、突き動かされる衝動のまま苦無を逆手に走り出す。一種の賭けであっただろう、これで子供が傷つくかもしれない。
その頃、『神具狩り』深緋・恋呪郎(CL2000237)と『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は、木行の男を刃で轢いた。
「まずかったの」
「カスがッ!! 暇潰しの相手にもなんねェじゃねえか!!」
剣ごと木行を断ち切った傷跡の数は、全部で八。
血達磨で地面をバウンドしていく木行に瞳を向ける事も無く、刀嗣は、まことと並走し、水行へと向かった。
「そんな事、僕らに効くと思ったのかい?」
「テメェはもっとカスな匂いぷんぷんしやがんな!!」
まことが武器を抑え、刀嗣が斬る。一瞬の視界交差で打ち合わせ終了したものの、
「そっちいったぞ!!」
「二人!! 後ろよ、後ろ!!」
戦場をよく見渡せる位置に居たトールと大和の声に振り向けば、仰向けブリッジの異常な速さで駆けて来る破綻者の姿――。
●
「始めまして、私は神城アニス……フリーの覚者です。以後お見知りおきを」
「フリー? フリーが寄って集って的確に事件発生を察知するなんておかしな話」
咲の薙刀が器用に回転し、円の腹部と左腕が斬れる。ガチンと音がする程、歯を噛んだ円の小太刀が咲の喉元を切り裂いた。
傷を埋め、血液の流出を止め、降り注ぐ癒し。アニスのそれ、回復が途絶えた時が、円の危険の始まり。いや、そうではない。
「弱いのは、罪よ」
喰らい迸る薙刀は、遂に円の心臓を射抜く。と同時、アニスは気づけばもう、駆け出していた。
円が少しだけ後ろを見れば、涙も流し尽くした少女が茫然と立っている。
嗚呼。
「わかるー。いきなり知らない奴が来て連れてくしたら怖いよねー。お願いしてみなよ。ボクら強いんだぜ」
「何を、この状況で。子供も全部殺してしまおうかしら」
咲が刃を抜けば円は地面に崩れる。
横から、蕾花の声が乱入した。
「おまえ、それでも人間かよ」
「……何よ、私には、私には弟しかいないのよこの気持ちもわからないくせに!!」
アニスが駆け寄り、円に覆い被さり血を両手で止めながら咲を見上げた。もう二人は動けないだろう、そう勝手に判断したか。
歩き出す咲。
「貴方を……」
アニスはずぶ濡れの赤い手で彼女の足を掴んだ。最早込み上げる吐き気なんぞアドレナリンがかき消している。
「行かせる訳にはいきませんので!!」
舌打ちが聞こえた、だがアニスの耳には別の音が聞こえた。
「たす、けて、ひつじの、おねえちゃ」
突き動かされた。アニスは咲を止めながら円に回復を与える。正直手いっぱいだった、一切の余裕も無い。
円の指先がぴくりと動き、刃群ひとつを握り直した。
貫通力のある氷弾に子供、神父、向かっていたまことに突き刺さってからの後。細く鋭い神父の五指は、水行の胸を突き刺してから細切れと化すまで切り裂いた。
冷静であったトールは無我夢中に走り出す。遠距離同士とは遠かった、氷弾が撃たれる時に彼はスタートを切っていたものの間に合わなかった。
胸に風穴空けて微動する子供を抱きかかえ、死ぬなと念じながら癒しを請う。純粋にも欲深き癒しへの渇望は、優秀な回復である。
だが生憎。
神父のゆらり奇妙な影が爪を伸ばして振りかぶっていた。
「子供はわたし達が安全な所へ移動させるから安心して」
大和が言っても伝わる確率は、この個体に関しては遥かに低い。
故に爪はトールを切り裂き命を潰―――す前に、まことがトールに覆い被さり、業を引き受ける。
「僕達は、決してあの子供達を辛い目にあわせたりはしない。そのボケた頭に少しでも理性が残っているなら、暴れてないで子供を護りやがれ!!」
七星の内輪揉め如きに。やりきれない思いを叫んだ彼の身体は傷つくばかり。
「……」
それを面白くなさそうに恋呪郎はウルカヌスを構えた。
「先程の質問ですが、大丈夫ですよ。全員助けます。いえ、助かります」
成は言う。
もしかしたらそれは嘘かもしれない。
「お父さんは……?」
「……あとから、きっと追いつきますから。さあ、ここは危ない」
これはもう嘘であった。
水行の敵が爆散死した事をきっかけに、成は自由を得る。気になるのは、神父であるが……上手く、まことが抑えている。
神父は子を襲わない。
だが子に触れる何人は全て殺害対象のようだ。
けれど七星がいる限り争奪は終わらない。
あの咲という女がいつ解き放たれるか、電話の人間がいるくるのか。
歩けない子は歩ける子におぶさって、泣いてる子は泣き止むまで撫でる。唯一気絶していない覚者の子は。
「君には力が有る筈です。皆と一緒に行ってあげてください」
「……うん」
彼は裏口で横たわる少女を見ていた事に、成は気づいた。
「好きなのですね」
「うん。妹なんだ、僕の唯一の家族」
狂い無い無垢な暴力である鎚の回転を、髪の毛が掠める位置で避けた蕾花。カウンター、重量武器の相手は攻撃が終わった時こそ隙がでかい。
瞳の白眼が真っ赤に染まっている蕾花が噛みつき貪り尽くす勢いで苦無を振る。
「あわせろよ!!」
「ああ!!」
ゲイルの指はそれぞれ一本一本が生きているかの如く細やかに動いた。マリオネットでも操作するのか、霊力の淡い光の細糸は鎚を絡めとり四肢から胴体まで蜷局を巻いて自由を奪う。
細すぎる糸の圧力に負け、鎚の男が叫びながらボンレスハムから、血飛沫を。だが相手もここぞとばかりに踏ん張ってきた。力ずくで糸を千切り、死に物狂いの一打をゲイルの頭へ落し、彼の頭が字面とぶつかった。
ニィィと笑った鎚である。察知した大和が雷撃で牽制した瞬間、笑っていた敵の表情が一気にぎろりと大和を剥いた。そうだ、それでいい、こっちにくればゲイルにトドメを刺されずに済む。
「新田教授、子供達のことよろしくお願いします」
呟いてから、前へ出た。だが……大和は途中で歩むの止めた。
「あら、大丈夫そうね」
蕾花が吼えた。
「寝るなよ!!」
「さっきからオーダーがきっついな」
両腕に鞭打ち起き上ったゲイル。顔面血だらけなのは、蕾花もゲイルも同じく。息切れし、肩を揺らす敵。
「なんで」
蕾花が苦無を構え、ゲイルが鎚を封じる。
「なんで」
苦無が胸目掛けて差し込まれた、同時に糸が首に絡んで巻き付いてもう、逃げられない!!
「なんで倒れないんだよおおおおおおお!!」
●
コツ。
「あ」
トールの六感が反応した。
か細く息をする少年の手前、まことがそろそろ限界を迎えそうではある。プラス恋呪郎が加勢したのは心強い。
「面白くないの」
血眼で子を奪おうとする神父に恋呪郎は呟く。誰にも聞こえない音量で。何か心に引っかかるのは恋呪郎だからこそ感じていたものでは無いだろう。どうにかして打開したいこの状況。
大和と成は裏口のほうへと急いだ。大和は子供を揺さぶった、正直焦っていた。
「起きて、お願い! こんな傷ついた状態で無理をいってるのは承知なのだけれど」
成が他の子についていてと、お願いした少年が成と大和の服を掴んだ。泣きそうな顔で、妹を見つめる少年。
「では、君にこの子たちをお願いしましょうかね」
「うん!」
水行、癒しの風が舞う。
子供を起こし、避難を促さなければならない。間に合うか。
いや、間に合わない。
先までの穏やかな瞳はどこへ消えたのか。
「な!?」
円は子供の方へ行こうとする咲の服を掴んで引き戻し、自由なもう一方の刃が咲の腹を貫通させた。
一瞬の出来事に目を丸くさせた咲、更にはアニスが経典の角で頭を精一杯の力でぶん殴る。
「言いましたからね、ここから先は通行止めですって!!」
後ろへよたりと後退する咲。更に大和の雷が咲を襲った。髪の毛が燃え、先っぽが散り散りになったところで額に怒りマークがついた。
「女どもめぇがあぁぁあ!!」
「あら、美容は気にしていたのかしら」
覚者が体勢を立て直した訳ではない。最早円こそ一発でも喰らえば崩れ落ちる必至。そう、これは限界を超えてなお立っている戦士であるのだ。
更に円の後方から跳躍した影。漆黒よりも暗い髪の間から覗く赤い瞳。咲を実践演習のただの通過点と認識したか。
「この際てめぇで我慢してやるから、ちったぁ楽しませろよクソ女ァ!!」
咲を裂く直前、彼女の鼻先の手前で贋作虎徹は時を止め制止した。咲の瞳がゆっくり後ろを向く、同じく刀嗣も奥を見た――瞬間走り出した。
「待ちなさい!! これは過ぎたもの!!」
成は声をあげるも、彼が止まる事は無い。
――裏口が開く。成が杖を抜き、大和が子供を背に隠した。
「まだ、終ってねぇの?」
電話の男は酷く滑稽な姿をしていた。ガスマスクにおおきめのローブ。手にはランタンを持っており中で何かが蠢いている。
大和は、問う。
「貴方、が……黒幕ですか?」
「黒幕? 人聞き悪いねェ。そうそう、お姉さん可愛いね好み」
仕込み刀の切っ先をガスマスクへと向けた成。
その間に、大和が持てるだけの子供を持ち、手伝ってくれた少年も友達を引きずり、後退する。表を目指す。足並みを揃えて、男を刺激しないように。
トールが癒す子を奪われると思われているのか。
「聞く耳も、人間の言葉も忘れた……なんて、言わせない」
まことの瞳が諦める事を知らないように燦然と輝いていた。突く形で飛んできた腕を両腕で掴み、更に爪を口で噛んで頭が貫通するのは防ぐ。だが逆の腕はまことの胸を貫いた。気を許せばただの肉と液体になってしまった水行と同じ運命だろうか。
「よし、もう大丈夫だ。振り向かず走れ!! 絶対戻ってくるな!!」
「わかった」
トールが癒し終えた少年が出口へ向かって走っていく。
ほらあっちへ走って、早く逃げて――。トールは計算した、もうほぼほぼ精神力も使い果たし、体力も少ない味方達。神父を倒すには、力を消費し過ぎたのだ。玉砕覚悟で戦えば、いや、電話の男が危険すぎる。
膝から崩れたまことのすぐ後ろに、恋呪郎が、笑いながら立っていた。
神父の顎が恋呪郎の肩を歯型そのままに齧り取り、咀嚼。
恋呪郎の表情はぴくりとも動かない。
「その『牙』は何のためにある」
爪が恋呪郎の胸に刺さる。
「己の『牙』で、それを傷つけるような真似をするな」
大和に抱えられる子供の一人が。
「帰る場所があるモンが、何時までも逃げてるでない」
神父に両手を伸ばして言う。
「お父……さん」
まだ私達にはお父さんが必要だよ。
「ナリは大きくともヌシも餓鬼じゃな。あまり手間を掛けさせるな」
「嫌な臭いがすんなあ」
ガスマスクの男が首を傾げながら恋呪郎を見た。
走り込んで恋呪郎を切ってしまえば、その発動を止める事も可能である。何より、神父が自分の下に戻るはずも無い、その運命の強制梃入れによって男がなんらかの不利益を被る事は必至。気だるげに『止めるか』と一歩進んだ瞬間。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣だ。ちょっと遊んでいけよ」
「……逢魔ヶ時紫雨」
ここで彼が名乗ったのは、簡単に死ぬだろうと思ったからであった。
刀嗣は迷うこと無く到達、交差し、すれ違う。
抜刀し、男の首を切り抜けたはずだった。だが、男は平然と霧のように抜け、恋呪郎へと向かった。
「無視してんじゃ、ねぇよ」
男は振り返り、刀嗣の背後を指さした。
後ろを振り向く、そこには刀嗣の手首と刀が転がっている。気づいた瞬間、手首から暖かな液体が流れ出ている事に気づく。
「もう斬った」
刹那、腕から胸前までに一直線の傷が開き、血が噴出する。白目を剥いた刀嗣はそのまま前方に倒れた。完全な理不尽な暴力として男は君臨していた、が、その一瞬の猶予で男は奇跡を止める事はできなかった。
愛を忘れる前に。
だが全てが手遅れであった。
子は助かるが父は助からぬ。
それが本来の運命である。
「運命? そんなの変えてやるでな」
中指を立てた。
地響きに地面が揺れる、地震では無く精神の干渉で。恋呪郎を中心に淡く、黒く、透明な光が舞う。自然ではあり得ない風が恋呪郎を中心に蜷局を巻く。
神が描く必然に中指立てる所業。恋呪郎が神父の腕を掴んだ刹那、全て眩い光に包まれた。
●
「私は一体、何をしていた?」
すっかり元の姿を取り戻した神父が居た。彼の手前で恋呪郎は力を使い果たして倒れている。ぽかんと、へたり込むトールを始め、その場にいた全員が何が起こったか理解がすぐにはできない。
「え、なにこれ奇跡?」
「トールさん、恋呪郎さんに回復早く!」
「ああ! 大和さん撤退を!」
「わかってるわ、けど」
とは言え、まだ脅威が去った訳ではない。
咲が後退し、ガスマクスの男の手前で膝ついて頭を下げた。
「も、申し訳……」
「あーあー、収獲はあったしな。伸びてる部下を連れて下がんな」
瀕死のまことが立ち上がり、苦無を逆手に持ち戦意を示した。ここで彼を斬ったとて、また次の壁が立ちはだかるだけであろう。こちらもあちらも一つずつ、霞がかった真相のまだ見えない情報交換した次第だ、プライマイゼロだろう。
代わりに、持っていたランタンを投げつけ斬った。
「古妖、鬼火」
解放された炎が周囲を飲み込む。地面を導火線如く、敵と味方で境界線を引き、辿り、壁を登り天井を燃やしていく。
あっという間に炎の海に飲まれゆく場内で、覚者は子供を抱え、神父に肩を貸しながら避難していく。
よう、新興組織とやら。
逢魔ヶ時は訪れた。
お前等の夜明けは遠い。覚悟しな。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし
