アタック・オブ・ザ・キラーサツマイモ
●
「えらいこっちゃあ……」
農家のナカジマは、畑のあぜ道に鎌を取り落とし、呆然と呟いた。
彼は今、サツマイモ――12月を旬の走りとする、東日本産――の収穫に来ていた。
ナカジマのイモは、彼が長年の研究改良を重ねて完成させた理想の品種だ。
焼いて良し、蒸かして良し、煮ても揚げても良し。秘伝の麹で仕込んだ単式蒸留の芋焼酎にいたっては、言葉を失う美味さ。あらゆる調理法、あらゆる食材に合う、彼の最高傑作なのだ。
あとは収穫を終え、妻と経営する料理店で、温かいイモ料理にして出すだけ――
だったのだが。
「ワシの可愛いイモたちがああああああ!!」
「「イモオオオオオオーーッ!!」」
何ということだろう。
彼のイモたちは一晩にして妖と化し、おぞましい殺人イモへと変貌を遂げていたのだ!
「しまっ……」
「「イモォッ!?」」
悲嘆のあまり声を漏らしてしまったナカジマに、イモ妖が一斉に振り向いた。
ナカジマは思わず口を押さえたが、時すでに遅し。
イモ妖の群れが、蔓でできた手足を振り回しながら、雪崩をうって迫ってきた。
「「イモオオオオオオーーーーーーッ!!」」
「助けてくれえ!」
悲鳴をあげ、逃げるナガジマ。
無論逃げ切れるはずもなく、妖の蔓に雁字がらめにされて彼は死んだ。
●
「……という夢を見た」
久方 相馬(nCL2000004)はいつになくまじめな表情で、参加者たちを見た。
「このままでは妖と化したサツマイモがナカジマさんを殺害し、収穫を控えた他所のイモ畑を滅茶苦茶にしてしまう。そうなる前に彼らを撃破して、元のイモに戻してやってほしい」
イモの妖は計6匹。いずれも生物系で、ランク1とランク2の混成部隊だ。長くて頑丈な芋蔓を人の手足のように動かしながら、移動・攻撃を行ってくる。注意を要する能力などは有していないが、群れての行動を許すと、撃破に少し手間取るかもしれない。
戦いは、ナカジマが妖を畑で目撃した時点からスタート。ナカジマは妖との戦闘が始まれば自分で逃げるので、特段フォローの必要はない。10秒も猶予があれば十分だろう。戦場となる畑は、妖化したイモ以外は収穫を終えているので、派手に暴れても問題ないとのことだ。
なお、妖化が解けて元に戻ったサツマイモは、ナカジマさんの店で料理として振舞ってくれる。焼き芋、スイートポテト、大学芋、芋焼酎……未成年の飲酒はNGだが、リクエストすれば大抵のものは作ってくれるそうだ。
「妖を討伐した後は、イモ料理で一服して戻ってくるといいだろう。ナカジマさんのため、人々の焼きイモのため、頑張ってくれ!」
そう言って、相馬は話を終えた。
「えらいこっちゃあ……」
農家のナカジマは、畑のあぜ道に鎌を取り落とし、呆然と呟いた。
彼は今、サツマイモ――12月を旬の走りとする、東日本産――の収穫に来ていた。
ナカジマのイモは、彼が長年の研究改良を重ねて完成させた理想の品種だ。
焼いて良し、蒸かして良し、煮ても揚げても良し。秘伝の麹で仕込んだ単式蒸留の芋焼酎にいたっては、言葉を失う美味さ。あらゆる調理法、あらゆる食材に合う、彼の最高傑作なのだ。
あとは収穫を終え、妻と経営する料理店で、温かいイモ料理にして出すだけ――
だったのだが。
「ワシの可愛いイモたちがああああああ!!」
「「イモオオオオオオーーッ!!」」
何ということだろう。
彼のイモたちは一晩にして妖と化し、おぞましい殺人イモへと変貌を遂げていたのだ!
「しまっ……」
「「イモォッ!?」」
悲嘆のあまり声を漏らしてしまったナカジマに、イモ妖が一斉に振り向いた。
ナカジマは思わず口を押さえたが、時すでに遅し。
イモ妖の群れが、蔓でできた手足を振り回しながら、雪崩をうって迫ってきた。
「「イモオオオオオオーーーーーーッ!!」」
「助けてくれえ!」
悲鳴をあげ、逃げるナガジマ。
無論逃げ切れるはずもなく、妖の蔓に雁字がらめにされて彼は死んだ。
●
「……という夢を見た」
久方 相馬(nCL2000004)はいつになくまじめな表情で、参加者たちを見た。
「このままでは妖と化したサツマイモがナカジマさんを殺害し、収穫を控えた他所のイモ畑を滅茶苦茶にしてしまう。そうなる前に彼らを撃破して、元のイモに戻してやってほしい」
イモの妖は計6匹。いずれも生物系で、ランク1とランク2の混成部隊だ。長くて頑丈な芋蔓を人の手足のように動かしながら、移動・攻撃を行ってくる。注意を要する能力などは有していないが、群れての行動を許すと、撃破に少し手間取るかもしれない。
戦いは、ナカジマが妖を畑で目撃した時点からスタート。ナカジマは妖との戦闘が始まれば自分で逃げるので、特段フォローの必要はない。10秒も猶予があれば十分だろう。戦場となる畑は、妖化したイモ以外は収穫を終えているので、派手に暴れても問題ないとのことだ。
なお、妖化が解けて元に戻ったサツマイモは、ナカジマさんの店で料理として振舞ってくれる。焼き芋、スイートポテト、大学芋、芋焼酎……未成年の飲酒はNGだが、リクエストすれば大抵のものは作ってくれるそうだ。
「妖を討伐した後は、イモ料理で一服して戻ってくるといいだろう。ナカジマさんのため、人々の焼きイモのため、頑張ってくれ!」
そう言って、相馬は話を終えた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.サツマイモ料理を楽しむ
3.ナカジマの生存
2.サツマイモ料理を楽しむ
3.ナカジマの生存
この依頼は、戦闘パートと食事パートの2つで構成されます。
活躍したいパートの指定があれば、そちらを重点的に描写させていただきます。
●ロケーション
40×40メートルの畑(耕作地)が舞台となります。時刻は早朝、晴天です。
妖は畑の中央辺り、ナカジマは妖から20メートルほど離れたあぜ道にいます。
戦場となる畑は無人の休耕地ですので、派手に暴れても問題ありません。
戦いが終わった後は、ナカジマが店でイモ料理を振舞ってくれます。
リクエストの料理があれば、プレイングにお書き下さい。
※未成年の飲酒喫煙はNGです
●敵
キラーサツマイモ × 6
種類:いずれも生物系
ランク1:5匹
ランク2:1匹
イモ農家のナカジマが育てたサツマイモが妖化したもの。
人間の手足を模した蔓草を動かし、遠近織り交ぜたスタイルで戦います。
特筆する能力などは有していませんが、そこそこ頭数が揃っていますので、
油断していると討伐に手間取る恐れがあります。
・攻撃
ランク1
投石:物遠単
薙ぎ払い:物近列
ランク2
投石:物遠単
締め付け:物近単(鈍化)
突き刺し:物近貫2(100%・50%・―)
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
7/8
公開日
2016年12月28日
2016年12月28日
■メイン参加者 7人■

●
「危なかったですね。怪我はありませんか?」
「だ……大丈夫だ。ありがとう」
朝日が照る畑のあぜ道で、黒髪の少女『中学生』菊坂 結鹿(CL2000603)は、息を切らすナカジマの肩をぽんと叩いた。結鹿とその仲間達の助けで、彼は死を逃れることが出来たのだった。
「後はわたし達FiVEに任せてください。妖はきっちり倒しますから!」
胸を張ってナカジマを勇気づける結鹿に、
「菊坂さーん! 加勢を頼みます!」
『スーパー事務員』田中 倖(CL2001407)が畑で呼ぶのが聞こえる。結鹿たちの仕事は、ここからが本番だ。
「くらえ!!」
ズシイィィン
「イモオォォォ!!」
畑からは轟音と共に火柱が立ち昇り、妖が煙を上げて吹き飛んでいる。
『スポーティー探偵』華神 悠乃(CL2000231)の炎柱による攻撃だ。
「ナカジマさん。安全になるまで、ここを動かないで下さいね」
結鹿はそう言い残すと、銀色に変じた髪をなびかせ、畑へと駆けて行った。
●
改めて、戦況を解説しておこう。
覚者とイモ妖、彼我の数差は7対6。頭数はほぼ拮抗した状態といえる。
隊形は、覚者側が前衛4、中衛2、後衛1。対する妖は6匹全て前衛だ。
『敗北の可能性は皆無。ただし殲滅には手間取る恐れあり』
それが、出発前にFiVEが弾き出した予想だった。
しかし――
「おいしい食事はひとを幸せにするッ!」
突き刺すような悠乃の豪炎撃が、
「良質な食材を提供する方は、人類の宝! にもかかわらず、丹精込めて育てられた恩を忘れるかのような妖化ッッッ!!」
イモ妖の腕といわず胴といわず、
「こいつはメチャゆるさんよなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
あらゆる部位を打ち砕いて――
「イ……イモオオオーッ!」
早くも1匹を消滅させる。
さらに続いて、
「美味しく食べてあげるから、観念するッス!」
『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)の破眼光が空気を切り裂き、妖を蜂の巣にした。
あえて食事を抜いて戦いに臨んだ故か、その迫力は鬼気迫るものがある。
「わざわざ固まってくれるとは有難い。始末の手間が省ける」
そこへ、『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)の雷獣が敵の前列を薙ぎ払う。
雷撃で吹き上がる土煙に巻き込まれ、妖たちが悲鳴を上げて宙を踊った。
「念を込めて殺ってやるぜー! おいしくなーれ!」
さらに新咎 罪次(CL2001224)の隆神槍と、
「さあ、美味しい焼き芋のための礎になってください!」
『Overdrive』片桐・美久(CL2001026)が、両刃剣KIMIHIKOを手に、妖を地烈で切り裂く。
「イモォ!」「イモォ!」「イモォ!」
焼かれ、貫かれ、打たれ、突かれ、斬られ……
およそ反撃らしい反撃も出来ぬまま、妖たちは瞬く間に窮地に追い込まれた。
「どうやら、完全に僕たちのペースですね」
鋭刃脚で妖を切り裂きながら、倖が呟く。
(嬉しい誤算でした。皆さん、ここまでやる気とは)
倖の誤算。それは仲間の戦意が――食い物の恨みは何とやら――尋常でなく高かったことだ。
能面のごとき表情で、一切容赦せずに妖を攻めている悠乃。
眉ひとつ動かさず、捕縛蔓で捕えた妖をなます切りにする美久。
舞子に至っては、妖を見つめる目つきが、完全に飢えた獣のそれだ。
対する妖は気迫に呑まれ、完全に浮足立っている。
「いけそうです。押し込みますか?」
頃合いと見た倖が、エネミースキャンの結果を仲間達に告げる。
足並みを乱した敵陣へ、火力全開での力押し。
スマートなやり方とは言い難いが、今の状況ならこれが一番確実だろう。
「腹へったッス……もう飢え死にしそうッス……」
「なんでもいいぜー! ウマいなら!!」
「わたし、沢山お料理したいです。レモン煮に羊羹、グラタンに大学芋に、それから」
「……愚問だったようですね」
かぶりを振る倖の横から、結鹿が敵陣へ切り込んだ。
「美味しいお料理になってもらいます!」
結鹿の蒼龍が、瀕死の妖を重突で薙ぎ払い、イモ妖はリーダー格の1匹を残して消滅。
寸暇をおかず、最後の1匹めがけて覚者の攻撃が殺到した。
「イ……イモオオォォォォ!!」
美久の斬・一の構えがトドメとなり、断末魔の叫びと共に妖は消滅。
妖の群れが食材の芋へと戻るのに、40秒とかからなかった。
「うぅ、いっぱい動いたらお腹が空きました」
腹をさする美久の足下には、6本の芋がもの言わぬ姿で転がっていた。
●
助けてくれたお礼にと案内されたナカジマの料理屋は、小さいながらもこざっぱりとした店だった。
「両慈さん! お芋料理、すっごく楽しみですね!」
「……ああ、そうだな」
上背のある悠乃に手を引かれながら、両慈は店へと入った。
(悠乃の笑顔につられて、まさか食事まで……! 俺もまだまだ甘いな)
とはいえ、恋人の笑顔の前では後悔などあるはずもない。
残る面子も、各々が案内された席に着いて、ほっとくつろぎの息をつく。
「どうぞ、おしぼりです」
「どうもッス! ……あれ?」
舞子は店員から受け取ったおしぼりを配ろうとして、ふと数が合わないことに気がついた。
「菊坂さん、どこに行ったッスか?」
「彼女なら、厨房だと思いますよ」
辺りを見回す舞子に、美久がメニューから顔を上げて答えた。何でも結鹿は、戦いが終わって店に向かう途中、店の厨房で料理をしたいと言ったらしい。
『このお芋で何か作りたいんです。厚かましいのは承知ですが、お願いします!』
料理人が無関係の人間に厨房を貸すことは、普通ない。
だが結鹿は、洋菓子店のカフェ手伝い。どうしても料理人の血が騒いでしまう。
ナカジマもそんな彼女の熱意に押されたのか、
「いいよ、恩人の頼みだ。休業日で人もいないし、遠慮なく使ってくれ」
そう言って快く応じてくれたという。
「そうだったんスか。何が出てくるか楽しみッス」
「失礼します。ご注文はお決まりですか?」
噂をすれば何とやら、ナカジマが注文を取りに来た。
純白のコックコートに着替えた彼は、態度も店の主人のそれに切り替わっている。
「はーい! 私、さつまいものバター焼きとさつまいもドリンクがいいッス!」
目を輝かせて言う舞子に続いて、他の面子も思い思いの品を注文する。
「私と両慈さんは、芋焼酎の辛口とおつまみ。それと――」
最後に、悠乃がそっと言い添えた。
「芋の天ぷら……円柱みたいな大きいやつなんですけど、できますか? 銀座の……」
「ははあ、『あれ』ですか。分かりました、やってみましょう」
「やった! お願いします! あっ、それとナカジマさん!」
悠乃の声に、ナカジマが振り返る。
「私のお好みで終わるわけにはいかないのです。あなたの最も推す料理をいただきませんと!」
「やれやれ……悠乃は相当気に入ったようだな。俺からも頼む、出来るか?」
「かしこまりました。では、後ほどお持ちいたします」
ナカジマは一礼して、カウンター奥の厨房へと下がっていった。
●
それから程なくして――
「いただきまーす」
一同は、運ばれてきた料理に手を合わせた。
「バター焼きとさつまいもドリンク! 待ってましたー、ッス!」
舞子が頼んだのは、サツマイモのバター焼き。
一口サイズにカットした芋をバターで焼き、砂糖をさっと絡めたおやつで、シンプルながら一度食べ始めると手が止まらない、病み付きになる美味さだ。
「いやー、空きっ腹には応える味ッスねえ!」
舞子はバター焼きをつまんで口に放り込み、さつまいもドリンクで喉を潤した。こちらは芋と甘酒をミキサーで混合し、暖めた飲み物だ。砂糖などは一切使っていないが、その味は煮詰めた飴のようにねっとりと濃厚で、甘い。
(いいッスねえ……まさに極楽、パラダイスってやつッスねえ……)
舞子が満悦の溜息をついたところへ、結鹿が料理を運んで戻ってきた。
「お待たせしました。皆さんのお口に合うと嬉しいのですが……」
結鹿が作ったのは、さつまいもを使った餅とチーズケーキ。
焦げた表面がぷくーっと膨らむ餅は、芋とチーズを練りこんで焼いてある。
黄金色が艶かしいチーズケーキは、スイートポテトにスライスチーズを加えて作ったものだ。
どれどれと手を伸ばす仲間と一緒に、結鹿も料理を皿に取り、
(うん。自分で作って言うのも何ですけど、すごく美味しいです!)
一口食べて満面の笑みを浮かべる。
一方、悠乃と両慈のふたりはといえば、
「一献どうぞ、両慈さん」
「ん、酌をしてくれるのか? 悠乃」
悠乃がにっこりと微笑み、首肯する。
「そうか。では、甘えさせてもらおう」
「はい、どうぞ」
悠乃は、両慈の掲げるぐい飲みに、そっと焼酎を注いだ。
「……美味い」
つまみに頼んだ薩摩揚げの炙りを突きつつ、ぐい飲みを煽る両慈。
固い氷が溶けるような両慈の笑みに、思わず悠乃の胸が熱くなった。
酒を飲む姿が、実に様になっている。
「いい酒だ。悠乃と飲むともっと美味い」
「ふふ……」
幸せのあまり、杯を交わす悠乃の口から声が漏れる。
ゆっくり流れる恋人との時間を、心から楽しんでいるようだ。
そんな彼女の隣では、罪次がふかし芋に舌鼓を打っている。
「うめー……マジうめー」
普段は笑顔を絶やさない罪次だが、今は真剣そのものの表情だ。一口一口を噛み締めるように食べながら、味の感想を述べてゆく。
「程よく甘くて食べやすくてでも無個性ってわけじゃねえ。長年の研究と品種改良の成果が感じられる、奥行きのある自然な甘みで……」
一呼吸おいて、
「コレがナカジマさんのたどり着いた答え……めちゃおいしー!」
ぱっ、と罪次の顔に笑みが咲く。弱い内臓に負担をかけぬよう、ふかし芋の塩を天ぷらにまぶして齧りつつ、向かいの美久に目をやると――
(ありゃ? 片桐がいねーぞ?)
先ほどまでいたはずの、美久の姿がなかった。
どこに行ったかと見回せば、カウンター越しに、ナカジマの料理姿をじっと見ている。
(油いっぱい使う料理はまだ上手に出来ないから、コツがあれば覚えて帰りたいな)
美久は、自分が注文したコロッケが出来るところを、一から見たかったのだ。
技は見て盗むもの。美久はナカジマの許可を得て、彼の一連の動きを真剣に観察する。
「油の温度は、あまり高くしないんですね」
「天ぷらと違って、コロッケはタネに火を通してから揚げるからね。サッと揚げてお終いなんだ」
料理をジャマしないよう質問する美久に、ナカジマはぽつぽつと答えを返す。
作業に集中しているからか、口調は普段のものに戻っていた。
「コツは、成形の段階でタネをしっかり圧着することかな。こうやって……」
サツマイモで作った黄色いタネを手に乗せて、ナカジマは成形の手順を実演する。
「なるほど。形を整えるというより、潰す要領ですね」
「ああ。これをしないと、油の熱で中の空気が膨張して、コロッケが破裂するんだ」
俵型のタネを油で揚げながら、ナカジマはコツをあれこれと伝えていった。
天ぷらとフライでは油の用途が違うこと、油温の測り方と目安、一度に入れる具材の量……
だが無情にも、話はこれからという時にコロッケが揚がってしまった。
(うう……もう少し話を聞きたかったのに)
落胆に肩を落とす美久。
「はい出来たよ、お待ちどう!」
「ありがとうございます。……あれ?」
ナカジマから膳を受け取ると、端に小さなメモ帳が乗っている。
表題は「サツマイモ、油料理のコツ」。ナカジマが綴ったものらしい。
「覚者さんの料理、いつかご馳走してくれよ! 楽しみにしてるぞ!」
「あ……ありがとうございます!」
席に戻った美久は、均整の取れたコロッケを眺め、ぱくりと口に入れた。
「さくさくのふわふわです……おじさん、とっても美味しいです!」
美久の顔から、笑みがこぼれる。出来立ての熱々を頬張る幸せは、何者にも変え難い。
そんな美久の隣では、倖が料理に舌鼓を打っていた。
注文したのはシンプルなスイートポテトパイ。こんがり焼けたきつね色の生地が食欲をそそる。
「うん、期待通り……いえ、期待以上です」
掴んだパイをハグリと噛んで、倖は頷く。
「最低限の混ぜ物でこれだけのコク、パイ生地と一緒に味わっても損なわれないしっとり感、餡のような甘味……素晴らしいです」
倖は芋天に手を伸ばした。天ぷらが盛られた皿の横には、飴色のラム酒が瓶に入って添えられている。
まずは、そのまま一切れ。
「パイの中身とは違って、ホクホクした食感が嬉しいですね。熟成した芋の持ち味を、損なうことなく引き出している」
お次はラムをそっと振りかけ、食べてみる。
「あまりお酒は強くないのですが……どんな味なのでしょう」
恐る恐る口に入れた途端、倖はその味わいに言葉を失った。
刺々しさの抜けた芳醇なラムの香りを、芋の濃厚な甘さがそっと追いかけてくる。
「これは良い。幾つでも手が出てしまいそうです」
思いもしない組み合わせに、倖の頬が思わず緩んだ。
「ああ、いけない。どうやら少し酔いが……」
軽く額を押さえる倖を、両慈が心配そうに覗き込む。
「大丈夫か? ラムは強いからな」
「何とか。それにしても、天明さんはお酒に強いですね」
「ラムより度が低いからな、こいつは」
「いいなーお酒。おいしそー。オレも早く飲めるようになりてーなー」
酒談義に華を咲かせる倖と両慈を、罪次が羨ましそうに眺めていた。
●
宴もたけなわになった頃、ナカジマが悠乃の天ぷらを運んできた。
「お待たせしました。どうぞ」
「わあっ。これです、これ!」
メインディッシュの到着に、悠乃は目を輝かせた。
物珍しい料理に、周りの視線も集まってくる。
「へえ~、面白い形ッスね。ドラム缶を丸ごと揚げたみたいッス」
デンッと鎮座する芋の柱に、舞子は首を傾げた。
「どうやって食べるんスか、コレ? 丸かじり……じゃ、ないッスよね?」
「それはですねー」
悠乃はナイフで柱を縦に割り、片割れをごろんと皿に転がした。
断面の黄金色から湯気が立ち昇り、おおっという声が周りから上がる。
「田中さん、ラム酒を少し貰えますか?」
「どうぞ。かけすぎには注意ですよ」
断面にラムを振りかけると、甘い香りの混じった湯気が、悠乃の鼻をくすぐった。
「うん……美味しい。もうね、ほんと幸せです」
一口食べて、陶然とした表情で微笑む悠乃。
その斜向かいでは、美久がラムの匂いに目を白黒させていた。
注文したモンブランをスプーンで掬いつつ、目は悠乃の天ぷらに奪われている。
「何と言うか……凄いですね。香りだけで酔いそうです」
ラムはスイーツで活躍することの多い蒸留酒だ。モンブランの中にもラムを用いたものは多い。
「スイートポテトのサツマイモアイスがけ! これならいっぱい楽しめて迷わないー!」
そんな美久の向かいでは、ほくほく顔の罪次がアイスをスイートポテトにかけて食べていた。
溶けたアイスがちょうど良い水気となって、ぽくぽくした芋を喉に流し込んでくれる。
「えへ。ありがとナカジマさん!」
罪次はすっかり満腹したようだ。
一方、悠乃と両慈は――
「両慈さんもどうぞ。はい、あーん」
「なんだ悠乃、もう酔ったのか? まったく……」
言葉とは裏腹に、悪くなさそうな表情で芋天を頬張る両慈。
「なるほど、これはいいな。甘いものが苦手な俺でも……ん?」
両慈はふと、悠乃の物欲しそうな視線を感じた。
「やれやれ。交代でだぞ」
「うふふ。『あーん』ですよ、『あーん』」
「なにっ……」
気がつけば、周囲の注目を浴びていることに気づき、両慈の顔も赤くなる。
(悠乃のやつ、まさか酔ったのか? 皆の前だというのに、随分と大胆だな)
面食らった両慈だったが、悠乃にまっすぐ見つめられ、覚悟を決めた。
「……悠乃、あーん」
「はーい、あーん♪」
幸せの極まった顔で、悠乃は両慈の差し出す天ぷらを食べた。
「ふふふ。両慈さん、私幸せです」
「そうか。俺も、お前の笑顔が見られて幸せだ」
「両慈さん……」
「悠乃……」
「あのー、華神さん。お待ちかねのアレが出来たみたいッスよ」
舞子の声が、悠乃と両慈を現実に引き戻す。
「あっ、ほ、ほんと?」
アレといえば、悠乃が天ぷらと一緒に頼んだ「ナカジマいち推しの料理」だ。
「お待たせしました」
盆に載ってやってきた、いち推しの料理。
それはなんと――ソフトクリームだった。
薄黄色の冷えたクリームからは、花のような匂いがうっすら漂っている。
「これが……」
「はい。どうぞ召し上がってみて下さい」
悠乃はそっとコーンを掴み、表面を軽く舐めてみると――
その味は、芋であって芋ではなかった。芋が持つ、独特の土臭さが全くない。
清楚な香りが心地よい余韻となり、酒の入った頭が冴え渡るのがはっきりと分かった。
目が覚めたような悠乃の表情を見て、両慈はふっと微笑する。
「なるほどな」
恐らくナカジマは、悠乃が酒を飲み慣れていないことに気付いたのだろう。
そこで、酔い気味になった悠乃のために、この料理を作ったのだ。
(ありがとう。締めに相応しい料理だった)
両慈はナカジマにそっと感謝を捧げた。
●
「ごちそうさまでした!」
程なくして食事を終えた一行は、簡単な後片付けを手伝い、店を後にした。
妖を倒し、ナカジマは生還。芋料理も思う存分堪能した。文句なしの成功だ。
「いやー美味しかったッスねえ」
「暴れた! ウマかった! 楽しかった!」
「帰ったら早速、思いついたレシピをメモしておかなくちゃ」
思い思いの言葉を口にしつつ、帰路を行く覚者たち。
こうして7人は、無事FiVEへと帰還したのだった。
「危なかったですね。怪我はありませんか?」
「だ……大丈夫だ。ありがとう」
朝日が照る畑のあぜ道で、黒髪の少女『中学生』菊坂 結鹿(CL2000603)は、息を切らすナカジマの肩をぽんと叩いた。結鹿とその仲間達の助けで、彼は死を逃れることが出来たのだった。
「後はわたし達FiVEに任せてください。妖はきっちり倒しますから!」
胸を張ってナカジマを勇気づける結鹿に、
「菊坂さーん! 加勢を頼みます!」
『スーパー事務員』田中 倖(CL2001407)が畑で呼ぶのが聞こえる。結鹿たちの仕事は、ここからが本番だ。
「くらえ!!」
ズシイィィン
「イモオォォォ!!」
畑からは轟音と共に火柱が立ち昇り、妖が煙を上げて吹き飛んでいる。
『スポーティー探偵』華神 悠乃(CL2000231)の炎柱による攻撃だ。
「ナカジマさん。安全になるまで、ここを動かないで下さいね」
結鹿はそう言い残すと、銀色に変じた髪をなびかせ、畑へと駆けて行った。
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改めて、戦況を解説しておこう。
覚者とイモ妖、彼我の数差は7対6。頭数はほぼ拮抗した状態といえる。
隊形は、覚者側が前衛4、中衛2、後衛1。対する妖は6匹全て前衛だ。
『敗北の可能性は皆無。ただし殲滅には手間取る恐れあり』
それが、出発前にFiVEが弾き出した予想だった。
しかし――
「おいしい食事はひとを幸せにするッ!」
突き刺すような悠乃の豪炎撃が、
「良質な食材を提供する方は、人類の宝! にもかかわらず、丹精込めて育てられた恩を忘れるかのような妖化ッッッ!!」
イモ妖の腕といわず胴といわず、
「こいつはメチャゆるさんよなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
あらゆる部位を打ち砕いて――
「イ……イモオオオーッ!」
早くも1匹を消滅させる。
さらに続いて、
「美味しく食べてあげるから、観念するッス!」
『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)の破眼光が空気を切り裂き、妖を蜂の巣にした。
あえて食事を抜いて戦いに臨んだ故か、その迫力は鬼気迫るものがある。
「わざわざ固まってくれるとは有難い。始末の手間が省ける」
そこへ、『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)の雷獣が敵の前列を薙ぎ払う。
雷撃で吹き上がる土煙に巻き込まれ、妖たちが悲鳴を上げて宙を踊った。
「念を込めて殺ってやるぜー! おいしくなーれ!」
さらに新咎 罪次(CL2001224)の隆神槍と、
「さあ、美味しい焼き芋のための礎になってください!」
『Overdrive』片桐・美久(CL2001026)が、両刃剣KIMIHIKOを手に、妖を地烈で切り裂く。
「イモォ!」「イモォ!」「イモォ!」
焼かれ、貫かれ、打たれ、突かれ、斬られ……
およそ反撃らしい反撃も出来ぬまま、妖たちは瞬く間に窮地に追い込まれた。
「どうやら、完全に僕たちのペースですね」
鋭刃脚で妖を切り裂きながら、倖が呟く。
(嬉しい誤算でした。皆さん、ここまでやる気とは)
倖の誤算。それは仲間の戦意が――食い物の恨みは何とやら――尋常でなく高かったことだ。
能面のごとき表情で、一切容赦せずに妖を攻めている悠乃。
眉ひとつ動かさず、捕縛蔓で捕えた妖をなます切りにする美久。
舞子に至っては、妖を見つめる目つきが、完全に飢えた獣のそれだ。
対する妖は気迫に呑まれ、完全に浮足立っている。
「いけそうです。押し込みますか?」
頃合いと見た倖が、エネミースキャンの結果を仲間達に告げる。
足並みを乱した敵陣へ、火力全開での力押し。
スマートなやり方とは言い難いが、今の状況ならこれが一番確実だろう。
「腹へったッス……もう飢え死にしそうッス……」
「なんでもいいぜー! ウマいなら!!」
「わたし、沢山お料理したいです。レモン煮に羊羹、グラタンに大学芋に、それから」
「……愚問だったようですね」
かぶりを振る倖の横から、結鹿が敵陣へ切り込んだ。
「美味しいお料理になってもらいます!」
結鹿の蒼龍が、瀕死の妖を重突で薙ぎ払い、イモ妖はリーダー格の1匹を残して消滅。
寸暇をおかず、最後の1匹めがけて覚者の攻撃が殺到した。
「イ……イモオオォォォォ!!」
美久の斬・一の構えがトドメとなり、断末魔の叫びと共に妖は消滅。
妖の群れが食材の芋へと戻るのに、40秒とかからなかった。
「うぅ、いっぱい動いたらお腹が空きました」
腹をさする美久の足下には、6本の芋がもの言わぬ姿で転がっていた。
●
助けてくれたお礼にと案内されたナカジマの料理屋は、小さいながらもこざっぱりとした店だった。
「両慈さん! お芋料理、すっごく楽しみですね!」
「……ああ、そうだな」
上背のある悠乃に手を引かれながら、両慈は店へと入った。
(悠乃の笑顔につられて、まさか食事まで……! 俺もまだまだ甘いな)
とはいえ、恋人の笑顔の前では後悔などあるはずもない。
残る面子も、各々が案内された席に着いて、ほっとくつろぎの息をつく。
「どうぞ、おしぼりです」
「どうもッス! ……あれ?」
舞子は店員から受け取ったおしぼりを配ろうとして、ふと数が合わないことに気がついた。
「菊坂さん、どこに行ったッスか?」
「彼女なら、厨房だと思いますよ」
辺りを見回す舞子に、美久がメニューから顔を上げて答えた。何でも結鹿は、戦いが終わって店に向かう途中、店の厨房で料理をしたいと言ったらしい。
『このお芋で何か作りたいんです。厚かましいのは承知ですが、お願いします!』
料理人が無関係の人間に厨房を貸すことは、普通ない。
だが結鹿は、洋菓子店のカフェ手伝い。どうしても料理人の血が騒いでしまう。
ナカジマもそんな彼女の熱意に押されたのか、
「いいよ、恩人の頼みだ。休業日で人もいないし、遠慮なく使ってくれ」
そう言って快く応じてくれたという。
「そうだったんスか。何が出てくるか楽しみッス」
「失礼します。ご注文はお決まりですか?」
噂をすれば何とやら、ナカジマが注文を取りに来た。
純白のコックコートに着替えた彼は、態度も店の主人のそれに切り替わっている。
「はーい! 私、さつまいものバター焼きとさつまいもドリンクがいいッス!」
目を輝かせて言う舞子に続いて、他の面子も思い思いの品を注文する。
「私と両慈さんは、芋焼酎の辛口とおつまみ。それと――」
最後に、悠乃がそっと言い添えた。
「芋の天ぷら……円柱みたいな大きいやつなんですけど、できますか? 銀座の……」
「ははあ、『あれ』ですか。分かりました、やってみましょう」
「やった! お願いします! あっ、それとナカジマさん!」
悠乃の声に、ナカジマが振り返る。
「私のお好みで終わるわけにはいかないのです。あなたの最も推す料理をいただきませんと!」
「やれやれ……悠乃は相当気に入ったようだな。俺からも頼む、出来るか?」
「かしこまりました。では、後ほどお持ちいたします」
ナカジマは一礼して、カウンター奥の厨房へと下がっていった。
●
それから程なくして――
「いただきまーす」
一同は、運ばれてきた料理に手を合わせた。
「バター焼きとさつまいもドリンク! 待ってましたー、ッス!」
舞子が頼んだのは、サツマイモのバター焼き。
一口サイズにカットした芋をバターで焼き、砂糖をさっと絡めたおやつで、シンプルながら一度食べ始めると手が止まらない、病み付きになる美味さだ。
「いやー、空きっ腹には応える味ッスねえ!」
舞子はバター焼きをつまんで口に放り込み、さつまいもドリンクで喉を潤した。こちらは芋と甘酒をミキサーで混合し、暖めた飲み物だ。砂糖などは一切使っていないが、その味は煮詰めた飴のようにねっとりと濃厚で、甘い。
(いいッスねえ……まさに極楽、パラダイスってやつッスねえ……)
舞子が満悦の溜息をついたところへ、結鹿が料理を運んで戻ってきた。
「お待たせしました。皆さんのお口に合うと嬉しいのですが……」
結鹿が作ったのは、さつまいもを使った餅とチーズケーキ。
焦げた表面がぷくーっと膨らむ餅は、芋とチーズを練りこんで焼いてある。
黄金色が艶かしいチーズケーキは、スイートポテトにスライスチーズを加えて作ったものだ。
どれどれと手を伸ばす仲間と一緒に、結鹿も料理を皿に取り、
(うん。自分で作って言うのも何ですけど、すごく美味しいです!)
一口食べて満面の笑みを浮かべる。
一方、悠乃と両慈のふたりはといえば、
「一献どうぞ、両慈さん」
「ん、酌をしてくれるのか? 悠乃」
悠乃がにっこりと微笑み、首肯する。
「そうか。では、甘えさせてもらおう」
「はい、どうぞ」
悠乃は、両慈の掲げるぐい飲みに、そっと焼酎を注いだ。
「……美味い」
つまみに頼んだ薩摩揚げの炙りを突きつつ、ぐい飲みを煽る両慈。
固い氷が溶けるような両慈の笑みに、思わず悠乃の胸が熱くなった。
酒を飲む姿が、実に様になっている。
「いい酒だ。悠乃と飲むともっと美味い」
「ふふ……」
幸せのあまり、杯を交わす悠乃の口から声が漏れる。
ゆっくり流れる恋人との時間を、心から楽しんでいるようだ。
そんな彼女の隣では、罪次がふかし芋に舌鼓を打っている。
「うめー……マジうめー」
普段は笑顔を絶やさない罪次だが、今は真剣そのものの表情だ。一口一口を噛み締めるように食べながら、味の感想を述べてゆく。
「程よく甘くて食べやすくてでも無個性ってわけじゃねえ。長年の研究と品種改良の成果が感じられる、奥行きのある自然な甘みで……」
一呼吸おいて、
「コレがナカジマさんのたどり着いた答え……めちゃおいしー!」
ぱっ、と罪次の顔に笑みが咲く。弱い内臓に負担をかけぬよう、ふかし芋の塩を天ぷらにまぶして齧りつつ、向かいの美久に目をやると――
(ありゃ? 片桐がいねーぞ?)
先ほどまでいたはずの、美久の姿がなかった。
どこに行ったかと見回せば、カウンター越しに、ナカジマの料理姿をじっと見ている。
(油いっぱい使う料理はまだ上手に出来ないから、コツがあれば覚えて帰りたいな)
美久は、自分が注文したコロッケが出来るところを、一から見たかったのだ。
技は見て盗むもの。美久はナカジマの許可を得て、彼の一連の動きを真剣に観察する。
「油の温度は、あまり高くしないんですね」
「天ぷらと違って、コロッケはタネに火を通してから揚げるからね。サッと揚げてお終いなんだ」
料理をジャマしないよう質問する美久に、ナカジマはぽつぽつと答えを返す。
作業に集中しているからか、口調は普段のものに戻っていた。
「コツは、成形の段階でタネをしっかり圧着することかな。こうやって……」
サツマイモで作った黄色いタネを手に乗せて、ナカジマは成形の手順を実演する。
「なるほど。形を整えるというより、潰す要領ですね」
「ああ。これをしないと、油の熱で中の空気が膨張して、コロッケが破裂するんだ」
俵型のタネを油で揚げながら、ナカジマはコツをあれこれと伝えていった。
天ぷらとフライでは油の用途が違うこと、油温の測り方と目安、一度に入れる具材の量……
だが無情にも、話はこれからという時にコロッケが揚がってしまった。
(うう……もう少し話を聞きたかったのに)
落胆に肩を落とす美久。
「はい出来たよ、お待ちどう!」
「ありがとうございます。……あれ?」
ナカジマから膳を受け取ると、端に小さなメモ帳が乗っている。
表題は「サツマイモ、油料理のコツ」。ナカジマが綴ったものらしい。
「覚者さんの料理、いつかご馳走してくれよ! 楽しみにしてるぞ!」
「あ……ありがとうございます!」
席に戻った美久は、均整の取れたコロッケを眺め、ぱくりと口に入れた。
「さくさくのふわふわです……おじさん、とっても美味しいです!」
美久の顔から、笑みがこぼれる。出来立ての熱々を頬張る幸せは、何者にも変え難い。
そんな美久の隣では、倖が料理に舌鼓を打っていた。
注文したのはシンプルなスイートポテトパイ。こんがり焼けたきつね色の生地が食欲をそそる。
「うん、期待通り……いえ、期待以上です」
掴んだパイをハグリと噛んで、倖は頷く。
「最低限の混ぜ物でこれだけのコク、パイ生地と一緒に味わっても損なわれないしっとり感、餡のような甘味……素晴らしいです」
倖は芋天に手を伸ばした。天ぷらが盛られた皿の横には、飴色のラム酒が瓶に入って添えられている。
まずは、そのまま一切れ。
「パイの中身とは違って、ホクホクした食感が嬉しいですね。熟成した芋の持ち味を、損なうことなく引き出している」
お次はラムをそっと振りかけ、食べてみる。
「あまりお酒は強くないのですが……どんな味なのでしょう」
恐る恐る口に入れた途端、倖はその味わいに言葉を失った。
刺々しさの抜けた芳醇なラムの香りを、芋の濃厚な甘さがそっと追いかけてくる。
「これは良い。幾つでも手が出てしまいそうです」
思いもしない組み合わせに、倖の頬が思わず緩んだ。
「ああ、いけない。どうやら少し酔いが……」
軽く額を押さえる倖を、両慈が心配そうに覗き込む。
「大丈夫か? ラムは強いからな」
「何とか。それにしても、天明さんはお酒に強いですね」
「ラムより度が低いからな、こいつは」
「いいなーお酒。おいしそー。オレも早く飲めるようになりてーなー」
酒談義に華を咲かせる倖と両慈を、罪次が羨ましそうに眺めていた。
●
宴もたけなわになった頃、ナカジマが悠乃の天ぷらを運んできた。
「お待たせしました。どうぞ」
「わあっ。これです、これ!」
メインディッシュの到着に、悠乃は目を輝かせた。
物珍しい料理に、周りの視線も集まってくる。
「へえ~、面白い形ッスね。ドラム缶を丸ごと揚げたみたいッス」
デンッと鎮座する芋の柱に、舞子は首を傾げた。
「どうやって食べるんスか、コレ? 丸かじり……じゃ、ないッスよね?」
「それはですねー」
悠乃はナイフで柱を縦に割り、片割れをごろんと皿に転がした。
断面の黄金色から湯気が立ち昇り、おおっという声が周りから上がる。
「田中さん、ラム酒を少し貰えますか?」
「どうぞ。かけすぎには注意ですよ」
断面にラムを振りかけると、甘い香りの混じった湯気が、悠乃の鼻をくすぐった。
「うん……美味しい。もうね、ほんと幸せです」
一口食べて、陶然とした表情で微笑む悠乃。
その斜向かいでは、美久がラムの匂いに目を白黒させていた。
注文したモンブランをスプーンで掬いつつ、目は悠乃の天ぷらに奪われている。
「何と言うか……凄いですね。香りだけで酔いそうです」
ラムはスイーツで活躍することの多い蒸留酒だ。モンブランの中にもラムを用いたものは多い。
「スイートポテトのサツマイモアイスがけ! これならいっぱい楽しめて迷わないー!」
そんな美久の向かいでは、ほくほく顔の罪次がアイスをスイートポテトにかけて食べていた。
溶けたアイスがちょうど良い水気となって、ぽくぽくした芋を喉に流し込んでくれる。
「えへ。ありがとナカジマさん!」
罪次はすっかり満腹したようだ。
一方、悠乃と両慈は――
「両慈さんもどうぞ。はい、あーん」
「なんだ悠乃、もう酔ったのか? まったく……」
言葉とは裏腹に、悪くなさそうな表情で芋天を頬張る両慈。
「なるほど、これはいいな。甘いものが苦手な俺でも……ん?」
両慈はふと、悠乃の物欲しそうな視線を感じた。
「やれやれ。交代でだぞ」
「うふふ。『あーん』ですよ、『あーん』」
「なにっ……」
気がつけば、周囲の注目を浴びていることに気づき、両慈の顔も赤くなる。
(悠乃のやつ、まさか酔ったのか? 皆の前だというのに、随分と大胆だな)
面食らった両慈だったが、悠乃にまっすぐ見つめられ、覚悟を決めた。
「……悠乃、あーん」
「はーい、あーん♪」
幸せの極まった顔で、悠乃は両慈の差し出す天ぷらを食べた。
「ふふふ。両慈さん、私幸せです」
「そうか。俺も、お前の笑顔が見られて幸せだ」
「両慈さん……」
「悠乃……」
「あのー、華神さん。お待ちかねのアレが出来たみたいッスよ」
舞子の声が、悠乃と両慈を現実に引き戻す。
「あっ、ほ、ほんと?」
アレといえば、悠乃が天ぷらと一緒に頼んだ「ナカジマいち推しの料理」だ。
「お待たせしました」
盆に載ってやってきた、いち推しの料理。
それはなんと――ソフトクリームだった。
薄黄色の冷えたクリームからは、花のような匂いがうっすら漂っている。
「これが……」
「はい。どうぞ召し上がってみて下さい」
悠乃はそっとコーンを掴み、表面を軽く舐めてみると――
その味は、芋であって芋ではなかった。芋が持つ、独特の土臭さが全くない。
清楚な香りが心地よい余韻となり、酒の入った頭が冴え渡るのがはっきりと分かった。
目が覚めたような悠乃の表情を見て、両慈はふっと微笑する。
「なるほどな」
恐らくナカジマは、悠乃が酒を飲み慣れていないことに気付いたのだろう。
そこで、酔い気味になった悠乃のために、この料理を作ったのだ。
(ありがとう。締めに相応しい料理だった)
両慈はナカジマにそっと感謝を捧げた。
●
「ごちそうさまでした!」
程なくして食事を終えた一行は、簡単な後片付けを手伝い、店を後にした。
妖を倒し、ナカジマは生還。芋料理も思う存分堪能した。文句なしの成功だ。
「いやー美味しかったッスねえ」
「暴れた! ウマかった! 楽しかった!」
「帰ったら早速、思いついたレシピをメモしておかなくちゃ」
思い思いの言葉を口にしつつ、帰路を行く覚者たち。
こうして7人は、無事FiVEへと帰還したのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
『サツマイモ、油料理のコツ』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:片桐・美久(CL2001026)
カテゴリ:アクセサリ
取得者:片桐・美久(CL2001026)

■あとがき■
皆様の活躍で、依頼は無事完了しました。
プレイングはいずれも食事メインでしたので、戦闘パートはサクッと終了しております。
リプレイ参加、お疲れ様でした。
以下余談。
プレイングに記載のあった「芋天のラム酒がけ」「さつまいもドリンク」ですが、
私、恥ずかしながらこれらの料理を知らず、執筆にあたり実際に作って試食しました。
どちらも非常に美味しかったです。面白い料理を教えて下さり、ありがとうございました。
プレイングはいずれも食事メインでしたので、戦闘パートはサクッと終了しております。
リプレイ参加、お疲れ様でした。
以下余談。
プレイングに記載のあった「芋天のラム酒がけ」「さつまいもドリンク」ですが、
私、恥ずかしながらこれらの料理を知らず、執筆にあたり実際に作って試食しました。
どちらも非常に美味しかったです。面白い料理を教えて下さり、ありがとうございました。
