悲しみの連鎖
●神社にて
「助けて下さい、宮司様! どうか息子を……!」
早朝、1人の女性が津ノ森神社へと駆け込んだ。
「変なモノに祟られて! 息子が、今度は息子が……!」
動揺する女性に、宮司の篠宮貴文が落ち着いて話してみるようにと伝える。
義兄夫婦と同居する義父の病状が思わしくなくなったある夜から、それが始まったのだと女性は言った。
寝たきりとなった高齢の父を、義兄夫妻は甲斐甲斐しく介護していた。
長くはないと医師から告げられ、自宅に戻りたいと願ったその思いを、家族は大切にした。
簡単に父が死ぬ筈ないと息子である夫は信じ、妻はそんな夫と義父を支える。
夜遅くに仕事を終えて帰宅する夫は、真っ先に父の容態を確認する。それが日課。
そんなある夜、唐突に聞こえ出したのだと、父の通夜の後で夫妻は弟達に語った。
大きな大きな泣き声が、家の前から聞こえてくる。
何事かと顔を見合わせた夫妻は、いつしかその泣き声につられ涙していたのだと言った。
泣き声は次の日の夜も聞こえ、その次の夜も聞こえた。
3日続いた、次の日の朝。父は静かに息を引き取っていた。
そんな話をしていた深夜、突如『泣き声』は聞こえた。
「この声っ……」
怯えた妻に、夫は顔を強張らせる。
くそっ! と義兄は玄関から外へと飛び出し、怒鳴り声をあげた。
「何の嫌がらせだッ!」
長い白髪を振り乱し咆哮するように泣いていたのは、喪服姿の老婆。
その胸倉を掴んで怒りのままに罵る兄を、弟夫婦が止めた。
『愚か者どもが』
シャーッ!! と。
老婆が威嚇するように、大きく口を開ける。
まるで――血を含んだように。
口内は真っ赤であった。
「義兄が亡くなったのは、それから3日後でした」
兄の葬儀の後。夜遅くに聞こえ始めた泣き声に、今度は自分の夫が外へと飛び出した。
喪失感と悲しみは怒りへと変わり、口汚く老婆へと浴びせられる。
「ご主人は……」
貴文の言葉に、「亡く、なりました」と女性は身を震わせた。
「それでその連鎖が、次は息子さんに起こっていると?」
貴文の斜め後ろに座し、黙し聞いていた権宮司の篠宮貴裕が口を開く。
「助けて下さい!! どうか、息子を!! お寺さんではどうしようもないと言われて……お願いします! どうか……」
泣き崩れる女性は、泣き声が聞こえてからもう2日目なんです、と昨夜の状況を語った。
泣き声が響く玄関のその先を睨むように見つめて、足立悠人は両手に拳を握る。
その隣には、幼馴染の山崎颯真が立っていた。
「なぁ、颯真。……もし、もしさ、俺が、死んだら。母さんを頼む。俺、ひとりっ子だから……」
チラリと悠人の横顔を見た颯真は、再び顔を玄関に向ける。
颯真の手の甲に微かに触れる悠人の拳が、小刻みに震えていた。
「あー……ごめん。オレ、それ約束すんの、無理かも」
不満そうな目が颯真を見て。笑んだ瞳が、それを見返す。
「だって、兄弟みたいに育った親友殺されて、オレ、黙ってらんねぇもん」
そんなに人間出来てねぇ。
ギュッ、と。
互いの震えを止めるように。颯真は悠人の手を握った。
「このままだと、颯真君まで。どうか止めて下さい。この、祟りを。どうか――」
女性の話を聞き終わった宮司は、息子である権宮司と顔を見合わせる。
そうして女性に向き直り、静かな声を発した。
「祟りや呪い、悪霊や怨念であれば、それを鎮める為に私共がお役に立てます。けれどもお話を伺う限り、それは古くから存在する妖である様子。私共では……」
「じゃあ、息子は!」
もう1度、宮司と権宮司は顔を見合わせて。今度は貴裕が口を開いた。
「こういう事を、専門に扱って下さる方々を存じております。彼等ならきっと、迅速に動いてくれる筈ですよ」
すぐに連絡を取ってみましょう、と腰を上げた。
●FiVE本部
「津ノ森神社からの依頼だ」
召集された覚者達を見回し、中 恭介(nCL2000002)が経緯を伝えた。
「話を聞く限り、古妖『夜泣き女』のようだな」
配られた資料を見てみれば、『憂いのある家に現れて泣く古妖』とある。
「この古妖が現れて泣くと人々はつられ、涙する。数回続けば、その家には必ず不幸が降り注ぐとあるが、また別の書物では、不幸が降るのを知らせてくれている、という捉え方のものもある」
要は、受け取り方によって変わるという事だ、と恭介は付け加えた。
「今回の事件では、罵った事で夜泣き女の怒りを買ったようだ。調べてもみたが、足立家の祖父より以前には、夜泣き女が関係した死は確認出来なかった。憂いに引き寄せられ現れたのか、不幸を知らせようと現れたのかは不明だが、深い因縁などは無いようだ」
何であれ、これ以上の連鎖は食い止めなくてはならない。
「相手は古妖。3日現れただけで人の命も奪える。強さも、相当なものだろう。だが何とか食い止め、これ以上この家族に不幸を降り注がせぬよう、撃退してくれ」
頼んだぞ、と恭介はもう1度覚者達を見回した。
「助けて下さい、宮司様! どうか息子を……!」
早朝、1人の女性が津ノ森神社へと駆け込んだ。
「変なモノに祟られて! 息子が、今度は息子が……!」
動揺する女性に、宮司の篠宮貴文が落ち着いて話してみるようにと伝える。
義兄夫婦と同居する義父の病状が思わしくなくなったある夜から、それが始まったのだと女性は言った。
寝たきりとなった高齢の父を、義兄夫妻は甲斐甲斐しく介護していた。
長くはないと医師から告げられ、自宅に戻りたいと願ったその思いを、家族は大切にした。
簡単に父が死ぬ筈ないと息子である夫は信じ、妻はそんな夫と義父を支える。
夜遅くに仕事を終えて帰宅する夫は、真っ先に父の容態を確認する。それが日課。
そんなある夜、唐突に聞こえ出したのだと、父の通夜の後で夫妻は弟達に語った。
大きな大きな泣き声が、家の前から聞こえてくる。
何事かと顔を見合わせた夫妻は、いつしかその泣き声につられ涙していたのだと言った。
泣き声は次の日の夜も聞こえ、その次の夜も聞こえた。
3日続いた、次の日の朝。父は静かに息を引き取っていた。
そんな話をしていた深夜、突如『泣き声』は聞こえた。
「この声っ……」
怯えた妻に、夫は顔を強張らせる。
くそっ! と義兄は玄関から外へと飛び出し、怒鳴り声をあげた。
「何の嫌がらせだッ!」
長い白髪を振り乱し咆哮するように泣いていたのは、喪服姿の老婆。
その胸倉を掴んで怒りのままに罵る兄を、弟夫婦が止めた。
『愚か者どもが』
シャーッ!! と。
老婆が威嚇するように、大きく口を開ける。
まるで――血を含んだように。
口内は真っ赤であった。
「義兄が亡くなったのは、それから3日後でした」
兄の葬儀の後。夜遅くに聞こえ始めた泣き声に、今度は自分の夫が外へと飛び出した。
喪失感と悲しみは怒りへと変わり、口汚く老婆へと浴びせられる。
「ご主人は……」
貴文の言葉に、「亡く、なりました」と女性は身を震わせた。
「それでその連鎖が、次は息子さんに起こっていると?」
貴文の斜め後ろに座し、黙し聞いていた権宮司の篠宮貴裕が口を開く。
「助けて下さい!! どうか、息子を!! お寺さんではどうしようもないと言われて……お願いします! どうか……」
泣き崩れる女性は、泣き声が聞こえてからもう2日目なんです、と昨夜の状況を語った。
泣き声が響く玄関のその先を睨むように見つめて、足立悠人は両手に拳を握る。
その隣には、幼馴染の山崎颯真が立っていた。
「なぁ、颯真。……もし、もしさ、俺が、死んだら。母さんを頼む。俺、ひとりっ子だから……」
チラリと悠人の横顔を見た颯真は、再び顔を玄関に向ける。
颯真の手の甲に微かに触れる悠人の拳が、小刻みに震えていた。
「あー……ごめん。オレ、それ約束すんの、無理かも」
不満そうな目が颯真を見て。笑んだ瞳が、それを見返す。
「だって、兄弟みたいに育った親友殺されて、オレ、黙ってらんねぇもん」
そんなに人間出来てねぇ。
ギュッ、と。
互いの震えを止めるように。颯真は悠人の手を握った。
「このままだと、颯真君まで。どうか止めて下さい。この、祟りを。どうか――」
女性の話を聞き終わった宮司は、息子である権宮司と顔を見合わせる。
そうして女性に向き直り、静かな声を発した。
「祟りや呪い、悪霊や怨念であれば、それを鎮める為に私共がお役に立てます。けれどもお話を伺う限り、それは古くから存在する妖である様子。私共では……」
「じゃあ、息子は!」
もう1度、宮司と権宮司は顔を見合わせて。今度は貴裕が口を開いた。
「こういう事を、専門に扱って下さる方々を存じております。彼等ならきっと、迅速に動いてくれる筈ですよ」
すぐに連絡を取ってみましょう、と腰を上げた。
●FiVE本部
「津ノ森神社からの依頼だ」
召集された覚者達を見回し、中 恭介(nCL2000002)が経緯を伝えた。
「話を聞く限り、古妖『夜泣き女』のようだな」
配られた資料を見てみれば、『憂いのある家に現れて泣く古妖』とある。
「この古妖が現れて泣くと人々はつられ、涙する。数回続けば、その家には必ず不幸が降り注ぐとあるが、また別の書物では、不幸が降るのを知らせてくれている、という捉え方のものもある」
要は、受け取り方によって変わるという事だ、と恭介は付け加えた。
「今回の事件では、罵った事で夜泣き女の怒りを買ったようだ。調べてもみたが、足立家の祖父より以前には、夜泣き女が関係した死は確認出来なかった。憂いに引き寄せられ現れたのか、不幸を知らせようと現れたのかは不明だが、深い因縁などは無いようだ」
何であれ、これ以上の連鎖は食い止めなくてはならない。
「相手は古妖。3日現れただけで人の命も奪える。強さも、相当なものだろう。だが何とか食い止め、これ以上この家族に不幸を降り注がせぬよう、撃退してくれ」
頼んだぞ、と恭介はもう1度覚者達を見回した。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖『夜泣き女』の撃退
2.足立悠人の死を確定させない
3.なし
2.足立悠人の死を確定させない
3.なし
今回は古妖に挑んで頂きます。
難易度は、あくまで『撃退』を目的としたものとなっております。
『捕縛』や『討ち取る』を狙う場合、難易度が上がります。
よろしくお願いします。
●戦闘場所
足立家の前の道。幅は4人が並べる程度。
深夜、道の北側100mの地点に夜泣き女が現れ、足立家の前に向かいます。
足立家の前に到着し泣いた時点で、足立悠人の死が確定します。
(家の前に到着しなくても、悠人が外へと出て来た時点で、死が確定します)
※戦闘中の、通行人の心配は不要です。
●敵 攻撃方法
夜泣き女(古妖)
・『袖払い』 物近全
強く踏み込み、喪服の袖を払う風圧で、敵全体を20m後退させます。【ノックB】
・『夜泣き』 特遠列
大きな泣き声を発する事で、聞いた者を動揺させ、混乱させます。【錯乱】
・『威嚇睨み』 特遠単
目を大きく開いて威嚇し、衝撃を与えます。【凶】
※ある程度のターンを耐える事が出来れば、夜泣き女は消えます。
2度と足立家の人々を狙わぬようにしようと思えば、何らかの対策を考える必要があります。
●足立悠人 15歳
祖父、伯父、父を亡くした少年。
3人が死んだのは、夜泣き女のせいだと思っています。死ぬ前にもう1度、気が済むまで恨み言を言ってやりたい気持ちを強く持っています。
戦闘が始まれば、外に出てこようとします。彼の母と篠宮貴裕が、家の中で必死に留めています。戦闘が長引き過ぎれば、留めておけなくなり、出てきます。
●山崎颯真 15歳
悠人の親友。悠人と共に家の中にいます。
悠人の死が確定するまでは何もしませんが、親友の死が確定した時点で家から飛び出し、夜泣き女を罵ります。
●篠宮貴裕 28歳
津ノ森神社の権宮司(神社の副代表)。篠宮家は代々宮司の家系です。
シナリオ『愛を語る術を、オレは知らない』(/quest.php?qid=854&msu=1)
で覚者達の思いやりや戦い方を見た事により、FiVEの覚者を信頼しています。
戦闘中は家の中で悠人を留めています。
宮司である父は、神社内で無事事件が治まるよう祈祷しています。
※現場へは、夜泣き女よりも早く到着する事が出来ます。が、一般人達と接触出来るのは戦闘後となります。
(事前に悠人を説得する、等は出来ません)
以上です。
それでは皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
7/8
公開日
2016年11月25日
2016年11月25日
■メイン参加者 7人■

●
(古妖の呪いなのかどうかは解りませんが、このままにはしておけませんわね。……この力は、救いを求める誰かの為に、あるのですから)
現場に立つ『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)は、もう1つの強い思いを胸に足立家の方を見遣る。
――悠人様に、言いたい事もありますし!
龍丸のともしびで視界を照らした『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は、周りの危険箇所をチェックする。そうしてふぅっ、と息を吐いた。
危険な箇所はない。道の端に電柱はあるが、それすらも戦闘やこちらの動きの邪魔にはならないだろう。しかし邪魔にならないという事は、同時に吹き飛ばしを止めるのにも役には立ってくれないという事だった。
その隣に立つ『意識の高いドM覚者』佐戸・悟(CL2001371)は、古妖が現れるまでの間に紫鋼塞で防御力を上げる。
倒れない為だけではなく、少しでも長く痛みを受けたいのかもしれない――そう思えてしまう程の恍惚の笑みを、口元に浮かべていた。
ノブレス・オブリージュを果たすぞ! と懐中電灯で辺りを照らした『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)も、夜泣き女が現れるのを待ちながら、天駆で己の細胞を活性化させる。
スカイブルーへと変化している瞳が、熱い思いを秘めていた。
(気になる事も多いけど、まずは連鎖を止めよう! 「守らないと」だから……!)
『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は、体内に宿る炎を灼熱化する。
――悲しみの連鎖は、必ず断ち切る。
その決意を胸に夜泣き女を待つ『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が、開眼した右目を見開いて、ふいっと視線を北側へと向けた。
「来た」
ジャックの声に、「えっ」と数多が面接着で登っていた電柱の上から道の先を見る。誰の影も、発見する事は出来なかった。
急激に近付く気配に、ジャックの懐中電灯が道を照らす。灯りが照らした時には、そこに夜泣き女が立っていた。
「キッド」
敵が現れた事に、『介錯人』鳴神 零(CL2000669)が守護使役に呟く。
キッドのともしびと幾つかの灯りが浮かび上がらせたのは、不気味な老婆の姿であった。
古妖を挟み込むように、覚者達は配置に付く。
夜泣き女の背後に立ついのりが、迷霧を発生させた。
己を包む高密度の霧を意に介さぬ様子で、老婆は道を進もうとする。前へと立ちはだかった零が仕掛けた艶舞・慟哭を避けた古妖に、フィオナがガラティーン・改を振るった。
「悠人の所には行かせないぞ!」
熱圧縮した空気の衝撃を袖で受け止めて、老婆の瞳が覚者達へと向けられる。
『――邪魔だ、退け!』
袖を払う風圧は、前方の覚者達を20m後方へと吹き飛ばす。それは、行動を地面への面接着だけに集中していなかった数多にも及ぶ。覚者達が吹き飛び空いた道の空間を進み、夜泣き女が瞬時に10mの距離を詰めた。
地を蹴った数多が、10mの距離を縮めて飛燕を放つ。老婆の袖を狙った赤柄の刀だったが、命中してもその袖を斬る事は出来ず、続け繰り出された刀を古妖が躱した。
敵の攻撃を逃れていたジャックが、駆けて老婆の前へと回り込む。
「夜泣ちゃん! 聞いてくれ!」
大きく声を張り、両手を広げた。
「俺たちは攻撃してしまっている。それは謝る。けれどオマエを止めたいんやわ。 夜泣ちゃんの怒りは間違ってない。でももう人が死んでるんや。古妖からしてみれば俺たち人間は愚かで馬鹿やろう。でも命は一緒やん。 皆1つしかない。――命が消えるのは止めたい」
ジャックの言葉にもしかし、古妖はギロリと目を剥き睨むだけだった。
老婆の背後に位置していた飛馬は、10mの距離を進み離れぬようにする。彼女の後ろに付いたまま、蔵王・戒で岩鎧を纏っていた。
同じく彼女の背に張り付くように移動した悟もまた、蔵王で防御力を上げる。
2人の動きに気付かないのか、気にしないのか。夜泣き女が背後を振り返る事はなかった。
●
数多の繰り出す飛燕を古妖が避ける。しかし続け繰り出された2撃目は避けられず、その身に受けていた。
行く手を阻む覚者達に、古妖は不快さを滲ませる。
払われた袖には、数多とジャック、零が吹き飛ばされた。
再び10mを進んだ夜泣き女の前に、ジャックが詰め寄る。
右目から放たれた破眼光が、老婆へと呪いをかけていた。
夜泣き女へと10mの距離を進んだ零が繰り出した艶舞・慟哭を、再び古妖が避ける。
舌打ちもせず静かに口角だけを上げた零の前方で、回り込んだフィオナが圧撃を繰り出していた。
襲う衝撃は古妖の体勢を崩し、よろめかせる。その隙を見逃さずに、背後からはいのりの雷獣が放たれていた。
雷雲の中から襲った雷獣の牙が刻んだ痺れは、すでにかかっている呪いに重なり夜泣き女の動きを制限する。
背後にもようやく視線を向けた老婆に、飛馬が声を発した。
「なあ、もしかしてあんたさ。あそこの家のじーさんの死を悲しんでただけなのに、酷く罵られたから怒ってるのか? そうだとしたら、何とか許してやってもらえねーかな。そりゃ、酷いことを一方的に言ってきたのはあっちだ。けど、あの人らはあんたのこと誤解してたんだ」
『誤解、と?』
頷いた飛馬の隣で、マイナスイオンを発しながらの悟が言葉を継ぐ。
「夜泣き女君……俺は君の事を不幸な誰かの為に惜しみなく泣いてあげられる……優しい方だと思ってる。……だからどうか怒りを沈めて彼らの悲しみの連鎖を止めて欲しい。俺は君を尊敬しているのだから」
尊敬という言葉には、フン、と口を歪め笑った。
『優しいなどと、人間に思ってもらう必要もない。口だけの尊敬も不要じゃ』
マイナスイオンの効果も感じられない。老婆の姿をした古妖は悟の言葉を信じず、再び前へと向き直った。
その古妖の瞳に映ったのは、振り上げられた鬼の金棒。
勢い良く薙がれた重い武器は、夜泣き女の首のつけ根を切り裂き、深く傷を刻む。
「夜泣き、これ以上は駄目。人間と古妖には超えてはいけない一線がある」
どん、と地面に金棒を付き、それを支えに立った零の言葉に、古妖が目を剥いた。
夜泣き女へと、続きフィオナが口を開く。それは彼女に、確かめたかった事。
「貴女は単に、不幸を告げに来てくれただけなのか? 最初の人の死は、貴女の所為……じゃないよな?」
途端、怒りが老婆を包んだ。
『我があの子を、死なせたと言うか!』
古妖の怒りは凄まじく――そしてそれ故に、老人の死は夜泣き女の所為ではなかったのだと、フィオナは確信する。
「だとしたら、あの人達は貴女の事誤解して、お互いにとって悪い連鎖になってる! 大切な人の死が辛すぎて、あの人達はつい、貴女に八つ当たりみたく言ってしまったんだ。人間にとっては、とても辛い事だから……」
開きかけた口を、老婆が閉じる。
まるで何かを、告げたそうに。けれども古妖は、固く口を閉じた。
仲間と共に言葉を届けたいと思いつつも、ジャックは仲間の回復を優先する。
――最優先回復。
そう決めていたジャックの癒しの霧が、広がってゆく。
次、もしも攻撃があったら……。このままでは仲間達が幾人も、倒れてしまうかもしれないから。
「あんた、この家の人になんの恨みがあるのよ。この家の人が許せないの? なんとか許すつもりはない?」
数多の言葉にも、古妖は怒りを鎮めない。
そしていのりは、調べてきた事を織り交ぜ言葉を届けていた。
「今は時代が変わって貴方の事を知っている人も少なくなったのですわ。罵られてご立腹する気持ちも解りますがここは矛を収めてくださいませ。聞けば貴方はいつも葬儀の席で泣いた後お米を沢山貰っていたとか。足立家の方々にもお詫びも込めてお米を沢山用意していただきますから」
「米など要らぬッ!」
――ならば、どうすれば怒りは治まる?
この悲しみの連鎖を、止めるには……。
「あんたほんとは、今やってることも心から望んでるわけじゃないんじゃないのか?」
僅かに視線だけで振り返る老婆の暗き瞳を、飛馬が真っ直ぐに見つめる。
「だってそうじゃないなら、米も何も望まないなら、何であの家族が死ぬ時にあんたは泣いてやるんだ?」
あんたの、涙は――。
「俺には、悲しみの涙に見えるよ」
●
動けるようになった夜泣き女の前を、前衛達が遮る。
「まだ行く気? いい加減にしなさいよね! そりゃあんたの性質的に、もうすぐ死にそうな人がいて、それを悲しむのはいいわよ、そういうもんなんでしょ? そりゃずっと泣かれてたら、余計に陰鬱になっちゃうわよ! 落ち込んでるんだもん! そらキレるわ! イラッとして、逆ギレとか、あんた年甲斐もなくなにやってんのよ! 迷惑よ!」
逆ギレの逆ギレも甚だしい――そうは、思うけれど。
皆の説得もお米も、効果がないのなら。
こっちに怒りの矛先を向けられないかを、数多は試したかった。そうして隣に立つ零も、最後の言葉で夜泣き女を止めようとしていた。
「貴方の怒りや性分を否定はしないわ。しかし一線は既に超えて度が過ぎた。これ以上何もしないで帰るのなら見逃すよ。だけどこれ以上やるってんなら、相手になるわ。けれどその時は――死を覚悟しなさい」
愛対生理論と鬼の金棒の先が、真っ直ぐと夜泣き女に向けられる。
開いた真っ赤な口から発せられた、悲鳴のような泣き声。それは大きく響き、前に立つ4人を襲った。
袖払いよりも遥かに強い衝撃に、ジャックとフィオナが崩れ落ちる。けれど命数を使い、すぐさま立ち上がった。
錯乱している零と数多に目を向け、フィオナが剣の柄を強く握る。
ガラティーン・改で斬・二の構えを取り、正気に戻れ、と数多に向け刃を振るった。
血が散った、その先で。数多がガクリと片膝を折る。
けれども、錯乱状態は回復しなかった。
攻撃による解除は必ずしも成功するものではない。手加減した攻撃では戻らない為、全力の攻撃を味方へと行う事となる。仲間のうちで体力が一番高い数多だったからこそ、フィオナの火力にも耐えられたのかもしれない。
状況によっては、危険な行為ともなり得るのだ。
「倒れてないなら、俺が回復してやる!」
何度でもだ、とジャックが発生させた癒しの霧が、仲間達を包み込む。
「力を合わせれば、大丈夫ですわ」
続きみのりの施す高等演舞・舞音が、数多の錯乱を解除した。
飛馬が駆け、錯乱状態が未だ解けていない零の前へと立つ。
ごめんな、と声をかけ、押して中衛へと下がらせた。
飛馬と同じく、駆け出していたのは悟。
夜泣き女を追い越し、南側にいる仲間達の前衛に加わった。
この古妖は、背後など気にしていない。ただ前へ、足立家へと向かう事、それだけを狙っている。
ならば背後に居ては、攻撃を受ける事など出来はしない。
仲間達の盾役になど、なれはしない。
「さあ、来いよ! 夜泣き女君! 君の怒り、全部受け止めてやるよ! さあさあ、俺に攻撃しろ! 君の苦しみ……俺が全部、受け止めてやる!」
どM的には、それは勿論ご褒美で。
けれど何より。
(……自分の命を掛けてでも怒りをぶつけたい……嗚呼、そんな悲愴な行動を許す訳には行かない)
誰かが犠牲になる位なら、全て自分が受け止めよう。身を呈して、守ってやる。
――それは、悠人君達だけじゃない。夜泣き女君、君の事もだ!
錯乱状態のまま零の振るう鬼の金棒が、前に立つ飛馬の背中へと活殺打を打ち込む。
それを耐える飛馬の隣で、数多が飛燕を繰り出した。命中した連撃に顔を歪めた夜泣き女へと、ジャックは攻撃ではなく声を届けようとしていた。
「俺、古妖とは仲良くしてたいタチやけ。夜泣きちゃんに攻撃している今だって苦しい。お願いだ! 俺たち能力者ならいくらでも叩いても嬲ってもいい。やからもう彼ら家族から手を引いて」
間近で見返してくる古妖は、手を引く気などないだろう。けれど、そうなれば――。
「このままじゃ俺たちが、夜泣き女ちゃんを殺すかもしれない。そんなの嫌やわ! 殺したない! 仲良くしたい!! この声が届いているのなら、どうか鎮まってくれ。声が枯れるまで叫び続けるから!」
ジャックの言葉はしかし、思うように伝わらない。老婆が反応したのは、狙いとは違う箇所であった。
『殺したくない、だと?』
「夜泣きちゃんの涙は人間を心配したりする憂いの涙や。決して人を殺める涙じゃねえだろ!!」
言い切ったジャックに、夜泣き女が更に近付く。そうして、目を吊り上げた。
『まだ、我に勝てる気でおるのかッ』
喪服の袖が大きく振られる。飛馬はフィオナを味方ガードで守り、数多も吹き飛ばされるのを堪えていた。そして悟を攻撃した事で、威力が返る。苛立たしげに牙を剥き、前進しようとするのを、数多とフィオナが遮った。
飛馬が行った味方ガードは、攻撃を己だけが受け、庇った相手は確実に飛ばされないように出来る。吹き飛ばしを避けられる人数を増やす事が出来れば、4人が並べる程の幅の道、前へと抜けようとする夜泣き女を阻みやすくしていた。
いのりの演舞・舞音が、零の錯乱状態を解く。そして悟は、全力移動で古妖の前へと駆け戻っていた。
10mを戻った零が、夜泣き女へと言葉をかける。
「この依頼は、一連の事件は、因果応報。戻る道があるのなら、今よ。彼ら家族を忘れて生きるか、呪いを産んで自らの墓穴も掘るか、選ぶのは貴方よ。――夜泣き、貴方はどうしたいの?」
零を見た老婆の視線は、その背後、足立の家へと向けられる。そしてそれが、古妖の答えであるのだ。
前の1ターンを溜め、火の力を増幅していたフィオナが剣を振るう。双撃の一撃目を受けた古妖は袖を薙ぎ、二撃目を止める。
「……絶対に守らないと、だから!」
いのりの言葉に、目を剥いて。しばらくの沈黙の後、夜泣き女は低く吐き出す。
『…………憶えておれ』
言葉と共に瞬時に古妖は姿を消し、泣き声が夜道に響いていた。
「これって、祟っているのかしら……」
数多の言葉に、飛馬が道の先を見据え、呟く。
「多分。連鎖は続くと、俺達に向け泣いてるんだろうな」
●
夜泣き女が消えた事を伝えに、覚者達は足立家へと向かう。
彼女を引き寄せそうな悪い物がないかを念の為調べ、無い事を確認したフィオナが、悠人に事情を説明した。
少年の悲しみにとことん寄り添いたいと思うフィオナだが、納得は難しいだろうと、わざと夜泣き女の肩を持つ話し方をした。
それは悲しむより、憎む方が気持ちが楽だろうと考えたから。
「なぁ、それ。本気で言ってんの?」
――父さん達が、悪いって言うのかよ。
フィオナを睨んだ悠人が、小刻みに身を震わせる。
「……嗚呼、君達が怒りに任せて罵りたかった相手を退けて復讐の機会を奪ったのは俺達だ。……もし君達がわだかまりを残してるなら、俺に全てぶつければいい……甘んじて受け入れよう。……愛しい者を奪われた怒りは理解出来るからな」
悟の最後の言葉に反応したのは、颯真。
悠人が失っている冷静さを見せて、覚者達を探るように見た。
「恨み辛み、分からない訳では無い。でも、駄目よ。全ては巡り巡って返ってくる。恨めば呪われるし、罵詈雑言吐けば祟られる」
零の言葉に、堪えきれずに悠人が袖で目を擦る。
「じゃあなんで、あのバケモノは死なない! 巡り巡ってなんかいねぇじゃん!」
少年の言葉に、「そうね」と零は頷いて、言葉を続けた。
「生きたいか死にたいか選ぶのは自分。親の死を根にもって夜泣きにもう1度暴言吐くのはいい。でもその時は、もう私たち助けないわよ。……吐いた恨みの責任が取れないのなら、止めなさい。それに母親を泣かせるような真似は、許さないわ」
「助けてなんて――」
頼んでない、と続けようとした悠人に、思わず母親が涙を零す。
それにはいのりが、ずぃと前へと進み、悠人の頬を打った。
「貴方の思いを否定はしません。けれどそれはお母様を1人残してまでやるべき事なのですか? 貴方はそれで満足かもしれませんけど、その満足の為に1人残されるお母様はいい迷惑ですわ」
ギッと睨んだ悠人が、瞳を潤ませているいのりに言葉を失う。
「あんた……」
流石に何かあるのだと気付いた少年に、孝行できる両親のいないいのりは、「生きて親孝行して欲しい」そう願いを込めていた。
「敵じゃない、悠人。彼等は、恩人だよ」
颯真の言葉を受けて少し落ち着いた悠人の様子に、飛馬は「祖父と夜泣き女には何かあったんじゃないか」と告げる。
「『あの子を殺したと』って、彼女怒ったんだ。夜泣き女が殺したんじゃない。御祖父さんを『あの子』って言ったのも気になる」
「――ってワケでさ」
足立家族はFiVEで保護したいんだけど、とジャックが提案した。
相談の上、保護する事が決まると、ジャックは悠人と母親へと改めて向き直る。
「難しいかもやけど。古妖を嫌いにならないでくれ。あいつらは、単純だけど純粋な共存種やけ」
唇を噛んだまま、悠人は答えない。気付かず僅かに顔を曇らせたジャックの頭へと、貴裕がポン、と掌を乗せた。
「皆さん、お疲れ様」
撫でられた頭に、擽ったそうに掌から逃れて。
自分達も夜泣き女を怒らせたから、怒りは分散されている筈、と報告した。
「悠人君を留めててくれて、ありがとう」
そう労った数多にもチラリと視線を向けて、「君達は」と額に掌をあてる。
「相変わらず、無茶をする……」
やれやれというように首を振って、権宮司の青年は小さく溜息を吐いた。
(古妖の呪いなのかどうかは解りませんが、このままにはしておけませんわね。……この力は、救いを求める誰かの為に、あるのですから)
現場に立つ『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)は、もう1つの強い思いを胸に足立家の方を見遣る。
――悠人様に、言いたい事もありますし!
龍丸のともしびで視界を照らした『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は、周りの危険箇所をチェックする。そうしてふぅっ、と息を吐いた。
危険な箇所はない。道の端に電柱はあるが、それすらも戦闘やこちらの動きの邪魔にはならないだろう。しかし邪魔にならないという事は、同時に吹き飛ばしを止めるのにも役には立ってくれないという事だった。
その隣に立つ『意識の高いドM覚者』佐戸・悟(CL2001371)は、古妖が現れるまでの間に紫鋼塞で防御力を上げる。
倒れない為だけではなく、少しでも長く痛みを受けたいのかもしれない――そう思えてしまう程の恍惚の笑みを、口元に浮かべていた。
ノブレス・オブリージュを果たすぞ! と懐中電灯で辺りを照らした『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)も、夜泣き女が現れるのを待ちながら、天駆で己の細胞を活性化させる。
スカイブルーへと変化している瞳が、熱い思いを秘めていた。
(気になる事も多いけど、まずは連鎖を止めよう! 「守らないと」だから……!)
『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は、体内に宿る炎を灼熱化する。
――悲しみの連鎖は、必ず断ち切る。
その決意を胸に夜泣き女を待つ『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が、開眼した右目を見開いて、ふいっと視線を北側へと向けた。
「来た」
ジャックの声に、「えっ」と数多が面接着で登っていた電柱の上から道の先を見る。誰の影も、発見する事は出来なかった。
急激に近付く気配に、ジャックの懐中電灯が道を照らす。灯りが照らした時には、そこに夜泣き女が立っていた。
「キッド」
敵が現れた事に、『介錯人』鳴神 零(CL2000669)が守護使役に呟く。
キッドのともしびと幾つかの灯りが浮かび上がらせたのは、不気味な老婆の姿であった。
古妖を挟み込むように、覚者達は配置に付く。
夜泣き女の背後に立ついのりが、迷霧を発生させた。
己を包む高密度の霧を意に介さぬ様子で、老婆は道を進もうとする。前へと立ちはだかった零が仕掛けた艶舞・慟哭を避けた古妖に、フィオナがガラティーン・改を振るった。
「悠人の所には行かせないぞ!」
熱圧縮した空気の衝撃を袖で受け止めて、老婆の瞳が覚者達へと向けられる。
『――邪魔だ、退け!』
袖を払う風圧は、前方の覚者達を20m後方へと吹き飛ばす。それは、行動を地面への面接着だけに集中していなかった数多にも及ぶ。覚者達が吹き飛び空いた道の空間を進み、夜泣き女が瞬時に10mの距離を詰めた。
地を蹴った数多が、10mの距離を縮めて飛燕を放つ。老婆の袖を狙った赤柄の刀だったが、命中してもその袖を斬る事は出来ず、続け繰り出された刀を古妖が躱した。
敵の攻撃を逃れていたジャックが、駆けて老婆の前へと回り込む。
「夜泣ちゃん! 聞いてくれ!」
大きく声を張り、両手を広げた。
「俺たちは攻撃してしまっている。それは謝る。けれどオマエを止めたいんやわ。 夜泣ちゃんの怒りは間違ってない。でももう人が死んでるんや。古妖からしてみれば俺たち人間は愚かで馬鹿やろう。でも命は一緒やん。 皆1つしかない。――命が消えるのは止めたい」
ジャックの言葉にもしかし、古妖はギロリと目を剥き睨むだけだった。
老婆の背後に位置していた飛馬は、10mの距離を進み離れぬようにする。彼女の後ろに付いたまま、蔵王・戒で岩鎧を纏っていた。
同じく彼女の背に張り付くように移動した悟もまた、蔵王で防御力を上げる。
2人の動きに気付かないのか、気にしないのか。夜泣き女が背後を振り返る事はなかった。
●
数多の繰り出す飛燕を古妖が避ける。しかし続け繰り出された2撃目は避けられず、その身に受けていた。
行く手を阻む覚者達に、古妖は不快さを滲ませる。
払われた袖には、数多とジャック、零が吹き飛ばされた。
再び10mを進んだ夜泣き女の前に、ジャックが詰め寄る。
右目から放たれた破眼光が、老婆へと呪いをかけていた。
夜泣き女へと10mの距離を進んだ零が繰り出した艶舞・慟哭を、再び古妖が避ける。
舌打ちもせず静かに口角だけを上げた零の前方で、回り込んだフィオナが圧撃を繰り出していた。
襲う衝撃は古妖の体勢を崩し、よろめかせる。その隙を見逃さずに、背後からはいのりの雷獣が放たれていた。
雷雲の中から襲った雷獣の牙が刻んだ痺れは、すでにかかっている呪いに重なり夜泣き女の動きを制限する。
背後にもようやく視線を向けた老婆に、飛馬が声を発した。
「なあ、もしかしてあんたさ。あそこの家のじーさんの死を悲しんでただけなのに、酷く罵られたから怒ってるのか? そうだとしたら、何とか許してやってもらえねーかな。そりゃ、酷いことを一方的に言ってきたのはあっちだ。けど、あの人らはあんたのこと誤解してたんだ」
『誤解、と?』
頷いた飛馬の隣で、マイナスイオンを発しながらの悟が言葉を継ぐ。
「夜泣き女君……俺は君の事を不幸な誰かの為に惜しみなく泣いてあげられる……優しい方だと思ってる。……だからどうか怒りを沈めて彼らの悲しみの連鎖を止めて欲しい。俺は君を尊敬しているのだから」
尊敬という言葉には、フン、と口を歪め笑った。
『優しいなどと、人間に思ってもらう必要もない。口だけの尊敬も不要じゃ』
マイナスイオンの効果も感じられない。老婆の姿をした古妖は悟の言葉を信じず、再び前へと向き直った。
その古妖の瞳に映ったのは、振り上げられた鬼の金棒。
勢い良く薙がれた重い武器は、夜泣き女の首のつけ根を切り裂き、深く傷を刻む。
「夜泣き、これ以上は駄目。人間と古妖には超えてはいけない一線がある」
どん、と地面に金棒を付き、それを支えに立った零の言葉に、古妖が目を剥いた。
夜泣き女へと、続きフィオナが口を開く。それは彼女に、確かめたかった事。
「貴女は単に、不幸を告げに来てくれただけなのか? 最初の人の死は、貴女の所為……じゃないよな?」
途端、怒りが老婆を包んだ。
『我があの子を、死なせたと言うか!』
古妖の怒りは凄まじく――そしてそれ故に、老人の死は夜泣き女の所為ではなかったのだと、フィオナは確信する。
「だとしたら、あの人達は貴女の事誤解して、お互いにとって悪い連鎖になってる! 大切な人の死が辛すぎて、あの人達はつい、貴女に八つ当たりみたく言ってしまったんだ。人間にとっては、とても辛い事だから……」
開きかけた口を、老婆が閉じる。
まるで何かを、告げたそうに。けれども古妖は、固く口を閉じた。
仲間と共に言葉を届けたいと思いつつも、ジャックは仲間の回復を優先する。
――最優先回復。
そう決めていたジャックの癒しの霧が、広がってゆく。
次、もしも攻撃があったら……。このままでは仲間達が幾人も、倒れてしまうかもしれないから。
「あんた、この家の人になんの恨みがあるのよ。この家の人が許せないの? なんとか許すつもりはない?」
数多の言葉にも、古妖は怒りを鎮めない。
そしていのりは、調べてきた事を織り交ぜ言葉を届けていた。
「今は時代が変わって貴方の事を知っている人も少なくなったのですわ。罵られてご立腹する気持ちも解りますがここは矛を収めてくださいませ。聞けば貴方はいつも葬儀の席で泣いた後お米を沢山貰っていたとか。足立家の方々にもお詫びも込めてお米を沢山用意していただきますから」
「米など要らぬッ!」
――ならば、どうすれば怒りは治まる?
この悲しみの連鎖を、止めるには……。
「あんたほんとは、今やってることも心から望んでるわけじゃないんじゃないのか?」
僅かに視線だけで振り返る老婆の暗き瞳を、飛馬が真っ直ぐに見つめる。
「だってそうじゃないなら、米も何も望まないなら、何であの家族が死ぬ時にあんたは泣いてやるんだ?」
あんたの、涙は――。
「俺には、悲しみの涙に見えるよ」
●
動けるようになった夜泣き女の前を、前衛達が遮る。
「まだ行く気? いい加減にしなさいよね! そりゃあんたの性質的に、もうすぐ死にそうな人がいて、それを悲しむのはいいわよ、そういうもんなんでしょ? そりゃずっと泣かれてたら、余計に陰鬱になっちゃうわよ! 落ち込んでるんだもん! そらキレるわ! イラッとして、逆ギレとか、あんた年甲斐もなくなにやってんのよ! 迷惑よ!」
逆ギレの逆ギレも甚だしい――そうは、思うけれど。
皆の説得もお米も、効果がないのなら。
こっちに怒りの矛先を向けられないかを、数多は試したかった。そうして隣に立つ零も、最後の言葉で夜泣き女を止めようとしていた。
「貴方の怒りや性分を否定はしないわ。しかし一線は既に超えて度が過ぎた。これ以上何もしないで帰るのなら見逃すよ。だけどこれ以上やるってんなら、相手になるわ。けれどその時は――死を覚悟しなさい」
愛対生理論と鬼の金棒の先が、真っ直ぐと夜泣き女に向けられる。
開いた真っ赤な口から発せられた、悲鳴のような泣き声。それは大きく響き、前に立つ4人を襲った。
袖払いよりも遥かに強い衝撃に、ジャックとフィオナが崩れ落ちる。けれど命数を使い、すぐさま立ち上がった。
錯乱している零と数多に目を向け、フィオナが剣の柄を強く握る。
ガラティーン・改で斬・二の構えを取り、正気に戻れ、と数多に向け刃を振るった。
血が散った、その先で。数多がガクリと片膝を折る。
けれども、錯乱状態は回復しなかった。
攻撃による解除は必ずしも成功するものではない。手加減した攻撃では戻らない為、全力の攻撃を味方へと行う事となる。仲間のうちで体力が一番高い数多だったからこそ、フィオナの火力にも耐えられたのかもしれない。
状況によっては、危険な行為ともなり得るのだ。
「倒れてないなら、俺が回復してやる!」
何度でもだ、とジャックが発生させた癒しの霧が、仲間達を包み込む。
「力を合わせれば、大丈夫ですわ」
続きみのりの施す高等演舞・舞音が、数多の錯乱を解除した。
飛馬が駆け、錯乱状態が未だ解けていない零の前へと立つ。
ごめんな、と声をかけ、押して中衛へと下がらせた。
飛馬と同じく、駆け出していたのは悟。
夜泣き女を追い越し、南側にいる仲間達の前衛に加わった。
この古妖は、背後など気にしていない。ただ前へ、足立家へと向かう事、それだけを狙っている。
ならば背後に居ては、攻撃を受ける事など出来はしない。
仲間達の盾役になど、なれはしない。
「さあ、来いよ! 夜泣き女君! 君の怒り、全部受け止めてやるよ! さあさあ、俺に攻撃しろ! 君の苦しみ……俺が全部、受け止めてやる!」
どM的には、それは勿論ご褒美で。
けれど何より。
(……自分の命を掛けてでも怒りをぶつけたい……嗚呼、そんな悲愴な行動を許す訳には行かない)
誰かが犠牲になる位なら、全て自分が受け止めよう。身を呈して、守ってやる。
――それは、悠人君達だけじゃない。夜泣き女君、君の事もだ!
錯乱状態のまま零の振るう鬼の金棒が、前に立つ飛馬の背中へと活殺打を打ち込む。
それを耐える飛馬の隣で、数多が飛燕を繰り出した。命中した連撃に顔を歪めた夜泣き女へと、ジャックは攻撃ではなく声を届けようとしていた。
「俺、古妖とは仲良くしてたいタチやけ。夜泣きちゃんに攻撃している今だって苦しい。お願いだ! 俺たち能力者ならいくらでも叩いても嬲ってもいい。やからもう彼ら家族から手を引いて」
間近で見返してくる古妖は、手を引く気などないだろう。けれど、そうなれば――。
「このままじゃ俺たちが、夜泣き女ちゃんを殺すかもしれない。そんなの嫌やわ! 殺したない! 仲良くしたい!! この声が届いているのなら、どうか鎮まってくれ。声が枯れるまで叫び続けるから!」
ジャックの言葉はしかし、思うように伝わらない。老婆が反応したのは、狙いとは違う箇所であった。
『殺したくない、だと?』
「夜泣きちゃんの涙は人間を心配したりする憂いの涙や。決して人を殺める涙じゃねえだろ!!」
言い切ったジャックに、夜泣き女が更に近付く。そうして、目を吊り上げた。
『まだ、我に勝てる気でおるのかッ』
喪服の袖が大きく振られる。飛馬はフィオナを味方ガードで守り、数多も吹き飛ばされるのを堪えていた。そして悟を攻撃した事で、威力が返る。苛立たしげに牙を剥き、前進しようとするのを、数多とフィオナが遮った。
飛馬が行った味方ガードは、攻撃を己だけが受け、庇った相手は確実に飛ばされないように出来る。吹き飛ばしを避けられる人数を増やす事が出来れば、4人が並べる程の幅の道、前へと抜けようとする夜泣き女を阻みやすくしていた。
いのりの演舞・舞音が、零の錯乱状態を解く。そして悟は、全力移動で古妖の前へと駆け戻っていた。
10mを戻った零が、夜泣き女へと言葉をかける。
「この依頼は、一連の事件は、因果応報。戻る道があるのなら、今よ。彼ら家族を忘れて生きるか、呪いを産んで自らの墓穴も掘るか、選ぶのは貴方よ。――夜泣き、貴方はどうしたいの?」
零を見た老婆の視線は、その背後、足立の家へと向けられる。そしてそれが、古妖の答えであるのだ。
前の1ターンを溜め、火の力を増幅していたフィオナが剣を振るう。双撃の一撃目を受けた古妖は袖を薙ぎ、二撃目を止める。
「……絶対に守らないと、だから!」
いのりの言葉に、目を剥いて。しばらくの沈黙の後、夜泣き女は低く吐き出す。
『…………憶えておれ』
言葉と共に瞬時に古妖は姿を消し、泣き声が夜道に響いていた。
「これって、祟っているのかしら……」
数多の言葉に、飛馬が道の先を見据え、呟く。
「多分。連鎖は続くと、俺達に向け泣いてるんだろうな」
●
夜泣き女が消えた事を伝えに、覚者達は足立家へと向かう。
彼女を引き寄せそうな悪い物がないかを念の為調べ、無い事を確認したフィオナが、悠人に事情を説明した。
少年の悲しみにとことん寄り添いたいと思うフィオナだが、納得は難しいだろうと、わざと夜泣き女の肩を持つ話し方をした。
それは悲しむより、憎む方が気持ちが楽だろうと考えたから。
「なぁ、それ。本気で言ってんの?」
――父さん達が、悪いって言うのかよ。
フィオナを睨んだ悠人が、小刻みに身を震わせる。
「……嗚呼、君達が怒りに任せて罵りたかった相手を退けて復讐の機会を奪ったのは俺達だ。……もし君達がわだかまりを残してるなら、俺に全てぶつければいい……甘んじて受け入れよう。……愛しい者を奪われた怒りは理解出来るからな」
悟の最後の言葉に反応したのは、颯真。
悠人が失っている冷静さを見せて、覚者達を探るように見た。
「恨み辛み、分からない訳では無い。でも、駄目よ。全ては巡り巡って返ってくる。恨めば呪われるし、罵詈雑言吐けば祟られる」
零の言葉に、堪えきれずに悠人が袖で目を擦る。
「じゃあなんで、あのバケモノは死なない! 巡り巡ってなんかいねぇじゃん!」
少年の言葉に、「そうね」と零は頷いて、言葉を続けた。
「生きたいか死にたいか選ぶのは自分。親の死を根にもって夜泣きにもう1度暴言吐くのはいい。でもその時は、もう私たち助けないわよ。……吐いた恨みの責任が取れないのなら、止めなさい。それに母親を泣かせるような真似は、許さないわ」
「助けてなんて――」
頼んでない、と続けようとした悠人に、思わず母親が涙を零す。
それにはいのりが、ずぃと前へと進み、悠人の頬を打った。
「貴方の思いを否定はしません。けれどそれはお母様を1人残してまでやるべき事なのですか? 貴方はそれで満足かもしれませんけど、その満足の為に1人残されるお母様はいい迷惑ですわ」
ギッと睨んだ悠人が、瞳を潤ませているいのりに言葉を失う。
「あんた……」
流石に何かあるのだと気付いた少年に、孝行できる両親のいないいのりは、「生きて親孝行して欲しい」そう願いを込めていた。
「敵じゃない、悠人。彼等は、恩人だよ」
颯真の言葉を受けて少し落ち着いた悠人の様子に、飛馬は「祖父と夜泣き女には何かあったんじゃないか」と告げる。
「『あの子を殺したと』って、彼女怒ったんだ。夜泣き女が殺したんじゃない。御祖父さんを『あの子』って言ったのも気になる」
「――ってワケでさ」
足立家族はFiVEで保護したいんだけど、とジャックが提案した。
相談の上、保護する事が決まると、ジャックは悠人と母親へと改めて向き直る。
「難しいかもやけど。古妖を嫌いにならないでくれ。あいつらは、単純だけど純粋な共存種やけ」
唇を噛んだまま、悠人は答えない。気付かず僅かに顔を曇らせたジャックの頭へと、貴裕がポン、と掌を乗せた。
「皆さん、お疲れ様」
撫でられた頭に、擽ったそうに掌から逃れて。
自分達も夜泣き女を怒らせたから、怒りは分散されている筈、と報告した。
「悠人君を留めててくれて、ありがとう」
そう労った数多にもチラリと視線を向けて、「君達は」と額に掌をあてる。
「相変わらず、無茶をする……」
やれやれというように首を振って、権宮司の青年は小さく溜息を吐いた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
