【難しくない】Re:ふしだらな女王
●取り決め
ひとつ、単一であること。眷属の存在は認めるが、主体が同級の複数体であってはならない。
ひとつ、単彩であること。戦闘のみの依頼とする。探し出す、説得するといったベクトルを含んではならない。
ひとつ、単純であること。討伐のみを成功条件とする。他にクリアすべき事由が存在してはならない。
●あなたを感じていられるのなら
急に冬を感じるようになった。
風は涼しくなったものだとは思っていたが、それでも差し込む日差しはまだまだ暑いと表現して良いもので、外回りをした時になどが下着が汗で濡れて非常に不快な思いをしたものだった。
それがまあ、今や夜には背広で足りないときている。ダウンジャケットを着用しているひとを見かけた。そろそろ押入れの奥から出しておかねばならない。いや、あれは去年穴が空いたのだったか。上着は高級品だ。また、煙草代を削らねばならぬと胸中で嘆く。世間体は良いかもしれないが。
肌を震わせる。それぐらいには寒い。白い息を吐くほどではないが、腕をさすりたいほどには寒い。そう、寒い夜であったのだ。
だから、そんな格好をしている女はとても目についた。
ヘソまで開いたVネックのナイトドレス。寒そうだ、と思う前にそちらに目が行ったのは男の本能か。しかしつまりは、それくらいの距離であったということで。
緊張する。警戒心、というものは浮かんでこなかった。人間、やはり見目の良さには弱いものだ。少なくとも彼女からは、攻撃的ななんらかを感じなかった。
だが、それもそのはずだろう。
彼女は自分を攻撃の対象だなどとは見ていなかったからだ。
それは悪意とは言えぬ行為。善意でもない。生命活動というただただ純粋で究極の利己行為。
笑いたくば笑え。自分はその時、年甲斐もなく女性に上着を差し出そうとしていたのだ。
それを見て彼女は驚いたような顔の後、優しく、本当に優しく微笑んで自分にこういった。
「それよりも、欲しいものがあるんですのよ」
そうして自分に、脳天からかぶりついたのだ。
夜の公園。
枯れきった噴水の近くで、女が自身を抱きしめている。
身を震わせているが、寒さを感じているわけではない。
感情の奔流。美食を口にしたという歓喜に打ち震えているのだ。
と。
ぱっくり開いて見せた彼女の背中から、指のような何かが生えた。
それは彼女から切り離されると、地に落ちてもがく。もがく。
彼女の震えがぴたりと止まる。
彼女は自分から産まれたそれをさもつまらなさそうに見下ろすと、ひょいとつまみ上げて丸呑みにした。
ひとつ、単一であること。眷属の存在は認めるが、主体が同級の複数体であってはならない。
ひとつ、単彩であること。戦闘のみの依頼とする。探し出す、説得するといったベクトルを含んではならない。
ひとつ、単純であること。討伐のみを成功条件とする。他にクリアすべき事由が存在してはならない。
●あなたを感じていられるのなら
急に冬を感じるようになった。
風は涼しくなったものだとは思っていたが、それでも差し込む日差しはまだまだ暑いと表現して良いもので、外回りをした時になどが下着が汗で濡れて非常に不快な思いをしたものだった。
それがまあ、今や夜には背広で足りないときている。ダウンジャケットを着用しているひとを見かけた。そろそろ押入れの奥から出しておかねばならない。いや、あれは去年穴が空いたのだったか。上着は高級品だ。また、煙草代を削らねばならぬと胸中で嘆く。世間体は良いかもしれないが。
肌を震わせる。それぐらいには寒い。白い息を吐くほどではないが、腕をさすりたいほどには寒い。そう、寒い夜であったのだ。
だから、そんな格好をしている女はとても目についた。
ヘソまで開いたVネックのナイトドレス。寒そうだ、と思う前にそちらに目が行ったのは男の本能か。しかしつまりは、それくらいの距離であったということで。
緊張する。警戒心、というものは浮かんでこなかった。人間、やはり見目の良さには弱いものだ。少なくとも彼女からは、攻撃的ななんらかを感じなかった。
だが、それもそのはずだろう。
彼女は自分を攻撃の対象だなどとは見ていなかったからだ。
それは悪意とは言えぬ行為。善意でもない。生命活動というただただ純粋で究極の利己行為。
笑いたくば笑え。自分はその時、年甲斐もなく女性に上着を差し出そうとしていたのだ。
それを見て彼女は驚いたような顔の後、優しく、本当に優しく微笑んで自分にこういった。
「それよりも、欲しいものがあるんですのよ」
そうして自分に、脳天からかぶりついたのだ。
夜の公園。
枯れきった噴水の近くで、女が自身を抱きしめている。
身を震わせているが、寒さを感じているわけではない。
感情の奔流。美食を口にしたという歓喜に打ち震えているのだ。
と。
ぱっくり開いて見せた彼女の背中から、指のような何かが生えた。
それは彼女から切り離されると、地に落ちてもがく。もがく。
彼女の震えがぴたりと止まる。
彼女は自分から産まれたそれをさもつまらなさそうに見下ろすと、ひょいとつまみ上げて丸呑みにした。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
古妖が発生しました。非常に食欲旺盛で、その対象に人間を含みます。
一刻も早く打倒してください。
●エネミーデータ
『汚泥口縄』
・基本は人型。成人女性の背格好をした妖怪です。食べるときに異常なほど大きく口が開いたり、腕を切り離したり、また生えてきたりと自在に自分の部位を操ります。また、切り離した部位も1ターンは自立して行動します。
・毎ターン開始時に小型の生物を2体産み落とします。ステータスは別記します。
・【捕食】生物を捕食することでステータスの一部を同一戦闘中上昇、また回復を行います。この行動は自分の手番でのみ行い、その手番での行動を消費しません。捕食対象に禍津雛を含みます。
・体力が低下すると行動の一部が変化します。半分以下で素早くなります。回避・反応速度が上昇し、2回行動を取るようになります。3割以下ですべての攻撃が範囲化し、3回行動を取るようになります。
・必要に応じ、逃走する危険性があります。
『禍津雛』
・汚泥口縄に産み落とされた仔。どろどろの肉の塊に眼球と口が不揃いに浮かんでいる。足の代わりに人間の指が生えておりフォルムだけで言えば蜘蛛に似ている。
・産まれた直後は覚者の攻撃1~2発で倒せる程度だが毎ターン成長し、3ターンでランク2の妖程度にまで成長。5ターンで自爆する。
・【自爆】近物列貫通:生まれてから5ターンで自爆します。物防無視。何らかのバッドステータスを被っている場合、この行動はキャンセルされ、他の行動を取ります。
●シチュエーションデータ
住宅街の公園
・夜間。街灯があるので昼間ほどではありませんが、視界は確保可能でしょう。
・居住区にあたります。そのため、一般人が現れてもおかしくはなく、また、逃せば大損害が発生すると考えられます。
●注意
このシナリオは高難度の依頼となります。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年11月18日
2016年11月18日
■メイン参加者 8人■

●友達には近く、恋人には遠すぎて
喰われる心配がないというのは、なかなか幸せなことだ。少なくとも、生きているうえで悩みがひとつ消えている。種族として、生物として、ヒエラルキーとして、食われる立場にない。いいことだ、食う側というやつは。嗚呼、勘違いはしないでほしい。別に生物的な全体主義を謳うつもりはないよ。だから食うやつを非難するなというつもりもない。
朝には羽織って出かけたことを後悔したはずのコートが、夜には朝の自分を褒めたくなるほどに温もりを与えてくれる。まあそのくらいには、冬の到来を教えてくれるこの寒さのせいだろう。人通りは少ない。家々のあかりが、彼らがいなくなったわけではないことを教えてくれていた。
「ふん……そう何度も辛酸をなめるような私ではなくてよ」
一度痛い目に合っている『女帝』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)の口から苦みの籠った言葉が漏れる。人を喰う化け物。誘って、おびき寄せて、丸呑みにする化け物。もう一年になる。あれから、一体どれほどを食らったのか。それを想像するだけで。それを想像するだけで。
「今度こそアナタを完全に仕留めて見せるわ。絶対に逃がさないんだから!」
「会うのは二度目だな」
そして二度と会いたい相手ではなかったと、『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)。だが、それも今日が最後だ。これっきりだ。なんであれ純粋に、食うやつは最悪だ。そこには思想的な妥協点も観念的な折衷案も存在しない。豚に交渉されて断食のできる者などいないように、これは絶対にそれをやめるはずがないのだ。
「人型の敵を倒すのは、やっぱり怖いけど、やつはここで討ち取る。討ち取らないと、ダメだ!」
「ほう、秋人が以前逃した相手か……」
珍しこともあるものだと、『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)が眉をひそめた。人間の様に振舞って、男を誘い、丸呑みにする。提灯鮟鱇の類だなと脳内でカテゴライズする。ルアーを使う生物は珍しくない。餌で釣るという行為は極々自然なものだ。そういうものがいたとして、何か異常というわけでもない。
「ならば、今回はお前の仇討ちをしなくてはならんな……行くぞ」
「一度、他の人達が取り逃した相手か」
『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)が頭上を見上げると、何もない夜闇が広がっている。そう言えば、今日は曇りであったか。月すら見えぬその一面は只々不気味なものだ。だが、何の彩りもないその一色は思考を巡らせる風景としては適しているとも言えるだろう。食って、強くなる。産み落とし、また増える。
「かなり厄介な特性を持つし、気をつけないとまた取り逃してしまいそうだね」
「戦わない選択もするのですか」
以前の報告内容を確認しながら、『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)がひとり頷いた。考えてみれば、もっともな話だ。古妖が正面から戦い、死ぬまで戦闘に興じてくれる補償などどこにもない。これは生存競争だ。不利を思えば逃げも隠れもするだろう。策を弄し、不意を打ち、隙をつく。それを誰が卑屈と罵ろう。ただ玉砕しあうだけを是とする時代など、古来よりどこにも存在しないのだ。
「それは、なるほど厄介ですね」
鈴白 秋人(CL2000565)にとっても、一度取りに逃がした経験というのは重く苦いものだ。身体的な傷はとうに癒えている。それでも、人を食うそれが生きているという事実。けして相容れぬそれがいまだ生存欲求を満たし続けている。それは心の傷だ。過去を突き付けられる証左そのものだ。拳を強く握りしめる。そういうものであるのだろう。だが、こちらもそういうものであるのだ。
「今度は刺し違えてでも絶対に逃がさないし撃破する」
「人を食う危険な奴だって聞いたから何としてでも倒したい」
『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)は聞き及んだその凶悪さを再認する。人を食う。人を食す。人を食べる。自分たちを主食にするという事実は只々脅威である。獅子にとっての縞馬。鯨にとっての魚。ヒトにとっての豚。そちら側に回るわけにはいかないのだ。
「一度倒しきれなかったらしいからな。気を引き締めていかねーと!」
「やる事は、ごく単純だ。何も考えずに殺れば良い。しかし悪食が喰い気を見せたからには……喰われて貰わんとなあ」
緒形 逝(CL2000156)が己の得物に手を添える。どこか、タガの外れた調子で。どこか、螺子の外れた具合で。
「その見た目も有り様も大した事では無い。腹に収まってしまえば今迄に喰ってきたモノと変わらんよ、アハハ! そうだろう? おっさんは、ただ腹を空かせた悪食に食餌をさせようと思ってるだけなのよ」
息をひそめる。ひそめている。嗚呼、この先に怪物がいるのだ。ヒトを食う。嗜好ではなく、観念ではなく、病的でもなく。そういうものであるとして、そういうものであるのだから。
だから、これは駆除だ。こちらの規定に従い、規定に沿わせるのだ。
静かで肌寒い。思わず上着の襟を直す。冬の到来を予感させる、長くて短い夜が始まる。
●手を合わせる、礼を述べる
不思議な話だと思わないか。人間ってのは雑食だから生きてこれたんだ。環境が変わっても、災害に見舞われても、雑食だから生きてこられた。だが、食事には味付けをするし、たとえ栄養価が高かろうがまずいものは誰も食いたくない。本当に雑食なのかね。おいおい、真面目な顔して聞いてるんじゃないよ。こんなのはたわ言だ。いつものな。
御馳走が、複数であることは珍しくない。
あれらは基本、群れねば弱い生き物であるし、群れても弱い生き物だ。
無論、例外があることは知っている。痛いほど、知っている。
だが、そいつらが例外であるにしては少なすぎるように感じたし、それにオスばかりだ。いつものように気を惹かせればそのまま頂けるだろうか。
「おねーさん、そんな薄着で風邪引くぜ?」
そんな言葉に、笑いかける。笑顔というものを作ってやる。狩りの工夫だ。妖艶を演じ、蠱惑を演じ、美麗を演じる。
少しだけ伝わってくる緊張感。それをメスに興奮したのだと勘違いしたのが運の尽きだったのだろう。
気づいた時には背後を取られている。逃げだそうにも攻撃が身を掠め、機を逸してしまった。
囲んでいる。囲まれている。
嗚呼、忌々しい。御馳走が、反逆するだなどと。
●生きることは、独善です
食欲があるってのは大事なことだ。食わなきゃ、なんだって死んじまうからな。植物を含め、完全な自給自足を行える生物なんざいやしない。いるのかもしれないが、見当たらなきゃあ同じことだ。なんだ、変な顔して。そんなことはわかり切ってる、てかぁ。いいじゃねえか、酒の席だ。真面目腐って建設的な話してえのかよ。
エメレンツィアにより形成された液体龍の大顎が、母より産まれたばかりの禍津雛を喰らい、咀嚼する。
指や眼球の塊である禍津雛が噛み砕かれる絵面というのは、どうにも薄気味悪いものだ。平素であれば思わず口元に手をやっていたであろうその様をしかし、彼女は強く強く睨みつける。
飛びかかってきた雛を叩き落とす。べちゃりという半液状の肉の感覚は嫌でも不快感を与えてくる。眉を潜めている時間はない。目前にその母が迫っていた。
大蛇の名を冠する女が腕を突き出してくる。つまみ食いのつもりか、迷いなく眼球に向けて伸ばされたそれの手首をエメレンツィアが掴んだ。
ぎりぎり、ぎりぎりと。腕力では劣る。だが弱い。まだ、弱いのだ。このうちに崩されるわけにはいかない。これの本領はまだこの先であると彼女は既に経験している。
「今回こそ絶対に跪かせてあげるわ! 女帝に二度も失敗はないのよ!」
啖呵を切る。餌がよもやと笑うそれの横を、駆けつけた仲間が強襲した。
仲間に向けて手を伸ばし、食欲からか歪過ぎる程に大口を開けていた汚泥口縄の横面を、ヤマトは直拳で思い切り殴りつけた。
体勢を崩した古妖。その隙に白兵距離から仲間が逃れるのを確認する。有名な叫びの絵画のように顔を歪ませた汚泥口縄。鞭のように腕をしならせ、その背より産まれたばかりの雛を捕まえ、口に運ぶ。
咀嚼。嚥下。みるみる彼女の顔が戻っていく。通じていない、否、通じている。ヤマトは古妖の動きに若干の乱れが生じたのを見逃さない。これは、外観とダメージが直結しない類の生き物だ。通っている。自分の拳は、間違いなく。
「さぁ、行くぜレイジングブル! 今度こそ、コイツを止めてやる!」
好機と見る。かき鳴らした弦から響く旋律が形を成した。炎球体。それは見目通りの殺意を持って汚泥口縄へと飛来する。
生きるために食うのだろう。ならば、生きるために食われないまでだ。
「生かすために、オレはお前を倒す! そのために全力を尽くす!」
両慈の落とした氣製の星屑が、眼球を忙しなく動かす雛を焼いた。
ダメージにもアンチリソースにもならぬ、だが見過ごすことの出来ない敵。極めて厄介だが、対処し続けるしか無い。放置すれば破裂するか食われるかだ。どちらにせよ、今より酷いことにしかならない。
痙攣する肉塊を不快に思いながらも踏みつける。確実に息の根を止めておかねば、成長されては意味がない。
天候を、メテオから霧雨に変える。仲間の傷を癒やし、コンディションを維持していく。
今のところ、圧しているのはこちらの方だ。雛を早期に対処し、全快をキープする。完全に汚泥口縄を挟み込んだこの陣形に、逃げ出すそぶりを取ることすら許しては居ない。ここまでは。
と。
空気が変わった。
明らかに、重くなった。
汚泥口縄の見た目が何か変わったわけでもない。
だが、違う。
こちらが遅くなったかのような錯覚。それほどに、唐突に、速度がギアがエンジンが変わる。
霧雨が止む。止まざるを得なかった。
さあ、ここからだ。
そんなのありか、と。理央は胸中で理不尽に歯噛みせざるを得なかった。
汚泥口縄が、生み出したばかりの禍津雛二体を同時に掴み、飲み込んだのだ。
捕食。回復。戦闘能力の向上。それを、二度同時に。
明らかに、膂力が、耐久が、精密が、上がる。
汚泥口縄の行動の中で、これだけが絶対に阻止できない。あらゆる行動の中で、この捕食行動のみがこちらの反応速度を完全に凌駕している。
だから故の、大食い。だが、この古妖からしてもあまり好ましい行動ではないのだろう。忌々しいほど人間的に『顔をしかめて』見せた彼女は、その行為を続けようとはしない。
生み出した炎塊では効果が薄いと判断し、理央は五行を三段階巡らせる。
火生土・土生金をスキップ。その先の金生水。
高速射出されや水弾が、古妖の左胸を貫いた。
クリティカルショット。人間ならば即死の位置だ。古妖にしても痛手ではあっただろう。忌々しげにこちらを睨めつける汚泥口縄。
そのザマに少しだけ、胸中でほくそ笑んだ。
口縄は好んで雛を食わない。
この期に及んで古妖が自分の嗜好を優先させているのは、やはり彼女にとってこれらの行為が全て食事であるからだろう。
戦いであれば、効率的であるべきだ。食い散らかし、ただの暴力を振るうべきだ。そうではない。未だ彼女は食事を取っている。膂力を振り回し、削いだ肉片を愛おしそうに嬉しそうに飲み込んでいる。
だが、それを戦闘行為と受け止めている側からすれば大きな隙だ。合わせてやる必要はない。これは命のやり取りなのだから。
翔は産み落とされ、もがいては成長しようとする『食い残し』共を蹴散らしていく。食わないならば押しつぶそう。アドバンテージを捨てるのならば廃棄してやろう。
苛烈を増す攻撃。食事行動。何者も、食わねば死ぬ。だが当然、食われても死ぬのだ。
「生きる為には食べねえといけないってのはオレにだって判る。だけどおとなしく食われてやる気はねえ。逆襲させて貰うぜ、悪く思うなよ!」
「食欲旺盛……こちらの攻撃すら摂取しエネルギーに変えるでしょうか」
誡女の懸念は、どうやら懸念のままで終わってくれるようだ。あらゆる攻勢技能の飛び交う戦場であるが、汚泥口縄がそれに向けて大口を広げるようなことはしていない。エネルギーをそのまま体内還元できるようにはできていないのだろう。もっとも、そんなモノがいたらどうやって対処すべきか見当もつかないが。
舌舐めずりをした口元を狙い病毒を発生させる。喰らえ喰らえ。馳走してやる喰らうてしまえ。
重くのしかかれ。重くのしかかれ。伸ばしたて指にさえ重力を感じ、両足に枷を嵌められたかのような錯覚に陥るが良い。
一瞬、動きを鈍らせた汚泥口縄に向けて仲間が攻勢に出る。一撃は重く、一撃は疾い。
「準備を終えた状態で敵の変化を迎えたいもので―――」
言い終わる前に、敵をの攻撃が我が身を薙いだ。
重く重く。振り抜かれ、伸ばされたのは古妖の腕。
距離はあった。それでも届いた。
追い詰められた化物が、ひとの形を辞めたのだ。
逝が二度、強く斬りつける内に、自分は三度傷を負う。
傷口から赤いものが流れていく。お互いにそうであるのが、少しだけ奇妙な光景に思えた。
これは食い合いだ。
獅子を食う獅子がいれば、こんなだろうか。だが、互いを食うという行いは元来存在しない。互いの尾を飲み合う蛇が神話にしかありえないように、敷き詰められた毒虫らが濃度を高めるだけの儀式とされるように。不自然の中にしかそれは存在しない。
だから、そこに存在単位の優劣はない。ひとも、妖も、古妖も、きっと神様だって、区別なんかない。食べたいと思え。思ったならば食うだけだ。
「喰うか喰われるかなんて楽しいだろう、悪食や。喰うだけなら同類だ、残さず喰ってしまおうねえ!」
互いの腹を満たし続ける行為。満たしているのに、減っているという矛盾。塗れながら、膨れながら、濃くなっていく。密度が増していく。
血を流せ。流させた血を飲み干してやれ。
それはまるで壺だ。毒を煮詰めるための壺だ。
最早我が身のコンディションを省みる余裕すらない。
がちがちがち。がちがちがちがち。鳴っているのは古妖の手のひらや肘に生えた新しい口だ。
形振り構わなく、なっているのだろう。狂乱とも取れる攻撃的なフォルムに姿を変えた汚泥口縄を目前にしながら、秋人はどこか冷静な心持ちで彼女を見ていた。
わかっている。わかっている。これはけして怒り狂ってなどいない。形振り構わなくなっているのは確かだが、『生きるために』殺していたこれが、殺すために化けるなどありえない。
生み出した氷柱の群が敵を襲う。それ以上に、棘のような触腕が・短刀のような爪が、銃弾のような骨が自分を襲う。
痛い。痛い。だが、熱を持った脳の片隅で冷める冷める小部屋を潰さない。潰さない。つぶさに、見つめている。
わかっている。『生きるため』だろう。だから、命の取り『合い』などこれがするものか。
汚泥口縄の足が一歩、後ろへ向く。
この瞬間だ。魂を燃やせ。未来を代償にしろ。命を燃料に変えて、エンジンを爆発させろ。
古妖が逃げるために意識を反らせた刹那。本当に本当に僅かな隙間。その瞬間に踏み込む。踏み入る。肉薄する。
渾身打。
完全に意識の外から加えられた一撃に、古妖の行動の全てがほんの僅か、止まる。
それを、彼らの全てが飲み込んだ。
●愛なのか、エゴなのか
嗚呼そうだな、腹減ってきた。茶漬けでも食うか。
終わりの予兆はどれであったか。
誰かの膝がついたときか。握力を失い、得物を取り落としたときか。それとも、彼女の背から雛が産まれなくなったときか。
息が荒い。体が熱い。血を流し過ぎている。だが、彼女ほどではない。汚泥口縄ほどには死に瀕していない。
ずしゃりと、崩れ、溶けていく。今や無数の腕を生やし、あらゆる部位で口を開いた捕食者の体が溶けていく。
溶けていって、最後には何もなくなった。
喧騒も、殺し合いも、なかったかのように、そこには何もなくなった。
崩れ落ちる。披露と、怪我と、安堵とで。
脳内物質が沈静化し、傷の痛みを思い出した頃。
ぐうと誰かの、腹が鳴った。
了。
喰われる心配がないというのは、なかなか幸せなことだ。少なくとも、生きているうえで悩みがひとつ消えている。種族として、生物として、ヒエラルキーとして、食われる立場にない。いいことだ、食う側というやつは。嗚呼、勘違いはしないでほしい。別に生物的な全体主義を謳うつもりはないよ。だから食うやつを非難するなというつもりもない。
朝には羽織って出かけたことを後悔したはずのコートが、夜には朝の自分を褒めたくなるほどに温もりを与えてくれる。まあそのくらいには、冬の到来を教えてくれるこの寒さのせいだろう。人通りは少ない。家々のあかりが、彼らがいなくなったわけではないことを教えてくれていた。
「ふん……そう何度も辛酸をなめるような私ではなくてよ」
一度痛い目に合っている『女帝』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)の口から苦みの籠った言葉が漏れる。人を喰う化け物。誘って、おびき寄せて、丸呑みにする化け物。もう一年になる。あれから、一体どれほどを食らったのか。それを想像するだけで。それを想像するだけで。
「今度こそアナタを完全に仕留めて見せるわ。絶対に逃がさないんだから!」
「会うのは二度目だな」
そして二度と会いたい相手ではなかったと、『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)。だが、それも今日が最後だ。これっきりだ。なんであれ純粋に、食うやつは最悪だ。そこには思想的な妥協点も観念的な折衷案も存在しない。豚に交渉されて断食のできる者などいないように、これは絶対にそれをやめるはずがないのだ。
「人型の敵を倒すのは、やっぱり怖いけど、やつはここで討ち取る。討ち取らないと、ダメだ!」
「ほう、秋人が以前逃した相手か……」
珍しこともあるものだと、『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)が眉をひそめた。人間の様に振舞って、男を誘い、丸呑みにする。提灯鮟鱇の類だなと脳内でカテゴライズする。ルアーを使う生物は珍しくない。餌で釣るという行為は極々自然なものだ。そういうものがいたとして、何か異常というわけでもない。
「ならば、今回はお前の仇討ちをしなくてはならんな……行くぞ」
「一度、他の人達が取り逃した相手か」
『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)が頭上を見上げると、何もない夜闇が広がっている。そう言えば、今日は曇りであったか。月すら見えぬその一面は只々不気味なものだ。だが、何の彩りもないその一色は思考を巡らせる風景としては適しているとも言えるだろう。食って、強くなる。産み落とし、また増える。
「かなり厄介な特性を持つし、気をつけないとまた取り逃してしまいそうだね」
「戦わない選択もするのですか」
以前の報告内容を確認しながら、『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)がひとり頷いた。考えてみれば、もっともな話だ。古妖が正面から戦い、死ぬまで戦闘に興じてくれる補償などどこにもない。これは生存競争だ。不利を思えば逃げも隠れもするだろう。策を弄し、不意を打ち、隙をつく。それを誰が卑屈と罵ろう。ただ玉砕しあうだけを是とする時代など、古来よりどこにも存在しないのだ。
「それは、なるほど厄介ですね」
鈴白 秋人(CL2000565)にとっても、一度取りに逃がした経験というのは重く苦いものだ。身体的な傷はとうに癒えている。それでも、人を食うそれが生きているという事実。けして相容れぬそれがいまだ生存欲求を満たし続けている。それは心の傷だ。過去を突き付けられる証左そのものだ。拳を強く握りしめる。そういうものであるのだろう。だが、こちらもそういうものであるのだ。
「今度は刺し違えてでも絶対に逃がさないし撃破する」
「人を食う危険な奴だって聞いたから何としてでも倒したい」
『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)は聞き及んだその凶悪さを再認する。人を食う。人を食す。人を食べる。自分たちを主食にするという事実は只々脅威である。獅子にとっての縞馬。鯨にとっての魚。ヒトにとっての豚。そちら側に回るわけにはいかないのだ。
「一度倒しきれなかったらしいからな。気を引き締めていかねーと!」
「やる事は、ごく単純だ。何も考えずに殺れば良い。しかし悪食が喰い気を見せたからには……喰われて貰わんとなあ」
緒形 逝(CL2000156)が己の得物に手を添える。どこか、タガの外れた調子で。どこか、螺子の外れた具合で。
「その見た目も有り様も大した事では無い。腹に収まってしまえば今迄に喰ってきたモノと変わらんよ、アハハ! そうだろう? おっさんは、ただ腹を空かせた悪食に食餌をさせようと思ってるだけなのよ」
息をひそめる。ひそめている。嗚呼、この先に怪物がいるのだ。ヒトを食う。嗜好ではなく、観念ではなく、病的でもなく。そういうものであるとして、そういうものであるのだから。
だから、これは駆除だ。こちらの規定に従い、規定に沿わせるのだ。
静かで肌寒い。思わず上着の襟を直す。冬の到来を予感させる、長くて短い夜が始まる。
●手を合わせる、礼を述べる
不思議な話だと思わないか。人間ってのは雑食だから生きてこれたんだ。環境が変わっても、災害に見舞われても、雑食だから生きてこられた。だが、食事には味付けをするし、たとえ栄養価が高かろうがまずいものは誰も食いたくない。本当に雑食なのかね。おいおい、真面目な顔して聞いてるんじゃないよ。こんなのはたわ言だ。いつものな。
御馳走が、複数であることは珍しくない。
あれらは基本、群れねば弱い生き物であるし、群れても弱い生き物だ。
無論、例外があることは知っている。痛いほど、知っている。
だが、そいつらが例外であるにしては少なすぎるように感じたし、それにオスばかりだ。いつものように気を惹かせればそのまま頂けるだろうか。
「おねーさん、そんな薄着で風邪引くぜ?」
そんな言葉に、笑いかける。笑顔というものを作ってやる。狩りの工夫だ。妖艶を演じ、蠱惑を演じ、美麗を演じる。
少しだけ伝わってくる緊張感。それをメスに興奮したのだと勘違いしたのが運の尽きだったのだろう。
気づいた時には背後を取られている。逃げだそうにも攻撃が身を掠め、機を逸してしまった。
囲んでいる。囲まれている。
嗚呼、忌々しい。御馳走が、反逆するだなどと。
●生きることは、独善です
食欲があるってのは大事なことだ。食わなきゃ、なんだって死んじまうからな。植物を含め、完全な自給自足を行える生物なんざいやしない。いるのかもしれないが、見当たらなきゃあ同じことだ。なんだ、変な顔して。そんなことはわかり切ってる、てかぁ。いいじゃねえか、酒の席だ。真面目腐って建設的な話してえのかよ。
エメレンツィアにより形成された液体龍の大顎が、母より産まれたばかりの禍津雛を喰らい、咀嚼する。
指や眼球の塊である禍津雛が噛み砕かれる絵面というのは、どうにも薄気味悪いものだ。平素であれば思わず口元に手をやっていたであろうその様をしかし、彼女は強く強く睨みつける。
飛びかかってきた雛を叩き落とす。べちゃりという半液状の肉の感覚は嫌でも不快感を与えてくる。眉を潜めている時間はない。目前にその母が迫っていた。
大蛇の名を冠する女が腕を突き出してくる。つまみ食いのつもりか、迷いなく眼球に向けて伸ばされたそれの手首をエメレンツィアが掴んだ。
ぎりぎり、ぎりぎりと。腕力では劣る。だが弱い。まだ、弱いのだ。このうちに崩されるわけにはいかない。これの本領はまだこの先であると彼女は既に経験している。
「今回こそ絶対に跪かせてあげるわ! 女帝に二度も失敗はないのよ!」
啖呵を切る。餌がよもやと笑うそれの横を、駆けつけた仲間が強襲した。
仲間に向けて手を伸ばし、食欲からか歪過ぎる程に大口を開けていた汚泥口縄の横面を、ヤマトは直拳で思い切り殴りつけた。
体勢を崩した古妖。その隙に白兵距離から仲間が逃れるのを確認する。有名な叫びの絵画のように顔を歪ませた汚泥口縄。鞭のように腕をしならせ、その背より産まれたばかりの雛を捕まえ、口に運ぶ。
咀嚼。嚥下。みるみる彼女の顔が戻っていく。通じていない、否、通じている。ヤマトは古妖の動きに若干の乱れが生じたのを見逃さない。これは、外観とダメージが直結しない類の生き物だ。通っている。自分の拳は、間違いなく。
「さぁ、行くぜレイジングブル! 今度こそ、コイツを止めてやる!」
好機と見る。かき鳴らした弦から響く旋律が形を成した。炎球体。それは見目通りの殺意を持って汚泥口縄へと飛来する。
生きるために食うのだろう。ならば、生きるために食われないまでだ。
「生かすために、オレはお前を倒す! そのために全力を尽くす!」
両慈の落とした氣製の星屑が、眼球を忙しなく動かす雛を焼いた。
ダメージにもアンチリソースにもならぬ、だが見過ごすことの出来ない敵。極めて厄介だが、対処し続けるしか無い。放置すれば破裂するか食われるかだ。どちらにせよ、今より酷いことにしかならない。
痙攣する肉塊を不快に思いながらも踏みつける。確実に息の根を止めておかねば、成長されては意味がない。
天候を、メテオから霧雨に変える。仲間の傷を癒やし、コンディションを維持していく。
今のところ、圧しているのはこちらの方だ。雛を早期に対処し、全快をキープする。完全に汚泥口縄を挟み込んだこの陣形に、逃げ出すそぶりを取ることすら許しては居ない。ここまでは。
と。
空気が変わった。
明らかに、重くなった。
汚泥口縄の見た目が何か変わったわけでもない。
だが、違う。
こちらが遅くなったかのような錯覚。それほどに、唐突に、速度がギアがエンジンが変わる。
霧雨が止む。止まざるを得なかった。
さあ、ここからだ。
そんなのありか、と。理央は胸中で理不尽に歯噛みせざるを得なかった。
汚泥口縄が、生み出したばかりの禍津雛二体を同時に掴み、飲み込んだのだ。
捕食。回復。戦闘能力の向上。それを、二度同時に。
明らかに、膂力が、耐久が、精密が、上がる。
汚泥口縄の行動の中で、これだけが絶対に阻止できない。あらゆる行動の中で、この捕食行動のみがこちらの反応速度を完全に凌駕している。
だから故の、大食い。だが、この古妖からしてもあまり好ましい行動ではないのだろう。忌々しいほど人間的に『顔をしかめて』見せた彼女は、その行為を続けようとはしない。
生み出した炎塊では効果が薄いと判断し、理央は五行を三段階巡らせる。
火生土・土生金をスキップ。その先の金生水。
高速射出されや水弾が、古妖の左胸を貫いた。
クリティカルショット。人間ならば即死の位置だ。古妖にしても痛手ではあっただろう。忌々しげにこちらを睨めつける汚泥口縄。
そのザマに少しだけ、胸中でほくそ笑んだ。
口縄は好んで雛を食わない。
この期に及んで古妖が自分の嗜好を優先させているのは、やはり彼女にとってこれらの行為が全て食事であるからだろう。
戦いであれば、効率的であるべきだ。食い散らかし、ただの暴力を振るうべきだ。そうではない。未だ彼女は食事を取っている。膂力を振り回し、削いだ肉片を愛おしそうに嬉しそうに飲み込んでいる。
だが、それを戦闘行為と受け止めている側からすれば大きな隙だ。合わせてやる必要はない。これは命のやり取りなのだから。
翔は産み落とされ、もがいては成長しようとする『食い残し』共を蹴散らしていく。食わないならば押しつぶそう。アドバンテージを捨てるのならば廃棄してやろう。
苛烈を増す攻撃。食事行動。何者も、食わねば死ぬ。だが当然、食われても死ぬのだ。
「生きる為には食べねえといけないってのはオレにだって判る。だけどおとなしく食われてやる気はねえ。逆襲させて貰うぜ、悪く思うなよ!」
「食欲旺盛……こちらの攻撃すら摂取しエネルギーに変えるでしょうか」
誡女の懸念は、どうやら懸念のままで終わってくれるようだ。あらゆる攻勢技能の飛び交う戦場であるが、汚泥口縄がそれに向けて大口を広げるようなことはしていない。エネルギーをそのまま体内還元できるようにはできていないのだろう。もっとも、そんなモノがいたらどうやって対処すべきか見当もつかないが。
舌舐めずりをした口元を狙い病毒を発生させる。喰らえ喰らえ。馳走してやる喰らうてしまえ。
重くのしかかれ。重くのしかかれ。伸ばしたて指にさえ重力を感じ、両足に枷を嵌められたかのような錯覚に陥るが良い。
一瞬、動きを鈍らせた汚泥口縄に向けて仲間が攻勢に出る。一撃は重く、一撃は疾い。
「準備を終えた状態で敵の変化を迎えたいもので―――」
言い終わる前に、敵をの攻撃が我が身を薙いだ。
重く重く。振り抜かれ、伸ばされたのは古妖の腕。
距離はあった。それでも届いた。
追い詰められた化物が、ひとの形を辞めたのだ。
逝が二度、強く斬りつける内に、自分は三度傷を負う。
傷口から赤いものが流れていく。お互いにそうであるのが、少しだけ奇妙な光景に思えた。
これは食い合いだ。
獅子を食う獅子がいれば、こんなだろうか。だが、互いを食うという行いは元来存在しない。互いの尾を飲み合う蛇が神話にしかありえないように、敷き詰められた毒虫らが濃度を高めるだけの儀式とされるように。不自然の中にしかそれは存在しない。
だから、そこに存在単位の優劣はない。ひとも、妖も、古妖も、きっと神様だって、区別なんかない。食べたいと思え。思ったならば食うだけだ。
「喰うか喰われるかなんて楽しいだろう、悪食や。喰うだけなら同類だ、残さず喰ってしまおうねえ!」
互いの腹を満たし続ける行為。満たしているのに、減っているという矛盾。塗れながら、膨れながら、濃くなっていく。密度が増していく。
血を流せ。流させた血を飲み干してやれ。
それはまるで壺だ。毒を煮詰めるための壺だ。
最早我が身のコンディションを省みる余裕すらない。
がちがちがち。がちがちがちがち。鳴っているのは古妖の手のひらや肘に生えた新しい口だ。
形振り構わなく、なっているのだろう。狂乱とも取れる攻撃的なフォルムに姿を変えた汚泥口縄を目前にしながら、秋人はどこか冷静な心持ちで彼女を見ていた。
わかっている。わかっている。これはけして怒り狂ってなどいない。形振り構わなくなっているのは確かだが、『生きるために』殺していたこれが、殺すために化けるなどありえない。
生み出した氷柱の群が敵を襲う。それ以上に、棘のような触腕が・短刀のような爪が、銃弾のような骨が自分を襲う。
痛い。痛い。だが、熱を持った脳の片隅で冷める冷める小部屋を潰さない。潰さない。つぶさに、見つめている。
わかっている。『生きるため』だろう。だから、命の取り『合い』などこれがするものか。
汚泥口縄の足が一歩、後ろへ向く。
この瞬間だ。魂を燃やせ。未来を代償にしろ。命を燃料に変えて、エンジンを爆発させろ。
古妖が逃げるために意識を反らせた刹那。本当に本当に僅かな隙間。その瞬間に踏み込む。踏み入る。肉薄する。
渾身打。
完全に意識の外から加えられた一撃に、古妖の行動の全てがほんの僅か、止まる。
それを、彼らの全てが飲み込んだ。
●愛なのか、エゴなのか
嗚呼そうだな、腹減ってきた。茶漬けでも食うか。
終わりの予兆はどれであったか。
誰かの膝がついたときか。握力を失い、得物を取り落としたときか。それとも、彼女の背から雛が産まれなくなったときか。
息が荒い。体が熱い。血を流し過ぎている。だが、彼女ほどではない。汚泥口縄ほどには死に瀕していない。
ずしゃりと、崩れ、溶けていく。今や無数の腕を生やし、あらゆる部位で口を開いた捕食者の体が溶けていく。
溶けていって、最後には何もなくなった。
喧騒も、殺し合いも、なかったかのように、そこには何もなくなった。
崩れ落ちる。披露と、怪我と、安堵とで。
脳内物質が沈静化し、傷の痛みを思い出した頃。
ぐうと誰かの、腹が鳴った。
了。

■あとがき■
ごちそうさまでした。
