封印を解いて戦を望む者 猿の古妖と雷太鼓
封印を解いて戦を望む者 猿の古妖と雷太鼓


●ドウセツ
『火猿王』ドウセツ――
 炎を操る猿の古妖で、三百年前にとある僧侶が封印したという伝説が残っている。
 烈火の如き攻撃は人家全てを飲み込み、そこに住む人間を隷属させていた。多くの部下を持ち、今でも部下は王の復活を待ち望んでいるという。
 その封印具は僧が持っていた数珠であり、それを壊せばドウセツは再びこの地に顕現する。そうなれば、世の混乱は必至である。
 そしてその封印具である数珠を、とある隔者が手に入れたのであった――

●七星剣
「ドウセツ様を封じる数珠をよこせ!」
「あたいに喧嘩を売るには、二十年早いよ!」
 とある森の中、猿の古妖と隔者が戦っていた。猿の古妖はドウセツの部下で、隔者はまだ成人していない女性だった。背中に雷太鼓を背負い、迫る古妖を雷撃で打ち払う。その腕には古い数珠が巻かれてあった。
「くっ……! 覚えてろ!」
「おう! また来な」
 逃げる古妖を手を振って見送る隔者。その顔は清々しい。襲われて怒りを感じている様子はまるでなかった。むしろ、襲われている状況を楽しんでいる節がある。
「いやー、これ持ってると本当に古妖に狙われるんだな。お陰で戦いに事欠かなくてすっきりするぜ」
 節ではなく、本当に楽しんでいた。
 戦闘狂。バトルマニア。喧嘩好き。この隔者の性格を示す単語として、これ以上の物はなかった。危険な古妖を封じる数珠を『喧嘩の理由』以上に考えていないのである。挑発するようにドウセツの部下が巣食う森に入り、襲い掛かってくる部下達と戦っては追い返すという事をしていた。
 そして喧嘩好きの血は、更なる強者を求めてしまう。
「――そんじゃ、そろそろ封印解いてドウセツってヤツもぶちのめしてみるか」

●FiVE
「危険な古妖を復活させる隔者を止めてほしいの」
 久方 万里(nCL2000005)は集まった覚者達を前に説明を開始する。
「隔者だけど、七星剣の喧嘩好きな人が集まった集団みたい。戦いが好きでそれが高じて危険な古妖を復活させようとしているの。、
 隔者が負けれれば古妖は暴れまわるし、勝っても『また喧嘩しようぜ!』ってノリで隔者が古妖を逃がして、その後古妖が八つ当たりで街で暴れ出す感じ?」
 どっちにしても駄目じゃん。覚者達は心の中でツッコミを入れた。自由すぎるだろう七星剣。
「なので隔者が復活させる前に数珠を回収するのが妥当かな。喧嘩好きみたいだから『その数珠をかけて勝負だ!』とか言えば貰えるんじゃない?」
 そんな単純なことが通用するわけが……しそうだようなぁ。万里から『送心』された隔者の情報から、なんとなく確信する。
「喧嘩好きだけあってかなり強いから、戦うときは注意してね」
 万里から渡された資料を見て、難色を示す覚者達。日本最大の隔者組織、その中でも武闘派と呼ばれる集団。その実力は伊達ではなさそうだ。
「行ってらっしゃーい。頑張ってねー」
 元気のいい万里の声に送られて、覚者達は会議室を出た。



■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:難
担当ST:どくどく
■成功条件
1.隔者六名の打破
2.古妖を復活させない
3.なし
 どくどくです。
 隔者が危険な古妖を復活させようとしています。

●敵情報
・隔者(×6)
 七星剣の武闘派『拳華』と呼ばれる派閥の隔者です。戦いになれば全員命数を使いますが、魂は使いません。倒れた相手を殺すつもりはありませんが、意図して自分達の味方を殺されればその限りではありません。
 喧嘩の勝敗は絶対の為、数珠に関しては『戦って勝ったらそっちに譲る』という約束はとれます。そもそも古妖復活にそこまで積極的ではありませんので。
 拙作『山に住む一本踏鞴を守る為 喧嘩の華をここで咲かそう』等で出てきていますが、話自体は独立しており読む必要はありません。倒すべき隔者の認識で問題ありません。

『雷太鼓』林・茉莉
 天の付喪。一五歳女性。神具は背中に背負った和太鼓(楽器相当)。
 喧嘩好き。とにかく強い相手と戦いたい隔者です。七星剣武闘派『拳華』と呼ばれる組織で年齢不相応ながら『姉御』と呼ばれています。
 数珠は彼女が持っています。戦闘中に奪うことは不可能です。
『機化硬』『林茉莉の喧嘩祭(※)』『雷獣』『活殺打』『霞纏』『恵比寿力』『電人』『絶対音感』などを活性化しています。
 

林茉莉の喧嘩祭 特遠敵味全 やたらに雷太鼓を叩き、周囲に稲妻を放ちます。仲間の数が少なくなると使ってきます。

『バーガータイム』麻生・勉
 土の前世持ち。一八歳男性。ぽっちゃり……というかメタボ体質。常にハンバーガーを食べています。武器は大槌。
 ゆっくりと喋る温厚タイプ。だけど信条は一撃必殺。暴力を振るうことに躊躇はしません。
『錬覇法』『鉄甲掌・還』『大震』『土纏』『毘沙門力』『マイナスイオン』『悪食』などを活性化しています。

『首切りウサギ』奧井・燕
 火の獣憑(卯)。二五歳女性。和装に日本刀。頭のウサギ耳が無ければ、クール系女侍。
 無口に切りかかってきます。速度に特化した一番槍。
『猛の一撃』『十六夜』『白夜』『福禄力』『灼熱化』『第六感』『火の心』等を活性化しています。

『水も滴る』佐伯・俊一
 水の変化。四五歳男性。覚醒すると、二〇歳の優男に若返る。
 回復役という役割上、慎重な判断を行うタイプ。どちらかというと頭脳派。武器は小型モバイル(書物相当)。
『B.O.T.』『潤しの雨』『潤しの滴』『超純水』『寿老力』『爽風之祝詞』『演舞・舞音』『水の心』『送受心』等を活性化しています。

『ジャングルの精霊』アギルダ・ヌジャイ
 木の黄泉。一〇歳女性。アフリカ人。黒肌に白いワンピース。祖国の精霊と繫がりがあったとか。
 奇妙に歪んだナイフ(術符相当)を持ち、踊るように術式を放ちます。
『破眼光』『仇華浸香』『清廉珀香』『葉纏』『布袋力』『交霊術』『同属把握』などを活性化しています。

『赤の鎧武者』渡辺・和夫
 土の精霊顕現。全身を赤い和風鎧(重装冑相当)で身を包んでいます。中身は一五歳の男性。
 防御の構えを取り、仲間の為に盾となります。
『五織の彩』『紫鋼塞』『鉄甲掌』『大黒力』『特防強化・弐』『痛覚遮断』『鉄心』等を活性化しています。

・『火猿王』ドウセツ
 この森に封印されている古妖です。多くの部下を持っていますが、その大半が隔者にやられて療養中です。ドウセツ本人も封印されているため、会いに行こうと思わない限りはこのシナリオに出てきません。

●場所情報
 とある森の中。数キロ移動すれば町があります。
 真正面から戦うのなら、戦いに適した『足場が安定して、視界も良好の河原』で戦うことが出来ます。この場合、戦闘開始時、『林』『麻生』『奧井』が前衛に。『アギルダ』『渡辺』が中衛に。『佐伯』が後衛の形になります。
 不意を突くなら、隔者が森の中を移動中に襲い掛かるのが最適です。この場合『足場は若干不安定。視界も木々で見えにくい(遠距離攻撃にマイナス補正)。一列に三名以上並ぶと攻撃にマイナス修正』が付きます。この場合、隔者六名は同じ列に居る者として扱います。
 不意を突くにせよそうでなくても、便宜上隔者との距離は一〇メートルから戦闘開始です。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
公開日
2016年11月02日

■メイン参加者 10人■

『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『偽弱者(はすらー)』
橡・槐(CL2000732)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)


「久しぶりやな」
 まるで旧友に会うかのように、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は手をあげて七星剣の隔者達の前に姿を見せる。凛の心境からすればそれほど変わりはないのだろう。たとえ相手が危険な古妖を復活させようとする者でも。
「唐突やけど、勝負せえへん? その数珠かけて」
「本当に唐突だな。つーか、この数珠が何か知ってるって事か?」
「FiVEの情報能力を侮らないでください」
『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)が『雷太鼓』の質問を肯定するように告げる。複数の夢見を有するFiVEの事件予知能力は高い。そしてその事件に臆することのない覚者もまた多い。理央もその一人だ。
「『火猿王』ドウセツ。復活させるわけにはいきません」
「なるほどね。ドウセツ復活祖阻止する輩との一戦。そういう喧嘩もありだな」
「本当に喧嘩好きなんだな」
 呆れるようにため息をつく『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)。強さを求めることは悪い事ではない。強者に挑むのもいい精神だ。だがそれで他人に迷惑をかけてはいけない。危険な古妖なのだ。封印は解かせるわけにはいかない。
「だが、黙って見過ごすわけにはいかない」
「だろうね。FiVEの思想なら当然の流れだ」
「なんで封印された古妖を復活させようとする隔者ってこうも多いのですかね」
 ゲイルとは別の色のため息を吐く『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)。危険と分かっている存在を復活させることに、何の意味があるのだろうか。基本的に保守的な槐からは想像もつかない。
「今夏以降で私が関わったのだけで三件目なのですよ」
「そりゃメリットがあるからだろう? あたいの場合は喧嘩したいだけだからだけど」
「古妖蘇らせて戦おうとか、ホントに戦闘狂にもほどがあるでしょ!」
 声に怒気を乗せて『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)が叫ぶ。古妖が復活すれば人間社会に大きな被害が出る。我欲の為にそれを行う『雷太鼓』。その行為を看過するわけにはいかない。此処で止めなくては。
「この前はこの前で一本蹈鞴に挑もうとしたし!」
「あー、あったなぁ。結局戦えなかったんだよなー」
「強い存在と戦うのが楽しい気持ちはわかるけど」
 三島 椿(CL2000061)は『雷太鼓』の表情を見ながら諭すように言葉を放つ。力を欲する気持ちは理解できる。椿の場合は、誰かを守るために。誰かと歩み、誰かと語らい、誰かと笑う。そんな生活を守るためだ。
「だからといって古妖の復活は見過ごせないわ」
「そう言われてもなぁ。ドウセツの子分はあらかた倒しちまったし」
「なんだよー。倒しちまったのかよ」
 少しつまらなそうに鹿ノ島・遥(CL2000227)が肩を落とす。数珠を回収できれば、自分もドウセツの部下と戦えるのか、と思っていたようだ。持っているだけで相手が向こうから襲ってくる。戦闘が好きな遥からすれば、羨ましいアイテムだった。
「ってことはやっぱりボスに挑むしかないか!」
「お、話が分かるじゃねーか」
「鹿ノ島くん、駄目だから」
 ツッコミの手――グーで裏拳だが――をいれる『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)。『雷太鼓』と相対するのはさて何回目か。余分なものを抱えた面倒な相手。わずらわしいこと抜きで喧嘩ができるのならすっきりするのに。
「まぁ、正面からやりあえて、話が通じる分だけまだいいんだけど」
「あんだよ? 一応言うけど、あたいこれを渡すつもりはないからな」
「そうやって喧嘩をする理由を作るのも、戦闘狂か」
 言いながら頭を書く香月 凜音(CL2000495)。喧嘩好きな彼らは、敵対こそすれどけして嫌いな相手ではない。同じFiVEの覚者同士なら、仲よくとまではいかなくても、気楽に話せる仲にはなっていたのではないだろうか。そんな事を夢想する。
「妖関連とかなく『試合』なら応じてやるんだがなぁ……」
「七星剣の看板背負ったあたいが五麟市にいかにもって感じで喧嘩売りに来いって? なんでそんな無関係な人間の神経逆撫でしなきゃいけないんだよ」
「それは危険な古妖を復活させようとする人間の言うセリフではないと思うぞ」
『雷太鼓』の言葉に『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)が告げる。ドウセツが復活すれば、近くの町に被害が被る。それは飛馬の望むところではない。興味本位で封印を解かれて、大被害を生んでしまえば取り返しがつかなくなる。
「ま、そんなやつに勝てる可能性があるってだけでも素直にすげーって思うけどな」
「可能性じゃねえよ。あたいらは勝つんだ」
「その前に、うちらに勝ってからやな」
 凛の言葉に『雷太鼓』が笑みを浮かべる。売られた喧嘩を買った笑み。『雷太鼓』について来ている隔者達もそれぞれの守護使役から神具を受け取る。
「近くに河原がある。そこで決着つけようか」
「望むところだ!」
 ――数珠をめぐっての闘いが、今始まる。


「悪いけど、僕たちとバトって満足して帰ってくれないかな!」
 両手にショットガンバレットを構え、小唄が叫ぶ。地を蹴って隔者に迫り、拳を構える。その挙動に迷いは舞い。十分な戦意と覇気をもって隔者に挑む。無関係な人間を自分の享楽で脅かそうとする古妖。その復活を阻止するために。
 足をしっかり踏みしめ、重心を下ろす小唄。重要なのは安定した重心。自分の体内に鉄の柱が入っている事を意識する。その中心を意識するように腰をひねり、体を回転させる。右に左に、交互に繰り出される拳が隔者を打つ。
「へへ、重いでしょ。戦闘スタイルも少し変えてみたんだ」
「相変わらずきついね。だけどあたいらも負けるつもりはないよ!」
「……おいで、驪竜。遠慮のいらない相手だよ。楽しもう、ね」
 源素の炎熱で自らを強化しながら悠乃が自らの手甲型神具に語り掛ける。『幻想発現・人中驪竜』。神家始祖とされる五色竜の内、黒竜を奉る祝詞を刻んだ依代。その黒竜を呼ぶように。言葉に応えたのか、炎が神具を包み込む。
 悠乃は隔者と僅かに距離を放し、手甲の炎を薙ぎ払うように腕を振りかぶる。振り上げた手甲に宿る炎が巨大な鉤爪と化し、その鋭さと炎熱をもって一気に隔者を薙いだ。それはまさに竜の爪。炎と暴虐で人間を圧倒する幻想の生物の如く。
「お互い地力は上がっているのだろうけど、その分響くよね。人数と、継戦能力の差がさ」
「不利上等! そいつを覆すのも喧嘩の醍醐味さ!」
「せやな。油断してたら一気にひっくり返されるで!」
 神具を構えて凛が吼える。確かに人数はこちらが多い。回復手も含めて、層が厚いのは間違いなくFiVE側だ。だからと言って安心はできない。七星剣の武闘派を名乗るのは、決して伊達や酔狂ではないことを知っている。
 視線を凝らし戦場を注視しながら、刀を構える凛。敵の動きを最低限の刀の動きで捌きながら、機を待つ。それは数秒にも満たない攻防。その狭間に生まれた文字通り刹那の隙。その隙を逃すことなく刀は翻る。
「あんた乳比べは恥ずかしい言いながら、そんだけ肌出してるとかどないなん?」
「胸と肌は違うだろうが!」
「そうだ。おっぱいとは違う……違うんだ!」
 そんな事を強く主張する遥。何か色々あった高校生男子である。だが戦闘になればそんな色欲も影を潜め、戦闘に没頭していた。喜々として隔者の攻撃を受ける最前線で拳を振るい、その高揚に身を任せている。
 息を吸い、吐く。呼気と呼ばれる空手の動作。腰を据えて構えを取り、捻るように自らの腕を置く。拳、一の腕、二の腕、背中、腰、太もも、足首の筋肉を引き絞るように力を込めて、それらを一気に開放する。遥の体全ての力を使って放つ空手の一打。
「武具を新調してパワーアップしたニュー鹿ノ島の力、とくと味わってもらうぜ!」
「重さが段違いだね。だけどあたいらも前とは違うよ!」
「ならば死力を尽くすのみだ。こちらも負けるつもりはない」
 扇型の神具『天煌星』を広げ、ゲイルが言葉を放つ。FiVEも中にも戦いが好きな覚者は少なくない。そういう意味でこの隔者達の考えは、まだ理解できない物ではなかった。だが、古妖復活で迷惑をこうむる人間がいるなら止めざるを得まい。
 扇を広げながら、戦場全体を見るゲイル。隔者の火力に晒されて傷ついた者を見定める。傷の度合いを見極め、最も傷ついた人間を中心に癒しの術を行使する。仲間を支え、戦闘を維持する。それも戦いの中で重要な役割だ。
「その数珠を奪わせてもらう。ドウセツの復活をさせるわけにはいかない」
「その気迫、悪くないね。奪えるものなら奪ってみな!」
「どうして面倒な面倒事によって面倒に面倒をかけるのですか、こういった面倒な輩は」
 戦闘を楽しむ『雷太鼓』のセリフに癖癖する槐。火遊びをしたいのなら、火遊びが好きな者同士かみ合っていればいいのに。面倒ごとを避けたい槐からすれば、この手の輩が一番面倒な相手だった。
 体内で源素を回転させて、手のひらに集める。集まる不可視の空気の球。その中に含まれる源素が生んだ微粒子。それを一気に解き放つ。風船が爆ぜるように広がる微粒子は、認識を狂わせる混乱の香。それを一気に解き放つ。
「あわてふためくが良いのです!」
「おおっと、こいつは……っ! 搦め手も使うとはね!」
「攻撃だけが術式の華じゃない。それを教えげ上げるよ」
 理央は言って術式の展開を始める。符を手にして、体内の源素を構築し始める。木、火、天、水。水行である以上持つことが出来ない土以外の源素を操る術者。その選択肢は広く、それゆえに様々な行動を可能としていた。
 木の源素を活性化させ、味方の自然治癒能力を増す。味方の治癒力を増したのちに水の源素を符に集めて、そこに巨大な龍を形成する。圧倒的な水量と竜の持つ牙。それが敵前衛の隔者に襲い掛かる。
「今回も攻め重視で行かせて貰うからね」
「悪くないね。こっちも燃えてきたよ!」
「来い! こっちも一歩も引かねーぞ!」
 両手に刀を構え、飛馬が隔者の闘気を受け止める。まだ幼いながらも、その気迫は剣士として立派なものだ。飛馬を支えるのはかつて自分を守った祖父の背中。誰かを守るために立つあの背中が心にある限り、気迫で心が折れることはない。
 繰り出される隔者の刀を飛馬の刀が受け止める。三重の術式と二本の刀、そして心にある守りたいという一つの思い。重ねて六重の守りが『首切りウサギ』の連続攻撃を受け流す。刃金の嵐の中、宣言通り一歩も引くことなく立ち尽くす。
「――巖心流か」
「仲間は守る。それが俺の役目だ」
「そして俺の役目は癒すことだ」
 言葉の中に矜持を乗せて凜音が口を開く。喧嘩好きの隔者。彼らのことは嫌いではなかった。いっそ仲間ならと思いながらも、それぞれ思惑あって七星剣に居るのだから仕方ないと思いなおす。
 肩の力を抜き、体中を適度に弛緩させる。気を張りすぎず、しかし油断せず。適度な加減こそが凜音の最も力が発揮される状態。その状態を維持したまま術式を展開する。迸る水の流れが、傷ついた仲間の傷を癒していく。
「俺は弱いんだから、狙うのやめてくんない?」
「あたいらも鬼じゃない。戦線離脱するなら狙わないぜ」
「その心意気は立派だわ」
 椿は『雷太鼓』に言葉を返す。戦線離脱するなら狙わない、というのは本気の発言なのは理解できた。極悪な隔者と違い、彼らは彼らのルールがある。好感すら持てるが、だからと言って古妖を復活させるわけにはいかない。
 青色の翼を広げ、水の術式を展開する。いつもは癒しの術式を行使する椿だが、この戦いにおいては攻めの術式を行使する。自分が回復を行わなくとも大丈夫と思える仲間がいる。その信頼が、椿を攻めに転じさせていた。
「私は強くなる。それは林さんの強くなりたいという気持ちさえ、負けないわ」
「同じ人間が抱く思いに差なんてねぇ。強弱も、上下も、貴賤もな」
 挑発するように笑みを浮かべ、『雷太鼓』は自分の胸を叩く。胸に抱く思いは皆同価値だ、と告げるように。『雷太鼓』は相手の思いを見下さない。相手の正しいことや間違っていること。その全てを受け止めた上で、拳を握りこう吼えるのだ。
「その思いを拳に乗せてかかってこい! あたいはそれをこの拳で打ち砕く!」
 威風堂々喧嘩上等。全てを拳で解決する喧嘩女子。たとえ相手が聖人だろうが殺人鬼だろうが、自分に挑んでくる相手全てにそう言うのだろう。
 勿論それに臆する覚者はいない。
 それぞれの思いを神具に乗せて、戦場は加速していく。


 FiVEの覚者は『雷太鼓』を第一目標として攻撃してきていた。それは高い火力を持ち、その気になれば広範囲の稲妻を落とす彼女を放置できないという戦略的な理由である。
 隔者側はそれを阻止するために『赤の鎧武者』が守るために動く。その鎧で『雷太鼓』を守るために動いていた。
「硬い鎧やなぁ!」
 凛は鎧の継ぎ目を狙い攻撃するが、なかなかうまくいかない。如何に動体視力が高かろうがその隙間は小さく、何よりも相手は意志をもって動いているのだ。十分な狙いなく当てられる状況ではなく、狙う時間さえ惜しい状況なのだ。
「僕に任せて!」
 小唄はショットガントレットを使って『赤の鎧武者』を吹き飛ばそうとする。卓越した素早さで相手の懐に潜り込み、ガントレットの火薬を炸裂させる。衝撃が『赤の鎧武者』の体勢を崩し、そのガードを揺らした。
「痛いのは嫌なんだけどな、俺は」
 隔者から飛んでくる攻撃に眉を顰める凜音。回復量を超えるほどの稲妻が飛来し、凜音に襲い掛かってくる。痛いことをするのはバトルマニア同士だけでやってくれ、と文句を言いたくなる。
「痺れがうざったいですね……!」
 槐は『雷太鼓』や『ジャングルの精霊』が与えてくるバッドステータス対策解除に追われていた。特に『雷太鼓』の稲妻は後衛を中心に放たれている。回復が滞れば、戦線崩界しかねないのだ。
「きゃあ!?」
「痛いのは嫌なんだけどな」
「ボクを狙っても意味はないと思うけどね」
 雷に打たれ、椿、香月、理央が命数を削る。
「流石に庇いきれる距離じゃない……!」
 ダメージを受ける後衛の仲間を見て、飛馬が悔しそうに刀を握りしめる。最前衛で攻撃を受け止めている飛馬の守りは、後衛までは届かない。しかし今前衛を離れれば、隔者が中衛までなだれ込んでくるだろう。ここは耐えるしかない。
「体力の少ない後衛を主に狙ってくるか。……以前の闘いでこちらの戦術性に気づいているのか」
 ゲイルは回復を行いながら『雷太鼓』の戦術を思考する。FiVEの覚者の戦略は、基本的に『仲間を守り、人数の優位性を維持したまま攻める』だ。ならば先に体力の低い後衛を狙って数を減らしに来たという所か。
「私も回復に回るわ」
 仲間のダメージ具合に、椿が回復に移行する。敵前衛には十分なダメージは与えた。ここで回復に行かないと、後衛が瓦解しかねない。小雨のような小さな水が広がり、覚者達の傷を塞いでいく。
「行くよ、鹿ノ島くん」
「基本の技こそ奥義だぜ!」
 悠乃と遥は息を合わせ、同時に踏み込んだ。炎の爪を振りかぶって相手の気勢を止める悠乃。その炎熱で隔者の体力を削りながら、同時に相手の行動を阻害しようと試みる。そこに踏み込む遥。派手な体術は必要ない。覚者なら誰もが扱える源素。その力を拳に乗せて真っ直ぐに叩き込む。精霊顕現の基本技。その基本技が『赤の鎧武者』を穿ち、地に伏した。
「ギリギリまで攻撃主体でいきたかったけど……!」
 度重なる負傷に、理央も回復に移行する。自然治癒力増加に隔者前衛への攻撃。その功績は十分なものだ。ここが分水嶺だろう。仲間を守るために、回復の術式を解き放つ。優しい水の癒しが仲間の傷を止める。
 度重なる攻防で、前衛の覚者のダメージも限界が近くなる。中衛の人間と交代する。中衛にいた小唄と悠乃が前に出て、傷ついた凛と遥が一歩引いて流動的にダメージを拡散させる手法だ。
 だがそれは相手に『もうすぐ倒れそう』という事を示すも同じだった。その気を逃すことなく、『首切りウサギ』と『バーガータイム』の一撃が凛と遥の体力を削り取る程の傷を与える。何とか命数を燃やして耐え、中衛に下がった。
 だが、隔者側の被害も皆無ではない。『赤の鎧武者』は倒れ、庇われていた『雷太鼓』以外の前衛組は、列攻撃で削られていている状態だ。
「茉莉さんを、そして七星剣を止めるまで、僕は成長し続ける!」
「戦いたいなら五麟市に来ればいいのに。週イチくらいで」
 小唄は意気揚々に、悠乃は気分が乗らない感じで隔者に向き直る。あとひと息で落せるだろう。だが今は、
「茉莉さん、相手してもらうよ!」
「いい気迫だよ。滾ってくるね!」
 最優先は『雷太鼓』だ。その空気を察し『雷太鼓』は拳を叩く。
「あんたらみたいに喧嘩っ早いやつら、俺も嫌いじゃねーぞ」
「早く回復して戻るからな!」
「それまで待っときや!」
 飛馬、遥、凛が好戦的に叫ぶ。そこに隔者を憎む感情はない。好敵手を前に気合を入れていた。
「私はとっとと数珠を回収して帰りたいのですがね」
「バトルマニアの気持ちはわからん」
「そうだね。戦闘好きな人とは相性がいいと思うけど、ボクは長く付き合いたくないかな」
 槐、凜音、理央はそんな様子に一歩引いた立場から感想を告げていた。戦闘よりも面倒ごとの解決。そう言いたげに。
「まあそういうな。程度の違いこそあれど、戦いに高揚を感じる気持ちは理解できる」
「そうね。私にも負けられない理由があるわ」
 ゲイルと椿は戦闘好きな面々に一定の理解を示しつつ、バトルマニアというほど加熱していない状態だ。
「あっはっは。本当にFiVEはすげーや。こんなに意見が違う連中が一丸になるなんて。七星剣(あたいら)もこんな感じでまとまれると楽なんだけどね!」
 FiVEの様々な言葉を聞きながら『雷太鼓』は大笑いしていた。思想や目的が違う者達がこうも一致団結しているとは。我の強い隔者にはできないことなのかもしれない。
 だが戦場が弛緩することはない。軽口にも似たこの会話は、疲弊した肉体に活を入れるための行動だ。戦いは確かに終局に向かいつつある。
 勝利の可能性は、覚者にも隔者にも存在していた。


 FiVEの覚者の戦術は『傷ついた人間を下げて回復させることで、継戦能力を高める』ことだ。
 だがその前提は『中衛に下がれば安全』であることが前提だ。隔者にも中衛に攻撃出来る手段はある。『雷太鼓』の稲妻とそして、
「いーくーよー。どっかーん!」
「『鉄甲掌・還』……拙いです!」
 大槌を振りかぶる『バーガータイム』。その危険性に最初に気づいたのは、貫通攻撃を警戒していた槐だった。件の技は最大威力を貫通した先に響かせる技。前で受けるよりも、その後ろの者の方が被害が大きくなるのだ。
「……これは、あかん……!」
 疲弊していた凛がこの衝撃を受けて、倒れ伏した。刀を杖にして膝をつき、そのまま倒れ伏す。
「悪いけど、少し抑えさせてもらうよ!」
 小唄は前衛に斬撃を加えてくる『首切りウサギ』を投げ、その動きを封じていた。小唄自身は『雷太鼓』に向かいたいのだが、『首切りウサギ』を放置はできない。だがそれは『雷太鼓』への打撃が減ることになる。
「私は……負けない……!」
「役割は、果たしたかな……」
「全くバトルマニアは厄介なのです」
『雷太鼓』の稲妻に打たれ、後衛の椿、理央も倒れ伏す。香月を庇っていた槐も命数を削り、なんとか立ち上がる。稲妻を放った『雷太鼓』も遥と悠乃の集中攻撃を受けて息絶え絶えの状態だった。
「全く……お前らは強いよなぁ!」
 最後の力を振り絞った『雷太鼓』の一撃が小唄、飛馬、悠乃の体力を削り、命数を燃やさせるがそれが精一杯。翻った悠乃の炎の爪が、『雷太鼓』の意識を刈り取った。笑顔のまま、地面に倒れる『雷太鼓』。
「次はお前だ、麻生さん!」
「えー、ぼくー?」
 遥に指差されて、ゆっくりと言葉を返す『バーガータイム』。フラフラの歩き方は、限界が近いことを示していた。大槌を杖にして何とか立ち尽くす。
 だが覚者の前衛が『バーガータイム』に襲い掛かるよりも早く、『ジャングルの精霊』が儀式用ナイフを翻した。
「僕も……ここまでかな……」
「ちくしょー。あとは、任せた……ぞ」
 体術メインで攻めて体力を消費していた小唄と、仲間を庇っていた飛馬。二人が毒香を受けて気を失った。
「アンタの一撃必殺主義! オレの好みだぜ!」
 倒れた二人の穴埋めになる為に出てきた遥が、前進と同時に『バーガータイム』に拳を叩きつける。その一撃を受け、転がるように『バーガータイム』は倒れた。
 残りの隔者は三名。疲弊した『首切りウサギ』。中衛のバッドステータス要員『ジャングルの精霊』。後衛で回復を行う『水も滴る』だ。あとは――
(あとは――どうする?)
 覚者達は思考する。誰を攻めるのが一番効率がいい? どう攻めると被害が少なく相手を倒せる?
(『首切りウサギ』を落として数を減らすのが一番いいのでは?)
(虚弱BSで攻撃力と防御力を下げられるのは困るから『ジャングルの精霊』?)
(回復を潰す意味で『水も滴る』じゃないか?)
 これまでは息を合わせて『赤の鎧武者』『雷太鼓』『バーガータイム』を順番に攻めてきた。それはそれぞれの心に申し合わせた共通認識があったからだ。だがここから先どうするかは、決めていない。相談する時間もなく、互いの意志を通じ合わせる術もない。
 覚者の基本方針である『集中砲火』戦術は、息を合わせて同じ相手を攻めるから成立した作戦だ。全員の心の中に共通の『攻める順番』があるからこそ成り立つ。その『順番』が途中で途絶えれば、当然のように作戦も止まる。
 三択。これが非常に厄介なのだ。どの隔者から倒しても同価値のメリットがある。だからこそ誰からでもよく、故に共通の選定基準がなかった。自分がこれだと思っても、仲間もそう思っていなければ意味がない。
(どうする――誰から攻める?) 
 流れるように攻めてきた覚者の動きが止まる。時間にすれば数秒にも満たない躊躇いだが、確かにその動きが止まった。
 そして武闘派である『拳華』の隔者がその隙を逃すはずがなかった。思考時間を奪うように攻め立てる。
 ――天秤は、この瞬間に隔者側に傾いた。


『首切りウサギ』と『ジャングルの精霊』の攻撃で遥と悠乃が倒れた段階で、事実上の決着がついた。残ったゲイルと槐と香月では隔者を攻めきれないからである。
 戦いは『水も滴る』からの降伏勧告を、やむなく飲む形で決着となった。これ以上の疲弊は意味がない、というのが互いの共通認識だ。
「ちくしょー! 負けた!」
「まあええわ。白星は譲ったる!」
 任務よりも戦闘そのものが目的であった遥と凛は、目が覚めると同時に悔しそうに叫ぶ。傷は香月に癒してもらい、立って動けるほどまで回復していた。
「喧嘩したけりゃFiVEに果たし状でも送って来いよ。相手してやるから」
「そん時が来たら遠慮なく行くさ。でも五麟市は『紅蓮轟龍』が襲ったせいで七星剣にピリピリしてるんだろう。無駄に荒波立てるつもりはねぇよ」
 香月の誘いを手を振って断る『雷太鼓』。先の事件を考えれば、七星剣の隔者が覚者組織に喧嘩を売るなど、が出来るはずがないのだ。――後に『雷太鼓』は七星剣隔者が色々五麟市に訪れていることを知って、乾いた笑いを浮かべることになるのだがそれは後の話。
「つまり、余計なものなしで喧嘩するのは無理ってことね」
「世知辛いけどそういうこった。あんたらもFiVEをやめるつもりはなさそうだし、あたいも七星剣を出るつもりはないんでね」
 ため息をつく悠乃に対し、数珠を手に巻きながら答える『雷太鼓』。分かり合えそうな隔者なのだが、それぞれ背負うものがある以上はこういうこともある。
「数珠の奪取はできずですか……面倒ですね」
「ドウセツ復活か。悔しいが、AAAと連携して周辺の町の警備強化を願おう」
「FiVEに戻って、対策を立ててもらいましょう」
 槐とゲイルと理央が数珠を見ながら、諦めた様に肩をすくめる。数珠をかけて勝負をし、それに負けた以上は仕方のない話だ。ならば次善の策を講じるしかない。
「ま、ドウセツはあたいらが軽くひねっておくぜ。じゃあな!」
『拳華』の面々は手を振って歩いていく。まだ傷が痛むのか、その足取りは少し覚束無い者だった。
「帰りましょう。私達も傷を癒さなくては」
「そうだな。何をするにしてもこの傷じゃー無理がある」
「くそ……!」
 椿が内心を押さえた様に皆に帰還を促す。その言葉に飛馬が自分の傷具合を確認するように傷口に触れ、答えた。再戦の言葉を飲み込んで、悔しそうに小唄が拳を握りながら踵を返した。

 覚者の迅速な報告を受けて、FiVEはAAAとの連携を行う。これにより古妖対策はなされ、しばらくこの地域でドウセツとその部下との戦いが繰り広げられることになった。
 業火と怒号、そして暴力。それに悩まされながら、必死に戦うAAAを中心とした防衛軍。
 二か月に及ぶ戦いの後にどうにかドウセツを討ち取った人間達だが、街への被害は大きくその復興に暫く手間取ることになる――


■シナリオ結果■

失敗

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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