Only Your Hero
●
「ガァァァッ!」
異形の存在が夜の闇に叫ぶ、獣が狙うのは一人の少女。
だが、その前に同じ異形が立ちふさがっていた。
真っ黒な身体、そして悪魔の様な切れ長の赤い瞳。
そして首には何故か真っ赤なスカーフが巻かれており、季節の移ろいを伝える冷えた風に揺れていた。
「さぁ……懺悔の時間だ」
黒ずくめが半身に構えると、人差し指と中指を重ねた指鉄砲の手で異形を指さし、ゆっくりと獣を見定める。
「赦しが欲しけりゃ地獄で貰え」
指を握りこみながら、親指を地面へと向ける。
それを合図と二体の異形は正面からぶつかり合った。
人型に近くなった猫の化物は、鋭い爪を右に左に振り回し、黒ずくめを追い詰める。
しかし、黒ずくめもそれを受け流し、弾き、一瞬の隙に渾身の拳を腹部へ叩き込む。
後ろへよろけると同時に、顔面へ右フック、それから素早い回し蹴りと繋いで獣を後ろへ転がす。
「祈りは済んだか……? いくぜ」
『Open the Gate!』
ブレスレットについた禍々しいデザインのボタンを押すと、地獄の底から沸き立つような声が鳴り響く。
同時に異形の背後に真っ黒な人骨で組み上がった門が生まれ、肉の壁の様な扉が開かれると、ブラックホールのように瘴気が渦巻いていた。
「Soul burial……」
改めて獣を指差す黒ずくめは、前傾姿勢で走り出し、地面を蹴って舞い上がる。
「Shoot!」
身体の捻転で鋭い挙動で横一回転の力を加え、強烈な飛び回し蹴りを獣の胸へ叩き込んだのだ。
逆五芒星の黒い印が刻まれた異形は、叫び声を上げながら錐揉んで門へと吸い込まれていく。
瘴気の渦に巻き込まれた異形は門ごと爆散し、真っ黒な靄が周囲に一瞬だけ立ち込めた。
「……文喜くん」
少女の呼びかけに、振り返る黒ずくめは答えない。
そのまま踵を返し、背を向けると、カツカツと暗がりの向こうへと向かっていく。
「答えてよ! 文くんなんでしょ!? なんで……っ、答えてよ!」
暗闇に黒ずくめは消え、少女の叫びだけが悲しく残った。
そして……それを全て見ていた存在もあった。
●
「戦況予報するよ」
集まった一同を、『Murky Prophet』西園寺・護(nCL2000129)が何時もの決まり文句と共に笑顔で出迎えた。
早速予知の内容を説明するのかと思いきや、護はとあるDVDのパッケージを彼等へと見せる。
「自分はあまり知らないんだけど……巷で人気なんだってね、これ」
ゲートキーパー オルトロス と題を振られたそれは、真っ黒な戦装束に鎖をイメージした装飾を施され、切れ長の赤い瞳が凛々しく顔を引き締める特撮ヒーローである。
地獄から舞い戻った悪魔達が人間に取り憑き、世界を荒廃させようと企むが、地獄と現世の門番の一人であるオルトロスが人の世に紛れ、悪魔を地獄へ叩き返すというのが大まかなストーリーだ。
「これが心底好きな人がいてね。門松 文喜さん、如月 舞さんを庇って死んだ人なんだ」
死因は彼女を襲った妖から身を挺して彼女を守り、その酷い怪我で帰らぬ人となった。
しかし、またいつ狙われるかわからない彼女を残して死ぬに死ねない文喜の思いは、一つの奇跡を起こしてしまう。
部屋の明かりを落とし、スクリーンに予知夢で見た内容を再現したものを映しだすと、覚者達は驚きに目を丸くする。
「何故か彼はヒーローとなって現れた、勿論彼じゃないよ? あれは御霊紡ぎっていう古妖が生み出した存在でね。人形のようなものなんだ」
舞を逃がすために生身で立ち向かった彼は死んだ、その時、妖を追い返した古妖がいたのだ。
ただ、古妖は彼の意志を彼自身に伝えさせるべく、彼のコレクションに心残りを封じ込め、彼女を守るための戦う人形にしてしまう。
戦う必要がなくなったとき、彼の心残りは消え去り、ヒーローは消えていく。
ほんの僅かに伸びた蝋燭のような存在だ。
「困ったことに、この妖が勝てない妖が現れるんだ。そもそも……舞さんが狙われるのは、初詣の時に買った御守が神具化して、妖を呼び寄せる装置になってるせいなんだよ」
その御守を回収すれば、彼女は狙われずに済むが、回収する前に死なれては困る。
そして、護が曇った表情を見せたのは、古妖が封じ込めた心残り、文喜の意志にあった。
「彼は、舞さんに何かを伝えようとしているんだけど……倒されてしまっては、それを伝えられない。死んだ人の最後の言葉だからね、絶対舞さんには受け取って欲しいと思うよ」
苦笑いを浮かべる護の脳裏に、自分のために死んだ大切な人の顔が浮かんだ。
彼等の言葉が聞けるとするなら、絶対に聞きたいと思う。
彼女もきっとそう願うだろうと思うからこそ、何時もと違って冷えた笑みではなく年相応な表情が垣間浮かぶ。
「そういうことで……妖の撃退、舞さんの保護と御守の回収を頼めるかな?」
地獄の門から還ってきた意志は何を伝えるのか、それは彼等の行動で明らかになるだろう。
「ガァァァッ!」
異形の存在が夜の闇に叫ぶ、獣が狙うのは一人の少女。
だが、その前に同じ異形が立ちふさがっていた。
真っ黒な身体、そして悪魔の様な切れ長の赤い瞳。
そして首には何故か真っ赤なスカーフが巻かれており、季節の移ろいを伝える冷えた風に揺れていた。
「さぁ……懺悔の時間だ」
黒ずくめが半身に構えると、人差し指と中指を重ねた指鉄砲の手で異形を指さし、ゆっくりと獣を見定める。
「赦しが欲しけりゃ地獄で貰え」
指を握りこみながら、親指を地面へと向ける。
それを合図と二体の異形は正面からぶつかり合った。
人型に近くなった猫の化物は、鋭い爪を右に左に振り回し、黒ずくめを追い詰める。
しかし、黒ずくめもそれを受け流し、弾き、一瞬の隙に渾身の拳を腹部へ叩き込む。
後ろへよろけると同時に、顔面へ右フック、それから素早い回し蹴りと繋いで獣を後ろへ転がす。
「祈りは済んだか……? いくぜ」
『Open the Gate!』
ブレスレットについた禍々しいデザインのボタンを押すと、地獄の底から沸き立つような声が鳴り響く。
同時に異形の背後に真っ黒な人骨で組み上がった門が生まれ、肉の壁の様な扉が開かれると、ブラックホールのように瘴気が渦巻いていた。
「Soul burial……」
改めて獣を指差す黒ずくめは、前傾姿勢で走り出し、地面を蹴って舞い上がる。
「Shoot!」
身体の捻転で鋭い挙動で横一回転の力を加え、強烈な飛び回し蹴りを獣の胸へ叩き込んだのだ。
逆五芒星の黒い印が刻まれた異形は、叫び声を上げながら錐揉んで門へと吸い込まれていく。
瘴気の渦に巻き込まれた異形は門ごと爆散し、真っ黒な靄が周囲に一瞬だけ立ち込めた。
「……文喜くん」
少女の呼びかけに、振り返る黒ずくめは答えない。
そのまま踵を返し、背を向けると、カツカツと暗がりの向こうへと向かっていく。
「答えてよ! 文くんなんでしょ!? なんで……っ、答えてよ!」
暗闇に黒ずくめは消え、少女の叫びだけが悲しく残った。
そして……それを全て見ていた存在もあった。
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「戦況予報するよ」
集まった一同を、『Murky Prophet』西園寺・護(nCL2000129)が何時もの決まり文句と共に笑顔で出迎えた。
早速予知の内容を説明するのかと思いきや、護はとあるDVDのパッケージを彼等へと見せる。
「自分はあまり知らないんだけど……巷で人気なんだってね、これ」
ゲートキーパー オルトロス と題を振られたそれは、真っ黒な戦装束に鎖をイメージした装飾を施され、切れ長の赤い瞳が凛々しく顔を引き締める特撮ヒーローである。
地獄から舞い戻った悪魔達が人間に取り憑き、世界を荒廃させようと企むが、地獄と現世の門番の一人であるオルトロスが人の世に紛れ、悪魔を地獄へ叩き返すというのが大まかなストーリーだ。
「これが心底好きな人がいてね。門松 文喜さん、如月 舞さんを庇って死んだ人なんだ」
死因は彼女を襲った妖から身を挺して彼女を守り、その酷い怪我で帰らぬ人となった。
しかし、またいつ狙われるかわからない彼女を残して死ぬに死ねない文喜の思いは、一つの奇跡を起こしてしまう。
部屋の明かりを落とし、スクリーンに予知夢で見た内容を再現したものを映しだすと、覚者達は驚きに目を丸くする。
「何故か彼はヒーローとなって現れた、勿論彼じゃないよ? あれは御霊紡ぎっていう古妖が生み出した存在でね。人形のようなものなんだ」
舞を逃がすために生身で立ち向かった彼は死んだ、その時、妖を追い返した古妖がいたのだ。
ただ、古妖は彼の意志を彼自身に伝えさせるべく、彼のコレクションに心残りを封じ込め、彼女を守るための戦う人形にしてしまう。
戦う必要がなくなったとき、彼の心残りは消え去り、ヒーローは消えていく。
ほんの僅かに伸びた蝋燭のような存在だ。
「困ったことに、この妖が勝てない妖が現れるんだ。そもそも……舞さんが狙われるのは、初詣の時に買った御守が神具化して、妖を呼び寄せる装置になってるせいなんだよ」
その御守を回収すれば、彼女は狙われずに済むが、回収する前に死なれては困る。
そして、護が曇った表情を見せたのは、古妖が封じ込めた心残り、文喜の意志にあった。
「彼は、舞さんに何かを伝えようとしているんだけど……倒されてしまっては、それを伝えられない。死んだ人の最後の言葉だからね、絶対舞さんには受け取って欲しいと思うよ」
苦笑いを浮かべる護の脳裏に、自分のために死んだ大切な人の顔が浮かんだ。
彼等の言葉が聞けるとするなら、絶対に聞きたいと思う。
彼女もきっとそう願うだろうと思うからこそ、何時もと違って冷えた笑みではなく年相応な表情が垣間浮かぶ。
「そういうことで……妖の撃退、舞さんの保護と御守の回収を頼めるかな?」
地獄の門から還ってきた意志は何を伝えるのか、それは彼等の行動で明らかになるだろう。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.オルトロス生存での蝿怪人撃破
2.如月 舞の生存
3.なし
2.如月 舞の生存
3.なし
初めましての方はお初にお目にかかります、再びの方はご愛好いただきありがとうございます。
常陸 岐路です。
今回は心情を重視したシナリオと考えています、戦闘の作戦や行動は程々正しければ大丈夫です。
それよりも、皆様の気持ちをいっぱいに伝えてもらえると嬉しいです。
【戦場情報】
[概要:夜の公園]
中央に大きな広場がある市街地内の公園です、夜なのもあって回りに人はいませんので人避けの必要はありません。
中央広場には障害物になるものなどはないですが、建造物は南に公衆トイレ、南西に砂場とジャングルジムといった遊具が設置されています。
街頭も多いので視野も確保しやすいです。
広場の中央に如月 舞と妖「蝿怪人」がいます。
二人の間に、オルトロスが立ちふさがり、苦戦している状態のところに駆けつける事になります。
【敵情報】
・蝿怪人 ×1
[概要:蝿怪人]
ランク3、生物系の妖です。後述する御守のせいでかなり凶暴な存在に変化しています。
全体的にステータスがかなり高い為、注意が必要です。
外見は人間と蝿をかけ合わせたようなおぞましい姿です、頭部は完全に蝿であり、身体のパーツは人間と同じ並びになっています。
[攻撃方法]
格闘攻撃:近距離単体、徒手格闘による攻撃を仕掛けます。攻撃力が高く、命中率は並程度の攻撃です。
硬化粘液:遠距離単体、口から特殊な粘液を吐き出し、攻撃します。攻撃力は低く、命中率は少し高いです。当たると粘液が硬化し、身動きを封じられ、攻撃と移動が行えなくなります。
解除するには硬化した部分を攻撃し、粘液を砕く必要があります。
BSリカバーでは回復しません。
急落下攻撃:近距離単体、背中の羽根で飛翔し、上空から猛スピードで降下して攻撃します。攻撃力が極めて高く、命中率も少々高めです。但し、この攻撃を選んだ場合、高度飛行状態となり、そのターンの攻撃は必ず最後に行います。その為、高度飛行中は防御力が低下します。
【その他の情報】
・オルトロス
特撮ヒーロー、ゲートキーパー オルトロスの姿を借りた存在です。
多少意思疎通が出来るように見えますが、実際は記憶にあるセリフを紡ぐことしか出来ません。
蝿怪人より劣る性能ながら、果敢に倒そうと挑みます。
特に指示をしなくても、接近して蝿怪人を攻撃しようとします。
・門松 文喜
特撮好きの少年、最近のお気に入りはオルトロスだったらしい。
最初に舞が妖に襲われた際、必死に守ったものの死亡してしまう。
彼女を守らねばならないという強い意志に呼応した御霊紡ぎが、彼のコレクションにそれを封じ込めたものがオルトロスとなっています。
・如月 舞
門松 文喜の恋人、温和な何処にでもいそうな普通な少女。
特撮好きながらまっすぐで子供っぽい彼に惹かれて、恋仲になる。
文喜が死んでから現れるようになったオルトロスが、彼なのではないかとずっと気になっている。
・御守
何の因果か、神具化したもの。妖を引きつける力を持つが、引きつけた妖かしを強くしてしまう力も併せ持つ。
FiVEにて隔離すれば害を発しなくなると分かっているが、持ち歩くだけで狙われる呪われた御守。
・御霊紡ぎ
戦場には出現しません。
古妖の一人で、心残りを残して死んでいった者の魂の前に現れると言われている。
その心残りを叶えさせるべく、何かしらの形で力を与えるが、御霊紡ぎ自体は叶えさせるための助力をそれ以上しない。
・ゲートキーパー オルトロスについて
(番組予告)
20XX年、まだ見ぬ未来を目指し進化し続ける人類。
忘れ去られた空想とされた者達が、地獄から湧き出した。
悪魔(デビル)、そう呼ばれる怪物たちは人間に取り憑き、新たなる存在悪魔人間(デビヒューマン)へと変貌させ、地獄を広げようと画策する。
しかし、それを阻止する地獄の門番が今立ち上がる!
「さぁ……懺悔の時間だ」
漆黒の身体、悪魔のように尖った赤い瞳、こいつは誰だ!?
「祈りは済んだか……?」
こいつに狙われたら地獄送りだ、煉獄から現れたニューヒーロー!
「Soul burial……Shoot!」
Gate Keeper Orthros、毎朝日曜8時より放送中!
Open the Gate! 赦しが欲しけりゃ地獄で貰いやがれ!
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年10月21日
2016年10月21日
■メイン参加者 6人■

●
「ガァァッ!!」
「文くんっ!?」
向かい合う蝿怪人と地獄の門番、その戦いは徐々に門番の劣勢へと傾いていった。
上空からの一撃に吹き飛ばされ、攻撃をしようとすれば粘液が動きを封じ込める。
今も、怪人の攻撃に黒い身体が地面を転がっていく。
(「ふっ、死してなお残る思いは尊いものですねっ! 優しい思いは優しい形をしているうちに果たすもの、終わりは笑顔で迎えるものですっ」)
力及ばずとも、恐れず戦おうとするオルトロスを見やりながら心に浮かぶ言葉。
さぁ、同じく正義の『味方』として彼を助けるのだと、気持ちは高ぶるばかり。
「天が知る地が知る、人知れずっ! さぁ怪人退治のお時間ですっ」
激しい閃光と爆音と共に、覚醒変化を経て姿を表したのは『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)である。
助力がいるかどうかなど、答えはいらない。
自分の正義を貫くために戦い、そして自分と同じく正義を持つ彼を救いたい。
正しくもあり、我儘な気持ちのように光と音は激しく夜の闇を切り裂いた。
そして、蝿怪人の意識が逸れた瞬間、舞の傍へ『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)が駆け寄っていく。
(「文喜の想いは、すごく分かる。好きになった奴を守るためなら、きっとオレも後先考えない気がする。」)
失ってからでは遅い。
勇気と相反して沸き立つ、己が命を守らんとする本能が足を竦ませてしまう。
けれど、それでも浮かべた自分の未来は、大切な人のために本能を押し殺して踏み出せる決意だった。
地面に這いつくばっても、まるで闘志の尽きぬオルトロスからは、そんな男の性を感じてならない。
「舞、だっけ? 後で話すけど、きっと考えてることは当たってる。だから、今はアイツを応援してほしい」
同じ男だからこそ、こんな辛い時に欲しいものも知っている。
「……文くん、文くん頑張ってっ!!」
零れそうな涙をギュッと閉ざした瞼で抑え込み、力いっぱい舞が叫ぶ。
大切な人の声、気持ち、それだけでまだまだ戦える。
よろけながら立ち上がるオルトロスに、ヤマトの口角が上がっていった。
そう、ヒーローだからじゃない。
護りたいから、ヒーローになれるのだ。
(「愛する女性を護る為に、死してなお護る為に戦い続ける……何と、騎士道精神溢れた御仁でありますか!」)
戦闘前に聞かされた情報から、アネモネ・モンクスフード(CL2001508)は彼の残した想いにただただ感動していた。
騎士道を強く重んじる彼女にとって、文喜が心に描いたヒーローと通ずるものがある。
誰が為に己が身を盾なり、正しき心を剣として悪を払う。
それを死しても貫くならば、感服の極みだ。
(「修道騎士の末席を頂くものとしてオルトロス殿に精一杯の敬意を!」)
そして、その気持を叶える為にも、舞を救わねばならない。
舞の傍を通り過ぎながら、立ち上がるオルトロスへアネモネが叫ぶ。
「我が名は修道騎士アネモネ・モンクスフード! 文喜殿、微力ながらご助力するでありますよ!」
ここは一歩も通させぬと、強い覚悟を持ってアドニスの柄頭を地面に突き立てた。
(「オルトロスは大切な人を守って死んだ人の心残り、いわば亡霊。助けになりたいのは勿論だけど……」)
『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)の心は、何故か異様にざわついていく。
同時に、脳裏をかすめるのは古びた8mmフィルムの様な映像が、断続的に浮かび上がる。
映り込む姿が誰か、音もなく、色もないそれは、ただフィオナを困惑させた。
(「いや、今は義務を果たすぞ! 文喜の最期の言葉、絶対に受け取って貰うんだ!」)
その答えは、今急ぐ必要はない。
何度か頭を振り、焼き付いた映像を振り払うと、ガラティーンを抜刀しつつ前へと走った。
「全力で助太刀させて貰うぞ!」
青い炎の様なオーラが、一瞬オルトロスを包むと、彼は驚きながら辺りを見渡した。
「兄さん……?」
彼の言葉は、あくまで文喜の記憶をなぞられたものであり、多くは特撮ヒーローとして発したオルトロスの言葉だ。
彼が言う兄はここにはいないが、見渡す限りに覚者達が揃い、一気に人数の差で大きな開きが生まれる。
心強い増援に、立ち上がったオルトロスがスッと拳を前へ突き出した。
「第二幕だ、鎮魂歌に載せて死のダンスを教えてやる……」
それは、第13話でオルトロスが絶体絶命の中、起死回生の一撃を放つ前に告げた予告の言葉。
まだ戦える、まだ倒れる訳にはいかない、彼等の気持ちが門番を奮い立たせたのだった。
●
「基礎にして奥義、なんてね。いつでも出せてこその技よ」
『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)が放つ豪炎撃は、真っ赤な炎ではなく、まるで瘴気が揺蕩うかの様な、黒いものだった。
相手のほんの少しの反応から動く先を見定め、頬を殴り飛ばす遠慮ない拳は重く、ゴシャッと鈍い音を響かせて怪人をよろめかせる。
焼け焦げる嫌な匂いが溢れる中、その後ろを飛び越えるようにして浅葱が追撃に出る。
「ふっ、いきますよっ!」
至近距離に入った瞬間、両手の拳が一瞬にして左右から放たれ、悠乃の打ち抜いた部分に一撃と、反対の方向から更に一撃を叩き込む。
常人なら激しい脳震盪で千鳥足になって崩れ落ちるだろうが、蝿怪人はよろめくだけで、動きを止める様子はない。
更にオルトロスが駆け寄りながらの飛び蹴りを叩き込み、一気にダメージを与えていく。
前線で暴れる4人の姿を暗い瞳で眺める『”狂気”に応ずる者』春野 桜(CL2000257)は、傍にいると思い込んでならない、恋人の姿を重ねていた。
何故今まで伝えられなかったのか、それは腑に落ちないが、伝えられずに消えるのは悲しいことだ。
(「二人がきちんとお別れできるよう殺しましょう、ええ殺しましょう、殺しましょう」)
再び無念を残して消えてしまわないように、同じ苦しみを舞が味わうことがないように。
闇色の瞳が、満面の笑みで蝿怪人を捉えると綿貫の切っ先を差し向けた。
その瞬間、足元から映える蔦が怪人を絡め取り、身動きの自由を奪う。
「クズは手早く殺してしまいましょう、殺す……殺すわ、殺しましょう。彼女達にとって邪魔よ」
その狂気が、舞に気づかれていないのは幸いなことだろう。
足を止めたスキを狙い、ヤマトとアネモネが炎の連弾と落雷の追撃を放つ。
機関銃に貫かれるように炎に踊り、更に脳天を貫く落雷に、蝿怪人に蓄積するダメージはかなりのもので、膝をつかせるほどのダメージだ。
「グガアッッ!!」
「くっ……!」
蝿怪人が立ち上がり、大きく仰け反ると口から粘液を吐き出し、悠乃の拳を凝結させて封じ込める。
前線の手が一つ減ってしまうも、それでもオルトロスは恐れる事なく前へ突っ込んでいく。
「自分が壊すであります! 皆の方は攻撃をお願いするであります!」
悠乃の拳で凝固する粘液を壊すべく、アネモネが前へと走り出す。
それに呼応し、フィオナと浅葱はオルトロスに続いて接近戦を仕掛けていく。
「これでどうですっ!」
「いくぞ!」
浅葱の連撃で体勢を崩し、そこへフィオナの斬撃が加わり、蹌踉めいたところをオルトロスが顔面目掛けて回し蹴りを放つ。
一つでは足りない力が、幾重にも折り重なることで、その破壊力は倒せない未来を見させた怪人を追い詰める。
「させるかっ!」
反撃の拳をオルトロスへ叩きつけんと振りかぶる蝿怪人へ、ヤマトが火炎の連続弾を放つ。
ドォンッ! と炎が爆ぜる音がいくつも響きながら、動きが止まる怪人。
しかし……。
●
「グギョァッ!!」
耳障りな雄叫びとともに、前のめりに崩れるような拳を振り抜き、オルトロスの右目の辺りを叩きつけた。
何かが砕けるような響きとともに、地面に倒され、転がる身体はうつ伏せに沈んでしまう。
いきなりの逆転パンチに、先程まで少しばかり安堵の顔を見せていた舞が青ざめ、うわ言のように彼の名を読んでいた。
「諦めるな! 立て! 彼女に伝えたい事があるんだろう!」
彼の前に立ち、防御の体制を取るフィオナが檄を飛ばす。
「そうよ、あんな邪魔な小蝿にやられるわけにはいかないでしょう?」
その合間にも桜が生命力を凝縮した滴を彼へと浴びせ、樹液のように広がっていく力が目元から滴っていた血を抑えていく。
邪魔な蝿如きに、自分達の思いを潰される訳にはいかない。
何処か暗い励ましも、今では心強いほど彼の気持ちを高ぶらせ、再び立ち上がる。
攻撃を直撃したオルトロスのフェイスガードは一部砕け、文喜の不屈の瞳が露となっていく。
(「ヤバイな、でもあいつも大分フラフラだ」)
ヤマトが見据える怪人は、渾身の一撃を放つも、足元がふらついている。
押し切り、倒すなら今とヤマトが前へ飛び出す。
「浅葱、行くぜ! 二人の力をかけ算すれば、十六投げだ!」
右から左からと、揺さぶりかけるフェイントを見せるヤマト。
それをいなそうとして体勢が崩れたところで、相手の腕を掴んで地面へと叩きつける。
「いきますよっ、四方八方っ十六方っ」
地面を跳ね、受け身を取った怪人へ浅葱が迫る。
素早く動き回る彼女の動きに翻弄され、背後を付かれた瞬間、浅葱は怪人の喉元に腕を回し、地面へ投げ捨てる。
「ふっ、力の合算が足し算とは限らないのですよっ」
深いダメージで動きが鈍り鈍った怪人、そのスキを逃さす事なく、オルトロスが身を低くして構える。
「Soul burial ……Break!」
勢い良く地面を踏みつけて加速し、真っ黒な瘴気を纏ったストレートパンチを放つ。
腹を殴り飛ばされ、地面を滑る怪人は、奇声を上げると今度は空へと飛び上がった。
「文くん、あと少し!」
「オルトロス、聞こえるか? あの娘の声援だ」
何時かの記憶が脳裏をよぎる、伝えたい事が過るがそれは後だ。
力を振り絞ったオルトロスへ、再び檄を飛ばすフィオナは悠乃へと振り返る。
「悠乃! 頼む!」
「任せて」
アネモネのアドニスが粘液を砕き、両手の自由を取り戻した悠乃が微笑みのまま頷く。
狙いを定めるオルトロスがぐぐっと腰を落として、力を溜め込む。
『Open the Gate!』
ブレスレットのスイッチを押し、響き渡る地獄の声が蝿怪人の頭上に地獄の門を作り出す。
地面が割れるほどの脚力で飛翔するのと同時に、息の合った動きで悠乃が踏み台となり、フィオナの力を合わせて彼女を空へ跳ね上げた。
「「Soul burial――Shoot!」」
直上へと上り詰める飛び蹴りと、渾身の力を込めた突きが怪人へと迫る。
それが再び胸を穿けば、空に浮かび上がった地獄の門へと吸い込まれていく。
ガガァンッ!! 響き渡る爆音は、漆黒の花火となり、勝利を知らしめた。
●
戦いが終わり、その元凶となっていた御守についてヤマトは慎重に説明していた。
それを持つ自分が、彼の死の要因と思わせないためだ。
しかし、どれだけ言葉を選んでも、自分に僅かにでもある要因が彼女をうつむかせていく。
「舞殿……悲しいのはわかるのであります、けれど、どうか立ち直ってくださいであります」
アネモネが舞に声をかけ、涙目になった彼女の前で、オルトロスの後ろにまわり、背を押して彼女の前へと進ませる。
「オルトロス殿……文喜殿が全身全霊を掛けて守りきったその命を、どうか精一杯幸せに笑顔で生き抜いて欲しいであります」
死して尚戦ったのは何故か、こんなに傷ついても立ち上がったのは何故か。
騎士として、共に戦うことで彼の気持ちを察していた。
「それが文喜殿……貴女のヒーローへの何よりの報酬であります」
そして彼を見上げる、壊れたフェイスガードから見える瞳は少し虚ろながら嬉しそうに笑っていた。
ブレスレットのボタンを押し、変身を解除した姿は舞の想像通りの姿で、必死にこらえていた涙がポタポタと頬を伝い落ちる。
「舞……ずっと守れなくてごめん、でも、ずっとお前の幸せを願っている。だから、笑ってくれ」
言葉なく、泣き崩れる舞は何度も頷いていた。
アネモネが彼女から御守を受け取るのを確かめると、桜が彼へと語りかける。
「彼女を脅かすものは私達が預かるわ、だからもう無理に護る必要もないのよ。お疲れ様……これからは穏やかに彼女を見守っていきなさい」
斉藤さんの様に、その一言は胸の中に伏せられた。
彼女は気づくのだろうか、それとも気付いて尚、それを見ないようにしているのかは分からない。
暗い瞳の中に仄かに感じる暖かさに、文喜はありがとうと笑い、舞の頭を撫でる。
「じゃあな」
別れの言葉は小さく、引きずらないように。
「ほら、舞もなにかあるなら……伝えようぜ?」
顔は上げれないが、ヤマトの言葉に、彼女の唇が振るえながらに開いた。
「それなら何で死んじゃうのよ、馬鹿っ! ……大好き、愛してる、ずっとずっと……っ、文くんは私のヒーロー……だからっ」
嬉しさと悲しみがぶつかり合い、滅茶苦茶な言葉が溢れていく。
背中を向けたまま、文喜は振り返らずに空を見上げていた。
「文喜、よく頑張ったな。お疲れ様」
彼の言葉に、文喜は小さくサムズ・アップして答える。
そして、そんな彼の背中を見守る二人がいた。
(「これで、文喜には心残りも後悔も一切無くなったと思う。ただ……」)
君が笑ってくれるなら、その言葉はあまりに難しく、フィオナは口に出来なかった。
戦いの最中、何度も脳裏をよぎる記憶。
「羨ましい、な」
自分にはできなかった事を、彼は成して消えていく。
羨望の言葉が無意識に溢れると、うつむきながら口元に指先を当てる。
(「死してもなおという思いは素晴らしいけど、純粋なほどに、悲しいよね」)
人形の様なものとはきいていたが、悠乃は空っぽな傀儡とは到底思えなかった。
強い残留思念の塊とも言えた彼に感じたのは、切なく胸に染み込むような痛み。
ダークっぽいヒーローが流行り、まるで世界に希望がないように思えてくる。
けれど、実際に戦ってみれば、手に宿す色は黒くとも、彼も小さな英雄たちも変わらず希望の光を放っていた。
ずっと口を閉ざしていたのは、最後の思いは自ら伝えるべきだと思ったから。
悲しい、辛い、怖い。
そんな気持ちも互いに知り得たなら、もっと深く繋がれる。
自分が人の奥底を覗き、自分を曝け出す様に、二人は最後の最後まで理解し合ってほしかった。
(「でも、伝わって良かったよ……本当に」)
消えていく彼を留めることは出来ないが、舞の心に自分だけの英雄だった彼が生き続ける。
可能な限りのハッピーエンドは、この先もずっとあり続けて欲しい。
力を持ってしても願うのは……彼女が何処かで未来に、闇を見出しているからだろうか。
そんな二人の視線に気づいた文喜が振り返ると、腕につけていたブレスレットを取り外す。
フィオナと悠乃が、視線が自分達に向けられているのだと気づいたところで、彼はそれを放り投げた。
途中、淡い光を纏って分裂したそれは、二人の手の中に投げ込まれる。
一つは、オルトロスの両腕を包んでいた黒い鎖が絡まった一対のガントレットナックル。
もう一つは、黒い鞘に収められた両刃のロングソードであり、狼の頭を象った鍔から刀身が突き出したデザインをしていた。
「これは?」
「……第20話」
フィオナの問いに、それだけを答えると覚者達に満面の笑みを向けて手を降った。
光に消えていく彼に、目元を拭った舞が顔を上げ、不格好な微笑みで見送る。
もう心残りはない、光となって消えた彼からは、そんなメッセージを感じたことだろう。
●第20話
「弟よ、まだ戦えるな?」
「当たり前だ兄さん、そっちこそ病み上がりで倒れるなよ」
「Soul burial Shoot!」
「Soul burial Slash!」
それはオルトロスが、彼の兄であり、門番長でもある戦士、サーベロスと共に強敵を屠る回である。
弟を守り、そして穢れた魂を浄化する青い炎を宿す剣。
それがフィオナに託された、サーベロスの第三の牙だった。
「ガァァッ!!」
「文くんっ!?」
向かい合う蝿怪人と地獄の門番、その戦いは徐々に門番の劣勢へと傾いていった。
上空からの一撃に吹き飛ばされ、攻撃をしようとすれば粘液が動きを封じ込める。
今も、怪人の攻撃に黒い身体が地面を転がっていく。
(「ふっ、死してなお残る思いは尊いものですねっ! 優しい思いは優しい形をしているうちに果たすもの、終わりは笑顔で迎えるものですっ」)
力及ばずとも、恐れず戦おうとするオルトロスを見やりながら心に浮かぶ言葉。
さぁ、同じく正義の『味方』として彼を助けるのだと、気持ちは高ぶるばかり。
「天が知る地が知る、人知れずっ! さぁ怪人退治のお時間ですっ」
激しい閃光と爆音と共に、覚醒変化を経て姿を表したのは『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)である。
助力がいるかどうかなど、答えはいらない。
自分の正義を貫くために戦い、そして自分と同じく正義を持つ彼を救いたい。
正しくもあり、我儘な気持ちのように光と音は激しく夜の闇を切り裂いた。
そして、蝿怪人の意識が逸れた瞬間、舞の傍へ『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)が駆け寄っていく。
(「文喜の想いは、すごく分かる。好きになった奴を守るためなら、きっとオレも後先考えない気がする。」)
失ってからでは遅い。
勇気と相反して沸き立つ、己が命を守らんとする本能が足を竦ませてしまう。
けれど、それでも浮かべた自分の未来は、大切な人のために本能を押し殺して踏み出せる決意だった。
地面に這いつくばっても、まるで闘志の尽きぬオルトロスからは、そんな男の性を感じてならない。
「舞、だっけ? 後で話すけど、きっと考えてることは当たってる。だから、今はアイツを応援してほしい」
同じ男だからこそ、こんな辛い時に欲しいものも知っている。
「……文くん、文くん頑張ってっ!!」
零れそうな涙をギュッと閉ざした瞼で抑え込み、力いっぱい舞が叫ぶ。
大切な人の声、気持ち、それだけでまだまだ戦える。
よろけながら立ち上がるオルトロスに、ヤマトの口角が上がっていった。
そう、ヒーローだからじゃない。
護りたいから、ヒーローになれるのだ。
(「愛する女性を護る為に、死してなお護る為に戦い続ける……何と、騎士道精神溢れた御仁でありますか!」)
戦闘前に聞かされた情報から、アネモネ・モンクスフード(CL2001508)は彼の残した想いにただただ感動していた。
騎士道を強く重んじる彼女にとって、文喜が心に描いたヒーローと通ずるものがある。
誰が為に己が身を盾なり、正しき心を剣として悪を払う。
それを死しても貫くならば、感服の極みだ。
(「修道騎士の末席を頂くものとしてオルトロス殿に精一杯の敬意を!」)
そして、その気持を叶える為にも、舞を救わねばならない。
舞の傍を通り過ぎながら、立ち上がるオルトロスへアネモネが叫ぶ。
「我が名は修道騎士アネモネ・モンクスフード! 文喜殿、微力ながらご助力するでありますよ!」
ここは一歩も通させぬと、強い覚悟を持ってアドニスの柄頭を地面に突き立てた。
(「オルトロスは大切な人を守って死んだ人の心残り、いわば亡霊。助けになりたいのは勿論だけど……」)
『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)の心は、何故か異様にざわついていく。
同時に、脳裏をかすめるのは古びた8mmフィルムの様な映像が、断続的に浮かび上がる。
映り込む姿が誰か、音もなく、色もないそれは、ただフィオナを困惑させた。
(「いや、今は義務を果たすぞ! 文喜の最期の言葉、絶対に受け取って貰うんだ!」)
その答えは、今急ぐ必要はない。
何度か頭を振り、焼き付いた映像を振り払うと、ガラティーンを抜刀しつつ前へと走った。
「全力で助太刀させて貰うぞ!」
青い炎の様なオーラが、一瞬オルトロスを包むと、彼は驚きながら辺りを見渡した。
「兄さん……?」
彼の言葉は、あくまで文喜の記憶をなぞられたものであり、多くは特撮ヒーローとして発したオルトロスの言葉だ。
彼が言う兄はここにはいないが、見渡す限りに覚者達が揃い、一気に人数の差で大きな開きが生まれる。
心強い増援に、立ち上がったオルトロスがスッと拳を前へ突き出した。
「第二幕だ、鎮魂歌に載せて死のダンスを教えてやる……」
それは、第13話でオルトロスが絶体絶命の中、起死回生の一撃を放つ前に告げた予告の言葉。
まだ戦える、まだ倒れる訳にはいかない、彼等の気持ちが門番を奮い立たせたのだった。
●
「基礎にして奥義、なんてね。いつでも出せてこその技よ」
『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)が放つ豪炎撃は、真っ赤な炎ではなく、まるで瘴気が揺蕩うかの様な、黒いものだった。
相手のほんの少しの反応から動く先を見定め、頬を殴り飛ばす遠慮ない拳は重く、ゴシャッと鈍い音を響かせて怪人をよろめかせる。
焼け焦げる嫌な匂いが溢れる中、その後ろを飛び越えるようにして浅葱が追撃に出る。
「ふっ、いきますよっ!」
至近距離に入った瞬間、両手の拳が一瞬にして左右から放たれ、悠乃の打ち抜いた部分に一撃と、反対の方向から更に一撃を叩き込む。
常人なら激しい脳震盪で千鳥足になって崩れ落ちるだろうが、蝿怪人はよろめくだけで、動きを止める様子はない。
更にオルトロスが駆け寄りながらの飛び蹴りを叩き込み、一気にダメージを与えていく。
前線で暴れる4人の姿を暗い瞳で眺める『”狂気”に応ずる者』春野 桜(CL2000257)は、傍にいると思い込んでならない、恋人の姿を重ねていた。
何故今まで伝えられなかったのか、それは腑に落ちないが、伝えられずに消えるのは悲しいことだ。
(「二人がきちんとお別れできるよう殺しましょう、ええ殺しましょう、殺しましょう」)
再び無念を残して消えてしまわないように、同じ苦しみを舞が味わうことがないように。
闇色の瞳が、満面の笑みで蝿怪人を捉えると綿貫の切っ先を差し向けた。
その瞬間、足元から映える蔦が怪人を絡め取り、身動きの自由を奪う。
「クズは手早く殺してしまいましょう、殺す……殺すわ、殺しましょう。彼女達にとって邪魔よ」
その狂気が、舞に気づかれていないのは幸いなことだろう。
足を止めたスキを狙い、ヤマトとアネモネが炎の連弾と落雷の追撃を放つ。
機関銃に貫かれるように炎に踊り、更に脳天を貫く落雷に、蝿怪人に蓄積するダメージはかなりのもので、膝をつかせるほどのダメージだ。
「グガアッッ!!」
「くっ……!」
蝿怪人が立ち上がり、大きく仰け反ると口から粘液を吐き出し、悠乃の拳を凝結させて封じ込める。
前線の手が一つ減ってしまうも、それでもオルトロスは恐れる事なく前へ突っ込んでいく。
「自分が壊すであります! 皆の方は攻撃をお願いするであります!」
悠乃の拳で凝固する粘液を壊すべく、アネモネが前へと走り出す。
それに呼応し、フィオナと浅葱はオルトロスに続いて接近戦を仕掛けていく。
「これでどうですっ!」
「いくぞ!」
浅葱の連撃で体勢を崩し、そこへフィオナの斬撃が加わり、蹌踉めいたところをオルトロスが顔面目掛けて回し蹴りを放つ。
一つでは足りない力が、幾重にも折り重なることで、その破壊力は倒せない未来を見させた怪人を追い詰める。
「させるかっ!」
反撃の拳をオルトロスへ叩きつけんと振りかぶる蝿怪人へ、ヤマトが火炎の連続弾を放つ。
ドォンッ! と炎が爆ぜる音がいくつも響きながら、動きが止まる怪人。
しかし……。
●
「グギョァッ!!」
耳障りな雄叫びとともに、前のめりに崩れるような拳を振り抜き、オルトロスの右目の辺りを叩きつけた。
何かが砕けるような響きとともに、地面に倒され、転がる身体はうつ伏せに沈んでしまう。
いきなりの逆転パンチに、先程まで少しばかり安堵の顔を見せていた舞が青ざめ、うわ言のように彼の名を読んでいた。
「諦めるな! 立て! 彼女に伝えたい事があるんだろう!」
彼の前に立ち、防御の体制を取るフィオナが檄を飛ばす。
「そうよ、あんな邪魔な小蝿にやられるわけにはいかないでしょう?」
その合間にも桜が生命力を凝縮した滴を彼へと浴びせ、樹液のように広がっていく力が目元から滴っていた血を抑えていく。
邪魔な蝿如きに、自分達の思いを潰される訳にはいかない。
何処か暗い励ましも、今では心強いほど彼の気持ちを高ぶらせ、再び立ち上がる。
攻撃を直撃したオルトロスのフェイスガードは一部砕け、文喜の不屈の瞳が露となっていく。
(「ヤバイな、でもあいつも大分フラフラだ」)
ヤマトが見据える怪人は、渾身の一撃を放つも、足元がふらついている。
押し切り、倒すなら今とヤマトが前へ飛び出す。
「浅葱、行くぜ! 二人の力をかけ算すれば、十六投げだ!」
右から左からと、揺さぶりかけるフェイントを見せるヤマト。
それをいなそうとして体勢が崩れたところで、相手の腕を掴んで地面へと叩きつける。
「いきますよっ、四方八方っ十六方っ」
地面を跳ね、受け身を取った怪人へ浅葱が迫る。
素早く動き回る彼女の動きに翻弄され、背後を付かれた瞬間、浅葱は怪人の喉元に腕を回し、地面へ投げ捨てる。
「ふっ、力の合算が足し算とは限らないのですよっ」
深いダメージで動きが鈍り鈍った怪人、そのスキを逃さす事なく、オルトロスが身を低くして構える。
「Soul burial ……Break!」
勢い良く地面を踏みつけて加速し、真っ黒な瘴気を纏ったストレートパンチを放つ。
腹を殴り飛ばされ、地面を滑る怪人は、奇声を上げると今度は空へと飛び上がった。
「文くん、あと少し!」
「オルトロス、聞こえるか? あの娘の声援だ」
何時かの記憶が脳裏をよぎる、伝えたい事が過るがそれは後だ。
力を振り絞ったオルトロスへ、再び檄を飛ばすフィオナは悠乃へと振り返る。
「悠乃! 頼む!」
「任せて」
アネモネのアドニスが粘液を砕き、両手の自由を取り戻した悠乃が微笑みのまま頷く。
狙いを定めるオルトロスがぐぐっと腰を落として、力を溜め込む。
『Open the Gate!』
ブレスレットのスイッチを押し、響き渡る地獄の声が蝿怪人の頭上に地獄の門を作り出す。
地面が割れるほどの脚力で飛翔するのと同時に、息の合った動きで悠乃が踏み台となり、フィオナの力を合わせて彼女を空へ跳ね上げた。
「「Soul burial――Shoot!」」
直上へと上り詰める飛び蹴りと、渾身の力を込めた突きが怪人へと迫る。
それが再び胸を穿けば、空に浮かび上がった地獄の門へと吸い込まれていく。
ガガァンッ!! 響き渡る爆音は、漆黒の花火となり、勝利を知らしめた。
●
戦いが終わり、その元凶となっていた御守についてヤマトは慎重に説明していた。
それを持つ自分が、彼の死の要因と思わせないためだ。
しかし、どれだけ言葉を選んでも、自分に僅かにでもある要因が彼女をうつむかせていく。
「舞殿……悲しいのはわかるのであります、けれど、どうか立ち直ってくださいであります」
アネモネが舞に声をかけ、涙目になった彼女の前で、オルトロスの後ろにまわり、背を押して彼女の前へと進ませる。
「オルトロス殿……文喜殿が全身全霊を掛けて守りきったその命を、どうか精一杯幸せに笑顔で生き抜いて欲しいであります」
死して尚戦ったのは何故か、こんなに傷ついても立ち上がったのは何故か。
騎士として、共に戦うことで彼の気持ちを察していた。
「それが文喜殿……貴女のヒーローへの何よりの報酬であります」
そして彼を見上げる、壊れたフェイスガードから見える瞳は少し虚ろながら嬉しそうに笑っていた。
ブレスレットのボタンを押し、変身を解除した姿は舞の想像通りの姿で、必死にこらえていた涙がポタポタと頬を伝い落ちる。
「舞……ずっと守れなくてごめん、でも、ずっとお前の幸せを願っている。だから、笑ってくれ」
言葉なく、泣き崩れる舞は何度も頷いていた。
アネモネが彼女から御守を受け取るのを確かめると、桜が彼へと語りかける。
「彼女を脅かすものは私達が預かるわ、だからもう無理に護る必要もないのよ。お疲れ様……これからは穏やかに彼女を見守っていきなさい」
斉藤さんの様に、その一言は胸の中に伏せられた。
彼女は気づくのだろうか、それとも気付いて尚、それを見ないようにしているのかは分からない。
暗い瞳の中に仄かに感じる暖かさに、文喜はありがとうと笑い、舞の頭を撫でる。
「じゃあな」
別れの言葉は小さく、引きずらないように。
「ほら、舞もなにかあるなら……伝えようぜ?」
顔は上げれないが、ヤマトの言葉に、彼女の唇が振るえながらに開いた。
「それなら何で死んじゃうのよ、馬鹿っ! ……大好き、愛してる、ずっとずっと……っ、文くんは私のヒーロー……だからっ」
嬉しさと悲しみがぶつかり合い、滅茶苦茶な言葉が溢れていく。
背中を向けたまま、文喜は振り返らずに空を見上げていた。
「文喜、よく頑張ったな。お疲れ様」
彼の言葉に、文喜は小さくサムズ・アップして答える。
そして、そんな彼の背中を見守る二人がいた。
(「これで、文喜には心残りも後悔も一切無くなったと思う。ただ……」)
君が笑ってくれるなら、その言葉はあまりに難しく、フィオナは口に出来なかった。
戦いの最中、何度も脳裏をよぎる記憶。
「羨ましい、な」
自分にはできなかった事を、彼は成して消えていく。
羨望の言葉が無意識に溢れると、うつむきながら口元に指先を当てる。
(「死してもなおという思いは素晴らしいけど、純粋なほどに、悲しいよね」)
人形の様なものとはきいていたが、悠乃は空っぽな傀儡とは到底思えなかった。
強い残留思念の塊とも言えた彼に感じたのは、切なく胸に染み込むような痛み。
ダークっぽいヒーローが流行り、まるで世界に希望がないように思えてくる。
けれど、実際に戦ってみれば、手に宿す色は黒くとも、彼も小さな英雄たちも変わらず希望の光を放っていた。
ずっと口を閉ざしていたのは、最後の思いは自ら伝えるべきだと思ったから。
悲しい、辛い、怖い。
そんな気持ちも互いに知り得たなら、もっと深く繋がれる。
自分が人の奥底を覗き、自分を曝け出す様に、二人は最後の最後まで理解し合ってほしかった。
(「でも、伝わって良かったよ……本当に」)
消えていく彼を留めることは出来ないが、舞の心に自分だけの英雄だった彼が生き続ける。
可能な限りのハッピーエンドは、この先もずっとあり続けて欲しい。
力を持ってしても願うのは……彼女が何処かで未来に、闇を見出しているからだろうか。
そんな二人の視線に気づいた文喜が振り返ると、腕につけていたブレスレットを取り外す。
フィオナと悠乃が、視線が自分達に向けられているのだと気づいたところで、彼はそれを放り投げた。
途中、淡い光を纏って分裂したそれは、二人の手の中に投げ込まれる。
一つは、オルトロスの両腕を包んでいた黒い鎖が絡まった一対のガントレットナックル。
もう一つは、黒い鞘に収められた両刃のロングソードであり、狼の頭を象った鍔から刀身が突き出したデザインをしていた。
「これは?」
「……第20話」
フィオナの問いに、それだけを答えると覚者達に満面の笑みを向けて手を降った。
光に消えていく彼に、目元を拭った舞が顔を上げ、不格好な微笑みで見送る。
もう心残りはない、光となって消えた彼からは、そんなメッセージを感じたことだろう。
●第20話
「弟よ、まだ戦えるな?」
「当たり前だ兄さん、そっちこそ病み上がりで倒れるなよ」
「Soul burial Shoot!」
「Soul burial Slash!」
それはオルトロスが、彼の兄であり、門番長でもある戦士、サーベロスと共に強敵を屠る回である。
弟を守り、そして穢れた魂を浄化する青い炎を宿す剣。
それがフィオナに託された、サーベロスの第三の牙だった。

■あとがき■
アイテムドロップ!
取得アイテム:双牙スコヴヌング
取得者:華神 悠乃(CL2000231)
取得アイテム:参之牙レーヴァテイン
取得者:天堂・フィオナ(CL2001421)
取得アイテム:双牙スコヴヌング
取得者:華神 悠乃(CL2000231)
取得アイテム:参之牙レーヴァテイン
取得者:天堂・フィオナ(CL2001421)
