辻斬り二刀流、地獄刃鉄
●
千葉県銚子、愛宕山。深く木々の生い茂る山中に、小さな石碑が建っていた。
きわめて古く、深く苔むしたそれが、びしびしと音を立てて崩れていく。
やがて何かに耐えかねたように、石碑は内部から破裂。舞い上がる砂煙があたりを覆っていく。
「…………」
煙の中に、何者かの気配。
わらじで地を踏み、現われる人影。
まるで血の池から這い上がったかのように全身を真っ赤に染めた、それはサムライであった。
「我が眠りを覚ますのは、なんだ」
空を仰ぎ、空気をかぐように鼻を鳴らした。
「殺戮の気……なるほど。時代が再び、我を求めた、か」
サムライは両手を虚空に翳すと、どこからともなく二本の刀を生成した。
「殺戮を始める」
●
「千葉県南部である危険な古妖が復活したんだ。急なことでまだ情報は集めきっていないけど、急いで現場に向かってくれ。このままじゃ里の人々が危ない!」
久方 相馬(nCL2000004)はそのように、今回の事件を説明し始めた。
古妖の名は『地獄刃鉄』。
古くは江戸時代から存在する戦の妖怪で、大量の殺戮に呼ばれるように現われるという。
「元々は犯人不明の殺人が起きすぎた時に架空の妖怪(古妖)の仕業だとこじつけたことから生まれた存在なんだけど、時代が進んで戦争の場にいつのまにかいるマガツカミのひとつになっていたんだ。もう七十年近く眠っていたらしいけれど、昨今続く人同士の争いの激化によって呼び覚まされたとみていいと思う……」
地獄刃鉄はまがまがしい瘴気の集合体といってもいい。
それゆえ悪しきモノを大量に引き寄せ、その一環として低級妖が集まり始めているともいう。
「まずは麓の町に現われた妖を退治しつつ、近隣の住民を救助、もしくは避難させてくれ。しばらくすれば地獄刃鉄も町に降り立つけれど、それまでに妖を倒しきっているのがベストだと思う。同時に相手にするにはキツい相手だからな」
手順は大きく分けて二つ。
有象無象の低級妖を倒しながら人々を逃がす。
町に下りてきた地獄刃鉄を迎え撃つ、だ。
「地獄刃鉄は不死身の妖怪とも言われている。倒してもまたどこかで復活してしまうかもしれない。けれどその特性上、一度撃退すればしばらくは押さえられるはずだ。みんな、気を引き締めてかかってくれ!」
千葉県銚子、愛宕山。深く木々の生い茂る山中に、小さな石碑が建っていた。
きわめて古く、深く苔むしたそれが、びしびしと音を立てて崩れていく。
やがて何かに耐えかねたように、石碑は内部から破裂。舞い上がる砂煙があたりを覆っていく。
「…………」
煙の中に、何者かの気配。
わらじで地を踏み、現われる人影。
まるで血の池から這い上がったかのように全身を真っ赤に染めた、それはサムライであった。
「我が眠りを覚ますのは、なんだ」
空を仰ぎ、空気をかぐように鼻を鳴らした。
「殺戮の気……なるほど。時代が再び、我を求めた、か」
サムライは両手を虚空に翳すと、どこからともなく二本の刀を生成した。
「殺戮を始める」
●
「千葉県南部である危険な古妖が復活したんだ。急なことでまだ情報は集めきっていないけど、急いで現場に向かってくれ。このままじゃ里の人々が危ない!」
久方 相馬(nCL2000004)はそのように、今回の事件を説明し始めた。
古妖の名は『地獄刃鉄』。
古くは江戸時代から存在する戦の妖怪で、大量の殺戮に呼ばれるように現われるという。
「元々は犯人不明の殺人が起きすぎた時に架空の妖怪(古妖)の仕業だとこじつけたことから生まれた存在なんだけど、時代が進んで戦争の場にいつのまにかいるマガツカミのひとつになっていたんだ。もう七十年近く眠っていたらしいけれど、昨今続く人同士の争いの激化によって呼び覚まされたとみていいと思う……」
地獄刃鉄はまがまがしい瘴気の集合体といってもいい。
それゆえ悪しきモノを大量に引き寄せ、その一環として低級妖が集まり始めているともいう。
「まずは麓の町に現われた妖を退治しつつ、近隣の住民を救助、もしくは避難させてくれ。しばらくすれば地獄刃鉄も町に降り立つけれど、それまでに妖を倒しきっているのがベストだと思う。同時に相手にするにはキツい相手だからな」
手順は大きく分けて二つ。
有象無象の低級妖を倒しながら人々を逃がす。
町に下りてきた地獄刃鉄を迎え撃つ、だ。
「地獄刃鉄は不死身の妖怪とも言われている。倒してもまたどこかで復活してしまうかもしれない。けれどその特性上、一度撃退すればしばらくは押さえられるはずだ。みんな、気を引き締めてかかってくれ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.救助活動に参加する
2.地獄刃鉄を撃破する
3.なし
2.地獄刃鉄を撃破する
3.なし
それぞれ別々に補足説明していきます。
●救助パート
妖から民間人を守りながら戦うパートです。
禍々しい古妖の目覚めによって、妖が集まってきています。
ランク1の妖ですが数が多く種類も様々です。
問題はそれが、避難の完了していない地区に現われているという点です。
出現ポイントは山北部の『大幡』という地域で、田畑が多く大型老人ホームを中心にまばらな一軒家が並んでいるのが特徴です。
避難が完了していないのはこの老人ホームと、周囲約三箇所の民家です。どれも足腰の弱い老人が取り残されており、自主避難ができない状況です。
ほかは地元の警察や民間団体が駆けつけて救助を進めています。けが人は東部にある大病院へ運ばれるので、救急車や臨時救急車も大量に駆けつけています。
そのため救助を終えたら地元警察などに引き渡して、後を任せましょう。
妖はこの老人ホームや周囲三箇所の民家に人の気配を察して襲撃をしかけてきます。
推定個体数はマックスで18体。通常攻撃のみのシンプルな妖ですが、弱い人間を率先して襲う個体習性をもっているため、下手に逃がそうとするとかえって死亡率を高めます。
●地獄刃鉄パート
古妖と戦うパートです。
(※救助パートから約10ターン後)
ややあって地獄刃鉄が山から下り、人間への攻撃を開始します。
かれの攻撃優先対象は今のところ無差別なので救助パートほどの苦労はかかりませんが、この時点で妖を倒し切れていないと手が足りなくなるでしょう。
戦闘力はまだ測定できていませんが、『やや手強い』と推定されています。
使用されるであろう攻撃スキルは以下の通り
・きりはらう:物列貫通2[100%、50%]【出血】
・きりさく:物近単【三連】【致命】
●その他の補足
これまでの研究から、古妖と妖が協力することはないとされています。
よって、妖たちは地獄刃鉄の瘴気にあてられて集まってきただけと思われます。
両者の混同にご注意ください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年10月19日
2016年10月19日
■メイン参加者 6人■

●虚妄の野火に神は成る
焦げ付いたゴムの臭いとはじける炎の音。
あがる黒煙を横目に、華神 刹那(CL2001250)と『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は舗装の甘い村道を走っていた。
「ふぁいぶで仕事をしていると人助けが多くなるのはこう、なんというべきかな」
「知るか。どうでもいいだろそんなモン。強い奴とやれりゃあ文句ねえんだよ。なんつったか、マガツカミ?」
「なんとも面倒な相手よな……」
妖は人間を探してうろついている。
民家と人間を紐付けできていないのか、まるで這いずる虫である。
だが、民家の蚊がごとくいずれは人を見つけるだろう。なれば、血を吸うだけで済むまいて。
「俺はあっちだ、テメエは――」
「こっち」
刹那は勝手にめぼしい民家へ走り行く刀嗣を見送って、自分は残る民家に目星をつけ始めた。
緊急時ということもあって家々はがらんとしているが、中でも屋内に籠もっているであろう家を発見した。
鍵をかけて閉じこもっているのだろうか。
ならばと、裏側から物質透過を使って屋内へと入り込む。
「よう、爺殿」
突然のことにおびえる老人に、無害を示すために手を翳した。
「救助隊である。そこに伏せよ」
たかだか20余年の文化である。老人に覚者の技術や立場を教えるなど、スマートホンのスワイプ機能を理解させるが如くだ。
分かるように言うが易い。
刹那はとりあえずその場から動かないように命じると、再び物質透過で外へ出た。
人間を発見した妖が集まってくる。
集まって貰えれば好都合。刹那は刀を抜くや、肩からすっと力を抜いた。
パトカーや救急車がひっきりなしに行き交い、それでも足りぬとばかりに民間車両に予備サイレンを貼り付けて走り回っている。
それでも救助が追いついているのは山から離れた場所だけで、山側に近づけば下りてくる妖に遭遇してしまう。装備の整った民間レスキュー企業が到着するのはずっとずっと後だ。倫理観に任せてミイラ取りの例えをなぞることもあるまい。
ゆえに、この事態をいち早く知り得たファイブの覚者だけが状況に対応できていた。
老人ホーム内は、自力で動けない老人を介護士が抱えて二階へと運び上げていく。
その様子を横目に、鹿ノ島・遥(CL2000227)は妖の進行ルートを絞るように窓や裏口といった場所にバリケードを作っていた。
「刀使いの古妖なんだって? あの手のやつは戦いがいがあって好きなんだよな。けど救助もってのは……なー」
「それってどういう意味?」
『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)が、遥の襟首をぎゅっと掴んだ。
「おじいさんたちは妖に襲われたら死んじゃうんだよ? 好き嫌いでさ、人が死んだらいけないんだよ? 皆を守るために頑張らなきゃいけないのに、なんでそんな態度なの?」
「ちょ、ちょっと、別に嫌だなんて言ってないだろ。人助けにだって手は抜かねーよ。どうしたんだいきなり」
両手を翳してなだめようとする遥に、きせきは小首を傾げた。
「え? えっと……ごめんね、なんだかつい、えへへ」
「変なやつだな。そろそろ来るぜ。階段にバリケード置いてけよ」
「うん! がんばろうね!」
テーブルを担いで持って行くきせき。遥は彼の微妙な変化を無視した。
「よっし、来るなら来い!」
九乙女 少女(CL2001464)と『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)は、人が残っていそうな場所を探して走っていた。
「この先でまだ人の臭いが残っています。急ぎましょう」
少女の猟犬である程度のアタリをつけていく。渚はそのガイドにそって移動していた。
「待ってて、私が絶対助けるから!」
メタルケースをぎゅっと握りしめ、渚は速度を上げた。
民家からの物音を察した妖が、玄関の引き戸を破壊している。
「少女ちゃん!」
呼ばれて、少女は妖に体当たりを仕掛けた。
その間に渚はメタルケースから大量の注射器を取り出し、集まってくる妖たちへと乱射。妖たちはたちまち破裂し、周囲に塵や血肉をまき散らした。
玄関前に陣取ると、少女と奥の老人たちに目配せをした。
「私があの人たちをカバーします。妖の撃破は任せても?」
「大丈夫」
出入り口がハッキリしている分、妖たちは簡単に集まってくる。
渚は両手に注射器を握り込むと左右へ次々に放った。
「妖を倒したら老人ホームのみんなと合流するよ。準備はいい?」
住んでいた老人は一人暮らしのようだ。少女が庇い続けてくれれば、戦闘不能にでもならない限りは老人ホームまで護衛できるだろう。問題は彼女の耐久性能だが、渚が近づく敵を片っ端から倒し続けていれば危険は少なかった。
一度の移動で時間がかかりすぎてしまうが、比較的確実な方法である。
一方、刀嗣。
「前菜だ雑魚ども! せいぜい退屈させてくれんなよ!」
刀嗣は二人暮らしの老人を自動車の中に押し込めると、ルーフの上に乗って刀をぶん回した。
前方から迫る妖を強烈な衝撃波によって一掃。
後方から迫る妖が車にしがみつくが、一拍遅れて振り向き斬り。
飛び散る血肉を払いながら、刀嗣は舌打ちした。
「つまんねえ連中だぜ、クソッ」
向こうから寄ってくるので楽ではあるが、なかなかにキリがない。
この後に控えている地獄刃鉄との戦闘には、今回の消耗分を頭に入れておかないとならないだろう。
「面倒くせえ!」
一方で、刹那。
老人を家から担いで連れ出すつもりだったが、問題が生じていた。
足の不自由な老婆を担ぐところまではよしとして、その夫である老人の守りが困難だったのだ。
無理な突破ははからない。防衛に集中するまでだ。
そうこうしていると、地元の青年団がワンボックスカーで到着した。
急停車する車に駆け寄り、屋内の様子を伝達。
駆け下りてきたスタッフに老人たちを預けつつ、これ幸いと襲いかかってくる妖を地烈の連打で薙ぎ払っていく。
消耗が激しい。妖をしのぎきるまでに気力や体力を大きく消耗してしまうだろう。
老人たちの救助は完璧に行なえたし、取りこぼしや運搬中の怪我をさせることはなかった。
しかし、この後が心配だ……。
「ここから先へは行かせないぜ!」
遥の地烈が妖を薙ぎ払っていく。まるで一騎当千の有様だったが、やはりこちらも消耗が心配だった。
しかし、遥たちが徹底的に妖を排除したおかげで救助隊の到着が早まり、老人ホームの人々の避難が早めに始まっている。
必要になるのは車に乗り込む際にさらっていく妖の存在だが……。
「えい!」
きせきの放った棘一閃が妖に炸裂。はじけ飛んだ妖が吹き飛んでいく。
「絶対に傷付けさせたりしないもん!」
遥ときせきで死角をなくすようにして妖を撃退していく。
そこへ自力で移動できない老人を抱えた少女と、それを保護する渚が到着。四人がかりで妖の波を押し返していった。
覚者たちの活躍の結果、地獄刃鉄の到着よりやや早いタイミングで妖の群れを倒しきり、住民の避難も完了。
減っていた体力を一旦回復する形で、次の戦いに備えることができた。
●怯えの悪魔に神は成る
「虐殺の気配がやんでいる」
古妖、地獄刃鉄は山を超高速で下りながら呟いた。木の枝から枝へと飛び移り、空気抵抗を無理矢理切り裂いて進む彼を目で追うことすら難しい。
やがて電柱の上に着地して、周囲の家々を眺めた。
「阻んだ者が、いるな」
マガツカミ。
恨みや憎しみを神に願った結果生まれるとされる日本の神の一つ。
戦場に現われては怨敵必殺の願いを叶えるべく戦うとされた。
人間が感情と神秘性を持った頃から存在する神だが、その力が最も強まったのは今から約70年前。第二次世界大戦末期である。
終戦時をピークとして、人々が戦後復興に勤しむなかマガツカミへの願いは失せ、人々に棄てられた形となった彼は長い長い眠りについた……筈だったが。
「我が眠りをさますもの。いるのか、ここに……」
人を探すように歩く地獄刃鉄。
ふと、ざくざくと向けられた殺気に振り返る。
「お楽しみはこれから、ってな」
刀を担いでずかずかと歩く刀嗣。乱暴に構え、ギラリと目を剥く。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。いくぜ」
突撃。そして斬撃。自らのエネルギーを攻撃だけに特化させたような強引なスイングが襲う。
地獄刃鉄はそれを強引に跳ね上げ、空いた急所に刀を叩き込む。
ざっくりと切り裂かれる刀嗣の脇腹。だがその隙を突くように、刹那と少女が背後から襲いかかった。
ライフルの持ち手部分を加熱させて殴りつける少女。
後頭部に直撃したはずだが、ほんの僅かに動いただけだ。
「こいつめちゃくちゃ強くないですか」
「知っている」
刹那は狙い違わず地獄刃鉄の首を切断した。回転しながら飛んでいく首。
振り向く地獄刃鉄。
振り向きざまに放たれた二刀両振りが空間を丸ごと切り裂いていく。
刹那の腹がばっくりと切り開かれる……が、ギリギリで内蔵に届いていない。
かわりに、彼女の前に立ち塞がった少女が膝を突いた。
「少しでも、力に」
「下がって!」
ダッシュで少女をかっさらっていく渚。取り出した注射器を少女に打ち込みつつ、地獄刃鉄から距離を取った。
「今の消耗具合で長期戦はキツいよ。耐えられる?」
切り払いだけならそこそこカバーできるが、集中攻撃を始められたらまずい。
「問題ねえって!」
遥が腕をぐるぐる回してから空手の構えをとった。
「心配事が無くなった俺は、全力だからな! いくぞきせき!」
「うん!」
突撃をしかける遥。
その後ろに重なるように走るきせき。
地獄刃鉄の薙ぎ払いが来た段階で遥は布を巻き付けた腕でガード。しつつ、滑るように距離を詰めてパンチを叩き込む。
そんな遥の肩を踏み台にしてジャンプしたきせきは縦回転をかけて地獄刃鉄を切り裂き、背後にすとんと着地した。
一拍遅れ、どさりと地面に落ちる地獄刃鉄の首。
顔つきは非常に個性的だが、何十人もの個性を混ぜ合わせて混濁させたような、言いようのない顔をしていた。
全体的に古風、洋服は着ている。二刀流だからといって戦国時代でセンスが止まっているわけではなさそうだ。
そういったことを全て踏まえた上で。
「こいつ、あの時の二刀流と同類だぜ」
刀嗣が半笑いで言った。
「でも、二刀流ってとこ以外共通点ないぜ?」
「共通点なんか知るかバカ! 本能でわかんだよ! けど残念ながら――本気は出せてねえみたいだ。クソ真面目な剣をつかいやがる!」
刀嗣が遥や刹那に目配せをしてから再び強引に突撃。
地獄刃鉄の腕を大胆にも切断した。
更に刹那がすれ違いざまにもう一方の腕を切断。
背後に回り込んだきせきが背中をバツ字に切りつけ、最後に遥が正面にダンと足を踏みならし、強烈なパンチを叩き込んだ。
胸を貫通し、背中から突き出る腕。
引き抜いて構え直し、じりじりと退いた。
「やったか!」
古来からこういう時はやっていないと相場が決まるが、今は違う。
地獄刃鉄は首だけで小さく唸ると、まるでかすみのように消えていった。
「……」
振り返る刹那。
「どうしたの? 山?」
渚が同じ方向を振り向いた。
満身創痍の少女も同じく振り返る。
「何か、気づいたことがあったんですか?」
「消える間際にあの方角を見た。石碑のある方角か……」
後で報告の必要がある、と言って刹那は刀を納めた。
●夢見からの事後報告:愛宕山石碑にて
砕けた石碑の上に、腕や首がバラバラになった地獄刃鉄がどさりと落ちた。
じわじわと各部位が這い寄るように合わさり、元の形に戻っていく。
「なんだバカヤロウ、もうヤられちまったかよ」
砕けた岩の上に腰掛ける男。
暴力坂乱暴。
地獄刃鉄は目だけで彼を見ると、転がったままの頭を拾い上げて首にくっつけた。
「久しいな、暴力坂。髪切ったか」
「他にも変わってるとこあんだろうがバカヤロウ」
暴力坂は抱えていた竹刀袋を二つ、床に放り出す。
「テメェの『地国刀』だ。つーか、御神体抜きでどうやって戦ってたんだよ」
「……」
刀を拾い上げる。
「身体が騒いだ。酷く斬られたから、力を戻さねばならぬ。刀だけが戻っても、すぐには動けんぞ」
「そいつは後回しでいいんだよバカヤロウ。おい刃鉄――」
暴力坂は岩に腰掛けたまま、顎肘をついてギラリと笑った。
「一軍に戻れ。『戦争のための戦争』が始まるぞ」
焦げ付いたゴムの臭いとはじける炎の音。
あがる黒煙を横目に、華神 刹那(CL2001250)と『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は舗装の甘い村道を走っていた。
「ふぁいぶで仕事をしていると人助けが多くなるのはこう、なんというべきかな」
「知るか。どうでもいいだろそんなモン。強い奴とやれりゃあ文句ねえんだよ。なんつったか、マガツカミ?」
「なんとも面倒な相手よな……」
妖は人間を探してうろついている。
民家と人間を紐付けできていないのか、まるで這いずる虫である。
だが、民家の蚊がごとくいずれは人を見つけるだろう。なれば、血を吸うだけで済むまいて。
「俺はあっちだ、テメエは――」
「こっち」
刹那は勝手にめぼしい民家へ走り行く刀嗣を見送って、自分は残る民家に目星をつけ始めた。
緊急時ということもあって家々はがらんとしているが、中でも屋内に籠もっているであろう家を発見した。
鍵をかけて閉じこもっているのだろうか。
ならばと、裏側から物質透過を使って屋内へと入り込む。
「よう、爺殿」
突然のことにおびえる老人に、無害を示すために手を翳した。
「救助隊である。そこに伏せよ」
たかだか20余年の文化である。老人に覚者の技術や立場を教えるなど、スマートホンのスワイプ機能を理解させるが如くだ。
分かるように言うが易い。
刹那はとりあえずその場から動かないように命じると、再び物質透過で外へ出た。
人間を発見した妖が集まってくる。
集まって貰えれば好都合。刹那は刀を抜くや、肩からすっと力を抜いた。
パトカーや救急車がひっきりなしに行き交い、それでも足りぬとばかりに民間車両に予備サイレンを貼り付けて走り回っている。
それでも救助が追いついているのは山から離れた場所だけで、山側に近づけば下りてくる妖に遭遇してしまう。装備の整った民間レスキュー企業が到着するのはずっとずっと後だ。倫理観に任せてミイラ取りの例えをなぞることもあるまい。
ゆえに、この事態をいち早く知り得たファイブの覚者だけが状況に対応できていた。
老人ホーム内は、自力で動けない老人を介護士が抱えて二階へと運び上げていく。
その様子を横目に、鹿ノ島・遥(CL2000227)は妖の進行ルートを絞るように窓や裏口といった場所にバリケードを作っていた。
「刀使いの古妖なんだって? あの手のやつは戦いがいがあって好きなんだよな。けど救助もってのは……なー」
「それってどういう意味?」
『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)が、遥の襟首をぎゅっと掴んだ。
「おじいさんたちは妖に襲われたら死んじゃうんだよ? 好き嫌いでさ、人が死んだらいけないんだよ? 皆を守るために頑張らなきゃいけないのに、なんでそんな態度なの?」
「ちょ、ちょっと、別に嫌だなんて言ってないだろ。人助けにだって手は抜かねーよ。どうしたんだいきなり」
両手を翳してなだめようとする遥に、きせきは小首を傾げた。
「え? えっと……ごめんね、なんだかつい、えへへ」
「変なやつだな。そろそろ来るぜ。階段にバリケード置いてけよ」
「うん! がんばろうね!」
テーブルを担いで持って行くきせき。遥は彼の微妙な変化を無視した。
「よっし、来るなら来い!」
九乙女 少女(CL2001464)と『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)は、人が残っていそうな場所を探して走っていた。
「この先でまだ人の臭いが残っています。急ぎましょう」
少女の猟犬である程度のアタリをつけていく。渚はそのガイドにそって移動していた。
「待ってて、私が絶対助けるから!」
メタルケースをぎゅっと握りしめ、渚は速度を上げた。
民家からの物音を察した妖が、玄関の引き戸を破壊している。
「少女ちゃん!」
呼ばれて、少女は妖に体当たりを仕掛けた。
その間に渚はメタルケースから大量の注射器を取り出し、集まってくる妖たちへと乱射。妖たちはたちまち破裂し、周囲に塵や血肉をまき散らした。
玄関前に陣取ると、少女と奥の老人たちに目配せをした。
「私があの人たちをカバーします。妖の撃破は任せても?」
「大丈夫」
出入り口がハッキリしている分、妖たちは簡単に集まってくる。
渚は両手に注射器を握り込むと左右へ次々に放った。
「妖を倒したら老人ホームのみんなと合流するよ。準備はいい?」
住んでいた老人は一人暮らしのようだ。少女が庇い続けてくれれば、戦闘不能にでもならない限りは老人ホームまで護衛できるだろう。問題は彼女の耐久性能だが、渚が近づく敵を片っ端から倒し続けていれば危険は少なかった。
一度の移動で時間がかかりすぎてしまうが、比較的確実な方法である。
一方、刀嗣。
「前菜だ雑魚ども! せいぜい退屈させてくれんなよ!」
刀嗣は二人暮らしの老人を自動車の中に押し込めると、ルーフの上に乗って刀をぶん回した。
前方から迫る妖を強烈な衝撃波によって一掃。
後方から迫る妖が車にしがみつくが、一拍遅れて振り向き斬り。
飛び散る血肉を払いながら、刀嗣は舌打ちした。
「つまんねえ連中だぜ、クソッ」
向こうから寄ってくるので楽ではあるが、なかなかにキリがない。
この後に控えている地獄刃鉄との戦闘には、今回の消耗分を頭に入れておかないとならないだろう。
「面倒くせえ!」
一方で、刹那。
老人を家から担いで連れ出すつもりだったが、問題が生じていた。
足の不自由な老婆を担ぐところまではよしとして、その夫である老人の守りが困難だったのだ。
無理な突破ははからない。防衛に集中するまでだ。
そうこうしていると、地元の青年団がワンボックスカーで到着した。
急停車する車に駆け寄り、屋内の様子を伝達。
駆け下りてきたスタッフに老人たちを預けつつ、これ幸いと襲いかかってくる妖を地烈の連打で薙ぎ払っていく。
消耗が激しい。妖をしのぎきるまでに気力や体力を大きく消耗してしまうだろう。
老人たちの救助は完璧に行なえたし、取りこぼしや運搬中の怪我をさせることはなかった。
しかし、この後が心配だ……。
「ここから先へは行かせないぜ!」
遥の地烈が妖を薙ぎ払っていく。まるで一騎当千の有様だったが、やはりこちらも消耗が心配だった。
しかし、遥たちが徹底的に妖を排除したおかげで救助隊の到着が早まり、老人ホームの人々の避難が早めに始まっている。
必要になるのは車に乗り込む際にさらっていく妖の存在だが……。
「えい!」
きせきの放った棘一閃が妖に炸裂。はじけ飛んだ妖が吹き飛んでいく。
「絶対に傷付けさせたりしないもん!」
遥ときせきで死角をなくすようにして妖を撃退していく。
そこへ自力で移動できない老人を抱えた少女と、それを保護する渚が到着。四人がかりで妖の波を押し返していった。
覚者たちの活躍の結果、地獄刃鉄の到着よりやや早いタイミングで妖の群れを倒しきり、住民の避難も完了。
減っていた体力を一旦回復する形で、次の戦いに備えることができた。
●怯えの悪魔に神は成る
「虐殺の気配がやんでいる」
古妖、地獄刃鉄は山を超高速で下りながら呟いた。木の枝から枝へと飛び移り、空気抵抗を無理矢理切り裂いて進む彼を目で追うことすら難しい。
やがて電柱の上に着地して、周囲の家々を眺めた。
「阻んだ者が、いるな」
マガツカミ。
恨みや憎しみを神に願った結果生まれるとされる日本の神の一つ。
戦場に現われては怨敵必殺の願いを叶えるべく戦うとされた。
人間が感情と神秘性を持った頃から存在する神だが、その力が最も強まったのは今から約70年前。第二次世界大戦末期である。
終戦時をピークとして、人々が戦後復興に勤しむなかマガツカミへの願いは失せ、人々に棄てられた形となった彼は長い長い眠りについた……筈だったが。
「我が眠りをさますもの。いるのか、ここに……」
人を探すように歩く地獄刃鉄。
ふと、ざくざくと向けられた殺気に振り返る。
「お楽しみはこれから、ってな」
刀を担いでずかずかと歩く刀嗣。乱暴に構え、ギラリと目を剥く。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。いくぜ」
突撃。そして斬撃。自らのエネルギーを攻撃だけに特化させたような強引なスイングが襲う。
地獄刃鉄はそれを強引に跳ね上げ、空いた急所に刀を叩き込む。
ざっくりと切り裂かれる刀嗣の脇腹。だがその隙を突くように、刹那と少女が背後から襲いかかった。
ライフルの持ち手部分を加熱させて殴りつける少女。
後頭部に直撃したはずだが、ほんの僅かに動いただけだ。
「こいつめちゃくちゃ強くないですか」
「知っている」
刹那は狙い違わず地獄刃鉄の首を切断した。回転しながら飛んでいく首。
振り向く地獄刃鉄。
振り向きざまに放たれた二刀両振りが空間を丸ごと切り裂いていく。
刹那の腹がばっくりと切り開かれる……が、ギリギリで内蔵に届いていない。
かわりに、彼女の前に立ち塞がった少女が膝を突いた。
「少しでも、力に」
「下がって!」
ダッシュで少女をかっさらっていく渚。取り出した注射器を少女に打ち込みつつ、地獄刃鉄から距離を取った。
「今の消耗具合で長期戦はキツいよ。耐えられる?」
切り払いだけならそこそこカバーできるが、集中攻撃を始められたらまずい。
「問題ねえって!」
遥が腕をぐるぐる回してから空手の構えをとった。
「心配事が無くなった俺は、全力だからな! いくぞきせき!」
「うん!」
突撃をしかける遥。
その後ろに重なるように走るきせき。
地獄刃鉄の薙ぎ払いが来た段階で遥は布を巻き付けた腕でガード。しつつ、滑るように距離を詰めてパンチを叩き込む。
そんな遥の肩を踏み台にしてジャンプしたきせきは縦回転をかけて地獄刃鉄を切り裂き、背後にすとんと着地した。
一拍遅れ、どさりと地面に落ちる地獄刃鉄の首。
顔つきは非常に個性的だが、何十人もの個性を混ぜ合わせて混濁させたような、言いようのない顔をしていた。
全体的に古風、洋服は着ている。二刀流だからといって戦国時代でセンスが止まっているわけではなさそうだ。
そういったことを全て踏まえた上で。
「こいつ、あの時の二刀流と同類だぜ」
刀嗣が半笑いで言った。
「でも、二刀流ってとこ以外共通点ないぜ?」
「共通点なんか知るかバカ! 本能でわかんだよ! けど残念ながら――本気は出せてねえみたいだ。クソ真面目な剣をつかいやがる!」
刀嗣が遥や刹那に目配せをしてから再び強引に突撃。
地獄刃鉄の腕を大胆にも切断した。
更に刹那がすれ違いざまにもう一方の腕を切断。
背後に回り込んだきせきが背中をバツ字に切りつけ、最後に遥が正面にダンと足を踏みならし、強烈なパンチを叩き込んだ。
胸を貫通し、背中から突き出る腕。
引き抜いて構え直し、じりじりと退いた。
「やったか!」
古来からこういう時はやっていないと相場が決まるが、今は違う。
地獄刃鉄は首だけで小さく唸ると、まるでかすみのように消えていった。
「……」
振り返る刹那。
「どうしたの? 山?」
渚が同じ方向を振り向いた。
満身創痍の少女も同じく振り返る。
「何か、気づいたことがあったんですか?」
「消える間際にあの方角を見た。石碑のある方角か……」
後で報告の必要がある、と言って刹那は刀を納めた。
●夢見からの事後報告:愛宕山石碑にて
砕けた石碑の上に、腕や首がバラバラになった地獄刃鉄がどさりと落ちた。
じわじわと各部位が這い寄るように合わさり、元の形に戻っていく。
「なんだバカヤロウ、もうヤられちまったかよ」
砕けた岩の上に腰掛ける男。
暴力坂乱暴。
地獄刃鉄は目だけで彼を見ると、転がったままの頭を拾い上げて首にくっつけた。
「久しいな、暴力坂。髪切ったか」
「他にも変わってるとこあんだろうがバカヤロウ」
暴力坂は抱えていた竹刀袋を二つ、床に放り出す。
「テメェの『地国刀』だ。つーか、御神体抜きでどうやって戦ってたんだよ」
「……」
刀を拾い上げる。
「身体が騒いだ。酷く斬られたから、力を戻さねばならぬ。刀だけが戻っても、すぐには動けんぞ」
「そいつは後回しでいいんだよバカヤロウ。おい刃鉄――」
暴力坂は岩に腰掛けたまま、顎肘をついてギラリと笑った。
「一軍に戻れ。『戦争のための戦争』が始まるぞ」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
