≪神器争奪戦≫一途なるパラノイア
≪神器争奪戦≫一途なるパラノイア



「皆の顔に影が見えます。信じていた物が揺らいだ不安が見えます」
 朗々と響く声の主は黒い神父服に身を包んだ一人の老人。
 丁寧に整えられた混じりけのない白髪は彼が高齢である事を示しているが、灰色の瞳はある種の光に満ちている。
 新人類教会宗主、石動 久遠(いするぎ くおん)。
 揺るぎない信念とカリスマで新人類教会を立ち上げ、ここまで大きくした人物だ。
 今やその信念は闇を駆逐する光のように容赦なく己の信念の邪魔になる物を排除する危険なものとなっている。
「先の戦いでは教会の新人類が同じ新人類と戦い捕らわれると言う悲劇が起きました。
 信仰に迷った同胞達はいまだその迷いの最中であり、巫女も囚われ行方が知れぬまま……」
 沈痛な面持ちで目を伏せる久遠に、集まった教会の信者達―――今は武装を解いているが、彼等は過激派と呼ばれる反教会勢力の制圧を目的とした武装集団である―――は、教化作戦と呼ばれた大規模な武力活動の失敗と被害を思い返して俯く。
「今、新人類教会は試練の時です。皆顔を上げなさい。この試練の時にこそ、我等新人類教会の信念が試されているのです!」
 両腕を広げた久遠の声に俯いた顔が一斉に正面を向く。
 久遠は他に分からないように肩から掛けていた布に触れ祈る様に目を閉じる。
「祈りましょう。この先に待つ試練を乗り越えられるよう、不安と迷いに心を囚われ使命を捨てる事のないように」
 久遠の言葉と動作に倣い、過激派の信者達も目を閉じて祈り始めた。
「あなた方は新人類が導く未来のためにその身命を賭して戦わなければなりません。
 命を惜しまず、情けに心を動かす事無く、教会の信念に反するものは悉く葬りなさい」
 久遠の声音が変化する。
 言い聞かせるように、誘い込む様に語りかける久遠の声を聞いた彼等が次に目を開けた時、その目には久遠に宿っているものと同じ光が宿っていた。

「宗主様、祝福を頂き光栄至極にございます」
 過激派の信者達を残し下がった久遠を教会の司教である事を示す杖を腰に挿した男が出迎えた。
 久遠は司教に頷き、肩に手を置く。
「彼等の指揮はあなたに任せましょう。過激派の多くは今神器の捜索にあたっています。特に戦闘経験が豊富な人員が減っていますから、上手く使って下さい」
「承りました。先に編成を済ませますので、宗主様は一休みして下さい。神器はこちらで元に戻しておきます」
「そうさせていただきます。寄る年波には敵いませんね……」
 久遠が支部に設けられた客室に向かったのを見送った後、司教は開かれたままの扉に目を向けた。
 そこには神棚のような小さな社がある。
「いつ見ても神器の力と言うのは恐ろしいが……こんな物一つで変わる人の心もまた恐ろしい」
 司教は注意深く社に布を掛けると、部下を分けて一つは部屋に残る信者達への伝達を任せ、一つは社を運ぶように指示を出した。
「持ち運びに気を付けろ。神器を粗末に扱えばどんな”祟り”があるか分からんぞ」
 部下を先に行かせた司教は周りに誰もいない事を確認すると誰にも聞こえないように呟く。
「御膳立てはしたぞ。私に出来るのはここまでだ……」


 新人類教会―――表向きは覚者及び覚者事件の被害者の保護を理念とし、その生活支援や養護施設の経営、関連企業への斡旋まで行っている新興宗教組織である。
 しかし教会は徐々に過激化の一途を辿りついには非武装・非暴力を唱える『穏健派』と武力に傾倒し、新人類と崇めている覚者までも洗脳して戦力として利用する『過激派』に分裂。
 五月某日には過激派による≪教化作戦≫が一放棄が決行されたが、作戦はF.i.V.Eによって阻止され虎の子である覚者まで失い大打撃を受ける。
 その際にF.i.V.Eが手に入れた『メモリーカード』より、彼らが行う『洗脳』とそれに必要な『神器』の存在が明らかになる。
 協会が複数所有し、さらに全国に散らばる『神器』。
 それを求めて新人類教会の『過激派』が動き出す。
 そして教会の動きを知ったF.i.V.Eもまた、新人類教会との新たな戦場に向けて動き出した。

「F.i.V.Eはこの神器の正体を突き止めるため、神器の奪還作戦を決定しました」
 桧倉 愛深(nCL2000130)が会議室に集まった覚者達に告げる。 
 F.i.V.Eに持ち帰られたメモリーカードから得られた情報と現在保護されている新人類教会の元幹部であり巫女として祭事に携わっていた村瀬幸来からの証言により、新人類教会の過激派で行われていた『洗脳』と『神器』の存在が判明。
 それを裏付けるように教会の内部から情報を齎し新人類教会との戦いの切っ掛けになった『告発者』と『協力者』からは、新人類教会が日本各地で活動する傍ら探し求めているのが『神器』であると推測した。
「皆さんが向かう事になるのは新人類教会の中でも大きな支部になりますが、そこに教会の宗主である石動久遠が来ているらしいんです」
 宗主は『神器』を使った新たな洗脳のために支部を訪れており、いつもなら側に控えている側近の石動 至恩(いするぎ しおん)は別行動を取っていて実質単独行動になっている。
「私達はその支部に持ち込まれた神器の奪還を主目的にしますが、前回もF.i.V.Eと接触した『協力者』から提案が来ています」
 『協力者』も神器の解明を望んでいる。動員できる人数が少ない『協力者』と仲間が陽動をしかけ、F.i.V.Eが別方向から侵入して戦力を分断させ、少人数で神器の奪還に向かって欲しいと言うものだ。
「支部には過激派が集まっていますが、何人かは必ず宗主の護衛についています。
 上手くすればただでさえ減っている教会の戦力を更に減らした上で神器を奪還できるかもしれません」
 とは言え、今だ謎のある『協力者』に不信を抱いている者もいるだろう。
 提案はあくまでたたき台として、こちらで作戦を立てて向こうに伝える事もできる。
 人数が少なくF.i.V.Eの協力なしでは確実に犠牲が増えるであろう『協力者』側としては、F.i.V.Eの提案は断れないだろう。
「相手のほとんどは一般人とは言っても戦闘経験がある武装集団です。数も多く、地の利も相手にあります。
 よく相談した上で作戦を決めて下さい。よろしくお願いします」


■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:難
担当ST:
■成功条件
1.神器の奪還
2.敵戦闘員の撃破
3.なし
●場所
 市街地から離れた場所にある新人類教会支部の建物。二階建ての高さがあります
 昼間でも郊外にあるので町からは何が起きているか分かりにくいです
 建物の中央が礼拝堂、北側に裏口、南側に入口、東側のみ大きく張り出した形になっています

中央棟:
 南側の入り口から入るとすぐ礼拝堂になっていて、そこに集められた過激派の戦闘員達がいます
 礼拝堂の奥に人が二人並ぶのも難しい細い階段があり、礼拝堂の上にある客室に繋がっています
 北側へは礼拝堂からは直接行けません。一度東棟に繋がる扉を出て、廊下を北側に進めば突き当りが北側の建物です

北側:
 建物の裏口です。ここの部分だけ普通の建物の一階建てくらいの高さになっています
 また風呂場や洗面所などが集中している事もあって庭木やフェンスで外部からも建物の他の方面からも視界を遮っています

東側:
 礼拝堂の扉から入る他、東側の端に外から出入りできる扉があります
 扉は鍵が開いていますが、窓は鍵が閉まっています

●人物
・『協力者』(フルフェイス)/覚者
 因子不詳/?
 装備/日本刀
 【思想の毒】【スケープゴート】で登場した黒いフルフェイスのヘルメットにライダースーツ、機械音声と言う怪しい風体
 教会と敵対している組織に所属しており、今回は仲間の覚者一名と共にF.i.V.Eに協力を申し出ています
 先に作戦を提案してきましたが、こちらで決定した作戦があれば協力します
 この人物と接触があった相手であれば多少無茶な提案も聞いてくれるかも知れません
・スキル
 日本刀(近単/物理ダメージ)
 飛燕(近単/物理ダメージ+二連)
 疾風斬り(近列/物理ダメージ)
 
 
・協力者その二/覚者
 因子不詳/水行
 装備/ボウガン
 『協力者』の仲間であり、こちらも覚者です。同じく黒いフルフェイスのヘルメットにライダースーツと言う風体
 これまでの経緯や情報は共有しており、現場での判断はすべて『協力者』に委ねて従います
・スキル
 ボウガン(遠単/物理ダメージ/射撃)
 水礫(遠単/特攻ダメージ/射撃)
 癒しの滴(遠単/回復)


・教会戦闘員/一般人×20人
 『過激派』の戦闘員です。最初は武装をしていませんが、襲撃があれば礼拝堂の入り口側と東側に置かれた武器を手に取って抵抗して来ます
 戦闘経験があり下っ端戦闘員と比べると強いです。戦闘になると一グループ前衛三人、後衛二人構成の四グループに分かれ、移動する時も必ず五人一組で動きます
 内一グループは戦闘が起こると宗主の石動久遠を逃がすために必ず礼拝堂から二階の客室に移動し、そのまま久遠を守りながら離脱します。
 そこで石動久遠を追えば抵抗して来る上に、護衛についている司教が戦闘に加わってきます。
・スキル
 前衛×3
 アサルトライフル(遠単/物理ダメージ)

 後衛×2
 アサルトライフル(遠単/物理ダメージ)


・『司教』紺谷 陸(こんたに りく)/男/覚者
 翼の因子/木行
 装備/杖(鈍器)
 猛禽類の翼を持つ司教でただ一人の覚者。憤怒者に殺されかけた所を教会に救われた経緯を持ち、石動久遠を崇拝している
 ここしばらくは何か悩んでいる様子が見受けられ、近々洗脳を受け直す予定だった
 洗脳の事も自分がそれを受けているだろう事も承知していながら、崇拝する石動久遠のために働いている
 反応速度と特攻能力が高めで体力と物防はそれに比べると低いものの、状態異常を駆使して戦います
・スキル
 非薬・鈴蘭(近単/特攻ダメージ+毒)
 棘一閃(遠単/特攻ダメージ+出血)
 香仇花(近列/特攻ダメージ+弱体)


・『宗主』石動 久遠(いするぎ くおん)/一般人
 礼拝堂の二階客室で休んでいます。襲撃があれば礼拝堂にいた一グループと護衛の司教と共に外に逃げます
 自分に戦闘能力がないこと、留まっていると邪魔な事は分かっているので信者が盾になる事を厭いません


 情報は以上となります。
 皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年10月26日

■メイン参加者 8人■

『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)


 町の郊外にその建物はあった。
 外壁は丁寧に手入れされて白く輝き、ステンドグラスにも曇り一つない。
 建物の周囲は石畳と芝生が敷き詰められて常緑樹の庭木が植えられている。
 一葉の写真でも見ているかのような、清廉でありどこか温かみも感じられる。そんな場所だった。
「宗教。洗脳。暴力。此処まで並べると実に壮観。建前を得た人の傲慢さは、何時の時代も変わらぬな」
 八重霞 頼蔵(CL2000693)は白い外壁に飾られた 『人』と言う文字を意匠化した新人類教会のシンボルを眺めて呟く。
 そこは覚者を『新人類』と崇め表向きは覚者や覚者事件の被害者を支援する組織として振舞いながらも、意に反する者を武力によって制圧し、崇めている筈の覚者ですら洗脳して兵士に仕立て上げる『過激派』の拠点となっている支部の一つだった。
「洗脳か。確かにこのような宗教で画一的物事を為そうとするのであれば、それは合理的な手段なのだろうが」
 遠目にそれを見ていた時任・千陽((CL2000014)は軍帽のつばを軽く押し上げて赤い瞳を眇める。
 新人類教会の過激派も元は覚者を憎み排除しようとする憤怒者から覚者やその家族、彼らを助ける人々と教会を守ろうとしたのが始まりだったと言う。
 しかし守るために手に取ったはずの武器と力は暴走し、過激派と言う武装集団に成り果てた。
「弱者を盾にするやり方も、力ある者を崇めるって教えも、腹が立ち過ぎて焦げ付きそうだ!」
 天堂・フィオナ(CL2001421)はノブレス・オブリージュを旨とし、正しく高潔に、力無き者を守る騎士たるべしと己に任じている。
 新人類教会の非道な行いは決して許せるものではない。
「ああ、洗脳とか止めなきゃだしな。持ってる力全部出してくぜ!」
 成瀬 翔(CL2000063)が拳を握る。本来ならその拳はまだ柔らかく小さな少年のものだったが、変化した今の彼は身の内に滾る力を思う存分振るえる成人男性のものになっている。
「ふっ、思想も信じる道も自由なものですっ。もっとも自由にぶつかるならば拳で語ることになっちゃいますけどねっ」
 長い髪と白いマフラーをばさりと手で払い、月歌 浅葱(CL2000915)は過激な自論と共に腕を組む。
 くすみの一つも許さぬ白いマフラーは何物にも染められる事ない彼女の正義の象徴。
 何物にも染まらぬ黒をパーソナルカラーとする新人類教会とは似て非なる選択であった。
「彼らも同じ人民とは言え、人民の安否を脅かす者を放置する訳にはいかない」
 緒形 逝((CL2000156)の表情は黒いフルフェイスのヘルメットに隠されて見る事はできないが、人民を守ろうとする意志がその内にあった。
「必ず止めましょう。神器と呼ばれる物を私達が確保すれば、洗脳の被害を減らせますわ」
 秋津洲 いのり(CL2000268)も決然とした意志を示し、新人類教会のレリーフを見上げる。
「人を洗脳できる呪いの神器かあ。そんなの壊しちゃえばいいのに」
 麻弓 紡(CL2000623)は誰もが考えたであろう手段を口にした。
 そこにあるだけで災いを呼び、使えば人の心を毒す物。そんな物がいくつもあるとなればいちいち持ち帰らずにその場で破壊した方が手っ取り早い。 
「持ち帰れと言うからには理由があるのでしょう」
 今回の依頼を受けた時の説明では神器は持ち帰って解析に掛けると聞いている。
 千陽も神器に関して色々と疑問があった。
(洗脳に使われていると言う神器……一つだけでも十分に一般人に効果を上げれるだろう神器を各地から集める理由はあるのだろうか?)
 今回の目的である神器の事はある程度聞かされていたが、それに関する疑問は多くあった。
 粗末に扱えば不幸を齎すと言う神器を今までどのようにコントロールしてきたのか。
 それを何故一般人である宗主と、その主治医兼秘書である石動至恩……名字から言えば親族だろう男が扱えるのか。
「これで全員か」
 聞こえて来た奇妙な声に千陽が沈思を止めて顔を上げると、その先に怪しい風体の人物がいた。
 黒いフルフェイスのヘルメットにライダースーツ。声は機械で加工されている。
 性別も分からず偽名すら名乗らないが、F.i.V.Eが新人類教会に関わる事になった最初の依頼から現れ、以降『協力者』として戦闘に関わった事もある『協力者。便宜上の呼び方では『フルフェイス』。
「お久しぶりですわ」
 物陰から出て来たフルフェイスにいのりが会釈し、紡が軽く手を振りつつもう一人の方に目をやる。
「そっちが新顔さん?」
「ああ」
 頷くフルフェイスの隣に、そっくり同じ黒いフルフェイスのヘルメットとライダースーツの同行者がいた。
 身長はほぼ同じ。体格の方はフルフェイスよりやや細身に見える。
 細身と言えばこっちもだよなと逝を見た翔だったが、突然さっと目を逸らして口許を押さえた。
「いやちょっと……なんかこの状態すげーと思ったら……」
 顔が笑っている。周りもすぐにその意味が分かった。
 黒いフルフェイスのヘルメットを被っている者が三人並んだ光景がツボに入ったらしい。
「君達とは初めて顔を合わせるが、話は聞いている」
 如才なく接しながらも、頼蔵は内心彼等を警戒していた。
(敵の敵であると言うだけで素性も何も分からぬ相手。神器が道理を考えぬなら実に重宝するモノであると考えれば、或いは……)
 とは言え、この場で疑り深く振る舞って不和を起こすのは作戦に影響が出かねない。
 相手側も警戒されるのは承知の上だろうと、頼蔵はあえて口にする事もあるまいと自分の心に留める事にした。
 その間に協力者の二人に作戦が説明される。
 今回の主目的は『神器』の確保だが、覚者達はそれだけでなくこの支部を訪れている宗主、石動久遠の確保も狙っていた。
 協力者二人を加え十人になった人員を三つに分け、内二つで南と東から陽動を仕掛ける。
 残り一つは客室のある二階に突入し、久遠の確保を狙うのだ。
「宗主を狙うのか」
 フルフェイスは陽動については問題なく頷いたが、久遠の確保と言う点で口を挟んだ。
「洗脳だって宗主のじーちゃんがいなくなったら減らせるだろ?」
 翔は特に気にせずそう言ったが、千陽の視線は注意深くフルフェイスに向けられた。
「宗主を捕らえる事ができれば新人類教会は指揮系統を失う」
「指揮系統の乱れがあればそちらの内通者も動きやすくなるはずだが」
「……」
 答えを返さないフルフェイス。
 千陽だけでなく頼蔵の視線も見えない表情を探る様に見詰める。
「いのり達もお二方も、お互いがお互いの力を必要としているのですわ。どうぞ先日のようにご協力くださいませ」
 誰かが不審の声を上げる前にいのりがフルフェイスに向かって訴える。
 それに対してフルフェイスが頷き、同行者もそれに倣った。
「ふっ、では説明も終わった所で作戦開始ですねっ!」
 浅葱がばさっとマフラーを靡かせたのを合図に、覚者達はそれぞれの思いを抱えつつも担当する場所へと静かに移動を開始した。


 建物の南側に来た逝はブリーフィングで聞いていた建物の様子を頭に浮かべながら、感情探査で戦闘員の位置を探る。
 元より大人数の探査には向かない能力だ。大まかな位置だけでもと考えていたが、思わぬ感情が引っ掛かった。
(これは……なんだ?)
 礼拝堂の端に気分が悪くなりそうな程に強烈な負の感情が発生していた。
 怨念、憎悪、悔恨……頭の芯が塗り潰されそうな感覚に陥り咄嗟に探査を中断する。
「どうした」
 異変に気付いたフルフェイスに何でもないと首を振り探査を再開すると、礼拝堂の中央付近に一塊の反応がある。
「武器からはあまり離れていないか」
「突入と同時にできるだけ散らすしかないだろう」
 フルフェイスが言えば同行者は頭部をいじりながら頷いた。
「何をしてるんだ?」
 逝の質問に、フルフェイスが機械音声でもはっきりわかる程呆れ声で答える。
「紛らわしいから印をつけるそうだ」
 同行者がヘルメットから手を離すと、そこにはボウガンの矢で「にごう」と刻まれていた。
「……二号か」
「そうしてくれ」
 深く考えない事にして三人は南側の壁にひたりと張り付く。
『こっちはいつでも行けるぞ。東と北の方はどうだ?』
 逝が送受心でそれぞれの方面に分かれた仲間にメッセージを送る。
『いつでも行けるぞ!』
『こちらも位置に着いた所だ』
 気合の入った返事は千陽、いのりと一緒に東側に回ったフィオナから。落ち着いた返事は翔、浅葱、紡と北側に回った頼蔵から。
 逝は返事を聞くと隣の二人に突入する事を伝える。
『南正面、突入する!』
『東も行くぞ!』
 逝が扉を蹴破って礼拝堂に突入すると、ほぼ同時に礼拝堂の東側にあった扉も蹴破られる。
 東側と南側、それぞれの壁際に武器が置かれているのを目視するのと戦闘員達が襲撃だと声を上げるのもほぼ同時。
「戦わなくていい! 宗主の犠牲になんてならなくていい!」
 誰かが武器に触れる前に、フィオナの声が礼拝堂に響く。
 効果がない事も理解していたが、分かっていてもフィオナは己の騎士道に従って呼び掛けた。
「私達”新人類”が、貴方達を絶対に守るから!」 
 答えは味方が武器を取る時間を稼ぐため囮として飛び出した戦闘員達の怒声。
「武器を!」
「くっ……仕方あるまい!」
 千陽が大震で吹き飛ばした戦闘員に向けてガラティーンを抜く。
 シアンブルーの炎立ち昇るフィオナから放たれた斬撃が、素手のまま飛び込んで来た戦闘員の肩口に入った。血が礼拝堂の磨かれた床に飛び散る。
 武器を確保しようと駆け出す戦闘員に纏わり付く奇妙な霧は脱力感を伴っていた。
「武器は取らせませんわ」
 いのりが操る霧に力を奪われた戦闘員達は千陽とフィオナに狙われて武器を取る事も叶わず跳ね飛ばされ斬りつけられる。
 しかし、ここにいる戦闘員達は戦いに慣れているだけあって対処も早い。
 先行した者達が集中攻撃を受けている内にと一人二人が飛び出して武器を取り、そのまま攻撃するかと思いきや後方の味方に武器を回し、受け取った者が味方を援護する。
「思ったより対処が早い」
 千陽の灰色に変わった髪が数本銃弾に掠められ千切れ飛ぶ。
 素早く周囲を見回すと南の方でも素手のまま突撃した囮が集中攻撃を受け、その間に他が武器を確保している。
「司教の姿はまだ見えないな」
 フィオナは礼拝堂の奥にある階段を見たが、誰かが下りて来る気配はない。
「おそらく二階にいるのでしょう」
 いのりは戦闘員を眠りに誘い無力化しようとしていたが、効果の方が今一つと見るや攻撃手段を切り替えて雷獣で薙ぎ払う。
「社を持っていそうなチームは……」
 千陽は足元に転がっていたライフルを蹴り飛ばしながら神器が収められている社を探す。
 その目が礼拝堂の奥で止まった。
 奥の階段に向かう五人の内二人が布を掛けられた物を背負っていたのだ。
『北側に報告! 戦闘員五人が神器らしき物を持って客室に向かった』
 千陽は送受心を持つ逝に即座に報せる。
 突入してから礼拝堂の外に向かう者はおらず、司教も二階の客室にいると見ていいだろう。
 宗主のみならず神器まで行ったとなれば両方を手に入れられる好機とも言えたが、抵抗は激しくなる事も簡単に予想できた。
「司祭も神器も二階か」
 逝は自ら異形と呼ぶ戦闘機の主翼のような両腕を振るう。
 銃弾が何発か当たったが、その程度でこの腕は貫けない。手にした悪食の刃も銃弾程度で鈍る事はない。
「この異形の四肢を含めた体は生半可な銃撃や抵抗なぞ意味が無い、有ったとしても油断はしない」
 岩の鎧を頼みに敵の前に立ち、並ぶ教会の戦闘員達に地烈を見舞う。
 追撃を仕掛けるのは逝のような黒いフルフェイスとライダースーツで素性を隠した協力者、フルフェイスと同行者の二人。
 フルフェイスが日本刀で斬り込み、同行者がボウガンと水行の力で援護をする。
 逝は体勢を整えようとする戦闘員に連撃を食らわせ、素手でも突っ込んで来る相手は投げ飛ばす。
「人民の安否を脅かす者は……し、しゅ、終了させ……喰ウ」
 逝の言葉が急に乱れる。
 主翼の腕の先に瘴気を纏った直刀・悪食が握られていた。
「……余計な干渉、感傷は不要だ、速やかな制圧と回収を行う」
 事務的な口調で言い捨て、悪食を棒切れを叩きつけるように振るう。
 持ち主が武器に相応しい扱い方を知らずとも、悪食はそんなものは些細な事とばかりに十分な効果を発揮した。
 戦闘員達の数は序盤で減らせたが、残りはその間に武装と隊列を整え倒れた椅子や剥がれた床板を利用した簡易バリケードを組み立て本格的な抗戦に入っている。
「自分達が捨て駒だと承知しているのか」
 千陽は簡易バリケードが自分達の身を守るよりも覚者達の進行を妨害する目的で作られた事を見抜いた。
 無論その程度簡単に飛び越えられるが、バリケードの裏に戦闘員が張り付き攻撃して来るな話は別だ。
「捨て駒だと……」
 フィオナの手が強く剣の柄を握り締める。
 崇める者のために犠牲になると言うのか。
 違う。そんな事は間違っている。
「―――だから、過激派の教え自体おかしいぞ!」


「やれやれ、騒がしい事だ」
 フィオナの咆哮の如き声が聞こえた頼蔵が苦笑する。
 南と東の陽動班が突入した騒ぎに乗じて四人が北側に回り、頼蔵は二階分の高さがある壁面に文字通り張り付いていた。隣には同じように壁面に張り付く浅葱がいる。
「翔くんと紡さんは?」
「今宗主の居場所を確認している」
 紡と翔はそれぞれ飛行と透視を利用して隠し通路がないか探っていたのだが、今は宗主がいると言う客室を探っている。
 礼拝堂で戦っている逝から連絡が来たのはその時だった。
『今客室に戦闘員が五人向かった。おそらく神器を持ってな。司教はすでに客室の方にいるらしい』
 同じ内容はすでに北側を担当する他の三人に伝えられているらしい。
 頼蔵は浅葱と一緒に先行した紡と翔に合流するために急ぐ。
「アッサリといかないみたいだね」
 合流したのは北側の建物の上だ。他は二階分の高さがある建物の中で北側だけが一階分の高さになっている。
 その場所には五人の戦闘員と猛禽類の翼を持つ男、そして一人の老人がいた。
 おそらく階下の騒ぎを聞きつけてすぐ客室から外へ脱出しようとしたのだろう。
「そっちのじーちゃんが宗主か」
「はい。新人類教会宗主、石動久遠ともうします。初めまして」
 にこりと微笑みさえ浮かべながら軽く一礼する老人。石動久遠。
 宗主様。と注意を促し一歩前に出る翼をもつ男。あれが司教の紺谷陸かと仲間同士で目配せする。
『正面からやりあう事になったな』
「ふっ、堂々たるものですねっ」
 送受心で頼蔵が言うと、勇ましく胸を張って浅葱が前に出た。
「天が知る地が知る人知れずっ。過激に身柄確保のお時間ですっ。降伏するなら手荒なことは……と、素直に行くわけはありませんねっ」
「当たり前だ!」
「司教様、ここは私共が。宗主様と神器をお願いします!」
 立ちはだかる戦闘員達に、司教と宗主は特に何を言うでもなく頷く。
 彼等にとってはそれだけで十分なのだろう。
「待て。君は今中がどうなっているか分かっているのか」
 頼蔵が呼び止めたのは司教の方だ。
「礼拝堂にいる戦闘員達は自分達が捨て駒にされたのも構わず戦い続けている。
 武器がなければ素手のまま特攻し、床板まで剥がして盾にして少しでも侵攻を遅らせようとしているそうだ」
 階下の状況は送受心によってほぼリアルタイムで情報が送られている。
 その惨状は戦っている覚者達の方が参りそうな状況らしい。
 銃撃や叫び声でうるさいくらいだった戦闘音も、最初の頃に比べると静かになっていた。
「ふっ、私も私の仲間達もけして人の命を粗末にしませんっ。ですが、あなた達はどうですかっ!」
 突きつけられた浅葱の指に視線を逸らしたのは司教ただ一人だった。
 その反応に、やはりと四人は確信を得る。
「なあ、俺達だってほんとなら攻撃なんてしたくねーんだ」
 翔はただ一人階下の惨状に心を痛めているだろう司教に訴える。
「司教のおっちゃん、じーちゃんは丁寧に扱うから。だから抵抗しねーでくれねーかな……」
「……お前達に宗主様を任せるつもりはない」
 司教は翔の訴えをはっきりと断った。
「私は、宗主様をお守りしなければならないのだ」
 司教が手を上げると、五人の戦闘員達が銃を構える。
「お前達のような不心得者に指一本触れさせないぞ!」
「あーあ、やっぱりこうなるよね」
「仕方ない」
 紡のため息を聞きながら頼蔵も武器を抜く。
「宗主様、失礼します!」
 司教が宗主を抱えて階下に飛び降りようとする。
「逃がしませんっ」
 浅葱が回り込み、天駆をかけた頼蔵がそれに続く。
「チッ」
 下手に突破しようとすれば非覚者、しかも高齢である宗主に流れ弾が当たって取り返しのつかない事態になりかねない。
 そう判断した司教は戦闘員達と共に宗主の盾になる事を選んだ。
「どうしても宗主を守るのか」
「例え何が起ころうと、私は宗主様をお守りしなければならないのだ」
 杖を構えた司教に対し、頼蔵も武器を抜いた。 
 放った三連撃は正確に司教を捉え大きなダメージを与えるには至らなかったが、それを合図に屋根の上が戦場に変わる。
 司教が操る木行の力は毒や出血などで相手を弱らせて行くものだった。
 司教の能力は使う技に適しており、攻撃を受ければほぼ確実に状態異常にかかる。
 更に状態異常を受けた者は司教の指示で戦闘員五人に集中砲火を受けた。
「回復は任せて」
 紡が素早く状態異常の解除を行い、間に合わないと見れば翔も回復を手伝う。
 浅葱の拳が司教の杖とぶつかり、互いに押し切れず飛び離れた。
 ただの杖に見えるが、浅葱の拳にも折れない耐久力があるようだ。
「新人類であるあなた方に思想を理解してもらえないのはとても悲しい」
 騒がしい戦いの場を前に、宗主は悲し気に目を伏せる。
 しかし、今この場ではあまりに不釣り合いな所作に見えた。
「新人類の力は力なき旧人類を守るために使われるべきです。それが選ばれし新人類の役目なのですから」
 宗主の表情は悲し気だが、開かれた目は異様なほどに光っている。
 翔の雷獣が戦闘員を纏めて薙ぎ払い、紡の戦巫女之祝詞で強化された浅葱の拳が、頼蔵の斬撃が戦闘員を打ち倒す。
 皆意識を失う最後の一瞬まで宗主を守ろうと食らいつき、司教が操る植物が戦闘員にしがみつかれた頼蔵の肩を突き破る。
「しかし旧人類の多くは新人類を恐れ、あろう事か排除しようとする輩までいる。なんと嘆かわしい事でしょう」
 宗主の独白は続く。首から下げた新人類教会のシンボルを握り締め、声高に叫ぶ。
「ですから私は新人類を守るため、新人類の力と存在を世に知らしめるために立ち上がったのです。
 全ては正しい未来のため。新人類と旧人類が互いに手を取り助け合う世を作るために!」
「その結果が今の惨状か」
 重たいライフルを持つ力さえ失った戦闘員の体当たりを避け、峰打ちした頼蔵が舌打ちする。
「助け合う世を作るって言うなら、なんでこんな争いばかり起こすんだよ!」
 倒れてもまだ武器を取ろうとする戦闘員の姿に翔が叫ぶ。
「もう大人しくなりなよ。っていうか、なりやがれ」
 宗主が逃げない限り戦闘員達も司教も戦い続ける。
 それを承知で宗主は演説を続け、戦闘員達はそれに疑問すら抱かず倒れて行く。
「ふっ、もう残っているのはあなた方だけです!」
 浅葱が五人目の戦闘員を沈めた時、丁度階下でも戦闘が終わっていた。
 何人もの足音は一階での戦闘を終えた仲間のものだ。
 傷付き消耗した司教は息を荒げながらも戦闘意欲を失っていなかったが、勝負は見えている。
「何故そこまで宗主を守るんだ!」
 宗主たちが出て来た客室のガラス戸から、階下を片付けた覚者達が駆け付けた。
 全員無傷とはいかなかったが、一人も掛ける事無くここに辿り着いていた。


「貴方も見ただろう!? 何故あんな宗主を守る必要がある!? 本当は……嫌なんじゃないのか?」 
 駆け付けざま叫んだのはフィオナだった。
 階下で戦っていた四人と協力者の二人は頼蔵の送受心を通じてここでの有様をすべて知っている。
 その惨状は六人が見た階下のものと変わらなかった。
「貴方にとって石動久遠が大切な人だというのは解ります。彼を慕う事が悪いとは言いません」
 いのりは屋根に倒れ伏している戦闘員、圧倒的人数の覚者達から健気に宗主を背に庇う司教、それらを見ても眉一つ動かさない宗主を順に見詰める。
「けれど大切な人だからこそ、間違っている時は間違っていると、はっきり言うべきではないのですか!?」 
「間違っていたからなんだ! 私は……もう私だけしか、宗主様を守れないんだ!」
「その通りです。私を守るのはここにあなたしかいません」
 叫ぶ司教の肩に宗主の細い指がかかる。
「ですから、あなたは最後まで戦いなさい」
「宗……」
 司教が振り返る前に、それは起きた。
 どくんと、音として聞こえないが明らかに何かが響くようなものを感じた。
 次に生まれたのは全身が総毛立ち汗が噴き出すほどの吐き気と嫌悪感。
「これは……階下を探ったときの……!」
 逝が感情探査で感じたあの負の塊のような物と今この場にいる全員を襲っている感覚は同じ物だった。
 出所はすぐに分かった。
「そ……宗主様……」
 司教は消耗が激しい分苦しいのだろう。真っ青になって宗主を見上げる。
 宗主は肩にかけていた布を屋根に投げ捨て、胸元を開いていた。
 老人の浮き上がった鎖骨の間に潜り込むように埋まっていたのは、黒瑪瑙の欠片のような石だった。
「これは奥の手だったのですが、仕方ありません。さあ、戦いなさい。私と神器を守るのです」
 そう言って宗主は司教の額に触れた。
 ただそれだけで、新人類教会の仲間が倒れて行く事に心を痛めていた司教、紺谷陸の意識は塗り潰されてしまった。
 司教の目が見開かれたかと思うと、口から尋常ではない絶叫が迸った。
 見開かれた目はそのまま白目を剥いて涙のような血が溢れ出し、それは鼻や口からも溢れている。
「では、後は頼みましたよ」
 宗主は司教を残し社の中から箱を取り出した。
 そこに神器が入っているのは考えなくても分かる。
「待てっ!」
 止めようとした翔の肩に鋭い棘が突き刺さる。
 白目を剥いたままの司教は血を噴き出しながらも残りの力を全て使って宗主を守ろうとしていた。
 いやこれで本当に守ろうと言う意志が働いているのだろうか。
「これ完全にいっちゃってるよね?」
 紡が言う通り、司教に正気が残っているようには見えなかった。
「くそっ! 何と言う事を……!」
 フィオナはわなわなと怒りに震えた。
 司教はもう言葉など通じないだろう。
「速攻で片付けて宗主と神器を追うしかない」
 千陽はすでに戦闘態勢を整えていた。
 突然の事態が立て続けに起きる中でも千陽は神器の回収と言う目的を見失っていない。
 苦痛の声なのか狂気の叫びなのか分からない奇声を上げながら毒を撒き散らす司教に強烈な負荷を与えて抑え込みにかかった。
「宗主を追って捕えれば神器が二つ手に入る」
「一石二鳥と言う訳だな」
 頼蔵と白夜と逝の悪食がすでに深手を負っている司教を更に追い込む。
 ただでさえ消耗していた司教は避ける事も防御する事もできなくなっているのか、その思考力すら奪われたのか、誰かが攻撃すればまともに受けて瞬く間に足元に血溜まりができる。
「倒しましょう。倒さなければ、きっと止まりません」
「司教のおっちゃん……。分かった、一気に決めるぞ!」
 いのりと翔は躊躇いを捨て雷獣を放つ。握られていた杖が落ち、体がふらりと大きく揺れる
 それでも戦い続けようと翳した司教の手にボウガンが突き立った。
「もういい。もう休め」
 フィオナはあらん限りの力で柄を握り締め、剣を振り下ろした。
 ようやく司教は力を無くし、自分で作った血溜まりに倒れる。
 はずみで司教が身に着けていた新人類教会のシンボルが外れ、屋根を転がり落ちて行った。


 重苦しい沈黙がその場を支配していた。
 司教が倒れた後全員で行方を追ってみたが、宗主は見付からなかった。
 未だ意識を失ったままの戦闘員達を全員で手分けして治療が必要な物は手当をし、その後で拘束して回る。
 司教の拘束は必要なかった。
 重傷ではあるものの、本来なら治療を受ければ十分助かっただろう。
 だがそれ以外の損傷――おそらく宗主が触れた直後に受けた正気を失う程の負荷が司教の生命力を根こそぎ奪っていた。
「……こいつは助からないのか」
「おそらく……フルフェイス様?!」
 フルフェイスが司教の側に膝をついたので、何をするのかと見上げたいのりの前で徐にヘルメットが外された。
 作り自体はどちらかと言えば優しげな部類に入るだろう黒髪の青年がそこにいた。
「陸」
 フルフェイスは司教の名を呼んだ。
 すると司教が目を開き、青年の名を呼び返す。
「……至恩」
「えっ?!」
 至恩とは、確か宗主の側近である石動至恩の名。
 驚くいのりの声が聞こえたのか、何事かと集まって来た覚者達はフルフェイスが素顔を晒している事に同じように驚いた。
 だが声を掛ける事は咄嗟に首を横にふったいのりを見て思いとどまる。
「すまない……宗主様を守れなかった……すまない……」
「謝るな」
 フルフェイス―――司教が正しいなら石動至恩は気遣うように陸の額に手を置いた。
 もう眠れとでも言うのか、血で固まった髪を痛ましげに撫でつける手付に司教の口元が微笑む。
「ああ……懐かしいな……宗主様も、昔……こうして寝かしつけてくれた……」
「そうだな」
「何故、こんな事になったんだ……いつから、私は、宗主様は……一体……」
 司教の手が不意に伸ばされる。
 反射的に身構える覚者達だったが、その手に力の欠片も残っていない事を思い出して静かに状況を見守る事にした。
「神器だ……あれを手にしてから、宗主様は……」
 司教の手が礼拝堂の方を指す。
 意味を理解しかねる面々に、司教が最後の力を振り絞って伝える。
「礼拝堂……教壇の、裏に……神器を、渡そうと……社の方は、空だ」
 まさかと全員の目が礼拝堂に向けられた。
 目の前で宗主が社から箱を持って行ったのを見ただけに、突然与えられた希望に皆が驚いていた。
「陸……」
 感謝の言葉でも伝えようと司教の顔を見たフルフェイスだったが、司教の目がすでに何も映していない事に気付いて口を閉じた。
「すまない。礼拝堂の方を捜してもらっていいか。その間に立ち去ったりはしない」
「……分かった」
 フルフェイスを信用できるかどうか探っていた頼蔵もそう答えるしかなかった。
 戦闘で荒れた礼拝堂の奥にあった教壇は引き出しになっており、そこには普段の礼拝などに使うこまごまとした品が入っていたが、例の物はすぐにわかった。
 布に包まれた正方形。触れただけでも何やら鳥肌が立つような感覚に恐る恐る布を開くと、何枚もの札が張られた箱が出て来たのだ。
 その箱を持ってフルフェイスの所に戻ると、言った通り彼と同行者の二号はそこに残っていた。
「これが神器……」
 誰かが呟き、そしてごくりと息を飲んだ。
 箱を開いた途端、あの時の宗主から噴き出した物とよく似た不快感が溢れ出して来たのだ。
 一見すれば艶やかな黒瑪瑙のような欠片の中に、何かが蠢いている。
「色々あったが、一番の目的である神器は確保できたな」
 蓋を閉めて布で包み直すとその不気味さは消えていったが、千陽の視線は探る様に、頼蔵は至恩に問い掛ける。
「フルフェイス……いや、石動至恩。新人類教会宗主の側近である君が、何故敵対する立場にいてF.i.V.E.と共闘している」
「貴方はこの教会を潰したいのか正したいのか、どちらだ」
 二人に問いかけられ、フルフェイスは首を振った。
「俺にも分からない……」
 至恩の答えはずっと決まらないままだった。
「俺は昔入れ替わられて、その後ある組織に拾われた。それを知っているのはここにいる二号と、今教会内部を探っている『告発者』、そして陸……俺の幼馴染だったあの司教だけだ」
 驚く覚者達を前に、彼自身が言うには「本物の石動至恩」は続けた。
「俺は組織が新人類教会と敵対し始めた頃からずっと内情を探っていた。お爺様が何故こんな非道な事をするのか、それを知りたかった」
「F.i.V.Eを巻き込んだのは……」
「それは組織の命令もあるが、俺と告発者があえてそうなるように進言した。巻き込んだ事の責めは甘んじて受けよう」
「やれやれ……どうにも話が長くなりそうだし、話は後で聞こうか」
 最後の最後で雪崩れ込んできた事態に、逝のヘルメットから少しばかり疲れたもため息が聞こえた。
「はあ……早く帰ってお茶、したいね」
 同じように溜息をついた紡は千陽の方にふわふわと飛んで行った。
「フルフェイス……いえ至恩様。そうして素顔を見せてくださったと言う事はいのり達を信じて頂けたのですね」
 いのりは頑なに自分の情報を与えようとしなかったフルフェイスからの歩み寄りに、素直に喜んでいるようだった。
「事情はまだわかんねーけど、このあとちゃんと話してくれるんだよな?」
 翔が聞けば至恩は頷いた。
「俺に話せる事だけなら」
 そう言ってすぐ踵を返す至恩の態度にそっけないのは変わらないのかと翔が肩を竦め、いのりと連れ立って後を追う。
 ふと見上げた教会の建物に、新人類教会の「人」を意匠化したシンボルが見える。
 戦闘の流れ弾でも受けたのかいくつも微々が入った様子は、まるで何匹もの蛇に絡みつかれたようにも見えた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『最終接近遭遇』
取得者:天堂・フィオナ(CL2001421)
『最終接近遭遇』
取得者:月歌 浅葱(CL2000915)
『最終接近遭遇』
取得者:秋津洲 いのり(CL2000268)
『最終接近遭遇』
取得者:八重霞 頼蔵(CL2000693)
『最終接近遭遇』
取得者:緒形 逝(CL2000156)
『最終接近遭遇』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『最終接近遭遇』
取得者:時任・千陽(CL2000014)
『最終接近遭遇』
取得者:成瀬 翔(CL2000063)
特殊成果
なし




 
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