≪猟犬架刑≫月下狂宴
●災厄の予兆
街を一望出来るビルの屋上で、その男は心地良さそうに夜風を受けて佇んでいた。月の光を受けて輝く髪は何処までも白く、黒衣から覗く肌は青ざめた亡霊のよう。
「……御月、と言ったかな。極東の島国の神秘、その欠片が眠る場所」
うたうように囁かれる言葉は、ひとりごとと言うよりは――誰かに向けて問いかけているようで。血を思わせる妖しい瞳を面白そうに細め、彼は夜空の月目掛けて禍々しい槍を翳す。
「神秘を追い求めた薔薇は、既に散った。必要とされているのは隠者の灯などではなくて、純粋な力たる剣という訳だ」
眼下に広がる広大な夜景は、ひとの営みの証――しかし彼にとってそれは、圧倒的な闇の中でなお足掻く、業の深さを感じずにはいられないものだった。
「さて……いざ、この地に眠る『生命の樹』を蘇らせると行きたいけれど」
夜に微睡むような瞳が、その時不意に狂気を帯びて。彼は――『バスカヴィルの猟犬』と呼ばれる男は、体重を感じさせない身のこなしで、ふわりと夜の闇の中へと飛び込んでいった。
「妖たちも騒ぎ始めたみたいだね。良いよ、最高の夜を楽しもうじゃないか――」
異形の咆哮が轟き、ひとならざるもの達が跋扈する時間。鎖から解き放たれた獣もまた、歓喜の声をあげて血を浴びようと夜を駆ける。
だれが『――』を、殺したの? わたしと『――』が言いました。
わたしの『――』で、わたしが殺した――。
●月茨の夢見は語る
「七星剣の……『猟犬』の動きが掴めたよ」
きっ、と顔を上げて夢見の予知を伝えるのは『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119) 。七星剣幹部である彼――『バスカヴィルの猟犬』ジョシュア・バスカヴィル(nCL2000141)とF.i.V.E.が対峙し、これを退けてから暫く経つが、どうやら彼が再び動き出すようだと瞑夜は言った。
「この前、みんなに調査をしてもらった成果からも判明したんだけど、彼は今……御月市に居るみたいなんだ」
――御月市。それは、七星剣傘下の隔者組織であった『薔薇の隠者』が調査を行っていた、特異点が存在するとされる地方都市だ。
特異点とは、国内にある強い力を発している場所であり――彼らはそれを通して覚者の力の謎に迫り、更なる進化が出来るのではと考えていたようだ。
「もっとも、純粋に知識を求める『薔薇の隠者』と、力による支配を求める七星剣とでは折り合いが悪くて……研究成果を奪った上で『猟犬』に始末をさせた」
これがジョシュアの関わった一連の騒動であったのだが、彼が御月市に姿を現わしたとなれば、特異点に関わる何らかの行動を開始しようとしているのだろう。
「何かが動きだそうとしているのは間違いない、でもこの影響の所為か、御月市周辺で妖の活動が活発化しているの」
まるで月に酔うように、妖たちは夜毎に街を彷徨い――哀れな獲物を弄んで、その生命を奪うのだ。そうして奇しくも彼らはジョシュアと衝突し、周囲を顧みない戦闘によって一般人にも被害が出てしまう。
「先ずは、彼らの戦闘に人々が巻き込まれないようにした上で、この戦いを終わらせて欲しいんだ。正直どちらも放っておけない相手だけど、無差別にひとを襲うとなると、妖の方が厄介だから」
妖はひとならば誰でも襲う。よって、ジョシュアも此方も等しく獲物と見做す。一方のジョシュアは明確な理由無しに、此方と戦うつもりは無いようだ。妖の相手をした後はそのまま去るだろうが、彼の興味を惹く行動を取れば、或いは此方に向かってくるかもしれない。
「もしかしたら、彼と接触することで何か分かるかもしれないけど。リスクも大きいし、その所為で妖に対応するのが疎かになったら大変だから」
――大きな成果をあげるとなれば、相応に危険が伴う筈だと瞑夜は念を押した。しかし皆は、星の導きによって真実の眠る地に辿り着こうとしている。だから。
「……どうか無事で。みんなの望む未来を、どうか勝ち取って」
街を一望出来るビルの屋上で、その男は心地良さそうに夜風を受けて佇んでいた。月の光を受けて輝く髪は何処までも白く、黒衣から覗く肌は青ざめた亡霊のよう。
「……御月、と言ったかな。極東の島国の神秘、その欠片が眠る場所」
うたうように囁かれる言葉は、ひとりごとと言うよりは――誰かに向けて問いかけているようで。血を思わせる妖しい瞳を面白そうに細め、彼は夜空の月目掛けて禍々しい槍を翳す。
「神秘を追い求めた薔薇は、既に散った。必要とされているのは隠者の灯などではなくて、純粋な力たる剣という訳だ」
眼下に広がる広大な夜景は、ひとの営みの証――しかし彼にとってそれは、圧倒的な闇の中でなお足掻く、業の深さを感じずにはいられないものだった。
「さて……いざ、この地に眠る『生命の樹』を蘇らせると行きたいけれど」
夜に微睡むような瞳が、その時不意に狂気を帯びて。彼は――『バスカヴィルの猟犬』と呼ばれる男は、体重を感じさせない身のこなしで、ふわりと夜の闇の中へと飛び込んでいった。
「妖たちも騒ぎ始めたみたいだね。良いよ、最高の夜を楽しもうじゃないか――」
異形の咆哮が轟き、ひとならざるもの達が跋扈する時間。鎖から解き放たれた獣もまた、歓喜の声をあげて血を浴びようと夜を駆ける。
だれが『――』を、殺したの? わたしと『――』が言いました。
わたしの『――』で、わたしが殺した――。
●月茨の夢見は語る
「七星剣の……『猟犬』の動きが掴めたよ」
きっ、と顔を上げて夢見の予知を伝えるのは『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119) 。七星剣幹部である彼――『バスカヴィルの猟犬』ジョシュア・バスカヴィル(nCL2000141)とF.i.V.E.が対峙し、これを退けてから暫く経つが、どうやら彼が再び動き出すようだと瞑夜は言った。
「この前、みんなに調査をしてもらった成果からも判明したんだけど、彼は今……御月市に居るみたいなんだ」
――御月市。それは、七星剣傘下の隔者組織であった『薔薇の隠者』が調査を行っていた、特異点が存在するとされる地方都市だ。
特異点とは、国内にある強い力を発している場所であり――彼らはそれを通して覚者の力の謎に迫り、更なる進化が出来るのではと考えていたようだ。
「もっとも、純粋に知識を求める『薔薇の隠者』と、力による支配を求める七星剣とでは折り合いが悪くて……研究成果を奪った上で『猟犬』に始末をさせた」
これがジョシュアの関わった一連の騒動であったのだが、彼が御月市に姿を現わしたとなれば、特異点に関わる何らかの行動を開始しようとしているのだろう。
「何かが動きだそうとしているのは間違いない、でもこの影響の所為か、御月市周辺で妖の活動が活発化しているの」
まるで月に酔うように、妖たちは夜毎に街を彷徨い――哀れな獲物を弄んで、その生命を奪うのだ。そうして奇しくも彼らはジョシュアと衝突し、周囲を顧みない戦闘によって一般人にも被害が出てしまう。
「先ずは、彼らの戦闘に人々が巻き込まれないようにした上で、この戦いを終わらせて欲しいんだ。正直どちらも放っておけない相手だけど、無差別にひとを襲うとなると、妖の方が厄介だから」
妖はひとならば誰でも襲う。よって、ジョシュアも此方も等しく獲物と見做す。一方のジョシュアは明確な理由無しに、此方と戦うつもりは無いようだ。妖の相手をした後はそのまま去るだろうが、彼の興味を惹く行動を取れば、或いは此方に向かってくるかもしれない。
「もしかしたら、彼と接触することで何か分かるかもしれないけど。リスクも大きいし、その所為で妖に対応するのが疎かになったら大変だから」
――大きな成果をあげるとなれば、相応に危険が伴う筈だと瞑夜は念を押した。しかし皆は、星の導きによって真実の眠る地に辿り着こうとしている。だから。
「……どうか無事で。みんなの望む未来を、どうか勝ち取って」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖5体(ランク2)の討伐
2.一般人を含む周囲に被害を出さない
3.なし
2.一般人を含む周囲に被害を出さない
3.なし
●妖(ランク2)×5
凶暴化し、無差別にひとを襲う妖たちです。全て浮遊しています。開始直後はジョシュアと戦っていますが、与しやすい相手など他に標的がいれば、そちらに向かう可能性もあります。
※生物系妖(大鴉)×3
・むさぼる(物近単・【流血】)
・衝撃波(特遠列・【減速】)
※心霊系妖(怨霊)×2
・呪詛弾(特遠単・【貫2】【呪い】)
・怨嗟の悲鳴(特遠全・【負荷】)
●ジョシュア・バスカヴィル
『バスカヴィルの猟犬』の名で呼ばれる七星剣幹部です。隔者であり、精霊顕現の火行。武器は曰くありげな槍を使います。体術と術式を使用する他、ブロックや包囲をすり抜けて行動出来る技能があります。
●依頼の流れ
妖たちとジョシュアが戦っている中へ、介入する形となります。何もせずにいると戦闘に巻き込まれて、周囲の一般人に被害が出てしまいますので、何とかこれを阻止してください。妖は人間ならば誰でも襲いますので、妖を攻撃しなくても此方へ狙いを変える可能性は十分ありえます。一方のジョシュアは妖のみを狙い、他の人間を守ると言う意志はありません。
戦闘が終わればジョシュアはその場を立ち去りますが、何らかの接触を行うことも可能です。但し、それなりのリスクも伴います(ジョシュアに関する成果は、成功条件には含まれていません。なので、この行動を取る場合、難易度は上がります)
●戦場など
時刻は夜、場所はビルが立ち並ぶ御月市の大通りです。御月市は山を切り拓いて作られた地方都市で、御月神社と呼ばれる社が、御神木と共に色々な場所に建てられているようです。
こちらからの説明は以上になります。基本一話ごとに独立しているイメージで、シリーズ依頼ではありません。今までの流れを把握する必要はないですし、参加経験による有利不利などもありませんので、そこら辺はあまり気にせずに参加して下さればと思います。それではよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年10月04日
2016年10月04日
■メイン参加者 8人■

●狂宴のはじまり
己の名を戴く都市の上に、月は夜の支配者の如く静かに君臨していた。
(……なじみ深い童歌が聞こえる)
風に乗って微かに聞こえてきた歌、それに耳を澄ませる『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)は、知らず自身もその旋律を口ずさんでいた。英国人であった母が、よく歌ってくれたからと――その心に波紋を生むように、フィオナの唇は誰が殺したのと夜に問う。
「ジョシュア、ね……」
闇の中までも見通すかのような鋭い眼光で『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)は、スーツのポケットから使い込まれた手帳を取り出した。其処に記されていたのは『薔薇の隠者』の書庫で見つけたゴシップ記事――妖精に魅入られたと言う、異能の一族についての走り書きだ。
――その一族とジョシュア、双方の接点は未だはっきりとはしていないけれど。
「特ダネ掴みたきゃ本人に当たって砕けろだ。……御月市の事件も気になるしな」
「龍脈の集う地、即ち特異点。此処に居る以上、猟犬の目的がそちらである事は明白」
其処で凛と、涼やかな声を発したのは『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)。英霊の力に覚醒すると同時、その髪は煌めく銀糸へと変じ――思案するように彼女は、ゆっくりと腕を組む。その一方で『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は、真剣な表情で地図とにらめっこをしていた。
「ご神木に生命の樹……セフィロトの事かしら」
その特徴的なシンボルは、もしかしたら御月市に存在する社と対応しているのではないかとも思ったのだが、確認した限りでは数が合わないし位置もばらばらだった。そうして数多たちが向かう場所――ジョシュアと妖が戦いを始めた地点も、特に社が近くにあると言う訳では無いようだ。
「確かにオレ達が扱うのは、物理に囚われない神秘だ。ただ、報告書を読んだ限りでは、出てくる情報があまりにもオカルトに傾き過ぎていないか?」
と、静かに己の意見を口にする『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)は、あれもこれも超自然的なものでは現実味が薄すぎると言う考えらしい。それ以外の分野からのアプローチも必要ではないか、と言いたげな様子だったが――自分たちが扱う力の解明さえ、今は出来ていないのだ。
(……これらは、現実で考えられる何かの暗示か。もしくは、オレらの扱う以上の神秘なのか)
科学の発達した現代だが、それでこの世の全てが説明出来る訳では無い。ひたすら考え込む瑠璃だが、それを具体的な行動に繋げない限り何も得られないだろう。
「ま、多少の地雷だろうが疑問に思ったことは、ジョシュアさんにガツガツ聞いていくけどね」
一方の数多は積極的にぶつかっていくことに決めたらしく、その為にも妖の騒ぎを収めなければと動き出した。特異点がもし、因子の進化を進めるものだとしたら――此方が先に押さえておかないと危険だ。
「しかし先ずは、一般市民を守らないとな」
首筋の紋様が炎のような輝きを発するや『花守人』三島 柾(CL2001148)は、暴れ回る妖の群れを抑えようと争いの渦中へと飛び込んでいく。人工の灯に照らされた街並みを、大鴉が我が物顔で飛び回り――怨霊は生者への憎しみをまき散らしていた。そして彼ら妖と、喜々として刃を交えている存在はと言えば――。
「ジョシュア、みぃつけた!!」
ともしびによって暴かれた闇の中、黒衣を翻して牙を剥く男を捉えた『介錯人』鳴神 零(CL2000669)が、狐面の下でにぃと歓喜の笑みを浮かべる。彼が『バスカヴィルの猟犬』ジョシュア・バスカヴィル(nCL2000141)なのだと気づいたフィオナは、一瞬青の瞳を大きく見開いたものの――先ずは一般人の避難と安全確保が先であると、踵を返して己の為すべきことをしようとした。
(猟犬――いや、今は一人だって犠牲にするものか!)
守護使役の力を借り、上空からの視野を手に入れたフィオナは、戦場近くに居る一般人の位置を把握――その上で安全な避難経路を確認する。その隣では『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)が、発光によって己の全身に光を纏いながら、妖精結界を展開して此処から離れるよう人々に働きかけていった。
「夜闇を暴き、周囲の人達にお引き取り願いましょう」
――静かに囁くクーの姿は、神々しさすら漂わせているかのよう。まるで夜空の月、星々の化身が降り立ったかのような光景の中で、フィオナの確りした声が辺りに響き渡った。
「大丈夫だ! ついて来てくれ! 絶対守るから!」
●怨霊と大鴉
妖精結界によって人々には『この場から離れたい』と言う強い欲求が生まれ、その背を押すフィオナの声は、確かな説得力を伴って彼らの心を揺さぶる。
「こっちだ! 私について来てくれれば、安全に逃げられるから!」
光源である懐中電灯を高く掲げて目印とし、フィオナは上空から確認した避難経路へ人々を導いていった。突如市街地で起こった戦いに動揺していた市民たちも、パニックを起こすこと無く避難を始めていき――補助を行う零は、このままで問題なさそうだとそっと息を吐く。
――が、みすみす獲物を逃すかと、妖の何体かは此方の方へと向かってきたようだ。
「関係無い人、巻き込むのはよしてよね! 寝覚めが悪くなるっつーの!」
咄嗟に背後を庇った零の腕に、大鴉の嘴が突き立てられたが、彼女は悪態を吐いてその行く手を阻んだ。そして誘輔も注意を此方に向けるべく、殊更派手に立ち回ろうと決めたらしい。
「ほらどうした来いよ、びびってやがんのか!?」
械の因子の力で肉体を硬化させつつ、誘輔の両腕に装着したショットガントレットが火を噴いた。衝撃で体勢を崩した敵へは瑠璃が当たり、彼は華奢な体躯でも精一杯足止めを行おうと大鎌を構える。
(いくら妖退治をしているとはいえ、七星剣の幹部なんてやつを信用して、まかせられるものか)
その名前と同じ色の瞳に映るのは、槍を手に妖を追い詰めていくジョシュアの姿だった。あいつはただ、仕掛けてきたから跳ね除けているだけ――ついでに言えば、調査の邪魔になるからだろう。
「……先ずは、怨霊の始末からいきましょう」
暗闇を見通す瞳をゆっくりと巡らせながら、冬佳の生み出す伊邪波が怨霊たちを押し流す。敵の隊列は前方に大鴉、そしてその後ろに怨霊が控える――けれど前衛の数は此方が多い為、大鴉をすり抜けて直接怨霊を狙うことも可能だ。
(あとは下手に猟犬に手を出して、三つ巴になる可能性を生じさせない……ですね)
横槍を入れる形になった、自分たちの立場を考える冬佳に瑠璃も頷き、そのまま彼は雷を招いて怨霊を薙ぎ払っていった。と、協力して妖に立ち向かう此方へジョシュアは「奇遇だね」とばかりに視線を寄越し、共にこの夜を愉しもうとでも言うのか――彼は別の大鴉に狙いを定めたようだ。
「へーい、クソみたいな妖ども、こっちこいや」
挑発を行う数多の言葉は理解出来なくても、其処に含まれる嘲りの感情は妖にも分かったのだろう。此方に向かって来る妖を引きつけつつ、灼熱の炎を宿した数多は疾風の如き斬波を立て続けに放った。
(まっすぐいってぶっ飛ばす!!)
数多が振るう緋色の刀が怨霊に振るわれると同時、真っ直ぐに妖目掛けて駆け出したのは零。その戦法は極めてシンプル――手にした鬼の金棒で、只必殺の一撃を食らわせるのみ、だ。
「気を付けろ、来るぞ」
しかし幾ら火力に自信があろうとも、それが物理攻撃ならば心霊系とは相性が悪い。思った程に体力を削られなかった妖が、反撃に転じる――その様子を見た柾は天駆により反応速度を高め、少しでも被害を軽減しようと身構えた。
『ア、アアアアアァァァァ!』
怨霊の悲鳴が辺りに響き渡ると、瞬く間に皆の肉体へ負荷がかかって自由が失われていく。それでも避難誘導を終え合流したフィオナは、剣に炎を纏わせて怨霊へと斬りかかり――体術を封じられつつも誘輔は、叩きつけられる衝撃波を振り払って拳を振り下ろした。
「不吉の象徴だか冥府の使者だか知らねーが、ンなもん羽むしって追っ払ってやる!」
――耳障りな鳴き声を上げ、大鴉の羽根が千切れて宙を舞う。意図的に挑発を行って注意を向けたこともあり、今や妖の狙いは完全に此方に向いていた。それは仕方のないこととは言え――妖との戦いに、一行は予想以上に苦戦する事態に陥っていたのだ。
「……押されていますか」
土の鎧を纏って守りを固めたクーは、妖剣を操り攻撃を凌いでいたものの、付着する状態異常に仲間たちが翻弄されている。自然治癒力の高いクーは被害を抑えられていたが、術での回復も見込めない状況では、ひたすらに耐える他ない。
(いざとなれば、私が庇いますが……それでも)
体術頼みの味方の攻撃が封じられ、単純な力押しも通じる相手ではない。幸い怨霊の攻撃自体はそう強烈なものではなく、大鴉の方はジョシュアが確実に仕留めていっているようだったが――回復役が冬佳一人では、戦線を維持するのもままならないだろう。
「猟犬の戦いぶりを、ゆっくり観察……とまではいかないようですね」
複数の妖相手に、単騎のジョシュアがどれ程の戦いをするのか――それを確かめておきたかった冬佳だが、回復に追われてそれどころではなかった。どうやら真正面から、派手にぶつかっている訳ではないようだったが。
――オオォと断末魔の声をあげて、柾の繰り出す豪炎の拳を受けた怨霊が消滅していく。それから間を置かずに、身を翻したクーが鋭い蹴りを叩き込むに至り、残る怨霊もようやく呪われた生を断ち切られたようだ。
「形を残さずに消えろ、ってか」
怨嗟の声も、不吉な囀りも最早聞こえない。夜を騒がせた妖の気配が完全に無くなったことを確認し、誘輔はようやく血に塗れた拳を下ろしたのだった。
●駒鳥を屠る犬
静寂を取り戻した街角で、覚者と隔者が向かい合う。戦の高揚がゆっくりと静まっていくかのように見えた其処で、先ず唇を開いたのは数多だった。
「へぇ、妖退治なんて似合わないことしてるじゃない。最高の夜の準備運動ってとこ? もう一勝負していくのもいいんじゃない?」
これで襲って来るなら迎え撃つまで、と覚悟していた彼女だったが――どうやら相手は、不用意な挑発には乗らないようだ。
「ところで、あなたが探しているのはセフィラ? 『賢きものは試練として見つけようとした、神の叡智』……ダアトの場所に用があるのかしら?」
しかし、数多が続けた生命の樹にまつわる推測に、ジョシュアは面白そうに瞳を細めてかぶりを振った。
「へえ、もう其処まで調べがついているんだ? でも生憎、僕自身は大して詳しくなくてね。ただ『蘇らせる』為に、動いているだけだから」
「……『蘇らせる』? 生命の樹は枯れているの? それとも」
と、更なる言葉を続けようとした数多だったが――其処で不意に、場違いなほどに陽気な声が夜の静寂を引き裂いていく。
「ジョシュア――!! さあさ、裏切り者が遊びに来たよ! さあ、コマドリはナニを殺したかなんてどうでもいいから」
ずしりとした金棒を握りしめ、ジョシュア目掛けて蹴りかからんばかりの勢いで駆け出すのは零。重量を乗せた痛烈な一撃をしかし、ジョシュアは素早く槍の柄を使って受け流した。
「どっちが先にハンプティダンプティになるか、試してみない?」
「はは、随分情熱的なことだ――!」
鋼の音色が響き渡る中、零は挑むように会話を続ける。随分とここの特異点にご執心のようだけど、貴方も興味があるのか。特異点――恐らくは生命の樹であるセフィロトを得ることで、貴方にも良いことがあるのかと。
「それとも貴方も、等しく死を恐れている人間ってわけ?」
「さあ、どうだろうね……余り考えたことが無かったから。ただ、特異点に関して言えば、誰もが手に入れたいと思っているんだろう?」
――君たちだって、と暗に言い含めるジョシュアは、頃合いを見計らって反撃に転じた。来る、と零が気付いた時は既に遅い――妖との戦いで負った傷、そして思うように動かせない身体で、彼の一撃を耐え切ることは不可能だった。
「く……っ、う……!」
己の身体を貫いた禍々しい槍は、焼け付くような痛みと共に血潮をまき散らし――ぬくもりを失っていく指先が虚しく空を掻いたのを最後に、零は地面に崩れ落ちる。
(こいつとは一戦交えておきたい。――いや、欲を言うならば、ここで下したい相手だ)
其処で弾かれたように瑠璃が飛び出し、ジョシュアへ鎌を振り下ろそうと一気に迫った。勿論、それが叶う相手ではないことは報告書で知っていたが、いつまでも放っておける相手ではない。
(いつか、遠くない未来に倒す相手だ。だから――)
今、実際に刃を交えて戦った感触を知っておきたい――けれど、瑠璃の刃がジョシュアを捉える前に、彼もまた槍の餌食となってしまった。
「ッ――!?」
「……わざわざ獲物が、其方から飛び込んできてくれるとは」
――無策と言う所為もあっただろう。それ以上に相手は『いつか』の為、試しに戦いを仕掛ける位の気持ちでどうにか出来る存在では無かった。
「お前は外国出身だな。どうして日本に?」
一方で柾は徒に攻撃せず、いざとなったら撤退も視野に入れていたのだが、これだけは聞いておこうと質問を投げかける。七星剣にスカウトされたのか、この任務にお前以外はついていないのかと続ける彼だが、答える義務は無いとジョシュアは溜息を吐いた。
「流石に組織の内情は明かせない。君たちだって同じだろう?」
「なら、貴様が忠実な犬だとして……飼い主は何者だ、という問いにも答えてはくれないのだろうな」
剣を構えたまま静かに呟くフィオナへ、悠然とジョシュアは頷く。主無しでは忠実になれないだろうし、命令を下す大元が居るとは思うものの――何故、とフィオナの疑問は尽きない。
「ジョシュア・バスカヴィル――貴様は『何処に居る』んだ?」
――それは何故日本の七星剣に居るのかに加え、余りに『自分』を感じさせない不気味さを重ねての問いだったのだろう。
「僕は」
「キミは人間、だ……ジョシュア」
微かに逡巡するジョシュアが口を開く前に、そうきっぱりと言い切ったのは――倒れていた筈の零だった。
「猟犬じゃない、人間だ!」
●真実の行方
――その言葉を聞いたジョシュアの顔が、傍から見ても分かる位に動揺を示す。違う、と彼は苛立たしげに髪を掻きむしり、武器を支えに立ち上がる零へと向き直った。
「己に架した首輪に自ら犬を名乗りヒトから己を遠ざけて、一体貴方は何になろうとしているの?」
「僕は――そう、化け物になりたいんだよ。こんな不完全なひとの器など、叩き壊してね……!」
ふふ、と自嘲気味に笑う零は、それならいっそ特異点を壊そうかと囁いたが――最後まで言い終わらない内に、再度その身をジョシュアに貫かれる。
「我が名は天堂フィオナ、これは星羅のお父様の仇! そして彼女を傷つけた分だ!」
しかし其処へ、ありったけの気持ちを乗せたフィオナの双撃が、蒼炎を靡かせて鮮やかに叩き込まれた。その身を焦がす熱に、ジョシュアの口元がいびつな笑みを刻み――更なる血を求める魔槍は、フィオナさえも喰らおうと無慈悲に迫る。
「ジョシュア、私は諦めないぞ! 騎士として、あの子の友達として……いずれ必ず貴様を倒す!」
白銀の髪を朱に染めつつも、フィオナは騎士としての在り様を貫いて。その様子を見つめていた柾は、もしかしてジョシュアは妖精に魅入られた一族――神秘を見る妖精の目を持っているのではないかと推測していた。
(もしそれが、力の流れを見る事が出来る力なのだとしたら)
ならば解析し自分のものに出来たら、と観察を続けた柾だが、残念ながらその力の片鱗を感じることは出来なかった。御月市も名前の通り、月に関する秘密がありそうだと思うものの、月は何も語らず、只彼らの頭上に在る。
「ジョシュア……アンタ、妖精に魅入られたいわくつきの一族の出身か?」
「そして貴方の能力は、ブラックドッグにまつわるものですか?」
――その時。誘輔とクーが投げかけた真実の断片に、ジョシュアは「ああ」と、哀しみと諦観の入り混じった複雑な表情を浮かべた。
「……知っていたんだね、その通りさ」
と、溜息と同時に彼の影が蠢き、それはあかあかと燃える炎の瞳を持つ黒犬の姿を取る。ブラックドッグとは、その名の通り黒い犬の姿をした妖精――古妖であり、多くの不吉な伝承と共に語られている。
「尤も『この子』もそのひとりに過ぎなくて、ああ……誰も知らない国で、やっていけると思ったんだけれど」
――誰が殺した猟犬を。それは私と蠅が言った。
不敵にほくそ笑む誘輔が口ずさむ替え歌に、ゆるゆるとジョシュアが顔を上げた時。蠅とはパパラッチ――つまり自分のような記者だと誘輔は告げた。
「駒鳥を殺したのは雀って事にされてるが、俺はテメェの目で見たものしか信じねえ」
だから雀が犯人かどうか、お前が本当にチェンジリングかどうか知りたい――そう言って彼は、ジョシュアに自分の名刺を渡す。
「……記者か。個人的には大嫌いだけど、君の目は本気のようだ」
さて、そろそろ今宵は消えようかとジョシュアが踵を返した時、その背中にクーがはっきりとした声で自身の名を告げた。
「名乗るのを忘れていましたが、私はクー・ルルーヴ。……貴方の、敵です」
己の名を戴く都市の上に、月は夜の支配者の如く静かに君臨していた。
(……なじみ深い童歌が聞こえる)
風に乗って微かに聞こえてきた歌、それに耳を澄ませる『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)は、知らず自身もその旋律を口ずさんでいた。英国人であった母が、よく歌ってくれたからと――その心に波紋を生むように、フィオナの唇は誰が殺したのと夜に問う。
「ジョシュア、ね……」
闇の中までも見通すかのような鋭い眼光で『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)は、スーツのポケットから使い込まれた手帳を取り出した。其処に記されていたのは『薔薇の隠者』の書庫で見つけたゴシップ記事――妖精に魅入られたと言う、異能の一族についての走り書きだ。
――その一族とジョシュア、双方の接点は未だはっきりとはしていないけれど。
「特ダネ掴みたきゃ本人に当たって砕けろだ。……御月市の事件も気になるしな」
「龍脈の集う地、即ち特異点。此処に居る以上、猟犬の目的がそちらである事は明白」
其処で凛と、涼やかな声を発したのは『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)。英霊の力に覚醒すると同時、その髪は煌めく銀糸へと変じ――思案するように彼女は、ゆっくりと腕を組む。その一方で『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は、真剣な表情で地図とにらめっこをしていた。
「ご神木に生命の樹……セフィロトの事かしら」
その特徴的なシンボルは、もしかしたら御月市に存在する社と対応しているのではないかとも思ったのだが、確認した限りでは数が合わないし位置もばらばらだった。そうして数多たちが向かう場所――ジョシュアと妖が戦いを始めた地点も、特に社が近くにあると言う訳では無いようだ。
「確かにオレ達が扱うのは、物理に囚われない神秘だ。ただ、報告書を読んだ限りでは、出てくる情報があまりにもオカルトに傾き過ぎていないか?」
と、静かに己の意見を口にする『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)は、あれもこれも超自然的なものでは現実味が薄すぎると言う考えらしい。それ以外の分野からのアプローチも必要ではないか、と言いたげな様子だったが――自分たちが扱う力の解明さえ、今は出来ていないのだ。
(……これらは、現実で考えられる何かの暗示か。もしくは、オレらの扱う以上の神秘なのか)
科学の発達した現代だが、それでこの世の全てが説明出来る訳では無い。ひたすら考え込む瑠璃だが、それを具体的な行動に繋げない限り何も得られないだろう。
「ま、多少の地雷だろうが疑問に思ったことは、ジョシュアさんにガツガツ聞いていくけどね」
一方の数多は積極的にぶつかっていくことに決めたらしく、その為にも妖の騒ぎを収めなければと動き出した。特異点がもし、因子の進化を進めるものだとしたら――此方が先に押さえておかないと危険だ。
「しかし先ずは、一般市民を守らないとな」
首筋の紋様が炎のような輝きを発するや『花守人』三島 柾(CL2001148)は、暴れ回る妖の群れを抑えようと争いの渦中へと飛び込んでいく。人工の灯に照らされた街並みを、大鴉が我が物顔で飛び回り――怨霊は生者への憎しみをまき散らしていた。そして彼ら妖と、喜々として刃を交えている存在はと言えば――。
「ジョシュア、みぃつけた!!」
ともしびによって暴かれた闇の中、黒衣を翻して牙を剥く男を捉えた『介錯人』鳴神 零(CL2000669)が、狐面の下でにぃと歓喜の笑みを浮かべる。彼が『バスカヴィルの猟犬』ジョシュア・バスカヴィル(nCL2000141)なのだと気づいたフィオナは、一瞬青の瞳を大きく見開いたものの――先ずは一般人の避難と安全確保が先であると、踵を返して己の為すべきことをしようとした。
(猟犬――いや、今は一人だって犠牲にするものか!)
守護使役の力を借り、上空からの視野を手に入れたフィオナは、戦場近くに居る一般人の位置を把握――その上で安全な避難経路を確認する。その隣では『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)が、発光によって己の全身に光を纏いながら、妖精結界を展開して此処から離れるよう人々に働きかけていった。
「夜闇を暴き、周囲の人達にお引き取り願いましょう」
――静かに囁くクーの姿は、神々しさすら漂わせているかのよう。まるで夜空の月、星々の化身が降り立ったかのような光景の中で、フィオナの確りした声が辺りに響き渡った。
「大丈夫だ! ついて来てくれ! 絶対守るから!」
●怨霊と大鴉
妖精結界によって人々には『この場から離れたい』と言う強い欲求が生まれ、その背を押すフィオナの声は、確かな説得力を伴って彼らの心を揺さぶる。
「こっちだ! 私について来てくれれば、安全に逃げられるから!」
光源である懐中電灯を高く掲げて目印とし、フィオナは上空から確認した避難経路へ人々を導いていった。突如市街地で起こった戦いに動揺していた市民たちも、パニックを起こすこと無く避難を始めていき――補助を行う零は、このままで問題なさそうだとそっと息を吐く。
――が、みすみす獲物を逃すかと、妖の何体かは此方の方へと向かってきたようだ。
「関係無い人、巻き込むのはよしてよね! 寝覚めが悪くなるっつーの!」
咄嗟に背後を庇った零の腕に、大鴉の嘴が突き立てられたが、彼女は悪態を吐いてその行く手を阻んだ。そして誘輔も注意を此方に向けるべく、殊更派手に立ち回ろうと決めたらしい。
「ほらどうした来いよ、びびってやがんのか!?」
械の因子の力で肉体を硬化させつつ、誘輔の両腕に装着したショットガントレットが火を噴いた。衝撃で体勢を崩した敵へは瑠璃が当たり、彼は華奢な体躯でも精一杯足止めを行おうと大鎌を構える。
(いくら妖退治をしているとはいえ、七星剣の幹部なんてやつを信用して、まかせられるものか)
その名前と同じ色の瞳に映るのは、槍を手に妖を追い詰めていくジョシュアの姿だった。あいつはただ、仕掛けてきたから跳ね除けているだけ――ついでに言えば、調査の邪魔になるからだろう。
「……先ずは、怨霊の始末からいきましょう」
暗闇を見通す瞳をゆっくりと巡らせながら、冬佳の生み出す伊邪波が怨霊たちを押し流す。敵の隊列は前方に大鴉、そしてその後ろに怨霊が控える――けれど前衛の数は此方が多い為、大鴉をすり抜けて直接怨霊を狙うことも可能だ。
(あとは下手に猟犬に手を出して、三つ巴になる可能性を生じさせない……ですね)
横槍を入れる形になった、自分たちの立場を考える冬佳に瑠璃も頷き、そのまま彼は雷を招いて怨霊を薙ぎ払っていった。と、協力して妖に立ち向かう此方へジョシュアは「奇遇だね」とばかりに視線を寄越し、共にこの夜を愉しもうとでも言うのか――彼は別の大鴉に狙いを定めたようだ。
「へーい、クソみたいな妖ども、こっちこいや」
挑発を行う数多の言葉は理解出来なくても、其処に含まれる嘲りの感情は妖にも分かったのだろう。此方に向かって来る妖を引きつけつつ、灼熱の炎を宿した数多は疾風の如き斬波を立て続けに放った。
(まっすぐいってぶっ飛ばす!!)
数多が振るう緋色の刀が怨霊に振るわれると同時、真っ直ぐに妖目掛けて駆け出したのは零。その戦法は極めてシンプル――手にした鬼の金棒で、只必殺の一撃を食らわせるのみ、だ。
「気を付けろ、来るぞ」
しかし幾ら火力に自信があろうとも、それが物理攻撃ならば心霊系とは相性が悪い。思った程に体力を削られなかった妖が、反撃に転じる――その様子を見た柾は天駆により反応速度を高め、少しでも被害を軽減しようと身構えた。
『ア、アアアアアァァァァ!』
怨霊の悲鳴が辺りに響き渡ると、瞬く間に皆の肉体へ負荷がかかって自由が失われていく。それでも避難誘導を終え合流したフィオナは、剣に炎を纏わせて怨霊へと斬りかかり――体術を封じられつつも誘輔は、叩きつけられる衝撃波を振り払って拳を振り下ろした。
「不吉の象徴だか冥府の使者だか知らねーが、ンなもん羽むしって追っ払ってやる!」
――耳障りな鳴き声を上げ、大鴉の羽根が千切れて宙を舞う。意図的に挑発を行って注意を向けたこともあり、今や妖の狙いは完全に此方に向いていた。それは仕方のないこととは言え――妖との戦いに、一行は予想以上に苦戦する事態に陥っていたのだ。
「……押されていますか」
土の鎧を纏って守りを固めたクーは、妖剣を操り攻撃を凌いでいたものの、付着する状態異常に仲間たちが翻弄されている。自然治癒力の高いクーは被害を抑えられていたが、術での回復も見込めない状況では、ひたすらに耐える他ない。
(いざとなれば、私が庇いますが……それでも)
体術頼みの味方の攻撃が封じられ、単純な力押しも通じる相手ではない。幸い怨霊の攻撃自体はそう強烈なものではなく、大鴉の方はジョシュアが確実に仕留めていっているようだったが――回復役が冬佳一人では、戦線を維持するのもままならないだろう。
「猟犬の戦いぶりを、ゆっくり観察……とまではいかないようですね」
複数の妖相手に、単騎のジョシュアがどれ程の戦いをするのか――それを確かめておきたかった冬佳だが、回復に追われてそれどころではなかった。どうやら真正面から、派手にぶつかっている訳ではないようだったが。
――オオォと断末魔の声をあげて、柾の繰り出す豪炎の拳を受けた怨霊が消滅していく。それから間を置かずに、身を翻したクーが鋭い蹴りを叩き込むに至り、残る怨霊もようやく呪われた生を断ち切られたようだ。
「形を残さずに消えろ、ってか」
怨嗟の声も、不吉な囀りも最早聞こえない。夜を騒がせた妖の気配が完全に無くなったことを確認し、誘輔はようやく血に塗れた拳を下ろしたのだった。
●駒鳥を屠る犬
静寂を取り戻した街角で、覚者と隔者が向かい合う。戦の高揚がゆっくりと静まっていくかのように見えた其処で、先ず唇を開いたのは数多だった。
「へぇ、妖退治なんて似合わないことしてるじゃない。最高の夜の準備運動ってとこ? もう一勝負していくのもいいんじゃない?」
これで襲って来るなら迎え撃つまで、と覚悟していた彼女だったが――どうやら相手は、不用意な挑発には乗らないようだ。
「ところで、あなたが探しているのはセフィラ? 『賢きものは試練として見つけようとした、神の叡智』……ダアトの場所に用があるのかしら?」
しかし、数多が続けた生命の樹にまつわる推測に、ジョシュアは面白そうに瞳を細めてかぶりを振った。
「へえ、もう其処まで調べがついているんだ? でも生憎、僕自身は大して詳しくなくてね。ただ『蘇らせる』為に、動いているだけだから」
「……『蘇らせる』? 生命の樹は枯れているの? それとも」
と、更なる言葉を続けようとした数多だったが――其処で不意に、場違いなほどに陽気な声が夜の静寂を引き裂いていく。
「ジョシュア――!! さあさ、裏切り者が遊びに来たよ! さあ、コマドリはナニを殺したかなんてどうでもいいから」
ずしりとした金棒を握りしめ、ジョシュア目掛けて蹴りかからんばかりの勢いで駆け出すのは零。重量を乗せた痛烈な一撃をしかし、ジョシュアは素早く槍の柄を使って受け流した。
「どっちが先にハンプティダンプティになるか、試してみない?」
「はは、随分情熱的なことだ――!」
鋼の音色が響き渡る中、零は挑むように会話を続ける。随分とここの特異点にご執心のようだけど、貴方も興味があるのか。特異点――恐らくは生命の樹であるセフィロトを得ることで、貴方にも良いことがあるのかと。
「それとも貴方も、等しく死を恐れている人間ってわけ?」
「さあ、どうだろうね……余り考えたことが無かったから。ただ、特異点に関して言えば、誰もが手に入れたいと思っているんだろう?」
――君たちだって、と暗に言い含めるジョシュアは、頃合いを見計らって反撃に転じた。来る、と零が気付いた時は既に遅い――妖との戦いで負った傷、そして思うように動かせない身体で、彼の一撃を耐え切ることは不可能だった。
「く……っ、う……!」
己の身体を貫いた禍々しい槍は、焼け付くような痛みと共に血潮をまき散らし――ぬくもりを失っていく指先が虚しく空を掻いたのを最後に、零は地面に崩れ落ちる。
(こいつとは一戦交えておきたい。――いや、欲を言うならば、ここで下したい相手だ)
其処で弾かれたように瑠璃が飛び出し、ジョシュアへ鎌を振り下ろそうと一気に迫った。勿論、それが叶う相手ではないことは報告書で知っていたが、いつまでも放っておける相手ではない。
(いつか、遠くない未来に倒す相手だ。だから――)
今、実際に刃を交えて戦った感触を知っておきたい――けれど、瑠璃の刃がジョシュアを捉える前に、彼もまた槍の餌食となってしまった。
「ッ――!?」
「……わざわざ獲物が、其方から飛び込んできてくれるとは」
――無策と言う所為もあっただろう。それ以上に相手は『いつか』の為、試しに戦いを仕掛ける位の気持ちでどうにか出来る存在では無かった。
「お前は外国出身だな。どうして日本に?」
一方で柾は徒に攻撃せず、いざとなったら撤退も視野に入れていたのだが、これだけは聞いておこうと質問を投げかける。七星剣にスカウトされたのか、この任務にお前以外はついていないのかと続ける彼だが、答える義務は無いとジョシュアは溜息を吐いた。
「流石に組織の内情は明かせない。君たちだって同じだろう?」
「なら、貴様が忠実な犬だとして……飼い主は何者だ、という問いにも答えてはくれないのだろうな」
剣を構えたまま静かに呟くフィオナへ、悠然とジョシュアは頷く。主無しでは忠実になれないだろうし、命令を下す大元が居るとは思うものの――何故、とフィオナの疑問は尽きない。
「ジョシュア・バスカヴィル――貴様は『何処に居る』んだ?」
――それは何故日本の七星剣に居るのかに加え、余りに『自分』を感じさせない不気味さを重ねての問いだったのだろう。
「僕は」
「キミは人間、だ……ジョシュア」
微かに逡巡するジョシュアが口を開く前に、そうきっぱりと言い切ったのは――倒れていた筈の零だった。
「猟犬じゃない、人間だ!」
●真実の行方
――その言葉を聞いたジョシュアの顔が、傍から見ても分かる位に動揺を示す。違う、と彼は苛立たしげに髪を掻きむしり、武器を支えに立ち上がる零へと向き直った。
「己に架した首輪に自ら犬を名乗りヒトから己を遠ざけて、一体貴方は何になろうとしているの?」
「僕は――そう、化け物になりたいんだよ。こんな不完全なひとの器など、叩き壊してね……!」
ふふ、と自嘲気味に笑う零は、それならいっそ特異点を壊そうかと囁いたが――最後まで言い終わらない内に、再度その身をジョシュアに貫かれる。
「我が名は天堂フィオナ、これは星羅のお父様の仇! そして彼女を傷つけた分だ!」
しかし其処へ、ありったけの気持ちを乗せたフィオナの双撃が、蒼炎を靡かせて鮮やかに叩き込まれた。その身を焦がす熱に、ジョシュアの口元がいびつな笑みを刻み――更なる血を求める魔槍は、フィオナさえも喰らおうと無慈悲に迫る。
「ジョシュア、私は諦めないぞ! 騎士として、あの子の友達として……いずれ必ず貴様を倒す!」
白銀の髪を朱に染めつつも、フィオナは騎士としての在り様を貫いて。その様子を見つめていた柾は、もしかしてジョシュアは妖精に魅入られた一族――神秘を見る妖精の目を持っているのではないかと推測していた。
(もしそれが、力の流れを見る事が出来る力なのだとしたら)
ならば解析し自分のものに出来たら、と観察を続けた柾だが、残念ながらその力の片鱗を感じることは出来なかった。御月市も名前の通り、月に関する秘密がありそうだと思うものの、月は何も語らず、只彼らの頭上に在る。
「ジョシュア……アンタ、妖精に魅入られたいわくつきの一族の出身か?」
「そして貴方の能力は、ブラックドッグにまつわるものですか?」
――その時。誘輔とクーが投げかけた真実の断片に、ジョシュアは「ああ」と、哀しみと諦観の入り混じった複雑な表情を浮かべた。
「……知っていたんだね、その通りさ」
と、溜息と同時に彼の影が蠢き、それはあかあかと燃える炎の瞳を持つ黒犬の姿を取る。ブラックドッグとは、その名の通り黒い犬の姿をした妖精――古妖であり、多くの不吉な伝承と共に語られている。
「尤も『この子』もそのひとりに過ぎなくて、ああ……誰も知らない国で、やっていけると思ったんだけれど」
――誰が殺した猟犬を。それは私と蠅が言った。
不敵にほくそ笑む誘輔が口ずさむ替え歌に、ゆるゆるとジョシュアが顔を上げた時。蠅とはパパラッチ――つまり自分のような記者だと誘輔は告げた。
「駒鳥を殺したのは雀って事にされてるが、俺はテメェの目で見たものしか信じねえ」
だから雀が犯人かどうか、お前が本当にチェンジリングかどうか知りたい――そう言って彼は、ジョシュアに自分の名刺を渡す。
「……記者か。個人的には大嫌いだけど、君の目は本気のようだ」
さて、そろそろ今宵は消えようかとジョシュアが踵を返した時、その背中にクーがはっきりとした声で自身の名を告げた。
「名乗るのを忘れていましたが、私はクー・ルルーヴ。……貴方の、敵です」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
