試練の始まり
試練の始まり



 とある林に囲まれた工場跡地に、二人の男がいた。
 一人は椅子に縛られ、ガタガタと震えていた。もう一人の男は鉈のような刃物を持ち、椅子に縛られた男を見下ろしている。
「ああ、本当にすまない。こういった結果になってしまったことは残念だ。でも、私としてもよくよく考えて、こうする事を選んだんだ」
 鉈を持った男が言った。
 中年の男だった。疲れた顔に作り物のような笑顔を張り付けて、手にした鉈を振るった。
「君は法の下に裁かれ、刑期を満了した。君は罪を償ったんだ。罰を受けた。今や君に何の罪もない。いや、本当に――正しい人間は、納得するんだろうな。でもね、私は納得できなかったんだよ」
 椅子に縛られた男がもがく。
 鉈を持った男が、深い深いため息をついた。
「君は、私の妻を殺したことについて、反省はもちろん、後悔すらしていなかった。残念だ」
 中年の男が、鉈を振り下ろした。
 椅子に縛られた男の肩に、鉈が深く食い込む。男が悲鳴を上げた。中年の男が鉈を引き抜くと、傷口からおびただしい量の血が流れ出す。
「あの人の言ったとおりだ。君とは、一度しっかり話をするべきだったんだ。自身の気持ちに決着をつけなければならない。それこそが、私に課せられた試練であり、試練に立ち向かうという事だったんだ」
 中年の男が笑う。
 惨劇は続く。


 事件のあらましを語り終えた速水 結那(nCL2000114)は、思わず口元を押さえた。
 仕方あるまい。念写された写真だけでも、目をそむけたくなるほどの惨憺たる現場である。
 それを映像で、一部始終逃さず見せつけられた彼女の気持ちは想像に難くない。
「こっ、今回の事件は」
 深呼吸を一つ、吐き気を無理矢理抑え込んだ彼女が言う。
「この、男の人をやっつけるのが目的なんよ。この人は、この後、怒りと絶望のあまり深度(カテゴリ)2の破綻者になってしまうんよ」
 男はすでに罪を犯したわけだが、このまま放っておけば力の赴くままさらに暴れ、罪を重ねることになる。それは避けねばなるまい。
 覚者達には、男が破綻した直後、現場に突入してもらうことになる。
 その後、破綻者の男を無力化し、F.i.V.E.本部へと送る、という作戦だ。
「男の人は発現こそしとらんかったみたいやけど、才能は十分に有ったみたいやなぁ。訓練はしてへんけど、破綻者やから、力任せに暴れまわられるだけでも十分危ないからね。気をつけるんよ?」
 顔色は優れないままであったが、彼女は何とか笑顔を作り出し、覚者達を送り出すのだった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:洗井 落雲
■成功条件
1.破綻者を倒す
2.なし
3.なし
 お世話になっております。洗井落雲です。
 破綻者が、これ以上罪を重ねるのを止めるシナリオとなります。

 敵データ
  破綻者(深度2)×1
 因子
  彩の因子
 使用スキル
  五織の彩       物近単
  斬・二の構え     物近単【出血】
  火行壱式 炎撃   特近単《格闘》【火傷】
  火行壱式 火炎弾 特遠単【火傷】

 戦場データ
  現場は生活圏からやや離れた所にある廃工場です。
  密会場所に選んだくらいですので、一般人が通りかかることはありません。
  時間帯は昼。足場光源など、ペナルティの心配はしなくても大丈夫です。
  工場内には機材などはなくがらんどうで、被害者だったものが一つあるだけです。
 
  皆さんが現場に到着するのは、被害者が破綻者となった直後、オープニング冒頭の終了後です。
  事前に何かする余裕はないです。

 以上となります。
 皆様のご参加を、心よりお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2016年10月06日

■メイン参加者 6人■

『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『マジシャンガール』
茨田・凜(CL2000438)
『希望を照らす灯』
七海 灯(CL2000579)
『悪食娘「グラトニー」』
獅子神・玲(CL2001261)

●試練の始まり
 廃工場に突入した覚者達を待ち受けていたのは、濃厚な血の臭いだった。
 事前に夢見の念写を見ていたとはいえ、実際の現場で受ける衝撃は相当の物である。
 薄汚れた廃工場の真ん中は、ペンキでもぶちまけたみたいに真っ赤で、そこにはバラバラになった人体が散乱している。
 その光景に、思わず口元を押さえた者もいるかもしれない。だが、衝撃を受けてばかりもいられない。この光景を生みだした男は、覚者達の前に立ちはだかっているのだ。
 男の瞳はうつろではあったが、身に纏う殺意と怒気はすさまじい。
「そこまでだ。お前の復讐はもう終わった、もういいだろ? 大人しくしてくれ」
 『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)の言葉に、男は光のない瞳を向ける。
「この怒りを晴らさなければ。この痛みを癒さなければ」
 ぶつぶつと男が呟く。力に捕らわれ、自我も消えかけている男とは会話がかみ合わない。
 だが、それでも。
「自分の心を失って、力を振るって、そうしたら最後は破滅するだけじゃないですか!」
 消えかけた自我を取り戻すように。此方へ引き戻すように。『現代の騎士』アレサ・クレーメル(CL2001283)は声をかける。かけなければならない。
「破綻者に堕ちるのは……駄目だよ。そんなの誰も救われない 」
 『悪食娘「グラトニー」』獅子神・玲(CL2001261)が言う。男の気持ちが、痛いほど分かるがゆえに。彼をこのまま破壊者にしてしまうわけにはいかない。
「戻ってきてください……罪を償う事が、あなたの本当の試練なんです」
 自身が、迷える彼を導く灯台となれるように。『希望峰』七海 灯(CL2000579)が呼びかける。だが、彼が惑う場所、荒れ狂う大海から、未だ陸は遠い。
「ああ……アアアアアッ!」
 破綻の衝動に身を任せ、男が武器を振り上げた。
「来な……最後まで、面倒見るよ」
 ジャックが呟く。それに応えるように、覚者達は戦闘態勢に入った。

「課せられた試練なんて、必ず乗り越えなければならないものではありません」
 言いながら、灯は自身の身体細胞を活性化させる。
「乗り越えられず、苦しみ続ける……その方が多いんです。でも、そんな中で、自分自身と折り合いをつけて、新しい生き方を模索していく。それこそが、試練の真意だと思うんです」
 相手を見据える。これから戦う相手、救う相手を、灯はしっかりと目に焼き付ける。
 たとえこれが「越えられない試練」だとしても。自分のやることは変わらない。
 たとえ自らの力及ばぬときがあろうとも、灯台は輝き続ける。歩みを止めてはならない。もし自分に試練が課されているのだとしたら――いいや、これは、何者かに課された試練などではない。いつまでも人の希望の灯りであり続ける、それは、彼女自身が選んだ道であるのだ。
 『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)が治癒力を高める静謐な香りを放つ。
「感情のままに、このまま罪を重ねたら……貴方が憎んだ、その人と同じになっちゃう……」
 できれば、この穏やかな香りが、相手にも届けばいいと思う。それで心を落ち着けてくれれば、と。対話で決着がつくかもしれない。
 でも、それは理想だった。現実は非常だ。これから、彼を相手に戦わなければならない。これから加害者になってしまうかもしれない被害者である人を相手に。
「今度は自分が……誰かの大切な人を、奪っちゃうかも、だよ……?」
 できれば、傷つけたくはない。でも、今は自分の出せる全力で戦おう、とミュエルは思った。傷つけあわねば誰かを救えないなら、最小限の傷で、最小限の痛みで、最短で救い出して見せる――!
「殺しは楽しかったか? 楽しくねえだろうよ!」
 氷柱を放ちながら、ジャックが叫んだ。氷柱は破綻者の男の腕を切り裂き、傷を作る。だが、男はまだ止まらない。この程度では止まれない。
「妻は……妻は殺されたんだ! あの男に! それで七年で出所だと!?」
 ジャックの問いに答えたわけではない。混濁した男の意識が、わずかに残っていた思いを吐き出しただけだ。
「オーケイ、話をしよう。お前の全部を受け止めてやる! 今まで耐えてきたんだな。それが何でか、誰かのせいで崩れちまったんだな!」
 それでも、ジャックは答えた。
「その要らん事吹き込んだ誰か、良ければ教えてほしいんよ!」
 破綻者の男の周囲に粘つく霧を発生させながら、茨田・凜(CL2000438)が尋ねる。
「あの人が言ったんだ! 奴にあえと! それが私の試練であると!」
 男が叫ぶ。鉈に炎を纏わせ、ミュエルに襲い掛かる。ミュエルはその一撃を手にしたワンドで受けた。男の武器にまとわりついた炎が、ミュエルの肌を焼く。ミュエルは痛みに顔をしかめつつ、
「その人が……あなたに、何を、言ったか……わからないけど……!」
 叫んだ。
「こうなること、こんなの、奥さんだって、望んでない……!」
「そうだよ……貴方が奥さんを今でも愛してるなら……これ以上は罪を重ねちゃいけない……!」
 ミュエルを浄化しつつ、玲がいう。
 破綻者に堕ちる程の、理不尽な出来事に対する嘆き。どうしようもない程の感情の暴走。それは玲もまた、経験した事である。
 故に、男の気持ちは痛いほどわかる。
 故に、男を救ってやりたいという気持ちは強かった。
「そうなってしまう痛みも苦しみもわかるから……僕は貴方を救いたい……!」
「お願いです、届いてください!」
 アレサも、自らの力を引き出しつつ、叫んだ。
 彼女もまた、破綻者の男と似たような境遇を、大切な者を失った過去を持つ。
 男との、決定的な違いはある。だが、その違い故に、まるで別の可能性をたどったもう一人の自分のように感じてしまう事も事実だ。
 苦しんで苦しんで――最後に破滅するなんて救われない。
 だから――救ってやらなければならないのだ。
 苦しみにあえぐ、もう一人の自分を。
「戻ってきてください……! こちら側に!」
 
 覚者達は、まともに反応を返さない男へ、それでも声をかけながら戦い続けた。
 男を正気に戻さなければならない。
 それは、罪を償わせるという意味合いもあるが、同時に、彼もまた被害者であるという同情の念からであろうか。
 力に囚われた男に、覚者達の言葉は遠く、未だ届かない。
 破綻者の破壊の力は強く、覚者達を容赦なく傷つける。
 それでも、覚者達は立ち上がり、辛抱強く戦いと、呼びかけを続けた。
 そして――。

 ジャックの攻撃が直撃し、破綻者の男がよろめいた時。男の、どこか今までと違う様子を、玲は感じ取った。
 凜の癒しの力を受けながら、玲は破綻者の男の観察を続けた。
 男が揮う鉈の、速度が少し落ちてきている気がした。
 それは、消耗しているという事もあるだろう。だが、何よりも。
「……! 自我が、戻ってきているんですね!?」
 玲が叫ぶ。破綻者の男が、玲を見た。
 涙を流し、何かに耐えるような表情で、
「私……私を……殺し……」
 訴えるように、喘ぐ。
「ダメ……! 絶対に、そんな事、しない……!」
 ミュエルが、叫ぶ。
「生きろ! 苦しくても悲しくても生きろ!」
 ジャックが、叫ぶ。
「貴方自身が幸せにならなきゃ……奥さんも救われない!」
 玲が、叫ぶ。
 男が、再び涙を流した。かなしみか、絶望か、或いは、その果てに希望をもたらされた故の涙だろうか。
「ごめんなさい、もう少しだけ、我慢してください……!」
 いのりを込めた一撃を撃ちながら、アレサは言った。
 続いて、灯が攻撃を放った。
「こちらを見て、帰ってきてください! 貴方の帰ってくるべき場所は、こっちです!」
 導くように、彼女は言う。
 灯の一撃を受けた男は、数歩、後ずさる。次の瞬間、男がまとっていた、怒気や殺意と言ったものが、急速に消滅していく。
 がくり、と男が膝をついた。
「あ……あ……」
 男が、顔を上げた。
 安堵と、悲しみが、ない交ぜになった表情だった。
「すまな――」
 謝罪の言葉を言いながら、男は地に倒れ伏した。
 慌てて、アレサが駆け寄る。しばし様子を確認すると、仲間たちに向かって頷いた。
「大丈夫です。……大丈夫」

●試練の終わり、新たな始まり
 意識を失った男を横たえ、F.i.V.E.の迎えを待ちながら、覚者達は各々行動をとっていた。

 被害者の男……彼が何をし、何を言い、何を思ったのか。そこまでは、覚者達の知る所ではない。 
 だが。
「死ねばみんな同じ仏さ。本格的な処置はF.i.V.E.のお迎えがやってくれるだろうけど、手を合わせる位はさ」
 ジャックが、被害者へ向けて、手を合わせた。
 ミュエルもまた、花を手向けていた。
 彼女にとっては、救えなかった命に変わりはないのだ。
「……せめて、あの男の人だけでも、助けられたこと……喜ばないと……ね……」
 
「……これから、本当の試練が待っているのかもしれませんね」
 灯が、意識を失った男を見つめながら、言った。
 理由がどうであれ、彼が罪を犯したことは事実だ。だから、その罪は、裁かれなくてはならない。
「出来れば、その前に……一度、彼を、奥さんの墓参りに連れて行ってあげたいです」
 頷きながら、アレサが言った。
 長い別れになるだろう。だが、彼の妻は――たとえ、生きていたとしても――彼の帰りを、ずっと待っていてくれるだろう。
「そうですね。……私も一緒に、F.i.V.E.へ掛け合います」
 灯が、応えた。

「ちょっと失礼なんよ」
 凜が、男の荷物を見つけ、中を探る。ほどなくして、携帯電話と、一冊の手帳を見つけた。
「……ケータイの方はF.i.V.E.で調べてもらうとして……」
 凜が手帳をぱらぱらとめくる。あるページで手を止めた。そこには、簡潔だが地図らしきものがかかれている。目的地と思わしき場所には、ただ大きく丸が描かれているだけで、そこがどんな場所なのかまでは、地図からは読み取れない。
「手掛かりになりそうなのはこれ位なんよ」
「『あの人』……だね。僕はその人の事を絶対に許せない……人の想いに付けこんで……破綻者に仕向けるような人を……」
 玲が中華まんをかじりつつ、言った。
 腹が膨れれば落ち着ける、というのが玲の信条だが、この怒りは、満腹になっても晴らされる事はない。

 この事件の裏に存在する何者か。覚者達はその気配を感じ取りながらも、事件はひとまずの幕を下ろすことになる――。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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