廃教会に漂うは、死霊の司祭
廃教会に漂うは、死霊の司祭


 森の奥の古びた教会。
 日も落ちて辺りは暗く、光を灯す物もないそんな場所を携帯の明かりを頼りに走る人物がいた。
 彼は息を切らしながら、風化しぼろぼろの廊下を走っていく。

「なんだ、なんなんだってんだよ、くそっ!」

 数分前、一般の大学生である彼は他の仲間と一緒にこの廃教会へ肝試しにやってきたのだ。
 多くの心霊スポット同様にこの場所でも何も起きるはずがない、と意気揚々と進む彼らであったがある出来事でその心境は一変する。
 教会の広間まで進んだ際、大量の死霊に襲われてしまったのだ。
 引き裂かれ、殴られ、次々と死んでいく仲間を見捨てて彼は一人その場を逃げ出したのだった。

「有り得ない、有り得ない、有り得ない……ッ!」

 涙ながらに逃げる彼は何かにつまづいて転んでしまう。

「いてっ!? ちっ……これだから廃墟、は……ッ!?」

 彼はそこまで言って凍り付く、なぜなら……彼の足を掴んでいたのは死んだはずの仲間達だったのだから。

「いやだ、いやだ! はなしてくれぇぇぇぇっ! だ、誰か……助け――――――」

 必死に振り払おうとしていると彼の目の前にぼろぼろの司祭服を身に纏った司祭が現れた。
 その眼球に当たる位置には目がなく、暗い空洞が広がっているだけである。
 表情を浮かべない司祭は浮遊しながら、すうっと彼に近づくと持っていた杖で彼の顎をぐいっと上へ向かせる。

「オアアアア……アアアアア」
「ち、違う、俺は……誰も見捨ててなんか、違うんだ! そんな顔で見ないでくれ! 俺を責めないでくれぇぇぇぇぇ!」

 頭を抱えて泣き叫ぶ彼の襟首を掴み、ずるずると司祭は暗闇の広がる廊下の奥へと連れていく。

「許してくれぇ……俺は、怖くて、助けてなんか……やれ――――」

 彼のその言葉を最後に暗闇にぐしゃりという音が響く。
 もうその場所には泣き叫ぶ声も、もがくような音も一切しなくなり、ただ……ただ静寂が訪れたのである。



「今回の依頼の内容を話す前に一点、聞かせてください。怖いのが苦手な方は……いますか?」

 依頼があるとの事で会議室に集められた一同は豊満なボディを誇る女性、久方 真由美(nCL2000003)の言葉に首をかしげる。
 なぜ、そのような事を聞くのだろうかと。

「実は……今回行ってもらう場所は巷で噂になっている心霊スポットなんです。なんでも夜にこの廃教会を訪れると司祭の霊が現れてあの世へと連れ去ってしまう……と」

 机の上に地図を広げ、真由美は説明を続けていく。

「一番目撃例が多いのがこの最奥、大聖堂です。ここに昔、多くの信者が通い熱心に祈りを捧げていたそうです。司祭以外の目撃報告がある事から多数の死霊と戦闘になる可能性がありますので留意してください」

 説明が終了したのを確認し、それぞれが部屋を後にする。
 その後姿をみつめる真由美は拳を握り、自身の胸に当てた。

「どうか……皆さん、無事に帰ってきてください」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:どくどく
■成功条件
1.司祭の死霊を撃破
2.なし
3.なし
お初の人もそうでない方もこんにちわ、ウケッキです。
ここにある情報は事前に聞いた、移動中に説明されたという認識でOKです。

◆場所について
深い森の中にある教会で、入口から直線的に最奥の大聖堂まで廊下が通っている単純な構造です。
小部屋のような物はなく、大人数の信者が一度に会する為、中はとても広い作りとなっています。
身を隠す様な物はありませんので、立ち回りに注意しないと多数の死霊に囲まれ身動きが取れなくなってしまう事でしょう。
本来は聖堂にある筈の燭台が朽ちており、灯りの類は何もありません。その為、なにかしら光源を確保しないと戦闘は難しいと思われます。
時刻ですが、夜中にしか司祭が出現しない為、夜の11時に廃教会到着となっています。

◆エネミーについて

・司祭の死霊 種別:妖 ランク2 数:1体
 ぼろぼろの司祭服を身に纏ったこの教会の主であったとされる死霊です。
 手の平に人の頭部程の霊気の玉を生成し、不規則な軌道で飛ばしてきます。
 威力が高く、避け辛い攻撃ですが、発射までに少々時間がある為に攻撃する事で発射を阻止する事ができます。
 また稀に『その者の一番怖いもの』を見せる精神攻撃を使用してきますのでご注意ください。

・信者の死霊 種別:妖 ランク1 数:8体
 白い布を纏った信者の死霊です。
 個々の能力は弱く、鋭い爪でひっかく程度の事しかしてきませんが、司祭の死霊が存在する限り、倒しても数秒後には起き上がってきます。
 幸い動きは遅いので近づかれる前に撃破する事をお勧めします。

◆現地への移動について
:今回はFiVEの方で車が手配されておりますので現地への移動手段のご心配はありません。
 また、廃墟内の地図は希望者にのみ配られますので必要な場合はご希望ください。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
サポート人数
1/4
公開日
2016年11月13日

■メイン参加者 10人■

『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『復讐の神士』
恩田・縁(CL2001356)
『アイティオトミア』
氷門・有為(CL2000042)
『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)
『ストレートダッシュ』
斎 義弘(CL2001487)
『雷麒麟』
天明 両慈(CL2000603)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)

■サポート参加者 1人■

『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)


 灯のない教会の中は深き闇。それは太陽の元に住む者を拒む結界の如く。
 そこに、
「放置する位なら更地にした方が良かったように思われますね……」
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)の守護使役が放つ炎が灯りをともす。FiVEの命を受けて妖の出る教会にやってきたのだ。更地にするにしても妖を退治してからですね、と心の中で付け加える。
「司祭が死霊とはね。医者の不養生か?」
 死者を弔う一文を思い出しながら『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)が神具を構える。如何に徳が高かろうとも、死んでしまえばただの人間という事か。どうあれここで送り返しておかなくては。
「肝試しのやつらは……いないみたいだな」
 周囲を確認し、安堵する斎 義弘(CL2001487)。夢見の見る夢は未来の物あが、その時間差はまちまちだ。下手をすると鉢合わせの可能性もあった。今回はそういうことはなかったようで、胸をなでおろす。
「夢見さんが見た肝試しのひとたちは、いない、の、ね?」
 どこか冷めた口調で確認する桂木・日那乃(CL2000941)。その茶色の瞳は闇を見通す。少なくとも見える範囲には自分たち以外の人は居ない。冷たく無関心に見えるが、一般人の被害を第一に心配する心がそこにはあった。
「こんな状態はきっとこの方達の本意ではないはず。止めてあげなくてはいけませんね」
 大聖堂の地図を確認しながら『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)が悲しそうに口を開く。教会に出る司教と信者。生前彼らはどういう人物かは知らないが、死後教会を荒らす妖になりたいと思っていないのは確かだ。その魂を解放しなくては。
「死んだならさっさとあるべきところに還るか、消えてほしいね」
『第二種接近遭遇』香月 凜音(CL2000495)は言って肩をすくめた。死後魂がどうなるかはわからない。だがあるべきところがあるなら、そこに帰ってほしい。死んだ後も迷惑をかける等、厄介極まりない。
「かつて信仰を捧げた主から見捨てられ、哀れな醜態を晒している悲しき存在……フハハ! 何と滑稽なり!」
 堪えきれず笑い出した『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)。神を信望する者が神に受け入れられず現世をさまよう。これを滑稽と言わずしてなんと言おうか。どういう心境なのか、その心の中を暴いてやりたい気持ちになっていた。
「一番怖い者ね。んなもんかーちゃんに決まってんだろ」
 夢見から聞いた妖の攻撃方法を思い出し、『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)はそんなことを言う。確かに父は強い。だけど父と喧嘩すれば母が勝つ。ならば一番怖いのは母親だ。小学生らしい、真っ直ぐな答えである。
「ここで信者達とお祈りしてたんだよね。何か心残りな事があって天へ行けないのかな」
 教会を見回して『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)がどこか遠くを見る目で呟く。宗教に興味はないが、ここで信者達は楽しい時を過ごしていたはずだ。なのに何故、彼らは妖となってこの場にいるのだろうか?
「おしゃべりは終わりだ。……来るぞ」
『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)は妖の気配を察して、神具を構える。その視線の先には妖の群れ。そしてその後ろに控える司教と思われる妖。その顔に生気はない。ただ人を喰らおうと迫ってくる。
 廃教会に住まう妖を倒すべく、覚者達は駆けだした。


 信者の妖は個人の能力としては弱く、容易に伏すことが出来る。だがその真価は不死性。司祭がいる限り、何度でも起き上がってくる。
 故に覚者は方陣を組み、回復役の日那乃と凜音を中心にして突き進んでいく。突破力には欠けるが、全体的な防御力を増した形だ。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の炎が戦端を開き、覚者達は真っ直ぐに突き進む。
「行くよ!」
 先陣を切って奏空が駆ける。黒の刀身を持つ神具を手にし、信者の群れに向かっていく。否、元信者だ。思い直す奏空。ここで祈っていた信者はもういない。ここにいるのは人を襲う妖なのだ。彼らを解放せねば。
 奏空は神具を横一線に薙ぎ払うと同時に、体内の源素を解放する。刀の奇跡に合わせて稲妻が迸り、一直線に妖に向かって飛んだ。闇を裂く紫電は真っ直ぐに妖を討ち、雷の残渣がその体を痙攣させた。
「もう皆解放されていいんだ。もう上に行っていいんだよ」
「その為にも司祭を討たなくてはいけませんね」
 冷静に状況を思考する有為。宗教的な問題に興味はない。あるのは如何にこの状況を打開するか、だ。司祭を射程範囲に含めるまで突き進み、一気に打破する。その為の最短手を常に思考していた。
 全身の細胞を活性化させ、信者の妖に跳躍して迫る有為。脚部に融合した斧を振り上げ、体ごと回転させるようにして振り下ろした。妖を裂いても回転は止まらない。回転が終わった時には、傷だらけの妖が這う這うの体で立っている状態だった。
「情報通り、動きは鈍いよですね」
「よし、雑魚は任せてもらおうか」
 相手の動きを一通り見て、両慈は頷いた。司祭を倒せばすべてが終わるが、だからと言って信者の妖を無視はできない。誰かがやらなくてはいけないのなら自分がやる。神具を手に戦場を見渡した。
 演武により味方の活力を増したのちに、両慈は手の平を天に向け、そこに源素を集中させる。源素は光の球となって真っ直ぐに打ち上げられ、空中で爆ぜて矢となって妖に降り注いだ。降り注ぐ矢を避けきれず、信者の妖は次々と倒れ伏す。
「司祭は任せた。手間取るようなら手伝うぞ」
「ええ。そうならないように努力します」
 前に進みながら澄香が微笑んだ。右手に『節制』。左手に『世界』のタロットカードを手にし、司祭を攻撃範囲内に収める。既にこの世にいない司祭。彼は何を守ろうとしているのだろうか。
 二枚のカードを司祭に向ける澄香。『節制』は自然な姿。『世界』は良き終わり。その意味に従い、澄香はあるべき世界に戻そうとする。棘の鞭が横なぎに振るわれ、司祭の体を傷つける。ただ悲しげな声で澄香は口を開く。
「この場所はもう穢されないように私達が浄化しますから、どうか安心して旅立って下さい」
「あれは妖です。今は何を言っても通じない状態ですよ」
 どこかつまらなそうに縁が口を挟む。悪霊となった妖の声を聞こうと『交霊術』で尋ねたのだが、答えはなかった。妖に知性はなく、悪霊と化した司祭も同様だった。復讐ですらないとはつまらない、と唾棄する。
 源素の霧を放って弱体化させたのちに、『憤怒の十字架』を手に司祭に迫る縁。足をしっかり踏みしめ、腰の回転と同時に神具を握りしめる。目の前にいるのは妖。理性なき獣。このようなものは我が女神に捧げるに値しないとばかりに十字架を叩きつける。
「ただの獣の如く生者を憎み害するだけの存在なら用はない」
「妖、倒す。それは変わらない」
 日那乃が呟いて、小さく頷く。どういう形であれ、妖を倒すという事実には変わりない。それはここを放置すれば大学生が肝試しにやってきて、命を落とすからだ。被害はない方がいい。それが日那乃が戦う理由。
 闇を見通す瞳で仲間の傷を確認し、胸に手を当てる。心を鎮め、水の源素を体内で活性化させた。闇の中、静かな雨が降る。それは恵みの雨。水は傷口を冷やし、汚れを流し、そして傷口を塞いでいく。
「気力、節約しなくてよさそう? すぐに治す、ね」
「おう。助かるぜ」
 背中越しに回復の礼を言う義弘。背中からでもわかるがっしりとした体格。それがパーティの盾となっていることは、とても頼もしくあった。闇を見る目で四方を確認しながら、メイスと盾を握りしめる。
 パーティ後方から迫る信者の妖。その爪を盾で受け止める義弘。真正面から受けるのではなく、縦の歪曲部分を使って逸らすように。そのまま盾で相手の視界を奪い、脇腹にメイスを叩き込んだ。攻撃と防御ではない。攻防一体の動き。
「みんな無事で帰るぞ。死を呼ぶ司祭を打ち抜こう」
「当たり前だ。生きてる俺達が死に魅入られてたまるか」
 巨大な斧を手にして義高が笑みを浮かべる。自分達は生きていて、司祭達は死んでいる。どういう経緯でこうなったかは不明だが、死者は死者の国に帰るべきだ。少なくともこんな所で彷徨ってはいけない。
 土と炎の加護を身に纏い、義高はワニの牙を思わせるギザギザの刃を持つ斧を振りかぶる。妖だったワニの魂が宿った神具。それを信者の妖に叩きつけた。まさに一撃必殺。復活したての信者は、またすぐに頭を割られて倒れ伏した。
「『土は土に、灰は灰に、塵は塵に』だ。いい加減、地下の世界に帰りな」
「ランク2を倒せば終わるわけだ。このまま攻めようぜ」
 凜音は神具を手に檄を飛ばす。この戦いのキモは司祭ををどれだけ早く倒すか、だ。信者達をどれだけ倒しても意味はない。司祭を倒すのに手間取れば、信者を押さえている後衛の負担が増すだけなのだ。
 後衛で戦う覚者達と、司祭と戦う覚者のダメージ具合。それを見極めて、凜音は癒しの判断をする。ランク2との戦いは容易ではなく、何度も蘇るランク1も侮れない。凜音の持つ最大の術で傷を癒し、場を持ちこたえる。
「倒れても何度でも癒してやる。だから頑張れ」
「ありがたいね。これでまだ戦える」
 二本の刀を手に飛馬が笑みを浮かべる。後衛に陣取り、追いかけてくる信者の妖の攻撃を受け流す役割だ。土の加護を身にまとい、刀を使って防御の構えを取る。自ら攻めるのではなく、相手の攻撃を受け流す型だ。
 迫る妖の爪を刀で受け止める。そしてもう一本の刀で押すように妖を払いのけ、バランスを崩す。受け止めた爪は刀の反りを利用して、滑らせるようにその攻撃を受け流した。仲間を守る。この刀術はその為の物。
「こっちの体力も無限じゃねーし、ちゃっちゃとその司祭ってやつをたおさねーとな」
 妖と化した司祭は、瞳のない顔を覚者に向け、襲い掛かってくる。かつてあったであろう神に仕える司祭の面影は、微塵も残っていない。
 戦いは覚者の想定通りに進んでいた。
 二重の回復を包む前後の壁。それが司祭と信者を上手く阻んでいた。
(注意すべきは司祭の精神攻撃位ですが)
 司祭に攻撃を加えながら有為は夢見が言っていた情報を思い出す。とはいえ、怖いものというのはそれなりに思い付く。そういう攻撃をするとわかっていれば、対策は立てられる。それは他の覚者達も同じだ。自分が怖いもの、というのは自分でもわかっている。
 ――その時までは、そう思っていた。


 恐怖。
 恐れとは精神を持つなら誰もが持ちうる情動である。そしてそれは喜びや怒りと同じように制御するのは難しい。制御できたとしても。恐怖を感じた対象がある限りは、その情動は止まらないのである。
「何だ……? 傷が癒えてこない?」
 凜音は源素を使って術を使っているにもかかわらず、仲間の傷が全く治らないことに気付く。そのまま妖の攻撃を受けた仲間達が次々と倒れていく。仲間の悲鳴や癒しを求める声を聴きながら必死に術を使おうとするが、何も起きない。
『覚者だって』『何あの黒い翼』『親は同じ覚者に殺されたんだって』『覚者って気持ち悪い』
 日那乃の心に直接響く声。施設にいた頃に聞こえてきた心の声。面と向かって言葉にされたことはないが、読心術で聞こえてくる声は覚者に対する嫌悪と侮蔑だった。心を閉ざしても、その声が日那乃の心に響いてくる。
「お前は……それはッ!?」
 両慈の目の前には父がいた。憤怒者である父は何かを持っている。スイカ大ほどのそれは、人の頭だった。誰の? 見たくない。誰の頭かを認識すれば、心が壊れてしまう。父はそのまま手にした武器を両慈に向けて迫ってくる。指先一本動かすこともできず……。
「やめろ……やめろおおおお!」
 大声をあげて手を伸ばす奏空。その手は空を切り、その先にあった小さな手は炎の中に消える。助けられなかった。助けを求める声が響き、しかしこの手はそれを掴むことが出来なかった。無力。それを悔やむように声は大きく響き渡った。
「お前……達……」
 目の前に転がる義高の妻と子供。それは素人目に見ても事切れていた。その傍らに立つのは植物の妖。フラワーショップの植物が妖化したのだ。そして倒れた二人も妖化する。義高は虚ろな表情で斧を手にした。土は土に、灰は灰に、塵は塵に。
「足が……!」
 それは義弘にとっては機知の過去。繁華街で妖に襲われ、膝から下の両足を負傷したのだ。記憶通りならここで覚者に助けてもらえたが、その気配はない。義弘の足は妖に食われ、そしてその妖はこちらに迫ってくる。腕を使って逃げるが、妖の顎が頭を包み込み……。
「じーちゃん……じーちゃん!」
 飛馬が見たのも記憶の一部。隔者の襲撃を受け、それに真っ向から挑む祖父の姿。だが祖父は凶弾を受けて倒れ、隔者は容赦なくその背中を踏みつけていた。巖心流など所詮守ってばかりの流派。何の役にも立たない。隔者の態度が言外にそう告げていた。
『問おう。汝の復讐代行には理性があるのか? 正当な復讐の理由があるのか?』
 縁の前に顕れたのは、縁自身だった。それが『復讐代行』の在り方を問う。自分が全て憎いから『代行』という形で殺しているだけではないのか? 『正当な理由』があるという事を、免罪符にしているのではないのか? 答えようにも口は動かなかった。
「――ッ! 来ないで、来ないで!」
 澄香は足元に迫る黒褐色の小さな虫を見て大声をあげていた。上から押し潰されたような平たいそれは、黒くつやつやした体をてからせて足元をカサカサと動き回っている。下手に刺激すれば羽を広げて飛びそうな雰囲気に、澄香は怯えて何もできないでいた。
「これは……?」
 何もない空間。ただただ広がる空虚な黒い空。有為はその中に一人ただ浮かんでいた。上も下もわからない。どれだけの間、こうしているかもわからない。よくわからない何処か、理解の及ばない何か。孤独と無音が時と共に心を壊していく。
 恐れとは精神を持つなら誰もが持ちうる情動である。そしてそれは喜びや怒りと同じように制御するのは難しい。制御できたとしても。恐怖を感じた対象がある限りは、その情動は止まらない。
 恐怖の中、覚者達は――


『気が付けば』戦いは終わっていた。
『気が付けば』司祭の妖が消失しており、そして信者も同じように消えていた。
 恐怖でを我を忘れて戦っているうちに、いつの間にかとどめを刺していたようだ。
「幻覚……だよね?」
 奏空は先ほどまではっきりと認識していた司祭が見せた『恐怖』を思い出しながら呟く。あれは嘘だ。だが、ありえない事ではない。伸ばした手が、癒しが、明日が、ああならないという可能性はない。
「……ああ、幻覚だ。嫌なモノを見せられたな」
 その言葉に覚者全員が同意する。それぞれが見た『恐怖』。それは過去であり、自身の歩む原動力であり、あり得るかもしれない未来だった。生理的な恐怖があった。理解不能な恐怖があった。心理的な恐怖があった。
「この司祭に何があったのかは知らないが……これで天に帰ったのかな?」
「そう願いたいな」
 恐怖から立ち直った覚者達は、それぞれのやり方で司祭と信者を弔った。

 弔いを終えた覚者達は大聖堂を出る。扉が閉まり、闇に包まれる大聖堂。
 訪れた静謐。それを脅かす存在は、この教会には存在しない――


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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