秋雨の降る街。或いは、迷う男と仮面の女。
●秋雨の中
しとしと、しとしと。
音もなく、霧のような雨が降る。
夕暮れ時に、突然降り始めた雨だ。
その男は、雨の中を歩いていた。
多少くたびれたスーツ姿の男性だ。
仕事帰りのようだ。表情にも疲労の色が濃い。雨に濡れて、重たくなったスーツのせいか、ゆっくりと時間をかけて歩いている。
否、それだけが理由ではないようだ。
男の視線は、まっすぐと前を向いている。しかし、その目の焦点は合っていないようだ。
どこを見ているかも分からない。
半ばほどまで開かれた口の端から、唾液が零れている。それを拭うこともしない。
だが、歩みを止める様子もない。
雨の中、足を引き摺りながら歩いている。
ずっと、ずっと、何処かへ向かって、何かに呼ばれるように……。
ビルの上から、男を見下ろす一人の女性。
唇に付けた竹笛で、美しい戦慄を奏でていた。霧雨の中、笛の音は反響を繰り返し、音の出所は分からなくなっている。
恐らく男は、この何処が出所とも知れない笛の音を追って、正気を失い歩いているのだろう。
ただただ、ひたすら。倒れるまで。
それを見て、女は笑う。
恐らく、笑ったのだろう。肩を震わせ、くっくと喉を鳴らした女の顔は、白い面で隠されていた。
パンツスーツに、黒い髪を靡かせた、細身の女。
その正体は、恐らく人ではないだろう。
降りしきる雨の中、その女は僅かとも濡れてはいないのだから。
●人を惑わせ、精気を啜る
「やっほー♪ ハロー♪ 皆集まってるね? 今日の舞台は秋雨の降るとある街。どうも、ターゲットの古妖のせいで半径数百メートルほどが、異空間と化しているみたいだね。ううん? 異次元って言った方が正しいのかな?」
どうなんだろう? と久方 万里(nCL2000005)は首を傾げる。
どうやら、半径数百メートルに及ぶ、外界と隔離されたそのエリアからは、迷い込んだ男性以外の生物は存在しないようだ。
しとしとと、霧雨の降りしきる明かりの無い街中を、男が一人、彷徨っている。
一切の光源が存在しないというのに、不思議と数メートルほど先までなら、視界が確保できているのも不可思議だ。
「犯人は、たぶん(狐狸)の類だと思うのね。人に化けている上に仮面を被っているから、正確な外見や特徴、正体は掴めていないけど、どうやら(MP吸収)(呪い)(錯乱)なんかの状態異常を付与する技を使うみたい」
面の女は、絶えず場所を移動している。
その上、雨が女の奏でる笛の音を反響させているので、音を頼りに女の居場所を探るのも難しいだろう。
だが、元来そういう性格なのか、自身のテリトリーに侵入した者を観察する為、高所かつターゲットの姿を確認できる位置に居ることが多いようだ。
「男の人が力尽きるまで、あと一時間って所かな? それまでに、男の人を見つけて眠らせるか、異空間を形成している面の女を無力化するべきかな?」
姿を隠していようと、実態のある敵である。
動けば音もするだろう。殴ればダメージも与えられる。
けれど、この場は相手の作った、異空間。
「対策は考えて行くべきかもしれないね」
なんて、言って。
万里は仲間達を送り出した。
しとしと、しとしと。
音もなく、霧のような雨が降る。
夕暮れ時に、突然降り始めた雨だ。
その男は、雨の中を歩いていた。
多少くたびれたスーツ姿の男性だ。
仕事帰りのようだ。表情にも疲労の色が濃い。雨に濡れて、重たくなったスーツのせいか、ゆっくりと時間をかけて歩いている。
否、それだけが理由ではないようだ。
男の視線は、まっすぐと前を向いている。しかし、その目の焦点は合っていないようだ。
どこを見ているかも分からない。
半ばほどまで開かれた口の端から、唾液が零れている。それを拭うこともしない。
だが、歩みを止める様子もない。
雨の中、足を引き摺りながら歩いている。
ずっと、ずっと、何処かへ向かって、何かに呼ばれるように……。
ビルの上から、男を見下ろす一人の女性。
唇に付けた竹笛で、美しい戦慄を奏でていた。霧雨の中、笛の音は反響を繰り返し、音の出所は分からなくなっている。
恐らく男は、この何処が出所とも知れない笛の音を追って、正気を失い歩いているのだろう。
ただただ、ひたすら。倒れるまで。
それを見て、女は笑う。
恐らく、笑ったのだろう。肩を震わせ、くっくと喉を鳴らした女の顔は、白い面で隠されていた。
パンツスーツに、黒い髪を靡かせた、細身の女。
その正体は、恐らく人ではないだろう。
降りしきる雨の中、その女は僅かとも濡れてはいないのだから。
●人を惑わせ、精気を啜る
「やっほー♪ ハロー♪ 皆集まってるね? 今日の舞台は秋雨の降るとある街。どうも、ターゲットの古妖のせいで半径数百メートルほどが、異空間と化しているみたいだね。ううん? 異次元って言った方が正しいのかな?」
どうなんだろう? と久方 万里(nCL2000005)は首を傾げる。
どうやら、半径数百メートルに及ぶ、外界と隔離されたそのエリアからは、迷い込んだ男性以外の生物は存在しないようだ。
しとしとと、霧雨の降りしきる明かりの無い街中を、男が一人、彷徨っている。
一切の光源が存在しないというのに、不思議と数メートルほど先までなら、視界が確保できているのも不可思議だ。
「犯人は、たぶん(狐狸)の類だと思うのね。人に化けている上に仮面を被っているから、正確な外見や特徴、正体は掴めていないけど、どうやら(MP吸収)(呪い)(錯乱)なんかの状態異常を付与する技を使うみたい」
面の女は、絶えず場所を移動している。
その上、雨が女の奏でる笛の音を反響させているので、音を頼りに女の居場所を探るのも難しいだろう。
だが、元来そういう性格なのか、自身のテリトリーに侵入した者を観察する為、高所かつターゲットの姿を確認できる位置に居ることが多いようだ。
「男の人が力尽きるまで、あと一時間って所かな? それまでに、男の人を見つけて眠らせるか、異空間を形成している面の女を無力化するべきかな?」
姿を隠していようと、実態のある敵である。
動けば音もするだろう。殴ればダメージも与えられる。
けれど、この場は相手の作った、異空間。
「対策は考えて行くべきかもしれないね」
なんて、言って。
万里は仲間達を送り出した。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.面の女の撃破
2.男性の救出
3.なし
2.男性の救出
3.なし
今回は、異空間に迷いこんだ男性の救出と、面を被った女の古妖の討伐任務となります。
それでは、以下詳細。
●場所
とある街を模した異空間のような場所。生物はおらず、電気も通っていないため、ゴーストタウンのような印象を受ける。
半径数百メートルほどで、街にある神社の脇を伸びる通りを抜けると、この空間に出るようだ。
神社の正面から、行動は開始する。
辺りは真っ暗で、しとしとと霧雨が降りしきっているが、不思議と数メートルほど先までは様子がうかがえる。光源を確保すれば、更に遠くまで見通せるだろう。
割と栄えた街のようで、大きな通りや高いビルなどが乱立している。
●ターゲット
古妖(面の女)×1
狐狸の類と思われるパンツスーツ姿の女性。
真白い面を被っているため、表情は窺えない。手に携えた竹笛を奏で、常に移動している。
高所を好むようで、あまり積極的に攻撃を仕掛けてくるタイプではないようだ。
悪戯や謀略にこそ快楽を見いだす性質であるらしい。
彼女の形成した異空間には常に雨が降っている。
また、ある程度の近接戦闘もこなせるようだ。
【魔笛】→特遠列[呪い][混乱]
笛の音により、対象の精神にダメージを与える攻撃。
【吸精の面】→特近単[MP吸収]
ターゲットに仮面を被せ、MPを吸収する技。
それでは、皆さんのご参加お待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年09月28日
2016年09月28日
■メイン参加者 8人■

●異世界迷子
しとしと、しとしと。
音もなく、霧のような雨が降る。
現実世界から切り離された、光も人も存在しない不可思議な空間で、彷徨い歩く男が一人。仕事帰りに、何の因果か、このような空間へと連れ込まれ、半ば混乱した状態でかれこれ一時間ほど歩き続けている。
けれど、彼の体力が無尽蔵に続くわけではないのだ。
何処からともなく、笛の音が響く。
笛の音に導かれるようにして、男はぼんやりと歩を進める。
『……事切れるのも、時間の問題ね』
ビルの上から男を見下ろし、そう呟いたのは白い仮面で顔を隠した痩身の女であった。
ふと、笛を奏でる手を停めて、女は視線を後方へと向ける。
自身の作った結界の中に、何者かが侵入して来たことを察知したのだ。
『賑やかになりそう』
そう言って女は、くっくと肩を揺らして笑う。
「残り時間は一時間ほど。今、一瞬だけど古妖の気配がしたな。近くで私達のことを観察しているのか?」
暗い空へと視線を向けて『鬼灯の鎌鼬』椿屋 ツバメ(CL2001351)がそう呟いた。体内時計と同族把握のスキルによるものか、正確なタイムリミットと近くにいる古妖の存在が彼女には分かるのだ。
最も、近くにターゲット(仮面の女)が居るということが分かったとしても、空に反響する笛の音のせいで正確な位置までは把握できないのだが……。
「音で男を惑わす……か」
チラ、と『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は傍らを歩む『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)へ視線を向けて、苦笑いを浮かべた。
仮面の女は音を使って男を惑わせている。同じく音を使った攻撃を得意とする御菓子が、もしも仮面の女同様、音を悪さに使うような性質だったら……と、考えてしまったのである。
当の御菓子は、守護使役(カンタ)を空へと飛ばして索敵の目を増やす。それから御菓子は目を瞑り、鋭聴力を駆使して、男の足音が聞こえないか、と耳を澄ました。
「またこれは大変な鬼ごっことかくれんぼねぇ♪ じゃぁ、鬼として全力で悪い子にお仕置きしに行かなきゃねん♪」
愛用の刀に手をかけて、小首を傾げる『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)。笑顔の裏に敵意を隠し、夜空を見上げた。四方八方から響く笛の音に耳を澄ませるが、音の出所はやはり不明瞭なままだ。
それにしても、と赤祢 維摩(CL2000884)は溜め息を零した。
「狐狸の類か、化かすのは上手い様だな。異界探訪譚か、マヨヒガの類型か……。ふん、庄屋の家ならともかく、コンクリートジャングルではディストピア的だがな」
人工の光や、生物が存在しないことを覗けば、先ほどまで歩いていた街中とまったく同じ作りの異空間。けれど、幾ら歩いても目的地に辿り着けはしない。なんとも不可思議な空間である。
「進もう。濡れるのがめんどいけど、早くここに誘われた人を探さないと」
守護使役の放つ灯を頼りに、東雲 梛(CL2001410)は歩き始める。目深にフードを被り、降りしきる雨に濡れないように備えていた。
早々に、男性を見つけて保護せねば、命が危ない。
それが分かっているからこそ、梛の足取りは心持ち早いようだ。
「あと1時間か……早く眠らせてやらねえとな。俺らが見つけるまでの間、持ちこたえててくれよ」
「人を惑わせ弄び、あげくに生気を吸い取るなんて酷いですね……。男性を何としてでも助けてあげたいです」
焦りの表情を浮かべ『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は、腰に下げた大小へと手をかけた。斬るべき相手は目の前には居ないが、じっとしてはいられなかったのだ。
飛馬は元来、人を守ることに重きを置く性質である。守るべき、無力な一般人が危険な目に逢っていると知っては、黙っていられないのである。
じっとしていられないのは飛馬だけではない。『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)は翼を広げ、上空へと身を躍らせた。少しでも高く、広い視野が必要だった。
今も一人で彷徨う男を、少しでも早く見つけ出し、助け出すために……。
●発見と急襲
笛の音に導かれるように、ふらりふらりと歩いている。何故、自分がこんな所を歩いているのか。何故誰もいないのか。自分は何処へ向かっているのか。曖昧模糊とした意識。思考は纏まらない。体力も気力も、もう限界だ。
今にも気を失い、その場に倒れ伏してしまいそうなのに、どうして自分は歩いているのか。
そうだ……笛の音だ。
何処から聴こえてくるのか……。美しい戦慄に導かれ、自分は歩いている。
ここは……この暗い街には自分しかいない。
居ない、筈だったのに。
目の前に立っている、8人の男女は、だとしたら一体何者なのか……。
男性の虚ろな視線を真正面から受け、飛馬はぎりり、と歯を食い縛る。仮面の女は、男の状態を常に監視している筈、と思い至り、刀を引き抜き周囲へと視線を巡らせる。
男は明らかに正気を失っているではないか。そうさせたのは、仮面の女だ。怒りがふつふつと胸の内から湧き上がって、堪え切れない。
土の鎧を身に纏い「必ず守る」と、自分に言い聞かせるように、そう呟いたのだった。
周囲を警戒し、散開する仲間達を一瞥し維摩は素早く、男へ駆け寄る。
「無駄に動かれても邪魔だ」
手刀を一閃。男の首筋を素早く打って、その意識を刈り取った。
「消耗が激しいようですね。治療しておきましょう」
地面に倒れた男の元へ、澄香が駆け寄る。周囲に飛び散った淡い燐光が、男の身体へ降り注いだ。気を失い、唸り声をあげていた男の表情が和らぎ、安らかな寝息を立て始めた。
失われていた体力の幾分かは、回復したらしい。
維摩と澄香は、男性を守るように左右へと別れ、各々の武器を構える。
それと同時、ほんの一瞬だが鳴り響いていた笛の音が止まった。
「……そこか!」
その瞬間、同族把握の効果で、仮面の女の気配を察知したツバキが鎌を下段に構え、駆け出した。
ビルの影へと駆け込むと同時、チラリと見えた人影目がけ、大鎌を振るう。暗闇に浮かぶ三日月のような軌跡を描き、斬撃が放たれる。
『ぐっ……あああ!』
暗闇の中に、悲鳴が響き渡った。悲鳴に次いで、鋭い笛の音。大音量で鳴り響く笛の音に、近くに居た仲間達は耳を押さえて顔をしかめた。
至近距離で笛の音を叩きつけられたツバキは、白目を剥いて大きくよろける。
「音……なら、こっちも音でっ! 笛の音を攪乱できるかも!」
愛用のヴィオラを構え、御菓子が弓を構えた瞬間、ビルの影から飛び出して来た人影が、御菓子目がけて襲い掛かった。
「きゃっ!」
悲鳴をあげて後退する御菓子。腕が裂け、鮮血が散った。
御菓子に襲いかかったのは、虚ろな目をしたツバキである。大鎌を振り上げ、乱雑に振るう。正気を失い、混乱しているのだろう。
「……俺は惑わぬように、心を強く持たにゃいかんな」
加速し、ツバキの懐へ潜りこんだ義高は腕力を駆使して、大鎌ごとツバキを地面に押しつける。
御菓子は改めて演奏を開始し、笛の音を掻き消すことが出来ないか試みる。【ともしび】を持つ守護使役達が周囲に散開し、辺り一帯を光で包む。
光の中にほんの一瞬、スーツ姿の人影が見えた。
ビルの壁面を駆け上がるスーツ姿の人型を視線の端で捉えた輪廻が、それを追って駆け出した。
「そこねん♪ 逃がさないわよ」
非常階段を駆け上がり、仮面の女に飛びかかる。輪廻の身体からは蒸気が立ち昇っていた。灼熱化により上昇した体温が、降りかかる雨を蒸発させているのだ。
素早く放たれた三連撃が、仮面の女を空中へと弾き飛ばした。
「笛を構えたぞ……。耳を塞げ」
淡々と、冷静に。
仮面の女の動きを見極め、仲間へと指示を送る維摩は、それと同時に気を失った男を守るように移動する。維摩だけではない。飛馬もまた、二刀を構えて仲間達を守るように移動を開始した。
「おい。そこの面つけてる……ねーちゃん? でいいんだよな。なかなか趣味わりーことしてんじゃねーか。申し訳ないけど邪魔させてもらうぜ」
義高が抑え込んだツバキの元へ、澄香が向かう。混乱状態を解除する為だ。
笛の音を緩和しようと御菓子がヴィオラを掻き鳴らす。
「雨は嫌いじゃないけど……。その笛の音は頂けないな」
仮面の女の落下地点に駆け込む梛は、大きく棍を旋回させた。巻き起こされた風圧が、雨の雫を弾き飛ばした。
鋭く、重たい棍の一撃が仮面の女の胴を打ったのは、笛の音が鳴り響いたのと同時であった。
頭が割れる。意識が乱れる。視界が歪み、正気を保っているのさえ危うい。
唇を噛みしめ、意識を繋ぐ澄香の耳に、不気味な笛の音が届く。
けれど、それだけではない。美しいヴィオラの旋律が、僅かだが笛の音の中に聴こえているではないか。
意識を集中し、笛の音の中からヴィオラの旋律を探しだす。
そうしていると、不思議と乱れかけていた意識がヴィオラの音によって繋ぎとめられるような、そんな気がしていた。
意識を取り戻したツバキが立ち上がる。
大鎌を地面に引き摺り、頭を振った。仮面の女に斬りかかってから、ここまでの記憶が曖昧だ。足元には、疲れた顔をした澄香が座っている。
隣に立った義高は、僅かに自分のことを警戒したような表情で見つめていた。
スタン、と軽い音を鳴らして、輪廻が隣に着地した。着物が大きく翻り、真白い太ももが顕わになる。
笛の音を至近距離で叩きつけられた梛が、大きくよろけた。
その顔面に、真白い仮面が押しあてられる。梛の身体から、気力が吸い出されていく。得体の知れない気色の悪さが、梛の全身を包み込んだ。
梛と仮面の女の間に、飛馬が斬り込んだ。大小の刀を素早く操り、仮面の女を後退させた。その間に、梛は顔から面を引き剥がす。剥がされた面が音をたてて砕け散った。
「気をつけろ……。逃げようとしているぞ」
仮面の女の動きを観察していた維摩が、仲間達へと注意を促す。
万が一、ということもある。
逃げようとしている仮面の女だが、気紛れに意識を失った男へ攻撃を仕掛けることもあるかもしれない。
本来の狙いは、この男性の命なのだ。
なんとしてでも……自身の身の安全を投げ捨ててでも、罪のない一般人を守り通す必要がある。
澄香は、翼を広げ仮面の女から男を隠すように、その前に立ちはだかった。
ヴィオラを構え、演奏を続けながら御菓子もまた男の傍らへ。
「考え方が違うのだろう事は分かるのですが、理解し合う事はできないのでしょうか……」
消耗した仲間の回復をこなしながら、澄香は呟く。
「少なくとも、あの笛は奪うよ。二度とこんな悪さが出来ないように」
御菓子の奏でる音色に合わせ、淡い燐光が周囲に飛び散った。仲間達の気力を充填し、最後の一戦の準備を整える。
御菓子がヴィオラを奏で、澄香は仲間達を見守っている。
御菓子の奏でる戦慄と、仮面の女の笛の音。二つの音色が混ざり合う。
次の瞬間。
笛の音は、けたたましく鳴り響き、それと同時に仮面の女が駆け出した。
●悪い夢の終焉
仲間達を、笛の音色から庇うように飛馬が前へと飛び出した。
左右の刀を交差させ、背後に倒れた男や、その傍にいる御菓子、澄香を仮面の女の攻撃から守る。仮面の女は、笛から口を離すと、飛馬に向けて手を伸ばした。その手の内には白い仮面が握られている。
「おっと……。止めさせて貰うぞ」
太刀を前へと突き出し、器用に仮面を弾いて見せる。
掌を切られた仮面の女が後方へとよろけた。
仮面の女が姿勢を整えるより速く、ツバキが大鎌を振りかざし、跳んだ。
「まるで隠れんぼと鬼ごっこだ。子供の頃から得意な事だ、任せろ」
息も吐かせぬ斬撃の雨が、仮面の女を襲う。笛を吹く余裕もなく、仮面を取り出す暇もなく、仮面の女は防戦一方といった所だ。
それでも、紙一重の所で鎌の刃を回避しているのは、獣の反射神経によるものか。
仮面の女。正体は、狐狸の類であろう。斬撃に合わせ、素早く地面を蹴った。一瞬の間にツバキの懐へ潜り込む。擦れ違い様に、ツバキの顔面に仮面を被せ、気力を吸い取った。
「っと……。こっちに来やがる」
飛馬は、低く刀を構え防御の姿勢。御菓子はヴィオラを掻き鳴らし、澄香は素早く男の前へ。
再度、不気味な笛の音が響く。
「ぬぅぅう! 御ぉう!」
高速で駆ける仮面の女に合わせるように、義高が大戦斧を振り上げ、疾駆した。擦れ違い様に、斧による一撃を仮面の女へと叩き込んだ。
仮面の女は、咄嗟に身を伏せ義高の斬撃を回避する。完全には避けきれなかったのか、割れた仮面が宙へと散った。仮面が砕けると同時にピシリという硬質な音が響く。
暗い空に、罅が入った音だ。
「はい、タッチ♪ ……つーかまえた♪」
するり、と。
仮面の女の背後へ、輪廻が回り込む。仮面の女の肩に手を添え、鋭い足刀で足元を払う。
バランスを崩した仮面の女が、地面に叩きつけられる。
宙へ投げだされた笛に向かって、仮面の女が手を伸ばす。
「ふん、マヨヒガならば物を持ち帰れば幸運が訪れるというが、やはり大層なものでもないか」
そう言って、維摩は笛を掴む。一見して、何の変哲もない竹笛のようである。
それを維摩は握り砕いた。砕けた破片が地面に散らばる。
空へ向かって伸ばされた仮面の女の細い腕を、棘の生えた蔦が覆い隠す。仮面の女の身体を突き破り、急成長したその蔦は、梛の仕掛けた棘散舞であった。
大きく一度、仮面の女の身体が跳ねる。
雨に流れた女の血が、地面を赤く濡らす。
空が砕け、ほんの一瞬瞬きをするうちに、周囲はすっかり明るく、喧騒に満ちた街中の景色にかわっていた。仮面の女が作った異空間が、破壊されたのだ。
先ほどまで仮面の女の居た場所に、血に濡れた狐の死体が転がっている。
「なんとか終わった。あとはこの人を安全な場所に連れて行けば依頼は完成か。それにしてもだいぶ濡れた……」
雨に濡れた髪を描き上げ、梛は背後に倒れている男へと視線を向ける。
意識を失った男性は、時折苦しげに呻いている。
けれど、生きている。
異空間に彷徨っていた男性は生きている。
異空間を作り出した仮面の女は、息絶えた。
この夜の出来事は、悪い夢。
誰にも記憶されることなく、一匹の古妖が命を散らした、悪い夢だ……。
しとしと、しとしと。
音もなく、霧のような雨が降る。
現実世界から切り離された、光も人も存在しない不可思議な空間で、彷徨い歩く男が一人。仕事帰りに、何の因果か、このような空間へと連れ込まれ、半ば混乱した状態でかれこれ一時間ほど歩き続けている。
けれど、彼の体力が無尽蔵に続くわけではないのだ。
何処からともなく、笛の音が響く。
笛の音に導かれるようにして、男はぼんやりと歩を進める。
『……事切れるのも、時間の問題ね』
ビルの上から男を見下ろし、そう呟いたのは白い仮面で顔を隠した痩身の女であった。
ふと、笛を奏でる手を停めて、女は視線を後方へと向ける。
自身の作った結界の中に、何者かが侵入して来たことを察知したのだ。
『賑やかになりそう』
そう言って女は、くっくと肩を揺らして笑う。
「残り時間は一時間ほど。今、一瞬だけど古妖の気配がしたな。近くで私達のことを観察しているのか?」
暗い空へと視線を向けて『鬼灯の鎌鼬』椿屋 ツバメ(CL2001351)がそう呟いた。体内時計と同族把握のスキルによるものか、正確なタイムリミットと近くにいる古妖の存在が彼女には分かるのだ。
最も、近くにターゲット(仮面の女)が居るということが分かったとしても、空に反響する笛の音のせいで正確な位置までは把握できないのだが……。
「音で男を惑わす……か」
チラ、と『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は傍らを歩む『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)へ視線を向けて、苦笑いを浮かべた。
仮面の女は音を使って男を惑わせている。同じく音を使った攻撃を得意とする御菓子が、もしも仮面の女同様、音を悪さに使うような性質だったら……と、考えてしまったのである。
当の御菓子は、守護使役(カンタ)を空へと飛ばして索敵の目を増やす。それから御菓子は目を瞑り、鋭聴力を駆使して、男の足音が聞こえないか、と耳を澄ました。
「またこれは大変な鬼ごっことかくれんぼねぇ♪ じゃぁ、鬼として全力で悪い子にお仕置きしに行かなきゃねん♪」
愛用の刀に手をかけて、小首を傾げる『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)。笑顔の裏に敵意を隠し、夜空を見上げた。四方八方から響く笛の音に耳を澄ませるが、音の出所はやはり不明瞭なままだ。
それにしても、と赤祢 維摩(CL2000884)は溜め息を零した。
「狐狸の類か、化かすのは上手い様だな。異界探訪譚か、マヨヒガの類型か……。ふん、庄屋の家ならともかく、コンクリートジャングルではディストピア的だがな」
人工の光や、生物が存在しないことを覗けば、先ほどまで歩いていた街中とまったく同じ作りの異空間。けれど、幾ら歩いても目的地に辿り着けはしない。なんとも不可思議な空間である。
「進もう。濡れるのがめんどいけど、早くここに誘われた人を探さないと」
守護使役の放つ灯を頼りに、東雲 梛(CL2001410)は歩き始める。目深にフードを被り、降りしきる雨に濡れないように備えていた。
早々に、男性を見つけて保護せねば、命が危ない。
それが分かっているからこそ、梛の足取りは心持ち早いようだ。
「あと1時間か……早く眠らせてやらねえとな。俺らが見つけるまでの間、持ちこたえててくれよ」
「人を惑わせ弄び、あげくに生気を吸い取るなんて酷いですね……。男性を何としてでも助けてあげたいです」
焦りの表情を浮かべ『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は、腰に下げた大小へと手をかけた。斬るべき相手は目の前には居ないが、じっとしてはいられなかったのだ。
飛馬は元来、人を守ることに重きを置く性質である。守るべき、無力な一般人が危険な目に逢っていると知っては、黙っていられないのである。
じっとしていられないのは飛馬だけではない。『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)は翼を広げ、上空へと身を躍らせた。少しでも高く、広い視野が必要だった。
今も一人で彷徨う男を、少しでも早く見つけ出し、助け出すために……。
●発見と急襲
笛の音に導かれるように、ふらりふらりと歩いている。何故、自分がこんな所を歩いているのか。何故誰もいないのか。自分は何処へ向かっているのか。曖昧模糊とした意識。思考は纏まらない。体力も気力も、もう限界だ。
今にも気を失い、その場に倒れ伏してしまいそうなのに、どうして自分は歩いているのか。
そうだ……笛の音だ。
何処から聴こえてくるのか……。美しい戦慄に導かれ、自分は歩いている。
ここは……この暗い街には自分しかいない。
居ない、筈だったのに。
目の前に立っている、8人の男女は、だとしたら一体何者なのか……。
男性の虚ろな視線を真正面から受け、飛馬はぎりり、と歯を食い縛る。仮面の女は、男の状態を常に監視している筈、と思い至り、刀を引き抜き周囲へと視線を巡らせる。
男は明らかに正気を失っているではないか。そうさせたのは、仮面の女だ。怒りがふつふつと胸の内から湧き上がって、堪え切れない。
土の鎧を身に纏い「必ず守る」と、自分に言い聞かせるように、そう呟いたのだった。
周囲を警戒し、散開する仲間達を一瞥し維摩は素早く、男へ駆け寄る。
「無駄に動かれても邪魔だ」
手刀を一閃。男の首筋を素早く打って、その意識を刈り取った。
「消耗が激しいようですね。治療しておきましょう」
地面に倒れた男の元へ、澄香が駆け寄る。周囲に飛び散った淡い燐光が、男の身体へ降り注いだ。気を失い、唸り声をあげていた男の表情が和らぎ、安らかな寝息を立て始めた。
失われていた体力の幾分かは、回復したらしい。
維摩と澄香は、男性を守るように左右へと別れ、各々の武器を構える。
それと同時、ほんの一瞬だが鳴り響いていた笛の音が止まった。
「……そこか!」
その瞬間、同族把握の効果で、仮面の女の気配を察知したツバキが鎌を下段に構え、駆け出した。
ビルの影へと駆け込むと同時、チラリと見えた人影目がけ、大鎌を振るう。暗闇に浮かぶ三日月のような軌跡を描き、斬撃が放たれる。
『ぐっ……あああ!』
暗闇の中に、悲鳴が響き渡った。悲鳴に次いで、鋭い笛の音。大音量で鳴り響く笛の音に、近くに居た仲間達は耳を押さえて顔をしかめた。
至近距離で笛の音を叩きつけられたツバキは、白目を剥いて大きくよろける。
「音……なら、こっちも音でっ! 笛の音を攪乱できるかも!」
愛用のヴィオラを構え、御菓子が弓を構えた瞬間、ビルの影から飛び出して来た人影が、御菓子目がけて襲い掛かった。
「きゃっ!」
悲鳴をあげて後退する御菓子。腕が裂け、鮮血が散った。
御菓子に襲いかかったのは、虚ろな目をしたツバキである。大鎌を振り上げ、乱雑に振るう。正気を失い、混乱しているのだろう。
「……俺は惑わぬように、心を強く持たにゃいかんな」
加速し、ツバキの懐へ潜りこんだ義高は腕力を駆使して、大鎌ごとツバキを地面に押しつける。
御菓子は改めて演奏を開始し、笛の音を掻き消すことが出来ないか試みる。【ともしび】を持つ守護使役達が周囲に散開し、辺り一帯を光で包む。
光の中にほんの一瞬、スーツ姿の人影が見えた。
ビルの壁面を駆け上がるスーツ姿の人型を視線の端で捉えた輪廻が、それを追って駆け出した。
「そこねん♪ 逃がさないわよ」
非常階段を駆け上がり、仮面の女に飛びかかる。輪廻の身体からは蒸気が立ち昇っていた。灼熱化により上昇した体温が、降りかかる雨を蒸発させているのだ。
素早く放たれた三連撃が、仮面の女を空中へと弾き飛ばした。
「笛を構えたぞ……。耳を塞げ」
淡々と、冷静に。
仮面の女の動きを見極め、仲間へと指示を送る維摩は、それと同時に気を失った男を守るように移動する。維摩だけではない。飛馬もまた、二刀を構えて仲間達を守るように移動を開始した。
「おい。そこの面つけてる……ねーちゃん? でいいんだよな。なかなか趣味わりーことしてんじゃねーか。申し訳ないけど邪魔させてもらうぜ」
義高が抑え込んだツバキの元へ、澄香が向かう。混乱状態を解除する為だ。
笛の音を緩和しようと御菓子がヴィオラを掻き鳴らす。
「雨は嫌いじゃないけど……。その笛の音は頂けないな」
仮面の女の落下地点に駆け込む梛は、大きく棍を旋回させた。巻き起こされた風圧が、雨の雫を弾き飛ばした。
鋭く、重たい棍の一撃が仮面の女の胴を打ったのは、笛の音が鳴り響いたのと同時であった。
頭が割れる。意識が乱れる。視界が歪み、正気を保っているのさえ危うい。
唇を噛みしめ、意識を繋ぐ澄香の耳に、不気味な笛の音が届く。
けれど、それだけではない。美しいヴィオラの旋律が、僅かだが笛の音の中に聴こえているではないか。
意識を集中し、笛の音の中からヴィオラの旋律を探しだす。
そうしていると、不思議と乱れかけていた意識がヴィオラの音によって繋ぎとめられるような、そんな気がしていた。
意識を取り戻したツバキが立ち上がる。
大鎌を地面に引き摺り、頭を振った。仮面の女に斬りかかってから、ここまでの記憶が曖昧だ。足元には、疲れた顔をした澄香が座っている。
隣に立った義高は、僅かに自分のことを警戒したような表情で見つめていた。
スタン、と軽い音を鳴らして、輪廻が隣に着地した。着物が大きく翻り、真白い太ももが顕わになる。
笛の音を至近距離で叩きつけられた梛が、大きくよろけた。
その顔面に、真白い仮面が押しあてられる。梛の身体から、気力が吸い出されていく。得体の知れない気色の悪さが、梛の全身を包み込んだ。
梛と仮面の女の間に、飛馬が斬り込んだ。大小の刀を素早く操り、仮面の女を後退させた。その間に、梛は顔から面を引き剥がす。剥がされた面が音をたてて砕け散った。
「気をつけろ……。逃げようとしているぞ」
仮面の女の動きを観察していた維摩が、仲間達へと注意を促す。
万が一、ということもある。
逃げようとしている仮面の女だが、気紛れに意識を失った男へ攻撃を仕掛けることもあるかもしれない。
本来の狙いは、この男性の命なのだ。
なんとしてでも……自身の身の安全を投げ捨ててでも、罪のない一般人を守り通す必要がある。
澄香は、翼を広げ仮面の女から男を隠すように、その前に立ちはだかった。
ヴィオラを構え、演奏を続けながら御菓子もまた男の傍らへ。
「考え方が違うのだろう事は分かるのですが、理解し合う事はできないのでしょうか……」
消耗した仲間の回復をこなしながら、澄香は呟く。
「少なくとも、あの笛は奪うよ。二度とこんな悪さが出来ないように」
御菓子の奏でる音色に合わせ、淡い燐光が周囲に飛び散った。仲間達の気力を充填し、最後の一戦の準備を整える。
御菓子がヴィオラを奏で、澄香は仲間達を見守っている。
御菓子の奏でる戦慄と、仮面の女の笛の音。二つの音色が混ざり合う。
次の瞬間。
笛の音は、けたたましく鳴り響き、それと同時に仮面の女が駆け出した。
●悪い夢の終焉
仲間達を、笛の音色から庇うように飛馬が前へと飛び出した。
左右の刀を交差させ、背後に倒れた男や、その傍にいる御菓子、澄香を仮面の女の攻撃から守る。仮面の女は、笛から口を離すと、飛馬に向けて手を伸ばした。その手の内には白い仮面が握られている。
「おっと……。止めさせて貰うぞ」
太刀を前へと突き出し、器用に仮面を弾いて見せる。
掌を切られた仮面の女が後方へとよろけた。
仮面の女が姿勢を整えるより速く、ツバキが大鎌を振りかざし、跳んだ。
「まるで隠れんぼと鬼ごっこだ。子供の頃から得意な事だ、任せろ」
息も吐かせぬ斬撃の雨が、仮面の女を襲う。笛を吹く余裕もなく、仮面を取り出す暇もなく、仮面の女は防戦一方といった所だ。
それでも、紙一重の所で鎌の刃を回避しているのは、獣の反射神経によるものか。
仮面の女。正体は、狐狸の類であろう。斬撃に合わせ、素早く地面を蹴った。一瞬の間にツバキの懐へ潜り込む。擦れ違い様に、ツバキの顔面に仮面を被せ、気力を吸い取った。
「っと……。こっちに来やがる」
飛馬は、低く刀を構え防御の姿勢。御菓子はヴィオラを掻き鳴らし、澄香は素早く男の前へ。
再度、不気味な笛の音が響く。
「ぬぅぅう! 御ぉう!」
高速で駆ける仮面の女に合わせるように、義高が大戦斧を振り上げ、疾駆した。擦れ違い様に、斧による一撃を仮面の女へと叩き込んだ。
仮面の女は、咄嗟に身を伏せ義高の斬撃を回避する。完全には避けきれなかったのか、割れた仮面が宙へと散った。仮面が砕けると同時にピシリという硬質な音が響く。
暗い空に、罅が入った音だ。
「はい、タッチ♪ ……つーかまえた♪」
するり、と。
仮面の女の背後へ、輪廻が回り込む。仮面の女の肩に手を添え、鋭い足刀で足元を払う。
バランスを崩した仮面の女が、地面に叩きつけられる。
宙へ投げだされた笛に向かって、仮面の女が手を伸ばす。
「ふん、マヨヒガならば物を持ち帰れば幸運が訪れるというが、やはり大層なものでもないか」
そう言って、維摩は笛を掴む。一見して、何の変哲もない竹笛のようである。
それを維摩は握り砕いた。砕けた破片が地面に散らばる。
空へ向かって伸ばされた仮面の女の細い腕を、棘の生えた蔦が覆い隠す。仮面の女の身体を突き破り、急成長したその蔦は、梛の仕掛けた棘散舞であった。
大きく一度、仮面の女の身体が跳ねる。
雨に流れた女の血が、地面を赤く濡らす。
空が砕け、ほんの一瞬瞬きをするうちに、周囲はすっかり明るく、喧騒に満ちた街中の景色にかわっていた。仮面の女が作った異空間が、破壊されたのだ。
先ほどまで仮面の女の居た場所に、血に濡れた狐の死体が転がっている。
「なんとか終わった。あとはこの人を安全な場所に連れて行けば依頼は完成か。それにしてもだいぶ濡れた……」
雨に濡れた髪を描き上げ、梛は背後に倒れている男へと視線を向ける。
意識を失った男性は、時折苦しげに呻いている。
けれど、生きている。
異空間に彷徨っていた男性は生きている。
異空間を作り出した仮面の女は、息絶えた。
この夜の出来事は、悪い夢。
誰にも記憶されることなく、一匹の古妖が命を散らした、悪い夢だ……。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
