樹海に集う人々
【髑髏少女】樹海に集う人々


●風穴洞
「拙僧を切ったときはまだ人であられたが、橘さまは大層、剣の腕が立つ強い方だった。成り上がってからも鍛錬を怠らなかったのであろうな……いやはや、ここ数日、洞の外から拙僧に向けてきたあの殺気ときたら。あれに比べれば涼しいものよ」
 眩(クララ)は黙って大髑髏のつぶやきを聞いていた。洞の外には複数の人の気配があり、いずれも触れば燃え上りそうな殺気を発している。
 夜、風穴を訪れていた古妖のことは知らないが、表にいる連中がこちらと友だちになりたがっていないのは明らかだ。
 頭に手を伸ばし、黒髪のかつらを投げ捨てた。
「まもなく顔のない男が迎えに来る。眩、お前はいまのうちに『弟』を持って後ろから逃げなさい。礼を言うておこう。今日までありがとう」
「……ねえ、私とこのまま組み続けない?」
 大髑髏は静かに首を振った。
「どうして?」
「眩、お前の目指すところは覚者のため『だけ』の世界。人も妖も古妖も、すべてを切り捨てて新世界作るというたな。拙僧は古妖じゃ。己の不徳から殺され、成り上がってしもうたが、いまだに人間が好きじゃ。ゆえに……時を二十六年前に戻す手伝いをする」
 眩は白骨化した弟の大腿骨を頬に寄せ、撫でた。
 足の速い子だった。次のオリンピックには、日本代表として日の丸を背負って走りたい。空港で、別れ際に熱く夢を語っていた。半年後、まさか自殺の報を聞かされることになるとは――。
 旧世代の人類が。恨んでもうらんでも、恨みつくせない。一度は逃がしてやったが、あいつらもいずれは見つけ出して殺してやる。
「結界または穴を世界に広げようとするものと、それを閉じようとするもの。一緒にはやっていけぬ。さあ、行け。顔のない男は、夢見であるお前を迷わず殺すぞ」
「覚者たちが近くに来ているわ。目の前にいる男たちは、私と貴方の両方を殺すでしょう。もう一度いうわ。私と組んで。一緒に覚者たちと逃げましょう」
 大髑髏はまた静かに首を振った。
「拙僧がお前と逃げれば、今度こそ橘さまは迷うまい。寸分のためらいもなく剣を抜く。妻と子の仇の一人を討たんと、それこそ地獄の果てまで追ってこよう。それに、拙僧は……橘さまに切り殺されたあの日、顔のない男の夢を見た。二百年の時を越えて出会うために、成り上がったのじゃから」
 
●樹海 風穴洞の前
「準備はいいか? あの連中がここに来る前に夢見と古妖を始末する。その後、ついでだ。あの連中も片付けに行くぞ」
 部下の一人が森林火災を懸念して作戦の変更を進言してきたが、丸山勇気は一笑に付した。
 国立公園? 天然記念物? 知ったことか。どんな手段を用いてもバケモノは全滅させる。させなければならないのだ。人の……日本の平和と繁栄の為に。
「よし、火を放て! あの穴からバケモノどもをいぶりだすんだ」
「隊長!」
「なんだ、作戦決行中であるぞ」
「街に……この穴に通じる穴があるようです。火を放っても……逃げられます」
 丸山勇気は奥歯を強く噛んで顔を真っ赤にすると、報告にきた部下を力いっぱい殴りつけた。

●樹海  風穴洞の近く
 両脇で狐耳の双子が鋭い牙をむいた。
「ちょ……。何するんだろうね、あのバカたちは。こんなところで火をぶちまけるなんてさ」
 二尾の狐は駆けだそうとした双子の襟首をつかむと、背後に立つものを振り返った。
「アイズオンリーさま、燃え広がらないうちにさっさとやっちまいましょう」

●樹海の外れ
 覚者たちは、噺家が居座ってしまったビジネスホテルの前で立ち尽くしていた。
 この状況をどうしたものか……。
 みんなで話し合っているところに、五麟市から新たな覚者がやってきた。
 何かを叫びながら、険しい顔で駆け寄ってくる。

「樹海で、樹海で煙が上がっている!」


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:難
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.夢見の保護
2.古妖と憤怒者たちの撃破、または撃退
3.樹海の火災を消し止める
●STコメント
後編です。
前編の結果を受けて参加人数と難度が変わっております。
リプレイはビジネスホテルの前からスタートします。
よろしければご参加くださいませ。


●戦闘場所と敵
・富士山山麓、樹海にある風穴洞の前。足場悪し。
 憤怒者たちの手によって火が放たれ、樹海全体に燃え広がろうとしている。
 こちらにいる憤怒者は丸山勇気以下八名。
 ほかに古妖が四体いる。
・街、神社裏手の林にある横穴
 入口に憤怒者四名が展開中。
・風穴洞と横穴の中
 横穴から樹海の風穴洞まで6分の距離。
 暗い、寒い、足場が悪い。
 双方の入り口は狭いが、中に入ると大人三人が楽に並んで歩ける広さと高さがある。
 中には白骨ネズミ(妖、ランク1)が2体、うろついている。
・樹海近くのビジネスホテル
 六階建て。ごく普通のビジネスホテル。
 古妖・噺家が居座っている。噺家はこちらから攻撃しない限り無害。

【!!特殊!!】
 ビジネスホテルに宿泊していた覚者二名(前シリーズシナリオ参加者)が後編不参加の場合、NPC(モブ覚者)が閉じ込められた事となります。前シリーズシナリオ参加者が参加した場合は誰が閉じ込められたかを相談にて決めてください。
 噺家と呼ばれる古妖を二人または一人だけで倒すか、上手く交渉して噺家自身に結界を解いてもらうかの二通りしか出る方法がありません。
 
 なお、送受心・改をつかって連絡は取れます。


●時間
・夕方。
 ただし、樹海内はかなり暗くなってきている。
 憤怒者が広範囲に火を放ったため、光源は不要。
 神社裏の横穴から樹海を目指す場合は、光源が必要。

●夢見・髑髏少女
眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム。十六歳。日・スウェーデンのハーフ。
日本に戻ってきてから発現し、夢見の能力を得た。
弟を自殺に追い込んだ旧人類――発現していない人々を蔑み憎んでいる。
大髑髏に弟の遺骨を取られていたため、最初は仕方なく大髑髏に協力していた模様。

●古妖・大髑髏
二百年前、まだ人間だった噺家に切り殺されたさる寺の住職。
その後、なぜか古妖に成り上がって現代まで生き延びていた。
予知能力があるらしい。どのような予知能力かは不明。
眩と組むことにより、かなりの精度で狙った未来を読めていたフシがある……。
単体では夢見の能力に遠く及ばないと考えられる。
樹海の風穴洞にて『顔のない男』を待っている。

●妖・白骨ネズミ……2体。ランク1。
弱い。
街側の出口、神社の横穴にいる。

●憤怒者……12名 全員、鉄心もち。
樹海にいる隊長の丸山勇気のみ【癒力活性】と【烈波】の体術スキルを持っている。
8名が樹海に、のこり4名は街の横穴にいる。
 ・火炎放射器……物近・列/火傷
 ・対能力者用、ハンドガン……物近・単〔貫通〕
 ・対能力者用、振動ナイフ……物近・単/出血
 ・対能力者用、防護服……物理攻撃で受けるダメージを半減。

●古妖・二尾の狐、お栄。
樹海にいる。
 【狐の灯篭幻影】……神全/誘惑
 【葉吹雪】……物全/出血
 【狐の小太刀】……物単
 【二尾の狐】……自。二尾の狐の姿に戻る。本性を現し、全能力がアップする。

●古妖・狐耳の双子、お紺(コン)とお金(コン)
二尾の狐、お栄の子。
弱い。
樹海にいる。
 【噛みつき】……物単


●古妖・アイズオンリー
富士の樹海に古妖・大髑髏を迎えに来た。
能力不明。
古妖ノーフェイスに顔をはぎ取られた上に壊され、別人の顔をつけられてしまったことに絶望して自殺した国枝 加保留が成り上がったもの。
成り上がりには、別のものの意思が介在したようだが……。
なお、今つけている顔は別人の顔である。
【初出シナリオ:『<黎明>ノーフェイス』】

●古妖・噺家
二百年前に人から古妖に成り上がった。詳細不明。
大髑髏とは浅からぬ因縁があるらしい。
能力不明。強い。
【初出シナリオ:『【悪の鞘】善を笑う者』】

●その他
参加人数が埋まらなければ、覚者一人につきAAAの隊員が三名、戦力として追加されます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年09月07日

■メイン参加者 8人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)
『希望を照らす灯』
七海 灯(CL2000579)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『BCM店長』
阿久津 亮平(CL2000328)


「えっ?」
 『希望峰』七海 灯(CL2000579)は逼迫した叫び声に振り返った。
「火事だ!」
 着いたばかりのバスの窓から、『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)が首を出して叫んでいた。
「樹海から煙……火?」
 『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)が驚いていると、バスから緒形 逝(CL2000156と東雲 梛(CL2001410)が駆け出てきた。二人とも走りながら怒鳴っている。
「奥州ちゃんたちにホテルから電話してもらって!」
「もう地元の人たちが連絡しているかもしれないけど、とにかく早く!」
 翔は送受心・改を発動させると、ホテルに閉じ込められている『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)と『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)に樹海火災を知らせた。
 椅子に座って宿泊客たちと噺家の落語を聞いていた飛鳥が、慌てた様子でフロントへ走っていく。
 『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)は、ジュースを飲み干すと缶を握りつぶした。眺めている間にも、薄い色だった煙がどんどん黒くなっていく。
「何が起こっているの?」
「憤怒者だ。夢見の話じゃ大髑髏をあぶり出すために樹海に火を放っている。たぶん、あれがそう。それから古妖側にも新手が来ている」
 ありすに答える梛の声はとがっていた。
「出る前にこっちの消防に連絡したんだけど、取りあってもらえなかった。……くそっ!」
「ファイヴの名は何の突っ張りにもならんさね。いまはまだ、全国に数ある覚者組織の一つに過ぎないからね」、と逝。
 それよりも、と亮平は会話に割り込んだ。
 先行組に目を向け、ついでホテルのガラス窓へ視線を移す。窓際までやってきた一悟と目をあわせると、送受心・改を発動させた。
<「結界は解けそうなのかい?」>
 灯が首を横に振り、翔が答えた。
「朝からホテルの回りを調べてみたり、壊そうとしたり……色々やったたけど、解決策が見つからない。中じゃ、一悟さんと飛鳥が噺家を説得していたみたいだけど……」
<「こっちも全然ダメだ。あいつ、何を言っても笑って聞き流しやがる」>
 ありすは握りつぶしたアルミ缶をゴミ箱へ捨てた。
「ウダウダいってもしょうがないわ! 二人には悪いけど、夢見の保護と樹海の火消しが最優先じゃない? 民宿から姿を消している狐親子のことも気になるしね」
 ええ、と灯がありすの後を引き継ぐ。
「ここでこうしていても何も解決しません、急いで行動しないと! 樹海と街の出入り口、動ける者だけで二手に分かれて対処しましょう」
 亮平は再びガラス窓へ目を向けた。
 一悟の背後に、見覚えのある着物姿の男が立っていた。苦々しい顔をして腕を組んでいる。噺家だ。
<「阿久津さん、オレと飛鳥のことは気にせず行ってくれ。夢見を頼んだぜ」>


「お前さんたち、ずっと同じ顔ぶれで組んでいるのかい?」
 振り返った途端、一悟はすぐ目の前に苦い顔の噺家が立っていたので驚いた。いまにも体が触れてしまいそうなぐらい近づかれていたのに、まったく気配を感じていなかったのだ。
 慌ててさがると、今まで以上に険のある声が口から出た。
「あ?!」
「……いい加減にしなよ。いつまで喧嘩腰でいる。いい年をして、反抗期でもないだろう」
「絶賛、反抗期中だよ!」
「たく、しようがねえな。なにもこんなまどろっこしいことをしなくたって……お前さん、私がその気なら瞬き一つの間に死んでるよ」
 噺家は袖から手を出すと、こっちへおいでと一悟を招いた。くるりと背を向けて歩き出す。先に、のんきに抹茶パフェを食べる飛鳥がいた。
「こっち、こっちなのよ。電話の後でホテルの人に作ってもらったのよ。ちゃんと三人分あります。一緒に食べましょう。噺家さんのおごりなのよ」
 満面の笑み。
 一悟は飛鳥に毒気を抜かれてがっくりと肩を落とした。渋々と噺家のあとに従う。
 周りの人々も、ホテルが出したジュースや菓子をつまんでいた。ややぎこちないが、フロア全体が穏やかな雰囲気に包まれている。古妖に閉じ込められたと知った朝ほど、スタッフや宿泊客たちに怯えた様子はない。通りすがりの噺家に気安く声をかけ、落語をねだる人さえ出る始末だ。
「一休みしたらまたやらせて頂きますよ。――って、なんだって?」
「だから、なんでオレと飛鳥を閉じ込めて、そのまま居座った? 聞いただろ、樹海が火事だ。仲間の古妖を助けに行かなくてもいいのかよ」
 噺家は閉じた扇子の先で首の横をかいた。
「時間稼ぎの足止め。なにより、お前さんをあの方に会わせたくなかった。構わない、と言われたが、あの方は未だに……心の底じゃ躊躇われておられるようだったからね。兎のお嬢ちゃんはついで」
「ついでって言うな、なのよ!」
「あはは、御免ごめん。そうむくれなさんな、美人が台無しだ」
 噺家は、おだてられてコロリと機嫌を直した飛鳥の横に座った。スプーンを手に取り、抹茶アイスをすくう。
「あの方って?」
「もうしばらく大人しくしてな。国枝さまがあのくそ坊主を洞から連れだしたら、すぐ結界を解いてやるよ」


「どうやら憤怒者も横穴の事を知ってしまったようですね……」
 灯と翔の二人が境内裏に駆けつけてみると、憤怒者の一人が横穴をふさぐ木の柵に手をかけていた。
「一人でも逃せば後々面倒になります。逃さないように素早く片付けてしまいましょう!」
「わかった!」
 翔は覚醒すると、懐からスマートフォンを取り出した。液晶画面に雷獣召喚の電子護符を呼び出し、敵に向けて光らせる。
「雷獣招来!」
 日本全土を覆う電波障害のために通信機能こそ使えないが、翔はご利益のある様々な護符をダウンロードして携帯し、画面に表示させて活用していた。
 曇った空からギザギザの閃光が駆け下る。木の板を手にした憤怒者の頭に落ちて、全身を激しく痙攣させた後、地に抜けて消えた。
 残り三人の憤怒者が、瞬時に武器を構えて横穴前の空き地に散開した。
「お前たちも気づいたのか!」
「私たちのほうが先に見つけていました」
 灯はいささかむっとしながら、二つの鎖分銅を立て続けに振るって地面に亀裂を走らせた。
 闇刈の斬撃で向かって左側に展開していた憤怒者を真ん中へ逃がし、あとで振るった鎖分銅の斬撃が真ん中にいた憤怒者もろとも切り裂く。痺れが発動したようで、二人同時に両ひざを落とした。
 火炎放射器が火を噴く。
 長く伸びた炎が、距離を詰めようと走っていた翔の前髪をなめ焼いた。
「あ、あぶね! 火事になったらどうするんだよ!」
「知るか!」
「なら仕方がねえ。悪いけど急いでるんだ。殺しはしねーけど遠慮もしねーぞ!」
 翔はスマホから波動弾を飛ばした。
 神秘の力で増幅された電子の弾が、火炎放射器を構え持つ男もろとも、後ろで木の板を手に立ち上がった男を貫く。
 膝立ちになっていた憤怒者たちが、二人同時に発砲してきた。
「七海さん!」
「だ、大丈夫です。どうやら物理攻撃が効きにくいようですね……。ならば手数で補うまで!」
 利那、翔の耳元を風切るような摩擦音がかすめた。本能的に首をすくめてしまったが、立て続けに放たれた斬撃は翔を狙ったものではなく、膝立ちの憤怒者たちを狙ったものだった。
 さらに続けて二撃が憤怒者に入り、着ていた防護ベストをズタズタにした。
 後ろからハンドガンの援護を受けて、火炎放射器を持った憤怒者が立ち上がる。
「手加減しねえっていっただろ?」
 薄闇に満ち始めた時の中で、地に落ちる光は月――ではなく、星のものだ。
 脣星落霜。翔は夜明けに残る星ではなく、これから昇る星々の光を憤怒者たちの頭上に集めて降らせた。
「行こうぜ、七海さん」
 黒々とした闇を見せる穴の中へ入り、全力で走る。草木が焦げたような臭いが漂い始めると、前方に人影と赤い火が見えた。怒声ともに、岩が砕けるような音も聞こえてくる。
 洞窟内をうろついていた白骨ネズミ二体を鎌の先につけた分銅で粉砕すると、灯は発光を弱めた。
「もう大丈夫ですよ」
 袈裟を纏った大きな骸骨の後ろから、金髪の少女が出てきた。腕に太い骨を抱いている。
「眩・ウルスラ・エングホルムさんですね。私はファイヴ所属の覚者、七海です。貴女を保護しに来ました」
「オレは成瀬翔。オレ達は眩と大髑髏、どっちも助けに来たんだ。仲間が時間を稼いでくれているうちに逃げようぜ」
「私の名前……ふうん。なかなか優秀な夢見がいるのね。いいわ、行きましょう」
 眩は翔と灯の間を抜けると、そのまま歩き出した。
「ち、ちょっと待ってください。まだ大髑髏さんが」
「彼は来ないわよ。諦めて。それとも、いまここで殺す?」
 立ち止まり、首だけで振り返った眩の顔は影に隠れてよく見えない。
「仲間の命と引き換えにしてもいいのなら。好きにすれば。私は止めないから」
「オレ、できたら古妖とも仲良くできたらいいなって思ってる。眩、お前もそれを望んでんじゃねの? ――って。おい、待てよ!」
 望んでないわ。そう云い捨てて、眩は弟の遺骨とともに闇の中へ消えて行った。


 大髑髏に戦闘能力なし。あるいは、街にやった連中がしくじってすでに逃げてしまった後か。
 いずれにせよ、退路を確保するためにも風穴洞を背にした方が有利と踏んで、丸山勇気は古妖と覚者たちがぶつかったタイミングで部下たちに移動を命じた。
「しまった!」
 憤怒者たちに先を越されてしまった。亮平はぐっと奥歯をかみしめた。烈空波で炎に包まれた幹を切り倒し、風穴洞への道を切り開く。
 踏み出した足の先に、びしりと苔の下の溶岩をも割り砕く斬撃が入った。顔を上げると、漆黒のマントを纏った仮面の男が炎を背にして立っていた。片目だけが開けられた白面は冷ややかで、覗き見える紅い瞳からは何の感情もうかがえない。
 すでに交渉は終わっていた。
 自ら未熟者と称し、いまだ『親』の域に達しておらず、偽りの面を取り外すことができないと、仮面の男、アイズオンリーは洞から発せられた誰何に答えていた。ゆえに、ノーフェイスではなく、アイズオンリーと名乗っているのだと。
 そのときになって初めて、亮平は仮面の古妖がかつて仲間とともに命を救った男だと知った。
「ま、待ってください、国枝さん。俺たちは貴方たちと戦うつもりはない」
「とりあえずは、かな?」
 仮面から発せられた冷ややかな声が周囲の熱気を払う。
 亮平は図星を突かれて喉を詰まらせた。が、すぐに気を取りなおした。
「あなたの『ありがとう』という伝言を仲間から聞きました。だけど俺は……俺たちは、あなたの顔も、心も……救えなかったようですね」
「さっきから黙って聞いてりゃ鬱陶しいんだよ! 戦わないならさっさとお帰り! アイズオンリーさまも。子供たちを連れていって、かわりに噺家を寄越してくださいな」
 お栄はふさふさした二尾を勢いよく振うと、燃える葉を風に巻き上げて吹雪かせた。
 覚者、憤怒者の区別なく、燃える葉に切り刻まれる。
 仕返しとばかりに憤怒者たちが一斉に火を放った。こちらもやはり、覚者と古妖の区別なく手あたり次第に攻撃してくる。
「やっぱりめんどくさい事になった……」
 梛は「ごめん」と口の中で小さくつぶやくと、燃える樹齢幾百の樹海の木々からわずかに残った生命力を集めて凝縮し、仲間たちに生命の再分配を行った。
「なんだい、あいつらが着ているあの妙な半纏は! あれのせいで殺しきれないよ」
「あははは、あれは防護ベストっていうものさね」
 半纏じゃないよ、と岩の鎧をまとった逝がお栄の前へ躍り出た。覚醒して長く戦闘機の翼のように伸びた腕を振るって、火炎放射器の先を切り落とす。返す刀で、横一線に地をはうような斬撃を飛ばし、憤怒者たちを打ちのめした。
 不満を訴えて、妖の気を放つ日本刀が逝の左腕全体を震わせる。
「どうどう、堪えておくれ悪食ちゃん。一応、人殺しはダメだからね。一応」
「ありがとうね、虚無僧の旦那」
「こ……って、いくら古妖でも、もうちょっと現代用語に慣れ親しんだ方がいいとおっさんは思うぞ」
 子狐たちを両足にまとわりつかせたありすが、部下の後ろで声を張り上げている丸山の頭の上を狙って炎の塊を投げつけた。
「はっ、どこを狙っている! 目を三つもつけている意味がねぇな!」
 罵声を無視して次々と火の玉を投げ続けていると、洞の縁にひびが入り、溶岩が音をたてて崩れ落ちた。丸山と近くにいた部下も巻き添えになって下敷きになった。
「愚かな『人間』達。因果応報よ、その身に受けなさい!」
 頬を煤で汚した子狐たちが、岩の下でもがく人間たちを見てきゃっきゃっとはしゃぐ。
「あー、つよい!」
「あー、すごい!」
「お前たち、敵になついてんじゃないよ。殺すときに辛くなるだろ。さあ、早くアイズオンリーさまと行きな」
 母親に叱咤されて、子狐たちは渋々ありすから離れた。
 ありすもまた、「離れて」と子狐たちの背を優しく押しやった。
 主が両腕に子を抱えたのを見届けて、お栄が再び尾を振り払う。
 火の粉を散らして舞い吹雪く木の葉の中から、三体の古妖を乗せた絨毯――これもまた古妖が飛び立つ。
「待ってください、国枝さん! 武器を集め、古妖を集め……あなたは一体、何を成そうとしているのですか!?」
 無情にも葉吹雪が強まり、絨毯は梢の向こうへ飛び去って行った。
「お栄さん、お願いやめて! 少しお話しましょう?」
「話し合いだ? いいね、好きなだけ地獄でやりやがれ!」
 岩の間から這いだし、丸山の癒力活性によって息を吹き返した憤怒者たちが、横一列になって一斉砲撃を開始した。
 亮平は気持ちを切り替えると、最前で凶弾を受けている逝に癒しの滴をかけた。
 ようやく、空気を叩く重いブレード音が西から複数近づいてきた。水を満載した消防ヘリが上空から散水を開始すると、あたりに白い煙が立ち込めた。
 梛は白煙に紛れ、横から憤怒者の一人に鋭い回し蹴り踵を入れて戦闘不能にし、洞窟の中へ駆け込もうとした丸山の肩に手をかけた。
 拳を振り上げ振り返った丸山の顎へ、手にしていた消火器を思いっきり叩きつける。
 丸山はふらつくも、四股を踏ん張って転倒を堪えた。
「へえ、なかなか頑張るな。なら、これはどうだい?」
 守護使役のまもりから銀雪棍を受け取ると、くるりと回し構える。
「痛みに悶え、舞え!」
 防護ベストの隙間を狙い、振り抜いた銀雪棍から棘を持つ蔓草の種子を撒いた。肌に、衣服に、付着した種は瞬時に芽吹き、伸びた蔓が丸山の全身をトゲで刺す。
 丸山は激痛にのたうち回り、気を失って倒れた。
「さて、と」
 まもりに灯をつけさせると、梛は奥に座したまま動かぬ大髑髏と対峙した。
「ねぇ、あんたのその予知能力に興味があるんだけど、俺に教えてくれない。あんたが助けたあの子を助ける為にもさ」
「さて、教えを請われても困る。これは意図して授けられるものではないのでな……」
「へえ、そう……」
 洞の外で、逝が悪食を振るう風切り音が鳴った。
 梛はしばらくの間、大髑髏とにらみ合っていたが、やがて溜息を一つ落とすと、ふいっと体をひるがえして洞を出た。


「神殺し。あるいは仏殺し」
 はあ、と一悟は素っ頓狂な声を上げた。
「さっきの世界征服のお話しもそうですが、噺家さん、盛りすぎなのよ」
 飛鳥が隣からぺしぺしと噺家の太ももを叩く。
「いや~、でも本当のことだしね。とりあえず私たちは時を二十六年前に戻すよ。異能者や妖を一掃したそのうえで、古妖による支配体制を敷く」
 だからファイヴを抜けて、人に戻る日までおとなしく暮らしていろ、と噺家は凄みの効いた声で言い放った。
「ふ、ふざけんな!」
「なら聞くが、お前さんたちファイヴとやらは一体何が目的なんだい? 神秘研究とかいいつつ、正義の味方を気取って暴れまわっているだけじゃないか」
「そんなことない。オレたちは……オレたちは……」
 言いよどむ一悟を尻目に、噺家は顔つきを一変させて立ち上がる。
 ホテルに閉じ込められている誰もが、ぽん、と耳から空気が抜けたような痛みを一瞬、感じた。
「あ、狐ちゃんたちなのよ!」
 自動ドアが開き、外から狐耳の女の子二人と、シルクハットと白面を手にした青年が入って来た。結界が解けたらしい。
 噺家は青年に深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「いえ、私がもっと早く――」
「国枝さん? 国枝さんだよな?」
 一悟が割り込んだことで、青年は気を振るい立たせたようだった。一悟から目をそらすと、下がった眉をきりりとあげ、頭を垂らす噺家に威厳を込めた声で命令を下した。
「今すぐ樹海へ向かってください」
「はっ」
 噺家は頭を上げると振り返り、一悟と飛鳥に「よし、行くぞ」と言った。
「えっ? いや、オレと飛鳥は」
「私がここにお前さんたちを残していくわけないだろ」
「ですよね~、なのよ」
 飛鳥はホテルを飛び出すと、広げられ浮いたままになっていた絨毯に飛び乗った。


 覚者たちは、二尾の狐本来の姿に戻って大暴れするお栄から気絶している憤怒者たちを庇うのに必死で、大髑髏への攻撃まで手が回らなかった。
 そこへ一悟と飛鳥を連れた噺家がやってきて、力の均衡が崩れた。
 たとえ全員の気力体力が万全であったとしても、人を守りながら噺家と二尾の狐を倒すのは難しかっただろう。
 互いに矛を収め、それぞれが胸に思いを秘めながら、残り火を消してまわった。
 覚者たちは夢見を保護し、大髑髏は噺家たちとともにいずこかへ飛び去って行った。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです