【紳士怪盗】シンフォニーダイアを盗み出せ
●依頼人ジョン・スミス
オレンジ色のライトが揺れるバーのカウンターに腰掛けると、何も言わずにウィスキーが出された。
美しい色と香り。
いぶかしんでいると、横から声をかけられた。
「ヒビキは嫌いだったかな?」
眼鏡をかけた老紳士だ。
ダンヒルのスーツをぴったりと着こなし、帽子を被った姿はどこかイギリス紳士を彷彿とさせるが、口ひげをたくわえたれっきとした日本人である。
「あんたが依頼人か?」
問いかけると、老紳士はニヒルに口元を歪めた。
黙って名刺を取り出し、カウンターを滑らせてくる。
行儀もあったものではないが、不思議とその仕草には気品があふれていた。
ウィスキーのグラスで止めると、こちらの名刺も同じように滑らせる。
滑りきらずに途中で止まった名刺には、AAAの調査員という肩書きと彼の名前が書かれている。
「あんた、仕事は」
グラスを持ち上げる。
『ジョン・スミス』という明らかな偽名と共に、おかしな肩書きが書かれていた。
老紳士が笑う。
「泥棒と少々」
老紳士ジョン・スミスの話はこうだ。
「ある美術館に展示されているダイヤモンドを、私の作った贋作とすり替えていただきたい」
「なんでAAAが泥棒の片棒なんざ……」
呆れ声のこちらに、老紳士は調子をまるで変えない。
高級そうなファイルに入った資料を滑らせてくる。
「シンフォニーダイア。古くから取引されていた高級な宝石ですが……これが怪異の品でしてね」
「…………」
怪異の宝石は話題にことかかない。
持ち主が不幸になるダイヤモンドを筆頭に、魂が座れるルビーだの願いが間違った形で叶うサファイアだのだ。
「このダイヤを持っているとどうなる」
「行方不明になって死ぬそうです」
思わずため息が漏れた。
話にある美術館の周辺では十数年前から行方不明事件が続いている。他よりも明らかに多い数でだ。
勿論調査に出ていたが、まさかその犯人が物言わぬ宝石の呪いだとは……。
「そういうのは警察にでも言ったらどうだ」
「ダイヤが呪われているので偽物と変えてくださいと? ご冗談を。それに――」
「呪いのダイヤを展示していたなんて噂が広まれば美術館の関係者全員が人殺し扱い、ってわけか」
古妖や妖が関わる事件で一番厄介なのは、関係者のその後だ。
人間のルールで扱えない分、身近な人間に責任をなすりつけてしまう。
分別のある奴なら理解してくれるが、多くの人が古妖や妖に詳しいわけじゃない。
「けど不思議だな。そこまで分かっててどうしてアンタはこんな所でウィスキーなんて飲んでるんだ?」
「痛いところを突かれてしまいましたね」
老紳士は笑って、椅子を90度回してこちらに向けた。
彼の右足は酷いギプスに覆われ、松葉杖がカウンターにかかっている。
「あんた……」
「とっくに引退しました。それに非覚者では、その……限界がね」
老紳士は肩をすくめ、人間臭く笑った。
●シンフォニーダイヤを盗み出せ
「それでAAAは古妖性宝石を秘密裏に盗み出す計画を立てたんだが……こういった任務に適切な人員をさくことができなかった。
基本的にAAAは対妖戦闘組織だからな。
そこで、人材の豊富なファイヴへと希望が託されたというわけだ」
ファイヴ会議室。中 恭介(nCL2000002)は資料となる美術館の見取り図を広げた。
「警備員の巡回ルート。侵入に適した通路。体重感知センサーの位置などが把握されているが、これらはあくまで非覚者が盗みに入る場合のデータだ。
覚者として様々な特殊スキルを持つ皆には、必要ない情報かもしれないな」
依頼人の老紳士は今回の手際でこちらを見極め、他の仕事も依頼しようとしているらしい。
つまり、今回は覚者にとっては簡単な盗みということだろう。
「細かいところは選抜メンバーの間で話し合ってくれ。互いのスキルを活かせると思う」
オレンジ色のライトが揺れるバーのカウンターに腰掛けると、何も言わずにウィスキーが出された。
美しい色と香り。
いぶかしんでいると、横から声をかけられた。
「ヒビキは嫌いだったかな?」
眼鏡をかけた老紳士だ。
ダンヒルのスーツをぴったりと着こなし、帽子を被った姿はどこかイギリス紳士を彷彿とさせるが、口ひげをたくわえたれっきとした日本人である。
「あんたが依頼人か?」
問いかけると、老紳士はニヒルに口元を歪めた。
黙って名刺を取り出し、カウンターを滑らせてくる。
行儀もあったものではないが、不思議とその仕草には気品があふれていた。
ウィスキーのグラスで止めると、こちらの名刺も同じように滑らせる。
滑りきらずに途中で止まった名刺には、AAAの調査員という肩書きと彼の名前が書かれている。
「あんた、仕事は」
グラスを持ち上げる。
『ジョン・スミス』という明らかな偽名と共に、おかしな肩書きが書かれていた。
老紳士が笑う。
「泥棒と少々」
老紳士ジョン・スミスの話はこうだ。
「ある美術館に展示されているダイヤモンドを、私の作った贋作とすり替えていただきたい」
「なんでAAAが泥棒の片棒なんざ……」
呆れ声のこちらに、老紳士は調子をまるで変えない。
高級そうなファイルに入った資料を滑らせてくる。
「シンフォニーダイア。古くから取引されていた高級な宝石ですが……これが怪異の品でしてね」
「…………」
怪異の宝石は話題にことかかない。
持ち主が不幸になるダイヤモンドを筆頭に、魂が座れるルビーだの願いが間違った形で叶うサファイアだのだ。
「このダイヤを持っているとどうなる」
「行方不明になって死ぬそうです」
思わずため息が漏れた。
話にある美術館の周辺では十数年前から行方不明事件が続いている。他よりも明らかに多い数でだ。
勿論調査に出ていたが、まさかその犯人が物言わぬ宝石の呪いだとは……。
「そういうのは警察にでも言ったらどうだ」
「ダイヤが呪われているので偽物と変えてくださいと? ご冗談を。それに――」
「呪いのダイヤを展示していたなんて噂が広まれば美術館の関係者全員が人殺し扱い、ってわけか」
古妖や妖が関わる事件で一番厄介なのは、関係者のその後だ。
人間のルールで扱えない分、身近な人間に責任をなすりつけてしまう。
分別のある奴なら理解してくれるが、多くの人が古妖や妖に詳しいわけじゃない。
「けど不思議だな。そこまで分かっててどうしてアンタはこんな所でウィスキーなんて飲んでるんだ?」
「痛いところを突かれてしまいましたね」
老紳士は笑って、椅子を90度回してこちらに向けた。
彼の右足は酷いギプスに覆われ、松葉杖がカウンターにかかっている。
「あんた……」
「とっくに引退しました。それに非覚者では、その……限界がね」
老紳士は肩をすくめ、人間臭く笑った。
●シンフォニーダイヤを盗み出せ
「それでAAAは古妖性宝石を秘密裏に盗み出す計画を立てたんだが……こういった任務に適切な人員をさくことができなかった。
基本的にAAAは対妖戦闘組織だからな。
そこで、人材の豊富なファイヴへと希望が託されたというわけだ」
ファイヴ会議室。中 恭介(nCL2000002)は資料となる美術館の見取り図を広げた。
「警備員の巡回ルート。侵入に適した通路。体重感知センサーの位置などが把握されているが、これらはあくまで非覚者が盗みに入る場合のデータだ。
覚者として様々な特殊スキルを持つ皆には、必要ない情報かもしれないな」
依頼人の老紳士は今回の手際でこちらを見極め、他の仕事も依頼しようとしているらしい。
つまり、今回は覚者にとっては簡単な盗みということだろう。
「細かいところは選抜メンバーの間で話し合ってくれ。互いのスキルを活かせると思う」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.ダイヤを盗み出す
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
全4~5話構成を予定しています。
今回の依頼でクリアするべき要素がいくつかあります。
皆で役割を分担し、目的のダイヤを盗み出しましょう。
要素は以下の通り。
1:警備員の足止め
巡回警備員は三人います。巡回する隙をつくのは難しいので、このうち一人だけを足止めしましょう。色仕掛けやウザいからみ等色々方法はあります。
最悪殴り倒すという手もありますが、後で面倒になるかもしれません。
2:展示室への侵入
窓のセンサーを殺す方法を教わっているので二階のスタッフ用の窓から侵入して一階の展示室まで行くことができますが、もし物質透過などのスキルを有していたなら(内側からロックを外すなどして)容易に忍び込むことができるでしょう。
3:贋作とのすりかえ
ダイヤの箱を開き、贋作とすり替えます。
このときダイヤの周囲に体重を感知するセンサーがはりめぐらされています。床を歩かずに飛行もしくは面接着、蜘蛛糸などを利用しましょう。
※このときあえて別の宝石を盗んでおきましょう。後々侵入がバレた時に狙いが別にあると思わせるためです。ちなみにこれは後でこっそり返却します。
4:警備員の撃退
盗みを働いたところで警報が鳴るので、思いっきり逃げましょう。
警報を聞きつけた警備員が数名駆けつけますが、これを一時的に撃退するメンバーが必要になります。
覚者一人でも充分ですが、二人居ると更に安心です。
5:現場からの逃走
逃げる段階になったらもう戦闘とかしてる場合じゃないので、用意した車両でガンガン逃げることになります。
運転能力の高いメンバーがいると非常に心強いでしょう。
これらの役目を六人で分担します。
あっちこっちの役割を兼任しようとするといざというときのトラブルに対応できなくなるのできっちり自分の仕事をこなしましょう。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年09月04日
2016年09月04日
■メイン参加者 6人■

●泥棒の下調べ
薄暗く物静かな空間に、ぼんやりと照らし出された宝石細工が展示されている。
心臓の断面を模した彫刻に、血流にそう形ではめ込まれた小さなルビー。中央にはめ込まれているのは中でもひときわ美しいルビーで、動脈側に行くにつれて赤みを増す様は芸術以外の何物でも無い。
「おお……」
『史上最速』風祭・雷鳥(CL2000909)はショーケースに張り付かんばかりの距離から、『スィートハート』と題されたその美術品を凝視していた。
二階堂宝石美術館。ただでさえ高価な宝石を使ったジュエリーアートを主に扱う美術館で、当然ながら入館料もなかなかに高い。
「美しいでしょう? バブル崩壊以降は美術館そのものの人気が落ちて、慢性的な経営不振に陥っていると聞きますが……美術品の輝きが損なわれるものではありません」
穏やかに微笑む老紳士。ジョン・スミスと名乗る、今回の依頼人である。
今は美術館の下調べもかねて美術館を見て回っていた。地味に老紳士の奢りである。
「しかし名刺に泥棒と書くとは……長生きできそうに無いな」
苦笑する八重霞 頼蔵(CL2000693)に、老紳士は肩をすくめた。
「それが意外と、長く生きました」
「その口ぶりだと、若い頃から盗みを働いていたようだが?」
「はて?」
互いを探り合うような何気ない会話。そんなふりをして、頼蔵は要領よく美術館の端々を観察していた。
警備員はICカードと係員の目視確認によってスタッフルームを通っている。見たところ展示室とスタッフルームを繋ぐ扉は一つだけで、非常口を覗いては屋内外の通行をかなり制限しているようだ。
制服は一般的な警備会社のもので、特徴らしい特徴は会社のロゴくらいなものだった。
(これなら偽造も簡単そうだ。問題はICカードだが……自力でなんとかするしかないだろうな)
一方、『怪盗ラビットナイト』稲葉 アリス(CL2000100)と『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)は無数の宝石をはめ込んだ王冠に目をキラキラさせていた。
「誕生日プレゼントはこれがいい……」
「ぬ、盗んだらダメだぞ?」
「まだ盗まないぴょん」
目つきを一瞬だけ変えてニヤリと笑うラビットナイト。
その本物めいた目つきに、フィオナは軽く気圧された。
「本物の怪盗に、探偵にメイドさん……改めてすごいメンバーだ」
残りは花屋と騎士と自称無職というカオス具合である。
七人の○○的展開でもなければ集まらない顔ぶれだろう。
「いかに私といえども、流石に泥棒の経験はありませんよ。撃退する側であれば業務の範疇ですが……」
後ろでぽつりと呟く『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)。
小柄な子供たちが談笑しているようにみせかけて、ちゃっかりと天井や壁の様子に目を光らせていた。
展示室は薄暗い状態を保つためにか天井は低く、小型のLEDライトを設置するためにボルト固定式のレールを天井のあちこちにつり下げていた。
屈強な握力か、もしくは瞬間的に着脱可能なロープでもあれば天井を移動することも可能になるだろう。
古い美術館である。建設当時は絶対的なセキュリティを誇っていても、近代化の波に幾度もさらされれば隙が生まれてしまうものだ。
たとえば建設が100年前であれば送電配置。30年前であれば無線装置の代替設備あたりが隙になる。
「で、これがシンフォニーダイヤか……見た目はただの美術品なんだがな」
『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は展示されているシンフォニーダイヤを見て唸った。目を模した彫刻の中央にダイヤモンドをはめ込んだという品で、じっと見ていると飲み込まれそうな迫力があった。
「こいつが行方不明の原因とは、ぞっとする話だぜ。話の真贋やなんかはあるにせよ、まずは……だな」
「ええ。期待していますよ」
いつの間にか老紳士が後ろに立っている。義高は『おどかすな』と苦笑しながら振り返った。
●シークレットナイト
泥棒は夜の間にせよ。
多くの人は明日の仕事や学校に備えて寝ているし、太陽も無くおかげで遠くへ離れた時に見つかりづらい。
それになにより、こういうときに起こる不思議現象はオバケにせいにしやすい。
「な、なんだ……おまえ……お、俺……?」
警備員は、自らとそっくりな人間が無表情で自分を見つめている光景に唖然としていた。
生き別れの兄弟。ドッペルゲンガー。幽体離脱。オカルトな妄想が脳内を瞬く間に浸食し、『叫びながら逃げる』という原始的な行為すら破棄させた。
自分そっくりな誰かが、額に手を翳しながら言う。
「大人しく拘束されたまえ。その後も、大人しくしているように」
「……は、はい」
自分が何を言っているのか、何が起こっているのか、まるで分からぬまま、勤続7年の若い警備員は掃除用ロッカーの中に押し込められた。
「ふむ」
ロッカーを閉じ、窓ガラスを見る警備員。
顔がぐにゃりとゆらぎ、本来の顔……つまり雷蔵の顔へと変化した。
昼間に行なった観察の中で、頼蔵の背格好に近い男に目をつけていたのだ。夜間の警備に配置されているかどうかは賭けだったが、別にいないならいないで別のやり方がある。
問題は声色やしぐさの違いだが、相手を動揺させるには充分だ。
「……」
頼蔵は自分の映った窓ガラスに微笑みかけると、再び顔を先程の警備員にチェンジした。
「我が名は怪盗ガーウェイン! 正々堂々、美術館に展示された宝石を頂きに来た!」
屋根の上で叫ぶタキシードスーツにマントにシルクハット、おまけに目元だけを隠す仮面というなかなか時代がかった格好をした彼女の正体は、何を隠そうフィオナである。
今にもバラでも投げてきそうなその格好に動揺する巡回警備員たち。
「子供の悪戯か?」
「それにしては言葉に説得力があるような……」
「こらー! 盗んじゃうぞ! 本当に盗んじゃってもいいのか!? とうっ!」
屋根を走って行くフィオナに、どう対応したもんか迷う警備員たち。
そこに若い警備員が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「大変だ! あいつは何回も窃盗の常習犯だぞ! 侵入でもされようものなら――!」
警備員の仕事は大変だ。
盗まれてからでは遅いというのは勿論のこと、部外者が夜間に侵入したというだけで責任問題に発展する。
懐中電灯片手に屋内外を歩くだけの毎日に満足したければ、こういう事態では否応無しに走らなければならない。
「「ま、待て!」」
数人の夜間警備員たちは、慌てた様子で走り出した。
警備員たちが走り去っていったのを確認してから、若い警備員は顔を雷蔵のそれに戻すと、茂みに向かって合図を送った。
茂みからぬっと立ち上がる義高。
タキシードに中折れ帽という紳士的な格好ではあるが、筋骨隆々な2m近い彼が着ると、ちょっとした視覚の暴力だった。
「時間稼ぎをしておく。後を頼む」
「頼まれたぜ」
一度帽子を脱いでスキンヘッドをなで上げると、義高はずぶりと壁に手を埋め込んだ。
そのまま壁をすり抜け、屋内へと侵入していく。
屋内外の出入り口をいくら限定しても、頑丈な壁をすりぬけてくる相手には無力だ。
義高は非常口の鍵を(警報装置を切ってから)内側から開けると、ラビットナイトとクーを招き入れた。
「出入り口は見張っておく」
「よろしくお願いします」
クーたちを見送ってから、義高は扉の前に棒立ちした。
ただの棒立ちではない。ステルス技能を用いて背景に溶け込んだこの直立姿勢は真横を通る警備員ですら気づくことが難しいのだ。
監視カメラも感圧式センサーも、みな地面を歩く人間に向けて作られたもの。
壁や天井を歩くヤモリには気づけない。当然壁を歩く人間なんてフリーパスだ。
「この感覚、久々だぴょん」
小さく舌なめずりすると、ラビットナイトは壁から天井へと足早に移動。照明固定器具を鉄棒式に乗り越えると、王冠の展示されたスペースの真上へとやってきた。
古来より泥棒は様々な道具を使いこなして美術品を盗んできた。
例えば展示ケースを開くのに接着剤を塗ったワイヤーで釣り上げたり、固定されたボルトを抜くのに溶解液を垂らしたり。
しかし現代の泥棒はこうだ。
「お手軽テクニックだぴょん」
ラビットナイトが指をくいくいと動かすと、ケースを固定していたボルトが独りでに回って外れ、ケースが浮き上がって中の王冠がふわふわと外へ飛び出していった。
メッセージカードを投げて王冠の代わりに差し込んで、ケースを戻せばできあがりだ。
王冠を指でくるりと回し、ラビットナイトは出入り口へと戻り始めた。
人間大の物体を宙に浮かせるにはかなりの力量が必要になる。
翼を羽ばたかせてもいいし、壁に粘着してもいいが、安定性と静粛性を求めるならワイヤー移動がお勧めだ。自在に出し入れできてどこにでもくっつくなら尚よし。
「……」
クーは天井付近に土蜘蛛の糸を巡らせると、まず目を瞑った。
壁越しの反響で、フィオナが叫びながら逃げ回っている様子が伝わってくる。追いかける人間の足音は2から3。侵入に気づいた警備員が応援を呼ぶ様子も伝わってくる。
なにせ静かな夜である。長時間集中すれば電話の内容だって聞き取ることも難しくない。
(警察には通報せず、内々に処理するつもりのようですね……)
警察を呼ばれたと言うだけでクライアントから不信感をもたれるのが警備員という仕事だ。
できれば警察沙汰になることなく、自分たちだけで軽々撃退しましたというコトにしたいのだ。
叫びながら逃げ回る少女なら尚のこと、人数さえ揃えれば捕まえられると思い込むだろう。
(好都合です。今のうちに……)
糸をたぐるようにゆっくりと移動していく。
目指すはシンフォニーダイアだ。
真上まで来てからは、足と天井に糸を粘着させゆっくりと伸ばしていく。
ケースに両手が充分に触れる段階になってから、クーは固定ボルトを外してそっとケースを持ち上げた。
ダイアがまばたきをしたように思えたが、それは光の加減によるものだろう。
クーはシンフォニーダイアを取り出し懐にしまうと、代わりに取り出した巧妙な贋作をケースの中にしまい込んだ。
(しかしこの贋作。素晴らしい出来です……これだけの腕があればアーティストとしても生計がたったでしょうに)
人は大抵にして、願望と技術が食い違うものだ。
クーはもう一度瞑目すると、移動用とは別に巡らせた糸を三回、リズミカルに揺らした。
「合図か」
見張っていた非常口の天井付近。目立たぬように設置された小さな鈴がリズミカルに鳴ったのを確認すると、義高はわざと警報装置を作動させた。
外は警備員が駆け回っている。応援も呼ばれている頃だろう。
一度注意を引きつけ、肝心のクーやラビットナイトを外へ逃がさないとならないからだ。
「どういうことだ!?」
警報に慌てたのは他ならぬ警備員たちである。フィオナを単独犯だと思って追いかけていたら誰かに侵入されたということだからだ。
「おっと、見つかっちまったな!」
上着を脱ぎ捨てた義高は、あえてステルスを解いて自らを晒した。
「仲間がいたぞ! 捕まえろ!」
「ここは俺が押さえているから、増援に事情を伝えてくれ!」
四人ほどの警備員が警棒を抜いて襲いかかってくる。
公正な商売をしている警備会社は、いかに銃火器のはびこる社会であっても殺傷武器を持つことを許されない。警察官の最強装備がハンドガンとジュラルミンシールドであるのと同様に、彼らの最強装備は警棒と護身用スタンガンなのだ。
そんな彼らにとって、ボクシングスタイルで構える義高は格好の的である。
勢いよく殴りかかる警備員。が、義高はそれをくぐり抜けるように回避。
さらなる追撃もまた回避。霧や霞を殴るかのように当たらない。
そうこうしている間に、外へ一台の車が止まった。
鳴り響くクラクション。
「合図だ、撤収するぞガーウェイン!」
「ちょ、まて置いてくなー!」
走り出した義高を追って屋根から飛び降りるフィオナ。
衝撃を逃がすためにごろごろ転がってから、すぐに走り出す。
と同時に、警備員に混じっていた頼蔵も変装を解いて走り出した。
「仲間が他にも!? 追いかけるぞ!」
土蜘蛛の糸によるワイヤージャンプで柵を超え、車のルーフへと着地するラビットナイトとクー。
「いいタイイングだぴょん!」
一足遅れる形で柵をのりこえてきたフィオナたちが車に乗り込んで来る。
「早く出してくれ、応援を呼ばれてる!」
「そう来なくっちゃ」
雷鳥はニヤリと笑ってアクセルを踏み込んだ。
「待ってました、わたしの出番!」
トップスピードに乗る雷鳥の車が、対向車線を走る警備会社の車とすれ違う。
あわをくった警備員たちがターンをかけるのをバックミラーで確認すると、雷鳥は上唇を舐めた。
「暫くお口を閉じててね! 舌噛むから!」
ハンドルを急速に切ってカーブ。
小道に入った車が路上の植木鉢を撥ね飛ばしながら大通りへと飛び出した。
事前にチェックしておいた、夜間の交通量が少ない道路だ。
そんな道路へ次々と飛び出してくるサイレンカー。警察車両にやや似ているが、音と光だけの威嚇サイレンだ。警備会社のものだろう。
助手席から顔を出した警備員が拡声器でどなりつけてくる。
『車を止めろ! この数から逃げ切れると思うのか!』
「思うんだなぁ、これが!」
雷鳥はハンドルを激しく回転。ブレーキをかけながら180度ターンした車が、警備自動車の群れへと真正面から突っ込んでいく。
「テクが違うんだよテクが! ヒャッハー!」
正面衝突は最悪死だ。あわをくって道を空けた自動車の間を、火花をちらしながらすり抜けていく。
走ってでも追いかけようと飛び出した警備員たちだが……。
「お疲れぴょん!」
ラビットナイトがウィンクひとつ。
トランプサイズのカードを扇状に開くと、道路めがけて投擲した。
刺さったそばから激しいスパークをおこし、警備員たちを飛び退かせる。
そして気づいた時には、車はテールライトを消して夜闇の向こうへと走り去った後だった。
翌日、警備員一生分の給料に相当するような美術品がケースから抜き取られ、代わりにメッセージカードが台座に刺さっていた。
『乙女の王冠は頂いたぴょん 怪盗ラビットナイト』
薄暗く物静かな空間に、ぼんやりと照らし出された宝石細工が展示されている。
心臓の断面を模した彫刻に、血流にそう形ではめ込まれた小さなルビー。中央にはめ込まれているのは中でもひときわ美しいルビーで、動脈側に行くにつれて赤みを増す様は芸術以外の何物でも無い。
「おお……」
『史上最速』風祭・雷鳥(CL2000909)はショーケースに張り付かんばかりの距離から、『スィートハート』と題されたその美術品を凝視していた。
二階堂宝石美術館。ただでさえ高価な宝石を使ったジュエリーアートを主に扱う美術館で、当然ながら入館料もなかなかに高い。
「美しいでしょう? バブル崩壊以降は美術館そのものの人気が落ちて、慢性的な経営不振に陥っていると聞きますが……美術品の輝きが損なわれるものではありません」
穏やかに微笑む老紳士。ジョン・スミスと名乗る、今回の依頼人である。
今は美術館の下調べもかねて美術館を見て回っていた。地味に老紳士の奢りである。
「しかし名刺に泥棒と書くとは……長生きできそうに無いな」
苦笑する八重霞 頼蔵(CL2000693)に、老紳士は肩をすくめた。
「それが意外と、長く生きました」
「その口ぶりだと、若い頃から盗みを働いていたようだが?」
「はて?」
互いを探り合うような何気ない会話。そんなふりをして、頼蔵は要領よく美術館の端々を観察していた。
警備員はICカードと係員の目視確認によってスタッフルームを通っている。見たところ展示室とスタッフルームを繋ぐ扉は一つだけで、非常口を覗いては屋内外の通行をかなり制限しているようだ。
制服は一般的な警備会社のもので、特徴らしい特徴は会社のロゴくらいなものだった。
(これなら偽造も簡単そうだ。問題はICカードだが……自力でなんとかするしかないだろうな)
一方、『怪盗ラビットナイト』稲葉 アリス(CL2000100)と『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)は無数の宝石をはめ込んだ王冠に目をキラキラさせていた。
「誕生日プレゼントはこれがいい……」
「ぬ、盗んだらダメだぞ?」
「まだ盗まないぴょん」
目つきを一瞬だけ変えてニヤリと笑うラビットナイト。
その本物めいた目つきに、フィオナは軽く気圧された。
「本物の怪盗に、探偵にメイドさん……改めてすごいメンバーだ」
残りは花屋と騎士と自称無職というカオス具合である。
七人の○○的展開でもなければ集まらない顔ぶれだろう。
「いかに私といえども、流石に泥棒の経験はありませんよ。撃退する側であれば業務の範疇ですが……」
後ろでぽつりと呟く『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)。
小柄な子供たちが談笑しているようにみせかけて、ちゃっかりと天井や壁の様子に目を光らせていた。
展示室は薄暗い状態を保つためにか天井は低く、小型のLEDライトを設置するためにボルト固定式のレールを天井のあちこちにつり下げていた。
屈強な握力か、もしくは瞬間的に着脱可能なロープでもあれば天井を移動することも可能になるだろう。
古い美術館である。建設当時は絶対的なセキュリティを誇っていても、近代化の波に幾度もさらされれば隙が生まれてしまうものだ。
たとえば建設が100年前であれば送電配置。30年前であれば無線装置の代替設備あたりが隙になる。
「で、これがシンフォニーダイヤか……見た目はただの美術品なんだがな」
『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は展示されているシンフォニーダイヤを見て唸った。目を模した彫刻の中央にダイヤモンドをはめ込んだという品で、じっと見ていると飲み込まれそうな迫力があった。
「こいつが行方不明の原因とは、ぞっとする話だぜ。話の真贋やなんかはあるにせよ、まずは……だな」
「ええ。期待していますよ」
いつの間にか老紳士が後ろに立っている。義高は『おどかすな』と苦笑しながら振り返った。
●シークレットナイト
泥棒は夜の間にせよ。
多くの人は明日の仕事や学校に備えて寝ているし、太陽も無くおかげで遠くへ離れた時に見つかりづらい。
それになにより、こういうときに起こる不思議現象はオバケにせいにしやすい。
「な、なんだ……おまえ……お、俺……?」
警備員は、自らとそっくりな人間が無表情で自分を見つめている光景に唖然としていた。
生き別れの兄弟。ドッペルゲンガー。幽体離脱。オカルトな妄想が脳内を瞬く間に浸食し、『叫びながら逃げる』という原始的な行為すら破棄させた。
自分そっくりな誰かが、額に手を翳しながら言う。
「大人しく拘束されたまえ。その後も、大人しくしているように」
「……は、はい」
自分が何を言っているのか、何が起こっているのか、まるで分からぬまま、勤続7年の若い警備員は掃除用ロッカーの中に押し込められた。
「ふむ」
ロッカーを閉じ、窓ガラスを見る警備員。
顔がぐにゃりとゆらぎ、本来の顔……つまり雷蔵の顔へと変化した。
昼間に行なった観察の中で、頼蔵の背格好に近い男に目をつけていたのだ。夜間の警備に配置されているかどうかは賭けだったが、別にいないならいないで別のやり方がある。
問題は声色やしぐさの違いだが、相手を動揺させるには充分だ。
「……」
頼蔵は自分の映った窓ガラスに微笑みかけると、再び顔を先程の警備員にチェンジした。
「我が名は怪盗ガーウェイン! 正々堂々、美術館に展示された宝石を頂きに来た!」
屋根の上で叫ぶタキシードスーツにマントにシルクハット、おまけに目元だけを隠す仮面というなかなか時代がかった格好をした彼女の正体は、何を隠そうフィオナである。
今にもバラでも投げてきそうなその格好に動揺する巡回警備員たち。
「子供の悪戯か?」
「それにしては言葉に説得力があるような……」
「こらー! 盗んじゃうぞ! 本当に盗んじゃってもいいのか!? とうっ!」
屋根を走って行くフィオナに、どう対応したもんか迷う警備員たち。
そこに若い警備員が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「大変だ! あいつは何回も窃盗の常習犯だぞ! 侵入でもされようものなら――!」
警備員の仕事は大変だ。
盗まれてからでは遅いというのは勿論のこと、部外者が夜間に侵入したというだけで責任問題に発展する。
懐中電灯片手に屋内外を歩くだけの毎日に満足したければ、こういう事態では否応無しに走らなければならない。
「「ま、待て!」」
数人の夜間警備員たちは、慌てた様子で走り出した。
警備員たちが走り去っていったのを確認してから、若い警備員は顔を雷蔵のそれに戻すと、茂みに向かって合図を送った。
茂みからぬっと立ち上がる義高。
タキシードに中折れ帽という紳士的な格好ではあるが、筋骨隆々な2m近い彼が着ると、ちょっとした視覚の暴力だった。
「時間稼ぎをしておく。後を頼む」
「頼まれたぜ」
一度帽子を脱いでスキンヘッドをなで上げると、義高はずぶりと壁に手を埋め込んだ。
そのまま壁をすり抜け、屋内へと侵入していく。
屋内外の出入り口をいくら限定しても、頑丈な壁をすりぬけてくる相手には無力だ。
義高は非常口の鍵を(警報装置を切ってから)内側から開けると、ラビットナイトとクーを招き入れた。
「出入り口は見張っておく」
「よろしくお願いします」
クーたちを見送ってから、義高は扉の前に棒立ちした。
ただの棒立ちではない。ステルス技能を用いて背景に溶け込んだこの直立姿勢は真横を通る警備員ですら気づくことが難しいのだ。
監視カメラも感圧式センサーも、みな地面を歩く人間に向けて作られたもの。
壁や天井を歩くヤモリには気づけない。当然壁を歩く人間なんてフリーパスだ。
「この感覚、久々だぴょん」
小さく舌なめずりすると、ラビットナイトは壁から天井へと足早に移動。照明固定器具を鉄棒式に乗り越えると、王冠の展示されたスペースの真上へとやってきた。
古来より泥棒は様々な道具を使いこなして美術品を盗んできた。
例えば展示ケースを開くのに接着剤を塗ったワイヤーで釣り上げたり、固定されたボルトを抜くのに溶解液を垂らしたり。
しかし現代の泥棒はこうだ。
「お手軽テクニックだぴょん」
ラビットナイトが指をくいくいと動かすと、ケースを固定していたボルトが独りでに回って外れ、ケースが浮き上がって中の王冠がふわふわと外へ飛び出していった。
メッセージカードを投げて王冠の代わりに差し込んで、ケースを戻せばできあがりだ。
王冠を指でくるりと回し、ラビットナイトは出入り口へと戻り始めた。
人間大の物体を宙に浮かせるにはかなりの力量が必要になる。
翼を羽ばたかせてもいいし、壁に粘着してもいいが、安定性と静粛性を求めるならワイヤー移動がお勧めだ。自在に出し入れできてどこにでもくっつくなら尚よし。
「……」
クーは天井付近に土蜘蛛の糸を巡らせると、まず目を瞑った。
壁越しの反響で、フィオナが叫びながら逃げ回っている様子が伝わってくる。追いかける人間の足音は2から3。侵入に気づいた警備員が応援を呼ぶ様子も伝わってくる。
なにせ静かな夜である。長時間集中すれば電話の内容だって聞き取ることも難しくない。
(警察には通報せず、内々に処理するつもりのようですね……)
警察を呼ばれたと言うだけでクライアントから不信感をもたれるのが警備員という仕事だ。
できれば警察沙汰になることなく、自分たちだけで軽々撃退しましたというコトにしたいのだ。
叫びながら逃げ回る少女なら尚のこと、人数さえ揃えれば捕まえられると思い込むだろう。
(好都合です。今のうちに……)
糸をたぐるようにゆっくりと移動していく。
目指すはシンフォニーダイアだ。
真上まで来てからは、足と天井に糸を粘着させゆっくりと伸ばしていく。
ケースに両手が充分に触れる段階になってから、クーは固定ボルトを外してそっとケースを持ち上げた。
ダイアがまばたきをしたように思えたが、それは光の加減によるものだろう。
クーはシンフォニーダイアを取り出し懐にしまうと、代わりに取り出した巧妙な贋作をケースの中にしまい込んだ。
(しかしこの贋作。素晴らしい出来です……これだけの腕があればアーティストとしても生計がたったでしょうに)
人は大抵にして、願望と技術が食い違うものだ。
クーはもう一度瞑目すると、移動用とは別に巡らせた糸を三回、リズミカルに揺らした。
「合図か」
見張っていた非常口の天井付近。目立たぬように設置された小さな鈴がリズミカルに鳴ったのを確認すると、義高はわざと警報装置を作動させた。
外は警備員が駆け回っている。応援も呼ばれている頃だろう。
一度注意を引きつけ、肝心のクーやラビットナイトを外へ逃がさないとならないからだ。
「どういうことだ!?」
警報に慌てたのは他ならぬ警備員たちである。フィオナを単独犯だと思って追いかけていたら誰かに侵入されたということだからだ。
「おっと、見つかっちまったな!」
上着を脱ぎ捨てた義高は、あえてステルスを解いて自らを晒した。
「仲間がいたぞ! 捕まえろ!」
「ここは俺が押さえているから、増援に事情を伝えてくれ!」
四人ほどの警備員が警棒を抜いて襲いかかってくる。
公正な商売をしている警備会社は、いかに銃火器のはびこる社会であっても殺傷武器を持つことを許されない。警察官の最強装備がハンドガンとジュラルミンシールドであるのと同様に、彼らの最強装備は警棒と護身用スタンガンなのだ。
そんな彼らにとって、ボクシングスタイルで構える義高は格好の的である。
勢いよく殴りかかる警備員。が、義高はそれをくぐり抜けるように回避。
さらなる追撃もまた回避。霧や霞を殴るかのように当たらない。
そうこうしている間に、外へ一台の車が止まった。
鳴り響くクラクション。
「合図だ、撤収するぞガーウェイン!」
「ちょ、まて置いてくなー!」
走り出した義高を追って屋根から飛び降りるフィオナ。
衝撃を逃がすためにごろごろ転がってから、すぐに走り出す。
と同時に、警備員に混じっていた頼蔵も変装を解いて走り出した。
「仲間が他にも!? 追いかけるぞ!」
土蜘蛛の糸によるワイヤージャンプで柵を超え、車のルーフへと着地するラビットナイトとクー。
「いいタイイングだぴょん!」
一足遅れる形で柵をのりこえてきたフィオナたちが車に乗り込んで来る。
「早く出してくれ、応援を呼ばれてる!」
「そう来なくっちゃ」
雷鳥はニヤリと笑ってアクセルを踏み込んだ。
「待ってました、わたしの出番!」
トップスピードに乗る雷鳥の車が、対向車線を走る警備会社の車とすれ違う。
あわをくった警備員たちがターンをかけるのをバックミラーで確認すると、雷鳥は上唇を舐めた。
「暫くお口を閉じててね! 舌噛むから!」
ハンドルを急速に切ってカーブ。
小道に入った車が路上の植木鉢を撥ね飛ばしながら大通りへと飛び出した。
事前にチェックしておいた、夜間の交通量が少ない道路だ。
そんな道路へ次々と飛び出してくるサイレンカー。警察車両にやや似ているが、音と光だけの威嚇サイレンだ。警備会社のものだろう。
助手席から顔を出した警備員が拡声器でどなりつけてくる。
『車を止めろ! この数から逃げ切れると思うのか!』
「思うんだなぁ、これが!」
雷鳥はハンドルを激しく回転。ブレーキをかけながら180度ターンした車が、警備自動車の群れへと真正面から突っ込んでいく。
「テクが違うんだよテクが! ヒャッハー!」
正面衝突は最悪死だ。あわをくって道を空けた自動車の間を、火花をちらしながらすり抜けていく。
走ってでも追いかけようと飛び出した警備員たちだが……。
「お疲れぴょん!」
ラビットナイトがウィンクひとつ。
トランプサイズのカードを扇状に開くと、道路めがけて投擲した。
刺さったそばから激しいスパークをおこし、警備員たちを飛び退かせる。
そして気づいた時には、車はテールライトを消して夜闇の向こうへと走り去った後だった。
翌日、警備員一生分の給料に相当するような美術品がケースから抜き取られ、代わりにメッセージカードが台座に刺さっていた。
『乙女の王冠は頂いたぴょん 怪盗ラビットナイト』
