女難の憎
●久遠の反響
「はっきりと言わないと分からないようだから言うけど、お前にはもう飽きたんだよ」
海水が波打つ、真夜中の浜辺で佇む、青年ほどに見える女性の脳裏に、愛する者に発せられた幾重もの声が反響する。遠くを見つめるその女性の、長く細っそりとした体を包んだ白い着物の裾と、体と同程度伸びた、清楚で黒い長髪が風に揺られ靡いている。
その容姿を見た者の大半は美女と言うだろう。そういった美貌を持つ女性だった。
「……この姿でいられたなら……」
静かな口調で女性は呟く。そして、踝と髪の先を波に打たれながらも、暫く浜辺に佇んだ。
●相馬の予知
「お前らおっそーい!」
久方 相馬(nCL2000004)が呼び出した覚者達が集まると、前のめりになりながら人差し指を立てて怒る。といっても今の時刻はAM0:00。こんな時間にすぐ集まれる覚者も多くはないはずだが……そんな思いを口には出さず各々欠伸等を噛み締めるのであった。
「まぁしょうがないか、いそがねーと」
その真剣な表情と声色に、相馬へと覚者達の注目が集まる。
「さっき見たばっかりの夢なんだけどな。海沿いの○町浜辺にすげー綺麗な女の人が居たんだ。すらーっとした体つきで綺麗な着物に黒くて長い髪が――……って、別に見ようとしてみたわけじゃないんだからな!」
語る様子をじーっと見つめられ、相馬は顔を真っ赤にさせながら弁解する。そして照れ隠しをするように咳払いをし、続ける。
「コホン、それでだな、その女の人の傍に海パン姿の男の人も居たんだ。なんか段々良い雰囲気になってきてさ、こう見つめ合いだしたんだ。そしたら……」
そういった話は聞く者によっては、その光景を想像し、続く先のことを思い描き、心をときめかせたり、顔を赤面させたりしたかもしれない。しかし相馬は青ざめながら続けた。
「女の人の髪が途端に広がって、男の人の体に絡みついたんだ……。男の人は絡みついた髪から血液を吸われてた……。黒い髪から血液が伝わって真っ赤に染まりながら……」
覚者達はそれを聞き表情を強張らせた。それは悍ましい光景を想像し、恐怖から浮かび上がらせたものかもしれないし、人命の関わってくる事態と理解した、緊張からなのかもしれない。
「兎に角、見過ごすことなんてできない、その事が起こる前に止めて欲しいんだ。こんな時間で大変だと思うけどさ、頼む」
覚者達は相馬へと頷き、海沿いの○町浜辺へと向かい始めた。
「はっきりと言わないと分からないようだから言うけど、お前にはもう飽きたんだよ」
海水が波打つ、真夜中の浜辺で佇む、青年ほどに見える女性の脳裏に、愛する者に発せられた幾重もの声が反響する。遠くを見つめるその女性の、長く細っそりとした体を包んだ白い着物の裾と、体と同程度伸びた、清楚で黒い長髪が風に揺られ靡いている。
その容姿を見た者の大半は美女と言うだろう。そういった美貌を持つ女性だった。
「……この姿でいられたなら……」
静かな口調で女性は呟く。そして、踝と髪の先を波に打たれながらも、暫く浜辺に佇んだ。
●相馬の予知
「お前らおっそーい!」
久方 相馬(nCL2000004)が呼び出した覚者達が集まると、前のめりになりながら人差し指を立てて怒る。といっても今の時刻はAM0:00。こんな時間にすぐ集まれる覚者も多くはないはずだが……そんな思いを口には出さず各々欠伸等を噛み締めるのであった。
「まぁしょうがないか、いそがねーと」
その真剣な表情と声色に、相馬へと覚者達の注目が集まる。
「さっき見たばっかりの夢なんだけどな。海沿いの○町浜辺にすげー綺麗な女の人が居たんだ。すらーっとした体つきで綺麗な着物に黒くて長い髪が――……って、別に見ようとしてみたわけじゃないんだからな!」
語る様子をじーっと見つめられ、相馬は顔を真っ赤にさせながら弁解する。そして照れ隠しをするように咳払いをし、続ける。
「コホン、それでだな、その女の人の傍に海パン姿の男の人も居たんだ。なんか段々良い雰囲気になってきてさ、こう見つめ合いだしたんだ。そしたら……」
そういった話は聞く者によっては、その光景を想像し、続く先のことを思い描き、心をときめかせたり、顔を赤面させたりしたかもしれない。しかし相馬は青ざめながら続けた。
「女の人の髪が途端に広がって、男の人の体に絡みついたんだ……。男の人は絡みついた髪から血液を吸われてた……。黒い髪から血液が伝わって真っ赤に染まりながら……」
覚者達はそれを聞き表情を強張らせた。それは悍ましい光景を想像し、恐怖から浮かび上がらせたものかもしれないし、人命の関わってくる事態と理解した、緊張からなのかもしれない。
「兎に角、見過ごすことなんてできない、その事が起こる前に止めて欲しいんだ。こんな時間で大変だと思うけどさ、頼む」
覚者達は相馬へと頷き、海沿いの○町浜辺へと向かい始めた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖である女性を止める
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回のシナリオは、被害者を襲う古妖を止めるシナリオとなっております。
PC様の行動によってシナリオ展開が変わっていきます。
古妖との戦闘になる場合もあります。恨みのある古妖だけにそこそこ強く、意識することで、髪を硬質化する能力も有しているため、切断も容易ではありません。
●敵データ
・磯女
生前、愛する人に尽くすも報われず、様々な想いから成仏しきれず古妖となった女性。
若さと美貌を追い求めている。人の生き血を吸い取ることで、保たせようとしている。
吸い取る生き血は、男性を狙っているように見える。
・攻撃手段
髪で貫く:鋭く尖らせた毛先で、体や防具を貫く。近距離単体に貫通ダメージ。
髪で打ち付ける:うねらせた髪を硬質化させ、近寄る者に打ち据える。近距離列にダメージ。
髪で吸血する:髪を広げ対象に絡みつかせ、血液を吸い取る。近距離単体にダメージ+回復。
止める方法や有効な言動が見られた場合、成功確率は増えます。
場所としては、近くにゴツゴツとした岩礁群があり、足場となりそうな大きな岩も見られます。それ以外は特に変わった様子のない海に浜辺となっております。
シリアスなコメントとなってしまいました!ですが、そう難しいシナリオではないので、大きく目的から外れない限り成功になりやすいはずです。
●いきなりQ&A!
Q:徒歩でも間に合うんですか?!
A:なんだかんだで頑張れば間に合います!歩いてないで走りましょう!
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2016年09月02日
2016年09月02日
■メイン参加者 5人■

●古妖の捜索
時刻は既に正午を過ぎ、辺りは真暗闇に包まれていた。覚者達は闇の中を走り続ける。悲しい事件を起こさぬ為に。
「夜の浜辺とか、落ちたらと思うと怖いよね……。でも、急がないと」
羽を広げ覚者の上空を離れすぎない程度に飛んでいた、宮神 羽琉(CL2001381)が呟く。
そして暗闇の中、足場の悪い浜辺を全力で走る危険を危惧し、守護使役である、伊勢にともしびを出してもらい、周囲を薄明るく照らしていった。
「おうにーちゃん。見やすくて助かるぜ、ありがとな」
地上を走る皆から感謝を述べられる中、一段と元気な獅子王 飛馬(CL2001466)が羽琉へと笑いかける。
自然に現れた気遣いであったが、それが役に立ったようで羽琉の表情も微笑みに変わる。
「っと、本当ですね、足元が見やすくて助かります」
白いシャツと黒のズボンを着た柳 燐花(CL2000695)が、小柄な体を跳ねさせながら砂浜や、まばらに落ちている石を足場にとんとんと軽やかに進んでいく。
彼女、と言っても、今は古妖が男性を狙うとの情報から、陽動のため男性の様な姿をしているが……。
燐花は平衡感覚が著しく発達しており、足場の悪さをものともしていない。
「足場がごつごつとしてまいりましたね。情報から察するにこの辺りだと思われます」
列の中あたりを駆けていた田中 倖(CL2001407)が、薄明かりの先に目を凝らし仲間へと声を掛ける。
倖は予め相馬へと夢で見た光景を詳しく尋ねていた。
その光景は海の波が足元に打ち付ける浜辺で、近辺に足場の悪そうな岩礁群があると聞かされていた為、周囲への視線を強める。
「……もしかして、彼方に見える方ではないでしょうか?」
黒いスーツを着た篁 三十三(CL2001480)が、黒いサングラス越しの瞳に、二人の人影を見据え方向を指す。
その声に全員が振り返り、視線をその先へと向ける。そこには二人の男女が向き合い、互いの瞳を見つめ合っていた。
「恐らく間違いないでしょう。急ぎましょう」
●惨劇の阻止
覚者達が目標に向かい動き出したその刹那、古妖と思わしき女性の長い髪が、大きな風も無しに揺れ動きだす。
、そして見つめ合っていた男性の四方へと広がり、襲いかかろうとする。
覚者達は各々持ちうる全速力で目標へと近付いて行く。
その中でも反応速度と早さが抜きでて早かった燐花が、岩礁を足場にとんとんと跳躍していき、両者の不意をつくような形で男女の間に割り込む。
「な、なんだ……? うわっ!」
燐花に割り込まれ一歩下がった海パン姿の男性が、状況を確認し、変貌した女性の姿に驚きまた一歩下がる。
あまりの衝撃に男性は腰が抜けたようで、下がりながら尻餅をついてしまう。
「少し、私と話をしませんか?」
燐花は男性を無視するように、自分を男性と思わせるように低めの声で、古妖へと振り向き瞳を見つめる。
その女性の表情は透明な無表情だったが、燐花にはどこか悲しげに映った。
「どうしてそんなに悲しそうな顔をしていらっしゃるのですか? お綺麗な方なのに、憂い顔をしているのは勿体無い」
返答がなかった為、燐花は話を持ちかける。相も変わらず返答はない。
代わりに古妖の視線が尻餅を付いている男性へと移る。その時古妖の眼光が鋭く光ったのを燐花は見逃さなかった。
刹那、古妖の髪が再び揺れ動き、鋭く尖った毛先が尻餅をついている男性へと真っ直ぐに伸び身体を貫こうとする。
「!」
燐花が咄嗟に古妖の細い体を抱きとめ、男性への攻撃を逸らそうとする。
しかし古妖の放った髪は勢いが止まらず少し距離の遠のいた男性へと再び襲いかかる。
「危ない!」
地面に程近い位置を全力で浮遊していた羽琉が、男性に降りかかろうとする惨事を目の前に、思わず顔を手で覆いそうになる。
その刹那、羽琉の真横を突風が通り過ぎていく。それは真っ直ぐと尻餅をつく男性へと近付き、その身体を攫い、瞬きする間程でその視界から男性を連れ去ってしまった。
「ここは危険です。後は僕達が何とかしますので」
突風を起こした主が抱えていた男性を降ろし、避難を促す。
その主は倖で、人並外れた韋駄天足の脚力から、突風を巻き起こす程の速度で男性を連れ去り守ったのだ。
「あ、あんた達は……?」
「僕達は『なぞのそしき』からきた覚者です。どうかお逃げください」
「か、覚者?!」
黒スーツ、黒サングラスに身を包んだ三十三がなぞのそしきというと妙に説得力がある。
おまけに覚者とも聞けば。男性は今すぐにでも立ち上がりその場を去りたいという表情に変わる。しかし恐怖で上手く立ち上がれないようだ。
「危なかったな、にーちゃん。よっと」
それを見ていた飛馬が、男性に肩を貸すように腕を回させ立ち上がらせる。
男性は外見がとても幼く見える飛馬を見て、多少恐怖を解されたのかなんとか立ち上がることに成功する。
「状況ってーとこの通りだ。危ない目に遭いたくなかったら今の内に避難しておいた方がいいと思うぜ」
「あ、ありがとう。そうする」
男性は忠告通りにその場を去ろうと後ろへ歩いていく。
それを見ていた古妖は、再び男性へと長い髪で襲いかかろうとする。
波の様にうなりながら伸びる髪が、鞭の様に動き男性に叩きつけようとする。
その間に素早く倖と三十三が割り込み、両腕で身を守りながら鋭い打撃を受け男性を庇った。
「いきなり攻撃とは穏やかじゃねーな。ねーちゃん」
男性を狙うための障壁となった、倖と三十三への攻撃が苛烈になっていく。
そこへ体の前で太刀を斜めに構えた飛馬が飛び出す、打ち据える髪の毛を、一つ一つ太刀の鞘で払い、遮蔽に阻まれた流水のように弾いていく。
この剣術は守りに重きを置く巖心流におく一つの型だった。その動きは日々の修行の賜物が窺える。
「貴女に、誰かを傷つけて欲しくないのです。胸の中に抱えているものがあるなら、それを話して解消されるなら、お伺いしますよ」
古妖を抱きとめたまま燐花は古妖を説得する。
目標を失ったからなのか、それとも想いが通じたのか。
古妖の攻撃がぴたりと止まりゆっくりと髪の毛が縮んでいき、元へ戻っていく。
「すみません、僕たちは、あなたを止めに来ました」
ゆっくりと古妖へと近付く羽琉が声を掛ける。すると無表情な古妖の顔が羽琉の方へと向いた。
「ほんと、飛べる因子でよかった。こんなに膝が震えていて、普通ならまともに立っていられない」
震える体を抑えるようにして羽琉は古妖を見つめる。古妖も無表情のままにそれを聞いている。
「恐ろしい? ええ、とても。あなたが古妖だから? いいえ、違います」
羽琉は首を振り、悲しそうな瞳で再び古妖を見つめる。
「恨みや憎しみは、向けられた当人でなくても、怖いんです。それが、そんなことをするはずの方でないと思うほど、辛さや悲しさを感じるから」
その様子を窺っていた覚者の幾人かはその言葉に頷く。
先程の男性を一途に狙う動作から、恨み或いは憎しみが垣間見れたことに疑いはなかった。
「あなたがとても苦しんでいると感じることはできても、事情とかは聞かないと分かりません。だから、教えてください 話してください」
羽琉は胸の苦しさからだろうか、今にも泣き出しそうな表情で想いを打ち明けていく。
「夜が明けるまででも付き合います。血がどうしても必要なら、意識がもつ程度なら構いません。誰かを傷つけることは、あなたの目的ではないと信じていますから」
羽琉は胸の前で両手を握り瞳を閉じ返答を待つ。そこにもう、震えは見られなかった。
「……恨めしかったから……」
古妖の女性が声を発し、とても細く小さな声が浜辺の波が打ち据える音に混ざり聞こえた。
その小さな声を、誰も聞き逃しはしなかった。
●古妖の告白
「……私は、何よりも愛していた人がいました……」
事情を話してくれるつもりになったのだろう。誰も口を挟まずにその事情の話を待った。
「……いつも明るくて……太陽みたいな人……私の事をたくさん愛してくれました……昔は……」
今まで無表情だったその表情に、薄らと陰りが見える。
「……あの人は、私を愛してくれたように、若い人が好きでした……。私は、段々あの人が離れていく様に感じました……」
その時のことを思い出しているのだろうか。表情は既に悲しみに満ちており、どこか話すことが必死にも見える。
「……私は、あの人に愛してもらえるように何でもしました……あの人の好きなことを覚え、あの人に身体を預け、あの人の役に立てることを探しました。……それでも……あの人は離れていきました……」
古妖は悲愴に支配され、顔を俯かせる。、
「……あの人は、何よりも若さと美貌を愛していました……それを失った私に……あの人を振り向かせることが……できませんでした……」
何れ来たるであろう、老い。それは若い覚者達にとって衝撃な物だったかもしれない。
そして、深い悲しみを招いた原因であることを同時に知る。その時倖は、彼女が憎んでいたものが何かを悟ってしまう。
「……老いてしまう、自身が恨めしかったのですか……?」
皆が驚くように振り向く。倖は「愛情が重い男」だった。
もし自分に深く愛する者がいて、別れを告げられた時、倖は恐らく相手を憎むことはできないと思った。
古妖になるまで思い詰め、死に至ってしまった理由。
それは、別れる原因となってしまった、『老い』を重ねる事が憎らしかったからなのではないか。
そして今、若さを求めて……。叶わなかった男性との時間を求めて……倖はそう考えていた。
「……はい……」
肩を震わせ、震える声を発するその姿は、古妖とは思えない程弱々しく、人間的に見えた。
「……想いが報われなかった相手を憎まず、相手の求めていた物を一途に得ようとしていたわけですか……」
三十三が掛けていたサングラスを外し、スーツの内側へとしまう。
露になった童顔から、アイスブルーに澄んだまっすぐな瞳が、三十三へと顔を上げる女性の瞳を見据える。
「それ程まで想われていたにも関わらず、外見だけで人を選んでしまう男は、……あなたには悪いですが、ロクな男だとは思えません」
三十三は想いを隠さず伝えた。もし男性との馴れ初めが最近であったならこうは言わなかっただろう。
古妖となるまで思い詰めた時間が、彼女にとって男性を見直す時間となっただろうと。
そして、彼女の想いは、彼女を不幸にし続ける。そう想い、三十三は言わずにいられなかった。
古妖はそれを聞くと、悲しそうな瞳で俯き押し黙ってしまう。
「……九十九、宜しく頼むね」
三十三は肩に乗っていた、竜系の守護使役である九十九に声を掛ける。
すると三十三の肩から跳躍した九十九が、古妖の傍に移動し、小さなともしびを出し古妖を照らす。
俯いていた古妖はゆっくりと顔を上げる。
「そんな男の為に貴女が苦しみ汚れる事はないですよ。何故なら」
三十三はゆっくりと古妖へと近寄り、姿勢を下げ同じ目線に立ち、続けた。
「生前貴女は十分に尽くしました。素敵な『女性』として」
女性の瞳に映った、アイスブルーの瞳がゆっくりと移動した。
それは真っ白な女性の頬を伝い、その色で染めるように流れていく。
それを見ていた覚者達の表情には安堵、そして共感と見られる頷き等が見られた。
「そうそう、ねーちゃん立派じゃねーか。そんなににーちゃんのこと想ってあげてたんだろ? 中々できないぜ」
飛馬が古妖の傍に立ちニカっと笑いかける。
「俺、思うんだけどさ。男って酷い奴ばっかじゃねーと思うぜ。うちは爺ちゃんだって父ちゃんだって、婆ちゃんや母ちゃんにべた惚れだしな」
全く邪気の感じさせない飛馬のその話に、自然と古妖の表情が柔らかくなっていく。
「だからさ、もっかい男を信じてみる気にはならねーか? ねーちゃんならきっといい母ちゃんになれるぜ」
笑いかける少年へ、何百年と凍りついていた表情で、一人の『女性』は言葉を口にする。
「ありがとう」
●悲しみ過ぎて
「へぇー! それでお前達改心させちゃったのかよ、すごいな!」
覚者達から報告を受けていた相馬が興奮気味に捲し立てる。
相馬は、あの夢をみて以来、悲しそうな表情が気になり今の今まで一睡もできずにいたそうだ。
「あの方磯女(いそめ)さんと言うそうです。改心されたのは良いですが、古妖から元に戻る方法も分からないので、元に住んでいた地域に帰ってみるそうです。お礼もしたいのでお時間あれば来てくださいと」
燐花が小さな紙を取り出す。それには磯女が記した、住所が書かれていた。
「よかったね。笑ってくれて」
「そうですね」
羽琉が磯女の表情を思い返すように微笑む。燐花も表情には出さないが、耳を横に寝かせ、とても安堵していることが分かる。
「それにしても……胸を潰すって意外と苦しいものですね……帰って着替えます」
燐花は男性を装うため、今の今までずっと胸にサラシを巻いていたのだ。
集まった皆は感謝を述べながら燐花を見送る。痕になっていないといいのですが……そんなことを思いながら燐花は部屋を出ていく。
「襲われそうになっていた男性ですが、磯女さんへ愛を囁きナンパをしていたみたいですね。男は自業自得と言えますが、純粋すぎる彼女がまた男に騙されなければ良いのですが」
サングラスを元に戻していた三十三が、表情の見えない顔でふうとため息のように一息つく。
「良いお相手に巡り会えるといいですね。きっと、彼女でしたら大丈夫です」
倖は遠くを見ながら微笑んだ。
「万事解決、ってやつだな。ふわぁ~……安心したところだし帰って寝よーぜー」
「ふわぁ~……そうだなー、そうしよーぜー」
飛馬と相馬が同時に同じ表情であくびをする。
それを見ていた者はくすりと笑ったかもしれない。
つられてあくびが伝染する前に、覚者達はそれぞれの休息の場へと帰っていった。
終
時刻は既に正午を過ぎ、辺りは真暗闇に包まれていた。覚者達は闇の中を走り続ける。悲しい事件を起こさぬ為に。
「夜の浜辺とか、落ちたらと思うと怖いよね……。でも、急がないと」
羽を広げ覚者の上空を離れすぎない程度に飛んでいた、宮神 羽琉(CL2001381)が呟く。
そして暗闇の中、足場の悪い浜辺を全力で走る危険を危惧し、守護使役である、伊勢にともしびを出してもらい、周囲を薄明るく照らしていった。
「おうにーちゃん。見やすくて助かるぜ、ありがとな」
地上を走る皆から感謝を述べられる中、一段と元気な獅子王 飛馬(CL2001466)が羽琉へと笑いかける。
自然に現れた気遣いであったが、それが役に立ったようで羽琉の表情も微笑みに変わる。
「っと、本当ですね、足元が見やすくて助かります」
白いシャツと黒のズボンを着た柳 燐花(CL2000695)が、小柄な体を跳ねさせながら砂浜や、まばらに落ちている石を足場にとんとんと軽やかに進んでいく。
彼女、と言っても、今は古妖が男性を狙うとの情報から、陽動のため男性の様な姿をしているが……。
燐花は平衡感覚が著しく発達しており、足場の悪さをものともしていない。
「足場がごつごつとしてまいりましたね。情報から察するにこの辺りだと思われます」
列の中あたりを駆けていた田中 倖(CL2001407)が、薄明かりの先に目を凝らし仲間へと声を掛ける。
倖は予め相馬へと夢で見た光景を詳しく尋ねていた。
その光景は海の波が足元に打ち付ける浜辺で、近辺に足場の悪そうな岩礁群があると聞かされていた為、周囲への視線を強める。
「……もしかして、彼方に見える方ではないでしょうか?」
黒いスーツを着た篁 三十三(CL2001480)が、黒いサングラス越しの瞳に、二人の人影を見据え方向を指す。
その声に全員が振り返り、視線をその先へと向ける。そこには二人の男女が向き合い、互いの瞳を見つめ合っていた。
「恐らく間違いないでしょう。急ぎましょう」
●惨劇の阻止
覚者達が目標に向かい動き出したその刹那、古妖と思わしき女性の長い髪が、大きな風も無しに揺れ動きだす。
、そして見つめ合っていた男性の四方へと広がり、襲いかかろうとする。
覚者達は各々持ちうる全速力で目標へと近付いて行く。
その中でも反応速度と早さが抜きでて早かった燐花が、岩礁を足場にとんとんと跳躍していき、両者の不意をつくような形で男女の間に割り込む。
「な、なんだ……? うわっ!」
燐花に割り込まれ一歩下がった海パン姿の男性が、状況を確認し、変貌した女性の姿に驚きまた一歩下がる。
あまりの衝撃に男性は腰が抜けたようで、下がりながら尻餅をついてしまう。
「少し、私と話をしませんか?」
燐花は男性を無視するように、自分を男性と思わせるように低めの声で、古妖へと振り向き瞳を見つめる。
その女性の表情は透明な無表情だったが、燐花にはどこか悲しげに映った。
「どうしてそんなに悲しそうな顔をしていらっしゃるのですか? お綺麗な方なのに、憂い顔をしているのは勿体無い」
返答がなかった為、燐花は話を持ちかける。相も変わらず返答はない。
代わりに古妖の視線が尻餅を付いている男性へと移る。その時古妖の眼光が鋭く光ったのを燐花は見逃さなかった。
刹那、古妖の髪が再び揺れ動き、鋭く尖った毛先が尻餅をついている男性へと真っ直ぐに伸び身体を貫こうとする。
「!」
燐花が咄嗟に古妖の細い体を抱きとめ、男性への攻撃を逸らそうとする。
しかし古妖の放った髪は勢いが止まらず少し距離の遠のいた男性へと再び襲いかかる。
「危ない!」
地面に程近い位置を全力で浮遊していた羽琉が、男性に降りかかろうとする惨事を目の前に、思わず顔を手で覆いそうになる。
その刹那、羽琉の真横を突風が通り過ぎていく。それは真っ直ぐと尻餅をつく男性へと近付き、その身体を攫い、瞬きする間程でその視界から男性を連れ去ってしまった。
「ここは危険です。後は僕達が何とかしますので」
突風を起こした主が抱えていた男性を降ろし、避難を促す。
その主は倖で、人並外れた韋駄天足の脚力から、突風を巻き起こす程の速度で男性を連れ去り守ったのだ。
「あ、あんた達は……?」
「僕達は『なぞのそしき』からきた覚者です。どうかお逃げください」
「か、覚者?!」
黒スーツ、黒サングラスに身を包んだ三十三がなぞのそしきというと妙に説得力がある。
おまけに覚者とも聞けば。男性は今すぐにでも立ち上がりその場を去りたいという表情に変わる。しかし恐怖で上手く立ち上がれないようだ。
「危なかったな、にーちゃん。よっと」
それを見ていた飛馬が、男性に肩を貸すように腕を回させ立ち上がらせる。
男性は外見がとても幼く見える飛馬を見て、多少恐怖を解されたのかなんとか立ち上がることに成功する。
「状況ってーとこの通りだ。危ない目に遭いたくなかったら今の内に避難しておいた方がいいと思うぜ」
「あ、ありがとう。そうする」
男性は忠告通りにその場を去ろうと後ろへ歩いていく。
それを見ていた古妖は、再び男性へと長い髪で襲いかかろうとする。
波の様にうなりながら伸びる髪が、鞭の様に動き男性に叩きつけようとする。
その間に素早く倖と三十三が割り込み、両腕で身を守りながら鋭い打撃を受け男性を庇った。
「いきなり攻撃とは穏やかじゃねーな。ねーちゃん」
男性を狙うための障壁となった、倖と三十三への攻撃が苛烈になっていく。
そこへ体の前で太刀を斜めに構えた飛馬が飛び出す、打ち据える髪の毛を、一つ一つ太刀の鞘で払い、遮蔽に阻まれた流水のように弾いていく。
この剣術は守りに重きを置く巖心流におく一つの型だった。その動きは日々の修行の賜物が窺える。
「貴女に、誰かを傷つけて欲しくないのです。胸の中に抱えているものがあるなら、それを話して解消されるなら、お伺いしますよ」
古妖を抱きとめたまま燐花は古妖を説得する。
目標を失ったからなのか、それとも想いが通じたのか。
古妖の攻撃がぴたりと止まりゆっくりと髪の毛が縮んでいき、元へ戻っていく。
「すみません、僕たちは、あなたを止めに来ました」
ゆっくりと古妖へと近付く羽琉が声を掛ける。すると無表情な古妖の顔が羽琉の方へと向いた。
「ほんと、飛べる因子でよかった。こんなに膝が震えていて、普通ならまともに立っていられない」
震える体を抑えるようにして羽琉は古妖を見つめる。古妖も無表情のままにそれを聞いている。
「恐ろしい? ええ、とても。あなたが古妖だから? いいえ、違います」
羽琉は首を振り、悲しそうな瞳で再び古妖を見つめる。
「恨みや憎しみは、向けられた当人でなくても、怖いんです。それが、そんなことをするはずの方でないと思うほど、辛さや悲しさを感じるから」
その様子を窺っていた覚者の幾人かはその言葉に頷く。
先程の男性を一途に狙う動作から、恨み或いは憎しみが垣間見れたことに疑いはなかった。
「あなたがとても苦しんでいると感じることはできても、事情とかは聞かないと分かりません。だから、教えてください 話してください」
羽琉は胸の苦しさからだろうか、今にも泣き出しそうな表情で想いを打ち明けていく。
「夜が明けるまででも付き合います。血がどうしても必要なら、意識がもつ程度なら構いません。誰かを傷つけることは、あなたの目的ではないと信じていますから」
羽琉は胸の前で両手を握り瞳を閉じ返答を待つ。そこにもう、震えは見られなかった。
「……恨めしかったから……」
古妖の女性が声を発し、とても細く小さな声が浜辺の波が打ち据える音に混ざり聞こえた。
その小さな声を、誰も聞き逃しはしなかった。
●古妖の告白
「……私は、何よりも愛していた人がいました……」
事情を話してくれるつもりになったのだろう。誰も口を挟まずにその事情の話を待った。
「……いつも明るくて……太陽みたいな人……私の事をたくさん愛してくれました……昔は……」
今まで無表情だったその表情に、薄らと陰りが見える。
「……あの人は、私を愛してくれたように、若い人が好きでした……。私は、段々あの人が離れていく様に感じました……」
その時のことを思い出しているのだろうか。表情は既に悲しみに満ちており、どこか話すことが必死にも見える。
「……私は、あの人に愛してもらえるように何でもしました……あの人の好きなことを覚え、あの人に身体を預け、あの人の役に立てることを探しました。……それでも……あの人は離れていきました……」
古妖は悲愴に支配され、顔を俯かせる。、
「……あの人は、何よりも若さと美貌を愛していました……それを失った私に……あの人を振り向かせることが……できませんでした……」
何れ来たるであろう、老い。それは若い覚者達にとって衝撃な物だったかもしれない。
そして、深い悲しみを招いた原因であることを同時に知る。その時倖は、彼女が憎んでいたものが何かを悟ってしまう。
「……老いてしまう、自身が恨めしかったのですか……?」
皆が驚くように振り向く。倖は「愛情が重い男」だった。
もし自分に深く愛する者がいて、別れを告げられた時、倖は恐らく相手を憎むことはできないと思った。
古妖になるまで思い詰め、死に至ってしまった理由。
それは、別れる原因となってしまった、『老い』を重ねる事が憎らしかったからなのではないか。
そして今、若さを求めて……。叶わなかった男性との時間を求めて……倖はそう考えていた。
「……はい……」
肩を震わせ、震える声を発するその姿は、古妖とは思えない程弱々しく、人間的に見えた。
「……想いが報われなかった相手を憎まず、相手の求めていた物を一途に得ようとしていたわけですか……」
三十三が掛けていたサングラスを外し、スーツの内側へとしまう。
露になった童顔から、アイスブルーに澄んだまっすぐな瞳が、三十三へと顔を上げる女性の瞳を見据える。
「それ程まで想われていたにも関わらず、外見だけで人を選んでしまう男は、……あなたには悪いですが、ロクな男だとは思えません」
三十三は想いを隠さず伝えた。もし男性との馴れ初めが最近であったならこうは言わなかっただろう。
古妖となるまで思い詰めた時間が、彼女にとって男性を見直す時間となっただろうと。
そして、彼女の想いは、彼女を不幸にし続ける。そう想い、三十三は言わずにいられなかった。
古妖はそれを聞くと、悲しそうな瞳で俯き押し黙ってしまう。
「……九十九、宜しく頼むね」
三十三は肩に乗っていた、竜系の守護使役である九十九に声を掛ける。
すると三十三の肩から跳躍した九十九が、古妖の傍に移動し、小さなともしびを出し古妖を照らす。
俯いていた古妖はゆっくりと顔を上げる。
「そんな男の為に貴女が苦しみ汚れる事はないですよ。何故なら」
三十三はゆっくりと古妖へと近寄り、姿勢を下げ同じ目線に立ち、続けた。
「生前貴女は十分に尽くしました。素敵な『女性』として」
女性の瞳に映った、アイスブルーの瞳がゆっくりと移動した。
それは真っ白な女性の頬を伝い、その色で染めるように流れていく。
それを見ていた覚者達の表情には安堵、そして共感と見られる頷き等が見られた。
「そうそう、ねーちゃん立派じゃねーか。そんなににーちゃんのこと想ってあげてたんだろ? 中々できないぜ」
飛馬が古妖の傍に立ちニカっと笑いかける。
「俺、思うんだけどさ。男って酷い奴ばっかじゃねーと思うぜ。うちは爺ちゃんだって父ちゃんだって、婆ちゃんや母ちゃんにべた惚れだしな」
全く邪気の感じさせない飛馬のその話に、自然と古妖の表情が柔らかくなっていく。
「だからさ、もっかい男を信じてみる気にはならねーか? ねーちゃんならきっといい母ちゃんになれるぜ」
笑いかける少年へ、何百年と凍りついていた表情で、一人の『女性』は言葉を口にする。
「ありがとう」
●悲しみ過ぎて
「へぇー! それでお前達改心させちゃったのかよ、すごいな!」
覚者達から報告を受けていた相馬が興奮気味に捲し立てる。
相馬は、あの夢をみて以来、悲しそうな表情が気になり今の今まで一睡もできずにいたそうだ。
「あの方磯女(いそめ)さんと言うそうです。改心されたのは良いですが、古妖から元に戻る方法も分からないので、元に住んでいた地域に帰ってみるそうです。お礼もしたいのでお時間あれば来てくださいと」
燐花が小さな紙を取り出す。それには磯女が記した、住所が書かれていた。
「よかったね。笑ってくれて」
「そうですね」
羽琉が磯女の表情を思い返すように微笑む。燐花も表情には出さないが、耳を横に寝かせ、とても安堵していることが分かる。
「それにしても……胸を潰すって意外と苦しいものですね……帰って着替えます」
燐花は男性を装うため、今の今までずっと胸にサラシを巻いていたのだ。
集まった皆は感謝を述べながら燐花を見送る。痕になっていないといいのですが……そんなことを思いながら燐花は部屋を出ていく。
「襲われそうになっていた男性ですが、磯女さんへ愛を囁きナンパをしていたみたいですね。男は自業自得と言えますが、純粋すぎる彼女がまた男に騙されなければ良いのですが」
サングラスを元に戻していた三十三が、表情の見えない顔でふうとため息のように一息つく。
「良いお相手に巡り会えるといいですね。きっと、彼女でしたら大丈夫です」
倖は遠くを見ながら微笑んだ。
「万事解決、ってやつだな。ふわぁ~……安心したところだし帰って寝よーぜー」
「ふわぁ~……そうだなー、そうしよーぜー」
飛馬と相馬が同時に同じ表情であくびをする。
それを見ていた者はくすりと笑ったかもしれない。
つられてあくびが伝染する前に、覚者達はそれぞれの休息の場へと帰っていった。
終

■あとがき■
皆様の暖かいプレイングが大成功という結果となりました!
説得が成功し、無傷で改心となった為、磯女はひっそりと暮らすことになりました。
今回のMVPはとっても迷いました!
迷った結果、早い段階で磯女の攻撃意志を取り除くことができた、宮神 羽琉様をMVPと致しました!
皆様の暖かい心理描写が詰まったプレイングを読みながら、甲乙付け難く、良い意味で苦しめさせて頂きました!
今回はご参加ありがとうございます!また描写させて頂く機会が御座いましたらよろしくお願い致します!
説得が成功し、無傷で改心となった為、磯女はひっそりと暮らすことになりました。
今回のMVPはとっても迷いました!
迷った結果、早い段階で磯女の攻撃意志を取り除くことができた、宮神 羽琉様をMVPと致しました!
皆様の暖かい心理描写が詰まったプレイングを読みながら、甲乙付け難く、良い意味で苦しめさせて頂きました!
今回はご参加ありがとうございます!また描写させて頂く機会が御座いましたらよろしくお願い致します!
