動き出した願い
動き出した願い


●その想いに応えようと
 妹が入院した。
 その事実を聞いたのはもう二年も前の事になる。俺は丁度就職が決まって、家から遠く離れていた。
 原因は栄養失調、という事で聞いていたが、同じ家に居て同じ物を食べ、周囲より快活に過ごしていたのに何故そうなったのかは未だに解らない。
 何なら自分よりも多く食べていたし、学校などの不満も見受けられなかった。
 精神面でも陥る可能性が有るとは何処かで聞いたが、とてもそんな風には見えない。
 医者が嘘を言っているんじゃないか。そう疑問に思った事も有ったが、あの態度を見る限りそういう訳でもなさそうだ。
 つまり、表面上として、症状から思い当たるのは栄養失調。本当の所は謎なのだ。
 ベッドに横たわる妹の手はふとした拍子に折れそうなくらい痩せこけている。
 症状は治るどころか、緩やかに悪化の一途を辿っていた。
「ん……」
 微かな寝息から寝ていたのだろう、とは思っていたが……視線で起こしでもしてしまったか。
「おはよ……お兄ちゃん」
「あぁ……お早う」
 窓から差し込む夕日を背に、俺はダラリと垂れた妹の指先が床を指差しているのを見た。
「ね、それ……」
 妹が指差しながら床を見る。
 そこに、やや大きめの熊のぬいぐるみが落ちているのが見えた。
 あぁ、とそれを拾い上げる。それはまだ俺の記憶の中に覚えが有った。
 ある夜、大学から帰って来た俺は、リビングのソファにやや汚らしいこのぬいぐるみを見つけた。
 何だ? こんなのあったか? そう妹に訊ねると、洗剤とタオルを抱えた妹が答えた。

『入院してる友達から貰ったんだ! アタシにくれるって!』

 それ以来、まるで家族の一員のように、こいつは妹の部屋に鎮座していた。
「あーぁ……また汚れちゃった……退院したらしっかり洗ってあげないとね」
 軽くはたいて熊のぬいぐるみを愛おしそうに隣に寝かせた。
 まだ子供だな……。
 フッと笑みが零れた俺に、妹は片頬を膨らませる。
「……馬鹿にしたでしょ?」
 慌てて首を振ると、今度はその熊のぬいぐるみに助けを請うように、更にギュッと抱き寄せる。
「いーもん! リッキー達が慰めてくれるから! お兄ちゃんの事気にしなくていいからね!」
 そうやって撫でた後、熊のぬいぐるみ……リッキーに向かって妹は微笑みながら話し掛けた。
 そう言えば、他にも二つくらいぬいぐるみを貰ったんだっけか。
「リッキー……一緒に歩けたらまずは公園だね。でもアタシ当分出られないからなぁ。リッキー、アタシに代わって外行って、面白い事ないか見つけて来てくれないかなぁ。来年までには退院したいなぁ」

 妹はそう言ってリッキーの胸元に顔を埋めた。
 そうだ、妹は、紗希(さき)は今年で十九になる。
 成人を迎える来年には、何とか元気にしてやりたい……。


「……という、男性の……いえ、兄妹の夢を視ましたわ」
 夢の内容に一区切り打った久方 真由美(nCL2000003)は、穏やかな視線を覚者達に向けた。
「続けますね~? その夜、熊のぬいぐるみのリッキーは紗希さんの元を離れ、ひとりでに動き出します。えぇ、このリッキーこそ妖……そして、紗希さんが入院する事となった原因だと思われます」
 リッキーはずっと彼女の生命力を吸い続け、その所為で彼女は倒れてしまったのだと。
 しかし何が妖化させたのだろう。
「そうですね……彼女の手元に渡る前。入院されていたというご友人の身に何かあったのかもしれません。その場合、残念ですがご友人さんは早くて二年前には……いえ、憶測ですね」
 止めましょう。と真由美は依頼の説明を続けた。
「リッキーは夜中の公園に、本物さながらの巨大化した姿で出現します。場所は後ほど纏めて連絡しますね。
 それと、紗希さんはぬいぐるみを心の拠り所にしていらっしゃるみたいですから、事前に取り上げたりしたらいけませんよ? 飽くまで、妖として変わり果てたぬいぐるみを退治してあげて下さい」
 妖となったぬいぐるみを退治すればきっと紗希さんの症状も解決していくはずです。
 真由美は穏やかに覚者達へ願いを告げた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:朱月コウ
■成功条件
1.物質系妖『リッキー』の討伐
2.なし
3.なし
どうも、朱月コウ(アカツキ・-)です。
熊です。でも生物じゃないので注意してください。
ボコボコにされる未来か血湧き肉躍る未来か私も楽しみにしたいところ。


●敵情報
 物質系妖、ランク2。熊のぬいぐるみ『リッキー』

 本物であるかのような巨体と剛力を持つ熊のぬいぐるみ。
 笑った口は牙が剥き出しに、手の爪は禍々しく伸び、元の外見が思い出せない程に凶悪な見た目に変貌している。
 爪や牙から繰り出される攻撃はどれも威力が高そうだ。

・スキル
 ハイナックル(近単)
 ……力を込めた腕を爪ごと振り下ろす。
   振り上げる動作が大きいが、その分威力は一番高い。
   BS『出血』

 プレスラッシュ(近単貫)貫3[90%,60%,50%]
 ……前方に勢い良く跳び、回転しながら押しつぶすように突進する。
   跳ぶ力も大きい為、覚者達の頭上から攻撃する形になる。

 重き咆哮(全)
 ……大きく息を吸い込んだ後、芯の底まで響くような咆哮を放つ。
   BS『負荷』


・飽くまで『物質系』なので、熊本来の性質は持たないであろう事には注意したい。


●場所について
 行動を開始するのは夜であり、その頃には比較的人通りは少なくなっているであろう。
 また、リッキー自体も公園に着いた時に巨大化するので、それまでなら人の目に触れる心配もそこまでない。
 万が一人が通れば巻き込まれる危険もあるが、予測される公園は普段使われていない為、可能性は低い。
 また街灯も有る為明かりは要らないと思われるが、もし暗闇を照らす事で優位に事を運べるなら、何らかの準備をして良いかもしれない。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
公開日
2016年08月17日

■メイン参加者 5人■

『献身なる盾』
岩倉・盾護(CL2000549)
『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)

●想いが向かう先
 夜の公園はいやにひんやりとしていた。
 それが昼間との熱気の違いなのか、それともそこに来るであろう禍々しきモノのせいなのかは分からない。
 ただ一つ、自分達がその冷たさに飲み込まれる程ヤワでは無いという事は、それぞれ理解していた。
「居た、南側から最短距離で来てる……この速さだと、十分もしない内に到着しそうだね」
 公園内で偵察を開始していた『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)は、示した方向に顔を向けながら仲間へ伝えた。
「了解、一般人、居る?」
 球体関節の手首を回し、いつでも応戦可能というように、岩倉・盾護(CL2000549)が訊いた。
 夜とはいえども、全く人が出歩かない訳では無い。
 むしろ、移動途中のリッキーを誰かが見つけてしまう心配も捨て切れない。
 盾護の問いに、紡は冷静に返す。
「大丈夫、ここに来るまでに遭遇しそうな人は居ないよ」
 まぁ、居るとしたら……と紡が言葉を途切り、代わりに緒形 逝(CL2000156)が繋ぐ。
「おっさん達くらいだわね」
 言いながら、逝はフルフェイスの下にある緑と更に深い緑の両目を細めた。
 リッキー……熊のぬいぐるみもそうだが、夢見の話は何か引っ掛かる部分が有った。
 友人、とやらが事件の根元に関わっているのか、それともその友人ごと騙されていたのか。
 様々な思考が過ぎるが、今は目の前の事態を収拾する事に尽力すべきであろう。
 何にせよ、ぬいぐるみを倒さなければ紗希の命が危うい事に変わりは無い。
 その為には多少傷つけてしまう事になるが、命には代えられない。
 その事は、『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)も良く理解しているだろう。
 どれほど大事にしていようと、それが生命を危険に晒す存在であるなら放って置く訳にはいかない。
 少しの緊迫感と依頼の疑惑が空間を支配する中、暗闇でも目の覚めるような金髪をしたプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が一歩踏み出した。
「余達が倒せば……」
 顎に片手を当て、そのまま皆を横切るように闊歩する。
「ぬいぐるみは元に戻る、かな?」
 その言葉に、自身の腰にランタンを取り付けていた紡の手がフと止まる。
 プリンスはいつもの笑顔で、誰を見る訳でもなく振り向いた。
 確かに、物質系統ならば討伐後に元に戻る事も確認されている。
 だが、飽くまでも可能性の話だ。過剰に期待するべきでは無い。
「それに、ニポンのトイ造形技術は今も世界一だって余知ってる。余はお金出せないけどね」
 紡は小さな溜息を吐いて、今度は愛用している三日月型パチンコの幹にランタンを括り付け、緑の瞳を彼へ向ける。
「また鼻にスプレー吹きかけようか」
 それは勘弁、といった風にプリンスは顔を背けた。
「お二人共、コントやってる場合じゃありませんわ」
 ピシャリといのりが言った。
 直後、覚醒した彼女は羽付きの杖を構える。
「リッキー、来た、戦闘」
 盾護が両腕を構える。
 と、同時に、それは来た。

 愛らしかっただろう面影は最早何処にもない。
 少女を見つめていた無垢な瞳も黒々とした冷淡な恐怖を思わせるだけの物になり。

 逝、彼はそいつから、確かに憎悪と悲しみが入り混じったような感情を受ける。
 相手に話す気が無いのか、それともこちらの言葉を理解するだけの能力が無いのか、意識の伝達は不可能そうだったが。

 鋭利な牙と爪を見せつけながら、そいつは自分の体積を、何倍にも膨らませていった。

●あれを取り戻す
 姿を現して、すぐさま動いたのはプリンスだった。
「やぁ、こっちだよクマさん! シャケはないけど余がいるよ!」
 わざわざ前に躍り出たかと思えば、不敵にも見える笑みで向かうは林の中。
 リッキーも釣られ、それに合わせて四人もそれを追いかけるようにして場所を移す。
 リッキーは比較的動きは遅かったが、プリンスを追うのは訳が無い。
 彼が灯している小さな炎を辿ればいいのだ。
 草を掻き分ける音が一塊になる。
 その中で探す炎。林で見えにくいが……右、左、正面……見つけた。
 暗がりの金髪へ狙いを定める。が、ぬいぐるみの身体に高密度の霧が纏いついた。
「申し訳ありませんが倒させていただきますわ」
 いのりが仲間の後ろへ位置し、杖先をリッキーへと向ける。
 彼女とすれ違いに、黒いスーツの先が砂を蹴った。
 いのりを庇える位置に入ると逝は足元の砂を巻き上げ、自身へ鎧のように纏わせる。
 と同時、飛翔した紡が身体を軸に蒼い羽を一回転させ、柔らかな風を皆へ送った。
 全体へ送られる風。無論、前衛のプリンスや盾護もその加護を受ける。
 受けた二人はそれぞれ防御を固め、敵の攻撃に備えた。
 野太い腕が盾護へ飛んできたのは、その直後だった。
 音が一つ。拳が二つ。
 柔軟性の有る布生地の腕と交錯し、盾護の拳がリッキーの脇腹へめり込む。
 数十センチ向こうから赤い点を灯らせた黒目が顔を覗かせる。
 対して盾護から、いや、彼の背後から黒い靄が彼らを覆った。
 リッキーはそれに怯えたか、そもそもそんな感情が有るのか分からないが、素早く腕を退くと自身もその場を飛び退く。
「チ……やっぱり命中に難有り、かね」
「や、待って」
 即座に次の行動に移ろうとした逝を、上空からやはり紡が冷静に見下ろし呼び止めた。
 リッキーの足がふらついている。
 と言うより、しっかりと相手が見えていないようだ。
 逝と紡が互いに顔を見合わせ、紡は微笑しながら、逝は表情の読めないフルフェイスの首を傾ける。
 混乱した敵を対象に、いのりの杖先に光が凝縮。
「お見事ですわ」
 二人に向けて言うと同時に波動の塊を撃ち放つ。
 波動の弾丸は二人の間を抜け、隙だらけのぬいぐるみに直撃した。
 場所が場所なだけに周囲の木も多少削がれてしまったが、公園器具に損傷が無いのは流石だ。
 次いで紡が念じた祝詞がプリンスを加護し、合わせてプリンスがリッキーへ跳んだ。
「ガツーンといっといでー」
 紡の言葉に応えるかのように、プリンスの大槌が暴れる腕を払い退け、相手の力を利用して大槌を半回転させると柄を胴体目がけて狙い穿つ。
 その横で、いつでも援護に入れる位置を取って盾護は更に防御を固めた。
 リッキーはまたもよろめくが、今度は牙を大きく見せると目の前の相手へ飛びつく。
 が、その牙は誰を捉える訳でも無く、木の一つにぶち当たった。
 再度リッキーは周囲を見渡す。
 大丈夫だ、ちゃんとそこに居る。
 なら今飛びついたモノは?
 ぼう然と立ち尽くすばかりのリッキーは、やがて今度はちゃんと相手の方を向いた。
 瞬時に飛び掛かる影達。
 行動を開始する暇も無く、リッキーはその影に飲み込まれた。


「岩倉ちゃん、右!」
 空からの伝達が入る。
 瞬時にその方向へと身体を向けた盾護は、周囲の木ごと自身を薙ぎ倒して来る巨大な腕が見えた。
 高めた防御のお陰で攻撃は然程痛くない、が思わぬ箇所に傷を負ったようで、血が止まらない。
 その傷をいのりが浄化の光で癒すと、彼女は上を見上げた。
「紡様、状況は?」
 言葉を受けて紡は理解する。返答までに然程時間は掛からなかった。
「……うん、大丈夫。こっちに来てる人は居ないよ」
 ほうっと息を吐くいのりに、紡は報告を終わらせると周囲に霧を出し、仲間の体力回復を図る。
 盾護がその場を飛び退くと同時に、リッキーの懐へ逝とプリンスが滑り込んだ。
 まずプリンスが勢いを付けて刺突、吹っ飛んだリッキーに逝が追いつき、腕を取ると勢いを利用して投げ飛ばす。
 三度目の防御強化、戦の祝詞を自身で念じ、いのり、紡の空気と波動の弾に合わせ、逝が再び攻撃を加える。
 またもプリンスの突き、そしてようやく立ち上がったところに、盾護が足元を狙って攻撃を仕掛ける。
「さぁさ、おいたは早めに終りにして……さっさと可愛いクマに戻ったらどう?」
 転倒したリッキーをやや遠目に、紡が語り掛ける。
 俯せ状態のリッキーは数秒の間、動かない。
 が、突然四足に力を込めて飛び上がったかと思うと、両腕を広げた。
 攻撃か。
 瞬時に後退し身構えた逝、プリンス、盾護であったが、それは構えるよりも速く到達した。
 身体、ではなく、音。
 直接身体の中へ捻じ込まれるような重苦しい咆哮。
 とてもぬいぐるみが出すような声では無い。
 例えるなら、そう、大型スピーカーを直接心臓に当てているような重圧感。
 堪え切れたのは逝といのりの二人だった。
「何て声……!」
 そのいのりも、耳を塞がずにはいられない。
 傍ら、逝は帯刀している『悪食』が何かざわついたような感じがした。
(っと、今日は我慢だぞう、もう少ししたら美味しそうなやつを喰わせてやるからな)
 紗希の事を考えれば、流石に真っ二つはマズい。
 すぐさまいのりと紡が重い空気を吹き飛ばす演舞を送る。
 盾護の防御壁によって多少自分も傷を負うが、闘志を再燃させたリッキー、向き合う覚者。
 一瞬の静寂が訪れた後、互いの距離が一気に埋まった。

 覚者達の攻撃が入り乱れる。
 いのりの貫通射撃と同時、逝が間合いを詰めて接近、軽い動作で相手の動きを捉えると力を利用して投げ飛ばす。
 リッキーはまともに動く事も難しかったが、それでもようやく振り下ろした手は盾護によって阻まれた。
 その盾護を紡が霧によって身体を癒し、前方でプリンスが大槌を振りかざす。
 と、その手がピタリと止まった。
「どうしようツム姫……今気が付いたんだけど」
 紡はプリンスの頭上で制止する。
 何か問題が起きたか。いや、今の状況なら余程の事で無ければまだ間に合う。
「余が殴ったらあのぬいぐるみもお金になっちゃう……」
 援護行動に出た紡の動きがまた止まる。見下ろした視線が突き刺さる。
 プリンスの前で風切り音が鳴った。
「牛丼とか買えちゃう!」
 ヒュッとプリンスの真横の空間を爪が切った。
 難なく上空へ避難した紡が呆れたように言った。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ」
 爪を挟んで真横に避けたプリンスが返す。
「しょうがないじゃないか! 余、国からの送金止まってるし」
 今一度それぞれの陣形へ戻り、紡は面倒そうに付け足した。
「……えーと、じゃあ、ほら、側面で殴れば?」
 説明しよう。
 という場合でも無いのだが、彼の持つ武器『インフレブリンガー』は打ち据えた全てを『王子のイイ顔』が刻印された国貨へと化すらしい。
 本当にそうなら錬金術も真っ青である。
 ともかくその代用で納得したのか、なるほど、と呟いたプリンスは大きく遠心力をつけると大槌の側面でリッキーを殴打した。
 続けて、盾護がリッキーの体勢を崩したところを逝が投げ飛ばし、倒れたところへ紡の圧縮砲が撃ち込まれる。
 再び起き上がったリッキーの目前で、ツインテールが揺れた。
「これで……!」
 放たれた波動弾。
 避ける間も無くその身に受けたリッキーは……やがて機能を停止した様に、動く事は無かった。


「そこの草むら、見てみて」
 紡の指定した場所に盾護が手を伸ばす。
「リッキー、発見」
 ぬいぐるみは、そこに有った。
 以前より大分ボロくはなっているが、確かにそれは先程まで対峙していた物だった。
 つまり、元の形へと戻ったのだ。
「ほれ。綿、飛び出してたから拾って来たわよ」
「この子、修繕、出来る?」
「大丈夫、ニポンのトイ技術は今も世界一だって余信じてるよ」
 逝から渡された綿も詰め、保護されたリッキーはいのりを中心に皆の手で手厚く修繕されていく。
 昼間の内にいのりが買ったソーイングセットも満足気に仕事をこなしたようだ。
 完全に元通り、にはならなかったが、リッキーの瞳は、恐らく以前のようなつぶらなものに戻っていた。
 小さなムーンストーン付のブレスレットをリッキーの首につけ、ぬいぐるみの頭を撫でて紡は呟く。
「……今度は元気にしてあげてね」


「……リッキー!」
 後日、彼女……紗希の病室を訪ねた覚者達だが、まず思っていた以上の声量に驚いただろう。
 彼女は依然ベッドの上だったが、心なしか精気を取り戻したような肌色をしていた。
「何処行ってたのよー!」とか「看護師さんが持ってったのかと思ったー!」とかリッキーの行動には気付いていない様子だったが、ひとしきりリッキーを抱きしめた後で、横に座っていた兄に小突かれ目の前の覚者達に気付く。
「……あ」
 紗希は何かを言い掛け、恥ずかしそうに俯いた。
「有難う……御座いました」
 そうして、彼女は浮かんだ一つの疑問を彼らに問う。
「あの、この子何処で?」
 いのりが一歩前に出る。
「リッキーは、大好きな紗希様の為にグロテスクな病魔と闘っていたんですの」
 いのりは紗希に抱えられたリッキーの手を取り、顔を見ながら続ける。
「その所為でボロボロにはなってしまいましたが……無事に勝利し『これできっと元気になるよ』と言いながら静かに動かなくなりましたわ」
 紗希もリッキーの顔を見下ろした。
 以前に比べていやにゴージャスになっていたりありこちが包帯だらけだが、それが自分の為だと知ると少し、目に涙が溜まった。
「頑張ってたよ、キミのために」
 紡も笑って、優しい嘘に便乗する。
 いや……これは嘘では無い。
 きっと、リッキーも望んではいなかったはずなのだ。
 逝が最初に感じた悲しみは、その一部だったのかもしれない。
 自分が居る事で少女を苦しめていた事を、妖と化す前に感じ取っていたのかもしれない。
 ならば、これは嘘では無いのだ。
 鼻をすする彼女に、紡は小指を差し出す。
「元気になったら一緒に遊ぼう?」
 年下と思っていた女性にあやされるのは何だか不思議な感じだったが、それでも紗希は一緒に差し出された飴を手に取り、赤らんだ笑顔で答えた。
「……うん! 約束ね!」

 病室を出た彼らは、最後に出た盾護の後にもう一回扉が開く音を聞く。
「あの……!」
 振り向くと、彼女の兄である男が病室の前に立っていた。
「アイツ、馬鹿だから……多分、何も気にしてないと思うけど」
 次の言葉が出るまで、一瞬間が有った。
「……妹、助けてくれたんだな?」
 それに明確に答える者は居なかった。
 ただ、先頭の逝はひらひらと片手を振って一言だけ告げる。
「や、おっさん達はあの子を届けに来ただけよ」
 それで充分だった。
 覚者達の姿が見えなくなるまで、兄は頭を下げて見送った。

 病院を出た彼らは、報告に帰る。
 だがその途中、逝の様子に疑問を感じ、盾護は問い掛けた。
 チラリと盾護へ視線を送った逝は呟くように言う。
「縫いぐるみ、まだ幾つか妹とやらの手元に残ってんじゃないかね?」
 二つ程。確かに夢見の話にそう出ていた。
 それが今後、関係してくるかは分からない。
 だが、これで少女の命は救う事が出来た。
 今は、ただそれだけで充分だろう。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

どうも、朱月コウです。
ボコボコでしたね。お見事です。

不吉な終わり方ですが、今後ぬいぐるみの出番はあるのか……。
ご参加頂き、有難う御座いました。




 
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