想いの灯
想いの灯


●医師として
(ぐっ、こんな、時に……私はまだ、死ぬわけには……!)
 手術着を着た初老の医師は突然胸を襲った激痛にマスクの中の顔を歪ませた。
 神の手と謳われたその手に握られたメスが震える。
 目の前にいるのは自分の腕に全幅の信頼を置いてくれた男の子だ。病魔に冒され、なお懸命に生きようと必死に戦っている。
 期待に応えるためにも自分がここで倒れるわけにはいかない。
「先生、どうかしましたか?」
 第一助手が異変に気づいて声をかけた、なに、たいしたことではないと頭の中で言葉を浮かべる。
 しかし……声が出ない。
 もはや体は言うことを聞いてくれなかった。
 病気を治し健康を回復する医師とて人間だ、病魔は自分が食らいつく人間を区別はしない。
 特に心身ともに激務である医者はさぞおいしそうな獲物に見えたことだろう。
(わたし……は、この子、をすく……わな……、け……れ)
 目の前が暗くなる、呼吸ができない、指先の感覚がない。
 医師としての矜持が、使命感が死の淵にして煌々と燃え盛る、奇跡を願うかのように。
 しかし死神の鎌から逃れることはもはやかなわず、強烈な想いと共にここで彼の命の炎は燃え尽きた。
 少年が救われたのを知らぬままに。
 
●新たな患者
「ちくしょう、だから俺は嫌だっていったんだ。何だよあいつ、俺らをカエルみたいに!」
 暗い病院を男が走る、効かぬ視界で体をあちこちぶつけてあざを作ってもかまわずに。来た時には三人だったはずなのに、今ひた走る足音はひとつだけ。
 なんか売れそうなもんがあったら頂いていこうぜ。
 そんな馬鹿な提案に乗ってしまったばかりに、スプラッタ映画の主役になってしまうだなんて。
 人の中身なんて初めて見た、ぬらっとしてぐにゃってして気持ちが悪かった。
 腹の中身を引きずり出されてもう友人は生きてはいまい、ちくしょう、俺はああなるのはごめんだ。
 走る、走る、すぐ前には待ち望んでやまなかった出口が。
 ずるっ
「え、あ?」
 青白い手が自分の内側から出ていた、ぴくぴくと動く肉の袋を手に。
 ボクシングで鍛えた分厚い筋肉も張りのある皮膚も自分を守ってはくれない。
 手が引き抜かれると男は膝から崩れ落ちる、痛みがないのが不思議だった、だから……死ぬ間際まで恐怖は続く、己の臓物を目に焼き付けさせられるという恐怖。
 取り出された臓器は看護師の霊が持つ銀のトレーに乗せられ、未だ蠢いている。
 まだまだ、取り出せそうなものは残っていた。
  
●手術は終わらない、終われない
 コーヒーのいい香りが鼻腔をくすぐる、角砂糖をひとつカップに落として久方 真由美(nCL2000003)は黒く揺れる水面を見つめた。
 どうぞ、と真由美は覚者にコーヒーを勧めた。自身も一口含むと苦味と甘み混ざった風味が口内に広がる。
「今回は危険な妖の討伐をお願いしなければなりません。元は生前評判のいいお医者様だった男性なんですが、面白半分に病院を探索する者の命に当てられて目覚めてしまいました。そして、責任感の強かったお医者様は『治療』を開始してしまったんです」
 死してなお、医師であり続けようとする志は立派だが、それは誰にも望まれていない。
 訪れる者に次々に『治療』を施し医師は力をつけていってしまった、病院外へと行動範囲を広げるのはもはや時間の問題だと言う。
 野放しにすれば大勢の人が『治療』され、死ぬ。
 真由美の見た未来はとても凄惨なものだった、それはまるで出来の悪いスプラッタ映画。
 討伐に行けば『治療』されてしまう可能性があるのは覚者も同じ、でも誰かがやらなければならない。
「彼の中ではまだ病気と闘っているんでしょう、しかしもう彼の患者さんはいないんです。未だ医者であり続けようとする彼を眠らせてあげてください」
 そう言うと真由美は深く頭を下げた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:ほし
■成功条件
1.ゴーストドクター及びゴーストナースの討伐
2.なし
3.なし
 ほしです、オープニングをご覧頂ありがとうございます。
 最近医者さんのお世話になりました、自分の中も見ました、うぇ。
 健康ってのはほんと意識しないけれど大切なんだなって思います。
 では以下詳細です。
 
■ロケーション
 ある地方都市に存在している1階建ての廃病院、時間は夜で曇っているため月明かりはありませんが、建物はしっかりして足場は悪くありません。
 施設は入り口がひとつ、入って手前にナースセンター、ついで一般病棟、奥が手術室と一列に建築されています。
 手術室は6人並んでも武器の取り回しに苦労はありません。
 ナースセンターはほぼ手術室と同じ広さになります。
 一般病棟は廊下沿いに6部屋、手術室の半分の広さです、並べるのは4人まで。
 廊下に横に並べるのは3名まで。
 電気が来ていないため施設内は暗いです、しかし手術室のみ妖の力で手術灯が作動しているため明るいです。
 
■エネミーデータ
 妖 心霊系 ランク2 ゴーストドクター 1体
 手術中に亡くなった男の思念が妖となったもの。
 動きはそれほど速くないものの生前のメス捌きや長時間手術に耐えうる体力、精神力が妖の能力として投影されています。
 依頼開始時は行動範囲は病院内限定されています、回診をしているつもりなのかうろうろと病院内を動き回っているようです。
 以下の行動を取ります。
 
・切開術(近距離・物理属性・単体・【出血】)
 メス捌きで切り裂こうとしてきます。
 
・心霊摘出術(遠距離・特殊属性・単体・ダメージ0)
 霊的な手が対象の体内にもぐりこみ、心臓と肺を除くすべての臓器を対象に1回で1つ摘出される可能性があります。
 ダメージはありませんが3つ臓器を摘出された時点で根性判定、4つ目で戦闘不能になります。
 摘出された臓器は戦闘中は戻せません。
 この攻撃による依頼後の永続的な肉体への影響はありません。
 
 妖 心霊系 ランク1 ゴーストナース 1体
 医師ともに目覚めた看護師の思念です、常にゴーストドクターの隣に居てサポートをします。
 以下の攻撃をランダムに行いますが、ゴーストドクターが心霊摘出術を成功させた場合臓器保存に動くため攻撃はしてきません。
・薬品投擲(遠距離・単体)
 毒薬(毒)
 麻酔(痺れ)
 栄養剤(HP回復)
 消毒液(BS回復)


●注意!
 本シナリオは妖の能力によりキャラクターにグロテスクな描写が強くなされる場合がありますので、苦手な方はご注意ください。
 
 キャラクターの健康診断にでもどうでしょうか?
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/7
公開日
2015年12月08日

■メイン参加者 7人■


●深夜の病院
 誰もいない朽ちた夜の病院は、まるで怪物の胎の中に閉じ込められたような不気味さを醸し出していた。
 乏しい灯りの中で伸びる影は揺らめき、この世ならざるものが蠢いているようにも思える。
 そんな原始的な恐怖を呼び起こさせる闇の中、院内を淀みのない足取りで探索する覚者にはある種頼もしさを覚えるだろう。
「やはりそれなりに大きな事件になったようだね、記事によると美談として語られていたみたいだ」
 前もって事件の調査していた指崎 まこと(CL2000087)は新聞の切り抜き記事をコピーに目を通す、見出しはこうだ。
『受け継がれる命のバトン』
 術中に医師が死亡という事件は当時やはり騒ぎになったらしい。
 少年は助かった、調べた限りでは少年のことを知らない人間も新聞等でそれは知っていて、葬儀の席で少年は感謝の手紙まで残している。
「それで終わっていれば良かったんだけどね、こういう形でこの世に囚われちゃうのはすごく悲しいね」
 知らないのは当の本人のみという現実に白枝 遥(CL2000500)は院内の見取り図を見ながらそう思わずにはいられなかった。
 元が病院ということなのだろうか、廃墟化しているにしては院内は清潔感が残っているように思える。
「めぼしいものはやはりないかな、廃院の時にいろいろと処理をしていったみたいだね」
「うん。なんだか、すげーけさみしい感じだな」
 埃のかぶったデスク類や戸棚のせいで指を汚しながら探し物をしている指崎 心琴(CL2001195)は祭りの後にも似た寂寥感を覚える。
 常に人がいるのが当然のナースセンターに自分たち以外に今は命の面影はない、しかし賑やかであったであろう痕跡は残っている。
 そのギャップが心琴にはさみしく感じるのだろう。
「医者って難儀な生き物なんだな、人を救って、でもそれが当たり前だって思われて」
「それでも最後まで自分の使命を守り通そうとした熱意は立派だ。だが……こうなってしまっている以上ごっこ遊びはもう終わらせるべきだろう」
 そういう生き様は嫌いではないが、と『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)は付け加えた。
 生前は医者として、人として命を救った。
 しかし今は人でなくなり命を奪う存在となった、それを滅するのに何ら戸惑いはない。
「……滅ぼしてやる、身も心も」
 そして思いを断ち切る、それはある意味究極の慈悲とも言えるだろう。
「オレ病院ってあんま好きじゃねーんだけど、こうなっちまえばおっかなくねーや」
 暗く霊の出る病院を前にこう言ってのけるのは新咎 罪次(CL2001224)。入口からナースセンターにスムーズに進むことができたのも罪次の土の心によるところが大きい。
 薬嫌いの罪次にとって病院は居心地のいい空間ではないのだが、もはや機能を果たしていないとなればそれはただの廃墟に過ぎない。自分も何か見つけられるものがあるかと戸棚をいささかにぎやかにひっくり返していく。
 一行は何か残されたものを求めて探し回るがなかなか成果が得られない。
 高く売れる医療機器や個人情報の詰まったカルテなど重要物件は見当たらず、残っているのはパンフレットや古くて売り物にならない机など。
 これ以上ここにいても収穫はなさそうだなと皆の心に暗雲が沸き上がる、その空気を打ち消すかのようにパンと一つ手が鳴った。
「さて、ここには何もなさそうですし手術室にも行ってみましょうか。何せ一番高価な機材が揃っている場所だからね」
 そしてそこは医師の人生の中枢でもある、何か感じるものがあるだろうかとまことは皆を促した。

 仲間が残されたものを調査している間、鯨塚 百(CL2000332)と『RISE AGAIN』美錠 紅(CL2000176)は病院内を霊を探して探索していた。
 暗い道は曲がり角や病室から今にも何かが飛び出してきそうだ。
「なんかこう、今までの犠牲者のモノとかあったらやだなぁ。でもそのままにしておくともっと増えそう」
 廊下なんかに犠牲になった人たちのモノが落ちていたら……不気味すぎると紅の心に湧き上がるのはちょっぴりの恐怖心、暗い院内はあまりに雰囲気ある。
「だからこそオイラ達が止めてやらなきゃな、たくさんの命を救ったお医者さんにこれ以上罪を重ねさせちゃいけないし!」
「そうだねこのままじゃ可哀想だよ。やってることが逆になっちゃってるんだもん」
 百と紅の思いは概ね同じだ、現状は想いが強すぎるせいで望まずに犠牲者が出ている。
 これでは生前の名誉を傷つけてしまっている状態だ、そんなのは悲しすぎる。
 暗い廊下に響く乾いた足音、運よく医師と出会わないのだがここが彼の始まりにして終わりの場所、そして何より想いの詰まった場所でもある。
 生の感じない空間に命の気配を感じることに、霊は長けていたのだろう。
「ちょっと待って」
 暗い空間が揺らめくのを紅は見逃さなかった。
 静かにして強烈なプレッシャーはしだいに白い輪郭を表して、院内に患者を確認した二人の霊は白の白衣から緑の術着へと変化していく。
 姿を現した例がギギ、とぎこちなく二人を振り向くのを見て百は背筋に寒気が走った。
「やべぇ見つかった!、早くみんなに合流しないと!」
 二人は駆ける、仲間の元へ。
 最後の手術が開始されようとしていた。
 
●オペ開始
「ここすげぇ明るいな! 目がおかしくなりそうだ」
 罪次は部屋に入ったとたんのまばゆい光にちょっとくらっとした。
 いくらなんでも光が強すぎる、これも妖の力なのだろう。
「来たよ!」
 両開きの扉から勢いよく百と紅が突っ込んできた、先に手術室を調査していた覚者はそれだけで察する。
 罪次の姿が変化した、無邪気な表情を浮かべていたその面影は残しつつも輪郭が変わり、体格が変わり、荒事を好む凶悪な顔つきに変化し見るものを威圧する。
「いっつ!」
 照明に反射した銀のメスが軌跡を残しながら振るわれると百の腕がぱっくりと裂け筋肉の層が覗く、神の手と謳われた生前のメス裁きになんら陰りは見せない。
 ぶしっと鮮血が宙を舞った。
 次いで不穏な動きを見せるナースに向かい結唯は飛び込む。
「うろちょろされては目障りなんでな、先に潰させてもらおう」
 結唯は鋼鉄に勝るとも劣らぬほど硬化した腕でナースを打ち抜く、揺らめく輪郭がその一撃で大きく揺らいだ。
 戻る間もなく罪次がB.O.T.による貫通攻撃をしかけ一気に畳みかける。
 まずはナースを排除と意思疎通をしていたおかげで連携はスムーズだ。
 しかしそれはドクターとナースという関係も同じ、息が合わなければ治療もおぼつかない。
 罪次の悲鳴が響いた。
「うぎゃー! オレ薬は嫌いなんだよ!」
 ナースの投げつけた瓶が罪次の頭上で蓋が空き、危険な色をした液体が降りかかる。
 キツイ匂いのするそれが降りかかった部分がなんだかピリピリとする。
「さすがドクターとナース、コンビネーションはいいってことかな?」
 遥は百へと水の癒しをかける、切れ味鋭いメスは百に見た目以上の深手を負わせているのを見抜いていた。 
 出血の多い百をかばうように前に出た紅は、ドクターと切り離そうと地を這う軌道から2対の剣でナースを斬り上げる。
 ナースのサポートは重要、しかしだからといってドクターの腕はいささかの陰りは見せず。
 にちゃり
 手術室に響き渡る異質な音、それと一緒に紅は自分の体内にあるはずのない異物感と喪失感を一緒に覚えた。
「う、く、痛くは、ないけど」
 ずるっという水っぽい音とともに桃色の肉の管が腹から体外へとから露出する、血も出ない、痛みもない、あるのはただ喪失感と自分の腹の中身を見てしまったというショック。
 ナースは取り出されたばかりの新鮮な紅の腸を大事そうに銀のトレーへと乗せた。
「大したものだ、その力は本当に」
 看護師であるまことは手術の大変さを知っている。正確に素早く患部を取り除くには多くの経験と技量が必要だ。
 まっとうな使われ方をすればこれほど有用な技もないだろう。
 だからこそ、認めるわけにはいかない。
「技術だけ見ればあなたはプロだ、しかしはっきり言わせてもらおう。腕はいいのかもしれないがそれは患者に、そして少年に振るわれるべきものだ。今のあなたをプロと認めるわけにはいかない」
 新聞の切り抜きを医師にたたきつけ失格の烙印を押した。
 己の健康状態は知っていたかもしれない、自覚がありながら手術に臨んだ事実は美談では済まされない。
 もし少年が死んでいればそれは醜聞となり美談の何倍ものスピードで世間に知れ渡っていたことだろう。
 医療の厳しさをよく知っているからこそ、許せない。
 看護師でありながら鍛えたまことの武術は妖を討つに十分、それ以上に看護師としてドクターに精神も接する。
 自分は看護師だ、サポート役として医師の体調調査を怠ったナースにも落ち度はあったと、思うとそれも許せるものではないのだ。
 だからこそ、ここで眠ってもらわなければならない。
 
「こらーっ、返せ!」
 ピクピクと蠕動する胃を引きずり出された百はまるでおもちゃを取り返そうとするかのように勢いよく飛び出した。
 百がナースに爆裂の拳を打ち込むとその存在が危うくなったのか大きく影が揺らいだ。
 憎くてやっているわけではない、早く眠らせてあげようという慈悲からの行為だが、病を治すために手術をするという観念にとらわれたドクターは近づいた百の腹に手を伸ばし、さらに動かす。
 ぐりぐりっと2、3度百の腹の中で手が動いたと思うとあずき色の大きな臓器が引き抜かれてきた。
「ううぅ、気持ち悪い……」
 初めて見る自分の中身を目の当たりにして百に鳥肌が立つ。
「こっちだ!」
 結唯はさらに狙われる百との間に体を滑り込ませる。
 自分も膵臓も奪われてはいるけれど、言い方はおかしいがまだ自分には余裕がある。
 最初は何も乗せられていなかった銀のトレーにはいつしか覚者から取り出した生々しい臓器が増えていく、病気に侵されていないそれは健康そうだ。
 来る時より体重が軽くなってしまった結唯は地面が隆起しドクターを貫く、返す刀で罪次の呼び出した地の槍が逆方向から追い打ちをかけた。
「地縛霊になられても迷惑だが、いやいっそここに縛り付けられていたほうがマシなのか?」
「いやいや、ちゃんと成仏してやらないとだめだぞ」
「想いが残った結果がこれだからな、せめて少年が助かったことは伝わると良いが」
 まことが切り抜きを叩き付けただけでわかってくれたかどうかはわからない、分かってくれたとしてドクターが正気に戻るとも思えなかった。
 それでも一縷の望みがあるのならばと遥は訴えをやめない。
「最後の患者さんは救われたんです、今も元気に生きている。命の火はちゃんと受け継がれているんです! あなたはもう休んでいいんです」
 遥はエアブリットでナースの動きをけん制しつつ願いが届くように声を上げた。
 そう救われている、救われていないのは唯一……命を犠牲にしてまで火を守ったドクターだけというのはなんという皮肉だろう。
 遥の顔色も悪い、あのトレーの上で蠢いているのは自分の腸、もはやどれが誰のものなのかわからなくなりつつ状況だ。
 それでも、想いよ届と願わずにはいられない。
「伝わるよ、そうじゃないと可哀想だもん。ううん、あたし達が……伝える!」
 青い顔色をした紅が並んだ二つの霊をまとめてなぎ倒す、ドクターほど想いの強くなかったのかナースの霊はそれで霧散した。
 これで残るはドクターのみ。
 
●医者だったモノ
「まこと先生は厳しいことを言うけど、僕もそうだと思うぞ! でもそこまでして助けたいって気持ちもわかる。僕もそうだからさ」
 心琴は救われてから心を培うにつれ困った人を見過ごせなくなっていた。
 だからドクターの少年を救いかった想いもわかるつもりだ。
 だからこれ以上罪を重ねないでほしい、ドクターに携わり腕を上げ育っていった者もたくさんいる、あとは後進に任せればよいのだ。
「もう楽になっていいんだ! ドクターが助けたかった子は元気で生きてる!」
 心琴の心からの叫び、医療の手伝いを通して見てきた病気と闘う医者と患者の姿、それはとても尊いものだということを心琴はよく知っている。
 そして、それはこのドクターが知らないわけがなかったのだから。
 ドクターの影が揺らめいたような気がした、強い想いが生んだ悲劇ならば、強い想いで救われることがあってもいいはずだ。
 声なき叫びが手術室を包む、それは覚者たちの優しさの裏返しか。
 もう安らぎを得てもいい、この世に生ける者がいる限る病気もまたなくならないのだ、なくならないものを追い続けるのは酷だ。
「オレあんまり病院とかすきじゃねーんだけどさ、センセーみたいな熱意のある人がいるんならおっかなくないと思うぞ。あ、でも今のセンセーはちょっとおっかねーかな。安心して天国に行ってくれればいいけど、そうじゃねーなら、俺が送ってやるよ!」
 罪次の顔が凶悪な笑みを作る、罪次もいくつが腹の中身がなくなっているはずだが自分の臓器を見てそれはむしろ興味津々な感じで。
 メスの閃きも臓器を抜き取る技術も極上、己の力でどこまで近づけるか楽しかった。
 
 死というのはある意味開放だ、死してなおいまだに戦い続ける医師はどこまでも優しい人柄だったのだろう。
 しかし行動と人柄は必ずしも一致しないのだ、だから。
「もう、休んでいいんですよ。疲れたでしょう? あとは遺志を継ぐ者に任せていいはずですよ。救われたんです、あなたの患者は」
 もはや陽炎の様な揺らめきが残るのみの空間、それでも遥の体内へ違和感を与えるドクターの行動は害意があるからではない、わかっているから、もう休んでほしい。
「僕がちゃんと勉強してお前の遺志を継ぐぞ、約束する。だから成仏して見ていてくれ!」
 明るい室内においてなお負けない心琴の雷光は空を裂き、揺らめく空間に直撃した。
 揺れる室内、激しく明滅する手術灯はこの世にドクターが最後に残す証。
 灯りの点滅が不規則になり、部屋の主がいなくなった頃にはがらんとした空間が残るのみとなった。
 
●受け継がれし志
「結局、病気の人を救いたかっただけなんだよね、こんなになっちゃうほど」
「何をしているかわからなくなっちゃって、悲しいよ。強い想いってすごいんだね」
 臓器を抜かれすぎて床にへたり込んだ紅は自分が犠牲になっているにもかかわらずそう思わずにはいられなかった。
 同じく顔色の悪い遥も思いは同じだ、自分の中身を見るのはやはり気持ちのいいものではかった。
 しかしドクターにとってはそれは治療、想いの証だ。怒りや憎しみなどではないと分かっている、憤りという感情は不思議となかった。
「少年が救われたことをわかってくれたといいが。滅んで行ったとはいえ」
 持ってきた新聞の切り抜きを結唯は手術室にばらまいた、ひらひらと記事が宙を舞う。
 まるで手向けのように、死んでも残る想いならばこれも届くかもしれないと思いながら。
「いやー強かったな! しっかし俺の中身ってああなってんだな! 今夜は焼肉にしようかな」
 まるで普段見れないものを見て少し興奮しているのか罪次はなぜか嬉しそうだ。
 あれだけのものを見て肉が食いたいと言える罪次に、はははと遥は少し乾いた笑いを漏らした。
 しかし同じ医療に携わるまことの見方は少し厳しい。
 医師である以上常に失敗が許されないというのはわかっていたはず。万全の体調でないのなら手術に臨むべきではなかった。医療であればリスクはどうしても付きまとうものだ。
 しかしそれは治療のリスクであって医者自身がリスクであってはならない。
 少年を救いたかったのなら、体調不全の時点で引くこともまた選択のひとつだったはずだ。
「熱意だけで医者はやっていけない、いや、医師であってはいけない、ここで休ませてあげれて良かった」
 あぁ、自分の勤務する病院でもそんな医者がいそうだなぁとまことは思う。ならば看護師である自分も目を光らせなければ。
「なぁ、まこと先生」
 心琴がまことに声をかける、医療に携わるという意味ではまこととて他人事ではないと思ったようだ。
「まこと先生はどこか痛いとかないよな、病気とかで無理とかしてないよな?」
 心琴の心遣いがまことには嬉しく思った。
「えぇ、大丈夫ですよ。それにどこか悪くなったら心琴が治してくれるんだよね?」
「任せといてよ! あ、でももう少し待って、医者になるまで。それまで元気でいなくちゃだめだぞ!」
 まことはふふ、と笑い声を漏らした、今回のケースも経験したことだし彼ならば大丈夫だろう。
 数年後、白衣を着た心琴の姿を想像して自然と笑みが浮かぶのであった。
 しかし当面の問題は……?
「なぁ、あれどうやって戻すんだ?」
 数々の銀のトレーに乗せられた臓器を見て百は素直な感想を漏らした。
 ナースの力のおかげで新鮮さを保っていたが、傷もなく抜き取られた臓器の行方はどうなるのか。
「ここでハラ開いて戻すか?」
「いやいやいや、そんな乱暴な!」
 罪次のとんでもない提案に紅はぶるぶると首を振った。
 見た目ではどれがだれのものかもはや分からない、このまま持って帰ってF.i.V.E.の医療班に戻してもらうのが一番適切だろう。
 
 今日の一番難儀な仕事は、人体パズルなのかもしれなかった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『約束』
取得者:指崎 心琴(CL2001195)
特殊成果
なし




 
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