【悪の鞘】烏兎の剣
●昼の事
「すみませんね、無理を聞いてもらって……いえ、では明日。よろしくお願いいたします」
噺家は受話器を置くと、冷茶をすする年老いた神主に礼を言って社務所を出た。
うっかりしていた。今日は机とイスの納品日だった。
人は古妖のために設けられた事務所に、古妖の案内なしに立ち入ることができない。いや、それ以前の話で、人には事務所の場所すら見つけられないだろう。
悪の鞘たちを置いてきた島はまったくの無人島で、当然のように電話がなかった。ゆえに噺家は、日延べの連絡を業者に入れるために海を渡らなくてはならなかったのだ。
(「まったく。面倒くさいったらありゃしねえな。外国には携帯電話なんていう便利なものがあるっていうのに。誰だよ、電波障害を起こしているうっとうしい奴は」)
神だか仏だかなんだか知らないが、まったくもって余計なことをしてくれる。神秘結界などなくても、生きていけるものは生きていけたのだ。数は減らしても、人がいる限り古妖がいなくなることはない。覚者という人もどきや、妖などという言葉を解しない野蛮な輩が湧いて出てきた分だけいい迷惑だった。
噺家はひらひらと青い短冊を顎の下で振りながら、木漏れ日の中、海に浮かぶ島の影を振り返りみた。早く島に戻らなくてはならなかったが、その前にもう一つ、やっておくことがある。
(ふむ、傀儡の旦那はいらっしゃるかな? 会うのは百年ぶりだね)
蝉と小鳥の鳴声がぱったり止んでしまうような、熱く蒸した静かな瞬間(とき)が流れた。
つと目を戻した社の周りには、草木が茂り、虫が飛び、小さな花が咲いている。再びセミの声がちょっと間だけ聞えて、あとはしんしんと寂蓼の聖域だ。
眠っているなら起こすまで。
「頑張っている少年の願いは叶えてあげないと、だ」
噺家は、きしし、と笑った。
まさか、悪事をくじくためにファイヴの覚者たちがこの地にやってきているとは知らず、ゆっくりと社へ足を運んだ。
●夕の事
「――わかった。みんなで行けるかどうかわからないけど、話しをするだけはしてみるよ」
奥州 一悟(CL2000076)は受話器を置くと、修道院の事務所に一緒についてきていた東雲 梛(CL2001410)を振り返った。
「協力者を捕まえたって。ある島に逃げ込もうとしたところを取り押さえたらしい。協力者の自白で島に古妖がいると分ったから……疲れているだろうけど、オレたちに討伐応援を頼みたいってさ」
「そうか。島にいるのがさっき木の心で見た、残り二体の落ち武者鎧だとしたら危険だな。しかし……」
「どうする?」
つい先ほど、古妖との戦闘を終えたばかりだった。みんな疲れている。ここに残っていたのは、戦いの最中に壊してしまったミーティングルームの片づけと掃除のためで、誰に強要されたわけでなく、個人の好意から行っている。
「とりあえずみんなに話をしてみよう。行く、行かないは個人の自由だ」
「そうだな。AAAからファイヴにも応援要請の連絡を入れたっていうしな」
梛と一悟は連れ立ってミーティングルームへ向かった。
●再び昼の事
「いける? 行けるなら急いで向かってほしいの」
久方 万里(nCL2000005)はホッとして肩の力を抜いた。緊急招集に応じてくれた覚者の数はすくなかったが、一人も応援を送れないよりましだ。
万里は数時間前、覚者六名を送り出した後で再び悪夢を受け取っていた。古妖による修道院襲撃はそれ単独で終わらず、ファイヴの覚者をバックアップしてくれたAAA隊員の全滅という事件につながっていたのだ。
「いま出れば、ちょうどAAAの巡視船が島へ向かう直前に合流できるから。たのんだよ」
AAAから応援依頼の電話があったのは、これより二時間後のことだった。
「すみませんね、無理を聞いてもらって……いえ、では明日。よろしくお願いいたします」
噺家は受話器を置くと、冷茶をすする年老いた神主に礼を言って社務所を出た。
うっかりしていた。今日は机とイスの納品日だった。
人は古妖のために設けられた事務所に、古妖の案内なしに立ち入ることができない。いや、それ以前の話で、人には事務所の場所すら見つけられないだろう。
悪の鞘たちを置いてきた島はまったくの無人島で、当然のように電話がなかった。ゆえに噺家は、日延べの連絡を業者に入れるために海を渡らなくてはならなかったのだ。
(「まったく。面倒くさいったらありゃしねえな。外国には携帯電話なんていう便利なものがあるっていうのに。誰だよ、電波障害を起こしているうっとうしい奴は」)
神だか仏だかなんだか知らないが、まったくもって余計なことをしてくれる。神秘結界などなくても、生きていけるものは生きていけたのだ。数は減らしても、人がいる限り古妖がいなくなることはない。覚者という人もどきや、妖などという言葉を解しない野蛮な輩が湧いて出てきた分だけいい迷惑だった。
噺家はひらひらと青い短冊を顎の下で振りながら、木漏れ日の中、海に浮かぶ島の影を振り返りみた。早く島に戻らなくてはならなかったが、その前にもう一つ、やっておくことがある。
(ふむ、傀儡の旦那はいらっしゃるかな? 会うのは百年ぶりだね)
蝉と小鳥の鳴声がぱったり止んでしまうような、熱く蒸した静かな瞬間(とき)が流れた。
つと目を戻した社の周りには、草木が茂り、虫が飛び、小さな花が咲いている。再びセミの声がちょっと間だけ聞えて、あとはしんしんと寂蓼の聖域だ。
眠っているなら起こすまで。
「頑張っている少年の願いは叶えてあげないと、だ」
噺家は、きしし、と笑った。
まさか、悪事をくじくためにファイヴの覚者たちがこの地にやってきているとは知らず、ゆっくりと社へ足を運んだ。
●夕の事
「――わかった。みんなで行けるかどうかわからないけど、話しをするだけはしてみるよ」
奥州 一悟(CL2000076)は受話器を置くと、修道院の事務所に一緒についてきていた東雲 梛(CL2001410)を振り返った。
「協力者を捕まえたって。ある島に逃げ込もうとしたところを取り押さえたらしい。協力者の自白で島に古妖がいると分ったから……疲れているだろうけど、オレたちに討伐応援を頼みたいってさ」
「そうか。島にいるのがさっき木の心で見た、残り二体の落ち武者鎧だとしたら危険だな。しかし……」
「どうする?」
つい先ほど、古妖との戦闘を終えたばかりだった。みんな疲れている。ここに残っていたのは、戦いの最中に壊してしまったミーティングルームの片づけと掃除のためで、誰に強要されたわけでなく、個人の好意から行っている。
「とりあえずみんなに話をしてみよう。行く、行かないは個人の自由だ」
「そうだな。AAAからファイヴにも応援要請の連絡を入れたっていうしな」
梛と一悟は連れ立ってミーティングルームへ向かった。
●再び昼の事
「いける? 行けるなら急いで向かってほしいの」
久方 万里(nCL2000005)はホッとして肩の力を抜いた。緊急招集に応じてくれた覚者の数はすくなかったが、一人も応援を送れないよりましだ。
万里は数時間前、覚者六名を送り出した後で再び悪夢を受け取っていた。古妖による修道院襲撃はそれ単独で終わらず、ファイヴの覚者をバックアップしてくれたAAA隊員の全滅という事件につながっていたのだ。
「いま出れば、ちょうどAAAの巡視船が島へ向かう直前に合流できるから。たのんだよ」
AAAから応援依頼の電話があったのは、これより二時間後のことだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.落ち武者鎧・朱と蒼の撃破。
2.悪の鞘の撃破、または撤退。
3.妖刀・烏と兎の破壊、または回収。
2.悪の鞘の撃破、または撤退。
3.妖刀・烏と兎の破壊、または回収。
前シナリオ「【悪の鞘】善を笑う者」の後編となります。
前シナリオの結果を受け、2人増えて8人のシナリオとなりました。
シナリオ難度も「普通」から「難」に上がっております。
よろしければご参加ください。
お待ちしております。
●時間と場所
海に浮かぶ小さな無人島。
島のほぼ中央に小さな祠があり、その前にある草地で古妖とAAAの隊員たちが戦っています。
戦場の広さは十分ですが、月あかり以外の光源はありません。
>味方
●AAA
ファイヴの要請により、逃げた協力者『先生』のヨットを追跡。とある島まで追いつめました。
船に二人名を捕えた『先生』とともに残し、五名が島に上陸しています。
なお、修道院に連絡を入れたのは、別のAAA巡視船でした。
こちらはファイヴの覚者たちを乗せて島へ向かうために、港まで戻ってきています。
※ 今回、AAAの隊員の中に覚者は一名もいません。
※ 覚者とともに島に渡る隊員は六名。
・対異能用・警棒……近単
・対異能用・物防盾……物攻半減(3回、物攻を受けると壊れます)
・対異能用・特防スーツ……特攻無効(3回、特攻を受けると効果がなくなります)
・暗視スコープ
>敵
●落ち武者鎧・朱……古妖 ≪前衛≫
悪の鞘に食わせようと、AAAの隊員を一人持ち上げています。
全体的に線が細く、女人が用いていた感じです。
【飛ぶ小手】遠単/物……おきて破りのロケットパンチ
【笑う面】近列/特・麻痺……笑い声のような不気味な音が神経を麻痺させる。ショック。
【妖刀・烏】近列貫2/物・減速……悪の鞘がアイズオンリーの依頼で作りだした二本目の妖刀。
●落ち武者鎧・蒼……古妖 ≪前衛≫
朱よりも小ぶり。子供用の鎧のようです。
【飛ぶ小手】近単/物……おきて破りのグーパンチ
【笑う面】近列/特・痺れ……笑い声のような不気味な音が神経を麻痺させる。ショック。
【妖刀・兎】近列貫2/物・減速……悪の鞘がアイズオンリーの依頼で作りだした三本目の妖刀。
●不出来な刀……四本または五本? ≪中衛≫
悪の鞘によって刀に作り替えられたAAAの隊員。会話不可。もとには戻せません。
ほとんど耐久力がありません。すぐ折れてしまいます。
落ち武者鎧・朱の行動を阻むことができなければ、捕らわれたAAA隊員の一人が悪の鞘に食われて『不出来な刀』が一本増えます。
【切り】近単/物
【突き】近列貫/物
●悪の鞘……古妖・浮遊 ≪後衛≫
朱と蒼の後ろで待機、空中に浮遊しています。自力で移動できません。
喋れません。ただし、送受心があれば会話可能。
戦闘開始から12ターン後、撃破されていなければ、現れた噺家とともに撤退します。
【審神者】近単/特・封印2、流血、解除、ノックB
鯉口を大きく広げて人を丸呑みにし、内部で溶かして刀身に作り替えます。
ただし、発現した覚者(隔者)は守護使役の加護により刀にすることができません。
覚者が飲み込まれると、内部で体を切り裂かれて吐き出されます。
>敵、増援
●噺家……古妖
アイズオンリーの手下。能力詳細不明。
30代中から後半の男性っぽい見た目。着物を着用し、手に扇子を持っています。
人型の古妖で、見た目はまったく普通の人間にしか見えません。
守護使役を連れていないことから、発現前の人間ではないことだけは分ります。
そのため、殺気(妖気)さえ放たなければ、守護使役の姿を隠した覚者(隔者)と偽れるのです。
ただし、怪の因子の【同族把握】をごまかすことはできせん。
10ターン後、島に戻ってきて、
12ターン後、『悪の鞘』が無事であれは回収し、逃げていきます。
●派手な一反木綿、もとい空飛ぶ絨毯……古妖・飛行
今回は乗り物として登場するのみ。
最大6人(大人)を乗せて飛ぶことができます。
結構なスピードで空を飛びます。
>その他
●先生……憤怒者
奈良でとある少年を「悪人」に育てるべく指導していた人物(シナリオ『≪百・獣・進・撃≫亀の瀬』にて端役で登場)。
AAAに捕らわれたあと、武装解除されています。
逃走を防ぐため、ヨットではなく、巡視船の中に閉じ込められています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年08月04日
2016年08月04日
■メイン参加者 8人■

●
水平線に茜の色が残る海を、覚者を乗せたAAAの巡視船が走る。向かう先は古妖たちが潜んでいた小さな無人島だ。
舳先で潮風を受けながら、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は暗視を活性させた。送受心・改も発動させ、船室に入っていった隊員たちとのつながりを確認するために、心の触手をそっと伸ばしていく。
隊員たちと知り合いになったのはつい今しがた。船が港を出てからのことだ。まだ友だちと呼べるほど打ち解けてはいない。
一悟は船室に入った隊員たちとの繋がりを確認すると、そのまま仲間の説明に耳を傾けた。
「――と言うことでお願いします」
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)と『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)は、船室に操舵士を除いたAAAの隊員たちを集め、役割と受け持ちについて説明をした。
「残り三名の方は、先発隊と合流したら、古妖に協力していた犯罪者を連れて先に戻っていてください」
「なんかそのまましとくと、何かやらかしそうな嫌な予感するんだよな」
だからちゃんと見張っておいてくれよ、と翔は丸イスに腰かけている隊員たちに頼む。少し気にかかることがあって、捕まえた男に問いたいことがあるのだ。
悪を食らい刀に変える鞘と、それに食わせる人を捕らえるために古妖が修道院を襲う――奈良の事件で悪人を育てていた憤怒者が、その依頼の裏にいるかもしれない。ぴん、と来るものがあったが、翔がその依頼を知ったときはすでに、討伐チームが出たあとだった。
もやもやした気持ちのまま、談話室でジュースを飲んでいると、緊急の招集がかかった。行きそびれた依頼の追加募集だと聞いてすぐ会議室に走り、今に至る。
「協力者は捕まえてるし、あとは妖退治するだけだな!」
「ああ。だが、私の様な者にまで声が掛かるとは、余程人手が足りぬようだね。聞けばなかなか込み入った状況の様だが……まぁやれるだけやってみよう」
壁に背を預けたまま、八重霞 頼蔵(CL2000693)が答える。頼蔵も途中からの参加だ。
もう一人、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)も途中参加だが、こちらは船室ではなく東雲 梛(CL2001410)たちと操舵室にいた。
「先生を捕まえてる船は、見張りへ割り振った方で本土へすぐ出発してもらいます。乗ってきた船はそのままで、帰りに使いますよっ」
「一緒に来る人たちは、この子の後ろで捕らえられていた仲間の手当や守護を頼みたい」
梛が『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)に手を向ける。
飛鳥は隊員にもらった防虫スプレーをポケットにしまい込んだ。
「あすかの後にいてくださいなのよ」
われわれは戦わなくてもいのか、という質問には、ドアに肩を寄せた緒形 逝(CL2000156) が答えた。
「いいよいいよ、後ろでしっかりお仲間を守ってておくれ。間違っても前に出てこないようにね。鞘に食われて刀になったら、それが一番困るのよ」
舳先に立っていた一悟が怒鳴った。
「島についたぜ!」
船室のドアか開き、中から隊員たちが上陸用の簡易橋を設置するために出てきた。船をぎりぎりまで島に寄せて簡易橋を渡す。
横を見れば、四、五メートルほど離れて別の巡視船が停泊していた。古妖に協力していた犯罪者のヨットはさらにその向こうにあるらしく、帆を降ろしたマストだけが見えている。
上陸と同時に一悟を先頭とする覚者たちは森へ走った。AAAの上陸班が後に続く。
森の奥から壮絶な悲鳴が聞こえたが、残りの隊員たちは心を鬼にし、ヨットを残して、捕えた憤怒者とともに島を去っていった。
●
頼蔵はサーベルを手に取ると、隊員を持ち上げている朱色の落ち武者鎧の足元を狙って、名乗りあげの斬撃を立て続けに放った。
朱の鎧は闇を飛ぶ燕のような斬撃を軽々と飛んでよけた。
隣にいた一回り小さな蒼色の落ち武者鎧が、体と同じ長さの剣を構える。
「その人を離しやがれ!」
一悟はトンファーを激しく振りぬいて空気摩擦を起こし、踊り狂う火柱を作り出して空き地に放った。
火柱は草を焼きながら曲り進み、蒼の鎧を炎の腕に抱き込んだ。短い抱擁を解いて朱の鎧のそばをかすめて消滅した。
亮平は二人の後ろから、懐中電灯で落ち武者鎧たちの奥を照らした。鷹の目を使って黄色い光の輪の中に鞘の姿を探す。
半ば崩れた祠(ほこら)の前、地面から数十センチの高さに浮かぶものがあった。あれが悪の鞘だ。その手前に数本の刀が抜き身のまま地面に刺さっているのも確認できた。
亮平の見ている前で悪の鞘は鯉口をゆがませると、空に銀の筋を吐き出した。
空中でくるくると回って地面に突き刺さったそれは、打たれたばかりの刀だった。
(「さっきの悲鳴は……やっぱり」)
到着時、悪の鞘が作り出した不出来な刀は四本。無事でいるAAA隊員は一人。事前に説明を受けていたが、目の前でやられると悔しい。助けられるものならば助けてやりたかったと、固めた拳を震わせた。
「だからこそ、その人はやらせないよ。絶対に助けて見せる!」
愛銃のグリップには、雷光の勾玉がはめ込まれていた。雷を操るある古妖の、卵の殻を神秘技術で加工したものだ。これにより撃ちだされる弾丸はすべて雷をまとい、一定の確率で相手をしびれさせることができる。
古妖に捕まっている隊員に当てぬよう、しっかりと朱鎧に狙いをつけて引き金を絞った。
弾丸は朱鎧にヒットしたが、捕まっている隊員を解放するほどのダメージは与えられなかった。隊員を持ち上げた腕のつけ根――黒い瘴気が見え隠れする隙を狙ったのだが、その隙間を守る鳩尾板に邪魔されたのだ。
亮平は下唇を噛んだ。
「亮平さん! やばいぜ、あいつ掴んでいる人を投げようとしている!」
翔は駆けつけるなり、満ちあふれだした天の川から星々を地上へ流し落とした。
敵の頭上に降り注いだ流星群は、蒼の兜飾りとその後ろにいた不出来な刀を二本、へし折った。朱鎧に落ちた星屑は、兜の後のしころに当たり転がり落ちた。
またも動きを止めるほどの威力は与えられず、星の一撃をいなした朱鎧が、捕まえた隊員を高く掲げて振りかえった。
「はい、はーい。遅れてすまんね。はい、そこ開けて!」
逝が来た。
一悟と頼蔵が、敵を睨んだまま左右へ分かれ飛ぶ。
開けたところへ逝と浅葱が入って前衛ラインを完成させた。
逝は逆手で持った妖刀・悪食の刃に月を映すと腰を低くした。右足を曲げ、左足を引いてまるで地に這うような構えをとり、右手を腰の後へ回して体をねじると、溜めを解放して横に素早く刀を振りぬいた。
斬撃が下から上へ浮くような軌跡を描く。蒼い鎧の胴を薙ぎ、朱の鎧の揚巻結びの緒を断ち落として衡胴を半分切り裂いた。
朱鎧は隊員を掴む腕を下げると、体ごと覚者たちに向き直った。隊員の体を盾代わりに構えて、天の川の流れをかき乱すような不気味な笑い声をあげた。
「天が知る地が知る人知れずっ! 妖退治のお時間ですっ!」
浅葱が覚醒爆光で変身して、まばゆい光で蒼鎧を怯ませた。突然の爆光に驚いたのは朱鎧も同じで、笑い声がピタリと止まる。
飛鳥はAAAの隊員たちに動かないで、と念押しすると、梛とともに戦列に加わった。
(「回復は……」)
暗視と鷹の目を組み合わせて、ざっと戦場を見渡わたす。
(「まだ必要ないみたいなのよ。だったら!」)
二体の落ち武者鎧の後ろで、難を逃れた不出来な刀が動き出していた。左右に揺れ動くさまから推測するに、こちらの隙をついて前に、いや、一気に列を突破してくるつもりらしい。
(「あすかも攻撃するのよ!」)
ここ、最後尾からでも水龍牙は届くはず。
飛鳥は守護使役のころんから水晶のスティックを受けとった。
スティックの先から激流がほとばしり、水竜となって味方の間をうねり抜け、落ち武者たち頭を飛び越して、不出来な刀に襲い掛かかる。
二降りの刀身にヒビを入れたが、折ることはできなかった。
蒼鎧が妖刀を振るう。
大きく広がる重い斬撃波が、夜気をたわませながら一列、二列と覚者の壁を抜ける。飛鳥の手前で急速に威力を失って、闇に溶けた。
「後ろの……キツイ、な。三列で組んで正解だ」
梛は、雪でできたような銀棍を頭上で回して月の光を砕き、宵闇の中に白く輝く幻影花を咲かせた。ハマユウに似た甘い匂いが、覚者たちの潜在能力を刺激し、自己治癒力を高める。
ひびの入った不出来な刀が、落ち武者鎧たちの間に進み出てきた。合わせるかのように朱と蒼の鎧も動く。朱は後ろへ、蒼は前へ。
守護使役びょーて三世から警告を受け、いち早く敵の意図を見ぬいた亮平は、朱鎧の具足を打ち抜いた。
(「痺れろ!」)
人質と一緒に後へさがられてはまずい。
たが、先に痺れを発動させたのは、蒼鎧のブロックに回った一悟のトンファーだった。胴打ちと同時に雷光がほとばしり、蒼鎧に雷獣の髭が絡みつく。
「誰か、朱のやつを止めろ! 止めてくれ!」
頼蔵がサーベルを振るいながら前へ出た。
「一発でダメなら、二発。それでもだめなら三発。――朱よ! お前の足、私がもらいうけた!」
穴の開いた朱鎧の左足を二連撃で刈り取る。
古妖の体がぐらっと左へ傾いた。人質を取っていた腕が下がり、隊員の膝が草むらにつく。が、まだ手放してはいない。
翔は電子機器の液晶画面に雷獣召喚の護符を表示させた。
「刀の始末はオレに任せてくれ。みんなは人質の奪還に集中して――」
術を唱える前に、不出来な刀らが突きを放ってきた。
「ま、負けてたまるか!」
翔の振りぬく腕に呼応して、雷が激しく大気を震わせながら蒼い鎧と不出来な刀に落ちた。木っ端になった不出来な刀は、火花となって飛び、辺りを照らした。
「そろそろ隊員を放して貰わんとね、それを喰わせるつもりは無いからな」
火花の間を走り抜けた逝は、傾いだ朱の鎧の脇の下へ悪食の切っ先を突き入れた。内側より冠板を割った一撃が、人質をとった朱鎧の腕を切り落とす。
「さ、今のうちさね。急いで後ろへ運んでおくれ! って、頼蔵ちゃん?」
頼蔵は体が痺れて動けなかった。朱鎧の不気味な笑いで神経にダメージを受けていたのだ。
落ちた隊員の体に手を伸ばしつつ、朱鎧が狂い笑う。
「まだ続けるなら何度でも止めるまでですよっ」
浅葱はナックルの爪を朱鎧の小手にひっかけて手繰り寄せると、一転、体を回してねじり倒した。
「八重霞さん、いま深層す――ぅいっ???」
こちらも遅れて痺れがきたようだ。倒した朱鎧に引きずられるようにして、そのまま浅葱も倒れる。
「びびびされてる場合じゃないのよ!」
飛鳥が潤しの雨を降らせるが、回復が追いつかない。
梛は前に出ると、蔓草の鞭を振るった。動きを止めた蒼鎧の小手ごと兎の剣に絡ませ、引き寄せる。
小手ごと兎の剣が切っ先を向けて飛んできた。
「わっ!」
とっさに体を粘り倒すことで、梛は剣を回避した。
「ぎぇぇぇっ! 蒼が来たのよ!」
「いかせない!」
梛が体を起こしながら銀雪棍を薙いだが、飛びかわされた。
飛鳥の後ろで辛抱強く控えていたAAA隊員たちが、小手と妖刀を回収しに進んできた蒼鎧をみて、盾を構えながら立ち上がった。
<「駄目だ! そこから動くな、いや、もっと後ろへさがれ!」>
一悟はAAAたちに念波を送りながら、後ろからタックルを仕掛けて蒼鎧を押し倒した。
「どこへ行くつもりだ。お前の相手はオレがするぜ!」
●
不出来な刀は序盤に排除したものの、二体の落ち武者鎧か放つ攻撃に覚者たちは終始翻弄された。
どうにか奪還した人質を頼蔵が後ろへ運ぶころには、飛鳥だけではなく、浅葱、翔、梛、それに亮平までもが回復に手を取られてしまう始末だった。
人の盾など、屈の突っ張りにもならない。こうして攻め込んだからには、かならず古妖を始末する。始末の邪魔になるものは、たとえ女であっても容赦しない。
そう考え、ただ行動できたなら、おそらくここまで苦戦しなかっただろう。
「だけど、それはオレたちのやり方じゃない」
この手で救えるものは力の限りを尽くして救う。それがファイヴの覚者だ。
胸に秘めた矜持を糧に、亮平は自身の精神力を増幅させて飛鳥に送る。
「亮平お兄さん、ありがとうなのよ!」
潤しの雨で一息ついた覚者たちは、遅まきながら反撃に出た。
「阿久津さんのいう通りですっ。私たちは正義の味方、犠牲はこれ以上出させないっ!」
浅葱と頼蔵が、朱鎧の左右から斬撃を飛ばして切りつける。
翔が、悪の鞘と朱鎧と同じ線の上に並べて波動弾を飛ばす。
仕上げに逝が『悪食』を発揮し、朱鎧を妖刀・悪食の刃で袈裟懸けにして喰らった。
草の間に落ちた妖刀・烏の剣を、梛が蔓草の鞭で回収する。
その後ろでは、一悟が炎を纏ったトンファーを蒼鎧に叩き込んで、飛鳥たちから遠ざけた。
ようやく最奥にいた悪の鞘と向き合う余裕が得られ。むろん、食われてはたまらないので、用心深く距離は取ってある。
<「さてさて……同じ悪を喰うモノを持つ身として、知っておきたい事が有るのよな。悪の鞘とやら、お宅は好きで喰っているのか仕方なく喰っているのか教えておくれ」>
悪の鞘が祠の前でぶるぶると震える。
<「……あんた、面白いもの携えているね。ああ、好きとか嫌いとかじゃないよ。これが私の性さ。中臣烏賊津使主さまが私をそうお作りなさったのさ」>
<「お前、いったい何者だ? なんで人間を刀に作り替える?」>
<「悪人が悪ゆえに発心すれば……はて、なんだっけ。遠い昔のことで忘れちまったね。ただ……」>
<「ただ、なんだ? 言わぬなら――」>
頼蔵が鞘を平突きせんと、サーベルを構える。
「黙して納めよ」
その時、爆発音が聞こえ、空にオレンジ色の関光が広がった。
シルエットになった森のうしろで噴火じみた爆煙と轟音が突き上がる。焼けた鉄の破片が、パラパラと音を立てながら草の上に落ちて火をつけた。
そしてまた爆発音。爆発の余韻が地震の前触れさながらに続き、島全体を震わせる。
梛と飛鳥が同時に叫んだ。
「古妖の気配! 新手だ。来るぞ!」
「敵機来襲! 敵機来襲! 海側からなんか来たのよ、注意なのよ!」
メダリオン文様の絨毯が上空に姿を見せた。絨毯の上には、一呼吸の隙も感じさせない黒いシルエットが炎を背負って立っている。
飛鳥と隊員たちは、巨石が眼前に迫りくるような威圧を感じて尻をついた。
<「遅い! 遅いよ、噺家。あんた、今までどこへ行っていたんだい!」>
朱がやられちまったよ。たぶん黒もやられている。ぐるぐると上に向けた鯉口を回して、悪の鞘が騒ぐ。
空飛ぶ絨毯はすいっ、と高度を落とすと、覚者たちと一緒になって唖然としている蒼鎧に近づいた。
「そいつを寄越しな」
言われたことがわからないのか、蒼鎧は微動だもしない。
一悟と亮平は、噺家と呼ばれた男の意図を即座に見抜き走り出していた。
<「ばか! 早く兎の剣を師範代に渡しな。あんたに握られているより、何百倍も生きるよ! あんたは私を連れて絨毯に乗るんだ」>
噺家は扇子に妖気を流して黒刀化すると、悪の鞘を討たんと走り出した六人の手前を払った。
一悟が吠えながら炎のトンファーを蒼の鎧に突き出す。
亮平が投げられた兎の剣に狙いを定めて引き金を絞る。
鎧は砕け、弾丸を受けた剣は二つに折れた。
どん、と震えて地面が割れた。
あわや深い裂け目に落ちかけた翔を、頼蔵と逝が寸で捕まえて引き戻す。
浅葱と梛は跳び越しに成功したが、浅葱がナックルを突き出す前に、梛が手にした烏の剣ごと大きく開いた鯉口の中に吸い込まれてしまった。
ぺっと吐き出された梛は、当たった浅葱の体ごと地の裂け目を越えた。
「これですっからかん! 最後の力なのよ!」
深手を負った梛に潤しの滴がかけられる。
<「噺家! 烏の剣の剣だよ、受け取りな!」>
鯉口から一筋の銀閃が飛び出した。
ひらり。
螺旋を描いて黒い風が空へ舞いあがる。
風は悪の鞘が放った烏の剣に絡みつくと、あっという間もなく吸い込んでしまった。
着地と同時にチリッと鍔が鳴いた。
「ちと食べ過ぎたかね、悪食ちゃん。今夜はもう控えようね」
立ち上がった逝の頭上を四角い影が飛び越していく。
噺家は悪の鞘をひっつかむと、覚者の攻撃が届かない高みへ空飛ぶ絨毯を引き上げた。
<「まさか、このまま逃げる気じゃないだろね? あんたほどの腕ならたとえ太刀を帯びていなくても――」>
「逃げるよ」
噺家はへらりと笑った。先ほどまで全身から発していた威が嘘のように消えている。
「お叱りを受けるのは重々承知。けどね、あの方の覚悟は知っているが、命の恩人を勝手に殺すのは拙いだろ。それも二人いっぺんに。このあと余計なおせっかいでを発揮して別の話に首突っ込んだ挙句、コロッと死んじまったら知らないけどね」
「意味わかんねーこと言ってねーで降りて来い、コラッ!」
一悟のように口にはしないが、全員がふらふらしながらも武器を構えた。
噺家は構わす、遠く、海の先へ目を向けた。
「どうやらおあとがよろしいようで」
●
殉職した隊員たちを弔おう。
亮平の提案で刀の破片を拾い集めた。
全員で浜に戻り、大破した船の残骸のそばで待つ。
噺家が悪の鞘とともに空飛ぶ絨毯で島を離れてから三十分後。
島にAAAの巡視船が戻ってきた。
新たな依頼。五麟市からの電報を携えて。
しかしそれは……
また別のお話し。
水平線に茜の色が残る海を、覚者を乗せたAAAの巡視船が走る。向かう先は古妖たちが潜んでいた小さな無人島だ。
舳先で潮風を受けながら、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は暗視を活性させた。送受心・改も発動させ、船室に入っていった隊員たちとのつながりを確認するために、心の触手をそっと伸ばしていく。
隊員たちと知り合いになったのはつい今しがた。船が港を出てからのことだ。まだ友だちと呼べるほど打ち解けてはいない。
一悟は船室に入った隊員たちとの繋がりを確認すると、そのまま仲間の説明に耳を傾けた。
「――と言うことでお願いします」
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)と『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)は、船室に操舵士を除いたAAAの隊員たちを集め、役割と受け持ちについて説明をした。
「残り三名の方は、先発隊と合流したら、古妖に協力していた犯罪者を連れて先に戻っていてください」
「なんかそのまましとくと、何かやらかしそうな嫌な予感するんだよな」
だからちゃんと見張っておいてくれよ、と翔は丸イスに腰かけている隊員たちに頼む。少し気にかかることがあって、捕まえた男に問いたいことがあるのだ。
悪を食らい刀に変える鞘と、それに食わせる人を捕らえるために古妖が修道院を襲う――奈良の事件で悪人を育てていた憤怒者が、その依頼の裏にいるかもしれない。ぴん、と来るものがあったが、翔がその依頼を知ったときはすでに、討伐チームが出たあとだった。
もやもやした気持ちのまま、談話室でジュースを飲んでいると、緊急の招集がかかった。行きそびれた依頼の追加募集だと聞いてすぐ会議室に走り、今に至る。
「協力者は捕まえてるし、あとは妖退治するだけだな!」
「ああ。だが、私の様な者にまで声が掛かるとは、余程人手が足りぬようだね。聞けばなかなか込み入った状況の様だが……まぁやれるだけやってみよう」
壁に背を預けたまま、八重霞 頼蔵(CL2000693)が答える。頼蔵も途中からの参加だ。
もう一人、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)も途中参加だが、こちらは船室ではなく東雲 梛(CL2001410)たちと操舵室にいた。
「先生を捕まえてる船は、見張りへ割り振った方で本土へすぐ出発してもらいます。乗ってきた船はそのままで、帰りに使いますよっ」
「一緒に来る人たちは、この子の後ろで捕らえられていた仲間の手当や守護を頼みたい」
梛が『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)に手を向ける。
飛鳥は隊員にもらった防虫スプレーをポケットにしまい込んだ。
「あすかの後にいてくださいなのよ」
われわれは戦わなくてもいのか、という質問には、ドアに肩を寄せた緒形 逝(CL2000156) が答えた。
「いいよいいよ、後ろでしっかりお仲間を守ってておくれ。間違っても前に出てこないようにね。鞘に食われて刀になったら、それが一番困るのよ」
舳先に立っていた一悟が怒鳴った。
「島についたぜ!」
船室のドアか開き、中から隊員たちが上陸用の簡易橋を設置するために出てきた。船をぎりぎりまで島に寄せて簡易橋を渡す。
横を見れば、四、五メートルほど離れて別の巡視船が停泊していた。古妖に協力していた犯罪者のヨットはさらにその向こうにあるらしく、帆を降ろしたマストだけが見えている。
上陸と同時に一悟を先頭とする覚者たちは森へ走った。AAAの上陸班が後に続く。
森の奥から壮絶な悲鳴が聞こえたが、残りの隊員たちは心を鬼にし、ヨットを残して、捕えた憤怒者とともに島を去っていった。
●
頼蔵はサーベルを手に取ると、隊員を持ち上げている朱色の落ち武者鎧の足元を狙って、名乗りあげの斬撃を立て続けに放った。
朱の鎧は闇を飛ぶ燕のような斬撃を軽々と飛んでよけた。
隣にいた一回り小さな蒼色の落ち武者鎧が、体と同じ長さの剣を構える。
「その人を離しやがれ!」
一悟はトンファーを激しく振りぬいて空気摩擦を起こし、踊り狂う火柱を作り出して空き地に放った。
火柱は草を焼きながら曲り進み、蒼の鎧を炎の腕に抱き込んだ。短い抱擁を解いて朱の鎧のそばをかすめて消滅した。
亮平は二人の後ろから、懐中電灯で落ち武者鎧たちの奥を照らした。鷹の目を使って黄色い光の輪の中に鞘の姿を探す。
半ば崩れた祠(ほこら)の前、地面から数十センチの高さに浮かぶものがあった。あれが悪の鞘だ。その手前に数本の刀が抜き身のまま地面に刺さっているのも確認できた。
亮平の見ている前で悪の鞘は鯉口をゆがませると、空に銀の筋を吐き出した。
空中でくるくると回って地面に突き刺さったそれは、打たれたばかりの刀だった。
(「さっきの悲鳴は……やっぱり」)
到着時、悪の鞘が作り出した不出来な刀は四本。無事でいるAAA隊員は一人。事前に説明を受けていたが、目の前でやられると悔しい。助けられるものならば助けてやりたかったと、固めた拳を震わせた。
「だからこそ、その人はやらせないよ。絶対に助けて見せる!」
愛銃のグリップには、雷光の勾玉がはめ込まれていた。雷を操るある古妖の、卵の殻を神秘技術で加工したものだ。これにより撃ちだされる弾丸はすべて雷をまとい、一定の確率で相手をしびれさせることができる。
古妖に捕まっている隊員に当てぬよう、しっかりと朱鎧に狙いをつけて引き金を絞った。
弾丸は朱鎧にヒットしたが、捕まっている隊員を解放するほどのダメージは与えられなかった。隊員を持ち上げた腕のつけ根――黒い瘴気が見え隠れする隙を狙ったのだが、その隙間を守る鳩尾板に邪魔されたのだ。
亮平は下唇を噛んだ。
「亮平さん! やばいぜ、あいつ掴んでいる人を投げようとしている!」
翔は駆けつけるなり、満ちあふれだした天の川から星々を地上へ流し落とした。
敵の頭上に降り注いだ流星群は、蒼の兜飾りとその後ろにいた不出来な刀を二本、へし折った。朱鎧に落ちた星屑は、兜の後のしころに当たり転がり落ちた。
またも動きを止めるほどの威力は与えられず、星の一撃をいなした朱鎧が、捕まえた隊員を高く掲げて振りかえった。
「はい、はーい。遅れてすまんね。はい、そこ開けて!」
逝が来た。
一悟と頼蔵が、敵を睨んだまま左右へ分かれ飛ぶ。
開けたところへ逝と浅葱が入って前衛ラインを完成させた。
逝は逆手で持った妖刀・悪食の刃に月を映すと腰を低くした。右足を曲げ、左足を引いてまるで地に這うような構えをとり、右手を腰の後へ回して体をねじると、溜めを解放して横に素早く刀を振りぬいた。
斬撃が下から上へ浮くような軌跡を描く。蒼い鎧の胴を薙ぎ、朱の鎧の揚巻結びの緒を断ち落として衡胴を半分切り裂いた。
朱鎧は隊員を掴む腕を下げると、体ごと覚者たちに向き直った。隊員の体を盾代わりに構えて、天の川の流れをかき乱すような不気味な笑い声をあげた。
「天が知る地が知る人知れずっ! 妖退治のお時間ですっ!」
浅葱が覚醒爆光で変身して、まばゆい光で蒼鎧を怯ませた。突然の爆光に驚いたのは朱鎧も同じで、笑い声がピタリと止まる。
飛鳥はAAAの隊員たちに動かないで、と念押しすると、梛とともに戦列に加わった。
(「回復は……」)
暗視と鷹の目を組み合わせて、ざっと戦場を見渡わたす。
(「まだ必要ないみたいなのよ。だったら!」)
二体の落ち武者鎧の後ろで、難を逃れた不出来な刀が動き出していた。左右に揺れ動くさまから推測するに、こちらの隙をついて前に、いや、一気に列を突破してくるつもりらしい。
(「あすかも攻撃するのよ!」)
ここ、最後尾からでも水龍牙は届くはず。
飛鳥は守護使役のころんから水晶のスティックを受けとった。
スティックの先から激流がほとばしり、水竜となって味方の間をうねり抜け、落ち武者たち頭を飛び越して、不出来な刀に襲い掛かかる。
二降りの刀身にヒビを入れたが、折ることはできなかった。
蒼鎧が妖刀を振るう。
大きく広がる重い斬撃波が、夜気をたわませながら一列、二列と覚者の壁を抜ける。飛鳥の手前で急速に威力を失って、闇に溶けた。
「後ろの……キツイ、な。三列で組んで正解だ」
梛は、雪でできたような銀棍を頭上で回して月の光を砕き、宵闇の中に白く輝く幻影花を咲かせた。ハマユウに似た甘い匂いが、覚者たちの潜在能力を刺激し、自己治癒力を高める。
ひびの入った不出来な刀が、落ち武者鎧たちの間に進み出てきた。合わせるかのように朱と蒼の鎧も動く。朱は後ろへ、蒼は前へ。
守護使役びょーて三世から警告を受け、いち早く敵の意図を見ぬいた亮平は、朱鎧の具足を打ち抜いた。
(「痺れろ!」)
人質と一緒に後へさがられてはまずい。
たが、先に痺れを発動させたのは、蒼鎧のブロックに回った一悟のトンファーだった。胴打ちと同時に雷光がほとばしり、蒼鎧に雷獣の髭が絡みつく。
「誰か、朱のやつを止めろ! 止めてくれ!」
頼蔵がサーベルを振るいながら前へ出た。
「一発でダメなら、二発。それでもだめなら三発。――朱よ! お前の足、私がもらいうけた!」
穴の開いた朱鎧の左足を二連撃で刈り取る。
古妖の体がぐらっと左へ傾いた。人質を取っていた腕が下がり、隊員の膝が草むらにつく。が、まだ手放してはいない。
翔は電子機器の液晶画面に雷獣召喚の護符を表示させた。
「刀の始末はオレに任せてくれ。みんなは人質の奪還に集中して――」
術を唱える前に、不出来な刀らが突きを放ってきた。
「ま、負けてたまるか!」
翔の振りぬく腕に呼応して、雷が激しく大気を震わせながら蒼い鎧と不出来な刀に落ちた。木っ端になった不出来な刀は、火花となって飛び、辺りを照らした。
「そろそろ隊員を放して貰わんとね、それを喰わせるつもりは無いからな」
火花の間を走り抜けた逝は、傾いだ朱の鎧の脇の下へ悪食の切っ先を突き入れた。内側より冠板を割った一撃が、人質をとった朱鎧の腕を切り落とす。
「さ、今のうちさね。急いで後ろへ運んでおくれ! って、頼蔵ちゃん?」
頼蔵は体が痺れて動けなかった。朱鎧の不気味な笑いで神経にダメージを受けていたのだ。
落ちた隊員の体に手を伸ばしつつ、朱鎧が狂い笑う。
「まだ続けるなら何度でも止めるまでですよっ」
浅葱はナックルの爪を朱鎧の小手にひっかけて手繰り寄せると、一転、体を回してねじり倒した。
「八重霞さん、いま深層す――ぅいっ???」
こちらも遅れて痺れがきたようだ。倒した朱鎧に引きずられるようにして、そのまま浅葱も倒れる。
「びびびされてる場合じゃないのよ!」
飛鳥が潤しの雨を降らせるが、回復が追いつかない。
梛は前に出ると、蔓草の鞭を振るった。動きを止めた蒼鎧の小手ごと兎の剣に絡ませ、引き寄せる。
小手ごと兎の剣が切っ先を向けて飛んできた。
「わっ!」
とっさに体を粘り倒すことで、梛は剣を回避した。
「ぎぇぇぇっ! 蒼が来たのよ!」
「いかせない!」
梛が体を起こしながら銀雪棍を薙いだが、飛びかわされた。
飛鳥の後ろで辛抱強く控えていたAAA隊員たちが、小手と妖刀を回収しに進んできた蒼鎧をみて、盾を構えながら立ち上がった。
<「駄目だ! そこから動くな、いや、もっと後ろへさがれ!」>
一悟はAAAたちに念波を送りながら、後ろからタックルを仕掛けて蒼鎧を押し倒した。
「どこへ行くつもりだ。お前の相手はオレがするぜ!」
●
不出来な刀は序盤に排除したものの、二体の落ち武者鎧か放つ攻撃に覚者たちは終始翻弄された。
どうにか奪還した人質を頼蔵が後ろへ運ぶころには、飛鳥だけではなく、浅葱、翔、梛、それに亮平までもが回復に手を取られてしまう始末だった。
人の盾など、屈の突っ張りにもならない。こうして攻め込んだからには、かならず古妖を始末する。始末の邪魔になるものは、たとえ女であっても容赦しない。
そう考え、ただ行動できたなら、おそらくここまで苦戦しなかっただろう。
「だけど、それはオレたちのやり方じゃない」
この手で救えるものは力の限りを尽くして救う。それがファイヴの覚者だ。
胸に秘めた矜持を糧に、亮平は自身の精神力を増幅させて飛鳥に送る。
「亮平お兄さん、ありがとうなのよ!」
潤しの雨で一息ついた覚者たちは、遅まきながら反撃に出た。
「阿久津さんのいう通りですっ。私たちは正義の味方、犠牲はこれ以上出させないっ!」
浅葱と頼蔵が、朱鎧の左右から斬撃を飛ばして切りつける。
翔が、悪の鞘と朱鎧と同じ線の上に並べて波動弾を飛ばす。
仕上げに逝が『悪食』を発揮し、朱鎧を妖刀・悪食の刃で袈裟懸けにして喰らった。
草の間に落ちた妖刀・烏の剣を、梛が蔓草の鞭で回収する。
その後ろでは、一悟が炎を纏ったトンファーを蒼鎧に叩き込んで、飛鳥たちから遠ざけた。
ようやく最奥にいた悪の鞘と向き合う余裕が得られ。むろん、食われてはたまらないので、用心深く距離は取ってある。
<「さてさて……同じ悪を喰うモノを持つ身として、知っておきたい事が有るのよな。悪の鞘とやら、お宅は好きで喰っているのか仕方なく喰っているのか教えておくれ」>
悪の鞘が祠の前でぶるぶると震える。
<「……あんた、面白いもの携えているね。ああ、好きとか嫌いとかじゃないよ。これが私の性さ。中臣烏賊津使主さまが私をそうお作りなさったのさ」>
<「お前、いったい何者だ? なんで人間を刀に作り替える?」>
<「悪人が悪ゆえに発心すれば……はて、なんだっけ。遠い昔のことで忘れちまったね。ただ……」>
<「ただ、なんだ? 言わぬなら――」>
頼蔵が鞘を平突きせんと、サーベルを構える。
「黙して納めよ」
その時、爆発音が聞こえ、空にオレンジ色の関光が広がった。
シルエットになった森のうしろで噴火じみた爆煙と轟音が突き上がる。焼けた鉄の破片が、パラパラと音を立てながら草の上に落ちて火をつけた。
そしてまた爆発音。爆発の余韻が地震の前触れさながらに続き、島全体を震わせる。
梛と飛鳥が同時に叫んだ。
「古妖の気配! 新手だ。来るぞ!」
「敵機来襲! 敵機来襲! 海側からなんか来たのよ、注意なのよ!」
メダリオン文様の絨毯が上空に姿を見せた。絨毯の上には、一呼吸の隙も感じさせない黒いシルエットが炎を背負って立っている。
飛鳥と隊員たちは、巨石が眼前に迫りくるような威圧を感じて尻をついた。
<「遅い! 遅いよ、噺家。あんた、今までどこへ行っていたんだい!」>
朱がやられちまったよ。たぶん黒もやられている。ぐるぐると上に向けた鯉口を回して、悪の鞘が騒ぐ。
空飛ぶ絨毯はすいっ、と高度を落とすと、覚者たちと一緒になって唖然としている蒼鎧に近づいた。
「そいつを寄越しな」
言われたことがわからないのか、蒼鎧は微動だもしない。
一悟と亮平は、噺家と呼ばれた男の意図を即座に見抜き走り出していた。
<「ばか! 早く兎の剣を師範代に渡しな。あんたに握られているより、何百倍も生きるよ! あんたは私を連れて絨毯に乗るんだ」>
噺家は扇子に妖気を流して黒刀化すると、悪の鞘を討たんと走り出した六人の手前を払った。
一悟が吠えながら炎のトンファーを蒼の鎧に突き出す。
亮平が投げられた兎の剣に狙いを定めて引き金を絞る。
鎧は砕け、弾丸を受けた剣は二つに折れた。
どん、と震えて地面が割れた。
あわや深い裂け目に落ちかけた翔を、頼蔵と逝が寸で捕まえて引き戻す。
浅葱と梛は跳び越しに成功したが、浅葱がナックルを突き出す前に、梛が手にした烏の剣ごと大きく開いた鯉口の中に吸い込まれてしまった。
ぺっと吐き出された梛は、当たった浅葱の体ごと地の裂け目を越えた。
「これですっからかん! 最後の力なのよ!」
深手を負った梛に潤しの滴がかけられる。
<「噺家! 烏の剣の剣だよ、受け取りな!」>
鯉口から一筋の銀閃が飛び出した。
ひらり。
螺旋を描いて黒い風が空へ舞いあがる。
風は悪の鞘が放った烏の剣に絡みつくと、あっという間もなく吸い込んでしまった。
着地と同時にチリッと鍔が鳴いた。
「ちと食べ過ぎたかね、悪食ちゃん。今夜はもう控えようね」
立ち上がった逝の頭上を四角い影が飛び越していく。
噺家は悪の鞘をひっつかむと、覚者の攻撃が届かない高みへ空飛ぶ絨毯を引き上げた。
<「まさか、このまま逃げる気じゃないだろね? あんたほどの腕ならたとえ太刀を帯びていなくても――」>
「逃げるよ」
噺家はへらりと笑った。先ほどまで全身から発していた威が嘘のように消えている。
「お叱りを受けるのは重々承知。けどね、あの方の覚悟は知っているが、命の恩人を勝手に殺すのは拙いだろ。それも二人いっぺんに。このあと余計なおせっかいでを発揮して別の話に首突っ込んだ挙句、コロッと死んじまったら知らないけどね」
「意味わかんねーこと言ってねーで降りて来い、コラッ!」
一悟のように口にはしないが、全員がふらふらしながらも武器を構えた。
噺家は構わす、遠く、海の先へ目を向けた。
「どうやらおあとがよろしいようで」
●
殉職した隊員たちを弔おう。
亮平の提案で刀の破片を拾い集めた。
全員で浜に戻り、大破した船の残骸のそばで待つ。
噺家が悪の鞘とともに空飛ぶ絨毯で島を離れてから三十分後。
島にAAAの巡視船が戻ってきた。
新たな依頼。五麟市からの電報を携えて。
しかしそれは……
また別のお話し。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
みなさん、お疲れさまでした。
ほんの少しだけ。
噺家たちに協力していた憤怒者、通称『先生』は警察に引き渡されました。
メッセージもAAAを通じてでありますが、ちゃんと伝えられています。
今後、取り調べが進めば関連シナリオも出てくるでしょう。
そのうち、いずれ……。
