洞窟の怪、漂うは悪意
洞窟の怪、漂うは悪意


「もう、やめ……て……おねが――がふっ!?」

暗い洞窟の中に鈍い殴打音が響いた。
二人の男性がうずくまる女性を銃床で殴りつけたのである。

「ふざけるな……! お前らの、お前らのせいで――ッ!」
「そうだ、こうして殺されるのが……正しいんだよッ!」

怒鳴り上げる二人の男性達は憤怒者……覚者を恨む組織の人間であった。
覚者である女性は立ち上がろうとするが男に殴りつけられ、それは叶わない。

「がぁっ!」
「……終わりだ、死ね」
「やめ、やめてぇ……私は、何も……して――ぎゃああああッッ!」

女性の懇願虚しく、洞窟に銃声が鳴り響いた。
周囲の壁、床を血で染め上げた頃……洞窟は静けさを取り戻す。

「ふぅ……終わったな」
「ああ、全く手こずらせてくれやがって!」

物言わぬ亡骸となった女性を蹴る男に背中を向け、もう一人の男は煙草に火を点けた。
すうっと吸い込み、肺を煙で満たしていく。

「おい、あんま長居しないで帰るぞ。人気のない場所だ、妖共が出て来たらまずい」

しかし相棒であったもう一人の男の返事はない。

「おい! 聞いているの――――」

振り向いた男の首は言葉を最後まで紡ぐ前に……宙を飛んでいた。
彼が最後に目にした姿は――白い服を着た黒い髪の透けた女……まさに先程殺した女の姿であった。





そして数日後。
その洞窟の近くを歩いている男性がいた。
彼は登山が趣味で戦いなどの危険とは何ら無縁の青年である。
洞窟に隣接する河川にて川釣りに勤しんでいた彼だったが、どうにも天気が曇り始めた為、道具を片付けて下山しようとしていたのだ。

「何か……聞こえる? 女の人の、泣き声……かな?」

山という場所柄、遭難者という可能性を考えた彼は怖れる事もなく洞窟の中へと足を踏み入れていった。
しばらく進んだ所で洞窟の奥に人影を二つ発見した彼はその人影に呼びかけてみる。

「おーい、大丈夫ですか? もしかして遭な……ひっ!?」

そこまで言って彼は灯りとして向けていた登山用ライトに照らされる人影の姿に硬直する。
その人影の片方は血塗れであり、首があらぬ方へ曲がっていた。
もう一つの方は首自体がごっそりとない。
そして手にはアサルトライフルの様な物を握り締めている様だった。
異形の一つが呻き声を上げながらライフルを乱射する。
狙いは上手くつけられない様で、壁や天井が弾を受けて土埃を上げた。

「ひいぃぃーーッ! た、助けてぇーーッ!」

腰を抜かしそうになりながら彼は異形に背中を向け、走り出す。
命辛々、洞窟の入り口へと戻った彼はほっと胸を撫で下ろした。
異形は足が遅かったのか背後に異形達の姿はもう見えない。

「はぁ、はぁ……助かった……!?」

そこで彼は自身の身体の異変に気が付く。
背中が物凄く寒いのだ。
まるで氷を背負っているかの様に冷えきっている。

「あぅぅ……うぅう……あぁ……」
「ひぃっ!?」

耳の傍で聞こえた女性の呻き声に彼は体を硬直させた。
背中に誰か見知らぬ女性が張り付いている。
豊かな胸が押しつけられているのが分かるが一切の温もりを感じない。
そればかりか声を聞く度に自身の体温が下がっていくのが分かる。

「いやだぁぁ! うわぁぁぁーーッ!」

滅茶苦茶に腕を振り回し、彼女を引き剥がす事に成功するが腰を抜かしてしまった彼は彼女と対面する事となった。
腰まで達するであろう長い髪と血の浮かんだ白い服。そしてこの世の物とは思えない冷えた瞳。

「ぅう、あ……ああ、ぅう……」

腰を抜かしたまま、ずるずると後退りをする彼に透き通った女性は手を向ける。
すると風を斬る様な音が聞こえ――――次の瞬間、男の首は自身の身体と永遠に別れを告げる事となった。





「すいません、いきなりお呼び出しいたしまして。まずは、お茶をどうぞ」

物腰柔らかな女性――久方 真由美(nCL2000003)に呼び出された覚者達は出されたお茶に口を付けながら彼女が本題に入るのを待った。
数秒してから、真由美は本題に入る。

「ある山の中腹によく登山者が川釣りに訪れる河川があるんですが、そこの近くの洞くつにどうやら妖が発生してしまったようなのです。憤怒者によって殺された覚者の女性が妖化したもので……恐らく怨霊の類かと思われます。また、妖化後に殺したと思われる憤怒者の死体を操っていますので単体との戦闘ではないという事に留意してください」

殺された女性の怨霊……それを聞いた覚者達はお茶が苦くなるように感じた。決して苦い成分はないはずではあるが。

「期限は今日の夕方までです。それを過ぎるとそこに登山者の男性が訪れ、怨霊に誘い込まれてしまいます。これ以上、犠牲者を出すわけにはいきません……皆様には登山者が河川を訪れる前に怨霊を討伐してもらいたいのです」

覚者達はそれを了承すると、部屋を後にする。
口の中に残ったように感じる苦みを忘れる様にしながら。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:ウケッキ
■成功条件
1.怨霊の討伐
2.なし
3.なし
お初の皆様こんにちわ、ウケッキです。
この度はアラタナルにての初依頼となりますので暖かい目で見て頂ければ幸いです。

◆場所
:河川に隣接した洞窟で横幅は人間二人が辛うじて横並びできる程度です。
天井に至っては軽いジャンプ等は可能ですが、人を飛び越えるなどのジャンプはできないぐらいの高さとなっています。
また、河川から足首が埋まる程度の水が流れ込み、洞窟内に満ちていますので時間の経過と共に体温を奪われてしまいますのでご注意ください。

地形に関しては至る所に大小様々な岩があったりと遮蔽物は豊富です。
洞窟は入口から入って少し進むと二手に分かれており、片方が行き止まり、もう片方が最奥に通じる道となっています。
最奥は遮蔽物となる岩が無く、天井も高いドーム状になっておりますので縦横無尽な戦闘なども可能です。

◆エネミーについて

・女性の怨霊  種別:妖 ランク2 数:一体
 白い血染めの服に黒い長髪の女性の怨霊です。
 遠距離から不可視の風の刃を飛ばしてきますが飛来する際に手の平を射出対象に向ける予備動作があり、風切音が発生します。
 また、怨霊の周囲1メートルの範囲に冷気の領域が発生しており、近づいた場合は時間経過と共に寒さで徐々に体の動きが阻害され、最終的には低体温症を引き起こします。

・憤怒者の死体 種別:妖 ランク1 数:四体
 怨霊に殺され操られている死体です。
 操られるだけで自律意思はなく、知能はありませんが人間のリミッターが外れた腕力などには注意する必要があります。
 また、憤怒者として持っていたアサルトライフルを携行していますので精度は悪いですが射撃してくる場合があります。
 死体の為、痛覚が無くダメージなどの痛みで怯むことはありませんが強い衝撃などを受けると体勢を崩したり、転倒します。


◆現地への移動について
:今回はFiVEの方で車が手配されておりますので現地への移動手段のご心配はありません。
 また、洞窟内の地図は希望者にのみ配られますので必要な場合はご希望ください。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/10
サポート人数
0/2
公開日
2016年08月09日

■メイン参加者 7人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『ハルモニアの幻想旗衛』
守衛野 鈴鳴(CL2000222)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)

●「洞窟の死闘は冷気と共に」

 水の滴る洞窟を歩いている一団がいる。
 それはこの洞窟で起こり得る事象を解決する為にやってきた者達である。
 彼らは犠牲者がこれ以上でる前に事態の収拾を行う為にきたのであった。

 その者の一人……桂木・日那乃(CL2000941)は自身に生える羽にて低空飛行しながら辺りを窺っていた。
 洞窟の道幅は狭く、灯りは確保してあるものの奥の暗さは照らしようがないのだ。
 その為、彼女の力である「暗視」が役に立つ。
 暗闇でも昼間の様に見通す事ができるその力は敵の早期発見に役に立つのだ。

「匂い、死体なら……多分、するから。気を付けてたら、いい……かも」

 彼女の予測は数秒後、見事に当たる事となる。
 なぜなら一行の目の前から死臭が漂ってきたからであった。
 現在地は洞窟の最奥近く。

「待ってる、の? 私達を……迎え撃つ?」

 ここまでの道中、警戒しながらやってきたものの……地図の恩恵もあってか迷う事もなく敵との遭遇もなかった。
 となれば怨霊は最奥にて一行を待ち構えていたこととなる。
 戦闘経験の浅い者ならば道中出会わなくてラッキーとでも思っただろう。
 だが事実はもっと不味い事態を示している。
 それは『怨霊が戦力を温存し待っていた』ということ。
 それは本能による行動かも知れないが、ただ暴れまわるだけの存在とは一線を画している……という事の表れでもあった。
 その時、暗視を用いている彼女には洞窟の奥の死体達が銃を此方に向けるのが分かった。

「来る……! 気を付けて、銃は危ないから」

 日那乃の警告の直後、銃弾が一行を襲った。
 それは正確な射撃ではなく、まばらなもので壁や床に命中して土煙を上げた。
 だが相手の持つのはアサルトライフル。弾の射出量は無視できる量ではなかった。
 日那乃は自らの手から圧縮された空気を放つ。
 圧縮された空気は銃弾を弾きながら飛来し、一体の死体を吹き飛ばすに至った。
 弾幕が薄くなったその瞬間を見逃さず、一人の少女が最前衛に躍り出る。
 それは『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)であった。

(運命に飲まレタ憐れな被害者……スイマセンネ、こうするシカないノデス)

 ――――彼女は被害者の女性に対して心を痛める。
 今は敵といえども悲しき運命の果てに相対する相手は怨霊となってしまったのだから。
 だがリーネは自身のやるべきことは見失わない。
 それが相手の解放へ繋がると信じているのだから。
 ――――再前衛に踊りだしたリーネは蔵王・戒を発動させる。
 地面から迫り出す様に突如として現れた岩片が身を包む鎧として彼女を守る。
 留まる事なく飛来する銃弾が岩の鎧に当たって弾かれ、壁や床にめり込む。
 その硬さは鉄壁、まるで戦場に建つ要塞の様であった。
 防御しているだけに関わらず、目の前の死体達は次第に傷を増やしていく。
 なぜならリーネはただ防御をしていただけではなかったからである。

「どんどん来るとイイデスネー! モレナク、全部お返しデース!」

 彼女を包む薄ぼんやり輝くシールドは土行弐式『紫鋼塞』によるもの。
 それは防御を行いながらも相手へダメージを狙う事の出来る技術の一つ。
 そう、彼女は蔵王・戒のよる防御だけでなく、紫鋼塞も加えた二重の防御を展開していたのあった。
 じわじわと前線を上げながら時折、彼女は牽制がてら波動弾を放つ。
 思考能力の乏しい死体の群れは成す術無く吹き飛ばされ、怨霊への道を開ける。
 死体が重なる様にして倒れているのを見たリーネは合図を飛ばす。

「イマデース! ビリビリしちゃってくだサーイネ!」
「任せろ! 行くぜッ! 天行弐式、雷獣ッッ!」

 折り重なり蠢いている死体の群れ目掛けて『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)が術式を発動させる。
 鋭い雷がまだ身動きの取れない死体の群れへと降り注いだ。
 彼らの身体がしっとりと濡れているからか予想以上に雷は効果的らしく、程無くして死体の丸焼きが出来上がる事となった。
 黒く焦げた彼らが動く様子はない。

「……やったか、ってやべ! これフラグじゃんっ!」

 元来、物語の中限定ではあるが戦闘時に『やったか』などいった場合……どうなるかは時代の流れと共に周知の事実となりつつあった。
 そう……『やったか』といった場合、大体は相手を倒しきれていない為に相手は起き上がってしまうのである。
 その例に漏れず、死体達は雷撃のダメージなど無かったかのようにむくりと起き上がってきた。
 ただ一つ先程と違うのは、身体が震えあがる程の冷気が一行を押し流すかの如く発生している事である。

「大ボス登場……ってとこか」

 死体達の後ろに青白い女性が浮かび上がっている。冷気は彼女が発生させているようだ。
 だが、震えあがる程の冷気に身を晒してなお、彼は一層闘志を上げる。
 なぜなら誰かを守る為に強敵と相対する――――それは憧れたヒーローそのものなのだから。

「アンタの苦しみはオレが知ってるから! だから成仏してくれ……ッ!」

 雷獣による雷撃を加えつつ、起き上がる死体目掛けて彼は波動弾を放つ。
 放たれた波動弾は死体を次々と貫き、その行動を阻害した。

「くらえーッ! 天行弐式! 脣星落霜ッ!」

 死体達の頭上が天に輝く星々の様に煌めくと次の瞬間、光の粒子が流星雨の如く降り注いだ。
 それらを真面に食らった死体達は堪らずよろめき、倒れていく。
 しかし数秒後、彼らは再び起き上がり活動を再開するのであった。

「これじゃきりがない! やっぱり怨霊をどうにかしないと……」
「死体の動きを僕が弱めるよ、皆は怨霊をッ!」

 そういったのは金色の髪をした桃色の眼の少年『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)だった。
 彼は無駄のない動きで術式を発動させる。
 発動した術式は周囲に濃密な霧を発生させた。
 絡み付く様なその霧は死体達に纏わりつくとその動きを大幅に遅らせる。

「天行弐式……迷霧。この霧から逃れる事はできないよ」

 もがき苦しむ様に呻く死体達を見て彼は思う。
 彼らもまた被害者なのだと。
 殺して、怨まれて、また殺す。その負の連鎖は断ち切らねばならない。
 断ち切らなければ誰も幸せになど……なることはできないのだから。
 怨霊を見詰め、彼は思う。

(ごめんね、お姉さん。少しでも早く、その苦しみから解放してあげるから!)

 霧で動作が大幅に遅くなっている死体達目掛けて彼は雷獣を放った。
 黄色い閃光が瞬き、雷が死体の群れを焼く。
 だが、それでも彼らの活動は停止しない。
 怨霊の手の動きに合わせるがごとく、再び動き出すのである。

「そろそろ寒さが限界デース……」
「俺が代わる番です、下がってください!」

 前線を交代で張り続けたリーネの寒さによる手足の痺れが限界に達していた為、入れ替わる様にして彼は前線へ躍り出た。
 フラフラと近づく死体を二体纏めて貫殺撃による素早く鋭い突きにて貫く。
 痛覚のない死体から反撃を受ける前に刀を引き抜き、回し蹴りで彼らを吹き飛ばした。
 周囲を見れば仲間達は怨霊の登場により激しくなった冷気によって次第に体を蝕まれ始めている。
 バレーのローテーションの様に交代、回復を続けてきた彼らであったが受ける冷気ダメージの方が僅かに上らしい。
 それを見て奏空は少し後方へ下がり、舞うように踊り始めた。
 その動きに呼応するように周囲が薄緑色に輝き始める。
 光が強くなるにつれ周囲の者達の冷気による冷えと痺れが薄れていく。
 天行二式演舞・舞音。状態異常を回復させながら、微量の体力を回復させる高等演武である。
 それに合わせる様にして戦旗を振るう少女『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)は味方の回復に努める。
 まずは目視で一番ダメージが深刻そうな相手を見つけると戦旗を振るって彼女は術式を発動させた。

「傷を受けし者に癒やしの力を! 水行弐式、潤しの滴!」

 清らかな光を放つ青い球体が対象の頭上に顕現するとシャボン玉を割る様にぱちんと弾ける。
 直後、青く静かに輝く水が流れだし受けた傷を癒やしていった。
 冷気による継続ダメージに加え、所かまわず乱射される銃弾。
 死体に近づけば人間としてのリミッターの外れた殴打が振るわれる。
 それに加え、怨霊は不可視の刃とも言える衝撃波で彼らを襲っているのだ。
 ダメージが小さいはずがない。
 そんな周囲の者達にとって彼女の回復はとても大きな助けになっている事は確実であった。

「……ッ!」

 殺気を察知した鈴鳴は回復を中断し、察知した方向へ戦旗を振るうと直後激しい金属音が響き渡った。
 みれば戦旗の一部が欠けている。

「不可視の……刃……ッ!」

 怨霊は回復を続ける彼女を邪魔な標的と決め、襲ったのである。
 怨霊の放つ衝撃波を伴った不可視の刃は防御が難しい。
 猛烈な殺気を放つためにそれを感知すれば防御はできるだろうが、連射されてはひとたまりもないだろう。
 なにかしらの制約でもあるのかいまだ連射するという事を怨霊はみせてはいないが……いつまでも連射しないとは限らない。
 それでも鈴鳴は回復を続けた。
 回復をすればするほど、不可視の刃が飛来する確率が上がっていあったがその度に彼女はぎりぎりの所でそれを防いだ。
 怨霊を見詰めながら彼女は思う。

(あなたの苦しみ、恨み、無念……それは当然のものだと思います。それでも、あなたを見過ごすことは出来ません。どうか、あなたをこの場所から解放させてください。貴女はこんな所にいてはダメなんです)

 その時、彼女は自身に迫る不可視の刃に気づく。
 それは死角から放たれたものであり、現状では回避も間に合わない。
 水面すれすれを跳ぶ不可視の刃は水を切り裂きながら彼女の首を狙うが如く、跳ね上がった。

(だめっ……間に合わない!)

 数秒後、彼女に痛みは訪れなかった。
 目を開けるとそこにはフルフェイスのヘルメットを被ったスーツの男、緒形 逝(CL2000156)がいたのだ。

「戦闘中に考え事はは感心しないわよ。まあ、おじさんもしてるからそう言い切れない立場なんだけどね」

 鈴鳴へそういうと緒形は死体の群れを見る。

「全部まとめて喰い散らしてあげよう、なに。遠慮は要らんぞう」

 直後、逝は水面を蹴って疾駆すると目の前の死体を殴り飛ばす。
 ぐらついたその死体を掴むと怨霊を守る様に布陣している死体の群れ目掛けて投擲した。
 特殊な投げ方である圧投によって動きを制限されている死体は受け身を取る事もなく、群れへと激突。周りを巻きこんでばたばたと倒れていく。

 ――――彼にとって怨霊への同情は無いに等しい。
 殺し怨み殺してまた殺されてそして怨む。
 そうしての妖化。このご時世、特段珍しい事ではない。
 何もすることはいつもと変わらない。
 自らの持つ刀、悪食の欲望の赴くままに。
 彼はそう考えていた。
 ――――いまだ倒れた周りの死体と絡み合いもがいている死体を見据えると、彼は攻撃の動作に入る。
 その動きはまさに流麗。
 地を這う様な軌跡を描いた攻撃の動作はそのまま対象達を跳ね上げるようにすくい上げた。
 千切れて跳んだ死体の腕や足が中空にくるくると舞っている。
 それらが落ちる前に彼は腕に渾身の力を込めると勢いよく死体目掛けて拳を放った。
 水面を割る程の衝撃波を発生させた豪腕の一撃は落ちる一体の死体を錐揉み回転させて吹き飛ばし、他の死体を巻き添えに壁際まで一気に跳ね飛ばした。
 壁に激突した死体はまだ蠢いているが、欠損が酷く再行動できるまでには時間を要するようだった。

「ほら行きなよ、おじさんが……道を作ってあげたから」
「お膳立て、感謝します」

 フルフェイスの男の隣を素早い何かが走り抜ける。
 それは灰色の髪と赤い瞳を持つ深緋・久作(CL2001453)であった。
 敵もなく、開いた怨霊への道。
 久作は水面を滑る様に疾駆する。
 怨霊は素早く両手を動かし不可視の刃を二連続けて放った。
 ステップを踏む様に久作は右へ左へそれを躱し速度を緩めることなく怨霊へと接近する。
 再び放たれた不可視の刃を久作は即座に弾き返し、緩まらないその速度によって二人の距離は更に縮まっていく。
 射程範囲に入ると最速の動きで久作は地烈を放った。
 水面を滑る様に剣が怨霊の胴体を捉えた――――かに思われたがそこに怨霊の姿はない。
 気配を探る久作の背中に柔らかな弾力を持つ何かの感触が伝わる。
 そして首筋から顔の横にまわされる冷たい手の感触。

「時にこれが『あててんのよ』というモノですか?」

 そう久作が呟いた直後、発砲音が洞窟内に響いた。
 それは腹部の横から背後を狙う様に突き出された剣でありながらフリントロックの銃口を備える彼のジキルハイドによる銃撃だった。

「因果応報というモノでしょう。殺したならば。殺される。須らく皆そうなる定めでございます。
 因果。因果。因果でございます」

 銃撃によって背中から剥がされた怨霊をジキルハイドによって斬り付ける。
 幾度も斬撃をくわえながら久作は言う。

「触れる事、それ即ち現世への干渉でございます。須らく、干渉する存在は実態を伴います……ならば、滅する事も可能となりましょう」

 幾度も切り裂かれ、苦悶の表情と断末魔の叫びを上げる怨霊は水の溜まる床に崩れる様に倒れ込んだ。

「貴女の前世はなんだったのでしょう……私の前世は混ざりすぎて解りません。如何でも良い事ですが」

 如何でも良いと言い切った久作は銃口を向け、怨霊の頭部を撃ち抜いた。
 その瞬間、怨霊は掻き消える様に霧散していく。
 すると怨霊の中から鎖に絡め取られた苦悶の表情の女性が天へと立ち昇り、鎖が粉々に砕け散った。
 綺麗な女性の姿へと戻ったその女性は安らかな笑顔を浮かべ、その場にいる全員に言う。

「ありがとう……ありがとう……これで、やっと……解放される……ありがとう」


●エピローグ

 彼女が消えた直後のことだが、洞窟の奥の壁が崩れ一人の女性の死体が発見された。
 それは無残にも殺された覚者の女性の死体であったという。
 怨霊となった彼女が消えた後、他の死体が動くことはなく、それらは適切に専門の者によって処理された。
 帰路の途中。
 車中にて鈴鳴によって振る舞われた暖かい飲み物を飲みながら窓の外を眺めていた奏空は思う。

(神秘の『力』の意味…いつかそれを識る事で悲劇を防ぐ事が出来るのかな)
(……救ってくれた、あなたなら……いつか……きっと)

 自身の想いに誰かが答えてくれたような気がしたが……彼にはそれが誰なのかわからなかった。
 だが彼はそれを追求しようとは思わなかった。
 なぜなら空にあの解放した女性の笑顔が……見えた気がしたのだから。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『思念の結晶・鎖』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員



■あとがき■

皆様、こんにちわウケッキです。
初のお話で遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした。

皆様のおかげで、女性の幽霊は解放され安らかに成仏できました。
悲劇の連鎖は重なるもの。そのまま放置していれば悲劇はもっと続いたことでしょう。
皆様、本当にお疲れ様でした!

※次回の予定はまだ未定ですが、もし見かけたらよろしくお願いします!




 
ここはミラーサイトです