記憶を踏みにじる者
記憶を踏みにじる者


●嗚呼、愛しき者よ
 暑い日ざしのあった昼間とは裏腹に涼しげな夜。
 しかし、遠くからは人々の活気と調子のいい祭囃子が響いてくる。
 今夜は夏祭り。神社の境内に出店が並び、神輿を担いだ男衆が街を練り歩くのだ。
 そうした活気から外れた場所を老婆が一人歩いている。手にはビニール袋を提げている。中には出店で買ったのであろう焼きそばやたこ焼きなどが入っている。
 老婆は冴えた月明りの元、迷うことなく墓地へとやってくる。
「あなた、今年もやってきましたよ。一緒に食べましょう」
 『松本家』と書かれた墓石の周りを線香の香りが優しく包みこむ。
 買ってきたものを供えつつ、自分の分を口に運ぶ。老婆は亡き夫を想いながら遠くの祭囃子に耳を傾ける。
 これは、夫に先立たれてからの彼女の習慣となっていた。
「今年は特に賑やかね……」
 ねぇ、あなた。と言い墓石へと目を移した老婆の目に、亡き夫の姿をした亡霊が浮かび上がる。
 老婆は手にしていた箸を地に落とす。その眼に涙を浮かべ、両の手を胸に当てる。
 言葉にならない声が、抑えきれない感情が彼女を突き動かし、その霊体を抱きしめる。
「あぁ……、私の気の迷いでもいい……またあなたに会えたのなら……」
 夫の亡霊は彼女を抱き返す。その腕に包まれた老婆は大きく息を吐き、その頬を大粒の涙が伝う。潤んだ瞳で夫の顔を覗き込もうとする。視界はボヤボヤでよく見えない。
 ハツとする。ぼやけた視界でもわかる。夫の顔が醜く歪み、その口が裂け、人を丸かじりできそうなほどに開かれる。
 老婆の体は金縛りにあったかのように動けなくなる。頬を伝った涙の痕をさらに一滴の涙が伝っていく。
「あ……あぁ……」
 思考も感覚も、何もかもが世界から乖離する。老婆の視界は開かれた口の中、深淵の闇を見つめる。

 祭囃子が遠くから響く。近くに通る者はいない。咀嚼音が周囲を包みこむ。
 今宵は夏祭り、殺戮の宴なり。

●怒れる夢見
「……ってぇのが、俺の見た夢だ」
 そういい、自分の見た夢を説明し終えた久方 相馬(nCL2000004)は机に拳を叩きつけ、行き場のない感情をぶつける。
 八つ当たりをすることで少し気分が晴れたのか説明を続ける相馬。
「場所はここから4駅離れた街の墓地だ。地図でいえば……ここだな」
 そういって相馬は地図に赤丸をつける。いつもより少し乱雑な筆跡だ。
「敵は……心霊系の妖だ。ランクは2だ。そこまで強いやつじゃない。犯行時刻は夜みたいだ。注意してほしいのは、敵は相手の記憶を読み、死別した大切な人の姿を取るってことだ」
 相馬は拳を震わせる。大切な人の姿に化け人を襲う妖が許せないのだろう。
「ホント言えば、俺だってぶん殴りに行きたい。でも、俺じゃどうしようもないんだ。俺の代わりに、皆が奴をぶちのめしてくれ!」
 覚者たちはそれに大きく頷き返す。大切な記憶を踏みにじられること、それは絶対に阻止しなくてはならない事なのだから。
 覚者たちの反応を見た相馬は続ける。
「霊体だから、直接攻撃よりも他の手段の方がいいと思う。それと、こいつは呪詛で他の人間の精神を支配して動けなくしたり、錯乱させたりするみたいだ。そこん所はホント気を付けてくれよな。あとは、でかい口に噛みつかれないように注意してくれな!」
 そこまで一気に言ったところで、彼が非常に申し訳なさそうな顔をしながら続ける。
「もし、もしだけど、余裕がありそうなら、墓石が壊れねぇようにしてくれねぇかな。ほら、墓参りに来た時に墓石が壊れたりしたら、悲しいだろ?」
 そういい、相馬は顔の前でパンッと両手を合わせる。
「じゃあ、俺にできることはここまでだ! 皆、頼んだぜ!」
 


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:鹿之助
■成功条件
1.妖の撃破
2.墓石への被害なし
3.なし
初めまして、鹿之助といいます。よろしくお願いします。
妖一体との戦闘シナリオになります。

●妖
幽体系妖1体、ランクは2です。
攻撃方法は
単体に大ダメージを与える、噛みつき攻撃
複数人にダメージを与え、呪いを与える呪詛攻撃
複数人にダメージを与え、混乱を与える精神攻撃
を行います。
基本的にトラウマ持ちや死別を経験したキャラクターを狙いますが
そのような方がいない場合は自分に刃を向けているものを襲います。

●日時と場所
妖の出没時間は夜。
出没場所は日本の一般的な墓地です。
墓石が非常に多く並んでいます。

●特殊ルール
今回の成功条件の一つに、墓石への被害を設けました。
これは、墓石は攻撃の余波で崩壊する恐れがある、ということです。
それを防ぐために墓石に『味方ガード』が宣言することができます。
『味方ガード』が一度でも宣言された場合、墓場にある全ての墓石への被害を宣言したキャラクターが肩代わりできるものとします。
墓石は常に敵味方の前衛に1ブロック分存在しています。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年07月31日

■メイン参加者 8人■


●遠くの日常、近くの非常
 妖の出現位置へと向かっていると遠くから祭囃子が響いてくる。お祭りが始まったことを覚者たちは察する。周囲は最小限の街灯で照らされているだけで、見通しが悪く陰鬱としている。しかし、平時であればあの音色を聞けば楽しい気分に浸れることだろう。
 だが覚者たちの顔に笑みはない。
「今度の敵ばかりは、許せませんわ」
『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)は胸元のロケットペンダントを握りしめながらそう呟く。
「そうだよねー! 人の思い出を悪用するなんてひどい妖だよねー!」
「これ以上誰かの思い出を穢されないよう、私達が終止符を打ちましょう」
 『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)と『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)がそれに呼応する。
 彼らは今回のメンバーの中でも特に今回の相手に怒りを覚えている者たちだ。被害者たちの心情を自分と重ねてしまうのだろう。
「死別した人と再び会えるという罠。姑息ですわね」
 『霧の名の鬼を咎める者』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は顎に指を当て苦々しい顔をする。
「あれはただの食中花。疑似餌で誘い獲物を喰らうだけにございます」
 くっくと喉を鳴らしながら深緋・久作(CL2001453)は携えたフリントロックをカチン、カチンと弾く。
「だから騙されるし、許せねぇんだ。今回の悪鬼は特にな」
 『フローズン大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)はどこか達観した風に空を見上げる。自ら手を下した妻を思い出す。彼にとって別れは苦ではなかった。しかし、その境地に立たぬ者にとっては……。そう考えればこそ許されないと感じているのだ。
 そう話をしていると一番先頭を歩いていた『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)が足を止め皆に目的地に着いたことを伝える。
「私が少し見てくる。皆は待ってて」
 そう告げるとひらりと跳躍し、地面から石壁の上へ、石壁の上から木の枝へとひらりひらりと登っていく。暗がりを見通すその瞳に目標の墓石とその近くに居る青白い人魂のような存在が映る。
 戻ってきた燐花が全員に告げ、作戦の再確認を全員で行う。
「では墓石はお任せを! 皆さんは妖退治をお願いします!」
 納屋 タヱ子(CL2000019)がそう告げると、覚者は一斉に頷き覚醒する。

●虚像と実像の狭間
 その妖は青白い鬼火のような姿をしたかと思うと、人の形へと形を変え、また鬼火のような揺らめきへ変わると流動的にその姿を変えていた。
 周囲は暗く、わずかな明かりだけしかない。霊体の発する僅かな青白い光は不気味な色を放っていた。
「ハッ!」
 妖の背後から蒼銀の炎を纏った刺突が入る。苦悶の声を上げながら妖は蒼炎の黒猫と化した燐花を振り払う。
 一度燐花から大きく距離を取った妖は、その姿を誰でもない人型の半透明の姿へと変化させていく。直後、妖の周囲を霧が包みこみ、清廉香が辺りを満たしていく。それに気を取られたのか、上手く変化できていないようだ。
「これで動きが鈍ったはずですわ!」
「こっちの対策も万全! みんな、いくよーっ!」
 いのりときせきが互いの術で周囲の環境を覚者たちに有利なようにコントロールしていく。
 一斉に現れた覚者たちに当惑していた妖が自分の置かれた立場をようやく理解したのか、臨戦態勢に入る。
 妖は姿を徐々に人型へ変貌させながら、その口から周囲に漆黒の『靄』を噴出させる。その靄は突如凝固し、幾つもの矢に変形したかと思うと四方八方に射出されていく。
「気をつけて! その矢に当たると幻覚を見せられ――うわぁ!!」
 きせきが敵の能力を解明した矢先、前衛に居た者たち目掛けて靄から生まれた矢が襲い掛かる。
「させません!」
 その矢の多くをタヱ子が両手の盾で弾き返していく。防ぎきれなかった矢が腕を掠る。その傷口から黒い靄が噴出し、タヱ子の精神を侵そうとするのを彼女は精神力で抑えこむ。だが、どこか頭に誰かの顔がちらつき頭痛がする。
(この人は一体誰……。気になりますが、今はそれどころじゃありません!)
 同じく矢を受けていた久作が攻撃を臆せず敵の懐に一気に駆け込む。
「そのようなもの、私には通用しませんよ」
 一気に踏み込むんだと思うと久作の二振りの刃が交互に斬撃と銃撃を叩き込んでいく。その体には幾らかの矢が刺さっているものの、意に介していない。
「!?!?」
 そんな相手は初めてなのか、一度距離を取ろうと飛び退く。飛び退いた先を狙ったかのように澄香が木行を行使する。
 妖の体から突如蔓が生え始め、その体を絡め取っていく。
「逃がしません! 今です、渡慶次さん!」
 澄香が駆へと目を向けると、駆は虚空を眺めていた。その瞳は黒い靄に覆われている。

●記憶の足枷
(あぁ、わかるぜ。コイツは幻だ)
 目の前に忽然と姿を現した今は亡き嫁の幻影。あの時、自身の手で殺める前、思い出の中の姿とまるで変わらない。だからこれは幻影だ。
 そうだとわかっていても、心を幸福感が支配する。徐々に体がいうことを効かなくなりつつあった。このままでは術中に嵌る、その確信が彼を突き動かした。
(だったら――)
「ウオォォッ!!」
 突如咆哮を上げ駆は自分の顔を思いきり殴る。口から滴る血をぬぐいながら正気に戻る。頭を振り、眼前の敵に集中する。話に聞いてる以上に厄介な敵だと認識を改める。駆の目からは靄が霧散した。
 その場で動けない状態でいる妖はその体を変化させ女性のような姿を取り始める。
「何をするつもりかは知らない。でも、止める!」
 燐花は両手の苦無で相手を切り払い、炎を纏わせた蹴り上げを浴びせる。
 妖の口元が大きく歪む。だがそれは攻撃の合図であった。敵の視線の先にはきせきといのり。
「気を付けて、何か仕掛けてきます!」
 燐花の言葉と同時に妖は蔓を振り払い、口を顎がないかのように開き、金切り声を発する。その声は衝撃波となりいのりときせきを襲う。
 その口を塞ごうと燐花が腕を伸ばしたところを双刀の斬撃が彼女の背中を襲う。
「ママを、傷つけるなぁーっ!」
 血走った眼を燐花に向ける。その眼には黒い靄がかかっている。
「ぐっ、うっ……、きせき……正気にもどって……」
 燐花は片膝をつきその場に倒れこみかける。
 これを好機とした敵はガバリと口を開き、燐花をそのまま丸呑みにしようとする。それを久作が懐に入り込み投げ飛ばす。
「その戦い方には愛が感じられません」
 そう言い放ち敵を投げ飛ばす久作。
「そのような精神攻撃は、愛のない蹂躙は、暴力でしかないのです。そのような仕打ちは看過できません」
 久作はさらに追撃を仕掛けようと襲いかかった。
 時を同じく、衝撃波に見舞われたいのりもまた敵の姿を自身の母親に重ねて見ていた。思わず駆けだしそうになる心を抑え込む。
(違う、違いますわ。お母様は死んだ。もうこの世にはいないのですわ!)
 胸元のロケットペンダントを、形見の杖を握りしめる。涙が一滴零れ落ちる。
「誰だって死んでしまった大切な人にもう一度会いたいと願う。そんな想いを利用し踏みにじる貴方を、いのりは決して許さない。かつてこの衣装を纏ったお母様がそうしたように、いのりは戦います。貴方のような存在を滅する為に!」
 そう啖呵を切り、こぼれた涙が波動弾となる。
 いのりの思いに比例するかのように波動弾は膨れ上がり敵を貫く。

●走り出す気持ち
「やめて! みんなやめてよ!」
 狼狽るきせきにエメレンツィアが深想水を使いながら近寄っていく。
「落ち着きなさい。きせきのお母様は果たして本当にあのような者でしたか? もう一度目を開きなさい」
「あ……あぁ……」
 目から靄が消え、充血が引いていく。きせきの瞳に映るのは母親の姿ではなく、青白い女性のような姿をした何かであった。
「思い出、記憶……他の何にも変えられないもの。それを踏みにじるような行為は許されないわ。亡くなってしまった人との思い出はもう新しくは作れないのよ。かけがえのない記憶を守るために私たちは戦うわ。そのためにきせきも来たのでしょう?」
 エメレンツィアは正気に戻ったきせきの肩に手を乗せる。
「もう、惑わされないわね?」
「うん。もう迷わないよ」
 振り返り、片膝をついている燐花の元へと駆け寄る。
 燐花は澄香によって傷を治してもらっていた。
「燐花ちゃん、もう痛みはないですか?」
「ほとんど治ってしまいました。助かりました」
 澄香の回復術によって傷のほとんどが治っているようだ。もうその背中に攻撃の跡はない。
「燐花ちゃん! さっきはごめんね……」
「気にしないで、私はもう平気。じゃあ、私は行きます」
 そういうと黒猫はきせきに背を向け尻尾で彼の事を二度叩く。彼女なりの励ましだった。それを終えるや否や燐花は一気に敵に向かって跳んでいく。
 キッと敵を睨んだきせきも二振りの刀を手に駆け出し戦線に復帰する。前線はきせきのいない間に激しい戦闘が繰り広げられていた。

●解放される想い
 前線に居続けた久作、駆が敵を押しとどめ、絶え間ない攻撃が続いたことにより、妖もすでに疲労は最大まで溜まっているかのようだった。徐々に攻撃が大振りになり、隙が大きくなり始めていた。
「意外とタフだな。まだ立つか」
「ですが、もう限界そうです」
 駆と久作の二人は敵を油断なく観察しつつ、再度構えを取り直す。
「私が仕掛けます」
 そう言い残すと怪我の治療を終えた燐花が一足で敵の背後に跳躍する。両手に握られた苦無が青い軌跡を空中に描き出す。
「浄化の焔、焼かれて天に還りなさい」
 纏った炎を苦無に集中させる。妖はその戦意を削ぐため燐花の瞳に呪いをかける。
瞳に映るのは、今は亡き祖父の姿。
(燐花、女のお前がどこまで強くなったか儂に見せなさい)
 燐花は自分にお爺様がそう告げたような気がした。迷いはなかった。着地と同時に横薙ぎに一閃。妖の体を蒼い炎が駆け巡っていく。
 妖は大きく体を仰け反らせ、男性型に変化させていた姿の維持すらままならなくなりつつあった。
 前線にいる者たちを見て、妖は自分の術にかかりそうな存在を目に入れる。タヱ子が術中に一度はまりかけたのを思い出す。
 人型の頭部だけをはっきりさせたおぼろげな姿でタヱ子に襲い掛かる。その口……、いや穴ともいえるそれは人を丸呑みできそうなほどに広がる
 ガキィイイイン――
 到底歯と盾がぶつかり合ったようには感じられない金属音が周囲に響き渡る。下顎を大盾で、上顎を小盾で防ぐタヱ子。どうにか防いでいるも砕かれるのは時間の問題に思えた。
 妖はタヱ子に呪いをかける。トラウマを、死別した誰かを映すはずの変化した姿にタヱ子は見覚えがなかった。しかし、タヱ子の頭は締め付けられるように痛む。腕に力が入らない。
(この人は一体……頭が痛い……。私に関係する人なのですか? 力が……入らない)
「マズイな。お前、俺に合わせられるか!?」
「もちろんです。いざ」
 駆と久作の二人が同時に突っ込み、妖を挟み込む形で同時に攻撃を仕掛ける。
 駆の鉈に炎が集約され、敵の喉を切り上げる。反対側からは久作が敵の胴に刃を入れ、そのまま力任せに振り払う
「ギャァアアアア!」
 声とも音ともつかない悲鳴が木霊し、妖は中空へと吹き飛ばされる。妖はそれまでとっていた人型の形態が保てず、元の鬼火へと戻っていく。
 ふらふらと飛び去ろうとするその人魂を地面から伸びた蔦が絡め取り、周囲を氷の華が包みこむ。
「あら、これだけ他人様の心を踏みにじっておいて逃げるというのは少し図々しいのではないかしら?」
「夢でもいいからもう一度会いたいという気持ちを利用するあなたを、私たちは逃がしたりしません!」
 逃げようとする敵はエメレンツィアと澄香によって動きを封じ込められる。動けなくなった獲物目掛けて衝撃波が襲い掛かる。敵を封じ込めていた蔦と氷の華を波動弾が撃ち貫く。周囲には氷の花弁が舞い散る。
「とどめを! きせき様!」
 いのりが叫ぶ。
 きせきは飛び上がり舞い散る氷の花弁を踏み台にさらに一歩踏み出す。
「パパとママの……みんなの思い出を汚すな! 消えろ!!」
 人魂型の妖はその一対の刃でもって切り伏せられた。

●過去との会話
 覚者たちは戦いの跡を消すなど、事後処理を始める。
 そんな中、墓を騒がせたことを謝りながら墓参りをしていたエメレンツィアは木陰でうずくまっているいのりを見つける。
 母親の形見に縋り泣き続けたのだろう。その顔はくしゃくしゃになり、押し殺した嗚咽がまたその悲痛さを助長していた。
「辛かったことでしょう。でも、いのりはよく戦い抜きましたわ。いのりがそのように育ったということは、きっといのりのお母様も立派な方だったのでしょうね」
 こくこくと頷き返すいのり。そんな姿を見て、エメレンツィアはハンカチをいのりへと差し出す。
「さぁ、もう涙はお拭きなさい。また私たちは歩まねばならないのですから」
「エメレンツィア様、ありがとうございますわ」
 いのりは立ち上がり、亡き両親へと思いを馳せる。その瞳にはもう涙はない。
(お父様とお母様から受け継いだ想い、その道を歩むことをいのりはもう一度ここに誓いますわ)
「戦場でもなくなったこの場に私たちがこれ以上留まるのは野暮ですよ。引き上げの時間です」
 遠くから聞こえる祭囃子を背に久作が声をかける、気づけばタヱ子と澄香以外の全員が二人を迎えに来ていた。
「タヱ子様と澄香様は?」
「被害に遭いそうだったお婆さんと話をしたいんだとさ。俺たちゃ一足先に撤収だ」
 いのりの疑問に駆が答え、そのまま一団はまた日常へと帰っていく。
 覚者たちが帰り、数分経つと相馬の予知した老婆と思しき人が墓参りにやってくる。
 『松本家』と書かれたその墓の前で立ち止まったことから確信を持ったタヱ子と澄香がひょっこりと顔を出す。
「お墓参りですか? 私も両親を亡くしまして……」
「あら、驚いた。私以外にもこんな時間に来ている方がいらしたなんて……。そう、お若いのに大変ねぇ。あぁ、そうだ。もしよろしければ一緒に食べていきません? 皆で食べるのを見る方がきっと主人も喜びますわ」
 澄香の問いに老婆はそう返すと、手に持っていた袋から幾らかの食べ物が取り出される。
「あ、ありがとうございます」
 最初こそ遠慮していたタヱ子だが、老婆に押し負けりんご飴を渡される。不思議と優しい味がした気がした。
「どんな旦那様だったのですか?」
 澄香の問いに老婆は恥ずかしそうにしながら答える。その姿はまるで恋人の事を話す少女のようだと二人は感じていた。
「とても、仲の良いお二人だったのですね」
 澄香のその言葉に老婆は顔を赤らめ、「いやだわ、こんなお婆さんをからかって」と顔を手で覆う。
「私……イタコみたいなものでして……。その、旦那様の思いをお伝えできればと思いまして」
 老婆はタヱ子の言葉に困惑するも、できるのであればとタヱ子に頼んでくる。タヱ子は交霊術を用いて墓に残った残留思念を探し当て、老婆の旦那の魂と対話する。間接的にだが、ここに再会のときがやってきた。
 今宵は宴、逢瀬の宴なり。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

今回が私の処女作になります。ご参加ありがとうございました!




 
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