狸穴の主
【鬼と人】狸穴の主


●鬼の来訪

「いや、久しぶりだね。 本当はもっと早くに顔を出したかったんだけどさ」
 腕を背もたれにかけ豪快に座った巨躯の女性が、笑いながら久方 真由美(nCL2000003)へと話しかける。
 まるで家の主のようにふてぶてしく振舞うその女性は、以前もFiVEを訪れた事のある鬼の子の母である。
「近くに来たからさ、茶でもご馳走になろうと思って……って訳じゃないのは解ってるって顔だね。 実は少し頼みたいことがあるのさ」
 手をひらひらとさせながら軽い調子で言う鬼の母。
 しかし、屈強な鬼達を仲間に持つにも関わらずFiVEにまで頼みに来る程だ。
 一体どんな頼みなのかと真由美はグっと顎を引き、気を引き締める。

「お、受けてくれると思って良いんだね。 まぁアンタ達なら断らないとは思ってたけどさ。 実は、鬼達が懇意にしてる村…以前アンタ達に武具の回収を頼んだ村さ。 あの村の近くに厄介な妖が現れたんだ」
 鬼の棍棒と鬼衣が安置されていた、FiVEの覚者も以前訪れた事のある村だ。 その村に、鬼をも退けるほどの妖が…。
「そんな緊張した表情してる所悪いけどさ、そこまでの強敵って言うほどじゃないんだ。 ただその妖は狡猾な野郎でね、強そうな鬼の気配を感じるとすぐに逃げちまうのさ。 そこでアンタ達に頼もうと思ったって訳さね」
 真由美がほっとした表情を浮かべると、さらに鬼の母は冗談を続ける。
「あぁ、別にアンタ達が弱そうって訳じゃないよ。 実際か弱いアタシよりよっぽど気合の入った表情してる奴が居るみたいだしね。 前に来た時よりもさらに…ね」
 真由美に合う前にFiVE内をうろつき覚者達を見てきたのか、そんな事を言う鬼の母。
 しかし、その表情からは確かに覚者への信頼だけでは無い、実力も認めた上での依頼だという事がうかがえる。
「妖はいずれ人を襲う。 アンタ達にとっても早い内に退治するってのは悪い話じゃないはずさ。 それじゃ、頼んだよ!」


●狸穴の主

「…という訳で、鬼の母親さんからの依頼です」
 鬼からの依頼の話を聞き集った覚者へと、真由美が依頼の説明を始める。
「現れた妖は大きな狸の妖です。 後足2本で直立出来るようで……信楽焼の狸をイメージして貰えると解り易いと思います」
 流石に三度笠や酒器は無いだろうが、でっぷりと太った狸が短い後ろ足で立つ姿を想像する覚者達。
 いかにも体力がありそうな上に、話では狡猾な知恵をも持ち合わせているという。
 強敵では無いという話だが、油断が出来る相手でもなさそうだ。
「大きなお腹をボンと叩いて出す腹太鼓の音波で相手を攻撃しつつ、お腹を膨らませてのカウンター態勢での守りも固める隙の無い戦闘スタイルみたいで…」
 確かに隙は無いように思えるが、やや緊張感を欠く攻撃手段と思えなくもない。 やや気の抜けてしまう覚者達に、真由美は先の言葉を続ける。
「…詳しくは解らないですがもう一つ攻撃方法を持ってるみたいです。 狡猾な相手ですし、要注意ですよ」
 攻守の技を持ちつつも、さらにもう一手。
 確かに真由美の言うとおり、予測を立て注意するに越した事は無いだろう。
 
 この依頼をこなす事ができれば鬼との絆はより深くなり、妖の被害を防ぐ事も出来る。
 覚者達は気を引き締め、鬼と懇意な村へと向かうのだった。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:のもの
■成功条件
1.大狸の妖(生物系ランク2)の退治
2.なし
3.なし
長い間ご無沙汰してしまいすみません、STののものです。
今回は鬼の母親さんからの依頼です。
タヌキってまるっと太って愛嬌があって可愛いですよね。
動物的な可愛さにあわせて、どこかオッサン的な何か感じるのはなんでなんだろう…。


●大狸の妖
 2足で立つことの出来る大だぬきの妖。 
 身長は立った状態で2m30cm程、でっぷりと太り動きは鈍いですが非常にタフで、特に特殊攻撃に対する防御は高いです。
 狡猾ですが、人などのように知恵がある訳ではなく野生の獣レベルでの狡猾さを備えています。
 「狸穴の主」との事ではありますが、主の他にも他の妖が居るというわけではなく、この1匹しか居ません。
 ・腹太鼓……腹を強く叩く事で音波を放つ。 気の抜けるような不快な音波で貫通2[貫:100%,80%] のダメージ。 威力はさほど高くは無い。
 ・腹カウンター……腹を何時でも大きく膨らませる態勢をとる。 腹で弾ける方位(正面、側面)からの物理攻撃に対してのみの「強カウンター」の効果を自分へ与える。
 ・????……自身の技の弱点を逆手に取った狡猾な攻撃との事。 列にダメージ+猛毒の効果の攻撃。 強力だが、覚者の特定の行動に反応して使う以外は余り使わない。


●戦う場所
 狸妖は基本巣穴の中で眠っていますが、人の気配を察知すると表へ出て迎撃体制を取るようです。
 覚者が狸の巣穴の方へ向かえば、見通しがよく戦闘の邪魔になる物のほぼ無い平原でかち合い戦闘になると思われます。
 足場や明かりの問題もなく、巣穴に逃げ込まれる等といった事も考えなくても大丈夫です。


・皆様のプレイング次第で、バリバリの戦闘にも、コメディ寄りの戦闘にも成り得るかもです。
・今回の依頼時に、村には鬼は居ないようです。鬼との直接のコミュニケーションは取れません。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年07月24日

■メイン参加者 8人■

『花守人』
三島 柾(CL2001148)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『聖夜のパティシエール』
菊坂 結鹿(CL2000432)
『天使の卵』
栗落花 渚(CL2001360)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『研究所職員』
紅崎・誡女(CL2000750)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)


 緑が多いからか、それとも標高が影響をしているのか。
 蒸し暑い都会とは違い心地よい陽気に包まれた山を8人の男女が歩いて行く。
 日は弧の頂点へと昇り、このままレジャーシートでも広げれば新緑の中最高の昼食となるだろう。

「久々に鬼からの依頼か。 あの村には武具や装備の件で世話になったしな」
 村を見下ろしながら今回の趣旨を反芻するように呟いたのは、場所にそぐわない黒い和服に身を包んだ『花守人』三島 柾(CL2001148)だ。
 そう。 彼等は避暑に訪れたわけでは無い。
 覚者としての仕事、しかも鬼の母からの依頼でここを訪れているのである。
「顔なじみになりつつある鬼のママさんのおねがいだもん。 何としてでもかなえてあげたいです」
 柾の呟きに同意した『中学生』菊坂 結鹿(CL2000432)も又、柾と同じく以前も鬼からの依頼をこなした鬼と縁を持つ覚者の一人である。
 鬼の母や以前助けた子が村に居ない事を寂しがってはいたが、それは恐らく鬼にとっても同じ事。
 会えない事は寂しいが、彼女が訪れてくれた事実はきっと鬼にも伝わり鬼も喜んでくれる事だろう。
 もっともそれも、今回の依頼をつつがなく終えることが出切ればの話だが。
「鬼か、オレ、会った事ねーんだよな」
 実際に鬼をみた事はない『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)は腕を頭の後ろで組み、空を見上げるように話しに聞く鬼を思い浮かべる。
「鬼さんには神具を貰ったりしてお世話になったからね。 何とか出来る事なら力を貸したいって思ってるよ」
 『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が、翔へと笑顔を向けると、翔もニカっと笑顔で同意を示す。
 直接鬼に会った訳では無い二人も、鬼に好意的な感情を持っている。
 それは彼らの無垢さ故だけでは無い。
 幾度かの依頼で少しずつ、しかし着実に鬼と人との距離は近づいている事を現していた。
「人間と仲良くしてくれる古妖ならやっぱり会ってみたかったなぁ。うちの関係でも妖との共存を目指す村あるし…」
 『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)は古妖と共存するという村に関わりを持つ者故か、鬼自身だけでなく鬼と懇意な村にも興味しんしんだ。
 確かに、彼女達の目指す古妖と共存するというテーマを昔から続けてき村とあれば、種による文化や価値観の違いへの対応等、参考に出来る事は多いかもしれない。


 さて、繰り返すが、彼等は避暑に訪れたわけでは無い。
 凶悪な妖を退治するという使命の元にここを訪れたのである。
 それなのにこの弛緩し切った空気は一体なんなのか。
 その答えこそが、正に今覚者達の目の前に現れた凶悪な妖、それなのである。

 でっぷりと出た下っ腹に短い足。 これまた短い前足でぼりぼりと後ろ頭をかく。
 二日酔いのようにノタノタと歩くそいつは、今回の依頼のターゲットである2Mを超える大狸の妖だ。
「……これは狸の妖といっていいのでしょうか?」
 スマホの読み上げソフトを使い『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)がストレートな感想を述べる。
「こんな信楽焼の狸の相手だなんてね。 まぁ憎めない顔してるけど」
 『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)がぽそりと呟くように、一見憎たらしい妖の顔も一周回ればある意味愛嬌と言えなくも無いかもしれない。
「アレがアナグマなら菊坂ちゃんに作って貰うんだがなあ。 まぁ、頑張りますか」
 緒形 逝(CL2000156)が愛刀の「直刀・悪食 」を抜き、戦闘の態勢に入る。
 伸びきったゴムのようなゆるゆるな場の空気がピシッと締まる……という事も無く、どうも締まらない雰囲気のまま済崩し的に戦闘へと雪崩込むのであった。



 平原で向き合う大狸と覚者達。
 大狸もこちらを敵と認識したようで、ふんぞり返るように腹を向ける。
「アタシ達相手には逃げないって舐められたものよね」
 強そうな相手からは逃げ出すとの話だったが、ありすの言うように明らかにこちらを舐めて余裕綽々といった様子だ。
「逃げないなら好都合です」
 美しい銀髪の姿へと変化した結鹿が髪に負けぬほど美しい銀の刀を振るうと、大狸の周囲に渦を巻くように濃い霧が立ち込め力を奪う。
「術に強いらしいかが、これならば…」
 結鹿とほぼ同時に動いたのは誡女だ。
 擦れた声で呟き自身を覆うように鞭を振るうと、覚者達に舞の加護を与え術の力を向上させる。

 一方の大狸はというと素早く戦闘準備を整えた覚者達とは対照的で、のそのそとした動きで覚者達との間合いを詰める。
 敵を前に余程の阿呆なのか、それとも余裕の表れか。
 覚者達が警戒を強めると、大狸はニタっと口角を上げ両腕を振り上げる。
 2Mをゆうに超える巨体が腕を振り上げればそれだけでかなりの迫力があるが、振り下ろすには如何せん距離が遠すぎる。
 だが、あの妖の攻撃法方は…。

 ぼぅん!

 大狸が腕を振り下ろすと同時にだらしなく垂れた腹が波紋のようにたわみ、風船が弾むかのような間の抜けた音が辺りに響く。
「ぐっ……!」
「ふわぁっ!?」
 脳を揺さぶる爆音でも耳をつんざく高音という訳でもないその音を真正面から浴びせられたのは逝と渚だ。
 体の奥底から気力と体力を奪われるような間の抜けた音に、逝は堪えられずに片膝をつき、渚に至っては両耳を覆いうずくまる。
「うぅぅ……。 なにこれ……」
 くらくらと目を回しながらなんとか立ち上がる渚だが、その足元はおぼつかない。
 狸の腹太鼓というコミカルな攻撃ながら、その威力は甘くて見て良いものでは無さそうだ。

 音の不快さに弱る二人に気をよくした大狸は、さらにお見舞いしてやろうと再度両腕を振り上げる。
 しかし、そう何度も黙って見ている覚者達ではない。
「さぁ、行くよ、天地弐號!」
 二刀を手に大狸へと奏空が駆ける!
 術を増幅するよう調整された愛刀だが、刀としての斬る力を失った訳では無い。
 駆け寄る奏空に気づいた大狸は先程とは違い、パンパンになる程に腹を膨らませ防御の態勢を取る。
 あっという間に間合いをつめた奏空が2本の刀を大狸の腹で交差させるように振るうと、その刃は腹にするりと入り込む。
 しかし、刃が通り切り裂いたのではない。 柔軟性により刀の衝撃を吸収したのだ。
「くっ………」
 ならばとばかりに誡女が大狸の顔を狙い苦無を放つ。
 腹で弾くのならば顔面に。
 誡女の苦無は正確に顔めがけて飛んで行くが、大狸はふんぞり返り腹を膨らませる事で前方の殆どを腹に隠し、苦無をも腹で受け止めてしまう。
 伸びたゴムが縮もうとするように、狸の腹も押し込まれれば元に戻ろうとする。
 大狸が腹に力をこめるのをきっかけに、奏空は駆けた距離と変わらぬほど弾き飛ばされ地面へと転がり、苦無を弾いた拍子に放たれた不快な音波が誡女の力を削いで行く。
 攻撃は失敗、しかし…。
「カウンターはちょっとかわせそうにないね。 多分、側面から仕掛けても同じだと思うよ」
「顔を狙っても駄目。 恐らく足も無駄そうですね」
 奏空と誡女が仲間へ伝えると、仲間は頷き対応を考える。
 試し、確認し、共有し、役立てる。
 まず、するべきは知る事なのだ。
 
「やはり反撃は覚悟しないとか」
 大狸の真正面に構えた柾は、両手に火行の力を込める。
「なら正面からぶつかっていくのもありだよな」
 目線の端で渚が特大の注射器を構えたことを確認し、柾は炎を纏った拳を大狸の腹へと叩き込む!
 激しい衝撃に大狸の表情がやや歪むが、拳が深くめり込んだ分返ってくる衝撃もまた大きい。
 大狸の腹の反発力に弾かれる柾。
「お腹でトランポリンが出来そう。 って、トランポリンじゃすまないかもだけど」
 不快な音の脱力から立ち直った渚がボヨンと弾かれる柾をみて呟く。
 大柄な柾ですら跳ね飛ばす腹なら遊びに使えればさぞ楽しそうではあるが、跳ねた後は怪我ではすまないかもしれない。
 やはり厄介極まりない腹での反撃。
 だが、元より反撃がある事は解りきっていた事。
 そしてダメージも……。
「こんなものか。 これなら……」
 柾に促されずとも、即座に案を理解してた渚が癒しの術をかける。
「これくらいなら大丈夫! 回復は私に任せてガンガン行っちゃって!」
 笑顔で巨大注射器を抱える渚の声。
 反撃は強力だが、当然の事ながら不意を付き発動される事は無い。
 こちらが攻撃した時にのみ、攻撃を返される。
 そして、回復のスペシャリストである渚が対応できないような威力はない。
 覚者と妖。 体力の面では未だ五分の状況だが、戦局は徐々に覚者へと傾き始めていた。

「って事は持久戦かね。 おっさん体力無いから辛いやね」
 言葉とは裏腹に、逝が息も切らさず大狸を低い軌道から跳ね上げるように斬り付ける。
 その勢いのまま斬り抜けられるような一撃ではあったものの、やはり腹の反発を避ける事は出来ずに弾かれ、空中でくるりと態勢を立て直し着地する。
「なら…これでどうですか!」
 逝と入れ替わるように大狸の正面に滑り込んだのは結鹿だ。
 大狸とある程度の距離をとったまま引き絞るように愛刀蒼龍に力を込め、居合いのように突くとその勢いを乗せたかのような氷の塊が空気を切り裂き大狸へと放たれる。
 針のような鋭い氷が大狸の腹へと命中するが…。
 反撃こそないものの、打撃や斬撃程の効果は内容に見える。
「やっぱり効果は薄いですか。 でも、効かない訳じゃないです!」
 持久戦になるというなら、ダメージの積み重ねこそが重要だ。
 諦めずに続ける事。 それもまた勝つ為に必要な事なのである。

 チクチクとダメージを重ねられ、流石にイラっと来たとばかりに大狸が術者達へと視線をやったその時。
 狸が目にしたのは、渦を巻き迫る衝撃の砲弾。
 それと、灼熱し空気を歪ませるほどの炎の弾丸の嵐だ。
 咄嗟に腹を膨らませて防御の体制を取るも、衝撃は反射も許さず体を貫き、炎の嵐は自慢の毛を焼き皮膚を焦がす。
「術は聞きにくいみてーだけど、数撃てば何とかなんだろ!」
「これなら返せないでしょう」
 大狸がイライラを蓄積させながら見つめる先に居たのは、まだ衝撃のオーラを帯びた護符を持った翔。
 それと燃える炎のような髪の少女、ありすだ。
「どうしたの? 術には強いんでしょ?」
 無表情のまま挑発するありすに、大狸のイライラはさらに加速する。
 確かに並みの術ならば意に介しはしない。
 しかし、霧により弱り、相手の術は舞や炎の力で強化されているとなると話は違う。
 何よりも、この術者達は術の力に特別に長けている。
 絶対の自信を持っていた術を防ぐ自慢の毛を一笑に伏されたかのような術による猛攻。
 大狸はムグムグと口を引き締め、悔しさをかみ殺す。

 
 腹が立つ。 この上なく腹が立つ。
 こちらの誘いにさえ乗ってくれば必殺の一撃を見舞えるというのに。
 だが、奴等がバカ正直に腹を叩き続ける今の状況は好都合といえば好都合。
 切り札はいずれ機会が来たときに切れば良い。
 まずは、腹で弾いた相手に腹太鼓で追い討ちをかける。
 そうすれば奴等も腹を攻撃するのがまずいと解るだろう。

 大狸は本能による知恵をめぐらせ、なんとか怒りを抑え落ちこうとしたその時。
「みっともない腹をひっこめてあげる」
 後衛から赤い髪と紅い炎の軌跡を残し、ありすが腹の目の前まで迫る。
 両手に炎を纏わせアッパー気味に右の一撃、さらに踏み込み左の拳をも腹へとめり込ませる。
 華奢な拳から放たれたとは思えない重い炎の拳撃に、大狸の腹はまるで空気を抜かれてしまったかのようにしおしおと萎れてゆく。
「今! 体術使いはアタシに合わせて!」
 ありすの言葉に、覚者達は一斉に猛攻を仕掛ける。
 反撃が来ないのであればあえて火力を落とす必要もないとばかりに柾が目にも止まらぬ連撃を腹に叩き込むと、奏空が双刀で脇腹を切り裂く。
 後方に飛びさらに雷の術を放った奏空の居た場所へと滑り込んだのは結鹿だ。
 術で探りつつ好機を待っていた彼女の刀も、しおれた腹に弾かれる事なく振りぬかれる。
 奏空や結鹿とは逆側からは、逝が突き抜けるような衝撃の豪腕の一撃を見舞う。
 足がぐらつき、目線は定まらない。
 もはや倒れるのは時間の問題だ。


 だが立て直せば、まだこちらには切り札がある。
 それだけを支えになんとか堪える大狸。
 そんな大狸の視界に入ったのは、ゆっくりとふらふら浮かぶ抱えられるほどの大きさの岩。
 翔がテレキネシスによって岩を浮かせ大狸に落とそうとした物の、やはり速度も精度も戦闘で役に立つほどでは無いようだ。
「ちぇ、気づかれちゃったか」
 翔の残念そうな声と同時に、岩はぼとリと地面に落ちる。
 回り込ませるように浮かせた岩の狙いは、恐らく背中か尾か。
 いずれにせよ背面からの攻撃。
 明らかにこちらの奥の手に感づいた上での行動だ。
 押えようと思っていた怒りが溢れだし、ついには爆発する。
 そんなに欲しいならくれてやる。
 突如くるりと背を向けた大狸が、大きく腹を膨らませると尻尾を立てる。
「まずい!」
「あれは恐らく毒ガ…」
 柾の叫び、誡女仲間へ呼びかけようとした瞬間。

 ぼふぅ~~~!

 大量の空気と間の抜ける音と供に大狸の尻から黄色いガスが勢いよく噴出される。
 誡女が気づいた通りに…。
 いや、それ以外の覚者も薄々気づいていたかもしれない。
 それは皆が想像しつつも口に出せなかった、まごう事なき放屁だったのだ。
「やべっ……!」
「……っ!?」
 黄色いガスの濁流は一直線に翔へと向かい、命中するとボフンと弾け辺りを黄色に染め上げる。
 直撃を貰ってしまった翔はもちろん、後衛へと戻っていたありすもとばっちりを受ける形でガスの中だ。
「うげ……! くせぇ……」
 鼻を通し三半規管すら狂わせるような悪臭に膝をつき咽こむ翔。
 狸の放屁なんていう馬鹿らしい攻撃だが、威力だけは本物だ。
「うぐ……ホント汚いったら…こほ!」
 ありすもまた、その場にへたり込みむせ返る。
 口元から鼻までをマフラーで覆いガスの侵入を防ごうとするも効果は薄く、鼻に絡み付く悪臭はなおもありすを苦しめる。
 予測はしていたのに…と、後悔する事すら忘れる程の悪臭に涙を浮かべ、ただ鼻を覆い耐えるしかない。
 視認できる程の濃厚なガスに加え、目は涙で潤む。
 もはやガスの中の二人は、どの方向にどれだけ這う事が出切ればガスの滞留地帯から抜け出せるかも解らない。
 いや、もしかしたらガスに犯され這う力さえ残されては居ないかもしれない。
 こんな情けない攻撃でやられてしまうのかと、二人は悪臭とは別の涙を滲ませる。

 一方の大狸は満身創痍ながら下卑たる笑いを浮かべご満悦だ。
 生意気な小娘と小僧を仕留めてやった。 いや、まだ咽る声が聞えるならそれも止めてやろう。
 大狸は黄色いモヤに再び尻を向けようとするが…。
「奥の手を切り仕留め切れなかった、あなたの負けです」
 擦れた声と供に、誡女の踊るような鞭が大狸に絡みつきその身の自由を奪う。
 仕留め切れなかった…? 馬鹿な!
 大狸が黄色いモヤへと視線を向けると、グッタリしながらも何とか意識を保つ二人の姿が。
 その二人の体は癒しの光に覆われている。
「今のはちょっと危なかったかもね」
 渚の癒力大活性の術だ。 この術で必殺の一撃を耐えたのか。
「後ろに回り込んだら使う技だったんでしょ? 本来とは違う形で出したら効果は薄いよね」
 相手をよく観察していた奏空の言葉も尤もだ。
 必殺なのはあくまで不意をついた場合のみ。
「反撃に毒ガス。 あなたの攻撃は全て理解しました」
 そう、知る事こそが戦闘では重要なのだ。
「こんなの…知りたくなかったけど……」
 ありすが目を回したまま小声でぼやくが誡女は聞かなかった事にして言葉を続ける。
「全てを暴かれた、あなたの負けです」
 鞭で身動きの取れない大狸に苦無を放つ誡女。
 それは気力で何とか体を支えていた大狸を断つのに、十分な一撃だった。


 命を奪うなら美味しく頂くのがその命への礼儀。
 しかし、それが本当に美味しいかというのはまた別の問題だ。
「うぅ、残念です……」
「時期とか個体差によって味がかなり違うらしいよ?」
 大狸の鍋を囲みながらも覚者達の表情はやや暗く、残念がる結鹿に逝がフォローを入れる。
 狸鍋の案が出ると結鹿が腕を振るい、その腕も確かなものではあったものの、素材の問題か匂いはきつく味は散々なものだった。
 覚者に倒された大狸が最後に一矢報いたという程の独特の臭みと渋み。
「あんなガスをだす狸が美味しい訳ない…」
「俺は食う気もおきないよ…」
 ガスの餌食となったありすと翔は未だに匂いが抜けないのか箸すらつけずに遠巻きに見ている。
「悪食があれば食べられない事は無いけど……」
 奏空が鍋を眺めつつ呟くが…やはり食べれるのと美味いのは違うのだ。
「妖も倒したし、鬼さんたち喜んでくれるかな」
 渚が無邪気な笑顔で言うと、答えたのはスマホの音声ソフトを使う誡女だ。
「きっと栗落花さんが今喜んでいる以上に喜んでくれると思いますよ」
 その言葉を聞き渚は誡女に万面の笑みを向ける。
「まぁ、これで鬼からの依頼は達成だ。とりあえずはお疲れ様だな」
 ハイキングに始まり鍋に終わる。
 なんとも妙な依頼ではあったが、無事妖を討ち村を守ったのだ。
 覚者達は村に笑顔で報告を出来る事だろう。
 鬼と人。
 互いに手をとる日も意外と近いのかもしれない。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

参加された皆様、お疲れ様でした。
物凄く楽しく書かせていただいて、気がつけば文字数が…!
自分が楽しめたように、皆様も楽しめていただけたら幸いです。
…狸鍋ってどんな味なんだろう。




 
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